大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第115回

2017年09月28日 22時34分20秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第110回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第115回




「あ・・・」 目の前に磐座がある。

「・・・帰ってきちゃったんだ」 片手にはタッパが握られている。

「どうして帰ってきちゃうの・・・。 シノハさんとの時間を誰が邪魔してるの・・・」 涙が溢れてくる。 しゃがみこんで声を殺して泣いた。


「シノハ・・・」 セナ婆が家に帰ってきたシノハを見て何があったか見当がついた。

「女と逢ったのか?」

「・・・はい」

「わしの言ったことをよく思い出せ」 立ち尽くすシノハに言う。

「今シノハの悲しみを女もおっているのじゃぞ。 女もシノハと同じ悲しみの中にいるのじゃぞ。 これ以上女を傷つけるな、悲しみの中に溺れさせるな」 諭すように、それでいて厳しく優しく言う。

「・・・」

「シノハの片割れじゃ。 良い女じゃろう。 それだけに周りの者の気持ちも考えねば。 我らがシノハを失いたくないという思いと同じ気持ちである者が多々居よう」

(ママと言っていた。 ママが作ったと・・・。 ショウ様の身体を考えてと・・・ショウ様が痩せてきている。 初めて会った時のショウ様で居て欲しい) 分かっている。 分かっているが、どうしても渉と逢いたい。

(己は何と愚かか・・・)

「シノハ」

「・・・はい」

「もう少しするとリンラニが飯を持ってくる。 しっかりと食べろよ。 これ以上リンラニを心配させるでないぞ」 リンラニ。 シノハの母。

「・・・はい」


痩せ細ったシノハを初めて見た時、リンラニが絶句した。

「シノハ、シノハ。 どうして」 思わず持ってきた盆に乗っている飯を落としかけた。

母親の顔が引きつっている。
ロイハノが居ない。 リンラニが持ってきたセナ婆と己の昼飯を、シノハが受け取らねばならない。

「卓に食を置いても良いぞ」 セナ婆がシノハの母、リンラニに言う。

「婆様、いったい何が!? どうしてシノハがこんなことに!?」

食を受け取りかけたシノハが、あまりの母の驚きように、部屋の片隅に行くと背を向け、その背を丸くして座り込んだ。

「触れを出したはずじゃ。 シノハのことに誰も触れるなと」

「ですが!」

「分かっておる。 じゃが今はシノハのことに触れるな。 シノハに精のつく物を食べさせろ。 今はただそれだけじゃ」 

「婆様・・・」 どうしてこんなことになったのか訳の分からない目を、不安だけの目をセナ婆に向ける。

リンラニの心の内はあって当たり前のこと。 セナ婆でなくとも誰もが十分に分かること。

「シノハと話しても良いぞ」 リンラニがシノハを見るがシノハは背を向けたままだ。

「シノハ、話をせんか?」

「・・・」 今は渉のことで頭がいっぱいだ、母とどう話をしていいのか分からない。

無言のシノハを見たセナ婆。

(あれほど母思いだったのに・・・母を見ても心を動かせないか・・・)

唯々、シノハの背を見る母。 その姿が哀れでならない。

「シノハのために精のつく物を作ってやってくれ」

「・・・はい」 卓に食を置いた。

『才ある者』 才ある婆様の教えは絶対である。 それに今はシノハの身体を元に戻すのが一番。 元に戻してやりたい。 今にも溢れ落ちてきそうな涙を堪えた。 泣いている場合ではないのだから。


登校前テレビを見ていると奏和のスマホが鳴った。 画面には『母さん』 と出ている。

「母さん?」

「お早う」

「お早うございます。 なに? 朝からどうしたの?」

「卒業したらどうするの?」

「った、朝からなんだよ」 乱暴に頭をポリポリと掻く。

「嘘よ。 ね、来週も来てくれる?」 

「嘘って・・・。 今週も来週も行くつもりだけど? って、毎週末行ってるじゃん。 なんで急にそんなことを聞くの?」

「急にお式が入ったのよ。 だから絶対に来てほしくて」

「ああ、そういうこと。 必ず行きます」

「必ずよ。 でね、翔ちゃんは来られないかしら?」

「あ、そっか・・・」

「無理ならいいんだけど」

「全然いいわけないんじゃない?」

「・・・そうなのよね。 どこかから巫女さんに来てもらってもいいんだけど、出来れば翔ちゃんにしてもらいたいの」

「翔も暇にしてるだろうし、連絡して行かせるよ」

「うん。 無理ならいいって言っておいて、お願いね。 それと奏和は絶対よ。 予定なんかいれないでね。 ね、ついでにさっきの話だけど、就職活動とかしてるの?」

「・・・してないよ。 してないけど・・・今色々考えることがあってさ」

「え? もう卒業が近いっていうのに。 何を考えるって言うの?」

「俺だって考えることくらいあります。 ね、もういいでしょ? 来週は必ず行くから」
「必ずよ。 お願いね」 雅子が電話を切った。

毎週末になると神社を訪れ手伝いをしていたが、冬休みに入った年末から新年にかけて、どれだけ忙しいかを実感した。

「親父と母さんでこれだけのことをやっていたのか・・・」 

今年初めて年末年始の手伝いをした。

「あ、翔も手伝っていたのか・・・。 俺は何もしてなかったな・・・」 改めて自分がどれだけ実家の、神社の手伝いをしていなかったのかを痛感した。

年末から始まって正月から数週間、神社の手伝いを終えると夜には社務所に籠り、まるで都市伝説のような話を調べているが、それらしいものが他にどこにも見当たらなかった。


「あんな話をどこから聞いたんだろう」 雅子との会話を終えスマホを卓上に置いた。

「学校の奴らに聞いてもそんな話は知らないって言うし・・・」 頭の下に腕を組み枕にするとゴロンと転がり瞼がウトウトと塞がってくる。

「就活かぁ・・・」 バンド仲間と微妙なズレが生じてきた。

(アイツら若いもんな) 価値観の差に、想いの差について行けない。

(どれだけ練習をさぼってるかなぁ・・・) 

思いながら、自分がどれだけ神社と関わってこなかったのかと思う。

(俺・・・跡取りだよな・・・) 夢うつつの瞼を開けた。

「おっと、こんなことをしてたら二度寝で遅刻だ」 パッとしない身体を起き上がらせた。

「そうだ翔に連絡・・・。 ってまだ7時じゃん!」 翔は起きているであろうが、連絡をするには時間が早すぎる。


「シノハさん・・・」 ベッドの上で掌の上にあるジョウビキを撫でる。

コンコン。 ドアがノックされた。

「渉ちゃん、何してるの? そろそろ会社に行く時間よ」

いつも朝食を食べ終えた後は、ダイニングかリビングにいてそのまま会社に行っていたのだが、シノハと逢って巾着を渡してからは、朝食を食べた後は出勤時間まで部屋に籠り、ジョウビキを眺めていた。

「はーい」 ジョウビキを大切にハンカチで包むと上着のポケットに入れベッドを下り、バッグを手に持った。

「はい、お弁当」

「ありがとう。 じゃ、行ってきまーす」 バッグにお弁当箱を入れると、慌ただしく靴を履きドアを開けた。

「行ってらっしゃい。 気を付けていくのよ。 あ、手袋は?」

「持った」 ドアが閉まった。

「ふぅー・・・。 最近の渉ちゃんたら、また食べる量が減ってきた・・・。 縫物をしていた時の明るい顔もなくなったし、いったいどうすればいいのかしら」 目を落とすともう一度ため息をついた。


「今日・・・今日も逢いたい。 昨日も今日も明日も逢いたい・・・オロンガにずっと居たい」 真名には今まで通り普通にしているつもりだが、心は限界になっていた。

巾着を渡してから1週間ほど経っていた。 我慢が限界になってきている。 だが、暫くは会社を休んでしまうと樹乃に多大な迷惑をかけてしまう。

「どうして思うままにならないんだろ・・・」 溢れてきた涙を手袋で拭うと、空を見上げた。

「雨が降ってるのかな・・・」 

目に映る空は夕べの雨が汚れたものをすべて洗い流したのか、綺麗に晴れ渡っている。 遥かな空はどうなっているのだろうか。 
空を見上げているとシノハと2度目に逢った時のことを思い出した。 初めて逢ったトンデン村とは全然違う爽やかな空、ずっと続く川が見えたあの日のことを。


《 「私、ずっと考えてたの。 なんでこの世なのかな、なんで私なのかなって」
「はい」 シノハが優しく相槌を打つ。
「私のいる世はもしかしたら私のいる世じゃないんじゃないのかなって、それに私が私じゃないような気がしたの。 息を抜いたら自分が居ない気がしてた」 》


「あ・・・私のいる世は私の居る世じゃない・・・?」 そうだ、そんなことを思っていた。


《 「それが、初めてシノハさんと逢って、もう一度シノハさんと逢えると全てが分かると思ったの」
「お分かりになりましたか?」 目を細めて聞いたシノハ。
「分からない。 まだ分からないの。 でも、もう分からなくてもいい。 シノハさんに逢えればそれでいい」 》


(そうよ。 社会人になって、いつもいつも思っていた。 『なんでこの世なのかな・・・なんで私なのかな・・・』 って・・・。 シノハさんと逢って忘れてた。 あれだけ苦しかったのに・・・) 前を見据えたかと思うと口元が上がった。

(そうよ。 この世は、此処は私のいる世じゃないんだ、私の居る場所じゃないんだ。 私はオロンガに居なくちゃいけないんだ。 私はシノハさんと共に居るんだ。 どうして気付かなかったのかしら) 何かが吹っ切れた。 が、迷惑をかけることは避けたい。

「今日も明日も明後日も、会社に行くのは思うままにならないんじゃない。 樹乃に迷惑をかけたくないから行く。 それは私が選んだこと。 うん、そう。 そしてキチンと終わらせる。 それからオロンガに行く」 が、シノハの悲しそうな顔を思い出す。

(でも、私がオロンガに行くって言ったらシノハさんが悲しそうな顔をする・・・。 何故なんだろう。 私がどんな迷惑をかけてしまうんだろう・・・) それが何より悲しい。

(でも・・・それでもいい。 シノハさんと一緒にいる。 一時でいい、シノハさんの傍にいる。 ・・・あの川でシノハさんを待っていればいいことだもん。 シノハさんが仕事を終えて川に来てくれたらそれでいいんだもん。 それで会えればいいんだもん。 うん、そうよ。 一緒に暮らしたいって思ってるわけじゃないもん)

