真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「美肌家政婦 指責め濡らして」(2004/製作:多呂プロ/提供:オーピー映画/監督:荒木太郎/脚本:吉行由実/撮影:清水正二/編集:酒井正次/助監督:城定秀夫/撮影助手:岡部雄二/照明応援:坂井高明/演出助手:内藤和之・西村太郎/制作:小林徹哉/音楽:村山紀子/ポスター:白汚零二/録音:シネキャビン/現像:東映ラボ・テック/協力:縄文人・田中康文・佐藤選人/製作協力:長野ニュー商工/出演:麻田真夕・紺野美如・佐倉萌・白土勝功・中村方隆)。
 長野ニュー商工の映写室、35ミリ映写機の傍らに立つ映写技師・成瀬壮一(中村)と、少し離れた食べかけの蕎麦をカメラが舐め、客席には数人の観客に、浴衣姿の紺野美如。一日の上映を終へ、自転車で帰宅する成瀬の後姿を、浴衣の紺野美如が見送る。成瀬は一人住まひ、妻・春江を若くして亡くし、男手ひとつで育て上げた一人娘の美恵子は、既に結婚し東京へ出てゐた。食後薬を服用しつつ、成瀬は昔撮つた8ミリで、在りし日の妻と幼い美恵子(子役不明)の姿を懐かしむ。一方、美恵子(佐倉)は夫婦生活中、濡れ場までこなすものの、出演者クレジットのない荒木太郎が美恵子夫。一段落ついたところで、成瀬が倒れたとの報が入る。成瀬が倒れるのは、初めてではなかつた。仕事を持ち長野に帰れない美恵子は、入院中の父のために家政婦を手配する。病床の成瀬を、美恵子が手配した家政婦・倉沢あかね(麻田)が訪ねる。ファースト・カットから始終火を噴き続ける、麻田真夕持ち前のしやんとした佇まひは狂ほしく超絶。映画全体の静かな輝きを、時間をも超えんばかりの勢ひで加速する。程なく退院後もあかねは成瀬の家に通ひ、やがて家が遠いからといふ申し出で、住み込むやうになる。あかねのキンピラに、成瀬は亡き妻の味を思ひ出す。望まれた成瀬は妻娘の8ミリを見せるも、それを見てゐたあかねは急に気を失ふ。その夜、成瀬は春江を抱く夢を見る。紺野美如の濡れ場は、相変らず殆ど上達してはゐない。フと気付くと腕の中の春江があかねに変つてゐたのに、成瀬は夢の中で慄く。
  全国小屋ロケ行脚御当地映画シリーズ第五弾は、手数は少なくオチも見え見えのファンタジーとはいへ、なほのこと一点の曇りもない、堂々とした正攻法で撃ち抜かれた見事なマスターピース。あかねは都合二度、成瀬に秘密を自ら明かす。一度目は映写室、上映される往年の名画に仮託し、あかねは成瀬に半ばの告白をする。二度目は何処かしらの湖畔、成瀬は戯れに8ミリをあかねに向ける。激しく拒んだあかねは、卒倒しかけながらも姿を消す。あかねの姿を追ふ成瀬、二人は、急な通り雨に見舞はれる。逃げ込んだ山小屋には、かつて成瀬は春江と栗拾ひの途中立ち寄つた過去もあつた。あかねはいふ、「この小屋、まだあつたんですね」。
 バンドマンがライブ会場を“ハコ”と称するやうに、“小屋”とは即ち、映画館を指す。最終的にはクソの足しにもならぬ束の間であつたとて、それでも人生は矢張り長く、苦しい。その寄す処となる美しい思ひ出を愛しき人の記憶を、今作が映画と、そして映画館とに預けたのであれば。その愚直あるいは誠実に応へるには、真つ直ぐな方法論に拠るほかないといふのが、恐らく唯一の正解なのであらう。蒸し返すが平素大嫌ひな荒木太郎は、普段大嫌ひであるところの所以の、ストレートなエモーションの妨げとなる目障りな趣味性や機能しないばかりの意匠を今回は一切排し、儚くも美しい一時の再会を、力強く美しく描き上げることのみに全てを捧げた、渾身のオーソドックスを展開する。嫌ひな監督の映画であるからといつて、自動的に駄目であるなどといふ莫迦があるものか。素晴らしいものは、矢張り素晴らしい。荒木太郎の、最高傑作ですらないかしらん。濡れ場を差し引くと薄くさへある物語ともいへ、初期設定で六十分の小篇であるピンクにとつてはジャスト・フィット。余計なものの不在は、美しさを一層純化する。終に山小屋の中、成瀬はあかねと結ばれる。唯一の濡れ場で名匠清水正二の必殺が捉へた麻田真夕の姿は、正しく幻想的で心を震へさせられる。濡れ場を規定されたノルマとしてではなく、濡れ場があるからこそ、更に映画として際立つピンク。折に触れ荒木太郎が口にする理想は、ここに結実し得たのではないか。

 一点惜しかつたといふか欲しかつたのは。美恵子は部下、兼不倫相手の結城(白土)を伴ひ長野に出張したついでに、父親宅へも立ち寄る。美恵子の首に残る不貞の痕跡を目敏く見つけたあかねは、これ見よがしなまでの旦那への土産を美恵子に持たせる。それは怠惰であると斥けるストイシズム、もしくは悪意混じりのリアリズムも酌めぬではないが、娯楽映画の王道といふ視点からは、素振りだけでも、夫に対する美恵子の改心があつて然るべきではなかつたらうか。アクションは兎も角受け取る側の問題として、成瀬には告白を果たしたあかねが、美恵子は殆ど通り過ぎてしまつてゐる。<>であるのと同じやうに、<>でもある筈なのに。
 あかねに持たされた弁当を冷やかす成瀬の同僚は、矢張り俳優部的にはクレジットレスの小林徹哉。


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