真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「揉めよドラゴン 爆乳乱れ咲き」(2020/制作:映像集団マムス/提供:オーピー映画/監督・脚本:佐々木浩久/撮影:鏡早智/録音・整音:臼井勝/編集:大永昌弘/スチール:宮沢豪/VFX協力:大木円盤/音楽:広本晋/音楽協力:すずらん風太郎・こばゆみ・hadarecords/助監督:島崎真人/監督助手:山崎源太/間宮悦子キャラクター造形:高橋洋/劇中使用曲:オーピー映画 『絶倫謝肉祭』『呪ひの赤襦袢』『悦楽クリニック 凛子の淫らな冒険』より《作曲 ゲイリー芦屋》/仕上げ:東映ラボ・テック《株》/出演:優月まりな・西田カリナ・西村ニーナ・野田博史・折笠慎也・石川雄也・佐々木浩久《円盤の声も》・加藤賢崇・しじみ・吉行由実)。出演者中、佐々木浩久は本篇クレジットのみ。
 普通の天候には恵まれた波打ち際、顔の右半分を仮面で隠した司祭服の男・柿沼(野田)と、倉橋三姉妹の三女で、爆乳すぎてデッサンが最早狂ひ気味の里美(優月)が破局を迎へる。一方倉橋家、次女・かおり(西田)と長姉のちなみ(西村)は、些か醤油が濃さうにも見えるすき焼きに舌鼓を打つ。ところに、悄然と帰還した里美が失恋のハートブレイクも忽ち何処吹く風、脊髄で折り返した現金さで肉々しく肉を口に運ぶ、有無をいはさぬ説得力。は、さて措き。アバンから逆の意味で順調にグッダグダした末、柿沼を指し“三姉妹はこの男に騙されてゐたのである”とスーパーで基本設定を強引に提示、早速禁じ手とは。領銜主演の三人に加へ、きちんと抜いてのクレジットが施される吉行由実としじみのほか、折笠慎也と石川雄也もフライングで見切れるタイトルバックに一応勇壮なテーマ曲が流れ、佐々木浩久も導演だとか香港映画に気触れた小癪なタイトル・イン。それでゐて甚だ気の抜けたフォントが、怒火“レイジング・ファイア”に油を注ぐ。
 海岸からの帰途里美が出会つた、“少女老子”の異名を誇る占師・間宮悦子(吉行)が助手の当麻(折笠)を伴ひ倉橋家を急襲。何が何だかか何が何でもな自堕落さで、柿沼から呪はれてゐたとの三人はリベンジするべく、恋も夢も希望も捨て、非情の掟に命を賭ける破目に。あのさ、自分の頭の中にはあるイメージなりテーマを、観客も諒解可能な形のシークエンスに仕上げて提示するのは、映画監督にとつて割とでなく基本的に要求されるスキルだよね。
 兎も角、より直截には仕方なく配役残り、しじみはサカモトにかけたつもりの間違ひ電話を倉橋家に寄こした結果、間宮らが子機から念を送る霊的逆探知が誤爆、ジョーカー面に発狂する女。白石雅彦が本職俳優部に映りかねない佐々木浩久は、砂浜でキャッキャウフフする柿沼と若かりし悦子に、戦争が起こつた旨告げる素人。と、リフレッシュ光線で悦子とミサイルの爆風で死んだらしい柿沼を合体させる、古典的なアダムスキー型UFOの声。U.F.O.とはいへ、ユニバーサル・ファイティングアーツ・オーガニゼーションではない、誰も覚えてねえよ。ちなみとかおりを返り討つた柿沼が、二人を攫ふ地中に倒立する死亡ならぬ“希望の塔”。石川雄也は単身乗り込んだ里美と最初に対峙する、秘伝ヨガ拳法の名人・ダルシム、とりあへず腕が伸びる。次なる刺客が加藤賢崇、少林寺の哲学僧・ポー、禅問答に擬して催眠術をかける。とこ、ろで。ダルシムは鋏で無造作に阿部定、ポーは土手つ腹に大穴を開けられ、何気に何れも確実に絶命してゐる。
 言葉を選ぶと映画がどんなゴミでもクソでも劇場に人を呼べるほど、佐々木浩久の名前に果たして集客力があるのか。画期的にピンと来ない身には、斯くも惨憺たる代物をOPP+に流す、大蔵の正気も疑ひたくなる佐々木浩久ピンク映画第五作。
 同じ男に弄ばれた確かに全然似てはゐない三姉妹が、復讐を期し秘術を会得する特訓に挑む。如何にもそれらしき物語、の名に値しない精々体裁程度ならばなくもない、ものの。初土俵のビリング頭始め、所々覚束ない俳優部の口跡を満足に拾へないお粗末な録音を、ちつとも伴ひやしない劇伴ばかりラウドに鳴らす、頓珍漢な整音が逆噴射で加速。そこかしこで台詞が聞こえないのがつゝがない進行を妨げ、もしなかつたんだな、これが。テンプレ展開を藪蛇な世界観なり、木に竹も接ぎ損なふいはゆる“衝撃の真実”が場当たり的に右往左往。一回何年間か、作劇に於ける記憶操作を国際条約で全面的に禁止して呉れないかな、何でもアリぢやろ。豪快さにも乏しい他愛ない支離滅裂を、やつゝけたキャラクター造形で更にトッ散らかした挙句。アナーキーと称するには根本的に迫力不足のショボ暮れた混沌を、威勢よく飛び込んでは来る機械仕掛けの飛び道具で強制終了してのけるぞんざいな始終は、揃ひのセラムン風コスに身を包んだ上、横一列に並んだメイン女優部が中腰でディルドーに跨る。要はタイトルバックでしか機能しないともいへ、一撃必殺のショットを叩き出しておきながら、寧ろドラスティックなほど面白くも何ともない、詰まらなくさへない。ニュージーランドで起きたモスク銃撃事件犯の固有名詞と同じく、今作に形容詞は不要である。全盛期の大御大・小林悟をも鼻差で凌駕する―当サイト比―珠瑠美にすら、劣るとも勝らない大概な破壊力。重ねて、あるいは止めを刺すのが。端からそつち方面に振つてはゐないと思しき、良くも悪くもニュートラルな撮影にも足を引かれるか後ろから撃たれ、尺の大半も大半、相当な比率で画面にオッパイが載つてゐる筈といふか現に載つてゐるにも関らず、不可思議なレス・ザン・煽情性が致命傷。大御大にせよ女御大にせよ、裸映画といふ絶対の本義を疎かには決してしなかつた。小屋に木戸銭を落とした客の、棹は勃たせて帰らせた。佐々木浩久は何をしたいのか、否、佐々木浩久には何が出来るのか。曖昧模糊とした甚だしい不分明を恥ぢもせず、少なくとも当サイトは知らない。先に触れた、正面からのロングが欲しかつた三姉妹の特訓ショットを除けば、数少ない見所はまさかの美乳も開陳―但し欠片もエロくはない―する、しじみの鮮やかな弾けぷりくらゐ。あんな御仁やこんな御仁やそんな御仁同様、佐々木浩久はゴルフ界でいふところのレッスンプロ的な立ち位置にゐる模様ではあれ、予算なり日程の管理といつた実務的な事柄以外、全体この人が何を教へてゐるといふのだらうか。

