真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「痴漢電車 あと奥まで1cm」(昭和60/製作・配給:新東宝映画/監督:滝田洋二郎/脚本:片岡修二/撮影:志賀葉一/照明:森久保雪一/編集:酒井正次/出演:真堂ありさ・彰佳響子・橘美枝子・螢雪次郎・ルパン鈴木)。出演者中、螢雪次郎がVHSジャケには蛍雪次郎、最早どうでもいいけど。
 カーブを曲がる電車にピントがおぼろげに合つて、ビデオ題「痴漢電車 盗み撮り上から下から」でのタイトル・イン。俳優部は五人で打ち止め、スタッフも滝田洋二郎と志賀葉一(a.k.a.清水正二)のみの、凄惨なビデオ版クレジットに絶望する。この期にいふても詮ない話でしかなからうが、かういふのホント勘弁して欲しい。電車の車内、谷岡ヤスジの大著『ギャグトピア』を刳り貫きカメラを仕込んだ、詰襟の螢雪次朗がスカートの中を盗撮して回る。セーラー服の真堂ありさには痴漢するのが、在りし日の回想なのかはたまたさうでない別の何某かなのか。一欠片のディスクリプションもなく、何気に開巻から清々しく煙に巻いてのける。
 NHKの建物を一拍挿んで、各々車に向かふ、中森明菜と近藤真彦を模してゐる節ならば酌めなくもないものの、似てゐる訳でも一切全く全ッ然ないともに苗字不詳の明菜(橘)と真彦(高野則彦?)に、芸能記者の皆さんが群がる。明菜・真彦と三人で抜かれる、明菜のマネージャーは不明。真彦と明菜が逢瀬の約束を交す自動車電話を、写真週刊誌『ファーカス』誌記者の浅井慎平、もとい深井新兵(螢)が大雑把にもガンマイクで盗聴。真彦が森の偽名で取つたロイヤルホテルに忍び込んだ深井は、事後仲良くか上手いこと股をだらしなく開いた、二人の写真を素破抜く。
 配役残り、「何だこれは!」の第一声で勢ひよく飛び込んで来る外波山文明は、『ファーカス』と鎬を削る『フレイデー』誌の編集長。真堂ありさが、スクープの火種を嗅ぎつけられないのなら、作ればいゝと華麗に開き直る江藤倫子。深町章と片岡修二の映画以外で、江藤倫子を見るのは初めて。編集部にはほかに周知安(a.k.a.片岡修二)と若き日の渡辺元嗣に、倫子の―直後に後述する―満潮攻略戦に同行するカメラマン(も不明)が賑やかす。螢雪次朗の盟友・ルパン鈴木は、大体林家三平(当然初代)的な人気落語家・珍宝亭満潮、弟子の小満は矢張り不明。池島ゆたかは、国会にプライバシー侵害問題対策委員会の設置を提案する、民自党代議士・辛沢彦左衛門。多分、この人にモデルは特にゐないぽい。辛沢邸の門番をする際は銃を携行する、秘書は笠松夢路(a.k.a.笠井雅裕)、治外法権か。彰佳響子は邪魔臭いパパラッチを抑え込むべく、辛沢に金と体で陳情する芸能プロダクションの人。
 滝田洋二郎昭和60年第五作は、計十一本撮つた痴漢電車の最終作。最初の「痴漢電車 もつと続けて」(昭和57)から、九作連続で高木功が脚本を担当。但し「黒田一平シリーズ」第一作の「痴漢電車 ルミ子のお尻」(昭和58)と、痴漢電車二作前「痴漢電車 聖子のお尻」(昭和60/主演:竹村祐佳)は片岡修二との共同脚本。痴漢電車前作の「痴漢電車 車内で一発」(同/主演:星野マリ)と今作が、片岡修二の脚本となつてゐる。
 ライバル同士互ひに一目置く浅井と倫子が、犯罪行為どころか肉弾の捏造をも駆使して醜聞砲を撃ち合ふ一騒動。マッチと明菜に、死後五年経つとはいへ三平ともなると、当時的にはそれだけで今となつてはとうに失して久しい、鮮度を有してゐたのかも知れないにせよ。脚本が高木功でなく片岡修二につき、名物の案外本格推理トリックを展開するでなく、倫子の遣り口は、要は色仕掛けの一点張り。滝田滝田とワーキャー騒ぐほどには平板な印象も否めず、寧ろあの手この手で笠松夢路を突破しようとする、辛沢邸正門攻防戦のいはば繋ぎのネタに、流石の地力が窺へもする。何より、もしくは兎にも角にも。どうしやうもなく頂けないのは、有名人がおいそれと在来線になんぞ乗りはしない以上、最初と最後に正しく取つてつけるばかりで、物語本体に掠りもしない痴漢電車。冠のためだけの電車痴漢に、わざわざ豪快な実車輌ゲリラ撮影なんてやめてしまへ。一手間伏線をさりげなく蒔いてゐたりもする、ミイラ取りがミイラになる、のを通り越してミイラにされるオチはそれなりに効きつつ、やり貝を持ち出すぞんざいなオーラスが、改めて癪に障る。単なる面白くない詰まらないから、更に一歩後退した一作である。

 付記< 地元駅前ロマンに来たのをこれ幸ひと、クレジットを一回観た限りで洗ひ直して来た 「痴漢電車 あと奥まで1cm」(昭和60/製作・配給:新東宝映画/監督:滝田洋二郎/脚本:片岡修二/製作:伊能龍/撮影:志賀葉一/照明:森久保雪一/編集:酒井正次/助監督:笠井雅裕/監督助手:上野勝仁/撮影助手:片山浩/照明助手:藤井稔恭/現像:東映化学/録音:銀座サウンド/出演:真堂ありさ・彰佳響子・山本恵美・橘美枝子・池島ゆたか・ルパン鈴木、他二名・外波山文明・螢雪次郎)製作の竜でなく伊能龍は、本篇クレジットまゝ


