大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第86回

2014年03月28日 14時59分41秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 第51回からは以下からになります。

第51回第52回第53回第54回第55回第56回第57回第58回第59回第60回
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第71回第72回第73回第74回第75回第76回第77回第78回第79回第80回




                                             



『みち』 ~未知~  第86回



連休も明け 出勤だ。

「うう・・・まだ身体が痛い」 ガクガクと身体を動かしながら出勤をした。


数日が経ち身体もようやく楽になった日の昼休みの始まり。
この日は珍しく午前中の仕事がきつく、かなり疲れていた。

「ああ、肩が凝ったわ。 今日は計算三昧ね」 奥の事務所に行き、お茶を配り琴音自身も席につきお弁当を広げた。 広げたお弁当を見て

「はぁ、毎日同じおかず。 暦ならこんなことしないんだろうな」 そう思いながらもありきたりなお弁当を食べだした。
食べ終わっていつもならすぐに本を読むのだが さすがに相当肩が凝っているようだ。

「これ以上下を向きたくないわ」 上を仰いで自分の手で肩をトントンと叩き出した。

「凝り性はお母さん譲りね」 うかつに目を瞑った琴音。 瞼の裏に何かが見えた。

「何?」 それも至近距離だ。

「フェンス? どこのフェンスなのかしら」 じっと見ようとしたらまたフェードアウトしていき目の前が真っ暗になった。
目を開けた琴音。

「いったいどこのフェンスだったの?」 身の周りのあちこちを思い浮かべるが フェンスなど思い浮かばない。

「ああ、考えるのはよしましょう。 それでなくても肩が凝ってるのに余計と凝りそうだわ」 また肩をトントンと叩きだし

「あ、そうだわ。 今日は図書館に寄らなくちゃいけないんだったわ」

午後の仕事も計算ずくめであったが今日一日が終わった。 
予定通り図書館に寄り、返却する本を先にカウンターへ戻した。 そして次ぎは何を借りようかと本棚を見ていると 『空也』 に関する本が目に付いた。

「あ、そう言えば何も知らないんだったわ」 その本を手に取りパラパラとめくった。

「読みにくそうではないわね。 これを借りて他には・・・」 また本棚をウロウロして何冊かを借りて家に戻った。


その日からすぐに『空也』 の本を読み出した。

「へぇー 平安時代の人なんだ。 平安時代は結構読んだつもりだったのに 読みもらしていたみたいね。 市の聖(いちのひじり)・・・ああ、確か前にそんな言葉を読んだような・・・きっと仏教の本に書かれていたのね。 ・・・え? 空也の彫像が月輪寺にあったの? 月輪寺って確か愛宕山を下りるときにあったお寺よね。 へぇー、そうだったんだ」 その後も読み進めていった琴音。

「もし、あの時隣に立ってくださったのが 空也っていう人なら・・・あははは、ありえないわね。 でも呼び捨ては考え物よね。 空也上人だわね。 よしっと、今日はこれまで。 あんまり根を詰めてこれ以上肩が凝るのはいやだわ」 本に栞代わりの紙を挿んで閉じた。

「・・・そっか。 お寺ね。 ・・・そう言えば 私って何宗なのかしら。 今度帰ったときに聞かなきゃ。 それに神社・・・。 今まで全然考えなかったわ。 そういえば此処の辺りの氏神様って誰なのかしら? うん? 神社なんてあったかしら?」 
くくく・・・。 凄い変化だね。 
あの琴音がね。 思う壺に・・・あ、いや。 ちゃんと予定通りに進んでいるね。 まぁ、まだまだ先は長いけどね。 それにしても一瞬とは言え 空也様が横に立っていて下さったなどと畏れ多いことを考えるとは 聞いているコッチは冷や汗が出るよ。

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みち  ~未知~  第85回

2014年03月25日 15時23分42秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~未知~  第85回



「気持ちいいー」 対岸まで歩いて行きまだ火照っている身体を冷やすように 川の端に座って足だけを川につけ、暫くは子供達の遊ぶ姿を眺めていた。

「何て贅沢な一日だったんだろう」 思っていたように滝で遊べなかったという不服も持たず 今日一日に感謝が出来たようだ。
視線を空に移し

「でも・・・」 なんだい、何か文句を言うのかい?

