真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「薄毛の色情女」(1998/制作:セメントマッチ/配給:大蔵映画/監督:池島ゆたか/脚本:五代暁子/撮影:下元哲/照明:代田橋男/編集:酒井正次/助監督:佐藤吏/スチール:津田一郎/演出協力:木澤雅博/監督助手:小林一三/撮影助手:小山田勝治/タイトル:道川昭/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/協力:高円寺・稲生座、高円寺・古美術太文/挿入歌:『コルクの栓がふつとんだ』詞・曲・歌:木澤雅博/出演:田口あい・田口あゆみ・塚越レイナ・工藤有希子・池島ゆたか・木澤雅博・樹かず・神戸顕一/SUPECIAL THANKS:槇原めぐみ・西山亜希・堀禎一・須川善行・重田恵介)。監督助手の小林一三は、樹かずの本名。
 高円寺と屋号でググッてみても今や何も出て来ない、骨董屋「太文」の正面カットにタイトル・イン、品のない勘亭流で。そこに現れた後ろ姿でエロい体の女は、「太文」オーナーの妹・恵子(塚越)。客なんて来やしない―劇中ホントに一人も来ない―太文を、日がな本を読んで店番する江崎尚也(池島)は、恵子からの飲みの誘ひを勿体なくも断る。ところが断るに足る、理由が実際あつたんだな、今回は。ラブホで馴染みのホテトル嬢・マリア(工藤)を抱いた尚也は、次は部屋に呼んで呉れといふマリアのマイルド据膳も、家に人が来るのが苦手とグジグジ断る。一つめのアキレス腱に触れておくと、とかく煮えきらないこの御仁、常時万事こんな調子。ついでで急所といふほどでもない二つめが、二人ともスタイルは綺麗な反面、背格好のみならず馬面も似通つてしまひ軽く混同の否めない、形式三番手と四番手。
 そんな、ある日。太文を覗き込む少女を、店の中から抜く。何か買ひに尚也が店を空けた太文を、弟の娘で初対面の伶奈(田口あい)が訪ねる。訪ねて来れる程度のリンクが活きてゐるにしては、その事件を尚也が知らないといふのも、如何にも五代暁子らしい無造作か無頓着な無理が何気にバーストするのはさて措き、尚也の弟・シュンイチが交通事故死。間男を作つた母親とは、三年前の離婚以来音信不通。とりあへず夏休みの間、伶奈は役所のレコメンドに従ひ伯父である尚也を頼つて来たとかいふ寸法、福祉とは。一人の暮らしを騒がされたくない尚也ではあつたが、さりとて子供を無下に追ひ返しも出来ず、母親のかおりが見つかるまでといふ条件で渋々伶奈を家に入れる。マリアだけでなく、恵子も入れなかつた。
 配役残り、木澤雅博が親の遺産でも継いだのか太文のオーナーと同時に、バー「稲生座」のマスターでもある和彦、稲生座は現存する。最初の稲生座パート、カウンター席に座る尚也のほか西山亜希が画面手前に座つてゐる客で、重田恵介がその奥。既視感を覚えるシュンイチ遺影の主が、堀禎一といふのに遅れ馳せながら辿り着いた、この期に及ぶにもほどがある。あとこの兄弟、尚也は養子でシュンイチは実子。和彦と恵子は、腹違ひ。そして田口あゆみが件のかおりで、樹かずは酒浸りで仕事の続かない間男の達郎。パンツが細い気もしつつ、樹かずの幾度と目にしたオーバーサイズの一張羅は、これズートでいゝのかなあ。神戸顕一は牛乳の飲めない伶奈の加はつた江崎家を、訪れる牛乳の拡販員、クレジットでは牛乳屋。最初は、中々気の利いたフィックス俳優部の起用法かとも思つた、最初は。棚から牡丹餅を降り注がせる、もとい外堀を埋める、江崎家実家(総武本線佐倉駅最寄り)の御近所・ケンちやん(苗字はキクチ)は凡そどの人と知れるやうには映らない、定石で攻めると佐藤吏か。堀禎一の、此岸と彼岸を往き来する二役でなければ。終に恵子が尚也に告白した稲生座に、同伴で和彦が連れて来るカップル客は槇原めぐみと須川善行。
 サブスクに入つてゐないのを単品買ひした、池島ゆたか1998年ピンク映画第一作、薔薇族が一本先行する。互ひに一切交錯しない小屋の観客要員同士ではあれ、同じく池島ゆたかの1997年第四作「目隠しプレイ 人妻性態調査」(脚本:岡輝男/主演:真純まこ/田口みき名義)で母親の田口あゆみと一応共演した田口あいが、実の母娘(おやこ)で母娘(はゝむすめ)役。且つ当然―設定を真に受けると撮影当時十三歳、どう転んだとて十八歳以上には見えない―脱ぎも絡みもしないにも関らず、堂々とビリングの頭に座る話題作、ではあつた。あと、現状確認し得る田口あいのフィルモグラフィとしては、矢張り池島ゆたかで「ザ・痴漢教師3 制服の匂ひ」(1999/企画・脚本:福俵満/主演:里見瑶子)の生徒要員、それには田口あゆみは出てゐない。
