大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第107回

2017年08月31日 22時22分41秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第105回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第107回




渉が磐座の前に姿を現すと慌てて奏和が隠れた。

(そんなに長い間居なくなっているわけじゃないのか・・・。 それにいつも磐座の方を向いている。 やっぱり磐座が関係あるのか?) 

磐座に一つ礼をして振り返ると、手の中の何かを嬉しそうにずっと見ている。

(なんだ? それに昨日と全然様子が違う)

手の中にある何かを握りしめ胸に当てると、小さな流れを一跨ぎして帰って行った。

木の影から渉を見送った奏和がもう一度磐座の前に歩み寄り辺りを見た。

「やっぱり何もないよな・・・。 いったいどうなってんだ」 首を捻ると腕を組んだ。


奏和が山から下りると丁度宮司と鉢合わせたが、抜かりなくゴミ袋を肩から下げている。 適当にかき集めた枯れ葉を入れていた。

「枯れ葉が沢山落ちてました」 白々しく言う。

「そうか。 ご苦労だったな」 

心の中でペロッと舌を出す。

「そうだ、親父。 磐座だけど、下の方の」

「ああ、渉ちゃんが気に入っている磐座か?」

「あれって何かあるの?」

「あれなどという言い方をするな。 何かってなんだ?」

「えっと・・・上の磐座と違って何か特別な力を持ってるとか? 以前に何か思いもしないことがあったとか?」

「特別な? それってなんだ? それに思いもしない事ってどんなことだ?」

(そうか、親父は何も知らないのか・・・)

「あ、いいや。 そうだ、社務所にある宮司日誌を見ていい?」

「ああ・・・べつに構わんが。 いったい何だ?」 今まで神社のことなど顧みなかった奏和からは想像もできない唐突な言葉に一瞬訝しんだが、冷静に答えた。

「うん、ちょっとね。 じゃ、今日は宮司日誌を見るからこれから社務所に居ます」 言うと、枯れ葉が入ったゴミ袋をゴミ置き場に持っていくとすぐに社務所に入った。

「寒っ!」 

急いでストーブに火をつけた。 すぐに火はまわらないが、徐々に火がまわりストーブに当てる指先を暖める。 ジンジンと痺れていた指先が温まってくると、ぎっしり詰まった本棚を見上げる。 本棚には歴代の宮司日誌が並べられている。

「いつから見ればいいんだ?」 ズラリと並んでいる宮司日誌。

「親父は何も知らないみたいだったし、それに思いもしなかったこともなかったようだから・・・」 ストーブにあてていた指を握りしめ、立ち上がり腕を組むと、今度は正面から本棚に並ぶ日誌を見る。

「綺麗に片付いてるな・・・翔か」 今まではこんなことに気付かなかった。 翔が本棚もその周りも片づけていて、きちんと整理されている。

「日誌・・・。 ん? これはなんだ?」 手に取るとそれは本殿や拝殿、境内内などが撮られた写真集になっていた。 何枚もの写真の貼られたページをめくる。

「すっげ。 って、全体的に撮るだけでいいだろうよ」 細かいところまでアップで撮られていた。

「へぇー、山の中まで撮ってんだ。 へっ? 磐座のアップって・・・何考えて撮ったんだよ」 山の中を撮った写真の最後に、磐座の写真が何枚もあった。

「ふーん、この代は写真で残してることが多いんだな」 ふと考える。 デジタルの現代と違ってどれだけ写真代がかかったのだろうかと。

「・・・ん? これは?」 写真集をポンと下に置き、目についた冊子を手に取ると墨で境内が書かれていた。

「うわー。 歴代、どんだけマメなの」 写真を残している代もあれば、こうして墨で境内を書いている代がありと、奏和には考えられないマメさであった。

目についたものを次から次に手にとっては見てみる。


「あ、こんな事をしてる場合じゃない。 日誌。 取り敢えず、親父の代は外すか」 奏和の父親である現宮司の前である先代宮司の日誌を手に取った。

年月を遡って何冊も日誌を読み続けた。

「くっそ、何もない!」 読んでいた日誌を投げ捨て次の日誌へ手を出した時、社務所の戸が開いた。

「奏和、居るの?」 カケルの声だ

「翔か? 居るぞ」 硝子戸をあけて中から顔を出すと、戸口に立っているカケルが目に入った。

「境内を歩いて大丈夫だったのか?」

「うん。 居なかったと思う」 カメラマンの事だ。

「思うって・・・まぁ、順也から連絡がないから大丈夫だとは思うけど。 でも、自分の車で来てることもあり得るからな」 『わ』 ナンバーの車だと限らないと言ったのだが、何故かカケルが笑う。

「かなり用心してきたから。 それより、お腹空いてないの?」

「え?」

「朝も食べに帰ってこなかったじゃない? それにもうお昼なんだけど?」

「え? うっそ! もうそんな時間になってたのか?」 スマホで時間を見ようとポケットを探った。

「あ? あれ?」 我が身のアチコチをパンパンと探る。 その奏和にカケルが笑いながらスマホを見せた。

「忘れてるから。 部屋にあった」 カケルの手の中にあるのは奏和のスマホだった。

「あ・・・全然気づかなかった」 スマホを受け取ると、着信がなかったかを見た。

「大丈夫だな」 順也からの連絡が無かったことを確認する。

スマホをポケットに入れるとカケルを見た。 が、さっきまで柔和な顔だったのに、何故かカケルが鬼の形相になっている。

「しょ・・・翔?」

「奏和・・・」 社務所の中を見渡している。

「どうした?」

「よくもこれだけ散らかしてくれたわね!」 社務所の中は奏和が入ってきた時とは全く違う状態になっていた。


台所では翼と渉が目を合わせ昼ご飯を食べている。 
渉はシノハから貰ったジョウビキのことを思うと嬉しくて、少しだが食欲こそないが、何とか食べることが出来ていた。

「ね、渉ちゃんどうなってるの?」 翼が隣に座る渉に小声で言う。

「わかんない」 こちらも小声で答える。

二人が向かいに座るカケルと奏和を右に左に見る。

「完全に奏ちゃんがやられてる感じよね」

「うん」

その時、ドン! と奏和の前にお茶が置かれた。

「あ。 ども。 有難うございます」

「ヒェー、渉ちゃん。 完全に姉ちゃんが怒ってる」 その翼の声をカケルが聞いた。

「翼! なに!?」 カケルに睨まれる。

「あ、あはは。 なんでもない」 翼の返事を聞くと腕を組んで流しにもたれた。

「翼君、早く食べよ」 渉が言ったものの、渉の茶碗の中のご飯は簡単に減らない。 

チラッと翼を見た。 翼は茶碗を置いて味噌汁を手に持っている。 そして目は隠れながらカケルを見ている。 渉が自分の茶碗の中のご飯をボトンと翼の茶碗の中に入れた。

「渉! なにやってんだ!」 奏和が言う。

「・・・あ」

「翼もボケーっとしてんじゃないよ!」 

「へ?」

「奏和、ウルサイ! さっさと食べなさいよ! こっちは帰るまでに社務所の片付けが残ってるんだから!」

「はい・・・。 すみません」 奏和が箸を動かした。

「ごちそうさまー」 奏和にペロッと舌を出すと、渉が席を立ち茶碗と湯呑を持って流しに立った。

渉の立つ姿を見て翼が茶碗を見た。

「あ、え? 俺、まだこんなにご飯残してたっけ?」 首を傾げると茶碗に入っていたご飯を口にかき入れた。


カケルが社務所内の片付けを済ませると、奏和が三人を駅まで送る為に車に乗り込んだ。

「奏兄ちゃんはまだ神社にいるの?」 助手席の翼が聞く。

「ああ、ちょっと探し物があってな。 それが見つかるまではな」 その言葉に後部座席に座るカケルが睨みつける視線をルームミラーに送ってきた。

「ちゃ、ちゃんと片付けますから、散らけませんから・・・はい」

“片付け” という言葉を聞いて何となく気付いた翼。

「なっ、奏兄ちゃん。 俺が早く神社に姉ちゃんを引き取って欲しいって言う意味分かるだろ?」 助手席から翼が奏和にだけ聞こえるように小声で言う。

「分かりたかないけど、よく分かった」 こちらも小声で答える。

「奏和」 カケルの冷たい声が車内に響いた。

「はいっ!」

「ちょっと、何よそのビビリ方。 失礼な」

「あ・・・。 なんだよ」 上がった肩を落として年上然とする。

「学校はどうなってるの?」

「・・・行ってるよ」

「バンドは?」

「まぁ・・・な」

「なにそれ?」

「色々あるんだよ」

「プッ、母親と息子の会話じゃん」 二人の会話を聞いていた翼がクックと笑いながら言うと、奏和が翼の頭を叩いた。


三人を駅まで送り家に帰ってきた奏和は、その後も社務所に入り込んで、夜になっても社務所から家に帰ってこない。

「お父さん、奏和どうしちゃったのかしら」 宮司から奏和が社務所に入り込んで宮司日誌を見ているようだと聞いてはいたが、こんな時間になっても家に帰って来なければ、今まで神社のことを顧みなかった奏和だけに当然気になる。 

「さぁ、分からん。 でも、神社に興味を持ったのならそれでいいのかもな。 帰ってくるまで呼びに行かんでもいいからな」 雅子の心配をよそに宮司が答えるが、どれだけ年齢を重ねようとも、母親から見ればいつまで経っても息子は息子。 心配は尽きない

