「黒い下着の女」(昭和57/製作・配給:株式会社にっかつ/監督:斉藤信幸/脚本:いどあきお/プロデューサー:細越省吾《N・C・P》/企画:成田尚哉/撮影:山崎善弘/照明:田島武志/録音:伊藤晴康/美術:渡辺平八郎/編集:井上治/助監督:児玉高志/色彩計測:高瀬比呂志/選曲:佐藤富士男/現像:東洋現像所/製作進行:香西靖仁/挿入歌:『ストーリー』唄・石黒ケイ《キティ・レコード》/出演:倉吉朝子・山口千枝・佐竹一男・錆堂連・上野淳・草薙良一・高瀬将嗣・伊澤勉・斉藤淳一・横尾稔・三上勝司・小川亜佐美・吉川遊土/技斗:高瀬将嗣)。技斗の正確な位置は、三上勝司と小川亜佐美の間に入る。配給に関しては、事実上“提供:Xces Film”か。
瀬々の雷魚(1997/井土紀州と共同脚本/主演:佐倉萌)もいいけれど、カッコいゝ映画、本物のニューシネマの元祖斉藤信幸版を忘れて貰つちや困るんだぜ。現在でもなほ同趣向の映画が数撮られてはゐるものの、滅多に成功しない本物のニューシネマ。goo映画のページに紹介されてあるあらすじが、“ストーリーの結末が記載されてゐますのでご注意ください”―原文は珍かな―とわざわざ謳ひながら内容が出鱈目につき、こゝで例によつて活字再映を試みる。
国鉄時代のさびれた駅表、女と男がぼんやり腰を下ろしてゐる。女の煙草―推定ショートピース。両切りでしんせいよりは細く、バットよりは太い―の灰が落ちさうになると、男はまるで押し戴くかのやうに両手で受ける。やつてしまはうたな、といふ男の言葉に、女が応へる。さうや、やつてしまはうたんや。何やつたかて、最後には死んだらえゝんや。
女事務員の吉崎麻美(倉吉)は勤める組合の金五百万を横領し、恋人で予備校生の塩見マモル(上野)と東京に逃げる。二人はマモルの友人・安本肇(伊澤)のアパートに転がり込む、マモルは、安本に麻美を抱かせると約束する。腹を空かした麻美はマモルとラーメンを食べに行く、店員の宮尾トキ子(山口)とマモルがイチャつくのを見た、麻美はキレる。麻美は、女の扱ひもまゝならぬ安本と寝る。傍らで、マモルはヘッドホンをして膝を抱へ座つてゐる。事を終へ、麻美がマモルのヘッドホンを外してみると、ジャックが繋がつてはゐなかつた。麻美に誘はれ、三人でひとつの布団に包まる。
麻美は出鱈目な履歴をあつらへ、スナックでホステスを始める。店に、市役所職員の蟹江浩三(錆堂)と姿を消した妻の公子(小川)を、百姓の合間に九州から探しに来た須藤勝次(佐竹)が現れる。麻美は常連客(草薙)と寝る。数日家を空けた麻美に業を煮やし、マモルは安本のアパートを出て行く。麻美とマモルの事件が新聞に載り、麻美は使はれた写真に腹を立てる。麻美は、再び抱かせるのと引き換へに、安本からマモルの居場所を聞き出す。麻美は、新聞を見たママ(吉川)からスナックを馘になる。麻美は嘯(うそぶ)く、いゝのよ、ママ。ウチ、子供の頃から捨てられることには慣れてんねや。
カット変り、山の手の造成中の住宅地。ガードレールの外側に、ダラリと手足を投げ出し麻美が座り込んでゐる。流れる主題歌、波打ち際に打ち寄せられるストーリーを、ひとつひとつ拾ひ上げる人もなく。そんな歌詞のメロウな、ニューミュージックに片足を突つ込みかけた歌謡曲。カメラがグーッと引く、向かう側の車からズームで撮つてゐるのかと思ふと、続いて視点が、とんでもない高さにまで上昇して行く。空撮か!?出だしが制止してゐる点を見るにヘリコプターか、かういふ辺りはロマンポルノならではの普請である。このショット、残念ながらピンク映画には到底真似出来ない。
マモルが転がり込んでゐたトキ子の下に麻美が乗り込み、最終的には三人で乱痴気騒ぎを繰り広げる。麻美は須藤と寝る、聞くと公子も、麻美と同じく後背位の好きな女だつた。麻美が荷物を取りに安本のアパートに戻ると、一人の女が外置きの洗濯機を回してゐた、女は公子だつた。麻美は、公子にカマをかける。麻美が街を歩いてゐると、写真片手に誰彼構はず公子のことを尋ねて回る須藤が。麻美は悪巧む、須藤と、麻美のためなら何でもするといふ安本とを、戯れに争はせる。麻美は又別の男とホテルで寝る。風呂から出ると、テレビで公子が蟹江と心中したニュースを伝へてゐた。アパートに乗り込み、第一発見者となつてしまつた須藤が、記者に囲まれ呆然と座り込む。麻美はアパートまで見に行く、マモルもトキ子と野次馬に混ざり来てゐた。トキ子はマモルの腕をしつかと抱き―こゝの山口千枝がもうどうしやうもなく可愛いんだ >知らんがな―マモルは渡さない、と突つ撥ねる。泥棒、横領犯人、訴へてやる、死刑になればいゝ、トキ子は麻美を詰る。日本の刑法では、何兆円くすねたところで横領罪で死刑にはなりはしないのだが。麻美は上等だ、死んでやるよとドブ川に飛び込む。マモルも、麻美を追ひ飛び込む。