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 「迷ひ猫」(1998/製作:国映株式会社/配給:国映株式会社・新東宝映画株式会社/監督:サトウトシキ/脚本:小林政広/企画:森田一人・朝倉大介/プロデューサー:衣川仲人・福原彰/音楽:山田勲生/撮影:広中康人/照明:高田賢/編集:金子尚樹《フィルム・クラフト》/助監督:坂本礼/録音:シネキャビン/監督助手:女池充・柿沼竹生/撮影助手:長谷川裕/照明助手:瀬野英昭・守利賢一/タイトル:道川昭/タイミング:松本末男/制作応援:岩田治樹・広瀬寛巳・大西裕/現像:東映化学/協力:今岡信治・田尻裕司・徳永恵美子・榎本敏郎・柳内孝一・村木仁・久万真路・佐生俊英・《株》三和映材社・《有》不二技術研究所・アウトキャストプロデュース/出演:長曽我部蓉子・本多菊雄・寺十吾・白鳥さき・藤沢みずえ・鮎原啓一・上野俊哉・勝山茂雄・鎌田義孝・石川二郎・平泉成)。
 煙草を吹かしながら周囲の様子を軽く窺ふ、長曽我部蓉子のアップ。左手人差し指と中指の、根元に挟んだ煙草は最初フレーム内に入らず、薬指には結婚指輪が。要は客を求めて街頭に立つ桂子(長曽我部)に、遠目の一見佐藤寿保似の男(鮎原啓一?)が接触を図りかけるも、お気に召さなかつたらしく無視される。深夜の往来から、一転白昼の喫茶店。結構有名なロケ先らしい「ブラジリエ」(2009年ビルごと解体/西新宿)に、後述する一般公開を最初から目してゐた所以か、平泉成が飛び込んで来る。「何時頃から街角に立つやうになつたんですか?」、記者(平泉)が桂子にインタビュー。質問に対し桂子が覚束ない答へしか返さない中、「迷ひ猫」だけのタイトル・イン。少し話を戻して、桂子が捨てた吸殻、フィルターが随分短いのだけれど、ショッポでも吸つてゐたのか。
 配役残り、薔薇族込みでピンク第五戦の寺十吾が、桂子の夫で夜勤の仕事を始めた立夫。家と車と子供の夢が潰へたと桂子が黄昏る、ところのこゝろが判然としない。確かに目下は団地住まひにせよ、家と子供に関しては行間が埋められず、立夫を金属バットで撲殺した桂子が、衝動的に辿り着いた海まで、運転してゐた車のオーナーはそもそも誰なんだ。本多菊雄は、立ちんぼを始めた桂子を、ショバ荒らしを叩きもせず普通に買ふヤクザの真二。撃ちもしないリボルバーを装弾した状態で常備するのは、直截に藪蛇な枝葉にしか思へない。パン女にヤクザと来て拳銃、ある意味、発想の貧困を象徴してゐるやうにも映る。そして、一般映画にしては出し抜けな絡み要員ぶりも否めない、真二情婦役の白鳥さきが、何時しかデビュー二十年も通過した、今の今まで寡聞にして知らなかつた里見瑤子の別名義。AVとかVシネで普通に使用してゐたみたい、寡聞にもほどがある。ブラジリエの、顔が異常に白い柳腰のウェイトレスは藤沢みずえか。勝山茂雄・鎌田義孝・石川二郎が何処に見切れてゐるのかは皆目見当もつかない反面、三鷹署表の、制服ぐらゐ着せろや安普請といふツッコミも禁じ難い、普通のスーツの男は上野俊哉かも。警杖と、腕章だけで立番で御座いといふのは、幾ら何でも通らない相談だらう。
 博く知られる「新宿♀日記 迷ひ猫」が、ピンク映画「尻まで濡らす団地妻」四ヶ月強後の一般公開題とされる。ものの、実際に入るタイトルは「迷ひ猫」のみで、更には無味乾燥なVHS題が「告白団地妻売春クラブ」と、無闇にやゝこしいサトウトシキ1998年唯一作で国映大戦第十八戦。更なる問題が「尻まで濡らす団地妻」のjmdb尺が六十五分とある一方、現に配信される動画は七十分。五分の差が何処に生じたものかは、尻まで濡らすver.を未見である以上当然断定しかねつつ、恐らくそのまゝのクレジットを見た感じ、里見瑤子は元ピンクでも白鳥さきでクレジットされてゐたのではあるまいかとザックリ推察する。ピンクのポスターとなると、更に一層もう知らん。但し今回ex.DMMは、出演者に白鳥さきではなく里見瑤子で、直球のタグづけを施してもゐる。とかくこの界隈、情報の流動ないし融通性が高過ぎて、下手な底なし沼にも似た風情。
 釈然としない成行で街角に立ち始めた末に、夫を殴り殺した女。回想とブラジリエの行き来で、その後その足で自首に赴くにさうゐない、桂子の来し方を淡々と振り返る。『PG』誌主催第十一回ピンク大賞に於いては、小癪にも「新宿♀日記 迷ひ猫」としてベストテン二位と長曽我部蓉子の女優賞に輝き、本多菊雄の男優賞と、里見瑤子の新人女優賞が掠める。m@stervision大哥がピンク最高位の年間日本映画第六位に挙げてをられ、港岳彦辺りも、どうかした勢ひで激賞してゐたりする。ところが、あるいは例によつて。何が然様に素晴らしいのか、てんで腑に落ちないのが安定はすれど信頼には値しない、当サイトの節穴具合。最終的には匙を投げたやうに見えなくもない記者と、桂子との終始噛み合はない遣り取りを通して否応なく浮かび上がる、案外団地妻ものの定番テーマでありもする空虚。がテーマにしては、判で捺すが如く同じ表情を叩き込み続ける、平泉成の殆どサブリミナル効果は兎も角、如何せん長曽我部蓉子のトゥー・マッチな情報量が悩ましい諸刃の剣。たとへば小林悟のドライな一種のダンディズムあるいは、珠瑠美のより絶対的な女の裸以外の何もかもの欠落にこそ、逆説的な物言ひを弄するならばなほ色濃い空虚を覚えてもみたり。それは空虚といふか、メタ的に性質の悪い虚無といふべきか。里見瑤子は正直お飾り程度にしても、ビリング頭三人によるアツい濡れ場で、女の裸を決して蔑ろにしてはゐないジャンル的誠実さが寧ろ出色。長曽我部蓉子を入念に愛でる分にはほぼほぼ完璧、物語とか映画を求める段となると、駝鳥よりも脳の小さな俺にはワカンネ。交差点にて一時停止した、桂子のフッ切れたのか清々しくはある表情に漫然と途方もなく回した挙句、唐突にクレジットが起動するラストには、直截に頭を抱へた。あのさこの映画、この期に触れても本当に面白い?往々にして作り手と無駄に距離の近い観客が、必ずしもさうでなくとも監督なり会社の名前で映画を観るのは、数十年一日で相ッ変らず変らないピンク映画の死に至る病。橋本杏子の時代から長きに亘る終る終る詐欺で、なかなかどうして死なんけどね。


