「味見したい人妻たち」(2003/製作:IIZUMI Production/提供:Xces Film/脚本・監督:城定秀夫/原題:『押入れ』/企画:稲山悌二《エクセスフィルム》/プロデューサー:北沢幸雄/撮影:長谷川卓也/照明:奥村誠/編集:酒井正次/助監督:田中康文/演出助手:江利川深夜/制作助手:大滝由有子/撮影助手:小宮由紀夫/照明助手:糸井恵美/ヘアメイク:成田幸子/スチール;本田あきら/音楽:タルイタカヨシ/録音:シネキャビン/効果:梅沢身知子/タイトル:道川タイトル/現像:東映ラボ・テック/協力:松浦祐也・小川隆史・加藤義一・久保和明・藤谷晃・ワイワン企画/出演:Kaori・橘瑠璃・佐倉麻美・白土勝功・田嶋謙一・サーモン鮭山・下村大輔・松浦祐也・平沢水無月・山口晴菜・菱田有紀・非口空/愛情出演:飯島大介)。出演者中、下村大輔から非口空までと、飯島大介のカメオ特記は本篇クレジットのみ。
高校美術教師の町子(Kaori)が寿退職する記念に、生徒達の前でモデルを務める。一応注、勿論いきなりヌードではない。カメラが町子から生徒達を舐め、小突き合ひ茶化し合ひキャンバスに筆を走らせる男子生徒達を映し出すアバンで、観客は確信するにさうゐない、この映画は本気だ、と。個人的にも、うつかり日々のピンクに溺れ―どんな日常だ―未見と勘違ひしてゐた、今作の記憶を一撃で思ひだした。俺はこの映画を観てゐる、瞬時に己の迂闊を恥ぢた。と同時に―主に体力的に―無理を押してでも八幡まで足を運んで観に来た選択に、心の中でガッツポーズした。期間にして四年、三十数本のピンク・Vシネの助監督を経ての城定秀夫のデビュー作は、全篇、正しく全篇に亘つて一欠片も集中力を途切らせることなく撮り上げたであらう渾身の、スリリングなまでの傑作である。
一年後、町子は忙しい製薬会社勤務の夫・道川春樹(田嶋)との生活に、どうにも満たされぬものを感じ始めてゐた。隣家では、今日も司法試験浪人生活幾星霜、の鮭山光男(サーモン)とちよつと頭の弱い、同居する恐らく彼女のヨシコ(橘)とが、昼間からセックスしてゐた。ヨシコが戯れにミニピアノで弾くトルコ行進曲が、光男の愛撫に乗じて乱れる。その乱れた旋律が、町子の寂寥感を加速させる映画的興奮に身震ひさせられる。
ある日、切らした台所用洗剤を買ひに出た―しかも大量に買ひ込む―町子は、フラリとかつて勤務してゐた高校に立ち寄つてみる。テスト期間中の高校には、誰もゐなかつた。が、美術室で教へ子であつた柚木仁志(白土)と、女生徒の由美子(佐倉)がセックスしてゐる現場を町子は目撃する。町子の視線に気付いた仁志は、家にまでついて来る。二人はなし崩し的に体を重ね、そのまゝ仁志は、出張中で春樹は不在の道川家に一泊する。その後も、アル中で暴力ばかり振るふ父親(全く登場せず)と二人暮らしで、元々家には帰らずに友人宅を渡り歩いてゐた仁志は、町子の家に居ついてしまふ。町子は押入れに仁志を匿ひ、帰宅した春樹と仁志が潜む押入れの前でセックスする。夜の間は仁志は押入れの中で息を殺し、春樹のゐない昼間は町子と恣な情交に耽る、奇妙な二重生活は続いた。
お話自体は間違つてもスケールの大きなものではなく、どちらかといへば在り来り、とすらいつても良いくらゐのものなのだが、一幕一幕の完成度、緊張度が正に凄まじい。出張前夜、町子を放たらかしに春樹は飼ひ犬と遊ぶ。出張の行き先は大阪、町子は春樹に語りかける、お土産は何がいゝかしら?さうだ、八ツ橋♪八ツ橋がいゝは。・・・・八ツ橋、八ツ橋つて大阪か?と思ひながら観てゐると、春樹はうん、うんと生返事を返す。さうするとうんざり、といつた風情の町子が小声で、八ツ橋は京都でせう・・・・。翌朝、春樹は朝食のトーストに尋常でない量の蜂蜜を塗り、それを見た町子は眉をしかめる。食べ残しを散らかして、春樹は慌ただしく出て行く。春樹が出た後の、ひとりぼつちの寂しい家。町子は庭で、ガツガツと餌に喰らひつく飼ひ犬をしやがみ込みボーッと見てゐる。飼ひ犬の餌皿に、町子は落ち葉を一掴み、二掴みと入れる。まるで今にも、餌皿に顔を突つ込む犬の頭を町子が叩き潰してしまひかねないやうな、訳の判らぬ切迫感が漲る。心の平定を失ひつつあるこの女は、ワン・カット後には果たして如何なる地獄に堕ちてしまふのか?否応なしに映画の中に引き込まれ、実はどうといふこともないシークエンスに対して、この上もなくハラハラさせられる。因みにこの朝食の場面はのちに、トーストに尋常でない量の蜂蜜を塗る町子に、春樹が妻の心の異変を感じ取るといふ展開に繋がる。正に、城定秀夫100%! >興奮して何をいつてゐるのかよく判らない