 今回得た気づきで、事実上カミングアウト以降の氷川きよしに酷似する―順序が逆だろ―吉行由美が、「これが限界」と花柄のワンピース水着姿を大披露。するに止(とど)まらず、水着の下に手を突つ込みお胸を荒々しく揉みしだく、正しく限界突破を超披露。だからその“限界”とやらは、何処の馬の骨が吐かした境なら。まだまだ、なんて滅相もない。素面でイケる、余裕でイケる、全ッ然イケる。不幸にして荒木太郎のみならず山﨑邦紀も戦線から姿を消した中、濡れ場も碌に撮れない外様作で無駄脱ぎ―申し訳ないけど、友達とかさういふの心底どうでもいゝ―してゐないで、吉行由美には御自身の監督作に敢然と参戦、艶やかな大輪を咲かせションベン臭い三本柱を蹴散らすアクションを切に望む。本当に望む、マジのガチで心から望む。
 備忘録<衝撃の真実は間宮と柿沼のリフレ合体と、間宮が三姉妹を掻き集めた育ての親


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




 「日本の痴漢」(昭和55/製作:わたなべぷろだくしょん/配給:新東宝映画/監督:渡辺護/脚本:ガイラチャン/撮影:小水一男/照明:近藤兼太郎/音楽:飛べないアヒル/編集:田中修/助監督:三輪誠之/演出助手:黒木公三/撮影助手:遠藤政史・下元哲/照明助手:佐藤和夫/効果:中野裕二/録音:銀座サウンド/現像:ハイラボセンター/出演:高原リカ・朝霧友香・曲谷節夫・堺勝朗・久保新二・浜恵子・青野梨魔・立木レミ・飯島洋一・早見ルイ・藍川加寿子/友情出演:田村いづみ・ジャイアントイルバ・竜本寿、他一名・眼津御衣場)。出演者中、早見ルイ以降は本篇クレジットのみ。脚本のガイラチャンと、撮影の小水一男は同一人物。そして当時の配給はあるいは新東宝興業かも知れないけれど、よくよく冷静になつてみると何れにせよ、今現在回してゐるのは新東宝映画にほかならない。
 土曜日は日本の痴漢の日だとか適当にお道化てみせる久保チンから、画面奥のお城にピントを送つてタイトル・イン。アバンで火を噴く暴力的ないゝ加減さと紙一重の軽やかな他愛なさが、結局全篇を支配する。
 配役残り、えゝゝ!せめて一文掻い摘むだけの物語もないの?と問ふならば、実際ないのだから仕方ない。流石にワンセンテンスで、何を如何に掻い摘めるのか。さて措き改めて久保新二が、これで大企業らしい大金物産のグータラ平社員・高橋明。高橋は兎も角、下の名前が何故明、同姓同名にもほどがある。無論、メイさんの愛称でも知られた、バクチクする重低音を幾多のロマポに刻み込んだ、大部屋出身の大俳優・高橋明はトクトクのとつくに名を馳せてゐる。再度、閑話休題。堺勝朗が高橋にとつて直属の上司たる大川部長―何部なのかは語られず―で、高原リカは職場のマドンナ的な、部長秘書の松原ルミ子。ブラウスをブチ破らんばかりの、昨今でいふ着衣巨乳がエクストリーム。jmdbとnfajはおろか、グーグル検索にも満足にヒットしない謎の俳優部・曲谷節夫は、清掃夫に化け公園の女子トイレに忍び込んだ高橋と、バッティングするチョビ髭の出歯亀・吉田、居酒屋の宿六。浜恵子が誰の御蔭で生きてられると思つてんのよ、と配偶者に対し実も蓋もなく豪語する吉田の女房、即ち女将、屋号は矢張り不詳。飯島洋一と立木レミは、警察官に変装した高橋と吉田がスイートホームを往来から覗く、大絶賛仮名で毬山栗男とその新妻。青野梨魔は按摩に扮した高橋が対峙する色情狂、事後豪快な巴投げで高橋の腰を粉砕する。朝霧友香はネックレスを盗んだ的に因縁をつけられる、高橋と大川に吉田の三人が誰も知らない、自称スターの森マリ子、表記は当て寸法。その他が高橋と吉田が出会ふ舞台となる、公衆便所で用を足さうとする女に、毬栗家に齧りつく偽警官二人にちよつかいをかけるアイスをぢさん。青姦カップル一組目の、男は今泉厚?二組目の、今度は女が日野繭子、男は消去法で竜本寿か。どうしても拾ひきれなかつたカメオ隊他一名の名前に、繭の字が含まれてゐた気がする。更にもう一人、釣り糸でスカートを捲られる女、以上で頭数的には一応合ふ。
 正直いふと初見のピンクで久々寝落ちた、渡辺護昭和55年第九作。仕方なくクレジットも詰めがてら、駅前の敷居を再度跨ぐ破目に。小屋に落とす木戸銭は、決して捨て金ではない、よしとするべし。
 十八番の舌先三寸で痴漢の求道を説く、高橋の下に吉田がつく形でまづコンビ結成。一組目青姦カップルの女が脱いだパンティを文字通り釣つてゐた、大川を―官憲コスの―高橋がトッ捕まへる奇縁あるいはありがちな劇中世間の狭さに従ひ、コンビは痴漢連合へと発展。とまあ、ワンセンテンスどころか、釣りならぬ「痴漢バカ日誌」のワンフレーズで事済む流れ程度ならばなくもないものの、兎にも角にも羅列される一幕一幕があまりにもぞんざいで、最早一本の満足な劇映画の体さへ、成してゐるのか否か甚だ怪しい一作。部屋に呼んだ筈の按摩を、青野梨魔が頼んでないはよとかいひだすちぐはぐな台詞には眩暈を禁じ得ず、一番といふか凄まじく酷いのが、切り上げる、ないし事後切つてしまふタイミングをことごとく逃すか放置、グッダグダ何時までも垂れ回す毬栗家パートの完全に時機を失した締めは壮絶に酷い。女優部を誰を何人並べたところで、堺勝朗と久保チンが好き勝手に暴れ回るに任せてゐては、腰を据ゑ女の裸に垂涎する訳にも行かないのは良くも悪くも常ながら。今回渡辺護が何処まで本気でディレクションしてゐたものやらそもそも疑はしい中、シークエンス個々のキレも全体的な構成もへべれけで、下手をするとといふか現に当サイトは一度沈んだのだが、呆れ果てるなり匙を投げる以前に、暗い場内で意識を保つてゐるのすら地味に難いハルシオンな破壊力。逆の意味で頂点、要は底を極めるのが画期的な謎ラスト。漫然とした支離滅裂の果て、堺勝朗が曲谷節夫と久保新二を左右に従へる格好のショットに、叩き込まれるのが“完”でも“終”でもなく、よもやまさかの“チョン”。チョンて、その“チョン”はどのチョンなのよ!?もしくは何語。本当に皆目全くまるで意味が判らないので、どなたかチョンの真相を御存知の諸賢に当たられては、浅学菲才で他の追随を許さない当サイトに御教示下さらないであらうか、許せよ、そこは譲れ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 「すけべ母娘 どつちも好きもの」(1996『ドすけべ三昧 母娘喰ひ』の2006年旧作改題版/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:岡輝男/企画:中田新太郎/撮影:稲吉雅志/照明:伊和手健/編集:酒井正次/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/協力:獅子プロ/出演:青井みずき・扇まや・杉原みさお・頂哲夫・平岡きみたけ・杉本まこと)。助監督―始めスチールその他―のクレジットが本篇には元々ない反面、jmdbは何故か榎本敏郎にしてゐる。
