大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第61回

2013年12月30日 23時35分28秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

  『みち』リンクページ



『みち』 第51回からは以下からになります。

第51回第52回第53回第54回第55回第56回第57回第58回第59回第60回




                                             



『みち』 ~未知~  第61回



「作りに来たのよ。 色々持ってきたけど他に食べたいものがあったらそれを作るわよ。 何か食べたいものはある?」

「ご飯って言うよりパンがいいな」

「じゃあ フレンチトーストも胃に重たそうだし・・・具が軽めのサンドイッチでいい?」

「買ってきてくれたの?」

「今から作るの。 琴音はパン全般が好きでしょ、クリームドッサリ系のパンも買ってきたけど それじゃあ今の琴音の胃には重いだろうし食パンも持ってきてたからそれで作るわ」 5枚切りの食パンを薄く切りなおして サンドイッチ用のパンにするようだ。 すると琴音が

「あ、急にお腹がすいてきた」 そうなんだよね。 どうしてか食べ物の話をするとそうなるよね。

「まるで子供ね」 器用に食パンを切り出した暦。

「子供で思い出したわ。 家の方はどうなってるの? 子供達や旦那さんは? こんな時間に家を開けて旦那さんに怒られないの?」 矢継ぎ早に聞いてきた。

「大きな声こそ出せないみたいだけど 口には筋肉痛がないみたいね」 あまりの質問の早さに暦が言った。

「そう言われればそうね・・・ってそんな事に感心したくないわよ。 料理なんてしてていいの? 時間大丈夫なの?」

「心配しなくていいわよ。 夕ご飯も作ってきたし、お風呂の準備もしてきた。 それに旦那が行ってきてあげればって言ったくらいなんだから」 さすがは主婦。

「マヨネーズとか勝手に使うわよ」 なにをするにも手際がいい。

「うん。 何でも使って。 相変わらず旦那さん優しいわね」 琴音は何度か暦の旦那と逢ったことがある。

「え? 待ってよ、どうして旦那さんがそんなこと言うの?」

「あ、そうだったわね。 説明しなきゃ、いつまでたっても琴音の頭の中にクエッションマークがつくわよね」 卵を割りながら暦が話し出した。

「今朝、実家に電話したのね。 そしたらお婆さん山菜を取りに行ってて留守だったんだけど3時ごろだったかな? お婆さんから電話があったのよ。 私としては旦那が今日から連休に入るから明日帰るってそれだけを言おうと思ってたんだけどね、お婆さんが山菜取りの帰りに偶然琴音のおばさんと会ったっていうのよ」 お婆さんと言うのは暦の母親の事だ。 暦は子供を産んでからはお母さんといわずお婆さんと呼んでいる。

「私のお母さんと会ったの? まぁ、家がそんなに遠くないんだから会う事もあるわよね」

「その時にね、おばさんが昨日の琴音の話をお婆さんに言ったわけよ」

「あー、それで」

「おばさんかなり心配してたそうよ。 だからお婆さんも見てきてあげればって言ってたんだけどね、ロボットになってましたなんて報告できないなー」 

「意地悪ね。 私だって思いもしなかったわよ」

「何を考えて 山なんかに登ったわけ?」

「なんだろう、自分でも分からないのよ。 急に登りたくなって・・・でもあんなに大変だなんて思いもしなかったのよ。 知ってたら登らなかったわ。 それでもちゃんと山頂の神社にお参りしてから帰ったのよ」

「急に登りたくねぇー ・・・え? 今、神社って言った?」 思わず具を挟んだサンドイッチを切ろうとしていた包丁を持ったまま琴音の方を振り返った。 よそ見をすると手を切るよ。

「うん。 山頂に神社があったの。 でもこれがまた上りの階段が長くて・・・」 ここまで言うと 呆気にとられていた暦が

「琴音が神社に行ったの? それもお参り? 信じられない」 暦も琴音の社寺仏閣嫌いをよく知っている。

「そう言えば 暦にはまだ話してなかったわよね。 乙訓寺のこと」

「お寺?」

「うん お寺」

「何なのよ 琴音どうしちゃったわけ?」 向き直りサンドイッチを切る続きを始めた。 琴音が乙訓寺であったことを暦に話しだした。 その途中にサンドイッチが出来上がり 温かいミルクと一緒に暦が琴音の座っている和室の机に置いた。

「今の琴音の胃にはコーヒーは良くないからね」 さすがは主婦、家族の健康をいつも考えているだけあって 缶コーヒーをがぶ飲みした琴音とはエライ違いだ。

「うん、ミルクでいい。 サンドイッチ美味しそう。 いただきまーす」 

「からしもバターも使ってなくて味も薄くしてあるけど、どう? それでいい?」 琴音の胃を気遣っての事、主婦の鏡だね。

「うん、美味しいわ」

「よく噛むのよ」

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みち 目次

2013年12月30日 23時35分02秒 | みち リンクページ
『みち』 目次



第 1回より第 96回まで     -----『未知』

第 97回より第232回まで     -----『 道 』

第233回より第252最終回まで  -----『満ち』
 





第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回
第51回第52回第53回第54回第55回第56回第57回第58回第59回第60回
第61回第62回第63回第64回第65回第66回第67回第68回第69回第70回
第71回第72回第73回第74回第75回第76回第77回第78回第79回第80回
第81回第82回第83回第84回第85回第86回第87回第88回第89回第90回
第91回第92回第93回第94回第95回第96回第97回第98回第99回第100回


