真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「憂なき男たちよ 快楽に浸かるがいい。」(2019/制作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:金田敬/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:多摩三郎/録音:大塚学/助監督:井上卓馬/編集:小泉剛/監督助手:増田秀郎/撮影助手:佐久間栄一・岡村亮/スチール:本田あきら/現場応援:吉行由実/整音:Bias Technologist/仕上げ:東映ラボ・テック/出演:並木塔子・黒川すみれ・柳東史・太三・安藤ヒロキオ・小林節彦・吉田祐建・しのざきさとみ)。人偏のない、吉田祐建名義は初めて見た。ポスターも、祐建になつてゐる。
 並木塔子と柳東史の絡みで開巻、下半身を脱がさうかとしたタイミングで妻からの着信が入り、柳東史は固まる。いいの?と問はれるのも振り切りキスした柳東史の唇を、撫でた並木塔子が「カサカサしてる」と余裕の返り討ち。挿入するとカメラが時計回りで天井に張られた鏡にパン、白転してタイトル・イン。気合の入れ方が脊髄で折り返して違ふ画面のルックと、何気に漲るスリリング。今回の松岡邦彦は失つて久しい、昔日の煌きを遂に取り戻した、のかも。
 「気乗りのしない仕事だつた」、フリーのルポ屋・木嶋修(柳)が、軽い坂道を迫り上がり式にフレーム・イン。そこら辺の地方都市にて、三人の男達が多額の借金を遺し次々と自殺する。連続不審死事件の容疑者に浮上したのが、ホステスの片山美里。ミニマムな人間関係から生まれた、矮小な物語だらうと高を括り町に入つた木嶋は、川を浚ふ太三を橋から目撃。キックボードを蹴る、黒のニューバランス。安定感抜群のムッチムチな御御足も露なホットパンツで、キックボードを駆りその場に現れた並木塔子が、探させものを要領悪く見つけられない太三を、口元も歪ませ口汚く罵る。美里が勤める、下町のパブスナック「エリート」―東京都豊島区南長崎、既視感の源は吉行由実の「誰にでもイヤラシイ秘密がある」(2018/主演:一ノ瀬恋)―の敷居を跨いだ木嶋は、ママ(しのざき)に名刺を渡しサクサク本題に突入。村石直人のカメラが、しのざきさとみの皺の深さを過剰なくらゐ容赦なく捉へる。美里から貰つたキックボードに、店内で戯れに乗つてみたママがスッ転び、見事なM字開脚のパンチラを披露。したところに出勤して来た美里(並木)と、木嶋は再会する。
 配役残り黒川すみれが、二十離れた木嶋の妻・さと子。焦る齢でもなからうに、いはゆる妊活に木嶋もそつちのけで激しく妄執する点に関しては、後々邪推する。一軒屋に美里と共同生活する、三人の男。小林節彦は、実は美里にとつて最初の夫であつたミヨシ。安藤ヒロキオは自営でやつてゐた飲食を、博打で御破算にしたトモチカで、太三がトモチカの兄で知的障碍者のトモヨシ。吉田祐建は、かつて美里と関係を持つてゐた、個人店電気屋の緒方。その他エリート要員に、若干名見切れるのは金田敬しか識別不能。さと子との仲を拗れせる木嶋を諭す、スマホ越しの声の主も不明。ここで歴戦部の勤怠を整理しておくと、しのざきさとみは三沢亜也名義での清水―大敬―組があるゆゑそこまで空いてゐない印象もあるが、しのざきさとみ名義となると清大2011年第二作「淫行病棟 乱れ泣く白衣」(主演:野中あんり)まで遡り、最後に脱いだのもこの時。小林節彦は後述する二年前の松岡邦彦前作以来、更にその前は竹洞哲也2015年第一作「誘惑遊女の貝遊び」(脚本:小松公典/主演:かすみ果穂)。吉田祐建は多分西條祐名義の「デコトラガール 天使な誘惑」(2018/監督・編集:柿原利幸/主演:天使もえ)が記憶に新しく、その前だとたまたまで矢張り竹洞哲也の、2009年第二作「妹のつぼみ いたづら妄想」(脚本:小松公典/主演:赤西涼)、こちらは度会完名義。実に九年のブランク後、比較的コンスタントに継戦してゐる流れに乗つて、吉田祐建が2003年第一作「エアロビ性感 むつちりなお尻」(共同脚本・助監督:林真由美/主演:中渡実香/ex.望月ねね)以来で関根―和美―組に電撃復帰して呉れた日には、当サイト滂沱乱舞の大歓喜。何時何処で、それを観るなり見られるのかは知らんけど。祐健が関根和美の映画に帰つて来るのであれば、トチ狂つてDVDとか買ひかねないが。冷静に検討すると、遠征カマすより安かつたりもする。
 エクセスが何のものの弾みか気の迷ひか、はたまた迷ふどころか触れたのか。二度観て二回とも桐島美奈子と野尻建の絡みで寝た、「おばちやんの秘事 巨乳妻と変態妻なら?」(2017/監督:松岡邦彦/脚本:金田敬/主演:桐島美奈子)から二年ぶりのデジエク第十弾を、封切り三週間強でよもやまさか驚天動地のエク動電光石火配信!速い、速過ぎる。反応反射音速高速、アバンの新田栄より速い。気を取り直して松岡邦彦的には、第五弾「女と女のラブゲーム 男達を犯せ!」(2014/脚本:今西守=黒川幸則/主演:水希杏)含め通算三本目。ちなみに目下最多は、浜野佐知の四本。
 デジエク前二作は、何れも直截にサッパリな出来。フィルム時代の末期も長く失速してゐたエクセスの黒い彗星が、鮮血よりもビビッドな赤を纏ひ帰つて来た、そこそこの程度。先に裸映画的にはしのざきさとみは潔く温存、あるいは勇退。正直過積載に思へなくもない並木塔子が、最初と最後を締める柳東史戦と、二人は車で寝かせた残り一人を、夜な夜な獣の咆哮をあげ喰らふ大暴れで、ビリングに違はぬ一騎当千の先発完投。プレーンなルックスに主張の強い唇がセクシーな黒川すみれは、子作りの一幕にほぼほぼ甘んじる殆ど濡れ場要員であれ、決して芝居勘が皆無もしくは馬の骨と書いてエクセスライクといふほどではなく、もう少し出番をあげてよかつたのかも。次があるとしたら、この人の笑顔も見たい。
 お話は至つてシンプル、美里に接触を図つた木嶋が案外一直線に絡め取られ、帰つて来れなくなる実録映画仕立てのピカレスク・ピンク。世相と言ひ換へて構はない世代をある意味反映してゐるともいへるのか、確かに老いを感じさせつつも、活き活きとしてゐる小林節彦や吉田祐建―しのざきさとみも―に対し、柳東史が最初から終始ヨロッヨロに草臥れてゐるのは、心に隙間風の吹く、さういふ造形と一旦さて措く。柳東史としのざきさとみやコバ節なんて、三つ四つしか違はないのだが。兎も角さて措くにせよ、気乗りのする実入りもいい仕事を先に控へてゐるにも関らず、木嶋が、あるいは木嶋をもが美里にむざむざかまんまと籠絡される展開自体の説得力ないし蓋然性。さとみママを皮切りに、緒方とミヨシにトモチカ。木嶋が話を訊いた誰しもが判で捺したかの如く口を揃へる、美里が大それたことを仕出かす訳がない、さういふ女ぢやない。周到に積み重ねられたサスペンス上最も重要にして高い筈のハードルを、当の美里が事もなげに飛び越えてのける超飛躍。二箇所開いた大穴は、平成のチンケさを精一杯カッコよく切り取つた劇中世界を構築しながら、致命的な詰めの甘さを難じさせるほかない。一方、ないしは逆に。天候にも恵まれ気持ちよく抜けるロングと、妖しく咲く美里を猛加速する、「エリート」のアイコニックに印象的かつ艶やかな壁紙。嵌る木嶋と、脱け出すトモチカ。柳東史と安藤ヒロキオが無言で交錯するカットの静かなインパクトを頂点に、強い映画的興奮を撃ち抜き続ける旧トンネル超絶のロケーション。乱打される高威力のショットをつらつら眺めてゐるだけで、他とは明らかに一線を画してゐる。守備範囲の小屋に辿り着いた折には、改めて絶対観に行く。担当クレジットがないのが不思議な、劇伴も一般映画はだしの高水準。何より、重たいレイジを唸らせるでなく、鋭角のマッドネスを弾けさせるでもなく。貢いだ金は惚れた弱みで諦めるとして、古物商に流された、親爺から継いだ店の商品―の代金―はキッチリ回収する。ただただ穏やかに懐の深さを燻らせる、初老の祐健に極大のエモーションを覚えた。笑顔を交へ淡々と野嶋に所存を語る緒方の、祐健の枯れかけてなほ豊かな姿で72時間1000JPYの元は取れる、いや全然安い。祐健の素晴らしい仕事と、論を俟たない傑作とまでは行かずとも、松岡邦彦の久し振りにいい映画。エクセスの忘れて貰つちや困るぜが、激しく火花を放つ一作。未見の諸賢はエク動を見て、みんなでエクセスに身銭を切るのよ(๑❛ᴗ❛๑)

 木嶋とさと子の夫婦関係を、下衆く勘繰る。さと子が取材に出張る木嶋の携帯を鳴らす、非現実的にダダッ広くてレス・ザン・生活感に綺麗な住居―凡庸なロケハンの敗北といふ見方は、それ以外の全てから否定し得るやうに映る―を見るに、木嶋自身が余程のボンボンでない限り、端折られた設定としてさと子の親が金持ちなのではなからうか。もしも、仮に、万が一。だとするならば、親の事業を継がせる跡取りを、さと子が強迫的に欲する所以も想像に難くない。もひとつ、そのさと子が自宅から木嶋の携帯を鳴らす件は、カット尻が些か冗長。完全に、間が抜けてしまつてゐる。