暫くシノハに逢えないのは寂しいが、すべてを終わらせて・・・そう、両親にも別れを告げてオロンガに行く。
左手を目の前に時計を見ると電車に乗り遅れてしまう。 向かい風の中、颯爽と走り出した。


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--- 映ゆ ---  第114回

2017年09月25日 20時06分04秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第114回




「これは・・・」 手の中には綺麗な青に赤い紐が付いた巾着が入っていた。

「うん、巾着。 シノハさんの巾着ずっと子供の頃からのでしょ? もう擦り切れてきてるみたいだから」

「ショウ様が作られたのですか?」 驚いた目で渉を見た。

「うん。 教えてもらいながらだけど」

「お怪我は?」

「やだ、そんなこと聞かないで。 駄目? 気に入らない?」 不安そうにシノハに聞く。

「駄目など、そんなことはないです! 嬉しすぎて・・・あ!」 渉から目をはなして巾着をよく見ると気づいたことがあった。

「え? なに?」 何か失敗をしてしまっていたのだろうか。

「もしかしたら・・・ジョウビキですか?」 目を輝かせて渉を見る。

青地の巾着の上の方には赤い丸がついている。 ジョウビキに見える赤い頬のように。 そして赤い紐。 それはくちばしに見える。

「わっ、分かってくれた? うん、ジョウビキのつもりで縫ったの」 渉の顔が嬉しさで満開になる。

渉が作ったジョウビキの巾着に渉の満開の笑顔。 シノハにとってこれ以上のものはない。

「渉様・・・有難うございます。 有難うございます・・・」 両の手で持った巾着を胸に抱き今にも泣きそうになっている。

「我の一番の物になります」

「やだ、恥ずかしい・・・。 でも、嬉しい。 あ、ね、見て」 言うとポケットからハンカチを出し、そのハンカチを広げた。

「いつも一緒にいるの」

シノハが渉に贈ったジョウビキが現れた。

「渉様・・・」

「このジョウビキをもらってたから、今日まで耐えられたの」 ハンカチの中のジョウビキの頭を撫でる。

「我も、我もいつも腰につけます。 いつも渉様と共にいるような気持になれます」

「嬉しい」

「でも今は手に持っていたい」 巾着を大事そうに、その手から離したくないように何度も撫でる。

「それにしても我が村には・・・いや、きっと何処の村にもない素晴らしい織物です」

確かに素晴らしい織物。 それを渉が織ってくれたのだと思ったが、残念ながら渉が織った織物ではない。 渉は出来上がった端切れの織物を切って針を入れただけである。 その針を入れることでさえ困難を極めたのである。

「それは絹って言うの。 私が織ったわけじゃないけど、私が小さい時に着ていた着物の生地なの」 シノハの考えなど分からない渉が言う。

「キモノ?」

「あ、コロモのこと。 こんな服じゃなくて・・・日本のコロモ。 日本のずっと昔から伝わっているコロモ。 私が小さい時に着た着物の切れ端で作ったの」

「渉様が着ていらした衣?」 

どれだけ素晴らしい織物を着ていたのだろうかと思う。

「うん」

とうとうシノハの目から光るものが落ちた。

「え? シノハさん?」 渉の前からすぐにシノハが後ろを向いた。

「・・・申し訳ありません」 感情の起伏が激しくなってきたのを感じる。 ギュッと涙を拭き取り、渉に向き直った。

「あまりに嬉しすぎて・・・」 シノハの言葉に渉が微笑みを返したが、シノハの顔がどこか寂しそうだ。

「シノハさんどうかした?」

「え?」

「何かあったの?」

「・・・いえ、なにもありません。 渉様は不器用だと仰っていたのにこんなに上手に出来ていて・・・その、驚いたのと嬉しいのとで・・・」

「それだけ?」

「はい」

シノハがそう言うんだ。 その言葉を信じよう。

「あのね、何日もかかったけど、頑張ったの。 どうしてもシノハさんにジョウビキの巾着を贈りたくて」

コロコロコロと声が聞こえた。

「あ・・・」 空を見上げる。

「ジョウビキですね」 シノハも空を見上げた。

「ここに降りてこないかしら」

「どうでしょうか。 ずっと川の水が激しく流れていましたから、まだ恐がっているかもしれません」

「そうなんだ」

「あのジョウビキはいつも他のジョウビキと一緒にいないんです。 他のジョウビキは降りて来るのですが」

「え? そんなの見てわかるの? いつも1羽でいるジョウビキが同じジョウビキって分かるの?」

「分かります」

「でも、鳥ってみんな一緒でしょ? 見分けがつくの?」

「はい。 それぞれの性格の違いもありますし、仕草や色も僅かに違います」

「へぇー、そうなんだ」 シノハの顔をじっと見て話を聞いていた目を飛んでいくジョウビキに移した。

「渉様はジョウビキがお好きですね」 空を見上げる渉の横顔を慈しむように見る。

「え?」 シノハを見る。

「他の鳥には目もくれないのに」 

「うーん・・・多分、日本では見ない鳥だからかな? 他の鳥は日本にいる鳥とどこか似ているし、それでジョウビキが気に入ったみたい。 ジョウビキ・・・手に乗ってくれないかしら?」 シノハが言っていたジョウビキは馴れないという言葉を思い出した。

「シノハさんでも駄目なんだから私じゃ無理よね」

「ジョウビキは気が強いですからね。 その分臆病なんです」

「ね、他の鳥なら出来る? シノハさんの元に呼べる?」

「全てではありませんが・・・」 辺りを見回すと岩の山肌の隙間に生えている木を指さした。

「あの木にとまっている鳥を呼びましょう」 木の枝には赤や黄色、緑の小さな塊が見える。

ピッピュ~と指笛を吹く。 すると3羽の小鳥が飛んできてシノハの肩にとまった。

「スゴイ・・・。 まるでファンタジーの世界だわ」 目を丸くして見ている。

「甘い実のにおいがするな。 実を食べていたのか? 呼んで悪かったな」 肩にとまる鳥を見て言うシノハの表情、今までに見たことのない顔。

(シノハさんってこんな顔もするんだ・・・それに声のトーンもいつもと違う) 甘い実のにおいがすると言った時の一瞬の刺すような目。 初めて見た。 それでいて続けた表情はいつもの優しいシノハ。

「そうなんだ。 鳥さんごめんね。 私が呼んでって言ったの」 素直に鳥に謝る渉の言葉にシノハの心が温まる。

「そうだ!」 バッグの中をゴソゴソすると真名に持たされたタッパを取り出した。

「こんなのでもいいのかなぁ?」 

タッパを開けてサンドイッチを一つ取りだすと、一羽の小鳥が目ざとく見つけ、渉の肩に飛んできた。

「わぁ! こんな経験初めて!」

「渉様、大丈夫ですか?」

「うん、楽しい、嬉しい。 ね、あげていい?」 サンドイッチを目の前に見せた。

「食べられるようなら食べるでしょう」 今まで見たことのない渉の表情。 また一つ渉の表情を見つけた。

「じゃ。 はい、どうぞ」 

味のついていない食パンの端の部分を千切ると、左の肩に止まる鳥に上げたが、シノハの肩にとまっていた小鳥も渉の肩にとまった。 かなりおしくらまんじゅう状態だ。

「渉様、腕を上げてやってください」

「うん」 左の腕を上げると肩から腕に整列して行儀よくパンをつつきだした。

「みんないいこね。 セキセイインコに似てるな」

「セキセイインコ?」

「日本にも似た鳥がいるの。 セキセイインコっていうの」

「そうですか。 この鳥は大人しくてすぐになついてくるのです」

「セキセイインコもそうよ。 手乗りの訓練をしたら手に乗ってくれるの。 もしかしたら親戚かもね。 ジョウビキもこんな風に肩に乗ってくれたらいいのに」 川向うでコロコロと声がする方を見る。

「そうですね・・・でも、ジョウビキは難しいですね」

「やっぱり無理よね」 

余所見をしている間に左手を伝って降りてきた小鳥が、残りを持っていた左手のサンドイッチをつつこうとした。

「あ、マヨネーズがついてるところは食べないでおこうね」 いうと、もう片方の端を千切って小鳥に与えた。

「ママの作ってくれたパンよ。 美味しいでしょ」 真名手作りの食パンで作ったサンドイッチ。

「さ、もうおしまい。 あとは味がついてるからやめようね」

小鳥が小首を傾げる。

「わ、かわいい!」 渉がはしゃいだ振動で、小鳥たちが渉から飛びのき、シノハの肩に移動した。

「あ・・・あーあ」 残念そうな渉の顔にシノハが微笑む。

「いいもん。 残りのもーっと美味しい所は食べちゃうもん」 タッパをバッグにしまうと、残ったサンドイッチをパクリと口に入れた。

「え!? あ・・・食べられる」 自分に驚いた。

ゴクリと飲み込む。

「渉様?」

(どうしてかしら、いつも喉につっかえて食べられないのに食べられた・・・。 もしかしてシノハさんと一緒にいると食べられるの? だったらシノハさんも私と居ると食べられる?)

