「痴漢飼育 女尻いぢり」(1994『痴漢マニア 女尻丸出し』の2001年旧作改題版/製作:旦々舎/提供:Xces Film/監督:山崎邦紀/脚本:的場千世/撮影:稲吉雅志・村川聡/照明:秋山和夫・甲斐隆幸/音楽:藪中博章/編集:㈲フィルム・クラフト/助監督:広瀬寛巳/制作:鈴木静夫/効果・時田滋/スチール:岡崎一隆/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/出演:桜井美咲・風原愛里・扇まや・タケ・甲斐太郎・太田始・瀬海弘)。脚本の的場千世は浜野佐知、ではなく山崎邦紀の変名。何故かポスターには、本篇に影も形も出て来ない樹かずの名前が載る。何と大らかな、あるいはアバウトな世界なのか。
山﨑邦紀、その作品には特異な精神疾患を患つた者ばかりが現れては、珍奇な観念が狂ひ咲き観る者の脳髄を幻惑させ、つつもそれでゐてプログラム・ピクチャーとしてのピンク的要請はきつちり果たす。即ち作家性と商品性の両立、といふ商業映画に際して最も困難な課題を概ね常に遣り遂げてみせるピンクきつての、どころか日本映画界きつての大天才監督である。最早最強といつてしまつても過言ではなからう、と個人的には思つてゐる。「痴漢マニア 女尻丸出し」は、そんな山﨑邦紀作品世界の表面的な幻妖怪異の奥底に流れる、実は一貫して力強いストレートなエモーション志向に初めて気づかされた思ひ出の一本である。改めて再見、ワン・ショットの非の打ち所もない、掛け値なしの名作であつた。何処から手をつければよいのか判らないので、例によつてといふか何といふか、久方振りに活字再映する。
秋の公園、一組のカップル(風原愛里と太田始、役名不明)がとても素人とは思へないやうな、大胆な青姦に耽つてゐる。それを繁みの影から覗き込む痴漢が計七人、柳瀬(瀬海)と宇野(タケ)に他五名。因みに他五名のうち、三人は五十音順に荒木太郎・国沢実・広瀬寛巳。荒木太郎の顔には未だあどけなさが少しだけ残り、情事を凝視しながらスキットルをグビリ、といふ小技も見せる。カップルは遂に後背位で挿入を始める、その隙に乗じた柳瀬は女の足元からパンティをくすねようとして、下手を打ち気づかれる。カップルは騒ぎ出し、痴漢軍団は蜘蛛の子を散らすやうに一斉に逃げ出す。
所を変へ痴漢軍団五人に、俺達の縄張りで勝手なことをやつてるんぢやねえよ、と柳瀬は詰め寄られ不穏な雰囲気に。痴漢と揉め事は平和的に解決しようぜ、とその場に割つて入つた宇野は、隙を見るや「逃げろ!」と柳瀬を連れ逃げる。ブランコに揺られる二人、「痴漢に縄張りなんて笑つちやふよな」と語る宇野に対し、「“平和的に解決”は良かつたね」と柳瀬は返す。宇野と柳瀬は何となく意気投合し、自己紹介する。二人とも、失業中の身であつた。宇野は、自分は偶々あの場に居合はせただけだと、自らが痴漢の常習者であるとは頑なに否定する。
柳瀬は居候してゐる女の家にて、今しがた入手して来たパンティを満喫。そこに柳瀬の彼女(桜井美咲、この人も役名不明)が帰つて来る、柳瀬が自分のパンティに顔を埋めてゐるものと勘違ひした美咲(大絶賛仮名)は、こんないゝ女が前にゐるのに(パンティになんか夢中になつて)。すると柳瀬は美咲の股間に顔を埋め、「こゝにもパンティがあつた・・・」。二人はセックスする、またこの桜井美咲が素晴らしい。80年代の香りも漂はせるあどけない顔立ちに不釣合ひな、オッパイもお尻も大きくていやらしいこといやらしいこと。旦々舎一流の強靭で扇情的な濡れ場を、お腹一杯に堪能させて呉れる。
柳瀬は近所の庭(浜野佐知自宅)に、宇野を伴ひ忍び込む。干してあるそこに住む主婦(扇まや、くどいやうだが役名不明)のパンティを、釣竿を使ひ何とか手に入れようとするが、どうしても上手く行かない。洗濯バサミが外せれば何とかなるんだけどな、元々釣竿はパンティを釣るためのものぢやないからな、などと宇野の部屋でウダウダしてから、二人は自販機でヤケ酒をあふる。酔ひの勢ひに任せて、柳瀬は僕の彼女を紹介するよ、と宇野を招く。お前に彼女なんてゐるのかよ、と半信半疑ながら宇野はついて行く。現れた美咲の意外な美しさに、宇野はたちまち一目惚れ。どぎまぎした宇野は、泊まつて行けといふ柳瀬も振り切り、そゝくさその場を後にする。
独りの部屋に戻つた宇野はついつい、自分に対しての美咲の痴態なんか想像してしまふ。友達の彼女の艶姿をイマジンするダメ人間、これが泣かずにをれようか。嗚呼、泣け泣け。泣いたとて構ふものか、小屋の暗闇が全てを覆ひ隠して呉れる、それもワン・ノブ・映画の魔力だらう。
