真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「童貞幽霊 あの世の果てでイキまくれ!」(2019/制作:Grand Master Company/提供:オーピー映画/監督・脚本・編集:塩出太志/撮影:岩川雪依/視覚効果・照明・Bカメ:塩出太志/録音:横田彰文/助監督:田村専一・宮原周平/小道具:佐藤美百季/特殊メイク:懸樋安奈/特殊メイク助手:田原美由紀/衣装制作:コヤマシノブ/整音:井上久美子/音楽:宮原周平/タイトルデザイン:酒井崇/仕上げ:東映ラボ・テック《株》/協力:愛しあってる会《仮》・露木栄司・ニューシネマワークショップ・木島康博・田島基博・Seisho Cinema Club・青木康至/出演:戸田真琴・きみと歩実・星野ゆうき・松本高士・西山真来・しじみ・岡本裕輝・長岡明美・田丸大輔・加藤絵莉・香取剛・手塚けだま・ほりかわひろき・田村専一・馬場泰光・鳥居みゆき)。
 ど頭光の粒子が蒸着して文字を成す、王冠挿んだOP PICTURESロゴから上下に帯のついた所謂シネスコ画面。ただ単に忘れてるだけか知らんけど、デジ蔵で初めて観た気がする。尤もかといつて、横長のアスペクト比を存分に活かした、キメッキメの画面設計が為されてゐる訳でも、別にない。
 コンビニエンスストア「EVERY DAY」の表で信夫(星野)が待つてゐると、仕事を終へた鈴木歩美(戸田)が出て来る。雨の中、歩美主導で二人は一人住まひの信夫宅、ではなく夜まで親は戻らない、筈の歩美実家に。キッラキラ瞳を輝かせる歩美がサックサク膳を据ゑて来るまゝに、いよいよといふかあれよあれよ事に及んだ、ものの。避妊具を持ち合はせず、ついでに初体験の信夫が歩美二撃目の「いゝよ」を振り切り買ひに出ようかとしたところに、予想外の早さで両親(岡本裕輝と長岡明美)帰宅。歯がガッチャガチャな俳優部が居並ぶ、貧相な画面(ゑづら)はどうにかならんのか。親爺に摘み出され、悄然と歩いてゐると―ある意味潔く―映さない車に衝突されピヨーンと宙に舞つた信夫が、情けない一生を思ひ返して暗転タイトル・イン。ところで主演の戸田真琴は、榊英雄ピンク映画第四作「ほくろの女は夜濡れる」(2017)ぶりの二戦目。造形の如何か所以か、二年前より若々しく見える。
 明けて信夫が寝かされ、歩美と両親に、信夫を轢いたと思しき女・高田(西山)も深刻に詰める病室。幽体離脱した信夫の意識ないし霊は、歩美をすり抜け触れられない点やその場の雰囲気から、自身が高田の車に撥ねられた状況を察する。どういふ訳だか自分の体にも戻れなかつた信夫は、高田の家にとりあへずついて行く。パッドがリムと一体型の眼鏡感あるおメガネも外さず、高田がシャワーを浴びるプチ濡れ場を西山真来がアッサリした豪快さで披露しつつ、挙句就寝時もメガネを外さない夜。時々話には聞くけれど、とても真似しきらん。高田の部屋に、多分その場所で彼氏を寝取つた女に殺された、両頬に無惨な傷も負つた地縛霊・香織(しじみ)が現れる。幽霊同士で情を交した事後、自らの来し方を無意味であつたと嘆く香織に対し、筆卸して貰つた信夫が意義を肯定すると、それで納得した香織はしじみ本来の綺麗な顔に戻り、光芒に包まれ成仏する。
 配役残りアバンに遡つて香取剛は、「EVERY DAY」の店長・岡田。EVERYとDAYの間にスペースが入るのは、名札ママ。松本高士は仕事中の歩美をレジに急襲する、性質の悪い彼氏・工藤、彼氏なのか?手塚けだまは、霊感のある岡田の妻、この人もコンビニで働く。きみと歩実は岡田と金で寝る歩美の姿に鈴木家にて途方に暮れる、信夫の前に現れる二人目の女幽霊・牧子。香織同様矢張り彼氏を寝取つた、但し男に殺された人。田村専一は工藤行きつけのバーのマスター、屋号不詳。パチキで卒倒させた歩美の、ハメ撮りを工藤が撮影するのを端金で黙認する外道。鳥居みゆきが、サタンゴースト大の閻魔様、様をつけないと怒られる。下膨れの田丸大輔は、気絶した人間には乗り移れるといふ信夫の知見を得て、牧子が乗り移つてみる恐らく酔ひ潰れてゐた男。加藤絵莉が下膨れの配偶者、後背位の最中に当て身を叩き込んで、信夫用のボディを用立てる。ばかに目の綺麗な田村専一は、高田の体に入つた信夫に救ひを求められたけだまが紹介する、霊能者の坊主・渡辺。馬場泰光は本クレで“邪悪の化身”とされる、工藤に取り憑いたサムシング。深く被つたフードと黒塗りとで、正直何処の誰でも殆ど変らない程度にしか映らない。のは兎も角邪悪の化身が再三再四登場する波打ち際の彼岸に於いては、バックベアードぽいビジュアルで虚空に浮かぶ。
 ど真ん中お盆に公開された正調、あるいは本隊大蔵怪談映画たる「変態怪談 し放題され放題」(脚本・監督・編集:山内大輔/主演:星川凛々花)。今作の約一ヶ月前、十月中旬に封切られた「淫美談 アノコノシタタリ」(脚本・監督:角田恭弥/主演:なつめ愛莉)に続く、些かの食傷も否めなくはない当年三本目となる幽霊映画は、OP PICTURES新人監督発掘プロジェクト2017(第一回)で審査員特別賞を受賞した、塩出太志のピンク映画筆卸作。「アノコノシタタリ」同様、二ヶ月弱フェス先行した上で、上野の初日を迎へてゐる。
 大好きな可愛い娘ちやんとの初体験を目前に、非業の死をほぼほぼ遂げた童貞男が、生き返りを目指し奔走する。閻魔から判り易い復活の条件も提示され、ある意味順調に紆余曲折しながらもつゝがなく信仰する物語に加へ、何はともあれな見所は綺麗などんでん返し。流石に開いた蓋から覗いてみるに結構都合のいい方便か無理からな力技ではあれ、出し抜けに牧子が真相に辿り着く超過程さへさて措ければ、信夫が仕方なくついて行つた高田宅に何故か感じた懐かしい匂ひ始め、牧子以前に似て非、ならざる香織の出自。鍵のかゝつてゐないチャリパク感覚で失神した他人の肉体を好きに使ひ回す信夫が、病室に横たはる己には戻り損なふ謎等々、実は周到に全篇を通して伏線は数々張り巡らされてゐる。ただ信夫が頭を抱へた工藤と高田の騎乗位が、実際には誰が誰に跨つてゐたのかだけは、どうしても判らないぞ。信夫の一途な恋が醒めないのが寧ろ不思議な、歩美の藪蛇なエクストリーム内弁慶―もしくは猫かぶり―には対岡田で絡みの種を一つ増やす以外に正方向の必要性が見当たらないとはいへ、人類補完計画ばりの逡巡を歩美ちやんと一緒にゐたいの一点張りで突破した信夫が、目出度く締めの濡れ場に堂々と辿り着く清々しいラストは、それなりの強度で磐石。自死を図つた?高田の体に飛び込んだ信夫は、起動を確認すると「よし、動く」。最終決戦のガレージ、誰か卒倒する度に、よし来たそれ行けといはんばかりにヒョイヒョイ憑依する信夫なり牧子の軽やかなフットワークは、一種サイバーパンク的でもある確かに新しい感覚。そもそも枠から違ふツッコミ処には意図的に気づかないプリテンドで筆を滑らせると、髙原秀和や佐々木浩久ら一昨日なロートルが茶を濁すどころか泥水に変へてゐるうち忘れがちにもなりかねないが、この期に外様を連れて来る大蔵の狙ひは、本来さういふ辺りにあつたのではなからうか。裸映画的にも事前には二本柱かと思つてゐたら、本クレではビリング後半に沈む加藤絵莉まで、全員本格的な絡みをキッチリこなす豪華五本柱には軽くでなく度肝を抜かれた。即物的に寄る意識は低い―あと尺八も吹かせてないよね―反面、完遂率の高さは女の裸を決してノルマごなしとして疎かにはしない、真心の表れと捉へたい。所々演者の顔ぶれが覚束ない、新規組特有の脆弱性は否めない側面もあるにせよ、まあ十二分な一作。古澤健小栗はるひが相変らず派手に仕出かす一方、塩出太志と角田恭弥に加へ谷口恒平も当然忘れてならない2019年は、オーピーの新風路線が漸く軌道に乗つた一年、といふ評価も後年成立し得るのではあるまいか、後年があればの話だけれど。兎にも角にも、最終的に肝心なのは量産性。全員にいへることだが量産型娯楽映画が、賑やかしのワン・ヒット・ワンダーでは始まらない。
  大オチ<イマジナリーフレンドか別人格か語られない詳細なんて知らんけど、牧子も信夫も高田も、といふかそれ以前に香織から全員工藤


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 「痴漢電車 素肌にタッチ」(1991/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:周知安/製作:伊能竜/撮影:稲吉雅志/照明:柴崎江樹/編集:酒井正次/助監督:広瀬寛己/監督助手:渋谷一平/撮影助手:佐久間栄一/照明助手:小田求/スチール:津田一郎/ナレーター:芳田正浩/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演 パート1“テレパシー”:橋本杏子・荒木太郎・川崎浩幸/パート2“予知能力”:小泉あかね・南城千秋/パート3“霊能者”:石川恵美・池島ゆたか・山本竜二)。助監督の寛巳でなく広瀬寛己は、本篇クレジットまゝ。
 手前に戸建の密集を置いた団地ロングに、「世の中には色々な能力を持つた人間がゐる」。芳田正浩のナレーションが、地味に手堅い。「常識では理解出来ない特殊な能力を持つた者もゐる」、といふ流れで津田スタ床の間に目覚まし時計が鳴り、轟渉(荒木)が止める。轟の特殊能力とは、人の心が判るテレパシー。尤も日々周囲の雑多な思念に煩はされ、轟は自身の精神感応を持て余してゐた。「聞きたくもない他人の本心ほど」、「やかましいものはないかも知れない」と一旦まとめてタイトル・イン。通勤電車の車中、轟はハシキョンの「あゝゝ、誰か痴漢して呉れないかしら」なる心を読み、お任せ下さいといはんばかりに実行する。ヨシマサレーション曰く「とまあ、こんな時は超能力の威力を発揮する」、随分な“とまあ”感が清々しい。そんな轟に、部長(川崎浩幸)が縁談を持ちかける。外から抜ける喫茶店「CARRY」で紹介された江藤倫子(橋本)は、その日の朝轟が意を汲んで痴漢した女だつた、また箆棒に仕掛けの早い見合だな。その後二人がぶらぶらするのを、デパートの店内的なロケーションで撮つてゐるのにも軽く衝撃を受ける。
 予知能力を持つOL・望となると苗字は恐らく高井(小泉)は、プリディクションした通り南城千秋の電車痴漢を被弾する。劇中一切呼称されない南城千秋の固有名詞に関しては、定石を消去法で攻めると本命が野沢俊介、対抗は岩淵竜也か達也といつた辺りか。ところでひとつ不思議なのが、2020年新版ポスターに―俳優部として―紛れ込む渋谷一平の名前。パート3に一人如実に映り込むその他乗客がゐるにはゐるにせよ、髪が未だフッサフサといふかモッジャモジャの、ひろぽんに見えるのだけれど。
 石川恵美に痴漢した園山、と来れば下の名前は高志にさうゐない池島ゆたかは霊能力者で、矢張り津田スタの自宅に、交通事故死した四回戦ボーイ・佐伯(初代林家三平みたいな髪型の山本竜二)の幽霊が現れる、恭司だな。佐伯が園山の前に化けて出た用件はズバリ文句、園山が手を出した悦子(石川)は、佐伯の恋人だつた、苗字は絶対に黒崎。
 この御仁は三篇オムニバスを全体何十本撮つてゐるのか、深町章1991年第八作。深町章に限らず近年あまり見ないが、女優部三本柱で話を三つに割るといふのは、テンポなり各パートの連関なり、上手くハマれば戦略的な手法であるやうにも思へる。
 ロケ特性を活かした、真実を知つた轟こと荒木太郎が見せる恨めし気な表情が絶品なパート1は、ある程度綺麗にオトす、尺的にもほぼほぼ三等分。尺から短いパート2は甚だぞんざいな出来で、プリップリにキュートな小泉あかねを、逆の意味で見事に飼ひ殺す。良くも悪くも問題なのがパート3、経験の豊富な園山が、要は初心者幽霊である佐伯を鼻であしらふ様から斬新で、「ゴースト」よろしく自分の想ひを伝へて欲しいといふ要求を面倒臭がる園山に、佐伯が“一生のお願ひ”とかいひだすと、脊髄で折り返して「お前にはなあ、もう一生はないんだよ!バカ」とツッコむのには普通に声が出た、確かにねえ。兎も角佐伯―の霊―を伴ひ園山は悦子に会ふものの、常人ゆゑ佐伯が見えない悦子は園山が代弁者でなく佐伯の生まれ変りであると思ひ込み、山竜一流のメソッドで地団太を踏む佐伯の眼前、園山が悦子を抱く。即ち今風にいふならば、NTR幽霊譚とでもいふべき画期的な構成には、量産型娯楽映画の大山に埋もれた隠れた逸品に遭遇、したものかと一旦はときめいたのに。汽車がキタところで、一時間に十分弱余してゐるにも関らず、大オチも設けずザクッと畳んでしまふ最早一種のストイシズムですらあるのかも知れない、豪放磊落な終劇には何て粗い映画なのかと吃驚した。

