大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~道~  第189回

2015年03月31日 14時45分50秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第189回



夕飯を終えお茶を飲みながら本を片手に寛いでいると携帯が鳴った。

「あ、文香だわ」 着信音で相手が文香と分かる。 

「あ、琴音? 私よ」

「久しぶりじゃない。 どうしたの?」

「今からそっちに行っていい?」

「え? 別にいいけどもう夜よ。 大丈夫なの?」

「へへ、実はもう近くまで来てるの。 久しぶりに琴音の顔を見たくって」

「まぁ、こんな顔でよかったらいつでもどうぞ」

「ありがと。 じゃ、すぐに行くわね」

「うん、気をつけてね」 簡単に辺りを片付けているとすぐに文香がやってきた。

「どうぞ上がって。 明日は仕事大丈夫なの?」

「明日は大丈夫なの。 ずっと仕事三昧の毎日だったから、もうクタクタよー。 お邪魔しまーす」 靴を脱ぎ廊下を歩く。

「まぁ、それはいいことじゃない。 あ、和室に座ってて、今お茶入れるわね」 キッチンに立つ琴音に背を向け和室に入りながら

「何言ってるのよ。 身体がいくつあっても足りないわよ」 潰れかけの会社よりいいわよ・・・と言いかけたが止めておいた。

「お互いもう歳なんだから無理しちゃ駄目よ」 お盆に二人分のお茶を乗せ琴音も和室にやってきた。 

「はい、お茶どうぞ。 でも、そんなに忙しい仕事っていったいなんなの?」

「有難う。 うん。 やっと下準備・・・って言うか根回しかな? それが終わって次の段階に入ってるのよ。 それでその次の段階っていうのにちょっとキリが付いたから連休をもらったの」 湯呑みを両手で包む。

「そうなの。 良かったじゃない。 何よりも身体を休めなくっちゃね。 何連休?」

「5連休」

「5連休? じゃあ、明日からだと・・・」

「あ、明日からじゃないの」

「今日からなの?」

「うううん。 今日で3日目」

「え? そうなの? じゃあ後2日で終わりなの?」

「そう。 最初の2日間はずっと寝てたのよ。 それで今日ムクムクと動き出したっていう感じ」

「2日間って・・・冬眠並みね」 琴音が言えた義理かい? 愛宕山から帰ってきた時どうだった?

「だって、ずっとお休みがなかったんだもの」

「え? 休日出勤が続いてたって事?」

「休日出勤って言うより休日っていうものがなかったって言う方が適切かな?」

「そんなに忙しかったんだー」

「でも遣り甲斐はあったわ。 だから出来たと思うの」 さっきまでと違う表情になった。

「わぁー、そんな言葉言ってみたいわ」

「それにねちょっと状況も変わって」 そう言ってお茶を口に入れ飲んだ時にほんの少し気管に入ってしまったのか咳き込んでしまった。
咳をしながら横にあった鞄を膝に置きハンカチを出そうとした時に何やら箱が見えた。

「大丈夫?」 琴音のかける声に 大丈夫と言わんばかりに片手で琴音に掌を見せもう一方の手で口をハンカチで押さえている。
ゴホンゴホンと何度か咳き込むとすぐに治まったようで

「あー、ゴメンゴメン。 最近よくこうなるのよ」

「ティッシュ持って来ようか?」 琴音が立ちかけると

「あ、いい、いい。 ハンカチがあるから。 それにもう治まったから。 琴音の言うとおり完全に歳ね」

「弁の働きも悪くなってくるわよね」

「そっ。 だから仕事中は何か飲むのにも意識して飲まないとすぐにこうなっちゃうから困ったもんだわ」 そう言ってハンカチをお湯呑みの横に置き、鞄を横に置き直そうとした時に

「ねぇ、その箱なに?」 

「え?」 琴音の目先を見るとその視線は鞄に向けられている。

「あ、しまった。 入れっぱなしだったわ」 

「なに? 見られて困るものなの?」

「まさか。 ふふ、面白いものを貰ったの。 これ見て」 文香が鞄の中からその箱を取り出し蓋を開けて中を見せた。

「ね、これなんだと思う?」 

「なにこれ? いやにカラフルじゃない。 それとこれは何?」 箱の中には10センチ足らずのいろんな色をした数本の棒状の物と、それとは別にこれも10センチ足らずであろうか木製の物が一つ入っていた。

「手にとっていいわよ」 そう言われ琴音が木製の物を手に取り見てみると木の部分はハンドル部分のようだ。 そして底を見てみると金属製で何かが彫られてある。

「え? なに? スタンプ?」

「そう。 それでこっちのカラフルなのが封蝋よ」

「ふうろう?」 琴音のどこかで何かに触れた。

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みち  ~道~  第188回

2015年03月27日 14時37分28秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第188回




「それでだな、ここからは俺一人の考えで会長は関係ないから会長が居なくて丁度いいんだけど 『会社を閉めます。 後はお前達で勝手にやってくれ』 俺としてはそんな事はどうしても言いたくない。 で、お前達の今後の職場を探してきてあるんだけど、どうだ?」 あまりの唐突な質問に全員キョトンとしている。

「何も全然違う畑に行かそうなんて思ってないぞ。 大体みんなが知っている会社だ。 そして今までと同じようにみんなの腕を生かせる職場だ。 うちで言うと取引のあった会社やそこで紹介してもらった所だ」 暫く全員黙っていたが一人がポツリと

「そんなのいつ探してきたんですか?」

「そんな事はいいじゃないか。 お前はどうだ? 行ってみるか?」 質問をした社員を見て聞いた。

「無職の期間があっても困るし・・・これから探すのも何だしなぁ・・・」

「別にいいんだぞ。 決して押し付けてはいないからな。 失業手当で暫く暮らしてゆっくりしてから自分で職を探してもいい、この話に乗るもいい。 どっちでもいいんだぞ」 全員が顔を見合わせている。

「まぁ、今すぐ返事が欲しいわけじゃないから考えておいてくれ。 その気になったらいつでも俺のところに来い。 すぐに話せる準備は出来てるからな」 工場長を除く全員がお互いの顔色を見ている。

「じゃあ、今のところはこれで終わり。 今期が終わるまでしっかり働いてくれ。 みんな職場に戻っていいぞ」 ゾロゾロと全員が立ちそれぞれの職場に戻って行った。 それを見送った社長が