 人との積極的な交はりを頑なに拒み、自閉した状態に平穏を見出す中年男の半ばモラトリアムな生活に、快活な小娘が転がり込んで来る。矢鱈絶賛してをられるm@stervision大哥のレビュウに目を通してみて、今作が超惑星戦闘母艦―あるいは戦闘巨人―もとい、あの「レオン」(1994/日本公開は1995/監督・脚本:リュック・ベッソン/主演:ジャン・レノ、ナタリー・ポートマン)の翻案といふのには軽く驚いた、レオンしか合つてねえ。尤も、オッサン・ミーツ・ガール以外の共通点が、見当たる訳でも特にない。尤も二連撃、「レオン」の細部なんて、前世紀のうちに忘れてゐるけれど。
 さあて、天に唾でも吐くか。全体、何を御覧になつたm@ster大哥が首を縦に振られておいでなのか皆目理解に苦しむ。根本的な大穴は先に挙げた第一のアキレス腱に連動する、自発的には「太文」表の掃き掃除くらゐしかしないネガティブな主人公が、その癖なほかつ拒み倒しながらも、周囲の皆から暖かい南風を吹かせ続けて貰へる土台破綻したファンタジー。何某か超常的なギミックでも設けて呉れぬでは、底が抜ける抜けない以前に話が通らない。ヘッドハンターズな三四番手は兎も角、感情移入に甚だ難い尚也の惰弱な造形に劣るとも勝らない、三つめの致命傷が田口あいの画期的に覚束ない口跡。寧ろよくこれで商業映画を狙つたなと、呆れるのも通り越すレベル。どうせ現場では、アリフレックスが爆音を轟かせてゐる、潔くアテレコの選択肢は採り得なかつたのか。まだ、終らないよ。改めて大筋ないし構図を整理すると、尚也が伶奈を、かおりが見つかるまでの条件で不承不承家に入れる。それでゐて、かおり捜しにすら尚也が一切動かないのには流石に吃驚した。起動こそすれ、物語が満足に展開しやしない。そらさうだろ、主人公が微動だにしないんだもん。牛乳屋でなくて、神顕行かうと思へば雨宮でもイケたよね。田口あゆみの対樹かず戦と、尚也をイマジンした塚越レイナのワンマンショーを拝ませた上で伶奈同様、勝手にかおりの方から江崎家にやつて来るエクス・マキナな作劇には幾ら池島ゆたか×五代暁子コンビの仕業とはいへ畏れ入つた。一件を経て、それとも何時の間にか。伶奈が牛乳を飲めるやうになる、プチ通過儀礼的な娯楽映画に於ける正道の、首の皮一枚分程度なら辛うじて酌めなくもないものの、濡れ場以外には限りなく全く見るべきところのない惨憺たる一作。藪から棒に火を噴く、木澤雅博の一節でホッコリするのも当サイトにはハードルが高い。と、いふか。メタ的にそもそも、“薄毛の色情女”なる公開題はこれ誰のこと?

 たゞ、健気な片想ひを貫き通す、キャラクター的には正直不釣り合ひな、塚越レイナが右太腿に入れた結構大ぶりな墨を、かなり回避してのける神業カメラワークと巧みな艶技指導の合はせ技には感心した。任意に振り返れる動画―もしくはフィジカル―でなければ、気づかなかつたかも知れない。


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 「女教師 秘密」(昭和53/製作:日活株式会社/監督:白鳥信一/脚本:鹿水晶子/プロデューサー:細越省吾/撮影:畠中照夫/照明:田島武志/録音:福島信雅/美術:川船夏夫/編集:井上治/音楽:A・ビバルディ 演奏:水谷ひさし・キングレコード「ロック・四季より/助監督:山口友三/色彩計測:村田米造/現像:東洋現像所/製作担当者:沖野晴久/出演:山口美也子、原悦子、砂塚秀夫、絵沢萠子、石太郎、高橋淳、川島めぐ、あき・じゅん、高橋明、西真琴、滝沢淳、萩原徹也、千葉泰子/技斗:田畑善彦)。音楽の水谷ひさしは、前年解散したex.コスモスファクトリー。
 部屋の大きさに不釣り合ひな、馬鹿デカいベッド、事後の。何とか学園英語教師の山川ひかる(山口)が、夫で同じ高校の体育教師・久志(石太郎/ex.岡田洋介/a.k.a.槇健吾)に、久志の不義を理由とする離婚を何度目かで切り出す。それでもこの御二方、夫婦生活は成立するのね。風呂に立つたひかるが観音様を入念にお清めしてゐると、ズンチャカ藪から棒に「ロック・四季」が起動して暗転タイトル・イン。但しこのタイトル画面、急に画調が変るのがオリジナル版か否か疑念が脊髄で折り返すのは、節穴の穿ちすぎであらうか。
 明けて校舎の外周りから、テストを執り行ふひかるの授業。真面目に取り組む気のまるでない、白紙の答案を見咎められた吉村麦平(高橋)はひかるに対し、和訳を求められた解答欄で“I LOVE YOU”と求愛。そのメソッドは果たして、アリなのかナシなのか、ねえだろ。さういふ二人に十時の方向から、森山解子(原)が恨めしげな視線を投げる。今回大明神の、隈が常にも増して濃い。
 配役残り、川島めぐは教室で麦平の右隣、解子の前の席のオカジマ信枝。同じやうなルックスが特定を阻む滝沢淳と萩原徹也は、麦平らとツルむ弘と正夫。ナンシー・アレンみたいな頭の千葉泰子は信枝の友達・由美、西真琴が大好きな大好きな解子ちやんに煙たがられる、不憫な虎雄。以上七名のネームド生徒のほか、四十人前後は優に賄ふ、潤沢な生徒要員が投入される。あき・じゅんが、久志の浮気相手で元教へ子の琴子。石太郎なり高橋淳より、高いビリングに座るのが正直違和感も否めない砂塚秀夫と絵沢萠子は、麦平の父親で蕎麦屋「大黒」の大将・浅吉と、登場順的には最後の、若い間男と出奔してゐた母・頼子、地味に壮絶なタイプキャストが清々しい。その他琴子が働く飲み屋と、後述する高橋明とひかるが出会ふ店に、十余人の頭数―とあの男!―が見切れる。と、ころで。川島めぐとオバパーのオッカサンはおろか、絵沢萠子も不脱の意外とオーソドックスなメイン女優部三枚態勢。
