『---映ゆ---』 目次
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「俺の知ってることはそれだけ。 それ以外は知らない。 けど、吹き手の心で音色が変わると思うよ。 天と地をつなぐとか、神おろしの音って言われてるけど、それは吹き手で変わるんじゃないかな?」
「吹き手で?」
「吹き手で音色が違うのは勿論だけど、俺の言ってるのは吹き手の心」 自分の胸元をトンと叩いた。
「心?」
「そう。 やったらめったらピャーピャー吹いたって天と地も繋がらないと思うよ」
「吹き手の心で音色が変わるっていうのは何?」
「心がないと空(から)の音だろ? 怒ってる時に吹いたら怒りの音だろ?」 両の眉を上げる。
「言ってる事は分かるけど、それで音色が違うものかなぁ・・・」 盆の上の磐笛を見る。
「少なくとも、俺らみたいに色んな音を聞いてるとすぐに分かるさ。 神はそれ以上に分かるとおもうよ。 心のない音を聞いて、降りてこようなんて思わないとおもうよ」
「奏和は専門学校に行ってから磐笛の事を知ったの?」
「そんなわけないだろう。 神社で育ってんだから小さい頃から知ってるよ」
「そうなんだ・・・」
「あ、でも初めて吹いたのは神職養成所で知り合ったやつに借りて吹いたの」
「神職養成所で?」
「そっ。 やっぱり普通の学校と違って特別だろ? そっちの話が多くなってくるからね。 専門学校もそうだよ。 話せば音楽の話ばっかだしさ、みんな同じ方向に向いてるからね。 自ずと偏った話にばっかりなってくるってこと」
「そうか・・・」
何かを考えているようだが、ここのところを掘り下げて“吉” と出れば宮司に大きな顔が出来るが“凶” と出ては困る。 今はスルーしよう。
「ま、取りあえず一度吹いてみなよ」 視線を磐笛に流した。
「・・・無理だって」 こちらは目を落とすだけで磐笛を見ることが出来ない。
「俺は奏和様だから吹けただけ。 でも、お前は普通の人だから最初から吹けるわけないの。 わかる?」
すぐに返事はない。 が、暫くすると
「さっき言ってた・・・」 まだ下を向いている。
「なに?」
「初めて吹いたときはどうだった? 吹けた?」
「愚問だな」
「嘘でも吹けなかったって言えばいいのに」
「だから言ってんだろ? 俺は奏和様。 和を奏でる人なの」
下を向いている頬が膨らんだのが見える。
「取りあえず持つだけ持ってみろよ」
「・・・いやだ」
(こいつはー! いい加減、堪忍袋の緒が切れるぞ! いや、親父からの命令じゃなかったらとっくに切れてるからな!) 下を向いているカケルには奏和の顔が見えないのをいい事に、思いっきり歯を剥き出しにして睨んでいる。
が、怒っても事が運ばないことは分かっている。
「何がそんなに嫌なわけ?」
「奏和に教わるのがイヤ」
(あー、率直に有難う。 って言うわけないだろが!) と心で思っても口は他の事を言う。
「俺の何が気に食わないわけ?」 もう、どうでもいいと鼻でもほじりたい気分だ。
「だって・・・」
言ったかと思うと“吹き手の心で音色が変わる” という言葉を心の中で反芻する。
初めて聞いたあの時、磐笛を吹きたいと思った。 今でも磐笛を吹きたいと思っている。 べつに天と地を繋ぎたいわけじゃないし、神おろしもしたいわけじゃない。 ただ、磐笛を吹けるようになりたい、吹きたいだけなんだ。 あの心に響く澄んだ音を大切に吹きたいだけなんだ。 自分の心であの音を出したい。
さっきまで意地を張っていた思いの中に小さく穴が開き、そこから溜め込んでいたものが言葉となって出てくる。
「だって、何?」 見てないからほじってみようか。
「・・・音楽“2” だったんだもん・・・」
