真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「人妻派遣 熟乱義母と発情息子」(1996『ど淫乱!!熟妻倶楽部 「あぁ~ン、たまンナイ…」』の2010年旧作改題版/製作:吉満屋功/企画:中田新太郎/配給:新東宝映画/監督:川村真一/原案:孝学靖士/脚本:藤本邦郎/撮影:下元哲/音楽:ENDUバンド/編集:酒井正次/助監督:高田宝重/監督助手:宮里平/撮影助手:便田アース・田中益浩/照明助手:横田彰司/出演:栗原早紀・秋川典子・樹かず・野口慶太・甲斐太郎・吉岡市郎・真央はじめ・至柿歳秋・若井則久・野上正義・小川真実)。出演者中、野口慶太・真央はじめ・若井則久は本篇クレジットのみ。後ろ二人は兎も角、至柿歳秋の名前を載せておいて、野口慶太の名前がポスターにない意味が判らない。それやこれやも兎も角、大胆にも、といふかより直截には大雑把に嬌声を織り込んだ旧題のフリーダム具合が堪らない。
 熟女ホテトル「オバン娘倶楽部」―そこには立ち止まるな、時代だ―に入つた客からの電話を、ママのシズエ(小川)が受ける。連れ込みか、「たらちね」203号室のカケガワから指名された副長格のミエコ(栗原)が、下町風情も織り交ぜシズエと仲良く喧嘩しながらも重い腰を上げかけたタイミングで、最若手のケイコ(秋川)が帰還。ケイコの口から、雨が降り始めたことを聞いた着物姿のミエコは、一層渋々と出撃する。カケガワこと、吉岡市郎と栗原早紀の濃厚な一戦を経て、雨の上がつた夜道を戻るミエコを、義理の息子である春樹(樹)が出迎へる。ここで一言お断り申し上げておくと、文中片仮名表記の固有名詞に関しては、漢字を特定出来なかつたものである。話を戻して、妾上がりの義母に春樹が妙な距離感で懐く一方、ミエコの夫にして春樹の父親・高田久夫(一切登場せず)は重病を患ひ入院中であつても、病室には更に別の女を侍らせてゐた。帰宅したケイコを、わざわざストッキングで武装した夫(甲斐)が襲撃する。尤も失業中の甲斐太郎は挙句に不能で、その癖妻の緊縛写真を撮るのが日課などといふ、ピンク映画以外ではあり得ないやうな厄介で複雑なコンボを決めてゐた。重ねて尤も、それでゐて夫婦仲は、意外と悪くはなかつた。そして、「オバン娘倶楽部」事務所を兼住居とするシズエが一人で呑んでゐるところに、早朝になると入り浸る近所の御隠居(野上)が、一升瓶を手土産に遊びに来る。すつかりヨイヨイではあるのだが、御隠居が和服の袖の中から自分の分の湯呑みを取り出すアクションは、何気にスマートだ。御隠居―劇中設定で御歳七十七―にとつて実に六十五年前ともなる、初恋相手の芸者がミエコに似てゐるだのゐないだのといつた、埒の明かない年寄りの思ひ出話を肴に、シズエと御隠居は、即ち小川真実と野上正義が杯を重ねる。ここもさりげなくも、実に味はひ深い画である。かういつた、絶え間ない積み重ねの末に何気なく得られた安定感こそが、プログラム・ピクチャーとしてのピンク映画が、バジェットの貧しさにも屈せず誇り得る強みであらう。
 登場順に野口慶太は、シズエの上客でトラック運転手・福田。中古で漸く購入したマツダの2tトラックの荷台に床を敷き、そこでシズエと致すといふよく判らないロマンティックを都合二度披露するのはいいとして、この人は、匂ひの残る荷は頑強に積まないつもりなのか?若井則久は、口説きはすれど綺麗に袖に振られる、ケイコの客・タケダ。一頻り口説かせておいた上での、ケイコの「延長しますか?」の一言は、やんはりと相手を突き放す間が絶品である。若井則久に話を戻すと、吉岡市郎と同じく純然たる俳優サイド濡れ場要員に過ぎぬとはいへ、体躯のだらしなさは頂けない。真央はじめと至柿歳秋は、「オバン娘倶楽部」に因縁をつけに乗り込む、鬼山組柳本の若い衆。至柿歳秋といふ当て字にしか見えない名義は、いたがきとしあきと読めばいいのか。絶妙に、何処かで見た顔のやうな気もしないではないのだが。
 とりたてて統一的な物語なり明確な主題を追ふでもなく、「オバン娘倶楽部」に籍を置く女達三種三様の有体にいふならば逞しい生き様を描いた、ウェルメイド系の人情ピンクである。福田を白馬ならぬ白トラックに乗つた王子に、女の幸せをひとまづ掴んだシズエと、それはそれとして案外ポジティブに新生活をスタートさせるミエコ・春樹母子とが「オバン娘倶楽部」事務所を舞台に成す、綺麗なトコロテンは娯楽映画の着地点として全く磐石。当初、過剰にしか思へなかつた野上正義のヨイヨイ演技が、修羅場を畳む際の迫力を際立たせる為の布石であつたことに気付いた瞬間には、見事に騙されてゐたことに感心させられた。加へて、その御隠居のいはば噛ませ犬ポジションを担ふ真央はじめと至柿歳秋を、爽やかに回収するオーラスは物語を賑々しく締め括る。自ら求婚したにも関らず福田から、待ち合はせをすつぽかされたシズエを酒席で慰める筈が、真つ先にミエコがガンガン泣いてゐたりするカットなども、素敵に微笑ましい。反面、折々の繋ぎが微妙に雑な為、全体的な構成は酌めると同時に、求心力の面では些か覚束ない。それなりに大きな動きを見せるシズエとミエコに対し、初めからそれはそれとしての安定状態にあるケイコの境遇には何らの変化も生じない点に関しては、バランスを失した印象が若干残る。そこそこの線まで攻め込みつつも、最終的には漫然とした感も弱くはない。秀作といふまでには当たらない、習作といつた趣の一作ではある。


