真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「罰当たり親子 義父も娘も下品で結構。」(2011/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影・照明:村石直人/編集:酒井正次/助監督:江尻大/監督助手:布施直輔・松林淳/撮影助手:橋本彩子・武井隆太郎・小川健太・三輪亮達/選曲:梅沢身知子/応援:関谷和樹・北川帯寛/出演:舞野まや・若林美保・酒井あずさ・柳東史・真田幹也・津田篤・サーモン鮭山・小林節彦)。
 開口もとい開巻一番のモノローグは、「物事の始めは何時でもいい加減」。厳密には口を滑らせたともいへるのか、ツイッター上で自ら半分明らかにした、主演女優は佐倉萌のアテレコ。聞き分けるメソッドを依然手中に出来てはゐないが、佐倉萌は、他人の声をアテる仕事が実は結構多いらしい。古い話にもなるが、小林悟作で何かとアテレコを相当数務めた―「性犯罪ファイル 闇で泣く女たち」(2001)では、若林美保の別名義である小室優奈の声を佐倉萌がアテてゐる―割には、終に素の出演者として呼ばれることはなかつたと、御本人様より伺つたことがある。話を戻して、「浮気が止められないママ」と、「浮気されないと我慢出来ないパパ」の物語であることが、ひとまづ宣言される。
 十八になる一人娘・優里(舞野)が一応不安げに―直截にいふと、心許ない表情は常に所在ないばかり―見やる中、初老の父・黒田卓(柳)はポップに打ちひしがれる。美しい妻・真矢(酒井)が、インフルエンザで急死したのだ。遺物の携帯電話が鳴る気配に、雑多な、といふかより正確には多宗派の宗教画が入り乱れる真矢の部屋に入り、バージョンまでは見抜けぬがiPhoneを手に取つた黒田は愕然とする。かゝつて来た電話の主は、真矢の死を知らないことは無理からぬとしても、かなりの深さとエグさの、肉体関係を持つと思しき男(何者の声であるのかは不明)であつた。慌てて着信履歴を確認した黒田は、火に油を注いだ衝撃を受ける。真矢には“奴隷”と登録する不倫相手が、少なくとも九人も居た。黒田は、優里が生まれる直前、湾岸戦争開戦当時の過去を想起する。地方と国家の別は明示されないが、地方で公務員の職に就く黒田の役所に、キャリア組の村上隆敏(真田)が赴任する。自宅での夕食に招いた村上に真矢が明確な性的関心を持つたことに、迂闊な黒田は不自然なまでに全く気がつかなかつた。早速にもほどがあるその夜、しかも傍らには酔ひ潰れた黒田が寝呆けるといふのに村上を要は喰つた真矢は、以降も恣に逢瀬を重ねた末、優里を妊娠する。藪から棒的に敬虔なクリスチャンであつた真矢は、奔放などとポジティブな用語では最早片付かぬ自身の色情症を、天賦の聖母性であると当人は本気で認識してゐた、随分も通り越して箆棒な方便ではある。ところで村上の現況はといふと、現在の役職は四十台の若さにして東京都行政局局長―実際には東京都には行政局なる部局は存在せず、総務局以下の各事業所に細分される―にまで登り詰めたものの、ある意味因果応報ともいふべきか、職務の多忙も兎も角前妻の上司との不貞から精神に不調を来たし、医師(小林)によるカウンセリングと投薬の治療を受けてゐた。真矢との結婚生活の全てが信じられなくなつた卓は、優里が自分の娘であることにも激越な猜疑を抱く。時期的にも辻褄の合ふ、村上が優里の父親なのではないかと薮蛇な目星をつけた黒田は、事の真偽を明らかにせんと優里を強制的に伴なひ上京する。一方で、母親を反面教師に未だ処女も守つてゐた優里は、実は生前の真矢から自分の本当の父親について聞かされてゐた。娘をプラザホテルの3211号室に半ば軟禁し村上の下に向かつた黒田に対して、優里は連絡を試みた真父親氏の留守番電話に位置情報を残し、会ひに来て呉れることを求める。
 撮らせなかつたのか撮れなかつたものかは兎も角、新版畑では今なほ圧倒的な小屋の番線占拠率を誇りもする新田栄の名前すら終に消えた、新作製作本数僅か四本の2010年エクセスは、かといつて少数精鋭といふ訳にも必ずしも行かず、山内大輔が三年ぶりの本篇帰還作「色恋沙汰貞子の冒険 私の愛した性具たちよ…」(主演:北谷静香)で一人気を吐いたに止(とど)まつた。その唯一人の気の吐きぶりが、凄まじいといへば確かに満更でもないのだが。因みに明けた本年も、ゴールデン・ウィークの今作とお盆に工藤雅典がもう一本公開されたのみで、正月映画に撃ち込んで来る弾の気配は、地方在住の情弱ピンクスには今のところ感じられない。さういふ状況下にあつて、エクセスとの一蓮托生スメルを強く感じさせた「義母と郵便配達人 ‐禁欲‐」(主演:佐々木麻由子)に続く松岡邦彦最新作は、前作の傾向に引き続かなくともよいのに更に加速させてしまつたかのやうな、力ないのも通り越し、最早ちんぷんかんぷんに覚束ないちぐはぐな一作。今村昌平が重喜劇であるならば、暗黒喜劇とでもいふべき、人間性の邪なるダークサイドを見据ゑた上でのグルーヴ感溢れる悲喜こもごもといふのが、かつての松岡邦彦の持ち味だつたのではないか。ところが今回はといふと、共に箍の外れた、妻の淫蕩とその死後に夫が拗らせる正しく疑心暗鬼。娘の男親に関する疑惑と、疑はれた男の人格乖離。諸々バラ撒かれた物騒なモチーフは、何れも非感動的に消化不足であれば当然の帰結として、全体的な求心力ないしは訴求力にも全然欠く。以降の上面をなぞつてみると、黒田の襲撃に近い、といふかそのものの来訪を受けた村上は、自爆気味の間抜けさにも乗じ撃退。返す刀で自らの娘ではないかといふ思ひを逆に強く持つ、優里を訪ねる。そこから、初物である以上最初であることはいふまでもないとして同時に最後でもある、舞野まやの絡み―他にシャワーを一度浴びる―を通過後の、バタバタと二人死んでサーモン鮭山がチョイと顔を見せる粗雑なクライマックスを経ての、若林美保のアグレッシブな裸だけは潤沢なラスト・シーンに際しては、役を作つたのか従来知る細身マッシブからマッシブのみ抜いた、柳東史の痩躯ばかりが印象に残る。これは、純然たる偶さかな個人的感触に過ぎないのかも知れないが、畳むどころか風呂敷が拡げ終つてさへゐない内に構はずエンド・クレジットが訪れた瞬間には、逆の意味で衝撃的な物足りなさもあつてか、尺が未だ四十分前後ではないのかと誤認し呆気にとられた。同時に、結果的には木に竹も接ぎ損なつたやうにしか思へない、徒な宗教風味がそもそも何処で何の意味があつたのかといふ点に関しても、小生の憚ることもなく貧しい悟性ではある意味画期的に理解出来なかつた。ここで通り過ぎた配役を整理すると、サーモン鮭山は、本来優里にプラザホテルの3211号室に招かれた男・島田郁夫。若林美保は、一年後の黒田の再婚相手・真矢ならぬ摩耶。津田篤は、黒田公認の摩耶間男・木村拓也もとい達也。
 そんなこんなで、空き過ぎた登板間隔に感覚が掴めないのか、二作連続で神通力を失した松岡邦彦のことは一旦さて措くとして、質的にも量的にも酒井あずさを先頭とする女の裸以外で一際目を引いたのは、村上のパーソナリティーが動揺する際に披露される、小林節彦も柳東史も圧倒してみせた真田幹也の思はぬ芝居の強さ。今後の話としては上手く顔が老ければ、この人化けるのでは?但し今作に限定すると、老年には至らぬ中年といふ半端さも禍したのか、「後妻と息子 淫ら尻なぐさめて」(2007/監督:渡邊元嗣)では意外と有効であつた老けメイクは不発。周囲を取り巻くのが小林節彦や柳東史は髪を派手に白くしたこともあり、二十年前と2011年劇中現在時制とで、村上の印象は殆ど変らない。

 作業中に改めて気付いたことだが、タイトルから清々しくへべれけである。罰当たり云々以前に、優里は別にどころか全く下品ではないし、卓も卓で、優里にとつて“義父”といふのとは違ふ―強ひていふならば“偽父”か―ぞ。エクセスだなあ、あるいは、エクセスだもの。


