大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

映ゆ を書き終えて

2018年01月12日 22時21分23秒 | ご挨拶
長い間、お付き合いくださり

有難うございました。



『映ゆ』 を書くにあたって、一番最初に浮かんだシーンが


駅前の沢山ある大きなウィンドウの前を肩を落としてトボトボと歩いていると、ふとそのウィンドウの一枚が目の端に映った。 渉の歩く姿が映っているはずなのに、違う姿の横顔が見えた気がした。。


その後、渉は救急車で運ばれ、シノハは川に落ちたという場面です。


そのことからタイトルを 『映(は)ゆ』 としました。

『映ゆ』 ・・・ピンとこないかな? 『映ゆる』 の方が分かりやすいかな? 
映ゆは、映えるという意味。  そして言葉そのものの意味は 光を受けて照り輝く。 引き立ってあざやかに見える。また、よく調和する。 等で、私のもつイメージ 『映ゆ』 とは随分違うんですが、単にこのシーンのことを書きたくて 『映(うつ)る』 は、ちょっと・・・。 

それに 『映ゆ』 が、自分の中で一番しっくりきたので、日本語の意味を完全に無視してタイトルにしました。 




最後の最後、

「父―た?」
「うん?」
「ちんえん」 腕に抱かれた幼子(おさなご)がふっくらとした手で夜空を指さす。
「ああ・・・真円の月だな」


長雨の後、渉と次に会う約束をしていた真円の月。

この台詞は浮かんではいましたが、書かないつもりでいました。 下書きにも書いていませんでした。 頭の中にあっただけです。
シノハのことは読んで下さる方々に、想像していただこうと考えていたからです。

が、いざ投降ボタンを押す段になって、やっぱり書こう、と付け加えたという所です。





私事ですが、当分、書ける環境になく、次は何年空くか分からない状態です。

一応、あらすじは頭に浮かんでいるんですが、簡単に言うところの、起承転結の『起』 くらいを書き終えただけで、どうにも集中する時間が取れなく・・・。


次の予告は出来ませんが、閲覧状態を見ると『映ゆ』 に限らず、他のものも見て頂けているようで、嬉しく思い、それを励みに少しづつでも書いていこうと思っています。



それでは


『映ゆ』 を読んで下さって有難うございました。

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--- 映ゆ ---  第144最終回

2018年01月11日 21時31分58秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第144最終回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou ~  第144最終回