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 「おばちやんの秘事 巨乳妻と変態妻なら?」(2017/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:金田敬/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:多摩三郎/録音:山口勉/編集:小泉剛/助監督:江尻大/監督助手:村田剛志/撮影助手:八木健太/録音助手:廣木邦人/演出部応援:岡元太/スチール:本田あきら/整音:シンクワイア/仕上げ:東映ラボ・テック/協力:秋山兼定・榎本敏郎・吉行由実/出演:桐島美奈子・初芽里奈・酒井あずさ・野尻建・小林節彦・柳東史)。如何にも変名臭いゆゑ、使ひ回しされてゐる場合必ずしも同一人物とは限らない可能性すらあるものの、照明の多摩三郎が、松岡邦彦2005年第二作「刺青淫婦 つるむ」(黒川幸則と共同脚本/主演:小川はるみ)以来の地味な大復帰。
 あへて意図的に選曲したとでもしか思へない、如何に形容したものか、昔のAVみたいな気の抜けた劇伴で開巻。昼下がりのラブホテル、パート従業員の斉藤真由美(桐島)と吉岡美寿々(酒井)が、客が―僅かなサービスタイムの内に三発―残した使用済みコンドームにワーキャー大騒ぎする。一人で部屋の清掃に入つた真由美の秘かな愉しみは、客の情事の痕跡に妄想を膨らませての自慰。ボガンとこれぞ正しくスイカップな爆乳を放り出しての、オノマトペを多用する淫語も駆使してのオナニーを真由美が大披露した上でタイトル・イン。実も蓋もない結論を先走ると、今作、ここまでアバンを観ればそれで別に事足りる。馬鹿いふな、初芽里奈にコバセツにヤナーギー。どうしても残りの俳優部も観ておかないと気が済まんといふのでなければ、野尻建はどうした。
 バツイチの美寿々と、支配人の木島慎之介(小林)が控室にてほぼほぼ憚りもなく繰り広げる情事には大いにアテられつつ、淡泊な夫・吾郎(柳)は日々盛んな妻の求めをまるで取り合はず、真由美はポップに欲求不満を拗らせる。そんなある日、真由美が清掃に入つた702号室は既に自分達で綺麗に片付けられてあり、真由美を落胆させる。とはいへシーツに残る若い体臭に貪欲な日課をオッ始めた真由美がフと気づくと、枕元には自撮り用にセットしたのを、忘れて行つたスマホが。フィーチャーフォンしか持たない真由美が悪戦苦闘しながらも触つてみると、スマホには愛称・キミタクことイケメン俳優の君塚拓也(野尻)と、アイドル・飯田遥(初芽)の逢瀬が撮影されてあつた。
 第五弾「女と女のラブゲーム 男達を犯せ!」(2014/脚本:今西守=黒川幸則/主演:水希杏)から三年ぶり二本目の、松岡邦彦によるデジエク第九弾。かつて“エクセスの黒い彗星”と、当サイトが熱狂的に追ひ駆けてゐた松岡邦彦は今何処。主人公の職業が同じと来れば当然想起しない訳がない、止め処ない挿しつ挿されつを通して堂々としたグランドホテルを構築する大傑作ピンク「ド・有頂天ラブホテル 今夜も、満員御礼」(2006/脚本:今西守)と同じ人間が撮つたとは凡そ思へない、漫然としたのも通り越して閑散とした出来。内トラの余地さへ残らない、ミニマムな頭数ではグランドホテルなんぞ土台端から通らぬ相談である点に関しては、百兆歩譲つてこの際さて措く、にせよ。一篇通して新たに発生したイベントが、三面を賑す熱愛の成就にヒロインが文字通り一肌脱ぐのみとなると、三番手濡れ場要員絡みの精々二十分もあれば釣りが来さうな顛末に、五分延ばした尺を丸々費やすとは何を考へてをるのかと傾げた首が肩につく。厳密な意味での締めではないが事実上のクライマックスは、真由美がその時間帯―ラブホは―何処も満員だとかいふ正体不明の方便で、都合二度待ち合はせに使ふ喫茶店「マリエール」から、キミタクと飯田遥を直接自宅に招いての巴戦。予め設定した吾郎の予想帰宅時間といふタイム・リミットを、事に熱中するあまり忘れてしまふカットをわざわざ一手間設けておきながら、柳東史らしいメソッドで目を白黒させる吾郎の目撃がその先に一欠片も膨らまない、膨らませない意味が判らない。斉藤家の夫婦生活がその場の勢ひで華麗かつ豪快に再興するとでもいふのが、せめてもの最低限の大団円といつたところなのではなからうか。キミタクと仲良くなつたほかは、結局真由美の立ち位置は一ミリたりとて変化せず、そもそも、劇中ただ一人絶頂に達しさせて貰へない吾郎の冷遇に直面するに涙もちよちよぎれる以前に、吾郎を頑なに蚊帳の外に据ゑ置く要が何処にあるのか改めて理解に苦しむ。ビリング頭二人を向かうに回し長丁場を戦はせるには、単調な駄ビートを刻むばかりの野尻建の大根ならぬ逆マグロぶりは何気にでなく厳しく、食傷スレスレに桐島美奈子のオッパイを堪能させて呉れる以外には、コバセツも齢をとつたなあとかいふ至極当たり前な感慨くらゐしか取りつく島も見当たらない、レジェンドばりに薄味な屁のやうな一作である。松岡邦彦相手に、斯様に雑な悪口を叩きたくはなかつた。


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 「ヌードスタジオ 撮られた人妻の白い肌」(2003/製作:レジェンド・ピクチャーズ/監督:松岡邦彦/脚本:黒川幸則・松岡邦彦/プロデューサー:江尻健司・深谷登/撮影:林健作/照明:山北一祝/録音:世良由浩/音楽:戒一郎/助監督:村田啓一郎/監督助手:稲見一茂/メイク:島田万貴子/編集:桐畑寛/音効:藤本淳/MA:石高幹士/スチール:高橋ヒロカズ/制作:山田剛史・竹内宏子・伊藤敏則・朴用九/協力:KSKスタジオ/制作協力:セゾンフィルム/出演:風間今日子・ゆき・園部貴一・柳東史)。
 掃除機をかける風間今日子、深い胸の谷間が挑戦的なショットを叩き込む。風水に従ひ部屋を模様替へする苗字不詳旧姓ならば谷川綾子(風間)が、一段落つき満足気な笑みを浮かべてタイトル・イン。帰宅した夫・滋(園部)は一変した家内に軽く呆然、風水には適つてゐるのかも知れないが、ソファーに座つて満足にテレビも見られない家具の配置に完全に匙を投げる。うん、この件に関しては旦那に感情移入出来る、この件に関してだけは。家に仕事を持ち込む夫に綾子がコーヒーを出した流れで、滋は如何にも仕方なさげに夫婦生活。そのベッドがどう見てもシングルに見える点に首を捻つてゐると、二人は結婚三年目にして、早くも寝室を別にしてゐた。翌日だか後日、綾子の背中に瀬々敬久の「DOG STAR“ドッグ・スター”」(2002、もレジェンド製作)のポスターが見切れる喫茶店で会つた高校時代の同級生・芹沢翠(ゆき)は、別れ際にカメアシのアルバイトを綾子に押しつける。正体不明なその場の勢ひで綾子が雑居ビルの一室にスタジオを構へる水橋(柳)を訪ねる一方、翠は滋と密会、直行で自宅に連れ込む。滋に蔑ろにされる綾子は、何となく水橋と距離を近づけて行く。配役は残らない、本当に俳優部は四人きり。
 DMMピンク映画chの中にあつたので見てみた、松岡邦彦レジェンド・ピクチャーズ産Vシネ。レジェンド作は地元駅前ロマンにて、ピンクの合間に横目で眺める機会が実は結構ある。面子のメインは片岡脩二や久保寺和人らの他に、いはゆる国映勢。これが不思議なのが、あるいは何が不思議かといふと、榎本敏郎や田尻裕司がパッとしないのは今に始まつた話でもないにせよ、今岡信治がこんなに詰まらなかつたかな?と首を傾げるほどにどれもまるで詰まらない。下手に狙つた結果仕出かした訳でなければ純然たるやつゝけ仕事といふ訳でもなく、端的にスッカスカに詰まらない。捉へ処なりツッコミ処にすら欠いて詰まらないので、詰まらないとしかいひやうのないくらゐに兎にも角にも詰まらない。お話がカッスカスであつたとて、ガッツガツにエロい、といふことも勿論もしくは別になく。良くなくも悪くも水のやうな七十分が、淡々と過ぎて行く。個人的には何が面白いのかこんな代物を見て何が楽しいのか全く判らないものの、レーベルが消滅しもせずに依然ある程度コンスタントに量産し続けてゐる事実を窺ふに、これはこれで、何某かの絶妙なツボを押さへてもゐるのであらう。
 そんな限りなく透明に近いレジェンド色に、松岡邦彦も力なく染まつてしまつた。寧ろ、逆にドス黒さを抜かれたといふべきか。滋と翠の出会ひは単なる偶然であつたことが後々どさくさ紛れに語られるとはいへ、そもそも綾子と滋の疎遠の所以を綺麗にスッ飛ばした物語は、土台が覚束ないどころか殆ど存在しない砂上の楼閣。黙つておけばいいものを、綾子は水橋と犯した不貞を滋に告白する。妻への関心を完全に失ひ、束縛はしないといつた実際に舌の根も乾かぬ内に、不倫は許せないと出て行つた先が、何時の間にか合鍵を持つてゐた翠宅といふ滋の自堕落さが清々しく苛立たしい。今回漸く気付いたが園部貴一といふ人は下手に芝居がかつたメソッドが禍して、詰めの甘い、あるいは煮詰まつた造形に火に油を注ぐある意味才能を有してゐる。他愛ない修羅場の末に夫婦仲が修復される着地点には、風間今日子のオッパイを以てしても押さえ込み得ぬ御都合感が爆裂する。それでゐて、つい今しがた日は高かつた筈なのに、翠が滋を連れ込んだ自宅に辿り着くのはトップリと日も暮れたすつかり夜、どれだけ遠いんだよ。モデルが来なかつたゆゑ、急遽綾子をモデルに下着の商品カット撮影。といふシークエンス自体の非日常性は、カテゴリー固有の特殊な蓋然性の枠内に強引に押し込み得るにせよ、撮り終るや迫つて来た水橋を、その場は拒んだ綾子はそのまゝ服を着る、その下着は商品でないの(´・ω・`)?ルーズな粗には妙に事欠かない。それなりに決まるオチ含めゆきは持ち前の小悪魔ぶりで自由気儘に飛び回る反面、柳東史は中途半端なハンサムに止(とど)まつた挙句に、怒鳴り込まれた滋に手も足も出ない体たらく。園部貴一如き秒殺で返り討つた上で、風間今日子を更にコッ酷く陵辱する。我々の知る松岡組に於ける柳東史の然るべき姿とは、さういふものではなかつたのか、さうとも限らないか。忘れてた、一箇所何気に度肝を抜かれたのが、綾子と水橋の劇中二回戦、の事後。カメラが延々と左にパンした先に、結局何もなかつた薮蛇なカメラワークは、そこから流石に戻りはせなんだが柳田友貴大先生かと思つた。


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 「女と女のラブゲーム 男達を犯せ!」(2014/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人《エクセスフィルム》/音楽:小鷹裕/撮影・照明:村石直人/録音:山口勉/助監督:増田秀郎/編集:小泉剛/撮影・照明助手:加藤育・高橋史弥・三輪亮達/応援:関谷和樹/スチール:本田あきら/MA:K・T・V・P/仕上げ:東映ラボ・テック/出演:水希杏・彩城ゆりな・尾嶋みゆき・ヘラクレス東郷・サクマショウヘイ・小林節彦・柳東史)。出演者中、サクマショウヘイがポスターにはサクマ渉平。
 OLの村上みどり(水希)が、LINEで捕まへた医大三浪生・三上正人(サクマ)の筆を卸す。騎乗位の三こすり半、オカーサーンと叫びあへなく果てた正人に、みどりが呆れ気味に微笑んでタイトル・イン。何業界か全然判らない点はさて措き、業界誌『故郷資料』を出版する零細出版社「流通情報新聞社」に勤務するみどりがティルファイブは上の空な日々を送るのに対し、学生時代から―みどりの―遺産の実家に同居、目下も同僚の後輩・山下葉子(彩城)はポップに遣り手然と仕事をこなす。ある夜村上家に、葉子喧嘩中の公務員の彼氏・高岡真一(ヘラクレス)が呼ばれもしないのに来宅。特定の交際関係を持たずネットで男を漁るみどりは、後日家にまで押しかけた正人に続き―不在の―葉子を訪ねて来た、高岡を何となく寝取つてみる。
 配役残り小林節彦は、部下を呼ぶ時に「村上君、村上みどり君」と一度目は苗字、二度目はフルネームで繰り返す面倒臭い癖のある『故郷資料』編集長・板倉慎二。もう一人、『故郷資料』編集部内に髪を短く刈り込んだ中年男が、背中だけ見切れる。柳東史は正人の兄の知人で、女子高生との淫行が発覚し医師免許を剥奪、目下はモデル事務所を営む伊集院良彦。ザッと見杉本彩似の尾嶋みゆきが、伊集院の事務所所属のモデル・長澤満里奈。ところで、高岡に話を戻すと体躯から貧相な雰囲気イケメンでしかないヘラクレス東郷の、名前負け感が凄まじい。
 清水大敬が初めて大蔵を離れた―但し来週末OP新作が公開される―電撃第一弾、続けて清水大敬によるアタッカーズと連動の第二弾。工藤雅典が力なく仕出かす第三弾、一旦大蔵と喧嘩別れした浜野佐知が古巣にて新生旦々舎を始動させた第四弾―復帰第二作も撮了―に続くデジタル・エクセス第五弾は、「つはものどもの夢のあと 剥き出しセックス、そして…性愛」(2012/主演:後藤リサ)以来となる―かつての―“エクセスの黒い彗星”松岡邦彦。因みにエクセスライクではない主演の水希杏も地味に、吉行由実2012年第三作「ねつとり秘書 吸はれる快感」以来二年ぶり。封切り五十日といふ鬼神の速さで着弾したガッチガチの新作を、喜び勇んで観に行つたものである。尤も、これが、最も直截な印象としてはこれがあの松岡邦彦かと面喰はされる一作。仕事に身が入らずぼんやりするみどりを、ぼんやり押さへ続ける―だけの―カットには、松岡邦彦らしいゑぐみも凄味も黒さも、凡そ感じさせない。その癖漫然と尺だけは喰ひ、正しく毒にも薬にもならない。登場人物の描写は概ね何れも平板で踏み込まうとする気配すら窺へず、昨今の怠けたピンクに特徴的な悪弊ともいへようが、カメラは殆ど屋内に留まり、ロケーションにせよ構図にせよ色彩にせよ、ショットらしいショットにも欠く。自己啓発セミナーじみた『故郷資料』編集部内の美術―と、いふほどのものでもない―にはドス黒い底意地の悪さも垣間見させたものの、結局単なる安普請の背景以上には一欠片たりとて機能するでもなく、フラワーな造形で中盤に飛び込んで来ては満を持して絶妙にダークな胡散臭さを持ち込み、かける柳東史も、定まらない以前に軸足が見当たらない展開の中では梯子を外された孤軍奮闘を強ひられる。挙句に葉子は攻め落とした伊集院が肝心のみどりとは絡むどころか掠りもしないとあつては、最終的には薮で拾つて来た棒を竹に接ぎ損なふ始末。そもそも、三本柱はそれなりに強力であるにも関らず、小林節彦と柳東史を擁してゐながら、濡れ場を場数不足の逆マグロ二人に委ねた戦略は根本的に問題なのではないかと難じざるを得ない。ポスター・ワークを華麗に偽り、決戦兵器たる百合も不発。唯一の見所は、柳東史ごと三番手を放り込む大胆な奇襲くらゐか。下手な風呂敷を拡げてみせてゐない分「つはものどもの夢のあと」よりは納まりよく見えなくもないとはいへ、松岡邦彦が小さく纏まつたザマでは全く物足りない。