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 「ねつとり妻おねだり妻Ⅱ 夫に見られながら」(1997/製作:旦々舎/配給:新東宝映画/監督:的場ちせ/脚本:山邦紀/企画:福俵満/撮影:千葉幸男・便田一郎/照明:秋山和男・新井豊/音楽:中空龍/助監督:加藤義一・横井有希/制作:鈴木静夫/出演:柏木瞳・篠原さゆり・青木こずえ・竹本泰史・ジョージ川崎・杉本まこと)。
 午前一時の車田家、夫婦の寝室。夫で東和出版文芸編集者の、陽一(竹本)が目覚まし時計に渋々起こされる。傍迷惑極まりないが、先方の命により日付も跨いだ深い時間に、車田は担当する人気作家・原芳樹(杉本)の下に原稿を頂きに伺はなくてはならないのだ。だといふのに、のほほんとした色つぽい若妻・由美(篠原)から求められると、手短に済ませる気配も窺へぬ、本格的な夫婦生活が開巻を彩る。一方、的場ちせ自宅の原邸。一応文芸や評論の単行本が適当に積まれた書卓を前に、タンクトップ姿で光物をあちこちにジャラつかせた杉本まことが、片膝ついてダンベルで右腕を鍛へてゐたりなんかする。無頼派作家を表現しようとしたと思しき、頓珍漢な原芳樹ファースト・カットは、底の浅さも最早輝かしく爆発的に笑かせる。うんざりした風情も隠しきれずに車田が到着したものの、己が来させておいて、「編集は待つのが仕事だ」だなどと不遜な方便を垂れる原は、来客を応接間に放置した上で、仕事部屋にて家では下着を着けることを禁じた肉感的な妻・マリコ(柏木)を抱く。随分な男だとでもしかいひやうのない原ではあるが、車田も車田で出がけに由美と一戦交へて来てもゐるので、案外と似た者同士お似合ひの二人といへるのかも知れない。ところで主演女優の柏木瞳の簡略な印象としては、若林美保と橘瑠璃を足して二で割つて、三割増量した感じ。一方、この時点では目下天下御免の色男が未完成の竹本泰史(現:泰志)は、役柄もあつてか物理時間的な若さには反し、妙にくたびれて見える。
 ジョージ川崎(=リョウ=栗原良=相原涼二)は、原の無理難題も車田に一切呑むことを強ひる、拝金主義の編集長。青木こずえ(=村上ゆう)は、車田の右隣にデスクを持つ同僚、向かひ側にもう一人見切れる女は、横井有希か?青木こずえに話を戻すと、原に翻弄され次第に消耗して行く、車田に注ぐ視線には深い情緒を漂はせながらも、これといつた働きは全く与へられず。特段の文脈も設けられずじまひに、青木こずえは川崎編集長と男女の仲にある。三番手スメルを爆裂させる、鮮やかに取つてつけられた濡れ場ではあるが、同時に組み合はせの安定感は、作中随一。
 再び原宅に呼びつけられた車田は、実は暴君夫に命ぜられたマリコに“ねつとり”と“おねだり”され、仕方なく据膳を喰らふ羽目に。ところが、その模様は仕掛けられたカメラに捉へられてあり、別室では茶色い酒を舐めながら、原が車田と妻との情事をテレビ画面越しに眺めてゐた。映画上はカット変りのほどなく、土手を連れ立つて歩きがてら、原は車田がマリコを抱いた以上、自分も車田の妻を抱く権利があるだなどと、途方もない箆棒を投げ込んで来る。拒否する腹の車田に対し、原の著作の売り上げのことしか頭にない編集長は激昂。職も辞す構への夫に対し、編集長から騒動を聞かされた由美は、一度限りならば原に身を任せると女の覚悟を固める。
 斯くいふ次第でいよいよ最終決戦、車田は由美を原に献上。見覚えのある別室にて、由美が原に寝取られる現場のリアルタイム動画を案の定見せつけられながらの、余つた格好の車田とマリコとの再戦。と、ここで半ば強制的な夫婦交換が成立したところまでは、全く十全な進行ではあつたのだが。以降一通り事は済ませた都合のいいタイミングで、放縦亭主を捨てる踏ん切りをつけたマリコは原家を離脱。由美V.S.原戦は依然続行中、打ちひしがれたまま取り残される車田は綺麗にさて措かれつつ、マリコは一人で勝手に御満悦といふ結末は、随分と投げやりな肩透かし感が甚だしい。ひとまづは的場ちせ(=浜野佐知)流の痛快な女性主義に即した展開ではあるともいへ、明後日な近似性をこじつけると新田栄エクセス作を髣髴とさせる主演女優の心許なさに、原の呪縛から解き放たれたマリコの開放感が短いラスト・ショットの中、いまひとつもふたつも非感動的に訴求力を欠く短所は、実に短い。寧ろ、折に触れ原が妙な強度で振り回す、文学の神は邪悪で、文学者はいはばその悪魔に魂を売つたものだとする、青木こずえいはく“超人思想”とさへ称される大仰なエゴイズムに浴びせられた冷や水の呆気なさを、味はつてみるのが一興であるのやも知れぬ。何れにせよ、結構入念に拡げた大風呂敷を、畳むどころか、犬がくはへて何処ぞに消えてしまつたが如き一作ではある。

 最後に、今作(jmdbによると七月二十五日公開)のタイトルが「ねつとり妻おねだり妻」のⅡといふことは、それでは一体Ⅰはどうしたのかといふと。同じく四月二十五日公開の、「ねつとり妻おねだり妻」(監督:深町章/脚本:江戸去里晩/主演:青木こずえ)、2000年旧作改題時の新題が「好きもの女房 朝からおねだり」。更に以降にⅢも存在し、そちらは「ねつとり妻おねだり妻Ⅲ 不倫妻またがる」(十一月五日公開/脚本・監督:珠瑠美/主演:風間今日子)、2000年旧作改題時の新題が「未亡人と不倫妻」、2006年二度目の旧作改題時新題が「巨乳未亡人 もつと激しく」。ⅠとⅢは共に未見―の筈―だが、監督が深町章と的場ちせこと浜野佐知と、更にはもしくは挙句に珠瑠美。といふ顔触れの、焦点の絞りやうもないフリーダムさを前に、適当にあるいは戯れに新東宝がナンバリングしただけの、各作が内容的には互ひに清々しく連関しはしないであらう節も容易に予想し得る。尤もこの際、叶ふものならばコンプしてみたいものだ。


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 「癒しの遊女 濡れ舌の蜜」(2010/製作:多呂プロ/提供:オーピー映画/特別協力:上野オークラ劇場/監督・脚本・出演:荒木太郎/原作:永井荷風『墨東綺譚』より/撮影・照明:飯岡聖英/編集:酒井正次/音楽:宮川透/撮影・照明助手:宇野寛之・渡邉寿岳/演出助手:広瀬寛巳・奥村盛人/編集助手:鷹野朋子/ポスター:本田あきら/応援:田中康文/協力:佐藤選人・前澤明/録音:シネキャビン/現像:東映ラボテック/タイミング:安斎公一/出演:早乙女ルイ・里見瑤子・佐々木基子・太田始・小林節彦・岡田智宏・平川直大・淡島小鞠・牧村耕次・那波隆史)。
 正直に告白するが、タイトル・イン前後の数カットを寝落した。もう一周する時間以前に体力的余裕は、八幡から小倉に流す二段遠征を前に、残されてゐなかつた。
 かつては人気作家としてメディアにも登場したものの、現在は半ば以上に世を厭ふ独身の初老作家・大江匡(那波)は、無造作な時勢の移り変りに喪はれ行く、古きよき時代を偲ばせる町並を逍遥するのを日課としてゐた。ここで早速飛び込んで来る太田始は、大江に熱つぽく声をかけるも、けんもほろろにスルーされるファン。太田始を華麗にあるいは非礼にかはし、モギリの広瀬寛巳が居眠りしてばかりの上野オークラ劇場に足を踏み入れた大江は、射精産業の新機軸とやらの「はとバス」風俗に胸をときめかす平川直大―ロビーには、もう若干名見切れる―や、正体不明のネバネバ健康法に熱中する小林節彦の相手もせず、旧知の映写技師・箒様翁(牧村)に会ひに行く。箒様翁が数少ない気骨のある新聞媒体と称揚する、琉球タイムスに見られた結婚式場放火男のニュースに、大江は新作小説『失踪』の着想を得る。『失踪』の主人公は、五十絡みの私立校教師・種田順平(荒木)。ある日種田は、かつての教へ子・スミコ(里見)が、二役目の小林節彦に襲はれる現場に遭遇する。結局種田はケロッと役立たず、邪欲を遂げスッキリした小林節彦は姿を消した事後、二人は古アパートのスミコ居室に転がり込む。当時は生徒会長も務める優等生であつたスミコは、夫の暴力に耐へかね離婚後持ち金が尽き、今やデリヘル嬢に身を落としてゐた。その場の勢ひでスミコを抱いた種田は、俄に妻(佐々木)との離婚を決意するまでに入れ揚げる。ところで『失踪』作中パートでは、佐々木基子と荒木太郎の夫婦生活は開陳されず。ところが、スミコが元恩師との再婚の具体的な段取りを進める他方で、種田に太田始のダブル・ロールの義兄が、京都分校の校長就任といふ出世話を持つて来る。身から出た錆といへばそれまでともいへ、力なく逡巡する中、次第に種田はのつぴきならなく追ひ詰められて行く。一方現実の地平、実勢といへるのか否やは田舎者には些か以上にだか未満に判然としないが、兎も角箒様翁いはく、再開発の失敗以降猥雑さを取り戻したとかいふ浅草に、大江は『失踪』執筆の気分転換と、隣家クーラーからの逃避がてら足を向ける。浅草名物二百五十円弁当の売り子(淡島)から干納豆を二百円で買つた大江は、一雨降られる。慌てるでなく大江が開いた用意しておいた傘に、雨を逃れて雪子(早乙女)が入つて来る。そのまゝ二人は、スナック「ドンキー」―どうやら、この店は実在しないみたい―左隣の飲食店二階和室の雪子の部屋へ。そこは売春宿で、即ち雪子は春を鬻(ひさ)ぐ女であつた。自然な流れで大江は雪子を買ふが、予約客が現れたためその日は退去する。以来、大江は折に触れ雪子の下へと通ふやうになる。どちらかといふとこちらがメインと思しき佐々木基子のもう一役は、雪子とは懇意の同業者・ラン。階下の飲み屋、兼置屋の主人は、友松直之と現役ピンク監督男前No.1を競はう田中康文。瞬間的に佐々木基子の裸を介錯する岡田智宏は、ランの客の坊主頭の男。早乙女ルイと里見瑤子の間に挟まれた格好の、佐々木基子の出番は清々しく束の間。但し、さういふ奥ゆかしい三番手に、座るのが佐々木基子と捉へるならば、何気に超強力な布陣ではある、女優三本柱に関しては。更に大江が劇中持ち歩きもする8mmカメラで撮影された浅草ショットに、淡島小鞠は素手の町の女として再登場。宮川透ことドンキー宮川も何処かに見切れてゐたのだが、憚りながら失念した。
 “多呂プロ15周年記念超大作”とも銘打たれてゐるらしい荒木太郎2010年第四作は、主役二人の名前もほぼそのまゝに、十八年ぶり三度目の映画化となる永井荷風の『墨東綺譚』を原作に戴いた一作。ウルトラ乱暴に片付けてしまへば、大江と雪子が逢瀬を重ねてゐるだけでひとまづ形にならう物語は、ある意味ジャンル上うつてつけのものともいへ、自らが愛好し、且つ世間一般的には淘汰されつつある“悪場所”を惜しむ荷風のデカダンスに関しても、当事者としてのピンク映画と、それを上映する小屋への眼差しまで含め、荒木太郎は自家薬籠中の物としてゐると筆を滑らせたとて、概ね差し支へはあるまい。裏通りのやさぐれた情緒が物静かに爆裂するロケーションは圧倒的な勝利を収め、各々のシークエンスを的確に補佐する、宮川透による自在な劇伴の秀逸な働きも地味に大きい。邪魔な意匠と逆効果するギミックばかりの、荒木調ならぬ荒木臭を排する正面戦も功を奏した、ダイレクトに時流に抗ふが如き、喪はれ行く物事と、零れ落ちる者供へと捧げられた珠玉のレクイエム。と、出来れば絶賛したいところではあつたのだが。開巻から正しく秒殺、逆の意味でものの見事に映画を詰んでのけるのが、何はともあれ兎にも角にも主演俳優。選りにも選つて、朴訥では最早事済まず、幾分素頓狂に調子の外れ倒した那波隆史のモノローグに全篇を委ねてみせるのは、自暴自棄気味には画期的とさへいへる自殺行為だ。個人的体験としては、簡潔に頭を抱へた。たとへば他の可能性に思ひを馳せれば、なかみつせいじも一人語りは意外と達者ではないので、ここは矢張り御健在であつたならば、些か歳が原作の設定を通り過ぎるとも、昨年末に逝去された名優・野上正義さんの役であつたのではなからうか。あるいは、荒木太郎の繊細なリリシズムとは硬質のロマンティックが齟齬を来たすやも知れぬが、佐野和宏ならば年恰好も全く問題ないのでは。もう一点派手に目についたのは、『疾走』の始終と、大江と雪子のドラマとを教科書通りに通過後のオーラス。わざわざ箒様翁を鬼籍に放り込みまでして木に竹も接ぎ気味に撃ち抜かれる、少し移転してDLPシアターの新館がオープンされた“旧”上野オークラ劇場の追憶に関しては、荒木太郎の気負ひが仕出かしたものとすれば微笑ましくないこともないが、映画の軸足を最後の最後で不用意にブレさせた印象は否めない。但し、時代が“溶けちまつた”といふ認識の中から、秋葉原連続殺傷事件犯人の疎外感も根元に置き、牧村耕次貫禄の決定力で箒様翁が振り絞る小屋アジール論は頗る有効。あくまで映画館ではなく、“小屋”と称される場所に向けられたエモーション自体は、男女の情愛を差し引けばテーマとしては重なり合はぬでもないどころか、殆ど同一のものとも看做し得るにさうゐない以上、箆棒な離れ業であるのも承知した上で、舞台を娼家に限定せず大江と雪子の逢引に、もしくは『失踪』内に、どうにか小屋要素を取り込めなかつたものか、といふ二つ目の敗因は惜しい。ともあれ、表面的には決してエクストリームではない描写の底からも、荒木太郎のアクチュアルな思ひ込みはビリビリと伝はつて来る。全般的には傑作と賞するには結構遠く至らない上で、なほかつ重く受け止めるに足る重要な意欲作である。平素悪し様に罵つてばかりの癖に何だが、かうして見ると2010年の荒木太郎は、プログラム・ピクチャーを観に来たつもりが喰へぬプロパガンダを見せつけられた第一作以外には、案外それなりに充実してゐたやうにも思へる。その要因はひとつ頭に浮かぶ気もするが、憎まれ口はそろそろ控へることに。