「あれは誰だったのかしら・・・」 ああ、文句じゃなかったんだね。 そうだね。 ちゃんと意識しなかったからね。 

「すごく安心できた・・・温かかった・・・。 それに着物と思ったけどそうじゃなかったような・・・」 思い出そうと記憶を辿る。

「ああ よく分からないわ。 お寺のご住職のような感じだったかしら。 それとも唐の時代くらいの男の人の服? あ、もしかしたらあの石像が記憶に残っていて 石像が着ていた着物のように思っちゃったのかしら? っていう事はあの出来事は気のせいなの?」 あの石像と言うのは役小角のことだ。
おいおい。 あれだけの温かさが伝わってきたのに気のせいで終わらせる気かい・・・。

「うううん。 そんな事ないわ温かかったんだもの」 そうだよ、あれほどの温かい御心を忘れちゃいけないよ。 あーあ、この調子じゃまだまだ僕のことも思い出してもらえないんだろうな。

「・・・カップは無理にしてもあの吸殻・・・やっぱり拾って来ればよかったわ」 ほらね。 後悔しただろう? これからも拾うまで繰り返されるよ。 今の気持ちを忘れるんじゃないよ。

「お姉さん、何ブツブツいってるの?」 琴音の様子をずっと見ていた小学生の姉弟。 弟の方が話しかけてきた。

「え? あ、聞こえちゃった?」 恥ずかしそうに聞き返すと今度は姉の方が

「なんか・・・難しい顔をしたと思ったら今度は違う顔とかって・・・そしたらブツブツ言い出したり。 大丈夫?」

「あ、あら・・・恥ずかしいわ。 ずっと見てたのね。 大丈夫よ、ちょっと考え事をしていただけ」

「失恋?」

「え!?」 まだ背の低い低学年の弟に比べて、姉のほうは小学生高学年であろうか。 突然の言葉にビックリしていると

「隆、ほらあれ」 姉がそう言って弟を促し、背負っていたリュックを弟の方に向けると 弟が慌ててリュックの中のポケットからお菓子の入った袋を出し姉に渡した。 その袋の中に手を入れたと思ったら

「お姉さん、コレあげる」 その手には丸い形をした飴があった。 姉の言葉に続いて弟が

「コレ元気玉だよ。 コレを食べると元気になるんだ。 こけても泣かなくなるよ」

「え?」 子供慣れをしていない故、突拍子もない話に思え何と答えていいのか分からない。
すると姉の方が琴音にそっと小さい声で話し出した。

「隆は泣き虫だからお母さんがそう言っていつも持たせてるの。 でも、美味しいからお姉さんにも上げる。 だからお姉さんも元気出して。 男なんてごまんといるんだから、ねっ」 子供達が自分を心配してくれた。 それに話も微笑ましく思え

「ありがとう」 姉の手から飴を受け取ると

「隆! ほら、今度はアッチで遊ぼう。 お姉さんバイバイ」 姉につられて弟も琴音に手を振り少し離れた所で水遊びをしだした。

「元気玉か・・・ふふ」 飴を空に向けて持ち上げ

「可愛い元気玉」 包み紙から飴を出し口に頬張り、離れた所で姉弟が遊ぶ姿に目をやると

「お姉さん、美味しいでしょ?」 姉が大きな声で琴音に話しかけた。

「うん、とっても美味しいわ。 有難う、元気になりそうよ」 その返事を聞いた姉弟は満足そうに笑顔を返してきた。

可愛いらしい直会(なおらい) になったね。


この連休も筋肉痛の嵐であったが5月に比べるといくらかましなようであった。 通勤の自転車、悠森製作所での階段の昇り降りが体力強化になって効いたようだが やはり全く動けない連休に終わった。
今回、暦の助けはなかった。