渉がバッグからもう一度タッパを出すと蓋を開けシノハに差し出した。

「ママの作ったサンドイッチ、美味しいの。 シノハさんもどうぞ」 シノハにも食べて欲しい。

「我にもいいのですか?」 見たこともない食べ物。

「身体があまり元に戻ってないから、味を薄くしてあるって言ってたけど美味しいよ」

シノハがタッパの中から一つつまみ上げた。

渉の昼ご飯となるサンドイッチ。 少しでも渉に栄養を摂らせようと、今までのように外食ではなく真名が毎日弁当を作っている。

(ママ・・・せっかく作ってくれたのに欠勤したの・・・でも、みんなで美味しく食べるから)

早朝からパンを焼き、色んな具材を入れたサンドイッチを作っている真名の姿が頭に浮かぶ。

(迷惑ばっかりかけてる・・・) 思うと渉の口の端が歪んだ。

そして渉の姿も歪む。

「・・・渉様」 消えゆく渉の姿に次々と涙が溢れた。


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--- 映ゆ ---  第113回

2017年09月21日 23時36分15秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou / Shou & Shinoha ~  第113回




「あともう少しよ頑張って。 次はここが角になるからハサミで切って、ほつれてこないように縫うの」

「簡単」

「大分縫うのが上手くなったものね」

「そうでしょ?」 得意顔になるが、始めてからもう何週間もたっている。

「渉ちゃん、どんな風に出来上がるか想像できてる?」

「そうなの。 どこを縫っているのか全然わかってないの」

「それじゃあ明日はビックリするわよ」


翌日。

「ママただいまー!」

「お帰りなさい」

「ビックリすること教えて!」 玄関からダイニングに飛んで入ると真名に言う。

「ふふ、覚えてた?」

「もちろんよ。 ねっ、早く」 バッグをソファーに置くと生地の入った箱と裁縫箱を出してきた。

「渉ちゃんダメよ。 ちゃんとすることをしなくっちゃ」

「着替えなんて後でいい」

「ダメよ。 ちゃんと着替えて夕飯を食べてから。 縫物が逃げるわけじゃないでしょ?」

「でも」

「ダメよ。 することはちゃんとしなくっちゃ」

「はぁーい・・・」 口を尖らせバッグを持つと2階に上がった。

部屋で着替えると階下に降りて、ダイニングのテーブルの上を見た。 ハンバーグに生サラダとポテトサラダが添えてある。 そしてコーンスープにご飯。

「うゎ・・・。 絶対に全部食べられない」 ボソッと言いながら席に着く。

「ママ・・・スープだけじゃダメ?」 水物ならなんとか喉を通せる。

「それは駄目ね。 渉ちゃんの好きなハンバーグじゃない。 全部食べなくてもいいからちゃんとお肉も食べなくっちゃ。 ねっ」 

「・・・うん」

『オロンガでは肉を食べませんから』 肉を出されるたび、シノハの言葉が頭をかすめる。

(シノハさんの口にしないものを食べたくない・・・) 

でも、あと少しで満月になる。 仕上げにかからなくては間に合わない。 そして食べなくてはこの先を教えてもらえない。 
小さく切ったひと欠片を口に入れた。 肉を出されるといつも以上に喉につっかえる。

「渉ちゃん、ゆっくりでいいからね。 ・・・無理のない範囲でいいから」 顔を顰めて喉を通す渉が哀れでならない。

どれだけ柔らかくしても肉料理はいつも辛そうに食べていた。 だから渉の好きなハンバーグにしたのに。

(どうしてかしら・・・あれだけ好きだったハンバーグなのに)

4分の1、喉を通した。

「ママ・・・ハンバーグはもういい? スープは全部飲むから」

「生サラダは? 渉ちゃんサラダも好きでしょ?」

「生の葉っぱが喉にくっつくの」

「・・・渉ちゃん」

「ママ・・・ごめんなさい。 ママがせっかく作ってくれてるのに残してばっかりして・・・」

「そんなことは気にしなくていいのよ。 でも、ここのところ渉ちゃんが頑張って食べてるのに、思うように顔色や身体が戻らないでしょ? 喉を通らないって言うのも気になるの。 ね、病院へ行きましょ」

「そんなことない。 見た目には出ないかもしれないけど、体重は増えてきてるわ。 ただ・・・喉はどうしても通りにくいの。 でも、ただそれだけなの」 僅かな体重増である。

「喉の病気かもしれないじゃない」

「それはないの。 自分で分かってるの。 自分の身体なんだから。 あと少し・・・うん、もう少ししたら喉もよくなると思うの。 だから心配しないで。 ねっ、スープだけでいい?」 そう、もう少ししたら良くなる・・・。 

それは―――シノハの元に行くつもりだから。

「それじゃあスープとポテトサラダを食べて。 ご飯も少しは食べられるでしょ?」

「それじゃあスープ全部は無理・・・」

「全部少しずつでいいから」

「うん・・・頑張る」

スープは半分飲めた。 ご飯も茶碗の3分の1は食べられた。 ポテサラダは一口食べた。


食器をシンクに入れると真名の手を引っ張った。

「ね、ママ早く教えて」

「げんきんね。 さっきまでの顔と全然違うんだから」 片付けかけていた手を止めた。

先にソファーに座ると箱から生地を出し、目を輝かせて真名を待つ。

「それじゃあ、生地を持ってここをひっくり返すの。 やってみて」

「ひっくり返すの?」

「そう。 縫っていたのは裏側だから、ひっくり返して表にするの」

「ひっくり返・・・す。 と」 不器用な手つきで生地を返した。

「え!? わぁ、出来た。 どうして? どうして出来たの? 全然分からなかった!」 目を丸くして縫物を見る。

嬉しそうにしている渉の顔に真名の笑みがこぼれる。

「渉ちゃんはどこを縫っているのか全然わからなく縫っていたものね」

「うん」

「でも残念。 まだ出来てないわよ。 ここをしっかりと縫わなくちゃ」 紐通しの端を縫う。

「ここ?」

「そう。 そこをしっかりとさせていないとほつれてくるかもしれないから。 そこを縫ったらあとは紐を通して出来上がりよ。 満月までに間に合うわね」

「今日中に仕上げたい」 針に手を伸ばした。

「満月までまだあるんだから、今日は片方だけにして明日残りの片方を縫えば?」

「今日中に縫う。 だって、出来上がりを早く見たいんだもん」 指ぬきを指にいれると針に糸を通した。



「シノハさん!!」

「ショウ様!」

真円の月が近くなってきた。 己の居る所に渉が現れると聞いていたが、セナ婆の家で渉と逢うわけにはいかない。 夜が明けると川に出向いていた。

川の流れはまだ嵩があって流れはきついが、少し落ち着いてきていた。 セナ婆に心配をかけぬよう、暗くなり始めるころにはセナ婆の家に帰り、母親が作った夕食を少しでも食べるようにし、ずっと部屋の片隅に足を抱えるようにしてウトウトと寝ていたのを、布団で寝るようにもしていた。 

朝は母親が食事を持ってくるのを待ち、出来るだけ食べるようにしてそして川に来ていた。 母親は初めて痩せ衰えたシノハを見て驚いていたが、セナ婆に滋養に効く薬草を混ぜ入れて作るように言われ、毎日家で精がつくものを作ってはセナ婆の元に運んでいる。

シノハが家を出て行く姿をセナ婆が何も言わず光のない目で見送る。 行くなとは言わない。 その視線を背中に感じてはいたが、渉のことが気になって数日前から朝から夕方まで川で待っていた。


そのシノハの目の前に渉が現れた。

1ヵ月近く逢えていなかった。 渉を抱きしめたい。 でもそれが出来ない。

「ショウ様、少し元に戻られましたね。 食べましたか?」 苦し紛れな言葉を吐く。

「うん、食べた。 シノハさんとの約束だもん」 

シノハの胸に飛び込みたい。 抱きしめて欲しい。 でも、そうしてくれる様子が微塵も見えない。 逢えたのに悲しい。

「そうですか。 我との約束を覚えていて下さったのですね。 でも、初めて逢った時のようにはまだまだですね」 己の心を封じ込めるかのように両の眉を上げてみせる。

「そんなことを言わないで。 頑張ったんだから」

「我はショウ様の元気なお姿を見たい。 ショウ様の笑顔が見たい」

「・・・シノハさん」

「我も頑張って食べていたのですよ」

「う・・・んっと」 一歩後ろに引いてシノハの姿を見る。

「ホントに食べた?」

「はい、食べましたよ」

「初めて会った時のシノハさんじゃない。 まだまだよ」

「・・・そうですか? 頑張ったのですけど」 己の両手を広げて身を見る。

「プッ! 二人とも同じことを言ってる」

「あ、ああ本当だ。 では、お互い頑張ったということで、これからもしっかりと食べていきましょう」

「うん」 シノハの笑顔が見られて嬉しい。

「あ、そうだ!」 言うと渉がバッグの中から小さな紙袋を出した。

「これ」 小さな星柄の入った紙袋に赤いリボンで口を括ってある。 それをシノハに差し出した。

「これは?」

「前に言ってたでしょ? 私もシノハさんに何か作るって」

「え? 我に作ってきてくださったのですか?」 驚いて目が大きく開いた。

「うん。 上手じゃないけど・・・受け取ってくれる?」

「もちろんです!」 

差し出された紙袋の下に手を出した。 渉の手に触れないように。
渉が袋から手を離すとシノハの手の中にスッポリと紙袋が収まった。
シノハがゆっくりと己の前に紙袋を引き寄せる。

「これはいったい何で出来ている袋ですか?」 紙袋をまじまじと見る。

「紙袋よ? あ、そっか、紙がないんだ」 シノハを見ていて、話しを聞いていて生活の様子を大体想像できる。

「すぐに破けちゃうの。 でも、贈り物をする時に入れたりするの」

「そうなのですか」 不思議そうに紙袋を見ている。

「・・・我は何にも入れないでお渡ししてしまいました」 

「え? あ、そんなことない。 絶対に入れなくちゃいけないわけじゃないの。 それにシノハさんの手からやってきたジョウビキだもの。 そのまま渡してくれた方が良かった。 ジョウビキがシノハさんから私に飛んできたみたいだもん」 

渉の言葉が嬉しい。

「えっと・・・シノハさん、紙袋を作ったわけじゃないの。 その中に入っている物を縫ったの」

「あ・・・」 

リボンを見ると見たこともない結び方。 少し考えてすぐに解くと紙袋を逆さまにした。 中のものがシノハの掌に落ちた。


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--- 映ゆ ---  第112回

2017年09月18日 22時35分57秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第112回




「マチ針が刺してあるから気をつけてね」

会社から帰り、夕飯と戦うとその後、毎日母親に裁縫を教わった。
まずは2枚の布を合わせて両端を縫う事はできたが、それだけで何日もかかった。 一針ごとに真っ直ぐに針を突き刺す。 すぐに生地がずれてしまうので、軽く両面テープで止めて固定していた。 渉の指は絆創膏だらけだ。 そして器用に針で壊したいくつめかの指ぬきが指にはまっている。

「チャコペンで印をつけて」

「うん。 ッテ!」

「あ! ほら、マチ針に気をつけてって・・・」

「えへへ。 これくらい大丈夫」 チャコペンで印をつけた。

「次は今の印からこの端まで縫うの。 1センチくらい縫い代をとってね」

「ここからここね」 言うとチャコペンで線を引く。 線を引かないと真っ直ぐに縫えないからだ。

ミシンで縫えばすぐに縫えるし、真っ直ぐにも縫えるが、残念ながら父親にミシンを使う許可を貰うのは難しい。 それ以上に真名が渉にミシンを使わせる勇気がなかった。
それに、渉自身が自分の手で縫いたいと思っていた。 もし、ミシンを使う? と聞かれても自分の手で縫うと言ったであろう。

