大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第43回

2013年10月29日 12時49分48秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第43回




高校生の時にこの文字を書かれた石碑を見て 「これはなんて読むのかしら? あたごって読むのかしら?」 何の理由も無くそう思ったのだ。
そして以前の会社で行われた「青年団海の家」の宿泊先で ある男子の部屋が愛宕部屋と書かれてあったのだ。

この海の家、仰々しい名目ではあるが 毎年男子だけで行っている 中堅社員が若い男子社員を連れての 夏のお楽しみ行事のようなものなのだ。 
男子だけの旅行で本来女子は行かなくてもいいのだが 中堅社員から琴音が誘いを受けたのだ。 部署の違う中堅社員といえど琴音から見れば上司に当たる。 そう簡単に断りが出来ない。 この時には既に文香は退職していたので琴音は同じ部署の後輩女性社員を誘って参加したのである。

男子100名ほどに女子2名だ。 女子の部屋と中堅社員の部屋は 若い男子社員とは違う建物であったが中堅社員から「山水部屋にこれを持って行ってくれないか」 と用事を頼まれ訪れた山水部屋の隣が愛宕部屋だったのだ。 その時、すっかり忘れていた高校時代に見た石碑を思い出した。

「この字・・・」 愛宕部屋の前でその文字をじっと見ていると後ろから若い男子が歩いてきた。

「そこの部屋に何か用ですか?」 男子がドアの上に木で書かれた 『愛宕部屋』 という文字をじっと見ていた琴音に声をかけた。

「あ、いえ、山水部屋に用なんです」 我に返って返事をした。

「僕、山水部屋ですよ」

「あ、じゃあ 山水部屋の方にこれを渡すようにと」 中堅社員から預かっていた物を渡した。

「あ、ありがとうございます。 待ってたんです」

「あの、教えていただきたいんですけど」

「何ですか?」

「ここのお部屋・・・これなんて読むんですか?」

「あたご ですよ。 え? この読み方知らないんですか?」

「物知らずで・・・有難うございます」

そんなことがあった 『愛宕』 という文字。 やっと引っ掛かったようだが琴音よく考えてごらん 高校生の時からこの文字は始まっていたのだよ。



「愛宕山か 山になんて登られないわよねぇ。 本で写真を見るだけね」 いや、そうじゃあ無いだろう。 思い出してごらん。

「あら? 愛宕山? ・・・そう言えば 森川さんの旦那さんが確か愛宕山に登られたとかって仰ってたんじゃないかしら。 でもここからは遠いじゃない」 それからパラパラとめくっていくと

「京都? 京都にも愛宕山があるの? 愛宕山ってあちこちにあるのね。 行けない距離じゃないのね。 森川さんの旦那さんはここを登ったのかしら」 その後も山の綺麗な写真を見ていたが

「あ、もうこんな時間。 明日仕事なのに 早くお風呂に入らなくちゃ」 すぐに風呂の用意をし 湯船に浸かった琴音。 

「何なのかしら。 山の写真を見たからなのかしら すごくリラックスしてるわ」 目を瞑り 身体を温めた。

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みち  ~未知~  第42回

2013年10月25日 18時49分29秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第42回




「駄目よ私、落ち着くのよ。 きっと寝ぼけているのよ」 もう一度ベンチの背もたれにもたれゆっくりと目を閉じ気持ちを落ち着かせた。

(今度目を開けたら 完全に目が覚めてるんだからちゃんと見えるはずよ。 さっきは寝起きだったのよ、寝ぼけてただけなのよ) 心で独り言をいい、自分に言い聞かせてそっと目を開けた。

最初に見えたのは自分の足元だ。 砂利が見える。

「ああ、よかった。 ちゃんと見える」 本当に見えているかい? もっとよく見てごらん。

ほっとして少しずつ 視線を前に移動していく。

「葉もちゃんと緑に見えるわ」 その時気付いた。

「え? 左に見える葉は緑よね、なのにどうして右には 色が見えないの!」 顔を上げ辺りを見回した。

「やだ、緑しか見えないじゃない」 不動明王の前に供えられている花を見た。

「あそこのお花は全部色が見える。 どうしてなの?」 もう一度足元の砂利を見た。

「あ、よく見たら砂利の色も違うじゃない。 元々白黒っぽいとはいってもなにか色が抜けている感じじゃない・・・もうやだぁ。 いったい何なのよー」 そうこうしていると徐々に目の前の風景に色がつきだしたものの 風邪の事など頭から離れていた。

「いったいなんだったのよ、もうイヤ。 車の運転中にこんな事が起きたらどうするのよ」 腕時計を見ると3時間がたっていた。

「ええ! もうこんな時間になってたの? 早く帰らなくちゃ、私ったら何やってるんだろう」 気付かないかい? 頭がすっきりしているだろう? それに咳も鼻詰まりもなくなっただろう?