 原色系のケミカルな色合の液体が、フラスコの中でポコポコ煙を吹く研究室。脊髄で折り返した印象としては、あたかも通り越しまんまナベシネマ。劇伴の矢継ぎ早に起動した、情報量を絞り込んだクレジットがザクッと駆け抜ける。裸電球から舐めていはゆる瓶底眼鏡、と杉原みさお。飯島エミリ(杉原)が見守る通称ハカセくん(平岡)の今回の発明が、飲んだ人間が最初に目を合はせた者と人格が入れ替る薬。底の抜けたトンデモぶりに関しては一旦さて措き、薬物が煮詰まるまで二三十分、その間新しい体位の研究とか求めて来るハカセくんを、エミリが平手でツッコんでタイトル・イン。時間の目安に結構アバウトな幅があるといふのも、何気に随分な話、簡単レシピぢやないんだから。
 特に珍奇な姿勢の探求も為されない一戦経て、あと一手の新薬調合を勝手に完成させたエミリは、コーラ瓶に移し持ち出す。どうせその瓶も、洗つてさへゐないよね。一方、設定的には高校の夏休み時期の津田スタ。母子家庭の広瀬家、母親のジュンコ(扇)がテレフォンセックスに耽つてゐるのは、次なるお相手のゴロー氏にはジュンコから名指しで電話をかける、地味に謎システムのパート。娘のアイリ(青井みずき/a.k.a.相沢知美/a.k.a.会澤ともみ)が奔放な母に呆れがてら、自分で支度して食事を摂る。ところに、アイリが初恋をときめかせる、アイカワ君との交際の進捗を任されたエミリが来宅。木に竹を接ぎ気味にキャッキャウフフするアイリとエミリが二階のアイリ自室に上がつた隙に、適当に見せびらかす以外、実際何の目的で持つて来たのかよく判らない珍薬を、ジュンコが飲んでしまふ。そのことを察知したエミリの制止も間に合はず、ジュンコとアイリが目を合はせ、イッケイケの母親と、案外晩熟の娘、好対照な母娘の主体が交換される。、
 配役残りチューバッカTの頂哲夫が、件のアイカワカズヤ。野球部で甲子園に行く、アルプススタンドだけど。テレセ一人目の声も兼務する杉本まことは、ジュンコの不倫相手・江沢陽一。岡輝男の脚本に大人気なくツッコんでおくと、幾ら提出すればまづ受理されよう万全に書式が揃つてゐたとて、確定的な決意の表明といふなら兎も角、離婚届自体は1mmの証明にもなり得ないぞ。
 残弾数、ゼロ。終にex.DMMの中に未見作のなくなつた、深町章1996年第三作。それはさて措きちな、みに。当時の深町章が前回は林田ちなみ(a.k.a.本城未織/ex.新島えりか)の主演で、二本どすけべが続いた格好。どすけべついでに―我ながら凄い序でではある―1991年第六作「人妻VS風俗ギャル ザ・性感帯」(脚本:周知安=片岡修二/主演:橋本杏子)の、2010年旧作改題版「どすけべサラリーマン 開花篇」に続き、1994年第二作「痴漢電車OL篇 車内恋愛」(脚本:周知安/主演:西野奈々美)と1990年第二作「欲しがる女5人 昂奮」(脚本:周知安/主演:橋本杏子)が、気づくと2020年にどすけべサラリーマンのそれぞれ「快楽処世篇」と、「肉体遍歴篇」で新版公開されてゐる。無論、各々元作は全く別個の映画―そもそも公開順からグッチャグチャ―で、そんな天衣無縫さが、実に清々しい。
 閑話、休題。山中恒風にいふとあたしがおかあさんで、おかあさんがあたし。薬品をしかも片方のみが服用する以外、一切の機器すら使はない。原理の皆目不明な、箍の外れた超化学が少しでなく不思議なSFピンク。完全なる心身二元論に立脚してゐる点に関しても、一言触れておきたい。事態は木端微塵にトッ散らかつたまゝ、アイリの器に入つたジュンコが、エミリの整へた手筈に則りアイカワ君に会ひに行く。一方、家にゐるのがジュンコの器に入つたアイリであるとも知らず、今の配偶者とは本気で別れる腹の、江沢が広瀬家を訪れる、そら知らんはな。アイリとジュンコ、各々の恋路が直交の十字火花を散らす思ひのほかウェルメイドな中盤が、すべたの母親、もといすれた母親があつさり娘の破瓜を散らしてのける、ある意味岡輝男らしいブルータルな無造作に、爆散されるものかと頭を抱へさせられた。とこ、ろが。江沢には明かしてゐた秘密をパワー系の軸に、霧散しかけた始終の求心力を猛回復。母娘の和解を超えた関係の深化に、暫し女の裸もお留守にまどろこしく尺を喰ふのは仕方ないともいへ、変則的なスワッピングの果て、辿り着く大団円は満更でもない見事な仕上り。かと、思ひきや。実は確かに玄関先に置かれたまゝのコーラが改めて火を噴く、更に一捻りには完全に油断してゐて驚いた。江沢と目を合はせるカットに於ける、アイカワ君こと頂哲夫の間抜け面が絶品。要は再度ハカセくんに御登場願へば済む話にせよ、綺麗な展開が綺麗にオチる、大人の量産型娯楽映画ながらジュブナイル調の佳篇。尤も、百円オチの他愛なさは、矢張りオカテル。

 岡輝男脚本作に触れるのも思ひのほか久し振りで、有楽閉館に際し見せた篤実を、何とはなしに思ひだした。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 「つれこむ女 したがりぼつち」(2020/制作:VOID FILMS/提供:オーピー映画/脚本・監督:山内大輔/撮影監督:藍河兼一/録音:大塚学・光地拓郎/編集:山内大輔/音楽・効果:project T&K・AKASAKA音効/ラインプロデューサー:江尻大/助監督:井上卓馬/監督助手:菊嶌稔章/撮影助手:赤羽一真/特殊メイク・造形:土肥良成・李華曦/ポスター:本田あきら/仕上げ:東映ラボ・テック《株》/出演:桜木優希音・きみと歩実・七菜原ココ・里見瑤子・森羅万象・安藤ヒロキオ・可児正光・ケイチャン・サーモン鮭山・小滝正大・折笠慎也・杉浦檸檬・井尻鯛・吉原麻貴・川瀬陽太)。出演者中、孤高のラッパーと吉原麻貴は本篇クレジットのみ。
 東京スカイツリーを一拍挿んで、カメラは薄暗くダダッ広い無人の家屋に。エンドとはサーモン鮭山と小滝正大の順番が入れ替る俳優部、と山内大輔のみクレジットした上で暗転タイトル・イン。正直、アバン―から暫く―は小屋で観てゐない、後述する。
