大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第220回

2015年07月17日 14時23分23秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第210回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

  『みち』リンクページ






                                             



『みち』 ~道~  第220回



仔犬を抱いてプレハブに入り正道に聞いてみると、正道が仔犬をじっと見た。 

暫しの時間、琴音が不安そうに仔犬と正道を見る。 すると

「おお・・・そうですか」 仔犬を見ていた正道が言葉を発した。

そして仔犬から目を外し、琴音を見た。

「今、仔犬にとって知らない人が出入りしましたでしょう? それも仔犬は外にいるわけです。 
勢いのある犬ならここで『私の家に誰!?』 と憤慨するんでしょうが仔犬の場合は・・・この仔はそういうところも大人しいんですな。 
・・・と言うより寂しがりやなんですな。 
だからと言って知らない人をすぐに受け入れて懐くわけでは無いようで 知らない人への少々の不安と仲間に入れなかった寂しさ。 
そんな時に琴音さんが仔犬に触れた事への安堵。 色んな気持ちが整理されること無くあるみたいですな」

「そうだったんですか」 正道を見ていた目を仔犬に移した。 

「まだよく分かってあげられなくてごめんね」 仔犬の頭を撫でるとその手に仔犬が目を細める。

「充分ですよ」 正道が一言いった。

「え?」 仔犬を見ていた目がまた正道に移った。

「何かまでは分からなくても、何かの感覚があるとわかったんでしょう? 充分です。 この短期間に充分すぎるくらいです」

「・・・はい」 褒めてもらえた嬉しさと 一日でも早く理解したいと思う複雑な気持ちで返事をするとそれを見透かしたように

「生き急ぐ という言葉をご存知ですか?」

「早くに亡くなっちゃうって事ですか?」

「社会的にはちょっと違いますな。 生き様が性急とでも言いましょうか、限りある命を急いで終えようとするかのように生きる様です。 
性急に、するかのように、であって亡くなるという事ではありません。 社会的にはですよ。 
ですがそれによって無理を重ねるとエネルギー的には宜しくありません。 肉体的にも精神的にも 分かりますか?」

「急ぐ事はエネルギー的に肉体や精神にはよく無いという事ですか?」

「はい、そうです。 今は生きると言う字で『生き急ぐ』と申し上げましたが 生きるではなくて呼吸の息という字で『息急ぐ』これも同じ事です」

「え? そんな漢字を使うって初めて聞きました」

「ははは、誰も使っていないでしょうな。 多分国語辞典にも載っていないと思いますよ」

「あ、そういうことですか・・・『息急ぐ』早く呼吸をするという事ですか?」 

「そうです。 息は急いでする必要がないんです。 息を浅く早くしてしまうとそれだけで漢字の生きるの『生き急ぐ』と同じ事になってしまいます。 
深く長く呼吸をして待つことも必要です。 時は向こうからやって来るんです。 
何も焦る必要は無いんですよ。 その時が来れば出来るようになるんです」

「あ、今の私の状態や気持ちです。 どうしても焦ってしまう気持ちがあります。 いつも正道さんにゆっくりでいいからと仰っていただいてるのに つい・・・」

「ゆっくりというのはなかなか難しい事ですからな。 『息急ぐ』この言葉をいつも頭に入れておいて時々振り返ると宜しいですよ。 
大きく息をしてリラックス。 人が舞台に立つ前に深呼吸をするというのも誰が考えたんでしょうかなぁ。 深く息をして気を整える。 それも同じ事ですな」 ふと、ファイナルさんのときの講演会の事をいっているのかと、正道でも舞台に立つ前には深呼吸をしたのかと邪推してしまった。

「はい。 焦らず待つですね・・・出来るかしら。 ・・・努力します」 苦笑いを正道に向けると

「はい、その程度で宜しいですよ。 焦らないように、焦らないようにと思うことで それも無理がかかるんですからな」

「わ、難しいですね」 その言葉を聞いてワハハと笑う正道だ。

「でも今日は琴音さんのお陰でとてもいいお話を聞かせていただきました」 ミセス遠野のことだ。

「いえ、私では無くて一緒に来ていた友達のお陰です」

「今日はお友達にお礼をきちんと申し上げられませんでしたから 琴音さんからもよくよくお礼を申し上げておいて下さい。 後日私からも申し上げたいので住所か電話番号を教えていただけますか?」 文香はお茶の事があってうっかり名刺を渡すのを忘れていたのだ。

「いえ、私からくれぐれも言っておきます。 正道さんから電話が入るなんて分かるとカチンコチンに固まっちゃうと思います」

「わはは、そうですか? それではお願いいたします。 さて、今日はもうあまり時間がございませんが何を致しましょうかなぁ・・・」



仔犬を連れ帰るために実家へ寄った。 車を停めていると母親が家から出てきた。

「琴ちゃん、お帰り」 運転席を覗き込みそう言うとすぐに助手席に回った。

「ただいま」 車のエンジンを切るとすぐに母親が助手席のドアを開け、座席に置いていたキャリーバッグを開けた。

「ほら、仔犬ちゃん抱っこしようねぇ。 お帰り。 寂しくなかったですかぁ?」 顔を摺り寄せている。

「どれだけデレデレよ・・・」 両手を乗せていたハンドルに尚且つ顎も乗せた。

「何か言った?」

「何にも言ってない」 琴音も車から降りてサッサと先に歩く母親に続いて家の中に入った。

「お帰り」 父親はいつもの様に新聞を読んでいる。

「ただいま。 お父さんよくそれだけ新聞を読んでいられるわねぇ」

「ボケ防止だよ。 お父さんがボケると琴音も困るだろう?」

「まあね」 そう言って鞄を置き座ると

「今日、泊まって帰ろうかな?」 急に琴音が言い出した。

「うん? 珍しいなどうしたんだ?」 父親がそう言うと仔犬と遊んでいた母親が

「あら、そうするといいわよ。 たまにはゆっくりしていきなさいよ」 

「うん。 お茶を入れてくるね」 台所に向かいお茶を入れて戻ってくると父親が机に広げていた新聞を手に持った。 

父親の前に湯呑みを置き

「お母さんお茶が入ったわよ」 仔犬と遊んでいる母親を呼び 母親の湯呑みも置いたがなかなか仔犬から離れる様子がない。

「まっ、いいか。 ・・・お父さん、あのね」

「何だ?」 持っていた新聞の端から顔を覗かせた。

「あのね、実は 会社が閉鎖になったの」 覗かせていた顔が驚いてすぐに新聞を畳みだした。

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