車に乗り込みすぐさまヒーターをつけた。 

高速に乗るころには車内も充分暖かくなっていた時に鼻水をすすった。 その時に気づいた。

「え? 私今鼻をすすったって・・・鼻詰まりがなくなってる。 そういえば咳も出てない。 頭もスッキリしてるってどういう事?」 驚いてばかりいて 運転を疎かにしてはいけないよ。


マンションに着いたが今日の出来事がどうしても理解できない。 自分の体調を見直してみた。

「えっと 頭は全然熱っぽくないわよね、ボォっともしてないわよね。 鼻は鼻水も止まった。 詰まってもいないわよね。 咳も出ないわよね・・・どうして・・・?」 治ったんだから今はそれでいいじゃないか。 ぶり返さないように早く風呂で温まるといいんじゃないか?

「とにかく 治ったみたい? そうみたい」 一人で何を言ってるんだ?

「じゃあどうしようか・・・」 え? どういう事だい?

「喉が渇いたからコーヒーを飲みましょう。 ハイそうしましょう」 頭の中が整理できているのか 出来ていないのか。

コーヒーを作りながら

「狐につままれるってこういう事なのかしら」 まだ整理できていないようだね。 鳩が豆鉄砲をくらった様な目になっているよ。 

コーヒーを飲みながら少し落ち着いたのか

「どうしてなの? 色が見えないって・・・色が抜けちゃうって。 今までそんな事は無かったわ。 今までと何処が違うの?」 思い返してみる。

「時間? 今日は確かに今までより長い時間座っていたわ。 それが原因かしら? 今日は3時間でしょ・・・うん、きっとそうね。 寒空で3時間もウトウトしてれば脳も色の認識がおかしくなるわよね。 そうね、それに風邪が治ったのは荒治療が効いたのね。 荒治療ってやってみるものなのね」 妙に納得した琴音であったが よく思い返してごらん。 それならどうして供えられていた花の色だけは見えたんだろうね。 それに半分寝ていたんだろう? それで荒治療もあったもんじゃないだろう。

「ああ、そう言えば 年始業務で頭が一杯だったから最近本を読んでないわ。 明日借りに行こうっと」 え? もう考えないのかい? 切り替えが早いと言っていいのかどうなのか。 まぁ、考えて分かる事じゃないだろうけどね。


翌日図書館へ出かけた琴音。

ふと本棚の横を見ると 山関係の本が置いてあった。

「綺麗な山。 昨日はちょっとパニクっちゃったから 今日は山の写真でも見ようかな」 やはり整理できていなかったみたいだね。 今度は山の本を2冊借りた。

家に帰り何もかもを済ませリラックスした状態で コーヒーを片手に和室の机で山の本をパラパラと見だした。

「あら?」 パラパラとめくっていた手が止まった。

「愛宕山?」

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みち  ~未知~  第41回

2013年10月22日 12時36分06秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第41回



出勤日。

この頃には会社で苦手なコーヒーを入れることも苦ではなくなってきていた。 そして階段の一往復くらいなら息切れをしなくなってきていた。 そしてふと

「もし文香の言うとおりだとしたら乙訓寺に行くと完全にしもやけが治るのかしら?」 そう思い図書館で借りていた本を返却ついでに週末の土曜日乙訓寺に向かった。

お寺に行って何をするわけでもない。 本堂の前に置かれているベンチにただ座っているだけだ。

マンションに帰り足を見てみると一段としもやけがよくなってきていた。

「足の甲は治ってる。 足の指も足先が赤いだけ。 それももう薄い色。 行く前はもっと濃い赤だったし範囲も広かったのに・・・うそでしょ。 ためしに明日も行こうかしら」 そして翌日、日曜日も出かけたのだがいつも座る本堂の前のベンチが無かった。

「あら? 昨日はあったのに」 辺りを見回してもベンチが見当たらない。

仕方なくお寺の中を歩いているとお墓の横に沢山の椅子があった。

「ここしか座る所がないのね。 お墓を見ながらって、ちょっと考えちゃうわね」 そう思いながらも椅子に座り暫くすると

「・・・何かしら・・・。 本堂の前で座っているのと違う感覚だわ」 暫く考えて

「何が違うのかしら。 お墓の前だからかしら。 うううん、それもあるかもしれないけど本堂の前は全然違う何かを感じるのよ。 あそこに座っていたときには気付かなかったわ」 そして