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--- 映ゆ ---  第106回

2017年08月28日 23時30分02秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第105回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shinoha ~  第106回




「シノハ」

「・・・はい」

「これからどうするんじゃ?」 

頭を垂れる。

「まだ答えが出んのか?」

「答えなど・・・」 タイリンのことが頭から離れていく。

「己の身体を見てみろ。 そんなに痩せてしもうて。 食べんだけではそんな痩せ方にはならん。 悲しみの中を彷徨うておったんじゃろ?」

「・・・」

「吐くほど泣いたか?」

「・・・婆様」 喉の奥が熱くなって腫れあがってくる。 胸が痛い。 

「シノハと同じその思いを女にもさせるのか?」

シノハが驚いて顔を上げた。

「同じ思いをするのじゃぞ」

渉の顔が小さくなっていたことを思い出した

(食べなくて、そうなっていただけではなかったのか・・・)

「シノハの苦しみと同じ苦しみを味わう」

セナ婆を見ていた顔を下げた。

(俺がショウ様に同じ苦しみを味あわせてしまっている・・・あの小さなショウ様に)

鼻の奥がツンとした途端、下を向いているシノハの目に涙が一気に溢れ出た。 その涙がポトポトと下に落ちると衣に滲んだ。

「女に苦しみを味あわせたくないのなら・・・シノハも女も居なくなるしかない」 

(婆様!) セナ婆の言葉にロイハノが目を大きく見開いた。

セナ婆が目を瞑り息を大きく吸った。

「女が居なくなってもいいのか? 女を想うシノハが居なくなってもいいのか?」 

あのコロコロと変わる表情がなくなってしまっていいのか?

「わしはシノハが居なくなることを望まん」 

シノハに何か言う間を取るが、頭を下げたままだ。

「女が居る所でも、そうではないのか? 女が居なくなればどれだけの人が悲しむか考えられんか?」

パパと言っていた・・・心配性だと。 ハサミを持っただけで心配すると。 ハサミとは何のことかはわからない。 でも、シノハも渉が何かを作ると言うと、あの小さな手を怪我するのではないかと思う。 それと同じことを思っている人がいる・・・。 そんなことが頭をよぎった。

「姉さまも望んでおられんぞ」

姉様・・・セナ婆の姉様。 トンデン村の“才ある者”、才ある婆様ではなく、トンデンに嫁いだだけのセナ婆の姉様、というロイハノへの前提。
そのタム婆から言われた言葉を思い出した。

『クラノに願ったように、今わしはシノハに願う。 オロンガから居なくなるのではないぞ』 願いと言う言葉では収まらない、命令のような言葉を。

「姉さまは真(しん)の真(まこと)の方。 シノハに言葉を残されたはずじゃ」 ロイハノが聞いている。 真の“才ある者” とは言えない。

「・・・はい」

シノハの返事にセナ婆の目の奥で僅かな希望を持った。

「シノハ・・・想いを切れんか?」

「・・・」

「そうか・・・。 今はまだいい。 少しここで考えろ」

「・・・いえ、我は川に戻ります」

「シノハ! まだそんなことを言うのですか!」 戸口で聞いていたロイハノがシノハを叱責した。

「ロイハノ」 セナ婆がロイハノに厳しい目を送る。

「・・・申し訳ありません」 セナ婆に抑えられ、歩を出したロイハノが戸口へ戻った。

「・・・シノハ、安心せい。 女は川には来ん。 シノハの居る所へやってくる」

「え?」 思いもしなかったことに顔を上げた。

「川に来るわけではない」

「我の・・・我の元へ?」 驚きの中に喜びがかすめた。

まだシノハに言っていない語りがそう言っている。

「・・・シノハ・・・その喜びが間違えだと気づかんか?」

「・・・」

「その度に女は傷つくんじゃぞ」

渉が『私じゃダメ?』 と何度も聞いた。 それに応えることが出来なかった。 どれだけ渉が傷ついたか。 分かっている。 分かっている。 己が渉を傷つけていると。

「シノハが女の所へ行こうとも、女がこのオロンガに来ようとも、ずっと居るわけにはいかん。 必ず帰ってしまう。 万が一にも帰らぬようにしても、触れることなく、支えることなく共に居ることは出来ん。 必ず触れる。 触れればもっと触れたくなる。 その時が二人の居なくなる時じゃ」

そんなことは分かっている。 だから苦しんでいる。

「今のままを突き通す気でいるのなら、毎日逢いたいと願うばかりでまともに暮らすことさえ出来ん。 責めて言うわけではないぞ。 じゃが、今のシノハを見てみろ。 何もせず、ただ待っているだけじゃろう。 きっと女も同じようなことをしておるはずじゃ。 飯も食わず働きもせず、逢いたいと願うばかり。 一時(ひととき)逢えばそれでいいものではない。 一時逢えば二時(ふたとき)。 二時逢えば三時(みとき)逢いたくなる。 四時(よとき)五時(いつとき)、終わりなく逢いたくなる。 そんなことでどうやって暮らしていけると思う」

認めたくなかった想いを言葉にされた。
そう。 渉と別れてからも、またすぐに逢いたくなる。 いつ来てくれるかとずっと川で待っていた。

「よく考えるんじゃ」

シノハが小さく頷いた。 そのシノハの頷きにセナ婆が肩を降ろした。

「それと、少しでも飯を食え」

「・・・あまり食べたくないのです」

シノハの言葉を聞くとシノハから視線を外してロイハノを見た。

「ロイハノ」 

名を呼ばれると、シノハが気を失っている間に用意をしておいた薬草の根をすり潰したものをシノハの前に出した。

「これは・・・ジョジョジンの根?」 

「そうです」

「簡単に採れるものではないのに、それにこの時期に、どうして?」 ロイハノに問うたが、問いにはセナ婆が答えた。

「美味いわけではないが、まずは体力をつけろ。 僅かでもいい。 いつ降って来るか分からん空の下、アシリがシノハのために崖に探しに行ったのじゃからな」

「アシリが?」

「ええ。 シノハを担いだ時、あまりの軽さに驚いていました。 それと、ろっ骨が折れていないか心配していましたが、どうです? 痛くはない?」

「あ・・・」 己の腹辺りを触りながら、アシリに拳を入れられたことを思い出した。

「そうだ、アシリに拳を食らったんだ」 その言葉に、肋骨は大丈夫だったんだと判断できた。

「アシリが言ってましたよ。 こんなに簡単にやられるほど気が散乱しているのかと」 簡単に拳を食らったことに、シノハが目を半分伏せた。

「ゴンドューへの使いにもやれん、などとも言っていましたが?」 シノハとアシリだけが分かる意味である。

前に置かれた椀を手に取った。
シノハがほんの少し一口入れるのを見るとセナ婆がシノハに問うた。

「シノハ、食べながらで良い。 さっき言ったタイリンとは?」

「タイリン・・・」 

小さく一口入れたジョジョジンの根を苦しげにゴクリと飲み込むと、タイリンが赤子の時大きな葉に包まれて沼にいたこと、初めてタイリンと会ったときに、タイリンが己に何かを話さなくてはと思ったこと、己がタイリンに自信を持って欲しくて沢山話しかけたこと、そしてトンデン村で渉とあったときのタイリンの様子をセナ婆に話した。

「うむ・・・。 間違いなくタイリンというのはこの語りの赤子じゃな。 シノハの言うとおり、タイリンは霊(たま)のどこかでシノハと女が出会った事を知ったのじゃろうな。 そして自分と同じ道を踏ませたくなくて、シノハを止めたのじゃろう。 霊の底の声が出たのじゃろうな・・・」 横目でシノハを見る。

シノハが頭を垂れている。

「じゃが、そのタイリンとやらは、救われたのう」

「え?」

「シノハが救った」

「我が?」

「自信を取り戻してきたようなのじゃろう? この道を歩んだものが一番陥る所じゃ。 負い目をおって生きていく中で、己の知らないところで己が選んだ道を後悔し続ける。 じゃから、いつまでたっても己に自信が持てずビクビクと生きていく。 誰かが手をかさん限りはな。 手を貸しても拒んでは元も子もないが、タイリンは相手が良かった。 シノハであるから、シノハの手を受けたのじゃ。 
同じ命(めい)を持ったシノハじゃから。 出された手を取り、自信を持ち始めると何かが変わる。 負い目も乗り越えていくじゃろう」

「タイリン・・・」 複雑な思いがこみ上げてくる。

「そのタイリンのことをよく思い出せ。 シノハが現れなければどうなっておったか。 シノハも女も同じ道を歩むのじゃぞ。 女の事を思うならタイリンと同じ道を踏ますな」

「・・・」

(これだけ言われてもまだ・・・) ロイハノがシノハに憐憫な眼差しを向ける。

セナ婆が仕方ないといった目でシノハを見ると、話を変えた。

「そうか・・・。 トンデンでそんなことが・・・」

「確かに姉さまはオロンガの女の話を途中までしか知らないと仰ったのじゃな?」

「はい」

「トンデンの“才ある者” の語りにも、女の語りにも、それらしいものはないという事なのじゃな?」

「はい」

「トンデンには似た語りがないのか・・・。 トンデンの“才ある者” にお知らせせねばならんな」 あくまでも、トンデン村の“才ある者” に伝える話であって、姉様に伝える話ではない。 ロイハノが居るから。