更に2年が経つと、ガラスの心が段々と強くなって、自分から話すことが多くなってきた。

「渉、お土産だぞ、JonJonのケーキ」 

会社から帰ってきた貴彦が、ソファーに座る渉にケーキの箱を顔の前に上げる。

「あ・・・」

「売り切れてると思ったけど、ギリギリ残っていたよ」

「・・・イチゴのケーキ・・・あった?」

「ああ、残ってたよ。 パパはちゃんと渉の好きなものを知ってるからね」

「あら、ママの方が知ってるわ」

「パパもママも・・・私の好きなものを知ってる・・・?」

「勿論だよ。 渉のパパとママなんだから」

「そうよ、シノハさんのことも知ってるわ」

「・・・シノハさん・・・」

「シノハも今頃は何かを美味しく食べてるかもしれないな」

「食べてるかな・・・」

「きっと食べてるわよ」

「シノハさん・・・お肉を食べないの」

初めて渉からシノハの話が出た。 真名と貴彦に緊張が走る。 だがここで止めてはならない。 真名が平静を装って渉に応える。

「あら? そうなの? 男の子なのに、それじゃあ体力がつかないんじゃないの?」

渉に返す真名の気概に貴彦が驚いた。 それとも今にも倒れそうになっているのだろうか。 貴彦が事の流れを静観する。

「薬草で・・・体力があるんだって」

「そうなんだ。 じゃ、ほら、JonJonのケーキは渉ちゃんの薬草みたいなものだもの。 渉ちゃんも食べましょう。 シノハさんに倣わなくっちゃ」

この数年で雅子は強くなっていた。



更に時は流れる。

「渉ちゃん、入っていい?」 渉の部屋の前で翼の声がする。

「翼君? いいよ・・・」

ドアを開けると満面笑みの翼が入ってきた。

「今日は姉ちゃんが居ないんだ~」

「カケル・・・どうしたの?」

「ナントカのナントカだって」

「・・・なにそれ?」

「姉ちゃんのことはいいんだ。 ねっ、お祝いしてよ。 昇格試験受かったんだから」

「翼君が会社員だなんて・・・まだ信じられないな」

「何年経ってると思ってんの? 昨日今日、入社したわけじゃないんだよ。 ね、今度こそお祝いのチューして」

「ば・・・か」

「ちぇー、これで何度目の試験合格だよ。 おれって素晴らしいんだけど? どうして渉ちゃんはご褒美のチューしてくれないんだろね?」

翼の言いように渉が笑みをこぼす。

「パパ・・・厳しい?」

「あー、渉ちゃん何も分かってない。 厳しいなんてもんじゃないよ。 小父さんは鬼だよ鬼!」


翼の就職先、それは渉の父親である貴彦が在籍する企業であった。
翼から就職の相談を受けた母親の希美が渡されたパンフレットを見て驚き、翼の父親である良治に二度も丸投げしたものであった。
希美も良治も個人的に貴彦がどうのと思っているわけではないが、貴彦の居る企業に翼が入れば色んな関係性を危惧する。
翼においては、この時点で自分の希望する就職先に、まさか渉の父親が居るとは知り得なかった。 入社式の時に壇上に上がる貴彦を見て度肝を抜かれたのだから。

そして貴彦にしては

「人事から渡されましたが、どういたしましょう?」 第一秘書が内定の決まった者の履歴書をデスクに置きながら尋ねる。

人事部長は以前の上司であった貴彦に傾倒している。 よって、新入社員を要望していた貴彦に、一番に内定者の履歴書をまわしてきたのだ。
もちろん内定者全員の履歴書ではない。 筆記試験の結果も勿論の事、面接での面接官の報告その他諸々を考慮した上での、人事部長おススメ10名の精鋭だ。

「そうだな、一日二日考えて―――」 束の履歴書を手に取ると、10枚の履歴書を軽くパラパラと見ている手が止まり、同時に言葉も止まった。

「本部長どうかされましたか?」

「いや」 言うと中から一枚の履歴書を出し、間違いないと確信すると、すぐに口元をほころばせた。

「この子をうちにもらおうか」

何枚もある履歴書から翼の履歴書を秘書に渡すとデスクから立ち振り返り、大きな窓の向こうにあるビル群を見た。



「ご子息の内定、お目出とうございます」 ワイングラスを軽く上げた。



「えっ! 翼君がパパの会社に!?」

「ああ、まだ内定だけど驚いたよ」 鞄を真名に預ける。

「お祝いをしなくちゃ!」

久しぶりに見た真名の笑顔である。 きっと腕を振るって料理を作り、翼家族を呼んで祝いをしたいのだろう。 ネクタイを緩めながら真名の笑みを目を細めて見ている。
真名は本心からの思いだったが、一呼吸おいて、まだ不安定な渉が神社に居ることを忘れてはならない。 奏和に任せたままで祝いなど・・・。
真名の笑顔が消えた。

「ああ、我が家で二家族揃って祝いをするにはちょっとね。 それに渉が欠席ではね」 着替えを始める。

「そうね。 ね、パパ、でも、良治さんだけには、良治さんにお祝いをしてあげてほしい」

本来なら翼を祝うのに『良治さんにお祝いをしてあげて』 という台詞は可笑しい。 だが貴彦が真名の言葉をキャッチし、心地いい息を吐いた。 同じことを考えていたからだ。



「愚息です」 こちらもグラスを傾ける。

顔を見合わせると互いに笑み、一口ワインを口に含んだ。

「これで肩の荷が下りましたね」

「ええ・・・。 親を知らないわたしが男の子にどんな背中を見せればいいか・・・。 迷いながらの年月でした」

「立派な青年です。 それに昔から心優しい」

「そう言っていただければ・・・間違いはなかったのかな、なんて頭に乗ってしまいますよ」

この数十年の記憶が走馬灯のように頭の中を駆け抜ける。 そこに貴彦の声が響いた。

「ええ、いくらでも頭に乗って下さい」

ハハハと良治が照れながら笑う。

その笑いの中で「ええ、本当にいい青年です」 と、心から呟く。

幼少、少年の頃の翼は知っていても、青年になっていた翼のことは良く知らなかったが、翼を選んだあと、人事部長から翼のことを聞かされた。


「さすがは本部長。 見る目があります。 この子はこの数年なかった逸材です。 性格も申し分ありません」 そう聞かされた。

第一秘書から迷うことなく、貴彦が翼を選んだことを聞かされた人事部長が、更に翼のことを調べた。 その報告を聞いた貴彦。 納得し、ゆっくりと首肯した。


「わたしは大人になった翼と会ったことはありませんから、これからじっくりと見せてもらいますけど」 楽しみだと言ったように視線を向けると続けて言った。

「何よりも人事部長のお墨付きです。 今年の新入社員の中で、あ、いや、数年を遡ってでも、逸材だと言っています。 性格も申し分なしと」 人事部長の目は確かだと思っている。 反対勢力がどう思うかは知れないが。