 改めて近年のオムニバス作を何があつたかいなと探してみたところ、2018年第二四半期に連続して封切られた、池島ゆたか2018年第一作「だまされてペロペロ わかれて貰ひます」(二話構成/脚本:五代暁子/主演:神咲詩織)に、髙原秀和の十三年ぶりピンク復帰作にして大蔵上陸作「フェチづくし 痴情の虜」(三話構成/原作:坂井希久子『フェティッシュ』/主演:涼南佳奈・NIMO・榎本美咲)。の前となると、オーピーが総勢六人の監督をデビューさせておきながら、結局一人も残らなかつたか残さなかつた、「いんらんな女神たち」(四話構成/2014/監督:金沢勇大・中川大資・矢野泰寛=北川帯寛・江尻大/主演:佳苗るか・森ななこ・円城ひとみ・上原亜衣)、「いんらんな女神たち ~目覚め~」(二話構成/同/監督:小山悟・永井吾一=永井卓爾/主演:友田彩也香)まで遡る。いんらんな女神たちはそもそも、全く別個のコンセプトだろ。


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 「愛憎のうねり 淫乱妻とよばれて」(2019/制作:加藤映像工房/提供:オーピー映画/監督:加藤義一/脚本:筆鬼一/撮影監督:創優和/助監督:小関裕次郎/録音:小林徹哉/選曲:友愛学園音楽部/整音:Bias Technologist/編集:有馬潜/監督助手:鈴木琉斗/撮影助手:宮原かおり/スチール:本田あきら/仕上げ:東映ラボ・テック/出演:佐倉絆・涼南佳奈・里見瑤子・津田篤・柳東史・和田光沙・柳之内たくま)。見易くはあれ、市川崑ぽいクレジットが小癪でなくもない。
 白昼の広い通りに佐倉絆が一人で立ち尽くす、後述する前作ラストの画に「あの人はとうとう来なかつた」。オーラスの笑顔を引つ繰り返すモノローグから暗転しての三年後、佐倉絆が如何にも映えさうな食事を支度する台所。山宗をも捨ててなほ、再会した日夏優(柳之内たくまのゼロ役目)とは結局結ばれなかつた旧姓小川春美(佐倉)は、旅先で知り合つた江口輝久(津田)と結婚。輝久が大手保険会社で出世コースにも乗り、結構どころでなく恵まれた生活を送つてゐた。中途で済ます夫婦生活を経て、優が出て来る悪夢に春美が目を覚ます一方、一戸建ての江口家を、藁人形をポップに携へた里見瑤子の背中が見やる。翌朝、春美がゴミを出さうとするとどうかした勢ひで文字通り突つ込んで来る、左手が不自由な日夏亜子(里見)は越して来たてで分別のルールを知らなかつたものの、注意されると思ひのほか大人しく従ふ。明確に差のついた境遇に羨望を隠しもしない、同じ養護施設で春美と姉妹のやうに育つた浅井奏(涼南)の顔見せ噛ませ、春美は東京タワーを望む優との思ひ出を残すロケーションにて、髪の色と全体的にやさぐれた風情は異なれど、当然造作は優と全く同じ謎の男・日夏烈(柳之内)と交錯する。
 配役残り柳東史は、明らかに厄介な近隣トラブルに巻き込まれてゐると思しき春美に、レス・ザン・距離感で接する残念な町内会長・西岡。言葉を選べばエキセントリックが里見瑤子で飽和状態に達してゐる以上、この人の造形は別に普通でも構はなかつたやうな過積載は否めない。不意討ち感が抜群な、烈キックの呼び水といふ地味に痛快な要素さへさて措けば。それと東史×之内たくまのツイン柳共演作的には、山内大輔2006年第三作「レンタルお姉さん 欲望家政婦」(主演:姫川りな)以来実に十三年ぶり六本目、流石に今作で打ち止めか。
 ピンク限定でも八作前、薔薇族含めると九作前ともなる、2017年第二作「愛憎の嵐 引き裂かれた白下着」続篇の加藤義一2019年第四作。この度うねりが、嵐をどの程度振り返るものかとの疑問を懐いてゐたのが、限りなく一切顧みないノーガード戦法には正直吃驚した。率直なところ当サイトも覚えてをらず、サブスクで復習した結末を主に掻い摘むと、大概壮大なフェイクで春美から優を強奪した、日夏郁子(和田)が自身の左腕を本当に破壊しようとした乱雑なものの弾みで、優は郁子に刺される形で絶命。郁子にも、有能な上司に対しピリオドの向かう側に跨いだホモソーシャルをかねてから滲ませてゐた、橘秀樹の凶刃が振り下される。なので全部捨てて優と駆け落ちる心積もりの、春美はエターナル待ち惚けを喰らはされたといふ次第。
 春美の前に烈が現れる、同じ顔をした男サスペンスが気がつくと里見瑤子が根こそぎ通り越して地殻ごと持つて行く、隣人スリラーに変つてしまふのはそれでもまだ御愛嬌。一旦話を変へて裸映画的には、特に涼南佳奈を誰が介錯するのかが全然読めなかつた、二三番手は力任せの一発勝負で振り逃げつつ、ビリング頭の裸は輝久が呑気に眠る傍ら、自撮りを烈に送信させられる案外目新しいシークエンスまで含め、質的にも量的にもふんだんに愉しませる。問題が、矢継ぎ早に二三番手を片付けた余勢でそのまゝ突入する、空前に壮絶な木端微塵。そこはせめて姉だろ!な二親等のバーゲンセールから、紙より軽いドミノがバッタバッタ倒れて行く終盤はある意味圧巻。階段落ちと屋上墜ちの本来あんまりな二連撃が意外と一息に見させるのは、発狂した里見瑤子が何故か口裂けゾンビに変身する、アメイジングな飛び道具の力も借りての妙手なのか。妙手?珍妙な手法を妙手とはいはんぞ。主演女優の引退も既に発表されて久しいといふのに、よもやまさかの第三作に含みでも残したつもりなのか、それでゐて二親等ズの存否を濁す辺りとかこの際逆の意味で完璧。二度目のコンタクトで大絶賛和姦をしかも中に出して執り行つた春美と烈が、事後テレパシーで会話した挙句、“だ”と“ら”と“く”を一文字づつ打つた末に、清水大敬よりも馬鹿デカいフォントで“堕落”と極大スーパーを撃ち抜いてみせる明後日か一昨日な荒業も、当然忘れてはならない。“百点満点で零点”といふよりも寧ろ、“百点満点の零点”映画。加藤義一が近作比較的安定傾向にあつただけについうつかり油断してゐたところが、久々に浴びた鮮やかな破壊力、断じて褒めてはをらん。それでも漫然としかしてゐない映画と比べれば、ベクトルの正負はさて措き徒に絶対値だけは大きな分、まだしも取りつく島があるやうにも思へかねないのは、純然たる錯覚にさうゐない。ついでに撮影部が総じてはキメッキメのショットをそこかしこで放つ反面、最初の春美・ミーツ・烈と烈の奏急襲に、最後に春美が慄く郁子の幻影。往来を完俯瞰で捉へられるカメラ位置が余程気に入つたのか、同じ画角を都合三発繰り返しては、流石に画の底も抜ける。腐してばかりでも何なので正方向の見所も拾つておくと、熊さんが転んでゐたりお人形が大股開いてゐたり、あるいはソファーがボッロボロであつたり。異常性を何気に表する亜子宅の美術と、前世紀のデビューから二十余年、未だ草臥れた風情も見せず元気な里見瑤子。

 ひとつ形式的な疑問が残るのが郁子と烈は兎も角、亜子まで日夏の不可解。優が婿に入つてゐた場合今度は不可解が烈に移るが、今回の復讐戦に際して、亜子と烈は籍でも入れてゐたのであらうか。優と郁子が元々二人とも日夏?同郷かよ。あともう一点、春美を口汚く罵倒するビラが大量に貼付される、怪文書路地の件。どさくさに紛れて“ヨゴレマンk”がシレッと映り込ませてあるのは・・・・まあ、もしくはもういいや。