「織倉さん、ちょっと」 残っていたコーヒーを一気に飲んだ。

「はい」 事務所に残る若い社員と椅子を片付けていた手を止め社長の所に行った。

「応接室に行こうか」

「・・・はい」 応接室に入ると座るように促され琴音はソファーに座った。

「入ったばかりなのにこんな事になって悪いね」

「いえ・・・」

「森川さんが居てくれていた時点でもう充分傾いてたんだけどね。 どうしても森川さんが辞めるって言うものだから・・・事務員さんには居てもらわなきゃ困るから募集をかけたんだけど、こんなに・・・坂を転がるように悪くなるとは思っていなかったよ」

「・・・」 琴音はなんと言っていいのか分からない。

「それでね、さっきも言ってたけど再就職の話。 織倉さんには僕の思うところに行ってもらいたいと思ってるんだ。 それが僕の気持ちだと思って受けてもらえないだろうか。 会社の完全閉鎖の業務をする前、今期の業務が終わったらそこへ行ってもらえないだろうか?」

「え? 閉鎖業務の前にですか?」

「そう。 織倉さんは最後まで居なくていいから・・・っていうより最後までいて欲しくないんだ。 今期の業務が終わったら辞める形にして欲しいんだ」

「あ・・・あの・・・」

「最後までいると会社を閉める手続きをしなくちゃいけなくなるでしょう? 来て間もない織倉さんにそんな事をさせたくないんだよ」

「でも・・・」

「それに織倉さんもどうしていいか分からないでしょう? 閉鎖業務なんて」

「・・・はい。 でも先生に教えていただきながら・・・」 先生と言うのはずっとお世話になっている税理士の事だ。 
税務関係も勿論ながら今は悠森製作所とは違って大きくなり税務関係以外も行っている。

「うん。 でもね、織倉さんに手間はかけないよ。 先生に全部お任せしようと思ってるんだ」 

「・・・それでは事務員としての役目が・・・」 

「このことは僕の我侭を飲むと思って言う事を聞いてくれないか? まだ2年しか経たない事務員さんに会社の閉鎖手続きをさせるなんてことしたくないんだよ。 この会社での僕の最後のプライドが傷つくんだよ」 琴音を想っての言葉であった。

「時間をいただけないでしょうか?」 琴音も社長の気持ちを充分わかってはいたがそう簡単に投げ出す事もできない自分がいた。

「駄目だよ。 この事は今ここで返事が欲しい。 ・・・『はい』 の返事以外は聞かないけどね」

「社長・・・」

「頼むよ。分かってくれよ」 

「あの・・・先生がされるより時間がかかるかもしれません。 それでも最後までさせて頂けませんか?・・・」

「駄目だよ」 そう言って 

「頼む」 とテーブルに手を着いて頭を下げた。

「社長!」 慌てて社長の手を取ったが

「織倉さんが承諾してくれるまでこのままでいるからね」 社長の手はびくともしない。

「わ・・・分かりました。 分かりましたから!」 その言葉を聞いて社長が頭を上げ

「よし! 商談成立」 笑っている。

「社長・・・」 溜息交じりの声だ。

「辞めるまでは頑張って働いてくださいね。 それじゃあ、再就職先の話だけど」 社長がそこまで言うと 

「あ・・・」 思わず琴音の口から言葉が漏れた。

「何? いや、勿論嫌ならいいんだよ。 自分で探すっていうのならそれでもいいんだけど、ほんの数年前に職を探してやっと見つかった此処がこんな風になっちゃったんだからもう探すのも疲れるだろ?」

「あ・・・はい・・」 あの時の苛立ちを思い出した。

「それに此処よりいい給料なんだ。 仕事も同じような事だから大丈夫と思うんだけどな、どう?」

「・・・」 正道の顔が浮かんだ。

「あ、ごめんごめん。 急に言われて返事なんてできないよな。 今すぐ返事はいいよ。 今度詳しいことを話すよ」

「はい。 すみません」

「謝らなくたっていいよ。 じゃあ今日はこのへんにしておこうか。 新しい所の話はいつでも聞いてくれればいいからね」

「はい」

「じゃあ、コーヒーをもう一杯お願いします」

「はい」 応接室を出てすぐに社長のコーヒーを入れに行った。

「甘目がいいのかしら・・・」

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みち  ~道~  第187回

2015年03月24日 14時25分29秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第187回



全てそのままにあったことを話す琴音だが

「まだ何も実感が伴わなくて」 目線が下がった。

「実感って・・・正道さんとやっていくってことにですか?」

「いえ、そうじゃなくて・・・エネルギーを感じたり、見えたり・・・とか」 自信なさ気に話す琴音。

「え? そんな事が出来てるのに実感がないんですか?」

「・・・何て言えばいいんでしょう・・・出来た事にちょっと驚いたり、感謝したりっていう事はあるんですけど・・・深く心にこないっていうのかしら・・・当たり前って言うわけじゃないんですけど・・・」 琴音の言わんとする事を感じた更紗。

「何言ってるのよ。 琴音さんの言うところの実感が伴わないって言うのはそれまでにその事を知っていたってことじゃない。 琴音さんは知っていたのにそのことに気付きが無かったからなのよ」

「え?」

「あまりにも今まで自分が経験した事と違う事があれば実感が伴うじゃない? 今まで見たこともない綺麗な風景を見たらすぐに感動するし、オリンピックでメダルを取ったら泣いたり喜んだり」 琴音は更紗の話を食い入って聞いている。

「でもどこかでそれを経験したことがあるとか、それに似た事をどこかで知っていたとかっていう事になれば驚きも少ないわよ。 ほら、ジェットコースターに初めて乗った時は ギャー! ってなるけど何回か乗ってるとその内に慣れてしまうじゃない? それに一番最初に乗った時の ギャ-! っていうのは2度目には薄れてきてるじゃない?」

「あ・・・そう言われれば」

「でしょ?」 ずっと聞いていた野瀬が一言

「例えが可笑しくないですか?」 それを聞いた更紗が横を向いて琴音に話しかけていた顔を正面の野瀬に向け

「五月蝿いわね」 と一喝。 

「あ、そう言われれば・・・何かを経験すると・・・何て言うのかしら・・・馴染むっていうのかしら・・・身体に染み込むって言えばいいのかしら・・・」 その言葉を待ってましたとばかりに

「琴音さんはどこかで知ってるのよ。 最初は忘れていた事や気付かなかった事を経験して驚くかもしれないけど、知っていることだからすぐに身体に馴染むのよ。 だから何かが出来ても出来た! って実感が薄いのよ。 焦らなくていいのよ。 少しずつ思い出す気でやればいいのよ」 更紗の目が琴音を包む。