 最後に、荒木太郎映画と小屋といふ観点から、改めて一通り分類してみる。正史の “映画館シリーズ”を整理すると、「ふしだら慕情 白肌を舐める舌」(2007/脚本:吉行由実/主演:平沢里菜子/南映画劇場)が第四作であるのを基点に、第一作が「初恋不倫 乳首から愛して」(2001/脚本:吉行由実/主演:里見瑶子/長野ニュー商工)。第二作が「年上の女 博多美人の恥ぢらひ」(2002/脚本:吉行由実/主演:富士川真林/福岡オークラ劇場)で、シリーズ最高傑作の第三作が「美肌家政婦 指責め濡らして」(2004/脚本:吉行由実/主演:麻田真夕/長野ニュー商工)。以降第五作「悶々不倫 教へ子は四十路妻」(2008/脚本:吉行由実/主演:佐々木麻由子/静岡小劇場)に、第六作も続けて静岡小劇場を舞台とした、問題の2010年第一作「義父相姦 半熟乳むさぼる」(2010/脚本:荒木太郎・三上紗恵子/主演:早乙女ルイ)。といふ理解で、まづ間違ひない―「悶々不倫 教へ子は四十路妻」の扱ひが少々微妙―のではないか。その他、内部が映画館と明示された形で、乃至は劇場内にまで劇中小屋の敷居を跨ぐ作品としては、順に「ポリス」(2001/脚本:吉行由実/薔薇族映画につき未見)、「美乳暴行 ひわいな裸身」(2003/脚本:荒木太郎/主演:山咲小春/福岡オークラ劇場)、「桃色仁義 姐御の白い肌」(2006/脚本:三上紗恵子・荒木太郎/主演:美咲ゆりあ/使用劇場不明)、「人妻がうづく夜に ~身悶え淫水~」(2008/脚本:三上紗恵子・荒木太郎/主演:浅井舞香 /首里劇場)が挙げられ、今作は、大江は兎も角、早乙女ルイは別に上野オークラ劇場に近づきすらする訳ではないゆゑ、後者の作品群に数へ得よう。


