『みち』 目次
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『みち』 ~道~ 第216回
「勿論 琴音みたいなそんな事はできないわよ。 ただ、管理センターから引き取って暖かい場所で暮らさせて、病院でちょっとでも良くしてあげてるっていう所が同じかなって・・・」
「ちょっと待ってよ。 なにその話? そんな人が知り合いにいるの?」
「今日の・・・ほら、さっき言ってた 取引先の奥様で私を気に入ってくださってる奥様なんだけど・・・えっと、前に言ってたのを覚えていないかなぁ? お知り合いでボランティアをされてる方から犬を引き取って・・・えーっと・・・目の見えない犬とかぁ・・・」 ここまで言うと
「あ! お金持ちの家に行ったときの?」
「そう、そう。 覚えてた?」
「言われて思い出したわ。 ちょっと待って、それってそのお知り合いの方がボランティアってレスキューをされてるって事かしら?」
「レスキュー? ・・・う・・・ん・・・分からないわ」
「あのね、正道さんがレスキュー関係の事をよく知っている方を探してらっしゃるのよ。 それでその方にマネジメントをお願いしたいみたいなんだけど」
「マネジメント?」
「うん」
「それは無理だと思うわ。 だって超お金持ちの奥様よ。 その方のお友達って言ったらきっとまた超お金持ちでしょ? マネジメントなんてするわけないと思うわよ」
「あー、そうよね・・・」
「うん。 まっ、すぐには聞けないけど、そんな雰囲気になった時にはチラッと聞いておくわ。 でも期待しないでね。 さっき言った話もあるけど、仕事上は社長と話す機会が多いけど、その奥様だからまたいつお逢いできるか分からないからね」
「うん。 頭の片隅に置いてくれるだけでも嬉しいわ。 それにこっちも正道さんがなんて仰るか分からないからね」
「うん。 あーあ、それにしても琴音は その・・・なんてお名前だったっけ? 女性と知り合ったって言ってたじゃない?」
「更紗さん?」
「あ、そうそう。 その女性。 そんな人と知り合ったり、その正道さん? そんな人とも知り合ったり今までと全然違う道を歩こうとしてるのね」
「正道さんは更紗さんのお知り合いだったのよ。 それで紹介してもらったから更紗さんが切っ掛けなのよ。 別々に知り合ったわけじゃないわよ。 さ、ご馳走様」 フォークを置き両手を合わせた。
「そんな事は関係ないわ。 あーあ、琴音が違う世界に行くみたいだわ」 文香はまだパスタをフォークでクルクル回している。
「何言ってるのよ」
「あ、ほら。 えっと・・・なんて言ったっけ? あーどうしてこんなに忘れるんだろ」 空いた手で頭を抱えている文香を見て
「忘れる、忘れる。 冷蔵庫を開けて何を取りに来たっけ? とかってしょっちゅうよ」
「あー、あるある。 嫌よねー、これって完全にボケてきてるのよね」
「そんなので文香の仕事大丈夫なの?」 琴音がからかって言うと
「それが不思議なのよね。 仕事になるとちゃんと出来るのよね。 1ヶ月後の予定までならスケジュールを見ないでも細かく覚えてるのよ。 それに一度名刺交換をさせていただいたら名前も顔も完璧よ」
「わぁー。 私には有り得ないわ。 全く顔は覚えられないわ。 何度も、あの人誰でしたっけ? って誰かに聞いてるもの。 やっぱりその仕事、文香に向いてるのよ」
「まぁね、楽しいと思えるっていう事は向いてるのかもね」
「で、なに?」 お茶をお替りしようと立ちかけた琴音が聞くと
「何って?」 文香の返事に琴音の動作が止まった。
「やだ、さっき話しが途中になったじゃない」
「あ・・・何の話をしてたっけ?」
「もぅ、本当にそれで仕事できてるの? ・・・で、何の話だったっけ?」 やっと立ち上がりキッチンへ向かい歩いていると後ろから文香の声だ。