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 「女美容師の生下着 快感」(1996/製作:飯泉プロダクション/提供:Xces Film/脚本・監督:北沢幸雄/企画:業沖球太/製作:北沢幸雄/撮影:鈴木一博/照明:渡波洋行/音楽:TAOKA/編集:北沢幸雄/助監督:瀧島弘義・池田勇三/撮影助手:長谷川卓也/照明助手:藤森玄一郎/スチール:佐藤初太郎/ネガ編集:酒井正次/車輌:UOGIN/効果:東京スクリーンサービス/録音:シネキャビン/現像:東映化学/出演:麻生由紀・葉月蛍・吉行由実・小栗拓哉・頂哲夫・樹かず・渡辺茜《友情出演》・小谷内郁代・水永久美子・山下真由美・沢口レナ・酒井英里子・真木友子)。出演者中、渡辺茜以降のカメオ隊は本篇クレジットのみ。jmdbが―飯泉プロダクションでなく―今作を製作したとする、トライコンとは一体何なのか。
 「前も思つたけど分厚いよね近藤さんの胸」、矢鱈とガタイのいいロン毛と、主演女優の濡れ場で開巻。ロン毛が、事後服を着せてみると堅気のホワイトカラーであるのには少なからず驚いた、果てしなく見えない。兎も角最終的に、特に外堀も埋めず兎に角後背位好きな女の希望に沿ふ、中途でモノローグ起動。「私二十二歳美容師、今不倫してるんです」、「相手は親友の彼」。三人とも未婚でそれを不倫といへるのかといふ、そこはかとなく根本的な疑問はさて措き、表記不明な「ヘアモード ユウ」で働く女美容師の山路か山地ミユキ(麻生)は、親友・サオリの同棲相手・近藤ケンイチ(小栗)と継続的な関係を持つ。二人が別れ近藤は地下鉄の駅に下りる、階段にタイトル・イン。よくよく見れば馬面でもあれ、それなりに全体的に精悍な小栗拓哉が、その割にほかの仕事の形跡が一切見当たらない、謎の男優部。確かに、ビジュアルの濃さに反比例してパッとしない口跡は、麻生由紀のエクセスライクに劣るとも勝らないものの。
 これといつた物語も別に存在しないため潔く配役残り、葉月蛍が、件のサオリ。有無から中身の如何に関らず、北沢幸雄のとりあへずソリッドな世界観の中、葉月蛍が嫉妬なり横恋慕を陰湿に拗らせる構図の、形容し難い安定感。吉行由実は、ミユキの同僚・小野操、先輩格。カメオ隊は、美容師と客込み込みで美容院要員。渡辺茜沢口レナと自身の映画でビリング頭を務めた女優部を連れて来てゐながら、満足に抜きもしないゆゑ、ノートの液晶サイズでは特定不能。長髪が案外サマになる頂哲夫は、操がミユキには“愛人”と紹介する中上ミツオ、時折小遣ひを渡す仲。樹かずはミユキの一応彼氏、柏村クンか樫村クン。
 実は、沢口レナにとつては高校教師三部作第一作に一本先行する幻のデビュー作に当たる、北沢幸雄1996年第一作。エクセス主演で映画デビューした女優部の、カメオでフライングといふのもなかなか聞かない話な気がする、ほかの例(ためし)が思ひ浮かばない。
 ミユキは近藤と柏村クン、サオリは近藤、操は中上。各々が各々―と親友―のお相手と致す絡みを入念に尺も費やしかつ矢継ぎ早に連ねつつ、何時まで経つても起動する気配を窺はせない物語。そもそもミユキと近藤がサオリを裏切つた経緯からものの見事に等閑視して済まし、サオリは近藤と何故か復縁どころか婚姻届までチェックメイト。操は相変らず、軽く貢ぐセフレとの逢瀬を気楽に楽しむ。美学留学で渡仏する柏村をも失つたミユキが、「そんな訳で、現在私は一人きりです」と一人言つ、豪快な“そんな訳で”が爆裂するラスト。挙句「本当に好きになれる人が現れるのかなあ」だなどと適当か自堕落に締めるに至つては、知るかボケといふ以外の言葉が俄かにも何も、千年深慮したとて見つかるまい。撮影部はカッチリ仕事して呉れ裸映画としてはひとまづ以上に安定するのをいいことに、人を喰つたも華麗に通り越し、グルッと一周して呆気にとられかねないほどスッカスカの一作。すいすい見られるといへばすいすい見られるが、小屋で観てゐた場合、寝落ちぬ自信は俺には全く全然一切ない。