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 「悩殺熟女 吠える下半身」(1999『平成版 阿部定 あんたが、欲しい』の2011年旧作改題版/製作:旦々舎/提供:Xces Film/監督:浜野佐知/脚本:山﨑邦紀/企画:稲山悌二《エクセス・フィルム》/撮影:下元哲・高橋光太郎/照明:上妻敏厚・荻野真也/編集:㈲フィルム・クラフト/音楽:中空龍/録音:石井ますみ/効果:中村佳央《東洋音響カモメ》/助監督:松岡誠・増田庄吾/制作:鈴木静夫/スチール:岡崎一隆/現像:東映化学/協力:日活撮影所・東洋音響カモメ/出演:時任歩・河野綾子・風間今日子・樋渡剛・やまきよ・中村英児・杉本まこと)。
 夜のコインランドリー、回る洗濯機を前に、物憂げな樋渡剛が黙して立ち尽くす。居間のソファーで編み物に精を出す時任歩と、薄暗い書斎、ワープロかもしくは当時の、今の感覚からすれば巨大なデスク・トップに杉本まことが向かふ、開巻から実に精確な画作り。
 裕福な税理士である阿川幹朗(杉本)は、副業のコインランドリー「ワールプールランドレット」の管理を、子供はゐない妻・咲季(時任)に任せる。実は今作がピンク映画初陣となる時任歩は、とてもさうとは思へないほど、既に完成された佇まひを漂はせる。ある雨の夜、咲季が「ワールプールランドレット」を閉めようかとしたところに、常連客と思しき地味だが雰囲気美青年・石田吉蔵ならぬ吉雄(樋渡)が駆け込んで来る。おとなしく引き返さうとするのに対し、咲季が洗濯を許すと、こゝは流石に少々粗雑に非常識ではあるが吉雄は着てゐたTシャツも洗濯機に放り込み、裸の上半身を晒す。カーテンを閉ぢ店仕舞ひの支度は整へつつ、咲季は端正な吉雄の肉体に思はず目を奪はれる。吉雄も吉雄でわざわざ咲季に正対して立つのは、重ねて稚拙に不自然ではある。愛人・百瀬夕佳(河野)との、即物的なエロチシズムが重量級に爆裂する序盤最大の見せ場をタップリと通過した上で、阿川は行きつけのゲイバー「扇」に、気紛れに咲季も連れて行く。セクシーな目張りを入れたやまきよは、「扇」のマスター・大宮五郎もとい亮介。出番は然程多くはないものの、やまきよ(a.k.a.山本清彦)の絶妙にウェットな艶つぽさが堪らない。主は判明しないアテレコの風間今日子は、大宮とは男女の仲にもある「扇」の店の女・鈴村麻美。風間今日子に、耳慣れた心持ちハスキー・ボイスでなく、変哲ない若く軽い女の声で喋られると、さりげなくも明確なぎこちなさを拭ひきれない。客その他従業員等「扇」店内要員には、若い男女織り交ぜ十分潤沢な人数が、しかも妙に美形揃ひで登場。その中から、阿川を画面左手前に置いたカウンター折れた正面奥に、樋口大輔が見切れてゐるのだけは確認出来た。吉雄が小暮雄司(中村)とともに、「扇」ではショーも見せる売り専ボーイ―いはゆる男娼―であることに、咲季は静かに驚く。阿川夫妻が陣取つたボックス席に、雄司と吉雄も現れる。バイ・セクシュアルである雄司は、夫婦同伴であるのも顧ず戯れに自身を咲季に売り込むが、妻と吉雄との間に流れる微妙な風情を、職業柄もあつてか阿川は目敏く見逃さなかつた。ほどなく、吉雄が「ワールプールランドレット」の利用者であるのを知つた阿川は、一計を案じる。3Pを偽り、強引に「扇」からラブホテルの一室へと呼び出した本来は真性ゲイである吉雄を、夕佳に肉食させる。その現場を捉へた写真を「ワールプールランドレット」の洗濯機の中に撒き、掃除する咲季の目に首尾よく触れさせた阿川が帰宅したところ、屋敷に妻の姿はなく、加へて興信所・平成調査所に調べさせたらしき、夕佳との不倫調査の報告書が置かれてあつた。咲季は、家を捨てたのだ。時を同じくして一人で「扇」に来店した咲季は、吉雄を連れ出し宿に入る。深く激しい情事に溺れる二人、やがて吉雄から、かうした方が女がより気持ちよいと、騎乗位の状態から自らの首を絞めるやう定、でなく咲季に求める。
 近年の話題作には望月六郎の禅問答映画「JOHNEN 定の愛」(2008/原作・脚本・企画開発:武知鎮典/主演:杉本彩)、更に直近では、一応ピンクの番線に組み込まれてもゐるとはいへ、一目瞭然、狭義のピンク映画とは非なる以前に似てすらゐない新東宝キネコ・シリーズの最新作「阿部定 ~最後の七日間~」(2011/監督:愛染恭子/主演:麻美ゆま/来月来る)が数へられる、大雑把に総括すれば「肉体の門」と並ぶ邦画界に於ける裸映画の伝統的定番ジャンル、阿部定ものの一本。血生臭い色恋沙汰から一切の猟奇性を取り除き、究極的な性愛の形として純粋に美化した丹念ともいへる仕上がりは、平板な煽情性を超えた深遠な官能性の領域にまでピンク映画を押し上げ、一物を勃てる勃てないに決して止(とど)まらぬ、豊潤な映画的興奮を惹起する。但し、どちらかといふと端緒としては男側主導の情死事件を、己のセクシュアルに悩む吉雄の内面まで含め丁寧に描く、一方的な咲季の物語では全くない点に関しては、平素女の側から、女が気持ちよくなるためのセックスを描くことを頑強な旨とする、その結果男共を痛快に蔑ろに粉砕してのける例も多い、浜野佐知にしてはらしくない、といへばいへなくもない。反面、平素の頑丈な職業作家としてのサービス精神が禍したのが、早朝撮影を敢行したのか助監督決死の人止めの成果か、人気のない公園を舞台としたオーラス。死亡した吉雄から切り取つた屹立したまゝの男根を、女陰に埋めた後(のち)湖畔に立つ咲季の姿からカメラが遠々引くラスト・ショットの合間合間に、実際の出来事ではない、「ワールプールランドレット」での咲季と吉雄による情事の派手なフラッシュバックを挿み込むのは、折角の静かな余韻を、散らかす弊がより上回るやうにも覚えた。死に急ぐ吉雄を、麻美が短い雄司との遣り取りで見事に効果的に援護射撃するものの、別人である風間今日子の声と同様、終始緊張感の高い完成度を誇る今作にあつて、僅かな瑕疵と思へる。とまれ、阿川×麻美戦の一部に於いて光量が安定しないほかは、撮影の水準も全篇を通して素晴らしく高い。充実の余地を大きく感じさせる、大宮のドラマが尺の短さに負け手短に通り過ぎられて済まされるのは惜しいが、阿川の遅きに失した改悛をワン・カットで叩き込むのは栗原良でさんざ鍛へあげた、紛れもない旦々舎映画の十八番芸。情感豊かな主演女優の脇を戦闘的な四機のオッパイで固める布陣も磐石に、ほかに観た覚えもないのに何だが、阿部定ピンクのひとつの到達点ともいへるのではないかと思はせるに足る、精緻な一作である。

 ところで、新題の闇雲さに関しては昨今のエクセスにしては想定内―それにつけても、“吠える下半身”とは奮つてゐる―であるにせよ、斯くもダイレクトな内容にも関らず阿部定属性を完全にスポイルしてみせるのは、営業上も賢明な戦略とは必ずしもいへないのではなからうか。よもや、エクセスが新東宝と愛染塾長に気を遣つた―因みに、今新版の公開は「最後の七日間」の封切りに二ヶ月遡る―訳ではあるまいな。


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 「後妻の情交 うづき泣く尻」(2010/製作:関根プロダクション/提供:オーピー映画/脚本・監督:関根和美/撮影:下元哲/照明:代田橋男/助監督:新居あゆみ/スチール:小櫃亘弘/編集:有馬潜/録音:シネキャビン/撮影助手:斎藤和弘/照明助手:榎本靖/監督助手:市村優/効果:東京スクリーンサービス/現像:東映ラボ・テック/出演:水沢真樹・夏川亜咲・安西なるみ・佐々木麻由子・天川真澄・牧村耕次・なかみつせいじ)。
 ミサトニックな榊原邸、後に埋められる外堀が、一切出て来ない前妻とは浮気された末に離婚した― 生活水準から恐らく―大企業部長職の榊原竜夫(牧村)と、元秘書の後妻・美穂(水沢)の夫婦生活。とはいへ、寄る年波に屈し所謂“中折れ”た榊原を、美穂はひとまづ優しく労る。翌朝、美穂の方が忘れてゐた最初の結婚記念日に触れがてら、出勤する榊原が捌けるや、美穂は表情を一変、本性の腹黒さと性的な不満とを露にする。エプロン姿の美穂が家内の扉を一枚開けた瞬間、この時点では当然予想だに出来なかつた、後述する深く長い衝撃の火蓋が切られる。結婚前、徐々に榊原との関係を深める一方で、美穂は取引先「品川物産」の辣腕営業マン・志田耕作(なかみつ)とも交際を持ち、なほかつ一足先にといふか何といふか、長けた志田の性戯にすつかり溺れてゐた。美穂は志田には、結婚後も密会を続ける両天秤の心積もりである旨明言する。当たり前だが、それはそんなこと榊原にはいへんはな。
 水沢真樹的には前作「家政婦が見た痴態 お願ひ汚して」(新居あゆみとの共同脚本/主演:鈴木ミント)の二番手から主演に昇格した、関根和美2010年も呑気か順調に第四作は、潜水艦映画とでも名づけたい、スーパールーズな問題作。無論、ピンク映画に潜水艦なんて登場する訳がなく、それでは潜水艦のやうな映画とは一体どういふ代物であるのかといふと、コッテリした濡れ場満載の志田との遣り取りを皮切りに、延々延々、本当に延々どうしやうもなく延々順繰りな回想を、劇中現在時制にワン・カットたりとて戻るでないまゝ果てしなく延々連ねた挙句に、フと気がつくと何時の間にかオーラスには、開巻時より半年強未来に着地してみせてゐる。などといふ、ソナー網をすり抜け潜行したまゝ沿岸まで接近した敵艦が、不意に臨海都市の鼻先に浮上して来た青天の霹靂が如き、ある意味といふか別の意味でといふか、より直截には逆の意味でとでもしか賞、しはしないほかない、兎も角関根和美ならではの画期的―に素頓狂―な構成を採用した一作なのである。仕方がないので、とでもいふ風にして、ネタバレだ何だのとこの期には小癪な配慮は気にも留めず、以降始終をサクッとトレースしてみる。
 第一次志田篇を通過、主にはナベシネマ近作のアイドルから関根組初参戦の夏川亜咲は、自分とは六つしか違はぬ―公称上は四つ―美穂と父親との再婚に女の勘を頼りに異議を唱へる、榊原の娘・友紀。宅配業者を装ひ、友紀一人のミサトスタジオをキャップとストッキング覆面に、首から下はグレーのTシャツと軍パンといふ扮装の志田が急襲。少なくとも、近年の関根和美にしては大分ハード目な見応へのある演出を通して、志田は友紀を犯す。事後、素知らぬ顔で現れ助け起こした美穂に、友紀は結婚を前提とした恋人(話の中で触れられるのみ)の存在に強姦被害に関しては口を噤むのと、よくよく考へてみれば勢ひに上手く騙されたやうな気がしなくもないが、榊原との結婚を了承。挙句、実家を出ての一人暮らしまで始める。万事が首尾よく運びほくそ笑んだのも束の間、美穂は一転頭を抱へる。会社の金を二千万使ひ込んだ横領が発覚した、志田が失踪したといふのだ。志田との二股の薮蛇な発覚を恐れ困惑する美穂に、職場の先輩・中西幸恵(佐々木)から飲みの誘ひが入る。すつかり最近は、関根組常連としての安定感が地味に素晴らしい天川真澄(ex.綺羅一馬)は、幸恵行きつけの店のマスター、兼男女の仲にもある村井宗一。呼び出した美穂を店で村井と迎へた幸恵が、アフター5の筈なのに何故かドレス姿であつたりなんかする違和感は、さりげなく隙がない。何某かの手違ひか何かで、店の女とでも思つて用意した、訳では流石にないな。それでは、幸恵の美穂に対する台詞が悉く繋がらぬ。自身も実は志田と関係を持つてゐた―然しそれを、村井の前で公言する?―幸恵は、白を切る美穂を慮る。多分、現存する店物件から撮影場所を秘かに移動した上で、美穂は狸寝入りする中、幸恵と村井がオッ始めたかと思ひきや、美穂をも引き摺り込み藪から棒な巴戦に突入する。ここに至つて漸く気づいたが、闇雲に重ね倒した回想のみで物語る開き直りにより、僅かな合間合間で諸々のイントロダクションないし顛末の説明は最小限を抉る手短さで止め、余した尺をひたすら女の裸に注ぎ込む、といふ方策でどうやらあらう節は窺へぬでもない。夏川亜咲戦のエクストリームさに加へ、女体の各部への愛撫なり責めを執拗に捉へる、ここは素直にいゝ意味での粘着質も随所で光る。
 戻りぱなしなので実は進んでゐないのだが、兎も角話を進めて、コンディションから窺ふに依然過去の出来事と思しき、未だ幾分元気な榊原が美穂をそれなりに悦ばせる夜の営み。この辺りから個人的には、一体この映画は何処で当初時制に復帰するのか、あるいはよもやこのまゝ逃げ切るつもりなのかと、一昨日の方向に騒然とし始める。スリリングであるのは確かにスリリングなのだが、妙な映画体験ではある。そんなアメイジングを綾なす関根和美、侮り難し。とでもいふ格好にこの際してしまへ、自棄を起こしたのか?さうかもね。
 続いて、最終的には映画全体の鍵を握るのかも知れない局面で、潜水艦から放たれた魚雷を思はせる、今作に於ける秘密兵器投入。関根和美の2003年第五作「若奥様 羞恥プレイ」以来、七年ぶりのピンク電撃復帰を果たした安西なるみは、美穂の友人で子育ての指南役・大沢みどり。久方振りに観た安西なるみ―出演は往来での世間話のみ、脱ぎはしない―の印象としては、恐らく別に緊張してゐるのでもなく、表情が些か硬い。みどりと連れ立つて歩く美穂に、ポップに不審な浮浪者風の男が手拭で顔を隠した影から歪んだ視線を注ぐ。帰宅した美穂が、まるで間抜けなスタッフが仕出かしたかのやうに、人影が背後の窓をチラッと右から左に横切るのにも気づかず、志田との濃厚な情事の思ひ出をオカズに、大股開きで自慰を始めた際には回想状態からの再回想かよ!と一旦呆れかけたのはさて措き、一頻り水沢真樹の痴態を見せた後の榊原邸を、劇中二度目の宅配業者が訪れる。清々しい唐突さでケロッと美穂が玄関に出迎へると、先刻の不審者こと薄汚く身を落とした志田がミサト再急襲。美穂の、「友紀ぢやないのよ、私は!」なる漸く終盤に至つて序盤の姦計の種を明かす一手を、ここは大ベテランの名に恥ぢぬ何気ない手堅さで繰り出しつつ、志田は義・母娘丼を強行的に完成させる。こゝで、ヒン剥いた美穂をいよいよ挿入するにあたり、後背位に志田が引つ繰り返すカット以降、急に画調が若干ハイキーに変つてしまふのが、今回総じては堅調な仕事ぶりが光る、撮影部が犯した唯一のミスらしいミス。
 そして、戦慄のラスト。場面変ると榊原ではなく美穂の定期健診が話題に上る、朝の平穏な榊原家。な、なゝゝゝゝ・・・・!