「お互い様じゃない」 久しぶりに2人で大きな声で笑った。
最終日の翌日からは時々、税理士事務所の社員が来ていた。
会社閉鎖の業務を行いに来ているのだ。
あくまで琴音は期末業務だけを行っていたが、そうそう仕事があるわけでもない。 殆どの時間は他の社員が行っている現物資産の整理を手伝っていた。
3月の棚卸しから2ヵ月後。 最後の帳端を知らせる領収証が送られてきた。
「・・・これで最後」 領収証をじっと見ている。 そして覚悟を決めたように伝票を書き出した。
全てをまとめ、来ていた税理士事務所の社員に渡した。 そして社長の席に行き
「社長、期末処理が全て終わりました」
「・・・そう。 終わりましたか」 前を見据えていた目が琴音を見て
「ご苦労さんでした」 そう言われて胸にジンと来るものがあったがそれを堪えた。
そして一呼吸おいた社長が空気を切るように
「それじゃあ、織倉さんは今日までという事で・・・あ、これって嫌味な言い方だね。
悪い意味で言ったんじゃないですよ。 次の給料の締め日まで来てても何もする事がないでしょ? 今まで有休も無かったから有休だと思って休んでおいて下さい。
ちゃんとお給料は支払うから気にしないでいいですよ。
それと退職金も僅かだけど税理士先生から明細が届くようになってますからね」
「有難うございます。 でもお給料の締め日が過ぎたところですから、ちゃんと次の締めの日まではお掃除でもしに来ます。 皆さんのお手伝いも出来ますし」
「いいの、いいの。 今やつらは気持ちの整理がつかないからダラダラとしてるけど、これからはハッパをかけてさせるからすぐに終わってしまうよ。
それより最後の最後になるけど 本当の最終日には打ち上げだけでもしたいと思ってるんだ。
まだその最終日をいつにするか予定は立ててないんだけど・・・あ、僕もダラダラとなってるね」 頭をカリカリと掻く姿に琴音が微笑んで返した。
「だから今はいつかはいえないけど、資産整理の具合を見て決めるから 連絡を入れたら織倉さんも来てくれるでしょ? 打ち上げ」
「有難うございます。 是非ご連絡ください。 あの・・・社長、今まで有難うございました」 改めて挨拶をすると社長も席を立ち
「こちらこそ有難う。 不甲斐ない会社で悪かったね。 後の事は税理士先生がやってくれるから何の心配も要らないからね。 給料の締め日までは家でゆっくりしてるといいよ」 その言葉を聞き 「はい」と返事をし
「会長の所へのご挨拶はどうしたら宜しいでしょうか?」 ここの所、身体の具合が良くなく入退院を繰り返していたのだ。
だがそれを知っているのは社長と琴音だけだった。
「先週また入院したからね。 まぁ、またすぐに出て来るんだろうけど、病院に入ってることだから会長の所はいいよ。 他のやつらも行かないだろうし、僕が最後に全員の分をまとめて挨拶しておくから」
「はい。 ではお願いします」 また一礼して席に着いた。
席に戻ると机の中に入れてあった私物の整理をし、終業1時間前からは全従業員に挨拶をして回った。
みんなが別れを惜しむ言葉をかけてくれる事への感謝をしながら涙を堪えた。
マンションに帰り一息つきテレビを点けると
『母の日も終わり次は父の日。 梅雨もやってきますね。 そうなるともうすぐ紫陽花の季節になりますよねー。
という事でまだ全然開いていませんが見てくださいこの紫陽花畑、広いでしょう。 開花時期になると綺麗なんでしょうねー』 そんな言葉が流れてきた。
「もう5月も終わりね」 5月も終わろうとする頃、琴音の悠森製作所での仕事が終わったのだ。
「でも1ヶ月近くも毎日ボオっとしてるのも如何なものよね」 引越しの予定でも立てればどうだい?