「ここはちょっと心がザワつくわ。 立ったままでいいから本堂の前の方がいいわ」 そう思いその場を立ち本堂の前に行った。

するとさっき無かったベンチが置かれていたのだがいつもと違う位置だ。

「あら、いつの間に?」 琴音はベンチに座った。 そして暫くして首を傾げた。

「ここもちょっと違うわ。 何が違うのかしら。 でも立ってるのもねぇ・・・ま、ここでもいいかな。 完全に落ち着かないけど悪くもなさそうだしここで座っていましょか・・・」 いつもと比べて落ち着いて座ってはいられなかったが1時間ほどを過ごした。

家に帰り足を見てみるとしもやけは完全に治っていた。

「底冷えのする京都でベンチに座ってしもやけが治るなんて有り得ないわよね・・・これって本当に文香の言うとおりなのかしら? ・・・まさかね。 偶然よね・・・」 

しもやけが治って数日後、仕事に集中が出来るようになったものの あまりの足元の冷えから今度は風邪を引いてしまった。 
仕事中にも咳が止まらなく鼻も詰まって息がしにくい。 頭もボォっとしている。 市販の薬を飲んでも一向に治らない。

「駄目だわ全然良くならない。 この薬ほんとに利くのかしら」 コンコンと咳をしながら薬のビンを眺めているとふと気がついた。

「あ、もしかしたら・・・風邪も治るのかしら・・・まさかね」 そう思う心と裏腹にしっかりと週末、ボォっとする頭で車を運転し乙訓寺へ向かった。

いつもの所にベンチが置かれていた。

「良かった、ベンチがあったわ。 やっぱりここじゃなきゃ落ち着けないわ。 でも今日も寒いのにただ座っているだけじゃ余計に風邪が酷くならないかしら・・・」 風も勢いよく吹いている。 木の葉のざわめく音が耳に染み入る。 咳をしながらも

「木の葉の音、鳥の声、ああ 少年野球の声かしら・・・」 最初に来た時に見た赤い色をもう絶対に見たくないと目を閉じる事が無かった琴音だったが この時は熱もあったからなのだろうかベンチに座り目を閉じ色んな音を感じていた。 
不思議に寒くはなかった。 そして意識は半分眠ってしまったようだ。

その意識が全部戻ってきた時に気がついた琴音。 

「わ、私こんな寒い中で半分寝ちゃってたんだわ。 どうするのよ熱が酷くなるじゃない」 そして正面を見たとき何かが違うことに気付いた。

「なに?」 辺りを見る。

「なんなの? どうして!」 琴音の目に映った風景は全て白黒だったのだ。 いや、全てというと語弊がある。

正面に見える不動明王像の前に供えられていた花の色だけは見えるのだ。 その花の色に気付いたから花以外に色が無い事に気付いたのだ。

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みち  ~未知~  第40回

2013年10月18日 10時27分14秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回


                                             



『みち』 ~未知~  第40回



初仕事から 半月ほどたった頃

「靴がブカブカになってきたわ。 前の靴に履き替えなくちゃ駄目ね」 そう思いながらデスクの下の足元を見ると

「あら? そう言えば・・・足が痒くないわ。 出勤してから一度も痒くならなかったわ」 マンションに帰ってすぐに足を見てみると 赤くはあったが紫だった所と鈍く赤い所がなくなって腫れも引いている。 

