「獣のやうに後ろから -セレブ奥様と植木屋-」(2004/製作:ネクストワン/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:金田敬/企画:稲山剃二/プロデューサー:秋山兼定/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:鵜飼邦彦/音楽:戎一郎/助監督:小泉剛/監督助手:躰中洋蔵・伊藤一平/出演:荒井まどか・葉月螢・里見瑤子・佐藤幹雄・小林節彦・サーモン鮭山)。
ピンクで白亜の洋館といへば御存知、ミサトスタジオに暮らす有閑マダム・堀江友香(荒井)。中級のグラビアタレントであつたものが、合コンにて新興IT社長(サーモン)を首尾よく捕まへ、豪奢な現在の生活を手に入れたものだつた。けふもプールサイドの長椅子によく手入れされた体を横たへた友香は、雇つた庭師の二人、親方の平与三郎(小林)と若い職人の宮崎たける(佐藤)に蔑むと同時に誘惑するやうな素振りも見せつつ、メイドの千里(里見)を文字通り手足のやうにコキ使ふ。使ひかけのバスタオルを贈られたたけるはストレートな憧れを友香に寄せ、一方、実はIT社長と友香に隠れて関係を結ぶ仲にもある千里は、傲慢な友香に表面的には傅きながらも、腹の底では激しい憎悪を燃やしてゐた。
主演の荒井まどかは2004年当時、AVは既に引退しストリップやテレビ、Vシネ出演―ピンク映画出演も更に過去に数作あり―等にシフトしてゐた模様であるが、首から上は少々曲がり気味なものの、ズバ抜けて均整の取れた美しい体をしてゐる。なほかつ素晴らしいのは、恐らくは実際に自分のさういふスーパー・ボディに、相当の自信を持つてゐさうなところ。自らの美しさへの絶対の自信に裏打ちされた友香の尊大を、素でか芝居でかは兎も角、よく体現してゐる。劇中世界の中心をキッチリ支配し得る友香を軸に、劣情を露にしながらも、同時に手の届かぬ、手を出し得ぬ障壁にたぢろぐ与三郎。表面的な従順の陰に隠した、激しい嫉妬と憤怒とを燃やす千里。身分の違ひなどに囚はれぬ、若者らしい純粋な憧れを寄せるたける。背骨がシッカリしてゐるだけに、以降の展開が何れも安定感を持ち得る。松岡邦彦にしては幾分おとなしめでもあるが、手堅く、あるいは手際良く、もしくは手頃に纏まつた良作である。
葉月螢は、与三郎行きつけのスナック螢のママ・須磨子。与三郎は、たけるを買ひ物の手伝ひにと誘ひ出し、邸宅に友香と二人きりにして貰つた千里のお膳立てを受けながらも、シャワーを浴びる姿を覗き見るのが関の山で、結局友香には指一本出せなかつた。出前でも取つて貰つたのかスナック螢でラーメンと餃子をつつきながら、「下半身にも特上や並みたいに、階級があるのかねえ・・・・?」と、与三郎は侘しく愚痴る。続いての、何も物言はぬ葉月螢のアップには、不気味な威力を感じさせられた。たけるは帰した後、須磨子は与三郎に抱かれる。スナック螢といふのは実際の看板が抜かれるのだが、まさか実際に葉月螢がやつてゐる訳ではあるまいな。さう思つて戯れに検索してみたところ、日本中のスナック螢が山程出て来て直に匙を投げた。
映画を観てゐるだけでは判らない、“エクセスの黒い彗星”松岡邦彦が今回仕掛けた、殺傷力の高いギミック。今をときめくIT社長であるといふ設定の、サーモン鮭山の劇中での名前がズバリ堀江貴文。今となつては兎も角、リアルタイムでは間違ひなくアウトであらう。誰か二枚目が男前でいはしてゐるとでもいふならばまだしも、敵は悪いことにサーモン鮭山、さういふ意味でも逃げ場の隙間もない。松岡邦彦は、ネタとはいへ少しは回避といふものを知らんのか。阪神タイガースの熱狂的ファンである主婦が、☆野監督に抱かれる為に大阪の町を目指す「大阪のエロ奥さん 昼間からよばひ」(2004)、最早タイトルで秒殺の「ド・有頂天ラブホテル 今夜も、満員御礼」(2006)。そんな映画ばかり撮つてゐて松岡邦彦が大いなる力に抹殺されでもせぬかと、観てゐるこつちがハラハラさせられる。
物質的には何一つ不自由ないままに、却つて友香は満たされぬものを感じる。たける、与三郎との絡みの中から、何時しかグラビアタレント時代の、見られることの悦びを取り戻した友香は、扇情的な水着だけの体をロング・コートに包み、街に露出遊戯に繰り出す。突然の痴女に見せつけられる役で、他二名登場、何れも若いスタッフか。
松岡邦彦は、人の中の闇を描くに容赦ない。友香に純真な憧憬を抱くたけるに対し、千里は言ひ放つ「何がグラビアタレントよ、たかが芸能界の公衆便所ぢやない」。その仮借、あるいは呵責のなさが、同時に物語を大きく動かす際の推進剤にも作用するのだが。
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