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 「緊縛の情事」(昭和54/製作:若松プロダクション/配給:新東宝映画/脚本・監督:高橋伴明/撮影:長田勇市・倉本和人/照明:磯貝一・西池彰/編集:酒井正次/音楽:田中丈晴/助監督:磯村一路・福岡芳穂/録音:銀座サウンド/現像所:ハイラボセンター/出演:岡尚美・島明海・沢木みみ・悪源太義平・宮田諭・鶴岡八郎・下元史朗・馬津天三・森忍)。出演者中、沢木みみがポスターには沢木ミミで、音楽の田中丈晴がポスターでは浪漫企画。
 いはゆるM字開脚の足を閉ぢた形を、尻側から象つたオブジェ。多分ゴールデン街ら辺のバー「もんきゆ」?―看板の、大きく弄つた平仮名が正直正確には判読不能―の手洗ひ、夏子(岡)と心許ない消去法で森忍がせゝこましく情を交す。用を足さうとしたノコ(沢木)が店を任されてゐるクミ(島)を呼び、中で致してゐる気配に唖然とする。漸く現れたマスターのロク(悪源太)は、女子二人が二の足を踏むその場に脊髄で折り返して介入、男を先に排除する。ところが夏子は、十年前ロクと同棲してゐた仲だつた。ロクの店とも知らず、刹那的な男漁りに耽つてゐた夏子は、「ロクちやん、老けたね」と言ひ残し摘み出されることなく「もんきゆ」を去る。夏子が翌日も「もんきゆ」に昨晩の粗相を侘びがてら顔を出すと、今度はクミが遅れて現れる。空気を読んだ夏子がそゝくさ捌ける一方、ロクに想ひを寄せるクミは、割と露骨に恨めしがる。
 配役残り、何か知らんけど議論してゐたりする若者で埋まる―時は埋まる―十人弱くらゐの、その他大勢「もんきゆ」要員、カウンター左端が定位置の馬津天三が僅かに特定可能。宮田諭は、ノコの大体ボーイフレンド・トシちやん。プロアマ不明ながら、童話を嗜む。件の十年前、当時自称芝居バカのロクと一緒に暮らしてゐたナンバーワン・ホステスの夏子が、後妻の座を狙ひ鞍替へした弁護士が鶴岡八郎、尤も籍は入れて貰へなかつた模様。大概ぞんざいに飛び込んで来る下元史朗は、ロクと夏子がライオンファイアした焼けぼつくひにすつかり捨て鉢なクミが、名前も名乗らないまゝ連れ込みに入る男。潔く御役御免で駆け抜けて行く、完遂しないけれど。
 九作前の「ある女教師 緊縛」(昭和53/音楽:PUPA)同様、Nazarethの6thアルバム「Hair of the Dog」(1975)を大絶賛無断サントラに使用する高橋伴明昭和54年第四作。掘つて行けば、まだまだ見つかると思ふ。
 谷でなく、丘の方のナオミでより泥臭く、なほ実戦的なサドマゾを。例によつてそんなところであつたのではと思しき新東宝の企画意図に対し、一昨日から蘇つて来た、夏子にロクをカッ浚はれたクミが胸を痛める構図は所詮横道であつたにせよ、思ひ詰めた風情が素晴らしく画になる、美少女系として2021年でも全然通用し得よう島明海を二番手に据ゑてゐる時点で特に問題もなく肯ける。ところが高橋伴明が前半の大半を費やすのは、生きよ堕ちよを地で行くロクと夏子の、覚悟と限りなく同義の情愛。簡単に片付けるとロクが十年ぶりに抱いた夏子は、鶴岡センセイ(仮名)にすつかり縄の味を仕込まれ、普通のセックスでは感じない体になつてゐた。要はそれだけといへばそれだけの、至つてシンプルな、もしくはカテゴリー上ありがちなお話にしては、重たい再会に手数を割くのに感(かま)けてゐるうちに、夏子の回想―または告白―の形で漸く本格的なSM映画の火蓋が切られるのが、尺の折返しも既に越えてからといふのは、些かでなく遅きに失する。さうなると、処女はトシちやんに投げ売りしたクミが次々偶さかな男と寝るのに並走して、ロクと夏子がずぶずぶ深みに嵌つて行く後半は、単純な、あるいは物理的な女の裸比率にだけ目を向ければふんだんではあるものの、ひとつひとつの絡みを中途また中途で等閑に使ひ捨てて行くしかなく、直截には拙速も通り越しガッチャガチャ。ロクが臆面もなく「もんきゆ」の敷居を跨がせた夏子を終に切羽詰まつてクミが刺したところ、コートの下はあらうことかパンティ一枚の、夏子の体にはしかも緊縛が施されてゐた。衝撃を受けたクミが、ちんたら股縄を喰ひ込ませてみる他愛ない自縛が間の抜けたタイトルバック。の末の、「判んなあい」と結局クミが匙を投げる泣き言がオーラス、俺にも何がしたい映画なのか判んなあい。隣の間から抜ける和室と、安コーポの六畳間といふロケーション自体の根本的な差も否み難いとはいへ、頻繁にカットバックする夏子の対センセイ対ロク二つの“緊縛の情事”、奥行きなり陰影のキマッた前者に、後者がパッと見の画面(ゑづら)で既に負けてしまつてゐるのも如何せん厳しい。
 酷い酷いと逆の意味で滅法評判の悪源太義平(a.k.a.関谷義平/一昨々年死去)は、アングラ演劇畑ではそれなりに名前の通つた人物であつたらしい。昭和世代には有名な、スキー帽を被つた心霊写真―ではないのだが―にも似た無表情すれすれの馬面と、恐らく何処訛りでもない謎抑揚を駆使してのける、伊藤猛よりも朴訥としたある意味エクストリームな口跡は良くも悪くもワン・アンド・オンリーではあれ、台詞を放り込む間には確かな輝きか鋭さを窺はせ、地味に強い佇まひは、エモーションを決して感じさせなくもない。ただ、それでもこの映画の死因は、矢張り悪源太義平なんだなこれが。なんとなれば、まあこの人途轍もなく濡れ場が下手糞。近年外様作が連れて来る筆卸男優部でも、ここまで動けなくはないといふくらゐ全く何にも出来ない上に、高橋伴明がどうにかぽんこつマシンをどやしつけようとした苦戦の形跡も、別に見当たりはしない。ビリング頭に誰を連れて来てどんな物語を如何に撮らうとて、折角の女優部を介錯するのが大根以下の木偶の坊では、流石に裸映画は始まらぬ。


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 「繁縛花 美肉の森」(昭和60/製作:雄プロダクション/配給:株式会社にっかつ/監督:石垣章/脚本:矢沢恵美子/企画:栗原いそみ/製作:広木隆一・石川均/撮影:遠藤政史/照明:隅田浩行/編集:J・K・S/音楽:遠藤ミチロウ「オデッセイ・1985・SEX」Michiro, Get The Help!より キングレコード フォノジェニックス 津田治彦・花本彰・辻信夫/助監督:富岡忠文/撮影助手:宮本良博・林誠/照明助手:大屋武・河野義明/監督助手:長田浩一/美術:たぬき工房 檜原秀太・鈴木亜矢子/衣裳:富士衣裳 松井律子/ヘアー&メイク:長井ひろみ/スチール:浜田一喜/縄師:春川かおり/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学工業/協力:三門・にっかつ荘/出演:高原香都子《新人》・青木祐子・杉田広志・山川三太)。
 木洩れ日のキマッた深い森の中、結構高々と吊られた青木祐子が、しかも広角に揺れる。識別不能な遠さで近づいた男が、青木祐子を下す。下された青木祐子の「お父さん・・・・」といふ呟きに続いて、揚羽蝶が捕らへられた蜘蛛の巣にタイトル・イン。日活創業者の一人・梅屋庄吉の別荘―房総鉄道(現:JR外房線)創業者・大野丈助旧邸―で、当時福利厚生施設として使はれてゐた三門・にっかつ荘の塀を、高原香都子と杉田広志が回り込む。「暑い夏でした、気の遠くなるやうな暑い夏でした」と杉田広志のモノローグが、今泉浩一みたいな軽さで起動。銀行家一族の令嬢・タチバナ小夜子(高原)が、書生修行中の納谷泰右(読みはダイスケ/杉田広志)を伴ひ病気療養に外房の別荘を訪ねる。元々は上京し銀行を興した小夜子祖父の本宅であつた別荘は、代々タチバナ家に仕へる泰右にとつては実家で、今は泰右の父・計三(山川)と姉の鏡子(青木)が守つてゐた。ところで徒に健康的な高原香都子が、病弱なタマにはてんで見えない点に関しては生温かく気にするな。キャスティングに際して余程針の穴に糸を通しでもしない限り、誰しもが嵌る罠である。
 一昨々年に発表した美少女緊縛幻夢写真集『奇妙な果実』が話題となり国内外で名を馳せ、遠藤ミチロウとの近しい関係でも知られた写真家・石垣章(2011年没)の、どういふ伝(つて)でだか中村幻児率ゐる雄プロダクション経由の“第1回監督作品”。といふのは、エンドロールに於いて明記される、第二回以降はアダルトビデオ。深町章の昭和末期痴漢電車で激しく琴線に触れた、悩ましい裸身をもつと拝みたくて辿り着いた高原香都子のデビュー作である、ビバサブスク。
 ステレオタイプに高慢ちきなお嬢さまと、お嬢さまに―ダッチハズバンドとしても―付き従ふ、結局終始蚊帳の外に置かれた頼りない語り部。実の娘と夫婦のやうにサドマゾ生活を送る、粗野な別荘番。果敢か豪快にスッ飛ばした行間の果て、お嬢さまは別荘番の手により縄の味を覚える。特にも何も旨味も新味もない、自動出力したが如きありがちな物語が他愛なく展開するのに加へ、諏訪太朗と菅田俊を足して二で割つたやうな山川三太(a.k.a.鈴木明=鈴木あきら)まで含め、俳優部の口跡は全員覚束ない。キメに来たショットの強度は比類ない反面、基本ロングかフルに傾倒し、踏み込んで寄る意識の不足したカメラ距離。の以前に繋ぎから結構雑な、決して得手とはいひ難い演出のみならず艶出。そして、アンドロギュヌス的に捜し求める火の欠片、とかいふ木に竹を接ぐ方便を小夜子に持ち出させ漫然と尺を空費した結果、消え失せる締めの濡れ場。全篇隈なく鏤められた粗の種々には事欠かないまゝに、それでも超絶美麗の二本柱を擁し、最早映画といふよりも、よしんば動く写真集であつたとて連べ撃たれ続ける強い画の数々は、一時間すら刈り込む短尺にも動画感を加速されそれなり以上に見応へがある。強ひて難点を論ふならば青木祐子の吊り下げられた尻は入念に愉しませる反面、折角絞り込んだ高原香都子のオッパイを、粘着質に嬲る即物性を発揮して欲しかつた、品性下劣な心は残る。尤もそれは、石垣章の志向なり嗜好とは、端から合致せぬお門違ひな卑しい望みであつたのかも知れない。