 とこ、ろで。2003年新題が、「性感美容師 太股の肉づき」。何れにせよ、主人公の職業が美容師といふ点を除けば、一欠片たりとて意味のない公開題が清々しい。“太股の肉づき”なるワードに既視感を覚え別館検索にかけてみたところ、下元哲2000年第三作「ノーパン浴衣妻 太股の肉づき」(脚本:金田敬/主演:つかもと友希)があつた。


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 「本番ONANIE 指戯」(昭和63/製作:国映株式会社/配給:新東宝映画/脚本・監督:米田彰/企画:朝倉大介/撮影:藤石修/照明:鎌須賀健/編集:菊池純一《JKS》/音楽:坂田白鬼/助監督:常本琢招/撮影助手:田中潤/照明助手:井上信治/演出助手:金田敬・湯沢利明/スチール:田中欣一/録音:銀座サウンド/撮影機材:KPニュース/照明機材:トライアーツ/タイトル:ハセガワタイトル/現像:東映化工/出演:藤田容子・橋本杏子・伊藤清美・清水大敬・下元史朗)。
 暗闇の中から清水大敬の声、「ねえ、キミつて結構遊んでるの?」。スプーンの腹で錠剤を潰すアップと、シャワーを浴びる男の肩。さあて行きずりの女と致さうかウッハッハした清大は、藤田容子―後々ワン・カット見切れる表札は判読不能―に勧められた眠剤入りのビールをまんまと呷り轟沈。自身も湯を浴びた容子(仮名)が、深く眠る清大の腕枕を満喫してタイトル・イン。今時に即すと逆睡姦といふ寸法のアバンは、なるほど斬新ではある。
 心よりも確かなものが欲しいとか、容子が寝こける清大の傍ら本番ONANIE―勿論実際疑似―を完遂する一方、白昼の、ホコ天の近所だから恐らく原宿ら辺。街のスナップなり歩いてるガキの写真を撮る、当人いはく腕が泣くろくでもない仕事に、カメラマンの下元史朗が憂身をやつす。下元史朗のカメラマン役なんて、全体全部で何本あるんだらう。当サイトが通過してゐるだけで、米田彰の後述する盟友・福岡芳穂のデビュー作「ビニール本の女 密写全裸」(昭和56/脚本:西岡琢也/主演:豪田路世留)。多分一番有名な、滝田洋二郎昭和59年薔薇族込みで第五作「真昼の切り裂き魔」(脚本:夢野史郎/主演:織本かおる)と、片岡修二昭和63年第四作「痴漢電車 あぶない太股」(脚本:瀬々敬久/主演:相原久美)。既に四本、下元史朗に一眼レフを構へさせるのが昭和末期の流行りででもあつたのか。閑話休題、帰宅すると所謂「来ちやつた」してゐるリョーコ(橋本)との、五年に亘る腐れ縁を煮詰まらせてゐたりもする下元史朗は、例によつて適当に撮り散らかすホコ天周りにて、容子と出会ふ。要は腕枕要員を捕獲する常日頃のメソッドとも知らず、ザクザク容子がヌード撮影の膳を据ゑる形で、下元史朗は連れ込みに入る。
 配役残り伊藤清美は、下元史朗をコーちやんと呼ぶ仲の行きつけの店のママ。女の方から喰ひつく男女の仲にもありながら、最終的には自堕落に荒れるコーちやんに対し、アタシは貴方のママぢやないのよ、坊やなる捨て台詞を投げる。伊藤清美の店に下元史朗以外に見切れる、もう一人客の男は流石に判らん。
 国映大戦第十七戦、ユニット5の残り四人が誰も参加してゐないのが意外といへば意外な、米田彰ピンク―に限らずとも―映画最終第二作。昭和57年、高橋伴明率ゐる高橋プロダクションの解散後、五十音順に磯村一路(a.k.a.北川徹)・周防正行・福岡芳穂・水谷俊之と米田彰は制作集団ユニット5を結成。翌年、撮影は前年にさうゐない「虐待奴隷少女」(昭和58/高橋プロダクション/プロデューサー:高橋伴明/主演:美野真琴?)でデビュー。平成以降は恐らくVシネを主戦場に、一旦帰郷。再び帰京した上で戦線に復帰、してはゐるらしい、近々の活動は掴めないけれど。
 容子が男に求めるのは、偏に腕枕のみ。寧ろそれ以外のことはして欲しくなく、個別的具体性への関心もない。「アタシが選ぶの」と自身の性行為を完全にコントロールしようとする、現にしてのける容子の姿には偶さか主体性が煌めきかけつつ、元々の俳優部の素材と殆どの事物が概ねダサかつた、八十年代といふ時代の限界。更にはそれら諸々を米田彰も覆すこと能はず、容子の十二分に先進的か尖鋭である筈のエンパワメントは、結局結実を果たせずじまひ。対する下元史朗も下元史朗で、身勝手に苛立つかリョーコを邪険にした挙句、直面した唐突かおざなりな悲劇に対しては、力なく一発で詰む体たらく。劇伴もそこかしこで途方もなく酷く、米田彰は「虐待奴隷少女」が一部で非常に高く評価されてはゐるやうだが、今回今作に触れた限りでは、直截にウンともスンともピンと来なかつた。