 よくよくex.DMMを探してみるに何故かサブスクに入つてをらず、バラ売りでしか見られなかつた白鳥信一昭和53年第三作、「女教師」シリーズ第二作。こゝで、無印第一作「女教師」(昭和52/監督:田中登/脚本:中島丈博/原作:清水一行/主演:永島暎子)分は妙に詳細なウィキでフライング、全九作を通して最多は誰が何本出てゐるのか戯れに数へてみたところ。第四作「女教師 汚れた放課後」(昭和56/監督:根岸吉太郎/脚本:田中陽造)と第七作「女教師狩り」(昭和57/監督:鈴木潤一=すずきじゅんいち/脚本:斎藤博)に、第八作「襲はれる女教師」(昭和58/監督:斉藤信幸/脚本:桂千穂)。三度主演を務めた風祭ゆきを筆頭に、色男常連の影山英俊と北見敏之。時にはノンクレで電撃の一幕・アンド・アウェイを敢行する、高橋明や水木京一でさへ風祭ゆきに並ぶ三作がやつと。監督が全て異なるのも起因するのか、油断してゐると皆勤しかねない勢ひで、五本六本とレギュラーを張る置き物的な猛者は案外ゐなかつた。寧ろ、庄司三郎の名前が何処にも見当たらない点が、逆に側面的な特色とすらいへるのかも知れない。
 とつとゝ自分から出て行けばいゝひかると、何故か大人しく渡りに船しない久志。ある程度の合意に基づきサクッと別れてしまふに如くはない、山川夫妻がにも関らず婚姻関係をちんたら継続するところの方便ないし所以に、兎にも角にも理解に苦しむのが最初の起爆装置。焼けぼつくひに再点火する火種として、ひかるが麦平を弄ぶ。虎雄を疎ましがる返す刀かものの弾みか、出し抜けに麦平への岡惚れを拗らせる、解子が看破した認識の方が余程呑み込むに易い。藪から棒に竹を接ぐ、破瓜の件には大時代的な青春映画が俄かに狂ひ咲きながらも、所詮は枝葉を飾る花。解子が苦痛に歪ませる、口元のカットに赤々としたフィルターをかけるプリミティブがグルッと一周するスーパー演出にも、確かに度肝を抜かれはした。と、はいへ。要はヌキ終へるやケロッと素顔を曝す、扮装自体の無意味さにも軽く拍子を抜かれる、ストッキングで武装した麦平が、山川家にひかるを急襲する一幕。の場面一転、サムウェア飲み屋。一人飲みしてゐたところ声をかけて来た男・近藤(高橋)と、ひかるが出奔する驚天動地の結末には度肝どころか尻子玉を抜かれた。いや、だから重低音をバクチクさせる、かといつて絡みにはいふほど長けてゐる訳でも別にない高橋明なんだけど、誰よそいつ。腐れ縁の配偶者でもある意味初心い教へ子でもなく、何でまた締めの濡れ場で女教師を介錯するのがポッと出の謎オッサンなのよ。挙句一時間を跨いで大黒に頼子が帰つて来たりと、ラストは割と画期的なレベルでガッチャガチャ。さう、なると。木端微塵に爆散したとて決しておかしくない一作を、徳俵一杯で救ふのは。「誰か待つてんのか?」、近藤がぞんざいな第一声をひかるに投げたカウンターの中にて、山口美也子と高橋明の背中側にカメラ位置が変ると、バーテンダー役の小宮山玉樹が詰まらなさうな顔でグラスなんて磨いてゐたりするのが完璧にして超絶のコミタマ仕事、ベストに蝶ネクタイが似合ふ似合ふ。壮大な蛮勇を以て曲解から牽強付会にギアを捻じ込むと、恐らく展開の無理を自覚した白鳥信一が、影の千両役者投入で超飛躍の固定ないし緩和を謀つた、もとい図つたにさうゐない。とまれ小宮山玉樹こゝにありをさりげなく叩き込む、慎ましやかな一撃必殺こそ今作の白眉。黙した小宮山玉樹がバーテンかウェイターでシレッと、でもない何気な存在感でフレームの中に自らの居場所を確保する。それが豊潤な沃野なのか、不毛な荒野なのかは一旦さて措き。量産型娯楽映画ならではの数打つその先で、数打ち倒した果てに初めて辿り着く、ひとつの地平をこそ最も貴びたい。心配御無用、明後日か一昨日な与太を拭いてるのは承知してゐる。

 当時的には未だ斬新なモチーフたり得たのか、“Bitch”といふ英単語の無闇なフィーチャーに、甘酸つぱい微笑ましさ通り越した居た堪れない小恥づかしさも禁じ難いのは、流石にこの期の視座からそれをいふても仕方がない。


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 「中山あい子原作*『未亡人学校』より 濡れて泣く」(昭和52/製作:日活株式会社/監督:藤井克彦/脚本:鹿水晶子/プロデューサー:伊地智啓/撮影:萩原憲治/照明:熊谷秀夫/録音:木村瑛二/美術:林隆/編集:井上治/音楽:高田信/助監督:川崎善広/色彩計測:青柳勝義/現像:東洋現像所/製作担当者:田中雅夫/出演:宮下順子・絵沢萠子・岡本麗・遠藤征慈・浜口竜哉・五條博・小泉郁之助・山田克朗・岸本まき子・飯田紅子・森みどり・堺美紀子・結城マミ・言間季里子・原田千枝子・橘田良江・斉藤英利・大谷木洋子・佐藤了一・矢藤昌宏・賀川修嗣・宮本博・谷文太・影山英俊)。出演者中堺美紀子と、言間季里子以降は本篇クレジットのみ。クレジットがスッ飛ばす配給に関しては、事実上“提供:Xces Film”。