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みち  ~未知~  第84回

2014年03月21日 14時50分47秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~未知~  第84回


(どうして虫の声がこんな風に聞こえるのかしら。 何かあるの? ・・・もう帰ったほうがいいのかしら) そう思いながらもまだ足の疲れが取れない。 息も上がったままだ。
すると虫の声を無視して座っているとより一層、虫の声が大きくなった。

「早く帰りなさい」 「早く、早く」

(嘘でしょう。 分かった、分かったわよ。 帰るからそんなに大きな声を出さないで) 

まだ息が上がっているまま重い足を手を添えて曲げ、腰を上げその場からもう一度瀧に向かい手を合わせ、そして目に見える限りの石像や塔にも手を合わせ来た道を帰り始めた。

上ってきたときには気付かなかったが途中吸殻が捨ててあった。

(あ、こんな所に吸殻なんて・・・) 拾って帰ろうかと一瞬迷った琴音。

(ずっと持って歩くのは疲れるわ。 指さえ疲れてるんだもの) 拾わず歩き出したがその後も川を見ていると、カップ麺のカップが川に流れて岩で止まっているのを見た。

(どうしてこんな所に・・・川の中に入ってまで取るのもね・・・) また言い訳をして見て見ぬ振りだ。 後で後悔するぞ。

やっと下山した所と空也滝との分かれ道に来た。 ここまで来ると全く空気感が違って下界へ降りてきたという感じだ。

(ここまで来たらもう安心ね。 虫ももう囁かないわよね) 座りやすい岩を見つけて腰を下ろした。

ハァハァと喘ぐような息。 足にはもう疲れや痛みを超越して感覚が無いほどだ。 自分の足ではないようにさえ思える。
そんな時、ふと横に気配を感じた。 顔を上げて見てみればいいのだがそんな事をする余裕も無いほどの疲れ、それにそんな事をしても誰も居ないのは分かっている。

ただ下を向いている琴音の視界には 琴音が座っている岩の上に立つ誰かの膝下が見えた。 いや、感じた。

(誰? 着物を着ているの?) 丁度 背を丸くして下を向いている琴音の座高が膝下の高さくらいであろうか。

もっと落ち着いて意識をすれば全体が分かったであろうがその余裕がない。 今の琴音に分かるのは膝下だけだ。
息を上げながらもただ無言で一緒に居てくれているその存在に安堵を覚えた。 が、その存在に意識を向けることがなかったせいかいつしか居なくなっていた。 そしてその事にさえ気付かなかった琴音であった。

暫くして息も整いアスファルトの道を歩き出した。 長い距離ではあるが平坦であったり緩い下り坂。 楽に歩ける。


バス停に着きアスファルト道を楽に下山できたとは言え、身体中が熱くてなかなか熱が抜けない。

(そうだわ、嵐山で一度降りて・・・) バスに乗り込み今回も上手く座れた。 そして嵐山バス停で降り、桂川を見てみると大人も子供もみんな渡月橋を渡らずズボンをたくし上げて桂川を渡っている。

「お爺さんの言ってたとおりだわ」 琴音も川へ降りて行きGパンを膝までたくし上げ子供に混じって川を渡りだした

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みち  ~未知~  第83回

2014年03月19日 14時50分15秒 | 小説
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『みち』 ~未知~  第83回



愛宕山を上って降りて、そしてまた上る。 琴音にはかなりキツイがそれでも行くんだよ。

(もうここまで来たんだから 登ってやるわよ! 滝に飛び込んでやる! 喉もこんなに渇いてるんだからガブガブ清流を飲んでやるわ!) すぐに歩き出した琴音。 
だが息巻いて上ってみたものの川を見、辺りを見ると何故か涙が次から次へとこぼれてきた。

(やだ、どうして涙が出るのよ) 拭う事はしない。 と言うより拭う事が頭になかった。

ただひたすら涙しながら上り続ける。 だが上から人が下りて来たのに気付いたのか慌てて涙を拭った。 
20歳くらいの男女、石の階段が滑りやすいからであろう 男の子が女の子の手を引いている。 すれ違いざま琴音が道を譲ると 