 美穂が妊娠してる。

 しかもお腹の大きさから、後期通り越して臨月も間近か?序盤と同様に榊原が出勤すると、変に思はせぶりな風情で、美穂は大きく膨らんだ腹を愛ほしく擦りながら「誰の子でもないよね、ママの子だよね」と、妙ちくりんな映画の畳み方をする。確かに、志田第三戦―二度目はイメージ・トレーニング―以前の完遂した榊原第二戦に際しては、子作りを望む美穂と、生まれて来た子供が成人する頃の自らの老年を鑑み、二の足を踏む榊原といふ対照が伏線として噛まされもしたものの。底知れぬ回想無間地獄から何時、あるいは果たして開放されるものやらと頓珍漢に固唾を呑みながら、終に、展開が劇中現在時制に復帰する境目に全く気づけなかつたばかりか、そこそこのオーバー・ランすら許してしまつてゐる。何なのだ、この正体不明の敗北感は。強ひて邪推するならば、オーラスの大ジャンプといふ理解不能も無理からぬ荒業でなければ、可能性のある唯一の回想明けのタイミングは、往年のファンを驚喜、させたのかどうかもよく判らない、安西なるみが銀幕新作帰還を果たした一幕か。何はともあれ、よくいへば摩擦係数の低過ぎる、直截にいふと時制移動のへべれけさは、間違ひなく良くなくも悪くも関根和美の持ち味。素面で観る分には多少ボルテージ高めの裸映画で、劇映画としては別にどうといふこともない印象に止まりかねないのかも知れないが、あくまでそれでもファンとしては、組常連の芸達者たちの手慣れた仕事ぶりを楽しむ一方で七年ぶりの安西なるみに注目、したかと思へば最後の最後で些かの誇張でもなく、但し明後日に度肝を抜かれる。それはそれとしてそれなりに、恐らく凡そ関根和美以外には撮り得まい驚愕のサブマリン・ピンク。案外これでエモーションの振り幅は決して小さくはなかつたので、これでも面白かつた、のかな?釈然としなさはこゝは押し止め、おとなしく関根和美にシャッポを脱ぎ頭を垂れるのが吉なのか。有難や有難や、自棄なのか?もうそれでもいゝよ


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 「高校教師 ‐異常な性癖‐」(2002/製作:フィルム・ハウス/提供:Xces Film/監督:坂本太/脚本:岡輝男/企画:稲山悌二/プロデューサー:伍代俊介/撮影:創優和/照明:野田友行/編集:フィルムクラフト/録音:シネキャビン/助監督:竹洞哲也/監督助手:山口大輔/撮影助手:谷口守民/スチール:本田あきら/メイク:パルティール/タイトル:道川昭/現像:東映化学/出演:つかもと友希・相沢知美・ゆき・しらとまさひさ・なかみつせいじ・吉田祐健・おかなおてる・かとうよしかず《新人》)。出演者中、おかなおてるとかとうよしかず(新人)は本篇クレジットのみ。後述するが、ぎいちではないんだよ。然し猛烈に平仮名の多いビリングだ、大人の映画なのに。
 結果論的には盗撮映像といふ方便での、キネコによる主演女優のシャワー・シーンで開巻。私立栄光学園、数学教師で最年少学年―しかも三年生―主任の荻原祥子(つかもと)は、不登校が続く三上修平(しらと)の家庭訪問をクラス担任である篠田典子(相沢)に求めるが、たはけたことに教育ならぬゆとり教師を自認する典子はその役を祥子に押しつけ、劇中もう一人登場する同僚で下卑た小人物感が絶品な蛭田辰男(吉田)も、典子の尻馬に乗る。一応、才女の祥子とずぼらな典子、といふ対照に設定上なつてはゐる、ものの。ヴィジュアル的にはどちらも、といふか寧ろ祥子の方が華美で、女教師はおろか、何れにせよ二人揃つて夜の蝶にでもしか見えない。野暮はさて措き、くさくさした思ひを抱へながらも、祥子は不倫相手の坂上康則(なかみつ)との情事に溺れる。坂上は、祥子の親友・薫(ゆき)の夫であつた。そんな中、祥子を呼び出した薫は、興信所にでも依頼したのか夫との不貞の証拠を突きつけると、ゆき(ex.横浜ゆき)持ち前のクールな距離感で当然の絶縁を言明する。その足で薫は待たせておいた坂上と、一つ前の濡れ場で祥子との逢瀬に使つたラブホテルに突入。プレイをトレースがてら、亭主奪還を高らかに宣言する―要は、二幕続けて撮影した、といふ便宜か―絡みにも、ゆきの攻撃的な持ち味が見事に活かされてある。但し、大絶賛夫婦生活交戦中のホテルから、薫がこれこそ聞こえよがしに祥子に携帯電話をかける件に際しては、時制の移動が些かへべれけ。つい今しがた真昼間であつたものが、何時の間にか日もとつぷり暮れた夜になつてゐる。一体何回戦なのか、薫は結局、制裁に旦那を殺す気か?与太もさて措き、気を取り直、せぬまゝ両親は仕事で海外の三上家を訪ねた祥子を、更なる衝撃が襲ふ。そもそも薫が持つてゐた祥子が坂上とホテルに入る写真は、修平が撮影したものであつた。さうなると後はお定まりの王道展開、醜聞をネタにした修平のとても子供とは思へぬ淫虐に、祥子は綺麗に囚はれる。
 一言で片づけると、魔少年の苛烈な調教を受けるエロい女教師。ほかに補ふ言葉も俄には見当たらないし別にそのまゝでも別に構ふまい、徹頭徹尾そのことのみの正しく一点突破が清々しいまでのエロ映画。ビリング前後して三番目に脱ぐ、相沢知美と吉田祐健の御丁寧にも放課後の教室に於いての情事をも、祥子への加虐の用に供する実は執拗な論理は、ピンク映画の約束事を巧みに始終の進展に取り入れた、何気なファイン・プレー。改めて冷静に努めてみるまでもなくお話自体はスッカスカに薄いが、そのやうなことすら最早瑣末と、この際問ふべきではなからう。劇映画だと思ふから物足りない、今作は裸映画だ。観客が首から上で使ふのは目と耳のみ、後は一物で観るべき極桃色のエクストリーム。ギミックの猛烈な不自然さもものともしない、箱男ならぬ箱女責めで一気にレッド・ゾーンに持ち上げたテンションを、ラストまで一息に振り抜いてみせる終盤は圧巻。終に壊れた女と、度が過ぎたことに狼狽する男との対比には正方向の演出の充実も窺はせつつ、在り来りな哀願を180度引つ繰り返した、情欲のシャウトが鮮やかに映画を締め括る。考へるな、感じろ。そんな至言が何処からか聞こえて来るかのやうな、坂本太とエクセス、両者にとつてともに挨拶代りたり得よう一作である。