「じゃが、わしのこの身体では行くことはままならん・・・」

「婆様、それではわたくしが」 シノハの横についていたロイハノが言う。

「ああ・・・じゃが、何かを聞かれたときには、まだロイハノの知らんこともあるかもしれん。 それでは半端になってしまう。 どうしたものか」 首を一つ捻るとセナ婆がシノハに聞いた。

「トンデンの“才ある者” がオロンガへ来ることは出来るか?」

「“才ある者” トデナミなら我と同じ年の頃ですから、オロンガに来ることは出来ると思います。 ですが、トデナミが村を空けている間に“才ある者” の行を“才ある婆様” がしなくてはならなくなると思うと、どうなのでしょうか・・・そこまでお元気になられておられるのならいいのですが」 タム婆へ思いをはせる。

「そうか・・・うむ。 考えておく」

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--- 映ゆ ---  第105回

2017年08月24日 21時13分14秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shinoha ~  第105回
 



渉の残像を見送ると、すがるような目で見ていた渉の言葉が頭を巡る。

『嘘じゃないの。 ずっとシノハさんと一緒に居たいの。 いつもいつもシノハさんと居たいの。 ここに、オロンガに来てもいい。 うううん、来たい。 でも、それを言うことでシノハさんが苦しい顔になるのがイヤなの。 シノハさんが笑顔でないとイヤなの。 
私がオロンガに来たらイヤ? 私がオロンガに来たらシノハさんの笑顔がなくなる?』

どうして渉にこんなことを言わせてしまったのか。 

「我は・・・我は・・・ショウ様を困らせているだけなのか」 

拳を握りしめる。 目を落とすと己の足が見えた。 その足で渉を支えられない。 握り締めた拳を開くと、その掌を見た。 この手も渉を支えられない。 爪が刺さるほどにもう一度拳を握る。 歯を噛み、強く目を閉じた。
そしてただ自嘲の念に駆られる。

「ショウ様・・・」

両手両膝をつきその場に座り込むと強く閉じていた目を開け、ずっと続く川上を見た。
それでも、渉を支えられなくても・・・オロンガの女のことを話して渉と共に生きて・・・。 いいや、そんなことは無理だと分かっている。 それは何度も何度も繰り返しおもった思い。

「ショウ様の顔を見ているだけで、声を聞いているだけで・・・。 そんなことで終れるはずがない。 倒れたショウ様に手を添えられない。 汚れた膝を払うことさえ出来ない。 そんな毎日を送られるはずがない」 尻をつき膝を抱えると顔を埋ずめた。

「・・・」 膝の中で目を瞑る。 目を瞑ると渉のすがる様な目をした顔が浮かぶ。

僅かな風に葉擦れの音がする。 川の流れる音がする。 どこかで小動物が何かを踏んだ音がする。 空を見上げればピーヒョロと鳴きながら天高く猛禽類が弧を描いている。 だが、どれもシノハの耳には届いていない。

シノハの目の裏で、すがる様な目をした渉の目から、大きな涙が落ちる姿が浮かんだ。 実際に渉が泣いたわけではない。 シノハの頭のどこかで無意識に、渉の心の中を姿として表したのだ。

コロコロコロ、ジョウビキの鳴く声がした。 顔を上げると河原にジョウビキが降りたちピョンピョンとはねている。

「ジョウビキ・・・」 

何故この時宜に、と思う。 心が詰まる。 一つ瞼を閉じて息を吐くと再び瞼を開ける。
そんなシノハの想いも知らず、ジョウビキは淡々と己の世界にいる。 当たり前だ、と歎息する。

「・・・ジョウビキ、お前は幸せか?」 

河原の小石をくちばしでつつくと虫でもいたのかくちばしを動かしている。

「仲間はどうした? お前も一人か?」 このジョウビキがずっと一羽で行動をしているのは知っていた。 だが、改めて聞いた。 理由などなく。
ジョウビキがシノハを見た。

「なんだ?」

じっと見ていたかと思うと空を見上げ一つ二つ首を傾げると、コロコロコロと鳴いて飛び立っていってしまった。

「ジョウビキ・・・」

ジョウビキを追って空を見ると、黒い雲がいつの間にか現れていた。

「・・・とうとうくるか。 ショウ様が当分来られないと言っておられて良かった」 言いながらも渉と逢えない事に胸の痛みを覚える。

渉と逢ってはいけない。 己が渉を困らせている。 だが、言葉で終れるものではない。 何度も何度もこれの繰り返し。 終わりなど、結果を出すことなどできない。

シノハの後ろでは、アシリに手を取られ岩を登ってきたロイハノが現れた。 ロイハノが急いでシノハに歩み寄る。

「シノハ、雨がきます。 村へ帰りなさい」

呼びかけられ振り返りロイハノを見たが、顔をそむける。

「シノハ!」

「我はここに居ます」 万が一、渉が来ては、と思うとこの場を離れられない。

「いい加減になさい! どうして婆様にご心配ばかりかけるのですか!」

「我は何ともありません。 ロイハノこそ危ないから村に帰って下さい」

「シノハ・・・」 覇気のない後姿に悲憤を覚える。

(どうして、どうして、こんなことに!)

一つ息を吸うと、声を荒げてしまったことを自省する。

「シノハ・・・帰りましょう」

シノハの後姿は何の反応も示さない。
無理やりにでも連れ帰ろうか、いや、そんなことに従うシノハではない。 ではどうすればいいのか。 逡巡するロイハノから少し離れた後ろにいた影が動き、ロイハノの横に立った。

「おい、シノハ!」 アシリが大股でロイハノの横に歩み出た。

「お前に何があるか知らんが、いい加減にしろ!」

「アシリ、口を出すのではないです!」 

アシリがロイハノの兄といえど、ロイハノは“才ある者” アシリに命ずる。 そのロイハノの言葉が耳に入らなかったのか、アシリの怒りが言葉に出る。

「毎日毎日ロイハノがここへ来るのにどれだけ大変な思いをしているか考えろ!」 ロイハノの前に出てシノハににじり寄った。

「・・・」 アシリの声は無視できない。 勿論“才ある者” のロイハノに対してもそうでなければいけないのだが、いや、それ以上なのだが、シノハにとってアシリは特別だ。 

アシリの声に振り返り立ち上がると頭を垂れた。

「目を合わせられないのか!?」 アシリが問う。

“才ある者” として村の中だけで生きているロイハノがここまで来るのにどれだけ苦労しているかは言われずも分かる。 だからこそ、敢えて言われ、目を合わせることが出来ない。

「アシリ! 私のことなど今はどうでもいいこと! 今はシノハのことが一番なのですから!」

ロイハノが言うが、今の己はロイハノにもアシリにも目を合わすことなどできない。 アシリには場が違えば目を逸らすことさえ出来ないはずなのに。
途端、アシリの拳がシノハの腹を打った。

「グッ!」 腹の底から一声上げると、一瞬大きく目を開きそのまま気を失った。

「アシリ! なんてことを!」 

ロイハノが驚いて大声を上げたが、アシリが前に倒れこんできたシノハをすぐに肩に担いだ。 

アシリはシノハの使い、ゴンドュー村への使いの前人だった。 シノハがゴンドュー村へ顔合わせに行ったとき、ゴンドュー村へ同道したのは前人であるアシリであった。 
そのアシリもゴンドュー村から拳を教えてもらっていた。 だから、アシリとシノハの関係は単なるオロンガの使いの前人、後人というだけのものではなかった。 互いにゴンドュー村で教わった基本である、目を逸らさず相手の話を真正面から聞く、という事が身についていた。 ついていたはずだった。
そしてゴンドュー村の村人は厳しいが、突き放すことをしない。 簡単に言えば自分が認めた相手には、徹底的に教えるという事なのだが、それは長くゴンドュー村に行っていたアシリが身につけていた。 だからアシリはシノハを突き放すことをしない。 

「心配するな、シノハの身体ではこれくらいはなんともない。 が、見た目以上にかなり痩せていたな・・・。 あばらを折っていないことを天に祈っておいてくれ」 言うとシノハを担いで歩き出すと岩の手前で歩を止めた。

「エラン! ラワン!」 大声で叫ぶと2頭のズークが幾つもの岩を跳びこえてやって来た。

岩を跳び越えている間に肩に担がれていたシノハを目にしたのだろう。 ラワンがアシリに走り寄り、アシリの肩に担がれているシノハに顔を摺り寄せた。

「ラワン、シノハが起きてしまうだろう。 今は村に連れて帰るのが先だ。 シノハを乗せて歩いてくれ」 ラワンの背に気を失っているシノハを乗せると、ラワンが何度も背に乗っているシノハの姿を振り返る。

「ほら、シノハが目覚める前にさっさと歩いてくれ。 落とさないように歩けよ。 お前が先頭だ」

ラワンに命じると、もう1頭のズーク、エランにロイハノを乗せた。

「大回りになるが、岩のない所から帰ろう」

エランと共にいつからかラワンも毎日ここへ来ていた。 アシリがシノハを探し求めるラワンを己のズークと共に連れてきていたのだった。



「婆様・・・申し訳ありませんでした」 気が付いたときにはタム婆の家に寝かされていた。

「やつれてしもうて・・・」 頬がこけ、目の窪んだシノハを見た。

ロイハノが閉められた戸口に立っている。 外では強く雨の打つ音がしている。

「シノハ、語りの途中じゃったな」

「・・・婆様?」

「あと少し語りはある」 その言葉にシノハが希望を持った。

「はい」

「男と女が居なくなった話は覚えているな?」

「はい」

「男と女が居なくなったその後には赤子が残る」

「え?」

「赤子じゃ」

(赤子・・・?)