「逸材? 翼がですか?」 目を大きく開けて貴彦を見る。

「ええ。 うちの人事部長は嘘を言いませんから。 それに彼は見る目を持っています。 その上で翼を評価したんです」 翼のことを過小評価している良治に念を押す。

思い上がりだろうか、貴彦からの賞賛を良治が受け、間違ってはいなかったのか。 考えて考えて、やれるだけのことをした。 それが実を持ったのだろうか。
貴彦の話を聞くと、育て方は間違っていなかったと思われる。 それが何よりだ、それが一番だ。 間違っていなかったんだ。 数十年もの荷が、何トンもの荷が肩から下りた。

「それにしても、先に教えて下さればよかったのに」

貴彦の言葉に良治が頬を緩める。

「貴彦さんに言ってしまうと、翼が納得をしなかったでしょう」

「翼が我が社に入社希望をしていると私に知れると・・・」 軽く笑みがこぼれる。

「はい」

「縁故、と。 翼がそう思うわけですね」

「ええ、そういう事を一番嫌うアイツですから」

「でも、翼は良治さんが私に言ったかどうか、そんなことを知らない。 それどころか、私に言ったかもしれないと思っているかもしれません。 翼が我が社の試験を受けた。 そして私が翼を推したと思っているかもしれませんね」 笑みをこぼしながら言うところが本心ではない。

「私が貴彦さんにお願いしたとして、貴彦さんがそれをのむことは有り得ませんし、それがあったとして、それに甘んじる翼でもあり得ませんから」 笑みを返す。

「ええ。 そうですね」

もし良治が翼を思うあまり、コネを使おうと貴彦に頼んでも、貴彦が首を縦に振らない性格であることは分かっていた。 もとよりそんな気はなかったが。
それにそんなことをしても翼が喜ぶはずもない。

ただ、たとえ自力で翼が無事入社できたとして、万が一にも貴彦に迷惑をかけることはないのかと危惧していた。 派閥の蹴落としなどに巻き込まれてしまっては、貴彦に向ける顔がない。 それ程に些細なことに難しい会社であった。
だが、ペーペーの新入社員が、今は部長から本部長になっていた貴彦に、さかむけの先も引っかかるとは思っていなかったが、新入社員の翼が受けた部署は、本部長秘書課であった。

良治の懸念に軽く手を振って退ける。
人事に申し出たのは翼のことを知る前だった。 もし何か言われても、誰に足を取られることもないだろう。 まぁ、翼のことを知らなかったというのを疑われては、どうにもならないが、そんなことに屈する気などない。

「でも、どうして我が社だったんでしょうかね?」 当たり前の志望動機は知っているが、翼のことだ、それだけではないであろう、と疑問を投げかける。

「それが、収入がいいからだそうですよ」 さすがに、渉に安定した生活をしてもらうためとは言わなかった。

「収入ですか? へぇ・・・翼が。 その動機が叶うことは有り得なくもないとは思いますけど・・・」

二人が目を合わすと良治が表情を崩した。

「わたしも言ったんです。 昇格しての話だろって」

「それで翼は?」

「『昇格するから言ってんじゃん』 と返されましたよ。 あいつの自信には参りますよ」 

今度は貴彦が表情を崩し、クックと漏れる笑いを出す口に手を当てる。
良治が鼻の下をこするとワインを口にした。
下を向いて笑いを納めた貴彦。 前をじっと見てから一言。