「じゃ、今日はこれくらいにしましょう」

「えー・・・。 まだ縫う」

「駄目よ。 あんまり根を詰めちゃ身体に悪いわ。 それにまだお風呂にも入ってないでしょ? ほら、お風呂に入ってくる。 明日会社に行ったら臭いって言われるわよ」

「・・・はぁーい」 確かに肩がこってきていた。 裁縫道具の片付けをすると、生地を渉が用意した専用の箱に入れた。

「よーく暖まってきなさい」 渉に声をかけると首を回しながら歩いている姿が目に入った。

「肩や首が凝るほど、作りたいって・・・誰かにあげるのかしら」 そこの所は何も聞けていない。

「でも、最近はパパとの約束で食べてくれるようになったから、誰かにあげるにしてもいいけど・・・それにしても、食べているんだからもう少し身体の回復をしてもいいはずなのに・・・」 僅かにではあるが身体に肉が付いてきたが、どこか違う。

「毎朝、目が腫れてるのも気になる。 水分の取り過ぎなんてことはないはずだし・・・。 泣いているの? ・・・でもあれだけ嬉しそうにお裁縫をしてるのに、泣かなくちゃならないことなんてないはず・・・」 どうして目が腫れているのか見当がつかない。

「ああ、焦っちゃ駄目って分かってるんだけど・・・」 渉が生地を入れた箱に目を落とした。

父親との約束がある。 ちゃんと食べると。 それを守らないと母親から裁縫を教われない。 シノハにプレゼントが出来ない。 だから頑張って食べている。 それにシノハとの約束もある。 ちゃんと食べるという。
だが、どうしても前の様な身体に戻らない。 ちょっと食べたからと簡単に戻らない事は分かっているが、毎夜声を殺して泣いている。 それが大きく影響しているのだろうか。 自分の身体を風呂の鏡に映して一息吐くと、湯船に浸かった。

「シノハさん今頃どうしてるんだろ。 ・・・逢いたい」 湯船に顔を浸ける。 涙が流れないように。

風呂から上がった渉、タオルを首にかけリビングの窓から夜空を見上げる。

「渉ちゃん、またお月様を見てるの?」 毎夜、空を見上げては月の様子を見ている。

「うん、今日もまだ満月じゃないね」

「今日もまだって、満月はそんなに簡単に来ないわよ。 三日前が新月だったんだもの」

「そっか、それじゃあまだ三日月かぁ・・・」 首にかけたタオルで髪の毛をクシャクシャと拭く。

「どうしたの、最近? お月様なんて今まで見なかったのに」

「え? うん・・・お月様が綺麗だなって」

「・・・渉ちゃん」 今までの渉と全く違う。 違い過ぎる。 渉の考えが全く分からない。 真名が不安げに渉を見る。

「ん? ママなに? どうしたの?」

「え? ・・・うううん、何でもない。 渉ちゃんは今、お裁縫をしたいのとお月様が気になるのね」

「うん・・・。 そう」

「そっか・・・綺麗な三日月ね」 渉の横に来て窓越しに針のような細い月を見る。

「うん。 次の満月はいつ来るの?」

「そうね・・・再来週くらいかしら」

「再来週?」

「それくらいね。 なに? 満月に何かあるの?」

「あ・・・そうじゃない。 そういうわけじゃない。 あ、ママほら、猫の目みたいなお月様ね」

(何か隠してる・・・満月に何かあるの・・・?)

「渉ちゃん、あのね―――」

「ドライヤーしてくる」 真名の言葉を最後まで言わせなかった。

(今日が三日月・・・満月は再来週。 シノハさん・・・) 目に涙が浮かんでくる。


「ねっ、ここにアイロンをかけて、こうやって形を作っていくの。 出来る?」

「うん。 出来る」

「渉ちゃん、アイロンよ、熱いのよ。 火傷だけはしないでね」

「大丈夫だって」 言われたところにアイロンをかけていく。

「折り紙みたいね」 渉は軽く言うが、真名は口から心臓が出そうなほどだ。

「あ! 危ない!」 確かに指近くにアイロンが過ぎたが、全く危なくはない。

「もう、ママってば大丈夫だって」 人の数倍かかってやっとアイロンをかけ終った。

「渉ちゃん、今日はこれまでにして」 クタクタに疲れて懇願に近い。

「どうして?」

「ママの身が持たないわ・・・」


「おっはよっ!」 樹乃が渉の背中をポンとたたく。

「あ、お早う」

「年始早々、疲れてない?」 渉の横に並んで歩く。

「え? そんなことないよ」

「そう?」 顔を覗き込む。

「どして?」

「時々肩を揉んだり、腰を叩いてるから」

「うそっ!?」

「正真正銘。 神に誓います。 嘘なんてついてないし」 片方の手を曲げると掌を前に向けた。

「わぁ・・・無意識にそんなことしてたんだぁ・・・」 頬に手をやる。

「え? 心当たり有り?」

「うん。 家に帰ったらお裁縫をしてるから肩が凝っちゃうし、腰も痛くって」

「嘘っ!? それって婆さんじゃない!」

「そんなこと言わないでよ」

「え? ってか、そんなことをしてるの? え!? お裁縫!? 渉が!? はっ? 有り得ないしっ!」 朝起きると指に巻かれている絆創膏を剥がしていたから、樹乃は全然気づいていなかった。

「樹乃・・・」 眉を顰める。

「だってそうでしょ? 渉がお裁縫って・・・書類のホッチキスもまともに出来ないのに」 大袈裟なくらい大きく手を振ってみせる。

「そんなことない、ちゃんと出来てるわよ!」

「出来てないよ。 書類ズレまくりでホッチキス押してるじゃん。 それにホッチキスの間に指を挟んだこともあったじゃない。 200%出来てないしー」

「樹乃!」 足を止めると横に立つ樹乃に向いた。 樹乃も同じように渉に向かい合った。

「言っとくよ。 渉の出来ることは、目配り心配りとブラインドタッチ」 人差し指を渉に向けて4回指さす。

「ぐぅ・・・それだけじゃないはず」 顎を引き、上目使いで樹乃を見る。

「それだけだよ。 でも、それが大きんだけどね。 ・・・それなのにここんところの渉ってそれさえ危ういんだから」 渉を見ていた目を前に移して歩き出した。

「樹乃・・・朝一から落ち込ませたいの?」 樹乃の後頭部に訴えると渉も歩きだし、樹乃の横に並んだ。

「事実を言ってるの。 最近特に酷いよ。 心ここに在らずでボォーっとして周りを見てないし、ミスタッチも多すぎ」

「ぶぅー・・・」

「ブタさんになってもダメ。 お裁縫も原因の一つなら肩凝りが治るまでお休みしたら?」

「ダメ! 絶対にダメ!」

「ちょっとくらいいじゃない。 仕事に支障が出るわよ。 って、もう出てるけど?」 樹乃が渉のミスタッチをカバーしている。

「ちゃんとする。 もう樹乃に迷惑かけない」

「そう言う意味じゃなくて、渉の身体を心配してるの。 急に痩せちゃったと思ってたらずっと顔色も悪いじゃない」

「そんなことない」 

「はぁー、この子は強情なんだから」


「じゃ、次にここを縫って」

「ここからここね」 すぐにチャコペンで線を引いた。

「ママ、満月までに縫える?」 針を取ろうと、針山に手をやりながら真名を見た。

「あ、ほら、よそ見しないの」

「まだ針を持ってないし」 口を尖らせる。

「針を持つときに何度指を刺したか覚えてない?」 絆創膏だらけの指をさす。

「どうして刺すんだろうね?」 他人事のように言う。

「とにかくよそ見はしないで」 溜息まじりに言う。

「じゃ、よそ見じゃない。 手は止まってます。 ねっ、満月までに縫える?」 言う渉を真名が眉尻を下げて見る。

「あと少しよ。 満月には間に合うわ」

「本当? あと少し?」

「ええ、そうよ。 ・・・ね、渉ちゃん。 誰かにあげるの?」 勇気を出して聞いてみた。

「あ・・・うん」

(それは誰?) 聞きたいがまだそれは聞けない。

「どうして満月までに縫い上げたいの?」 

「え?」

「あ・・・ほら、満月までっていう区切りの仕方が珍しいじゃない? 誰かにあげるなら、普通なら何日まで、っていう言い方になるのにどうしてかなぁって」

「う・・・ん。 えっと・・・日にちより満月っていう方が覚えやすいでしょ?」

「え? そ? そう?」 渉の発想は時折理解しがたい時があるから、それなのか誤魔化して言っているのかどうかが判断できない。

「うん。 そう」

「その人と渉ちゃんにとって、特に満月が記念だとかっていうわけじゃないの?」 ちょっと引っ掛けて聞いてみた。

「違うわ」

(ハッキリと答えた。 満月が記念じゃないのね) 

「青色を選んだってことは、あげるのは男の人?」

「どうして?」

「だって、女の人なら青にはしないでしょ?」

「そんな意味で選んだ色じゃないの。 綺麗な青い鳥のイメージなの」

「鳥?」

「うん。 すごく綺麗な青い鳥なの。 この着物の生地そっくりな綺麗な青色。 で、くちばしが赤」

「ああ、それで赤色って言ったのね」

「うん」

「あら? それはなんて言う鳥なのかしら? ママは綺麗な青い鳥ってカワセミくらいしか知らないけど、くちばしは赤じゃないわ」 目を上に向けて考える。

(あ・・・しまった。 日本にいる鳥かどうかわからないんだった)

「えっと・・・見ただけだから」

「ふーん、そうなの」 どこで見たの? 聞こうかどうか迷って一瞬考えた。

「ママ、お喋りばっかりじゃ縫えないからもういい?」

「あ・・・そうね。 お喋りしながらじゃ危ないものね」 今は何より渉に怪我をさせないことが先決だ。


縫物は毎日続いた。

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--- 映ゆ ---  第111回

2017年09月14日 20時55分14秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第110回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shinoha ~  第111回