 配役残りおかなおてる(=丘尚輝=岡輝男)とかとうよしかず(=加藤義一)は、若干名用意される中から顔が抜かれる、でもなく見切れる程度の生徒要員。何れにせよ、わざわざクレジットに載せるほどか?といふ素朴面した疑問は残らなくもない。


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 「樹<いつき>まり子 巨乳しごく」(1989/制作:シネマ アーク/提供:Xces Film/監督:中村光徳/脚本:柳田剛一/企画:尾西要一郎/撮影:三浦忠/照明:市川元一/編集:菊池純一/助監督:柳田剛一/監督助手:土肥裕二、他一名/撮影助手:他一名、小山田勝治/演技事務:山下真由美/スチール:坂崎恵一/現像:IMAGICA/出演:樹まり子・若菜忍・小川真美・永嶺勝志・平工秀哉・平口広美・古都秀一)。演出部サードと撮影部セカンド、その他あれこれ力尽きる。出演者中、小川真美がポスターには小川真実。無論同一人物ではあれ、真美名義は初めて観た。シネマ アーク制作のシネマとアークの間にスペースを空けるのは、本篇ママ。
 個人的にこの領域に興味を持つのが遅く、正直まるで与り知らない当時の雰囲気に関しては潔く通り過ぎるほかないが、朝から“レイン”と名乗る女とのパソコン通信に熱中する予備校生・吉岡研(永嶺)の、広さも十二分で妙に小奇麗な一人住まひに、忍び込んだ予備校の悪友・藤純一(平口)が、挨拶代りに研の背中にエアガンを向ける。純一の彼女?な原口ケイ(若菜)も交へ、三人は多分純一所有のオープンカーのワーゲンで海へと、特に何するでもなく遊びに行く。予備校生風情が、ジャリ供のバブリーな暮らしぶりが堪らない。戯れにナショナルのビデオカメラ・NV-M21(昭和61年発売)を担ぐ、もとい覗く研は、海辺に佇む樹まり子の美しさに心を奪はれる。とはいへといふかところがとでもいふべきか、研が純一に呼ばれた一瞬の隙に器用に姿を消した女子大生・平山真理(樹)は、古都秀一の車中四万円で体を売る。充実した最初の濡れ場を通過がてら、研は純一とケイを海岸に残し、一人ワーゲンを走らせる。さういふ次第で、ケイが実は研に恋心を寄せる気配を匂はせつつも、若菜忍の絡みのお相手は平工秀哉が担当。当代きつての巨乳クイーン・樹まり子の陰に隠れがちとなりかねないのやも知れないが、若菜忍の、服を脱がせてみると意外に豊かなオッパイも何とも悩ましい。結果的に、ケイが裸を見せる機会が一度きりであるのは何気に惜しい。何時の間にか日も落ちた中、研は車が故障した古都秀一を無下に捨てた真理を拾ふ。後日、レインと真理が頭から離れない研を、純一はナンパに連れ出す。直截にいふと、真理にとつては売春婦仲間のヤス子(小川)を首尾よくオトしたと思つたのも束の間、まんまと金を取られた研は、ピンク映画のチラシ貼りのアルバイトに汗を流す羽目に。東宝に日活まではいいとして、更に何と松竹―東活のこと―まで並べたメジャー三社のポルノ映画を謳ふ今にしては凄まじい惹句に、喪はれるやうに通り過ぎ去られて既に久しい、麗しい時代が窺へる。小川真美(現:真実)に話を戻すと、この時代の小川真美は肢体の若さは兎も角、首から上が未だ出来上がつてはゐない。出演者最後平口広美は、客を装ひヤルことは一通り済ませた上で真理を逮捕しようとする、豪気な刑事・和田。終にレインとのオフに漕ぎつけた研は、最初の遭遇は金的で撃退した和田に追はれる真理を、和田が刑事とは知らないまゝ助ける。和田を撒いた後、互ひに待ち合はせのあるのを思ひ出した二人は別れるが、直ぐに再会。レインとは、要は実質的には真理のパソコン売春に際しての源氏名であつたのだ。研が漸くレインに辿り着いたところで、カット明けると唐突なヤス子の自慰。木に女の裸を接ぐのはピンク映画的にはある意味正しいとはいへ、だから、それならば若菜忍の裸でもいゝではないか。
 正直今となつては素性もその後の消息も追ひ辛い中村光徳の、当時人気絶頂のAVアイドル・樹まり子を主演に迎へた第二作。とはいへ、真理をセンターに展開が進行して行くでなく、あくまで主眼は年上の美しい、そして闇の部分も併せ持つと思しき女に揺れる研の青い想ひに据ゑた、オーソドックスな青春、あるいは青年映画といふ印象に納まる。樹まり子の、時の移り変りに決して屈せぬ正統派の美貌と、ボリューム感溢れる巨乳の威力は、二十有余年の歳月を経た現在にあつても、些かなりとも古びず正しく圧巻。寧ろ、訴求力に乏しい永嶺勝志メインの物語が求心力も欠き気味の平板な出来に止(とど)まるだけに、瑣末なドラマなんぞこの際いつそ不要とすら思へぬでもない。そもそも、三者三様の濡れ場もこなすものの、樹まり子の出演時間からが、永嶺勝志に比して決して長くはない。これでは「樹まり子 巨乳しごく」といふよりは、要は「永嶺勝志 きれいなおねえさんは、好きですか。」である。屈強な平口広美が樹まり子に追ひ着かないやう必死にわざと遅く走る、真理×和田×研の間抜けなチェイスや、研の送り込んだウイルスにより真理のパソコン売春の証拠データを消されてしまつた―劇中登場する、8インチフロッピーのあまりの広大さには震撼を禁じ得ない―和田が、「消えた、消えた、消えた・・・・」と無闇に尺を費やしフラつきながら、茫然自失と退場する件。別に平口広美が悪い訳ではなからうが、和田絡みの冗長なシーンも際立つ。総じた仕上がりは手堅くはあるのだが、手堅い程度に落ち着くくらゐならば、もう樹まり子の裸は金輪際見たくないと思はせるほどの、猛烈な超絶裸映画として観たかつた心は残る。


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 「最新!!性風俗ドキュメント」(1994/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/構成:甲賀三郎/企画:中田新太郎/撮影:清水正二/照明:伊和手健/編集:酒井正次/助監督:原田兼一郎/監督助手:榎本敏郎/撮影助手:坂江正明/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:林由美香・荒木太郎・ゐろはに京子・石川恵美・神戸顕一・樹かず・池島ゆたか)。構成―事実上の脚本―の甲賀三郎は、瀬々敬久の変名。出演者中、神戸顕一と樹かずは本篇クレジットのみ。
 新宿か、夜の繁華街。開口一番「こんばんは、荒木太郎です」と、映画史上に残らう清々しさでヒムセルフ役の荒木太郎大登場。射精産業の現況を、経済情勢も絡めテロッとなぞる講釈を一齣(ひとくさり)垂れつつ、AVでデビュー後ストリップ、ピンク映画と華麗な戦歴を経て、現在はイメクラの女王として人気を博す林由美香(当然こちらもハーセルフ)を主演に迎へた、荒木太郎のナビゲートによる風俗実録映画が製作されるとの、奇抜な趣向が手際よく開陳される。イントロダクションの途中より遠目に見切れる林由美香が、後ろから近づいたカメラの方をふり向いたタイミングでタイトル・イン。
 イメージ・クラブことイメクラの紹介―妙に入念な辺りに、時代が窺へるのか―がてら、林由美香と荒木太郎の軽めの一戦。その舞台が、近作では見る機会もめつきり減つた、カウンターの右手壁にマンハッタンの摩天楼が描かれたバー。ところが実はその物件はセットで、バー・カウンターの対角反対側には、更に電車セット―寧ろ、こちらの方が今でも見るかも― があつらへられてある、といふ構造になつてゐたことにはこの期に素面で驚かされた。一仕事終へた後(のち)荒木太郎が何気なく洩らした、林由美香の実相を訊ねた疑問に、由美香はアタシはアタシ!と激しく臍を曲げ、一旦機嫌を直したかに見えたものの、現場から姿を消してしまふ。撮影が頓挫し、頭を抱へる演出部から監督の今岡(下の名前は信治か/神戸顕一)・助監督の原田(多分兼一郎/樹かず)と、荒木太郎の三人に対し、新東宝映画の社員・中田(恐らく新太郎/池島ゆたか)は雷を落す。挙句に中田が腹立ち紛れに荒木太郎に吐いた雑言が、「これだから困るんだよな、大根役者は」。まあ直截にいふと、いはゆる“お前がいふな”の世界ではある。とりあへず、新たにレズビアン専門イメクラの風俗嬢・カオリ(石川)を招き、荒木太郎の間抜けなセーラ服女装も披露しながら撮影がひとまづ再開される最中、荒木太郎は、由美香が中田とホテルに入る姿を目撃する。ほどなく林由美香から侘び気味の連絡が入り、荒木太郎が医者で由美香が患者のお医者さんごつこ、といふ形での元企画が続行される。ゐろはに京子は、ドラマチックな一悶着挿んだお医者さんごつこの後半戦に、新たに加はる看護婦役。
 jmdbのデータによると、同年のしかも同日に公開された「性告白実話 ハイミスOL篇」その他、新田栄で数作観た覚えもある、当時は未ださういふ言葉もなかつたらうが、兎も角今でいふところのモキュメンタリーの更に劇映画寄りの、といふか殆どそのものの、モキュモキュメンタリーとでもいふべき寸法の意欲作。モキュモキュ、何でも書いてみればいいつてもんぢやないんだよ。話を戻してとはいへ、岡輝男と比べるまでもなく、甲賀三郎こと瀬々敬久による堅固な構成が、深町章の妙手により肩肘張らずに仕上げられた出来栄えは、勿体もつけぬまゝに何気に素晴らしく見応へがある。凝つた設定の中、あくまで作られた劇に過ぎないにせよ、あたかも素顔と思はせる林由美香―と、荒木太郎も―の表情を随所に織り込みつつ、一旦由美香は退場。その間(かん)の、ベテランの三番手でもたせた間(ま)を繋ぐ方法論は、実はピンク映画として麗しく磐石。やがてひとまづ撮影が再々開され、更なる派手な一幕への導入も含め林由美香がサラリと荒木太郎に投げるのは、“リアルよりリアリティ”といふ逆説的な真理。以降、桃色の決戦兵器・ゐろはに京子をいよいよ投入し煽情性のレベルをピークに持つて来たところで、些か粗雑でなくもない二段構へのどんでん返しを経て、ラスト・ショットは接吻を交す二人を、バラし途中の照明が美しく照らす瞬間を捉へた超絶のストップ・モーション。それは、まるで往年の名画のやうに、画調は穏やかなれど狂ほしくロマンティック。何と芳醇な娯楽映画、良くも悪くも仕事を選ばない―否、それはピンク映画最強の五番打者として、寧ろ称へられるべき至誠の姿勢にさうゐない―膨大な出演本数に比して決して多くはない、林由美香にとつての代表作のひとつに数へ得るのではなからうか。失格監督のキネコ私映画なんぞ、この際シネフィルにでも呉れてしまへ。林由美香は死すとも、未だ新版公開畑に於いては大絶賛現役だ。我々は深町章の、渡邊元嗣の、そして極々偶には新田栄の紛れ当たりをも、喪失の哀しみすら忘れ大いに心豊かに楽しまうではないか。