あまりの声の小ささに聞き返そうとしたが、聞こえた言葉を頭の中で整理すると今の言葉が分かった。
(駄目だ、駄目だ。 絶対笑っちゃ駄目だ) 鼻がヒクヒク、口元もヒクヒクする。
「それがなんなの?」 ヒクつく口元、今にも笑いそうになる震える声を抑えて話す。
「笛のテストなんて悲惨だったんだもん」
(そのテスト聞きたかったー!) 大声で叫びたいのを我慢して冷静な声で答える。
「あっ、そういうこと。 音楽の成績やテストの結果が悪かったから、天才的に吹いた俺に聞かせたくないわけだ」 またカケルの頬が膨らんだ。
「そんなことはいいから持ってみろよ」
それだけじゃない。 もっと他にも口にしたいことがある。 口にしたくても出来ない事もある。
(今の私でも・・・) カケルの中にある天秤が吹きたくない理由を述べるより、今吹きたいという方に少し傾いた。 ほんの少し奏和の前で吹きたくない理由を白状しただけなのに。
磐笛に視線を寄せた。
「吹かなくていいから、持つだけ持ってみろよ。 お前の磐笛なんだから。 吹き手に持ってもらえないなんて磐笛が可哀想だろ」
思いもよらない言葉にカケルが顔を上げ奏和を見た。
「な?」 ニコリと演技丸出しで微笑みを作り顎をしゃくって促す。
(ああー、良かったー。 あのヒクついたときの顔のままだったら、こじれまくったところだよ) 奏和の心のうちの独り言。 声には出せない。
「私の?」
「そうだよ。 宮司が決めたんだから」
暫くじっと見ていたがそっと手を伸ばし磐笛を手にした。
(やっとだよー。 俺も気が長くなったもんだ。 はい~、第一関門突破~) 心の中でヨシ! と叫んだ。
(このままチャッチャと進めてお役ご免にするぞ) 意気込んだが、顔に出すとカケルがヘソを曲げるのは分かっている。 あくまでも何気なく。
「見てみ、穴が開いてるだろ?」 穴が2つ開いている。
「うん」
「その磐笛によって貫通している穴もあるし、貫通していない穴もある」
「へー、そうなんだ」 磐笛を知らなかったのだから当たり前だが、初めて聞いた。
「これは一つは貫通してるけど、もう一つは貫通してない」 磐笛をひっくり返してみてみたが穴が一つしか見えない。
「うん」
「で、どっちの穴で吹いてもいい」
「決まってないの?」
「磐笛に決まりごとはないよ。 心があるかないか、それだけ。 まぁ、吹くときにどうのって言われる所もあるけど、俺は心があればいいと思ってる。 それが音に出るんだからさ」
言われ、不思議な顔をしたカケル。
(奏和・・・どこを見てるの?) 焦点がずれているわけではないが、一瞬違うところを見ているような気がした。
「どっちの穴にでもいいから息を吹きかけてみな」 奏和がここに戻ったようだ。
「え? どんな風に?」
「どんな風でもいい。 音を鳴らす気じゃなくて、息を吹きかけてみな」 少し戸惑いはしたが、唇を尖らすと大きな方の穴へ息を吹きかけてみた。
「そっ、それでいい」 人と同じように進めては、いつヘソを曲げるか分からない。 遠回りしてでも難なく進めていかなければ。
「貫通してない穴の方がいいか?」
「そういうわけじゃないけど、何となく・・・」
「そっか。 じゃ、今度は穴の近くに唇をくっつけて息を吹きかけてみな」
「どうやって持つの?」 磐笛を縦に横に動かす。
「どう持ってもいい。 翔がしたいようにすればいい」
「そんなこと言われても」 眉根を寄せ、持て余しているような感じだ。
「そんな風に思うと磐笛に伝わるぞ」 カケルが眉を戻すと奏和を見た。
「うん・・・」
奏和はカケルの弱みと言っていいほどの考え方を持っているのを知っている。 物に気持ちがあるという事。 そして自分の思う気持ちが物に伝わると。 まぁ、渉の考えが大きく影響しているのだが。
「翔のしたい事が磐笛がして欲しい事だと思えばいい。 やってみな」