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 「女子大生 温泉芸者」(昭和59/製作・配給:株式会社にっかつ/監督:藤浦敦/脚本:池田正一/製作:樋口弘美/企画:小松裕司/撮影:森勝/照明:田島武志/録音:佐藤富士男/美術:沖山真保/編集:川島章正/助監督:北村武司/色彩計測:青柳勝義/現像:東洋現像所/製作担当プロデューサー:香西靖仁/音楽:ジミー時田/協力:熱海温泉 松濤本館/出演:朝吹ケイト・よしのまこと・石井里花・中川みず穂・野上正義・大門春樹・佐竹一男・荻原賢三・森口修・キャベツ・伊藤剛・砂塚英夫・志水季里子)。事実上、配給に関しては“提供:Xces Film”。
 いい塩梅にズンチャカした劇伴が鳴り、丘越しに相模灘を望む。正パンしてタイトル・イン、下の句が赤く発色する。寄つた先はサンルーフのライトバンで、東京から傷心旅行中の女子大生・和美(朝吹)が上方向にハコ乗り。ヒロインのクソよりダサいパーマ頭に、軽くでなく頭を抱へる。さて措き和美の下半身に催した助手席の男(キャベツか伊藤剛)が襲ひかゝり、運転席の相方(伊藤剛かキャベツ)も嗾ける車、と擦れ違つた単車が和美の悲鳴が聞こえたのか、Uターンして追走。車を停め、二人がかりで和美を犯さうとしてゐる場に介入した浩一(大門)は、手傷を負つたり和美自身の逆襲に助けられたりしつつも、兎も角キャベツと伊藤剛を撃退する。「覚えてろよコノヤロー」と判り易すぎる捨て台詞を残し車は走り去るものの、最終的に再登場を果たしもせず、寧ろこの二人が忘却の彼方に消え失せる。その夜、和美がそのまゝ転がり込んだ浩一宅。「抱いて」とか最短距離の据膳を頂戴した浩一がポン引きといふ稼業を隠す一方、和美はお手伝ひ募集の広告を頼りに、温泉旅館「松濤本館」―既に廃墟も解体―の敷居を跨ぐ。ところで、やけにドラマチックな芸名の大門春樹をザックリ評すると、太田始の上位互換。
 配役残り、砂塚英夫は浩一の師匠筋で、今はおでん屋台の大将・順平。今も、屋台を有料紹介所的に運用してゐたりもする。裏の顔を先に見せる志水季里子は、「松濤」女将の影で本番バッリバリのフルコンタクトなピンサロ―劇中用語としては“クラブ”―も営む智子。凄まじいのがその、まるで酒池肉林といふ概念を具現化したかの如き“クラブ”に、全裸で客に跨る女優部が五六人はノンクレで投入される、しかも妙に粒の揃つた。石井里花はエクストリームな花芸を誇る、智子の飛び道具的な懐刀・ルイ。野上正義と中川みず穂は客の前で情を交す、劇中名称で“特別ショー”の演者・久松健三と私生活に於いても情婦の小糸。森口修は、智子とも男女の仲にある松濤番頭格の渉で、よしのまことが智子とは腹違ひの妹・理加。佐竹一男は智子のパトロン・赤峰敏夫、県会議員の座を狙ふ有力者。荻原賢三は、赤峰が熱海に連れて来る国会議員の、中からグレードを上げた大曽根。画に描いたやうなガッハッハぶりが清々しいが、逆からいふと、画に描いたやうな何某かの形質を、きちんと画にしてのけるのがロマポの手堅さなり分厚さ。小見山玉樹らレギュラー脇役部は飛び込んで来ないまゝに、その他主に歓楽街の客要員で、相当な頭数が動員される。
 この期に改めて再認識したのが、首から下の比類ない完成度に比して、首から上が結構出来上がつてはゐない朝吹ケイト―ついでに口跡は葉月螢に地味に似てゐる―を主演に擁した、海女の出て来ない藤浦敦昭和59年第二作。偶さか温泉旅館に草鞋を脱いだ―退学してゐない場合ホントに―女子大生が、肉弾コンパニオンとして奮闘する。まるで、といふかまるきり新田栄温泉映画の器に、案外一途な浩一と和美がついたり離れたりする恋路、父と娘の物語、六芒星の如く交錯する二つの三角関係。諸々盛り込んだ、熱海を舞台に繰り広げられる鉄板娯楽映画。たり得て全くおかしくはなかつたのだが、もう少しでなく、真面目に撮つてゐて呉れさへすれば。赤嶺が和美も伴ひ、大曾根を連れて行く“クラブ”。客席に和美のゐるのを知つた、健三は中折れ戦闘不能に。その場の勢ひで代りに客が盆に上がらうとする流れの中、助けを求める小糸を見かねた和美は、意を決した眼差しで「待つて!」と割つて入る。デカいエモーションに紙一重まで肉薄する局面は、幾つもあつた。それ、なのに。結局理加と渉が駆け落ちするのと、健三と小糸が熱海を離れただけで、単車の踵を返した浩一と和美の再会すら描かないぞんざいな作劇には、最早ある種のストイシズムなのかと吃驚した。大体、浩一の夢とやらは結局何だつたのか。ベタな浪花節を描くのがそんなに気恥づかしいのか癪なのか知らないが、何れにせよそれは別に、賢明な態度にも誠実な姿勢とも思へない。片や手数は徒に潤沢な割に、裸映画的にもおいそれと棹もとい首を縦に振る訳には行かないんだな、これが。奥行きもキッメキメに、恐ろしく丁寧でカッコいいショットを乱打する屋台周りに比して、いざ濡れ場に入るや等閑になられてしまつては流石に救ひやうもない。平然とブッツブツ切る無造作な繋ぎもさることながら、石井里花と荻原賢三の絡みに至つては、別に暗めを狙つた風でなく、明らかにおかしなルックが照明の不足をも感じさせる惨憺たる体たらく。俳優部の面子含めプロダクション自体のポテンシャルは高い筈にしては、却つて、あるいはつくづく残念な一作ではある。


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 「痴漢電車 感度は良好」(昭和61/製作・配給:新東宝映画/監督・脚本:深町章/製作:伊能竜/撮影:志賀葉一/照明:守田芳彦/編集:酒井正次/助監督:佐藤寿保/監督助手:末田健/撮影助手:片山浩・鍋島淳裕/照明助手:尾田久泉/録音:東音スタジオ/現像:東映化学/出演:田口あゆみ・橋本杏子・星野みゆき・高原香都子・池島ゆたか・ジミー土田・鈴木幸嗣・久保新二・港雄一)。照明助手の尾田久泉は、元々変名臭い小田求の更に変型か。といふか、時期考へると先行する尾田久泉の方が寧ろ原型だ。ついででどうでもよかないのが、フィルムからの翻刻を謳ひながら、nfaj―国立映画アーカイブ―の情報量がjmdbに劣つてゐるのは何たる体たらく。公金使ふのは構はんから、堅実に仕事して欲しい。伊能竜から佐藤寿保までの記載がnfajにない―東化は両方とも未記載―のは、よもや所蔵プリントが飛んでゐたゆゑなどといふまいな。
 開巻即のタイトル・イン、「やゝゝゝ、私民営分割で頭の痛い国鉄の回し者ぢやないが」とか気持ち軽い久保チンによるナレーション起動。曰く「痴漢したい人は、何といつても電車に乗ることをお勧めします」。のつけから切られる、アカン火蓋が清々しい。ともあれ昭和を令和の視点で裁断しても始まらない―昭和でもダメだろ―ので、先に進むと滔々と久保レーションが説くのは要は痴漢のハウツー。仕方ないぢやないか、さういふ映画なんだつてば。時間帯的な狙ひ目は朝のラッシュ時といふのに続き、路線選びのポイントを騙りもとい語り始めたところで、スペースまで全角なのが猛烈に気持ち悪い、ブルーならぬ赤バックで“Part Ⅰ”。電車痴漢実践のヒップ篇と称して、他愛なくクッ喋り続ける久保レーションに特段の意味は相変らずなく、大西商事勤務のOL・西山(田口)に、ヤマザキ食品営業課長のウシナダ?ユウイチ(池島)が電車痴漢。ウシナダは西山の定期入れを掏つた上、小型カメラで写真も撮影して再度の逢瀬を迫る。“Part Ⅱ”クレに続いては、「いやあ馬鹿だね、このサラリーマン氏」とぞんざいな第一声。セーラー服の女子高生(星野)に、髭なんて生やした鈴木幸嗣が電車痴漢。久保レーションの中身的には、車内痴漢実技の性器とその周辺篇。鈴木幸嗣が星野みゆきを愛人バンクにスカウトする、喫茶店に顔を出したアコ(橋本)はその足で三友商事部長(港)の下へと向かふ。“Part Ⅲ”は一応胸バスト篇、高原香都子に電車痴漢したジミー土田は、降車後津田スタの自宅―表札は松下―まで女を尾けて行く。ジミ土はそのまゝ庭に大絶賛不法侵入、ガラス戸も開け放つた松下夫人の豪快な自慰に誘はれるかの如く、家内に突入しての一戦を敢行。ところが目出度く完遂した事後、筋者の亭主(久保)が帰つて来る。
 “Part Ⅲ”を兎も角走り終へての、久保レーションが「いやいやこんな楽しい落とし前にありつけるのも、電車に乗ればこそ」、「さあ君も勇気を出して車内痴漢にチャレンジしてみよう!」。地に穴をも穿つ覚悟で底を踏み抜いてみせる、深町章昭和61年第三作。尤も当時的には、そもそも底が抜けてゐる意識すら、なかつたものにさうゐない。早々にオチを割つてからが一本調子で、限りなく薔薇族のPart Ⅰはビリング頭のオッパイが拝めるのが漸く十五分前―そして七分後にはPart Ⅱに移行―と、女の裸映画的には大概問題と難じられなくもないものの、序盤で斯くも飛ばして来た日には、以降は全体何処に転がつて行くのかといつた、明々後日なワクワク感がまだしもなくはなかつた。Part Ⅲもネタ的には他愛なく締めるに止(とど)まれ、高原香都子の超絶裸身が麗しく火を噴くワンマンショーは大いなる見所勃ち処。対して、そもそもハシキョンが電車に乗りすらしない、加へて三番手の扱ひも大概宙に浮くPart Ⅱが兎にも角にも箸にも棒にもかゝらない。ただでさへ中弛む火に油を注ぎ、久保レーションで何となく繋ぐ以外には、各Partが1mmたりとて連関するでもなく。オーラスの方便は、痴漢で通勤地獄を通勤天国に。結構どころか普通に豪華な面子にしては、今となつては最初の数行から脚本が通る訳がない、旧いだけで別に良くも何ともない時代を偲びたいのなら偲べば?といつた程度の生温いか自堕落なレガシーといふのが、精々関の山といつたところである。いや、高原香都子のワンマンショーは本当に燃えるぞ。