 本篇の火蓋を切るのが、白塗りのおどろおどろしさがヨコハマメリー通り越してジョーカー状態の里見瑤子。酒に沈み赤ん坊の人形を可愛がる女ホームレス(里見)を、通りがかつた桜木優希音が足も止め注視、それを感知したガード下メリーは動物的に威嚇する。歌舞伎町一番街、今何処小山悟の単独初陣「ドM卒業 さよなら、ご主人様」(2015/脚本:当方ボーカル=小松公典/主演:佐山愛)以来の電撃復帰で飛び込んで来たサーモン鮭山が、高級ソープ店にて嬢の愛未(桜木)を抱く。具合は頗るいゝものの、愛想どころか殆ど全く無反応の愛未にサモ鮭は気分を害する。一番街から都落ちした、歌舞伎町さくら通り。の店でも店長(井尻鯛=江尻大/a.k.a.EJD)が客からの苦情に業を煮やし馘になつた愛未は、寮を追ひ出されたのか、不動産屋(小滝)から無人の下宿屋といふ、一人暮らしにしては途方もなく広大な―しかも二階まである―戸建を心理的瑕疵物件とやらの破格安で借りる。そんなこんなな新生活、さくら通りでの同僚・真凛(七菜原)が惚れてゐた路上の志集売り・カヲル(可児)を見かけた愛未は、第25集を志集の定価たる三百円で購入。帰宅後繙いてみた志集には、オリジナルの象形文字が綿々と連ねてあつた。情事の最中でさへ左手人差し指を虚空に掲げ、常時何かしら受信してゐるカヲルの所作が秀逸。
 配役残り吉原麻貴も、真凛同様愛未のさくら通りでの同僚・モモちやん。多分モモちやんがキープしておくやう頼んでおいた筈のプリンを、真凛は愛未に食べさせてない?ケイチャンは、フリーの立ちんぼ―劇中用語では直引き―を始めた愛未の客。マシンガン関西弁で愛未の名器ぶりを観客に伝へるのは、グルッと一周させ効果的に利した諸刃の剣。森羅万象はガード下メリーこと恐らくアケミに、一回幾らなのか手コキを頼んだ事後、殺害してクッキー缶の中に貯め込んだ精々小銭を奪ふ鬼畜ホームレス。「僕のこと覚えてゐますか?」だなどと愛未の前に斬新か木に竹を接ぐ現れ方をする安藤ヒロキオは、並行世界の存在を数学的に立証しようと試みる、理論物理学者の江口裕樹。江口に劣るとも勝らず、割とでなくノー文脈で自由自在に出没する川瀬陽太は、二十年前に水死した愛未の義父・ゴロウ、苗字は吉井か。この人の扱ひが実は一番大概なきみと歩実が、最終的に江口の妻となる女・マリカ。折笠慎也と杉浦檸檬は大体三十年後くらゐ、依然同じ会社が管理してゐる多重事故物件を内覧させる小滝正大の遠い後輩と、父が遺した研究を爆心地で完成させようとする、江口の娘・真夢。しかし潰すのも怖いのか、その会社は縁起の悪いレガシーを、全体通算何十年放置し続けるつもりなんだ。
 元来開映時間の不安定な小倉名画座が思ひのほか早くオッ始めた挙句、桜木優希音が包帯でグルグル巻きの可児正光を、家に上げ飯を食はせてゐるところでブッ手切りやがつた山内大輔2020年第二作。そのため小滝正大―の声はテケツで聞こえた―が出て来るまでと、端折られた残りはOPP+版のDVDを外王で借りて来て済ませた。極端に濡れ場の薄い、ある意味不誠実な映画につき中途で匙を投げたKMZの気持ちも判らなくないとはいへ、流石に今後かういふ真似を続けられるとわざわざ遠征を出張るに値するのか否か、そのうち検討の要も発生しかねない。あと、勘のいゝ御仁はテケツで立ち止まられたかも知れないが、ちなみにピンクの小倉名画座1―薔薇の狂ひ咲くKMZ2は知らん―に所謂ホワイエは存在しない。表のガラス扉を開けると手洗個室程度のテケツがあるばかりで、もう一枚ドアを開けるとすぐ場内。なので座席の背後に自販機―誰かが何か買ふ度に、映画の最中随時爆音を鳴らす―が設置してあつたりもする、なかなかフリーダムな小屋ではある、客層以前に。
 劇中父親としか会話を交さない寡黙な売春婦の静謐な日常を、出し抜け気味なパラレル風味を塗して描く。ただ黙つてそこにゐるだけの桜木優希音をもエモーショナルに捉へる、澄んだ冬の空気の如く、透明感と硬質さとを併せ持つ撮影。抑制的な遣り取りが徐々に開く秘密の蓋とともに、ドラマチックに高揚する愛未とゴロウの対話。何れも訴求力の頗る高い二段構への見所に、コロッと騙されかけなくもない、にせよ最終的には結構な問題作。この期に国映でもあるまいし、羊頭狗肉の領域に易々と到着するレス・ザン・女の裸に関しては、琴線を激弾きし続ける主演女優のショットの弾幕に、ついうつかり忘れてしまつたフリをしたとて構はない。尤も、さうもいつてゐられないのが、暴力的に出鱈目な江口の造形。何某か面識があつたのか単なる江口の口から出任せか結局愛未との接点―の有無―に触れない、矢張り安藤ヒロキオで竹洞哲也2020年第一作も脳裏の片隅を掠める、来し方の覚束なさに軽く吃驚したのはまだ全然所の口。実質三番手の投入法に相当頭を悩ませた、山内大輔が終に乱心。したとでも考へた方が寧ろ理解に易い、聡明で美しいマリカの自らに対する想ひを、選りに選つてカヲルに犯させることで江口が試さうとする仰天展開には、プラトニックな恋路の梯子を外された愛未以上だか以下に度肝を抜かれた。あのさ、それ全体何十年前のミソジニーなのよ。直截にいふと大蔵はピンク映画の新しい在り様なり時代を窺ふに際し、この人を連れて来てゐて、もしくはこんな人を連れて来てゐて果たして大丈夫なのか。ゴッリゴリにどエロい、超実戦的な裸映画の歩みを進めさせるのならば兎も角。
 流れ的にレス・ザン・女の裸に話を戻すと、上野オークラ劇場マスコットガールの四代目といふ大看板を背負ふきみと歩実が、形式上の番手はさて措き事実上絡み要員に回―らされ―る。山内大輔もなかなか反抗的な真似をしてのける女優部三本柱は、初陣らしからぬ手堅さを煌めかせる七菜原ココまで含め十二分に磐石。束の間の濡れ場が束の間ながら、それなりに確かな手応へを撃ち抜いてゐてもおかしくなかつた、筈なのに。如何せん画面が暗い、誤魔化さずには撮れぬ訳でもなからうに、カッコつけずに照明を当てて欲しい。観客の、見たいものを見せる、その最も原初的なジャスティスに何故背を向ける。研究云々以前に素の人間として、江口が到底塞ぎきらない大穴どころか底を丸ごと抜いてしまつた以上、所詮詮ない話でもあれ、藪から棒をゴロウの力技とカヲルといふ飛び道具で無理から固定する最低二つの此岸と彼岸に関しては、顕示的に愛未の立ち位置も投影した、此処ではない何処かへと希望を繋ぐ真凛の姿を通して首の皮一枚、メタとの両面映画的にも救ひを残す。さうなると改めて、対マリカ戦に於けるカヲルの粗雑な用兵が重ね重ね惜しいのは、堂々巡るいはずもがな。