「厳しくしても宜しいですか?」

翼の夢を叶えようではないか。

「宜しくお願いします」 一呼吸おいて良治が答えた。

二人のグラスが合わさりチンと音を立てた。


「小父さん、おれを虐めることに快感得てんじゃないかな」

「誰がだ?」

「だから小父さ・・・ん・・・」 一瞬時が止まって声のする方、早い話、開けっ放しのドアをゆっくりと見た。

「渉、お土産を買って来たよ」 JonJonの箱を目の高さに上げた。

ドアは開けていたが、まさかそこに貴彦が立つとは想像だにしなかった。

「ギャー!!! ほっ!、本部長!!」

「コラ、この家で役職なんて言うんじゃない。 それに誰が鬼だって?」

「ほ・・・じゃない。 小父さんいつから聞いてたんですかー!?」

「聞かれて困ることは口にするんじゃない。 ほら、渉も翼も降りといで。 ケーキを食べるぞ」

「ウソダロ」

今日は会議で家を空けているはずじゃないのか? 本部長秘書課ならではの翼は、本部長である貴彦の行動を把握している。
翼の独語に貴彦がほくそ笑む。

「会議が急遽頓挫になったんだよ」

「え? なにかマズイことでも起きたんですか?」 秘書ならでは、先を考えなくてはと会社モードの顔になる。

「ニュースを見ていないのか? 東北が大型台風に見舞われて新幹線や飛行機が止まっただろ」

「あ・・・役員が揃わなかった?」

「思いもよらない台風の進路変更だったからね」

翼が上がりかけた肩を落とし、少し前までの顔に戻る。

「じゃ、当分色んな試験はお流れですか?」

「甘いことを言うんじゃないよ。 翼にはあらゆる試験を受けてもらうからな」

今度はガックリと肩を落としたが、貴彦にしてみればそれが翼への恩返しであった。

「それに此処は此処だ。 会社とは違うんだからな。 ほら、二人ともリビングに下りてきなさい」



そしてあの日から10年近くが経った。

「よっ」 開け放たれた襖の前に立った奏和。

「へぇー、馬子にも衣装じゃん」 部屋の中に一歩入る。

宮司の家、2年余り渉が寝泊りしていた一番奥の部屋のドレッサーの前に渉が座っている。

「もっと言い方があるでしょ?」 横を向いて奏和を見る渉。

「とてもお綺麗ですよ」 椅子に座る渉の裾を整えながら言った女性。

「そうかな?」 鏡越しに女性を見ると女性と目が合った。 女性が笑みで返す。

ドレッサーに映っているのは、白無垢姿の渉。

「渉、白無垢着てんだぜ。 もっとしおらしい言い方があるだろうよ」

「こんなにお綺麗で、旦那様はお幸せですよ」 裾を整えた着付けの女性が、ドレッサーに映る渉に話しかける。

「だって。 奏ちゃん、どう思う?」

「だから、話し方・・・。 ・・・まぁ、幸せだな」 言うと片方の口の端を上げ、両の眉を上げた。

「奏和、そろそろ時間よ」 台所にいたカケルが奏和の後ろに立った。

「あ、ああ」

「渉、とっても綺麗よ」 奏和の後ろからカケルが顔を出す。

「カケルもとっても似合ってる」

「ありがと。 ほら、奏和行くわよ」

「ああ」 踵を返そうとしたその時、渉が手に持っていたジョウビキをドレッサーの前に置いた。

「え? ・・・あっ、そうか。 帯にも襟元にも挟んだら、壊れるかもしれないよな。 ・・・袖に入れれば?」

渉が首を振った。

「なに?」

「今日からいいの」

「え?」

「それでは、よろしいですか?」 女性が言うと渉がコクリと頷いた。

「渉・・・」 

あの時から10年近く、一日と離さず持っていたジョウビキ。 そのジョウビキを渉が手から離した。
女性が玄関まで渉の手を取る。


雅楽が流れ、氏子が人垣を作っている。
先導するのは神主姿のカケル。
白無垢姿の渉の横には、羽織袴姿の奏和が立っていた。





「父―た?」
「うん?」
「ちんえん」 腕に抱かれた幼子(おさなご)がふっくらとした手で夜空を指さす。
「ああ・・・真円の月だな」

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--- 映ゆ ---  第143回

2018年01月08日 23時29分49秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第140回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou ~  第143回