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 「若い男に狂つた人妻」(1995『激生!!人妻本気ONANIE』の2008年旧作改題版/製作:サカエ企画/配給:新東宝映画/監督:新田栄/脚本:岡輝男/企画:中田新太郎/撮影:千葉幸男/照明:渡波洋行/編集:酒井正次/助監督:国沢実/監督助手:北村隆/撮影助手:島内誠/照明助手:渡辺明/音楽:レインボーサウンド/効果:中村半次郎/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/出演:桃井良子・杉原みさお・河名麻衣・稲田美紀・真央はじめ /丘尚輝・中田新太郎)。出演者中、丘尚輝(=岡輝男)と中田新太郎は、真央はじめまでとは中点で区切られる、いはゆる内トラ(内部エキストラ)扱ひか。
 小川の水面を、白い短冊状の物体が流れる。人は日々の幸せのために諸々を我慢してゐる云々、取り留めもない能書をモノローグで垂れがてら、橋の上より桃井良子がぼんやりと、その、何なのか微妙に判然としない“何か”を見やる。ともあれ以降の本篇は主人公の、その夏の火遊びに関して語られる旨、ひとまづ明確に語られる。
 野中博子(桃井)が偶さかよろめいた、一つ目の理由。夫・仁志(丘)が博多への長い出張に発つた博子に、お隣の横張敦子(杉原)が、杉原みさお的には十八番のメソッドともいへよう、ポップな悪戯心を剥き出しに近づく。敦子は博子に一人寝の夜の友にとAVを、しかも男優しか登場しない、いはゆる薔薇族ビデオを貸しつける。敦子の、薮から棒にもほどのある跳躍の高さ以前に、ピンク映画にとつては敵対勢力ともいふべきアダルトビデオに対する屈託のなさにも、一応躓いてみせようか。それでゐて、敦子の前では慎ましやかな人妻ぶつてみせる博子が、自宅で早速再生してみたビデオには、平然と登場する女優が普通に男優とセックスしてゐたりする無造作さも、実に新田栄。ある意味といふか別の意味で、ルーチンワークといふ奴はこのくらゐ無頓着でないと、こちらも潔く諦めがつかぬといふものだ。我ながら、何処に落とし込んでゐやがるのだかよく判らないので話を戻すと、元々結婚以前オナニー狂であつた博子は、ケロッとAVに熱中する。良くも悪くも流れる水のやうに、二つ目の理由。日課のジョギングに汗を流す博子は森の中で、吉田明(真央)と女子高生の制服を着た白倉里緒(河名)の青いカップルが、体を許す許さないで争ふ微笑ましい光景を目撃する。純朴な女学生像の、ど真ん中を撃ち抜く河名麻衣が素晴らしいのは我々目線で、博子は明の、若い男の肉体に胸をときめかせる。こゝで、さりげなくでもなく重要なのは、ジョギング中を方便に短パンTシャツ姿の桃井良子が、御丁寧にも汗でお乳首も鮮明にノーブラである点。一般的には清々しく不自然ではあれ、ピンク映画としては圧倒的に正しい。と、ころで。当初予定よりも仁志の帰りが遅れる博子を陽気に追撃しつつ、敦子も敦子で、木に竹を接ぐが如く深刻な悩みを抱へてゐた。敦子の夫・克彦(中田)が明快に女の気配を窺はせ、仕事と称して家には戻らない日々が続いてゐた。そもそも敦子がAVなり淫具に溺れたのは、その寂しさを紛らはせるためであつた。とかいふ、敦子の明後日に健気な思ひも知らず、博子は明に晴々しい岡惚れを拗らせる。博子が足を挫いた現場に、タマタマ、もとい偶さか居合はせた明に助けて貰ふ。だなどと、遅刻寸前の登校途中に曲がり角にてぶつかつた、トースト咥へた見知らぬ美少女と転校生といふ形での再会ばりに画期的に類型的なシークエンスを経て、博子は明と正しく急接近。一欠片の呵責を滲ませるでなく、サックサク寝る。
 ワン・カット、しかもロングのみの登場とはいへ、展開の鍵を握るのは確かに握る稲田美紀は、博子も伴つた敦子の目前、横張家の表で克彦とワーゲンに乗り込む、派手な服装の女。中田新太郎がカメラの前に立つのも、この場面限り。それにしても改めて、この御仁のトッポい胡散臭さは最高だ。
 若い男に狂ひ、かけた人妻が、とりあへず平穏に元鞘に納まるまでの顛末。オーラスにて、開巻絶妙に判然としなかつた白い短冊状の何かが、博子が文字通り水に流した―川にゴミを捨てるな―明との一夏の逢瀬のアイコンともいふべき、足首に巻かれた包帯であるのが明示される。そこだけ掻い摘んでみれば、最低限十全な構成と、勘違ひしてしまへなくもない。尤も、それはそれとして克彦を偏に想ひ続ける敦子に感化される訳でもなく、博子は関係を重ねた明と、駆け落ちを決意するまでに至る。ところが結局土壇場で博子が踏み止まつた、より直截には踏み止まる結果となつた契機といふのが、荷物も纏めた博子が明の部屋に向かふと、里緒の初体験の真最中でありました、とかいふ逆棚牡丹な消極性には、逆向きのエモーションがグルッと一周して思はず胸を打たれかねない。詰まるところ都合のいゝことこの上ない―最早上なのか下なのかよく判らない―物語、と片づけてのければ、逃げ場なく一言で事済むにさうゐない。ルーズである点に関しては徹頭徹尾ともいへよう、おかしな意味で逆説的な一作である。

 最後に、映画自体の中身もさて措き凄まじいのが、今作は1998年最初の新題が「全裸ONANIE 悶え狂ふ人妻」、2003年二度目の新題が「オナニー&レズ 悶え泣く若妻」。即ち恐ろしくも、実は何と今回が三度目の新版公開となる。このまゝ、何とか細々とピンクの命脈が辛うじて保たれたならば、そのうちよもやまさかの四度目も決して夢ではないのだらう。それは果たして夢なのか、それとも悪夢なのか。