「どうして?」 色んなことを思い返してみた。

「違うわ・・・痒くならなくなったのは出勤してからじゃないわ。 乙訓寺から帰ってからよ」 そこへ電話が鳴った。

「明けましておめでとう」 文香からであった。

「おめでとう。 久し振りね、どうしてるの?」

「新年会続きがやっと終わった所。 そっちはどう?」

「新年会なんて無いわよ。 うちの会社の人たちそういう事あまり好きじゃないみたい」

「へぇー そうなんだ。 珍しいわね」

「あっ、そうだわ、忘れる所だった。 それより聞いて!」

「何よ 聞いてるわよ」

「文香が小学生の時だったかしら? よく行ってたっていう 乙訓寺に行ってきたの」

「乙訓寺? なに? そんなこと言った覚えなんて無いわよ」

「え? うそ?」

「私が小学生の時によく行ってたのは 向日神社よ」

「神社?」

「そうよ。 神社とお寺の記憶も出来ないほどなの?」

「えー! 文香が行ってた所だと思って行ったのに」

「どっちでもいいわ。 なに? 琴音がお寺に行ったの?」

「そうなの」

「誰と?」

「一人で」

「信じられない。 なんで?! どうして?!」

「それがよく分からないの。 確かに最初は文香の事があって気になったんだけど どうして私がお寺なんかに行ったのかわからないの。 それに不思議な感覚もあったのよ」

「不思議な感覚?」

「うん」 琴音は乙訓寺であった意識がなくなりかけた事や何処かから勝手に出た想いなどを文香に話した。

「ちょっとそれってすごいじゃない!」

「それにそれだけじゃないの」

「なに? なに?」 この手の話が大好きな文香はカブリツキだ。

「しもやけなんだけどね」 

「しもやけ? この時代に?」

「うん。 去年の冬から足の指がしもやけになっちゃって」

「琴音の足?」

「そうなの。 中学校以来だから長年なってなかったんだけどこの冬に急にしもやけ復活になっちゃったのよ」

「琴音の足っていつの時代の足よ」

「なるものは仕方ないじゃない」

「分かった、分かった。 それで?」

「それでね、本当にたった今なんだけど足を見てみたら しもやけが治ってきてるみたいなの」

「何それ? まだ春にもなってないのに?」 

「不思議でしょ? 薬なんかも塗ってないしどっちかって言うとしもやけが酷くなる環境に居るのに もしかしたら乙訓寺に行ったからかもしれないって考えちゃってるの」

「うーん・・・そこってもしかしたら琴音にとってのスピリチュアルな所じゃないの?」

「スピリチュアル?」

「琴音は昔そこに・・・あ、昔って前世って事ね。 前世で何か関係があったとか。 だから知らず知らずの内に涙が出たり、色んな事があったんじゃない? それにしもやけのことを考えたら琴音にとってのパワースポットでもあるとか?」

「スピリチュアルの次はパワースポット?」

「うん、体調を良くしてくれる何かがあるとか」

「前世があるかどうかは知らないけど体調って言われると・・・」

「もう、どうして琴音ばっかりなの?!」

「なに? 私ばっかりって」

「天河に行った時もそうだったじゃない。 私には石の暖かさが分からなかったのに琴音は分かったじゃない」

「あれは気のせいだったかもしれないわ」

「それにあの時、琴音が案内板に気付かなかったら私行けてなかったと思う」

「だってあの時は文香が運転してたんだもの、キョロキョロ出来ないじゃない」

「キョロキョロしなくても充分分かる大きな案内板だったじゃない。 私はあれに気付かなかったのよ。 琴音なんて自分が何処に行くかもよく分かっていなかったのに・・・。 あー、私ってやっぱりそっちの能力無いのかなぁ」

「文香がどうかは分からないけど私には文香が言うような事は無いわよ」

「まー、私のことはいいわ。 それより琴音これからどうするの?」

「どうするって?」

「能力開花するとか」

「なに馬鹿な事言ってるのよ。 今はただ仕事が出来るようになりたいだけよ」 久しぶりの電話で夜遅くまで話は続いた。

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みち  ~未知~  第39回

2013年10月15日 21時52分01秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回


                                             



『みち』 ~未知~  第39回



マンションに着き、すぐに風呂の用意をした。 風呂に入りじっくりと身体を温めながら今日あったことを考えたのだが 全く何がどうなったのかが分からない。

「ああ、分からないわ。 いったい私どうしちゃったのかしら」 そして風呂から上がると しもやけの事を思い出し足を見てみた。
足の甲の前半分が今まで以上に真っ赤に腫れ上がっていた。 更に酷いのは今までは点々と鈍い赤色だった所が紫色になり 指においては鈍い赤色に腫れ上がり指の先や裏は紫色になっていた。

「うわ、最悪。 これじゃあ靴が履けないじゃない。 あの寒さの中ずっと座ってたんだもの仕方は無いけど。 ああ、また足が痒くなるのね」 そう思った瞬間

「あら? ちょっと待ってよ。 いつもお風呂に浸かる時は足先がピリピリ痛くて足先だけお湯に浸かれなかったのに今日は浸かってたわよね。 それにお風呂上りは痒くて痒くてたまらなかったのに全然痒くないわ」 そろっと足を触ってみた。

「痛くも痒くもないわ。 ・・・いやだ、酷くなりすぎて感覚が無くなったのかしら。 はぁ、考えるだけ疲れちゃう。 今日は一体なんていう日だったのかしら・・・とにかく明日に備えて身体が冷える前に寝なくっちゃ」 早い時間ではあったが眠りについた。


翌日、年始出勤。

大きめだった靴を出して無理矢理履いてみると何とか履く事ができた。

「こんな靴の履き方をしてちゃ、また酷くなるばかりよねぇ・・・でもこれしかないから仕方ないわよね」 いつものように男性陣より早く出勤をし、掃除をしているときに気付いた。

「あら、素敵な風景画」 表の事務所には西側の壁に赤富士の絵が飾られてあり 風水の本を読んでいた琴音にはそれがすぐに目に入っていたが この風景画は表と奥の事務所の境の壁にあり色んな棚と混じりあっていた為かドアばかり見ていた琴音は今まで気が付かなかった。

「繊細で淡い緑。 なんて綺麗なのかしら・・・雨の小屋根・・・この絵のタイトルね」 森の中にある小さな小屋。 その小屋の屋根に霧のような雨が降っている絵だ。 暫く見入っていたが