第101回第102回第103回第104回第105回第106回第107回第108回第109回第110回
第111回第112回第113回第114回第115回第116回第117回第118回第119回第120回
第121回第122回第123回第124回第125回第126回第127回第128回第129回第130回
第131回第132回第133回第134回第135回第136回第137回第138回第139回第140回
第141回第142回第143回第144回第145回第146回第147回第148回第149回第150回
第151回第152回第153回第154回第155回第156回第157回第158回第159回第160回
第161回第162回第163回第164回第165回第166回第167回第168回第169回第170回
第171回第172回第173回第174回第175回第176回第177回第178回第179回第180回
第181回第182回第183回第184回第185回第186回第187回第188回第189回第190回
第191回第192回第193回第194回第195回第196回第197回第198回第199回第200回
第201回第202回第203回第204回第205回第206回第207回第208回第209回第210回
第211回第212回第213回第214回第215回第216回第217回第218回第219回第220回
第221回第222回第223回第224回第225回第226回第227回第228回第229回第230回
第231回第232回第233回第234回第235回第236回第237回第238回第239回第240回
第241回第242回第243回第244回第245回第246回第247回第248回第249回第250回
第251回第252最終回

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みち  ~未知~  第60回

2013年12月27日 15時32分03秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回



                                             



『みち』 ~未知~  第60回



買い物袋を琴音に当てないようそろっと蟹のように横向きに歩く暦。 すれ違いざま 

「キッチン借りるわよ」 そう言ってサッサと歩いて行きキッチンのテーブルに買い物袋をどさっと置き「あー重かった」 一言いったかと思うと今度は琴音のほうに歩いてきて

「手、どうして貸せばいい? どこか持とうか?」 琴音の前に立ちそう聞いてきた。

「ありがとう。 でもいい、身体全部が痛いのよ。 掌も全部。 触られると痛くて」

「分かった。 じゃあ一人でいい? 大丈夫?」

「うん」 その返事を聞いた暦はキッチンに戻り持って来た物を袋から出し始めた。

「冷蔵庫開けていい?」 琴音に聞こえるよう少し大きな声で聞いた。 琴音はと言うと 廊下の壁を支えにそっと手を当てまだこちらへノロノロと歩いている。

「うん、いいわよ。 実家に帰るつもりだったから全部整理して何も入ってないけど」 琴音の小さな声を心配して暦が琴音のほうを覗き込むと 

「あははは まるでお婆さんじゃないの」

「笑わないでよ痛いんだから。 それに大きめの声を出すのにも結構腹筋を使うんだから」

「ドアの外まで聞こえてたわよ」 まだ笑っている。

「え? テレビの音? それじゃあ、居留守使えないわね」

「違うわよ。 テレビの音は聞こえなかったわよ。 琴音の「痛ーい、イタタタ」 って言う声が聞こえてたのよ」

「そんなに大きな声を出してた?」

「大きな声っているより響いてきたって感じね」

「そうなんだ。 でもホント痛くって・・・え、そうよ。 どうして暦がいるの? それに知ってるってなに?」 やっとキッチンに辿り着いた琴音。

キッチンと和室は襖で区切られているだけだ。 襖は全開で和室を見た暦が

「後で説明する。 それより座椅子に座ってたんでしょ。 あっちに座ってるといいわよ。 あ、座椅子の角度あれでいいの?」 ほんの少ししか角度のついていない座椅子。

「さっき寝ちゃってたから。 もうちょっと起こすわ」 すると暦がさっと歩いていき

「これくらいでいい?」 座椅子に角度をつけた。

「うん。 ありがとう」 キッチンから座椅子を見た琴音が返事をしながら歩いてくる。

「テレビ見るの?」 点けっぱなしのテレビである。

「特に見ないわ」

「じゃあ節電。 切るわよ」 テレビを切りキッチンに戻ろうとする暦が琴音とすれ違いざまに

「あ、そうだ ねえ、シップとか持ってるの?」

「持ってない」

「良かった、ダブらなかった」

「なに?」 和室に向かって歩いている琴音が振り向きかけたが 振り向こうとする姿がまるでロボットだ。

「いい!いい! こっち見なくてもいいからロボットは早く座りなさいよ」 慌てて暦が言った。

「だ・・・誰がロボットよ」 暦が笑いを堪えてテーブルに出した食材を冷蔵庫に入れながら 

「琴音よ。 自分の姿は見えないもんね。 お婆さんって言うより完全にロボットね」 堪えきれなくなったようだ。 限りなく笑っている。 笑いながら

「お腹すいてない?」 琴音に聞いた。