「はい」 

「そして自信を持つこと」 琴音の話し方で琴音の自信のなさがブレーキをかけていると察したのだ。

「はい・・・」

料理が運ばれてきて久しぶりに三人で楽しい食事が始まった。




12月。

朝一番、社員全員が3階事務所に上がってきた。 現場に居るはずの社員もだ。

「お早うございます。 え? 皆さんでどうしたんですか?」

「就業時間がきたら全員事務所に上がるようにいわれたんですよ」 社長が全員を3階の事務所に呼んだのだ。

「そうですか。 すぐに椅子を用意します」 琴音が事務所の椅子をかき集めようとすると工場長が

「織倉さんいいよ。 こいつらが勝手にやるから」

「うん、僕らでしますから座ってて下さい」 そう言われて座ろうにもお尻がムズムズするが、大きい身体の男達がサッと動いている中に入るのも邪魔になるだけだ。 
ムズムズしたお尻のまま椅子に座っていることも出来ず、事務所内の小さな台所で全員のコーヒーの準備を始めようとしたとき

「おはよう」 遅れて社長が入ってきた。 
台所に立って「お早うございます」と言う琴音を見て

「あ、織倉さんこれだけの人数のコーヒーは大変ですからいいですよ。 それに織倉さんにも聞いて欲しいから座って下さい。 ・・・あっ、と・・・僕だけにはコーヒーをもらえますか?」

「はい」 急いで社長のコーヒーを準備した。 
コーヒーと言ってもインスタントだ。 粉と砂糖を入れた後にお湯を入れるだけで出来上がる。

「どうぞ」 社長の机にコーヒーを置いた。

「ありがとう。 コーヒーでも飲まないと話しにくくてね・・・」 すぐに置かれたコーヒーを手に取り一口飲んだ。

「それじゃあ、こんな話をするのは会長から言ってもらいたかったんだけど、体調が悪いみたいなので僕から話します。 ・・・えっと、決して良い話ではありません」 琴音がお盆を片付け自分の席に着く。

全員何の事かという顔で社長を見ているが、工場長だけは社長の方を見ず、斜の方向に座り、腕組みをしてその前を見据えている。

「みんなももうよく分かっていると思うけど・・・儲けが殆どありません。 ・・・この何年も」 全員を見渡した。

「営業に努力が足りない、現場が良い物を作らない。 そんな理由じゃなく、もうこの業界全体が傾いてきてるわけだ。 誰が悪いわけじゃない」 社長を見ていた社員が下を向きだした。

大きく息を吐きそして間を置いて

「それで急な話ではありますが、今期で会社を閉めたいと思います」 工場長はまだずっと前を見据えている。

他の社員全員が一瞬驚いた顔で社長を見たが、どこかで覚悟をしていたのであろう。 誰も何も言わない。 唯、とうとうその時がきたのかという表情に変わった。

「会長は何て言ってるんだ?」 工場長がまだ前を見据えたまま表情も変えず社長に聞いた。

「体裁が悪い話だから嫌がってるよ。 それじゃあどうするんだって聞いたら何も言わない。 大体分かるだろう」 社長と工場長は同い歳。 そして幼馴染でもある。 唯、悠森製作所には社長が先に入社し、その5年後に工場長が入社したのだ。

「ああ」 やっと見据えていた目の力を抜き少し下を見た。 そして

「でもこういう事は社長が言うんじゃなくて会長が言わなければ若い者にけじめがつかんだろう」 今度は社長を見て言ったが、事前にこの話を社長から聞いていた工場長なりの会長が来ない事への社長へのフォローでもあった。

「俺だってこんな事は言いたくないよ。 でも体調がすぐれないって言ってるんだから仕方ないだろう。 会長ももう歳だしな」 二人の会話を聞いていた若い社員が

「工場長いいですよ。 会長に言われたらムカつく事を言われるだけですよ。 それに僕らも分かってた事ですから」 

「お前らがそれで納得するならそれでいいけどな・・・」 工場長がフォローのお役はこれでご免とばかりに身を引いた。

「悪いなぁ。 ちゃんとけじめがつけられなくて・・・」 社長が社員を見渡した。 そして

「退職金の心配は要らないからな。 ちゃんと規定どおり出すように会長に言ってあるから」

「あの会長がちゃんと出しますか?」

「絶対に出させる。 俺に任せてくれ。 うちは借金もないからそこのところは大丈夫だ」 そしてコーヒーをまた口に含みゴクンと飲んだ。

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みち  ~道~  第186回

2015年03月20日 14時58分35秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第186回




「私がお呼びしたんです」 笑いながら琴音が言った。 

琴音たちのテーブルにやってきた更紗が

「ちょっと待ってよ! どうしてここに野瀬君が居るわけー!」 そう言って野瀬を睨むと

「私がお呼びしたんです」 野瀬に言った事と同じことを更紗にも言った。

「更紗さん、声が大きいですよ。 とにかく座ってくださいよ」 そう促され琴音の隣に座りながら

「野瀬君、今日はどうしてもご親戚の家に行かなきゃいけないって、さっき帰って行かなかった?」 怒り口調で更紗が言うと

「だから、声が大きいですよ。 それに更紗さんの方こそ、さっきこれからクライアントと会うって仰っていませんでしたか?」 疑問の言葉ではあるがその口調は強かった。

その様子が可笑しくて笑いかけた琴音が二人の間に入って

「待ってください。 私が企んだ事なんです。 お二人に同じ内容のメールを送ったんです」

「二人って?」 更紗と野瀬が同時に琴音を見た。

「だって、お二人とも同時に同じ内容のメールを送ってこられたんですもの。 私に気を使っていただいてたなんて思いもしなくて。 それにお二人には内緒ごとを作りたくなかったから。 みんなでお食事が出来たらと思って」

「あ、何―!? 野瀬君ったら抜け駆けして琴音さんにメールを送ってたってこと?」

「だから、更紗さん声が大きいですよ! それにそれはこっちの台詞ですよ。 更紗さんが暫くは織倉さんに連絡を取らないでおこうって言ったんじゃないですか!」 それを聞いていた琴音が

