『虚空の辰刻(とき)』 目次
『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第20回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。
『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ
- 虚空の辰刻(とき)- 第30回
セイハがグッと両手の拳を握りその拳を胸元にやった。 顎を引き目は閉じている。 何か小さく口の中で言うと、その拳をパッと開けて前に突き出した。 と、その掌から風が起こり沢の水を竜巻のように巻き上げた。 まだ湧き出るつもりのなかった沢の水をも連れて巻き上げている。
風を操る様にゆっくりと腕を動かし、沢の水をそれに従わせる。 大きく掌を上にあげると一気に沢の水がそれに従い必要以上に湧き出た。 と、その途端、今度は掌を下にすると勢いよく腕を下げる。 沢の水が湧き出てきていたひび割れに吸い込まれるように元に戻っていく。 するとすぐさま左掌を下に向けたまま、右掌をそのひび割れの周りにあった石に向けると、閃光のようなものが見えて石が粉々に砕けた。 今度はその人差し指をひび割れに向ける。 砕け飛んだ石がひび割れに勢いよく集中して落ちていく。 それもその地を刺すように。 細かく砕けた石はひび割れを起こしていた土を塞いだ。
青の瞳の力、それは風と雷を操る。 風の力で水と砕いた石の行く先を操り、雷の力で閃光を出し石を砕いた。 だがセイハの雷の力はこれが限界だ。 セイハと同じ青の力、青い強膜を持つアマフウは閃光で大木さえ真っ二つにし、セイハは天から雷を起こすことなど出来ないが、アマフウはそれをやってのける。 セイハは雷に近い小さな閃光を手から発する程度が限界だった
「こんなもんかな?」
ずっと紫揺が見ていたのに気づいていたのか、セイハが紫揺を振り返る。
「どう? シユラ出来る?」
「え?」
何を言っているのか? 出来る出来ないの話の前に、違う話があるであろう。 今のが何だったのかの説明をしてもらいたい。
「今度同じものを見つけたらシユラもやってみるといいよ」
(有り得ないんですけど・・・)
言葉に出しては言えなかった。 これが簡単に現実だなんて思えないのだから。 でも簡単でないのなら分からなくもない、と思う心が片隅に芽生えていた。
先を歩く4人は、そこここで何かを見つけてては散らばって腕を動かしている。
黄色の瞳を持つキノラは、水浸しになっている辺りに乾いた土を指先を動かして運んでいる。
「ああ、こんなことは人手で出来ることなのに、なんて無駄な時間なんでしょう」
ブツブツ言いながら、時の経つのを気にしている。
「どれだけ仕事がしたいんだよ」
キノラの近くでトウオウが左の薄い黄色の瞳の力で、沢の水を飛ばして火を消している。
「トウオウ、ここはキノラに任せて進みましょうよ」
トウオウの横に立つアマフウが指先を動かしているトウオウの袖をつかんだ。
「・・・ああ、そうだな」 腕を下すとアマフウを見た。
「それじゃ、オレとアマフウの力がもっと発揮できるところに行こうか。 二人の力を合わせて大洪水でもおこそうか」
「ええ。 何もかも破壊してやりたいわ」
黒の瞳の力で水を操るのではなく、強膜の青色を使って雷や大風を起こそうとしているらしい。
「おい、青の力は使うなって。 ・・・って、何をまだイライラしてるんだよ」
そう言うトウオウを一顧するとプイと横を向いた。
「イラついてるのはトウオウでしょ?」
「はっ? さっきから何だよ。 イラついてなんてないし」
「嘘ついても分かるわよ。 アノコの服が気に入らないんでしょ?」
「・・・え?」
「ずっと気にしてたわよね」
「・・・思い過ごしだよ」
アマフウが何を言いたいのかが分かった。 アマフウの肩に優しく腕を回す。
「わ・・・分かってるわよ」
ソッポを向いたまま答えるが、どこかでイライラしていた気持ちが収まっていくのを感じた。
ずっと先を歩いていた赤い瞳のセッカが手を焼いていた。 山のふもとのアチコチで小さな爆発ともいえない程の、とーっても小さな地下からの小爆発からの炎があがっていた。 とても小さなもの。 だがその数が多すぎる。 そしてその親玉を抑えることができない。 足場を固めるために小さなものから消していく方が先決だからだ。
「トウオウとアマフウったら、何をしているのかしら!」
薄い黄色の瞳を持つトウオウと黒い瞳のアマフウに恨めしい言葉を吐く。
腕や指先を動かしては火を操る赤い瞳の力で炎を操り抑えこむが、追いつかない状態だ。
それにもっと炎に集中してやれればなんとかなるものを、あまりにもアチコチで炎が上がっていて集中などできない。