右手に縦にした磐笛を持ち、左手はその右手を支えるようにして手を覆い、唇に近づけたが、唇が当たる少し前に手を持ちかえ磐笛を横に持った。
目で穴を確認しながらそっと唇をつけた。
「穴にゆっくり息を吐いてみな」 フゥーっと息を吐いたがカケルの口からもれ出た空気の音しかしない。
チラッと奏和を見る。
「それでいい。 そのまま磐笛の角度を色々変えてみな」 手がもつれそうになりながら少しずつ角度を変えると一瞬「ピッ」 と鳴った。
驚いた顔で奏和を見た。
「鳴ったじゃん」 本当は他の言葉が言いたかった。
カケルは奏和を見たときに、磐笛を口から離したのだ。 本来なら鳴った所からそのまま少しずつベストな音が出る場所を探していくのだが、ここで「なにやってんだ!」 なんて言ったものなら何もかもが水の泡となってしまう。
「早いほうだぜ」 満面の作り笑顔で褒める。
「そう?」 作り笑顔に気付かず、嬉しさのあまり顔が上気している。
「さっ、これで間違いなくお前の磐笛になったからな」
「え? 間違いなくってどういう事? 小父さんが決めてたんでしょ?」
「磐笛は初めて口を当てた人のものになる」
「それだったら奏和が先じゃない」
「あの後ちゃんと清めたよ。 祓いもしたからな。 だから誰が何と言おうとお前のもの。 お前が責任持ってその磐笛の音を出してあげな」
手に握っている磐笛を改めて見る。
「ピッだけじゃ親父に叱られそうだからな。 もう一回やってみな。 で、また音が出たら今度は笛を離すんじゃないぞ。 そのまま少しずつ角度を変えてお前が気に入った音の場所を探すんだ。 いいな?」
返事はしない。 今の奏和の言いよう、声を出すと言われた言葉に反抗したくなる。 今はもう一度音を鳴らしたい。 反抗的な言葉の魅力が薄れていく。
さっきと同じように唇をつけて息を吐きながら少しずつ磐笛を動かしていった。
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- 映ゆ - ~Shou~ 第21回
「俺の知ってることはそれだけ。 それ以外は知らない。 けど、吹き手の心で音色が変わると思うよ。 天と地をつなぐとか、神おろしの音って言われてるけど、それは吹き手で変わるんじゃないかな?」
「吹き手で?」
「吹き手で音色が違うのは勿論だけど、俺の言ってるのは吹き手の心」 自分の胸元をトンと叩いた。
「心?」
「そう。 やったらめったらピャーピャー吹いたって天と地も繋がらないと思うよ」
「吹き手の心で音色が変わるっていうのは何?」
「心がないと空(から)の音だろ? 怒ってる時に吹いたら怒りの音だろ?」 両の眉を上げる。
「言ってる事は分かるけど、それで音色が違うものかなぁ・・・」 盆の上の磐笛を見る。
「少なくとも、俺らみたいに色んな音を聞いてるとすぐに分かるさ。 神はそれ以上に分かるとおもうよ。 心のない音を聞いて、降りてこようなんて思わないとおもうよ」
「奏和は専門学校に行ってから磐笛の事を知ったの?」
「そんなわけないだろう。 神社で育ってんだから小さい頃から知ってるよ」
「そうなんだ・・・」
「あ、でも初めて吹いたのは神職養成所で知り合ったやつに借りて吹いたの」
「神職養成所で?」
「そっ。 やっぱり普通の学校と違って特別だろ? そっちの話が多くなってくるからね。 専門学校もそうだよ。 話せば音楽の話ばっかだしさ、みんな同じ方向に向いてるからね。 自ずと偏った話にばっかりなってくるってこと」
「そうか・・・」
何かを考えているようだが、ここのところを掘り下げて“吉” と出れば宮司に大きな顔が出来るが“凶” と出ては困る。 今はスルーしよう。
「ま、取りあえず一度吹いてみなよ」 視線を磐笛に流した。