「もう、笑っちゃいけないけど・・・」 とうとう笑いをこらえられなくなってきた。

「織倉さん、笑い事じゃないですよ!」

「野瀬さん・・・野瀬さんも声が大きくなってきてますよ」 憮然とした顔の野瀬である。

「お二人のお気持ちは嬉しいです。 でも、正道さんも私に無理の無いようにゆっくりと進めて下さっていますからどうぞお気遣い無く」 二人の顔を見た。

「ま、仕方ないですね。 更紗さんが織倉さんに会いたい気持ちは僕が一番よくわかりますからね」 少し更紗を皮肉るように言った。

「その言葉、すっかりそのまま返すわよ。 それにしてもご親戚だなんて嘘つくなんて」

「更紗さんの方こそクライアントって言ってたじゃないですか」 前かがみになってまた声が大きくなってきた。

「まぁ、まぁ その事は・・・私が野瀬さんのご親戚であり更紗さんのクライアントっていう事で終わりませんか?」 琴音が二人を覗き込むと暫く間を置いて

「そうね、今の私たちってまるで子供よね」 クスッと笑いながら更紗が言った。

「ホントだ。 そう言えば更紗さんと仕事をし始めた時もこんな風でしたね」 心配そうに遠めにテーブルの様子を見ていたウエイターがやっと更紗のメニューをテーブルに置いた。

「あ、ありがとう。 大きな声を出してごめんなさいね」 ウエイターは微笑んで更紗の水とお絞りをテーブルに置き

「どうぞごゆっくり」 背筋の伸びたお辞儀をし踵を返した。

「さ、何を食べようかしら? 二人はもう注文をしたの?」

「まだですよ。 今来た所なんですから」

「え? そうなの? あ、でも考えたら私が迎えに行くって言ったら琴音さん断ったわよね。 どうして私じゃなくて野瀬君に迎えに来てもらうことを選んだわけ?」

「野瀬さんって、時間厳守ですから更紗さんとの時間の兼ね合いにズレが出ないだろうと思ってたんですけど、今日は早くいらしたからちょっと焦っちゃいました」

「もしかして、それで店に入ったときに時計を見てたんですか?」

「はい。 でも更紗さんが思ったより早くいらしてくださったから上手い具合にタイミングが合いました」

「え? 更紗さんが遅刻じゃないんですか?」

「当たり前じゃない、琴音さんと会うのに遅刻なんてするわけ無いじゃない」

「はぁー、それじゃあ僕との待ち合わせの遅刻って許せないなぁ」 溜息が出た。 すると更紗が野瀬を見ながら

「ふーん」 と目を細めながら一言いうと

「なんですか?」 水を飲みかけた野瀬が不思議そうに言った。

「時間厳守の野瀬君がねー」 

「その僕の気持ちが一番分かるのは更紗さんでしょ?」 一口水を飲んだ野瀬がその言葉にすかさず答えた。

「まぁね。 分からなくも無いわね。 さて、何を食べようかしら? 野瀬君はどうせお肉でしょ?」 それを聞いた野瀬が琴音に向かって

「ね、同じことを言ってるでしょ?」 琴音が微笑んだがそれを聞いた更紗が

「何?」 と、野瀬と琴音を順に見た。

「野瀬さんが更紗さんと私が同じことを言って野瀬さんを苛めてるって」

「うふふ、いいじゃない、いいじゃない。 二人で野瀬君を苛めちゃおう」

「止めて下さいよ。 とにかく僕はステーキを食べますけどお二人は何にします?」 いつもの様に更紗と琴音がアレもいいコレもいいと言い合いながらやっとメニューを決め野瀬がウェイターを呼んだ。

注文を終えるとすぐに更紗も野瀬も正道との授業の話を聞いてきた。

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みち  ~道~  第185回

2015年03月17日 15時05分38秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第185回




会社からマンションに帰り鞄から携帯を取り出すと2件のメールが入っていた。 自転車をこいでる間に着信していたようだ。

「更紗さんと野瀬さんからだわ」 すぐに2人のメールを見てみると

「やだ、なにこれ? 更紗さんも野瀬さんも同じことが書いてある」 その内容に思わず笑いがこぼれた。

「お忙しいから最近連絡がないと思っていたらこういう事だったのね。 もう、気を使わなくていいのに」

更紗は『絶対に野瀬君に内緒にしてよ』 と。 そして野瀬は『更紗さんには言わないで下さい』 と文頭に書いてあり、そのあとの文章が二人ともほぼ同じ内容だ。

野瀬のメールは『正道さんの指導が落ち着くまでは、お互い織倉さんには連絡をしないでおこうと約束をしてました。 でも、もう限界。 身体がクタクタです。 織倉さんパワーをもらいたくて連絡しました。 いつかお暇な時がありませんか?』 と言うものだった。 

更紗のメールとどこが違うかと言うと、せいぜい織倉さんと書かれているところが琴音さんと書かれていたり、丁寧語か否かくらいのものだ。

クスクスと笑いながらも

「えっと・・・内緒っていう事はどういうお返事をしたらいいのかしら」 暫く考えて

「あ、こうしよう」 琴音に遊び心が出た。 そして更紗と野瀬それぞれにメールを打ち出した。



週末、琴音が部屋で待っていると野瀬からメールが入ってきた。 あと10分で迎えに着くというものだった。

「え!? 時間厳守の野瀬さんが早いじゃない・・・どうしよう、予定外だわ」 そう言っても10分後には野瀬がやって来る。 

読んでいた本に栞を挿みパタンと閉じた。 そして目の前にあったお茶を一気に飲み干し、湯呑みをキッチンに持っていくと軽く洗った。 身支度はもう出来ていたが忘れ物はないかとカバンの中をチェックし、コタツのコンセントを抜き上着を羽織った。