「では、長をここへ」

「はい」 ずっと続いている豪雨の降りしきる中、ロイハノが村長を呼びに出た。

「婆様、この雨の中ロイハノには・・・」 セナ婆とロイハノの会話を聞いていたシノハが直言しかけたが、言葉尻が消えた。

今の己は言える立場ではないのだから。 だが、ロイハノは決して若いわけではない。 ロイハノの身を案じてしまうのは当然だ。

「ああ、じゃが一日も早く姉様にお伝えせねばならん。 姉様の事じゃ、そのタイリンとやらの事を気にされているであろうからな。 それにオロンガを出れば雨も止んでいるじゃろう」

「ですが、トンデンの“才ある者” 才ある婆様がセナ婆様の姉様ということがロイハノに知られたら」 オロンガ村がひた隠しにしてきたことも案じられる。

「ロイハノにはトンデンの“才ある者” に伝えるようにと言っておる。 その言葉だけで姉様の事を誰にも聞かん。 それが“才ある者” じゃ」

『オロンガの女』 の語りをロイハノがトンデン村に出向いてオロンガ村の“才ある者” に語ることになった。 今日までに、聞かれるであろう色んな語りをセナ婆がロイハノに語っていた。 
そしてトワハ一人でトンデン村までロイハノを送り届けるには心もとない。 アシリと他3人を同道させる事にした。 トワハは道案内に、盗賊からはアシリ達4人でロイハノを守る。

ロイハノは歩くズークに座ることは出来ても、ズークを操ったり激しい揺れの中乗っている事は出来ない。 長い旅になることが目に見えている。 
ロイハノに限らず“才ある者” は特別なことがない限り村の中に居る故、ズークや馬に乗って村を出ることがないからである。 
タム婆だけは別だが。 あ、イヤ、タム婆の教えを乞うているトデナミもそうである。 トンデン村で一人生きたタム婆は、馬に乗ることが出来た。 と言うより馬がタム婆を乗せた。 だから、タム婆はトデナミにも馬に乗れるよう教え込んだ。

「どうじゃ? 少しは落ち着いて考えられるようになったか?」 

ずっと続く豪雨の中、溢れかえった川に行くことも出来ずセナ婆の家にいた。 セナ婆がロイハノに語っている間、声は耳に入ってくるが聞くでもなく家の端に座っていた。

「婆様・・・分かっているんです。 我が困らせていることは。 困らせるくらいなら、逢わなければと思うのです。 でも、それだけで終わらない。 
オロンガの雨は長い。 だから次の真円の月になるまではオロンガに来ないように言いました。 川でしか逢えないと思っていましたから。 でもその間、逢えないという事が辛いんです。 逢うことが困らせると分かっているのに、逢えない事が辛いんです」

「そうか・・・。 それでもこうして話してくれるようになった」

「ババ様・・・」 思わず垂れていた顔を上げた。

「思ったことを話せよ。 シノハが話したいと思う者に話せ。 わしだけにではなくていい。 ロイハノでも、アシリでも、リンラニでもいい。 ・・・皆、シノハのことを心配しておる」

ロイハノが心配をしてくれているのは重々に分かっている。 いや、ロイハノだけではない。 皆に心配をかけている、それも分かっている。 だが、

「ババ様が我のことを思って下さっているのは身体の芯まで沁みています。 それにロイハノにも。 ・・・我が話せるようになったのは・・・もしかしてロイハノがずっと声をかけてくれたからでしょうか・・・。 我に特別に飯を作ってくれたり、ロイハノには迷惑をかけてばかりです」

「ロイハノはシノハを失いたくない、そればかりを願っておる。 ロイハノはシノハのことを、わしと同じくらいずっと見てきたのじゃからな。 今トンデンに行くのは、シノハのことを思うと辛いじゃろうな」 

もしロイハノが“才ある者” でなければ、シノハは我が子となる年だ。 わが子の様に気になるのであろう。

(まだ大丈夫じゃ。 他の者のことを考えられている間は、まだ・・・) 口に出して何を言うでもなく、心の声にセナ婆が小さく頷いた。

(婆様はロイハノが、ロイハノは婆様が心配してくださっていると仰る。 それにタム婆様も。 我はどれだけ心配をかけているのか・・・) シノハにも言葉に出来ない心の内があった。

「そのタイリンという者のことを思うと、すぐにでも姉様にお伝えせねばなるまい。 お伝えすれば姉様は良きに計らってくれよう。 じゃが、姉様のお歳を考えると一亥も早くお知らせせねばならん」 

「はい」 いつも頭を垂れていたタイリンの姿が心に浮かぶ。

「シノハ」

「はい」

「ロイハノが帰ってきたときに心配をかけぬよう、しっかりと食えよ」 

ロイハノがいなくなれば、シノハの母親がセナ婆とシノハの飯を作るだろうが、シノハの母親はシノハの食が腹に入らないことを知らない。 だがシノハが抱えていること、今は誰にも言えない事はシノハの母、リンラニにも言えない。 それ故、母親はロイハノの様に少量で精のつくものを作らないであろう。 シノハを見ればしっかりと腹を満たすものを沢山作るであろう。

家の戸が開いた。 ロイハノが村長を家の中に入れる。 シノハが部屋の隅に移動した。

「長、雨の中悪かったのう」

「いえ、これしきの雨」 言いながらセナ婆の家の中を濡らさないように、濡れた衣を戸口で拭いている。

「ああ、構わん。 ここへ」 

言われ、素早く雨を拭き取ると椅子に座るセナ婆の前に片膝をついた。

「婆様、ロイハノから聞きましたが、この雨の中ロイハノを出すのですか? それもトンデンになど遠い所に」

「ああ、ロイハノには悪いが急いでおってな。 雨が止むまでと言っておられん」

「ですが、ロイハノはズークにも乗れません」

「座ることは出来るじゃろう。 じゃからアシリについていってもらう。 ロイハノもアシリになら具合が悪いと言いやすいじゃろうからな」 アシリはロイハノが幼少のころ一緒に育ったロイハノの兄である。

「ロイハノ、本当にそれでいいのか?」 戸口に立つロイハノを振り返り聞いた。

「はい。 大切なお話をお伝えするのです。 ズークに乗れないなどと言っている場合ではありません」

「そうか・・・。 “才ある者” の話しか」 独語すると口を噤んだ。 “才ある者” の話はそうでない者には立ち入れない。

「婆様、それではトワハとアシリ、他に3人をつけるということですが、それだけで大丈夫でしょうか? もっと沢山つければどうでしょう」

「あまり目立ってものう」

(アシリ一人で充分だけどな・・・) 後ろを向いて部屋の隅で背を丸くして聞いていたシノハが思った。

渉とのことがなければ、己が同道するとすぐに言うであろうが、今はそれにさえ気付かない。

「そうですか・・・。 それで? いつ発つのですか?」

「明日にでも。 長から4人とトワハに伝えてくれ」

「はい。 それでは」 部屋の隅で座っている後姿のシノハに目をやったが、シノハのことには誰も触れるなとセナ婆から触れが出ている。 そのままセナ婆の家を出た。

長を見送るとロイハノが戸を閉めた。


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--- 映ゆ ---  第110回

2017年09月11日 23時03分27秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第105回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第110回




「渉、フルーツも食べないと」 渉の手の運びを見ていた父親が言う。

「うん」

「やっぱりどこか悪いんじゃないのか?」

「どこも悪くないって」

「パパ、時間よ」 父娘の会話を聞きながらも時計を気にしていた真名が父親を呼ぶ。 出勤の時間だ。

「ゆっくりでいいから食べなさい。 渉は約束を守る子だよね?」

「うん。 ちゃんと約束は守る。 行ってらっしゃい」

「・・・行ってきます。 渉も気をつけて行くんだよ」

「うん」

渉はまだテーブルで朝食と戦っている中、真名が玄関まで父親を見送る。

「ママ、渉の様子がおかしくなったら、すぐに病院へ連れて行きなさい。 それと、渉の食がこれ以上細くなったら点滴を打ちに連れて行ってくれ」

「はい」

「渉は何も言ってないのか?」

「ええ、お裁縫の事以外何もいわないんです。 せいぜい・・・翼君と連絡を取っていることくらいでしょうか」

「翼?」

「ええ。 翼君からはマメに電話があるようです。 パパ、もう時間だから」

「ああ、じゃ、行ってくる。 渉の事を頼んだぞ」

「はい」 ドアが閉まると息を吐き、ダイニングに戻った。

「渉ちゃんどう? 食べられる?」 テーブルの上を覗き込む。

「あ、頑張ってるわね」 

8割は食べていた。 渉の顔を見ると顔色がよくない。

「渉ちゃん、大丈夫?」

「うん。 喉を押して食べたからちょっとしんどくなっちゃっただけ」 

真名が渉の額に手をやる。 熱はなさそうだ。 頬、首に手をやっても特に何といったこともなさそう。

「今日のお仕事休む?」

仕事を休むような事をすれば、母親から裁縫を教えてもらえない。 それに有給も全部使ってしまっている。 会社を行く振りをして休んでシノハと逢っていた。 それがバレるのが恐い。

「大丈夫、少しすれば落ち着く。 ママ、あとは残してもいい?」

「ええ、今までの事を思うとよく食べたわ。 でも、そんなに喉の具合が悪いのなら一度病院で診てもらいましょうよ」

「うううん。 そんなのじゃないの。 自分の身体だもん、自分が一番よく分かってる。 出勤の時間が来るまでちょっと横になってる」 言うと椅子から立ち上がり、リビングのソファーで横になった。

「渉ちゃん・・・」 急に食べた事で小さくなっていた胃が苦しいのだろうとは思うが、喉を通らないと言っていることが気になる。


「ね、ね。 渉ちゃんこのまま仕事サボってデートしようよ。 それと、年が明けたら初詣に一緒に行こうよ」 

駅前の大通りに沿ったカフェ。 大きな窓は大通りからよく見える。

窓際に座った渉の隣に座る翼が言う。

「サボらないし、行かないし。 それになんで隣に座るの。 前に座ってよ。 狭苦しい」

「嫌だよー」 目の前に置かれたコーラを手にした。

「寒いのによくそんなに冷たいものが飲めるわね」

コーラの中で氷がカラカラと音を立てている。

「若いもん」

「どーせ、私は翼君より年上ですよー。 でも、まだおばさんの歳じゃないからね」

「渉ちゃんって、来年25歳でしょ?」

ギロリと渉が睨んだ。

「あ、違うよ。 おばさんって言ってるんじゃないよ。 ね、そろそろ結婚とか考えないの?」

「え?」

「俺が来年22だから、あと・・・2年待てる?」

「は?」

「やっぱ大学卒業してすぐってのは安定しないからね。 少なくとも1年は働いて、その後の最低限の余裕をみてからでないと。 初任給からは昇給も
あるだろうし。 うん、渉ちゃんのためにいい所に就職するから」