「そうだわ、最近 理香ちゃんと全然連絡を取ってなかったわ。 どうしてるかしら」 あっそう。
「えっと・・・理香ちゃん、理香ちゃん」 メールを打ち始めた。
『もし時間があったら久しぶりに逢わない?』 少しすると理香から返信があった。
『先輩ゴメンナサイ。 当分無理っぽいです。 でもメールならいつでもOKですよ♪』
「理香ちゃん忙しいのね。 残念・・・」
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『みち』 ~道~ 第216回
「勿論 琴音みたいなそんな事はできないわよ。 ただ、管理センターから引き取って暖かい場所で暮らさせて、病院でちょっとでも良くしてあげてるっていう所が同じかなって・・・」
「ちょっと待ってよ。 なにその話? そんな人が知り合いにいるの?」
「今日の・・・ほら、さっき言ってた 取引先の奥様で私を気に入ってくださってる奥様なんだけど・・・えっと、前に言ってたのを覚えていないかなぁ? お知り合いでボランティアをされてる方から犬を引き取って・・・えーっと・・・目の見えない犬とかぁ・・・」 ここまで言うと
「あ! お金持ちの家に行ったときの?」
「そう、そう。 覚えてた?」
「言われて思い出したわ。 ちょっと待って、それってそのお知り合いの方がボランティアってレスキューをされてるって事かしら?」
「レスキュー? ・・・う・・・ん・・・分からないわ」
「あのね、正道さんがレスキュー関係の事をよく知っている方を探してらっしゃるのよ。 それでその方にマネジメントをお願いしたいみたいなんだけど」
「マネジメント?」
「うん」
「それは無理だと思うわ。 だって超お金持ちの奥様よ。 その方のお友達って言ったらきっとまた超お金持ちでしょ? マネジメントなんてするわけないと思うわよ」
「あー、そうよね・・・」
「うん。 まっ、すぐには聞けないけど、そんな雰囲気になった時にはチラッと聞いておくわ。 でも期待しないでね。 さっき言った話もあるけど、仕事上は社長と話す機会が多いけど、その奥様だからまたいつお逢いできるか分からないからね」
「うん。 頭の片隅に置いてくれるだけでも嬉しいわ。 それにこっちも正道さんがなんて仰るか分からないからね」
「うん。 あーあ、それにしても琴音は その・・・なんてお名前だったっけ? 女性と知り合ったって言ってたじゃない?」
「更紗さん?」
「あ、そうそう。 その女性。 そんな人と知り合ったり、その正道さん? そんな人とも知り合ったり今までと全然違う道を歩こうとしてるのね」
「正道さんは更紗さんのお知り合いだったのよ。 それで紹介してもらったから更紗さんが切っ掛けなのよ。 別々に知り合ったわけじゃないわよ。 さ、ご馳走様」 フォークを置き両手を合わせた。
「そんな事は関係ないわ。 あーあ、琴音が違う世界に行くみたいだわ」 文香はまだパスタをフォークでクルクル回している。
「何言ってるのよ」
「あ、ほら。 えっと・・・なんて言ったっけ? あーどうしてこんなに忘れるんだろ」 空いた手で頭を抱えている文香を見て
「忘れる、忘れる。 冷蔵庫を開けて何を取りに来たっけ? とかってしょっちゅうよ」
「あー、あるある。 嫌よねー、これって完全にボケてきてるのよね」
「そんなので文香の仕事大丈夫なの?」 琴音がからかって言うと
「それが不思議なのよね。 仕事になるとちゃんと出来るのよね。 1ヶ月後の予定までならスケジュールを見ないでも細かく覚えてるのよ。 それに一度名刺交換をさせていただいたら名前も顔も完璧よ」
「わぁー。 私には有り得ないわ。 全く顔は覚えられないわ。 何度も、あの人誰でしたっけ? って誰かに聞いてるもの。 やっぱりその仕事、文香に向いてるのよ」
「まぁね、楽しいと思えるっていう事は向いてるのかもね」
「で、なに?」 お茶をお替りしようと立ちかけた琴音が聞くと
「何って?」 文香の返事に琴音の動作が止まった。
「やだ、さっき話しが途中になったじゃない」
「あ・・・何の話をしてたっけ?」
「もぅ、本当にそれで仕事できてるの? ・・・で、何の話だったっけ?」 やっと立ち上がりキッチンへ向かい歩いていると後ろから文香の声だ。