「お腹・・・そういえば昨日から何にも食べてないわ」 言われて初めて気付いたようだ。

「昨日って? 何時から?」

「昨日朝ごはんも食べていないし コーヒーを起き抜けに飲んでそれから・・・あ、缶コーヒーとお茶だわ」 やっと座椅子に座ることが出来た。

「それだけ?」

「うん」

「それで 今日も何も食べてないの?」

「ずっと寝てたから食べてないわ」

「この時間までずっと寝てたの?」

「この時間って・・・そう言えば、今何時?」

「信じられない。 7時よ、あ、夜の7時よ、分かってる?」

「ええ! そんな時間になってたの?!」 カーテンもずっと閉めたまま。 さっきドアの鍵を開けに出たときも外は見なかったからね。 もう外は暗くなってるんだよ。

「まるで山の中の仙人ね。 それじゃあ、重いものより軽いほうがいいわね。 う~ん、雑炊か何か作ろうか?」

「作ってくれるの?」

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みち  ~未知~  第59回

2013年12月24日 15時15分22秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回



                                             



『みち』 ~未知~  第59回



時間をかけロボットのように歩きながらキッチンへ向かった。 キッチンの時計を見て

「11時・・・思いっきり寝てたんだわ」 それだけじゃないだろう? お腹は空いてないのかい?

「こんなのじゃ車の運転も何も出来ないわ。 実家に電話しなきゃ」 またロボットのように歩き電話を手にした。

「電話が重い・・・」 腕も指も掌も何もかも疲れきっている。 電話を耳に当てる事すら腕が痛い。 電話が繋がった。

「もしもし、お母さん? ごめん。 今日行くつもりだったんだけど行けそうにないみたい。 実は昨日山に登ったら全身筋肉痛になっちゃって 今朝起きたら身体中が痛くて動けないの・・・うん。 うん・・・」 母親の心配をする声だ。

「ごめんね、今度の長期休みには絶対に行くからね」 そう言って電話を切った。

「頭痛薬・・・イタ・・・もういいわ、とにかく寝転びたい」 テレビのリモコンと携帯をすぐ手に取れるところに置き 二つ折りにした座布団を枕にテレビのある和室に寝転ぼうとしたが

「いたた・・・」 少し具合が悪いようだ。

「畳も座布団も痛いわ。 ・・・そうだ、座椅子・・・」 またノロノロと立ち上がり実家に行く間は仕舞っていようと 押入れに入れていた座椅子を出してほんの少し角度をつけ座椅子に寝転んだ。

「もう動きたくない」 今度は具合がいいようだ。

テレビのリモコンのスイッチを入れテレビをボォッと見ていたがあれだけ寝たのにまたウトウトとしだした。 身体の疲れが半端ではないようだ。

誰も見ていないテレビは15分おき毎にコマーシャルが入り 1時間、2時間ごとに番組が変わっていった。

「ガチャ」 玄関のドアの音がしたが琴音が鍵をかけている。 それにこの部屋に誰が来る予定もない。 琴音は気付いていない。 今度はドアチャイムが鳴った。 それにやっと気付き目の覚めた琴音。

「もしかして今チャイムが鳴った?」 身体をゆっくり起こそうとするが

「イタ、無理だわ。 このまま居留守だわ」 ウトウトとした間にまた筋肉が固まってしまったのだ。 すると次ぎは携帯だ。

「暦だわ。 連休なのに珍しい。 なんなのかしら」 携帯に出た琴音。 

「暦?」 すると

「何やってんのよ。 部屋の鍵、開けてよ」

「え?」

「今玄関の前にいるのよ。 早く・・・あ、じゃなかった。 ゆっくりでいいから鍵を開けに来て」

「玄関の前ってここの玄関?」

「そうよ」

「ちょっと色々あって、時間かかるけどいい?」

「知ってるわよ。 だからゆっくりでいいから開けに来て。 携帯で話しながらだと大変でしょ。 もう携帯切るわね」

「うん、じゃあ待ってて」 携帯を切った琴音であったが

「なに? 知ってるわよってどういうこと?」 そんな事をブツブツ言いながらもゆっくりゆっくりと身体を動かす。

「痛ーい」 「イタタタ・・・」 思わず口からこぼれながらもやっと玄関に行き

「お待たせ。 今開けるからね」 鍵をガチャっと開けた。 鍵を開ける音と同時にドアが開いた。 暦が開けたのだ。

「待たされたー」 袋を一杯手に提げ暦が立っていた。

「なに? どうしたのよ」 その姿を見て琴音が言ったが

「それはこっちのセリフよ。 40になっていったい何やってるのよ。 とにかく入るわよ」

「どうぞ」 身体を避けようとする琴音に

「琴音はじっとしてて。 私が横向きに入るから」 狭い玄関だ。 どちらかが道を譲るようにしないとぶつかってしまう。

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みち  ~未知~  第58回

2013年12月20日 14時28分15秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回



                                             