「私が誰と結婚するのよ」

「俺以外の誰と結婚するの?」

「俺以外の誰とじゃなくて、俺とはしない」

「なんでー! どうして!」

「翼君は・・・」 両手でミルクの入ったカップを包み込む。

「うん、俺は?」

「うーん・・・」 ミルクをコクリと飲んだ。

「甘っ!」 

「あ、渉ちゃんがボケーっとしている間に、イッパイお砂糖入れてあげたからね」

「入れ過ぎでしょ!」

「駄目だよ。 そんなに痩せちゃって。 ルール違反なやり方だけど、痩せるのにストップをかけなくっちゃ。 ちゃんと全部飲むんだよ」 

渉のミルクを頼んだのも翼であった。 食べていない事は一目瞭然だ。 胃に優しいミルクを選んだ。 それに砂糖をぶち込んだ。

「で? 俺は?」

「あ・・・言いにくくなっちゃったじゃない」 自分のことを心配してくれている。

「なに? 何でも言って。 全部打ち崩すから」

「崩すって・・・」

「今は彼氏で、2年後に結婚相手って言う以外は見事に崩してあげる」

「だから、ナイって。 翼君は弟」

「俺は姉ちゃんの弟であって、渉ちゃんの弟じゃない」

「だから、それは戸籍上の話であって心情よ」

「だったらそれでもいいよ。 で、戸籍上は俺のお嫁さんになる?」

「ならないって」 時計を見た。

「あ、もう行かなきゃ」

「えー、だからサボっちゃおうよ」

「サボらない」

「じゃ、せめてミルクを全部飲んで。 身体も温まるでしょ?」

「ううー・・・。 今日は朝から厳しいな・・・」 言いながらも翼の気持ちがありがたく、覗き込む翼を上目遣いに見ながらチビチビコクリと飲み始めた。

「渉ちゃん、その目。 俺がもう飲まなくてもいいよって言うのを待ってるでしょ」 カップに口をつけたまま小さく横に首を振る。

「嘘言ってないの。 それに飲まなくてもいいなんて言わないからね。 ちゃんと全部飲まないと俺は席を立たないから。 渉ちゃんもここから出られないよ。 仕事に帰れないよ」

渉が眉を顰めてカップの中のミルクに息を吐いた。 ブクブクブクと音がする。

「渉ちゃん子供みたいな事しないの」



「ん? あれは?」

「部長?」

「あ、ちょっと待っててくれ」 迎えの車に乗りかけたが、渉らしき姿がガラス窓の向こうに見える。

歩を進めると段々と渉の顔が確認できた。

「渉・・・会社に行っているはずなのにどうして。 ん?」 隣に座る男を見た。 渉の顔を覗き込んで笑っている。

(誰だ!?) 顔がこわばる。

「部長、ここは長く車を停められませんので」

「あ、ああ」 後ろ髪をひかれる思いで車に帰ったが、男の笑い顔が目に焼きついている。


「只今帰りました」

「ああ、ご苦労さん」 クソジジィの顔を見るとすぐに席に着いた。

「お帰り。 お疲れ。 寒かったでしょう」 樹乃が小声で言う。

「うん。 寒いったらなかった」 手をこすり合わせる。

「早く新入社員が入ってくれないとこの生活抜けられないよね」 樹乃は違う日に渉と違う所へ行かなくてはならない。

「今年期待したのに駄目だったもんね」

「ホント。 あ、これ。 隣から持ってきてたわよ」 隣の部屋を指差して書類を渡した。

「ゲッ、内容変更!? それも今日中に?」

「みたいね。 ガンバレ」

「残業だぁ・・・」 デスクの上にうな垂れた。


「ただいま」

「あ、お帰りなさい」 キッチンの片付けをしていた手を洗った。

「渉は?」

「残業みたいです」 慌ててタオルで手を拭くと父親の横に立った。

「残業?」 顔を顰め、鞄を真名に渡す。

「はい。 随分前に連絡があったんですけど、ちょっと長引くかもしれないって言ってました。 あ、パパ、上着を脱がなくっちゃ」 父親が上着を脱がないままソファーに座った。

「ママ・・・今日、渉を見かけた」

「え?」

「会社に行っている筈の時間に・・・その・・・男と会ってたみたいだ」 両手で顔を覆うとその肘を太腿の上に置く。

「あら、見つかっちゃいましたか」

「え? どういう意味だ?」 覆っていた手から顔を外し、真名を見上げる。

「今日はね、会社のお使いの日なんですって。 その時間にちょっとお礼を込めて会ってたみたいですよ」

「ママは知ってたのか?」

「ええ、丁度ここでその約束の電話をしていましたから」

「そ、そんな軽く言って! そいつのせいで渉がおかしくなってきたんじゃないのか!?」

「ま・・・まぁ、パパったら」 口に手をあてクスクスと笑う。

「ママ! 笑い事じゃない!」 立ち上がり真名を見据えるが、真名は気にする様子もなく答える。

「それ、翼君ですよ」

「・・・」 真名の言葉がすぐに頭の中に入ってこない。

「大きくなってたでしょ? 私は写真を見ただけなんですけど」 カケルの家に行ったとき、翼の話をしながら写真を見ていた。

「つ・・・翼―!?」 やっと分かったようだ。

「ええ。 間違いなくですよ」 真名の言葉に力が抜け、ソファーに座り込んだ。

「翼って・・・あの細っこくて小さかった翼か?」

「それは何年も前ですもの。 翼君も、もう二十歳を過ぎてるんですよ」

「まさか、渉と付き合ってるとかってことはないのか?」 隣に座って笑いながら渉の顔を覗き込んでいた、あのシーンがはっきりと脳裏に蘇る。

「そんなことは聞きませんし、電話での会話もそんな風じゃありませんよ」 ふと、カケルの家で言っていたカケルの言葉が浮かんだ。

(たしか・・・翼君が渉の事をバカほど好きだって言ってたわね) 父親の顔をチラッと見た。

(冗談でもパパには言えないわ)

「パパ。 上着が皺になっちゃいますよ」

「あ、ああ・・・」 父親が上着を脱ぎかけると玄関でカギを開ける音がした。

「あら、渉ちゃんも帰ってきたみたいですね」 父親から上着を受け取る。

渉がリビングに入ってきた。

「ただいまー。 疲れたー」

「お帰り」 真名と父親が言う。

「あれ? パパも帰ってきたところ?」

「ああ。 さっきな」

「疲れたー」 ソファーにドッカリと座った。

「渉ちゃんったら、そのままじゃ疲れも取れないでしょ。 先に着替えてきなさい」

「ふぇーん・・・。 動きたくないよー」 父親が渉の隣に座る。

「渉、今日渉を見かけたんだけど?」

「え?」

「駅前のカフェで」

「あ・・・見つかっちゃった」

「仕事中にカフェか?」

「今日はお使いに行く日だったの。 だからその時にちょっとだけ」 親指と人差し指で少しの隙間を顔の前に作った。

「誰かと一緒だったのか?」 白々しく聞く父親の顔に真名が笑いを堪える。

「えへへ・・・。 翼君とお茶してたの。 その、ホントに少しの間よ。 お礼代わりにお茶をおごったの」

父親が真名の顔を見た。 真名がさも自分の言ったことは本当のことでしょ? といった具合に口角を上げた。

「そうか。 翼か」

「翼君とは、お使いに出る度にあそこの大通りでよくすれ違ってたの、だから。 それに、お使いに出たら30分くらいはいつも誤差が出るから、サボってるって事にならないほどの僅かの時間だったし・・・」

「翼は・・・その、いつも渉の隣に座るのか?」 真名の表情が変わった。

「狭苦しいから向かいに座ってって言ったのに、私が全部ミルクを飲むまでどかないって言うの。 早く飲まないと仕事に帰れないよ、だって。 信じられないこと言うでしょ?」

「ミルク? 渉ちゃんがコーヒーじゃなくてミルクを頼んだの?」

「私じゃない。 翼君が注文したの。 ミルクだと身体が温まるでしょ? だって。 それに知らない間にお砂糖をバカ程入れて―――」 続けて

『痩せるのにストップをかけよう』 と言われたことを言いかけて呑み込んだ。

「そういうことか。 分かった」 ネクタイを緩める。

(翼なりに渉のことを心配してくれているのか・・・そうか)

「怒ってる?」 渉の言葉に眉を上げる。

「怒ってないさ。 渉もそんな風に時間を使うようになったのかってな」

「どういう意味?」

「正直だけじゃなく、要領を使うようになったんだなって。 まぁ、どこの会社でもみんなしていることだよ」

「じゃ、怒らない?」

「怒らない。 褒められたものではないけどな」

「良かった」

父親の上着を持ったまま、二人の会話を傾聴していた真名が緊張から解放されると渉に着替えを促した。

「ほら、渉ちゃん着替えてらっしゃい。 パパも」 ソファーの上に置かれた父親の鞄を余っている手で持つ。

「ああ」

渉が二階に上がると父親と母親が自分たちの部屋に行き、父親が着替えながら何気なく言った。

「な、今年の正月の旅行どうする?」

「ええ・・・渉ちゃんのあの身体じゃあ・・・それに、どこにも予約を入れませんでしたからね」

「そうだな、今年は大人しく家で正月を迎えるか」


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--- 映ゆ ---  第109回

2017年09月07日 23時38分49秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第105回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第109回




家に帰るとすぐに二人で2階に上がり、和箪笥を開けると真名が選ぶように一つの畳紙を手に取った。 両手の上に乗った畳紙を畳の上に置くと、丁寧に紙紐をほどき広げる。 すると渉の想像通りの青色がそこに広がった。

「わぁー、こんなに綺麗な青色だったんだ」 まさにジョウビキと同じ色、その色を幼き頃に着ていたのかと思うと、その色がさらに鮮明に目に映る。

畳紙の上で輝くような青色が、かと言って目の覚める青色ではない。 心にしみわたるような、鮮やかではあるが優しい青が目の中いっぱいに広がった。 そしてその中に小さく赤く丸い柄が入っている。