 開巻とオーラスの都合二度火を噴く、緩やかなギターリフがやがてテンポを上げるや、ドラムが追走しエクストリームに走り始める小鷹裕によるメイン・テーマは画期的にカッコいい反面、映画音楽としては不適格。本篇が完全に喰はれてしまつてゐる。喰はれた映画の方を、問ふべきなのかも知れないが。


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 「つはものどもの夢のあと 剥き出しセックス、そして…性愛」(2012/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守・関谷和樹/企画:亀井戸粋人/撮影・照明:村石直人/編集:酒井正次/助監督:松林淳/監督助手:江尻大/撮影助手:松宮学・吉浦正人・瀬戸詩織・重田純輝・竹内亨織/編集助手:鷹野朋子/録音:シネ・キャビン/選曲:山田案山子/現像:東映ラボ・テック/出演:後藤リサ・伊沢涼子・小川はるみ・津田篤・小林節彦・サーモン鮭山・なかみつせいじ・井尻鯛・石川優実・柳東史《友情出演》・沢田夏子《友情出演》)。出演者中、井尻鯛は本篇クレジットのみ。
 旦々舎も近年好んでロケに使ふ都庁近くの歩道を、買物袋を両手一杯に提げた女優の高階麗子(後藤)が歩く。忍び寄る何者かの気配に、身を硬くした麗子が恐々振り返つてタイトル・イン。
 明けて飛び込んで来るのは、「和服妻凌辱 -奥の淫-」(2002/脚本:黒川幸則・松岡邦彦/主演:AZUSA)に於ける、写真出演以来の電撃銀幕復帰となる沢田夏子。女神再臨のタイミングは抜群、結果論的な正確には、タイミング“だけ”は。沢田リポーターが高階麗子の失踪を伝へるTV番組を、シナリオ・ライターの大森猛(津田)と、大雑把な肩書で恐縮ではあるが変態サラリーマンの―あんまりだ―村上和真(サーモン)が見やる。依然華もありつつ、流石に表情から女性的な丸みを若干失つたかに見えなくもない沢田夏子の十年間は、キネコの汚さが隠すのか隠さないのか。
 頻繁に前後する時間軸の、ザックリとした整理を配役込みで試みると。大森は「Vフィルム21」の俗物プロデューサー・中村仁志(なかみつ)に、低予算Vシネの脚本を依頼される。見るからガッハッハ系の中村の造形は、量産型娯楽映画的で鮮やかではある。参考にと中村から渡された過去の「Vフィルム21」製作実績のファイルの中に紛れ込んでゐた、いはゆる“スナッフ・フィルム”殺人現場映像の資料に、大森は目を留める。大森の姉・友子(後藤リサの二役)は二十五年前、通ふ大学の映画研究会グループに強姦後殺害された上、その模様を8mmフィルムに撮影されてゐた。大森はスナッフ資料の提供者・高山義彦(小林)に接触、ここで、この人は「母性愛の女 昼間からしたい!」(2008/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/主演:浅井舞香)以来のスクリーン帰還を果たした小川はるみは、高山の妻・佐和。高山邸応接室、大森と応対する高山の背後で、佐和が一心不乱に粘土で怒張を捏ねるファースト・カットは、今作数少ない松岡邦彦らしい破壊力。後に夫婦生活も一幕披露するが、元々熟女枠からの更に四年のブランクは、流石にキナ臭いものもある。過去に、大枚叩いて米国でのスナッフ・ツアーに参加した経験もある高山に感化された大森は、次第に秘められた友子への感情に直面するのと同時に、軸足を社会的な平定の中から失して行く。柳東史は、中村の大らかないはゆる枕要求にも―タレントの意向は一切関せず―二つ返事で応じる、高階麗子マネージャー。中村と柳マネージャーの組み合はせは、戯画的過ぎて殆どコントだ。高山は如何に出会つたのか村上を仲間に引き込み、スナッフ・フィルムの自作に着手する。後述するが最も気を吐く形の伊沢涼子は、最終的には好色の範疇から逸脱することのない村上が高山の意には反し、殺し損なふ女・豊田あゆみ。一欠片も脱ぎはしない石川優実は、姿を消した麗子の代りに柳マネージャーが中村に差し出す、正しくバーター女優。正直何処に見切れてゐたのか全く気付けなかつた井尻鯛(=江尻大)は、大森回想パートの映研勢から、劇中実際に友子を犯す男?
 2011年は黄金週間の「罰当たり親子 義父も娘も下品で結構。」(監督:松岡邦彦/脚本:今西守/主演:舞野まや)とお盆映画の「夏の愛人 おいしい男の作り方」(監督・脚本:工藤雅典/主演:星野あかり)、僅か二本の公開のみに止まつたエクセスの、殺人の悦楽を主題に据ゑた2012年正月映画。因みに今年のエクセスはGWは素通り、夏の噂も現時点に於いて、関門海峡以西在住の野良ピンクスの耳に新作の報が伝へ聞こえては来ない。話を戻して、エクセスはとんでもない無茶を目出度い新年から仕出かしやがる。と、興奮に打ち震へながらツッコミを入れたい、ところではあつたのだが。端的にいふと今際の間際のエクセスの断末魔、といふほどのインパクトにすら乏しく、寧ろ虫の息といつた感の強い一作。イメージは神々の時代にをも遡り、欲望の赴くまゝ禁忌に触れることも厭はぬ、人間性の暗黒面のロック・オン。にまでは、確かに辿り着けてゐるものの、魅力的なストーリーを構築することは全く能はず、総じて踏み込みも甚だ浅い。ピンク映画の安普請に関しては一旦忘れるふりをして、私は何も、表面的なスラッシュを見せろだとか邪気のないことを申すつもりはない。唸りを上げる展開自体のエクストリームさで観る者を圧倒する馬力が、場末の小屋を人知れず虎視眈々と轟かし続けた、かつての松岡邦彦にはあつた筈だ。“エクセスの黒い彗星”とつけた異名のゼロ年代当時での通用性を、小生はこの期に手前味噌で疑つてはゐない。始終は概ね足踏みするかのやうな堂々巡りに終始、尺が漫然と空費される結果、物語らしい物語の気迫の感じられない希薄は致命的。キャスト陣で最低限の仕事をさせて貰へるのは、ビリング順に伊沢涼子・なかみつせいじ・石川優実・柳東史、と沢田夏子も程度、全員要は端役ではないか。とりわけ、後藤リサ演ずる―友子は兎も角―高階麗子に関するドラマと主体性の欠如は別の意味で決定的。絡みの質量にも決して恵まれず、さうなると伊沢涼子は頑丈に勤め上げる濡れ場要員にさへ―後藤リサにその座を奪はれ―なり損ねかねない始末。斯くも扱ひの軽い主演女優といふのも、逆の意味で画期的といへるのではなからうか。唐突な暗転の後、「つはものどもの夢のあと」と、そこだけ切り取れば小林節彦がオーラスを渋く纏める。尤も、然様な縁起でもない、もとい洒落臭い相談が通ると思つたら大間違ひだ。フルスイングの空振りならばまだしも、力ない見逃し三振の如き今作を、松岡邦彦の最終打席として呑む訳になど行くものか。俺は未だ諦めんぞ、ピンク映画から学んだ往生際の悪さを、己(おの)が唯一のウェポンと薮蛇に振り回したい。