「ありがとうございます」 と男の子の方が言った。 女の子は笑顔に会釈だ。 流石はこういう所に来るだけあって礼儀がきちんとしている。
だが琴音自身は此処の重さをまだ知らない。 
・・・思い出していない。 

息巻いて上り始めたがすぐにダウンだ。 
息も上がる。 途中で休憩だ。 川をじっと眺めていると気付いた事があった。

(え? このドット・・・) 息を上げながら

(ここだったの? 朝見えた水面はここ?」 辺りを見回す。

水の音以外聞こえないとても静かで清浄な空間だ。 誰が返事をするわけではない。 

(まさかそんなわけないわよね。 始めてきた所なんだもの) だが何度見ても朝のそれに間違いはない。

(意味が分からないんだけど) そう思いながらも重い足を引きずって上って行った。 

『八大瀧王』 と書かれた鳥居をくぐり途中ここを通っていいのかと思う場所もあったがそのまま上って行った。 それ以外道はないのだから。

足元に今までと違うものを覚え、顔を上げると鳥居が見えた。 鳥居には『空也』と書かれていた。

(ここで終わり? やっと着いたの?) ずっと下を向いて上って来た琴音。
鳥居をくぐり中へ入っていくと重々しくこの3次元を超越した厳峻なる空間が待っていた。 琴音が思っていた雰囲気とは雲泥の差だ。

「何!? 此処は何なの?」 やっと分かったようだね。 琴音が思っていたように遊ぶ場所ではないんだよ。

恐る恐る中に歩いて行く。 まだ息は上がったままだが目の前に現れたあまりの厳かな滝に見入りまた涙が出てきた。 足はガクガクと揺れじっと立っている事が出来ない。 暫くしてヨロヨロとした足取りでもう少し中に歩を進めると石像が目に入った。 
石像に目をやると

(石像・・・誰かしら) 役小角が前鬼・後鬼を従えている石像だ。

(この人が空也っていう人なのかしら。 それに前に座っているのは人じゃないわよね) 勉強不足だね。

滝の横には不動明王が童子を従えた石造がある。 滝の手前には『空也瀧』 と書かれた石の鳥居があるがそこまで行く勇気がない。 
琴音にとって此処はあまりにも厳粛な場所に感じたのだ。 ただ、鳥居の前に立ち手を合わせなければと、それだけは思ったようだ。 少し離れた鳥居の前で二礼二拍手一礼をし、前を見たときに滝壷の横で何かが動いたのが見えた。

(あら?) じっと見てみるとそれは蛇であった。

(蛇・・・ああ、そのまま泳いで行っちゃあ滝壷に飲まれるわ危ないわ) 蛇は上手く瀧の横の岩に上がっていった。

(よかった。 こんな所でとんでもないものは見たくないわ) え? それだけ? 他に何か思い浮かばなかったのかい? コレで2回目だろう? 大切な場所で2回も蛇を見ただろう? 

まだ息が上がっている琴音、入り口近くに戻り丁度座れる段差に腰を下ろした。 

(とにかく息を整えて足が楽になってから下りればいいわ) 滝に背を向け足を前に投げ出し、ただ流れる川を見ていた。 

10分ほどの時間が経った頃、虫の声が聞こえ出した。 虫の声に耳を傾けると

「もう帰りなさい」 「早く帰りなさい」 そう言われているように聞こえた。

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みち  ~未知~  第82回

2014年03月14日 15時49分27秒 | 小説
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『みち』 ~未知~  第82回



