真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「喪服令嬢 いたぶり淫夢」(2012/製作:旦々舎/提供:オーピー映画/監督:浜野佐知/脚本:山邦紀/撮影:小山田勝治/撮影助手:石田遼/照明:ガッツ/助監督:北川帯寛・江尻大/応援:田中康文/編集:有馬潜/音楽:中空龍/録音:シネ・キャビン/ポスター:本田あきら/タイトル:道川昭/現像:東映ラボ・テック/出演:万里杏樹・浅井色織・佐々木基子・牧村耕次・なかみつせいじ・荒木太郎・竹本泰志)。出演者中、荒木太郎は本篇クレジットのみ。
 竹本泰志のモノローグで開巻、恩師の未亡人である万里杏樹と、竹本泰志の絡みを軽く見せてタイトル・イン。改めて本戦、は、作家である波多伸輔(竹本)が執筆中の小説内での出来事。遺影の前で事に及ぶ、シークエンスの在り来りさに首を捻つた波多は、遺骨を用ゐた骨壷プレイを考案する。亡夫のお骨で寡婦の観音様を弄くるだなどと、大概にもほどがある筈なのに、旦々舎がするとなると何故か驚かされるでなくすんなり呑み込めてしまふのは何故なのか。とそこに、波多のファンである坪井雅美(佐々木)からの電話が。招かれた波多が据膳を喰つてゐるところに、折悪しく帰宅した雅美の夫・義男(牧村)は、後述するがひたすらにオッソロシく立ち尽くす。不倫の甘美も、発覚すれば面倒臭い粗相。頭を抱へる波多が北川帯寛がカウンターの中に入るバーで飲んでゐると、そこに万里杏樹が現れる、画面奥のカップル客は識別不能。驚く波多にしかも万里杏樹は、鳥子と作中と同じ名前を名乗つた。つらつら波多と鳥子の一戦は夢でオトす翌早朝、坪井―義男―からの黒尽くめの使者(なかみつせいじと荒木太郎)が非常識甚だしい時間に波多を訪問。挙句に有無をいはせず、波多は明後日に坪井と会ふ羽目に。いよいよ厄介なことになり再び北川帯寛のバーで酒を呷る波多は、元カノ・榊裕子(浅井)と再会する。
 浜野佐知2012年最終僅か第二作は、元々の脚本からさうなつてゐたのか余程女優部新顔に手を焼いたか、随分と毛色の変つた一作。主体的に性と自由を希求する女達が男供をケチョンケチョンに蹴散らす、平素の浜野節は本当に一欠片たりとて窺へず、代つて夢とも現とも知れぬ迷宮に翻弄される色男の小説家が辿る不可思議な運命を綴つた、ある意味シンプルな幻想譚に仕上がつてゐる。クライマックスの舞台が男―だけ―四人が集つた河川敷だなどといふのは、薔薇族でなければ浜野佐知にしては画期的に珍しいことなのでは。問題の女優部を大雑把に掻い摘むと、威勢のいい詰め込みぶりと微妙に掠るルックスとが矢藤あきを何となく想起させる主演女優は、ミステリアスな造形に無理矢理押し込まうとした気配も透けて見えぬではないものの、一枚きりの表情と、濡れ場に突入しても満足に動けぬ綺麗な大根ぶりはオーピーなのに如何せんエクセスライク、初めからの負け戦臭は否めない。他方、各パーツが顔面中央部に密集する二番手は、ビリングの頭が頭だけに劇中を生きてゐる人間としてそれなりの存在感を実質以上に発揮する相対的効果が働くとはいへ、残念ながら万里杏樹に劣るとも勝らず締りのない体型は現代ピンクに於いては通り難い。三本の矢が二本折れたとて、佐々木基子が居るではないかといふならば、義男の導火線に過ぎない元々の三番手ポジションから映画全体を背負はせるに至る、根本的な変更を加へるのは七十二時間の現場では土台無理だらう。斯くも出来の悪いこの世界でさへ、造物主は一週間を費やしたのだ。対して、平川直大は不在の男優部。一時期懸念された体重増加は回避したかに見える反面、今度は二の腕が妙に細くなつた竹本泰志は、一手に任された展開の進行に忙殺された印象が強い。案外然程でもない出番の割に、極大の鮮烈を叩き込むのが牧村耕次。的確に過剰な照明の中、大昔の怪奇映画ばりの壮絶な表情を撃ち抜くのが今作の最高潮。裸映画のピークがオッサンの面かよ、などと呆れる勿れ。2012年にこの画が撮れるといふのは、何気に映画的事件であると思ふ。没論理を巧みに操るなかみつせいじと、黙して雄弁に援護する荒木太郎、正体不明の威圧感を誇る黒服二人組も実にイイ感じ。なかみつせいじと本多菊次朗辺りで、ピンク版「ブルースブラザーズ」とか如何か。河川敷の修羅場が格好のロケーションと折角の面子なのだから、ショットとしてもう少し突き抜けて欲しいのと、下手に序盤を回収した結果、締めは些かキレを欠く。見所がなさそであるよで矢張りさうでもないやうで、モヤモヤした感触は、作中世界の追体験である。とまでの牽強付会は流石に振り回さないし、多分実際にそこまで設計されてもゐまい。


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 「三十過ぎの人妻 午後の不倫タイム」(1997『トイレの不倫 人妻援助交際』の2009年旧作改題版/製作:フィルムハウス/提供:Xces Film/脚本・監督:坂本太/企画:稲山悌二《エクセス・フィルム》/プロデューサー:伍代俊介/撮影:創優和・佐藤文男/照明:藤塚正行/助監督:羽生研司・山崎徳幸/製作担当:真弓学/撮影助手:鏡早智/照明助手:増田靖志/編集:金子尚樹《フィルムクラフト》/効果:東京スクリーンサービス/ヘアメイク:大塚春江/出演:中条理佐・葉月螢・杉本まこと・山本清彦・久須美欽一・吉行由実)。
 何と五万円の超高額有料トイレ、足を踏み入れた男を、下着姿の女(多分山本清彦と葉月螢)が個室の中で待ち受ける。クレジットが先に走り、個室から飛び出す立つたまま尺八を吹く女の尻に被さるタイトル・イン。そこそこのマンションの801号室、表札には白木幸治・瞳夫妻と、これ見よがしにより大きな姫野百合子の名前。通つてゐた大学の助教授と結婚して一年、瞳(中条)と幸治(杉本)の夫婦生活。明朝が早いことと、敷金礼金は出して貰つた瞳の姉で今でいふ婚活中の居候・百合子(吉行)の存在を気にかける、幸治の腰は別の意味で重い。ところで百合子はといふと、早速妹夫婦寝室の外で一人遊びに燃える大サービスぶり。ポップに諍ふ姉妹の狭間で幸治が悲鳴を上げる白木家の朝挿んで、改めて五万円トイレ。外観はスライド戸の身障者用トイレなのだが、内部は御馴染み当時東映化学(現:ラボ・テック)のピンク・タイルの男子便所に、シーツを敷き机と椅子を並べた異様な空間、サロンに無理矢理仕立て上げた感が清々しい。会社御曹司の田辺寛(山本)と、主婦の菅原涼子(葉月)が事に及ぶ。再び白木家、百合子からは早くも女として枯れかけたことを指摘された瞳に、実は大学の先輩である涼子からランチのお誘ひが入る。瞳の目下諸々の問題を看破した涼子は、五万円トイレを舞台とした人妻援助交際に勧誘する。
 そんなこんなで底の抜けた世界に根を張るアメイジングな安定感、久須美欽一が瞳初戦のお相手・上野達郎。建設会社社長で、五万円トイレの施工主にも当たる劇中地味に重要な御仁。
 坂本太1997年第一作は、ハッピーでライトなテイストがお気楽に心地良い、案外完璧な裸映画。夫婦生活と同居する姉―とそれに付随して金銭的な問題―と随分早めな倦怠感に悩む新妻が、援助交際と称した要は主婦売春の世界に招き入れられる。俄に輝きを取り戻すヒロインに、旦那と姉は目を丸くする。返す刀で非大絶賛行き遅れ気味の百合子も救済、まさかの逆転玉の輿に瞳が頭を抱へたところで、ワン・カットの的確な伏線が着弾するありがちなオチのタイミングが実に素晴らしい。物語を抜群のスムーズさと、してやつたりの涼子まで含め三本柱の誰しもが幸せになる超絶のバランス感覚とで片付けると、後は中途半端な余韻に色気を出すこともなければ冷静に検討する余計な暇を与へることもなく、濡れ場と濡れ場と濡れ場。三花繚乱の濡れ場・ジェット・ストリーム・アタックで振り逃げるフィニッシュは完全無欠。幸治の狸寝入りともう一つ、瞳が上野と初陣を飾つた夜に関して忘れてならないのは、パック顔で手洗ひにてバイブ・オナニーに狂ふ、相変らず見合はポシャッた姉に妹が温かい言葉をかける件。他愛ない一幕に過ぎないやうな気もしつつ、何故だか普通にグッと来た。お腹一杯に女の裸を見せた上で、あれ、気が付くと磐石の大団円?とまで称するのは少々大袈裟にせよ、量産型娯楽映画のひとつの到達点たるスマートな一作。強いエモーションなり深いテーマもあるに越したことはないのかも知れないが、個人的な志向ないしは嗜好としては、ピンク映画の完成形はこの辺りに設定したい。それと断固として断言しておきたいのは、適度にムッチムチなプロポーションと、絶妙にそこら辺に居さうなルックスが琴線に触れる主演女優も決して悪くないが、巻き巻きのヘアスタイルとシャープな眼鏡、そしてそれ以前にコンディション自体の絶好調を窺はせる、吉行由実がトリに座るに相応しい今作のポイント・ゲッター、久々の勢ひで堪らんかつた。