「その赤子がどこに降りるかは天のみぞ知る。 どこかで新しく生まれた赤子は、その村の一番大きな葉に包まれて生まれてくるという。 父も母もない子じゃ」 思いもしない方向に向いた語りだった。

「一番大きな葉?」

「ああ、そうじゃ」

「一番大きな葉にくるまれて赤子が生まれてくるのですか?」

「ああ。 語りはそう言っておる」

「タイリン?」 シノハから洩れる言葉にセナ婆が皺を増やしたが、そのまま語りを続けた。

「何かが変わることがない限り、己で変わろうとしない限り、その赤子はずっとその負い目の中を生きていく」

「負い目?」

「そうじゃ。 一からやり直さねばならん」

「一から?」

「ああ、何もかもやり直さねばならん」

「やり直しとは?」

「それまでに、生きて学んだことが無になる。 どうにかしたいと思っていたことに挑んだことが何もかもなくなる。 すべて最初からやり直しじゃ」 セナ婆が目を瞑った。

「この命(めい)を持った者たちはどこかで分かり合っているという。 己の意識のないどこかで」 セナ婆が話を括った。

(え?・・・タイリンは、その赤子なのか? だから・・・だから、俺はタイリンが気になったのか? トビノイの葉に包まれていた・・・確かトビノイの葉が一番大きな時にタイリンが葉に包まれてあの沼にいたと聞いた。
タイリンは初めて俺を見た時、俺と何か話さなきゃと思ったって言っていた。 そうだ、だからどこかで記憶のあるタイリンが、俺がショウ様と逢った時にダメと言ったのか? 自分と同じことをさせないようにと・・・。 それは・・・タイリンは自分の選んだ道を後悔しているという事なのか?)


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--- 映ゆ ---  第104回

2017年08月21日 23時39分16秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第100回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shou / Shou & Shinoha~  第104回
 



翌日も早朝から雅子、カケルとそして宮司がいつもどおり忙しく動いている。

渉がカケルに一歩遅れて目を覚ました。 隣の布団を見ると既にもう畳まれて押し入れの中に入れられたのだろう、カケルの布団がない。

「カケル、こんなに早くから・・・」 冬の空はまだ薄暗い。

薄暗い中そっと着替えをすると、布団の中に枕を入れてふくらみをもたせた。

「カケル・・・ゴメン」 カケルをだましているようで落ち込んでしまいそうになるが、一時でもシノハと逢いたい。

まだ寝ているであろう奏和と翼を起こさないように、そっと家を出ると朔風が身に沁みる。 ブルッと身を縮めると辺りをキョロキョロとして誰もいないことを確かめる。 

「うん、誰も居ない」

確実に目で確かめると山の入り口まで一気に走った。 茶色く色を変えているが、まだ幹に小指を引っ掛けている枯れ葉が風に揺れ、シャラシャラと音を立てるその音が寒さを煽る。

「さむ・・・」

ポケットの中に入れた手を握りしめながらも、足早に歩く。 枯れ葉や枯れ枝に挨拶をする余裕もない。 口から吐く白い息が顔を覆う。
磐座の前に行くと、いつも通り手を合わせ礼を言う。 そして「シノハさんに逢いたい」 そう言い、目を瞑った。
渉の残像が揺れた。

「嘘だろ・・・」

渉が起きるずっと前から磐座の前に居た奏和。 今日も来るはずだと踏んでいた。 
すると思っていた通り渉がやって来たというわけだ。 渉の足音が聞こえると身を隠していた。
渉の姿が揺れて見えなくなると姿を現し磐座の前に歩み寄った。 渉の立っていた位置に立つと、磐座の前で手をあちこちに振ってみる。 左右に歩いてみる。 磐座を覗いてみる。 頭を傾げる。
すると引かれているロープを跨ぎ磐座を触ってみる。 後ろを覗き込む。

「居ない・・・」 顎に手をやる。

「え? あ、待てよ・・・。 さっきの俺の動き、前に渉がやってたよな・・・」 眉間に皺を寄せて考える。

「そうだ! 俺の二日酔いの時!」 あの記者から友の話を聞かされた翌日。 

「たしか・・・海の日だった・・・うん、海の日だから渉が泊まりに来たんだ」 目だけを動かした。

「7月・・・ってことは、5か月も前から渉はここに来るとどうにかなるって分かってたってことか・・・」 腕を組む。

「でも、あの時には今の俺状態だったはずだ・・・いつからイリュージョンが出来るようになったんだ。 それにどうしてそれを知ってるんだ・・・」 完全にイリュージョンになってしまったようだ。


空を見上げた。

「雲がおかしい・・・」 そのシノハの前に渉が現れた。 途端、渉が膝から崩れ落ちた。

「ショウ様!」

「あ、ごめん大丈夫。 着地失敗」 支えてやれなかった、今も手を添えてやれない己が厭わしい。

立ち上がると膝頭を払った。

「川石で怪我はしていませんか?」 膝をついて渉の膝頭を見ようとしたが、残念ながらGパンで見えない。

「大丈夫よ。 こけるのは慣れてるから」 渉を見上げたシノハが両の眉を上げる。

「慣れているのですか?」

「うん。 よくこけるの」 渉の返事を聞いて、立ち上がりながらシノハがクッと笑った。

「あっ! 笑った?」

「いいえ。 笑っておりません」 言いながらも顔が元に戻っていない。

このシノハの笑顔をずっと見ていたい。

「絶対笑ったもん」 怒っては見せるが、内面から出るものは隠せない。

シノハが目を細める。

「あの・・・昨日はごめんなさい」 

昨日の自分はシノハを苦しめるだけだったんだ。 頭が垂れていく。

「ショウ様、謝らないで・・・顔を上げてください」

「困らせてしまったよね」

「決してそんなことはありません。 お願いです、顔を上げてください」

「私ね・・・」 ゆっくりと顔を上げシノハの目を見た。

「はい」 眉をハの字にして渉を見る。

「嘘じゃないの。 ずっとシノハさんと一緒に居たいの。 いつもいつもシノハさんと居たいの。 ここに、オロンガに来てもいい。 うううん、来たい。 でも、それを言うことでシノハさんが苦しい顔になるのがイヤなの。 シノハさんが笑顔でないとイヤなの」 シノハの顔を見る。
「私がオロンガに来たらイヤ? 私がオロンガに来たらシノハさんの笑顔がなくなる?」 これを最後にもう二度と聞かない。 すがる様な目でシノハを見る。

「ショウ様」 

どの言葉も嬉しい嬉しい言葉。 もしかすると二人で乗り越えられるのではないだろうか。 そんな錯覚さえ覚える。 が、それでは終わらないだろう。 己が渉の手を取りたいと思うように渉もきっと何かを思うだろう。

「ショウ様・・・」 シノハの苦し気な顔が渉の目に映る。

「ごめんなさい。 シノハさんの気持ちも考えずに。 もう言わない」

「ショウ様、我はショウ様の言葉が嬉しい。 我もショウ様と共にいたいのですから」 息をついで言葉を続けた。

「我もショウ様の笑顔を見ていたいのです。 ショウ様にはいつも笑っていてほしい」

(そう・・・ショウ様にはいつも笑顔でいて欲しい) その想いが心に突き刺さる。

「・・・うん」 

(オロンガに来てほしいとは言ってくれない・・・) 口を引き結んだ。

視線を下げた渉をシノハがじっと見る。 ほどなく、シノハが腰をかがめて渉を覗き込んだ。 

「こうして何も話さずとも、ショウ様の顔を見られるだけで我は幸せです」

「あ・・・え・・・照れる」 目を上げシノハを見ると頬を両手で覆った。

「もちろん声もお聞きしたい。 ・・・あ、言っていることがオカシイですね」

「シノハさんったら」 ふふふ、と笑う。 

シノハの心に一つの欠けを残して、渉の笑顔、渉の声が深く染み込む。

「あ、明日からはまた暫く来られないの」 明日も明後日もシノハに逢いたいのに。

「そうなのですか・・・残念ですが」

「シノハさん・・・簡単に諦めてくれちゃうんだ」 少し口が尖り気味だ。

「そんなことはありません! 明日も明後日もお逢いしたい」

プクッと渉の頬が膨らんだ。 

「ですが空の様子がおかしいですから」

「空? 昨日と何も変わらないけど・・・」 仰ぎ見る。

「いいえ、オロンガに住んでいると分かるのですが、明日には雨が降るでしょう。 今度の雨は長くなりそうです」

「そんなことが分かるの?」

「はい、オロンガはよく雨が降るのです。 ですからこの川に女は入ってこないのです」

「え? もしかしたら川が溢れるの?」

「はい。 大きく溢れます。 ですから当分はこちらに来られない方が良いです」

「逢えないの?」 

「ショウ様、空を見てください」 言われ斜めに指差された空を見た。

「白く月が見えませんか?」

「見える」

「今宵あの月は真円の月になるのです。 あの月が次の真円の時にはオロンガの川も一旦落ち着きます」

「シンエン?」

「はい。 一番大きく輝き一番明るく照らすときのことです」

(そっか・・・満月・・・満月のこと。 今日が満月、そして次の満月には川が落ち着いているのね)