 デビュー三年目の渡辺元嗣昭和61年第二作「ロリータ本番ONANIE」(脚本:平柳益実/主演:大滝かつ美)で火蓋を切り、二年後の二本目が今度は尻を飾る「指戯」。アニメ版なり何なりがあるのかよといふ、鈴木敬晴(a.k.a.鈴木ハル)1991年第三作「実写本番ONANIE」(主演:五島めぐ)に、渡辺元嗣1993年第一作「実写本番ONANIE 未亡人篇」(脚本:双美零/主演:伊藤清美)。この度目出度く、あるいは軽い奇跡。「本番ONANIE」テトラロジー全作完走を、ここにどうかした晴れ晴れしさで御報告申し上げる次第。ナベが二本も撮つてゐる可笑しみが、琴線に軽く触れる。


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 「新妻不倫 背中で感じる指先」(1999/製作:オフィス吉行?/配給:大蔵映画/監督:吉行由実/脚本:五代暁子/撮影:清水正二/助監督:瀧島弘義/編集:酒井正次/音楽:加藤キーチ/監督助手:横井有紀/制作:国沢実/撮影助手:岡宮裕・岡部雄二/録音:シネキャビン/現像:東映化学/撮影機材:日本映機/スチール:佐藤初太郎/タイトル:道川昭/フィルム:愛光/出演:林由美香・佐倉萌・吉行由実・山本東・岡田智宏)。
 タイトル開巻、絡めた足から、漫然としたカメラワークで室内を舐める。休日なのか、今日何処か行かうとかリカ(林)が、取引先御曹司の玉の輿に乗つた、夫の拓也(山本)と朝つぱらから乳繰り合ふ。山本東―東と書いて“あきら”と読ませるんだ―は今回がピンク映画初陣、目下最終作は、神野太の最終作一つ前「痴女・高校教師 ‐童貞責め‐」(2007/松本有加と共同脚本/主演:浅井舞香)。連れて来れるか?国沢実。
 話を戻して一方、多分成田。黒尽くめの魔女、もといリカの姉・奈々子(吉行)が帰国する。あちこちした末奈々子が緑電話からかけたのは、ちやうどシャワーを浴びてゐた友人の美奈(佐倉)、ここの裸映画的な貪欲さは買へる。行く当てがないらしく、美奈にも部屋が狭いと断られた奈々子は軽く途方に暮れる。リカと拓也の事後、リカがあくまで外出しようと支度しかけたタイミングで、妹の結婚式にも出なかつた奈々子が実に八年ぶりともなる、限りなく来襲に近い来訪。国際結婚した夫のケビン(名前が口に上るのみ)が、余所に子供を作つたゆゑ離婚して来たのだといふ。実姉にも関らず呼称が他人行儀な“お姉さん”の点からも明々白々にリカと奈々子は仲が悪く、その反映で拓也に至つては義姉の存在を改めて再認識した始末。「実家に行つて、それが筋でせう」と冷淡に最初から最後通告を突きつけるリカに対し、そもそも国際結婚を反対されてゐた奈々子が帰れない郷里が、岡山といふディテールが絶妙な琴線に触れる。結局その場は拓也が情に絆されたか安直に首を縦に振る形で、奈々子は一時的な逗留を―渋々―許される格好に。
 配役残り、第一声が体を表すチースな岡田智宏は、リカのex.男友達。これがチッスだと川瀬陽太か松浦祐也が相当する感覚に、何となく囚はれた、あとナオヒーロー。
 迂闊にもピンク映画chの中に手つかずで残つてゐた、吉行由実ピンク映画第四作、薔薇族込みの通算第五作。自由気儘に生きる姉が、犬猿の仲の妹宅に転がり込む。そもそも不仲の所以が、リカ目線で奈々子に拗らせる劣等感。となると、あるいはとはいへ。オッパイの大きさ―と背丈なり頭身―以外、吉行由実が林由美香に対し決定的な優位を誇るといふのが画的にそもそも説得力に遠いのが、原初的な敗因、といふほどではない疑問点。五代暁子も、津田塾出身の奈々子が英語に堪能―劇中披露しはしない―で、なほかつリカより料理も上手い、といふ以上に行間を埋めもしない。寧ろ現在の方が良くも悪くも砕けて来た、端正ささへ感じさせる吉行由実の演出と、ファースト・カットのぞんざいな移動を除けばソリッドな清水正二のカメラとで、林由美香と吉行由実が喧々諍ふ様だけで、ひとまづ見てはゐられる。内に気がつくと中盤暫し薄いどころか皆無な女の裸を、後半猛然と挽回。するもするで、拓也と美奈が元々の関係を結婚後も続けてゐたりするアメイジングな世間の狭さは兎も角、拓也に罪を重ねさせたくなかつたのかも知れないが、夢オチすれッすれな締めの濡れ場の落とし方には無理も大きい。ならばいつそのこと、林由美香と吉行由実に大輪の百合を咲かせてみせろだなどと、出鱈目な不足が鎌首をもたげぬでもない。そこまで酷くはなさげに見せて、あちこち綻びも何気に目立つ、なかなか受取りやうに窮する扱ふに難い一作である。

 フと気になつて暫く探してみたところ、どうしても見つからない。星の数よりは少ないにせよ、二人の莫大な出演作を全部観るなり見られてゐる訳では到底ないものの、もしかして吉行由実と林由美香にとつて、今作が最初で最後の姉妹役?