「あ、掃除」 再び掃除を始めた。 

それからというもの朝の掃除の時にはその絵を見て「本当に癒されるわ」 絵が気に入ったようだ。

新年初日は全員が工場に集まりお互いに新年の挨拶を済ませ 社長の言葉も聞きそれぞれが仕事に就いた。

「今日から本当の一人での仕事。 何とかやっていかなくちゃ」 森川が 「分からない事があったら いつでも電話をしてきてね」 とデスクにある電話に森川の電話番号を書いて付箋を貼っていた。

「いつまでも森川さんに頼ってちゃ駄目よね」 電話から付箋を剥がし、琴音が自分で作っていた仕事の手順ノートに貼り替えた。

その後、毎日を何とか考えながらもやっていくことが出来ていた。


「あっと・・・明日は支払日だわ。 今日も会長はいらっしゃらなかったから明日もいらっしゃらないのかしら?」 翌日、やはり会長は姿を見せなかった。

初めて会長の自宅を訪れることになった琴音。 事前に電話を入れ、自宅を訪れると元気そうな会長が出てきた。

「判子ですね」 玄関に座り小切手や手形に判子を押しながら

「もう歳ですからね、なかなか思うように動けなくてね」

「いえ、会長はまだまだお若いです」

「あはは、もう歳ですよ。 足も腰も思うように動きませんよ。 事務所の3階まで上がるのが大変ですからね」

「あ、それで最近いらっしゃらなかったんですか?」

「もう階段は辛くてね。 それに見てくださいよ、この薬の多さ」 玄関の横に大きなビニール袋に入れられたいくつもの薬の袋があった。

「え? これ全部、会長が飲まれる薬ですか?」

「昨日病院へ行って来てね。 月一でもらってくるんですけど薬漬けですよ。 内臓も悪くてね」

「具合が悪くなられたらすぐに会社に電話を入れてくださいね」 森川から会長は離婚をし、息子は海外で暮らしていて今は一人住まいだという事を聞いていたのだ。

「ありがとう。 はい、これで全部ですか?」 

「はい」 全てを受け取り会長の自宅を出たが その後も会長は滅多に会社に顔を見せず 毎月支払日には会長の自宅へ行き判子を押してもらうこととなった。 その時には世間話や会長の幼少期の話、時々愚痴なども聞いて会長の話し相手となっていた。

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みち  ~未知~  第38回

2013年10月11日 23時35分25秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回


                                             



『みち』 ~未知~  第38回



「えっと 確かここは真言宗よね。 って言う事は・・・大日如来じゃなかったかしら。 大日如来様にご挨拶すればいいのかしら? えっとそれとも確かご本尊が合体大師像だったと思うから・・・。 難しく考えないでとにかく来させていただいた事に感謝の言葉ね」 そう思いながら本堂の前に立ち手を合わせた途端、意識をなくした。 
いや、正確に言えば倒れるといった事ではなく数秒の間、そこに琴音の意識が居なくなったのだ。 肉体は両方の足でしっかりと立っている。

すぐに意識が戻って

「え? 私今何をしてたのかしら・・・とにかくご挨拶しなきゃ」 そう思う琴音の気持ちとは裏腹に琴音の意識とは別の所から勝手に想いが込み上げてくる。

(や・・・っと・・・く・・・る・・・) ここまででまたどこかへ行こうとする自分に気付き今度はさっきとは違い 自分を保とうとする琴音が居た。

「あ、駄目。 どうしてなのかしら 気が遠のいていくわ。 こんな所で倒れるわけにいかないんだからしっかりしなきゃ」 そしてまた目を瞑り挨拶をしようとすると

(・・・こと・・・が・・・で・・・き・・・まし・・・た) と、こんな片言の想いがまた琴音の意識と別の所から出てきた。 その間にも何度もどこかへ行こうとする自分が居た。

これだけの片言の想いをどれくらいの時間をかけて心の中で言っていたかは琴音には全く分からない。 そしてまたどこかへ行こうとする意識を必死に留めようと自分を保っていた琴音がやっと目を開けた。 いや、開ける事が出来たのだ。

「何なの!? 今のは何だったの! 何が起きたの?」 何が起きたか分からない琴音は まだどこか朦朧とした頭でフラフラと本堂の前に置いてあったベンチへ座った。 

「やっと来る事がで出来ました・・・って、そんな事思いもしなかったのに・・・あ、もしかしてここに来るまでに迷ったからそんな風に考えちゃったのかしら・・・」 そう思ってはみるがなかなか納得がいかない。