 正反対な二つの過去が正面衝突する終盤の盛り上がりは面白いが、にしても今時下手な玩具よりショボい、転位装置的なガジェットと思しき金属板に二三本毛を生やした程度のプロップは、もう少し―でなく―どうにかならなかつたものか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 「痴漢と覗き 婦人科病棟」(1994/製作:獅子プロダクション/提供:Xces Film/監督:佐藤寿保/脚本:五代響子/撮影:稲吉雅志/照明:小川満/編集:酒井正次/助監督:今岡信治/監督助手:榎本敏郎/撮影助手:村川聡/照明助手:堀直之/スチール:佐藤初太郎/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:石原ゆり・ゐろはに京子・中村京子・今泉浩一・杉本まこと・神戸顕一・小林節彦)。
 頭部を包帯でグルグル巻きにした―その上にスクエアは載せる―小林節彦が、看護婦のゐろはに京子からクスコで乳首を挟まれ責められる。斬新な膣鏡の使用法も兎も角、かといつてミイラが患者といふ訳では必ずしもなく、寧ろ医者。内科と外科に産婦人科専門の「益川クリニック」を開業する益川(小林)が、看護婦は本職看護婦のチヅル(ゐろはに)に嬲られてゐるプレイ。を、まん丸ロイドの看護師・手塚(今泉)が覗く廊下にタイトル・イン。アイコンじみた眼鏡の有無に関らず、特徴しかない声色で男が小林節彦であるのは一目ならぬ一耳瞭然。
 その場を離脱するかと振り返つた手塚は、花束を持参したカズヒコ(杉本)と鉢合はせ。カズヒコが見舞ひに訪れた婦人科病棟、橘奈緒美と篠原希代子の相部屋。子宮筋腫を患ふ希代子(中村)が案外元気にムッシャムシャ果物を食らふ一方、カズヒコの恋人で、単なる胃潰瘍に過ぎないのを癌であるとの思ひ込みを拗らせる、奈緒美(石原)が読み耽つてゐるのが書名を抜かずとも、記憶の片隅に残る装丁でその本と判る『完全自殺マニュアル』(1993)。アシッドな昔日が、微笑ましくか香ばしく偲ばれる。希代子同様、癌ノイローゼを一笑に付すカズヒコに奈緒美は屋上で遺書を渡しがてら、「抱いて」とか思ひのほかど直球に膳を据ゑ青姦をキメる。のも、最早与へられた役割であるかの如く、手塚が覗いてゐたりするいはゆる変らない日常。配役残り、神戸顕一は両腕を骨折してゐるためマスもかけないのを、ナースコールで呼び出したチヅルに抜いて貰ふ仁科顕一、12インチは優にあらう大砲の持ち主。
 お屠蘇気分を、吹き飛ばせ。新年一月四日、みんなのエク動がエッジの効いた年玉を爆裂させた佐藤寿保1994年第二作は、触れる機会を当サイトは十年切望してゐた傍系「痴漢と覗き」、通史的には第十三作。それまでシリーズを独占してゐた本家新田栄の正調「痴漢と覗き」が、第十一作「-盗撮女湯-」(1993/脚本:夏季忍=久須美欽一/主演:児島理乃)で一時休止。北沢幸雄の「-社員女子寮篇-」(1993/脚本:笠原克三/主演:上杉愛奈)と今作「婦人科病棟」、坂本太の「人妻下宿」(1994/脚本:大門通=浅尾政行/主演:小栗景子)に、大御大・小林悟の「女課長の私生活」(1996/脚本:如月吹雪/主演:三代目葵マリー)。エクセス傍系四連撃の、第二弾にあたる。その後は新田栄が獣姦要素も交へた「未亡人と猫」(1996/脚本:岡輝男/主演:秋山ルナ・牡猫『チャチャ』《6才》)で、本家の意地を見せ敢然と再起動。以降量産される愛徳院ものの元祖でも実はある、「尼寺の便所」(2000/脚本:岡輝男/主演:赤坂美月)の二本の間隙を突き、ソープテクニックの報復がエクセスに誤爆。といふ訳でもなからうが、新東宝が看板を強奪した的場ちせ(a.k.a.浜野佐知)の「奥さんのすけべ汁」(1997/脚本:山﨑邦紀/主演:北原梨奈/激越に観るなり見たい未見)が飛び込んで来る。新田栄の正調全十三作中、栄えある記念すべき第一作「ハードペッティング」(1989/脚本:亀井よし子/主演:林葉なほ)を始め、第三作「むき出し下半身」(1990/脚本:池田正一=高竜也/主演:美保由紀)・第四作「下着の奥まで」(1990/脚本:池田正一/主演:秋山美晴)・第五作「《秘》トイレ篇」(1991/脚本:夏季忍/主演:美保由紀)・第六作「露天風呂篇」(1991/脚本:夏季忍/主演:愛川まや)・第七作「《秘》女子更衣室」(1991/脚本:亀井よし子/主演:島津千秋)の六本。前述した浜野佐知を足して計七本、それでもこの期に見るなり観られてゐないが、諦めるつもりも無論毛頭ない、俺はまだ生きてゐる。
 足をM字に開くエロくてエモい産婦人科検診台に、希代子がしかも何故か全裸で乗る進んで底を抜いた大らかさに関してのエクスキューズを、本当に正真正銘全く一切欠片たりとて設けない。幾ら脚本が五代響子とはいへ、佐藤寿保らしい狂気なり猟奇をおくびにも出さず、ひたすらに直線的な実用性に徹する清々しい裸映画。仁科相手に要は浮気した仕置きに、チヅルが益川からおヒップを戯画的に折檻される。どれだけスッ惚けた馬鹿馬鹿しい一幕であれ、画として強靭に固定してのけるゐろはに京子の超絶肢体―但し、改めてよくよく確認してみるに、面相は山科薫似―は中村京子の爆乳をも斥け、石原ゆりのソリッドな可憐にも勝るとも劣らない一撃必殺。今なほ色褪せず輝く、ピンク映画に咲き誇つた永遠の至宝。一応、“万病の治療の原点は性の解放にあり”。ピンサロ病院第一作「ピンサロ病院 ノーパン白衣」(1997/監督:的場ちせ/企画・脚本:福俵満/主演:麻生みゅう)に於ける、山科恒夫院長(平賀勘一)の医療信条に類似するポリシーが、益川になくもない程度の気配は窺はせつつ、無益な方便に、枝葉を賑やかす一手間さへかけるでなく。別に忘れてはゐなかつた性の悦びはさて措き、奈緒美が生の喜びも取り戻しての大団円にかまけ、藪蛇気味な奈緒美の大量吐血はまだしも、凛々しいチヅルの姿に女々しい手塚が弱々しく起動させる恋路、とかいふ娯楽映画上如何にも重要なモチーフを、事もなげに丸きり等閑視して済ます豪快なラストには何気に吃驚した、それは大団円の名に値するのか。要は新田栄みたいな映画だなあ、と思つて見てゐたところ、最後までまるで新田栄であつた最も直系に肉迫した傍系。退勤前で既に白衣は着替へたチヅルが受付にて、リズムも自ら適当に刻んだ上、ラメッラメのボディコンで乱舞する。超合金Zにガンダリウム合金を接ぐ画期的に素頓狂なシークエンスこそが、全ての意味の放棄を宣言したかのやうな、あるいは佐藤寿保が「痴漢との覗き」の魔力に完敗したハイライト。北沢幸雄は、回避してのけたんだけどな。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 「ワイセツ隠し撮り 野外露出」(1990/製作:メディア・トップ/配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:周知安/企画:伊能竜/撮影:稲吉雅志/照明:守田芳彦/編集:酒井正次/助監督:佐野正光/監督助手:西栄作/撮影助手:村川聡/照明助手:柴崎太郎/スチール:津田一郎/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:加賀恵子・南野千夏・しのざきさとみ・川奈忍・久須美欽一・芳田正浩・荒木太郎・戸田狂貞)。脚本の周知安と企画の伊能竜は、それぞれ片岡修二と向井寛の変名。