 ところで、瞳が在学中ないしは卒業直後に幸治と結婚した、とは必ずしも明言されないともいへ、それにしても中条理佐は二十代前半にしか見えない件。エクセスの仕出かすことといへばそれまでだが、上向きにサバを読んでどうする。


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 「恥づかしい失禁 巨乳と生尻」(1995『巨乳潮吹き令嬢』の2013年旧作改題版/企画・製作:オフィス・コウワ/提供:Xces Film/監督:坂本太/脚本:佐々木乃武良/プロデューサー:高橋講和/撮影:創優和/照明:櫻井雅章・金子高士/編集:金子尚樹 ㈲フィルム・クラフト/音楽:伊東善行/製作担当:真弓学/助監督:佐々木乃武良/録音:ニューメグロスタジオ/効果:協立音響/撮影助手:塚園直樹/照明助手:伊東政己/メイク:桜井ルミ/スチール:本田あきら/現像:東映化学/出演:細川しのぶ・林由美香・吉行由美・久須美欽一・牧村秀樹・杉本まこと)。出演者中、吉行由美が何故かポスターには摩子、何でさうなるのか。
 糸を引くチューから、揉み込まれる文字通りの爆乳に轟然とタイトル・イン。「松本衛生材料店」社長令嬢で女子大生の松本亜稀(細川しのぶ/ただどうもアテレコに聞こえる、杉原みさお?)と、恋人で松本衛生材料店商品課に勤務する石田徹(牧村)の婚前交渉。但し卒業までは最後の一線を超えることは拒む亜稀を制し、徹は強制挿入。「ヤッちやつた・・・・」といふ亜稀の感慨は、安心の夢オチ。何だか坂本太の安定感を前にすると、夢オチを怠惰であると排斥するのが、まるで判らず屋の難癖でもあるかのやうに思へて来る。亜稀のベッドの傍らでは、寝袋の上から更に手足を縛られた徹が眠る、体を悪くするぞ。所変つて喫茶店、亜稀が友人の秋山桃子(林)に、商品モニター用の生理用ナプキンを非常識にも裸で手渡す。桃子が秘かに自らに向ける悪意に、亜稀は気づいてゐなかつた。桃子も在籍するのか否かについての描写は厳密にはない上で、亜稀が通つてゐる女子大の理事長、兼父親の徳之助(久須美)を、桃子が理事長室に訪ねる。掲示される前代か初代の理事長の肖像が、シレッと坂本太、案外かういふの好きな人だつたんだな。桃子は―亜稀が徹に贈られたと自慢した―ネックレスをおねだりがてら、卒論の合否に関する書類をくすねる。
 ヒゲの杉本まことは、亜稀の卒業を阻み徹との仲を裂く腹の桃子に合否を改竄され、卒論を不合格とされた亜稀が泣きつく、担当教授の大山俊也。亜稀に当然手を出す際の方便が、エロスが足りない、流石としかいひやうがない。一方松本衛生材料店商品課では、徹がぶつくさモニター結果のチェック。今よりも年増に見えるのが不思議な吉行由美が、徹を喰ふ鬼女課長・津田沼麗子。徹の早漏ぶりに呆れながらも後に吐く名台詞が、「強い男に、してあげる」。亜稀はそれどころでもない中、麗子を掻い潜り、桃子は徹に接近を図る。
 坂本太1995年全四作中第三作、通算第七作。一応徹を巡る桃子が亜稀に仕掛けた姦計を展開を貫く縦糸に置くとはいへ、徹にはお預けにしておいて、亜稀は大山と徳之助相手にはガンガン跨りジャンジャン潮を噴き、麗子は勝手に大暴れ。オッパイの寂しさから林由美香が劣勢を強ひられすらする、誠清々しき重量級で豪快な裸映画である。桃子の悪巧みは亜稀が勝ち気味の痛み分けに何となく片づけ、締めは亜稀×徳之助、徹は麗子に譲つた桃子は何故か大山と、麗子×徹の濡れ場・ジェット・ストリーム・アタックの勢ひで逃げてみせるラストも天晴。尤もさうなると、せめて順序を逆には出来なかつたものか。


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 「痺れる若後家 喪服のままで…」(1993『喪服妻悶絶』の1999年旧作改題版/企画・製作:オフィス・コウワ/提供:Xces Film/監督:坂本太/脚本:草水教行/プロデューサー:高橋講和/撮影:紀野正人/照明:小峯睦男/録音:杉崎喬/編集:金子尚樹《フィルム・クラフト》/音楽:伊東善之/効果:協立音響/助監督:堀田学/色彩計測:三角匠/メイク:中村範子/監督助手:井戸田秀行・上田耕司/照明助手:野口友行/スチール:小島浩/現像:東映化学/録音:ニューメグロスタジオ/出演:高倉みなみ・尾崎由貴・冴木直・秋吉貫次・斉藤竜一・加藤博司)。
 “華道教室草星流相原静恵”の大概下手糞な看板が郵便受けの傍らに掲げられた相原家、クレジットと併走して仏壇に手を合はせる喪服妻が、早速自慰に至る。おお、ヒロインが美人だ、何故そこに一々有難く驚くのか。タップリ四分見せた上で、亡夫遺影に予想外の坂本太を抜き監督クレジット。義弟の俊(秋吉)帰宅、居間に吊るされた喪服を、静恵が一周忌を目前に昼間着てみたと説明したところで改めてタイトル・イン。監督クレジットから、若干間延びする感は否めない。
 ベッドに寝転んでマンガを読む俊の部屋に、「少し付き合はない」とワインを手に静恵が現れる。何と下着姿の静恵の左腕は何時の間にか鎖で繋がれてゐる導入でオッ始まる一戦は、安定の夢オチ。一夜明け、外出した静恵が向かつた先は精神科の奥山クリニック。入り口の手前で加藤博司と交錯した静恵を、この人も白衣の尾崎由貴が診察室に通す。奥山(斉藤)は心の殻を破るだのあくまで治療だのと静恵を抱き、下した診断結果が静恵は夫の死後、心と一緒に体にも鍵をかけてしまつたとするもの。一点注記しておきたいのが、適宜跳ねなくもない秋吉貫次と加藤博司に対し、斉藤竜一に与へられた演技プランは一貫してシリアスな―つもりの―メロドラマ基調。この手のへべれけな方便は、繰り出すならば予め底を抜いたコメディとして御するほかないと思はれるのだが。その意味では、新田栄と岡輝男のコンビは間違ひなく正しかつた、過去形にせねばならないのか。一方、俊の婚約者・裕美子(冴木)が、連絡のつかないことに腹を立て勤務先を急襲。裕美子の車でのカーセックスに入ると思はせて、静恵V.S.奥山戦に移行。主演女優に関しては潤沢な反面、二番手三番手は結構大胆に出し惜しむ。
 昨年急逝した巨星・坂本太のデビュー作、この期にも何も今から小屋で1999年の新版を観ることはプリントがジャンクされたゆゑ不可能につき、DMMで見られるのは非常に嬉しい。それはそれとして、未亡人と義弟と義弟の婚約者、ここまでの布陣は磐石。ところが、未亡人が通ふクリニックに、時期的にどちらが先なのか微妙なのかも知れないが、日比野達郎のやうなメソッドの精神科医が出て来る辺りから、何となくでもなく雲行きが怪しくなつて来る。ビリング頭二人は下手に思はせぶりで、男優部は全員体脂肪率からモッサリした袋小路の中。見初めた勢ひで華道の入門を装ひ接近した静恵に襲ひかゝるも、未遂に終り衝動的に歩道橋から自殺を図つた加藤博司と、俊が静恵にうつゝを抜かすことに荒れ泥酔した裕美子とが出会ふ件には、さういふ形の突破口かと、一旦は光明が見えたかに思へた。ところがそのチャンスは無造作に放棄した上で、煮えきらない俊を裕美子が半ば強制的に回収、しかけておいて結局は奥山夫婦生活で再び茶を濁す。陽性の前に出る圧力で唯一軸たる資格を有した裕美子を基点に、順調に右往左往した挙句、段取り展開で静恵と俊がひとまづ結ばれまでするものの、“どこかにゐるもう一人の自分を見つけるために”だとかで静恵がいはゆる自分探しの旅に出るラストで完全に不時着する。中途半端なアンニュイさが映画的な叙情ではなく漫然さにしか通じない、平板な裸映画であつた。
 それと、蚊帳ではなくブラインド越しに狙ふショットは奥山の医院で数回見られるものの、特段明確な志向なり嗜好を感じさせるものではなく、寧ろ下元哲ばりのソフト・フォーカスの多用の方が目立つ。