そこでは数人が休憩をとっていた。

(この人たちと下山したら安心だわ) だがなかなか腰を上げそうにない。 
痺れを切らした琴音は先に下り始めた。 

(それにしても何処にも滝がないわ」 歩いていくと前を歩く人を見つけた。

(あ、あの人たちについて行こう) 中年の夫婦連れのようだ。 一定の距離を開けて歩く。
だが 女性のほうが疲れだしたのか丸太に座り込んだ。 

(わっ、どうしよう。 同じようにして変な目で見られるのもいやだし) そう思いそのまま抜かして歩き続けたが

(やっぱり一人は怖い・・・) 足が疲れて休憩を取っている時でも 少しの音にも敏感になってしまう。

(夏だもんね。 熊も活動時期よね・・・) 葉が揺れたりなどしたら飛び上がってしまいそうだ。
登ってきた時とは大違いで周りに耳をそばだてながらの下山だ。

そんな時、琴音の左側の頭上で何かが落ちてくるような音がした。 琴音の左は山側、右は谷だ。 道幅は1メートルくらいしかない。

「わっ!」 っと思ったのと同時に目の前に鹿が現れた。 立派な角を持っている。

立ち止まった琴音はどうしていいか分からない。 鹿はじっと琴音を見ている。 その距離3メートル余り。

(飛び掛ってきたら・・・) 動く勇気も無ければ疲れきった足はガクガクと揺れじっとしていることは容易い事ではない。 これが熊なら死んだ振りだろうけどね。

琴音にしてみれば長く感じた時間だったが鹿は数秒間琴音を見、踵を返すように走って行った。 その道は琴音がこれから歩いていく道だ。 まだ気が張っている琴音は鹿の行く手を見ていたが 鹿はすぐに道を外れ山の絶壁を走って下り出した。 鹿が見えなくなってようやく動く事ができた琴音。

(すごい、鹿ってあんなふうに走るのね。 私の前に現れたときもああやってここの絶壁を下ってきたんだわ) 右側の山の絶壁を見た。

(きっと私が驚いたよりも鹿のほうがビックリしたでしょうね。 駆け下りてきたら人間が立ってたんだものね) そうかな? 鹿が琴音の事をどんな目で見ていたかよく思い出してごらん。

歩き始めるとすぐに鹿の足跡があった。

(こんなに蹴り上げて走っているのね) 足跡を踏まないように歩き出した。
琴音は無意識に踏まないようにしたんだろうけど覚えていたんだね。 足跡さえ大切にしたかったんだね。

その後も後ろから数人に抜かされてはいるが 登りほど遅く歩いているわけではない。 息も上がり休憩を取るがそれは登りと違って殆どは足を休ませるためだけだ。 登りの時のように足の休憩もあるが息を整えるためではない。 順調に歩は進んでいる。

ふと今までにない音に気づいた。

(何の音かしら?) 耳を澄ませながら歩く。

(・・・水の音だわ。 川? 川の音? それとも滝? 違うかしら) 音は段々と大きくなってくる。

(きっと滝の音だわ) 歩のスピードを上げたいが疲れきった足は痛みが走っている。 これ以上早く歩く事ができない。
歩き進めると山を下りたようだ。 

(山を下りてきちゃったみたい・・・ああ、上ってきたときの反対側になるってこういうことだったのね) 目の前には平坦なアスファルトの道があり、その道を歩いて行くと元来た場所に戻れるという事だ。

(でも、滝はどこに・・・) アスファルトの道へ行こうとしたときに 『←空也の滝』 と書かれている板があった。 

(あった! こっち側へ行けばいいのね。 やっと滝で遊べる。 冷たい水で足も冷やしたいわ)

そして矢印のほうを見ると

(えー! また階段を上るの!?) 目の前には滝から流れてきた川沿いに石段があった。

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みち  ~未知~  第81回

2014年03月11日 14時10分02秒 | 小説
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『みち』 ~未知~  第81回



すぐに自販機でコーヒーを買いベンチに座り一気に飲んだ。 すると今度は汗が一気にひいて寒くなってきた。 夏とは言え、山の中は下界と違って涼しい。
慌てて持ってきていたタオルで汗を拭いた。 滝遊びをしようと何枚かタオルを持ってきていたのだ。
もう一枚のタオルを背中と服の間に入れ、濡れた服と背中がくっつかないようにした。