「分かった。 ・・・でも長すぎる」

「ショウ様がこちらにこられた時に、溢れた川に流されては我がお助けしたいが、それも出来ないほどの川の流れです。 そんなことでショウ様を失いたくない」

「・・・うん」 

眉尻を下げる渉を見て、顔をほころばせながら衣の中をゴソゴソとすると手に何かを持った。

「ショウ様」

「なに?」

「気に入っていただけると嬉しいのですが」

出した手を広げるとその中には小さな青い作り物があった。

「え?」

「手を出してください」 己の掌に乗っているそれをもう一方の指でつまみ、渉の掌にのせた。 渉の手に触れないように。

「うそっ!」 掌の物を見ると目を丸くしてシノハを見た。

「気に入っては頂けませんか?」

「・・・そんなことない。 そんなこと・・・」 掌にある小さな青い鳥をよく見た。

「ジョウビキ?」 目を輝かせてシノハを見た。

「よく名を覚えていらっしゃいました。 分かりましたか?」

「もちろん! ジョウビキそのものだわ!」

「くちばしと頬の赤が青になってしまいましたが」

初めてシノハとゆっくりと時を過ごした時に見た鳥。 水を飲むときにクジャクのように尾羽を広げる青い姿そのままを青い石を削って作っていた。 赤いくちばしと赤い頬は青い石のままだが。

「そんなこと気にならない。 これって・・・石を削ったの?」 手に乗せたそれを、360度から見る。

「はい」

「石なんて削れるの? それもこんなに繊細に?」

「我は手先が器用だと言ったじゃありませんか」

「でも、石を削るなんて・・・墓石しか浮かばない・・・」

「ハカイシ?」

「あ、大きすぎるよね。 何でもない」 掌のジョウビキを凝視してシノハを見る。

「嬉しい、嬉しすぎて・・・あ、手は大丈夫?」 シノハの手を覗き見た。

手にはいくつかの傷跡があった。

「シノハさん・・・」 シノハの目を見る。

「我も、大きなことを言えません。 道具がないとまともに出来ないようです。 それに石で物を作ったのは初めてです。 ですがショウ様にはこの鳥をどうしてもお渡ししたいと思いました」 腰に差している小刀一つで作り上げた。

「どうして?」

「ジョウビキを可愛いと仰っていました。 そして我と共に初めて認め見たものですから。 それにジョウビキのコロコロと鳴く声がショウ様の表情と同じです。 ショウ様はコロコロと表情を変えられる。 我はその渉様のお顔を見ているだけで心が温まります」

掌にある青い石の鳥・・・ジョウビキをギュッと握り締め胸に当てた。

「シノハさん。 ありがとう。 とっても嬉しい、とっても大切。 一生大事にする」

「気に入っていただけたのでしょうか?」

「うん、もちろん!」

「良かった・・・」

「これ以上のものはないわ。 ・・・うん、私もシノハさんに何か作る!」

「あ・・・それは」

「どうして?」

「ショウ様は手先が不器用だと・・・」

「そんなのは乗り越えて何か作る!」

「そんな事をして手を切ったらどうするのですか?」

「パパみたいなことを言わないで」

「パパ?」

「そう、私のパパ。 工作のハサミを持っただけで、青い顔をするの。 心配性なんだから」 父親を思った。

「・・・ショウ様」

シノハの前には渉の残像だけが残った。


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--- 映ゆ ---  第103回

2017年08月17日 23時08分44秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou & Shinoha / Shou~  第103回
  



昼前に翼がのっそりと起きてきた。

「お早うござい・・・って、誰もいないし。 俺の朝飯もなし?」 台所のテーブルには何も置かれていなかった。

雅子は授与所に座っている。 昼食の下準備をしたカケルは渉と磐座に居た。

「絶対にスマホを手に持っとけよ」 カケルが奏和に言われていた。

奏和は境内であのカメラマンが来ていないか、宮司に言いつけられた用事をしながら辺りを見張っていた。 駐車場で見張っている方が随分と楽なのだが、そうなるといつ宮司から「何をさぼっとるんだ!」 と、雷が落ちるだろう。 それにそれくらいの覚悟があってカケルを神社に呼んだのだから。

「カケル、久しぶりに山の空気を吸うでしょ? あ、そうだった。 奏ちゃんと行ったんだっけ。 奏ちゃんに山のドライブに連れて行ってもらったんだったね」

「言ってもココの山とは違うから」 

柔和な眼差しで辺りを見るカケルを目を細め見る。

「カケル・・・優しい顔になったね」

「え?」

「冷血が取れてきたよ」 何の悪気もない。 ただ正直に見たままを言っている。

「何言ってるのよ」 相好を崩すと照れたようにハラリと落ちてきた髪を耳に掛けた。

「赤ちゃんがお腹の中にいるママみたいな顔だね」

「・・・渉。 もっといい例えがないの・・・」 照れさえなくなりこめかみを押さえる。

「ドライブどうだった?」

カケルの仕草など、言葉など関係ない。 感じたこと思ったことを思いのままに話す。 カケルもそれを心得ている。 それが渉の良いところの一つなのだから。 それは正直になれないカケルの持っていない所なのだから。

「絵画展もそうだけど、渉が奏和に言ってくれたらしいね。 ありがと。 すごくスッキリした」

「絵画展は奏ちゃんがどこかいい所がないかって聞いてきたからだよ。 ドライブはそのついで。 いい所に連れて行ってくれた?」

「うん。 雑踏より森林浴がいいね」

「だよね。 喧噪って好きじゃない」

「特に渉はね」

「そんなことないよ」

「だって、磐座好きじゃない。 磐座がある所はどこも静かだよ」

「・・・うん」 2人で磐座をじっと眺めた。

「山の中で温泉なんかに浸かった?」

「サスガにそれはない」

「露天風呂なんかもいいんだけどなぁ・・・奏ちゃんって気が利かない」

「・・・渉」 頭痛が走ったような気がして頭を下げた。 

「翼君そろそろ起きたかなぁ?」 話の内容が自由だ。

「あら? 翼の心配をしてくれるの?」 顔を上げた。

「だって、あれ以上頭が腐ったらどうするの?」

「翼に伝えとくわ・・・」 もう一度こめかみを押さる。

「翼君モテてるみたいだね」

「そうみたいね」

「外泊してるでしょ?」

「え? 知ってるの? って、マサカ外泊って渉と!?」 額を押さえている暇ではない。

「違うよ。 この前電話がかかって来た時、後ろで女の人の声がしてたから。 夜遅かったし」

「はぁ!? そんな所から渉に電話をしてるの!?」

「みたい。 ねぇ~つばさぁ~まだぁ~、って聞こえた」

「あのバカ!」

「どうしてそんなときに電話してくるのかなぁ?」

「何にも考えていないんでしょ!」 怒りながらも時間が気になり、スマホで時間を確認する。

「あ、ヤバイもうこんな時間。 お昼ご飯の準備しなくちゃ」 切り株から腰を上げた。

「うん」 と、同じく渉も切り株から腰を上げかけると、カケルが声を掛けた。

「あ、渉はいいわよ。 一人でゆっくり磐座の所に居たらいいから。 ボォーっとしてないでちゃんとお昼時に戻ってきたらいいよ」

「あ、じゃそうする。 ありがと」 立ちかけた切り株に座りなおした。

「じゃね」 言うとカケルが立ち去った。

「カケルごめん。 磐座の前にはいない」 立ち上がり磐座の前に立った。 磐座への礼は既に済んでいた。

「シノハさんに逢いたい」 言うと手を合わせ目を瞑った。 


「ショウ様!」

川の流れの音より先にシノハの声が聞こえ目を開けた。

「シノハさん!」 目の前にシノハが立っている。

「来てくださった」 隠しきれない喜びが顔に表れる。

「ずっと待っててくれたの?」

「はい」

「遅くなってごめんなさい」

「謝らないでください。 我が待ちたくて待っていたのですから」

「シノハさん・・・」 嬉しい。

「ゆっくりできますか?」

「・・・それが・・・」

「そうですか・・・ショウ様に無理は言えません。 来てくださっただけで我は嬉しい」

嬉しいと言うそのシノハの顔を見る。 渉にとってその顔が嬉しい。 が、少ししか逢えないのが悲しい。 ずっとシノハと共に居たい。 今日も明日も明後日も。 シノハへの想いが逢う度に募っていく。