京都の1月、強い風に底冷えもする。 琴音は自分の足元を見ながら

「寒い・・・足が冷えて感覚が無いわ。 しもやけ、きっと最悪状態になってるわね」 そんな事を思いながらも何故かずっとベンチに座ったままだ。

大きく呼吸をし目を瞑った。 暫くすると瞑った瞼の裏が一面真っ赤に見えた。

「何これ!? 赤って・・・こんなの今まで見たことが無いわ。 それにこの赤って、血!?」 琴音自身は瞼の裏に色んな模様が見えることは知っていたが 赤い色など今までみた事が無い。 その上、血の様な赤。

「いやだ! 気持ち悪い! 見たくない!」 見たくなければ目を開ければいいのだが 人間、見たくないものを見ないようにしようとすると目を瞑ってしまうという条件反射からか 目を開ければ見なくて済むとは咄嗟には判断できなかったのであろう。 それ以上にそんな判断も出来ないほどパニックに陥りかけたのだ。 ほんの数分の間の事であったがやっと目を開ける事が出来た琴音は

「何だったの!? 単純な赤じゃなかったわ。 血・・・どうして瞼の裏があんな色になるのよ」 明るい所で目を閉じると瞼の中の血管が見えて赤く見えることがあるが それとは全く違うものであった。 もっと毒々しい色であった。 余りに力が入っていたので今度は身体の力が抜けていく。

「もう目は瞑らない」 そう思いながら何故か寒い中ずっとベンチに座っていた。 


腕時計をみた琴音。 

「2時間も経っていたの? もうこんな時間になっていたのね。 ・・・寒いわ」 ベンチを立った琴音。 ふと斜めを見ると何かが気になって歩き始めた。

そこには三輪明神の社があった。 社に近寄ろうとした時、なにかが上の方で動いた。

「え?」 思った瞬間、ドサッと屋根から何かが落ちてきた。

「きゃ! ・・・へ・・・蛇?」 離れた所でじっと見ていたが蛇が動かない。

「えー、止めてよー。 こんな所で蛇さん死なないでよ、動いてよ」 すると暫くしてニョロニョロと蛇が動き出した。

「良かったぁー。 無事を見送りたいけど蛇ってもうこれ以上見ていたくないわ」 ふーん・・・蛇を見たくないのかい? 冬眠のこの季節に出てきてくれた蛇なのにその言い方はないだろう。 まだまだだね。

その場を立ち去り駐車場に向かいながらふと思った。

「・・・私、どうしてあんなに長い時間座ってたのかしら」 一人呟いた。

車に乗り込み エンジンをかけ走り出した。

ヒーターが利いてきた頃に鼻水が出てきた。

「やだ、身体が冷えすぎたんだわ。 どうしてあんなに長い間座ってしまってたのかしら。 明日初出勤なのに熱でも出たらどうするのよ。 あー、私ったら何やってんだろう」 帰りは迷うことなく スンナリと帰る事ができた。

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みち  ~未知~  第37回

2013年10月07日 22時37分08秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回


                                             



『みち』 ~未知~  第37回



「こんな山の中って地図に描かれていなかったと思うんだけどなぁ。 ・・・引き返してみよう」 車をUターンさせ来た道を引き返し2回目に聞いた場所まで戻ってくると 今度は自転車を押しながら女性が歩いていた。 
自転車の籠の中は今買ってきたであろう 夕飯の材料が入っているのかスーパーの袋が見えた。

「あら? そういえば今まで聞いたのはみんな男性だったわね。 あの女性は主婦さんのようだからこの辺りをよくご存知かしら」 バックミラーで後ろを見ると車は来ていない。 
車を止め今度は車から降りて聞いてみた。 すると

「乙訓寺? ここですよ。 ここが裏門への入り口になってるんですよ。 私今からここを通るから案内してあげたいけど 一緒に行こうにもこの細い道、車は入られへんからねぇ」 軽自動車くらいの幅であろう細い道だ。 勿論車用の道ではない。

「案内は出来ませんけど表門の方に駐車場がありますから そこに車を停めてから入ったらどう? そこの角をまがっってちょっと行くと右側に大きな駐車場があるから そこが乙訓寺の駐車場ですよ。 それとちょっと小さな看板なんだけど 角を曲がってから数メートル注意して左側の上のほうを見ていると乙訓寺と書かれた看板がありますから 駐車場に車を置いてからその看板の所を入っていくと道は狭いけど正面に乙訓寺が見えますよ」

「有難うございます。 迷っていたので助かりました」

「シーズンでもないのに ここに来るなんて珍しいですね。 じゃあね」 そう言って裏門の入り口へとつながる細い道を自転車を押して歩いて行った女性であった。

「シーズン? ここのお寺にシーズンがあるの? それに看板?」 そう思いながら 琴音は言われるままに角を曲がって注意して見ていると さっきの女性が言っていた乙訓寺と書かれている看板を見つけた。