 三輪車の見切れる窓越しに、祭壇を抜く。丸菱商事總務部の矢野忠志(浜口)が、林中にて情婦(結城)と眠剤入りの洋酒で情死。遺された妻・美加(宮下)と、義兄の秀人(山田)にノンクレジットと思しき坊主。一人息子の達也(子役ノンクレ)、義母と義姉のユイ(堺)・芳江(大谷木)。坊主を除いた五人が親族一同、その他弔問客の中に、矢張りノンクレで水本京一がコソッと紛れ込んで来るのが、第一の刺客。第一といふが、第二以後に続くのか、それが続くのね。
 湯船は小さい割に、洗ひ場は小型なら車一台入りさうなほど、無闇にダダッ広い浴室。訪れた月のものに、何となく美加が黄昏てタイトル・イン。後述する洋子もよく首を縦に振つたとある意味感心する、か呆れる、ターちやんは長野の矢野家実家―秀人夫婦に子供はゐない―に引き取られ、美加はといふと籍は抜かぬまゝ、社宅は追ひ出されるゆゑアパートに越し一人きりの新生活。一方、配偶者に内緒で忠志が入つてゐた、三千万の死亡保険金を美加は保険外交員の荒井はる子(絵沢)から渡される。渡した美加を、この人も寡婦のはる子は未亡人サークル「白鳥会」に勧誘、小冊子も手渡す。
 正直いふと、男優部より寧ろ女優部に打ちのめされた、微力の限り辿り着けるだけの配役残り。賀川修嗣は、忠志死亡現場の状況を美加に伝へる刑事。ロングボブの、壮絶な似合はなさに卒倒するかと思つた岡本麗が前述した洋子、引越しの手伝ひにも来る美加の友人。あと地味に衝撃的なのが、今回この人三番手にして、よもやまさかの不脱といふ掟破りの横紙を破る。何も百合を咲かせろとまではいはぬ、汗をかいただとか何だとか、美加に風呂くらゐ借りても罰はあたらなかつたらう。岸本まき子と飯田紅子は、麻雀するのに洋子が美加の新居に呼ぶ、百合と澄子。ソリッドな岸本まき子が、伏兵のポイントゲッター。持参して会ひに行けばいゝとする、洋子の至極御尤もなツッコミも入る長野に送つて貰ふ子供服を、買つての帰り。往来で擦れ違つた美加に、見惚れて振り返る男で静かにされど轟然と小宮山玉樹が飛び込んで来るのが、大物大部屋第二の刺客にして裏の、もしくはグルッと一周して真のハイライト。それでは皆さん御一緒に、コミタマキタ━━━(゚∀゚)━━━!!
 気を取り直して、配役続き。美加がはる子に連れられた、白鳥会のパーティ会場。橘田良江は会員の遠藤、影山英俊がタダの連れの色男。遠藤の連れのミヨシと、頑なに正面を向いて呉れない、タダは判らん。遠藤征慈が白鳥会の会長兼、サラ金「佐渡商会」も経営する佐渡真喜男。群を抜く存在感を発揮する、森みどりは会員の夕美子。五條博は、白鳥会に出入りする朗らかなオカマ・鉄夫。終始キラッキラ弾けさせ続ける、文字通りにこやかな笑顔が堪らない。後日、「ねえ坊や、私半年も処女だつたのよ」。夕美子こと森みどり(a.k.a.小森道子)が爆発的なカット頭の火蓋を切る、白鳥会のブルーフィルム上映会。“坊や”と称される男も正面を拝ませて呉れないものの、恐らく間違ひなく、声色が清水国雄に聞こえるのが刺客2.5、背格好も背反しない。ブルーフィルムで―佐渡商会に借金を抱へる―百合を犯す、犯し屋は多分谷文太。夕美子が永遠に茶を挽く、はる子仕切りの売春マンション。小泉郁之助は百合を買ふ男で、佐藤了一が美加を買ふ男。「オバサン未亡人?」、今となつては考へられない、ぞんざいと紙一重のフランクなメソッドに震撼も禁じ得ない、街で交錯した美加―ちなみに公開当時、公称で宮下順子二十八―に声をかける若い色男は恐らく宮本博。未だ言間季里子を詰めきれないのが、過積載のワン・ノブ・限界であるのは認める。
 円盤のライナーにでも書いてあるのか、タワレコ通販サイトの“本作は「未亡人」といふ設定を定番化させた”なる仰天記述―原文は珍仮名―に引つ繰り返つた藤井克彦昭和52年第一作。プロトゼロとされる、「貸間あり 未亡人下宿」(監督:山本晋也/脚本:原良輔/主演:森美千代)が昭和44年。今作封切り時点で第六作「新未亡人下宿 いろ色教へます」(監督:山本晋也/脚本:中村幻児/主演:大原恵子)まで先行する大定番、あるいは金看板「未亡人下宿」シリーズですら既存の上、いふまでもなく、更に遡る先行作はゴッケゴケ、もといゴッロゴロ転がつてゐる。この辺り、如何にもロマポらしい傲岸さが透けて見えるのか、先に潰えた後追ひの分際で、量産型裸映画が堆く積もらせた盛大な塵の山をナメないで欲しい。それは、兎も角。往時大衆小説で人気を博した中山あい子ものとしては前年、同じく宮下順子主演による「『妻たちの午後は』より 官能の檻」(監督:西村昭五郎/脚本:田中陽造)が第一弾、第二弾で打ち止め。