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 「痴漢電車 手のひらで桃尻を」(2000/製作:国沢プロ?/配給:大蔵映画/監督:国沢実/脚本:樫原辰郎/撮影:小山田勝治/照明:多摩三郎/ネガ編集:フィルム・クラフト/助監督:森角威之/撮影助手:清水康宏/現場応援:横井有紀・森隆彦・平川真司/録音:シネ・キャビン/整音:中村幸夫/スチール:佐藤初太郎/音楽:黒澤祐一郎/タイトル:ハセガワタイトル/フィルム:愛光/現像:東映化学工業/リーレコ:日映新社/多分協力:日本映機、アスカ・ロケリース、ライト・ブレーン、ホテル・アルパ/出演:沢井ひかる・川島ゆき・麻生みゅう・星野ゆみ・幸野賀一・寺十吾・石川互一・石動三六・栗本吉晴・堤健一・松下素明・村山竜平)。
 コート姿で電車に揺られる東―何故か各種資料には我妻とされるも、何度聞いても東―孝吉(村山)は、太田始似の乗客(石動三六ではないので石川互一か栗本吉晴か堤健一か松下素明)が席を譲らうとするのを声を荒げ拒む。気まずくなり孝吉が車輌を移るタイミングで、セット車輌の窓ガラスに分割して貼りつけられる漫然としたタイトル・イン。結果論でいふと、ここで雌雄は決せられてゐたともいへる。
 次の車輌で孝吉は、北村(寺十)がミア(麻生)に痴漢する現場を目撃する。眉をひそめる孝吉に対し、痴漢行為を受け容れたミアは、何と目が合ふやウホッもといウフッと微笑みかける。北村と交代するかのやうに下手糞にミアの正面に押し出された孝吉は、相互痴漢の愉悦を知る。一方東家、台所で飲むミサコ(川島)は、定年退職後も今まで通りの時間に起き、特に何処で何をするでもなくホッつき歩く舅が帰宅した気配に酒を隠す。孝吉の息子で連夜御前様の和夫(幸野)と、ミサコの夫婦仲は仕方なく上手く行つてゐなかつた。相変らず目的もなく電車に乗る孝吉に、北村の方から接触を図る。公園に舞台を移して世間話、北村もかつては定年前の孝吉と同様堅気のサラリーマンであつたが痴漢で逮捕、ギャンブルで生計を立てつつ痴漢に没頭する今に至る。痴漢に男のロマンを謳ひお遊びが生き甲斐になつたと、北村は孝吉に嘯(うそぶ)く。
 配役残り石動三六すら確認出来なかつた石川互一から松下素明までは、当然乗客要員、現場応援勢―北村逮捕時の女声は、横井有紀?―も含むのかも。星野ゆみは、北村のレッスンを実践する形で、孝吉が初陣を大胆に成功させる女。まさかのビリング・トップに驚いた沢井ひかるは、孝吉が続けて痴漢する女・アケミ。猛然と喰ひつき、降車し逃げる孝吉をどうかした勢ひで追ひ駆けて来るので、てつきり官憲の類なのかと思つた。
 「プライベート・レッスン ~家庭教師の胸元~」(2001/主演:南あみ)に於いて、二番手片想ひの男の子が働くスナック―マスター:樫原辰郎―の、店内に今作のポスターがさりげなく貼つてあつたことから選んでみた、国沢実2000年第二作。途中まで未見かと思つて見てゐたのだが、居酒屋で飯を食ふ北村を訪ねた孝吉を歓迎する、寺十吾の表情は覚えてゐた。落とし処辺りも全然記憶になかつたので、寝てたのでなければ、綺麗に忘れたものとみえる。定年後の空白感を持て余す初老の男と痴漢との出会ひに、男の家庭の事情が絡む。m@stervision大哥と全く同じ感想を表明して畏れ多いにもほどがあるが、痴漢で逮捕された過去を孝吉に告白した北村は、続けて語る。全てを失つたのではなく、全ての束縛から自由になつたのだと。所詮はドロップアウトした捻者の強がりにせよ、飄々とフリーダムな寺十吾が頗る魅力的な反面、ミサコが酒を飲んでゐるところに孝吉が帰宅する工夫のない繰り返しで幕を開くことに加へ、以降もキレなり深みを欠き、東家パートに入ると映画がダレる失速感は否めず、挙句に大胆な北村の処遇をもが、力なく共倒れてしまつた印象は禁じ難い。そもそも、どんなに過大評価したとしても野上正義の無個性な廉価版程度にしか過ぎまい村山竜平のレス・ザン・魅力が致命的で、おまけに火に油を注ぎ、劇中天使―みたいな娘―とさへ称へられるのがリーラーリララな胡坐鼻ではどうもかうもしやうがない。結局のところ、ルックス・プロポーションとも、通常三割増しの四本柱の中で一番の上玉が、純然たる濡れ場要員に甘んじる星野ゆみといふのは悪い冗談か。俳優部の面子に関しては個人的な好き好みも往々にしてあらうゆゑ強ひてさて措くにせよ、展開上看過し得ない疑問手が一点。対星野ゆみに際しては、開き直るが如くセットを利しての大胆な電車プレイを敢行しておきながら、クライマックス車中再会した孝吉とミアが、ホテルに入る画期的な拍子抜けは如何なものか。m@ster大哥仰せの“「映画の枠組み」から抜け出していくエンディングが爽やかにならない”所以には、ここでのアルパへの寄り道も大いにあるやうに思はれる。不発弾が命中だジャガイモの芽が出たと、臭い台詞も生煮える始終の中ではロマンティックに突き抜けることもなく、シンプルに噴飯ものであるばかり。不遇の四番手と寺十吾のほかには殆ど見るべきところも見当たらない一作ではありつつ、特筆すべき聞き所ならばなくはない。硬質のリフレインがシークエンスを加速することも忘れ追ひ越す、孝吉V.S.星野ゆみ戦時の劇伴は闇雲にカッコいい。