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 「豊丸の変態クリニック」(昭和63/製作:旦々舎/提供:Xces Film/監督:浜野佐知/脚本:山崎邦紀/企画:稲山悌二/撮影:稲吉雅志・鈴木一穂/照明:秋山和夫・田中明/音楽:藪中博章/編集:金子編集室/助監督:毛利安孝/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/挿入歌:『抱いて燃えて、男と女』マドンナメイトカセット文庫『豊丸』より《二見書房刊》/出演:豊丸・愛沢良子・平口広美・日比野達郎・小室河童・平賀勘一・久須美欽一・山崎邦紀・世良福助・ラッシャー三好・栗原早紀)。出演者中、世良福助は本篇クレジットのみ。
 古めかしい巨大ワープロをカタカタ叩く、ライターの脇田朗子(栗原)が夜はライブスポットの歌姫としてステージに立ち、昼間は自身が開設するクリニックで異常性癖者揃ひの患者の相手をする、朱丸の正体を暴いてみせると誓ふ。タイトル・イン明け、後に扉も抜かれるライブスポット「POTATO」にて、殆どどころか完全に下着の破廉恥衣装の朱丸(豊丸)が、持ち歌「抱いて燃えて、男と女」を気持ち良ささうに披露する。悩ましい嬌声も織り交ぜ、男女の性の悦びを高らかに謳ふ当該楽曲は、豊丸に正しく捧げられたであらう風情も麗しい、セクシー歌謡の時代の波に埋れた名トラック。結構潤沢に人の集ふ「POTATO」店内に日比野達郎がゐるのは兎も角、その他ラッシャー三好と、サトウトシキ作に出演した形跡の見当たる世良福助も観客要員と推定されるが特定不能。代つてといふ訳ではないが、翌年の浜野佐知痴漢電車にも登場する小多魔若史と中村憲一、あと鈴木静夫が見切れてゐるのは視認出来た。朱丸クリニックを、マゾのホモで露出症のプロレスラー・朝木洪太郎(平口)が訪ねる。一方的にやられるだけの状態に快感を覚えてゐては出世出来ないと朝木は悩むが、少なくとも現在の感覚でいふと、それはそれで、ギミックとして十二分に成立し得るやうにも思へる。あの豊丸にしては随分と大人しい、プロレス風味以外は普通の濡れ場を通して朝木を奮ひ立たせるのに首尾よく成功した朱丸を、朗子が急襲。クリニックだなどと名ばかりで、実際に行はれてゐる行為は風俗店と変りないのではないか。と至極全うな疑問を単刀直入に切り出す朗子に対し、朱丸は患者との守秘義務を盾に取材拒否。靴フェチでマザコンの国立大学助教授・洲崎渇彦(日比野)とのこちらも通常戦も経た朱丸に、「POTATO」客席から乳を放り出し挑発した、露出狂女の作夜姫(愛沢)が接触する。自らの倒錯を肯定し、それを治療しようとするのが気に喰はぬと、オッパイだけでなく敵意も露な作夜姫を、「治すのが目的ぢやない」とする朱丸はひとまづ自陣に迎へる格好に。そんな朱丸クリニックの次なる患者は、露出の衝動に苦しんで、ゐるやうには別に見えない、嬉々と己の変りぷりを語る様が逆の意味で清々しい、少女マンガ家の泉田洋一(小室)。ヴィジュアル上はほぼ加藤賢崇の小室河童の素性は全く掴めないが、時期的に、小室直樹とカッパ・ブックスとを合はせて捩(もぢ)つた名義でなからうかとは推測される。作夜姫と泉田を引き連れ、ストリーキングを敢行した朱丸のある意味雌姿もとい雄姿を、こゝぞとばかりに朗子が激写。信義を重んじ一旦は拒んだものを、脅迫気味に内情を聞き出した洲崎への突撃の成果も踏まへ、朗子が『週刊JAPAN』から発表した朱丸の告発記事は大きな反響を呼ぶ。喜んだ編集長の石井(山崎)が朗子に、直ちに第二弾記事に取りかゝるやう促す一方、クリニックには、正体不明な立ち退きを強要する柄の悪い二人組(平賀勘一と久須美欽一)が現れる。クランケもしくはクライアントへの対応にも追はれ、朱丸は俄に窮地に立たされる。
 女王の座に豊丸を戴いた、旦々舎一流の変態博覧会は、やがて単なる内トラ(内部エキストラ)に過ぎないのかと事前には思はせた、山崎邦紀の予想外の活躍も機に、超強力な娯楽映画へと上り詰める。蛇の道は蛇とでもいふべきネットワークを駆使し、朱丸は石井が、“荻窪の優子”女王様の奴隷である事実を突き止める。恥づかしいプレイ写真を突きつけられ、呼び出された石井がクリニックを恐々訪れてみると、朱丸はちやうどその時、二度目に来訪した平賀勘一と久須美欽一に、何故か素直に犯されてゐる最中であつた。それまで頑なに温存し溜めに溜めた、昨今虹の“アヘ”文化への惨事に遠く遡つた起源を窺はせなくもない、錯乱したかのやうに痴語を喚き倒す豊丸メソッドに満を持して火を噴かせて以降の、終盤の一気呵成が圧巻。久須美欽一に後ろから激しく犯されながらも、朱丸が長く垂れた黒髪の下に隠された瞳を、決戦兵器の起動をいよいよ宣言するかの如く輝かせる超絶のカットを通過した上で、終に豊丸覚醒。逆襲に転じた朱丸が、平賀勘一と久須美欽一を轟然と吸ひ尽くす鮮やかな外連が堪らない。主演女優の特異な個性を十全に展開に盛り込んだ、看板映画として屈指の完成度が燦然と輝く。作夜姫を正常位で抱く背中に、熱ロウと鞭の雨を降り注がせた朱丸は、平賀勘一と久須美欽一を圧倒した返す刀で石井も容易く攻略。ミイラ取りがミイラになる落とし処には唐突な印象も禁じ得ないものの、石井に朱丸追撃の中止を告げられ、失意の裡に「POTATO」に足を踏み入れた朗子が、居並ぶ変質者の皆さんから、群がるリビング・デッドに貪られる生者よろしく陵辱されるゾンビ乱交が改めて壮絶。挙句半裸の男達の海の中から、憐れ朗子の手足だけが僅かに覗く凄い無惨を画面手前に置き、朱丸が再び「抱いて燃えて、男と女」を朗々と歌ひ上げる画期的なラスト・ショットが完璧に、完璧な豊丸映画を締め括る。ここでも、シースルーの黒いタンクトップに青いビキニ姿の山崎邦紀は、朗子の左手側最前線で大ハッスル。素晴らしく魅力的なモチーフにも思へた、朱丸と作夜姫の対峙が深化させられる暇が残らなかつた点は惜しいが、まるでこの時皆が正方向の熱病に侵されてでもゐたのか、怒涛としかいひやうのない勢ひが素晴らしい快作である。

 こゝから先は狭義の感想からは外れ、ほぼ雑記である。実は今回、北九州市八幡の前田有楽劇場は、全て新版とはいへ、浜野佐知・ストリーム・アタックを仕掛けて来た。看板映画の完成形たる今作に加へ残りの二本も、平素の攻撃的な女性主義だけでなく、浜野佐知が旧来の家制度にも対決を挑んだ痛快作「川奈まり子 牝猫義母」(2002)の、2010年旧作改題版「けもの道 義母と間男」に、ディストピア・ピンクの傑作「SEX捜査局 くはへこみFILE」(2006)の、2009年旧作改題版「Gスポ捜査官 快楽のライセンス」。感動的に充実した番組である、快哉を叫びたい。