 白鳥会で男を買はせた女に、マンションで体を売らせる。佐渡が構築したシンプル・イズ・ベストな外道ビジネスモデルに、囚はれる女達の物語。筋金入りのスケコマシである筈の佐渡をも、美加が何時の間にか骨抜きに篭絡してのける。率直なところ、昭和臭いミヤジュンが決して当サイトの琴線に触れはしないデフォルト気味の躓きもあり、主演女優が発揮、してゐる格好の神通力は些かならず理解に遠い。「有難うつていへばいゝのね」、「貴方それはみんな誤解よ」。端正な演出の後押しも借り切れ味鋭く通る、名台詞のひとつやふたつなくもないけれど。謎の不穏音効と、二重写しを濫用する演出も、本筋が覚束ないとなると徒に思はせぶりなばかり。但し、忠志のお骨を握り潰した、美加の右手に被せた紅蓮が焼き場の炎で、しかもそのお棺―即ち大体画面中央の概ねビスタサイズ―に、亡夫が情婦と死んだ、林の中を礼装で歩く美加の姿を叩き込む、驚天動地のクロスオーバーラップには度肝を抜かれた。凄い真似を仕出かしやがるといふか、案外自由な映画だな。反面、選りにも選つて締めの濡れ場に及んでの、入れポン出しポンに連動させる馬鹿ズーム略してバカズーは、誰か止める人間はゐなかつたのか。潤沢に脱ぎ倒す主演女優に対し、横紙を破る三番手に劣るとも勝らず、ビリング頭の絡みに大胆に割り込んで来ては、豪快に駆け抜けて行く二番手の木に竹を接ぎぶりも何気に画期的。裸映画としての体裁が、整つてゐるとは世辞にも認め難い。美加が喪服で、達也に会ひにか迎へにか、それとも別れを告げに来た。ユイ以下三人が呆気にとられる鮮烈なラストは、何故か長閑に茶を濁し攻めきれない印象を残す。


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 「団鬼六 美教師地獄責め」(昭和60/製作:にっかつ撮影所?/提供:にっかつ/監督:瀬川正仁⦅第一回監督作品⦆/脚本:佐伯俊道/原作:団鬼六/プロデューサー:奥村幸士/企画:小松裕司/宣伝:羽田利一/撮影:水野尾信正/照明:木村誠作/録音:細井正次/美術:金田克美/編集:奥原好幸/選曲:林大輔/助監督:池田賢一/色彩計測:青柳勝義/緊縛指導:浦戸宏/擬斗:高瀬将嗣/製作担当者:作田貴志/現像:東洋現像所/出演:真咲乱・志麻いづみ・水野さおり・高山成夫・野坂隆広・福山聖一郎・名和宏・益富信孝)。出演者中、真咲乱にポスターでは括弧新人特記。提供に関しては、事実上エクセス。あと往時のポスターは、小妻要の責め絵。
 乳撫鉄道、もとい秩父鉄道浦山口駅に、長物背負つた顔面の濃い真咲乱が降り立ち、髪型のおかしな志麻いづみが出迎へる。岡崎冴子(志麻)の何某か含みを持たせた招聘に応じる形で、サドマゾならぬ剣道の女王として名を馳せた、国語教師の早乙女法子(真咲)は山間の女子高に赴任。くねくね進む車を、空から捉へた贅沢な俯瞰にクレジット起動、トンネルの出口に向かふ、車載カットにタイトル・イン。山道を塞いだステーションワゴンから、VANのジャケットの若林(高山)。黄ジャンパーの佐川(多分福山聖一郎)に、革ジャンの大木(心許ない消去法で野坂隆広)、不良三人組が現れ二人を襲撃。木刀を抜いた法子が大木と佐川を二対一でも撃退する一方、冴子は若林にある程度犯される。幾ら時と場合と相手次第にせよ、心得のある人間が、若林の顔を突くのは如何なものかと思へなくもない。
 配役残り、事もなげに投入される教室小隊を経て、名和宏と益富信孝は『葉隠』を採り上げる法子の授業を参観する、理事長の田野倉聡とその車椅子を押す、用務員の森田。益富信孝の本質を汚い佐藤浩市に看做すのが、今回新たに辿り着いた視座。漠然と顔の曲つた水野さおりは、田野倉の孫娘・美紀、ちなみに両親は死去。その他職員室分隊と法子から指南を受ける道場班のほか、上野淳から一切の華なり外連を脱色したかのやうな、正体不明の途轍もなく変哲のない遺影は、水難事故から法子を救ひ溺死した、冴子の婚約者・タカシ。それをいつては話がゼロから始まらないともいへ、結構派手な因縁を抱へる人間の招きを、そもそも法子は何故受けたのか。
 実際さういふ御仁がどのくらゐ存在するのか知らないが、監協と日本ペンクラブ両方所属してゐる瀬川正仁のデビュー作。尤も監督作は昭和末期の三本のみで事実上打ち止め、以降はテレビ―のノンフィクション―畑や日本大学芸術学部でない方の日芸(2013年閉校)レッスンプロ、近年の活動は文筆業がメインの御様子。一方、1000ミリバストを謳つた―末代と同義の―四代目“SMの女王”たる、真咲乱にとつても戴冠作。二番手に従へた志麻いづみとの共演となると、三代目・高倉美貴の前後を正規にはナンバリングされぬまゝ繋いだ、新旧女王が並び立つ格好となる。ついでといつては何だが、ザッと探してみたところ水野さおりにも実は、今作を遡るフィルモグラフィが見当たらない。ポスター・本クレとも、新人特記は施されてゐないけれど何か先行作があるのかな?
