真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「失禁・秘所彫り」(1989『縄で濡らす』の2009年旧作改題版/企画・製作:プロダクション鷹/配給:新東宝映画/監督:珠瑠美/脚本:衣恭介/撮影:伊東英男/照明:沖茂/音楽:CMG/編集:竹村峻司/効果:協立音響/美術:目黒優児/現像:東映化学工業株式会社/録音:ニューメグロスタジオ/出演:石原ゆか・風間ひとみ・秋山かおり・牧村耕二・工藤正人・朝田淳史・進藤丈夫・山本竜二)。出演者中、牧村耕二と進藤丈夫がポスターには牧村耕次と木村昌治。牧村耕二はまだしも、進藤丈夫と木村昌治となると全然名前が違ふトリックプレーは、全体何から生じるのか、あるいは何の意図があるのか。それは兎も角問題が、少なくとも今回私が観たプリントには、該当しさうな八人目の登場人物といふのがそもそも見当たらないのだが。
 彫師の省三(牧村)と―推定―内縁の妻の俊子(風間)が乗つたエレベーターに、省三らの隣室に暮らす大学生カップル・山崎伸二(山本)と吉田朝子(石原)が、何事か喧嘩の最中といふ風情で慌ただしく乗り込んで来る。省三と俊子は、苦笑しながら「江戸文化保存会」の表札の揚げられた413号室に帰宅。隣の412号では、朝子が浮気したといふので、縄も取り出した伸二が激しく責めたてる。ここで濡れ場の最中に火を噴く最も顕示的かつ明後日なギミックが、画期的に間延びした暗転。あまりの長尺スローモーに、映写機がダウンした上映トラブルかと思つた。一旦暗くなるのと次のカットに戻るのとに、五秒といふと流石に大袈裟かも知れないが、それぞれ三秒は確実に費やしてゐる。全体何を狙つた、新ならぬ珍機軸なのか。それとこの時点で、朝子によつて失禁はクリア。後述する秘所彫りとともに、今回は実に本篇の中身に即した律儀な新題となつてゐる。逆に旧題は、漠然とするにもほどがあるやうな気もしないではない。欧米人から彫るやう乞はれた省三が渡欧する一方、伸二からは完膚なきまでに心を離した朝子は、最早浮気相手といふ肩書も適当ではないやも知れぬ正男(工藤)の下に走る。一人不貞腐れる伸二を夜の街で拾つた俊子は飲みに誘ふと、完全に捕獲した勢ひで413号室に連れ込む。要は膳を据ゑられた格好の伸二は、俊子の裸身に驚愕する。何と俊子は、背に見事な般若を背負つてゐたのだ。そんなものまで見せられてしまふと、男の恥だ何だといふ以前になほのこと喰はざるを得なからうが、まあ恐ろしい話である。聞くと俊子を自分のものにしようとした省三に、無理矢理彫られたとのこと、重ねてオッカナイ連中だ。荷物を取りに戻つた朝子と伸二が進歩なく揉めてゐるところに俊子が嘴を挟み、朝子を自室に連れ出す。翌日漸く呼ばれた伸二が様子を見に行くと、あらうことか、俊子は薬で眠らせた朝子の秘部に、竜の刺青を彫つてゐた。朝子が伸二から離れられないやうにする、だとかいふ無体極まりない方便であつた。
 恋愛対象を繋ぎ止めるといふか殆ど拘束するために、当人の希望の有無に関らず刺青を彫つてのける。今回珠瑠美が描いたのは無造作に連鎖する、恣な暴虐。十二分どころか度外れてエクストリームなテーマではある筈なのだが、殺風景な集合住宅から殆ど外に出ない意欲を欠いたロケーションに、魅力も威力も不足する俳優部。例によつて例の如く、メリハリなどといふ言葉は初めからその辞書には存在しないかのやうな、テンポの奇妙さだけは漂はせるものの、大枠としては漫然とした珠瑠美の演出。山本竜二着用の適当な太さも酷い、今となつては銀幕のこちら側から観てゐるだけで無性に恥づかしいケミカルウォッシュのジーンズ―PERSONSのロンTを白いパンツの中にタック・インした、正男のファッションにも目を覆ふ―が象徴的な、時代を超える超えない以前にリアルタイムすらそもそも制し得なかつたにさうゐない、何時ものやうに取りつく島もない一作である。本当にこの人は、結構な本数を撮つてゐるにも関らず、一本くらゐキリッとした映画がないのだらうか。唯一善きにつけ悪しきにつけ感触のゲージが振れるのは、すつかり開き直つた朝子の申し出で、俊子は今度は伸二の亀頭にも花―牡丹?―のタトゥーを彫る。張形を使用しての絶賛作業中のカットには、流石に猛烈な痛みを覚えた。悪びれるでなく書いてぬけるが、結局俊子は家を空けてゐる隙の省三を捨て、俊子と朝子と伸二。女二人が伸二を引き連れる形で、新たな悦楽の日々を求め陽気に旅立つて行くなどといふラストは、あんまりな適当さが却つて寧ろ最高だ。
 渋味も感じさせる色男で、短い一幕限りの端役には惜しくも思へる朝田淳史は、戻つて来ない朝子の身を案じた正男の通報により、とりあへず412号室を訪れてみる刑事。秋山かおりは、貪欲な性を謳歌する俊子が都合四人で乱交を楽しむ目的で、413号室に呼びつける愛奴。表情すら満足に抜かれなく、正しく裸要員の名に相応しい。

 ひとつ不可解に特徴的なのが、今作はこれまで御紹介したやうに、メインのモチーフはイレズミ者ならぬ刺青ものである。にも関らず、“刺青”といふ用語は一貫して回避、代りに“一生消えない”といふ注釈を付けたり付けなかつたりしながらも、“ワッペン”とかいふ奇怪な言ひ回しに終始してゐる。因みにjmdbによると、今作の封切りは平成元年の九月初頭。まさか昭和天皇の崩御に何時までも配慮したであるとか、そこまでナーバスであつた訳ではよもやあるまい。もうひとつ、開巻とエンディングに普通に使用されるテーマ曲に関しては、清々しく一切クレジットがないゆゑ誰の何といふ曲なのか全く不明。


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