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 「移り気若妻の熱い舌技」(2010/製作:幻想配給社/配給:オーピー映画/監督:友松直之/撮影:飯岡聖英/助監督:貝原クリス亮・安達守・菅原正登/撮影助手:宇野寛之・玉田詠空/メイク:江田友理子/スチール:山本千里/制作担当:池田勝/編集:酒井編集室/ダビング:シネキャビン/出演:横山美雪・しじみ・若林美保・畠山寛・原口大輔)。提供ではなくオーピー映画配給としたのは、本篇クレジットに従つた。それと本クレでは、友松直之の筈の脚本が抜けてゐる。
 居間のテーブルの上で、男がビールの空缶に囲まれ眠りこける。傍らに黙して立つ男の従弟は睡眠導入剤の紙包を握り潰すと、二階の寝室に眠る従兄の細君の寝込みを襲ふ。
 結婚五年目の春、淑子(横山)と宏(畠山)に未だ子供はゐない。ある朝宏は、結婚当時高校生の従弟・ケンジ(原口)が、就職し研修で上京するといふので一晩泊めてやりたいと淑子に提案する。電話で遣り取りしたケンジはホテル代が会社から出ると一旦は断るが、宏はそれを浮かせて小遣ひを稼ぐのがサラリーマンの心得だと強引に誘ふ。ここで、何と今回友松直之は出張の宿泊費どころか製作費を浮かせるために、会社を跨ぎエクセスから一月後に公開されたメイドロイド第二作「最後のラブドール 私、大人のオモチャ止めました。」との、今作目線ではキャストの2/3を重複させる同時撮影を敢行したとのこと。凄い戦法を考へたものだ、オーピーと新東宝を股にかけてゐた時期の池島ゆたかでさへ、この大胆なアイデアを少なくとも実行に移したことはなかつたのではなからうか。話を戻して、友松直之の奇策に畏れ入るのも兎も角、二作の間で幾分饒舌なほかは然程造形も変らぬ畠山寛に対し、ステレオタイプのアキバ系ボンクラ学生からパリッとしたスーツ姿の若手会社員へと華麗なジョブ・チェンジを遂げた―実際には、本作の方が先に当たる―原口大輔は、さうしてみたところ意外にも河相我聞のセンの甘い色男にも見える。単に服装の相違のみに関らない、演技者としてのポテンシャルの高さも起因してゐるのであらう。式の当日、一人の控へ室でウェディング・ドレス姿の淑子が何故か流す涙を、ケンジは目撃してゐた。さりげなく夫の従弟は前のめりであるのに淑子は気付かないまゝ、ケンジが一泊した一夜はひとまづ平穏に明ける。ところが、前日宏の帰宅よりも先に家に着いたケンジと、“コソアド”と称してコッソリアドレス交換してゐた―別にコッソリする必要はないやうにも思へるが―淑子は、その日以降頻繁かつ、どうでもいい内容の割には微妙に粘着質なメールの乱打に悩まされる。そんな中、再び東京を訪れるケンジを、宏が矢張り家に招くといひ出す。何気に心療内科に通院し睡眠導入剤を服用してゐたりもする淑子は、鬱陶しいメールと、ケンジを泊めた夜、安物とはいへ脱衣所に脱いだ下着がなくなつてゐた事実を突きつけ抗弁を試みるが、幼少期から従弟を実弟のやうに可愛がつてゐた宏は、まるで取り合はない。
 若林美保は、最初にケンジが淑子の家に泊まつた当日に、宏がホテルで火遊びする人妻ホテトル嬢・アケミ。出番は二番目の三番手濡れ場要員ながら、風俗の仕事を当然内緒にしてゐる夫には友達と食事と偽り外出して来たとの、さりげなくも後々鋭く機能するキラー・パスを通す。勿論避妊具の使用を求めるアケミに対し、宏は一旦は従ふ素振りも見せつつ、診察を受けた結果精子の数が足らず妊娠しないとの、さういふ問題ばかりでもあるまい暴論を振り回し生本番を強行、更なる最重要な伏線を落とす。更に更に、宏からその際のホテルの領収書を経理を騙くらかす小道具に渡されたケンジは、従兄の不貞に気付いてゐた。と、一欠片たりとてアケミのパートを疎かにすることもなく、本筋に頑丈に回収する執拗なまでの貪欲さはピンク映画として全く麗しい。若林美保が正方向に燻し銀の送りバントを決める一方で、明後日から獅子奮迅といふか一騎当千といふか疾風怒濤といふか、兎も角凄まじい大活躍あるいは大暴れを展開するしじみ(ex.持田茜)は、ケンジのセフレでゴスロリのメンヘラ女・サオリ。勢ひ余つて男の顔に頭突きもとい顔突きをかますと、鼻血で顔面が血塗(まみ)れになるのも顧ずなほも騎乗位で腰をガンガン振りまくるといふ、無茶苦茶な正しく狂乱ぶりを披露する。尤も、自身が扱ひ難く壊れてゐるとの自覚はあるらしく、都合二度、自分と付き合ふのは面倒臭いかと男に問ふた上で答へも待たず、「いいの、判つてるの」、「私だつて、私と付き合ふのメンドくさいんだからあ!」なる、横道と本道の別すら吹き飛ばし雌雄を決し得よう圧倒的なまでの名台詞を、超絶クオリティの舌足らずな口跡で炸裂させる。来てない以上仕方もなく、半分さへ観られてゐないにも関らず先走つて断言するが、しじみは2010年ピンク映画助演女優部門の、燦然と輝く最右翼に違ひない。
 開巻から繋がり中盤の大半を費やす、宏を眠らせいよいよ凶行に及ぶケンジと、そもそも身を起こせばいいやうな気もしないではない淑子との攻防戦。部屋に迫るケンジの気配に、淑子が必死に抽斗を漁り後生大事に枕に隠した右手に忍ばせてゐたのは、何のことはないコンドームであつた。などと、腰も砕ける拍子の抜け具合が象徴的な、最終的には他愛もない移り気な若妻のよろめき物語は、最早逆の意味で清々しい。寧ろ、戦線の側面より飛び込んで来ては、正直物足らなくもない本筋を闇雲に加速しながら味つけする、鮮烈な飛び道具のサオリの印象が兎にも角にも強い。それはそれとしてスリリングな夜這ひを経ての、宏には“友達と食事”と告げた休日の淑子とケンジの逢瀬。如何せんその限りでは映画が心許ないところで、華麗にもしくは苛烈にクロスカウンターを放つべく宏を急襲したサオリが、二度目に文字通りの決め台詞を打ち抜いた瞬間の強度は、不思議なほどに比類ない。それでゐて、ラスト・ショットはそれまでに入念に積み重ねた、花束で締めてみせる辺りは実にスマート。一件薄味にも思はせておいて、正面だけでなく全方位にヒット・ポイントを満載した、頼もしいばかりの友松直之の充実を窺はせる快作である。

 独特の浮遊感と、猛烈な突進力。イメージの動的と静的の顕著な差異もありながら、怪しい名女優・篠原さゆりの面影を今作のしじみに初めて垣間見たものであるが、如何であらう。それと忘れてゐた、しじみは昼下がりの淑子が見やるテレビ番組の音声中に、持田茜改めしじみのハーセルフでも登場。名乗りはしないが同時に聞こえる男の声は、多分藤田浩。