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 「罰当たり親子 義父も娘も下品で結構。」(2011/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影・照明:村石直人/編集:酒井正次/助監督:江尻大/監督助手:布施直輔・松林淳/撮影助手:橋本彩子・武井隆太郎・小川健太・三輪亮達/選曲:梅沢身知子/応援:関谷和樹・北川帯寛/出演:舞野まや・若林美保・酒井あずさ・柳東史・真田幹也・津田篤・サーモン鮭山・小林節彦)。
 開口もとい開巻一番のモノローグは、「物事の始めは何時でもいい加減」。厳密には口を滑らせたともいへるのか、ツイッター上で自ら半分明らかにした、主演女優は佐倉萌のアテレコ。聞き分けるメソッドを依然手中に出来てはゐないが、佐倉萌は、他人の声をアテる仕事が実は結構多いらしい。古い話にもなるが、小林悟作で何かとアテレコを相当数務めた―「性犯罪ファイル 闇で泣く女たち」(2001)では、若林美保の別名義である小室優奈の声を佐倉萌がアテてゐる―割には、終に素の出演者として呼ばれることはなかつたと、御本人様より伺つたことがある。話を戻して、「浮気が止められないママ」と、「浮気されないと我慢出来ないパパ」の物語であることが、ひとまづ宣言される。
 十八になる一人娘・優里(舞野)が一応不安げに―直截にいふと、心許ない表情は常に所在ないばかり―見やる中、初老の父・黒田卓(柳)はポップに打ちひしがれる。美しい妻・真矢(酒井)が、インフルエンザで急死したのだ。遺物の携帯電話が鳴る気配に、雑多な、といふかより正確には多宗派の宗教画が入り乱れる真矢の部屋に入り、バージョンまでは見抜けぬがiPhoneを手に取つた黒田は愕然とする。かゝつて来た電話の主は、真矢の死を知らないことは無理からぬとしても、かなりの深さとエグさの、肉体関係を持つと思しき男(何者の声であるのかは不明)であつた。慌てて着信履歴を確認した黒田は、火に油を注いだ衝撃を受ける。真矢には“奴隷”と登録する不倫相手が、少なくとも九人も居た。黒田は、優里が生まれる直前、湾岸戦争開戦当時の過去を想起する。地方と国家の別は明示されないが、地方で公務員の職に就く黒田の役所に、キャリア組の村上隆敏(真田)が赴任する。自宅での夕食に招いた村上に真矢が明確な性的関心を持つたことに、迂闊な黒田は不自然なまでに全く気がつかなかつた。早速にもほどがあるその夜、しかも傍らには酔ひ潰れた黒田が寝呆けるといふのに村上を要は喰つた真矢は、以降も恣に逢瀬を重ねた末、優里を妊娠する。藪から棒的に敬虔なクリスチャンであつた真矢は、奔放などとポジティブな用語では最早片付かぬ自身の色情症を、天賦の聖母性であると当人は本気で認識してゐた、随分も通り越して箆棒な方便ではある。ところで村上の現況はといふと、現在の役職は四十台の若さにして東京都行政局局長―実際には東京都には行政局なる部局は存在せず、総務局以下の各事業所に細分される―にまで登り詰めたものの、ある意味因果応報ともいふべきか、職務の多忙も兎も角前妻の上司との不貞から精神に不調を来たし、医師(小林)によるカウンセリングと投薬の治療を受けてゐた。真矢との結婚生活の全てが信じられなくなつた卓は、優里が自分の娘であることにも激越な猜疑を抱く。時期的にも辻褄の合ふ、村上が優里の父親なのではないかと薮蛇な目星をつけた黒田は、事の真偽を明らかにせんと優里を強制的に伴なひ上京する。一方で、母親を反面教師に未だ処女も守つてゐた優里は、実は生前の真矢から自分の本当の父親について聞かされてゐた。娘をプラザホテルの3211号室に半ば軟禁し村上の下に向かつた黒田に対して、優里は連絡を試みた真父親氏の留守番電話に位置情報を残し、会ひに来て呉れることを求める。
 撮らせなかつたのか撮れなかつたものかは兎も角、新版畑では今なほ圧倒的な小屋の番線占拠率を誇りもする新田栄の名前すら終に消えた、新作製作本数僅か四本の2010年エクセスは、かといつて少数精鋭といふ訳にも必ずしも行かず、山内大輔が三年ぶりの本篇帰還作「色恋沙汰貞子の冒険 私の愛した性具たちよ…」(主演:北谷静香)で一人気を吐いたに止(とど)まつた。その唯一人の気の吐きぶりが、凄まじいといへば確かに満更でもないのだが。因みに明けた本年も、ゴールデン・ウィークの今作とお盆に工藤雅典がもう一本公開されたのみで、正月映画に撃ち込んで来る弾の気配は、地方在住の情弱ピンクスには今のところ感じられない。さういふ状況下にあつて、エクセスとの一蓮托生スメルを強く感じさせた「義母と郵便配達人 ‐禁欲‐」(主演:佐々木麻由子)に続く松岡邦彦最新作は、前作の傾向に引き続かなくともよいのに更に加速させてしまつたかのやうな、力ないのも通り越し、最早ちんぷんかんぷんに覚束ないちぐはぐな一作。今村昌平が重喜劇であるならば、暗黒喜劇とでもいふべき、人間性の邪なるダークサイドを見据ゑた上でのグルーヴ感溢れる悲喜こもごもといふのが、かつての松岡邦彦の持ち味だつたのではないか。ところが今回はといふと、共に箍の外れた、妻の淫蕩とその死後に夫が拗らせる正しく疑心暗鬼。娘の男親に関する疑惑と、疑はれた男の人格乖離。諸々バラ撒かれた物騒なモチーフは、何れも非感動的に消化不足であれば当然の帰結として、全体的な求心力ないしは訴求力にも全然欠く。以降の上面をなぞつてみると、黒田の襲撃に近い、といふかそのものの来訪を受けた村上は、自爆気味の間抜けさにも乗じ撃退。返す刀で自らの娘ではないかといふ思ひを逆に強く持つ、優里を訪ねる。そこから、初物である以上最初であることはいふまでもないとして同時に最後でもある、舞野まやの絡み―他にシャワーを一度浴びる―を通過後の、バタバタと二人死んでサーモン鮭山がチョイと顔を見せる粗雑なクライマックスを経ての、若林美保のアグレッシブな裸だけは潤沢なラスト・シーンに際しては、役を作つたのか従来知る細身マッシブからマッシブのみ抜いた、柳東史の痩躯ばかりが印象に残る。これは、純然たる偶さかな個人的感触に過ぎないのかも知れないが、畳むどころか風呂敷が拡げ終つてさへゐない内に構はずエンド・クレジットが訪れた瞬間には、逆の意味で衝撃的な物足りなさもあつてか、尺が未だ四十分前後ではないのかと誤認し呆気にとられた。同時に、結果的には木に竹も接ぎ損なつたやうにしか思へない、徒な宗教風味がそもそも何処で何の意味があつたのかといふ点に関しても、小生の憚ることもなく貧しい悟性ではある意味画期的に理解出来なかつた。ここで通り過ぎた配役を整理すると、サーモン鮭山は、本来優里にプラザホテルの3211号室に招かれた男・島田郁夫。若林美保は、一年後の黒田の再婚相手・真矢ならぬ摩耶。津田篤は、黒田公認の摩耶間男・木村拓也もとい達也。
 そんなこんなで、空き過ぎた登板間隔に感覚が掴めないのか、二作連続で神通力を失した松岡邦彦のことは一旦さて措くとして、質的にも量的にも酒井あずさを先頭とする女の裸以外で一際目を引いたのは、村上のパーソナリティーが動揺する際に披露される、小林節彦も柳東史も圧倒してみせた真田幹也の思はぬ芝居の強さ。今後の話としては上手く顔が老ければ、この人化けるのでは?但し今作に限定すると、老年には至らぬ中年といふ半端さも禍したのか、「後妻と息子 淫ら尻なぐさめて」(2007/監督:渡邊元嗣)では意外と有効であつた老けメイクは不発。周囲を取り巻くのが小林節彦や柳東史は髪を派手に白くしたこともあり、二十年前と2011年劇中現在時制とで、村上の印象は殆ど変らない。

 作業中に改めて気付いたことだが、タイトルから清々しくへべれけである。罰当たり云々以前に、優里は別にどころか全く下品ではないし、卓も卓で、優里にとつて“義父”といふのとは違ふ―強ひていふならば“偽父”か―ぞ。エクセスだなあ、あるいは、エクセスだもの。


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 「年増女のスケベ襦袢 尻が壊れるまで!」(2002『和服妻凌辱 -奥の淫-』の2011年旧作改題版/製作:ネクストワン/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:黒川幸則・松岡邦彦/企画:稲山悌二《エクセスフィルム》/プロデューサー:秋山兼定《ネクストワン》/音楽:戎一郎/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:鵜飼邦彦/録音:中村幸雄/助監督:堀禎一/監督助手:横井有紀・森角威之/撮影助手:杉本友美照明助手:永田英則ヘアーメイク:岩橋奈都子/スチール:山本千里/制作応援:城定秀夫/タイトル:道川昭/タイミング:冨田登協力:深川栄洋、上井努、サトウトシキ、平川真司、木田弘、日本映機、シネキャビン、報映産業、湘南動物プロダクション、松岡誠、加藤義一、小泉剛、林雅貴、長谷川光隆、日活株式会社、JKS編集室、東映ラボ・テック、セメントマッチ/出演:AZUSA・河村栞・工藤翔子・園部貴一・岡田智宏・沢田夏子・黒川孟・吉田祐健)。出演者中、沢田夏子と黒川孟は本篇クレジットのみ。それにつけても、新題のぞんざいさはここに至ると最早輝かしい。
 平野美紀(AZUSA)が運転する乗用車が、周囲には田畑の広がる田舎道を走る。助手席の饒舌な男は美紀の夫ではなく、その友人・江口則夫(園部)。美紀の夫・英輔(岡田)は、江口の後ろの席で生気なく押し黙る。詳細は語られないが英輔が多額の借金を抱へ、美紀は物騒な取立てからひとまづ逃れるために、江口の伝(つて)で東京を離れた農家に身を隠す手筈となつてゐた。一旦小休止した車から、英輔はそのまゝ降りてしまふ。不意の別れに慌てる美紀に対し、なほも江口が強引に走らせるやう促す車を、農薬をジャブジャブ撒きながら吉田祐健が一流の不穏な風情で見やる。目的地の一軒家に辿り着くと、江口もそこに美紀一人残し立ち去る。部屋の中には、和服超美人と丸坊主の少年(沢田夏子と黒川孟)とが写つた古い写真があつた。当然不安を隠せぬ美紀の前に、その家の主・北日出男(吉田)が現れる。北によると写真の女は北の母親で、少年は幼少期の自らであるとのこと。母の形見の着物を着てみせるやう強要がてら、北は早速美紀を犯す。和服姿で夜は物置部屋に押し込められる、美紀の軟禁生活。北家にはほかにどう見ても北の実娘には見えない、マンガを読み耽る時以外には表情を失つた少女・和美(河村)と、江口の愛犬・ラブリーが、何時の間にかジブシーと名を変へ飼はれてゐた。基本万事に口煩く高圧的に怒鳴り散らしてばかりの北ではあつたが、夜になると、そんな和美を抱いた。取立ての恐怖を持ち出されると美紀は逃げ出す訳にも行かず、北から陵辱される日々が続く。そんなある日、北家に江口が再び姿を見せる。
 配役残り工藤翔子は、江口からも手篭めにされ、終に逃げ出した美紀を救出すると見せかけ回収する、江口の元妻・沢田洋子。フと気づき改めて調べてみたところ、実は今作が工藤翔子にとつて、少なくともピンク最終作となる。してみると、橋口卓明翌年の私立探偵・園部亜門シリーズ第四作に際して、それまでは工藤翔子のレギュラーであつた宮前晶子役の酒井あずさへの変更も、否応なかつたのかも知れない。
 ビリング頭のAZUSAとは、その昔日本テレビ系バラエティ番組「進め!電波少年」内にてデビューした初代電波子改め滝島あずさであるといふギミックは、封切り当時既に十分微妙であつたのもあり、正味な話が更に年月を経た現時点にあつては鮮度は元より、歴史的な価値を見出す物覚えのいい御仁も、決して多くはないのではなからうか。寧ろ、いふまでもなく知らされてはゐまい今新版公開は、現在でも滝島梓名義で、日本茶業界を中心に―またメジャーなのかニッチなのだかよく判らんフィールドだ―活動を継続するといふ、滝島サイドからしてみては正直勘弁して欲しい話かとも邪推し得よう。枝葉的な外堀はさて措き、徹頭徹尾無力なダメ夫も等閑視するとして、曲者揃ひの悪党に囚はれた若妻が、酷い目に遭ひ貪り尽くされる品性下劣系ピンク。美紀を北の下に連れ戻すべくハンドルを握る洋子こと工藤翔子の表情が、江口への憎悪にみるみる歪むショットには、松岡邦彦らしい黒い迫力が漲る。一方で、母子関係に源がありさうな気配も窺はせながら、諸悪の本丸たる北が裡に抱へる巨大な闇についての掘り下げは激しく薄い。それゆゑ、是非はどうあれ劇中世界を支配する悪意への理解なり感情移入は発生し難い。反面、ネーム・バリューとしては一応兎も角、演技者としてはどうにもかうにも拭ひきれない主演女優の覚束なさは、結果的にせよ何にせよ、案外翻弄ものに映えてみたりもする。ところで今作の公開は、2002年の年末。即ち2003年正月映画といふ位置づけも働いてか、微妙に潤沢なプロダクションを持て余した訳でもなからうが、ラスト乱交に付随しての、何しにその場に居合はせたのか感動的に理解に苦しむ英輔の扱ひなり、工夫に欠き決まらない決め台詞とともにジブシーだかラブリーを連れ画面奥に掃ける和美のカットの、しかも間をダサく飛ばしてみせる間抜けな編集。畳み処の脇の甘さに象徴的な、滝島あずさの裸を見せる目的はとりあへず十全に果たしてはゐるものの松岡邦彦作にしては馬力の感じられない、最終的には心許ない一作である。