『みち』 ~未知~  第58回



4,5歩上っただけでまた両手を膝に乗せる姿勢だ。 どれだけの時間をかけて登っただろうか。 まっ、今の琴音じゃあ山側の道でも同じ状態だっただろうね。

バス停に着くと数人居たがベンチが空いている。 すぐにベンチに腰を下ろした。
暫くするとどんどん人が増えてきた。 そして帰りのバスが入ってくる頃には

「全員乗れるのかしら?」 と思うほどになっていた。

並んだ順番から乗っていくのでベンチに座っていた者が必然的に最初に乗り込むことが出来た。
バスの椅子にどっかりと座り込んだ琴音。 疲れた身体にいい揺れ具合

「終点まで乗るんだものゆっくりしてても大丈夫よね」 油断した途端、すぐに眠ってしまった。

停留所で止まる度にうっすらと意識が戻るが身体は眠っている。 バスが京都駅で停まった。 
琴音降りるんだよ。
目が覚めた琴音は 

「最後でいいわ」 そう思いながら背もたれから身体を起こそうとすると身体が重い。 それどころか筋肉痛だ。

「痛い・・・。 ・・・寝ちゃったから身体の筋肉が固まっちゃったんだわ」 重く痛い身体をやっと背もたれから起こし、動かない身体を引きずって最後尾でバスを降り駅に向かった。
駅では一言

「また階段・・・」 大きな独り言と溜息が出た。

「もう寝ちゃ駄目ね。 また筋肉が固まってしまうわ」 疲れからの眠気を必死に堪えて 電車とバスを乗り継ぎ やっとマンションに着いた。
もう辺りは暗くなりかけてきていた。 ドアを開け

「やっと帰ってきた・・・こんなに遅くなるなんて思いもしなかったわ」 キッチンのテーブルの椅子に座りこみ 両腕をテーブルに乗せその上に伏せた。
ウトウトしかけてきた時に何気なく薄目を開けると 電話の留守電ランプが点滅しているのが目に入った。

「あ、実家・・・お風呂にもゆっくり浸かりたい」 重い身体を持ち上げて留守電を聞くと実家からであった。

すぐに風呂の湯を入れその間に実家に電話を入れた。

「あ、お母さん? 今日行くって言ってたんだけど ごめんなさい、行けなくなっちゃって。 え!? 携帯? あ、持って出るのを忘れてたわ」 電話の向こうではこの時間まで連絡のなかった琴音を心配していた声と 来ない事への残念そうな母親の声がしている。

「明日行くから、ごめんね。 じゃあね」 そう言って電話を切ったが、悪いけど行けないと思うよ。

すぐにお湯がいっぱいになり 風呂に入り全身をほぐした。 
風呂から上がると 温まったせいか風呂に入る前よりは筋肉が少しは思い通りに動くが疲れも一気に出た。

「もう駄目。 寝る」 すぐに寝息を立てた。


翌日目が覚めた琴音。 布団の中で

「うそ! イターイ!」 昨日より数段体が痛くなっている。

「いたた・・・起きられないじゃない」 布団から起き上がることが出来ない。 全身が筋肉痛だ。

「今、何時かしら?」 枕もとの目覚ましを見ようとするが首を動かすのも痛い。

「嘘でしょう・・・」 まっすぐ上を向いたままだ。

「頭もボォッとしてる。 熱があるみたい」 長い時間をかけてようやく上半身を起こす事ができた。 ゆっくりと 身体をねじって目覚まし時計を見ようとするが 身体が痛くてねじる事ができない。

「おトイレ・・・」 立とうとするがなかなかだ。 

それでも行きたい所に行きたい琴音。 立とうとするとギシギシと音を立てて筋肉が鈍く動く。 酷使した膝の骨は熱を持っているようだ。

「イターイ」 何とかトイレまで辿り着きドアを開け トイレに入ったものの簡単に座る事が出来ない。
ソロっと座るつもりが ドシン! と便座に落ちるようにして座ってしまった。

「イターイ!」 筋肉痛のお尻や足に衝撃が走った。

毎日の生活で 当たり前に座ったり立ったりとしているが 座るだけでもあらゆる筋肉を使わなくてはならないわけだ。 身体の全てに感謝なんだよ。 でも分かっていないようだね。

「やだ、まともに座ることも出来ないわけ?」 琴音のお尻が先か便座が先かどちらが先に壊れるだろうね。


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みち  ~未知~  第57回

2013年12月17日 15時03分19秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回



                                             



『みち』 ~未知~  第57回



(ここまで来たんだから上るしかないわよね) ね、少しじゃなかっただろ?

元気な時に上れば大したこともない階段だ。 だが疲労困憊の琴音には簡単に上ることは出来ない。 この少しの階段を上る間も無の世界だ。
息を荒げながらも何とか上り続けやっと頂上だ。 愛宕神社だ。 時計を見た。

(3時間30分・・・) 最初に鳥居をくぐる前に見た時間から3時間以上が経過していた。

置かれていた椅子に腰掛け、ただ呆然としている。
どれくらいの時間がたっただろう 5分?10分? だが今の琴音には時間の感覚が無い。 あまりの寒さに気がついた。

(寒い・・・) さっきと同じように汗が一気に引いたのだ。

(はぁー、 私どうしてこんな事をしてるのかしら。 溜息しか出ないわ) うん。どうしてだろうね。 まだ分からないだろうね。 始まったばかりだからね。

(もう・・・) うん? なんだい?

(どうでもいいわ) え?