 以下は再見時の付記< 若林美保はこれアテレコだな、主は判らんけど
 再々見時の付記< 若林美保のアテレコの主は脊髄で折り返して山口真里にも聞こえたが、自信はない


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 「痴女の羨望 淫乱渇く」(1993『濡れ濡れ 三段責め』の2010年旧作改題版/東京スポーツ 中京スポーツ 大阪スポーツ 九州スポーツ連載 姫ゆりの『小道具でエッチ』より/製作:獅子プロダクション/提供:Xces Film/監督:橋口卓明/脚本:瀬々敬久・橋口卓明/撮影:下元哲/照明:伊和手健/編集:酒井正次/助監督:田尻裕司/監督助手:榎本敏郎/撮影助手:中尾正人/照明助手:広瀬寛巳/スチール:西本敦夫/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:姫ゆり・伊藤清美・高木杏子・山口健三・池島ゆたか)。然し旧題新題とも、清々しいまでに適当などうでもよさ感が堪らない。
 イヤリングで乳首を挟みつけての、主演女優のオナニーで軽快に開巻。留守番電話には、出演する映画の助監督・田尻(声のみながらヒムセルフか)からも連絡の入る、今やAVに止(とど)まらず、執筆業や女優業に加へストリップと、幅広く活動する姫ゆり(ハーセルフ)こと本名―今作のみ設定なのかも知れないけれど―原田恭子。マンションの玄関には“姫ゆり(原田恭子)”などといふ、無防備な表札も揚げられる。田尻裕司の一つ前に伝言を吹き込んだ、実名東京スポーツで別に構はないやうな気もするのだが、劇中では何故か東西スポーツ紙の記者・坂上章(池島)と、ゆりは新聞に掲載するコラムの依頼といふ商談なのに、オフィス街とはいへあくまでそこら辺の街頭で待ち合はせる。ところが、その場で三年前の元カレ・菊池雄二(山口)の姿を遠目に見かけたゆりは、用件もそこそこに坂上を捨て男を追ふ。安普請にも起因しようそこかしこのちぐはぐさが、如何にもらしいところではある。あへて限界と咎めずに、ここでは好意的に愛嬌と捉へたい。とりあへず喫茶店で旧交を温めた菊池は、ゆりと判れた直後に結婚してゐた。自身も結婚した風を装つたゆりは、菊池とさりげなくガツガツ連絡先を交換する。配役残り出演順に、束の間のピンク実働期間の中で、松岡邦彦のデビュー作「本番露出狂ひ」(1993/脚本:山岡隆資)のヒロインも務めた高木杏子は、風貌から窺はせる意志の強さを行動にも移す、菊池の妻・洋子。色の軽いショート・ボブが吃驚させられるくらゐに可愛い―失礼な話だが―伊藤清美は、最終的には消化不足でもあるものの、風情で夫婦仲の微妙さを漂はせもする坂上の妻・好子。今作中、占める比重は洋子の方が圧倒的に高く、高木杏子が伊藤清美よりもビリング下位に置かれる不遇は少々解せない。さて措き、坂上から与へられた、何気ない日常品を駆使してのセックス指南、とかいふぞんざいな御題に頭を抱へたゆりは、渡された名刺の裏に書かれた電話番号を頼りに菊池に助けを求める。菊池も菊池で、高木杏子ほどの超絶美人の妻がゐるにも関らず、洋子の目を盗み盗みゆりの話といふか、より直截には誘ひに乗る、更に直截には腹。
 登場順に、画的には映えるが実際にはベタベタしさうな練乳プレイ。直ぐに剥ぎ取つてしまふ上半身を締めつけたラップも噛ませた、こちらはヴィジュアル上は微妙にラッシャー木村に見えなくもない辺りが、そこはかとなくファニーな黒ストッキング・プレイ。坂上夫婦が披露する、暴漢に自宅を襲撃された設定での擬似強姦プレイの詳細は不明であるのは兎も角、締めの交錯する菊池×洋子戦とゆり×坂上戦とを彩る、それぞれ別の場所で情交する者同士が通話する相互電話プレイ。『小道具でエッチ』にて紹介するに当たり、姫ゆりが種々のプレイを実地体験してみるといつた方便で、濡れ場濡れ場を連ねる構成は裸映画として全く頑丈で、実に麗しい。そこから先劇映画的には、18年前の1993年といふと、ポケベルならばまだしも携帯電話が今のやうには普及してゐなかつた世相を反映して、不倫相手と自宅の固定電話を通して連絡を取り合はざるを得なかつた無造作なもどかしさが、力技もそれはそれとして終盤順当にドラマを収束させる中盤を起動する。菊池のポップに怪しげな雰囲気を察知した洋子は、リダイヤル機能を用ゐ呆気なく泥棒猫の存在に辿り着く。そのまゝ最短距離で夫を奪還すべく動き始める洋子の姿は、最終的にはスッカスカに薄い展開ともいへ高木杏子の重心の低い決定力が活き、それなりに始終の推移を支配する。ゆりとの関係に於いて菊池と比べ描き込みが物足らず、取つてつけられた印象が弱くはない坂上の一応純愛が迸る、ダブル・メインイベントを成すゆりと坂上の一戦に際して初めて火を噴く、下元哲必殺のソフト・フォーカス撮影。一方、火遊びを強制終了した旨宣告された―この件で食卓に並ぶのが、赤々と血も滴る分厚いステーキなどといふディテールも心憎い―菊池が、隣に潜り込んだ洋子の体の上のシーツを恐々剥いでみると、事前に夫のコートに折り込まれた東スポ紙を妻が発見するカットも挿んだ上で、下半身はラッシングな黒ストッキングであつたといふショットの戦慄も、女の乳を見せつつ鮮やかに映画的。穴のない女優三本柱にも支へられ充実した絡みの数々が落とし込んだ、詰まるところは他愛ないといへなくもない物語を、ひとまづ一件を落着させ、今度はストリップの巡業に旅立つゆりのラスト・カットが綺麗に締め括る。良くも悪くもクイクイ飲める水のやうな、何でもないやうでゐて、案外満更でもない幸福な一作である。


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 「させちやふ秘書 生好き肉体残業」(2010/製作:多呂プロ/提供:オーピー映画/監督・脚本・出演:荒木太郎/原題:『プロレタリア処女 斯ク、闘ヘリ!』/撮影・照明:飯岡聖英/編集:酒井正次/助監督:三上紗恵子/撮影・照明助手:宇野寛之・宮原かおり/音楽:宮川透/ポスター:本田あきら/応援:田中康文/小道具協力:福島清和/協力:静活・佐藤選人/録音:シネキャビン/現像:東映ラボテック/タイミング:安斎公一/出演:早乙女ルイ・佐々木基子・淡島小鞠・岡田智宏・太田始・織田彩歌・依田耕太郎・川口澄生・遠藤一樹・那波隆史・牧村耕次)。出演者中、依田耕太郎・川口澄生・遠藤一樹は本篇クレジットのみ。
 開巻は牧村耕次に佐々木基子といふ、目下ピンク最強クラスの夫婦の寝室。とはいへ、隣で自慰をしてゐるらしき気配に乗せられ手を伸ばした島田輝彦(牧村)を、当の妻・芳美(佐々木)は無下に拒む。婿養子として島田の家に入つた輝彦は中小建設会社・島田建設の社長の座に納まるものの、会社の実権は会長職の芳美が握り、夫婦仲も完全に冷えきつてゐた。そんな島田建設、太田始と荒木太郎が、通してそこそこの台詞も与へられる社員AとBで、依田耕太郎以下三名も社内風景に見切れるその他社員要員。社長秘書のカオリ(早乙女)は輝彦から、頻りに愛人契約を迫られるのに悩んでゐた。カオリが茶を出す、生意気にも牧村耕次にタメ口を叩く那波隆史は、島田建設の取引先社長・藤崎。PB商品が云々とかいふ輝彦との遣り取りは、建設会社が一体プライベート・ブランドで何を売るのかがどうにもかうにも話が見え辛い。カオリには、一応若手イケメン社員の馬淵透(岡田)といふ彼氏―実は早乙女ルイと岡田智宏といふと、歳は殆ど二十離れてもゐる―がゐたが、馬淵は馬淵で、休日の運転手役、兼若いツバメとして芳美から目をつけられてゐた。今度は佐々木基子と岡田智宏といふと、歳は三つしか違はないのだが。さて措き、自分達の関係と互ひの職場悪環境、万事に煮えきらぬ馬淵のアンニュイさにカオリが苛立ちを露にするカットに速度と強度をともに誇る本作の決戦兵器、早乙女ルイのソリッドな魅力が序盤から明確に起動する。今回の荒木太郎は、珍しく切れ味鋭さうだ。カオリの家庭は、ポップに崩壊してゐた。母親は既に亡く、父親は教職を失職、派遣社員の兄は派遣切り。どうにか高校生の妹(織田)だけは希望の進学先に行かせてやりたいと、正しく孤軍奮闘するカオリではあつたが、五十万の金を工面出来ねば、直ぐにでも住居を追ひ出されるところにまで一家は追ひ込まれてゐた。相変らずてんで役に立たないどころか、そもそも動かうとすらしない馬淵に業を煮やしたカオリは、仕方なく輝彦の申し出を呑む。この属性が以降然程追求される訳でもない点は兎も角、実は処女であつたカオリは、自身を高く売る。妹の面倒だけは見ることにしつつも家を出て、輝彦が用意したアパートでの愛人生活。芳美が全くしないため、ある意味社長業以上に家事を手際よくこなす輝彦との新しい暮らしを、カオリは案外順調にスタートさせる。ここで飛び込んで来る淡島小鞠は、そんな次第で自業自得ともいへるが、カオリとの間に次第に仕方なく距離も生じさせる馬渕の前に現れた、乳酸菌飲料の訪問販売員・みどり。ある日輝彦とクラシックのコンサートを聴きに向かつたカオリは、会場にて折悪しく芳美と鉢合はせる。ところがその場に居合はせた藤崎が、下心も込み込みの機転を働かせるとカオリは自分と待ち合はせてゐたかのやうに取り繕ひ、二人の窮地を救ふ。
 全方位的にまゝならぬ孤立無援の苦境に、可憐だつた処女は苛烈に応戦する。荒木太郎2010年第二作は、平素の余計も通り越し邪魔な意匠と機能しないギミックばかりの、荒木調ならぬ荒木臭をほぼ廃し、脚本に三上紗恵子の名前が並ばないのも幸してか、近作湿りぱなしのメガホンが久々に快音を聞かせた一作。殊更三上紗恵子に拘泥してみせるのは、決して牽強付会ではないつもりだ。それが証拠に、三上紗恵子が淡島小鞠として自身が担当する場合であつても相変らず全く学習する兆しを見せない、三番手濡れ場要員の起用法を軸に、中盤の急展開が起爆する構成が実に見事に決まる。大絶賛稼働中のカオリの硬度、姦計を巡らせ蠢動する藤崎、そしてそれらと遠巻きに交錯する、馬淵が力ない静止の方便に度々口にする“流れ”。十全に配置された劇的装置を統合させ終に点火させるのが、誰あらうみどり。そこに至る過程も端折り、よくいへば刹那的に悪くいへば唐突に、馬淵がみどりと致した事後。馬淵の携帯が、疎遠の筈のカオリから鳴る。みどりは、慌てて飛び出した馬渕の背中に投げるやうな呟きで、“流れ”が変つた旨をさりげなくも鮮やかに宣言する。抜群に光る淡島小鞠の捌け際―そこで乳酸菌飲料の“グビリ”は、矢張り要らないやうにも思へるが―を起点とした、終盤の加速感が超絶に素晴らしい。レギュレーション上見せておかなければならない三人目の女優の裸を見せておいた上で、見せたのを契機に映画が走り始める。これが、これこそがピンクで映画なピンク映画の、然るべき姿でなくして果たして何であらう。早乙女ルイを擁した荒木太郎は文字通りの三度目の正直で、常々誠実に希求してゐるらしき割には、滅多に手の届かない領域への扉を果敢かつ華麗に蹴破つてみせた。小生も普段の悪口雑言は忘れ、観客席から思はず身も乗り出し気味に、前のめりのガッツ・ポーズを捧げたい。