 美教師が地獄のやうな責めを受ける、煌びやかなほどあるいは、潔くそれだけの物語。最初に法子が生物準備室で昏倒するのが、よもやまさか驚愕の開巻十分。その際には仕掛けの早い映画だな!と軽くでなく度肝を抜かれつつ、幸いにも、当日一泊する冴子宅の古民家と、全裸防具がエロくてエモいエローショナルな、剣道場の一幕を挿む流石に早とちり。にしても学校から帰宅した美紀が、何をトチ狂ふたか西洋甲冑に入れられてゐる法子と熱い接吻を交す。藪蛇な意匠が火を噴く素頓狂なラストから窺ふに、結局その後終ぞ囚はれてゐると思しき法子が、田野倉邸の敷居を跨ぐのが尺の折り返し間際。以降主演女優をひらすらに甚振つて甚振つて甚振り抜く、腹の据わりぶりが実に清々しい。お胸を平手で打たれては「痛ーい」、背に熱ロウを落とされては「熱ーい」。濡れ場に突入すると硬さが抜ける、何気なセンスのよさを真咲乱が滲ませ、タカシ絡みの復讐心に燃える冴子が、法子にブチ込んだイチジクが実に六本。万歳大開脚の体勢―観音様はビデオカメラで隠す―で座らされた法子が、首まで浸かる水槽。お約束の苦悶を一時愉しませた末、遂に法子が決壊するや広がる茶濁水と連動させ、ポロポロポローンと美しいハーブを鳴らす、壮絶なスペクタクルは素の劇映画的にもグルッと一周して感動的。論を俟つまでもなく、俯せの状態で豊かに潰れ、縄で縛り込まれれば悩ましく零れる、爆乳は極上の眼福。人間性なんてホワイエか、家で見てゐるならベランダにでも置いて来てしまへ。品性下劣な琴線をエクストリームに激弾きする、轟音の裸映画。日活の公式サイトによるとどうやら瀬川正仁自身の着想らしい、葉隠の精神を百合で超克する。意欲的な主題か盛大な大風呂敷は、花を咲かせるビリング頭と三番手の、已むを得ない覚束なさにも足を引かれ後ろから撃たれ、木に竹すら接かず事実上完放置。随分藪から棒でもあれドラマティックに失墜した森田も、絶妙に鮮烈には死に損なふ。終盤の失速も否み難い反面、法子を地獄に堕とし燃え尽きた冴子が、浦山口を離れる印象的なロングは、首の皮一枚映画を救ふ。

 道場パート、気づくと途中暫しゐなくなる佐川が、ハイサイドライトから引きで狙ふ、若林曰く“剣道の女王レイプ現場の生撮りビデオ”を回してゐた、とかいふ。案外実直な作劇上の論理性と、佐川の闇雲な情熱には畏れ入つた。往時の機材で、そんな遠くから満足に撮れたのか否かは知らん。


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 「女教師 汚れた噂」(昭和54/製作:日活株式会社/監督:加藤彰/脚本:いどあきお/プロデューサー:岡田裕/撮影:森勝/照明:新川真/録音:木村瑛二/美術:渡辺平八郎/編集:井上治/音楽:高田信/助監督:浅田真男/色彩計測:青柳勝義/現像:東洋現像所/製作担当者:服部紹男/出演:宮井えりな・深沢ゆみ⦅新人⦆・吉川遊土・山谷初男・椎谷建治・山田克朗・高橋明・八代康二・木島一郎・織田俊彦・五條博・大熊英之・大平忠行・中平哲仟・佐藤了一・南條マキ・影山英俊・田中加奈子・木下隆康・牧村秀幸・新井真一)。出演者中、大平忠行以降は本篇クレジットのみ。では、あるのだけれど。
 水溜りに揺れる「ホテル 智恵」のネオン、改めて看板を狭い路地から抜いて、木島一郎と寝た宮井えりなが身を起こす。身支度を始めた城南学園教師・西片志麻(宮井)に、「男はかうしておくと何となく気が休まるんだよ」とキジイチは三万円支払ふ。ペットの哭く、雨上がりの往来。大掛かりなターンテーブルで車輛の向きを変へる、転車台が画になるバスの停留所。始発を待つベンチで座り合はせた手塚良平(椎谷)を、志麻は戯れに三万で買ふ。二つ目の濡れ場を垂直に抜く俯瞰から、オーバーラップした教室にタイトル・イン。主演女優の、ハクいロングを撮ることに全てを賭けたか如き、やさぐれたハードボイルドがアバンから敢然と火を噴く。
 尤もタイトルバックも校舎のそこかしこ、であるとはいへ。劇中城南学園は春休み期間、授業風景はおろか、制服を着た生徒一人出て来はしない。後述する坂口が理科準備室に入り浸るのもあり、ふんだんに学校が舞台となりこそすれ、一年空いた「女教師」シリーズ次作「女教師 汚れた放課後」(昭和56/監督:根岸吉太郎/脚本:田中陽造/主演:風祭ゆき)に準ずるなかなかの変化球。閑話、休題。城南学園二年生の小形燎子(深沢)が、彼氏・神坂浩(大熊)を観に行つたアイスホッケー部が練習するリンクに、恐らく二連戦を戦つたまゝの志麻も現れる。「パックを西片のアソコにぶち込むつもりでやるんだよ!」、如何にも昭和らしいぞんざいさで発破をかける、キャプテン(新井)に喰つてかゝつた浩が弾みで壁面に激突。頭から突つ込んだにしては、何故か肋骨を骨折する。