(とにかく登ったのよ) 確かに登ったよ。

(寒いからお参りだけして帰りましょう) そうします? ・・・って、それだけ? まぁ、いいけど。
身体の冷えを感じながらも本殿の前に立った。

(足が震えて上手く立てないわ) 琴音の足をよく見るとガクガク震えている。 
足が悲鳴を上げているのであろう。 まともに立っていられない状態のまま本で読んだように 鈴を鳴らし二礼二拍手で手を合わせた。 だがその先のことは一礼としか本には書かれていない。 ニ拍手の後そのまま手を合わせ

(有難うございました) そう心の中で言いうと琴音が手を合わせる前から横に立っていた礼儀正しそうな男の子とその父親であろう男性の声が聞こえた。

手を合わせながらその声に耳を傾けていると祝詞であったが琴音は祝詞を知らない。

(いい響きだわ。 お経じゃないわよね・・・ここは神社だからもしかしてこれが祝詞なのかしら?) お経は小さな頃から法事に行っては聞いている。 祝詞とお経ではその違いが歴然だ。 祝詞を知らない琴音でもすぐに分かったようだ。
合わせていた手を下げ一礼をしその場を去る時に

(祝詞・・・覚えてみたいわ。 ・・・可笑しいわね、何度も聞いているお経をそんな風に思ったことがないのにどうしてかしら) そう思えるほど印象の深い祝詞であった。

石階段の上に立ち

「この階段・・・この足で下りられるかしら・・・転んだりなんかしたら・・・考えたくもないわ・・・」 ようやく出た独り言だね。

一歩一歩、まるで赤ちゃんが階段を下りるようにして下りて行った。
石階段が終わり広場の平坦な道は難なく歩いていくが それでもどこかぎこちない歩き方だ。

(変な歩き方ってわからないかしら) 心の中に羞恥が広がった。

ガクガクした歩き方で自動販売機のほうに歩いて行きペットボトルのお茶を1本買った。

「とにかく帰りろう」 景色も何も見ることなく下山に向かった。
上りと違ってさすがに下りるのは早い。 上りとは全然違う。 だが琴音の膝の関節はもう悲鳴を上げている。

「膝がつぶれる前に下りなきゃ」 極力、休憩を挟まず足の運びも上りより早くはあったがその琴音の横を 20代くらいの女性が走って下りていくのが見えた。

「え! 走ってる!」 唖然とした。

「若さって凄いわね」 いや、琴音が運動不足すぎるんだよ。 悠森製作所の階段でもう少し鍛えるんだよ。

それからはさすがに膝の痛みが限界だ。 休憩小屋で膝の痛みをとりながら何とか山を下りる事が出来たが太腿も脹脛も膝も、もうガクガクの上に膝の関節が砕けたのではないかというほどの痛みだ。

「足が・・・」 そう思いながらもくぐった鳥居に向かい直り一礼をし

「来た時は山側だったけど・・・今はもう山の風景はいいわ。 川沿いの道から帰りましょう」 その道を選んだのが後になって後悔だ。

来た時に下りて来た山側の坂はそれなりになだらかだが 川側の坂はとんでもなく急だ。 そうとは知らない琴音。 悠長に川を見ながら平坦な道を歩き

「川って見ているだけでも気持ちいいけど この流れる音、激しい音なのに気持ちよく感じるのはどうしてなのかしら」 川に癒されゆっくりと歩を進めていたとき 目の前に現れた急な坂。

「うそ!!」 はい、頑張って上ろうね

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みち  ~未知~  第56回

2013年12月13日 14時38分44秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
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『みち』 ~未知~  第56回



琴音が手を合わせ終わり立った時に下山してきた男性が

「こんにちは」 と挨拶の言葉をかけてすれ違って行った。

「こんにちは」 琴音もすぐに返事をしたが

(これが山のご挨拶なのね。 うふふ、なんて清清しいのかしら) 初めての経験だった。

だがそんな呑気な事を考えられていたのも束の間、すぐにまた上りが始まった。 そうするとすぐに足が重くなる。 息もすぐに上がってくる。
下山してくる人も多くなりみなが声をかけてくる。 振り絞って返す声。 だがその度に返事をする気力さえなくなってきた。 それどころか

(誰ももう声をかけないで) とさえ思っていた。

終わりが見えないずっと続く道。 もう上半身さえ重く感じてきた。 背中を丸くし両手は両足を支えに膝に付いている。 そんな状態で一段一段階段を上っていたが 頭の中は全く何も考える事ができなくなっていた。 風の音、鳥の声、木々の揺れる音、勿論自分の荒れた息さえ聞こえない。 俗に言う無の世界だ。

七合目の小屋に着きまた休憩を取ったがもうお茶が残り少ない。 それでも喉は水分を要求している。 後のことが気にはなったが全部飲み干してしまった。
七合目の小屋を出てまた歩き出した。 平坦な道が少しあったがまたすぐに上りだ。
すぐに無の世界に入っていった琴音である。 階段を2段3段と上ると止まってはハァハァと息を上げ また1段2段3段と上っての繰り返しだ。 まぁ、今日中には登れるだろうけどここまで体力がなかったとはね、4キロを甘く見すぎたね。