少しすると玄関のベルが鳴った。 いつも通り玄関に座って待っていた琴音がすぐに玄関ドアを開けるといつもより大きな声で

「織倉さん! 久しぶりです!」 疲れた様子など見えない野瀬が立っていた。

「お久しぶりです。 ・・・野瀬さん、疲れていらっしゃると思ってましたけど・・・」 目を丸くして言った琴音に

「織倉さんからメールを頂いた途端に元気になってきたんですよ」

「もう、野瀬さんったら」 照れながらそれ以外返す言葉がない。

「僕は嘘なんて言いません。 本当の事ですよ。 更紗さんにこき使われてもうヘロヘロでしたよ」

「やっぱりお忙しかったんですね」

「そうなんです。 ちょっと難しいクライアントが数人かたまってしまって」 野瀬の表情に一瞬疲れを見た。

「お疲れですね」

「そうなんです。 だから織倉さんに元気を頂かないと。 さ、何処へ行きましょうか?」

「私はいつものお野菜の美味しいお店がいいんですけど、どうですか?」

「いいですねぇ。 行きましょう」 野瀬がイヤだといっても必ずこの店に行くつもりでいた。

二人でマンションの階段を下りていると野瀬が

「うーん、織倉さんとあの美味しい野菜を食べられるかと思うとそれだけでもう元気が出てきましたよ」

「え? 野瀬さんはお肉じゃないんですか?」

「いやだなぁ、僕だって肉だけじゃないですよ。 ・・・いや、確かに今日も肉を食べますけど」

「でしょ?」 その言葉を聞いて丁度階段を降りたところだった野瀬が振り返って言った。

「・・・織倉さん、段々と更紗さんに似てきましたよ」 一瞬足が止まった琴音も階段を降りながら

「そう言ってもらえると嬉しいですけど、まだまだ更紗さんの足元にも及びません」 階段を降りるとマンションの前に停めてあった車に向って歩いた。

「いや、充分更紗さんと同じように僕を苛めてますよ」

「ヤダ、苛めてませんよ」 いつも通り野瀬が助手席のドアを開け琴音を座らせて車を走らせた。


店に着き席に座ると琴音がチラッと時計を見た。 それを見ていた野瀬が

「時間、気になるんですか? 何か予定でも?」

「ゴメンなさい。 そうじゃないんです。 気にしないで下さい」

「そうですか? 何かあったら言ってくださいね」

「はい。 それより何を食べましょうか?」

「僕は勿論、ステーキですよ。 で、今日のサラダは何かなぁ?」 嬉しそうにメニューを開けだした。 

その姿を見てクスッと笑いながら琴音もメニューを見ていると

「琴音さーん!!」 場所も憚らず大きな声が聞こえた。

「え!? あの声は・・・」 野瀬が振り返ると大きく手を振り小走りにやって来る更紗が目に映った。

「ゲッ!? 何で更紗さんが!?」

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みち  ~道~  第184回

2015年03月13日 14時47分09秒 | 小説
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『みち』 ~道~  第184回




家に帰ると正道から渡された本を読みながら 両掌を合わせたり離したりを繰り返ししている琴音であった。


後日、正道から来週の予定がキャンセルになったからと連絡が入った。

琴音は来週正道に会うときまでにはと、何度も掌を合わせたり離したりを繰り返したが 結局、何も感じることは出来なかった。


その後も正道との勉強が続く日々を送ったが 跳ね返るものを感じることが出来ない。

「何も焦る事はありませんよ。 ゆっくりでいいんですよ」 そう言う正道の言葉も琴音の心に重くのしかかるように感じていた。

そして暑い盛りの季節は流れ秋の足音が聞こえだした。


夕飯を済ませた後

「たしか・・・今日は満月だったわね・・・」 ベランダから夜空を見上げるが残念ながら月が見える方向ではない。 

「ちょっと夜のお散歩にでも出ようかしら」 朝晩が冷えだした。 上着を羽織って外に出た。

月の見える場所まで歩いて行き一つ大きく溜息をついた。

「きれいなお月様・・・」 月を眺めてはいるが心此処に在らずだ。

「どうして跳ね返る物を感じないのかしら・・・これじゃあ前に進めないじゃない・・・」 そして両手を広げて少しずつ掌を近づけて行くとポンと跳ね返るものを感じた。

「え? 何これ?」 正道に跳ね返るものを感じたら遊びの一つで掌でボールを作るようにと言われていた。

「これがそうなのかしら・・・そうだとしたら丸くボールを作るのよね」 掌を動かし丸いボールを作り始めた。

「あ! 出来た!」 琴音のエネルギーボールが出来上がった。

「お月様ありがとう」 掌にはまだ琴音のエネルギーボールが乗っている。



出勤。 席に着き

「あ、工場長って来年定年だったんだわ。 何月生まれだったかしら」 すぐに社員名簿を開け確認をすると

「え! 3月!? あと半年もないの?」 社員名簿を片付けながら

「工場長が居なくなったらどうなるのかしら・・・工場長にしか出来ないこともたくさんあるのに・・・それに当座が減っていくばっかりじゃない・・・」 琴音が暗い顔をしているのを見て社長が琴音に話しかけた。

「織倉さんどうしたの? 何か心配事かい?」 他の社員も琴音を見た。

「あ、いえ。 そうじゃないです。 ・・・工場長が来年定年されるのかなって・・・」

「ああ、来年定年の歳だからなぁ。 ・・・誕生日がいつだったっけかなぁ」 それを聞いて琴音が

「3月です」

「そうか・・・3月か・・・決算月だなぁ・・・」 それを聞いていた社員が

「工場長には嘱託で来てもらうんでしょ? 工場長が居ないと現場は回りませんよ」

「ああ。 分かってる。 そうかもう半年ないんだなぁ・・・もうちょっと時間があると思ってたのになぁ。 時間はあっという間に過ぎてたんだなぁ。 3月か・・・」 独り言のように呟く社長であった。



明け方 突然金縛りにあった。

「ヤダ、また金縛り・・・」 身体を動かそうとするが全く動かない。 いつも通りだが何かがいつもと違う 

「何なのかしら・・・身体が動かないだけで後は何も無いわ・・・」 そうなのだ。 

いつもなら恐怖でいっぱいになるのに恐怖感が全く無いのだ。 だからといってこのまま放っておくわけにはいかず、どうしようかと思って身体を動かそうとしていると瞼を開くことができた。

すると瞼の先に何かが見える。 薄く赤い文字のような物だ。 だがそれは回転をしているようで読み取ることが出来ない。 
回転というのはよく理髪店などで見かけるクルクルと赤青白が回っているものがあるが、ある一つの短い文章が理髪店のそれのように斜めに回っているのではなく、まっすぐと横に書かれて回っているのだ。 
勿論見えているのは理髪店のように大きな機械が見えているわけではない。 文字だけがあのようにクルクルと動いているのだ。

琴音が目を凝らして見ようとすると赤く薄い文字が段々と濃くなってきた。 そして丁度見えたのが

「す・・・?」 もう一度よく見ていると文章の流れが分かった。 最初に見えた『す』 というのは 『~ます』 の最後の『す』 であることが分かった。
集中してじっと見てみた。 そしてやっと文章全体を読むことができた。