 薄暗い林にタイトル開巻、間髪入れずクレジット起動。野外で小用を足す加賀恵子に、別に動画を撮影してゐる訳でもないのに、芳田正浩の声が逐一動作が早い云々注文をつける。続けてチリ紙を使ふ斬新なワンマンショーをさせた中途、今度は公衆トイレで南野千夏を多分純然たる盗撮。一応依頼を受けての仕事らしいカメラマンの、下の名前が渉と来た日には、苗字は轟にさうゐない轟渉(吉田)が女子手洗から南野千夏に遅れて出て来たところを、警邏中の巡査で今度は苗字が園山と来ると、下の名前はまづ高志の園山高志(久須美)が発見。実は二十年来のカメコである園山に、フラッシュを焚かずとも撮れる赤外線フィルムまで見抜かれた渉はその場でネガを感光。一旦放免される一方、園山は夢の職業であつた職業写真家の渉に、渉も渉で手堅い公務員かつ社会正義を守る警察官の園山に対し、双方憧憬の念を懐く。
 配役残り、津田スタに帰宅した園山を迎へるしのざきさとみが、妻の明子。明子が下着ドロの被害に遭ふ友人の相談を園山に持ちかける、矢張りあるいは堂々と、使ひ回す津田スタに暮らす川奈忍が明子の友達・江藤倫子。倫子に関しては江藤も、久須りんの口から明示される。荒木太郎は明子と戸建に同居してゐる―ついでに仕事は普通のサラリーマン―にしては、“恋人”と称される謎氏。非番の園山が江藤家に張り込んだ昼下がり、髭と頓珍漢なツーブロックに、アグレッシブに掴み処のない造形がおかしな―大体全部ぢやねえか―荒木太郎が急に帰宅しての、ありがちな間男サスペンスが木に竹を接ぐ一幕かと思ひきや、案外さうでもなかつた。総勢多分四組の青姦をパンで繋ぐ、不明であつた視点の主が隠れ撮りしてゐた園山、とかいふ無体な件。定石からいふと演出部の、競艇を捩つた変名と思しき戸田狂貞は、南野千夏を介錯する男優部。満足に抜かれるカットが存在しない以前に、抜いて呉れたところで佐野正光と西栄作の面相を知らない。
 何気にでもなく重大な疑問が、劇中固有名詞も呼称されないとはいへとりあへず渉の彼女ではある加賀恵子はまだしも、南野千夏は台詞すら限りなく与へられない単なる盗撮要員。そんな二人が上位に座るビリングに、ちぐはぐさは否み難い深町章1990年第五作。もつと沢山ありさうな気がしてゐたものの、ちやんと数へてみるとex.DMMの中に未見の深町章は、今作入れて二本しか残つてゐなかつた。
 荒木彼氏との情事を、押入れに押し込んだ園山に見られた倫子が、対明子の口止めに思ひついた奇策が“同じ秘密”。さうはいへマスをかゝせるのもどうかゆゑの、「アタシとしませう」とかいふ神々しい方便には、強引な論理の清々しさに拍手喝采した。底が抜けてゐる?川奈忍の濡れ場をもうひとつ増やす、更なる大事に遮二無二向かはんとする果敢な営為と、それを如何に形成すかに心砕いた、苦し紛れの閃きとに賛意を表するべきだ。その最中、何故かロボットアニメに於ける合体シークエンス風の、金属的な音効とともにファインダーが障子を突破。性懲りもなくその模様を盗み撮らうとした、渉と園山が再会を果たす展開も冴えてゐた、そこまでは。勿体ぶるだけの物語もない、といふか起承転結の結を半ば以上だか以下に放棄したかのやうな体たらくにつき、截然とバレてのけるがさんざ自身の職について執拗に“聖職”を連呼してゐた癖に、先にも触れた通りシレッと園山がスニークに開眼、木乃伊取りが木乃伊にもほどがある。園山が情事を盗撮してゐた加賀恵子の、お相手がしかも写真を捨て警察官になつた渉。ありがちな奇縁に園山が久須美欽一十八番の口跡であげた、「ありやあ!?」の声で渉に覗きを察知されながら、結局渉は男が園山であるのに器用か頑なに気づかないまゝ、適当に追ひ駆けつこして終るラストは画竜点睛を激越に欠く。最終的には詰めの甘さが玉に瑕通り越して致命傷の、漫然とした一作ではある。

 最後に、いはずもがなに触れておくと。特徴ある上の句を共有してゐるからといつて、1993年第三作「ワイセツ隠し撮り 夫婦の寝室」(脚本:瀬々敬久/主演:岸加奈子)と今作は、隠し撮る目的が裏ビデオとエロ写真から根本的に違うやうに、全くも何も、二作がある意味見事に掠りもしない。下手な弾を撃ち倒すのを宗とする、量産型娯楽映画の世界。一歩間違ふと関係者さへ日々の作業に追はれるうちに、気づいてゐなかつたりするのではなからうか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 「名器乱舞 欲情の下半身」(2020/制作:《有》大敬オフィス/提供:オーピー映画/音楽・脚本・監督:清水大敬/撮影・照明:大久保礼司/照明:ジョニー行方/録音:夕梨/ポスター:中江大助/撮影助手:菅田貴弘/助監督:郡司博史/車両部:山梨太郎/仕上げ:東映ラボ・テック㈱/出演:黒川さりな・桃香りり・松緯理湖・長谷川千紗・里見瑤子・大山魔子・森羅万象・野村貴浩・安藤ヒロキオ・銀次郎・フランキー岡村・野間清史・佐々木狂介・川上貴史・郡司博史・末田スエ子・中野剣友会・海空花)。出演者中、郡司博史と末田スエ子は本篇クレジットのみ。主演女優が最後に来るビリングも、本篇ママ。改めて目を向けると編集をスッ飛ばしてのけるクレジットが、何気に大胆ではある。
 全身紐のパンはおろか紐ボディスーツ、だなどと文字通り包み隠さず、最早見せる目的しかない出で立ちの海空花が、御々尻も御々オッパイも惜し気なく放り出しつつのダンスを一頻り披露した上でタイトル・イン。一欠片の脈略もなく、只々ひたすらにひたすらに、主演女優のダンスと裸を見せるためだけのアバンが真綿色したシクラメンよりも清しい。