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 「プライベート・レッスン ~家庭教師の胸元~」(2001/製作:フリーク・アウト?/提供:オーピー映画/監督:国沢実/脚本:樫原辰郎/撮影監督:鈴木一博/助監督:城定秀夫/撮影助手:岡宮裕・大久保礼司/監督助手:伊藤一平/ネガ編集:フィルムクラフト/録音:シネ・キャビン/スチール:佐藤初太郎/音楽:黒澤祐一郎/効果:梅沢身知子/現像:東映化学工業/フィルム:愛光/協力:劇団ひぽたま・シバテック・ナック/出演:南あみ・榊うらら・徳蔵寺たかし・SHIHO・とも)。
 ダウンロードした動画再生はトブほどの強い光が時折当てられる中、シーツに包まれ眠る榊うららの体に、男の手が添へられる。イメージ風に三分四十秒絡みを見せた上で、ある意味信頼の夢オチ。少女の部屋にはダーッをする猪木と、BI砲のポスター。ベッドから転げ落ちた藤野か富士野愛(榊)が、半分以上起きてゐない状態で寝返りを打ち肌蹴た背中にタイトル。やるな!要は前作で使用したのと同じネタではあるのだが、画期的に見せ方が洒落てゐる、ピンク映画史上に残る名タイトル・インといへまいか。
 和田山大学大学院生・新島か新嶋薫(南)が、ショー・ウィンドウに張りついたまま左から右にパン。また南あみのファースト・カットが超絶、既に俺の中で、今作は永遠だ。ちやうどお金が入用なお年頃のところにかゝつて来た朗報に、薫は嬉々と対応する。声しか聞かせぬ父親(国沢実)による愛のイントロダクション噛ませて、薫は高校中退後大検を受けるとはいひながら、漫然と日々を過ごす愛の家庭教師をすることに。徳蔵寺たかしは、家庭教師を始めるや逆質問を投げて来た愛に薫が白状する、正確には“元”カレ・深尾コウジ。院に進んだ薫に対し、こちらは社会人。事の最中―濡れ場の冒頭布団から這ひ出る瞬間の、南あみの尻の肉感が堪らない―深尾の携帯に浮気相手からの電話が入り、三年続いた関係はあつさり終る。そのことを思ひ出し河原で薫がジタバタしてゐると、水路の向かう側には上手いこと愛が。未成年であることはさて措き愛が買つて来たビールで励まされるも、酔へば酔つたで、薫は絡み酒。尤も、南あみが為すことは何でも狂ほしいほどに可愛らしいゆゑ許す。今度は、意図的に特定を拒んでゐるやうにしか思へない名義のともが、愛が高校―に行つてゐた―時代に片想ひした堀田勝也。愛の回想、とものファースト・カットが、いきなり土手でドリブルの練習をしてゐるだなどといふ、三十年一日の石化したクリシェぶりは流石にもう少しどうにかならんものか。勝也は家庭の事情で高校を中退し、少し遅れて自分の進むべき道なりあるべき姿を見失つた愛も、後を追ふ訳ではないにせよアタシの事情で高校をやめてしまつたものだつた。
 配役残りSHIHOが、深尾の浮気相手。SHIHOとのデート中も深尾が想起するのは、心を残す薫のことばかり。そのまま薫との濡れ場にまで突入し、深尾がフと我に返ると体の下でアヒンアヒン喘ぐのはSHIHOだつた。といふのは幾ら三番手とはいへ、あんまりな扱ひだと思へなくもない反面、じわじわスリリングな別れのバドミントンは演者の資質も考慮するとなほのこと、奇跡的な名場面。しかも何と三分の長回し、何だかもう、どうかしてゐたとでもしか思へない。徐々に快活さを取り戻して来た愛は、スナック「ポッケ」で働く勝也と再会する。ここでマスターの石動が、まさかの樫原辰郎。告白する腹で来店した愛の決意を酌んだ石動は、池さん(池島ゆたかの愛称)と浅草東映に国沢実四作前の薔薇族「ミレニアムZERO」を観に行くと席を外す好アシスト。その際の、気の利かない長髪客は城定秀夫。
 故福岡オークラにて結構な回数観てゐるものの、偶々未感想につきDMM戦を挑んだ、無印国沢実2001年全四作中第二作。プライベート・レッスンがてら、姉妹のやうな大学院生と高校中退娘とが、互ひの恋路に背中を押し押されるキュートで甘酸つぱい青春ピンクの名作。SHIHOとはキレた深尾と再会した薫が、ここも長く回して画面遥か奥で捕獲されたかと思へば、次のカットでは即ベッド・イン。自堕落に憂鬱な深尾の造形も踏まへて、南あみは相手役とシークエンスに恵まれず、榊うららは映画を背負はせるには心許ない。そもそも、咲き誇る百合への飛躍を埋める努力は清々しく放棄。大穴に事欠かない筈なのに、全てがキラキラと輝いて輝いて見えて仕方がない。平板な出来不出来なんぞこの際どうでもいい、温かいエモーションが、穏やかに満ちる。大好きな南あみが画面に載つかつてゐるから、と片付けてしまへば元も子もないのかも知れないが、それだけではなからう。女優を最も美しく撮る映画監督は、少なくともピンクのフィールドでは実は国沢実であつたのではないか、そんな思ひも強く過ぎる一作。否めないのは、レガシー感。


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 「破廉恥をばさん -欲しくてたまらない-」(1994『近所のをばさん -男あさり-』の2000年旧作改題版/製作:旦々舎/提供:Xces Film/監督:浜野佐知/脚本:山崎邦紀/撮影:稲吉雅志・小山田勝治/照明:秋山和夫・蛭川和貴/編集:㈲フィルム・クラフト/音楽:藪中博章/助監督:女池充・戸部美奈子/制作:鈴木静夫/ヘアメイク:斉藤秀子/スチール:岡崎一隆/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/出演:辻真亜子・石原ゆり・扇まや・平賀勘一・甲斐太郎・栗原良)。
 主演女優がここでは声しか聞かせぬ甲斐太郎に尺八を吹く、イメージ風の絡みにて開巻、口内射精のストップ・モーションでタイトル・イン。のつけからげんなりしたのは個人的な性癖ないしは未だ至らなさ―生涯到達叶はずとも全く構はぬが―としても、浜野佐知は敵がどうあれメガホン捌きを弛めはしない。
 人目を憚らぬどころでもなくベッタベタに破廉恥な様子で寄り添ひ歩く片倉(辻)と甲斐太郎(別にヒムセルフでも問題はない)の姿に、八百屋の仙波(栗原)と妻の香織(扇)は呆れ顔。所変つて小田急電鉄小田原線の経堂駅に、キャンバス・バッグを抱へた石原ゆりが降り立つ。経堂駅が、旦々舎の最寄駅なのか。片倉の娘である桃(石原)は、旦々舎に帰宅。ところで旦々舎は片倉家でも何でもなく、買手がつくまで、母娘で雇はれ管理してゐるだけ。すると片倉は、甲斐太郎と非大絶賛交戦中、桃はポップにうんざりする。今時の自画撮りならぬ自画描き、通ふ美大の課題で自らの裸身をスケッチする桃に甲斐太郎が如何にも―スクリーンの中の―甲斐太郎らしく下卑た風情で水を差し、桃の焦燥には火に油が注がれる。娘を産む前に父親には逃げられた片倉は、桃に新しいお父さんをと男を取つ換へ引つ換へしては何時も騙され、桃はそんな母親に飽き飽きしてゐた。
 配役残りオールバックのセミロングと鼻髭が絶妙な平賀勘一は、捨てたのか捨てられたのかは黙して語らぬが甲斐太郎とは切れた片倉が、懲りずに旦々舎に連れ込む平松。英文学専攻の大学教授、らしい。仙波の八百屋には背の低い量産型中村和彦みたいなのと地味にバックシャンの、通算二人客要員が見切れるのはこれは演出部動員?
 浜野佐知1994年全十作中第五作、量産型娯楽映画を本当に量産してゐたこの頃の勢ひは凄まじいのも通り越し麗しくさへあるが、今回注目したいのはそのことではない。特筆すべきは今作が、「シンドラーのリスト」から想を得た結果が何と「チンポラーのリスト」になるといふ正しく奇想が天外な痛快作「近所のをばさん2 -のしかかる-」(1994)、エクセスが公認する最大のヒット作「犬とをばさん」(1995)に連なる、監督:浜野佐知×主演:辻真亜子によるをばさん三部作の第一弾に当る点。因みに、「犬とをばさん」には更に「新・犬とをばさん むしやぶりつく!」(1995/主演:野際みさ子)なる続篇があり、栗原良(=リョウ=ジョージ川崎=相原涼二)は目出度くこれら都合四作に於いて皆勤賞を達成してゐる。流石旦々舎の看板俳優だ、これは公式見解ではない。ついでといつては何だが、レア名義のジョージ川崎と相原涼二に関して改めてここで整理しておくと、確認出来てゐるだけでジョージ川崎の系譜は順に、中村和愛デビュー作「人妻の味 絶品下半身」(1997/主演:羽鳥さやか)。浜野佐知1997年全十三作中(一本目は薔薇)第六作「白衣のをばさん -前も後ろもドスケベに-」(1997/主演:鮫島レオ)と、続けて第七作「ねつとり妻おねだり妻Ⅱ 夫に見られながら」(的場ちせ名義/主演:柏木瞳)。そして1998年唯一作「奴隷美姉妹 新人スチュワーデス」(1998/主演:桜ちより)、この年浜野佐知が一本しか発表してゐないのは、翌年公開の一般映画第一作「尾崎翠を探して 第七官界彷徨」の撮影に入つたからである。同じく相原涼二の系譜は、中村和愛第三作「新任美術教師 恥づかしい授業」(1999/主演:小野美晴)。jmdbにはVシネ二本(1998・2000)と片岡修二の「酔夢夜景」(1998)に出演してゐる相原涼二の項目があるけれども、そちらの方を知らないので同一人物か否かは不明。