オンボロのライトバンが高速道路を走る、運転するのはマモル、助手席には麻美、車は盗んだ物だつた。ダッシュボードの中には、片方レンズの外れたサングラスとモデルガン。車は北へ、二人は雪化粧に彩られた遊園地で遊ぶ。コーヒーを飲んでゐると、男児の宮前一郎(斉藤)が近づいて来る。親元に戻るのを拒む一郎を、麻美とマモルは連れて行つてみる。麻美は一郎を誘拐した体で、身代金をせしめることを思ひつく。一方マモルは、麻美を追ひドブ川に飛び込んだ際に、悪い風邪を引いてしまつてゐた。マモルの状態は殊のほか悪く、一旦ホテルにしけ込む。麻美は一郎の親に脅迫電話を入れる。麻美とマモルと一郎で、三人で裸になり回転ベットで寝る。三人で再び出発する、麻美は身代金を手に入れると、マモルと二人で一郎を育てようと提案する。公衆電話から、麻美は二度目の脅迫電話を入れる。マモルの具合はますます悪くなる、川の中に突き立つたコンクリート杭の上に、風呂敷に包まれた身代金は置かれてゐた。麻美は風呂敷包みを手に入れる、マモルは車も運転出来ないくらゐに弱つてゐた、麻美は運転を代る。
バイパスを抜け、誘導の矢印に従ひバンは走る。矢印に沿つて行くと、何故かバンは埋め立て中の造成地へ、行き止まりだ。バンは桟橋の突き当たりに追ひ詰められる、先は海、もう何処にも進めない。矢印は、バンを行き止まりに追ひ込むべく、官憲の配置したものであつた。スローモーションで警察官が矢印を外し、パトカーが走り込んで来る。バンの車中、三人でビン牛乳と、菓子パンを食べる。麻美はアンパン。一郎はチョココロネ。マモルにはクリームコロネだつたが、最早それを口にすることすら出来なかつた。麻美が咥へた煙草(多分セブンスター)の、灰が落ちさうになる。条件反射のやうに、牛乳瓶を手から落とし灰を右手で受けたマモルは、そのまゝ絶命する。麻美は金を持つて家に帰るやういふが、一郎は拒む。麻美は無理矢理一郎と車を降り、桟橋を岸に向かつて歩く。目を閉ぢなくてもいゝの?一郎が訊ねる。マモルは片方レンズの外れたサングラスをかけ、目を開けたまゝ息絶えてゐた。麻美が慌ててバンに走り戻らうとすると、そこに銃声。警官隊に撃ち抜かれ、麻美の細身の体が翻る。麻美も死ぬ、桟橋を警官が一郎を保護しようと走り寄るロングがラスト・ショット。
行きつ逸れたダメ人間クズ人間ゴミ人間が、フラフラと徒に生き急ぎ、モタモタと戯れに求め合ひ、そしてゴミクズのやうに呆気なく死んで行く。正しく、正しきニューシネマ。さういふ物語に一体何の意味があるのか、と問はれるならば俄には回答に窮するが、かういふ映画は一部の人間にとつては堪らなくエモーショナルなものであるのも、又動かし難い事実であらう。考へてみれば、それでも一昔前には、この手の映画が何故か競ふやうに数撮られてゐたやうに思へる。現在でも、同じエモーションを志向か嗜好した映画にしばしば出会ふ。も、中々どうして、それに成功してゐる例に出会ふのは稀である。成功の要因も、失敗の元凶もそれぞれに固有の理由があらうから、中々一言でそれぞれの正否に一般論の線を引けはしないが、ともあれ、今作は中々に容易くはない、エモーションの前髪を捕まへることに見事成功したカッコいゝ映画である、紛ふことなき傑作である。
jmdb先生に改めて訊いてみたところ、「黒い下着の女」はロマンポルノと雷魚との間に、更に北沢幸雄のピンク映画(昭和60)があるやうだ。これも激越に観ておきたいが、ミリオンか、ネガすら残つてゐないかも知れないな。
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