真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「憧れの家庭教師 汚された純白」(2004/製作:オフィス吉行/提供:オーピー映画/監督・脚本:吉行由実/撮影監督:小山田勝治/編集:鵜飼邦彦/音楽:加藤キーチ/助監督:横井有紀/監督助手:小川隆史/現場応援:田中康文/効果:梅沢身知子/協力:多呂プロ・(有)マジックタワー/出演:桜月舞・林由美香・吉行由実・千葉尚之・岡田智宏・竹本泰志・佐々木浩久・中野貴雄・清水崇・世志男・本田唯一/国沢@実・さとう樹菜子・鈴木敦子・吉岡睦雄、他)。
 早瀬和雄(千葉)は高校時代、家庭教師の女子大生・水無月麗子(桜月)に若い恋心を寄せる。麗子も和雄の気持ちを知らぬではなかつたが、結婚を機に、和雄の前から姿を消す。演劇に情熱を傾けてゐた麗子の影響で、和雄も大学入学後、演劇を始める。ある日和雄に先輩・塚田(世志男)の紹介で、ピンク映画出演の話が転がり込んで来る。女性経験のない和雄は不安を感じながらも話に乗るが、渡された脚本は、『家庭教師さやか』といふ家庭教師と教え子との恋愛を描いた物語であつた。ホン読みの日、和雄の前に現れた主演女優は、結婚した筈の麗子だつた。
 年上の女への淡く、青い恋心と、全く予期せぬ形での再会。プロット自体は悪くないのだが、如何せん主演の桜月舞が弱過ぎる。積極果敢に、といふか蛮勇の極みとでもいふべき逆方向へのアクセルも壊れんばかりの踏み込みを、見せて呉れなくともいいのにしばしば炸裂させて呉れやがる、いはゆるエクセス不美人とまではいはないが、まあ色気も華の欠片もない女である。色気のない女の色気、華のない女の華、さういふものもなくはないのであらうが、それすらも感じられなかつた。そこから先は、極々個人的な嗜好に左右されてしまひがちな領域でもあらうが。いつそのこと、エクセス逆美人の方がまだしも話の種になるだけマシなのではないか、とさへ思へてしまへるくらゐである。お芝居の方もたどたどしく、表情の乏しい女が、乏しいままにぽつねんと立ち尽くしてゐる印象が強い。首から下はそこそこ均整の取れた綺麗な体をしてはゐるのだが、それにしても感じさせては呉れない。
 ウジウジと悩むにしても若者の強さを感じさせる千葉尚之は悪くはないものの、主翼のメイン・エンジンが機能不全とあつては、少々よく出来た話とてどうにも如何ともし難い。変つて本題からは全くの横道で、横道ながらピンクスを十二分に楽しませて呉れるのは矢張り、既に盛りも過ぎ気味のピンク女優を演ずる林由美香と吉行由実。一応西原マリエ(林)と楠田みか(吉行)といふ名前が当てられてはゐるとはいへ、実生活でも大変親しい間柄にあつたことが伝へられる二人の姿を正しくそのまま投影したかのやうな役柄で、やれ最近仕事がない、やれ体も緩んで来た、私生活にも潤ひがない、若いコが若いつてだけでチヤホヤされるつてどうなのよ。云々と、互ひに延々延々と愚痴り倒す。殆どオフショットのドキュメントとでもいふべき様相すら呈しては来るが、その実は撮影も演出もシッカリしてをり、立派な映画のワン・シーンとして機能してゐる。この二人が銀幕に載つてゐる間は、横道ながらに実に楽しんで観てゐられる。いつそのこと、スピンオフ企画でも何でもいいからマリエとみかの主演で、一本のピンクを観てみたくなるほどである。それも今となつては、叶はぬ話ではあるが。
 キャスティングは徒に豪華、岡田智宏は、マリエとは腐れ縁のピンク俳優・大木純。竹本泰志は、みかと旧知で、家業を継ぐ為にピンクからは足を洗つた二階堂。共にマリエとみかの濡れ場の相手方を務めると同時に、手慣れた芝居でマリエとみかの、メイン・プロットよりも豊か過ぎるサイド・ストーリーに彩を添へる。佐々木浩久はピンク監督の高杉、驚くべきといふか殆ど恐ろしくすらあるのは、高杉の助監督を演ずるのが、何と今をときめく清水崇。今をときめくといつたが、今作の公開は2004年の二月。撮影時期はそれより若干以前とはいへ、2004年といへば、清水崇は「呪怨」のハリウッドリメイク版「THE JUON/呪怨」(原題:『The Grudge』)を監督してゐた年である。既にワールド・ワイドでときめいてゐる、一体どうやつて連れて来たのか。四人目に登場の映画監督・中野貴雄は、ピンク映画のプロデューサー・神田。尺は短いながらに、中野貴雄の登場シーンも破壊力は高い。プロデューサーの神田に、みかは未だ未定といふ『家庭教師さやか』の一役を得るべく、白昼の路上で強襲の営業を仕掛ける。渋り受け流さうとする神田に対しみかは、「それならここでオーディションして下さい。私、脱ぎます!」と実際に脱ぎ出す。制止しようとする神田と脱がうとするみかとがゴチャゴチャしつつも、カットの変り際に神田の放つた一言「見たくない!」。わはははは!思はず、普通に声を上げ大笑してしまつた。筆を滑らせがてらにいつておくが、俺は今でも見たいぞ。
 本田唯一は撮影現場風景、現場で絡んでゐるだけのピンク俳優。便宜上設けた、スラッシュ以降は台詞もなく画面を賑やかす皆さん。五人目に登場の映画監督・国沢@実は、多分脚本家かそんなところ、正確なところは不明。他クレジットを確認出来たのはさとう樹菜子・鈴木敦子・吉岡睦雄であるが、正直なところ、何処に出てゐたのかといふとサッパリ判らなかつた。

 メイン・プロットはお留守ながらもその他に見所はてんこ盛りの今作ではあるが、流石に吉行由実もそれではイカンと思つたか、クライマックスの麗子と和雄の映画撮影と実際の恋模様とが重なり合ふ濡れ場では、必殺を期して真つ赤な花びらを舞ふを通り越し嵐のやうにドシャ降りさせるアクセルの踏み込みを見せる。とはいへそれも、平素の吉行由実の箱庭のやうな少女趣味には必ずしもそぐはなくもない、加藤キーチ―加藤義一とは全くの別人―のトロくてチャチい緩やかなテンポで可愛らしい劇伴と、それはそれとして情熱的な演出とのズレを感じさせずにはをれない。
 後もう一点、尺の都合か結局のところ、結婚するといつて姿を消してから、再び和雄の前にピンク女優として姿を現すまでの、麗子先生の道程が全く語られない。それもそれで、別にこのお話にとつては必要でもないものなのであらうか。今ひとつ、物語に血肉の通はぬ遠因となつてゐるやうにも思へるのだが。

 付記< 吉行由実御当人のツイートを整理すると、劇中登場する映画監督は吉行由実含め総勢何と七名。拙稿を捕捉・追加すると、清水崇はサード助監督で、国沢@実がチーフとのこと、それならばセカンドは誰なのか。他に、白石雅彦―「愛欲の宇宙戦争」(2004)―が撮影技師に、樫原辰郎が照明部らしい。


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