「令嬢玩具 淫乱病」(1995/製作:旦々舎/配給:大蔵映画/脚本・監督:山崎邦紀/撮影:河中金美・難波俊三/照明:秋山和夫・渡部和成/音楽:中空龍/編集:㈲フィルム・クラフト/助監督:国沢実/制作:西海謙一郎/効果:時田滋/スチール:岡崎一隆/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/出演:姫ノ木杏奈・小川真実・吉行由美・荒木太郎・樹かず・甲斐太郎)。
楠瀬志帆(姫ノ木)が、東化医院―凄え仮称―で精神科医(荒木)の診察を受ける。荒木先生(仮名)に手を出させた志帆は、荒木がとりあへず出してみた左手を両手で包み、「かうすると安心して話せることに気づいたんです」。姫ノ木杏奈にそれだけの芝居心があるのか否か今となつては甚だ微妙ながら、ニコニコ荒木を翻弄する志帆の見るからヤバい笑顔に、絶妙なリアリズムが煌めく。あるいは上手いこと切り取つた、演出の勝利か。荒木に何か書類を渡しに来た看護婦の潮(吉行)が、傍から見てゐるとデレデレでもしてゐるかのやうにも見えかねない二人の様子に、捌け際何気な不信感を露にするのは、吉行由実、ほかには小川真実や青木こずえら、魔女属性の名女優が得意とするスリリングなメソッド。荒木の目に幾許かの邪心を看て取る志帆に対し、当の荒木は無防備におどけてみせる。変に人を不安にさせる志帆の笑顔を改めて抜いて、無造作さが案外煽情的な筆致のタイトル・イン。
タイトル明けは蛇口がグラグラ、直してゐるのか壊してゐるのかよく判らない水道修理。志帆は一人で暮らす相続遺産である旧旦々舎に、便利屋「ニコニコ便利社」―便利舎かも―の安野(甲斐)を呼ぶ。数日後の夜、就寝中の志帆の寝室に男が侵入。馬鹿正直に暗くて殆ど見えないが、兎も角志帆は犯される。この一幕、一通り尺も費やしあれやこれやヤッてゐるにも関らず、少なくとも配信動画をPCで見る限りでは本当に見えない、闇夜の黒牛の如き絡みではある。安野が妻・千香子(小川)の淹れたコーヒーを飲んでゐると、志帆からの電話を被弾。すぐ来て欲しいと尋常ならざる様子に駆けつけた安野に、志帆はレイプされた旨を告白。精神科通院中につき警察は被害妄想と取り合つては貰へまいと、志帆は安野にボディーガードを依頼する。
念のためヌイておくには、途轍もなく濃厚な小川真実と甲斐太郎による安野家夫婦生活を経て、いざボディーガード初日、安野がすつかりその気の黒服で出撃するのはポップなギャグ。配役残り、超絶の陰鬱な無力さで立ち尽くす国沢実は、安野が楠瀬邸に到着したところ、門の前にゐた不審者。当然過敏に反応する安野を制した志保には、“ゐてもゐなくても人畜無害よ”と無体に等閑視される。人畜無害の、使ひ方がちぐはぐなやうな気もするが。ゐてもゐなくても何ら変りのない、いはば焼け石にかける水にもならぬ類の人間を、人畜無害と称するのではなからうか。樹かずは、色んな意味で楠瀬邸に出入りする配送業者の若い衆。
遂にバラ売りにも残弾数ゼロ!山﨑邦紀1995年第五、ピンク限定第四作。いや別に、新着させて呉れたら、買ふよ。魔性の女といふほどでもなく、寧ろより直截にはプリミティブなり無作為な地雷女に振り回された男達が、軒並み破滅に至るオッソロシイ物語。半ば仕事も放ぽらかし志帆に捕まる亭主にさんざ業を煮やし倒した挙句、遂に颯爽と三下り半を叩きつける千香子の姿には清々しき女性主義が窺へ、るのだけれど。幾ら主導権を握るのが女にしても、甚だ旦々舎らしからぬ問題作。最大の疑問点は、荒木が医者としての職業倫理を放棄し、志帆に下した診断とその症例とを安野に打ち明ける件。劇中用語ママでボーダーライン症候群に関して、患者の殆どが女―正確な台詞は『殆どの患者は女性なのですが』―としてゐるのには度肝を抜かれた。旦々舎が最も量産しまくつてゐた修羅場の最中とはいへ、浜野佐知がよく首を縦に振つたもんだ。志帆に対抗心を燃やし荒木に膳を据ゑる潮の濡れ場も、如何せんノルマの消化感は否めず、荒木との対面を経た安野に元気出してねと向ける、頓着のない笑顔の意味も判らない。そもそも国沢実ならば兎も角、自立し成熟した男である筈の安野こと甲斐太郎が、小娘相手にみすみす同じ轍を踏むのも説得力には遠い。折角三枚揃つたオッパイで、エクセス作かと見紛ふ重量級の裸映画をゴリ押せばよかつたのにと思へなくもない、不用意な方便を持ち出したばかりに、語るに落ちた印象の強い一作である。
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