 なほ、林由美香が林由美香役で出演する劇映画はほかに、ピンク映画好きで林由美香のファンといふ奇特な設定の岩下あきらが、桃井良子の経営するデリヘルで働き始める、「変態願望実現クラブ」(1996/脚本・監督:山崎邦紀)が挙げられる。これがまた、リリカルな一作なんだ。1998年に、『変態プレイ 私はおもちや』と改題された新版を過去に観たものであるが、どうにかもう一度、何とか再見叶はぬものか。


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 「人妻弁護士 真つ赤なざくろ」(1998『女弁護士 強制愛撫』の2011年旧作改題版/製作:ワイ・ワン企画/提供:Xces Film/脚本・監督:関良平/企画:稲山悌二/プロデューサー:戸川八郎/撮影:鷹野聖一郎/照明:宮崎輝夫/録音:シネキャビン/音楽:マイキー・田中/助監督:斉藤博士/メイク:Q-Parts/ネガ編集:フィルムクラフト/スチール:桜井栄一/監督助手:森木正巳/撮影助手:相模昌宏/照明助手:服部卓爾/出演:冴島奈緒・村上ゆう・相沢知美・幸野賀一・友松タケホ・塚本一郎)。
 イメージ・ショット風の、水島法律事務所代表の弁護士・水島一喜(幸野)と、水島からドレスを贈られた、事務所に在籍する弁護士兼、水島とは男女の仲にもある門村沙貴(冴島)の絡みで開巻。主演女優の裸もさて措き一際目を引くのが、幸野賀一が若過ぎて、まるで違ふ人に見える。浅黒く日焼けしてゐるのに加へ、意外にもこの頃は結構チョコボール級にマッシブで、直截にいふと、弁護士には清々しく見えない。抜粋版のオープニング・クレジットが、冴島奈緒に差しかゝつたところでタイトル・イン。ところで、後々登場する自宅の様子からも、沙貴は未婚女性としか思へない件につき。一体何処から新題中の“人妻”は湧いて来たのか、大体が劇中、法律婚してゐると思しき女は一人も出て来ないぞ。珍しく比較的おとなしめの改題に納まつたかと思へば、別の意味で執拗に流石エクセスである。
 カット明けると、元々舞台を通した縁があるらしき、関組の一応看板役者・塚本一郎が出所する。といふか、足を伸ばすのを横着した、塀ではなく単に門が大きいだけのロケーションは、逆の意味で感動的に拘置所には見えない。かつて水島に弁護を依頼したものの、五年の実刑を喰らつた若竹組所属の暴力団員・千葉構造(塚本)は、それほどの剣幕にも別に見えない―見えない事物ばかりだ―が、兎も角お礼参りとでもいふ寸法なのか水島法律事務所を訪ねる。幸か不幸か水島は不在で、応対した司法書士志望の受付嬢・佐藤ミサ(相沢)に続き姿を見せた、沙貴に千葉は目を留める。その足で内縁の妻・洋子(村上)が雇はれママを務めるバー「6th AVENUE」に向かつた千葉を、今しがた洋子を抱いてもゐた、若竹組の二代目・亀松末吉(友松)が臆面もなく迎へる。千葉と亀松が下卑た噂話の花を咲かせる沙貴は、近所に住んでゐるらしく、「6th AVENUE」に顔を出すこともあつた。再々度法律事務所を訪れ、終に面会を果たした千葉を、水島は徒に邪険に扱ふ。静かに激昂した千葉は、夜道を行く沙貴を水のないプール。沙貴が意識を取り戻すと、裸に剥かれ両手を吊るされてゐた。喚くでもない気丈な沙貴に、頓珍漢な千葉の宣告がそれでもいい塩梅の外連で轟く、「被告人門村沙貴を、監禁及びレイプの刑に処する!」。
 些かの誇張でなく共に伝説的怪作、第二作「三十路兄嫁 夜這ひ狂ひ」(2000/製作:ワイ・ワン企画/提供:Xces Film/主演:鈴木エリカ)、事実上と同義の現時点最終作「わいせつ女獣」(2002/製作:SEKI-プロ/製作協力:クリエイティブ・オフィス・モア/提供:オーピー映画/主演:麻倉エミリ=鈴木エリカ)に遡る、かつてm@stervision大哥から、“ピンク映画界のエド・ウッド”と称へられ、は別にしなかつた関良平のデビュー作。さうは、いへ。観る者を正しく眩惑させる、余人の手を届かせ得る領域を明々後日に超越した、グルッと一周して画期的なまでに支離滅裂な作劇も、三十路兄嫁に於いては自らの手により火を噴く魔編集もともに影を潜め、逆の意味での期待には違(たが)ひ、良くなくも悪くも破壊力的には特にも何も、全く大したことはない。改めて気づいたが、麻倉エミリex.鈴木エリカ―更にex.松島エミ―の不在といふ要因も否応なく大きいのか。派手な寄り道をしてみせるでもない、薄さと表裏一体のシンプルな今作の大筋としては、沙貴といふ“最高の女”を抱いた千葉が、久方振りに娑婆に戻つたばかりだといふのに、早速再び物騒な“最高の仕事”に手を汚しに行くとかいふもの。その中で若干乱雑にも思へなくもないが、ともあれチャッチャと相沢知美の濡れ場も消化し、千葉と何時の間にか共闘した沙貴が水島に牙を剥く、飼ひ主が犬に噛まれる展開の跳躍の高さは幾分光りつつ、最終的には中途半端に勿体つけたタラタラした流れの中で、漫然と当初予定通りの着地点に惰性のみで辿り着いて済ます始末。時期的に離れ過ぎてもゐるので、比較にならないやうな気もするが、「アラフォー離婚妻 くはへて失神」(2009/脚本・監督:吉行由実)を木端微塵にした冴島奈緒大先生地のへべれけさも、シャワー中の鼻唄などに若干窺へぬでもない反面、寧ろ当時未だ些かも衰へない超絶裸身の、我々の腰から下をチン圧もとい鎮圧する、正方向に迸る煽情性の方が兎にも角にも上回る。壮絶な頓珍漢を希望寄りに予想する心性からが、土台如何なものかといつてしまへば自戒に頭を垂れるばかりだが、方向の正否は問はずベクトルの絶対値が大きくすらない、端的にキレを欠いた、捉へ処にさへ乏しい出来栄えと首を横に振らざるを得ない。あるいは実績のある何者かの変名に違ひない、斉藤博士なる助監督の、余程の健闘を想像すべきなのやも知れないが。兎にも角にも、関良平の監督作をコンプリートする夢が叶つた字義通りの禍福は、ここはひとまづ喜びたい。与太を吹くにも、何はともあれ一旦は観てからだ。木戸銭を、落とした小屋にて。

 よくよく考へてみると、そもそも人妻どころか、石榴も劇中全然関係ない!最早活きてるのは“弁護士”だけだ(;´Д`)