 話を戻して、

 てつきりオッカナイ女房を尻目に母娘を天秤にかけた仙波が、何故かキラー・カーンに似た方を選ぶ倒錯し倒した物語になるのかと思ひきや、母親―の男の趣味―に反発する娘が、男の化けの皮を剥ぎ母の目を覚まさうとする、旦々舎の割には恐ろしく在り来りな展開に収束してしまふ。栗原良も傍観者にしては徒に難渋な程度で、二番手を半分と三番手の濡れ場を介錯するほかは、特に何をするでもない。眉根に溝のやうな深い皺を刻み込み、「どうしてかうなつたんだ」と闇雲に苦悩する、御馴染みの見せ場が不発なのは大いに残念。一体俺は、ピンクに何を求めてゐるのか。そもそも、石原ゆりは兎も角前後に控へるは辻真亜子と扇まやといふのが、裸映画的にこれまた随分と狭き門だなとは、好き好みの問題でもある故あへてさて措く。但しまさかの百合を、美大の課題に着地させるアイデアは非常に洒落てゐる。さう来たかと、思はず膝を打たされた。


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 「奴隷市」(2012/製作:オールインエンタテインメント・新東宝映画/配給:新東宝映画/監督:愛染恭子/脚本:福原彰・破野生治/原作:団鬼六『旅路の果て ~倒錯一代女』《小説新潮掲載》/製作:木山雅仁・後藤功一/企画:西健二郎・衣川仲人/プロデューサー:森角威之/ラインプロデューサー:泉知良/撮影:田宮健彦/音楽:與語一平/照明:坂元啓二/録音:古橋和浩/緊縛指導:椿珠陽/緊縛画:堂昌一《春日章》/ヘアメイク:板垣美和/着付け:宮川幸代/ロケーションコーディネーター:田中尚仁/助監督:佐高美智代/編集:石倉慎二/音響効果・整音:高島良太/スチール:中居挙子/アートディレクター:前田朗/撮影助手:原伸也/演出応援:内田直之/制作応援:貝原クリス亮/メイク助手:松本智菜美/メイキング:阿部卓也/撮影協力:ファン/ロケ協力:民宿やまと/協力:アークエンタテインメント・渡辺光/制作協力:ワールド工房/制作:Sunset Village/出演:麻美ゆま・新納敏正・川瀬陽太・ほたる・高橋みほ)。もう少しクレジットの情報量に屈する。
 愛染恭子の名入りで、前年に没したSM小説の大家・団鬼六に捧げる旨を謳つて開巻。SM雑誌『妖奇クラブ』発行人・鬼頭源一(新納)が主催する、「妖奇サロン」特別会員限定イベントの模様。奴隷女を、男達(若干名、全員不明)が月々支払ふ金額で競るその名も正しく奴隷市。高橋みほが、ここで競られるロリムチ奴隷。月五十万で山下に競り落とされた高橋みほの体に落札者以外が手を伸ばすのを、下手な男勝りにガタイのいい女緊縛士(椿珠陽)が鞭で蹴散らすのが何となくユーモラス。『妖奇クラブ』に責め絵を投稿した縁で鬼頭と知り合つた、奴隷市に会場を提供する温泉旅館の支配人でもある伊藤(川瀬)が、オークションには参加せずスケッチの筆を走らせる。鬼頭に市への参加を促された伊藤がノーマルを嘯(うそぶ)いた流れで、責め絵に乗せてタイトル・イン。
 タイトル明け漸く主演女優登場、伊藤と妻・敏江(麻美)のオーソドックスな夜の営みと、仲居頭の靖子(ほたる/ex.葉月螢)も交へた旅館の風景噛ませて、宿を立ち去り際鬼頭は敏江に、敏江が女子大生時代、大学教授の生島五郎か吾郎か悟郎とか(話に上るだけで一切登場せず)に調教されかけた過去を突きつける。そのことに心を騒がされた敏江は翌日、靖子に席を外すとだけ言ひ残し名刺を渡された鬼頭の事務所を訪ねる。特段抵抗するでも葛藤するでもなく鬼頭に責められるがまま、連絡も入れずに敏江は家を空ける。
 「新釈 四畳半襖の下張り」(2010)と「阿部定 ~最後の七日間~」(2011/共に脚本は福原彰=福俵満)に続く、監督:愛染恭子×主演:麻美ゆまのタッグによる第三戦。兎にも角にも顕著な特徴は、余程バジェットを絞られたのか、明らかに少ない俳優部の頭数からも何となく予想される、展開の手数の稀薄さ。反面、麻美ゆまの超絶美身を責めるシークエンスは質量とも充実し、三日間の無断外泊の末に敏江が伊藤に電話で別れを告げる件に際しては、電話を切つた直後に敏江が浮かべる複雑な笑みに、口跡は相変らず御愛嬌にせよ、女優・麻美ゆまの輝きなり開眼を、「セイレーンX」のことまで思ひ出すと四度目の正直で初めて感じた。一旦敏江を手に入れたかに見えた鬼頭に対し、敏江が次の奴隷市に自身を出品することを自ら願ふに至つて、映画は本格的に走り始め、たかに思へたのだが。男達の思惑を超え、被虐の悦楽に完全に開花したヒロインが、被支配の状況に置かれることを通して逆説的に劇中世界を支配する。責められる女の側に軸を据ゑたサドマゾもののひとつの定番に、折角綺麗に乗りかけたものを。敏江が家を空ける間、積極的あるいは能動的には何をする出来るでもなく、鬼頭には偽り、現に敏江との夫婦生活はノーマルな癖に、何時の間にか調教済みの靖子を誇示する伊藤を、鬼頭が賞賛する辺りで雲行きはみるみる怪しくなる。個人的な思ひ込みに過ぎないが、そこは本丸たる敏江には手も足も出せずに、使用人で茶を濁す伊藤の児戯性を木端微塵に粉砕してみせるのが、凄腕のサディストであるならば鬼頭の役割ではなかつたらうか。結局わざわざ奴隷市を通して敏江と伊藤がヨリを戻す、矢鱈と面倒臭い以前に辛気臭い夫婦物語に着地するのは、「新釈襖の下張り」を改めて想起すれば案外顕著な、塾長の志向ないしは作家性なのかも知れない。何れにせよ、裸映画としては素晴らしく充実してゐるだけに、詰めを誤つた感に激しく水を差される一作ではある。