(はぁ、意味の分からない今だわ・・・神社までの石階段・・・どうしようか。 ・・・もうそんなに登る必要も無いわよね) そう思ったものの琴音の性格では

(・・・ここまで来たんだから一緒よね。 お参りして帰ろうか・・・) そうなるよね。

石階段の下まで来た時、案内板に気付いた。

(え? こんな所に案内板) そこには空也滝と書かれていた。

(あった! え? でもこれって何処なの?) 地図を読む力が少々弱い琴音。

(とにかく先にお参りしてから) 石階段を上り始めた。

上ると言っても琴音のガタガタの足ではそう簡単に上れるものではない。 時間をかけやっと上りつめたが 前回のようにボーっとする事は無く、ベンチに座り足を休めてからすぐに手を合わせに行きそしてまたすぐ下りてきた。 滝が気になるのだ。
石階段の下でもう一度案内板を見て

(ここの裏を行くのよね) 歩いていくが分からない。 Uターンして戻ってもう一度案内板を見る。

(合ってる筈なのに・・・あ、自販機のほうにここの関係者みたいな人が居たわよね) 自販機のほうに歩いて行った。

小さな畑のような所に水をまいている一人の男性に声をかけ

「あの、空也滝へ行きたいんですけどご存知ですか?」 男性が振り向きぶっきらぼうに

「あの小屋の後ろの道を行くと 右に道が出てくるからそこを行くと行ける。 こっちから登ってきたんなら空也滝は反対側になる」 琴音からすれば怪訝そうに答えた風だったが、食いついた琴音。

「さっき行ってみたんですけど右に道がなくて」

「ああ、分かりにくい。 人が一人通れるくらいの下り坂」 面倒臭そうに答えていると感じ、今度は引き下がった。

「有難うございます。 行ってみます」 これ以上聞くのはよそうと 話を終わらせた。

(とにかくもう一度行ってみよう) 元来た道を歩き出し案内板の後ろを通り過ぎ

(本当にここかしら) 不安になりふと後ろを振り向くと さっきの男性が少し離れた所に立っていて、そのまままっすぐ行けと手で合図した。

さっき聞いた場所からここまで ずっと琴音の後ろを歩いてきてくれていたのだ。 思わずお辞儀をした琴音であった。 男性はその後も琴音の行く先を見ていた。
右に注意をしながら歩いていくと細い下り坂があった。

「あ、ここね」 坂を下りていく琴音を見送った男性。 元の場所に帰りまた水をまきだした。

案内役のお役目、ご苦労様でございました。

この道は琴音が登ってきた4キロルートとは反対側を行く 愛宕山ルートの7キロ半のルートである。

(ここって さっきより急じゃない) 琴音が登ってきた4キロルートよりかなり厳しそうである。 

それにこちら側を利用する登山者、下山者も居るにはいるが 殆どが4キロルートを使うので人を見かけることは少なく、4キロルートのような賑やかさはない。
それに時折 手作りの表示板に目が入るとそこに書かれているのは 『熊の出没に注意』 だ。 一気に心細くなった琴音。 何人かが後ろから琴音を抜かして歩いてくるが その早さにはついていけない。 先に歩いている誰かと一緒にならないかと先を急いだ。 
随分歩いていくとお寺が見えた。

(こんなところにお寺?) 月輪寺だ。 

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みち  ~未知~  第80回

2014年03月07日 14時46分36秒 | 小説
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『みち』 ~未知~  第80回



(何なのよ、山を登りに来たんじゃないのよ。 どうしてこんなに歩かなきゃいけないのよ) 息をするのさえ苦しい。 独り言すら口から出なくなった。

(あ、そう言えば・・・待ってよ、確か半分くらい行った所に休憩所があったわよね。 あそこは分かれ道になってたわよね・・・。 もしかしたらあそこの分かれ道に滝があるのかしら。 ここまで来たんだから、とりあえずあそこまで行ってみよう) 息も戻ってきて腰を上げ歩き出した。