「それってどういう事?」 身体が解けていく。 金縛りは勝手にほどけていった。

目を開けたまま じっと考える。 

「分からないわどういう意味かしら」 目覚まし時計を見ると早朝5時。 布団にもぐり意味を考えようとしたがいつしか寝てしまった。

アラームで起きると

「あ! しまった!! なんて書いてあったんだっけ・・・」 思い出せない。

「何かが違いますって書かれていたんだわ。 あー、なにが違うって書かれていたんだっけ・・・私の身の周りじゃないことは確かなんだけど」 同じ失敗をしたようだね。

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みち  ~道~  第183回

2015年03月10日 15時07分57秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第180回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第183回



「違います、違います。 あー・・・ごめんなさいね」 そう言いながら息を整え

「琴音さんは意外とたくましいんですなぁー。 それとも金縛りの経験に慣れていらっしゃるのですかな?」

「慣れるだなんてとんでもないです。 毎回動かない身体を必死で動かそうとしているんですが恐怖ばかりが先走りますし、やっと金縛りが解けた後も体が重くてとても疲れてしまっています。 それに完全に意識を戻して重い身体を立ち上がらせないと、何度も金縛りを繰り返しますし・・・」

「ほほぅー・・・。 それでは今話されたお話は?」

「初めて立ち向かったんです」

「おお、そうでしたか。 そんな初めて立ち向かった話の途中で笑ってしまって申し訳ありませんでしたな」

「いえ、とんでもないです。 ただ、他の人にはこんな話は出来ませんが 正道さんや更紗さんなら分かって下さると思って・・・」

「はい。 充分に分かりますよ。 それで押し退けた後はどうでしたか?」

「それが不思議にいつものような疲れた感覚や、体が重いという事もなかったんです」

「それは良かったですな。 その毅然とした態度が何より良かったのでしょう」

「あ、それでお聞きしたいのは私が念で作ったつもりの手なんですけど、それってもしかしたら念で作ったものなんかじゃなくて、もしかしてそのアストラル体やエーテル体という物なんでしょうか?」

「うーん、どうなんでしょうかなぁ・・・でも琴音さんなら念でも作れそうですな・・・」 そう言ってまたクスクス笑い出した。

「せ・・・正道さん・・・」 

「いや、いや、何度もすみません・・・。 こんなに楽しく話していけるとは思ってもいませんでしたし、琴音さんの未開の力は面白い物がありそうですな」 そして琴音のほうを見て

「和尚が教えてくださった言葉で充分ですが・・・そうですな、こんな言葉もありますよ。 『惟神霊幸倍坐世(かんながらたまちはえませ)』 と言うのですが 祝詞の最後に唱えたりする言葉なんですね」

「祝詞・・・ですか?」 一瞬にして愛宕山で聞いた祝詞の事を思い出した。

「そうです。 意味は色々と言われておりますが そうですな、簡単に神様にお任せすると覚えておいて充分ですよ。 『南無阿弥陀仏』 みたいなものですな」

「南無阿弥陀仏・・・って・・・え? あの意味がよく分からないんですが」

「仏教という物は中国では無くてインド発祥ですから インドの言葉を漢字にしたのが 日本人の知っているお経なんですね。 それを音写と言いますが。 南無阿弥陀仏と言う 『ナム』 と言うのはサンスクリット語で『屈する』 等という意味がありまして 中国語で訳しますと帰依しますと言う意味なんです。 帰依と言うのはこれも色んな訳し方をされておりますが これもお任せすると考えておいて宜しいかと思いますよ。 阿弥陀仏・・・阿弥陀仏にお任せするですね。 ですから意味としては南無阿弥陀仏でも宜しいかとは思いますが 私は惟神霊幸倍坐世、こちらの方が琴音さんに合っている様な気がします」

「カンガナラ・・・タチマエ・・・?」

「初めて聞くと覚えにくいですよね。 カンナガラタマチハエマセ です」

「それって、漢字で書けるんですか?」 どうしても覚えたいと心が逸る。

「はい」

「漢字で覚えたほうが早いでしょうか?」

「漢字の方が難しいと思いますよ。 漢字自身も色んな漢字が当てはめられたりしておりますしな。 これは何かに書いておきましょうか?」 何か書くものはないかと辺りを見回そうとした時、琴音がすぐに鞄からメモを出し

「書いて頂けますか?」 正道にメモを渡すとサラサラと達筆で『惟神霊幸倍坐世』 と書き出し

「私はこの漢字を使っておりますが他にも書かれている漢字を書きましょうか?」 続いてカタカナで『カンナガラタマチハエマセ』 と書きながら正道が尋ねると

「いえ、正道さんと同じで充分です」

「それではこれで」 メモを受け取った琴音はじっと見て

「カンナガラタマチハエマセ・・・」 言葉が心に響く。

「そうです」

「・・・とてもいい響きです」 心のどこかが心地よく触られているような気がする。

「そうですか。 お教えした甲斐があります。 万が一、金縛りにあったときでも何か良くない物を感じたときにでも唱えるといいですよ」

「はい」 まだメモをじっと見ている。

「出来れば金縛りにはあわない方がいいですから ちょっとでもおかしな物を感じたら注意しておくように。 良いですな」

「はい」 やっと正道の目を見た。

「えっと・・・それで・・・そうですなぁ、琴音さんのどちらの手でもいいですが片手の掌上にもう一方の掌をかざしてみてください」

「こうですか?」 胸より少し下で右掌を左掌の上に置いた。

「右手をもっと上に上げて」 言われるままに右掌を20センチほど上に上げた。

「もう少し・・・」 また少し手を上に上げた。

「それくらいでいいです。 その掌をそっと左腕に近づけていってみてください。 ゆっくりとですよ」 ゆっくりと右掌を左の腕に近づけていき 左腕の上に右掌が密着した。

「なにか撥ね返るものは感じませんでしたか?」

「あ・・・何も感じませんでした」

「そうですか・・・そうですね。 もっと分かりやすくしましょうか。 両掌を合わせて下さい」
言われるままに胸の辺りで自分の掌を合わせた。

「少し離して・・・段々と離していって」 そして肩幅くらいに離れた時

「はい、いいですよ。 今度はそのまま掌をゆっくりと近づけてください」 ゆっくりと掌を動かす琴音。 その手が段々と近づき掌が合わさった。

「どうですか?」

「うーん・・・なにも・・・」

「焦らなくていいですよ。 毎日これをやってみてください。 跳ね返るものを感じた所が琴音さんのエーテル体の端です。 まずはご自身を知ってから動物にいきましょう」

「はい」

「さて、宿題はこれとして今日はこのくらいにしましょうか」

「はい」

「それでは次の日ですが・・・ちょっと予定が立て込んでおりましてな・・・」 椅子から立ち上がり、少し離れた所においてあった鞄から予定がびっしりと書かれた手帳を取り出し