柳瀬の暴走は止まらない、今度は、遂にまや(だから仮名)の家に盗聴マイクを仕掛ける。さうとは露知らず、まやは夫(甲斐太郎、役名不明だつてば)と夫婦生活をオッ始める。後ろにも頂戴、とアナルセックスに突入。扇まやと甲斐太郎、この二人ならそのくらゐの真似幾らでもやつてゐて特に不思議でもあるまい、妙な説得力がシークエンスを支配する。その音声にハイエースの車内で柳瀬と宇野が耳を傾ける、そこまでしてのける柳瀬に、宇野は若干引き気味。後ろに宇野が座つてゐるにも関らず、柳瀬は興奮してオナニーを始める。この一幕の、瀬海弘の何処を見てゐるのだか全く焦点の定まらない目が凄まじい。宇野は完全に、柳瀬にはついて行けないと愕然とする。
柳瀬は、再び宇野を美咲宅に招く。柳瀬は、宇野が美咲に一目惚れしてゐるのを見抜いてゐた。目隠しセックスをしよう、と美咲に目隠しを装着、軽く愛撫しておいて、服を脱いで来ると退出。宇野とスイッチして、美咲を抱かせる。
柳瀬と距離を置き始めた宇野は、蕎麦屋でのバイトを始める。
店の看板を出してゐたところ、宇野は美咲と出くはし、公園で少し世間話する。美咲は、手がつけられない柳瀬の性癖に真意を測りかね、別れを切り出してゐた。こゝで、プリントがそこそこ飛んでしまつてゐる、残念だ。プリントが飛んでゐるのでよく判らないが、宇野は美咲から部屋に招かれる。ヤバい!柳瀬の手口を想起した宇野は、あちこち探り始める。案の定ベッドの下からは、柳瀬が設置した盗聴マイクが出て来た。盗聴器を叩き壊さうとする宇野を、美咲は遮る「《スイッチを》切らないで!聞かせてやるの、あいつに」、美咲は柳瀬とセックスする。
相変らず柳瀬がまやのパンティに竿を投げる、上手くは行かない。仕方がないので庭に忍び込んでみたけれど、まやに気づかれ柳瀬は逃げる。
薄暗い、美咲も出て行つたガランとした部屋の中で電話機が鳴る。勿論、誰も出る者などゐない、公衆電話からかけてゐたのは宇野だつた。宇野は痴漢軍団の一人(広瀬寛巳)から話しかけられる、柳瀬の話題だ。「別に友達なんかぢやないさ」、宇野は嘯く。柳瀬は、覗いてゐたカップルに捕まり袋叩きにされただの、警察にパクられてた、といふ噂まであるやうだ。宇野は突き放す、「好きにするだけさ」。
夕暮れ時、宇野は訪れたものの無人の美咲の部屋で立ち尽くす。それはそれとして、あれやこれやの楽しかつた思ひ出が胸をよぎる。宇野は、手土産に買つて来たタコヤキを独りで頬張る。
何時もの公園、相変らずカップル(風原愛里と太田始)が大胆な情事を楽しんでゐる。それを嬉々と覗く痴漢軍団と、虚ろな眼をした宇野。男が、女の足首から抜いたパンティを柵にかける。エッサカホイサカとオッ始めるカップル、その時・・・!ヒョイッと柵からパンティを釣り上げる釣り針、柳瀬だ。カタルシスの爆裂するエモーション其の壱:遂に成し遂げられる釣竿でのパンティ・ゲット!
カップルは騒ぎ出す、情事も勿論中断。釣竿を右手に、はしやぎながら柳瀬が逃げ出す。「あの野郎!」痴漢軍団は色めき立ち、柳瀬を追ひ駆けて行く。原つぱを駆け抜け、柳瀬は森へと続く小高い丘を駆け上がる。ここでスローモーション、山﨑邦紀天才!!ゆつくりとこちらに向かつて振り返り、左手でこちらに向かつて大きくピース♪画面は再びスピードを戻し、画面奥に駆け抜けて行く柳瀬と、それを追ひ、痴漢軍団も続けて森に消える。一方、立ち尽くす宇野の、それまで浮かなかつた表情も、すつかり嬉しくなつてしまつてゐる。宇野は女から詰め寄られる、ちよつと、アンタも痴漢でせう!?これまで頑なに否定して来たのを、宇野はあつさり認める。ああさうさ、俺は痴漢だよ。カタルシスの爆裂するエモーション其の弐:取り戻されるロスト・アイデンティティー。山﨑邦紀超天才!!!作劇の勘所を完全に自中にし、観客のエモーションを最早自在に操作する。痴漢軍団に続いて、柳瀬を追ひ駆けて行く宇野も画面奥の森に消え、画面は暗転、クレジットが入る。
ダメ人間・ミーツ・ダメ人間の基本プロットに桜井美咲といふ桃色の決戦兵器を迎へ、出会ひ、挑戦、横恋慕、擦違ひ、哀しい別離。孤独、失意、そして歓喜の再会、成就、回復、復活。までが五十八分の尺の中に手際良く描かれる、起承転結の構成としては最早完璧。勿論加へて相手は旦々舎である、素敵にいやらしいこといやらしいことはこの上ない。全方位から一欠片の文句の付け所もない、紛ふことなき青春ピンクの大傑作、正しく必殺の一本である。
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