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 「肉体婚活 寝てみて味見」(2010/製作:パワーフール/提供:オーピー映画/監督:森山茂雄/脚本:佐野和宏/原題:『アラサー、よつこらしよッと!』/撮影:清水正二/編集:酒井正次/音楽:勝ヒロシ/助監督:小川隆史/撮影助手:吉田明義、他一名/編集助手:鷹野朋子/監督助手:江尻大/協力:BAMBOO HOUSE、他多数/出演:みづなれい、上原優、倖田李梨、伊藤太郎、後藤佑二、ヤング・ポール、他二名、勝寛至、森山茂雄、佐野和宏)。出演者中、ヤング・ポールと他二名、森山茂雄は本篇クレジットのみ。
 実際に佐野和宏の店らしい―嗚呼、地方民の哀しさよ―高円寺のバー「BAMBOO HOUSE」での、恋愛と、家ではパンツを履くことを面倒臭がる常連客の福山杳子ことヨッコ(みづな)と、マスターの佐藤(佐野)との、後腐れない前提の情交にて開巻。タイトル・イン明け、まんまと二日酔ひのヨッコが目覚めたところ、同居するアラサーOL―因みに、ヨッコの作中年齢は25―の岡田亜梨沙(上原)は、既に明け暮れる婚活デートに出陣し留守であつた。因みに因みに、そこかしこで見ないでもないハウス・スタジオの、二人が暮らすプチ屋敷ばりにそこそこ豪華な物件は、亜梨沙が海外に滞在する伯母夫婦から借り受けてゐるといふ設定。収入だけならば申し分ないとはいへ、それ以外は逐一万事が頂けない下川太陽(後藤)に、亜梨沙が挫けかかる心を奮ひ立たせ必死に喰下がる一方で、食べるなとわざわざ置手紙で釘を刺されてもゐた、男心迎撃用に亜梨沙が用意したビーフ・シチューを、まるで振られでもしたかのやうに悪びれることもなく、ヨッコはケロッと空けてしまふ。そんな、悪戦苦闘する亜梨沙の周囲で、ヨッコは飄々としながらも漫然と過ごす日々。「BAMBOO HOUSE」で時間を潰すヨッコは、佐藤いはく最近チョクチョク現れるといふ、注文したショット・グラスを口元を隠すマスクをずらしはすれど外しもせずに一息で飲み干すと、直ぐに店を後にする大きなスケッチ・ブックを抱へた不思議な男・須賀樫男(伊藤)と出会ふ。後日、「BAMBOO HOUSE」帰りの夜道を亜梨沙と連れ立つて歩くヨッコは、歩道橋から如何にもな風情で身を乗り出す須賀の姿を目撃する。それは単に、車好きでホンダのS2000を体ごと目で追つてゐただけのことであつたのだが、すは早まるなとヨッコと亜梨沙が慌てて飛びついた須賀の鼻と唇の間には、大きな黒痣があつた。そして須賀は始終肌身離さぬスケッチ・ブックに、自身をダイレクトに反映させた、羽に大きな、そしてそれは当然異常な白い模様を持つ、カラスを主人公とした絵本を描いてゐる最中であつた。佐野洋子のタッチの模倣が窺へる、須賀描画の主は不明。亜梨沙は特段意に介さぬ反面、明確なテーマを自らの裡に抱く須賀に、ヨッコは憧憬にも似た興味を持つ。
 倖田李梨は、ヨッコ・亜梨沙共通の友人で、矢張り「BAMBOO HOUSE」常連でもあるパルコ。男に、縁がないことは必ずしもないのだが、ものの見事に運はない。パルコがヨッコと佐藤に自慢げに紹介し、その後秒殺で何時ものやうにヤリ逃げされる、佐藤からは“ラムネ目玉”と揶揄される外人の彼氏・ダニエルが、ヤング・ポール。試みに調べてみたところ、監督作も数作ある東京芸大の院生とのこと。パルコに話を戻すと、倖田李梨の扱ひは決して悪くはないものの、物語の本筋には、器用なまでに関らない。初めから志向してはゐない、といはれてしまへばそれまででもあるが、女友達三人組のグルーヴは、展開の主要に対しては全く機能せず。
 要因の、対内外の別までは勿論与り知らぬが、豪気にも2009年は素通りした、森山茂雄二年ぶりの第十作。亜梨沙の婚活狂想曲がメインの前半部分と、ヨッコと須賀のセンチメンタルな恋愛模様に大胆に移行する後半戦とが、パルコも噛ませ損なひ綺麗にちぐはぐな全体的な構成の出来栄えは、贔屓目にも何も、一本の劇映画を求めるならば端的に褒められたものではない。その上で、須賀が紡ぐ物語にプリミティブに移行してみせつつ、己の容姿に強いコンプレックスを抱く者が、理解ある異性との出会ひを機に自信と自由とを取り戻すに至るといふ終盤は、正直シニカルには都合か調子のいい御伽噺気味の、それでも、まるで自分で自分の背中を押すかのやうな、傷つき疲れたダメ人間を優しく慰撫すべきララバイ、乃至は終に倒れた魂に捧げられたレクイエムとしては、文字通り形振り構はぬ突進力、肉を切らせるとも骨を断つ決定力を有する。そのダサさと紙一重の、寧ろ非洗練を些かも厭はぬ勇敢な愚直が、元々佐野和宏の資質であるのか、それとも森山茂雄が猛然とアクセスを踏み込んだものなのかを正確に判別する、素養もしくは資質を持ち合はせない不見識は面目ないばかりではあるが、兎も角、遮二無二撃ち抜かれたエモーションだけは、確かに伝はつて来る。善し悪しでいへば決して芳しくはないと同時に、好き嫌ひでいふと断然大好きな一作。棒球をスタンド上段にまで運ばれたとて、真つ向挑んだ直球勝負は天晴だ。みづなれいは兎も角、敵が伊藤太郎(マイト利彦・伊藤利と同一人物)であることも鑑みると、無防備と引き換へに手に入れた着地の爽やかさは、ある意味離れ業といふ評価も相当しよう。森山茂雄のことは一旦さて措くとして、伊藤太郎にとつてはマスターピースと称するに値するのではなからうか。

 出演者残り、名前が連ねられる他二名は、深夜の公園でヨッコと須賀を冷やかす柄の悪い二人組みであらうことはまづ間違ひないとして、音楽も担当する勝寛至がよく判らない。不完全な消去法ながら、ヨッコと二度、セクシャルな意味合に於いてではなく絡むチャリンコ二尻の高校生の、後ろの方か。漕ぐのは江尻大なので、定石からいふと小川隆史ではないかとも思へるのだが、その他何処かに見切れ要員が居たのを見落としたか失念したかな?森山茂雄は、劇中二度目の婚活で亜梨沙を幻滅させる、ビールの飲み方がポップに下品なオヤジ。妙に髪に白いものが多いのは、それはわざわざ染めたのか?


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 「変態本番 炎の女体鑑定人」(1997/製作・配給:新東宝映画/脚本・監督:深町章/企画:福俵満/撮影:千葉幸男・池宮直弘/照明:井和手健/編集:酒井正次/助監督:広瀬寛巳/協力:セメントマッチ/出演:風間今日子・相沢知美・原田なつみ・林由美香・樹かず・久保新二)。
 師匠に指示され女の扱ひ方を習得すべく教えを乞ふ、とかいふ文脈と思しき、樹かずと、盲目設定の相沢知美の一戦にて開巻。
 御馴染み水上荘を根城とする、鑑定士に扮する際には武田信玄斎を名乗る詐欺師のゲン(久保)と、ゲンからは呼吸するやうにデコピンを弾かれ倒す間の抜けた弟子・塩山ケンイチ(樹)が、蔵に入り適当な骨董品を物色する。入つてもゐない銘を入れ、名品をデッち上げる件を妙に丁寧に消化する中、ゲンにとつては稼業の主戦場たる、女体鑑定の依頼が入る。清々しく耳慣れぬ単語だが、女体鑑定とは要は張道完先生の玉門占ひの全身版とでもいつた趣向で、今回のクライアントは、亭主(全く登場しない)の浮気に悩む山下春江(風間)。初めに風呂に入らせた隙にケンイチがリサーチした春江の個人情報を、チラッと体に触れたゲンが言ひ当てる、やうに偽装する度に、二人で大仰なアクションとともに「霊!」と大見得を切るのは微笑ましく馬鹿馬鹿しいが、そのやうな枝葉はこの際兎も角、表情から初々しい風間今日子の、柔らかなボリューム感を爆裂させる白く若い肉体がヤバい。今作、今回は旧題ママによる二度目の新版公開で、2001年一度目の旧作改題時新題が、「女体さぐり とろけさう」。正しく心も蕩ける極上のエモーションを、暫し堪能する。贅沢にもビリング・トップを惜しげもなくサクッと通過し、一旦ケンイチが一人で、町に下り一仕事して来ることに。確か明示はされないが、この流れが冒頭に連なる模様。ケンイチは猫好きの女を狙へといふ、後々効いて来ぬでもないゲンの訓へを守り、幾ら樹かずのイケメンを以てしてとはいへ、正直へべれけな遣り取りでペットショップから出て来たところの秋子(林)に接触する。
 出演者残り、潤沢にも四人目となる脱ぎ役の原田なつみは、犬猫の血統書感覚で自身の品定めを依頼する、町議会議長愛人のハーセルフ。ゲンならずとも、余程特殊な性癖をお持ちの御仁でなければ辟易させられずを得まい、正真正銘紛ふことなきれつきとした重戦車ではあるが、間を繋ぎラストに色をつける、全体の構成として実は重要なワン・ポイントをドッシリと果たす。
 女の裸を軸に据ゑた、明確で十全な起承転結により編まれた統一的な物語。と、いふよりは、御存知稀代のエンターテイナーにして我等が久保チンこと久保新二と、一昔以上前であるから若いのは当然としても、今も然程変らないことがある意味恐ろしいといへば恐ろしい樹かずとによる、ざつくばらんにいへばコント劇といふ色彩が兎にも角にも強い。幾分気配が匂はされもするものの、ケンイチが山を下りる直前、超絶に藪から棒に捻じ込まれるゲンとケンイチが狂ひ咲かせる本格的な薔薇の花は、ピンク映画である前提以前の要件を鑑みるまでもなく、更に一層劇映画としての輪郭をおぼろげにしかねない。とはいへ、前述した原田なつみの地味に秀逸な起用法に加へ、圧倒的な桃色の破壊力を誇る形式的には主演女優の脇を、子役時代からの長い芸暦は決して伊達ではない、さりげない芸達者・相沢知美が手堅く固め、何よりも決定的なのが、林由実香に刹那のワン・カットに撃ち抜かせた永遠にキュートなアッカンベー。一見右から一昨日に流れ過ぎ去るやうに思はせて、案外精緻な仕上がりが堪らない。肩肘張らない熟練が実に深町章らしい、量産型娯楽映画の大樹の、枝葉を繁らせるやうに見せかけてシレッと幹を成すやも知れぬ、工芸的な一品である。


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