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 「スペース・エロス 乳からのメッセージ」(2019/制作:フリーク・アウト/提供:オーピー映画/監督:国沢実/脚本:高橋祐太・国沢実/撮影・照明:渡邊豊/撮影助手:渡邊千絵/照明助手:渡邊智史/録音:清水欽也・藤居裕紀/助監督:菊嶌稔章/監督助手:粟野智之/美術協力:いちろう/スチール:本田あきら/編集:渡邊豊/音楽:與語一平/整音:Pink-Noise/特殊造形:土肥良成/仕上げ:東映ラボ・テック/カラリスト:やよいあい/協力:はきだめ造形・Abukawa corporation LLC.・スキップスタジオ成城・北川帯寛/出演:南梨央奈・笹倉杏・橘メアリー・吉良星明・森羅万象・里見瑤子・遠藤洋・井坂俊夫・きくりん・松井理子・入深かごめ・根岸晴子・滝川拳)。出演者中、遠藤洋からきくりんまでは本篇クレジットのみ。
 宇宙に小さく浮かんだ地球に開巻即のタイトル・イン、屋上的なロケーションにて、ビリング頭が使用済みのコンドームを踏み潰す。往来を紙袋を抱へキョドるアイドリアン・野々村タダシ(吉良星)のロングに、エンドから遠藤洋から根岸晴子まで―と全スタッフ―を端折つたクレジット起動。ロングのCGが呆れない程度に見られはする、われに撃つ用意ありな状態のチンコにしか見えない形状ながら、居住スペースだけで少なくとも六十九階ある超高層タワーマンション、その名も「スペルタワー」。前川(松井)と役名不詳の入深かごめに桜井(根岸)が花を咲かせる井戸端に、トマホーク・オブ・トマホークな突つ込むのも最早憚られる大概な得物を担いだ、小津りり子(里見)が大王ならぬ恐怖の女王云々を何時もの如く喚き散らし割つて入る。そこに帰りついた野々村がりり子に詰め寄られ、同じものを何枚も何枚も飽くなき執念で買ひ漁る、引退後消息不明のアイドル・ミシェル(二番手のゼロ役目)のCD「ラブ・スナッチャー」をぶちまけてゐると、スペルタワーの六十九階に新しく入る暗黒寺拳(滝川)・ミツコ(笹倉)夫妻が現れる矢継ぎ早に、常時住人の生活態度に狂騒的な、組合理事長(森羅)がワーワー飛び込んで来て面々の顔見せが漸く一段落。その夜、暗黒寺の夫婦生活と、大好きなアイドルと瓜二つなミツコの登場に当然動揺する、野々村の自慰が並走。双方完遂寸前、スペルタワーの―亀頭の―先つぽに何かが落下、多分全館停電する。「タワマンは雷に弱い!」、実は変哲もない台詞を大仰な発声で可笑しく聞かせつつ、設備系の対応に向かつた組合理事長は触手に襲はれる。
 配役残り、改めて南梨央奈はりり子の孫で、胸元には五芒星を丸で囲んだ紋章―祖母にもある―の鮮やかなカオリ、野々村とは幼馴染。国沢実の2018年第二作「性鬼人間第二号 ~イキナサイ~」(脚本:高橋祐太)と、第三作「ピンク・ゾーン2 淫乱と円盤」(脚本:切通理作)から一作空けた南梨央奈同様、まさか今なほ継続するなどと当時は予想だにしなかつた、清大未亡人下宿のわざわざ記念するほどでもない第一作「未亡人下宿? 谷間も貸します」(2017/主演:円城ひとみ)と、国沢実前作「溢れる淫汁 いけいけ、タイガー」(脚本:切通理作/主演:佐倉絆)を経てのピンク三戦目となる橘メアリーは、暗黒寺が越して来た次の日に、スペルタワーの四十四階に入る氷川冴子。ファースト・カットから猛然と刻み込む、暴力的な爆乳の谷間が凄まじい。遠藤洋と井坂俊夫にきくりん(=菊嶌稔章)は、冴子がスペルタワーの地下一階集会所で開く、エアロビ教室に野々村・暗黒寺・組合理事長と参加する皆さん。冴子が文字通り鞭をも振るふ、案外スパルタンな教室風景の画面左から井坂俊夫が赤シャツ、遠藤洋が祖先が狸の方。きくりんは、きくりんだ。
 国沢実の地味か藪蛇な御家芸、一応プロではあれ、何処から連れて来たのか感も決して否めなくはない筆卸男優部の青田買ひが漫然と継続される一方、寺西徹や町田政則から三浦誠まで再召喚した―レンジがよく判らない―怒涛のベテラン・サルベージは不発。反面、“朝倉ことみ引退記念作品”の山内大輔2017年第一作「ぐしよ濡れ女神は今日もイク!」以来、北川帯寛の名前を久々に見かける2019年第二作。尤も、上映される映画の中に、北帯の痕跡は特にも何も素人目に全く窺へはしない。
 撮る人間のレス・ザン・キャパシティーを一切考慮するでなく、超風呂敷をオッ広げては逆の意味で見事に爆散した切通理作から、三作ぶりで―共同―脚本に返り咲いた高橋祐太が編んだ物語は、ブラックホールより襲来した金玉から精子を搾取する略して“金精人”に魔女つ娘と、ヤクザあがりの配偶者に体術を仕込まれた、戦闘―元―アイドルが対峙する。まあ、あんま変んないかもな。コマンドミシェル(ボリショイ風仮名)の格闘に際しては、一切合財誤魔化して何にも見せてねえし。
 二枚並べたオッパイのエモーション以外に数少ない見所は、後背立位のトリプルクロスで最終決戦を無理から形作る、箍の外れた外連くらゐ。カオリと野々村の脆く不器用な恋愛模様は如何にも国沢実らしい線の細い十八番とはいへ、二人の外堀といふか内堀を埋めるのが、案外他愛ないミツコの来し方と金精人の地球侵略?にかまけてゐるうちに、些か遅きに失してはゐまいか。スペルタワーごと発射する盛大なスペクタクルの末、金精人を放逐した一件落着後、ほぼ綺麗に十分を何となく持て余すのは、よもや今上御大のプロテストに国沢実が同調した反旗なのかとかいふ壮大な含みを残さなくもないにせよ、俳優部の覚束ない口跡を、満足に拾へない録音部の心許なさ―必殺技はスペル何なのか―以前の根本的な致命傷は、濡れ場初戦の暗黒寺家新居初夜と、同時進行の野々村ワンマンショー。吉良星明がシコシコする姿を適当に抜くばかりで、どうして野々村の妄想を映像化しない。ウィズ頼みのどんなに安つぽいシークエンスであつたとて、ナベならば絶対にそれでもな渾身で撃ち抜いてゐた筈だ。そもそも、九作前の2016年第二作「萌え盛るアイドル エクスタシーで犯れ!」(脚本:高橋祐太/出演:浅田結梨)に於いてやれてゐたことが何故出来ぬ。終にもとい未だ大成するなり天下取りにはほど遠いまゝに、衰へるのだけは一人前か。三本柱が魔法使ひと―元―アイドルに宇宙人、さう書くと威勢はいいものの、これではアイドルを連れて来た意味がない。

 とこ、ろで。停電後配電盤の様子を見に来る、組合理事長着用の電飾つき安全ベスト。と、外見的には隈取るのみの陽気なゾンビぽい傀儡、劇中名称がホントに“スペルマン”(構成員は理事長と暗黒寺に、遠藤洋以下三名)を従へた、冴子が軍帽のつもりで頭に載せてゐる警備員の制帽は国沢実の私物か、貸与された備品にさうゐない。


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 「三十路妻の誘惑 たらし込む!」(1992『団地妻 不倫つまみ喰ひ』の2000年旧作改題版/企画:セメントマッチ/製作:BREAK IN/提供:Xces Film/監督:池島ゆたか・烏丸杏樹/脚本:五代響子/撮影:下元哲/照明:小田求/編集:酒井正次/ヘアメイク:中込由花/スチール:津田一郎/助監督:高田宝重/監督助手:橋本闘志・山下大知/撮影助手:小山田勝治/照明助手:広瀬寛巳/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:草原すみれ・如月しいな・大滝加代・しのざきさとみ・伊藤清美・杉本まこと・大門恭司・神戸顕一・山本竜二・山ノ手ぐり子・切通理作・池島ゆたか)。出演者中、大滝加代がポスターには杉原みさお。仮名遣ひとしては本来こつちが正しい、杉原みさを名義は何回か見覚えもあるが、フルモデルチェンジした大滝加代ver.は初めて観た。
 昨晩もお盛んであつたにも関らず、八木沢祥子(草原すみれ/a.k.a.西野奈々美)が夫・孝一(杉本まこと/a.k.a.なかみつせいじ)に、朝から台所で突かれる後背立位で敢然と開巻。結婚四年、未だ子作りを拒む祥子は、孝一の精を口で受ける。課長に昇進しての転勤も見据ゑた、二週間の大阪出張―杉本まことの台詞では一週間、ちやんとして欲しい―に孝一を送り出した祥子の心なしか悄然とした背中から、街のロングに繋いでタイトル・イン。俳優部のクレジットのみ先行しつつの、スポーツ紙でトッ散らかつた竹宮探偵事務所。別に仕事をする風でなく、虎キチでデーゲーム中継を眺める竹宮(池島)の、尺八を風鈴飯店の出前持ち・サッちやん(大滝加代=杉原みさお)が吹く、ツケすら溜めてゐるのに。その夜、その日も開店休業状態であつた竹探事務所を、人捜しを求めて祥子が訪ねる。対象は現在二十八歳の祥子が十四の時性の知識に欠き妊娠出産した、彼氏(不明、橋井友和かなあ)との間に出来た娘のナカジマユリ(如月)。ユリは子供のゐない姉夫婦の間に生まれた形で育てられてゐたものの、その姉夫婦が海外で交通事故死。帰国したユリは実家に寄こした葉書の、新宿の消印を唯一の手がかりに消息を絶つ。孝一に未だ言ひだせぬ過去含め、祥子はユリが風俗に身を落としでもしてはゐまいかと豊満な胸を、もとい気を揉んでゐた。昭和のオッサンか、昭和生まれのオッサンなんだがな。兎も角、起動した竹宮はジュクを絨毯爆撃的に当たり始める。
 配役残り、伊藤清美は竹宮が初対面の祥子をそのまゝ連れて行く、馴染の店のママ。祥子が用意してゐた前金から、矢張りツケで四万をその場で抜く。スッキリして来たのか、雑居ビルから往来に出たところで、竹宮から話を訊かれる髭デブは高田宝重。神戸顕一は、祥子が淫悪夢を見るハレンチ産婦人科医。イジリー岡田みたいな見た目で、村西とおるみたいな造形。山ノ手ぐり子(=五代響子/現:尭子)の一役目と山本竜二は、嘘情報に振り回された竹宮が誤爆する全く別人のナカジマユリと、そのヒモか風俗店のバイオレントな男衆。しのざきさとみは山竜にノサれた竹宮がノンアポで転がり込む、二年前に別れた元嫁のナオミ。ともに電話越しの声しか聞かせない孝一大阪妻と、先に触れた竹宮にガセネタを吹き込んだ、風俗記者の後輩・遠藤も不明。竹宮が話を訊く、ママチャリの女は山ぐりの二役目。橋井友和アテレコの切通理作は、竹宮が続けて話を訊く新聞配達員。そして大門恭司が、独立採算でユリとマンションに二人暮らしする恋人のテツヤ、職業不詳の単車乗り。
 未配信作が地元駅前ロマンに飛び込んで来た、池島ゆたか1992年第四作、通算第五作。共同監督の烏丸杏樹といふのは橋口卓明の変名で、監督と主演の兼務など罷りならんとエクセス側から難癖をつけられたゆゑ、現場監督を立てた体。池島ゆたかと橋口卓明といふと、実は監督デビューだけだと橋口卓明の方が二年先輩なのだけれど。
 物憂げな女の秘められた来し方に絡んだ依頼を受けた、普段は昼行燈な探偵が繁華街を駈けずり回る。如何にも探偵物語的なストーリーではあれ、なかなか相談がさうはすんなりと通り難い。肥え始め通り越し明確に肥えてゐるルーズな体躯に連動するかの如く、池島ゆたかが演出にもキレを欠き、ある意味リアルでなくもないとはいへ、清々しく垢抜けない二番手はビリングに開いた大穴。大門恭司に関しては男優部にそこまで多くを望まないにせよ、ユリとテツヤの婚前交渉を、全身丸見えの竹宮がガラス戸にへばりついてガン見する、壮絶に無防備なカットには引つ繰り返つた。一見情感豊かに中盤を支配する割に、しのざきさとみは冷静に検討すると本筋に掠りもしない純然たる濡れ場要員。竹宮の相変らずな日常を担保する分サッちやんはまだしもな、杉原みさおに劣るとも勝らない扱ひは案外あんまり。双方向に火種を抱へ、一旦は離婚届を準備した祥子が竹宮と寝てゐながら、孝一と最終的にはケロッとヨリを戻してのける調子のいいハッピー・エンドも、些か理解にも感情移入にも遠い。ゴッリゴリ押して来る絡みの訴求力は、面子的にAV臭さが否めない如月しいなのものを除けば概ね高く、裸映画的な不足は特にない、ものの。ユリ捜しが順調に難航、一旦途方に暮れた竹宮は夜のブランコに志村喬ばりに揺られながら、「この街は、人一人隠すのなんて訳ないもんな」。一件落着したのちには、窓の外に向かつて紫煙なんぞ燻らせての、祥子を指して「一陣の風のやうに、俺の前を過ぎて行つた女だつたな」。何が“一陣の風”なら百貫、いや流石に375kgはねえよ。下手に気取るなり悦に入つた風情が白々しい、総じては漫然とした一作と難じるほかない。

 とこ、ろで。ユリとテツヤは、ユリが結婚最低年齢に達する、二年後には結婚する予定である旨語られる。ググッてみると昭和42年生まれとする記述も見当たる、大門恭司は今作劇中時点で既に未成年には見えない―如月しいなも如月しいなで十四歳に見えない点に関してはさて措く―が、何れにしても未成年の結婚に際しては、民法737条により両親の同意が必要とされてゐる。とこ、ろが。前述した通り、戸籍上ユリの両親は故人。その場合に於ける後見人その他代替者を民法は規定してをらず、テツヤ成人済みの前提で話を進めると、二人の婚姻は受理され得る届さへ出せば、当人同士の合意のみでひとまづ成立する。とことこ、ろでろで。来年度から一昨々年に成立した民法改正で成人年齢が十八歳に引き下げられ、逆に、あるいは併せて、現行二歳差の設けられてゐる結婚最低年齢は、男女とも十八歳で統一される。即ち、未成年の結婚といふ概念自体が消滅する格好となり、畢竟、意義を完全に失ふ737条は削除される。