 妹以外の全てを捨て、たどころか敵に回さんばかりの勢ひで、静岡の街を決然と歩くカオリのラスト・ショット。尤も少々冗長で行間を埋めきれず、やや強度不足の感は否めない。但し、その直前の、全てをこちらは失ひ転落しながらも吹つ切れたやうに、陽気に自立支援雑誌を手売りする輝彦と、カオリとが偶然再会する件は爽やかに力強い。輝彦が売る、結構よく出来てゐる小道具『THE BIG ISSOW』誌の元ネタは、『THE BIG ISSUE』+『BIG tomorrow』と考へてまづ間違ひあるまい。かういふ細部も、神を宿すかの如く地味に輝いてゐる。


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 「淫ら姉妹 生肌いぢり」(2000/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:かわさきりぼん/企画:福俵満/撮影:清水正二/編集:酒井正次/助監督:佐藤吏/出演:里見瑤子・水原かなえ・浅倉麗・岡田智宏・かわさきひろゆき)。
 石川善幸(岡田)は祖父の死去に伴なふ帰郷の道中、山梨県は甲州市、大菩薩山麓の山道で車をエンコさせる。場所柄修理も俄には呼べず、仕方なく善幸は母親に連絡を入れ、ひとまづ車はその場に置き近隣で一泊することに。ところでこの件とオーラスに都合二度見切れる、明らかに飼ひ犬と思しき精悍な黒犬は一体何処の犬なのか。別に劇中善幸が、連れて歩く訳ですらないのだが。さて措き、そんなこんなで善幸が訪ねた近場の温泉旅館が、水印の紋章から抜かれる御馴染み水上荘。玄関口で暫し待ち惚けさせた善幸を、老婆(別人のやうに老けメイクを施した水原かなえ)が出迎へる。暇な時期なので来客は稀だと善幸に詫びた老婆は、質問に対し宿を切り盛りするのは自分の他に妹がもう一人居ることを答へた上で、わざわざ離れの蔵には近づくななどと、感動的なまでに鮮やかにフラグを立てる。通された間で一息ついた善幸は、閑散期の割には隣の部屋に宿泊する、見るからに深刻さうな風情の加藤しおり(浅倉)と出口和男(かわさき)の情交に鼻の下を伸ばす。ここで、ピンク映画的には前世紀終盤に活動した浅倉麗は、2009年に山邦紀の「ハレンチ牝 ひわい変態覗き」主演で返り咲き、2010年には浜野佐知の「色情痴女 密室の手ほどき」で頑丈な助演を務めた朝倉麗と同一人物。十年といふ歳月のことを考へると、幾分肉の厚みも増したほかは、結構驚異的に変つてゐない。その晩、風呂に浸かつた善幸は、隣の女湯に入る“この世のものとは思へない”ほどに美しい里見瑤子に垂涎する。里見瑤子は、善幸が足を滑らせ湯船に落ちたことにも気付かなかつたのか、幽然と、もとい悠然と離れの蔵に消える。老婆の禁を当然破り、後を追ひ善幸も蔵に入つてみたところ、里見瑤子こと水上ハルは、そこで善幸の“死んだ爺さんの名前と同じ”、信一といふ情人を待ち続けてゐるやうだつた。人を待たせるよりは待つ方がマシだ云々と、ゴミのやうな世間話も切り出しハルに接近した善幸は、姿を消したハルに誘(いざな)はれるかのやうに、夜とも昼とも、夢とも現とも定かではないがどうやら昭和十八年の大東亜戦争中らしい異界に彷徨ひ込む。そこでは善幸いはく“あれ?あいつ俺にソックリ”で、“まるで戦時中”のやうな格好をした、学徒出陣に赴く信一(岡田智宏の二役)を白いドレス姿のハルと、対照的に赤い服装の姉・サキ(水原かなえの二役)とが奪ひ合つてゐた。
 正直に負け戦を認めるが、封切り当時にリアルタイムでm@stervision大哥に語り尽くされた一作。本来それはそれとして定番な筈の幽霊譚が、にも関らず過剰な親切設計を施された、天井かと見紛ふまでに上げ底の珍台詞と怪展開の数々に彩られるどころか、木端微塵にされてしまふ様は、下手に生真面目に付き合ひ難じてみせるよりは、寧ろ万歳を連発しながら底の抜け具合を気軽に楽しんだ方が、いつそ吉とすらいへようか。大体が、老婆が善幸に信一の面影を見ない時点で既に起動した不自然は、終に悲恋物語の真相が明かされるクライマックス、綺麗な棒立ちで現れた信一とサキの幽霊が、仔細を御丁寧に説明して下さるそのまんま舞台劇のやうな手法で完成される。但し、善幸の一晩に六十年の歳月を行き来する遍歴の余波として、大絶賛濡れ場要員ポジションを担ふ、しおりと出口の駆け落ち心中カップルを正方向の着地点に回収してみせる娯楽映画としての誠実さと、爽やかなラスト・ショットは実は悪くない。一夜明け、善幸は喪服姿で水上荘を後にする。車は、ピントも合はせられぬ二人組みの工員が、ちやうど修理も終へたところだつた。やれやれと一旦一服しかけた工員が、歩み寄る善幸の気配を察し慌てて深々と頭を下げるストップ・モーションが、意外と十全な強度で映画を締め括る。