「・・・うーん。 また後日ご連絡でも宜しいですかな?」

「はい。 お時間のあるときにお願いします」

「では予定が立ち次第ご連絡を入れます」


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みち  ~道~  第182回

2015年03月06日 15時03分52秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第182回




「人間というのは今生この肉体をお借りして そして来世でまた違う肉体をお借りするんです。 ですから一つの肉体が終わればそれで終わりではないんです。 ずっとずっと色んな経験をしたくて生まれ変わってくるのです。 ですがここで肉体を持った人間からするとちょっと腑に落ちないといいますか、どうして? と考えるところがあるんですな」

「それは?」

「肉体を持っている人間は好き好んで苦労しようなどとは思いませんでしょ? ですが魂は結構大きな壁を青写真に入れてくることがあるんですな」

「大きな壁・・・」

「そうです。 ですがそれも乗り越えられるような壁にしてあるんですが、肉体人間からすればとてもじゃない壁です。 途中で投げ出したり、最初から壁に向かわなかったりするんです。 魂にしてみればそれを乗り越えた時の喜びを味わいたくて 青写真に入れてくるんですがな」 そう言って「ははは」 と笑い出した。

「はぁー・・・」 琴音の溜息が漏れた。

「魂というのは素晴らしいですよ。 我が魂を持って究極の愛の表現をされるんです」

「それってどういう事でしょう?」

「そうですなぁ・・・肉体人から考えると生を持つとそのまま幸せに暮らしたいと思うでしょう? 母や父に愛されて」

「はい」

「ですが 生後数日で亡くなる命もあります」

「はい」

「それはその魂の今生の転生にかけて 母や父に生という重きを知らせる為だけの生を選んだ魂というときもあるんです」

「そんなこと・・・あるんですか?」

「まぁ、知らせるため唯一つという事ではありませんがな。 知らせることが出来たことへの喜びをまたその魂が経験している所もあるんですがな」

「人って・・・生まれるって深いんですね」

「そうですよ。 ですから命は大切にしなくてはいけません。 自分の命も、他人の命も。 そして肉体も。 絶対に肉体を粗末にしてはいけません。 肉体は借り物ですからな、大切にしなくてはいけません」

「肉体は誰から借りているんでしょうか?」

「地球です」

「え? 地球ですか?」

「そうですよ。 地球にある水や空気、土の成分、全てこの身体を作って下さっているんですよ。 母のお腹に居る時には母から栄養を貰っていますが、その母はこの地球の水を飲んでいます。 土から栄養を得た野菜を食べています。 酸素を貰っているから息も出来ます。 生まれた後もそうですな。 同じ物を頂いて大きくなっていきます」

「・・・とても納得がいきます。 この身体は私が作った物ではないんですものね」

「地球に感謝こそすれ、汚染するなんてとんでもないことですな」

「はい」

「そうですな・・・身体といいましたら この肉体がありますね?」

「はい」

「この肉体の外側にエーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体とあります」

「は・・・い」

「あ、これは聞き流す程度でいいですよ。 そのうち一つ一つを詳しく話しますから」

「はい・・・」

「今はコーザル体は置いておきましょう。 まず、エーテル体ですが形成体ともいいます。 このエーテル体が病んでしまうと肉体にも及んできます。 また逆もありますが、逆の場合は肉体を治せばそれですむことですが エーテル体が病んでしまっているといくら影響を受けた肉体を治そうとしても エーテル体が治らない限りは肉体も治りません。 ですから琴音さんには動物達のこのエーテル体を見ることが出来るようになって頂きたいと思っています」

「ええ!? そんなこと・・・出来るんでしょうか?」

「ご自分のオーラも簡単に見たじゃありませんか。 初めてであそこまで見ることが出来たんですよ。 出来ますよ」

「はい・・・」

「そしてアストラル体というのは感情体とも言います。 メンタル体は言葉そのままですな、精神体とも言います。 幽体離脱や体外離脱という事を聞いたことがありますか?」

「あ・・・図書館でそんな本の背表紙を見ましたけど・・・すごく何となくしか分かりません」

「寝ている間に・・・肉体が寝ているときですよ。 その時に今はアストラル体と言われていますが昔はエーテル体と言われておりましたが、それが身体から離れていくことを言うんですが ・・・何となく分かりますか?」

「はい。 とても何となく・・・」

「私はそんな経験はありませんから大きな声じゃ言えないんですがな」 そしてまた「ははは」 と笑った。

「あ・・・!」

「どうしましたか?」

「あの、数日前なんですけど金縛りにあったんです」

「あらま!」

「その時、更紗さんが和尚に聞いてきて下さった言葉を忘れてしまって・・・とにかく毅然としているようにと言われていたことは覚えていたんです」

「それはとても必要なことですな」

「今思えば『来るな、立ち去れ』 と教えて頂いたと思い出せるんですけど、その時はどうしても思い出せなくて。 それで正道さんからお話を聞いていた念で自分の手を作ってみようと思って 最初は動かない自分の手を感じてそして後は念って言うか・・・想像みたいな物ですけど その手に短刀のような木刀を持たせて 迫ってきた気配を押し退けたんですけど・・・」 

ここまで聞いていた正道が突然「わっはははー!」 と大声で笑い出した。

琴音の足元で遊びつかれて寝ていた仔犬が飛び起きた。

「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・こんなに大きな声で笑ったのは何年振りでしょうか・・・いや、最後に笑った記憶も無いほど昔ですよ。 あーっはははー」 まだ腹を抱えている。 

琴音が椅子に座ったまま手を伸ばし仔犬の頭を撫でながらまた寝かしつけた。

「あの・・・私、そんなにおかしなお話をしたんでしょうか?」

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みち  ~道~  第181回

2015年03月03日 14時38分33秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第181回




「お早うございます」

「おお、琴音さん。 お早うございます。 お早いですなぁ」

「仔犬ちゃんと遊びたくて早く来ちゃいました。 あの、勝手に入ってすみません」

「いや、いや。 そんなことは気にしなくていいんですよ。 どうですか? 仔犬と仲良くなれそうですか?」

「とても可愛くてずっと遊んでいても飽きません」

「2週間も経つと行動も前と違って活発になりましたでしょう?」

「はい。 おもちゃで一緒に遊んでいたんですけど飛びついてきたりして、前に来た時みたいに寝てることが多い感じがしません」

「そうでしょう。 これからは活発になってゴンタになりますよ。 あ、女の子ですからお転婆さんですかな」

「あら、仔犬ちゃん、お転婆ちゃんになっちゃうの?」 仔犬を見て言うと仔犬は知らん顔をしておもちゃで遊んでいる。

「それでもこの仔は大人しい方ですよ。 琴音さん、仔犬はそのまま自由にさせておいていいですよ。 さて、今日はどんな話をしましょうかなぁ」 正道のその言葉を聞いてすぐに琴音は正道の元へ小走りに寄って行った。