 配役残り、浩が担ぎ込まれた病院に駆けつける五條博は、アイスホッケー部の顧問か神坂の担任・松木。南條マキは燎子の母でフランス料理店を営む忍、山田克朗が、娘いはく“お母さん目当てに来るお客さん”の滝村。山谷初男が件の理科教師・坂口、八代康二は校長の久保。吉川遊土は、田舎でたばこ屋とバー「白ゆり」を営む志麻の叔母。絶妙ならしさを爆裂させる影山英俊が、目下叔母と一緒に暮らす新しいバーテン・宮田。即ち今なほ変らない、男を取つ替へ引つ替へする叔母の姿を、子役(田中)が目撃する幼少期の回想。一人目氏は識別能はないが、二人目の郵便配達は多分、声色と体格から粟津號ではなからうか。織田俊彦は、ディスコで志麻と出会ふ行きずりのワンナイラバー。高橋明は志麻の実兄、地主か何かなのか矢鱈凄い屋敷に住んでゐる。そ、して。叔母が急死した霊安室、その場にもう一人居合はせる白衣にも辿り着けないが「御面倒おかけ致しました」の台詞が一言与へられる、吉川遊土の弟で水木京一が悄然と項垂れてゐるのが地味に最大の衝撃。枝葉を賑やかす、常連脇役部しか見てねえのかよ。最後に中平哲仟が、志麻の三万円で行けるところまでといふ、漠然とした客に小躍りするタクシー運転手。まさかの粟津號なり、水京がクレジットの狭間から電撃の奇襲作戦で飛び込んで来る反面、木下隆康や牧村秀幸―何れかはフランス料理店の給仕人?―は兎も角、大平忠行と佐藤了一が何処に出てゐたのかどうしても判らない、あんな濃い面相の人等なのに。
 VHS(初版1999年)のジャケで堂々と“ロマンポルノ版「ミスター・グッドバーを探せ」!!”―探してでないのは原文ママ―を謳つてゐるのが微笑ましい、加藤彰昭和54年第一作は全九作からなる「女教師」シリーズ第三作。同じく加藤彰の昭和51年第二作「女教師 童貞狩り」(脚本:鹿水晶子主演:渡辺外久子=渡辺とく子)が、作品群に数へられない点にふとした疑問も覚えつつ、何のことはない、田中登の第一作(昭和52)に先んじてゐるだけの単純極まりない理由であつた。
 男漁りがてら売春する志麻を描いた、作者不詳の謎エロ劇画『女教師 花芯のわなゝき』。コピーと悪い噂が送られて来た久保の手許を始め、校内に出回る。松木も交へた校長との面談で明らかとなる、前任校で志麻が起こしたスーサイド未遂。「どうしたの、こんなもん飲んでるの」とあのオダトシに軽く心配させるほどの、志麻のヤバげな常用薬、どのオダトシだ。諸々思はせぶりな火種が散々振り撒かれ、はするどころかな話ですらなく。各種イントロには窺へる志麻が、叔母と繋がつた淫蕩な血を畏れてゐる、とかいふ。一番手前の外堀を埋める埋めない以前に、満足に触れさへしない実は割と壮絶な有様では、義母もとい偽母の死後衝撃的か無造作な事実と直面する志麻以前に、映画自体が糸の切れた凧。『花芯のわなゝき』の確かにアッと驚かされる作者の正体以外には、広げた風呂敷を逆の意味で見事に全て畳みもせず放置。最終的には終始足元の心許ないヒロインに対し、中盤猛追しかけるのがピンクでは前年から活動してゐた二番手。猛追しかける、ものの。大概拗れ倒した浩と、燎子が何となくV字仲直りしてのける茶の濁しぶりでは、ビリングを逆立させる鮮烈には果てしなく遠い。山初が妙に尺を食ふグロテスク云々も結局さしたる実を結ぶでなく、本筋に含みばかり持たせた中では、寧ろ木に接いだ竹と紙一重。さうなると漫然と沈降しておかしくない映画を轟然ととサルベージするのが、全篇通して連べ撃ちされ続ける、ラメには見えないがビニールなのかテッカテカな素材の、正直教職らしくはない華美なロングコートで、宮井えりながカッコよく漂泊する超絶ショットの弾幕。哲仟が旧臭い無駄口を垂れ流す、オーラスは蛇に足を描き足し気味の一方、矢張り冗長な長講釈で志麻から要は自失の体験を尋ねられた手塚は、たゞ一言「うん、あるよ」。難渋な禅問答に対してのある意味最適解なのかも知れない、キレのある不愛想さが正方向のハイライト。


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 「続・股がり天使 旅立ちの朝勃ち」(2022/制作:Blue Forest Film/提供:オーピー映画/監督:竹洞哲也/脚本:小松公典/撮影監督:坂元啓二/録音:山口勉/編集:竹洞哲也/音楽:與語一平/整音:吉方淳二/助監督:赤羽一真/監督助手:神森仁斗/制作応援:山本宗介/撮影助手:原伸也・田中彩野/録音助手:西田壮汰/スチール:須藤未悠/仕上げ:東映ラボ・テック/協力:ロケットワイフ/出演:友田彩也香・高橋りほ・星あめり・辰巳ゆい・工藤翔子・細川佳央・伊神忠聡・森羅万象・バクザン・モリマサ・巌屋拳児)。
 橋上の夜道、“シャボン玉 壊れて消えて”。泡風呂「ロケットワイフ」(吉原)の劇中呼称は店長・木津公平(巌屋拳児=岩谷健司)が、下手の横好きを自認する川柳を中七まで詠んだ上で、フレーム左袖に捌けてのタイトル・イン。
 これといふほどの物語もないゆゑ、サクッと配役残り。タイトル明けが濡れ場初戦、主演女優が猛然と飛び込んで来る火蓋の切り具合は清々しい。友田彩也香がロケットワイフのナンバーワン嬢・かおり、本名は南条いつき。そして、前回はクレジットに名前だけ載せ、本篇中には確か出て来ない一種の汚名を返上。満を持し姿を現すモリマサは、常連客の萬田良介。工藤翔子は女番頭格の寺本洋子、元泡姫。ビリングを一歩下がつた高橋りほと、星あめりはパイセン面するのが割とおこがましい十分新人のメイこと東田舞花と、こちらはピッカピカかズッブズブの新人・ジム、戸籍名は大野美佐。RGM-79みたいな源氏名は、昼間のOL仕事にちなむ。何は、ともあれ。美佐のパッドがリムと一体型の、スクエアとウェリントンの境界線を軽やかに綱渡る、黒縁のセルフレームが空前絶後にエクストリーム。