「・・・無理だって」 こちらは目を落とすだけで磐笛を見ることが出来ない。
「俺は奏和様だから吹けただけ。 でも、お前は普通の人だから最初から吹けるわけないの。 わかる?」
すぐに返事はない。 が、暫くすると
「さっき言ってた・・・」 まだ下を向いている。
「なに?」
「初めて吹いたときはどうだった? 吹けた?」
「愚問だな」
「嘘でも吹けなかったって言えばいいのに」
「だから言ってんだろ? 俺は奏和様。 和を奏でる人なの」
下を向いている頬が膨らんだのが見える。
「取りあえず持つだけ持ってみろよ」
「・・・いやだ」
(こいつはー! いい加減、堪忍袋の緒が切れるぞ! いや、親父からの命令じゃなかったらとっくに切れてるからな!) 下を向いているカケルには奏和の顔が見えないのをいい事に、思いっきり歯を剥き出しにして睨んでいる。
が、怒っても事が運ばないことは分かっている。
「何がそんなに嫌なわけ?」
「奏和に教わるのがイヤ」
(あー、率直に有難う。 って言うわけないだろが!) と心で思っても口は他の事を言う。
「俺の何が気に食わないわけ?」 もう、どうでもいいと鼻でもほじりたい気分だ。
「だって・・・」
言ったかと思うと“吹き手の心で音色が変わる” という言葉を心の中で反芻する。
初めて聞いたあの時、磐笛を吹きたいと思った。 今でも磐笛を吹きたいと思っている。 べつに天と地を繋ぎたいわけじゃないし、神おろしもしたいわけじゃない。 ただ、磐笛を吹けるようになりたい、吹きたいだけなんだ。 あの心に響く澄んだ音を大切に吹きたいだけなんだ。 自分の心であの音を出したい。
さっきまで意地を張っていた思いの中に小さく穴が開き、そこから溜め込んでいたものが言葉となって出てくる。
「だって、何?」 見てないからほじってみようか。
「・・・音楽“2” だったんだもん・・・」
あまりの声の小ささに聞き返そうとしたが、聞こえた言葉を頭の中で整理すると今の言葉が分かった。
(駄目だ、駄目だ。 絶対笑っちゃ駄目だ) 鼻がヒクヒク、口元もヒクヒクする。
「それがなんなの?」 ヒクつく口元、今にも笑いそうになる震える声を抑えて話す。
「笛のテストなんて悲惨だったんだもん」
(そのテスト聞きたかったー!) 大声で叫びたいのを我慢して冷静な声で答える。
「あっ、そういうこと。 音楽の成績やテストの結果が悪かったから、天才的に吹いた俺に聞かせたくないわけだ」 またカケルの頬が膨らんだ。
「そんなことはいいから持ってみろよ」
それだけじゃない。 もっと他にも口にしたいことがある。 口にしたくても出来ない事もある。
(今の私でも・・・) カケルの中にある天秤が吹きたくない理由を述べるより、今吹きたいという方に少し傾いた。 ほんの少し奏和の前で吹きたくない理由を白状しただけなのに。
磐笛に視線を寄せた。
「吹かなくていいから、持つだけ持ってみろよ。 お前の磐笛なんだから。 吹き手に持ってもらえないなんて磐笛が可哀想だろ」
思いもよらない言葉にカケルが顔を上げ奏和を見た。
「な?」 ニコリと演技丸出しで微笑みを作り顎をしゃくって促す。
(ああー、良かったー。 あのヒクついたときの顔のままだったら、こじれまくったところだよ) 奏和の心のうちの独り言。 声には出せない。
「私の?」
「そうだよ。 宮司が決めたんだから」
暫くじっと見ていたがそっと手を伸ばし磐笛を手にした。
(やっとだよー。 俺も気が長くなったもんだ。 はい~、第一関門突破~) 心の中でヨシ! と叫んだ。
(このままチャッチャと進めてお役ご免にするぞ) 意気込んだが、顔に出すとカケルがヘソを曲げるのは分かっている。 あくまでも何気なく。
「見てみ、穴が開いてるだろ?」 穴が2つ開いている。
「うん」
「その磐笛によって貫通している穴もあるし、貫通していない穴もある」