道々、励まされることが多かった琴音。 息を上げてヨロヨロと歩く琴音の姿を見て励まさずにはいられないのであろう。

(人ってありがたい) 感謝の念が出る。 
感謝の念。 大切な事なんだよ。 琴音は今まで感謝をする事がなさすぎた。 「有難う」 と言っていてもそこに念が入っていなかったのだよ。 

今の琴音に出来る事は微笑んで返事をする事だけなのだが、段々とそれもままならなくなってきた。

(お願い、声をかけないで。 挨拶をしないで) そんな事を考え出していた。
それじゃあ1回目に登った時と同じじゃないか。 まだまだ駄目だね。

休憩所で腰を下ろしていると赤ちゃんを背負った女性が入ってきた。

(私一人でもこんなにしんどいのに 赤ちゃんを背負って登るなんて・・・) 琴音には考えられないようだが、愛宕山ではそういう姿をよく見る。 3歳までに愛宕山頂にある愛宕神社に参拝をすると一生火事に合わないと言うのだ。
上がった息が整ったのでまた歩き出した琴音だが、やはりすぐに息が上がる。

(もうイヤ。 どうして私が山を登らなきゃいけないのよ。 山を登りに来たんじゃないのよ) それはさっきも聞いたよ。

(もう滝なんてどうでもいいわ。 下りる!) ハァハァとした息でそう思った瞬間

<登りなさい> 頭の中に声が聞こえた。

「え?」 一瞬辺りをキョロキョロしたが誰も居ない。

(誰も居ない・・・優しい女の人の声・・・) 考える。

(きっとどこかでお母さんか誰かが 子供に言ってるのが聞こえたのね) 誰も居ないのにそんなはずないだろう。 それに山登りでそんなに優しい声で言わないだろ? 

優しく全てを包むような声。

(はぁ、偶然にしても聞こえちゃったんだから・・・じゃあ、とにかく登ろうか) なんとか琴音が半分くらいにあると思っていた分岐の場所まで来た。 

『水尾の分れ』 だ。

案内板を見て辺りを見るが滝なんてどこにも書かれていない。 休憩所に入り座り込み

(ここって半分の所じゃなかったのね。 それ以上登って来た所だったのね) そうだよ。 よく歩いてきたね。

(滝・・・いったいどこにあったのかしら。 ちゃんと最初の案内板を見てくれば良かった) 今更遅いね。 でもこの先の案内板で見ることが出来るよ。

(とにかく滝は諦めたわ。 それに・・・ここまできたら最後まで登って後は下りるだけよ。 もうそれだけ。 ここまで来て途中止めなんて考えたくないわ。 それに滝がどうのこうのなんて考えてたら自分が馬鹿らしくなっちゃうわ) ここへ来てやっと腹を括ったようだ。

足の疲れも息の荒さも落ち着き腰を上げた。

(あら? 鳥の声) 可愛らしい鳥の声が聞こえた。

(今まで気付かなかったわ) 山へ来て鳥の声を聞かないなんてもったいないね。

そしてそのままずっと登っていったが 相変わらず聞こえるのは自分の息だけ。 だがそれは聞こえると言っても 右から入って左に抜けるだけのものだ。 頭の中に少しでも留まって自分の息を意識するなどと言うものではない。

(ああ、また何も聞かないで登っちゃってたわ。 鳥の声聞いていたいのに) 登りながらそう考え鳥の声に耳をやるが、それも一瞬で終わってしまう。 すぐに無の世界だ。

そんな事の繰り返しをしながらもやっと社務所に着いた。

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みち  ~未知~  第79回

2014年03月04日 14時44分00秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

  『みち』リンクページ



『みち』 第51回からは以下からになります。

第51回第52回第53回第54回第55回第56回第57回第58回第59回第60回
第61回第62回第63回第64回第65回第66回第67回第68回第69回第70回




                                             



『みち』 ~未知~  第79回



バスを降り今度は電車に乗り京都駅に着いた。 今回は京都駅でペットボトルのお茶を買い、清滝へ向かうバス停に向かった。 さすがに2度目となると迷う事もなくスムーズだ。
そしてやって来たバスに乗り込むと