「シノハさん・・・」

「はい」

「私・・・これからもずっとシノハさんと居たい」

「ショウ様・・・」

「ダメ? 私じゃダメ?」

「ショウ様・・・」 平静を保とうとしている後ろに苦しい顔が見える。

「私じゃダメなの? 不器用な私じゃダメ? シノハさんの役に立てない?」

「そんなことは・・・そんなことはありません」

「パパとママにちゃんと話す。 だから・・・」 悲しげな顔をする父母の顔が浮かぶ。

渉の姿が歪んだ。

「ショウ様・・・」


渉の目の前に居るはずのシノハがいない。 代わりに磐座がある。

「なんで! どうして! どうして最後まで言わせてもらえないの!」 涙が浮かぶ。

「シノハさん・・・ずっと一緒に居たい」 渉の感覚がおかしくなり始める。

「私にはシノハさんしか居ない。 それなのにどうしてここへ帰って来るの!」 磐座を前に崩れた。

どれだけ磐座の前に居ただろうか。

「渉?」 どこかで奏和の声がした。

(居た。 良かった・・・) 磐座の前で膝と手をついている渉を見た。

「渉? どうした?」 奏和が渉の背に手を置き横にしゃがんだ。

「奏ちゃん・・・」 そうだ、ここはシノハのいる所ではない。 おかしくなりそうな気持ちを押さえ、今に帰ろうとする。

「なんでもない」 立ち上がろうとすると、目の前が真っ暗になった。

「渉!」 奏和がすぐに渉を抱きかかえた。

「・・・だれ?」 

うわごとのように言う。 様子がおかしい。

「渉、何言ってんだ。 しっかりしろ」

「・・・帰りたくない・・・」 奏和に渉の小さな声が僅かに聞こえた。

「え? なに?」 渉の口元に耳を寄せるが、その一言以外、渉は何も喋らなかった。

「渉・・・渉!」 奏和が顔色を変えて渉を揺する。

「渉!!」

遠くに奏和の声が聞こえた。

渉がうっすらと目を開ける。

「渉、気が付いたか?!」

「奏ちゃん・・・」

「大丈夫か?」

「あ・・・ごめん。 うん、大丈夫・・・」 奏和の腕から身体を起こしかけたが、頭がクラクラして身体が揺れる。

「動くな。 ふらつきが治まるまでじっとしてろ」 

「奏ちゃん・・・」 いつの間にか奏和の上着が身体に巻かれていた。

「目は開けるな。 目は瞑っていればいい。 落ち着いたら起き上がるといいから。 気にするな。 俺が支えてるから」

「・・・うん」 言うと全身を奏和に預けた。


「渉! 遅い! もう冷めてるから!」 

戸を開ける音を聞いて台所から出てきたカケルが腰に手を当て玄関に立った。

「あの・・・俺は無視?」 渉の脇を支えている奏和が言う。

昼ご飯時を過ぎて奏和が帰って来ると、まだ帰ってこない渉を迎えに行くよう、カケルが奏和に言ったのである。
カケルから奏和へは 「お昼の用意をするから家に帰る」 と連絡があった。 カケルと渉は行動を共にしていると思っていたのに、まさか渉が磐座に残っているとは思わなかった。 急いで磐座に行ったのであった。

「奏兄ちゃん、俺がされてる完無視を思い知るがいい」 台所から顔を出した翼が言う。

「翼に何を言われたくないよっ!」

「どういう意味だよ」 言い残すと台所の入った。

「カケル、遅くなってごめん。 奏ちゃんに温かいものを出してあげて。 私が悪かったから」

「渉がそう言うのなら・・・」 様子がおかしい渉に何かあったのかと、可能な物をすぐにレンチンし、味噌汁を温めなおした。

「渉どうしたの?」 奏和に支えられ台所に入ってきた渉に代わって、奏和がカケルの質問に答えた。

「貧血か立ち眩みか分からないけど、倒れこんでたんだよ。 まともに朝飯も食ってなかったからな。 で、完全に体調がおさまるまで待ってた」
渉の様子に翼が椅子を引いて渉を座らせると、その横に奏和が渉について座った。

「なんで奏兄ちゃんが渉ちゃんの隣に座んだよ!」

「そう言えば・・・渉、顔色もよくないし頬がこけてる。 気付かなかった」 冷たくなった渉の頬を暖かい手で包む。

「俺なら寒い中に渉ちゃんを置いとかないぞ! お姫様抱っこで連れて帰ってきたのに!」

「え? そんなことないよ。 もう治まったから元気元気。 でもカケルの手が暖かい」 目を瞑ってその暖かさを感じる。

「あっそ。 やっぱ完無視ね」

「本当に? 本当に大丈夫?」

「うん。 奏ちゃんがちゃんと見てくれた」

「奏兄ちゃんどいてよ。 俺が横に座るから」 奏和の座っている椅子の背もたれをガタガタと揺する。

さっきから的外れな翼にカケルと奏和が溜息をついた。

「なんだよ二人して」

「アンタがマヌケだからでしょ!」

「はっ? 姉ちゃんにそんなこと言われる筋合いはない!」

「どこかの女と一緒に居る時に、渉に電話するマヌケが喋ってんじゃないわよ!」

「え? なんのことだ? 翼、それってなんだ?」

「あ・・・」

「翼! 白状しろ!」

「えっと・・・渉ちゃん? 気付いてたの?」

「当たり前」

「うっそー、鈍感の渉ちゃんが気付くはずないじゃーん!」

「どういう意味よっ!」

渉の声に奏和が一瞬胸を撫で下ろしたが、これで終れるものではないと感じていた。

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--- 映ゆ ---  第102回

2017年08月14日 21時56分39秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou & Shinoha / Shou~  第102回




川の流れる音が聞こえた。 瞑っていた目を開けると、川べりにシノハが背を丸めて座っているのがすぐに見えた。

「シノハさん、居てくれた」

気配に気づきシノハが振り向く。

「ショウ様!」 立ち上がると少しふらついた。

「シノハさん!」 急いで走り寄り、シノハを支えようと手を出した。

シノハの顔が引きつったが、シノハの身体を見ていた渉はそれに気づいていない。

「ショウ様、大丈夫です」 寸でで渉の手から身を引いた。

「あ・・・」 自分の手を拒まれたような気がして悲し気な顔になる。

「我なら大丈夫です」 シノハを見上げる。

「ショウ様に頼らなければならなくなったら、我は男ではなくなってしまいます」 渉の誤解を解きたいと笑みを送る。

「うん」 悲し気な笑を返す。

「シノハさん・・・どうしたの? 顔がやつれてる」

「え? そうですか?」 頬を触る。

「目も窪んでる」 眉尻を下げてシノハの顔を見る。

「何でもありません。 少し・・・疲れているだけでしょう。 それよりショウ様の方こそお顔が小さくなりましたか?」

「え? それって褒め言葉なんだけど、嬉しく思っていいの?」

「え? そうなのですか? 我はショウ様を心配して言ったのですが・・・」

「褒めてくれたんじゃなかったんだ」

「ショウ様は面白い。 ちゃんと飯を食べていますか?」

「うん・・・」

「嘘をついてはいけません。 食べていませんね。 ちゃんと食べないと」

「シノハさんこそ、そんなに窪んだ目をして。 沢山食べてしっかり体力をつけないから疲れが出ちゃうんだよ」

「そうかもしれませんね。 では、次に逢う時までには・・・あ、それ以降もお互いしっかり食べましょう」

「うん」 渉の口の端が上がった。

「今日も衣が違うのですね。 ショウ様は衣を沢山お持ちだ。 でも、暑くないですか?」 一歩引いて大袈裟に渉の服を見た。

一歩引いたのは、いつ渉と触れてしまうのかを避けたかったからだが、それを悟られないように大袈裟に見た。

「あ、ホントだ。 暑い」 ボタンを外すと前を開けバサバサと扇いだ。

「きっと我も幼子の時、そんな風だったんでしょうね」

「ふふ、もしかしたら私の見ていないところで、こんなことをしていたのかもね」 あの時の小さなシノハが目に浮かぶ。

「駄目だ。 暑い」 上着を脱ぐとその下にまだ分厚いセーターを着ていた。

「なんと。 それではさぞ暑かったでしょう」 シノハから笑いが漏れた。

「シノハさんが笑ってくれると嬉しい」 今度はセーターの胸元を掴んで前へ後ろへ動かすと川べりの涼しい空気を入れた。

「今日もゆっくりと出来ますか?」

「あ・・・それが、もう帰らなくちゃ」 シノハに残念そうな顔が浮かぶ。

「でも、また来られるはず。 上手くいけば今日もう一度来られるかもしれない。 来られないかもしれないけど」

「そうなのですか? 我はいつでもお待ちしております」 シノハの顔が明るくなる。

(奏ちゃんにバレてないはずだもん) 奏和の顔が浮かんだ。

シノハの目に渉の姿が歪んだ。


渉の目の前に磐座が見えた。

「帰ってきちゃった・・・」

(え? ・・・) 
磐座を見た時には渉はいなかった。 それなのに磐座から目を外そうとした時、磐座の前の空気が揺れたように見えた。 目を凝らして見ていると上着を片手に持っている渉の後姿が現れた。
あまりのことに身体が固まった。 だがすぐに足を忍ばせるとその場を去った。

(どういうことだ) 奏和が山の中を足早に歩く。

(今のはなんだったんだ) 分かれ道で山を登り、切り株に腰を下ろした。

朝起きると渉がいなかった。 雅子から境内の掃除をしていると聞いて境内を見回したがどこにも居ない。 まさかと思い、磐座に探しに来たところだった。

「見間違い・・・じゃない。 イリュージョンなんて有り得ない。 ・・・でも」 考えられない。 頭を抱える。

「いったい何がどうなってるんだ」


山を歩く音がした。

「渉・・・」 木々の隙間から渉を見る。

「あの上着・・・間違いない。 渉だ・・・」

「寒っ。 体が冷えてきた」 言うと手に持っていた上着を羽織る。

「何がどうなってるんだ」 今目の前を歩く渉さえ分からなくなってきた。

「待て、俺。 冷静になれ」 両手で顔を覆った。


「ただいまー」 玄関で一度言うと、台所に入った。

「ただいま・・・って、あれ? 小母さん?」 台所には朝食の用意がしてあったが、雅子がいない。

点けられていたストーブに手を当てていると、廊下から雅子が小走りにやって来た。

「あら、渉ちゃんお帰り。 有難う、ご苦労様だったわね。 寒かったでしょ? すぐに温かいお味噌汁を入れるわね」

「小父さんとカケルは?」

「もう帰ってきて朝ごはんを食べたわよ。 今は二人で授与所に居るわ。 あ、奏和に逢わなかった?」

「え? 奏ちゃん?」

「境内の方に行ったはずだけど」 渉の顔から血の気が引いた。

ガラガラ。 玄関を開ける音がした。 

(奏ちゃんだ・・・) 顔が引きつってくる。

奏和が台所に顔を出すと平静を装って話し出した。

「おっ、渉帰ってたのか」

「う、うん」 こちらも平静を装うが、引きつった顔がなかなか完全には戻らない。

「境内の掃除ちゃんとしたか?」

「うん」

「嘘つけ」

「えっ!?」 必要以上に大きな声、十分に疑わしい。 

戻りかけていた顔がまた引きつった。

「ゴミが落ちてたぞ」

「まだそんなに明るくなかったから見落としちゃうわよね。 あら、渉ちゃん顔が真っ青よ。 寒かったんでしょ。 早くお味噌汁飲んで身体を温めて」 ご飯と味噌汁を渉の前に置いた。