 ところで今作は2004年に「ツボいぢり 狂つちやふ」といふ新題で、既に一度旧作改題済みではある。即ち今回は旧題ママによる、二度目の新版公開といふ寸法になる。


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 「弁護士の秘書 奥出しでイカせて」(2006/制作:セメントマッチ/提供:オーピー映画/監督:池島ゆたか/脚本:五代暁子/撮影:長谷川卓也/編集:酒井正次/音楽:大場一魅/助監督:茂木孝幸/監督助手:中川大資/撮影助手:矢頭知美・田嶋信/応援:田中康文・樹かず/出演:日高ゆりあ・笠原ひとみ・持田さつき・本多菊次朗・野村貴浩・竹本泰志・津田篤・池島ゆたか・山ノ手ぐり子・神戸顕一・白井里佳)。
  am/pm二階の咲坂法律事務所、所長で弁護士の咲坂真一郎(本多)が、何故かフル装備の掃除夫姿で担当する認知訴訟打ち合はせの日程を調整する電話を受ける。先方から指定された日時が、あたかも偶々空いてゐるかのやうに装ふ咲坂ではあつたが、スケジュール板上段の、咲坂の月間予定はスッカスカであつた。反面下段の、咲坂とは先輩後輩の仲にあり同じく弁護士の浜田正治は、出演するテレビ番組で“ハマショー弁護士”として人気を博し多忙を極めてゐた。ハマショー、輝かしく要らぬ小ネタだ。嫉妬心も含め浜田をタレント弁護士と揶揄しそれなりに仲良く喧嘩した咲坂は、雑用などせぬとも済むやう、秘書を雇ふことを漸く決意する。そんな訳で咲坂法律事務所に、中里ルイ子(日高)が働き始める。事務所を開く際には世話にもなつた義父に、孫の顔を見せ更なる援助も引き出すべく目下絶賛子作り期間にある妻・百合子(持田)が居ながら、咲坂は書類整理を命じた際に、ルイ子のタイトスカートの悩ましげな膨らみに催すと襲ひかかる。一旦は抵抗を見せつつ咲坂の、初めから下心を持ち採用したとのまるで弁明にもならぬ弁明に、ルイ子はコロッと体を任せる。ここで、序盤のこの時点で咲坂と百合子の夫婦生活が置いてあることについて、残らぬでもない疑問に関しては、意外に小さくはない問題であるかも知れないので終段にて後述する。
 一方浜田も、既に肉体関係を持ち、向かうの両親に会ふことも求められる彼女・青島さやか(笠原)が居るにも関らず、ハマショーさんのファンですとのルイ子の声に脊髄反射で鼻の下を伸ばす。浜田からも迫られたルイ子は、ケロッと体を委ねる。後日、女優である妻・竹田美和(全く登場しない)と離婚係争中に、当人いはく二回しかシテゐないらしい別の女から出産した子供の認知を求める訴訟を起こされた、ややこしく忙しい舞台演出家・小田ヒデキ(竹本)が、DNA鑑定用のサンプルを採取する為に咲坂法律事務所を訪れる。この件に登場する山ノ手ぐり子は、DNAサンプル採取の担当官、あるいは名前は仁科か?茶を出しに現れたルイ子は、小田の琴線にもポップに触れる。ブレスレットを落として来たふりで誘き寄せたルイ子と、小田は接近を図る。そんな中、夜の資料室で咲坂がルイ子と致してゐる最中に、折悪く戻つた浜田が出くはし騒動となる。互ひに二股をかけられてゐようなどとは夢にも思はなかった咲坂と浜田は、それぞれ既存の男女関係は解消することを宣言し、ルイ子を争ふ構へを見せる。等閑視しても構はないやうな気もするが、資料室の入り口にプレートで“資料室”と掲げられてゐるのは兎も角、二人のデスクがあるメインの一室を捕まへて、同様に“オフィス”と称する無造作な判り易さは些か如何なものか。“オフィス”て、確かにオフィスだけれどさ。いつそのこと、その“オフィス”は特に不要であらう。
 山ノ手ぐり子と登場順は前後して神戸顕一は、さやかの部屋で乳繰り合ひながら、自身が起用された栄養ドリンクのコマーシャルを見せようとする浜田をヤキモキさせる、神戸印の白アンパンCMに登場するヒムセルフ。池島ゆたかとその盟友・神戸顕一とが、池島ゆたかの監督作百本連続出演を誓い合つたといふ男と男のドラマに対しては、胸が熱くなることも禁じ得ないと同時にさうはいへ頂けないのが、如何せんこの白アンパンCMのクオリティが低い、低過ぎる点。流石に画面を汚す弊しか、少なくとも事情を知らねば見当たるまい。意地の悪い見方をすれば、まるで緩衝材かのやうに設けられた浜田のものにしても、間違つても高い訳ではないのだが。役得感を爆裂させ楽しさうに缶ビール片手に女優を抱く池島ゆたかは、百合子の浮気相手で咲坂とも懇意の不動産屋社長・内山。津田篤は、浜田に見切りをつけたさやかの新カレ・とおる。激越ないはゆるバックシャンぶりを披露する白井里佳は、遂に成立した竹田美和との離婚を伝へると共に、小田に突撃インタビューを敢行するTVリポーター。
 天真爛漫な小悪魔に綺麗に翻弄される、間の抜けた男達。史上最強のピンク五番打者・林由実香の面影を見た池島ゆたかが発掘時より絶賛し、現在進行形で重用する日高ゆりあにとつての初主演作である。とはいふものの、ルイ子はといへば言ひ寄られると、殆ど自動的なまでの尻軽さでホイホイと寝るばかり。劇中全く通り過ぎられるバックボーンはおろか、恐ろしいことにルイ子の感情らしい感情さへ十全に描かれてゐるとは凡そいひ難い。その為、終始軽快な勢ひだけならば悪くはないが、主眼をルイ子に置いて観ようとすると、全篇が良くも悪くも軽やかに上滑る印象は兎にも角にも強い。それでゐて、そんなルイ子が咲坂や浜田との情交の模様を、これで相手の男が気付かないのが非現実的に激しく無防備な携帯電話の使用法も駆使し、百合子やさやかに音声中継する荒業を仕出かしてみせるのは、この際ちぐはぐとすらいへよう。さうなると寧ろ、女優三本柱を全員彩り要員と踏ん切り、現に開巻を飾ればオーラスも締め括る咲坂と浜田による、いかりや長介と仲本工事の“ばか兄弟”ならぬ“ばか師弟”のスラップスティックとして捉へるのが、今作のより正解に近い鑑賞法であるやうにも思へる。

 メイド服を着用した女が尺八奉仕する姿を、尻から背中を舐めるカットで入ると、メイドは日高ゆりあでなければ笠原ひとみですらなく、持田さつきでありました。といふのが、百合子と内山との絡みの導入である。ルイ子そして浜田にも向けられた、妻とは十年間レスであるとする咲坂の言の真偽なんぞは、最早瑣末と徒に拘泥するつもりはない。但し、この秀逸なフェイントの印象が素晴らしく強烈であつただけに、それまでには一応顔は見せるだけ見せておいて、咲坂との夫婦生活を描く描かないとは別に、持田さつきの濡れ場は対内山戦を最初に持つて来た方が、更に出オチが効果的に決まつたのではなからうか。


