『国津道(くにつみち)』 目次
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- 国津道(くにつみち)- 第65回
詩甫が目を開けると、そこにいつもの着物を着て座している朱葉姫の姿が見えた。
「瀞謝」
「朱葉姫」
辺りを見回すと部屋といっていいのだろうか、社の中と言っていいのだろうか、隅に何度か見た顔ぶれが座っていて一夜と曹司が朱葉姫から少し離れた横に座している。
「花生さんは・・・」
瀞謝の姿となった詩甫が問う。
「お姉さまはお兄様の元に戻られました」
朱葉姫は一緒に戻らなかったのか。
「朱葉姫・・・その・・」
言いにくい。 でも今の朱葉姫の姿もそうだ。 気に入っている着物を着ているのだからそれでいいのかもしれないが、まだまだ朱葉姫に似合う着物もある筈。 いや、転生すると時代的に着物ではなくなるが、ファッションを楽しむことだって出来る。
ここにいる人たちに文句があるのではないが、千年と同じ顔ぶれ。 そしてこの少人数。 新しい出会いもしてほしい。
詩甫が腹に力を込める。
「瀞謝? 心配しなくていいのですよ」
「え・・・」
詩甫が口を開く前に朱葉姫が先に口を開いた。
「瀞謝には申し訳の無いことをしたと思っています」
「あの・・・」
申しわけないとはどういうことだろうか。
「瀞謝にはわたくしの頼みごとを勝手に二転三転させてしまって」
最初の朱葉姫の望み、それは一つには瀞謝が来る度に社に一輪の花を添えてくれていたように、供養石に花を添えて欲しいということであった。
そしてもう一つが、もう朱葉姫を想う者が居なくなった。 いつまでもここにこうしているわけにはいかない。 だが民が建ててくれたこの社を放っていくのは耐えがたい、それに民が心で建ててくれたこの社を朽ちて終わりにさせたくない。 だから最後にこの社を大切にしてくれた瀞謝に社の最後を頼みたいと言っていた。
供養石への花は来る度に供えた。 供養石のことは朱葉姫の想いに応えられたと思っている。
そこに薄の問題が起こった。
詩甫を守るためにもこの話は無かったことにしてほしいと聞かされた。
朱葉姫の言う二転三転とはこの事なのだろうことは分かっている。 だがどこかが違う。
「民が毎日足を運んで笑顔を見せてくれるの」
「・・・朱葉姫?」
初めて朱葉姫と会った時、朱葉姫は言っていた。
『祀られる者は祀る者が居てなればこそ。 祀る者の幸せを願うことが出来るのですから。 ですがそのような者はもう居りません。 わたくしの願いは終わりました』
村の人たちが足を運んでくる。 それは祀る者が現れたということ。
「供養石にもお花を置いてくれているの」
詩甫がぐっと拳を握る。
「朱葉姫、私は・・・」
一度口を閉じ真一文字にすると深く息を吸う。
「瀞謝?」
「私は・・・。 朱葉姫は民に心を寄せられた。 それはまだ三十年と生きていない私には思いもよらない程の長い年月。 朱葉姫に、紅葉姫社に手を合わせた人達・・・民がどれだけ幸せを感じてきたでしょうか」
一夜が頷いている。
「もう・・・」
その一言を言って瀞謝の姿をした詩甫が下を向いて首を振った。 幼い姿の瀞謝が心にいっぱいの悲しみを抱えているように見える。
再び顔を上げると瀞謝の目を通して詩甫が朱葉姫を見る。 その目に涙がたまっている。
「私は・・・朱葉姫に新しい人生を歩んでほしいと願っています」
隅に座っていた誰もが詩甫が何を言おうとしているのかが分かった。 驚いた顔を見せている。 一夜にいたってもそうである。 ただ曹司だけはずっと変わらぬ表情で俯き加減に前を向き半眼で畳を見ている。
「瀞謝・・・」
「これから村の人たちが毎日来るでしょう。 村の中ではお祭も考えにあるようです。 千年か何百年か振りになるんでしょうか。 朱葉姫は・・・これからも朱葉姫は民の顔を見ることができます。 でも・・・朱葉姫はもうご自分の人生を生きて下さい。 いいえ、私が朱葉姫に新しい人生を生きて欲しいんです。 朱葉姫に朱葉姫の明日を見て欲しいんです」
「瀞謝・・・」
驚いた顔を見せていた者の中には詩甫と同じ考えを持った者もいたのだろうか、それとも誰もが思っていたのだろうか、誰からも異を唱える声が上がってこない。
朱葉姫が慈愛に満ちた輝く笑みを見せる。
「このようなことを言っては民に申し訳が無いのですが、わたくしは人の心の移り変わりというものを見てきました」
それは時代背景も大きく左右していたが、それだけではない。 避けられない事態がある時代があったことは確かだ。 社の中に居たとてそれは分かっている。
「今こうして民が手を加えてくれたこの社もいつどうなるか分かりません」
「・・・朱葉姫」
詩甫とてそれは思っていたことだった。 今の人達は足しげく社に通うだろう。 だが三代四代となってはどうなのだろうか。
三太は社に来るだろう。 だが三太の子は? 孫は? その孫の子は? 他の村人にしてもそうだ。
それにいずれこの山も売られるかもしれない。 そこに新しく住宅が建つかもしれない。 浅香が調べた結果では神社として登録されていないということであったのだから。
「瀞謝・・・? わたくしにはもう覚悟は出来ています」
一夜が膝の上に置いていた手を前に着いて前屈みになった。 今までそんなことを聞いていなかったのだろう。
朱葉姫が再度微笑む。
「最後の民を見送った時には、わたくしは戻ります。 この社がまだ建っていても」
「朱葉姫」
「ふふふ、本当に瀞謝は心配性ね。 でも、わたくしの先のことを考えてくれて嬉しいわ。 その時には瀞謝と一緒にこの世に戻って来ましょうね」
「・・・朱葉姫」
二転三転、朱葉姫が言ったのは・・・それはこういうことだったのか。
朱葉姫は何と強いのだろうか。 浅香の言っていた通りだ。
とうとう瀞謝の目から・・・いや詩甫の目から涙が零れ落ちた。
それは張り詰めていた気持ちが解かれたからなのか、朱葉姫が今すぐに戻らないと言ったからなのか、いつか生まれ変わる時には一緒にと言われたからなのか、詩甫本人さえも分からなかった。
詩甫を見ていた朱葉姫が膝立ちになり小さな瀞謝の身体を抱きしめる。
「約束ですよ」
半眼に開けられていた曹司の瞼が閉じられた。
前を走る軽トラの荷台に小刻みに揺れるゴミ袋と男性陣が乗っているのが目に入る。 大婆もいつも通りで良いということで軽トラの助手席に座っている。 軽トラを運転しているのは長治だ。
そして女性陣は次郎の運転するアルファードに乗っている。 アルファードには運転手の次郎を除くと全員が女性であった。 助手席には次郎の嫁が座り、詩甫はセカンドシートに座っている。 有難くも女性陣から色々話しかけられ、朱葉姫のことで心寂しく思う間はなかった。
「あ! 三太!」
思わず次郎の声が上がった。 全員が話していた口を閉じ前を覗いて見てみると、荷台に三太が立ち上がっていた。
すぐさま一人の男性が三太を座らせ、三太の頭を叩いている。
「もう、三太・・・」
助手席で三太の母親がこぼしたが、心配でたまらないのだろう。 小川に行く時にも三太が走り出したのを見てすぐに母親も走り出していた。 三太自身のことも心配なのだろうが、跡継ぎの一人っ子に何かあってはと思っているのかもしれない。
三太が荷台に乗っているのは、祐樹が荷台に乗ってみたいと言い出し、何故か浅香ももう一度乗りたいと言い、祐樹が荷台に乗るのなら三太も荷台に乗ると言い出したのであった。
それにしても三太を座らせたあの男性は親戚の人だろうかと思い詩甫が訊ねたが、赤の他人ということである。
「でもみんな三太が生まれた時から知っとるから、親戚みたいなもん」
「そうそう、三太に限らずどこの子も生まれた時から知っとるから、村じゃ誰もが親戚のおじさんおばさんや」
そういうことか。 これが都会であったなら、他人の子の頭を叩くなんて考えられない事であったが、そういう事なら納得が出来る。
「いい教育ですね」
女性陣が目を合わせて笑う。
この女性陣たちは各家庭から掃除当番としてやって来たその家で一番の若嫁であるらしく、僧里村出身であったり他の村から嫁いで来たという村の環境を熟知している者たちである。
「教育って、そんな大層なもんやないて。 単なる生活」
「そうそう。 な、ええと思ったんやったら野崎さんも彼と結婚したらこっちに来ん?」
「はい?」
「彼、浅香君と付き合っとるんでしょ?」
「と! とんでもない!」
思わず両手を振って否定した。
「あれぇ? てっきりおれもそうと思ってたけど違うんか?」
思わぬ所、運転席からも次郎が訊いてきた。
トラックの荷台でも同じようなことが話されていた。
「え? 違うんか?」
「違うに決まってんだろ」
問われた浅香ではなく祐樹が答える。
「こ、こら、祐樹君、言葉使いを考えよう」
祐樹が口をひん曲げソッポを向く。
「すみません、野崎さんのことになると敏感に・・・」
「ええさ、うちの子も似たようなもんや。 で? ホンマに違うんか?」
チラリと祐樹を見ると睨んでいる。
「ご想像に反して申し訳ないんですが、残念ながら違います」
「えー? そうなんか? そんな風に聞いとったのになぁ」
別の男性が言い、もう一人も首を縦に振っている。
浅香と詩甫のことを知っているのは大婆の家族だ。 長治か次郎か、それとも遠目に見ていた嫁さん連中が噂していたのだろうか。
それを聞いていた三太がヒソヒソと祐樹に話しかけてくる。
「祐樹の姉ちゃんとあのお兄さんが結婚したら、祐樹には兄ちゃんが出来るってことだよな?」
初めて祐樹と会った時には詩甫と浅香を祐樹の姉と兄だと思い羨んだが、あとになりそうではないと聞いていた。
「いいなぁ」
三太には兄弟が居ない。 祐樹もそれを知っている。
「まぁ、な。 姉ちゃんが結婚したらな。 でも浅香でなくてもいいわけで」
「ん? なに? 祐樹はあのお兄さんが嫌いなの?」
「いや・・・そういう訳じゃないけど」
そんな風に言われると考えてしまう。
浅香がいい奴だとは分かっている。 それに相談にも乗ってもらったし、詩甫を大切にしてくれているのも分かっている。
だが嫌いではないからと言って詩甫の結婚相手と考えるのは別だろう。
「オレあのお兄さん好きだな」
「えぇぇー? どこがぁ?」
三太は浅香とそんなに話などしたことは無い筈だ。 なのにどうして。
「だって優しそう」
父親である次郎や祖父である長治を特に怖いとは思っていないし、さっきみたいに頭を叩かれても村の男衆を怖いとも思っていない。
それでも、と思う。
まだ祐樹と会う前のことだ。
長治が浅香と詩甫を大婆の部屋に連れて行き、四人で話しているのを盗み聞きした時だった。 それまでの話を偶然耳にしてどうしても気になりそっと廊下で聞いていた。
それを長治に見つかった。
襖が大きく開けられ浅香と詩甫も振り向いたその浅香をチラリと見たが、呆れたような様子も見せていなければ怒る様子もなかった。 それどころか目の合った三太に『ん? なに?』 と訊いてくれた。
『お兄さん、その話ってこの村の昔語りじゃないんでしょ?』 そう訊きかえした。
大人の話に首を突っ込むなと言われるかもしれない、相手にされないかもしれない、そう思いながらのことだった。
だが浅香はそうではなかった。
『うん、この村のことだなんて、まだ一言も言ってないよ』 そう答えてくれた。
「まぁ、優しいことは優しいかな」
祐樹は浅香に対して散々に言っている自覚はある。 それでも浅香は怒ったりしない。 唯一オジサンと言ったら、それだけは許さないと追いかけ回られるくらいだ。
考えれば本も貸してくれたし、録画も見せてくれた。
大婆が倒れた時も浅香が大婆を見ていた。 詩甫は浅香が見ているから大丈夫だと言っていた。
それに詩甫のことにしてもそうだ。 電車の中で詩甫が苦しみだした時、祐樹は何も出来なかった。 あの時のことはよく覚えている。 よく考えればあの時に限らず浅香はいつも冷静に詩甫の様子を見てくれている。
「それに、いいヤツかな」
「いいなぁ」
「んじゃ、今から兄ちゃんは無理だけど、お母さんに妹か弟を産んでもらえば?」
「欲しいって言ってるんだけど、コウノトリが来ないんだって」
「これだけ色んな昆虫や鳥が居るのに、コウノトリは居ないのかぁ。 コウノトリにとっていい餌とか無いのかな」
「そっか。 ね、コウノトリって何を食べるの?」
二人にとってコウノトリの存在は真剣な生態問題だった。
大婆の家に着くと三々五々散って行く男衆と女衆の間で軽トラから下ろされた大婆に詩甫が走り寄る。
長治に負ぶわれ玄関まで行くと、長治の背から下りた大婆が壁伝いに一人で歩きだした。 詩甫がそのまま大婆の部屋までついて行くと言ったので、三太の母親が詩甫に大婆を預け、姑と長治の弟の嫁たちと盛大な昼ご飯を並べ始めた。 すぐに隣近所、それどころか村中から人が集まったような大宴会になった。
浅香と詩甫が居なければ紅葉姫社はあのままになっていたのだから、遠慮せずに食べてくれと、大婆の家でも十分に料理を出してもらっていたのに、誰もが家から作ったものを持ち寄ってきた。
「呑めんだろ?」
一升瓶を見せられた時には昼間からどうしようかと思ったが「お神酒、お神酒」 と言われ、詩甫が口だけを付け、浅香はいくらか頂いた。
酒を呑みながらも、青年団からはこの夏には太鼓の音を朱葉姫に聞いてもらう予定だとか、婦人会では毎日紅葉姫社と供養石にお供えが出来るのが嬉しいとか、大工からは浅香の突貫工事を嘘か本当か褒められ、隙間が出来ることなく色んな話を聞かせてくれた。
浅香もそうだが祐樹も詩甫が朱葉姫と話をしたことは知っている。 だがその内容は二人ともまだ聞いていないし、時間が足らず途中で戻ってきたのか、ちゃんと話し終えたのかもわからないままだ。
ただ社の前に詩甫が姿を現し、浅香に振り向いた時に頷いてみせていた。 浅香は少なくとも詩甫の想いを告げることは出来たのだろうとは思っている。
村の人々が紅葉姫社のことに、朱葉姫のことに喜んでいる姿は嬉しく思えるところはあるが、朱葉姫に想いを告げた詩甫はどんな思いで聞いているのだろうか。
「浅香さん!」
手を振って座敷の窓がオープンにされている庭から現れたのは瀬戸朝霞だった。
「瀬戸さん」
瀬戸が靴を脱ぎ窓から入ってくると浅香の後ろに回る。
「ご連絡ありがとうございました」
昔語りの誤解が解け少し経った時に瀬戸には連絡をしていた。 なんと言っても大婆まで辿り着かせてくれたのは瀬戸なのだから。
だがこの瀬戸は、社でも山でもどちらに大蛇が居ようと構わないと言った時から、大婆の家には来られない立場ではなかったのだろうか。
その瀬戸がすでに見知っている詩甫にも軽く頭を下げる。
「出禁じゃなかったんですか?」
小さな声で浅香が訊く。
「今回のことで許してもらいました。 特に浅香さんと職種が同じで顔見知りだってことが大きかったみたいですけど」
「そうだったんですか。 今日は? 非番ですか?」
「ええ」
瀬戸が後ろを向くと皿を持った女性と位置を変える。
「姉貴です」
姉貴と言われた女性が所狭しと並べてある皿の間に手に持っていた皿を置く。
「朝霞がお世話になったそうで、これうちで漬けた漬物です。 良かったらどうぞ」
「行かず後家の姉貴ですけど、漬物だけは上手いんですよ」
「前半は取り消しなさい」
思わず姉が突っ込んだ。 仲のいい姉弟らしい。
瀬戸の姉を見た男衆から漬物に箸が伸びてきた。
「京ちゃんの漬物か。 浅香君、京ちゃんのは絶品だで」
「そうそ、食べにゃ損ってもん・・・って、あれ?」
周りにいた誰もが何のことだ? という顔をする。
「浅香君、京ちゃんどうだ?」
「はい?」
「気が強いけど、漬物だけはいけるで」
京ちゃんと呼ばれた瀬戸の姉が手を振り上げたが到底届かない。 仕方なく瀬戸の頭を叩いた。
イテっという瀬戸の声に浅香の声が被る。
「は?」
「清太郎おじさん、浅香さんには野崎さんがいますよ」
浅香と詩甫に二人の関係を確認しておいてそんなことを言う。 姉を酒の肴にされたくないからなのだろうか。
頭をさすりながら瀬戸が言うと清太郎以外の男衆たちが頷いてみせる。 自分達もそう聞いているのだから。
誤解です、と浅香が言いかけたが、その前に頷いていた男衆の一人から言われてしまった。
「で? 二人は何時結婚するんだ?」
並んで座っている二人にまたしてもこの話題が出た。
だが互いに軽トラの荷台で、アルファードの中でそんな話題が出たことは知らない。
浅香の反対側、詩甫の隣に三太と座っていた祐樹がチラリと詩甫を見た。 だがそれだけだった。 トラックの荷台で言ったようなことは口にしなかった。 それは詩甫が相手であったからではない。 三太と話している内に色んなことを思ったからであったが、浅香がそれを知るはずもない。
「いえ、野崎さんとは単に先輩後輩の仲ですから」
嘘ではあるが、一応、社サークルの先輩後輩という設定でこの村に近寄っていたのだから、それを貫き通すしかないだろう。
「え? 付き合うて無いんか?」
「あははー、デートもしたことありませんよ」
「ってことは、浅香君に彼女がおるってことか?」
詩甫がチラリと浅香を見たのが祐樹の目に入った。
「野崎さんにも彼氏がいるんか?」
詩甫が慌てて首を振る。
「野崎さんにはおらんってことらしいから、浅香君、彼女がおらんのなら野崎さんと結婚しちまえ」
「まーた、そんなことを」
「何言うとるんか、二人とも、もうええ歳だろ」
色んな男衆が次から次に話してくる。
「ええ歳っていうか、悪い歳ではないですね」
「なんじゃそりゃ」
男衆たちには相当酒が入っていたのだろう、この浅香の返しに腹を抱えて笑っている。
「浅香さんらしい返し」
まだ呑んでもいない瀬戸も笑い出す。
京ちゃんが持ってきた漬物に箸を進め、他にも並べられた料理に舌鼓を打ち、悪いなと思いながら勧められる半分以上のお神酒を断りながらも、時間が過ぎていった。
朱葉姫はこの民の姿を山の上から見ているだろうか、そんなことが頭の隅に浮かんだ。
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- 国津道(くにつみち)- 第65回
詩甫が目を開けると、そこにいつもの着物を着て座している朱葉姫の姿が見えた。
「瀞謝」
「朱葉姫」
辺りを見回すと部屋といっていいのだろうか、社の中と言っていいのだろうか、隅に何度か見た顔ぶれが座っていて一夜と曹司が朱葉姫から少し離れた横に座している。
「花生さんは・・・」
瀞謝の姿となった詩甫が問う。
「お姉さまはお兄様の元に戻られました」
朱葉姫は一緒に戻らなかったのか。
「朱葉姫・・・その・・」
言いにくい。 でも今の朱葉姫の姿もそうだ。 気に入っている着物を着ているのだからそれでいいのかもしれないが、まだまだ朱葉姫に似合う着物もある筈。 いや、転生すると時代的に着物ではなくなるが、ファッションを楽しむことだって出来る。
ここにいる人たちに文句があるのではないが、千年と同じ顔ぶれ。 そしてこの少人数。 新しい出会いもしてほしい。
詩甫が腹に力を込める。
「瀞謝? 心配しなくていいのですよ」
「え・・・」
詩甫が口を開く前に朱葉姫が先に口を開いた。
「瀞謝には申し訳の無いことをしたと思っています」
「あの・・・」
申しわけないとはどういうことだろうか。
「瀞謝にはわたくしの頼みごとを勝手に二転三転させてしまって」
最初の朱葉姫の望み、それは一つには瀞謝が来る度に社に一輪の花を添えてくれていたように、供養石に花を添えて欲しいということであった。
そしてもう一つが、もう朱葉姫を想う者が居なくなった。 いつまでもここにこうしているわけにはいかない。 だが民が建ててくれたこの社を放っていくのは耐えがたい、それに民が心で建ててくれたこの社を朽ちて終わりにさせたくない。 だから最後にこの社を大切にしてくれた瀞謝に社の最後を頼みたいと言っていた。
供養石への花は来る度に供えた。 供養石のことは朱葉姫の想いに応えられたと思っている。
そこに薄の問題が起こった。
詩甫を守るためにもこの話は無かったことにしてほしいと聞かされた。
朱葉姫の言う二転三転とはこの事なのだろうことは分かっている。 だがどこかが違う。
「民が毎日足を運んで笑顔を見せてくれるの」
「・・・朱葉姫?」
初めて朱葉姫と会った時、朱葉姫は言っていた。
『祀られる者は祀る者が居てなればこそ。 祀る者の幸せを願うことが出来るのですから。 ですがそのような者はもう居りません。 わたくしの願いは終わりました』
村の人たちが足を運んでくる。 それは祀る者が現れたということ。
「供養石にもお花を置いてくれているの」
詩甫がぐっと拳を握る。
「朱葉姫、私は・・・」
一度口を閉じ真一文字にすると深く息を吸う。
「瀞謝?」
「私は・・・。 朱葉姫は民に心を寄せられた。 それはまだ三十年と生きていない私には思いもよらない程の長い年月。 朱葉姫に、紅葉姫社に手を合わせた人達・・・民がどれだけ幸せを感じてきたでしょうか」
一夜が頷いている。
「もう・・・」
その一言を言って瀞謝の姿をした詩甫が下を向いて首を振った。 幼い姿の瀞謝が心にいっぱいの悲しみを抱えているように見える。
再び顔を上げると瀞謝の目を通して詩甫が朱葉姫を見る。 その目に涙がたまっている。
「私は・・・朱葉姫に新しい人生を歩んでほしいと願っています」
隅に座っていた誰もが詩甫が何を言おうとしているのかが分かった。 驚いた顔を見せている。 一夜にいたってもそうである。 ただ曹司だけはずっと変わらぬ表情で俯き加減に前を向き半眼で畳を見ている。
「瀞謝・・・」
「これから村の人たちが毎日来るでしょう。 村の中ではお祭も考えにあるようです。 千年か何百年か振りになるんでしょうか。 朱葉姫は・・・これからも朱葉姫は民の顔を見ることができます。 でも・・・朱葉姫はもうご自分の人生を生きて下さい。 いいえ、私が朱葉姫に新しい人生を生きて欲しいんです。 朱葉姫に朱葉姫の明日を見て欲しいんです」
「瀞謝・・・」
驚いた顔を見せていた者の中には詩甫と同じ考えを持った者もいたのだろうか、それとも誰もが思っていたのだろうか、誰からも異を唱える声が上がってこない。
朱葉姫が慈愛に満ちた輝く笑みを見せる。
「このようなことを言っては民に申し訳が無いのですが、わたくしは人の心の移り変わりというものを見てきました」
それは時代背景も大きく左右していたが、それだけではない。 避けられない事態がある時代があったことは確かだ。 社の中に居たとてそれは分かっている。
「今こうして民が手を加えてくれたこの社もいつどうなるか分かりません」
「・・・朱葉姫」
詩甫とてそれは思っていたことだった。 今の人達は足しげく社に通うだろう。 だが三代四代となってはどうなのだろうか。
三太は社に来るだろう。 だが三太の子は? 孫は? その孫の子は? 他の村人にしてもそうだ。
それにいずれこの山も売られるかもしれない。 そこに新しく住宅が建つかもしれない。 浅香が調べた結果では神社として登録されていないということであったのだから。
「瀞謝・・・? わたくしにはもう覚悟は出来ています」
一夜が膝の上に置いていた手を前に着いて前屈みになった。 今までそんなことを聞いていなかったのだろう。
朱葉姫が再度微笑む。
「最後の民を見送った時には、わたくしは戻ります。 この社がまだ建っていても」
「朱葉姫」
「ふふふ、本当に瀞謝は心配性ね。 でも、わたくしの先のことを考えてくれて嬉しいわ。 その時には瀞謝と一緒にこの世に戻って来ましょうね」
「・・・朱葉姫」
二転三転、朱葉姫が言ったのは・・・それはこういうことだったのか。
朱葉姫は何と強いのだろうか。 浅香の言っていた通りだ。
とうとう瀞謝の目から・・・いや詩甫の目から涙が零れ落ちた。
それは張り詰めていた気持ちが解かれたからなのか、朱葉姫が今すぐに戻らないと言ったからなのか、いつか生まれ変わる時には一緒にと言われたからなのか、詩甫本人さえも分からなかった。
詩甫を見ていた朱葉姫が膝立ちになり小さな瀞謝の身体を抱きしめる。
「約束ですよ」
半眼に開けられていた曹司の瞼が閉じられた。
前を走る軽トラの荷台に小刻みに揺れるゴミ袋と男性陣が乗っているのが目に入る。 大婆もいつも通りで良いということで軽トラの助手席に座っている。 軽トラを運転しているのは長治だ。
そして女性陣は次郎の運転するアルファードに乗っている。 アルファードには運転手の次郎を除くと全員が女性であった。 助手席には次郎の嫁が座り、詩甫はセカンドシートに座っている。 有難くも女性陣から色々話しかけられ、朱葉姫のことで心寂しく思う間はなかった。
「あ! 三太!」
思わず次郎の声が上がった。 全員が話していた口を閉じ前を覗いて見てみると、荷台に三太が立ち上がっていた。
すぐさま一人の男性が三太を座らせ、三太の頭を叩いている。
「もう、三太・・・」
助手席で三太の母親がこぼしたが、心配でたまらないのだろう。 小川に行く時にも三太が走り出したのを見てすぐに母親も走り出していた。 三太自身のことも心配なのだろうが、跡継ぎの一人っ子に何かあってはと思っているのかもしれない。
三太が荷台に乗っているのは、祐樹が荷台に乗ってみたいと言い出し、何故か浅香ももう一度乗りたいと言い、祐樹が荷台に乗るのなら三太も荷台に乗ると言い出したのであった。
それにしても三太を座らせたあの男性は親戚の人だろうかと思い詩甫が訊ねたが、赤の他人ということである。
「でもみんな三太が生まれた時から知っとるから、親戚みたいなもん」
「そうそう、三太に限らずどこの子も生まれた時から知っとるから、村じゃ誰もが親戚のおじさんおばさんや」
そういうことか。 これが都会であったなら、他人の子の頭を叩くなんて考えられない事であったが、そういう事なら納得が出来る。
「いい教育ですね」
女性陣が目を合わせて笑う。
この女性陣たちは各家庭から掃除当番としてやって来たその家で一番の若嫁であるらしく、僧里村出身であったり他の村から嫁いで来たという村の環境を熟知している者たちである。
「教育って、そんな大層なもんやないて。 単なる生活」
「そうそう。 な、ええと思ったんやったら野崎さんも彼と結婚したらこっちに来ん?」
「はい?」
「彼、浅香君と付き合っとるんでしょ?」
「と! とんでもない!」
思わず両手を振って否定した。
「あれぇ? てっきりおれもそうと思ってたけど違うんか?」
思わぬ所、運転席からも次郎が訊いてきた。
トラックの荷台でも同じようなことが話されていた。
「え? 違うんか?」
「違うに決まってんだろ」
問われた浅香ではなく祐樹が答える。
「こ、こら、祐樹君、言葉使いを考えよう」
祐樹が口をひん曲げソッポを向く。
「すみません、野崎さんのことになると敏感に・・・」
「ええさ、うちの子も似たようなもんや。 で? ホンマに違うんか?」
チラリと祐樹を見ると睨んでいる。
「ご想像に反して申し訳ないんですが、残念ながら違います」
「えー? そうなんか? そんな風に聞いとったのになぁ」
別の男性が言い、もう一人も首を縦に振っている。
浅香と詩甫のことを知っているのは大婆の家族だ。 長治か次郎か、それとも遠目に見ていた嫁さん連中が噂していたのだろうか。
それを聞いていた三太がヒソヒソと祐樹に話しかけてくる。
「祐樹の姉ちゃんとあのお兄さんが結婚したら、祐樹には兄ちゃんが出来るってことだよな?」
初めて祐樹と会った時には詩甫と浅香を祐樹の姉と兄だと思い羨んだが、あとになりそうではないと聞いていた。
「いいなぁ」
三太には兄弟が居ない。 祐樹もそれを知っている。
「まぁ、な。 姉ちゃんが結婚したらな。 でも浅香でなくてもいいわけで」
「ん? なに? 祐樹はあのお兄さんが嫌いなの?」
「いや・・・そういう訳じゃないけど」
そんな風に言われると考えてしまう。
浅香がいい奴だとは分かっている。 それに相談にも乗ってもらったし、詩甫を大切にしてくれているのも分かっている。
だが嫌いではないからと言って詩甫の結婚相手と考えるのは別だろう。
「オレあのお兄さん好きだな」
「えぇぇー? どこがぁ?」
三太は浅香とそんなに話などしたことは無い筈だ。 なのにどうして。
「だって優しそう」
父親である次郎や祖父である長治を特に怖いとは思っていないし、さっきみたいに頭を叩かれても村の男衆を怖いとも思っていない。
それでも、と思う。
まだ祐樹と会う前のことだ。
長治が浅香と詩甫を大婆の部屋に連れて行き、四人で話しているのを盗み聞きした時だった。 それまでの話を偶然耳にしてどうしても気になりそっと廊下で聞いていた。
それを長治に見つかった。
襖が大きく開けられ浅香と詩甫も振り向いたその浅香をチラリと見たが、呆れたような様子も見せていなければ怒る様子もなかった。 それどころか目の合った三太に『ん? なに?』 と訊いてくれた。
『お兄さん、その話ってこの村の昔語りじゃないんでしょ?』 そう訊きかえした。
大人の話に首を突っ込むなと言われるかもしれない、相手にされないかもしれない、そう思いながらのことだった。
だが浅香はそうではなかった。
『うん、この村のことだなんて、まだ一言も言ってないよ』 そう答えてくれた。
「まぁ、優しいことは優しいかな」
祐樹は浅香に対して散々に言っている自覚はある。 それでも浅香は怒ったりしない。 唯一オジサンと言ったら、それだけは許さないと追いかけ回られるくらいだ。
考えれば本も貸してくれたし、録画も見せてくれた。
大婆が倒れた時も浅香が大婆を見ていた。 詩甫は浅香が見ているから大丈夫だと言っていた。
それに詩甫のことにしてもそうだ。 電車の中で詩甫が苦しみだした時、祐樹は何も出来なかった。 あの時のことはよく覚えている。 よく考えればあの時に限らず浅香はいつも冷静に詩甫の様子を見てくれている。
「それに、いいヤツかな」
「いいなぁ」
「んじゃ、今から兄ちゃんは無理だけど、お母さんに妹か弟を産んでもらえば?」
「欲しいって言ってるんだけど、コウノトリが来ないんだって」
「これだけ色んな昆虫や鳥が居るのに、コウノトリは居ないのかぁ。 コウノトリにとっていい餌とか無いのかな」
「そっか。 ね、コウノトリって何を食べるの?」
二人にとってコウノトリの存在は真剣な生態問題だった。
大婆の家に着くと三々五々散って行く男衆と女衆の間で軽トラから下ろされた大婆に詩甫が走り寄る。
長治に負ぶわれ玄関まで行くと、長治の背から下りた大婆が壁伝いに一人で歩きだした。 詩甫がそのまま大婆の部屋までついて行くと言ったので、三太の母親が詩甫に大婆を預け、姑と長治の弟の嫁たちと盛大な昼ご飯を並べ始めた。 すぐに隣近所、それどころか村中から人が集まったような大宴会になった。
浅香と詩甫が居なければ紅葉姫社はあのままになっていたのだから、遠慮せずに食べてくれと、大婆の家でも十分に料理を出してもらっていたのに、誰もが家から作ったものを持ち寄ってきた。
「呑めんだろ?」
一升瓶を見せられた時には昼間からどうしようかと思ったが「お神酒、お神酒」 と言われ、詩甫が口だけを付け、浅香はいくらか頂いた。
酒を呑みながらも、青年団からはこの夏には太鼓の音を朱葉姫に聞いてもらう予定だとか、婦人会では毎日紅葉姫社と供養石にお供えが出来るのが嬉しいとか、大工からは浅香の突貫工事を嘘か本当か褒められ、隙間が出来ることなく色んな話を聞かせてくれた。