一方、ラストは些か弱い。筆を滑らせれば逃げてしまつてゐるやうな感も受けるが、<ある朝町子が押入れを開けると、体調の不良を拗らせた仁志は死んでゐた>―@当サイト希望ラスト、実際の結末は諸賢各自小屋にて確認されたし―だなどとニューシネマのやうな結末は、今の時代の商品にはそぐはないのであらう。自らの嗜好が時代に後れてゐるのは、既に自覚してもゐる。当時住んでゐたピンク色のアパートを遠目に訪ね、町子が春樹と出会つた頃を思ひ出す件なども美しくて素晴らしくてもうどうしやうもないのだが、さうして一々こゝがいい、あそこが素晴らしい、と挙げて行くと全篇トレースする羽目になりかねないゆゑ、今は控へる。兎にも角にも必見、間違ひない。
加へてひとつだけ述べておくと、唯一の難点は高校教師に見えない、一歩間違へば同級生にすら映るKaori、橘瑠璃はいふまでもないとして、完全な濡れ場要員としての佐倉麻美。エクセス作にしては奇跡的とすらいつて過言でないほどに綺麗どころを見事に揃へた三本柱は、エロの度合ひに関しても質、量ともに申し分ない。更に我侭をいふと、Kaoriと佐倉麻美とが大まかなタイプに於いて微妙に被るため、佐倉麻美の印象が薄く思へた点と、出来れば一人ダイナマイトな体つきの女―即物的な男だ―が一人ゐれば、よりさういつた面が加速されたやうな心持ちは残る。即ち、素面の劇映画として決定的に面白いのに加へ、なほかつ裸映画的に要請される扇情的な部分も申し分ない、要は全く非の打ち所がないといふことである。もう一度重ねていふ。兎にも角にも必見、間違ひない。
問題は、さう、映画は文句ない傑作であるのだが、問題がひとつだけ残されてゐる。問題は、これほどまでの傑作をモノにした城定秀夫が、これほどまでの傑作をモノにしてゐながら以降は主には数作に助監督として名前を連ねてゐるだけで、デビュー作きりピンクを撮つてゐないといふ事実である。以後、城定秀夫は主戦場をVシネに移す。そちらでも良作を量産してはゐるさうだが、そつちの方は守備範囲外につき、といふかとてもそこまで手が回らないので全く知らない。大人の事情なりあれこれ言ひ分もあるのか知らないが、城定監督、後生だからピンクを撮つて欲しい。といふか、エクセスはどうして城定秀夫を放たらかしにしてゐる。エクセスが呆けてゐるのなら、オーピーか新東宝が捕まへてしまへばいゝ。乱暴を承知で無茶をいふ、Vシネなんて、小屋が全て潰れてピンクが、ピンク映画が絶滅してからでも撮れるではないか。己がうつかり忘れておいて盗人猛々しいが、観客は今でも「味見したい人妻たち」を、城定秀夫を覚えてゐる。城定秀夫の名は、小屋に観客も呼べるだらう。次の小屋が喪はれる前に、城定秀夫には一秒でも早く、本篇復帰のピンク第二作を撮つて貰ひたい。
出演者中、下村大輔から非口空までは、皆で退職前の町子先生をスケッチする開巻の生徒要員。押入れ生活の中、不眠を訴へる仁志に、町子は夫の会社で製造する眠剤(?)を勧める。錠剤を過飲し、二人でトリップする。だから、それはただの眠剤なのか?突然嘔吐感を催し、町子は吐く、それは妊娠の兆候であつた。一人別枠で“愛情出演”とクレジットされる飯島大介は、町子を診察する産婦人科医・木ノ上。愛情出演・・・・、殆ど親子ほども歳の離れた年下の盟友の初陣に、間違ひなく手弁当で馳せ参じたに違ひない。映画自体は必ずしも観客を泣かせる類のエモーションを惹起するものではないものの、エンド・クレジットに思はずホロッと来させられた。
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