「渉、入るぞ」 一番奥の部屋の襖を開けた。

いつものように手にジョウビキを手に乗せ、パジャマのままで布団の上にチョコリンと座っている。
襖に背を向け硝子戸の向こうに見える木々を見ている・・・ような姿。

「朝飯食べようぜ」 手にはいつものように、渉と奏和の朝ごはんが乗った盆を持っている。

「・・・」

「食べなくっちゃ、渉」 部屋の隅にある小さな卓に盆を置いた。

「・・・」

「シノハは今頃食べてるぞ」 今日は絶叫覚悟でシノハの話をしよう。

「・・・シノハさん?」 ゆっくりと振り向く。

「ああ、そうだ。 シノハと約束しただろ? 食べるって」 渉の座る布団に近づき、布団の横に胡坐をかいた。

「奏ちゃん・・・シノハさんに石を返して」 片手をついて奏和に身体を向ける。

「渉・・・」

「シノハさんが居なきゃなんないの! シノハさんに返して!」


忘れ物を取りに帰ってきた雅子が玄関を開けた途端、渉の叫び声が聞こえてきた。

「渉ちゃん・・・」 玄関に腰を下とすと、両手で顔を覆って涙が出るのを堪えた。


「渉、シノハは渉のことを今も想ってる。 ずっとずっと想ってる」

「シノハさんに逢いたいの! シノハさんに逢いたいの!」

「ああ、そうだ。 シノハも渉のことを想ってる。 逢いたいだろう」

「逢うの!」

「渉・・・、シノハに何を言われた? 渉のことを想ってる人のことを考えろって言われたよな」

「そんなこと知らない! 知らない! 知らない!!」

「渉、言われたんだよ。 シノハからの宿題って言ってたろ? 思い出せないか?」

「知らない! 知らない! 奏ちゃんが嘘をついてる! シノハさんに逢うの!」 ハッハッと渉の息が短くなる。

「渉・・・」

「奏ちゃん、シノハさんはどこに居るの!」 短い息の中で渉が問う。

「え?」

「シノハさんは何処!? シノハさんに逢いたいの!」 目は朦朧としていない。 その目が奏和に詰問を迫っている。

(え? どういうことだ。 シノハがどこに居るのか分からないのか?) 奏和がゴクリと唾を飲む。

「シノハさんに逢わせてって! 奏ちゃん!!」

逢わせて? 明らかに今までの渉と違う。

「渉、シノハと逢いたいのか?」 愚問であるが、こう問わずにはいられなかった。

「シノハさんと逢いたいの! 逢うの!」

「ああ、逢いたいな」

「逢うの! 逢うの! 逢うの! シノハさんは何処!?」

「ああ、シノハも逢いたいと思ってる」

「連れてって! シノハさんの所に連れてって!」

「渉、シノハがどこに居るのか分からないのか?」

「逢いたいの! 逢いたいの! 逢いたいの!」 今にも息が途絶えそうになっている。

今日はこれ以上無理だ。 そうは思ったが、光明など、そんな贅沢なことは言わない。 だが、闇の中に僅かに鈍色が見えた気がした。 自分の気のせいかもしれない。 その自分の気のせいに渉を付き合わせていいものかと瞬間、逡巡する。 迷っている間などない。 鈍色にかけようと思った。

「そっか。 じゃあ渉、シノハの声を思い出せ」

「シノハさんの・・・声?」 我を忘れて奏和に食って掛かっていた目が口が手が納められた。

渉の時が止まったようになった。
奏和に不安がよぎる。
このまま渉が止まってしまうかもしれない。 そうなってしまえば取り返しがつかない。もう何をしても渉は此処に帰って来ないかもしれない。 それでも負の予感より正の予感をとった。 今の渉は今までの渉と違う。