「慌てなくてもいいですよ。 まだどんな話をしようか決まっていませんからね」

「はい」 そう返事をしながらも正道の前に立っていると

「どうぞかけて下さい」 正道がパイプ椅子に座るよう促し、正道も椅子に座り

「そうですなぁ・・・動物の肉体のことは本で勉強をしてもらいますから良いとして・・・あ、どうですか? 本は読みにくくはありませんか?」

「大丈夫です。 分かりやすい図解入りですし、今のところは聞き慣れない言葉もそんなに出てきていませんから」

「それは良かった。 でも初めて見た方ならきっと聞き慣れない言葉が既に出てきているはずなんですよ」

「そうでしょうか?」

「琴音さんが幼い時に積み重ねたことがここで表に出てきているんですよ。 大きくなったときに役に立つようにと、本を読んでいたから言葉慣れもしているんですよ」

「あ・・・そうなのかしら・・・」

「そうですよ。 人生に無駄な事など無いんです。 点と点が繋がり線となるんです。 どんな小さなこともどこかで結びつくんです。 そして線となったときにその線をどれだけ太くするか、どれだけ長くするか、その繋がった線は面となりその面積をどれだけ大きくするかも自分自身なんですよ」 琴音は正道の話を聞き、ただコクリと頷いた。

「そうですなぁ・・・今日はそんな話を致しましょうか・・・」 琴音は黙って正道を見ている。

「琴音さんは輪廻転生を信じていますか?」 琴音は突拍子も無い突然の質問に驚いた顔をしている。 その顔を見ながら正道が言葉を変えてもう一度聞いた。

「生まれ変わりや前世、来世を信じていますか?」

「生まれ変わりですか・・・? 考えたこともありませんでした・・・」

「それでは言葉を少し変えて、死が全ての終わりだと考えますか?」

「死んでしまうと・・・終わりですよね・・・? 身体がなくなっちゃうんですから・・・」

「確かに、肉体は終わりますな。 ですが肉体がなくなったからといって全てがなくなるのでしょうか?」

「全てというのは?」

「念や想いという物も終わってしまうのでしょうか?」

「身体がなくなってしまっては念も何も発することができないんじゃないでしょうか? 肉体があるから念や想いを発することが出来るんじゃないんでしょうか?」

「肉体から発している・・・ですか・・・ふむ、確かにそう考えることも一理ありますな。 では、幽霊・・・信じていますか?」

「はい、勿論です」

「これはこれは、今までに無くはっきりと仰いますな」

「見たことはありませんけど信じなくては恐くて・・・どうして信じないんだー、って出てこられても恐いですし・・・」

「ははは、そう考えますか! まぁ、どんな形でも信じていらっしゃるのなら話が早いですな。 では、肉体がなくなった幽霊はどうして終わらないんでしょうかな?」

「え!? ・・・あ、そう言われれば・・・」

「それに肉体の無い幽霊というのは何か強い想い、思念を持っていると思いませんか? ですからそこから離れることができないと・・・」

「あ・・・」 思いもしなかった事を聞かされ小さな声で 「そうかもしれない・・・」 と一言いった。 

そして人一倍幽霊が怖い琴音が続けて

「・・・ちょっと恐くなってきました・・・」 少し青ざめた顔で言った琴音を気づかって正道がゆっくりとした口調で説いた。

「ああ、怖がらせてごめんなさい。 でもね、人間も霊なんですよ。 ただ肉体があるかないかの違いなんです。 だから恐がる事はありませんよ。 そんなことも少しずつ慣れていきましょうね」 コクリと頷く琴音である。

「では、話の筋を変えましょうか。 肉体というのは今世での乗り物のような物なのです。 例えば肉体が車だとします。 車から降りたからといって想いや念を持っている人が居なくなるわけではありませんでしょ?」

「身体が乗り物・・・ですか?」

「乱暴な言い方ですがな・・・そう考えるのが一番簡単です」

「その想いや念というものはいったい何なんでしょうか?」

「先程言った霊であったり、よく使われるのが魂という言葉なのですが・・・本来の魂という物は光り輝くもので念を持っているとは言い難いんですがな・・・」 

「では肉体という乗り物に魂が乗っているんですか?」

「そうです。 最初はそう考えておくのが一番分かりやすいでしょう。 ですから一生のうちで人は何度か車を買い替えますでしょう? 3台目の車に乗ったときを中心に考えると 2台目が前世、1台目が前々世。 4台目の車に乗ったときがいわゆる来世です。 そして5台目6台目へと続きます」

「車が肉体だから・・・それが輪廻転生なんですね。 今のお話だと6回の転生をしていることになるんですね」

「そうです。 そして人はその転生毎に青写真を描いて生まれてくるのです」

「青写真・・・?」

「人には選ぶという事が与えられていますが、ある程度の青写真は描いて生まれてくるのです」 

「青写真・・・いったい何が描かれているんでしょうか?」

「大きく言うと生まれる国や、性別などですな。 これは生まれた後に変えることは出来ませんからな。 そしてその生でやりたい事、感じてみたいこと。 それを青写真として その生で達成するために生まれてくるのです。 その一歩一歩が小さな点なのです」

「あ、さっきのお話ですね」

「そうです。 道を踏み外さないように・・・いえ、踏み外してもいいんです。 それも大きな経験です。 ですから歩いている一歩一歩がとても大切なんです。 無駄なことなど何一つないのです」

「その青写真は誰が作った物なんですか?」

「本人です。 前世でやり切れなかった事であったり、今度はこういう経験がしてみたいと計画してくるのです」

「私が私の計画を立ててきたんですか?」

「そうですよ。 とても素晴らしい経験をしようと計画を立ててこられたんですよ」

「・・・言葉で理解できても実感がありません」

「ははは、これからですよ。 焦ることはありません」

「はい」

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