 末尾に改めて、工藤翔子と同時に、沢田夏子にとつても、確か本作がクレジットに名前の載る最後のピンク映画となる筈。それと、筆の根も乾かぬ内に何だが、工藤翔子に関しては、ラスト・ピンクといふのは実は必ずしも正確ではない。「シングルマザー 猥らな男あさり」(2003/監督:吉行由実)に於いて、ヒロイン(秋津薫)の声をアテレコした吉行由実の、声を更にアテたのが友人の工藤翔子であるといふエピソードを、SNSのコミュニティを介して監督御本人様より伺つた。


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 「義母と郵便配達人 ‐禁欲‐」(2010/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人(エクセス・フィルム)/撮影:村石直人/編集:酒井正次/助監督:新居あゆみ/監督助手:荏原マチコ/撮影助手:松宮学、他二名・瀬戸詩織/照明助手:白井良平/スチール:田上和重/選曲:山田案山子/現場応援:関力男/出演:佐々木麻由子・宝部ゆき・若林美保・吉岡睦雄・小林節彦/友情出演:世志男・サーモン鮭山)。
 医者からは止められてゐる筈の酒もチビチビやりながら、妻とは早くに死別した特定郵便局局長・加藤三郎(小林)が出会ひ系、もとい結婚希望者同士のマッチング・サイトにうつつを抜かす姿に、帰宅した郵便配達人の息子・直也(吉岡)は閉口する。万事にアグレッシブな簡単にいふとガッハッハ体質の三郎に対し、直也はネガティブにすら見える、ナイーブな気質だつた。画面(ゑづら)としての凸凹具合は映える、郵便局を畳ませ地上げしようとする市会議員の小泉一郎(世志男)と竹中二郎(サーモン)のコンビと、「どうなんぢや!」を三回連呼する口癖をリズミカルに炸裂させる三郎が、日常的かつ苛烈にいがみ合ひつつ、ある日風呂にでも入らうかとした直也は自宅の廊下で、乳首はしつかり隠さないバスタオル一枚の広瀬陽子(佐々木)と鉢合はせ目を丸くする。聞くと陽子は三郎がサイトを介して出会つた女で、結婚した上ゆくゆくは料理教室の講師だといふ陽子の為に、郵便局を潰し新たな料理教室を開かうかとさへいふ。その夜、畏怖すらしてゐた父親の予想外なマゾ性癖を、覗き見た予行夫婦生活に目の当たりにした実は童貞の直也は重ねて度肝を抜かれると同時に、自らの裡に目覚めるものも感じる。翌日、昨晩の陽子の艶姿に仕事がまるで手につかない直也は、配達も放棄し衝動的にホテルに直行。M性を看破されたホテトル「夢の城」の風俗嬢・アズサ(若林)からは、仕事中に何してるんだと激しく罵られながらも、最終的には目出度く筆卸して貰ふ。自分で筆を滑らせておいて何だが、目出度いのか?それは。兎も角その日の仕事を終へた直也を、止めを刺すべく更なる衝撃が襲ふ。陽子の連れ子だといふことで、フルートを嗜む女子大生・梨沙(宝部ゆき/佐倉萌のアテレコ)が加藤家の新たな家族として家に居たのだ。その夜自室のベッドの上にて、直也が梨沙をオカズとした妄想―イマジン中の、全裸フルートのギミックは完璧―を膨らませようかとしたところ、あらうことかお兄ちやんが出来て嬉しいので何でもするだなどと蕩けた方便で、梨沙から直也の股間に顔を埋めてゐた。このカットに際しての、知らぬ間に梨沙がフルートならぬ尺八を吹いてゐることに気付いた直也が上げる「ドワーッ!」といふ驚嘆は、個人的には数少ない、吉岡睦雄に認め得る持ち芸のひとつ。
 食欲まで含めて、例によつて欲にまみれた亡者どもの繰り広げる悲喜劇。といふと、何時もの松岡邦彦作と同じアプローチではある、のだが。僅かではあれ新作製作を断念してはゐない分、新東宝よりはマシといへるのかも知れないが矢張り半死半生のエクセスと、エース格の松岡邦彦も終に運命を共にしてしまつたのか、松岡邦彦映画にしては大いにスケールもグルーヴ感も不足した一作。そもそもが、宝部ゆきのファースト・カットから、劇中時制で丸々一昼夜を分数もタップリ費やしての、直也の白日夢ループが異常に長い長い。全く形式的に限定して、純粋にそのことのみに関する吃驚感だけならばなくもないが、以降は梨沙の正体についての詳細も語られず仕舞ひの性急あるいは雑な展開の内に、結局三郎を片付けるに止(とど)まり直也の一皮も剥けないままでは流石に頂けない。三郎の制服を勝手に拝借したとはいへ殆ど応援団員テイストの、乳も放り出した陽子が郵便局のカウンターに悠然と腰掛け直也を迎撃する、無頼で淫靡なショットには突破力も漲るものの、お話が形になつてゐないでは始まらない。手数が明らかに不足し六合目か七合目辺りで力尽きた感が強く、松岡邦彦にしては珍しいとも思へるがほんの一時間の尺を、激しく冗漫に持て余す。最終的には何処にも抜けなかつた物語の、澱みが残されるばかりである。


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 「男で愛して 女でも愛して -盗まれた情火-」(2009/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:酒井正次/助監督:関谷和樹/監督助手:大城義弘/撮影助手:橋本彩子・小川健太/照明助手:大橋陽一郎/編集助手:鷹野朋子/スチール:佐藤初太郎/選曲:山田案山子/録音:シネ・キャビン/制作応援:山口稲次郎・山口通平/現像:東映ラボ・テック/出演:MIZUKI・里見瑶子・ほたる・柳東史・竹本泰史・小林節彦・吉岡睦雄)。出演者中、竹本泰史が再改名したのか、本篇クレジットに於いても泰志でなく泰史。
 どうやら、研究なり教鞭によつて収入を手にし得る職には就いてゐないと思しき、兎も角博物学者の矢島圭吾(柳)が、菌類の採集に奥深い森に分け入る。チノパルス―和名:イヌノチンポ―だとかいふ珍しい茸と称した、美術的には単なるバイブレーターを発見し悦に入る矢島は、静寂を切り裂く少年の悲鳴を耳にする。声のする方に矢島が駆けつけると、足を押さへ苦悶する美少年・トロ(MIZUKI)と、傍らにはマムシに対する注意を促す看板が。咬まれたのかと矢島がトロの太股に口をつけ、毒を吸ひ出さうとしてゐるところに、今度は物騒な山男・花輪(小林)が大登場。末節にて再度触れるが、厳密な二人の関係はよく見えないまゝに、矢島がトロを誘惑しようとしたと誤解した花輪は、いきなり日本刀を抜くや斬りかゝる。出来ない殺陣は潔く見せない応酬の末、真剣白羽取りから刀を奪つた矢島は、一太刀の下(もと)に花輪を返り討つ。一方その頃矢島家では、帰りの遅い夫を妻の香織(里見)と、矢島とは大学時代からの友人であり文化人類学教授の石橋由紀夫(竹本)が待つ。妻と親友の気も知らず、矢島はトロを伴ひまるで遊びに行つてゐた子供同士のやうに仲良く帰宅。当然のことながら、その男の子は何処から連れて来た誰なんだといふ話になりつつ、矢島は花輪との文字通り刃傷沙汰は秘した上で森の中でトロと出会つた顛末を話し、ことによると現代人には失はれた野生を未だ有してゐるやも知れぬ、トロを研究対象として家に置く旨言ひ包める。殆ど律にすら触れかねない大絶賛非常識に関しては、虚構の飛躍に免じて通り過ぎるほかない。トロは矢島のおさがりならば袖を通す反面、香織の新しく買つて来た洋服には見向きもしない。料理も香織が作つたものは口にせず、そのくせ香織がパートで勤めるケーキ工場のシフォンケーキは、木の実よりも甘くて茸よりもフーワフワだと喜んで食べた。明らかに距離の近過ぎる夫とトロとの関係に香織は猜疑を募らせ、石橋は秘かな確信を深める。
 幻想的な森の中から現れた、平素我々が生活する近代市民社会からは隔絶され聖性すら漂はせる少年と、それを取り巻く者どもの幻想譚。といふとまるで山﨑邦紀映画のやうな、アクロバットとロマンティックとが唸りを挙げる枠組ではあれ、周囲に渦巻く愛憎のうち、矢島は無邪気に限度を超えてトロに入れ込む反面、その他が蠢かせる憎悪や欲望の攻撃性と、それらを娯楽映画として安定させるべく包ませるファンキーなオブラートとは、矢張り松岡邦彦の持ち味であらう。大きく二つ見られるエッジの効いたギャグの中で、一つ目はほたる(=葉月螢)のファースト・カット。香織の実家は、一族から政治家も多数輩出する名家であつた。聴衆もゐない更地の前でビール箱に乗り演説してゐるところに、トロとお散歩の最中の矢島が通りがかるもそのまゝ気付かぬふりで通り過ぎられようとするほたるは、香織の従姉で全国愛人同盟―何だその政治団体は―の市議会議員候補にして、藤川優里ならぬ藤森裕里。愛人も自信を持つて子供を産み、その出生によつて少子化を解消しようなどといふ政見がアナーキーで笑かせる。頼むから、その際にはまづ卓袱台を引つ繰り返す勢ひの民法全面改正から始めて呉れ。もう一つの石橋の正しくカミングアウトは、誇張でなく抱腹絶倒。卓越した受けを見せる里見瑶子と清々しい落差を演じ分ける竹本泰史、綺麗に二枚並んだ看板の力も借り、稀に見るレベルの完成度を誇る。正方向からはほゞ唯一とすらいへる濡れ場らしい濡れ場への、導入を果たしてゐる点も麗しい。終盤の香織のクラッシュに関しては、流石に薮から木に竹を接いだ印象も禁じ難いものの、こゝは最早、富野由悠季ばりの皆殺しぶりを味はへばいゝのか。配役残り吉岡睦雄は、矢島とは別の意味で即物的にトロに執心する石橋に、激越に嫉妬の炎を燃やす教へ子・薬師寺丸夫。底の浅いエキセントリックが、ヒステリーに上手く馴染む。
 主演はエクセス初出演といふエクセス・ルールにも則つとり初めて見る顔で、MIZUKIだけでは検索してみても素性には全く辿り着けぬが、神秘的な美少年・トロを演ずる主演のMIZUKIは女優である。何処から連れて来たのか判らない謎の主演女優といへば、前年「クリーニング恥娘。 いやらしい染み」の長崎メグも想起される。MIZUKIに話を戻すと、持ち前のいはゆる男顔も功を奏し、どう見ても女にしか見えないまゝ「私が愛した下唇」(2000/監督:片山圭太)に於いて男装に果敢に挑んだ里見瑶子よりは、余程健闘してゐる。劇中基本的にはトロは一貫して少年の姿に止(とど)まり、ポスターや題名から想起されるやうな、トロ夫とトロ子との間のスイッチは行はれない。さうなると、九月公開の今作の七箇月前に封切られた、「仮面の宿命 ~美しき裸天使~」(2009/提供:オーピー映画/脚本・監督:山﨑邦紀)がもしかすると最後の薔薇族映画になるやも知れぬと噂される中、主演に女優を据ゑた変則的な、即ちピンクの仮面を被つたゲイ映画といふ視点も、あるいは成立し得るのではあるまいか。トロを間に挟んだ矢島と石橋のエロスはお腹一杯に十全に描かれる反面、里見瑶子の場合は実は驚くほどに、ほたるに至つては、このまゝ脱がずに映画が終つてしまふのではなからうかと本気で危惧させられるくらゐ、ピンク映画の割に女の裸比率はよくよく気がつくと画期的に低い。

 等々と、漫然と書き連ねてはみたけれど。最終的には当サイトは今作を前に、手をこまねき立ち竦まざるを得ない。仕方がないので正直に自らの不分明と恥を晒すが、シフォンケーキとキャピタリズムとを掛けた趣向までは酌めたのが関の山で、矢島改めマイケルが女体化したトロ子を後ろから激しく突く、ラスト・シーンを如何に理解すべきか正直皆目判らなかつた。映画をも超自然的なまゝ綺麗なまゝには畳ませないぜといふ、松岡邦彦の全方位的な黒さが垣間見えたやうな気もしつつ、全く以て覚束ない。仮にあのカットが頓珍漢な蛇足だといふならばまだしも、手も足も出ない。大人しくプリミティブな、といふか要はプアな完敗を認めるばかりである。