「これが看板ね、案内板の事だったのね。 こんな小さな案内板じゃあ・・・じゃなかった看板じゃ見逃すわよ・・・」 大きく溜息をついて

「あ、あそこが駐車場・・・あら、最初に私が車を停めた所じゃない。 うわ、乙訓寺駐車場って書かれてるじゃないの、全然気付かなかった」 今度は違う意味の溜息が出た。

車を駐車場に停め向かい側へ渡り 女性の言う看板があった細い道を入って行った。 少し歩くとすぐ正面に乙訓寺と書かれた門があった。

「ここね」 門前で一礼して入って行った。 宗教の本を読み漁った事で寺や神社に礼を覚えた琴音であった。

左右を見ると これから春に咲くであろう 牡丹の株があった。

(まぁ、なんて沢山の牡丹の株 これから沢山咲くのね。 ああ、そう言えば空海といえば牡丹だったわ。 ああ、シーズンってそういう事。 この牡丹を見に来る人が沢山居るのね) 独り言のように心で呟きずっと進んでいくと左側に小さなお堂であろうか 中が開けられていて女性がこれから掃除をしようとしていた。 そこを横目に見て歩くとすぐに道が左右に分かれている。

本堂に行くには左へ曲がらなければならない。 だが琴音は吸い込まれるように右に曲がった。 すぐに供養塔が目にはいった。 供養塔の前で足を止め正面に立ちじっと見た。 
何かがそうであって何かがそうでない。 そんな思いがあったのだがそれを琴音が認識する事はできなかった。 今の琴音は琴音であって琴音ではないのだ。 

今度は更に右を見た。 見た先には門があるだけだ。 

「何? この感覚!?」 押し潰されるような感覚でもあり懐かしい感覚でもある。 それが波のように押し寄せてくる。

琴音はずっと右を見ている。 何かを思い出したのであろうか。 いや、琴音自身は何も分かっていない。 それどころか琴音の心の中は無だ。 琴音の頬に一筋の涙がつたっていた。 その涙にも気付かない琴音。 先程の女性が ガタガタと掃除を始めた音で我に戻った。

「あ、どうして涙なんか出てるのかしら・・・」 掃除をしている女性に見られまいとさっと涙を拭いて左側を向き女性に会釈をして本堂のほうへ向かって行った。

本来琴音はどこのお寺に行っても怖いという気持ちがあり「南無阿弥陀仏」 と唱えるだけだったが本を読み漁ったお陰か、少々知識が出来たようで知識と供に怖さもなくなったのか 本堂の前に立っても余裕で考えるという事が出来た。

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みち  ~未知~  第36回

2013年10月05日 09時54分57秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回


                                             



『みち』 ~未知~  第36回



初出勤は2日後だ。

実家に帰る前に図書館で借りてはいたものの実家には持って帰っていなかった数冊の本を何気なく見ていると

「あら? こんな本借りたかしら?」 神社の紹介が載っている本だ。 パラパラとめくると

「ああ、仏像が綺麗だったから目の保養に借りたんだったわ。 ほんとに綺麗だわ。 わ~この仏像なんて凛としているのかしら」 何枚かめくっていくとふと目に留まった神社があった。

「乙訓寺? 空海がほんの少しの間だけど居たお寺よね。 早良親王が桓武天皇に幽閉されたお寺でもあったわよね」 伊達に本を読み漁ったわけではなかったようだ。

「あ、それに確か文香が乙訓って事言ってたわよね。 このお寺でよく遊んでいたのね」 合ってはいるが間違ってもいるよ。

文香は乙訓の地で育ち 向日神社でよく遊んでいたと言っていたのだよ。 でもその勘違いが大切な始まりなんだよ。 琴音の記憶力のアバウトさがこんな所で役に立つとはね。

写真を見ながら書かれている文章を読んでいった。

「京都か・・・そんなに遠いわけじゃないわよね。 明日行ってみようかしら」 やっと腰が上がったようだね。

地図で道を確認し、充分迷わずに行けると踏んだ琴音は明日に備えて早めに眠りについた。
翌日、車のナビを合わせて 出発したのだが暫くすると

「あら? 私どうしてわざわざ車を出してまでここへ行こうとしてるのかしら? それにお寺なんて私の辞書に無いじゃない。 それでなくても初出勤の日は初めての年始業務があるから そのために1日ゆっくりする日を設けたって言うのに何をやってるのかしら 自分が分からなくなりそう」 何をブツブツ言っても高速に乗ってしまったらUターンなんて出来ないのだから行くしかないであろう。