ようやく見えてきた黒門だが下を向いてばかりいる琴音はまだ気付いていない。
歩いていると足元が違っているのに気付き上を向いたときにやっと気付いた。

(これって愛宕神社の鳥居?) 違うよ。

(でもまだ道があるわ) 鳥居じゃないからね。 

そのまま歩き続けていくと大きな広場へ出た。 坂道から開放された琴音はあたりを見渡し

(ここが頂上なのかしら) まだ先があるよ。

そのまま真っ直ぐに歩いていくと社務所に並んで休憩小屋があり自動販機が目に入った。

(自販機だわ!) すぐにコーヒーを買った。 

一気にその場で1本飲み干した。 お茶と違ってサッパリとはしないが その分渇いた喉にミルク分が絡みつき喉を潤した。 そして続けて2本目を買い小屋で足を投げ出し休んでいると 暫くして身体中にかいていた汗が急に冷えてきて寒さを感じてきた。

腰に巻いていたパーカーを脱ぎ、見てみると巻いていたパーカーの腕の所も トレーナーの腰の辺りも汗でびっしょり濡れている。 琴音の見ることが出来ない背中は隙間なく汗で濡れている。 その背中においては悪寒さえ走る。

(やだ、このままじゃ風邪をひくじゃない。 足も少しは楽になったからお参りだけして帰りましょう) 2本目をサッサと飲みその場をたった。

あーあ、そんなに飲んじゃ後が大変じゃないか。 朝食をとってないんだから無茶な水分の取り方をするんじゃないよって言ったのに・・・あ、でも聞こえないか。

(確か神社があるって書いてあったけど どこなのかしら? せっかく来たんだからお参りしてから帰りたいものね) 平坦な道の広場だ。 辺りを見ながらゆっくりと歩くのに足は疲れない。 先を歩いていくと

(うそ!) 石階段があった。

(また階段なの!? ここを上るの?・・・もうここまで来たらやけくそよ。 上ってみせるわよ) 階段を上り始めるとまたすぐに両手は両足を支えにして一段づつ上がる。 

少し上っては足が止まる。 寒さもなにも感じなくなったどころかまた汗をかき始めた。
それにさっき飲んだコーヒーが上がってくる。 

(吐くわけにはいかないけど・・・ああ、吐きそう) 朝食抜きの胃にコーヒーを一気に2本も飲むからだよ。

「おきばり もうちょっとやで」 階段を下りてきた男性が声をかけた。  

「はい」 虫の声である。 時間をかけて上りようやく鳥居が見えてきた。

(鳥居だわ。 あと少し・・・) 残念だね、少しじゃないよ。
ようやく鳥居まで上ったが 

(嘘でしょ!) 大きく溜息が出た。 鳥居の奥にはまだ階段があったのだ。

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みち  ~未知~  第55回

2013年12月10日 14時03分02秒 | 小説
『みち』 目次

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『みち』 ~未知~  第55回



ずっと下を向き歩いて行く。 一歩の歩幅が段々と小さくなっていくが為、いくらも歩を進める事が出来ないが 登山服の人を何人か抜いて歩いて行った。
やっとアスファルトも終わり 今度は地道の階段だ。

(ここからがホントの山道なのね) 滅多な事で汗をかかない琴音の額に汗が流れた。 上着のパーカーを脱ぎ 腰に巻いた。 
少しずつ階段を上って行くが ずっと同じ階段が右へ左へ蛇行して続いているだけだ。 

(いつまで続くのよ) あまりのしんどさにもう自分が何をやっているのかさえ分からなくなってきていた。 足が勝手に動いているだけだ。 ただ、ハァハァと息が荒い分異常に喉が渇く。

やっといくらか歩いた時に腰を下ろせそうな横たわった木があった。 そこに腰を下ろした琴音。 喉が渇いているからすぐにでもお茶を飲みたいけれど あまりの息の荒さから飲むことも出来ない。 足ももう限界だ。 前にだらしなく投げ出している。

(地べたでもいいから寝転びたい・・・) そう思ったがさすがにそこまで形振り構わずとはいかないようだ。
少し息が収まった時にやっとお茶を飲む事が出来た。 一気に全部飲み干したいくらいだったが少し収まったくらいのまだ荒れた息だ。 胃に流し込んだ少しのお茶でさえ戻しそうになる。

(こんなに喉が渇いてるのに) 喉には水分がもうない。
暫く休んでいると 何人かに抜かれてしまった。

(あ、あの靴下にあの靴・・・私が抜いてきた人じゃない) 下しか見ていなかった琴音は人の顔を見ていないが足元を見て覚えている。
かなり息が楽になったようで少しずつだがお茶を飲み始めた。

(今飲みすぎて途中で足りなくなっても困るし・・・もっと飲みたいけど・・・) 喉はカラカラで爆発寸前だ。 いくら飲んでも喉は潤わないが後を考えてこれ以上飲むことを止めた。 