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 「豊丸の何回でも狂つちやふ」(1989/製作:ENKプロモーション・OFFICE ZERO/提供:Xces Film/脚本・監督:細山智明/撮影:志賀葉一/照明:吉角荘介/編集:金子尚樹/音楽:長田陽・OFFICE BORDER/助監督:白石俊/監督助手:鴎街人・柴原光、他二名/撮影助手:中松俊裕/照明助手:桜井敏章/応援:鬼頭理三/制作総指揮:白坂一男/出演:豊丸、池島ゆたか、沢村杏子、ボブ・ハイアット、清水大敬、山本竜二/特別出演:橋本杏子・ジーコ内山)。撮影の志賀葉一は、現:清水正二。監督助手に、細山智明の変名である筈の鴎街人の名前が並ぶミステリーを、如何に捉へたらよいのか。NとKの間にEを挟む、率直には珍奇なENKのロゴは初見。
 実際に排尿はしないものの、座りションをする女と、大きな荷物を手に、それを待つ男。詰まるところこの二人の姿を、象徴したオープニング・シークエンスである。歩き始めた女と男からカメラが大きく引いた画に被せられる本篇タイトル・インには、頭に“究極のいんらん娘”がつく。豊丸愛子(現に本名らしい)は自身の“いんらん”即ち異常性欲を全うする旅路を、後に語られる性の遍歴によると小学五年生の時からの情人で、現在はマネージャー的ポジションにもある影田(池島)を伴なひ送つてゐた。NTTの伝言ダイヤル―劇中影田台詞ママ―を通し、連絡を取り合つた男々の下へと赴く二人が今回訪ねたのは、事業を息子に譲り、現在は悠々自適な隠居生活を送る資産家・大股為五郎(清水)のミサトな洋邸。日本間もあることについては、使はないので気にするな。金と暇に任せた豪遊の果てに、性交にいはく“体の芯からジンジン来るやうな”ときめきを失つたとかいふ大股と豊丸の正しく壮絶な一戦が繰り広げられる一方、居間にて影田は、独り吸殻の山を重ねる。豊丸がAV界でいはゆる“淫乱ブーム”を巻き起こし一世を風靡したのは1980年代後半から90年代初頭で、リアルタイムで体験してゐてもギリギリおかしくはない時期であつたのだが、個人的には綺麗に素通り。そんな次第で、二十年もの時を経たこの期にピンク映画を通して初めて触れた豊丸ではあるが、最早扇情的な実用性さへ等閑視せん勢ひの、錯乱したかのやうに痴語を喚き倒す豊丸のバトル、最早プレイなどといふ言葉には収まりきるまいバトル・スタイルからは、見当違ひかも知れないが巡り巡つて昨今の虹に与へた影響―“アヘ語”で検索されたし―も窺へる。何時も通りのガッハッハと姦しいばかりの清水大敬には、最初は仕方のない食傷した嫌悪感も覚えてゐたものだが、この豊丸を迎へ撃つには、それだけの熱量が必要であつたのかと思はず納得もさせられた。来客にコーヒーを勧めるに際して、“セックスに貪欲な女は、ブラックを飲む”だなどといふ大股の頓珍漢な薀蓄も、別の意味で如何にも清水大敬らしい。
 次に豊丸と影田が向かつたのは、見るからションボリした武男(山本)宅、不能であるとのこと。影田が細君・百合子(沢村)とダイニングで待機してゐると、当初静かであつた寝室からは徐々に功を奏したのか、豊丸だけでなく、武男の箍の外れた嬌声も洩れるどころでなくガンッガン聞こえて来る。居た堪れないであらう心中を酌んだ影田は、百合子と共に一時退避する。夜の闇に紛れ明確には抜かれないが、背景に恐らくジーコ内山が無駄に踊る公園。百合子は影田に、これまで武男には泣かされて来た顛末を語る。武男も豊丸と同様か、あるいは性別を問はない点に関してはある意味それ以上の、見境ない過剰発情者であつた。ある時流石に手を焼いた百合子は、これ見よがしにわざと武男に発覚するやう浮気する。ところがそれ以来、深く哀しんだ武男はインポになると同時にすつかり意気消沈、会社にも行かなくなつてしまつたのだといふ。百合子が夫の回復に一抹の不安も抱かないではないのは兎も角、武男もひとまづ救ひ、蜜柑を食べ食べ機械が止まるのを待つ橋本杏子が、二人の遣り取りに興味津々と耳を傾けるコインランドリー。実は今でも一途に想ひ続ける影田と、その気持ちを知りつつも、如何せん一人の男では到底満足出来ない豊丸とは衝突する。己の本質であると自負するところの、淫乱を差し引いたら何が残るのかといふ影田の何気ない言葉に激昂し飛び出した豊丸は、自身と瓜二つで、しかも愛子といふ名前まで同じだといふ恋人と死に別れた、路上でアクセサリーを売りながらヒッチハイクで旅する黒人・ボブ(ボブ・ハイアット)と出会ふ。メーカーがよく判らないが、ボブの履くバッシュのセンスは、1989年当時の日本にしては画期的に新しからう。苛立つ影田に余計な口を挟み、八つ当たりされる橋本杏子が退散したコインランドリー店に、豊丸はボブを連れ帰る。
 知性も漂はせる整つた容姿からは予想だにし難い、豊丸の破天荒なメソッドに対抗するには、清水大敬に加へ山本竜二の勝手に名付けてジ・エキセントリックスと、更には大絶賛セックス・シンボルとしてのマッシブな黒人をも擁せねばならなかつたのか。配役の妙が冴える鋭角のポルノグラフィーは、ボブを黙した傍観者に配し、本当は互ひを恋焦がれる豊丸と影田とが一旦は離れる王道の展開に突入し、頑丈な恋愛映画の完成度を予感させる。少なくとも、前年の細山智明第七作「過激!!変態夫婦」(昭和63)に於いて既に見られた、移動中の登場人物が台車にでも乗せられてゐるかのやうに、不自然にスーッと平行移動する演出法は矢張り少々あざとく滑り気味ではあるが、豊丸と影田のかつての情交の舞台となる、幻想的な森のショットを随時挿み込むアクセントは有効で、チャイコフスキー組曲「くるみ割り人形」から「花のワルツ」を、場面場面で適宜形を変へ用ゐる秀逸な劇伴も、擦れ違ふラブ・ストーリーの推移を彩ると同時に補強する。とはいへ、その後の最も重要かつ困難な段取りを、完全に割愛して済ませてみせる荒業にはさりげなく驚かされた。そもそも、関係性の上で順当な武男との夫婦生活は披露しない百合子と、影田との良くも悪くも絶妙な位置に配される濡れ場は、百合子の近況報告以外にはドラマの中で凡そ意味を有し得ない。豊丸から嘘日本語を教へられたボブがまんまと仕出かしてしまふ件と、世にいふ“赤い玉”を放ち終に矢尽き刀折れた武男の帰宅。二つの周辺の着地で十全に外堀を埋め、一種開き直つた影田と相変らずな豊丸、二人の間柄のそれはそれとしての新しい形を再登板させた、無節操といふ意味では懐の深い大股に介錯させる構成は再び磐石。流麗な語り口に誤魔化されて別に構はなくもあるのだが、冷静に検討するならば、頗る大胆な省略が轟く一作でもある。やらなかつたことは、出来なかつたことと結果としては変りない。さういふ一般論に、立ち止まつてもしまふものである。


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