高速を走り目的のインターで降りそのままナビに従って進んでいったが ナビは「目的地周辺です」 と言うが神社など見当たらない。

「どこなの? お寺なんて無いじゃない。 もっとキチンと地図を見てくれば良かったわ」 自分の運転で行けるかどうかだけの確認をしただけで寺の場所をキチンと見なかったのだ。 広い道路だ。 車を端に止め道行く人に聞いてみると

「乙訓寺? 知らへんなぁ。 でもあの先の道を行くと沢山お寺や神社があるからそこ辺りやないかなぁ」

「そうですか 有難うございます」 言われた道を進んでいくがそれらしきものは無い。

今度は道が狭い。 車に乗ったまま窓越しにもう一度歩いている人に聞いてみると

「もっと先に行けば沢山お寺や神社がありますよ」 ナビが示した所からどんどん離れて行くが

「地元の人が一番よく知っているんだものね。 それにこのナビ古いからなぁ。 あんまり役に立たないからもう切っておこう」 ナビを切った琴音であったが いくらナビが古くてもお寺や神社の場所はそうそう変わらないよ。

そして 歩いている人を見かけもう一度窓越しに聞いてみると

「乙訓寺ですか・・・知らへんなぁ。 この先をもっと行くと善峯さんがありますから そちらで聞かれたらどうですか?」

「よしみねさん?」

「善峯寺です。 大きなお寺やから知ってはるのと違うやろか」

「あ・・・確か本に書いてあったわ・・・有難うございます。 行ってみます」 そうは言ったものの ゆっくりと進んでいったが言われる道を走っていくとどんどんと山に入っていく。

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みち  ~未知~  第35回

2013年10月01日 12時29分25秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
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第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回


                                             



『みち』 ~未知~  第35回



会場に着き忘年会が始まった。

この数ヶ月、殆ど森川以外と話すことが無かったがこの場で色んな社員と話すことが出来た。

(みんな何て優しいのかしら。 こんな空間はすっかり忘れていたわ) そんな感想を持った琴音であった。

数人の男たちは2次会へ流れていったが 森川と琴音はこの場で二手に分かれそれぞれ帰った。

帰りにまた図書館へ寄ると貼り紙に借りられる期間が通常2週間であるのに 1ヶ月ほど借りることが出来ることと 通常5冊までしか借りられないのだが 15冊まで借りられると書かれてあった。

「年末年始だから 長い間借りることが出来るのね。 実家に帰ってる間も退屈だから沢山借りようかしら」 何冊かを手に取った。



マンションに帰り翌日には部屋の大掃除を一通り済ませ車で実家に帰った。 車に乗ると足元に風が向くようエアコンを点けるが 暖めるとそれでなくても痒いしもやけがより一層痒くなる。

「ああ、痒い。 でも膝掛けだけじゃ寒いから我慢するしかないわ・・・」 それでなくても寒がりだからね。 でも、しもやけはすぐに治るよ。 薬も何も使わなくね。

車を走らせ着いた田舎の実家には父親と母親が二人で暮らしている。

両親ともずっと働きづめで決して裕福な家庭ではなかったが 一生懸命に育ててくれたという思いがある。
年老いた両親である。 両親の姿を見ると腰も少し曲がっている。

「もうそろそろ帰って同居した方がいいかしら。 でもここじゃあそうそう仕事が無いものね・・・」 実家に帰る度そのことが頭をかすめる。

そして琴音が帰るとご飯前に目にするいつもの両親の姿がある。 炊き立てのご飯を母親が神棚と仏壇の2つのお椀によそい 父親が最初に神棚にご飯を供え手を合わせる。 次に父方の祖父母の遺影と一緒に掛け軸が飾られてあるところに仏壇用のご飯を供えそして手を合わせる。 小さい時からずっと見てきた光景だ。

「これだけ神仏を信じて大切にしてきた両親をどうして神仏はもう少し楽にさせてくれなかったんだろう」 その姿を見ていつも思う琴音の思いだ。

出来る限り実家に帰るようにしている琴音ではあったが そう簡単に帰ることの出来る距離ではない。 長期休みの時には必ず何日か泊まって帰るようにしていた。
例年、年末に帰り年始を実家で迎える。 これは欠かしたことが無い。 新年を両親だけで迎えさせることだけはしたくなかったのだ。

「琴ちゃん 結婚しないの?」 母親が聞く。

「ごめん。 結婚はしない。 でも大丈夫よ お父さんとお母さんのことはちゃんと私が見るからね」

「そんなことじゃなくて せっかく女の子に生まれたんだから一度は結婚してみない?」 母親の言いたい事はよく分かっている。

「したくないからいいの。 それにもうこの歳よ相手が居ないわよ」 実家に帰る度この会話になるが それも自分が悪いのだと分かっている。 声を荒立てて話すことも無かった。

新年を迎えゆっくりとした時間が流れた日々を過ごし琴音はマンションに帰った。

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