(とにかく 少し楽になったから歩きましょう) 息はかなり整い、足も楽になった気がしたが歩き始めるとすぐに足が重くなった。

(足が・・・) 重い足を前へ前へ出す。
歩いて行きふと顔を上げたときに小屋が見えた。 三合目の小屋だ。 
そこでまた休憩を取ったが小屋の椅子に座っていても足が楽にならない。 靴を脱いで足を椅子の上に投げ出した。

(ああ、楽だわ) 後から歩いてきた人も小屋の中へ入ってきたが座るスペースはまだまだある。 そのまま足を伸ばして座っていた。
お茶を飲もうと鞄からお茶を出す動きですら煩わしさを感じる。 とは言え喉が渇いている。 お茶を出し口に含んだ。

(ここでどれくらいなのかしら、まだあるのかしら・・・) 登っている時に顔を上げよく周りを見ていると 今はどれくらいと書かれてあるのだが、ずっと下を向いて歩いてきた琴音はそれに気付いていない。 まだ三合目だよ。

足を投げ出せたお陰で大分楽になったように感じた琴音。

(サッサと登ってしまおう) 無理だね。
靴を履いてすぐに歩き出したがまた足が重くなった。 整ったはずの息もすぐに荒くなる。 ずっとその調子で歩いていくと五合目の小屋が見えた。

ここでも足を投げ出しお茶を飲みと休憩を取り再出発した。 すると今度は足の重みが感じられない。 息も上がらない。

(あら? どうしてかしら楽に歩けるわ) 下を向くことなく前を見て歩く事ができた。

(ああ、道が平坦なのね。 登りか平坦かでこんなに違うものなのね) 暫く歩いていくと大木にお神酒が奉納されていた。

ずっと宗教の本を読んでいた琴音は素通りする事ができない。 二礼二拍手をし手を合わせた。 そして少し歩くと地蔵に気付いた。

(あら、お地蔵様) 身を屈め地蔵に挨拶をしようと片方の膝を地に着こうとした時に 棒のようになっている足はガクガクと震えこけかけたが 何とか膝を着くことができ手を合わせた。 今までの琴音ではあり得ない姿だ。

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みち  ~未知~  第54回

2013年12月06日 14時49分36秒 | 小説
『みち』 目次

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『みち』 ~未知~  第54回



みんなが降りるのを待って最後に琴音が降りると登山服を着た人たちが皆同じ方向に歩いていた。

「ここが最終停留所だったのね。 あの人たちって何処の山に登るのかしら?」 何処に向かって歩いていいのか分からず 登山服の人の後を歩いた。

すぐに売店がありその先に何人かが立っていた。 案内板を見ていたのだ。 案内板を過ぎると道が二手に分かれている。

「ああ、あれを見れば分かるわね。 きっと色んな山があるのね」 みなが去った後、琴音も案内板を見て

「えっと、現在地がここで 愛宕山登山口があそこ・・・どっちの道を行けばいいのかしら」 案内板をよく見ると山沿いに歩くか川沿いに歩くかの違いで どちらの道も登山口に繋がっていた。

「どっちからでも行けるのね」 それより琴音忘れていないかい? このまま登ってしまうと喉が爆発するよ。

「あ、そうだ。 朝食」 売店へ戻った。

売店にはお菓子と飲み物、ほんの少しのパンがあったが琴音が食べたいと思うパンではなかった。

「仕方ないわね、今日は朝食抜きだわ。 お茶だけ買いましょう」 500mlのお茶を1本買ってショルダーバッグに入れた。 あー、1本じゃ足りないよ。

「さ、準備完了。 出発しましょ!」 気合が入ってるね。 その気合がいつまで続くのかな?

琴音が選んだのは山側の道だ。 山側の道の下り坂を歩いていくと駐車場があった。

「ふーん、ここに車を止められるのね」 有料駐車場である。

「あら? この道どっちへ行けばいいのかしら?」 殆ど1本道だが 途中、7キロコースへ行く分かれ道があった。

「こっちの道をちょっと行って違ったらまた戻ればいいわよね」 先の見えにくい方の道を歩いていくと すぐに愛宕神社と書かれた鳥居があった。

「あ、ここね。 良かったこっちの道だったのね」 時計を見てから鳥居の前でお辞儀をし、手を合わせた。 そして手を下ろしもう一度お辞儀をし、鳥居をくぐった。

すぐに急な上り坂だ。 ペース配分も何もあったもんじゃないから 最初は勢いがよかったがすぐにダウンしてしまった。 

(ちょっと何よこの坂。 まだアスファルトなのにもうこんなに疲れてきちゃって 山登りも何もあったもんじゃないわ) さすがに相当疲れたようで 得意の独り言も声に出すことが出来ず心の中で叫び始めた。 

運動も何もしてこなかったこの数年、それなのにあの早いペースで歩き始めるなんて すぐにダウンするのは目に見えてるじゃないか。
それも今までの通勤はバスに電車、以前の会社ではエレベーターに座りっぱなしの事務だっただろう。 それに比べると悠森製作所に行くようになってからは 通勤は少しの時間でも自転車をこぎ、会社に行けば3階まで階段だ。 一日に何度か上って下りてしている分少しは体力がついたはずだよ。 ペースを考えて登ればもう少し楽になるはずだよ。