「明るくて素敵な青色でしょ? さっきも言ったけど、パパが女の子に青色を着せるなんて、って言ったけど、それでも作りたいと思う色と思わない? そこにポイントの赤が目立って素敵でしょ。 だからどうしてもママがこの反物で作りたかったの」 言いながら端切れを広げた。

「あ・・・端切れの方には上手く赤が入ってなかったわね」

「うううん。 そんなことない。 この小さな丸い赤が丁度いい。 この小さな赤を上の方にして作れる?」

「ええ、作れるわよ」

「うん。 じゃ、これがいい」

「そう? じゃ・・・紐はどうしようか? 青色ならママが持ってるけど、赤色の方が合うかもね」 

パッとイメージが浮かんだ。 くちばし部分が紐。

「赤! うん、それがいい! それが丁度いい色の配分!」

「けど、渉ちゃんが言うように丈夫に作れるかなぁ?」

「駄目なの?」

「・・・う・・・ん」 額に手をやって考える。

「そうね・・・。 二重にする?」

「二重?」

「渉ちゃんに縫えるかなぁ? ・・・この正絹の裏地に丈夫な木綿の生地をつけるの」

「出来る! 絶対に縫う! ママ、それ教えて!」

「ええ、いくらでも教えてあげる。 じゃ、木綿の生地を見に行かなくちゃね。 それと紐も買わなくっちゃ。  けど、縫うのはちゃんとパパに言ってからね。 渉ちゃんがやる気になったんだもの。 ママも応援するからね」

「うん」

「さ、今日はパパと一緒に夕食が食べられる日よ。 パパの帰ってくる時間になっちゃう。 早く買いに行きましょう」

「うん」

すぐに車に乗って買い物に出かけると、渉が薄めの青地に赤のチェック柄が入った帆布と、赤い紐を手に取った。

「渉ちゃん、それじゃあ分厚くなりすぎるわ」 ミシンなら分からなくもないが、なんと言っても手縫いなのだから。

「でも、ここの中ではこれが一番いいんだもん」 手に持ったものを握りしめる。

「指が疲れちゃうわよ? それでもいいの?」

柔軟にものを受け取れる性格ではあるが、時に言ったら聞かない強情な所も持っている。 それを知っているが為、多分なにを言っても引かないだろうとは分かっているが、言わずにはいられない。

「疲れちゃうどころか、痛くなっちゃうわよ」

真名の言うその意味がよく分からない渉。

「大丈夫、縫える」

渉の返事に、指抜きを沢山用意しておこうと心にメモる。

結局、渉の手にしたものを買って帰ると、和室に出しっぱなしにしていた着物をリビングに持ってきて舐めるように渉が見ている間に、真名がプリンを冷蔵庫から出した。 渉があまり食べなくなってきたのをなんとか切り抜けたかった。 プリンなら喉を通るだろう。

「渉ちゃん、パパが帰ってくるまでプリンでも食べない?」 盆にプリンを乗せてリビングのテーブルに置いた。

「あ・・・」 渉の顔が少し曇ったが、それを認めないように話し続けた。

「朝、作ったの。 渉ちゃんの好きな蒸しプリンよ」 可愛いカップに入ったプリンとスプーンを渉の前に置いた。

「・・・うん」 シノハと約束をした。 しっかり食べると。

「うん、食べる」 スプーンを手にとるとゆっくりと食べだした。

「どう? 柔らかくできてる?」

「うん。 出来てる。 美味しい」 

シノハにジョウビキをもらった事への嬉しさがあるのか、これからシノハへの贈り物を作ろうとしている嬉しさからなのか、最近の事を思うと喉に通りやすい。

「良かった」 前ほどではないが、ゆっくりとでも口に運んでくれることに安堵を覚える。

「パパに見られたら叱られるね」

「え? どうして?」

「夕飯前にプリンを食べてるんだもの」

「渉ちゃん・・・」 ここのところ殆どご飯を食べていない自覚がないのだろうか。

「渉ちゃん、なにかあった?」 ずっと聞かずにいたが、とうとう聞いてしまった。

「え?」

「渉ちゃん、最近殆どご飯を食べないじゃない。 体重だって落ちてきてるでしょ?」

「ママ・・・」

「あ・・・その、ダイエットでもしてるの?」 渉の反応に、今様子がいい事を失くしてしまいそうな不安に駆られ、冗談の様に言いなおした。

「ダイエット? そんなのしない。 今はちょっと食欲がないだけ。 大丈夫よ、心配しないで」

「そう? ならいいんだけど・・・」 全くもって良いわけではない。 最近は目に見えて痩せてきているのに。

「ママも早く食べないと冷たくなくなっちゃうわよ」 シノハとの約束もある。 それに真名に心配をかけまいと無理にのどを通す。

「うん、そうね」 一緒に食べよう、そうしたら少しでも食べてくれるだろう。

真名がスプーンを口にいれた時、渉のスマホが鳴った。

「あ、翼君だ」 横に置いてあったバッグからスマホを出すと耳に当てた。

「翼君?」

「渉ちゃん? 今日のお買い物どうした?」

「ママと行った」

「へっ!? 延期じゃないの?」

「じゃない。 終わった」

「はぁー!? クッソ、姉ちゃんのせいだー!」

「カケルは関係ないよ」

「関係なくない! 姉ちゃんのせいだっ! 一生恨んでやる!!」

「何言ってんだか。 あ、そうだ、。 ね、明日会社の用事でいつもの駅に行くの。 ちょっとなら時間を潰せるから、いつも会う同じ時間にお茶くらいできるよ」 明日は毎月のお使いの日だ。

「え!? そうなの? 行く行く! 絶対に行く! 授業も受けないで朝からずっと渉ちゃんを待ってる」

自分が来るのを待っていてくれる・・・。 シノハがそう言った。 シノハの言葉が心をよぎる。

「馬鹿じゃない? ちゃんと連絡入れるから」 

「うん、分かった。 ちゃんと連絡してよ。 待ってるから」

「じゃ、明日ね」

スマホを切った。

「翼君とデート?」 スマホの向こうの翼の言葉は聞けないが、渉の言葉だけで会話の内容がわかる。

「そんなんじゃない。 でも今日、神社の帰りに翼君にお買い物に付き合って、って頼んだんだけど、カケルが駄目って言ったからお流れになっちゃったの。 で、ママにお願いしたんだけど」

「あら? ママは翼君のお下がり?」

「そんなことない。 ママで正解だった。 翼君だったらママみたいに助言してくれなかったと思う」

「男の子だものねぇ。 お裁縫って言われたら分からないわよね」

「うん。 だから付き合ってくれる気になった翼君にお茶でもおごらなくっちゃ」

「明日って会社じゃない? 仕事中に?」

「そこの所は適当に出来る。 新入社員じゃないんだから」

「パパが聞いたらおかんむりよ」 渉が真名に目を合わせるとクスッと笑った。

「パパってお仕事に厳しいもんね」


翌日朝。

「渉、約束だよ。 ちゃんと朝ご飯を食べなさい」

夕べ仕事から帰って来た父親に話した。


「パパ、ママにお裁縫を教えてもらうの。 いいでしょ?」

「お・・・お裁縫? 針を持つお裁縫か?」

「うん」

「渉、お裁縫は針だけじゃない、ハサミも持つんだぞ。 渉にそんなことが出来るはずないだろう!」

「パパ・・・会社でハサミくらい使ってるわ。 ハサミで手なんか切ってないし。 私はもう子供じゃないの。 お裁縫くらい出来なくっちゃ駄目なの。 それに奏ちゃんにも言われてるの。 お料理くらいできなくっちゃって」

「奏和君がそんな事を言ったのか!?」

「パパ、奏和君の言うとおりですよ。 渉ちゃんの歳になって、お料理もお裁縫も出来ないのはお嫁に・・・あ・・・」 禁句。

「お嫁―!?」

「違うの! パパ、落ち着いて! 渉ちゃんがどこに行くわけじゃないの。 ただ、女の子のたしなみとして、お裁縫くらい出来なくっちゃ―――」

「たしなみー!?」

「あ、ほら、パパの服がほつれてたり、ボタンが取れかけたりしたら、渉ちゃんが直せるでしょ?」

「渉が?」

「ええ」 真名が渉に目配せを送る。

「あ、うん、そう。 パパのボタン付けくらい出来なくっちゃ」

「あ・・・渉が取れかけたボタンをつけてくれるのか?」

「う・・・うん。 もちろん。 えっと・・・今は出来ないけど、それをママに教えてもらうの。 そのための練習」

「そうか。 渉がパパのボタンをつけてくれるのか」

「あ・・・パパ・・・」

「でも、針で指をさすぞ」

「刺さないから」

「渉が針で指を刺さないはずがないだろう」

「意味わかんない」

「ママ、まさかミシンなんて使わないよな」

「はい、そんな恐ろしいことはしません」

「パパもママもおかしくない?」

「何を言ってるんだ。 ミシンだったら指を貫通するかもしれないんだぞ」

「そんな事しないし」 口を尖らせてずっと見ていた父親から目を外した。

「どうしてもお裁縫をしたいのか?」

「うん」 すぐに父親の目を見る。

「そうか・・・。 そうだな・・・。 じゃ渉、パパと約束をしてくれたらママにお裁縫を教わってもいい」

「うん。 なんでも約束する」

「ちゃんとご飯を食べる。 それを約束してくれるのならママに教わりなさい」 渉の痩せ方は尋常ではない。

「う・・・ん」

「出来ないか?」

「そうじゃないの。 食べないわけじゃないの。 ただ、喉を通らないの」

「喉を通らない? どうして早く言わないんだ! どこかおかしいんじゃないのか?!」

「あ、そんな大袈裟な事じゃないから」

「病院に行くか?」

「行かない。 どこが悪いわけじゃないもん。 ・・・うん、頑張って食べる。 全部は食べられないかもしれないけど。 だからお裁縫してもいい?」

「本当に身体の具合が悪いわけじゃないんだな?」

「ぜんぜん元気」

「具合が悪くなったらすぐに言うんだぞ」

「うん。 だからお裁縫してもいい?」

「ああ。 約束を守ってくれるのならな。 渉も、もう子供じゃないんだからな」

「パパ、ありがとう」 父親の胸に手を回し抱きついた。 

その渉の身体を両手で抱きしめる。 久しぶりに見た渉は痩せて見えたが、抱きしめた手の感触はそれを決定的なものにした。 

(渉・・・こんなに細くなって・・・)