「嵐山で降りてみようかしら。 そうよね、滝はいつでもいいわね。 こんなに早いんだもの人は少ないだろうし、一度嵐山観光をしてもいいかもね」 どうだろうね。

嵐山バス停で降りると既に人が結構居た。

「わぁ、みんな早くから観光に来るのねぇ。 バスの中が涼しかったからでしょうけどそれにしても暑いわ。 これが川沿いじゃなかったらきっともっと暑いわね。 川の水、冷たくて気持ち良さそう。 ちょっと触ってみようかしら」 停留所から桂川に降り川に手を浸けた。

「冷たくて気持ちいい! お行儀が悪いけど・・・暑いから足も・・・」 靴下を脱いで靴の中に押し込みそろっと足を浸けてみた。

「わぁ、暑さが吹き飛びそう」 これで清めが出来たね。

「あら?」 水面を見た琴音。

「これって・・・今朝瞼に見えた水面?」 今朝のことをすっかり忘れていたがここへ来て思い出したようだ。

「違う・・・どこか違うわ・・・砂利の感じが違うのかしら・・・」 せっかく涼しく感じたのに考え込んだが為、額から汗がにじんできた。

「ああ、またこんな事を考えちゃってる。 でも・・・何処の水面だったんだろう、気になるわ。 ・・・あーあ、こんな事を気にしながらの観光なんて面白くないわよね」 自分を振り切ろうとするが振り切れない。

「ああ、やってられないわ。 もうどうでもいい。 考えない! あるがままよ。 嵐山観光はやめて最初の目的地の滝に行こう。 滝で何もかも忘れてスッキリ水遊びよ」 足を川から上げて持ってきていたタオルで拭き、靴下を履きなおしてバスの時刻表を見に行くとあと15分ほどでバスが来る。

「15分か。 ソフトクリームを買いに行く時間もないわね」 目の前のソフトクリームを売る店には既に行列が出来ている。

「松の下で涼んでいましょうか・・・」 色んな人間の様子を見ながらバスを待つ琴音。 間もなくバスがやってきてバスに乗り込んだ。
何とか座る事ができたが次の停留所では満杯になった。

「座れてよかった」 満杯になったバスは山の中を走りトンネルをくぐり、清滝バス停に着いた。

バスをぞろぞろと沢山の人が降りる。 前回来た記憶からスンナリと歩いては行くが、空也滝が何処にあるかが分からない。 案内板のことが頭にあったので案内板を見に行ったのだがそこにも人だかりだ。
人の間を縫って見てみると『空也滝』 と書かれてあった。

「あ、やっぱりあったわ」 だがそれだけを見ただけで何処にあるのかをキチンと見なかった。

「確か前回は鳥居の近くにも案内板みたいなものがあったわよね。 あれを見れば分かるわよね。 それと・・・」 分かるけどね。

「前回は山側から行ったから今回は川側から行きたいわね」 左の道を選んだ。 急な坂を下りて行くと川が見えた。

「気持ちよさそうな川」 川を見ながら橋を渡り

「えっと、どっちへ行けばいいのかしら・・・方向から言ってこっちよね」 正解。 でも不正解。
間もなく登り口についたが 

「あら? 案内板がないわ。 ここじゃなかったのかしら。 どこに行けば滝があるのかしら」 山側から歩いていたら案内板が見られたのにね。 だから不正解。 でも、それでいいんだよ。 だから正解。

「登っていくうちにあったのかしら?」 違うよ。

「とりあえず次の案内板のあるところまで登ってみましょうか」 鳥居に一礼し

「おじゃまします」 手を合わせて言い登り始めたが。

「やっぱりきついわ」 まだ山道にも入っていない。

前回と同じだ。 聞こえるのは自分の喘ぐような息だけだ。 それでもいつかは滝の案内板があるだろうと登り続けたが

(案内板なんてないじゃない。 もう駄目・・・) 丸太に座り込むがしっかりと食べ過ぎたのと睡眠不足が重なって吐き気をもよおす。

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