だが故意にペースを落とすなんて事は全く頭にない琴音。 足を休めることなく歩き続け 時々肩から落ちてくるショルダーを鬱陶しく感じ襷掛けにした。 見た目も何も考えず形振り構わずだ。 

ほらね長財布にして良かっただろう? ここでもし、ペットボトルが鞄に入らなかったら 手に持たなければいけなかっただろ? 落ちてくるショルダーが鬱陶しい以上に 持っているのが鬱陶しくなっていたに違いがないよ。 それにいつもなら気にならないペットボトルの重さも かなり重く感じたと思うよ。

ずっと下を向いて歩いていたが ふと顔を上げたときに目の前を歩く登山服の人を見た。 

(え!? やっぱりあの人たちって愛宕山に登りに来たの? ここってそんなに大変な山なの? 嘘でしょー) 後悔し始めているようだ。
それでも引き返すという事は頭をよぎらない。 やりかけた事は最後までやらないと気の済まない性格だ。

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みち  ~未知~  第53回

2013年12月03日 14時15分44秒 | 小説
『みち』 目次

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『みち』 ~未知~  第53回



「えっと実家には・・・こんなに早く家を出るんだもの・・・確か4キロって書いてあったからそんなに時間はかからないわよね、早く帰ってこられるわよね。 うん、帰ってから行けばいいわよね」 考えが甘いね。

「山に登るって言っても富士山じゃないんだから・・・Gパンに長袖Tシャツそれにスニーカーで充分よね。 鞄は・・・長財布になっちゃったからどうしようかしら・・・確かカジュアルショルダーがあったわよね、あれにお財布だけ入れればいいわよね」 長財布を入れても余裕のある大きさのショルダーバッグである。
 
長財布を買ってよかったね。 これが二つ折れ財布だったら小さめのポーチにしていただろうから後で面倒くさい目にあう所だったよ。

Tシャツに着替えたが

「長袖Tシャツ一枚だけじゃ寒いかしら? 上にもう一枚長袖Tシャツとトレーナーも着よう」 暑くなれば脱げばいいと重ね着をした。 

「朝食はどうしようかしら・・・」 何があっても寝起きすぐに朝食だけは必ず食べないと気が済まない琴音だが

「どうしてかしら、朝食をとってる時間がもったいなく思えちゃうわ。 そうよね、駅の売店でパンでも買って電車の中で食べればいいわよね」 寒がりの琴音、この上にまだパーカーを羽織って残っていたコーヒーを一気に飲み朝食抜きで家を出た。

バス停に行くと丁度始発のバスがやって来た。

「あ、そういえば時刻表も見ないで来ちゃったんだわ。 すぐにバスが来て良かった」 朝食をとっていたら30分待ちになるところだっただろうね。

バスを降り最寄の駅に着くと売店に寄るより先に窓口で切符を買っているとタイミングよく電車がやってきて慌てて電車に乗った。 

「あーん、何も買えなかったわ。 京都駅に着いたら絶対にコンビニかどこかで買わなくっちゃ」 そしてお腹を空かせながら長い時間電車に揺られやっと京都駅に着いたが、今度はバス乗り場が分からない。 

コンビニに寄る前に先にバス乗り場を確認しておこうと駅員に聞きバス乗り場までやってきたが あまりにも広すぎて何処が自分の乗り場か分からない。 キョロキョロしているとバスの運転手のような服を着た人が立っていた。

「あの人なら知ってるかしら」 聞いてみると分からない人の案内のためにバス会社の人間が立っていたのだ。 さすがは大きな駅だね。

分かり易く教えてもらい言われた方に歩いて行くと

「ここの乗り場ね。 何時に来るのかしら?」 時刻表を見ようとしたときにバスが入ってきた。

「え? このバスなのかしら?」 バス会社の人間がここにも立っていた。

「あの、清滝のほうに行きたいんですけど」 そこまで言うと

「このバスですよ」 今入ってきたバスを指差した。

「有難うございます」 電車もバスも待たずに乗ることが出来たが結局朝食が取れなかった。 覚えておくんだよ、朝食をとってないんだから無茶な水分の取り方をするんじゃないよ。

「今度こそ、バスを降りたら何か買おっと」 完全な手ぶらだもんね。

バスは京都市内を抜けて嵐山を通り清滝へ向かった。 バスの中では

「へぇー ここが四条通り?」 「ここが嵐山なのね」 完全に観光気分だ。

バスの中はそこそこ満員だった。 京都駅始発で乗っていた琴音は何とか座れていたものの 嵐山の停留所からは登山の服装をし、大きなリュックを背負った人たちでたちまちすし詰めになった。

「この人たちも愛宕山に登るのかしら? まさかね、他の山よね。 愛宕山にあんなに大きなリュック必要ないわよね」 その根拠は何処から来るんだい?

嵐山を出ると間もなくトンネルをくぐり清滝バス停に着いた。 

「この満員の流れで降りるのは疲れるわ。 最後に降りましょう」 ぞろぞろとみんなが降りていくのを見て

「え? リュックの人たちも降りるの?」 そうだよ、ここが終点なんだから。

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