 以下は再戦に際しての相変らず覚束ない付記< オーラスは松岡邦彦流の堕落論でなければ、あるいは偽装ピンクの実質薔薇族に関して、エクセスの目を眩ませるためのエクスキューズか。何れにせよ何れも見当違ひにせよ、確たる正解には矢張り辿り着けなかつた


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 「息子と寝る義母 初夜の寝床」(2002『義母尻 息子がしたい夜』の2009年旧作改題版/製作:ネクストワン/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:黒川幸則・松岡邦彦/企画:稲山悌二/プロデューサー:秋山兼定《ネクストワン》撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:菊池純一/音楽:戎一郎/助監督:竹洞哲也/監督助手:伊藤一平/撮影助手:中澤正行/照明助手:野崎勇雄/編集助手:佐藤崇・細野優理子/録音:シネキャビン/スチール:山本千里/タイトル:道川昭/現像:東映化学/出演:岡崎美女・ゆき・風間今日子・園部貴一・森士林・吉田祐健)。
 布団の上、胸から上のみ抜いた主演女優の裸で開巻。フレームには入らない男に引かれた女の体が、スクリーン下方にズルッと正しく消えたところでタイトル・イン。即座に女の上半身は再び画面の中に投げ出され、なほも絡みは続く。抜群の艶技にも加速され、極めて爽快なスタート・ダッシュである。高校教師の父・野方喬(吉田)と義母・佳乃(岡崎)の夫婦生活に、喬の連れ子で留年大学生の駿一(園部)が熱い視線を注ぐ。佳乃の娘で、高卒でOLになつたばかりの新井まり乃(ゆき)は、未だ帰らない。まり乃の担任が喬であつたことから、互ひに一度目の離婚事由が不明な二人が出会つたものだつた。翌日、怠惰な駿一は何時までも起きて来ない中、昨晩は励み過ぎたか寝不足を訴へながら喬が出勤すると、こちらも目覚めの悪い佳乃はシャワーを浴びる。こゝでの文字通りの濡れ場、岡崎美女が自ら乳房全体を引張るやうに摘んだ乳首に、熱い湯を浴びせ愉悦するシークエンスが感動的にエロくて素晴らしい。最終的には必殺の一撃あれば、それでその映画は十分であらうと当サイトは思ふ。洗面所で顔を洗はうとした駿一と、浴室から出て来た佳乃が鉢合はせしてみたりなんぞしつつ、中々大学に出て来ないダメ彼氏を、椎名日和(風間)が迎へに来る。部屋に連れ込まれ力任せ気味に抱かれたまではいゝとして、駿一のベクトルを看て取つた日和は義息の秘めた欲情を佳乃に暴露すると、野方家から飛び出したまゝ、以降清々しく一切登場しない。駿一との二人きりに居た堪れなくなりこちらも家を出た佳乃は、前夫ではなからうと思ふが、絶妙にかつての関係が明確ではない古田一郎(森)と再会する。古田は北京への転勤が決まり、あはよくばついて来て呉れないものかと佳乃を訪ねて来たのだつた。
 直截にいへばヤリたい盛りの主人公が、女盛りの義母と一応禁断の一線を越える。手短にも何も、それ以外のサムシングが特になければ、それ以上のサプライズも別にない。プレゼントがあるといふ喬に対し、佳乃が「何?」と美しい瞳を輝かせた間髪入れぬ次のカットでは喬が佳乃を張形でヒイヒイ泣かせる繋ぎには、絶品の小気味よさが煌く。何故だか吉田祐健を明確にロック・オンしたゆきことまり乃が、超絶にハマリ役といへる淫蕩な小悪魔として野方家を桃色に揺さぶるまでの展開は充実を見せるものの、肝心要の佳乃と駿一が初めて体を重ねる件に関しては、段取りが十全に整へられてゐるやうには必ずしも映らない。佳乃が夫と娘の不義に果たして気づいてゐたのかあるいはといふ件は、演者の未熟にも火に油を注がれ、どうにもかうにもぎこちなくて仕方がない。加へて、回る全自動洗濯機の水泡に佳乃の心模様を重ね合はせてみたり、佳乃の方から背を伸ばし駿一に唇を合はせる画を、計三度蒸し返しもとい繰り返し連ねてみせるセンスは、2002年当時でも既に古臭からう。そもそも、公表プロフィールを鵜呑みにするならば六つしか違はない岡崎美女(昭和47生)とゆき(昭和53生)が絶対に姉妹にしか見えないのだが、正に本来ならば齟齬となるべきその無理こそ、今作の雌雄を決する。キャイキャイ母娘の仲の良さを感じさせる場面もある二人の、ツー・ショットの爆発的な麗しさがこの際全て。煩瑣な些末は気にするな、さういふ態度で乗り切れよう、ソリッド系実用部門の習作ともいふべき一作。翌年の園部亜門シリーズ第四作に於いては壮絶な棒立ち大根を炸裂させてしまつた岡崎美女も、決して素の芝居も上手いとはいひ難いが、それでも今作に関しては不思議なほど活き活きして見える。いはゆる男顔が琴線を直撃する点に関しては極々私的な事情といふか単なる嗜好にすぎないが、演出家が変れば斯くも変るといふことなのであらうか。

 今の目で改めて観返してみたところ、近作には感じられない映画全体の粘着質な感じが、この頃の松岡邦彦の特徴的な肌触りであつたと再認識した。


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 「福まんの人妻 男を立たす法則」(2009/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人《エクセス・フィルム》/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:酒井正次/助監督:新居あゆみ/監督助手:府川絵里奈/撮影助手:松宮学・重田学/照明助手:大橋陽一郎/編集助手:鷹野朋子/選曲:山田案山子/応援:関谷和樹/出演:伊沢涼子・夏川亜咲・倖田李梨・吉岡睦雄・小林節彦・世志男/友情出演:柳東史)。実際のビリングは、小林節彦と世志男の間に柳東史を挿む。
 結婚式場の新婦控室、結婚は二度目にして、初めての式に挑む旧姓大沢和恵(伊沢)は満面の笑みを浮かべ、そんな母親を、身支度を手伝ひながら娘の恵美(夏川)も祝福する。二人の傍らには、場違ひな札束。和恵は宝くじで一億を当て、その金でこれまでの人生をやり直すのだ。するとそこに、古川六郎(小林)の制止を振り切り元夫の登(世志男)が、せめて手切れ金だけでも貰へまいかと無様に現れる。そんな登を蹴散らすかのやうに、新郎の渡辺巧(吉岡)も登場。吉岡睦雄の底の抜けたハンサムぶりが、演出意図をさりげなくも明快に伝へる。式の直前だといふのに、堪へきれない二人は諭吉先生を浴びながら初夜を前倒す。のはひとまづいいとして、一箇所気になる点が。体位は立位の後背位、二人の後方より巧に突かれながら和恵が自らの右太股に手を回すショットから、カット変りカメラが前に回ると、いきなり今度は和恵が両手で札を握り締めてゐるのは、些か繋がりが悪い。
 それはさて措き、舞台移ると、何処いら周辺なのか、映画を観てゐるだけで何となく判らないのが地方在住者の悲しさでもあるのだが、東京は下町の零細印刷工場・大沢印刷(仮称)。頭の弱い従業員の六郎が、作業しながら居眠りしてしまつた和恵を揺り起こす。開巻から夢オチとは、見上げた度胸だぜ。再びするとそこに、仕事もホッぽらかし油を売つてゐた登が、儲け話だと喜び勇んで帰つて来る。ところが登は何のことはない、ポップなネズミ講に騙されて来ただけで、和恵は呆れ果てる。まるで当たつた例(ためし)もないのに、趣味の宝くじを買つた帰りの和恵に、警察から電話が入る。実家を出てゐる恵美が、出会ひ系喫茶で摘発されたとのこと。身元を引き受けに向かつた和恵は、巧が店員の、恵美曰くクソ不味いラーメン屋にてほとぼりを冷ます。相変らず外れてゐたので和恵が店に置いて来た空くじを、後日出前のついでに巧が持つて来る。外れてゐるのに、といふ和恵に対し、巧はいふ。巧の母親が外れくじを神棚に供へ拝んでゐたところ、一億が当たつたといふのだ。真に受けて和恵も外れくじを拝んでみると、早速三万円が当たる。神棚に拝む和恵に最後に十字を切らせてみせる辺りが、流石松岡邦彦ではある。
 倖田李梨は、夫には内緒で三万円のお礼にと巧とのデートに和恵が出かけた直後に大沢印刷を訪ねる、登のことを“お兄ちやん”と呼ぶ幼馴染の、引退したストリッパー・リリーこと小田理沙。今は未ださうも見えなかつたが、多臓器を病に冒され、臓器移植しなければ余命幾許もない状態にあつた。友情出演とはいへポスターにも名前の載る柳東史は、もう一名の見切れ要員を伴なひ和恵を出迎へる銀行員。
 松岡邦彦の2009年第一作は、W不倫もクロスさせた、降つて湧いた大金に右往左往させられる、情けなくも憎みきれない小市民達の悲喜劇。結論からいふと、松岡邦彦の暗黒面が、昨今の王道娯楽映画路線に寄り切られた一篇ともいへる。不意に手にした一億を手に、一度は巧との新生活を考へぬでもなかつた和恵は、俄に巧が見せる俗物の顔に幻滅する。すると巧は叫ぶ、使はない金など絵に描いた餅だ、絵なんてどうでもいい、俺は餅が食ひたいんだ、と。かつては絵を嗜み、経済的事情から断念したものの美大への進学も希望した巧にさう叫ばせたところに、尚一層ラウドな台詞が重みを増す。効果的な巧の転調と、そこかしこで適宜に、六郎は素直に“純真な愚鈍”として機能する。出番はワン・シーンのみながら、理沙も純然たる濡れ場担当に押しやることなく物語本体に回収する。物語は淀みなく娯楽映画として順当な結末にまで辿り着きはするのだが、ほかでもない“エクセスの黒い彗星”松岡邦彦作だけに、さう思へばハードルが上がつた分だけ物足りなさが残らぬでもない。展開は実に卒のない経過を辿るのだが、逆からいへば捻りには欠け、綺麗過ぎる。結局、さして大振りすることもないエゴを和恵は夫婦愛の確認といふ美名、あるいは一時的な錯覚の下に半ば放棄してしまひ、松岡映画にしては甚だ意外なことに、本性を現すこともない理沙も単なる気の毒な難病要員に止(とど)まる。純粋な利己心の結晶たる恵美は、場面を繋ぐ程度で殆ど満足に暴れさせては貰へない。和恵を牽制する為に六郎が巧の部屋に投げ込んだ6印の野球のボールを、返さうとして受け取りを拒否された和恵が殊更に6印をカメラに向け机の上に置くカットも、今ひとつ後々には活きて来ない。呆気なさが清々しい巧の最期に繋がるといふのかも知れないが、その件自体が随分唐突で、直截にいへばぞんざいなものである。適度に爛れた伊沢涼子はお腹一杯に堪能出来る反面、倖田李梨は兎も角夏川亜咲の絡みがガチャガチャとした一度きりであるのも惜しい。緊迫感の中で満足に見せて呉れない以上、夏川亜咲は濡れ場要員にすらなり得まい。観客全員が引つくり返るやうな大技が何時炸裂するのか何処で炸裂するのかと固唾を呑んでゐると、そのままど真ん中にストレートを投げ込まれ見送り三振を取られてしまつた、さういふ感の強い一作。間違つても詰まらないといふことはないのだが、敵が松岡邦彦だと思ふと難しいところではある。

 もしかすると、大沢印刷は川上印刷(仮称)と同じ物件ではなからうかとも思つたものだが、流石に確証は持てなかつた。

 以下は何度目か判らない再見に際しての付記< これもしかして、和恵は里見瑤子のアテレコ?