「ああ、そうだ。 優しい声だったな」

「シノハさんの声・・・」 渉が奏和から視線を外し空(くう)を見た。

その視線の先は何処なのかは分からない。 より一層奏和に不安が走る。 だが引き返すことなど考えられない。 前だけを見て、前だけに希望をもって言葉を紡ぐ。

「渉のことをずっと見つめて、話してたじゃないか。 渉を想う優しい声だったな」


『ショウ様。 我はずっとショウ様と共に居たい。 ずっと・・・ずっとこの身が絶えるまでショウ様と居たい』


「シノハさんの声・・・」

「そうだ。 優しく渉を包む声だ」

「シノハさん・・・」

「うん」 今までと何かが違う渉の言葉に相槌を打つ。

「・・・優しいの」

奏和が目を見開いた。

(・・・渉) 無意識に今しがた見開かれた目を細めた。

「そうか。 きっとそうだろうな」

「鳥と・・・話すの」

「へぇー、そんなことが出来るんだ」

「鳥を・・・肩に乗せるの」

「そうか。 すごいな」 奏和の目頭が熱くなった。

もちろん渉がシノハの話をしたのは初めてだった。
膝をつきながら布団に座る渉に寄った奏和の手が渉に伸びるとその頭を撫でた。

「渉・・・渉・・・偉かったな。 よく頑張ったな・・・」

「シノハさん・・・優しいの」

「そっか、そっか・・・」

渉の頭を撫でるその手を頭の後ろにずらすと、幼い頃と同じように渉の顔をそっと自分の胸に当てた。

「シノハさん・・・」 

奏和の胸の中で空(くう)を見ているだけだが、大きな一歩を踏み出せた。

この日初めて渉が絶叫を上げなかった。

玄関で座り込んでいた雅子が目頭を押さえていた。
それは、あの日から2年と少し経っていた。


時は流れ、渉は家に帰っていた。

「渉ちゃん、ママとお買い物に行きましょう」

「・・・お買い物?」 まだ何処か虚ろな目をしているが、渉が家に帰って1年が経つ。

「うん、そう。 もう何年も行ってないでしょ? 久しぶりに行かない?」

真名も渉を受け止めることが出来ていた。

「お買い物・・・?」

「ええ、そうよ。 お洋服を見に行かない? 渉ちゃんに似合うお洋服を買いに行くの」

「お洋服?」

「ジョウビキのような綺麗な青いお洋服を買わない?」

「ジョウビキ・・・」

「ええ、渉ちゃんの大切なジョウビキと同じ色のお洋服よ」

いつも握っている手の中のジョウビキを見る。

「ジョウビキと同じ・・・?」

「そう、シノハさんの作ってくれたジョウビキとお揃いよ」

「・・・行く」

渉の返事に真名が驚いた。 初めて自分で判断をして言葉を発したからだ。

「渉ちゃん、渉ちゃん・・・」 その場に立ち竦んで大粒の涙がポロポロと流れ出る。

「マ・・・マ?」 

「・・・渉ちゃん!」 もう何年も聞いていなかった真名を呼ぶ声、真名を見る目。

渉が驚いて口を閉ざそうとした。

「あ、ああ、ごめんなさいね。 何でもないのよ」 慌てて手で涙を拭く。

奏和から言われている。 こちらの感情を渉に押し付けてはいけないと。

「じゃ、ジョウビキをなくしたら大変だから、ハンカチに包んでポケットに入れましょうね」

「・・・うん」

ガラスの心を持つ渉にソロリとソロリと真名が寄り添う。

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--- 映ゆ ---  第142回

2018年01月04日 22時28分24秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第140回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第142回




専門学校を卒業してプー太郎状態の奏和が神社に戻ってきて渉と共に毎日を過ごしていた。

「渉、入るぞ」

一番奥の部屋の襖を開ける。 神社に来た時にカケルと共に寝泊まりする部屋ではない。

「貰い物の饅頭食べようぜ」

襖を閉める。 手には箱と茶、皿を一つ載せた盆を持っている。
相変わらず襖に背を向け、布団の上にチョコリンと座り、硝子戸の向こうを見ている。 先には木々しか見えないが、それは目には入っていないのだろう。 ただ、視線が向いているだけなのだろう。 手にはジョウビキが乗っている。

「な、食おうぜ」

未だ、ただの一度もおやつを食べたことがない。 三度の食事は何とか口を開けてくれるが、すすんで自分で食べることはない。 奏和が口に運んでいる。
おやつは食べないが、食事だけは食べる。 それはシノハとの約束があるからだろう。 ただそれだけで喉を通しているのだろう。

「ほら、旨そうだろ。 どれがいい?」

蓋を開けると箱の中には色とりどりの上生菓子がお上品に並んでいる。
箱を見ることもない渉。 ただ前だけを見ている。

「このピンクのが可愛いな」

桜の形をしたものをチョイスし、菓子切を使って皿にのせると小さく切った。

「ほれ、口開けてみ」

唇にツンツンと桜の一片を当てるが、いつもの如く反応はない。

「な、食べてみろよ」

もう一度突くが、食事の時のような反応はない。
菓子切を皿に戻し、その皿を盆に戻す。

「なぁ、旨いもんは美味しくいただかないか? 体重ももうちょっと増やさなきゃ。 な?」

何を言っても反応がない。

こんな毎日が続いていた。 だがそれだけではない。 シノハの名前も出している。



「小父さんと小母さん今頃どうしてるかなぁ? 渉が家から居なくって泣いてるかもな」

「ああ、そうだ。 翔がメール送ったって。 渉のことを心配してるぞ。 ちゃんと返信してやれよ」

「渉は気を失ってから知らないだろうけど、あの時お婆さんからいろいろ聞いたんだ。 シノハのこと教えて欲しいか?」

「渉、覚えてるか? 渉が翔と山の中走って親父に怒られた時の事。 渉が忘れてる小さい時の話をしてやろうか? ホントにお前たちって仲良く怒られてたよな」

「翼って泣き虫だったのに、変わったもんだよな。 あの泣き虫が小さい時から渉のことが好きだったんだよな。 翼、今でも渉のことが大好きだってさ」

「なぁ、渉。 シノハと渉って、同じ日、同じ時間に生まれたんだってよ。 知ってたか?」

「あ、今日は渉の好きな唐揚げだってさ。 母さん山ほど作るぞ。 しっかりと食べような」

「昨日、翔の小父さんと小母さんが来たじゃん? 渉の好きなJonJonのケーキ持って。 小父さんも小母さんも渉の好きなケーキ屋を知ってくれてんだな」

「渉、翼から電話だぞ。 翼が渉の声を聞きたいって。 ほら、話してやれよ」

「渉! 翠さんたちが来るって! ほら、白無垢を着てた翠さんだぞ。 着つけの話とか色々聞けるチャンスだぞ」

「あっちの世界って信じられないよな・・・今の時代あんな服着てる人なんていないよ。 あの様子じゃ、コンビニもないんだろな。 不便だよなぁ。 シノハたちってどんな生活してんだろ」