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 「出逢いが足りない私たち」(2013/監督・脚本:友松直之/原作:内田春菊『出逢いが足りない私たち』《祥伝社・刊》/企画:リエゾンポイント/プロデューサー:當山和・石川二郎/音楽:中小路マサミ/撮影・照明:田宮健彦/録音:甲斐田哲也/助監督:冨田大策/制作担当:高野平/監督助手:島崎真人/撮影・照明助手:川口諒太郎/制作進行:山城達郎/制作応援:大西裕・奥渉/ヘア・メイク:化粧師AYUMO/スタイリスト:長岡みどり/スチール:中居挙子/ポスター撮影:佐藤学/CG合成:新里猛/編集:西村絵美/整音:島崎真人/劇中イラスト:内田春菊/制作協力:株式会社BEAGLE・有限会社アウトサイド/出演:嘉門洋子・藤田浩・佐倉萌・津田篤・阿部隼人・佐藤良洋・倉田英明・上田竜也・田所博士・文月・沖直未)。製作は「出逢いが足りない私たち」製作委員会と公式サイトにはあるが、本篇内には見当たらない。
 諸々のソーシャル・ネットワーキング・サービスが隆盛の今日(こんにち)、いきなり筆を滑らせるではなく飛ばすと、大の大人が公衆の面前で小さな液晶相手にチマチマしてゐる様が大嫌ひな私は、あらゆる種類のモバイルを初めから持つてゐない。話を戻すとそれで便利に楽しくなつたのか、却つて面倒臭くなつたのかなな御時勢を、都市怪談風味にトレースしてタイトル・イン、これナレーションのメイン誰だ?
 タイトル明け、即嘉門洋子の裸。お前達の見たいものを見せてやる、友松直之の雄々しい咆哮が聞こえる。ハンドル:よんよんこと、一応イラストレーターの河原ヨシミ(嘉門)と、先輩イラストレーターでもあるハンドル:とろりん(藤田)の不倫の逢瀬。事の最中にもスマホを手放さぬヨシミに、とろりんは至極全うな小言を垂れる、とろりんの癖に。河原家、テレビ画面に向かつてタレントの吉沢陽子にどうかした勢ひで悪態をつくヨシミを、近所なのか、嫁に出た割には実家に入り浸る姉のカズコ(佐倉)がたしなめる。ヨシミが大ファンの俳優・東條良識(津田)と、吉沢陽子の不倫熱愛は世間を騒がせてゐた。婚期は逃し気味、仕事といつても月に小さなカットを数枚程度。どう考へても詰んでゐる妹に対しカズコはやんはりとでもなく勝ち誇り、ヨシミは満足に論破出来るでなく、幼児のやうに駄々を捏ねる。そこに顔を出す沖直未は、汚いものに気付かない鈍感さが、そのまま人生を終へられたならば幸福な呑気な母さん。そんなある日、ダラダラ起きたヨシミが半ば自動的にPCを立ち上げFaceならぬFool bookを開くと、見知らぬアカからのメールが。しかもその相手は、ヨシミではないよんよんと関係を持つたやうなのだ。誰かがアタシに成りすましてる、冷静に反芻してみると大概な飛躍で、ヨシミは戦慄する。とろりんとの待ち合はせに外出したヨシミは、よんよんちやんと呼ばれる女が男と別れる現場を目撃する。ヨシミはその赤毛でセクシーな女を追ふも、女は踏切越しに姿を消す。成りすましの正体を暴いてやる、ヨシミはFool bookに餌を撒き行動を開始する。
 配役残り田所博士は、女優を自称する吉沢陽子を頑なにタレント呼ばはりする挑戦的なテレビ番組司会者。形式的にはヒムセルフなれど、まあ変名か。ヨシミ成りすましのファースト・カットにもシレッと見切れる阿部隼人は、成りすましがネットで漁るハンドル:きりたんぽぽ氏。締りのない体躯が、ランニングの形に日焼けしてゐる間抜けさが余計に役不足。三人の並びで画面奥から倉田英明・佐藤良洋・上田竜也は、同じく成りすましとの4P要員。倉田英明が、劇中最初に真相に辿り着く。佐藤良洋は地味に長けた発声を楽しみにしてゐたものだが、見せ場は与へられず。それと無論、上田竜也はKAT-TUNではない。フィーチャー・フォンを弄る迷彩を着たジャイアンが開巻に見切れるのは目を瞑つてゐても気付くにせよ、わざわざクレジットまでしておいて文月(ex.かなと沙奈)が何処に出てゐたのかが本当に判らない。その他それらしき役は登場しないし、少なくとも、抜く形では撮られてゐない、筈。忘れてた、ヨシミにただのデブの一言で片付けられるとろりんの細くはなくとも細君は、帽子を目深に被つた佐倉萌の二役。
 友松直之最新作中の最新作、後述するが何せまだ公開前、タイムマシンにでもお願ひしたのか。勝手に設定したテーマを蒸し返すと、友松直之といへばオーピーに続き新東宝も連破し、ここでエクセスをどうにか出来れば、ほぼ間違ひなく歴史上最後の三冠を狙へる重要な位置にあるのだが、今回ばかりはそれどころではない。初脱ぎのトピックこそないとはいへ、あの嘉門洋子がカモンし倒す衝撃の話題作。申し訳ないが、流石に役者が違ふ。肝心の濡れ場に突入すると殊に、嘉門洋子が終始一人浮いてしまふ違和感は禁じ難い。それはさて措き、ヨシミが自身の成りすましを捜して奔走する、サイコ気味のサスペンスはちやうど尺が折り返しを跨いだ辺り以降、怒涛の吉沢陽子裸見せの中一旦完全に埋没する。手前勝手極まりないセックスできりたんぽぽの機嫌を損ねた陽子が、途端にブリブリ男を手玉に取つてみせる件には、友松直之は何処まで女といふ生き物を信用してゐないのかと微笑ましさも覚えつつ、東条の前では一転。きりたんぽぽを自身の快楽に供する為だけの道具かのやうに扱つた陽子が、東条からは同じやうに扱はれる隷属の連鎖は、与へられた企画に決して安住なり満足しない貪欲さが裸で以てドラマを紡ぐ、然るべき裸映画の在り方として結実する。それにしても、さういやヨシミはどうしたのよ?とぼちぼち途方に暮れかけたタイミングで、倉田英明を起爆剤にそれまで入念に敷設した伏線が着弾、狙ひ澄ましたどんでん返しが火を噴くのは友松直之一流の構成術。と同時に、そこで欲張り若干キレを失するのも御愛嬌。自身がツイッター・ジャンキーであることも利してか、SNS社会を土台に友松直之が選んだモチーフは、正しく表裏一体を成すヨシミが拗らせる自意識と、陽子が自堕落に持て余す空白感。陽子、に限らず女達が都合よく抱へた心の穴は、適宜印象的に始終の調子を整へつつ、最終的にはアンニュイに投げ出される。それもそれで様になつてゐなくはないが、下手なスタイシッシュよりも孤独なオタク青年が誰も知らない女優と銀幕の中で添ひ遂げる苛烈なロマンティックに。友松直之とは相憎相悪の状態にある旦々舎の、絶望的な孤独の末に中年男が終に郵便ポストと化す無限の夢幻にこそ、より強いエモーションを覚えるものではある。
 絵になつてゐる分、陽子はまだいい、問題はヨシミだ。ヒステリックにみるみる消耗しやがて壊れて行くヨシミの姿は、本来ならば嘉門洋子の超絶な演じ分けないしは凄絶な熱演を称へなければならないところなのかも知れないが、あまりに真に入り過ぎて、逆に見るに堪へない。これは美しくないものなど今既にあるありのままの現し世だけで十分で、夜の夢は、そしてそれを投影した映画は文学は全ての創作物は美しくあるべきではないのかとする、個人的な偏好による感触でもある。だけれども分別を捨てなほも大風呂敷を拡げると、駄目なものが駄目なままでも美しかったカッコよかつたどうにか救はれた幸福な時代は、1980年が明けた瞬間に基本的に終つた。以降は必ずしも絶対に不可能ではないとしても、特別な配慮もしくは能動的な努力を要する世知辛い世界が完成した。元々露悪的な戦略でそれは狙ひ通りに形になつたのだらうが、ヨシミにもヨシミなりの真実なり救済を求める惰弱な心性は、半欠片たりとて顧みられはしない。だから、もしかすると何某かの手を施したのか、嘉門洋子の淡いピンク色の乳首と乳輪とがエクストリームに美麗かつ扇情的であるにせよ、今作は美しい物語ではない。それはハンバーガー店に入つてうどんを注文する類の与太として、一点目もとい耳に障つたのが、時に激しく適当で時に徒に大仰で時に不用意に饒舌な、悉(ことごと)くちぐはぐな劇伴が清々しく至らない。尤も、音楽に関してはアリスセイラー降臨時以外は、総じて友松直之映画のアキレス腱であるやうに、改めて思ひ返してみると思へなくもない。ともあれ、それもこれもあれやこれやはこの際取るに足らない瑣末。確かにセンセーショナルな裸だけでなく劇映画的にも十分に面白いことは面白いともいへ、映画の面白さを求めるならばメイドロイドの方が数段素晴らしいし、それ以外にも結構な高打率で事欠かない。キャプテンぽくいへば、そんなことより嘉門洋子のカモンを舐めたくならうぜ。公称スペックを鵜呑みにすると、嘉門洋子目下御齢三十三歳。この手の企画によくある、五年遅かつた十年遅かつたなどといふ話には断じて当たるまい。寧ろ今が絶頂期、ゴールデン・エイジ、別に二十五の時の嘉門洋子は知らんけど。部位もプレイもフルスロットル、嘉門洋子は脱ぎ惜しまない、友松直之も手加減しない、それがジャスティス。間に合つた嘉門洋子を裸映画の鬼・友松直之が撮る、事件を通り越した奇跡に感謝を。