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--- 映ゆ ---  第108回

2017年09月04日 23時31分19秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第105回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第108回





「ん? これって? なんだ?」 一瞬目が止まったが、再度読み進める。

「え? ・・・まさか。 ・・・これが関係あるのか?」 数行書かれている文言に頭を捻る。 

伊達に現代を生きているつもりはないが、書かれていることが現実的ではなさすぎる。 あまりにも・・・未来形に近いのではないかと思う。
それとも現代に生きている身から一つのことを見て考えて、未来形じゃないかと思うことが間違っているのだろうか? 自分は時代遅れなのだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。 
現代という歳にあって、専門学校で若いヤツらと同じ感覚になれない時もたしかにある。 だからと言って、あくまでも平成生まれに違いないのだから。
でも、その平成生まれにしても、あまりに腑に落ちない文言。 古き教えとも思えない、単なる都市伝説のようなモノにしか思えない文字が目の前にある。

「宮司なのにこんな都市伝説みたいなことを事を信じてたのか? それとも単に書いただけで信じているわけじゃなかった?」 顎に手をやり考える。

「ありえない話だよな」 言うと日誌から目を離し、明るく灯るストーブを見た。

ずっと文字を追っていて疲れた。 ふと我が身の周りの顔が頭をよぎる。

「アイツらだったら何ていうのかなぁ・・・」 

それは、ボサボサ茶髪のボーカル、ストレートの茶髪を束ねたギタリスト、ボーカルと同じ髪の印象があるが、顎の細いボーカルと違って真四角と言っていいほど顎の張ったボサボサ茶髪のベーシスト。 そう、バンドのメンバーの顔が浮かんだ。

「面白おかしく囃し立てるんだろうな・・・」 

小さなことにも囃し立てるメンバー。 そんなところについて行けないと感じていた。 いや、ついて行けない、そうじゃない。 同じ時に立てないと感じたんだ。 どうしてそこで笑うのか? 違うだろ。 今はそうじゃないだろう。 そんなことが積み重なってきていた。

「練習・・・ずっとしてないな・・・」 自分の手に目を落とす。

「いつからスティックを持ってないかな・・・」 一つ息を吐いた。

「自分のことすらマトモに出来てないのに、渉のことを考えられるか・・・?」 渉の歪む姿を思い浮かべた。

「・・・放っておけない・・・だろ。 あんな事を放っておけるわけない。 渉の様子もおかしいのに」 あの時、崩れ落ちていた渉の姿を思い出す。 

「ああ・・・」

渉のことを思い、声を漏らすと今を見ることが出来た。 少なくともバンドメンバーのことは今は関係ないと。

「もう少し他の物も読んでみないと・・・な」 手に持っていた日誌を閉じると次の日誌へ手を伸ばした。



神社から家に帰ってくると渉が早速真名に言った。
帰り道々考えていた。 次の満月まで会えない。 その間にシノハに何かを作りたいと。 それが何かを決めた。

「ママ、お裁縫教えて」

「え!? お裁縫?」 反抗期のように帰ってすぐに自分の部屋にこもる事はなかったが、思いもしない言葉に驚きが隠せない。

「うん、お裁縫。 えっと・・・生地を買いに行かなくちゃならないのよね。 今からじゃ遅い?」

「ちょ、ちょっと待って渉ちゃん。 いったいどうしたの?」

「作りたいものがあるの。 だから教えて。 それに生地の選び方も分からない」

「だから、そういうことじゃなくて・・・。 今まで針を持ったことがない渉ちゃんがどうして?」

「家庭科の授業でちゃんと持ったことあるもん」

「それはそうだけど・・・指に針を刺してばかりで、運針練習の生地が血だらけになったわよね?」

「そ・・・それは昔の話よ。 今はもう出来るはず」

「ハサミで糸を切るはずが、指を切ったわよね?」

「会社でハサミを使ってるけど、もう指なんて切らないもん」

「ママは渉ちゃんにお裁縫を教えられるのは嬉しいんだけど・・・」 久しぶりに会話を出来る事も嬉しい。

「だけど、なに?」

「きっとパパに怒られるわ」

「パパには自分で言う。 だから先に生地を買いに連れて行って」 

「お裁縫って、いったい何を作る気なの?」 父親が卒倒しそうな顔が浮かぶ。



駅で渉と分かれたカケルと翼。 駅を降り、道々少々のバトルがあったが、家に着くなり具体的に玄関からバトルが再燃した。

「姉ちゃん、よくも渉ちゃんからのデートのお誘いをぶっ潰してくれたな!」

「アンタが渉の買い物に付き合って、その後ろくでもないところに引き込んだりしたら、どう責任取るつもりよ!」

「俺が渉ちゃんの嫌がる事をするわけないだろ! それに万が一そんなことがあっても、ちゃんと責任を取る! ってか、責任取らしてくれるんなら、どこにでも引っ張りこむ!」

「それって、万が一があるってことよね!? そんなヤツに渉を預けられるわけないでしょ! それに言ってる事がおかしいでしょ!」

「それはこっちのセリフ!! 姉ちゃんって、なんでトコトン俺と渉ちゃんの仲を裂くんだよ!」

「最低限、アンタが八岐大蛇をどうにかしない限りはね! 渉と歩いてるところを見られて、大蛇達が渉に嫌がらせをしたらどうするつもり!?」

「彼女達は渉ちゃんとは全然別だっ!」

「アンタがそう思っていても、大蛇たちはどうするか分からないでしょ! アンタ、女の恐さ知らなさ過ぎ!」

「知ってる、誰よりも! 姉ちゃん見てんだからー!」

「つーばーさー! どういう意味よ!」

「ちょっといい加減にしなさいよ。 帰る早々なんなの? それに八岐大蛇ってなんなの?」

家に入るなり姉弟の喧嘩を諫めた希美がお茶を淹れてリビングのテーブルに置く。 カケルと翼も置かれた茶を前にソファーに座ると真っ先にカケルが口を開いた。

「お母さん! 翼って大学で女の子と遊びまくってるのよ!」

カケルの剣幕に希美が円やかな目で答える。

「まぁねぇ。 男の子だからそれくらい仕方ないんじゃない?」

「ですよねー。 ほら、母ちゃんは俺の味方」

「何言ってるの!? お母さん! 甘すぎるわ! 勉強もしないで遊んでばっかりって!」

「そりゃね、大学休んだり成績が悪かったらお母さんも叱るわよ。 でもちゃんと行ってるし、成績もいい方だしね。 それで遊んでるんだからねぇ」

「は? 翼の成績がいいの?」 女の子と遊びまくってる翼の成績がいい? どういうこと? そのカケルの疑問に翼が答える。

「秀と優、時々良」 鼻高々に答える。

「は!?」

「俺って姉ちゃんと違って頭良いの」

「私と違っては余計でしょ! それに天気予報みたいな言い方をするんじゃないわよ!」

「翔、落ち着きなさいよ。 だからね、翼が少々好きな事をやっても何も言わないの。 ただ、出来ちゃっただけは駄目って言ってあるの」

「で・・・出来ちゃった、って・・・」

「男の子の親だもの。 そんなものよ」 

希美の言葉にカケルが蒸気する。

「そんなものじゃないわよ! 絶対に奏和の小母さんはそんなこと言わないわよ!」

「そうねぇ・・・。 雅子さんの所は神社だし、奏ちゃんは一人っ子だからねぇ。 でも、ほら、うちは翼が二人目じゃない?」

希美の呑気な言葉にカケルがイラ立つ。

「そんな呑気な事言って! もし出来ちゃったになったらどうするの!?」

「駄目って言ってあるけど、まぁ・・・その時はその時かな?」

「はぁ!? その時かなって! ・・・私はそんなの絶対にイヤ! そんなのを義理の妹だとは思いたくもないし、言いたくもないからね!」

「だから姉ちゃん。 それはないって。 母ちゃん、帰る前から急に姉ちゃんの機嫌が悪くなったんだよ」

「あら? また奏ちゃんとケンカでもしたのかしら?」

「してない! ・・・もう、知らない!」 あまりにもゆっくりと構えている希美に苛立ちを押さえることが出来ず、ドンドンと足音を鳴らして二階に上がっていった。

その姿を見送った希美。

「翼、翔じゃないけど出来ちゃっただけはやめてよ」 

「分かってまーす」



真名と車でデパートへ来た渉。

「青色がいいの?」

「うん。 とっても綺麗な青色がいいの」

「一色? 模様なし?」

「あ・・・」

(ホッペとくちばしが赤だった・・・)

「赤が混じってもいい」

「ん? 水玉とか、チェック柄とか色々あるけど、どうするの?」

「うわぁ・・・迷う」

「それに渉ちゃんが言うほど丈夫に作ろうと思ったら、硬い生地になっちゃうけど、それじゃあ作れないわよ。 せめてそこまで硬くない、木綿の生地でないと」

「えー・・・」

生地など見に来たことがない。 そこで木綿の生地と言われても、余りに漠然としてしまって具体的に分からない。 焦点が絞れないまま店の中を見渡していると、何か思いついたように真名が小さく声を上げた。

「あ、そう言えば・・・」

「なに?」

「青に赤・・・」 真名が頬に手を当てる。

「ママ?」

「渉ちゃんが小さい時に作った着物。 正絹の着物。 青地に赤の模様の入った。 アレじゃ駄目? 正絹だから丈夫よ」

「え? 着物を破くの?!」 目を大きく開けて驚く。

「そんなことしないわ。 端切れがあるの」 人差し指を口に当て、どんな青だったかを思い出そうとする。

「綺麗な青だった?」

「着物だから洋服の様に綺麗って聞かれたら困っちゃうけど、素敵な色だったわよ。 パパが女の子なのに青の着物だなんて、って言ったけど、それを押してでも作りたかった色だったから」

「でも、端切れでしょ? それで作れるの?」

「渉ちゃんは小さかったから、端切れっていっても結構大きいのよ」

(そっか・・・私が着た着物の生地か・・・。 もし、綺麗な青だったらそれが一番いい)

「ね、ママ。 一度帰ってその生地が気にいらなかったら、また一緒に来てくれる?」 

「いくらでも付き合うわよ」 久しぶりに見る渉の笑顔。

「ありがとう。 じゃ、一度家に帰って見てみる」

「そうしましょうか。 でも帰る前にお茶なんてどう?」

「早く着物を見て見たい」

「そう? じゃ、帰りましょうか」 フラれちゃった、と心で呟いた。

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