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 「黒下着の日 主婦は浮気をする」(2001『玲子の秘密 多淫症の人妻』の2009年旧作改題版/製作:ネクストワン/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:黒川幸則・松岡邦彦/企画:稲山悌二《エクセスフィルム》/プロデューサー:秋山兼定《ネクストワン》/撮影:村石直人/照明:赤津淳一/編集:大永昌弘/録音:中村幸雄/音楽:戎一郎/助監督:堀禎一/監督助手:竹洞哲也/撮影助手:石山稔/照明助手:佐々木英二/編集助手:佐藤崇/メイク:マキ/スチール:山本千里/タイトル:道川昭/ネガ編集:三陽編集室/録音スタジオ:シネキャビン/現像:東映化学/出演:川奈まり子・ゆき・河村栞・本多菊次郎・岡部貴一・牧村耕次)。出演者中本多菊次郎が、ポスターでも本多菊次郎。
 川村玲子(川奈)は生徒の授業ボイコットに心を乱す高校教師の夫・直之(本多)から、元教へ子の東和史(岡部)がコピーライターを探してゐるといふ話を持ちかけられる。玲子は婚前、編集者の職に就いてゐた。とりあへず東と会つてみた玲子は、東を取り巻く淫蕩な魑魅魍魎にも包囲され、次第に爛れた愛欲に絡め取られて行く。フットワーク抜群の色魔といふポジションが、まるでアテ書きされたかのやうな横浜抜きのゆきは、東が玲子との待ち合はせに使ふ喫茶店の預りミストレス・桑田真由。東によると、コーヒーは東が淹れた方が旨いらしい。真由に輪をかけた貪欲な性欲とついでに食欲とを振るふ牧村耕次は、イタリアから帰国した喫茶店オーナー、兼真由情夫の高城庸一。所詮若造の岡部貴一を鼻であしらふ、円熟した好色漢を好演する。純然たる絡み要員に止(とど)まりながらも十分に魅力を輝かせる河村栞は、直之贔屓のホテトル嬢・遥。
 川奈まり子は心に隙間を抱へた風情を綺麗に表現してみせてはゐるのだが、作劇上の段取り的に、玲子がよろめく契機なりあるいは過程は、決して十全に描かれてある訳ではない。よろめかせる側の岡部貴一も若い間男といへば確かに若いものの、色男といふよりは“個性的”と評されることの多からう面相で、存在感も乏しく如何せん魅力に欠ける。桃色方面には何ら不足はないながら、展開の始終は最終的には力を持ち得ず雪崩式に、あるいは済し崩し的に流れて行つてしまふ感は強い、最終盤までは。ところが、初めは如何なものよと首を傾げざるを得ないコンセプトの東依頼分コピーを意外な飛び道具に、華麗なる力技で物語を然るべきハッピー・ピンク・エンドに落ち着かせてみせるラストはお見事。最後の濡れ場の夫婦生活に際しても、一歩軸足を踏み外して勘違ひすれば綺麗に仕上げたくもなりかねないところを、一貫したアグレッシブな煽情性を忘れない姿勢も天晴である。夫婦揃つてお痛をしてもゐるのだが、などといふ素朴な疑問はこの際禁句だ。完全に開花した松岡邦彦の最近作と比較すると、硬さや心許なさが垣間見えもするのだが、反面、画面の硬質感といふ面に於いては、この頃の方が長じてゐたやうにも映る。この件に関しては好き嫌ひに加へ敷居の高低といふ面まで含め、娯楽映画としての落とし処を果たして何処ら辺に持つて来るのが相当なのかといふ問題は、容易に答への出せるやうな議論にも思へないが。

 ここから先は広義にも今作の感想からは全く離れるが、二つ前のエントリーの「口説き屋麗子」と二作、新題に残滓は欠片も感じられないものの二作レイコ映画を並べてみせた、前田有楽の番組センスのさりげないお洒落さには敬意を表したい。


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 煌く滝田洋二郎三連撃を通過したその上で、「滝田洋二郎のピンクが面白かつた」といふのならば判るが、「昔のピンクは良かつた」と来た日には冗談ぢやないぜ。今の俺達には、松岡邦彦がゐるぢやないか。

 「母性愛の女 昼間からしたい!」(2008/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:酒井正次/助監督:山口稲次郎/監督助手:高野佳子/撮影助手:橋本彩子/照明助手:神永順一/編集助手:鷹野朋子/録音:シネ・キャビン/選曲:梅沢身知子/スチール:佐藤初太郎/協力:関谷和樹/現像:東映ラボ・テック/出演:浅井舞香・真咲南朋・酒井あずさ・千葉尚之・柳東史・久保田泰也・小林節彦・小川はるみ・サーモン鮭山・吉岡睦雄・若林美保)。因みに女優部中、脱いで絡むのは順当に真咲南朋まで。通例の倍近い大目の出演者は、全員ポスターにも名前が載る。
 福祉法人「幸世会」里親連盟代表・内藤マキ(小川)が、児童施設ボランティア・小泉茜(浅井)の熱意を讃へる。持参した水筒に手をやる仕草に対し、茜は来客に茶も出さぬ非礼を詫びようとするが、マキは遮る。これしか飲まぬといふ「御神水」をマキから勧められた茜も口にしてみるが、それは恐ろしく不味かつた。茜はコロッと心酔してゐる風だが、ポップに充満するマキの胡散臭さに、人間性の悪なることを見据ゑた松岡邦彦のビートが開巻からビリッビリ感じられる。子供のゐない茜は商社マンの夫・真(柳)に対し、藪から棒に恵まれない子供の里親にならうだなどと言ひ出すが、当然の如く当惑する真に反対されると、逆ギレとしか思へないが臍を曲げた茜は夫婦生活を拒む。メガネがエロい若林美穂が司会のテレビ番組にて、コメンテーターの大学教授・淀川ミツオ(サーモン)が語る。凶悪犯罪を犯した者が殺すのは誰でも良かつた云々といふ場合、本当はその対象は親であるのだ、とかいふ適当な能書。サーモン鮭山も松岡邦彦の演出意図に応へシニカルな薄つぺらさを爆裂させるものの、茜はまんまと真に受ける同じ番組を見る吉岡睦雄の家で、電気配線工アルバイトの柳智浩(千葉)が、コンビを組むB系の森岡善(久保田)と作業する。二人が次に向かつた一軒家は不在のやうだつたが、智浩の制止も聞かず森岡が勝手に上がり込んでみたところ、クリミナルにも死体が転がつてゐた。逃げ帰る二人、画面には見切れぬ死体を森岡が発見する一方、智浩はその家で、拳銃を拾つてゐた。智浩が帰宅すると、大病を患ひ床に臥せる父・巌夫(小林)と、義母・悦子(酒井)が破廉恥に情を交してゐた。巌夫は病気で仕事が出来なくなると一切登場しない前妻、即ち智浩の母には逃げられ、息子の僅かな稼ぎで生活しながら、看護婦上がりの悦子と再婚してゐた。自宅だといふのに、濡れ場の途中でカット跨ぐと悦子が白衣を着てゐたりする、確信犯的な不自然さは天晴。整合性の上では兎も角、客の見たいものを見せる、それは娯楽映画として極めて誠実な態度である筈だ。悦子も悦子で、巌夫を保険金目当てに殺害しようとする気配をあからさまに漂はせつつ、迂闊な巌夫は全く気づかず、何処が病人なのか後妻の女体に驚喜するばかり。智浩には帰るところがないどころか、そもそも殆ど家庭すら存在しなかつた。翌日、森岡がサボッてしまつたゆゑ、智浩は一人で茜の家に向かふ。豊かな商社マンの生活に羨望の眼差しを向けるも、即座に力なく諦めてしまふ智浩に対し、俄かに健康的ではない母性を刺激された茜は、英会話くらゐなら自分が教へる旨を約束する。
 ファースト・カットから胸の谷間も派手に露な、殆ど水着のやうなエロ服で登場するや足回り抜群の弾ける色香を振り撒く真咲南朋は、森岡が童貞の智浩に紹介する目的で連れて来ておいて、結局は自分で喰つてしまふ知美幸。美幸は智浩が小学生の頃の同級生・西村君(全く登場しない)の妹であつたが、両親の離婚を機に、智浩の前から姿を消してゐた。
 “エクセスの黒い彗星”松岡邦彦2008年怒涛の第四作は、未だ足りぬ、未だ足りぬと貪欲に、人間といふ生き物の本性を、あるいは嘲笑こそされ、決して祝福はされ得ぬものと描き抜いた、描き倒した問題作。無防備な善意を食ひ物にする魔女、金にも色にも強欲な毒婦。それらとの対比の上では無邪気とすらいへるものの、自己中心的な女狂ひ達。魑魅魍魎や有象無象どもに囲まれた心に隙間を抱へる女は、やがて勘違ひを拗らせると走り出し、捻れた母性を狂ひ咲かせる。女と出会つた、予め全てから阻害された無力な男は、つられて危なつかしく走り始めてはみるが、済し崩すやうに暴発するのが関の山で、無様に転ぶ。“妥協”などといふ言葉は知らないかの如く、歪み抜いた、歪み通した物語には、いつそ清々しさすら感じられて来る。主役二人の―心を―病んだ人間と典型的なダメ人間以外には、仮に他人に悪を為さずとも欲に塗(まみ)れてゐるといふ意味では、何れにせよ兎にも角にも悪人しか出て来ない。松岡邦彦の繰り出す暗黒ピンクに、一曇りの迷ひなし。暗黒の馬力と同時に、松岡邦彦が誇るのが縦横無尽、硬軟自在な融通性。真にタイのチェンマイへの出張ではなく、赴任が決定する。ここは劇中世間の狭さも感じさせぬではないが、実は美幸と不倫関係にある真は、美幸を連れて行く心積もりで、茜に対してはチェンマイについて来るやう求めない。ところが、病的なフットワークで明後日に改心した茜は、夫に随伴することに理解を示す。したところで、当ての外れた真が顔色を変へる瞬間は絶品。絶妙にビブラートさせた柳東史の「え?」には、激しく笑かされた。エンジンの馬鹿デカさに加へた、シャープな繊細もさりげなく輝く。茜が智浩に一旦は押し倒された件での、事前にマキから夫婦仲の足しにと渡されてゐたエロDVDの使ひ方のスマートさには感動した。更に更に、暗黒とはいへども、勿論ピンクである。滲み出るいやらしさが抜群の浅井舞香に、まるでこの人は、一番いいところで歳をとるのを忘れてしまつたのではないか、とすら思はせる酒井あずさ。超攻撃的な熟女ツートップに添へる三番手には、地味に芝居勘もあるピッチピチの小娘。茜が履き違へた母性が桃色の方向に転がるお約束の好都合も軽やかに、頑丈な布陣にも支へられた今作、即物的な煽情性の面に於いても一欠片の不足さへ見当たらぬ。
 とはいへ、全く手放しに何の問題もない、訳では必ずしもない。両親の離婚後、実は幸世会の里親に引き取られた美幸が性的虐待を受けた挙句AVに出演させられてゐた、などといふ外堀の埋め方の十全さには執念すら感じさせるが、真とチェンマイを目指すのは、チェンマイに売られた兄を探すため、とまでいふのは流石に些か過積載の誹りも免れ得まい。更にいふならば、子供が売り買ひされるとしてもその場合、経済情勢的にはまづ流れが逆ではなからうか。折角拳銃まで持ち出しておきながら、智浩三発目の、そして最大のイベントが短い、しかも伝聞情報のみで片付けて済まされるのも如何せん弱い。てんこ盛りのキナ臭いネタの数々を、ギャグといふ方便で勢ひで振り逃げ得た前作と比べれば、精一杯伏線を展開せんとした手数は窺へるが、どうしても消化不良感は残る。前々作「人妻のじかん 夫以外と寝る時」(主演:山口真里)と同趣向の、勘違ひも華麗に通り越した気違ひ女ものとしては出来上がつてゐる反面、智浩視点の、追ひ詰められたダメ人間の自滅ものとしての側面は、甚だ中途に止まる、と難じざるを得ない。よくいへばディスサティスファクションの表れともいへようが、明らかに尺が足らない。そこで女の裸を削るといふのは間違つた対処法、選択肢であるのはいふまでもないにせよ、その上で茜のある意味喜劇と、智浩の人騒がせな悲劇とを共々描き切るには、六十分では短過ぎる。だからといつて、松岡邦彦にそこから飛び出されたとしても、その場合喜べばいいのか寂しがればいいものやら、気持ちの落とし処を見つけかねるところでもあるのだが。