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 「痴漢電車 けい子のヒップ」(昭和58/製作:獅子プロダクション/配給:新東宝映画/監督:滝田洋二郎/脚本:高木功/撮影:志賀葉一/照明:守田芳彦/編集:酒井正次/出演:風かおる・竹村祐佳・風見玲香・蛍雪次郎・久保新二)。出演者中、風見玲香がVHSジャケには全然別人の国見玲香で、蛍雪次郎は螢雪次郎。無論、本来螢雪次朗につき、何が何でも、是が非とも間違はうとする新東宝―ビデオ―鉄の意思を窺はせる。
 当然の如く実車輌、ナベも見切れる乗客部を若干名舐めた先で、私立探偵・黒田一平(蛍)が助手といふか事実上内縁の妻・竹村浜子(竹村)に電車痴漢。黒田が浜子に確認したその日の暦は、大安吉日。博打日和ぢやなうと、黒田は浜子の陰毛を御守に、非処女だけど。浜子の「頑張つてね」に合はせて痴漢電車のテーマ―正式な曲名は知らん―大起動、ビデオ題の「痴漢電車 前略下着の中から」でタイトル・イン。スタッフは高木功と志賀葉一に、最後の滝田洋二郎。俳優部も五人のみの、超簡略を爆裂させるビデオ版クレジットに悶絶する。照明の守田芳彦と編集の酒井正次は、jmdbから拾つて来た。渡辺元嗣も絶対に参加してゐる筈だが、助監督と監督助手の何れか特定出来ない。
 黒田が向かつた先は、休業中―といふ設定―の銭湯で開かれてゐる賭場を、如何にして空から抜けるのかが画期的に不可思議なロケーション。久保チンが代貸の須藤で、早くもオケラの黒田が、蚊帳の外的にションボリ風呂に浸かる。そこを目出し帽で顔を隠した、jmdbには記載のある伊達邦彦?(如何にも変名臭いが)が急襲。拳銃を計三発発砲、一千万を強奪したまではよかつたものの、大人の遊び場をウロウロするガキに目出しを取られた男の正体は、須藤が面倒を見る、八丈島出身のチンピラ・小港か小湊昌三。一同の追跡を振り切り昌三が飛び乗つた車を、運転するのは同郷の貝原か海原けい子(風)。昌三が須藤に顔を見られたことを知つた、けい子は顔色を変へる。
 勝利の美酒に酔ふ連れ込み、客が自撮りを楽しむ形でカメラが回る中、けい子は面の割れた昌三を頑丈なネックレスで絞殺。蛇の道は蛇でビデオを押さへた須藤の依頼といふよりは恫喝に従ひ、黒田は昌三を殺害し金を一人占めにした女を、パイパンを唯一の手懸りに例によつて電車痴漢を通して捜し始める。配役残り風見玲香は、トルコ風呂「ブロードウェイ」に在籍するけい子の同僚。乗客と賭場要員に結構な頭数見切れるものの、メイン五人―と昌三―以外に、これといふほどの役は見当たらない。
 滝田洋二郎昭和58年第二作は、「百恵のお尻」(脚本は全て高木功/主演:山内百恵)と「下着検札」(主演:風かおる)の間に「連続暴姦」(主演:織本かおる)挿み、「ちんちん発車」(主演:竹村祐佳)で―痴漢電車の―連続全五作に綺麗に幕を引いた、「黒田一平シリーズ」の第二作。第一作「痴漢電車 ルミ子のお尻」(は片岡修二との共脚)だけが、ex.DMMでも見られない。
 昌三と致す事前シャワーを浴びながらの、四分弱費やすにしては、何故完遂させないのか根本的に解せないけい子のワンマンショーと、地味に手堅い三番手の起用法が何気に煌めく、客を装つた黒田の質問に答へ、風見玲香が爆乳をブルンブルンさせながらけい子に関する外堀を諸々埋めるブロードウェイ戦。風かおると風見玲香が誇る四山のオッパイを丹念に堪能させつつ、負けじと竹村祐佳も適宜自由奔放に飛び回る。裸映画としての充実は感じさせる割に、黒田がパイパンの女を捜す以上の物語は、何時まで経つても起動しない。まゝに、昌三に続きけい子まで、「にし・・・」のダイイング・メッセージを遺し絶命。漸く探偵譚らしくなるのが、四十分も跨いだ尺の終盤。糸口たるライターが流石にさりげなさ過ぎる謎解きは、最大の鍵を担ふ“にし”がそもそも、八丈方言ではなく房州弁。渡船場での、トランクをすり替へるカットなどは素敵に洒落てゐるにせよ、一千万番傘が雨がやんだからと無造作に放り捨てられるオチまで、最終的には雑な仕上りの一作。滝田洋二郎と高木功のコンビであるからといつて、百発百中に傑作が出揃ふ訳がない、といふ至極当たり前の事象の証左ともいへよう。渡船場に流れる、迷子になつたわたなべもとつぐクンのお母さんを呼び出すアナウンスが、枝葉に大輪を咲き誇らせる。第二報の「もとつぐクンが泣いてをりますので」には、Wキー乱打の果てしなく拡がる大草原不可避。ナベ、泣かないで(笑