ここに黒の瞳を持つアマフウの水を操る力と、薄い黄色の瞳の力を持つトウオウの天や沢を操る力があれば、その力で水を呼び起こすことが出来るはずなのに。 その水で二人が小さな炎を消してくれれば、親玉の炎に気を集中して赤い瞳の持つ力で抑えることが出来るのに。
とはいえ、それほどまでに大きな親玉ではない。 地を揺るがすこともなければ、この辺境の地にどんな災害をもたらすほどでもない。
セイハから俗に言うところの3歩下がって歩く紫揺。 最初は平地を歩いていたが、その内に緩やかな下り坂となっていた。 歩くのには楽であった。
歩を進めながら頭の中を疑問が巡る。 さっきセイハのやっていたことの意味が分からない。 どれだけ頭で考えても分からない。 水が躍った、巻き上がった。 その後に石が粉砕されてセイハの指先を向ける位置に刺さっていった。
分かることは、それによって湧き出ていた水が収まったということだ。
だがまず、何故、水が湧き出ていては駄目なのだろうか? どうして水の湧き出るのを止めなくてはならないのだろうか。 そんな疑問が次々と浮かんだ。
確かにここは寒い。 寒い土地に水が湧き出ると、もしかして一晩のうちに凍ってしまうのかもしれない。 そうすると滑って転ぶ人が出るかもしれない。 でも、ここは辺境の地だとムロイが言っていた。 誰が歩くこともないだろう。 実際ここまで誰にも会っていない。 それなのにどうして止めなくてはならなかったのだろうか。
何度も頭を捻るがその答えが見つからない。
(お婆様・・・もし本当にここがお婆様の来られる筈の所だったなら、お婆様はどう考えられるのでしょうか・・・)
そう考える一方で、いや、お婆様はここに来るはずがない。 来たいと思うはずがない。 母親の早季が書いていた日記の文字を頭の中で紡ぐ。
≪お母様とお爺様を早くお郷へ連れて行ってさしあげたい。 お帰りになりたいでしょうに≫
(お婆様はこんなところに来たくないはず) この領土を最初に見た時に同じことを感じたが、今は確信が持てる。 何の証拠もない、あくまでも感覚的にだが。
≪いつかは帰れるでしょうが・・・もしかしたら紫揺さんが連れて行ってくれるかもしれません≫ ≪お婆様たちのお郷に帰りたかった。 お婆様のお郷に行くんじゃなくて、帰りたい≫
(私なら、こんなところにお婆様もお母さんも連れてきたくない。 お母さんをこんなところに帰したくない。 ここはお婆様の来る筈だった所じゃないはず)
お婆様がここに来るはずではなかったと確信を持ったが、それとセイハのしたことは別の話だ。 それに自覚が無いとか何だとか・・・。 アマフウの袂を燃やしたとか何だとか・・・。 それは納得いくように知りたい。 他のみんなの誤解なら知る必要がないのかもしれないが、だがそれであったのなら、誤解であったとハッキリとさせたい。 自分にも他にも。
セイハが自分のしたことを見ていた紫揺にそれと同じことをやってみるといいと言った。
普通の可愛い女の子がセイハのしたことを見れば、冷静にものが考えられないかもしれない。 だが紫揺は違う。 目の前で見せられたことに少なからずも驚いてはいるが、冷静になれないわけではなかった。
高校時代ある体育館が新設された時、そのオープンセレモニーに招待され、そこで演技をした。 そして客席にいた小中学生をそこから下ろすと、単発のタンブリングや跳馬などと色んなことをしてみせた。 そうするように言われた。 すると、その時に間横で見ていた小学生が感嘆の声を上げていたのを思い出す。 その声の中には
「魔法だ! でなきゃあんなに高く飛べるはずがない!」
その声は跳馬を跳んだ後に聞こえた。 その小学生の声に中学生は 「ロイター板を蹴る力だろ」 と言いながら、伏せた横目を送っていたが。
「人間じゃない! 人間じゃないからずっと上から僕らを見下ろすんだ!」
またもや小学生が目を丸くして言うと、中学生が辟易していた。
この声は床を対角線上に小中学生が体育座りをして、タンブリングをするのを見ていた時だ。 紫揺が床で後方伸身宙返りをしながら軽く1回捻った時に聞こえた声であった。 確かに、宙に舞って軽く捻ったときに、チラリと横に膝を立てて座って並んでいる生徒たちを見たことは見たが、紫揺も小学生の言葉には少々ウンザリしていた。 マンガの見過ぎか、ゲームのし過ぎじゃないのかと。
一瞬自分は、その小学生の立場にあると思った。 さすがにセイハのしたことを目にしたときは驚いたのだから。 でもセイハを人間ではないと思えない、魔法を使ったとも思えない。 ただ、出来ることをしただけだと思っている。 あの時の自分と同じように。 でも、それと同じことが自分に出来るかと問われればそれは別だ。
(私に同じことが出来る? セイハさんと同じことが・・・?)