「お互い様じゃない」 久しぶりに2人で大きな声で笑った。
最終日の翌日からは時々、税理士事務所の社員が来ていた。
会社閉鎖の業務を行いに来ているのだ。
あくまで琴音は期末業務だけを行っていたが、そうそう仕事があるわけでもない。 殆どの時間は他の社員が行っている現物資産の整理を手伝っていた。
3月の棚卸しから2ヵ月後。 最後の帳端を知らせる領収証が送られてきた。
「・・・これで最後」 領収証をじっと見ている。 そして覚悟を決めたように伝票を書き出した。
全てをまとめ、来ていた税理士事務所の社員に渡した。 そして社長の席に行き
「社長、期末処理が全て終わりました」
「・・・そう。 終わりましたか」 前を見据えていた目が琴音を見て
「ご苦労さんでした」 そう言われて胸にジンと来るものがあったがそれを堪えた。
そして一呼吸おいた社長が空気を切るように
「それじゃあ、織倉さんは今日までという事で・・・あ、これって嫌味な言い方だね。
悪い意味で言ったんじゃないですよ。 次の給料の締め日まで来てても何もする事がないでしょ? 今まで有休も無かったから有休だと思って休んでおいて下さい。
ちゃんとお給料は支払うから気にしないでいいですよ。
それと退職金も僅かだけど税理士先生から明細が届くようになってますからね」
「有難うございます。 でもお給料の締め日が過ぎたところですから、ちゃんと次の締めの日まではお掃除でもしに来ます。 皆さんのお手伝いも出来ますし」
「いいの、いいの。 今やつらは気持ちの整理がつかないからダラダラとしてるけど、これからはハッパをかけてさせるからすぐに終わってしまうよ。
それより最後の最後になるけど 本当の最終日には打ち上げだけでもしたいと思ってるんだ。
まだその最終日をいつにするか予定は立ててないんだけど・・・あ、僕もダラダラとなってるね」 頭をカリカリと掻く姿に琴音が微笑んで返した。
「だから今はいつかはいえないけど、資産整理の具合を見て決めるから 連絡を入れたら織倉さんも来てくれるでしょ? 打ち上げ」
「有難うございます。 是非ご連絡ください。 あの・・・社長、今まで有難うございました」 改めて挨拶をすると社長も席を立ち
「こちらこそ有難う。 不甲斐ない会社で悪かったね。 後の事は税理士先生がやってくれるから何の心配も要らないからね。 給料の締め日までは家でゆっくりしてるといいよ」 その言葉を聞き 「はい」と返事をし
「会長の所へのご挨拶はどうしたら宜しいでしょうか?」 ここの所、身体の具合が良くなく入退院を繰り返していたのだ。
だがそれを知っているのは社長と琴音だけだった。
「先週また入院したからね。 まぁ、またすぐに出て来るんだろうけど、病院に入ってることだから会長の所はいいよ。 他のやつらも行かないだろうし、僕が最後に全員の分をまとめて挨拶しておくから」
「はい。 ではお願いします」 また一礼して席に着いた。
席に戻ると机の中に入れてあった私物の整理をし、終業1時間前からは全従業員に挨拶をして回った。
みんなが別れを惜しむ言葉をかけてくれる事への感謝をしながら涙を堪えた。
マンションに帰り一息つきテレビを点けると
『母の日も終わり次は父の日。 梅雨もやってきますね。 そうなるともうすぐ紫陽花の季節になりますよねー。
という事でまだ全然開いていませんが見てくださいこの紫陽花畑、広いでしょう。 開花時期になると綺麗なんでしょうねー』 そんな言葉が流れてきた。
「もう5月も終わりね」 5月も終わろうとする頃、琴音の悠森製作所での仕事が終わったのだ。
「でも1ヶ月近くも毎日ボオっとしてるのも如何なものよね」 引越しの予定でも立てればどうだい?
「そうだわ、最近 理香ちゃんと全然連絡を取ってなかったわ。 どうしてるかしら」 あっそう。
「えっと・・・理香ちゃん、理香ちゃん」 メールを打ち始めた。
『もし時間があったら久しぶりに逢わない?』 少しすると理香から返信があった。
『先輩ゴメンナサイ。 当分無理っぽいです。 でもメールならいつでもOKですよ♪』
「理香ちゃん忙しいのね。 残念・・・」