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 「裏ビデオ本番 The Movie」(1990/製作:飯泉プロダクション/配給:新東宝映画/監督:北沢幸雄/脚本:五代響子・北沢幸雄/撮影:三原好男/照明:佐久間優/音楽:エディ・みしば/編集:金子編集室/助監督:増野琢磨・鳶谷晶一?/撮影助手:円城寺哲郎/照明助手:中島清五郎/効果:東京スクリーンサービス/録音:銀座サウンド/現像:東映化学《株》/出演:島崎里矢・小川真実・水鳥川彩・吉本直人・佐野和宏・芳田正浩・寺西徹・京舞子・宅間翔一・三木薬丸・村木義一)。しかし間抜けな公開題だ、轟かんばかりに中身がない。
 俯瞰で捉へた交差点、セカンドプロモーションを名乗る、村西組のチンピラキャッチ・平井俊一(吉本)にカメラが寄る。遠いか背中しか映らないで、何人か正体不明の女優部(二人目と三人目は同じ女みたい)にフラれるロングを経て、平井は五人目で水鳥川彩を捕獲。劇中用語ママで“ビデオギャル”の大手プロダクションを偽り、騙くらかした女で裏ビデオを撮影するのが、平井らのシノギだつた。てな塩梅で、兄貴分・神崎真彦(佐野)が水鳥川彩を犯す模様に平井がカメラを回す、実際の裏ビを模したキネコにビデオ題の「絶倫《秘》ビデオ天国 島崎里矢」でタイトル・イン。そのまゝのキネコをタイトルバックに、クレジット自体もAVぽく手書き。何処までもビデオの意匠に拘るのは構はないが、文字が潰れて監督助手の名前が判読出来ない。三番手でアバンに飛び込んで来て一濡れ場こなすと潔く退場する、水鳥川彩の贅沢な起用法。
 短大を出て就職した矢島美佳利(島崎)が、一年も経たないのに電話一本で会社を辞める。都会の空に消えるガス風船に、美佳利が清々した風で微笑むカットの煌びやかなまでのダサさこそが、北沢幸雄の肝であると常々当サイトは看做すところである。新しい仕事をスナックのホステスに求め、圭子(小川)の店で働き始めた美佳利は、常連客である平井とミーツ。平井も美佳利の十八番である「お座敷小唄」を口遊む、アメイジングな共通点から忽ち意気投合。早速アフターと洒落込んだ二人は、その日のうちにサックサク男女の仲に。圭子に話を戻すとアフレコ当日何某か急用が発生したのか風邪でもひいてしまつたのか、よもやまさかな伊藤清美のアテレコ。選りに選つてああも口跡に特徴のある人を連れて来なくてもといふのと、小川真実が伊藤清美の声で喋つたり喘いでゐるのに、当然猛烈な違和感を禁じ得ない。
 配役残り芳田正浩は、圭子にイッパツ致して金を無心する、劇団員の情夫、生臭いリアリティを醸し出す。恐ろしく若くて髪もフッサフサの寺西徹は、平井に対する高圧的な態度とは正反対に、神崎には戯画的なほど媚びへつらふ村西組構成員、ジャンパーをジーンズにタック・インするスタイルに眩暈がする。首から上だけ別人のやうに老け顔の京舞子は、堅気だつた店子が捌けた様子に眉をひそめる、美佳利の大家、この人は不脱。後ろ三人の男優部は、圭子の店の客要員ではなからうかと思はれるものの全く以て特定不能。三木薬丸だけが、jmdbに項目がある。あともう一人、平井以外の本職撮影部が見切れるのは、もしかして本物撮影部?もひとつ終盤、平井に撃たれ神崎が重傷を負ふニュースを読む声が、どうも荒木太郎に聞こえる。
 特に好きな監督でもないゆゑ、ピンク映画chの中に結構残つてゐるのを一つ一つ網羅して行くかとした、北沢幸雄1990年第四作。北沢幸雄はこの年本名義で五作と、あと最後に業沖九太
 裏ビデオ界隈を舞台に、場末で出会つた女と男。裏ビ云々は純然たる物語の器―と闇雲か藪から棒な村西とおるフィーチャー―に過ぎず、隆盛の新興風俗を羨望するにせよ屈折しかしてゐない軽視するにせよ、あるいは直截な敵意を燃やすにせよ。ピンクからの目線は、凡そ窺はせない。80年代の残滓が色濃い、美佳利と平井の惰弱な恋愛模様には生煮えた自堕落さくらゐしか見当たらず、おざなりな波乱を踏み台に、男は勝手かつ中途半端に弾け、女は“田口ゆかりを超える新女王”―これも劇中週刊誌見出しママ―へと一皮剝け上り詰めて行く。如何にもありがちな展開にも、この期に食傷さへ覚えない。さうは、いへ。首から上は正直覚束ないものの、細く長い手足と悩ましく美しく膨らんだオッパイに、白く綺麗な肌。島崎里矢の裸が少々コーヒー的な意味合でアメリカンな映画をも、堂々と支へ抜く。映画は薄いが裸を見てゐれば飽きさせない、何でもないやうに見せて、幸せかどうかは兎も角満更でもない一作。案外その領域に辿り着くのが、さうさう容易くもなく思へる。

 今回恐らく答へが出たのが長年の懸案であつた、北沢幸雄作のみで最低十数本の音楽を担当してゐるエディ・みしば。首といふか耳を傾げるほかない全く以て凡庸な劇伴以前に、今回は何とボーカル入りのトラックを使用。歌詞カードにWooとかWowとか普通に書いてありさうなクソよりダサいポップならぬシティ・ロック(笑)は、幾らエディでみしばとはいへ、断じて三柴理(ex.三柴江戸蔵/a.k.a.エディ)の手によるものである訳がない、筈。

 衝撃の付記< まだ見てはゐないが、北沢幸雄の買取系ロマポ第一作で、劇伴をTHE金鶴が担当してゐる旨判明した。となると、エディ・みしばは矢張り三柴江戸蔵なんだ!全く以て、そんな風には聞こえないんだけど