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 「痴漢電車 夫婦で痴漢」(1995/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:双美零/企画:中田新太郎/撮影:稲吉雅志/照明:伊和手健/編集:酒井正次/助監督:榎本敏郎/演出助手:今岡信治/撮影助手:小山田勝治/照明助手:広瀬寛己/スチール:津田一郎/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/出演:林田ちなみ・三橋里絵・青井みずき・風見怜香・杉本まこと・池島ゆたか)。照明助手の寛巳でなく広瀬寛己は、本篇クレジットまゝ。
 年を跨いで春に挙式を控へた、霧子(林田ちなみ/a.k.a.本城未織/ex.新島えりか)と中込ノリオ(杉本まこと/a.k.a.中満誠治/ex.杉本まことでなかみつせいじ)の婚前交渉にさくさくクレジット起動。尺は一割絞つた五十四分弱、小品の火蓋が小気味よく切られる。霧子の制止も聞かず、何某か急いてゐる様子の中込は一方的にフィニッシュ。事後友人である村岡(電話越しの声も聞かせず)からの誘ひを携帯に着弾した中込が、そゝくさ出て行つてしまふのにそれで急いでゐたのかと霧子は呆れ返る。友達が多いのはいいものの、的に霧子が結婚後の生活に漠然とした不安を覚えた流れで、プアンと汽笛一発電車にタイトル・イン。混雑する車中、霧子は丈太郎(池島)の電車痴漢を被弾する。のも束の間、正直この辺り、誰が誰に何をしてゐるのか然程でもなく―事前の手間込みで―画が整理されてはをらず甚だ判り辛いのだけれど、霧子は丈太郎のみならず、花江(風見)の挟撃をも受ける。降車後霧子に捕まつた丈太郎と花江の、「あなた達何なんですか?」といふ問ひに対する声も揃へた驚きの答へが、「夫婦よ」。仰天した霧子は、カット跨いだ勢ひで判で捺したかの如く津田スタな丈太郎宅にお邪魔、あれよあれよと巴で改めて嬲られる。丈太郎が霧子に指を捻じ込む描写に際しては相当攻め込んでみせるのと、風見怜香が満を持して開帳する爆乳の、ボガーンと物理的音声すら聞こえて来さうなジャスティス感。激しく翻弄させられながらも、霧子は至つて幸せさうな痴漢夫婦に興味を持つ。
 配役残り、歯を入れてゐなかつたりして冷静に抜かれると厳しい三橋里絵は、三橋里絵も丈太郎の妻・ユキコ、花江との序列は不明。「籍なんかどうだつていいぢやないか」、丈太郎のダイナミックな思想に打ちのめされる霧子の止めを刺す青井みずきは、母親の夫婦生活にアテられたワンマンショーで飛び込んで来るユキコの連れ子・ツキミ。そして、もう一人。
 深町章1995年、案外少ない最終第五作はjmdbによると、池島ゆたか薔薇族込みで1995年第四作「色情女子便所 したたる!」(脚本:岡輝男/主演:柚子かおる=泉由紀子)と同日に封切られた、ex.青井みずきで相沢知美の目下確認し得る最初期作。
 霧子に花江なりユキコとの関係を、“ただの助平親爺と愛人”と解されたとてまるで意に介さない丈太郎いはく、痴漢とは“狩り”。ここで池島ゆたかのアクセントが尾高型の“仮”で、咄嗟に面喰はされる件に関してはもう通り過ぎろ。猟師は丈太郎、今作に於いては霧子が獲物。丈太郎にとつて花江やユキコは獲物を捕まへさせて、あとで―肉棒の―御褒美を与へる猟犬といふ寸法、因みに猟場は電車の車内。何処から突つ込んだらいいものか、大沢誉志幸でなくとも途方に暮れる豪快な方便ではあれ、それをいつては痴漢電車は始まらない。地球上にあのサイズの外骨格生物が存在する訳ねえよ、とモスラを否定するのと同じである、同じか?とまれ元々中込との間に隙間を抱へてゐなくもなかつた、霧子は天真爛漫な夫婦どころかツキミも含めた痴漢家族の姿に火に油を注がれ、次第にシリアスに動揺する。何気にスリリングな、展開の落とし処があまりにも秀逸。案外的確なアバンで実は既に蒔いてゐた種を、丹念に積み重ねる霧子の会話ないしモノローグの端々で何時の間にか芽生え育てた上での、最後に切る文字通りの切札、二課の榎本君(当然榎本セルフ)を中込が新婚一年の中込家―も矢張り津田スタ―に連れて来た瞬間、鮮やかに花咲くオチが見えるユリイカみが抜群に心地よい。どうしてかういふ映画がベストテンに絡んで来ないのかが寧ろ不思議な、しなやかな脚本を得て、深町章の妙手が冴え渡るさりげない逸品。強ひて難点を論ふならば、結局榎本敏郎に活躍の場が与へられぬまゝに、結末のキレを重視した諸刃の剣で、いはゆる締めの濡れ場が概ね消失してゐる点程度か。滅多にない強度で、内容にジャスト・フィットした公開題も麗しい。シナリオ題がこれを超えようとした場合、如何なる形になるのかといふレベルでさへある。
 霧子が辿り着いた“狩り”の境地< 人付き合ひの多い中込に家まで遊びに来させた若いツバメを、中込を寝落としたのちに喰ふ


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 「不倫、変態、悶々弔問」(2019/制作:Blue Forest Film/提供:オーピー映画/監督:竹洞哲也/脚本:当方ボーカル/撮影監督:創優和/録音:山口勉/編集:三田たけし/音楽:與語一平/整音:吉方淳二/助監督:江尻大/監督助手:山田理穂/撮影助手:宮原かおり/スチール:富山龍太郎/仕上げ:東映ラボ・テック/制作協力:可仁正光/出演:高瀬智香・涼城りおな・彩奈リナ・森羅万象・ケイチャン・小林節彦・櫻井拓也)。如何にも可児正光の誤字か変名臭い可仁正光が、本篇クレジットに於いても確かに可仁正光。
 線香のCMみたいな白い雲の浮かんだ青い空に、上中下各句ひとつづつ入るタイトル・イン。開巻もとい開口一番、「人は皆何時か死ぬ、こればかりは」云々と割と実も蓋もない森羅万象のモノローグが起動し、喪服を着装する主演女優、といふほどでもない高瀬智香の背中。結論を一部先走ると、余程初心でなければサルでも判る森羅万象の重低音に対し、ビリング頭の初御目見えにしては個別的具体性を排したカットに一種の明示を酌み取るべきなのか、今作の主役はだとしたらせめてトメに据ゑてあげればよかつた森羅万象で、女優部の番手に限りなく意味はない。とまれ飯塚みのる(森羅)が、突き出た捩子にズボンの裾を引つ掛け転倒、頓死する。プロレスラーの名前をミキシングなりアレンジしたと思しき、男衆各々の固有名詞については面倒臭いので等閑視して済ますのと、予め存在しない筈の、みのるの妻に関しては一切語られず。ところがみのるは体が動かせないだけで意識は普段通りにあり、聴覚始め五感も恐らく生きてゐる―寧ろそんなに死んでねえ―中、声しか聞かせないバカ息子(EJDではない、気がする)が、勝手に忖度した親爺の意向を方便にへべれけに飲み倒す通夜。みのるの枕元に現れた息子嫁の麻耶(高瀬)は、寝落ちた配偶者が確実に当分起きては来ないのを見越し、浮気相手でしかも思くそ平服の松田勇(ケイチャン)を大胆にも連れ込んだ挙句、その場でオッ始めてみせる。忘れてゐたのがケイチャン(ex.けーすけ)は師匠である大御大の映画にはその晩年レギュラー格でよく出てゐたが、竹洞組は前作前々作の二部作が初陣。抽斗もしくはメソッド的には、奇声を発しての顔芸を温存しこそすれ、特にも何も何時もと殆ど全く変らない。麻耶の裸を拝みたい頑強な一心で、みのるは閉ぢられてゐた両目のうち左目を僅かに抉じ開けるミラクルに成功する。ものの、漸く開けた視界は当然の如く白一面。みのるの顔を覆つてゐたうちおほひで、松田が事後のチンコを拭いて無造作にまた元の場所に戻す。それ、汚れのみならず匂ひも激越に際立つだろ。仏を小便小僧程度にも思はない松田の不埒な行ひが、ある意味一番面白い。
 配役残り、棘の生えたチョーカーを巻いた首から髑髏のネックレスを提げた涼城りおなは、麻耶の娘で大学生の晴夜、オカルト女子。生死体(なましたい)に興奮した晴夜が、彼氏・高木賢介(櫻井)とのセックロスを振り返りつつワンマンショーに耽るのが、流石のみのるも孫に妄想を膨らませる予知はない二番手唯一戦。みのるとは多分中学の後輩以来といふ、半世紀に近い仲の旧友・最上彰役の小林節彦が松岡邦彦のデジエク二本を除くと、今回以前のピンクが矢張り竹洞哲也の2015年第一作「誘惑遊女の貝遊び」(脚本:小松公典=当方ボーカル/撮影:ザオパン・ツェン=早坂伸/主演:かすみ果穂)まで、意外と大きく遡る。そして圧倒的な素材でビリングを爆砕する彩奈リナが、みのるが結構本気で狙つてゐた、最上共々馴染の店「六本木」のママ・檜美都子。田舎のラブホには海外の都市名がつけられ、飲み屋には日本の地名が。春夜の回想中高木が垂れる、薀蓄が地味に活きるのは手数の割に数少ない妙手。
 死んだ男のモノローグで火蓋を切る、竹洞哲也2019年第五作。女の裸もおちおち落ち着いて愛でてゐられないほど、森羅万象がのべつまくなく無駄口を叩き続ける高瀬智香パートに放り投げかけた匙は、涼城りおなと彩奈リナの濡れ場に際しては概ね沈黙を守つてゐて呉れて辛うじて回避、それなら高瀬智香の時も黙れ。全体ピンクの本義を何と弁へてゐるのか、竹洞哲也と小松公典は泉下の小林悟と関根和美に改めて説教して貰へばいい。春夜が使ふ“マシマシ”に対し、みのるが“ラーメンにトッピングする時みたいに”とか途方もなく冗長にツッコミ損ねる―“二郎みたいに”の一言でいいぢやねえか―小事故に目を瞑るか耳を塞げば、ネタ自体の精度は必ずしも低くなく。尤も、三本柱が順々に登場する各篇を通して、みのるが溜め込んだレイジが遂に爆発。森羅万象が見事な発声で吠える「ふざけるなー!」でみのるを轟然と蘇生させておきながら、結局蛇に描いた足気味なエピローグは、何がどうなりも何をどうしもせず、漫然とか鬱屈と尺を持て余す。トラックを分けた場合森羅万象の音声ファイルばかり徒に膨らませた行き先は、母娘の口癖がみのるにも感染るのが精々関の山。大きな展開がうねるなりそれらしき主題が起動するでなく、七十分も要るのかなといふ脊髄で折り返した生温かい疑問を拭ひ難い、粒の小さな印象が何はともあれ最も強い。とはいへ、もしくは兎に角。いい意味でヤバい乳尻と、悪い意味でヤバくない腰周り。馬面も絶妙にエロく映る彩奈リナが、『走れメロス』ばりの爆走を―みのるのイマジンの中で―繰り広げる小林節彦をも押し退け、詰みかけた映画をサルベージしてのける孤軍奮闘にして一騎当千の救世主。最上が連れて来た美都子が上着を脱ぐとノーブラで、大ぶりのお乳首様をチョコンとされてゐる御姿だけで既に神々しい。オッパイは、エモーション。その真理の放つ眩く甘美な光芒の下では、万事は取るに足らぬ些事と化すであらう。現状彩奈リナがピンクに継戦してゐる形跡は窺へないが、幸なことに引退もしてゐない。早く清水大敬のところに連れて行くか、実用性に徹する条件で山内大輔。あるいは旦々舎と歴史的手打ち、セメントマッチもカシアス・クレイ、もといアリなんだぜ。


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 「制服処女 ザ・ゑじき」(昭和61/製作:獅子プロダクション/提供:にっかつ/監督:佐藤寿保/脚本:渡剛敏/プロデューサー:鶴英次/撮影:斉藤幸一/照明:吉角荘介/音楽:早川創/編集:酒井正次/助監督:橋口卓明/監督助手:五十嵐伸治・瀬々敬久/撮影助手:滝彰志/照明助手:泉田聖/緊縛指導:志摩紫光/スチール:田中欣一/VTR技術:日本VTR/現像:IMAGICA/出演:倉田ひろみ・早瀬めぐみ・相本燿子・松岡愛子・星野小夜子・藤崎卓也・渡剛敏)。録音が見当たらないのは、本篇クレジットまゝ。
 地下街的なロケーション、学生服でキョドる脚本家。渡剛敏のアレな面相―と高校生にしては随分な後退した前髪前線―以前に、キネコの画質が壮絶を吹き散らす。兎も角肩に担ぐサイズのビデオカメラを構へた純(渡)の周囲を斉藤幸一のカメラが360°一回りしてから、純は歩き始める。雑踏にクレジット起動、向かつた先は星修高等学校。純カメラの視点が放送室に辿り着き、暗転してタイトル・イン。放送部の由貴(倉田)がてれんてれん他愛なくすらないストリップを披露するのは、数学の夏期講習中寝落ちた、同じく放送部である純の淫夢。ここで教室に俳優部が、一旦出揃ふ。大卒一年目の新任教師・星野小夜子(ハーセルフ)に当てられた問題に答へられないどころか、純は夢精してしまつてゐた、斯くも残酷な悲劇見たことない。エクストリームな恥辱にその場から逃げ出した純は廊下を激走、放送室に駆け込む。平静を取り戻した純は、全校に張り巡らせた盗撮システムを起動。今しがた逃げて来た3年B組に関しては、カメラを教室の前後に設置するは寄れるはで、割とでなく至れり尽くせり。純がシステムを止め傍らのVHSを再生すると、「3年B組出席番号十六番早瀬めぐみです」と、教室では純から見て十時の方向に座つてゐた早瀬めぐみ(矢張りハーセルフ)が大登場。美術部で油絵の大作に取りかゝつてゐるめぐみを、純が襲撃。しかも描きかけのカンバスにめぐみを大の字に拘束した上で、手当たり次第色んな調味料をWAM的に塗りたくつた末凌辱する。
 配役残り相本燿子は、音楽部で3年B組出席番号二番のだからハーセルフ、一番は哀川翔にさうゐない。ピアノを弾いてゐた燿子を、純が今度は開脚緊縛。まづはリコーダーで尺八を吹かせるのが、さう捉へると斬新。松岡愛子は体操部で3年B組三十六番のハーセルフに決まつてるだろ、藤崎卓也―も体操部―がボーイフレンドのヒムセルフ。たつたナウ気づいたのが、この高校は三年生が何時まで部活をやつてゐるのか、もう夏休みだぞ。
 佐藤寿保昭和61年第四作―通算第五作―は、全三作中二作目となる買取系。尤も買取系は買取系でもロマポではなく、アダルトビデオに対抗してのビデオ撮り×本番路線を採用した毒々しい徒花、もしくは一種の断末魔にも近いロマンXであつた。さうなると現状エクセスが小屋に放り込んででもして呉れなければ触れる手立て―昔VHSは出てゐたらしい―のない、買取系初陣の「人妻コレクター」(昭和60/脚本:丘哲民=片岡修二/主演:小川美那子)も激越に見たくなるところだが、それはさて措き東映セントラルで二本撮つた商業デビュー三本目で、買取系に飛び込んで来た佐藤寿保の戦歴に、残りの三天王とは一味違ふ感興をこの期に覚える。
 始終の流れとしてはめぐみ同様、燿子と愛子に小夜子先生を自己紹介V噛ませ順々に犯したのち、改めて対ビリング頭。目に見えるやうにしか撮れない―少なくとも当時の―ビデオの特性、あるいはフィルムの魔力に頼れない根本的な劣勢にも足を引かれ、マトモに可愛いか美人な女優部が一人もゐない―何故か顎率が妙に高い―布陣は如何せん厳しいものの、ある意味潔い一本調子ながら、めぐみ~小夜子各篇に於ける責めの多彩さもあり、裸映画的な全体の構成は案外磐石。燿子戦の事後、純―といふか渡剛敏―がピアノの鍵盤をチンコで戯れに叩くシークエンスに、「酷え!」と呆れ返つてゐたら続いて、金属バットでガツンガツン丸ごと破壊し始めるのには度肝を抜かれた。彼氏と69型に緊縛した愛子に、卓也クンのガチ眼前後背位。珍しい形の二穴も敢行する愛子戦の事後は、軽く花嫁衣装も着せた愛子と卓也を抱き合はせに縛りあげ、放尿で祝福!劇伴は、適当な演奏の「結婚行進曲」。純―といふか渡剛敏―のプリミティブ且つ破壊的な衝動が、グルッと一周した清々しさに易々と突き抜ける中盤は、形容し難い見応へを爆裂させる。それだけに、いつそ豪快な一点突破オチで片付けて呉れた方がまだしもな、結局死んだのは何れなのかが些か混濁するラストには失速感も否めなくはない、にせよ。今は何処で何をして生きてゐるのか、己は当然の如く例によつて棚の奥底に押し込むと、言葉を選べば凡そ普通の社会生活を送れるやうには見えない―逆に、純の偏執性が演技によるものであつたならば超絶すぎる―渡剛敏の、暴発しかしない物騒なピストルのやうな歪んだエモーションが兎にも角にもなハイライト。闇雲に鳴るノイズに連動して、純―といふか渡剛敏―が痙攣してブッ倒れるカットとか、最高でなかつたら全体何なのか。佐藤寿保のといふよりも、渡剛敏の映画といつた印象が寧ろ強い衝撃作である。


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 「拷問女暗黒史」(昭和55/製作・配給:新東宝興業/監督:向井寛/脚本:宗豊/製作:伊能竜/企画:江戸川実/撮影:志村敏夫/照明:斉藤正明/音楽:芥川たかし/美術:大園芳夫/編集:田中修/製作担当:佐野日出夫/助監督:五月じゅん/演出助手:中山潔・渡辺基次/撮影助手:墓架治郎・宮本良博/照明助手:菅原洋一・近江明/結髪:木田隆男/歌舞伎指導:中村作衛門/録音:櫂の会/効果:秋山効果団/現像:東映化学工業/協力:日経ホール・飛騨の里・湯沢観光協会/配役:青山恭子・風間舞子・美保雪子・今泉洋・神原明彦・津崎公平・大江徹・草薙良一・東薫・港雄一・国分二郎)。脚本の宗豊は、獅子プロの共有ペンネーム。
 白川郷の合掌造り集落、に模した飛騨の里に電話が鳴り、エプロン姿の青山恭子が慌てて出る。夫で作家の山村浩(国分)と白川郷に隠匿して二年、女優の関川恵子(青山)に演出家の指名を受けての、帝都劇場特別公演「曽根崎心中」主役・お初の話が舞ひ込んで来る。一方の山村も、その間を執筆に費やした力作が遂に完成、二人は喜び勇んで上京する。てな塩梅での、帝都劇場(日経ホール)で幕を開いた曽根崎心中。徳兵衛役の井上春之助(大江)と、お初がひしと抱き合ふ寸前のストップモーションにタイトル・イン。デフォルトで苦虫を噛み潰したやうな、件の演出家先生・黒田芳憲(今泉)には開口一番「何だあれ」と木端微塵に酷評されつつ、恵子のお初が世間の喝采を浴びる反面、山村は富士書房に持ち込んだ原稿を編集長(東)からけんもほろゝに没を喰らふ。ここで東薫といふのが今回は?向井寛の変名で、声は甚だ紛らはしい港雄一のアテレコ。
 埋めきれぬ余白の多い配役残り、神原明彦は、関川恵子をベタ褒めする帝都劇場小屋主・金子剛造。風間舞子は恵子に嫉妬を燃やした冷やゝかな視線を、フレームの左隅から送る女優部・松田みどり。パーティーの席上黒田に話を聞く、マカロニみたいなロン毛の報道部が不明、もしかすると中山潔かも。剃刀のやうにクールでカッコいい草薙良一は、富士書房での撃沈後シャブを再開した、山村が薬を買ふゴンゾー組の岡沢松男、津崎公平が岡沢の兄貴か親爺の堀田政文。帝都劇場の従業員で、滝田洋二郎が声をアテた渡辺基次(基次は元嗣の適当な当て字)が飛び込んで来る。関川恵子の謝罪会見ではピンで質問を投げるロン毛の連れと、ゴンゾー組事務所にもう一人見切れる茶色い背広も不明。本クレの配役に於いては“犬をつれた男”とされる港雄一は、山村が作つた借金の形にゴンゾー組が関川恵子の緊縛エロ写真を撮影する件に登場する、純然たる犯し屋。そして港雄一が連れてはゐない犬以上だか以下に謎なのが、月丘洋子役との美保雪子が何処に見切れてゐる誰を指すものなのか不完全無欠に判らない。動物部も、恵子が山村と買つて来た綺麗な色の小鳥二羽以外には、哺乳類どころか雀一匹出て来やしない。その他満員の客席は何某かのバンクにせよ、パーティー会場込みで帝都劇場のバックヤードに富士書房、報道部ら諸々全て引つ括めると、二三十人は軽い大所帯が豪勢に投入される。
 当サイトは当時小学校低学年につき、正直1mmたりとて記憶にない巷間を大いに騒がせた、関根恵子(現:高橋惠子)のいはゆる愛の逃避行。昭和54年夏、関根恵子が出演の決まつてゐた舞台の土壇場も土壇場、何と初日前日に交際相手の作家・河村季里と海外に雲隠れ。電撃帰国して謝罪会見を開いたのが晩秋で、今作は新東宝が年明けに叩き込んで来た尺もロマポばりの正月映画大作。熱いうちに鉄を打ちのめすスピード感が清々しいが、量産型娯楽映画を塵を積らせる勢ひで実際に量産してゐた時代であつて初めて、叶ふ芸当といふのもあるのかも知れない。
 要はこの頃一種の脊髄反射なのか、“拷問”だ“暗黒”だとおどろおどろしく謳ふ割には、関根もとい関川恵子がヤクザ―の手の者―に一回きり凌辱される程度、といつては語弊しかないけれど兎も角女がブルータルに破壊される訳では幸にもない。寧ろ、創作にも専念せずに、恵子の出待ちにねちねち付き纏ひすらする。足しか引かない山村との正しく腐れ縁が恵子にとつて余程拷問に近く、斯くもクソみたいなといふかクソ・オブ・クソなクソそのものの男、さつさと捨てちまへといふ逆向きの感情移入が兎にも角にも強い。恵子が山村との関係を賢明かドライに清算してしまつては、土台成立しない物語ではあれ。山村が堀田の助け舟で漸く手に入れたヤクを汚い便所で打つ、ある意味綺麗なシークエンスにはグルッと一周して感心し、国分二郎のリアル食ひ方であつた場合実も蓋もないが、ラーメンをチューチュー啜る、しみつたれた造形とかもう完璧。鮮烈さがありがちなラストまで含め、類型的なシークエンスばかりを連ねた一篇ではあるものの、濡れ場を務める女優部が二人しかゐない―といふか三番手が何処にゐるのか判らない―疑問にさへ目を瞑れば、分厚い男優部にも下支へられ一幕一幕の完成度は何れも高い。何はともあれ、十全に作り込まれた帝都劇場舞台を筆頭に普通に見事な美術と、飛騨の里(岐阜県高山市)なり湯沢(多分新潟県南魚沼郡)にまでロケを出張つた点を加味するならばなほさら、ほんの一ヶ月そこらでこれだけの映画を新春に間に合はせた疾風迅雷のプロダクションをこそ、最も特筆すべきなのではなからうか。元々動いてゐた別企画を、力任せに変形させた可能性もなくはないが。


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 「ロリータ・バイブ責め」(昭和62/製作:獅子プロダクション/提供:にっかつ/監督:佐藤寿保/脚本:夢野史郎/企画:作田貴志/撮影:瓜生敏彦/照明:加藤博美/編集:酒井正次/音楽:早川創/助監督:橋口卓明/監督助手:小原忠美・五十嵐伸治/撮影助手:茂呂高志・渡辺たけし/照明助手:森下徹/スチール:石原宏一/劇中写真:小野幸生/車輌:天貝一男/効果:サウンドボックス/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:木村さやか・梁川りお・伊藤清美・池島ゆたか《友情出演》・須和野裕子・富山綾子・伊藤猛)。出演者中、木村さやかにポスターではNo.13のロマン子クラブ特記があり、逆に、池島ゆたかがカメオである旨は本篇クレジットのみ。
 この仏頂面した男の子は全体誰なのか、写真を白黒コピーした、SEEKING“尋ね人”の手製チラシ。撮影隊(ゼムセルフか)を連れたTVリポーター(池島)が、SEEKINGチラシを繁華街に貼つて歩く北条梢(木村)に取材するものの、殆ど相手にされない。片や、愛探偵社主任井田光晴の名刺を裏返すと、調査全般格安実費制の文言と“愛は世界を照らす”。探偵を称する井田(伊藤)も、梢に興味を持つ。要は治したのか、歯がガッチャガチャの伊藤猛に軽く衝撃を受ける。そしてどうやら、伊藤猛にとつて今作が映画デビュー作となる模様。濡れ場に於ける太股の途方もない長さに、改めてビビる。私服の梢が同世代の二人(須和野裕子と富山綾子/特定不能)と深夜のファーストフード店から出て来たりなんかして、ビデオ撮りのバイブにタイトル・イン。割と唐突か雑然とした、アバンではある。
 父親と二人暮らしする家―母親が住む実家は別にちやんとある―に梢が帰宅すると、驚愕もとい共学のヨシムラ学園の同級生・野口和美(梁川)が制服で遊びの誘ひに来る。チラシ貼りを趣味の一言でぞんざいに片付ける和美に対し、梢は大概危なかしくキレる。梢からSEEKINGの彼・サカグチヤスシ捜しを請け負つた井田は、バイブレーターで犯した伊藤清美を最終的には血を噴いて悶死する毒殺。その様子を写真に収めた上で、遺体は恐らく強い酸で溶かす。梢が井田にひとまづ依頼する件の正しく抜けるやうな青空の下から、何がどうなつてゐるのかまるで判らない底の抜けた闇の中にカットが繋がる瞬間の、さあ火蓋が切られたぞ感。
 配役残り、アバンをサクッと駆け抜ける池島ゆたかの代りに、終盤もう一人登場するリポーターはクレジットレスで飛び込んで来る片岡修二、もしくは周知安。留守電に収録されたメッセージのみそれぞれ聞かせる、梢両親の声の主なんて知るもんか。
 四天王中唯一買取系ながらロマンポルノを三本撮つてゐる佐藤寿保の、昭和62年第二作が最後の三本目。ポスターに何かもうヤケクソ気味に躍る、“超過激<電動>エクスタシー!!”なるカッ飛んだ惹句が微笑ましい。
 手製SEEKINGを貼り歩く少女、一面に死体写真が貼り巡らされる、海の底を気取つたスタジオサブマリン。ジョイトイで凌辱した、より正確にはジョイトイでしか凌辱出来ない女を、毒で殺す男。少女の友達は学校で苛められ、給食の味噌汁に殺虫剤を噴霧する。ノイズだかハードコアだか、おどろおどろしく鳴り倒す攻撃的な選曲。元々心許ない録音レベルと伊藤猛のエクストリームに朴訥とした口跡とで、ヘッドフォンでもよく聞き取れない会話あるいは、初めから交はらない一方通行の散文詩。偶さか引き寄せられ、かける狂気と、無表情な暴力。これまで佐藤寿保に関しては、新東宝で思ふがまゝ撮つてゐた観念論ピンクよりも、エクセスの要請ないし束縛に粛々と従つた、案外実直かつ矢張りソリッドな裸映画をこそ、寧ろ高く評価してゐるものであつた。撮らうと思へば、別に佐藤寿保は普通に撮れる。単純な技術論で比較すると佐野和宏の三千倍、サトウトシキでも千五百倍。今なほ好きなやうに撮らせると尺の箍が外れる瀬々よりも、佐藤寿保の方が上手いと思つてゐた。それ、なのに。よもやまさか、新東宝に輪をかけて日活で好き放題カマしてゐやがらうとは。ヤッちやんについての事実が詳らかになつたところで一旦安堵したのは、到底通る相談のない早とちり。広げた風呂敷に火を点け風に飛ばし、結構な焼野原を残すが如き一作。女の裸も決してなくはないにせよ、ドッロドロに汚して最後は苦悶の末に血塗れ。兎に角特異な意匠が狂ひ咲けば、作家性の発露と言祝ぐ御仁にはこの手の映画が大好物なのかも知れないが、少なくとも、当サイトは斯様な代物で勃ちはしない。意思の稀薄さすら漂はせる薄目のルックスから、脱ぐと案外凄い梁川りおのオッパイとか猛烈に悩ましい筈なのに、何故大人しく撮らん。せめて、梢の解毒剤?くらゐは説明しておいて貰へまいか。起死回生か苦肉の策のロマンXも行き詰まり、翌年レーベルごと潰へるのもありロマポは既に末期症状を来してゐたのか、この時買取り拒否の選択肢はなかつたのかといつた、如何にも素人的な雑感も否み難い。


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 「痴漢電車 人妻柔肌篇」(1995『痴漢電車 人妻の肌ざはり』のVHS題/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:双美零/企画:中田新太郎/撮影:稲吉雅志/照明:伊和手健/編集:酒井正次/助監督:田尻裕司/演出助手:榎本敏郎/撮影助手:小山田勝治/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/スチール:津田一郎/出演:青木こずえ・吉行由美・風間晶・田口あゆみ・杉本まこと・荒木一郎・池島ゆたか)。
 ミヨ(青木)とリョースケ(杉本)の夫婦生活で開巻、ミヨが“また”と呆れる頻度で中折れたリョースケは、入院した理由が腎虚を噂される鳥山課長の話で茶を濁す。脚本がイコール片岡修二の周知安でないからか、固有名詞が耳慣れない名前ばかり。リョースケは滅法肉感的な鳥山夫人(吉行)が悩ましく大股開くイマジンを膨らませるどころか、すぐ隣のミヨと比較する口を滑らせかけた挙句、不用意な粗相を察して布団の中に潜り込む。至極全うにむくれたミヨは、「その時アタシは思つたいい女になつて、こいつを腎虚にしてやるんだつて」と決意、明快にテーマを設定する。てな塩梅でミヨは寿退社した職場の先輩で、重役が相談に来るほどのSEXカウンセリングを社内で誇る性豪・風間葵(田口)を頼る。葵が唱へるのは、自らを知る上でもオナニーのすゝめ。何でもやつてみると泣きつくミヨに、葵が念を押して電車にビデ題タイトル・イン。明けて車内の、実景からセットに。左右を田尻裕司と榎本敏郎に挟まれたミヨが逡巡する、葵から最初に下された指令が電車内ワンマンショー、初球からフルスイングすぎんだろ。とまれ果敢に決行したミヨが、気づかれた演出部に加へ周囲の集団痴漢を被弾する一方、駅前のラブホテル「山下」に入る葵の逢瀬の相手は、あらうことか結婚式当日に出会つたリョースケだつた。
 配役残り池島ゆたかが、件の鳥山課長、勤務先は初芝電産。二度目に見た荒木一郎名義の荒木太郎は、電車に乗つた鳥山夫人が会敵する痴漢師・花田、風間晶が花田の配偶者。
 もしや今作が幻の、映画の公開順は前後した「人妻篇Ⅰ」となるのかも知れない深町章1995年第一作。この年案外少ない全五作、昨今のローテーション監督と然程変らない。自身とレスであるにも関らず、鳥山が腎虚で入院した不義理か不条理に怒つた吉行由美は、鏡に映して自信のある乳尻に対し、最終的な具合は挿れた男に訊いてみないと判らない観音様の是非を確かめてみるべく、捕獲した花田と劇中一同が常用する山下に。脛を抱へる形のM字で、秘部を男に曝す吉行由美が鬼のやうにどエロくて素晴らしい。ところが出て来るところを、花田を張つてゐた風間晶に目撃される。そもそも鳥山が腎虚になつた所以は、告白された夫の痴漢癖に衝撃を受け電車に乗つてみた風間晶が、電車痴漢を仕掛けて来た鳥山を矢張り捕獲。「これが私なりの―痴漢行為に対する―復讐なのでした」とか自堕落極まりない方便で、元々自覚する人一倍強い性欲で鳥山を貪り尽くしてのことだつた。偶さか鳥山夫人と一度山下に入つた程度の花田に、憤慨する謂れ一欠片たりとてねえよこの女。兎も角、あるいは兎に角。改めてキレた風間晶は、入院中は流石に手を出さなかつた鳥山に連絡。リアル生命の危機を感じた鳥山は、葵と山下を出て来たネタを出汁に、上司を見舞ひに来てゐたリョースケに虎の尾を踏ませる。風間晶からの呼出に応じるのが「代理でもいいつてさ」と嘯く鳥山の力ない言葉を、初め黙つて聞いてゐたリョースケが真意を察するや「あ俺!?やですよー」と途端に鳩が豆鉄砲を喰らふのは、杉本まことの見事なノリツッコミ。とここまで、棹と蛤で繋がつた全ての俳優部が壮大な惑星十字配列“グランドクロス”を形成する、何気に秀逸な構成は案外比類ない完成度を誇つてゐた。序盤から四十一分―総尺五十五分弱―の長きに亘り豪快に退場する、ビリング頭の存在をいつそ忘れてしまへば。結局何だかんだでミヨとリョースケが何となくヨリを戻すラストは展開自体他愛ないか下手にまどろこしいばかりで、ピンク映画デビュー間もない青木こずえにも、全然普通の三本柱たり得る、女優部後ろ三人を単騎で蹴散らす決定力を望むのは未だ酷だつた。最後がある意味見事に尻すぼむ、仕上げを仕損じた印象の拭ひ難い一作ではある。


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