「へー、そうなんだ」 磐笛を知らなかったのだから当たり前だが、初めて聞いた。
「これは一つは貫通してるけど、もう一つは貫通してない」 磐笛をひっくり返してみてみたが穴が一つしか見えない。
「うん」
「で、どっちの穴で吹いてもいい」
「決まってないの?」
「磐笛に決まりごとはないよ。 心があるかないか、それだけ。 まぁ、吹くときにどうのって言われる所もあるけど、俺は心があればいいと思ってる。 それが音に出るんだからさ」
言われ、不思議な顔をしたカケル。
(奏和・・・どこを見てるの?) 焦点がずれているわけではないが、一瞬違うところを見ているような気がした。
「どっちの穴にでもいいから息を吹きかけてみな」 奏和がここに戻ったようだ。
「え? どんな風に?」
「どんな風でもいい。 音を鳴らす気じゃなくて、息を吹きかけてみな」 少し戸惑いはしたが、唇を尖らすと大きな方の穴へ息を吹きかけてみた。
「そっ、それでいい」 人と同じように進めては、いつヘソを曲げるか分からない。 遠回りしてでも難なく進めていかなければ。
「貫通してない穴の方がいいか?」
「そういうわけじゃないけど、何となく・・・」
「そっか。 じゃ、今度は穴の近くに唇をくっつけて息を吹きかけてみな」
「どうやって持つの?」 磐笛を縦に横に動かす。
「どう持ってもいい。 翔がしたいようにすればいい」
「そんなこと言われても」 眉根を寄せ、持て余しているような感じだ。
「そんな風に思うと磐笛に伝わるぞ」 カケルが眉を戻すと奏和を見た。
「うん・・・」
奏和はカケルの弱みと言っていいほどの考え方を持っているのを知っている。 物に気持ちがあるという事。 そして自分の思う気持ちが物に伝わると。 まぁ、渉の考えが大きく影響しているのだが。
「翔のしたい事が磐笛がして欲しい事だと思えばいい。 やってみな」
右手に縦にした磐笛を持ち、左手はその右手を支えるようにして手を覆い、唇に近づけたが、唇が当たる少し前に手を持ちかえ磐笛を横に持った。
目で穴を確認しながらそっと唇をつけた。
「穴にゆっくり息を吐いてみな」 フゥーっと息を吐いたがカケルの口からもれ出た空気の音しかしない。
チラッと奏和を見る。
「それでいい。 そのまま磐笛の角度を色々変えてみな」 手がもつれそうになりながら少しずつ角度を変えると一瞬「ピッ」 と鳴った。
驚いた顔で奏和を見た。
「鳴ったじゃん」 本当は他の言葉が言いたかった。
カケルは奏和を見たときに、磐笛を口から離したのだ。 本来なら鳴った所からそのまま少しずつベストな音が出る場所を探していくのだが、ここで「なにやってんだ!」 なんて言ったものなら何もかもが水の泡となってしまう。
「早いほうだぜ」 満面の作り笑顔で褒める。
「そう?」 作り笑顔に気付かず、嬉しさのあまり顔が上気している。
「さっ、これで間違いなくお前の磐笛になったからな」
「え? 間違いなくってどういう事? 小父さんが決めてたんでしょ?」
「磐笛は初めて口を当てた人のものになる」
「それだったら奏和が先じゃない」
「あの後ちゃんと清めたよ。 祓いもしたからな。 だから誰が何と言おうとお前のもの。 お前が責任持ってその磐笛の音を出してあげな」
手に握っている磐笛を改めて見る。
「ピッだけじゃ親父に叱られそうだからな。 もう一回やってみな。 で、また音が出たら今度は笛を離すんじゃないぞ。 そのまま少しずつ角度を変えてお前が気に入った音の場所を探すんだ。 いいな?」
返事はしない。 今の奏和の言いよう、声を出すと言われた言葉に反抗したくなる。 今はもう一度音を鳴らしたい。 反抗的な言葉の魅力が薄れていく。
さっきと同じように唇をつけて息を吐きながら少しずつ磐笛を動かしていった。