 森岡から童貞呼ばはりされた際の智浩の憤怒の表情は良かつたが、即座に続けての二つ目の凶行は明白にヌルい。逼迫した状況下での撮影であるのは想像に難くないが、アクション演出としては、矢張りお粗末にさうゐない。仕方のない部分であるのかも知れないが、超えようとしない限界は、単なる行き止まりに過ぎなくもある。


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 「クリーニング恥娘。 いやらしい染み」(2008/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:酒井正次/助監督:永井卓爾/監督助手:関谷和樹/出演:長崎メグ・しのざきさとみ・倖田李梨・世志男・竹本泰志・吉岡睦雄・柳東史/特別出演:飯島大介)。駄目だ、クレジットが流れるのが速過ぎる。特別出演が飯島大介だけなのか、柳東史まで含めてなのかすら微妙。
 自ら積極的も通り越し最短距離でセックスを求めるアプローチを仕掛ける少女と、必死に食下がる少女を引き摺りながら振り払はうとする男とが、公園をロング・ショットで右から左へと横断する。少女は、二十歳の誕生日を目前に控へた浜崎鈴(長崎)。男は、鈴の実家「ナガサキクリーニング」の常連客で、市役所職員の田宮良一(竹本)。田宮がナガサキクリーニングに通ふのは、鈴は別にどうでもよく、鈴の母親・晃子(しのざき)のことが好きだからであつた。田宮は若い女には興味を抱かぬ性癖の、しかも頑強な持ち主だつた。ところで、かうして感想を書きながら現在進行形で本当にたつた今気付いたのだが、この物語、まさか舞台は主演長崎メグのリアル実家ではあるまいな?表面的にはひた隠された更なるダークネスが、今作には存してゐるのであらうか。
 不貞腐れた鈴は、衝動的に家を出ることを決意する。不動産業者・堺健作(吉岡)に通された部屋をよく確認もせずに一目で気に入るものの、鈴に先立つものはなかつた。そのことに一切立ち止まるでもなく、それならばと堺が鈴に覆ひ被さるのが、今作最初の濡れ場。ここで、ここは触れてよいものやら通り過ぎる方が大人の対応といへるのか甚だ判断に苦しむところではあるのだが、長崎メグは、この娘<アトピー>か?見てはいけないものを見せられてしまつたかのやうな、変に複雑な心境にモジモジさせられる。小屋に木戸銭を落として、黙つて映画を観てゐるだけなのに。
 鈴がひとまづ帰宅すると、クリーニング協会からの連絡を受けた晃子が、ナガサキクリーニングに凄腕の男が来て呉れることになつたと喜んでゐた。ところがいざ現れた、風体もだらしなく、うだつの上がらぬを通り越し見るからに不審な小倉久志(世志男)を前にした、母娘は猜疑と嫌悪とを露にする。聞けば何と小倉は網走刑務所内で服役中にクリーニング技術を習得した、幼女誘拐・監禁犯であるといふのだ。若い娘も居るのに冗談ではないとヒステリックな拒否反応を示す晃子に対し、十二歳以上の女には反応しないから大丈夫だなどと小倉は出鱈目に弁明する。変態といふとサーモン鮭山の名前も容易に浮かぶところではあるが、体の大きさからしてどうしても鈍重感が拭ひきれないサーモン鮭山に対し、世志男だと小回りが利くことに加へ、この人一面ではポップな可愛らしさも持ち合はせる。晃子は早速断りの抗議を入れるが、犯罪者の社会復帰を支援する方針である云々などと、協会からは押し切られてしまふ。田宮は母に奪はれた形の鈴は、すつたもんだしながらも、ひとつ屋根の下に暮らす中で徐々に小倉との距離を縮めて行く。
 倖田李梨は、小倉を伴つた鈴が冒頭の濡れ場をこなした隠れ家を訪れたところ、要は鈴と同じやうな形で、堺に抱かれてゐた女・西原歌織。「終りは始まりよ」と、最終的にはそれほど機能を果たす訳でもない意味深なメッセージを鈴に残しつつ、この際どうでもいいが、絶妙に明示は避けてもゐるが歌織は堺を殺してしまつてはゐないか?柳東史と飯島大介は、些かの誇張でもなく驚天動地の結末をナガサキクリーニングにもたらす、刑事AとB。ここでのパクる方とパクられる方、両面万全にこなせる飯島大介といふさりげない切り札登場の以前に、事前の田宮にとつては念願叶つての晃子との濡れ場で落とされた、伏線があまりにも秀逸。なほかつ、それがそもそも濡れ場で落とされるといふこと自体が、ピンク映画として限りなく麗しい。
 少女の名残を力強く感じさせる体型も含め全方位的に微妙な主演女優に、映画全体としての完成度は高いのか低いのか正直よく判らない。が、淫乱はピンクなのでまあさて措きエッジの効いた変態性向、重大犯罪、果ては国際情勢の闇まで盛り込んだ攻撃的でハイ・スピードな喜劇は、正しく“エクセスの黒い彗星”松岡邦彦の独壇場。不謹慎などといふ単語は、恐らくこの人の辞書にはなからう。犯した犯罪の詳細について尋ねられた小倉は、鈴に耳打ちする。観客には知らされない形で囁かれる内に、それが一体如何程の内容なのか、鈴は段々と欲情して来る。乗じて頂くことにする小倉ではあつたが、調子に乗り過ぎフと漏らした、「クリーニング屋でクンリニング」だなどと他愛ない駄洒落で鈴が醒めてしまふ。といふベタな小ネタまで含めて、全篇を通して現象論レベルでもギャグ演出は絶好調、面白いことは無類に面白い。文字通りの衝撃の真実が明らかとなつたオーラス、ここで出し抜けに歌織を持ち出しての闇雲なファンタジー展開は、離れ業ともいへ、濡れ場要員の回収に際する松岡邦彦の誠意、あるいは苦心を酌み取ればよいのか、それとも矢張り単なる木に接いだ竹か。評価面では捉へ処に少々欠きつつも、振り抜かれた松岡邦彦の暗黒性は縦横無尽に狂ひ咲く、極めて強烈な一作である。素晴らしいとはいひかねたとしても、箆棒に面白いことは間違ひない。

 ところでタイトル“クリーニング恥娘。”の“恥”は、一体何処から出て来たのだらう。よもやエクセス看板の“恥母”シリーズに続く、“恥娘”シリーズを今後は繰り広げてみせるつもりか。


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 「中川准教授の淫びな日々」(2008/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:酒井正次/助監督:永井卓爾/監督助手:関谷和樹/撮影助手:下田麻美/照明助手:金田佑輝/音楽:戎一郎/出演:平沢里菜子・藍山みなみ・酒井あずさ・那波隆史・伊庭圭介・世志男)。淫靡の“靡”の字は、映画タイトルには持ち込めなかつたのか、字面が些か間が伸びてしまふ感は禁じ得ない。
 何とか工芸大学、洋の東西に於ける近親相姦の社会的位置づけの相違について、人文社会研究課―劇中表示ママ―の中川四郎准教授(那波)がたどたどしく講義する。自分の講義なのに何とかならんのか中川の所在無さは、切れ味鋭いラスト・シーンとの対照の為ともいへ、那波隆史の大根ぶりに形にならない。ここは矢張り、なかみつせいじか吉田祐健で観たかつたところではある。小林節彦では、親子関係からして―見た目的に―少々歳を喰ひ過ぎか。ノートもテキストも広げぬまゝ学生に混じり座つてゐた望月奈々(平沢)が、聴く者を引き寄せる能力に乏しい講義に飽きたのか、モリスのメンソールに火を点ける。他の学生はさりげなく騒然とする中、幾ら何でも非常識に過ぎる奈々を、不甲斐ないにもほどがある中川は注意することすら出来ない。そこに現れた、プリント―大学では、レジュメといふ用語を通例使はないか?―を持つて来た中川の助手・与田種彦(伊庭)は、当然の如く居丈高に奈々を注意する。逆ギレした奈々は、火の点いたタバコを投げ棄て教室を後に。平沢里菜子の鋭角が、早速煌く。教室の中には父親の勤務する大学に通ふ、中川の娘・恵美(藍山)も居た。後に奈々が接近すると、育ちがよく人の好い恵美はコロッと受け容れる。二度目に中川の研究室を強襲した奈々は、弱々しい抵抗を見せる与田と強引に事に及ぶ。事後奈々の吐き捨てる、女優平沢里菜子一撃必殺の名台詞「あんたもタダの男ね、抜いたらカラッポ」。かういはれてしまつては、我々としてはそれこそ実も蓋もない。そこに中川が現れ、狼狽した与田が逃げるやうに退場すると、肌も隠さぬまま奈々は衝撃的な事実を告げる。奈々は、堕ろして呉れたものと思つてゐた中川の私生児で、奈々の母親・奈美(一切登場せず)は、父親は居ぬまま体を売り奈々を育て、昨年死んだ。奈々は、復讐を期して父親である中川の前に現れたといふのだ。
 基本シャープな作劇と、人間性の邪なることを見据ゑた際に炸裂させる比類ない突進力とを誇る、目下当サイトに於いて一押しの“エクセスの黒い彗星”松岡邦彦。その作風にドス桃色にジャスト・フィットしたプロットは、加へてクール&アグレッシブ・ビューティー平沢里菜子を主演に迎へ、絵に描いたやうに恵まれたひとつの家庭が、地獄より襲来した鬼女の前に見事に瓦解して行く復讐譚は綺麗に見応へがある。殆ど唯一の瑕疵は、今作に限らないことともいへ構図、色調とも平板な撮影か。これは所作指導に因るものなのかも知れないが、登場人物が棒立ち気味になつてしまふカットも、全篇を通して散見される。とはいへそんなこんなは最早瑣末とさて措き、然程周到な姦計でもないのかも知れないが、解き放たれた、といふか松岡邦彦に加速された平沢里菜子の、正しく縦横無尽な暴れぷりを心ゆくまで堪能したい。前に出る力に欠く那波隆史は兎も角、残りの出演者は全て里菜子女王の引き立て役か脇の攻撃対象に留め置かせた、配役配置の妙も光る。それが功を奏するのも、磐石の主演女優ぶりを披露する平沢里菜子の決定力あつてこそ。最広義の映画としての総合評価も兎も角、“女優映画”として傑出してゐる。今年のPG誌主催によるピンク映画ベストテンの、主演女優賞の最有力候補であらうか。
 ピンク復帰第二作となる酒井あずさは、中川の妻・瑶子、弁護士ではない。夫から求められた際の、久方振りの夫婦生活に初めは戸惑ひも見せる演技は出色。世志男は、文字通りの奈々女王の奴隷・赤尾恵三。女王様からは“赤犬”と呼ばれ、従順な奴隷兼飛び道具ぶりを好演。この点は清々しく説明が足らない割には不思議とそれほど映画を観進める上での蹉躓とはならないが、恵美と瑤子のことを、何故だか強姦殺害された自らの妻子が、生まれ変つた姿だと思ひ込んでゐる。そもそも、本当に赤尾が結婚してゐたのか、といつた点から不明。

 男女取り合はせて十人前後、講義中の学生役として登場。前作のカルセン生徒といひ、何処から連れて来たのか。よくよく考へてみると、奈々が本当に中川の娘であるのか確認する段取りが欠けてゐるやうな気もするが、この際まあいいか。


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