「親父が部屋に閉じこもってないで、境内の散歩でもしてみればって言ってたぞ。 たまには一緒に歩こうぜ」

「樹乃ちゃんが明日来るって。 渉のことを心配してたぞ」


毎日何を言っても抜け殻のようになっているが“シノハ” と聞いただけで「シノハさん!シノハさん!!」 「シノハさんに返して!」 と絶叫する。 そして過呼吸を繰り返す。

それでも四日に一度、三日に一度とシノハのことを話す。 どれだけ叫ばれようが、それが渉を救う道だと信じてシノハの名前を出す。


渉の絶叫を聞くたびに雅子が心を痛めていた。

「もうこれ以上は渉ちゃんの心が持ちません。 奏和に止めさせてください」 宮司に言うが、宮司は首を縦には振らない。

「奏和に任せなさい。 我々では計り知れないところを奏和は見てきたんだから」 あの日の奏和を顧みる。

「奏和には出来るはずだから。 元の渉ちゃんに戻るはずだ」

「でも!」

「言ってただろ? 渉ちゃんと翼を見ているとフワフワした微笑ましい兄妹みたいな感じだって、見ていると笑みがこぼれそうになるって」

海の日に渉が来ると言う話を、宮司と雅子の二人でしていた時の話だ。

「・・・ええ」 あの時の渉に戻って欲しいと、悄然として俯いた。

「きっとその日が来るよ。 奏和に任せるしかないんだから。 今は耐えよう」 俯く雅子の肩にポンと手を置いた。


そんな話があったことを奏和が宮司から聞いた。 それからはシノハの話をするときには、雅子が家を出た後にするようにしていた。
きっと雅子が渉の絶叫を聞くたびに涙しているのだろうと思ったからだった。


あまり過呼吸を繰り返させたくなくて、シノハの話は毎日しないのだが、それでは抜け殻になっているだけで先に進めない。

「焦る必要はないんだ・・・」 自分に言い聞かせる。



「翔ちゃん有難う。 迷惑かけるね」 貴彦が仕事を早く切り上げ会社から帰ってくると、丁度貴彦の家から帰ろうとしていたカケルと玄関で会った。

「なに言ってるんですか小父さん。 小母さんが良くなってきてよかったです」

あの日から真名が身体の具合を悪くしていた。 精神からきているものだというのは分かっている。

「真名の世話をしてくれているだけで十分なのに、いつもわたしの食事の用意までしてくれて」 

カケルが平日、渉の家に通っている。 貴彦が会社に行ってる間、真名の世話をし、貴彦の夕飯を作って帰っていた。

「真名の具合がこの調子なら、来週あたり二人で神社に行こうと思ってるんだけど」

「小父さん・・・まだ行かない方がいいと思います。 まだ小母さんには・・・せっかく良くなってきたのに、ぶり返してしまうと思います」

「・・・やっぱりまだ渉は・・そんなに駄目なのかい?」 

真名を置いて神社には行けない。 貴彦も真名もあの日から一度も神社に行けていない。

「毎日、奏和が付きっきりですけど、様子は変わっていないですから」 

貴彦が会社の休みの時には、カケルは神社に行って渉に会っている。



翼が就職活動を終え、卒業し既に就職していた。 
毎日電車に揺られ吊り革を持ちながら、思い出す。 どうして父親である良治が就活の話をした時に、止めてくれなかったのだろうかと渋面を作る。
その渋面にすら通勤女子や通学女子が見惚れている。 何故か男子やオジサンも。


