「痴漢電車 名器探り」(2000『痴漢電車 ナマ足けいれん』の2010年旧作改題版/製作:シネマアーク/提供:Xces Film/監督:高田宝重/脚本:岡輝男/企画:稲山悌二・奥田幸一/撮影:下元哲/照明:代田橋男/編集:酒井正次/助監督:森山茂雄/監督助手:横井有紀・増田庄吾/撮影助手:阿部一孝/照明助手:高橋光太郎/出演:水島ちあき・佐々木基子・大原里美・渡辺力・神戸顕一・荒木太郎・池島ゆたか)。出演者中、神戸顕一は本篇クレジットのみ。
童話作家志望の池田悦子(水島)は、出版社に持ち込んだ原稿を酷評されたことの傷心を抱へ揺られる電車の車中、しかも痴漢に遭つてしまふ。あれもこれも重なり終に泣き出した悦子の姿に、痴漢男は思はずハッと胸を打たれる。電車が駅に着くや、飛び降りるやうに逃げて行く悦子が落とした原稿入りの封筒を、痴漢男は拾ひ上げる。後に返却される際再登場する社用封筒には、“かえで出版(株)”と社名も印刷される。夢破れて帰宅した悦子を、同居する姉・岡崎順子(佐々木)が慰めつつ諭しつつ、実家が持つて来た縁談を勧める。悦子が電車で痴漢されたことを聞いた順子が妙に入れ込んで来るところに、順子の夫・康浩(荒木)が帰宅。妹の痴漢体験をネタに何故か燃え上がつた順子は夫を求めるが、康浩は不能であつた。所変つて居酒屋、痴漢サークルの面々が、定例会のやうな風情で集まる。傍らに歳の清々しく離れた彼女・藤原理沙(大原)を侍らせたリーダー格の“ムッシュ”こと佐々木信光(池島)が、右から石動三六・神戸顕一と、そこかしこで見覚えのないこともない顔ではあるもう一人―後のシーンでは、更にもう一名が見切れる― の計三人に、指サックと低周波治療器とを繋げ自作した痴漢ガジェットを披露する。そんな五人の輪からは一人離れ、“青年”こと野島弘一(渡辺)は、先刻悦子が落として行つた童話に熱心に目を落とす。そこに遅れて、康浩が現れる。年齢だけならば上の“ムッシュ”とも対等に接する康浩は、パートナーを痴漢中に電車が急停車したことで利き指の中指を折り、以来同時に勃たなくなり引退した、かつて“ゴールドフィンガー”と呼ばれた伝説の痴漢であつた。なかなか頓珍漢な設定を、案外不思議とスンナリ見させる。近所の煙草屋「福屋」の店先に悦子が座る―実はここは正直、さうなると悦子が実家を離れてゐる状況がよく見えないのだが―ことに気付いた野島は、ショートピースを買ふ格好で悦子に接近、仲良くなると偶々拾つた風を装ひ原稿を返す。ひとまづ自身の童話を褒めて呉れた“青年”改め野島と、あの日の痴漢であることも当然知らぬまま悦子は距離を近付けて行く。悦子との関係と自身の性癖との狭間で悩んだ野島は、意を決し“ムッシュ”と“ゴールドフィンガー”に、痴漢から足を洗ふことを申し出る。
童話女と痴漢男。凡そ似合ひさうにはない二人が物の弾みで出会ひ、何時しか恋に落ちる。然しやがて男の痴漢といふ正体を知つた女は、当然の如く傷つくと同時にポップに腹を立て、男を無下に突き放す。果たして二人の恋路や如何に、といふ、マッチポンプ式の「電車男」とでもいふべき一篇である。何でも思ひついたままに与太を吹けばいいつてもんぢやねえんだよ。jmdbにデータが記載されてゐるだけでも―実際には更にその以前もあるらしい―五十本六年に及ぶ助監督時代を経ての、“大”助監督高田宝重の監督デビュー作である。デビュー作とはいへ青くもなければ硬くもなく、徒に才気走らうとして若気を至らせることもない。痴漢サークルの例会などといふ奇矯なシークエンスをも全くスマートに見せる、逆に呆気ないまでの順当な舵ならぬメガホン捌きで、風変りなラブ・ストーリーをつつがなくオーソドックスに展開する。一旦の別離を若い恋人達が迎へたところで、姉は恋愛映画史上空前のハチャメチャな背中の押し方で妹を送り出すのだが、ここも派手なツッコミ処に草を生やすといふよりは、寧ろ走り始めた映画は意外なほど躓くこともなく、スムーズにエモーションを加速させる。アクロバットな局面に於いて、フォワードの悦子がただボールに足を当てさへすればゴールが決まるやうな、猛烈に難しいアシストを求められる順子に佐々木基子を据ゑた超絶の安定感は、配役上極めて有効に作用しよう。渡辺力はセンシティブなハンサム役を好演し、義妹と“青年”、双方を知るポジションとして二人を穏やかに見守る荒木太郎も申し分ない。対して主演女優はといふと、ルックスもお芝居の方も、何れもぎこちなく御愛嬌の範疇に止(とど)まりもするのだが。尤もそのことに関しては、高田宝重に帰すべきではなくエクセスの問題であるやうにも思へるので通り過ぎ得なくもないとしても、力強く頂けないのは起承転結の正しく転換点を担ふ、悦子が野島の“青年”としての本性を知つてしまふ件。“ゴールドフィンガー”と、痴漢の悦楽の誘惑を“青年”が断ち切ることが出来るか否か、出来ない方に賭けた“ムッシュ”は野島を誘惑するべく、眼前で御自慢の低周波フィンガーも駆使した理沙との電車痴漢プレイを見せつける。終に堪へきれなくなつた野島が下半身に手を伸ばした、しかも痴漢されたいかのやうにノーパンの女が驚くことに順子で、挙句にその場に悦子が鉢合はせまでするなどといふ即席さは、幾ら何でも無造作に過ぎよう。せめてそこで尻を触られる女に、カメオをどうにか仕込めなかつたものか。因みにこの電車パート冒頭、画面の左半分に大きく見切れる髭面の巨漢が、誰あらう高田宝重その人である。話を戻して、殆ど唯一、転部の粗雑ささへ除外すれば、目出度く結ばれた悦子と野島が、姉そして先輩夫婦を仲人に、何とウエディング・ドレスにタキシードと正装した上で、大胆どころの騒ぎではなく痴漢電車結婚式を文字通り敢行するラスト・シーンは、豪快に且つハート・ウォーミングに、決して苦難も少なくはなかつた恋物語を力強いハッピー・エンドへと磐石に着地させる。その段にて副次的に、康浩の男性―機能―問題も回収してみせる辺りも心憎い。これから末永く寄り添ひ暮らすであらう悦子と野島のメタファーとして、画面奥に向かつて併走する二両の電車のショットが、正調娯楽映画を綺麗に締め括る。
残された懸案は、結局以降相変らず助監督を主としてピンク映画の世界―照明を担当し一般映画に参加することもあり―に留まつてはゐるものの、高田宝重が未だ二本目の監督作を撮り上げてはゐないといふ点である。それと、これは純然たる横道ではあるが、私がかういふ活動を始める前の話なので時期は不鮮明 ―2000年前後?―ながら、一頃旦那の没後から話が始まるエクセス未亡人ピンクに於いて、遺影にこの人の写真が妙なヘビー・ローテーションで使はれてゐたことがあつた。
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