辰巳ゆいは店を去つた北川梢、ロケワイ時代はなおみ。伊神忠聡は常連客の萬田良介、風俗通ひを再開してゐる点を見るに、困窮状態を目出度く脱した模様。バクザンはいつきが度々帰途の足を止める、ストリートミュージシャンの概ねヒムセルフ。投げ銭ついでに買つて聴く形で、アルバム『ゴミ箱』(2008)も見切れる。細川佳央はいつきの彼氏・月山尚文、海外での自給自足生活とか割と漠然とした夢に向かひ、本業のホワイトカラー以外に、会社には無断のバイトも入れ金を貯める好青年。森羅万象は、置物の狸よろしく人外な広大さの陰嚢を誇る一見客?登場は一幕きり。後述する、破天荒な荒業でデフォルトの限界ないし劣勢を挽回どころか、盛大なスペクタクルを巻き起こす必殺のクロスカウンターを放つた富士山富男はまだしも、端から律に阻まれ映す訳にも行かないモチーフを、中途半端に持ち込むのも些か如何なものか。
 二ヶ月前に封切られた前篇「股がり天使 火照りの桃源郷」(主演:高橋りほ)と二本撮りしたにさうゐない、竹洞哲也2022年第三作。最後メイとジムがそれぞれ相手する、瞬間的かつ背中しか見せない二人が若干怪しくもあれ、ダイエットした麻原彰晃のやうな赤羽一真ら、その他客要員は今回投入されない。しかも他人作で、この期にも及ぶ国沢実は兎も角、従業員とカスタマー両面イケる、井尻鯛辺りがゐて呉れると地味ながら画が俄然締まるのだけれど。
 かおると月山の物語が起動する以前の序盤を殊に、結構寸暇を惜み回想の乱打も厭はず放り込んで来る、女の裸濃度が決して低くはない、二三番手の薄さに目を瞑れば。尤も、ほゞ全ての絡みを少なくともどちらかがイクかヌクまで描ききる、完遂率の他を圧倒する高さは論を俟たず素晴らしいものの、腰から下に張られた下賤な琴線をメキメキ激弾きするくらゐ、一戦一戦が充実してゐる訳でも別にない。総じて淡白なのは、相も変らない通常運行。質的に平板な裸映画に劣るとも勝らず、大したドラマも土台存在しない空白を、俳優部と演出部双方の非力にも足を引かれる、元々妙味に乏しい高々無駄口が埋められる筈もなく。素といふ意味で裸の劇映画的にも例によつてツッコミの余地も欠いた、詰まらなくすらない最早虚無感をも漂ふ散々なザマ。一言で片づけると、度外れた大通り越して大概巨根を、デジタルの力技で合成したなかみつせいじの顔面で処理する。前作に於いて火を噴いた、呵々大笑の飛び道具・富士山富男がゐない分、パワーダウンするばかりではなからうか。これは何も竹洞哲也に限つた話でもないのだが、ネットで公開されてゐる霞より薄い予告に目を通し、脊髄で折り返した悪寒に近い予感がまんまと的中。そこは、当たらない方がよかつたかな。寧ろ二部作の構成として、なかみつせいじと森羅万象をスイッチする選択肢は採り得なかつたのか。その際「火照りの桃源郷」を要は捨てる、結果を強ひられたにせよ。・・・・いや、待て待て。この面子の中で、なかみつせいじを介錯するに足るコメディエンヌは辰巳ゆいを措いてほかにない、とすると。なおみ不在の状態で幕を開ける、「旅立ちの朝勃ち」に富士山は連れて来れないのか。
 今作固有の事情にも目を向けると、一般映画版ではもう少し満足に手数を費やしてあるのか、裏方で復帰する以前の洋子が、木津に何某か大事な手術の費用を無心する件は、説明不足の木に接ぎ損なふ竹。大した見せ場も与へられず、勿体ないレベルの確かな発声を半ば持て余す星あめりと比べた場合に、尚更際立つのが高橋りほの心許なさ。たゞでさへ他愛ない会話劇を、前回主役の二番手が火に力不足を注いで壮絶にバクザン、もとい爆散してゐやがるのを再確認した。萬田がジムの、普段使ひの黒縁セルフレームに日常性を見出す云々の遣り取りに至つては言語道断。お眼鏡とそれをかける当人とを秤にかけて、美佐を、より言葉を尽すなら所詮生身の人間を選ばねばならぬ理由が何処にある。メガネこそ美の本質、地上に輝く究極の宝玉であると、何故貴様等は大人しく認められん。誰に向かつて激昂してゐるのか、赤い彗星構文で。
 うらゝうらゝ、メガネを愛で始めるとどうにも止まらない、先に進む。一般職を辞し風俗一本に絞つた、ジム改め二代目かおるがメガネを外してしまふ点まで含め、度し難いメガネ軽視がそれでも恐ろしいことに、谷底ではないんだな、これが。“シャボン玉 壊れて消えずに 飛んで行け”。アバンを一応回収しはする、木津会心の一句に乗せて。ロケワイで奮闘するメイとex.ジムに、事実上寿退職した月山と新しい人生を歩み始めるいつき。ぞんざいに吹き散らかしたシャボン玉で三本柱を適当に彩る、屁のやうなシークエンスが雲散霧消するラストは逆の意味で見事にチェックメイト。この映画の、敗北を確信した。かれこれ、今年からだともう一回り昔か、森山茂雄2011。何一つ変らず、誰一人救はれない世界。地獄に一番近い此岸を、ペテン師の呉れた魔法の道具で、ヒロインの心が穏やかに包み込む。陰鬱なロードムービーが行き着いた果てで起きた、森山茂雄が起こした鮮烈な奇跡を、当サイトは未だ忘れてゐない。即ち、掉尾を飾るプロップに、シャボン玉を使ふのは如何せん負け戦なのではあるまいか。竹洞哲也だからどうかうでなく、流石に相手が悪い。


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