 ところで、十四日から一週間限定で池袋シネマ・ロサにてレイトショー公開される成人指定とはいへ一般ソフトコアの感想を、何でまた封切り前に福岡在住の田舎者が書いて、より正確には書けてゐるのかといふと。畏れ多くも友松直之監督から、勿論禁貸出でサンプルDVDを呉れてやるからレビューを書け、それを販売戦略上の下手な弾幕に使用するとのお話を頂戴した。藁製の猫の手にもほどがあると恐縮しつつ、折角なのでここは前に出て玉と砕けるかとしたところ、ひとつ障害が、しかも根源的な。我が家には妹が結婚する少し前から―何時なんだよ、それ!―テレビがなく、となると当然無用の長物たるDVDプレイヤーもない。オンボロXPが辛うじて青息吐息で動いてゐるものの、ドライブは壊れてゐる。即ち、寂しさで画期的な色になるどころか、そもそもウチにはDVD視聴環境が存在しないのだ。そこで
 僕「メール添付の動画ファイルで下さい><」
 友松大監督「画質が激しく劣化するから駄目だボケ、ネカフェ行けやドアホ(#゜Д゜)」
 的なハート・ウォーミングな遣り取り―幾分意訳―の末、持ち込みのDVD-Rを見る為だけに一々ネットカフェの門を叩いた、まででまだ話は片付かない。挙句に、四捨五入すると十年ぶりに触るテレビとDVDプレイヤーの使ひ方がどうしても判らずに、悪戦苦闘を経て結局PCで見る始末。我ながら、限りなく不自由な男だ。


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 「女将と仲居 あたゝかい股間」(2001『未亡人旅館3 女将の濡れたしげみ』の2013年旧作改題版/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:岡輝男/企画:福俵満/撮影:清水正二/編集:酒井正次/助監督:佐藤吏/スチール:津田一郎/録音:シネキャビン/現像:東映化学/出演:葉月螢・里見瑤子・佐々木麻由子・岡田智宏・なかみつせいじ・入江浩治・池島ゆたか)。
 毎度御馴染み「水上荘」であるものの、温泉旅館の劇中では「東雲亭」。一年前に死去した夫の遺影(かわさきひろゆきの宣材写真)に、未亡人女将の大島つむぎ(葉月)が不景気にも屈さぬ決意を報告する。そこに、庭から番頭の山崎靡彦(ヤマザキナビスコをもぢつたものか/岡田智宏)が来客を告げるタイミングでタイトル・イン。といふことは、後述する先行二作の、女中の自己紹介で幕を開けるフォーマットには従はなかつた格好。
 とりたてて一時間を貫く起承転結があるといふよりは、ほぼ均等な尺の配分で銘々が東雲亭を訪れる。いはば三本のショート・ショート・ドラマを連結したが如き構成の一作につき、順々に配役を整理すると金ならぬ黄縁のグラサンと鼻髭がコントななかみつせいじは、客不足に悩むつむぎが頼る、旅行代理店社長・帆苅末人。里見瑤子は、靡彦が先般閉めた小田原屋の主人(一切登場せず)と以前に東京で遊んだランパブ嬢・久方ひかる。ランパブが潰れたため、支配人を騙つた靡彦を頼り東雲亭に現れる。肩に引つかけたカーディガンの袖を首に巻いた、ステレオタイプなスタイルの入江浩治は、高島ダ礼子が主演する温泉ドラマのロケハン中とやらの、自称STH(これは間違ひなく新東宝の略か)テレビジョンのディレクター・萩原千尋。ひかるが軽やかに振り抜くランパブ仕込みの乱痴気宴席の、恩恵に最初に与る。池島ゆたかは十年ぶりの東雲亭に道に迷ひつつ到達する、旦那衆・青丹吉造。そして佐々木麻由子が、青丹がランパブ上がりの仲居と羽目を外す情報を何処からか聞きつけ、オッカナイ剣幕で東雲亭に乗り込んで来る青丹の二号・角川文子。
 歳末ギリギリ公開の深町章2001年最終第六作は、同趣向の作品が他にも石を投げれば当たるほどあるともいへ、二年前の第一作「未亡人旅館 したがる若女将」(1999/脚本:福俵満/主演:しのざきさとみ)、同年第一作となる第二作「未亡人旅館2 女将は寝上手」(2001/脚本:福俵満/主演:しのざきさとみ)に連なる、正式にナンバリングされた深町未亡人旅館の最終第三作。ここでわざわざ“深町”未亡人旅館と特記したのは、実は「したがる若女将」より更に二年遡る、「未亡人旅館 ~肉欲女体盛り~」(1997/脚本:北村淳=新田栄/主演:松島エミ=鈴木エリカ=麻倉エミリ)なる新田栄版が存在するからである。量産型娯楽映画の、世界は案外深い。傾きかけた温泉旅館が、気立てのよさと股の緩さが比例するストレンジャーの登場で活気を取り戻す。脚本が同じ岡輝男によるものであるのもあり、似たやうなお話は新田栄も数打つてゐるとはいへ、へべれけながらも穏やかな幸福感溢れる温泉映画に仕上げ―て来ることも稀にあ―る新田栄に対し、深町章は極めてオーソドックスなコメディに仕立てて来る辺りが、両者の対比が判り易く興味深い。事実上のポイント・ゲッターは里見瑤子で、葉月螢は本濡れ場の相手を帆苅に求めるほかなく、締めの絡みを三番手に委ねざるを得ない構成は厳密にいへば教科書的には難アリなのだが、そこは佐々木麻由子の貫禄で、黙つて観てゐる分には全く気にならない。
 明けての正月映画らしく、ひかるの過剰サービスに賑はふ東雲亭を再度訪れた帆苅と、つむぎが観客席の方を向き畏まり「お目出度う御座います」、と頭を垂れ賑々しく一篇を締め括る。

 ところで、巨大なミステリーの種がひとつ。青丹を巡るひかると元神楽坂芸者のプライドも燃やす文子の修羅場に、廊下を通りがかつたその他宿泊客要員の五十音順に岡輝男+佐藤吏+広瀬寛巳+福俵満が目を丸くする。ところまでは兎も角として、もう二人加へて女の争ひは騎馬戦に突入。問題が、終始顔を隠し気味に見え雌雄が決するや直ぐに一人だけ画面右に―因みに廊下ならば左―捌けるひかるの左脚担当が、頭頂部の具合からどうも新田栄に見えたのだが・・・・!?