小中学生たちは努力をすれば、トレーニングをすれば魔法と思ったことも、人間業でないと思ったことも、すべてその身につけることが出来るであろう。 いや、つけられる。 実際に紫揺自身がそうであったのだから。 と言うことは、セイハから投げられた言葉に挑戦するのも一つなのだろうか。
もう先には誰もいない。 寒いながらも木々が多くなってきたからなのだろうか、歩く道の左右に新芽の吹く木々が多く見えだした。
「みんな雑木林の中に入って行ったんだろうね」
左右に見える木々のことを言っているのであろう。 左は奥に入るほどに山につながる。 木々が密集していそうだ。 ずっと歩いてきた道にはセイハが最初に水を止めた以外、既に誰かが手を入れただろう痕が幾つかあっただけで、乱れというものは残っていなかった。
「セイハさんも入らなくていいんですか?」
「いいよ。 疲れるだけだもん」 紫揺を振り返ると、肩を竦めてみせた。
それでいいのだろうかと思いながらもセイハの後姿を見ながら歩いていると、目の端で何かが動くのが見えた。
(なに?) それはとても綺麗な輝きを持ったナニカだった。
紫揺が見たと同時にセイハも気付いた。
「あれ? ヒトウカがどうしてこんなところに居るんだろ?」 横を向き、ヒトウカと呼ばれたものの後を目で追う。
「ヒトウカ?」
「うん、ここには居ないはずなのに・・・」
ヒトウカは木々の間を走り去っていった。
「それって何?」
「ああ・・・言ってみれば鹿」
「鹿?」
「うん。 寒さをこの上なく好む鹿。 一歩踏み出してその足元に水があればその水が氷に代わる。 土であればそこにある僅かな水分を氷に変える。 ・・・そうか、ヒトウカがここに居るのか・・・。 それでいつもより寒かったんだ」
今までになくセイハが厳しい顔をしている。
『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第20回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。
『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/clover.gif)
- 虚空の辰刻(とき)- 第30回
セイハがグッと両手の拳を握りその拳を胸元にやった。 顎を引き目は閉じている。 何か小さく口の中で言うと、その拳をパッと開けて前に突き出した。 と、その掌から風が起こり沢の水を竜巻のように巻き上げた。 まだ湧き出るつもりのなかった沢の水をも連れて巻き上げている。
風を操る様にゆっくりと腕を動かし、沢の水をそれに従わせる。 大きく掌を上にあげると一気に沢の水がそれに従い必要以上に湧き出た。 と、その途端、今度は掌を下にすると勢いよく腕を下げる。 沢の水が湧き出てきていたひび割れに吸い込まれるように元に戻っていく。 するとすぐさま左掌を下に向けたまま、右掌をそのひび割れの周りにあった石に向けると、閃光のようなものが見えて石が粉々に砕けた。 今度はその人差し指をひび割れに向ける。 砕け飛んだ石がひび割れに勢いよく集中して落ちていく。 それもその地を刺すように。 細かく砕けた石はひび割れを起こしていた土を塞いだ。
青の瞳の力、それは風と雷を操る。 風の力で水と砕いた石の行く先を操り、雷の力で閃光を出し石を砕いた。 だがセイハの雷の力はこれが限界だ。 セイハと同じ青の力、青い強膜を持つアマフウは閃光で大木さえ真っ二つにし、セイハは天から雷を起こすことなど出来ないが、アマフウはそれをやってのける。 セイハは雷に近い小さな閃光を手から発する程度が限界だった
「こんなもんかな?」
ずっと紫揺が見ていたのに気づいていたのか、セイハが紫揺を振り返る。
「どう? シユラ出来る?」
「え?」
何を言っているのか? 出来る出来ないの話の前に、違う話があるであろう。 今のが何だったのかの説明をしてもらいたい。
「今度同じものを見つけたらシユラもやってみるといいよ」
(有り得ないんですけど・・・)
言葉に出しては言えなかった。 これが簡単に現実だなんて思えないのだから。 でも簡単でないのなら分からなくもない、と思う心が片隅に芽生えていた。
先を歩く4人は、そこここで何かを見つけてては散らばって腕を動かしている。
黄色の瞳を持つキノラは、水浸しになっている辺りに乾いた土を指先を動かして運んでいる。