「ねえ母ちゃん、ここに行きたいんだけど」

手渡された会社案内のパンフレットを見た希美が驚いて声を上げそうになったが、なんとか治めた。

「どうかしら? 私には分からないからお父さんに相談してみればいいんじゃないの?」 マルッポスッポリ父親に丸投げた。 それも剛速球で。

「うん、父ちゃんにも言うけど・・・? なに? 母ちゃんどうしたの?」

「え? 何でもないわよ。 そうね、強いて言ったら・・・そんな上場企業に、それも半端ない倍率の一流企業に、って思ったの」 狸の皮を二枚も三枚も被る。

「なんだよ母ちゃん、おれの成績知ってるだろ?」

以前、翼が自分の成績をカケルに言った時、カケルから天気予報かと言われた『秀と優、時々良』 と言ったが、それよりも更に成績は上がっている。

「母ちゃん、心配ご無用。 受かるから」

「・・・翼がどれだけ勉強しているかは知ってるわ」

朝昼、時間が空けば神社に行っている。 その時間を巻き返すかのように夜には集中して勉強をしている。 今までの生活のように浮かれて女の子たちとの時間は持っていない。

「母ちゃん、おれってそんなに信用ナイ?」

知らずに狸の皮を剥いで渋面を作っていた希美が顔の緊張を解いた。

「お母さんには男の社会は分からないから、お父さんとよくよく相談しなさいね」

マルッポまたまた二度、父親に直球を投げた。 投げられた父親は今現在全く気付いていないが。


その夜、会社から帰って来た良治。
良治がガレージに車を入れ、玄関の戸を開けた音を聞いた翼が二階の部屋から躍り出てきた。

「父ちゃん、相談があるんだけど」

玄関で靴を脱ぐ父親の良治にパンフレットを見せながら言った。

「ああ、行きたいところが決まったか?」

「うん、絶対に此処に行って、社長になる」

「なんだよそれ」 笑いながらスリッパを履くとリビングに向かいながら翼に話しかける。

「渉ちゃんはどんな具合だ?」 我が子、翼の持ってきた話より先に渉のことを聞く。

当の翼も当たり前のように答える。

「まだなんだよ。 まだ渉ちゃんに戻ってない」

「・・・そうか。 来週の水曜、休みが取れそうだから、お母さんと神社に行くよ。 お前も行くか?」

ここの所、休日出勤が目立っていて、神社に行けていない。

「水曜? ・・・あ、無理かも」 翼の希望会社に就職していた先輩と逢う予定の日だ。

「じゃあいいよ。 お母さんと行ってくる」

「うん。 渉ちゃんのことよく見てきてね」

「お前より父さんの方が渉ちゃんと付き合いが長いんだ。 当たり前だ」

「渉ちゃんと初めて会った時は俺ももう生まれてたんだからね。 付き合いの長さは同じ」

「お前がネンネの赤ちゃんの時にね。 濃さだよ、濃さ」

リビングに入った良治がソファーに上着と鞄を落とすと翼に手を差し出した。 すかさず翼が会社案内のパンフレットを手渡した。

「へぇー、一流企業じゃないか」 僅かに、翼に分からない程度ではあるが、良治の眉がピクリと動いた。

「まぁね」

「いけるのか?」

「先生からは太鼓判を押されてる」

「どうして此処に行きたいんだ?」

「ここで社長になったら―――」 言いかけた翼の言を切る。

「翼、ここでは、この会社では、役員にも社長にも、取締役にも、勿論会長にもなれない。 もっと現実を持って話せ」

「ちぇっ、父ちゃんって夢がない」

「当たり前だ。 それが俺の生きてきた道から知り得たものだからな」

「じゃ、ハッキリと言う。 ここは高収入が見込める」

「昇格すればな」

「昇格するから言ってんじゃん」

「高収入とは?」

「読んで字の如く」

「え? 翼ってそれほど守銭奴だったか?」

「違うよ」

「じゃ、なに?」

「渉ちゃんに何の心配もなく安定した生活を送らせてあげるため」

「・・・」

「なに? なんでそこで父ちゃんが無口?」

「・・・収入で考えれば他にもあるだろう?」

「もしかして父ちゃんの会社とか?」

「当たらずと雖も遠からずだが、此処ほどではないだろうな」

「でしょ? だからここがいいんだよ。 ね、いいでしょ?」

「翼・・・渉ちゃんのことを考えるのに反対はしない。 それどころか渉ちゃんのことを想ってくれていることは嬉しい。 でも翼のこれからと渉ちゃんのことは別だろう?」

「別じゃないよ」

「翼の就職は・・・言ってみれば、それは翼のこれからの人生全部がかかってくることなんだぞ」

「分かってるよ。 だから渉ちゃんなんだよ」

「渉ちゃんが翼に振り向かなくてもか?」

「そんなことは200%ないけど、もしあっても・・・いや、無い。 想定外なことは図にも浮かばない」

「・・・何があっても後悔はないか?」

「どういうこと?」

「翼の行きたいっていう此処」 そう言って会社パンフレットをヒラヒラと振る。

「なに?」

「此処で何があっても、今の言葉を後悔しないか?」

「おれに二言はない」

「その言葉、よーっく覚えておく。 翼の人生だ。 好きにすればいい」

「よーっし! 決まり!」

二人の会話をキッチンで聞いていた希美が、肺の空気を全部吐くように大きく溜息をついた。

そして翼は無事、志望企業の合格を果たしていた。

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