「奏和も一緒に食べるでしょ?」

「うん」 言いながら渉の前に座った。

(一緒に食べなくていい) 顔を戻した渉が心で拒否る。

雅子が奏和のご飯と味噌汁を奏和の前に置くと「食べててね」 と言って台所を出た。

「境内の掃除をしてくれてたんだな」 両手の肘をテーブルにつき指を組むと、その手の甲の上に顎を置いた。

「うん」 目が泳ぐ。

「かなり汚れてた?」

「え? そ・・・そんなことない」

「ゴミが落ちてたのに?」

「ごめん。 気付かなかった」

「まぁ、母さんも言ってたもんな。 まだ薄暗かったしな」 組んだ手を解いて箸を手に取った。

「うん」

「境内だけ?」 味噌汁の椀を手にしながら渉の表情を見る。

「えっ!?」 表情を見る必要もないほど声だけで判断がつく。

「なに? そんなに驚いて」

「あ、何でもない」

「で?」  味噌汁の具、豆腐を箸でつまみながら渉に問う。

「え? なに?」

「境内だけ?」 豆腐を口に入れた。

「どうして?」

「手水舎とかは?」 直接的に磐座とか山とかとは聞かない。

「手水舎の仕方は分からないし、境内しかできないから」

「そっか。 じゃ、俺があとでやっとく」

「あ・・・そういう意味だったの・・・」

「なに? 他になにかある?」

「な、何にもない」

(あれは完全に渉だな・・・。 でもどうしてだ・・・) 味噌汁を啜る。

渉がいつまで経っても箸を手にしない。

「渉、食べないのか? 身体も冷えてるだろ。 温かいうちに味噌汁飲めば?」

「あ・・・うん」 食べたくない。 喉が何も受け付けない。 味噌汁をじっと見る。

「おい、見てるだけじゃなくて」 持っていた味噌汁の椀を置いた。

「うん・・・あんまり食べたくない」 

「何言ってんだよ、朝から。 ほら、食べろよ」 おかずが乗った皿を渉に寄せる。

「うん・・・」

「頬が痩せてきてるぞ」

「え?」 シノハとの約束を思い出した。

「あ・・・食べる。 けど・・・」 言うと席を立ち、椀に入っているご飯と味噌汁を半分以上返してから箸を取った。

「ダイエットとかしてんのか? それなら無駄だからやめろ」

「そんなのしてない」

「じゃ、ちゃんと食べろよ」

「朝はあんまり食べたくないから」

(そんなはずないじゃないか。 いっつもガッツリ食べてるくせに。 って、渉の朝飯に付き合ったことはなかったっけ。 でも、夕べもほとんど食べてなかったはずだ。 ・・・頬がこけてきてる・・・。 そのこととさっきのことは関係あるのか?)

「なに?」 箸を止めた渉が奏和に言う。

「え?」

「何をじっと見てくれてるの?」

「え、あ、ちゃんと食べるか見てんじゃないか」

「食べてるよ。 奏ちゃんこそ食べてないじゃない」

「え? あ・・・」 豆腐を一口と、味噌汁を啜っただけで箸が止まっているのに気付いた。

「しっかりと食べないと大きくなれないよ」

「・・・これ以上大きくなってどうすんだよ」 顔を顰めかけたが、いつもの渉らしい台詞に表情が緩んだ。


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--- 映ゆ ---  第101回

2017年08月10日 22時27分09秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou / Shinoha~  第101回




食事がすんで片付けが始まった。

「渉ちゃんあんまり食べなかったけど、やっぱり具合が悪いんじゃないの?」

「そんなことないです。 しっかり頂きましたよ」

「そう?」

「はい。 小母さん気にしすぎ。 全然大丈夫で元気すぎるくらいだから」 実は食べ物があまり喉を通らなくなってきていた。
(どうしてかな・・・シノハさんのことを考え過ぎてるからかな・・・)