 “乱舞”以外特段意味のない、ニュートラルな公開題を明けると「萬芸能事務所」であつた。社長の萬万作(フランキー)が誕生日余興のドッキリ―セクシャル―ダンスの用命を受けたタイミングで、所属タレントの山口裕子(海空)が手渡しのギャラを受け取りに現れる。萬から脊髄で折り返す速さで振られた踊り仕事のオファーを、裕子も水が低きに流れる勢ひで快諾。夢がL.A.ダンス留学なり、その資金稼ぎの倉庫アルバイトといつた裕子の外堀を会話を通して懇切丁寧に開陳。裕子が辞したのち、萬が内縁の妻・殿岡初枝(松緯)と夫婦生活をフルスイングするのが本格的な初戦。一方、「カサブランカ探偵事務所」。いや、ツッコんだら負けなのは判つてゐる、判つてはゐるけれど。観る者見るものに無用のジレンマを強ひる、清水大敬のプリミティブな映画愛についてはこの際さて措き、劇中その他の面子は別に見当たらないカサ探所長の鳳亜里沙(長谷川)に、上村美由紀(里見)が退職後自宅に持ち帰つてゐた経理帳簿を冷蔵庫下に隠したまゝ、風呂場から姿を消した夫・武男(銀次郎)捜しを依頼する。またあちこち面倒臭い案件だなあ、といふのも際限がなくなるゆゑさて措き、後々の遣り取りで武男は経理士とされるものの、あのさ、そこは公認会計士だよね。経理士制度が完全に廃止されたのなんて昭和も昭和のクッソ昭和、半世紀以上昔の昭和42年だぞ、時代劇か。
 配役残り、大山魔子は裕子が働く倉庫の社長・梅若千代菊。一ヶ月後には取り壊すの一点張りで、業務終了後の倉庫を何にでも貸して呉れる豪快か適当な女丈夫。ただ一言釘を刺しておくと、裕子がホットパンツなのは兎も角、御宅の倉庫は従業員にヘルメットと安靴を貸与しないのか。といふか幾ら常温倉庫とはいへ、ホットパンツも“兎も角”ぢやねえだろ。閑話、休題。鮫島とその役名をパチ風に画面一杯大書する駄演出に続いて飛び込んで来る森羅万象が、鮫島工業あるいは興業の会長・鮫島権蔵。黒川さりなが鮫島の秘書的ポジションにあると思しき朱雀で、川上貴史は常時親分の御側に付き従ふ三柴理似の強面。別室にて武男をビッシビシ責める、左足の不自由な安藤ヒロキオが鮫島の息子・ジョージ。桃香りりと郡司博史に末田スエ子は、武男の部下でジョージに犯されたショックで廃人になつた舞悦子と、悦子が収容される施設の医師と看護師。野村貴浩は裕子の洋弓と剣術の師匠にして、男女の仲にもある森田、矢鱈と凄い豪邸に住んでゐる。あと初めて気づいたのが、この人何時歯を治した?野間清史と佐々木狂介(ex.佐々木共輔/a.k.a.佐々木恭輔)は、最終的な死因が地味に不明な千代菊の亡夫と、ジョージと二人がかりで野間清史を半分どころか全殺ししかけた、武男拉致の実行犯でもある鮫島部。二人で野間清史をシメる場に介入した森田が、得物―肉切り包丁―を抜いたジョージの足首をヘシ折つた因縁。凶悪犯罪に等しい前作「おねだり、たちまち、どスケベ三昧」(2019/S級戦犯:中村京子/A級戦犯:三橋理絵)から更に一人減つた中野剣友会は、大立ち回りを賑やかす鮫島部。今回ディレクションに専念したのか、平素なら定位置の座をフランキー岡村に譲つた清水大敬が、俳優部的には内トラ程度にも見切れず。
 神を宿す細部を忘れてゐた、鮫島邸が、御馴染白亜のプールつき豪邸、過去形かも。新作がミサトを使ふのも何時以来だろ、と気になり調べてみると。浜野佐知の現状最新兼の最終作、自身四本目となるデジエク第八弾「黒い過去帳 私を責めないで」(2017/原案:山﨑邦紀/脚本:浜野佐知/主演:卯水咲流)まで遡る実に三年ぶりとなる、清水大敬2020年第一作。
 何せ前回の出来が大概もしくは壮絶につき、薄氷を踏む思ひで恐々小屋の敷居を跨いだものである。さうしたところ―多分―大好きな海空花をヒロインに戻したのが功を奏したか、結論からいふと清大大復調。そもそも冒頭のドッキリダンスが、倅のバースデイを祝ふ鮫島の意を酌んだ朱雀の依頼。案外よく考へられてあるのかも知れない顛末で裕子に鮫島家と関りを持たせると、梅若夫婦も消極的な当事者たる、森田とジョージの遺恨は正直無理気味。ジョージの誕生日当日、即ち裕子が鮫島邸内にゐる同じ時間に、偶々、あくまで偶ッ々亜里沙も潜入してゐたりする、のはありがちな偶然。兎にも角にも役者を揃へ、最終的には遮二無二倉庫での大乱闘に雪崩れ込む、限りなく自動的なジェネレータじみたドラマツルギー。正直手に余らう頭数の多さはイントロで既に渋滞傾向、の火に油を注ぎ、フラ岡と松緯理湖(面倒臭い改名をしたex.松井理子)による妙に尺を喰ふ新ならぬ珍喜劇が、逆の意味で見事にピクリともクスリとも面白くない。凡そ素面の劇映画として取り扱はうとする分には爆風感覚の逆風ばかり吹き荒ぶ中、漢清水大敬が展開した正面戦が、寸暇を惜しんで捻ぢ込む、何れも高い煽情性を轟かせる濡れ場の連打。恐らく追求なり精進しようとも端から考へてはゐまい、平然とブツ切りで体位移動を事済ます、繋ぎの雑さに関してはこの際目を瞑つてしまへ。とりわけ強靭に輝くのが、鮫島のゐぬ間に、ジョージが朱雀に対し確信犯的にいはゆる親子丼を求める件。ミサトの吹き抜けも利しての、大敬オフィスにしてはらしからぬかかつてなく様々な角度から意欲的に絡みを狙ひながら、かつ如何なる画角にあつても的確に乳尻でヌき続ける、もとい的確に乳尻を抜き続けるフルコンタクトな撮影が出色。後ろから突かれ悩ましく躍る、黒川さりなのオッパイが狂ほしいほどにエクストリーム。あれやこれや、といふかあれもこれもの疑問やツッコミ処をも、連べ撃つ女の裸で有無もいはさず捩ぢ伏せる。攻撃は最大の防御なりを、地で行く超攻撃的裸映画。狭義の絡みに止(とど)まらず、地を這ひ女の股間に肉薄するローアングルが隙あらば火を噴くのも、近年の大敬オフィス作に於ける十分強力な副兵装。ちなみに仰角の暴力を免れるのは僅かに里見瑤子のみで、脱ぐのは実質三番手に限りなく近い、四番手の松緯理湖まで。寧ろ暫しの大乱闘で一時色気の沈滞する、クライマックスの失速さへ否めなくもない。面白い面白くない、物語だテーマだ技法だ、さういふ話は、余所行つてやつて呉れないかな。黙つて女の裸を浴びろ、能書垂れてないで勃てろ、棹を勃てろ!そんな清水大敬の腹から震へる馬鹿声が聞こえて来たのは、幻聴にさうゐない、病院行け。親を殺されても傑作とはいへないにせよ、ケッサクなのが二番手第一戦の導入。それまで元気であつた鮫島が出し抜けに卒倒するのが、オッパイの禁断症状とか清水大敬の天才を錯覚するほかない、結局錯覚かよ。