「ああ、こんなことは人手で出来ることなのに、なんて無駄な時間なんでしょう」
ブツブツ言いながら、時の経つのを気にしている。
「どれだけ仕事がしたいんだよ」
キノラの近くでトウオウが左の薄い黄色の瞳の力で、沢の水を飛ばして火を消している。
「トウオウ、ここはキノラに任せて進みましょうよ」
トウオウの横に立つアマフウが指先を動かしているトウオウの袖をつかんだ。
「・・・ああ、そうだな」 腕を下すとアマフウを見た。
「それじゃ、オレとアマフウの力がもっと発揮できるところに行こうか。 二人の力を合わせて大洪水でもおこそうか」
「ええ。 何もかも破壊してやりたいわ」
黒の瞳の力で水を操るのではなく、強膜の青色を使って雷や大風を起こそうとしているらしい。
「おい、青の力は使うなって。 ・・・って、何をまだイライラしてるんだよ」
そう言うトウオウを一顧するとプイと横を向いた。
「イラついてるのはトウオウでしょ?」
「はっ? さっきから何だよ。 イラついてなんてないし」
「嘘ついても分かるわよ。 アノコの服が気に入らないんでしょ?」
「・・・え?」
「ずっと気にしてたわよね」
「・・・思い過ごしだよ」
アマフウが何を言いたいのかが分かった。 アマフウの肩に優しく腕を回す。
「わ・・・分かってるわよ」
ソッポを向いたまま答えるが、どこかでイライラしていた気持ちが収まっていくのを感じた。
ずっと先を歩いていた赤い瞳のセッカが手を焼いていた。 山のふもとのアチコチで小さな爆発ともいえない程の、とーっても小さな地下からの小爆発からの炎があがっていた。 とても小さなもの。 だがその数が多すぎる。 そしてその親玉を抑えることができない。 足場を固めるために小さなものから消していく方が先決だからだ。
「トウオウとアマフウったら、何をしているのかしら!」
薄い黄色の瞳を持つトウオウと黒い瞳のアマフウに恨めしい言葉を吐く。
腕や指先を動かしては火を操る赤い瞳の力で炎を操り抑えこむが、追いつかない状態だ。
それにもっと炎に集中してやれればなんとかなるものを、あまりにもアチコチで炎が上がっていて集中などできない。
ここに黒の瞳を持つアマフウの水を操る力と、薄い黄色の瞳の力を持つトウオウの天や沢を操る力があれば、その力で水を呼び起こすことが出来るはずなのに。 その水で二人が小さな炎を消してくれれば、親玉の炎に気を集中して赤い瞳の持つ力で抑えることが出来るのに。
とはいえ、それほどまでに大きな親玉ではない。 地を揺るがすこともなければ、この辺境の地にどんな災害をもたらすほどでもない。
セイハから俗に言うところの3歩下がって歩く紫揺。 最初は平地を歩いていたが、その内に緩やかな下り坂となっていた。 歩くのには楽であった。
歩を進めながら頭の中を疑問が巡る。 さっきセイハのやっていたことの意味が分からない。 どれだけ頭で考えても分からない。 水が躍った、巻き上がった。 その後に石が粉砕されてセイハの指先を向ける位置に刺さっていった。
分かることは、それによって湧き出ていた水が収まったということだ。
だがまず、何故、水が湧き出ていては駄目なのだろうか? どうして水の湧き出るのを止めなくてはならないのだろうか。 そんな疑問が次々と浮かんだ。
確かにここは寒い。 寒い土地に水が湧き出ると、もしかして一晩のうちに凍ってしまうのかもしれない。 そうすると滑って転ぶ人が出るかもしれない。 でも、ここは辺境の地だとムロイが言っていた。 誰が歩くこともないだろう。 実際ここまで誰にも会っていない。 それなのにどうして止めなくてはならなかったのだろうか。
何度も頭を捻るがその答えが見つからない。
(お婆様・・・もし本当にここがお婆様の来られる筈の所だったなら、お婆様はどう考えられるのでしょうか・・・)
そう考える一方で、いや、お婆様はここに来るはずがない。 来たいと思うはずがない。 母親の早季が書いていた日記の文字を頭の中で紡ぐ。
≪お母様とお爺様を早くお郷へ連れて行ってさしあげたい。 お帰りになりたいでしょうに≫
(お婆様はこんなところに来たくないはず) この領土を最初に見た時に同じことを感じたが、今は確信が持てる。 何の証拠もない、あくまでも感覚的にだが。
≪いつかは帰れるでしょうが・・・もしかしたら紫揺さんが連れて行ってくれるかもしれません≫ ≪お婆様たちのお郷に帰りたかった。 お婆様のお郷に行くんじゃなくて、帰りたい≫