 平成も通り過ぎて辿り着いた付記< 新田栄と見紛つたのは、案外背格好の似てゐなくもない津田一郎


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 「ザッツ・ロマンポルノ 女神たちの微笑み」(昭和63/提供:にっかつ/製作:にっかつ撮影所/構成・監督:児玉高志/プロデューサー:三浦朗/企画:谷口公浩/編集:山田真司・島村泰司/ネガ編集:渡辺明子/記録:山田一美/録音:福島信雅/選曲:細井正次/リーレコ:河野競司/撮影:佐藤徹/照明:須賀一夫/ナレーション:林美雄/効果:協立音響/現像:IMAGICA)。提供に関しては事実上エクセスか。
 後藤大輔の処女作「ベッド・パートナー BED PARTNER」と共に日活ロマンポルノの最終番組となつた、金澤克次の「ラブ・ゲームは終はらない」の撮影現場風景にて開巻、一面の大量のポスター・スチールに被せられるタイトル・イン。
 小生が生まれるちやうど一年弱前に封切られた「団地妻 昼下がりの情事」(昭和46/監督:西村昭五郎/主演:白川和子)で幕を開き、「ベッド・パートナー」と「ラブ・ゲームは終はらない」で五月末に幕を閉ぢた二週間後に公開された、日活ロマンポルノのアンソロジー映画。数十本分のハイライトは、確かにイイとこ取りなだけあり羅列ながら九十五分といふ長尺をそれなりには楽しませて観させる。とはいへ、一応初つ端こそ「団地妻 昼下がりの情事」から始まるものの、以降は気が付くと紹介順がガンガン前後してゐたり、その割には観客を明確に誘導しようとする特定の映画観なり思惑が透けて見える訳ではなければ、当然十六年半の歴史の流れを忠実に追はういふ形でもない。裸比率も案外低く、ロマンポルノに対して郷愁を持たぬ身としては、然程どころでもなく魅力的なり効果的な構成とは思へない。当時の雰囲気を酌めば大人気ない難癖をつけるやうだが、TBSアナウンサーの林美雄による如何にもテレビ的な薄つぺらいナレーションでロマンポルノをあれこれ賛美しつつ、それならば何故、斯くも優れた素晴らしい映画群が、何時か人ならぬ時代の流れに押し流されたのかといつた敗因に対しては、一瞥だに呉れてゐない。先様はピンク映画とは違ふと鼻息を荒くしておいでのやうだが、売り言葉に買ひ言葉でいはせて貰へば、土壇場の正念場を何年続けてゐるのか判らないが、ピンクゴッド・小林悟の遺志を継g・・・継いでゐるのかどうかは兎も角、ピンク映画が五十周年も通過しそれでも今なほしぶとく存続する中、ロマンポルノ如き所詮は後から生まれて先に死んだ量産型裸映画の一類型に過ぎまい。個人的には、「オリオンの殺意より 情事の方程式」(昭和53/監督:根岸吉太郎)内の亜湖が、未完の小さな大女優・華沢レモンに酷似してゐる点が唯一突発的に琴線に触れた。

 締めは裸の女神たちに謝辞を述べ、今作中に登場するしないに関らず、ロマンポルノでデビューした女優の名前をダーッと網羅した上で、今作固有のクレジット。その為、亜希いずみや小川真実が何処に見切れてた?と一瞬戸惑はされる羽目になる。にっかつが新たなる挑戦を開始する旨を謳つて終るオーラスは、何なら今回の新版公開に際しては削つてみせるのも、昔の歌謡曲に歌はれたやうな屈折した優しさであるのかも知れない。


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 「奴隷人妻 恥辱のあへぎ」(2012/製作:関根プロダクション/提供:オーピー映画/監督:関根和美/脚本:金沢勇大・関根和美/撮影:下元哲/照明:代田橋男/スチール:小櫃亘弘/助監督:金沢勇大/録音:シネキャビン/編集:有馬潜/監督助手:北川帯寛/撮影助手:石井宣之/照明助手:榎本靖/選曲:山田案山子/効果:東京スクリーンサービス/現像:東映ラボ・テック/出演:東尾真子・森山翔悟・水沢真樹・小倉もも・太田始・牧村耕次・熊谷まどか・SHIN・金ホルモン・那波隆史)。出演者中、SHINは本篇クレジットのみ。
 タイトル開巻、東尾真子が牧村耕次に手篭めにされる件をヒン剥くまでには至らない程度に噛ませて、マイホームを夢見る新妻・真理子(東尾)と阿部哲也(森山)の夫婦生活。哲也はタナベ物産経理部主任、経理部の面々は哲也から画面時計回りに、この人は本来女優部ではなく、何処から連れて来たのか演出畑の人間らしい熊谷まどかが経理部女課長の河本。どんなタイプかザックリ譬へると、モダンチョキチョキズのヴォーカル。モダチョキて・・・・何か凄い甘酸つぱい気持ちになつた。関根組のメイキング動画でも知られる、「BATTLE BABES HC」主幹のSHINが平社員。平社員といふのは、エンド・クレジットに従ふ、あんまりだ。そして一周して哲也対面の小野はるか(水沢)が、島田商事から入金された三千万が桜井企画とかいふよく判らん会社に振り込まれてゐる、不審な金の流れに気付く。河本に訊いてみても要領を得なかつたため、哲也が別室に訪ねた経理部長の甲斐正義(那波)は、高圧的に俺が処理するの一点張り。その夜、注文しかけて席を立つ女の一人客に目を留める、結果的に見せ方は上手いが遣り口自体は結構満載な伏線置いて、哲也は居酒屋にて特殊な禿げ方をした事業部の先輩・岡本(金ホルモン)と一杯やる。名義だけからでは全く辿れない、金ホルモンの正体に関しては手も足も出せずに不明。帰り道、車に撥ねられた哲也は一命を取り留めたものの、意識不明の昏睡状態が続く。見舞ふ風を装ひ、甲斐は久方振り再登場の主演―の筈の―女優に接近。一服盛つて覚束なくした真理子を取引先の重役・前川五郎(牧村)に引渡し、冒頭に連なるといふ寸法。甲斐が真理子に宣告する大概な方便が、哲也が横領した会社の金を、真理子に体で尻拭ひしろといふもの。何といふか、世紀も跨いでもう随分経つよね?何だか清々しくすらある。そんなこんなで、太田始は風呂に入りながら真理子を抱く接待客・後藤。ところで、来年で多分二十年選手の太田始と来年で十年選手の那波隆史とは、実は何気に関根組初参戦。太田始と牧村耕次と那波隆史の名前がビリングに並ぶと何となく想起してしまふ、荒木組に水沢真樹が出張してゐる点も鑑みると、この御二方案外距離が近いのか。
 関根和美2012年最終第三作、薔薇族がもう一本ある。性奴隷にされた人妻が恥辱に喘ぐ境遇までを手短にあつらへたところで、適度に記憶を失ひつつ意識を取り戻した哲也は、妻の悲嘆も知らずに一件の真相を突き止めるべく行動を開始する。過程に、前半戦の車に轢かれるまでと同様、妙に懇切丁寧に尺を割く。即ち、二戦目にしてグッとサマになつて来た東尾真子を筆頭に、少し遅れた目下関根組の看板女優・水沢真樹。初陣ながら、意外と長い芸暦は伊達ではない小倉ももと女優部は磐石。男優部もメイン二人に男前を並べ、面子的には全く遜色ないグッド・ルッキングな裸映画として幾らでも機能し得たであらうものを、何で後部バンパーの下なんかに車の鍵を隠してあるのよといふ以外には派手なツッコミ処も見当たらないとはいへ、諸々疑問の種には事欠かぬ大雑把なサスペンスが邪魔をした印象は強い。ハメられた!真実の証拠を追ひ求め、危険なり犯罪すらをも顧みず奔走する哲也の姿よりも寧ろ、甲斐の妻でついでに社長令嬢役の三番手は、一体何時になつたら出て来るのよ!?といつた終盤の土壇場まで縺れ込む明後日な、けれどもピンク映画固有のスリリングに余程ドキドキした。尤も、何はともあれハラハラさせられた点には変りがない以上、それもまたひとつの映画的体験といふことにでもしてしまへ、日本も印度だ。因みに、出そびれた濡れ場要員が木に如何なるファンタスティックな竹を接ぎやがるのか、といふ逆の意味での期待に関しては、豪快さんな力技で回避する。

 唯一残る問題は、どうも水沢真樹が、明けて2013年にはピンクに出てゐる気配が窺へない件。
 再見に際してのコッソリ備忘録< 小倉ももは逆襲の哲也に自宅凌辱される甲斐の妻・安奈、タナベ物産社長令嬢に当たる


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