 所詮といつては何だが、細かな難癖をつける類の代物でもないとはいへ、一点疑問を覚えたのが鮫島一派を壊滅させる懲悪以外に、勧める善も特に存在しない小粒の大団円。憐れ終ぞ回復することなく、悦子が壊れたまゝ仕舞ひなのは底抜けに陽性のバーゲン大特価娯楽映画をなほ一円安くする、不用意に残された翳りであつたのではなからうか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 「夜這ひ どてさがし」(昭和54/製作:ユニバース・プロ/監督:稲尾実/脚本:山本晋也/企画・製作:向井寛城/撮影:志賀葉一/照明:斉藤正明/音楽:芥川たかし/編集:田中修/録音:FOスタジオ/助監督:滝田洋二郎/監督助手:花堂純次/撮影助手:石渡均・蔵之下和文/照明助手:水本俊一郎/現像:東映化学/製作主任:大井たけし/スチール:津田一郎/出演:川口朱里・深沢ゆみ・滝沢秋弘・長友達也・北沢ゆき・沢木みみ・江木あき子・花田秀男・西村あきら・中島実・森田雄二郎・久保新二)。出演者中、深沢ゆみと北沢ゆきに沢木みみが、ポスターにはそれぞれ深沢ユミと北沢ユキに沢木ミミ。花田秀男から、森田雄二郎までは本篇クレジットのみ。監督の稲尾実はex.稲尾実で深町章、製作の向井寛城は向井寛の変名。現在進行形で名義を併用する、撮影の志賀葉一はa.k.a.清水正二。クレジットがスッ飛ばす配給に関しては、事実上“提供:Xces Film”。
 チャンコチャンコ猥歌を歌ひながら、夜這ひを仕掛ける二人の男の影にタイトル・イン。二人が野原を駆ける、疾走感のあるタイトルバック。男二人は夜這ひ名人を称へられる通称ギョロ松(滝沢)と、弟子筋の新田仙吉(長友)。仙吉が忍び込んだのは幼馴染で、相思相愛のおゆき(深沢)宅。さつさと祝言挙げればいゝのに、といふのは他人の勝手なツッコミ。兎も角駆け落ちの約束を交しつつ、母親(多分江木あき子)の介入を受ける。一方、天狗の面を模した鈴を、左右に提げた玉で鳴らす。即ち鼻を棹に見立て金玉まで完備した、画期的に気の利いた小物―適当に復刻して上野で売ればいゝのに―をお守りに、ギョロ松は後家・おたね(沢木)の寝床に侵入。何れの絡みも徒に画を狙ひすぎて、乳尻が遠いもどかしさは否み難い。仙吉とおゆきが待ち合はせた、明神様の裏。故郷を捨てる覚悟で、親の墓に参つてゐた仙吉が遅れる隙に再び母親に強奪されたおゆきは、借金の形に庄屋のドラ息子・好太郎(久保)に嫁がされる。
 配役残り、花田秀男以下四名はほかにこれといつた役も見当たらないゆゑ、恐らく花嫁行列と葬列要員。行列の先頭と葬列のしんがりの、津田一郎が僅かに識別可能。森田雄二郎といふのは如何にも滝田洋二郎の変名臭いものの、当サイトの節穴には視認不能。川口朱里はギョロ松・仙吉と大体行動をともにする、矢張り幼馴染の仙吉に、片方向の想ひを寄せるおよね。北沢ゆきは小料理屋の女将兼、この人に夜這ひをかけた男達が、ことごとく腹の上で死んでゐるブルータルな魔性の後家・おさね。
 うつかりすると“懐かしの新東宝「昭和のピンク映画」シリーズ!”と勘違ひしかねない、稲尾実昭和54年第一作。それらしき時期のjmdbをランダムに踏んでみたところ、深町章が稲尾実時代には相当数の買取系を撮つてゐるぽい。素材が残るものに関しては、今後思ひだすかのやうに小屋と配信の如何を問はず、市場に放り込んで貰へると大変有難い。
 悲恋をも打ち消す性風俗の横行する、大らかな山間の集落を舞台とした田舎ポルノ。さうは、いへ。前述したが兎に角穿つた画角で狙つたカットが多く、女優部を四枚並べた上で息を吐くやうに夜這ひが展開される傍ら、重ねて好太郎は情婦のおたねと励むにも関らず、裸映画的な満足度は決して高くないといふか、真直ぐ撮らんかといふフラストレーションが寧ろ強い。物語的にも、仙吉とおゆきが終ぞ結ばれ得ないまゝ、およねにカッ浚はられる形で所帯を持つたところで夜這ひといふ逃げ道が初めから開通してゐる以上、メロドラマの梯子も外された格好。尤も乱打されるカッコいゝロングの力も借り、断片的か散発的なエモーションなら枝葉を繁らせるには十二分。仲良く遊ぶせんきちとおゆきを、口を尖らせたおよねが寂し気か恨めし気の遠目に見やる、在りし日を示すセピア色の回想は琴線をフルコンタクト。男なら、危険を顧みず、腹上死すると判つてゐても夜這ひしなければならない時がある。とこそいはないにせよ、「おめこに命を賭けるのが夜這ひの奥義」と、ニカッと笑つておたねの家に赴くギョロ松こと滝沢秋弘が途方もなく男前。偶々降つてゐたからそれ行けと撮つたのかも知れないが、壮絶な戦死を遂げたギョロ松が仙吉と対峙する、此岸と彼岸の境界を模したであらう雪原のイメージも凄まじい。さういふ物言ひ、あまり好むところではないのだが現代ピンクで、これだけの画撮れる人ゐる?あるいは撮れるなら撮つて。腰を据ゑて女の裸を捉へることに関しては、昨今の方がグルッと一周して誠実かしらんとも思ふけれど。濡れ場に垂涎するといふよりも、劇映画が普通に面白い方が勝る一作。ついでで爆発的に可笑しいのが、車の進行方向に誰かゐると、とりあへず突つ込んでみる久保チンの破天荒なドライビング(笑


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 令和4年映画鑑賞本数:85本 一般映画:27 ピンク:49 再見作:9 杉本ナンバー:5 ミサトナンバー: 花宴ナンバー: 水上荘ナンバー:

 再見作に関しては一年毎にリセットしてゐる。そのため、たとへば三年前に観たピンクを旧作改題で観た場合、再見作にはカウントしない。あくまでその一年間の中で、二度以上観た映画の本数、あるいは回数である。二度観た映画が八本で三度観た映画が一本ある場合、その年の再見作は10本となる。それと一々別立てするのも煩はしいので、ロマポも一緒くたにしてある。

 因みに“杉本ナンバー”とは、杉本まこと(現:なかみつせいじ)出演作の本数である。改めてなかみつせいじの芸名の変遷に関しては、昭和62に中満誠治名義(本名)でデビュー。1990年に杉本まことに改名、2000年更に、現在のなかみつせいじに改名してゐる。改名後も、旧芸名をランダムに使用する例もある。ピンク畑にはかういふことを好む(?)傾向がまゝあるゆゑ、なかなか一筋縄には行かないところでもある。
 加へて、戯れにカウントする“ミサトナンバー”とはいふまでもなく、ピンク映画で御馴染みプールのある白亜の洋館、撮影をミサトスタジオで行つてゐる新旧問はずピンクの本数である。もしもミサトで撮影してゐる一般映画にお目にかゝれば、当然に加算する。
 同様に“花宴ナンバー”は主に小川(欽也)組や深町(章)組の映画に頻出する、伊豆のペンション「花宴」が、“水上荘ナンバー”は御馴染み「水上荘」が、劇中に登場する映画の本数である。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )