大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~道~  第206回

2015年05月29日 14時26分46秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第190回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第206回



正道から連絡があった。 

そんなに酷くは無いが、今年は雪が続いているので車の運転を考えると 年始は2月に入ってからにしようというものだった。 そして工事が始まったので、仔犬を琴音の実家まで引き取りに行くというものであった。

だが琴音も仔犬が気になり再三実家に電話を入れているが 両親共にまだ離したくは無いようなので、琴音が行く日まで実家で預からせてもらうことにした。



年始のバタバタとした仕事を終え、次は今月の締めだ。 年始業務に追われて1月締めの業務が疎かになっていた。 まだ暫くバタバタが続く。 そしてその様子を社長は見ていた。

琴音の机で内線が鳴った。

「はい、織倉です。」

「工場のマジックがなくなったから、黒5本と赤3本を持って下りてもらえる?」 工場長からだ。 

「はい。 すぐに持って下ります」 事務用品がストックされている引き出しからマジックを出し事務所を出た。

工場に入ると

「あ、スミマセーン、織倉さーん。 こっちに黒を一本お願いします」 大きな声が聞こえた。 見ると商品の修理をしているようで手が空かないようだ。 

まだ20代の若い社員だ。 ちなみに工場ではペーペーと、この社員二人だけが20代なのだ。

新しく部品を仕入れて商品を作る事はないが、修理や在庫の部品を使っての商品は作っている。 閉鎖をするといってもまだ何処にもそのことは言っていない。 

「はい」 物を避けながら黒マジックを渡すと

「有難うございます。 スミマセンついでにここ押さえてもらえますか?」

「ここですか?」 恐る恐る配線を押さえた。

「電気なんかこないから大丈夫ですよ」 あまりに仰け反っている琴音を見て笑いながら言う。

「もっと早く織倉さんとこうしておけば良かったですね」 配線を繋ぎ合わせながらそう言い始めた

「え? こうして押さえる事ですか?」

「違いますよ。 くくく・・・織倉さんって見た目と違って天然なんですね」

「そんな事ないですよ。 じゃあ? 何を?」

「森川さんは工場へ来る事なんてなかったんですよ。 でも織倉さんは時々工場に来てるでしょ?」

「そうですか? あまり来ている気はないんですけど」

「お客さん達も言ってますよ。 勿論僕らもですけど」

「何をですか?」

「織倉さん一人いるだけでパッとなるって言うんですか? 疲れてたり、落ち込んでたり、嫌な事があっても忘れられるっていうのかなぁ? で、そこで話なんてするとそれまで疲れたと思っていても さぁ、やらなくっちゃって気になれるんですよ」

「そうですか?」 思いも寄らない言葉にキョトンとする。

「そうですよ。 はい、有難うございますもう手を離してもいいですよ」 琴音がそろっと手を離すと

「こうして手伝ってもらうとホッとするって言うのかな。 だから丁寧にも出来ますしね」

「いつもは丁寧じゃないんですか?」 茶化すように言うと

「いつも以上に丁寧に出来ました」 負けていない。

「おい! なに手伝わせてるんだよ。 甘えてるんじゃないぞ」 席に着いていた工場長だ。

「じゃあ、他のマジックを工場長に渡しておきます」 工場長の方へ行きマジックを手渡した。

「有難う。 あんなのの相手なんてしなくていいんだよ」 するとさっきの社員が

「聞こえましたよー。 手伝ってもらうくらい良いでしょー」

「お前一人でやって火傷でもしてりゃいいんだよ」

「酷いなー! 織倉さん、工場長に蹴り入れといてください」 それを聞いてペーペーが

「俺が蹴っときましょうかー?」 

「お前ら、俺を誰だと思ってんだよ。 ねぇ、織倉さん」 琴音のほうを見て言った工場長を見て琴音が笑う。 その琴音を見て

「織倉さん 社長と話したの?」

「何のお話しをですか?」

「次の職場の話。 社長が気にしてるよ」

「あ・・・まだちゃんとお返事してなかったです。 工場長はどうされるんですか?」

「俺? 俺はもう盆栽いじり」

「え?」

「定年を迎えてもまだ若いやつらだけではやりきれないところがあるから、嘱託で来ようかと思ってたんだけどね、その必要も無くなったからね。 それに年金をもらえるから盆栽でもいじっておくよ」

「生活が急に変わりますね」

「普通に定年を迎えたらそんなもんだよ。 それより、織倉さんはちゃんと考えなくちゃいけないんだから社長と話すんだよ」

「はい」 事務所へ戻り社長をチラッと見てどう話を切り出そうかと考えたが、結局切り出せなかった。



1月締めが終わった。 事務所には琴音と社員一人だけだ。 

「さ、これで完了。 ううー、肩が凝った・・・でもこれで落ち着けるわ」 首を左右に振る。

その様子を見ていた一人が

「締め終わったんですか?」

「はい。 何かお手伝いする事がありますか?」

「いや、そうじゃなくて」

「はい?」

「雑談に付き合ってもらおうと思って」

「雑談・・・ですか?」

「だって、仕事が無いんですもん」

「あ・・・あははは」 声が小さい愛想笑いだ。

「PCばっかりいじってるのにも飽きましたしね」

「姪御さんの結婚はどうなりました?」 琴音から話を切り出した。

「式も挙げない・・・って言うか、もう7ヶ月らしいんですよ」

「ええ? そうなんですか!? それじゃあ、お腹も目立ってきてますよね」

「いったい何をやってんだか」

「お兄さんご夫婦はご存じなかったんですか? その・・・お腹の事とか、お相手が先生だっていう事は」

「知らなかったみたいですよ。 でも出来ちゃったし姪もどうしても産みたいって言うからシブシブ認めたみたいです」

「そうですか。 でも赤ちゃんは授かり物ですからね」

「だからって世間体が悪いでしょ?」

「うーん・・・最近はそうでもないんじゃないですか?」

「そんなもんかなぁ?」

「そうですよ」

「うちの娘にはどう説明したらいいと思います?」

「は?」 思いもよらない質問に驚きが隠せない。

「結婚して間無しに赤ちゃんが産まれるんですよ。 それも既にお腹も大きいし。 一応娘も思春期に入ろうとしてますから、どう説明したらいいと思います?」

「小学生でしたよね。 えっと、何年生でしたっけ?」

「6年です。 今度中学生になるんです」

「わぁ、説明するには難しい年頃ですね。 最近のお子様は進んでますもんねぇ」

「でしょ?」

「奥さんはなんて仰ってるんですか?」

「まだこんな話はしてないんです。 それよりお金の工面の方が先で」

「会社から出せなくてすみません」 冗談めいて言った。 その時、工場に下りていた他の社員が事務所に入ってきた。

「あ、何の話してんの?」

「何も。 それより何してたんだよ」 

「面白いのを作ってたんだ。 見てよこれ」 廃材で色々作って遊んでいるようだ。 そして男達の雑談が始まった。

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みち  ~道~  第205回

2015年05月26日 23時05分06秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第205回



父親のお茶を入れているその間にも両親の会話が聞こえる。

「お父さん、仔犬ちゃんの服を編むって犬が服なんて着るのかしら」

「何を言ってるんだよ。 着ようが着まいがこの寒い冬に風邪をひいたらどうするんだよ」

「まぁ、そうだけど。 それじゃあお母さんが編みましょうねぇ。 何色がいいかしらぁ?」 聞こえてくる会話を聞きながら目だけで天を見た。

父親のお茶をいれ、そして入れてきたお茶を父親の前に置きながら

「あのね、お父さんもお母さんもよく聞いて」

「なに?」 そう返事をしたのは母親だが、母親は仔犬と遊んでいて琴音のほうを見ていない。 父親は琴音を見ながら湯飲みに手を伸ばしている。

「可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、仔犬ちゃんはこのお正月休みだけここに居るのよ。 その後はまた向こうに帰って一人の時間が長いの。 だからここであまり甘やかすのは仔犬ちゃんにとって後が寂しくなるだけなのよ」

「散歩くらいいいだろう? 向こうにいても散歩くらいするんだろ?」

「お父さん抱っこしてたって言ってたじゃない」

「ま・・・まぁな・・・」 バツが悪そうにお茶をすすった。 

仔犬と遊んでいた母親は

「嫌あねぇ、仔犬ちゃん。 意地悪なおばちゃんですねー」

「お母さん! 誰がおばちゃんよ!」

「おおコワイ、コワイ。 仔犬ちゃんあっちに行って毛糸で色を合わせましょうね。 何色が似合うかなぁ?」 仔犬を連れて隣の部屋に行ってしまった。

「最悪・・・こんな事になるとは思っていなかったわ」 



その夜、自分の部屋で寛いでいると外でガタガタという音がする。 

「何の音かしら? ドロボーなんてこんな所に居ないはずだし・・・」 ソロっと窓を開けて外を見るが何も変わった様子はない。



翌朝、琴音が起きてくるとまたもや父親と仔犬は朝の散歩に出ているようだ。 一人残っている母親に夕べの事を言うと

「ああ、あれ? お父さんが物置でガサガサしてたのよ」

「え? あんなに遅い時間に? いつもなら寝てるはずの時間なのにどうして? 物置で何をしてたの?」

「知らない。 お母さんは仔犬ちゃんと一緒にいたものねー」

「お父さんは放りっぱなしっていうことね」 



こんな調子で琴音の帰る日がやってきた。

「じゃあ、仔犬ちゃんのことをお願いするわね。 仔犬ちゃんいい子でいるのよ」 車の窓を開け、母親に抱かれた仔犬の頭を撫でそして

「お母さん、いい? くれぐれも甘やかさないでよ。 特に自分の食べてる物を食べさせないでよ」

「分かってるわよ。 仔犬ちゃんウルサイおばちゃんにバイバイしようね」

「だから誰がおばちゃんよ! それにウルサイって・・・あのね、昔と違って今は色んな病気が発見されてるの。 人間の食べるものは味が濃すぎて病気になるんだから絶対に食べさせないでよ」

「あら? そうなの?」

「やっぱり食べさせる気でいたんでしょ」

「だって私たちだけ食べるって可哀想じゃない」

「病気になったらもっと可哀想な目にあうんだから。 それは絶対にしないでよ」

「病気は駄目よ。 分かったわ、お父さんにもよく言っておくわ」

「じゃあね、頼んだわよ」

「気をつけて帰るのよ」 窓を閉め車を発進させた。

バックミラーを見ると 仔犬を抱えた母親が家に入っていくのが見えた。

「あーあ、この間まで見えなくなるまで見送ってくれてたのに。 アニマルパワーってすごいわね」



今回の正月休みは出勤前日まで実家に居たため、マンションに着くと明日から出勤だ。 マンションに着いたのは夕方。 ドンとボストンバッグを置くと時計を見て

「もうこんな時間。 疲れたぁ」 帰省ラッシュにはまってしまったのだ。 

部屋の中は冷え切っている。 まだ寒くて上着を脱ぐ事も無くエアコンのスイッチを入れ、お湯を沸かした。

「仔犬ちゃん大丈夫かしら・・・」 考える事は仔犬の事だ。



悠森製作所での最後の年始出勤。

事務所に上がりすぐに窓を開け山を見た。

「あの山が・・・」 暦の書いた五芒星を思い出していた。 何も考えていない頭の中は真っ白だ。 暫くじっと見ていたが

「さ、現実の掃除を始めなきゃ」 時計を見ると10分が経過していた。

「きゃ、もうこんな時間になってたの? 急がなきゃ」 慌てていつもの様に掃除を始めだした。

スタートが遅れた分、時計と睨めっこの掃除だ。

「わぁ、後5分で終わらせて工場に下りて社長の挨拶を聞かなきゃ」 手抜き掃除になりかけたとき、事務所のドアが開いた。

「お早うございます」 社員が一人入ってきた。

「え? お早うございます。 あの、朝の朝礼は?」

「今日はもう終わりましたよ」 時計をもう一度見るとまだ始業10分前だ。

「もう終わったんですか?」 驚いた声を上げると

「さすがに年始ですからみんな早く来てますし、こんな状況ですから社長も一言二言でさっさと終わらせましたからね。 まだみんな工場で雑談してますよ」

「あ、じゃあちょっと工場に行ってきます」

「どうぞ。 電話が鳴ったら僕が出ますから気にしなくていいですよ」 年始の挨拶をちゃんと出来ていない事を気にしていると悟ったのであろう。

「お願いします」 雑巾を自分の机に置いてすぐに階段を下りて行った。

見るとまだみんな雑談をしていた。 琴音に気付いた若い社員の一人が

「あー、織倉さーん、明けましておめでとうございまーす」 それに続いてみんなが振り返り琴音を見て「おめでとうございます」 と口々に言った。 慌てて走り寄り全員に向かって

「明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願いいたします」 そう言い、改めて社長に

「おめでとうございます。 本年も宜しくお願いします」 すると社長も

「おめでとう。 今年の数ヶ月、残りの時間を頑張ってください」 それを聞いていた先に挨拶をしてきた若い社員が

「織倉さんまとめて1回でいいなぁ」 

「え? 何がですか?」 何のことか分からない。

「僕なんて人数分、挨拶しましたよ。 米搗きバッタみたいに」

「あ・・・一番に来られてたんですか?」 笑いながら言うと

「僕が一番ペーペーですからね」 すると社長が

「織倉さんは1回じゃなくて2回。 全員と俺にしただろ。 ほら、ペーペー、カレンダーがまだ表紙のままだぞめくっておけよ」 工場にある机の前の壁に貼り付けてある少し遠目からでもよく見える大きなカレンダー。

「さ、それじゃあみんな持ち場に付こうか」 そして年始の仕事が始まった。 

「えっと・・・税金、税金。 年末の還付金は・・・」 年始早々の仕事は納税の為の預かり金と還付金を見合わせなくてはならない。

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みち  ~道~  第204回

2015年05月22日 14時16分15秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第204回




家に帰ると母親は琴音どころか、父親もそっちのけで仔犬にべったりだ。

いつもならもう既に夕飯の用意を始めている時間がゆうに過ぎているのに、仔犬から離れる様子がない。

「お母さん、夕飯どうするの?」

「お節が残ってるからそれでいいんじゃない? それとも琴ちゃんが何か作る? ねー仔犬ちゃーん」 振向きもせず言葉だけを返し、仔犬のオモチャを持って仔犬と遊んでいる。

「何が 娘を産んだんだから一緒に台所に立つっていうのが何より嬉しいよ」 両手を腰に当てて母親の姿を見ながら溜息交じりに小声で言った。

「何か言ったー?」 

「何でもなーい。 お父さん何か食べたいものはある?」 母親のその言葉に呆れたように返事をし、新聞を広げている父親に話しかけた。

「お節の残りで充分だよ」 新聞から目を離すことなく答える。

「じゃあ、もういいか・・・っと、仔犬ちゃんの夕飯は」 袋に入っていたメモを見た。

「えっと・・・6時にこのスプーン2杯のフードね」 

「琴ちゃん、仔犬ちゃんのご飯はお母さんがするから何もしなくていいわよ」 琴音の独り言に耳をそばだてた母親が即座に琴音のほうを向きハッキリと言った。

「はい、はい」 呆れるを越して、今度はこれで良いのかと不安になってしまう。

「お父さん、私が帰ったらお父さんのご飯作ってもらえないかもしれないわよ」 

「その時はお父さんが自分でするよ」 相変わらず新聞を見ている。

「出来るの?」

「ラーメンくらい作れるさ」 新聞をめくった。

「今度はお父さんが熱を出すかもしれないわね」 机に肘を立てた掌に顎を置き父親を見た目線を母親に移した。



翌朝、琴音が起きて居間に行くといつも座って新聞を読んでいる父親が見当たらない。

「あら?」 母親と一緒に台所にいるのかと思い、台所へ行くと母親は居たがやはり父親が居ない。

「お母さん、お早う」 

「お早う」 少し機嫌が悪そうな声色だ。

「お父さんは? それに仔犬ちゃんも」

「お父さんは仔犬ちゃんと散歩に行ってるわよ」

「え? お父さんがお散歩担当なの?」 いつの間にそんなルールを作ったのかと思ったと同時に

「知らない。 私が行くって言うのに、お父さんったら俺が行くんだー。 って仔犬ちゃんを連れ去って行ったのよ」 父親と母親が朝食で使った食器をガチャガチャと大きな音を立てて食器棚に片付けている。

「連れ去るって」 機嫌の悪い理由はこれかと合点がいった。

「・・・それにしてもお父さんも仔犬ちゃんにハマっちゃったのかしら・・・」 そんな琴音の独り言はどこ吹く風かと母親が言葉を続けた。

「もう2時間も帰ってこないのよ。 何をやってるのかしら!」 最後の一枚の皿を更に大きな音を立ててガチャンと重ねた。

「え? 2時間も?」

「そうよ。 仔犬ちゃんが疲れちゃうでしょ。 それに風邪をひいて熱でも出したらどうするつもりなのかしら」 大きな音を立てたことで少しはスッキリしたのか今度は嫌味な言い方に変わった。

「確かに・・・まだ小さいのに2時間もなんて・・・」

「ほら、琴ちゃんも朝ごはん食べてしまいなさい」 味噌汁とご飯をよそって、おかずがのった皿をお盆に乗せると居間に歩き出した。  

「うん。 お母さんも一緒にお茶飲まない?」 琴音がお茶を入れようとすると

「お母さんはいいわ」 歩きながら返事をし、机にお盆を置くと

「もう、お父さんったら何を考えてるのかしら」 少しイライラするように窓から外を覗いた。

その時、玄関の開く音がした。 その音を聞いた母親がすぐに玄関まで迎えに出、

「お帰りなさい。 もう、お父さんいつまで行ってるんですか!」

「楽しかったよなぁ」 母親の問いには答えず、仔犬にデレデレの様子が手にとって分かるような父親の声が居間に座る琴音の耳に届いた。 

そして部屋に入りながら会話は続いている。

「お母さん、仔犬の服を作ってやらないと風邪を引いてしまう。 何か編んでやってくれないか?」 大切そうに自分の上着の中に仔犬を入れ抱えて部屋に入ってきた。

「あ、なんだ琴音起きてたのか。 お早う」

「お早う」 返事はしたものの心の中では(なんだって何よ・・・) と呟きながら、卵焼きを口に入れようとしかけて

「あ、仔犬ちゃんの足を洗わなくちゃいけないわね」 慌てて箸を置こうとすると

「足なら私が洗いますよ。 はい、仔犬ちゃんこっちにおいでー」 父親の服の中から仔犬を抱き上げた。

「あ・・・じゃあお願いします」 溜息をついて気持ちの入っていない琴音の言葉だ。 そして続けて

「お父さん、お散歩に行ってくれたのはいいけど 普段はそんなに歩いてないから急に2時間も歩かすと足腰に負担が・・・」 そこまで言うと

「そんなに歩かすわけ無いだろう」 脱いだ上着を横に置きドッコイショッと胡坐をかいて座った。

「え?」

「ちょっと歩いて遊ばせて気が済んだら抱っこだ」 満足げに微笑む。

「抱っこ?」

「当たり前だそんなに歩かせるわけ無いだろ。 抱っこをしてて、また下りたそうにしたらまた遊ばせるの繰り返しだよ。 なんにでも興味を持つから変な物を食べないか見張るのが大変だったんだ」 全く大変そうな顔ではない。

「大変だった・・・ね・・・。 そんな顔に見えないけど・・・」

「そりゃな。 何をしても可愛いからなぁ」 我が子が褒められた時の様な照れ笑いを見せた。

「お父さん、あのね・・・」 そこまで言いかけると仔犬の足を洗い終えた母親が部屋に入ってきた。

「さぁー、仔犬ちゃんの足がきれいになりましたよー。 今度はお家の中でお母さんと遊びましょうねー」 

「もう、お父さんもお母さんも聞いて」 頭を抱えたい気分だ。

「なに? あら、お父さんのお茶が出てないわね。 琴ちゃん入れてあげて」

「あん、もう!」 持っていた箸を今度こそ置いて台所にたった。

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みち  ~道~  第203回

2015年05月19日 23時43分41秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第203回



琴音が仔犬を追いかけて行くと仔犬が建物の横で止まった。

「仔犬ちゃん、まだ釘とか落ちてるんだから危ないでしょ。 じっとして」 仔犬は琴音にお尻を向け何かを口で噛んでている。 そろっと近づいて見てみると仔犬のオモチャを噛んでいたのだ。

「あ、なんだ。 オモチャを見つけたのね」 逃げる気配のない仔犬を屈んで抱っこしようと仔犬に手を回した時

「あ! このセメント・・・」 建物の基礎の部分が目に入った。

「あの時見えたセメントはこれだったのね! あ、そうか。 まだ基礎だけのときに基礎をマジマジと見たんだったわ」 風呂に入っている時に見えたビジョンだ。

仔犬が口に咥えていたオモチャを手に取るとすぐに口から放した。 そのオモチャと仔犬を抱き上げ

「もうそろそろここに来なさいっていう事を言いたかったの?」 セメントをじっと見て聞くが何の返事も返ってこない。 

考えていると母親がやってきて

「一人で走っちゃ危ないでしょ」 琴音から仔犬を抱き上げた。 

二人で正道の元に帰り、琴音が正道に説明した。

「仔犬ちゃんのオモチャが落ちててそれを見つけたみたいです」 仔犬が咥えていたオモチャを見せると

「ああ、そうでしたか。 そのオモチャ、プレハブの中を探しても無いはずですな。 きっと今日、仔犬をつれてきたときに落としたんでしょうな。 そのオモチャは仔犬の一番のお気に入りでしてな」 正道と琴音の会話の横では父親が母親に

「お母さん、預からせてもらうことにしたよ」 それを聞いた母親が

「それじゃあ、この仔と一緒にこのオモチャを預かって帰っても宜しいですか?」

「ご迷惑をおかけするかもしれませんが宜しくお願いいたします」 正道の言葉を聞いて母親が喜び満面の笑みで答えた。

「迷惑だなんてとんでもない! 大切に、見させてもらいます」 その言葉を聞いてより一層、安堵を覚えた正道であった。

「では琴音さん仔犬の身の周りの物もお預けいたします」 車から仔犬に必要な物が入った袋とキャリーを出して渡した。 

そして時計を見て一瞬、「アッ・・・」 とした正道の表情。 その顔を父親は見逃さなかった。

「では、失礼かと思いますが、私はお先に失礼させていただきます。 今日はご両親様にお逢いできて良かったです」

「こちらこそ。 娘を宜しくお願いします。 それではお気をつけて」 

「では」 会釈をして車に乗り込んだ。 その姿を見送った琴音が

「お父さん、あれだけ訝しげにしてたのにどうしたの?」 遠くを見ていた父親が少しの間を置いて琴音を見た。

「所作、風貌、言葉遣いかな。 随分と年下の琴音に丁寧な言葉で話してただろ?」

「うん。 言葉はいつも感心してるの。 でも所作って? お父さんがどうしてそんな事を言うの?」

「ほら、お父さんは仕事柄経理をしてたから、確定申告の時期になると色んな人がうちに来てただろう?」

「うん」

「その中に所作を教えている教室もあったんだよ。 それでお父さんはお金を取らないからその代わりにって所作を教えてくれていたんだよ」

「ええ? そうなの?」

「言ってなかったか?」

「そんなの聞いてないわ」

「まぁ、子供の時の琴音に言うわけないな」

「へぇー、お父さんがねぇ」 父親をまじまじと見た。

「なんだよ」 

「別にー」 照れ隠しにコホンと咳を一つして父親が

「それに感謝の念を持ってる方だな」

「感謝の念?」

「そうだ。 自分の弟子を人前で褒めるなんてことなかなか無いぞ。 それにその弟子のお陰でなんて言葉を師匠が普通言わないだろう」

「まぁね・・・」

「感謝が出来てるから言えるんだ。 人に感謝が出来るっていう事は大切な事なんだぞ」

「わぁ・・・やだ、暦と話してるみたい」

「暦さん? なんだ?」

「何でもない。 あ、暦って言えば・・・」 振り返って 少し離れた所で仔犬と遊んでいる母親の方を見て少し大きな声を出して

「お母さん、暦のおばさんと行った山はこの山?」

「うん。 間違いない」 母親の返事を聞いた父親が

「琴音、お母さんの間違いないは信用できないからな。 なにせ方向も分かって無かったら記憶もいい加減なもんだからな。 今度暦さんに聞くといいぞ」 

「言えてる」 二人でクスクスと笑っている。

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みち  ~道~  第202回

2015年05月15日 15時03分22秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第202回




「へぇー 結構立派に建ってるじゃないか。 なんだ、建物から始めてるのか?」 

「建てかけてるって言ってたのに聞いてくれてなかったんだ。 だからまだまだなの」 正道の車から少し離れた所に停めた。

車から降りた父親が建物を見て回っている。 母親は山の方を見ている。 そこへプレハブのドアが開く音がした。 出てきたのは仔犬を抱いた正道だ。

「あら? 琴音さんじゃないですか」

「正道さん、車があったからもしかしたらと思いましたが やっぱり正道さんがいらっしゃってたんですね」

「はい。 明けましておめでとうございます。 今年も宜しくお願いします」 うっかり新年の挨拶を先にし損ねた琴音が慌てて

「あ、明けましておめでとうございます。 こちらこそ本年も宜しくご指導ください」 そう頭を下げて 次に正道の腕の中に居る仔犬の頭を撫でながら

「明けましておめでとう。 今年も元気に過ごそうね」 そう言って今度はまた正道を見直して

「正道さんはどうして今日は此処にいらっしゃったんですか?」

「実は仔犬を取りにきましてな」

「仔犬ちゃんをですか?」

「今日までは工事の方が自宅で見ていてくださったんですけど、急に田舎でご不幸があったから帰らなくちゃいけなくなったと早朝連絡がありましてな。 仔犬は連れて行けないでしょうから プレハブに連れてきておいて下さいと言っておいたんです」

「それじゃあ、今日からは?」

「私が連れて帰ってみようかと思ってるんですがね。 私が出かけている時に慣れない場所で大人しくしててくれますでしょうかね」 そう言って笑っている。

すると琴音の後ろから

「琴音、どなただ?」 建物を見て回っていた父親が琴音に声をかけてきた。

「あ、お父さん。 あの、正道さん私の父です」 その様子を見ていた母親も駆け寄ってきた。

「・・・と母です」

「おお、これはこれは。 琴音さんのご両親様でいらっしゃいますか。 何のご挨拶にもお伺いしませんで申し訳ありません。 琴音さんお願いできますか?」 抱いていた仔犬を琴音に預け

「初めまして、わたくし正道と申します。 この度は琴音さんのお力をお借りしてこのような事を始めようと思っております」 そして次に琴音を見て

「琴音さん、ご両親様にどんな事をするかの説明はされていますでしょうか?」

「はい。 漠然とですが。 でも・・・」 そこまで言うと何を言わんとしているのか察した正道が今度はまた両親の方を見て

「ご両親様にとってはどこの誰とも分からない私と大切な琴音さんが新しい事を始めるという事には不安でいらっしゃるかと思います。 また、世に聞き慣れないことを始めます。 ですが琴音さんのお力はとても素晴らしい物です。 その琴音さんのお力を待っている動物たちがいることをどうかご理解いただけないでしょうか」 暫く黙って正道をじっと見ていた父親が

「こちらこそ、こんな娘ですが宜しくお願いいたします」 深々と頭を下げた。 その姿を琴音が見て

「お父さん! いいの? 賛成してくれるの?」

「お前はまだ何も出来ないようだけどこの方にならついて行きなさい」 それを聞いていた正道が

「有難うございます」 頭を下げた。

「有難う お父さん」 抱いていた仔犬をぎゅっと抱きしめた。

「琴ちゃん その犬は?」 話が一段落した様子を見て母親が聞いた。

「あ、捨てられていたらしいんだけど ここでみんなで見てるの。 でも、ちょっと事情があって今日からは正道さんが連れて帰・・・」 ここまで言うと何を閃いたか

「ね、お母さん お正月休みの間だけでもうちでこの仔を見てもいい?」 琴音のその言葉を聞いて正道が慌てて

「琴音さんそれはご迷惑ですよ」 すると琴音に代わって母親が

「あら、いいですよ」 正道の方を見ては言っていない仔犬を見ながらだ。 そして続けて

「可愛いわねぇ。お名前はなんて言うのかなぁ?」 

「笑っちゃうけど 仔犬ちゃんって言うのよ」

「仔犬ちゃん? お名前を笑っちゃ駄目よねー。 そう、仔犬ちゃんって言うのね。 今日は」 そういいながら母親が仔犬のほっぺを撫でて

「琴ちゃん、お母さんに抱っこさせて」 母親に仔犬を預けると

「正道さんまだお忙しいんですよね? うちなら父も母もずっと家に居ますし 私もあと何日か実家に居ますから。 今度・・・年明け最初こちらに来るときに私が連れてきます」 するとその会話に父親が割って入ってきた。

「ほぅ、お正月だというのに仕事ですか?」

「お恥ずかしながら 貧乏暇無しで年中無休です。 あっと、こんなことを言うと余計にご心配されますな」

「いや、いや。 そんな事はありません。 失礼ですがこの新しく始めようとされてる事でお忙しいんですか?」

「いえ、こちらの事はゆっくりと進めています。 今までしてきた・・・といいますか今もしておりますが 人様の体調を整えるほうの仕事が引っ切り無しでして 今の時代、皆さんストレスを抱えていらっしゃるようです」

「ほぅー。 そんな仕事をされているんですか。 体調を整えるですか・・・難しそうですね。 では、今後はこちらの方と二束の草鞋で?」

「こちらの方が進んでいきましたら今のところは弟子に任せます。 私はこちらの方に専念したいと思っていますので」

「お弟子さんがいらっしゃるんですか?」

「手前味噌ですが心の優しい、よく出来た弟子たちが来てくれました。 弟子たちのお陰でこうしてやりたいことをさせてもらっております」 その言葉を聞いて父親が

「琴音」

「なに?」

「良い方に出会ったな」 そして正道の方を見て

「どうぞ気になさらないで下さい。 うちの家内も犬が好きですから喜んで面倒を見させてもらいます」

「あ・・・これは・・・どういたしましょうかな」 その時、仔犬を抱いてウロウロしていた母親の声がした。

「あら! 何処に行くの?」 降りたそうにしていた仔犬を下に置いた途端に走り出したのだ。

「お母さん捕まえて」 琴音が慌てて仔犬を追いかけた。 その様子を見ていた父親が

「家内も琴音もあんなのですがそれでも宜しければお預かりします」

「滅相も無い。 ・・・それではお言葉に甘えてお願いいたします」

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みち  ~道~  第201回

2015年05月12日 14時37分57秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第190回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第201回




「あー、美味しかった」 ドリアをペロリと食べ終えた母がスプーンを置いて満足気に言った。

「気に入った?」

「凄くおいしかったわ。 また食べたいわ」

「うん、また食べたくなったらお父さんにつれて来てもらうといいわよ」 父親ではなく自分が・・・と言いたかったが、ここは父親の存在を大きくしようと思った。

「お父さんと?・・・」 苦虫を噛んだような顔をする。

「・・・お母さん・・・」 溜息しか出ない琴音を無視するかのように母親が続ける。

「でもこういうのって西洋のコックさんにしか作れないのよね?」

「そんな事ないわよ。 家でも作れるわよ」

「え? そうなの?」

「まぁ、同じ味が出せるかどうかは分からないけど、基本は作れるわよ」 

「琴ちゃん作り方知ってるの?」

「知ってるわよ。 じゃ、レシピを書いておくね」 ドリアも知らなければグラタンも知らない母だ。 ホワイトソースの作り方さえ教えれば何とかなるだろうと思った。

と、共に暦の顔が浮かんだ。
(全然味が違うって言われたら暦に聞けばいいわよね)

母親はいつも美味しい物を父親に食べさせたいと思っていた。 琴音の居ない日は食卓に並ぶ料理は父親の好物ばかりだ。 それを知っていた琴音は母親の無言の父親への気持ちを察していた。

この美味しい物を父親にも食べさせたいと思う気持ちを。



食事が終わり、母親の満足そうな顔を見てから思い切って琴音が切り出した。

「ねぇ、私がお手伝いに行ってる所に行ってみない? ここからそんなに離れていないの。 ドライブがてらにどう?」

「そうねぇ、見てみるのもいいわね。 ね、お父さん」

「見たところで賛成はしないぞ。 そんなわけの分からない物なんて」

「賛成して欲しくて言ってるんじゃないわ。 ただ、見てもらうと少しは安心してもらえると思うの」

「琴ちゃんいいわよ、お父さんの返事なんて聞かなくて。 それにお母さん、このままじっと座ってるとお尻がムズムズしてきちゃうわ。 行こう行こう」 そう言って隣に座っている琴音を押した。

「じゃ、行こうか。 お父さん見るだけでいいから」 琴音が席を立つのを見てシブシブ父親も席を立ち駐車場へ向かった。

車を走らせていると

「へぇー こんな所に来た事はないわねぇ」 過ぎ行く風景を見ながら後部座席の母親が言うと

「そうか? こっち方面に何度か来ただろう?」

「私がですか?」

「ああ。 えっと・・・琴音の友達の何て言ったかな? ほら、お母さんもよく知ってる・・・」

「誰ですか?」

「ああ、そうだ。 琴音が山に登って体が動かなくなったときに見に行ってくれた・・・」 それを聞いてすかさず琴音が

「え!? 暦の事?」

「ああ、そうそう。 暦さんだ」

「暦とお母さんが来たの?」

「いや、暦さんのお母さんとうちのお母さんが・・・」 そこまで言うと母親が

「ああ、あの時?」

「思い出したか?」

「あらー? こっちの方だったかしら?」

「お母さんは方向音痴だからな。 何処へ行ったかぜんぜん分かってないみたいだったけど お母さんが帰って言った話からするとこっち方向じゃなかったか?」 両親の話を聞いて訳の分からない琴音が

「なに? いったい何の話なの?」

「暦ちゃんのお母さんとバッタリ会ったときにね 今から山に山菜を摘みに行くから一緒にどう? って誘われたのよ。 暦ちゃんの親戚の山だから何の気兼ねも無く摘めるらしくて 車に乗せてもらって何日か採りに行ったのよ」 それを聞いた琴音が

「暦の親戚の山?」

「そうらしいわよ」

「おばさんいつもその山で摘んでたの?」

「いつもは違う山みたいよ。 でもなんて言ってたかしら? もうその山を手放したいから最後に山菜を摘んでやってもらえないかって言われてたって言ってたかしら? 大きな山じゃなかったから何度か一人で摘みに行ってるって聞いたけど」

「まさか・・・まさかよね」

「なに?」

「何でもない」 車は段々と正道の持つ土地に近づいていった。 母親は窓から風景を眺めている。 

「あの時、こんな大きな道を通ったかしら?」 国道の事だ。

「抜け道を走ったんじゃないか?」 父親がそう言うと

「違う道だったら全然分からないわ」

「同じ道でもお母さんだったら分からないだろう。 全く方向がわからない上に風景も何も覚えないんだから」

「まぁ、酷いことを言いますね」 方向音痴は母親より自分の方が幾分ましかと思いながら両親の会話を聞き 車は目的地を目の前にした。

「あら?」 正道の車が停めてあるのが見えた。

「どうした?」

「うん・・・ほら、工事中の建物があるでしょ。 ここよ」 ハンドルを切って国道を曲がった。

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みち  ~道~  第200回

2015年05月08日 15時00分49秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第200回




風一つない晴天。 その上、1月だというのに気温も高い。

「お母さん、お早う」

「お早う。 琴ちゃん洗濯物はない?」 三が日だというのにいつもの様に朝早くから洗濯をしようとしている母親だ。

「うん。 特に無いわ」

「じゃあどうしようかなぁ。 そんなに洗濯物がないから今日はいいかしら・・・でもお天気がいいから洗濯物を干さないって言うのは勿体無いわねぇ」

「いいじゃない。 お母さん一日中動いてるんだから少しは休んだら?」 琴音のその言葉を横目で見ながら

「動いてないと病気になるわよ」 そんな風に言葉を発する母親に何とかいつもと違う時間を過ごさせたいと思い頭を巡らせた。

「また熱が出るわよ。 朝はゆっくりして・・・そうだ、ドライブがてらにお昼ご飯を食べに行かない?」 

「ドライブ?」

「うん。 いいお天気なんだから。 外でご飯って食べる事ないでしょ?」

「そうだわねー。 いつも家でお父さんと顔を突き合わせてご飯を食べてるだけだわねー」 言われてみればと、返事をした母親だが

「雰囲気が変わればお父さんの顔もハンサムに見えるかもよ」

「え? お父さんも一緒に行くの?」 外に出かけても父親と一緒なのかと少し落胆をしたように言った。

「何その言い方? 一緒に行けばいいじゃない」

「何処に行くんだ?」 後ろから父親が顔を出した。

「あ、お父さん。 昨日は一日中お節だったから、お昼はどこかで外食しない?」

「まだ三が日だぞ。 開いてるところなんてあるのか?」

「最近のお店は年中無休よ」

「こんな田舎でもか?」

「一軒心当たりがあるの。 ね、駄目元でもこんなにお天気がいいんだからいいドライブになるでしょ?」

「お母さんはどうするんだ? 行くのか?」 

「当たり前です」 父親にそう言われるとどこか剣のある返事になる。

「そうだな。 じゃあ、行ってみようか」 

午前中は三人でゆっくりとテレビを見て過ごし12時前に家を出た。 



運転席には琴音、助手席に父親。 母親はシートベルトを嫌がって絶対に助手席には座らない。 母親の指定席は助手席の後ろだ。 

エンジンをかけ発進すると父親が

「心当たりの場所って何処だ?」

「インターの方でここから30分くらいの所にファミレスを見つけたの」

「へー、こんな田舎にもファミレスができてたのか」

「国道沿いだから出来たんじゃない?」

「お母さんはファミレスなんて行ったこと無いんじゃないか?」 後ろに座る母親に話しかけた。

「そんなハイカラな所行ったことは無いですよ。 お父さんはあるんですか?」

「会社時代はたまに行ったよ」

「まっ! そんな話は聞いてませんよ」

「ファミレスに行ったくらい、いちいち言わんだろう」 母親の言葉を聞いた琴音はまた少し寂しさを感じ

「お母さんはずっと仕事と家の往復だけだったもんね」 ポツリと洩らした。

「そうよ。 お父さんみたいにハミナントカに行く時間なんて無かったわ」

「ハミじゃなくてファミ。 ファミレスよ」 

「ハミレス?」 聞き返す母親にこういう事は適当でいいかと「うん」 といい加減な返事をし

「お父さん、二人とも定年したんだからお母さんをどこかに連れて行ってあげてよ」

「どこかって、温泉とかっていう事か?」

「それでもいいし、こうやってドライブがてら出掛けるのもいいし」

「お父さんが誘ってもお母さんがついて来るもんか」 聞き耳を立てていた母親に

「お母さんはどうなの? お父さんと出かけたくないの?」 ルームミラー越しに話しかけると

「琴ちゃんと出かけるのがいいわ」 俗に言う空気の読めない返事が返ってきた。

「お母さん!」 思わず叫んだ琴音に

「なっ?」 父親の一言だ。



目的のファミレスは開いていた。

席に着きメニューを見ている母親が目を丸くしている。

「こんなにシャレたものがあるの? お母さん何を食べていいのか分からないわ」 ほとんど煮焚物しか食べたことがない。

「じゃあ、私と同じ物でいい?」

「うん。 何でもいいわ」

「お父さんは何にするの?」

「そうだなぁ、お昼御前にでもしようか」

「じゃあ、決まりね。 お母さん、私はこのドリアのセットって言うのにするけど和食の方がいい?」

「ドリア? ・・・それでいいわ」 琴音にしてみれば母親が食べた事の無い物を食べさせたかったのだ。

料理はすぐに運ばれてきて母親は初めてドリアを目にした。

「熱いから気をつけて食べてね」 母親がそっとスプーンを入れて食べるのを見て

「どう?」 不安げに聞く琴音の顔を見て

「美味しい! こんな味食べた事がないわ!」

「良かった。 ね、お父さんとあちこちに行って色んな物を食べなくちゃ」 母親の顔を見ていた父親が琴音の言葉を聞いて

「そうかもしれないな。 琴音の言うとおりかもしれんな」 琴音が父親の言葉に耳を傾けた。

「お母さんはずっと仕事と家の往復だったな。 それに親父とお袋の面倒を一人で見てくれてたんだからな」 持っていた箸を置いた。

「お父さんたら何を急に言い出すんですか」 今までに聞いた事のない言葉を聞かされ驚いた顔をした。

「いや、よく考えると お母さんはずっとこの田舎の中でしか生活をしてないわけだ」

「土地の人間はみんなそうですよ」 

「そんな事はないよ。 それに時代は変わったんだよ。 色んな物を見て回るのもいいかもしれないな」

「そんな事を急に言い出して 気持ちが悪い」 投げ捨てるように言ったが、その言葉以外浮かばなかったのだ。

「お母さんったら、ちゃんとお父さんの気持ちを貰おうよ」

「・・・まぁ、琴ちゃんがそう言うのなら・・・それにこんな美味しい物も食べられるのならいいけどね」

「お母さん・・・素直じゃない」 


違う空気を吸うのは必要な事かもしれない。

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みち  ~道~  第199回

2015年05月06日 14時23分12秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第199回




少しゆっくりと寝ていたが顔を洗ってお茶を飲み、実家に泊まる準備をすると今度はテレビで天気予報の確認だ。

「雪は降ってないわね。 交通渋滞は・・・」 チャンネルを変えた。

「どこかでやってないかしら」 次々と変えるとやっと交通情報があった。

「あ、どうかしら?」 暫く見ていると少し混んではいるが渋滞で動かないというほどではなさそうだ。

「今のうちに行こうか・・・」 そう思った時

「あ、暦おばあちゃんに怒られるわ。 ちゃんと朝ご飯をしっかり食べなきゃ」 昨日、暦が置いていったおにぎりが一つとおかずが少し残っていた。 
それを温めて食べるとすぐに車を走らせた。
   


実家に着いて車を停めていると車のエンジン音に気付いた母親が家から出てきた。 エンジンを切った琴音が母親に気付き慌てて車から降りた。

「お母さん、熱があるんでしょ! 寒いから家に入ってて」

「熱って言っても微熱だから何ともないわよ」

「あー、分かったから。 とにかく入ってて」 琴音にそう言われても車に近づいてくる。 

そしていつもとなんら変わりない様子で

「荷物は?」 と聞く。 

「1つだけだから、自分で持てるから」 助手席からボストンバッグを出すと

「ほら、早く家に入ろう」 母親の腕をとって玄関に向かった。

家に入るとコタツで新聞を読んでいる父親がいた。

「お父さん、ただいま」

「おお、お帰り。 渋滞してなかったか?」 読んでいる新聞を畳み

「車の台数は多かったけど思ったほど渋滞はしてなかったわ」

「そうか。 じゃああまり疲れてないんだな」

「うん、大丈夫。 それにここの所しょっちゅうこっちまで運転してるから運転にも慣れちゃったみたい」

「そうか」 母親がお茶を入れてきた。

「はい、琴ちゃん」 琴音の前に湯呑みを置き父親の前にも湯呑みを置いた。

「お母さんそんな事は私がするから寝てて」

「大丈夫よ。 熱って言うほどじゃないんだから」

「お父さん、お母さんいつもどうしてるの? 寝てないの?」

「いつもは布団で寝てるよ」 それを聞いた母親が慌てて

「お父さん! どうしてそんなことを言うんですか! 琴ちゃんが要らない心配するだけでしょ!」 すると父親が琴音を見て

「そうだってさ、琴音」

「もう、お母さん。 熱があるんだからお布団で寝ようよ」

「微熱よ。 琴ちゃんの運転と一緒で慣れたわ。 ね、そんなことより今日の夜は何が食べたい?」

「もう、何言ってるのよ。 あるもので私が作るから。 お母さんはそんな事考えなくていいの」

「じゃあ、一緒に作ろうね」 

「琴音、お母さんの好きなようにさせて上げなさい」 二人の会話を聞いていた父親が琴音を諭すように言った。 

それを聞いてハァーと1つ大きな溜息をついて

「じゃあ、辛くなったらすぐに言ってよ」

「大丈夫だってば」 

母親の微熱は若い頃にずっと働きづめだったため、歳を重ねその歪が出てきたという事もあったが 琴音が今まで以上に顔を見せた嬉しさから気が上ってしまったというところもあった。 
気が上がって身体のバランスを崩してしまったのだ。

結局、夕飯どころか母親と一緒に正月の準備も始めた。

「お母さんね、琴ちゃんとこうして台所に立てるのが何より嬉しいの」

「そうなの?」 意味が分からないという顔をする琴音に何を言っているのかと言わんばかりに

「そうよー。 娘を産んだんだから一緒に台所に立つっていうのが何より嬉しいわよ」

「ふーん、そんなものなのかなぁ?」 琴音の頭の中ではよく出来た娘とか、息子の嫁に何もかも任せて上げ膳据え膳を楽しむ老後の方が余程楽しいのではないのかと疑問が残る。

「琴ちゃんも娘を産むとわかるわよ」 その言葉を聞いて母親が何を考えているのかすぐに察し

「あ、それ以上言わなくていいからね」

「もう! お母さん、孫も見てみたいんだから」 やっぱりかと思いながらも

「ごめんなさい」 おどけて言った。

年末年始と母親の体調は良くなり微熱も治まった。
今年もお節は注文だ。 だか、黒豆と金時人参、他の野菜の煮物だけは母親と琴音で作った。


元日、お節を食べながら

「琴音が数日泊まってくれてるだけで熱が下がるって お母さんも現金なもんだな」

「お父さんが私の話を聞いてくれないから 絶対にストレスだったんですよ」 両親の会話とも言えない会話を聞いていると

「またそれかい。 琴音何とか言ってやってくれよ」 とばっちりが琴音に回ってきた。

「二人で仲良くしてよ。 心配でマンションに帰られないじゃない」 話を上手く終わらそうとしたが母親の言葉で思ってもいない方向に話が進んでしまった。

「帰らなくてもいいじゃない。 こっちにいれば? あの、何とかって言うのはどうなってるの? そこでお手伝いなんかじゃなくて正社員として働けば?」 

正道との約束の日に時々実家に寄ってはいたが、正道との話は全くしていなかった。 というより、いつも母親の話し相手になっていただけだったのだ。

「駄目よ、まだまだ勉強中。 それにまだ建物も立っていないし開いてないもの」 それを聞いた父親が

「勉強中ってもう半年くらいたってるんじゃないのか?」

「うん。 でも簡単にはいかないわ」

「琴音、週に1回と言えど半年かかってもまだ勉強中って言うのはおかしくないか? 本当に変な所じゃないんだろうな」

「お父さん、普通の事務職や会社の仕事と違うの。 そうね・・・言ってみれば板前さんの修業って何年もかかるじゃない、あれと同じような事なのよ」 そう言いながらも父親の言うとおり自分が不出来なのではないだろうかと不安に陥る。

「お父さんは黙っててください! お正月からそんな話の仕方。 ねぇ琴ちゃんそこが開いたらお勤めそこに替わりなさいよ。 そしたらこの家から通えるでしょ?」 

そうなるかもしれないと言いたかったがまだ言えない。 母親に期待をさせておいて結局何も出来ないからその話しは無かったとは言えないからである。

「どうなるかな? その時になったらその時のことよ。 今は今の会社にお勤めしてるんだから先のことは分からないわ」 

会社閉鎖の話をするとややこしくなりそうな気がして黙っておいた。

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