(私なら、こんなところにお婆様もお母さんも連れてきたくない。 お母さんをこんなところに帰したくない。 ここはお婆様の来る筈だった所じゃないはず)
お婆様がここに来るはずではなかったと確信を持ったが、それとセイハのしたことは別の話だ。 それに自覚が無いとか何だとか・・・。 アマフウの袂を燃やしたとか何だとか・・・。 それは納得いくように知りたい。 他のみんなの誤解なら知る必要がないのかもしれないが、だがそれであったのなら、誤解であったとハッキリとさせたい。 自分にも他にも。
セイハが自分のしたことを見ていた紫揺にそれと同じことをやってみるといいと言った。
普通の可愛い女の子がセイハのしたことを見れば、冷静にものが考えられないかもしれない。 だが紫揺は違う。 目の前で見せられたことに少なからずも驚いてはいるが、冷静になれないわけではなかった。
高校時代ある体育館が新設された時、そのオープンセレモニーに招待され、そこで演技をした。 そして客席にいた小中学生をそこから下ろすと、単発のタンブリングや跳馬などと色んなことをしてみせた。 そうするように言われた。 すると、その時に間横で見ていた小学生が感嘆の声を上げていたのを思い出す。 その声の中には
「魔法だ! でなきゃあんなに高く飛べるはずがない!」
その声は跳馬を跳んだ後に聞こえた。 その小学生の声に中学生は 「ロイター板を蹴る力だろ」 と言いながら、伏せた横目を送っていたが。
「人間じゃない! 人間じゃないからずっと上から僕らを見下ろすんだ!」
またもや小学生が目を丸くして言うと、中学生が辟易していた。
この声は床を対角線上に小中学生が体育座りをして、タンブリングをするのを見ていた時だ。 紫揺が床で後方伸身宙返りをしながら軽く1回捻った時に聞こえた声であった。 確かに、宙に舞って軽く捻ったときに、チラリと横に膝を立てて座って並んでいる生徒たちを見たことは見たが、紫揺も小学生の言葉には少々ウンザリしていた。 マンガの見過ぎか、ゲームのし過ぎじゃないのかと。
一瞬自分は、その小学生の立場にあると思った。 さすがにセイハのしたことを目にしたときは驚いたのだから。 でもセイハを人間ではないと思えない、魔法を使ったとも思えない。 ただ、出来ることをしただけだと思っている。 あの時の自分と同じように。 でも、それと同じことが自分に出来るかと問われればそれは別だ。
(私に同じことが出来る? セイハさんと同じことが・・・?)
小中学生たちは努力をすれば、トレーニングをすれば魔法と思ったことも、人間業でないと思ったことも、すべてその身につけることが出来るであろう。 いや、つけられる。 実際に紫揺自身がそうであったのだから。 と言うことは、セイハから投げられた言葉に挑戦するのも一つなのだろうか。
もう先には誰もいない。 寒いながらも木々が多くなってきたからなのだろうか、歩く道の左右に新芽の吹く木々が多く見えだした。
「みんな雑木林の中に入って行ったんだろうね」
左右に見える木々のことを言っているのであろう。 左は奥に入るほどに山につながる。 木々が密集していそうだ。 ずっと歩いてきた道にはセイハが最初に水を止めた以外、既に誰かが手を入れただろう痕が幾つかあっただけで、乱れというものは残っていなかった。
「セイハさんも入らなくていいんですか?」
「いいよ。 疲れるだけだもん」 紫揺を振り返ると、肩を竦めてみせた。
それでいいのだろうかと思いながらもセイハの後姿を見ながら歩いていると、目の端で何かが動くのが見えた。
(なに?) それはとても綺麗な輝きを持ったナニカだった。
紫揺が見たと同時にセイハも気付いた。
「あれ? ヒトウカがどうしてこんなところに居るんだろ?」 横を向き、ヒトウカと呼ばれたものの後を目で追う。
「ヒトウカ?」
「うん、ここには居ないはずなのに・・・」
ヒトウカは木々の間を走り去っていった。
「それって何?」
「ああ・・・言ってみれば鹿」
「鹿?」
「うん。 寒さをこの上なく好む鹿。 一歩踏み出してその足元に水があればその水が氷に代わる。 土であればそこにある僅かな水分を氷に変える。 ・・・そうか、ヒトウカがここに居るのか・・・。 それでいつもより寒かったんだ」
今までになくセイハが厳しい顔をしている。