浅香もそうだが祐樹も詩甫が朱葉姫と話をしたことは知っている。 だがその内容は二人ともまだ聞いていないし、時間が足らず途中で戻ってきたのか、ちゃんと話し終えたのかもわからないままだ。
ただ社の前に詩甫が姿を現し、浅香に振り向いた時に頷いてみせていた。 浅香は少なくとも詩甫の想いを告げることは出来たのだろうとは思っている。
村の人々が紅葉姫社のことに、朱葉姫のことに喜んでいる姿は嬉しく思えるところはあるが、朱葉姫に想いを告げた詩甫はどんな思いで聞いているのだろうか。
「浅香さん!」
手を振って座敷の窓がオープンにされている庭から現れたのは瀬戸朝霞だった。
「瀬戸さん」
瀬戸が靴を脱ぎ窓から入ってくると浅香の後ろに回る。
「ご連絡ありがとうございました」
昔語りの誤解が解け少し経った時に瀬戸には連絡をしていた。 なんと言っても大婆まで辿り着かせてくれたのは瀬戸なのだから。
だがこの瀬戸は、社でも山でもどちらに大蛇が居ようと構わないと言った時から、大婆の家には来られない立場ではなかったのだろうか。
その瀬戸がすでに見知っている詩甫にも軽く頭を下げる。
「出禁じゃなかったんですか?」
小さな声で浅香が訊く。
「今回のことで許してもらいました。 特に浅香さんと職種が同じで顔見知りだってことが大きかったみたいですけど」
「そうだったんですか。 今日は? 非番ですか?」
「ええ」
瀬戸が後ろを向くと皿を持った女性と位置を変える。
「姉貴です」
姉貴と言われた女性が所狭しと並べてある皿の間に手に持っていた皿を置く。
「朝霞がお世話になったそうで、これうちで漬けた漬物です。 良かったらどうぞ」
「行かず後家の姉貴ですけど、漬物だけは上手いんですよ」
「前半は取り消しなさい」
思わず姉が突っ込んだ。 仲のいい姉弟らしい。
瀬戸の姉を見た男衆から漬物に箸が伸びてきた。
「京ちゃんの漬物か。 浅香君、京ちゃんのは絶品だで」
「そうそ、食べにゃ損ってもん・・・って、あれ?」
周りにいた誰もが何のことだ? という顔をする。
「浅香君、京ちゃんどうだ?」
「はい?」
「気が強いけど、漬物だけはいけるで」
京ちゃんと呼ばれた瀬戸の姉が手を振り上げたが到底届かない。 仕方なく瀬戸の頭を叩いた。
イテっという瀬戸の声に浅香の声が被る。
「は?」
「清太郎おじさん、浅香さんには野崎さんがいますよ」
浅香と詩甫に二人の関係を確認しておいてそんなことを言う。 姉を酒の肴にされたくないからなのだろうか。
頭をさすりながら瀬戸が言うと清太郎以外の男衆たちが頷いてみせる。 自分達もそう聞いているのだから。
誤解です、と浅香が言いかけたが、その前に頷いていた男衆の一人から言われてしまった。
「で? 二人は何時結婚するんだ?」
並んで座っている二人にまたしてもこの話題が出た。
だが互いに軽トラの荷台で、アルファードの中でそんな話題が出たことは知らない。
浅香の反対側、詩甫の隣に三太と座っていた祐樹がチラリと詩甫を見た。 だがそれだけだった。 トラックの荷台で言ったようなことは口にしなかった。 それは詩甫が相手であったからではない。 三太と話している内に色んなことを思ったからであったが、浅香がそれを知るはずもない。
「いえ、野崎さんとは単に先輩後輩の仲ですから」
嘘ではあるが、一応、社サークルの先輩後輩という設定でこの村に近寄っていたのだから、それを貫き通すしかないだろう。
「え? 付き合うて無いんか?」
「あははー、デートもしたことありませんよ」
「ってことは、浅香君に彼女がおるってことか?」
詩甫がチラリと浅香を見たのが祐樹の目に入った。
「野崎さんにも彼氏がいるんか?」
詩甫が慌てて首を振る。
「野崎さんにはおらんってことらしいから、浅香君、彼女がおらんのなら野崎さんと結婚しちまえ」
「まーた、そんなことを」
「何言うとるんか、二人とも、もうええ歳だろ」
色んな男衆が次から次に話してくる。
「ええ歳っていうか、悪い歳ではないですね」
「なんじゃそりゃ」
男衆たちには相当酒が入っていたのだろう、この浅香の返しに腹を抱えて笑っている。
「浅香さんらしい返し」
まだ呑んでもいない瀬戸も笑い出す。
京ちゃんが持ってきた漬物に箸を進め、他にも並べられた料理に舌鼓を打ち、悪いなと思いながら勧められる半分以上のお神酒を断りながらも、時間が過ぎていった。
朱葉姫はこの民の姿を山の上から見ているだろうか、そんなことが頭の隅に浮かんだ。