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 「赫い情事」(1996/製作:国映株式会社/配給:新東宝映画/監督:瀬々敬久/脚本:井土紀州・瀬々敬久/企画:朝倉大介/撮影:斉藤幸一/照明:ラモス/編集:酒井正次/助監督:田尻裕司/監督助手:榎本敏郎/撮影助手:佐藤文男/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/協力:高平竜介・吉行由美/ロケ協力:新宿クリスUSA/出演:葉月蛍・泉由紀子・工藤翔子・佐野和宏・川瀬陽太・湯川恭子・細谷隆広・山田菜苗・小林節彦《友情出演》・伊藤猛)。ラモスだなどと人を喰つた照明部は、全体誰の変名なんだ。
 カラオケスナック?にしては些か豪奢、にも映る店内。伊藤猛と工藤翔子がデュエットする、「ロンリー・チャップリン」で火蓋を切るまさかの開巻。二人はアパレル会社課長の漢字が見当つかないタダ一樹(伊藤)と、職場結婚間近のノリコ(工藤)。離れたボックス席、同僚の青木淳子(葉月)が一人恐らくウーロン茶に口をつける。歌ひ手交替、これで楽しいのか甚だ疑問な淳子がたどたどしく歌ふ「木枯しに抱かれて」に早くも、全篇を貫く如何ともし難い痛々しさが猛然と起動する。そんな淳子に向けられた一樹のここではニュートラルな眼差し噛ませて、赤々しくフィルターをかけた繁華街の夜景に、まんま石井隆みたいなタイトル・イン。一人見切れるウェイターは特定不能、戯れにググッてみて、後述するクリスが平成も終つた今なほ現存する何気なミラクルには結構驚いた。
 若干名見切れる社員部も何れも不明な、アパレル社内。頼まれたコピーを手渡す弾みでノリコの指先に触れた淳子は、社用で外出したノリコが、空を舞ふ青いビニール傘に紛れダインスレイヴする植木鉢の直撃を喰らふヴィジョンを見る。現に外出しようと席を立つノリコに対し、葉月螢の安定した不安定メソッドで淳子が「行かない方がいい!」と錯乱する一幕を振り切り、当初予定に従ひ先方に向かつたノリコは、淳子が幻視した“来るべき光景”―原題である―通り死ぬ。通夜の帰り、出し抜けなキスに続く「あの時何で判つた」といふ問ひには答へず、ダサい十字のイヤリングを残し淳子は一樹の前から姿を消す。三年後、退勤時の駅にて、一樹は淳子と交錯する。後を尾けてみたところ、淳子は雑居ビルに構へた覗き部屋「クリスUSA」に。クリスの敷居を跨ぎ、佐野和宏に木戸銭を支払つた一樹が個室ブースに入ると、淳子は源氏名・安寿として客にワンマンショーを見せてゐた。
 配役残り泉由紀子は、一樹宅に「来ちやつた」な関係の女。ノリコの命を奪つた植木鉢を落下させた女でもあるとかいふ、恐るべき劇中世界の狭さ。は百歩譲つてさて措き、幾らなんでも件の青い傘を今でも使つてゐるのは流石にトゥー・マッチ。細谷隆広は、個人情報の扱ひがガッバガバな人事。そして川瀬陽太が、佐野いはく―クリスに―「安寿はあいつと一緒に来た」、厨子王ならぬトシオ。通算五年後、もう三人まとめて飛び込んで来る。羽衣天女を背負つた湯川恭子が、クリスがガサ入れを喰らふ元凶たる、実は十六歳の嬢。源氏名はトレイシー、といふのはありがちな与太。山田菜苗と小林節彦は菊の御門部、もう一人ゐるのは榎本敏郎。無造作な混同を惹起しかねない羽衣天女の葉月螢アテレコは、もしかすると敢てした、輪廻転生感を狙つたものなのか、蜜柑も持つてるし。最早見事なほど、時空が歪んでゐる点には目を瞑れ。もうひとつもしかすると湯川恭子は、一樹とイズユキの間に結局生まれた子役部かも。
 国映大戦第十六戦は、PG誌主催の第九回ピンク大賞ベストテン第二位どころか、あのm@stervision大哥が日本映画第一位にすら挙げてをられる瀬々敬久1996年第一作。
 「安寿と厨子王」を薄めの主モチーフに、重過ぎるギフトを背負はされ苦しむ葉月螢と、何時にも増して何を考へてゐるのか、どうしたいのだかてんで判らない伊藤猛が出会ふ。淳子の予知能力と、一樹が囚はれる鬱屈した決定論はある程度相性がいいともいへ、丸つきり初見の印象でこの期に見たザックリ脊髄で折り返した印象は、まあ暗澹といふ言葉くらゐしか見つからないどすダークな一作。葉月蛍と伊藤猛の、無表情な口跡と抑揚のない口跡とが挙句観念的か煮詰まり倒した台詞の応酬を苛烈極まりなく交す、過酷なキャスティングで映画のギアがヤバいドライブに入るのは、特段不思議ではないある意味想定内。特筆すべきは、ザックザク膳を据ゑて来るイズユキを、一樹が満足に躱すなりいなしさへしない、不毛な遣り取りにグッジャグジャ終始する一連の地獄絵図。伊藤猛はこの際兎も角、泉由紀子がこの人こんなに台詞回し下手糞だつたかな?と軽く耳を疑つた。寧ろ、よもや意図的にさういふ演技指導を施したのではとさへ思へかねなく、観る者なり見る者―当時的に、上映する形以外を想定してゐたのかは甚だ疑問でもあれ―を居た堪れなくさせることに、主たる目的を置いてゐたのではあるまいかといふ疑問に遂に達した。正直、あの頃は何でまた斯くも陰々滅々とした代物が持て囃されてゐたのか、マキシマム好意的に、過渡期の記憶にでも似た甘酸つぱい雑感ばかりが浮かんで来るアシッド・ピンク、アシッドの意味よう知らんけど。絶妙に含みを持たせた顛末も、抜けなさ具合を綺麗に加速。徹頭徹尾塞ぎ込んだ始終を一人飄々と駆け抜ける、軽やかに即物的な佐野がせめてもの救ひを担ふ清涼剤。裸映画的には最低限は余裕でクリアしてゐるかに一見見せて、事の最中平然と派手に飛ぶ頓着を逆向きに窺はせない雑な繋ぎは、腹の底のぞんざいさも透けさせる。

 二度目のクリスを経て、一欠片の手懸りも得られなかつた一樹が当てもなく適当に捜し始めたところ、サクッと買物中の淳子と再会を果たす、砕けた腰が原子に還るシークエンス。これもうナンジャコリャ映画だろ、ぼちぼち再評価の頭を冷やして罰は当たらないのではなからうか。


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