「だったらいいんだけど」 雅子が気を入れ替えて話を続けた。

「やっぱり、こうして三人で片付けをするのがいいわ」 雅子が喜んで言う。

「ね、小母さん、小母さんも一度実家に遊びに来られない? 渉の小母さんもこの前来てくれたんだし、小母さんたち3人で久しぶりにゆっくりと話せたらいいのに」

「あら、真名さんが?」

「はい、小母さん毎日忙しすぎ。 ちょっとは気を抜いた方が良いですよ。 お母さんも渉の小母さんも楽しそうに話してましたよ」 

「いいわねぇ。 久しぶりに会いたいわ」


全員が風呂に入り終えてそれぞれの部屋に戻った。 暫くすると奏和の部屋の障子の向こう側で声がする。

「奏和、起きてる?」

「え? 姉ちゃん?」 布団の上で胡坐をかいて話をしていた奏和と翼が目を合わせた。

翼が障子を開けるとカケルが立っていた。

「奏和、起きてる?」

「うん」

「翔、なんだ?」 翼の後ろから奏和が顔を覗かす。

翼越しに奏和の顔を見てから翼に顔を戻す。

「翼、アンタ和室に行っててよ」

「はぁ!? 何だよそれ」

「ちょっと奏和に話しがあるの」

「俺がいたら邪魔ってことね。 はいはい」

「渉のいる部屋に行くんじゃないわよ!」

「分かってるよっ!」 行きかけていた。

翼がちゃんと和室に行くかを見届けると、部屋に入り障子を閉めた。

「なんだ? どうした?」 

突っ立っているカケルをおいて奏和が布団の上に座る。 

「突っ立ってないで座れば?」 

翼の布団を指さすと、布団の上に座り奏和に向かい合った。

「って、なに?」 思わず顔を引く。

「奏和、ありがとう」 

そんなことを言われるとは思っていもいなかった。

「はっ? やめろよ、翔からそんな言葉を聞いたら明日雷が鳴るだろ」 焦る。

「・・・精神的にやられかけてたみたい。 自分で気が付いてなかった。 家でゆっくりして初めて気が付いた」

「あ・・・もしかしてずっとイライラしてたのはそのせいだったのか?」

「え? そんなにイライラしてた?」

「はぁー、気が付いてなかったんだ。 まぁ、俺にだけイライラしてただけだから、いいんじゃないの?」

「・・・ゴメン」

「だからやめろって。 明日天気が悪くなるのはイヤだって」

「うん」

「その・・・素直過ぎる翔も気持ちが悪いんだけどな。 それより、もう家の中にいるのは飽きたか?」

「まぁね・・・」

「半年だよな・・・あと少し我慢できるか?」

「うん。 この前も奏和が連れ出してくれてリフレッシュ出来たし、今日もこうやって声をかけてくれてるから大丈夫」

「ああ、これからも時々誘うからな。 それと腐ってきたらいつでも連絡して来いよ」

「うん」

「あれから小母さんたちからは何も言われてないか?」

「なんだろね。 お母さんが何か言いかけると、翼が上手いこと言ってくれてるの。 あの子、何を考えてるんだろ」

「うー・・・ん。 もしかしたら渉かな?」

「渉?」

「翼のことだから渉が何か言えば・・・」

「あ、そう言えば翼が言ってたっけ」

「なに?」

「私のことは奏和に任せればいいってばっかり渉が言うって。 だから俺は奏和に協力するとかって」

「やっぱり渉が噛んでるのか。 渉の頭の中はどうなってるのかなぁ?」

「24時間パステルカラーの風船がポワポワ飛んでると思うよ」


「シノハさん、何を作ってくれるのかなぁ」 相変わらず声の大きい独り言。

「え? なに?」 障子を開けてカケルが部屋に入ってきた。

「あ、なんでもない。 どう? 奏ちゃんにお礼が言えた?」

「え?! な、なんで?」 そんなこと渉に一言もいってない。

「言いに行ったんでしょ?」 当たり前の目で言う。

「渉・・・?」 

「奏ちゃんくらいしか、カケルを連れ出せないもんね」 敷布団に転がると、被った掛布団に遊ばれる。

「渉・・・その・・・私が実家にいるのをどう思ってるの?」 自分の敷布団の上に座る。

「何か理由があるんでしょ? カケルが言う気になってくれたら教えてくれればいい」 掛布団がやっとおさまってくれた。

「・・・渉」

「もう寝よ。 明日は早くからお手伝いするんでしょ?」 

「うん」

「あ、境内は私がするから置いといてね」

「渉が?」

「うん。 他の所は出来ないからカケルがして」

「わかった。 ありがと」 奏和の部屋から戻って来るのを待ってくれていたんだと思うと嬉しくなる。


カケルが早朝から起きて、本殿の掃除を始めた。

「渉ったら境内の掃除をするなんて、神社のこと気にしてくれてるんだ」 しいては自分のことかと思うと嬉しくなる。

カケルに随分遅れて渉が起きた。 台所に行くとすでに雅子が朝食の支度をはじめていた。

「お早うございます」

「あら、渉ちゃんもう起きたの? まだ寝ていればいいのに」

「小父さんは?」 カケルはもう掃除を始めていたことは分かっていた。

「拝殿の掃除をしてるわ」

「そっか・・・そんな所も掃除をしなくちゃいけないんだ」 手水舎と境内の掃除だけではないのだと改めて思った。

「渉ちゃん、ご飯食べる?」

「あ、まだいいです。 先に境内の掃除をしてきます」 夕べカケルに言ったのだから、カケルにさせるわけにはいかない。 持っていた上着を羽織った。

「寒いんだからそんなこと気にしないで・・・あ、渉ちゃん!」 走って渉が家を出て行ってしまった。

「二人ともなんて可愛らしいのかしら・・・奏和に爪の垢を煎じてやりたいわ・・・」 まだ起きてこない我が息子の眠る部屋に続く廊下を睨んだ。


「シノハさんに逢いたいけど・・・でも駄目。 カケルのことを考えなくちゃ」 竹箒をブンブンと左右に振る。

「シノハさん・・・」 が、どうしてもシノハのことを想うと手が止まる。

「シノハさんの所は暑いんだろな・・・」 厚い上着を着ている自分の服を見た。

「こんな格好でシノハさんの前に出たらシノハさん驚くだろうな」 つと、初めて会った時のことを思い出した。

「夏なのに、小っちゃいシノハさんてば着こんでたな。 あの時は私も幼くて気が付かなかった」 濃い茶色の瞳をして、驚きながら自分を見た時のことを思い出す。

「シノハさん・・・」 俯く。

「逢いたい」 涙がこぼれそうになる。



「ショウ様!?」 河原に居たシノハが頭を上げた。

辺りを見渡すが、どこにも渉はいない。

「気のせいか・・・」 うな垂れる。

「ショウ様・・・どんな語りがあろうと我はそれを打ち破りたい・・・」 だがそれがどれだけ難しいことか、シノハ自身がいま一番よく分かっている。

「ショウ様・・・」 明けても暮れても渉のことしか頭に浮かばない。


セナ婆から触れが出た。 シノハのことに誰も触れるなと。 トワハが何か言ったが、長がそれを押さえた。
あの日からシノハは家に帰っていない。 ずっと渉を待って川に居る。
ロイハノが食事を運んでいるが、シノハは口をつけていない。

「シノハ、ちゃんと食べなさい」

「ロイハノ・・・我は水があればそれでいい」

「婆様にご心配をかけるのではないです。 婆様の元に行かないのであれば、どれだけ婆様がシノハをご心配されているかをもっとよく考えなさい」

「婆様・・・」

「そうです。 婆様を想いなさい。 ずっと幼いころから婆様と一緒にいたでしょう? “才ある者” より近くに居た者があるなどあり得ないのですから」

言われ思い出した。 いつもいつもセナ婆の膝の上に居た。 ロイハノが口伝を聞くときにはセナ婆の横にチョコリンと座っていた。 そしてタム婆がオロンガに来た時にはロイハノは出されたが、己はタム婆の膝に乗ってあやしてもらっていた。


セナ婆は己が姉様タムシルをずっと支えてくれていたシノハの爺様クラノへの感謝の念が大きかった。 が、まだセナ婆が“才ある者” として一人でやっていくには歳浅い時に、先の才ある婆様シュマ婆が天に召されてしまった。 

トンデンでの姉様の様子が勿論気にはなっていたが、シュマ婆が存命のときには、クラノと話すことを禁じられていた。 そのシュマ婆が天に召されたが、姉様の様子をクラノに聞く余裕がなかった。
ただただ、シュマ婆のようにならねばと、村を守らねばならねばと“才ある者” として、ただひたすらに風の声を聞き、地と空、水と草に耳を傾け、ひたすらに村を守って来た。 それ故、再々トンデンに向かっていたクラノに、労いの言葉さえまともにかけることが出来なかった。 そしてやっと己が“才ある者” として落ち着き、回りを見ることが出来た時には、もう亡きクラノ。 クラノにどんな感謝の言葉も、労いの言葉もかけられなかった。 後悔してもしても、したりない。 

後悔などとは“才ある者” にあるまじきもの。 だが、どうしても抜けきれない。 己は“才ある者” として足らぬ者なのだ、だがこのオロンガでは間違いなく“才ある者” として生きている。 生かされている。 そのことへの感謝を感じながら“才ある者” として生きてゆく。 そして足らぬ己ではあるが、足らぬ己であるから、クラノの孫であるシノハをいつも手元に置いておく。 シノハに色んな話を聞かせてやる。 それがクラノへの感謝のあらわしであった。 それが“才ある者” としてすべきことではないとは分かっていても。

そしてタム婆はシノハの姿にクラノの姿を映していた。 シノハを可愛がるのは真っ当なことであろう。

「・・・婆様」 ショウを想うと違う所でセナ婆とタム婆を想う。

「婆様はシノハのことだけを考えておいでです。 婆様の想いに答えられないのなら少なくとも食を取りなさい」

言われ、少し食べるが、腹が食物を受け付けなくなってきていた。

「もうこれで・・・」

「シノハ・・・」



「まだ早朝・・・誰も磐座に来ないはず・・・少しの間なら・・・」 まだ明るくなりきっていない境内の中、大急ぎで箒を動かすと走って磐座に向かった。

「シノハさん、居るかな・・・」



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--- 映ゆ ---  第100回

2017年08月07日 23時24分37秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第100回




「小父さん、小母さん、こんばんはー」 宮司の家の玄関を開けると、カケルが大きな声で言った。

台所から出てきた雅子。

「まぁ、まぁ、翔ちゃん!」

「小母さん、ご迷惑をおかけしちゃってすみません」 申し訳なげに言うが、雅子の顔を見てカケルの顔が今まで以上にほころんだ。

「そんなことはいいのよ。 いやだわ、奏和ったら渉ちゃんと翼君がくるって言ってたのに翔ちゃんのことまで言ってなかったわ。 さぁさぁ、上がって。 渉ちゃんも翼君も」

「翔か?」 奥の部屋から宮司が顔を出した。

「あ、小父さん」 丁度玄関を上がったカケルが顔を上げた。

「翔! 元気だったか?」 目を大きく開けて、満面笑みである。

「はい。 その、ご迷惑をおかけしてすみません」

「ああ、そんなことはいい。 翔の顔を見られただけでうれしいよ」 宮司のその言葉にカケルが満面の笑みを返す。

カケルの様子を見ていた渉と翼が目を合わせた。

「カケルの元気の素はここかもしれないね」

「うん、そうかもね」

「よっ、やっと着いたか」 奏和が部屋から出てきてそのまま和室に入った。

和室ではいつも上座に宮司。 そしてその左手にカケル、翼、雅子と順に座り、右手に奏和、その隣に渉が座る。
奏和がいつも通り座ると翼が奏和を押した。

「奏兄ちゃん、席変わろうよ」

「あん?」

「俺が渉ちゃんの横に座るから、奏兄ちゃんは姉ちゃんの隣に座って。 ほら、早く」

「お前、まだそんなお子様ランチみたいなことを言ってるのか?」

「姉ちゃんの邪魔が多すぎるんだよ。 それに渉ちゃんも姉ちゃんがいないと相手してくれないし」

「ハッ、徹底的に邪魔されろ。 ほら、あっちに行け。 渉、早くここに座れよ」 奏和が自分の座る横をパンパンと叩いた。

「え? だってお手伝い」

カケルはすぐに台所に入り手伝っている。

「渉が何を出来るわけないだろうが」 奏和のその声を聞いたカケルがすかさず言う。

「奏和、渉にだって配膳くらい出来るわよ」 沢山のおかずを乗せたお盆をテーブルの上に置いた。

「カケル・・・その言い方オカシクナイ?」 言いながらも、奏和の隣に座る。

「あー! 渉ちゃんが座った。 奏兄ちゃんどいてよ!」

「うっさいなー。 あっちで姉弟仲良く座っとけ!」

「あー、意味分んない。 なんでそんなに渉ちゃんの横がいいんだよ!」

「だれも渉の横がいいなんて言ってないだろが。 ここが俺の席なの!」

「なに? 奏ちゃんのその言い方? それって私を無視してない?」

「え? なに? 俺の横に座ってほしいって言ってほしいの?」

「バッカじゃない?」

奏和、渉、翼のやり取りを見ていて、宮司と雅子に笑みがこぼれる。

「奏和に兄弟姉妹がいたらこんな感じだったのかしら」 瓶ビールを適当に置きながら雅子が言う。

「だったら毎日騒々しいな」 宮司も言う。

「え? やめてくれよ。 こんなにうるさい妹も弟もいらないよ。 もっと・・・そうだな、淑やかな妹が欲しいかな?」

「奏ちゃん、どういう意味よ!」

「右に同じ!」 翼が奏和の手を引っ張りながら言う。

「翼・・・しつこいんだよ。 離せよ!」 。

「翔ちゃんはどう? 奏和の妹とか―――」 三人のやり取りを見て、雅子がカケルに聞いた言葉の途中でカケルが答えた。

「有り得ません」 一刀両断とはこのことだろうか。

「ああ、とにかく座ろう。 ほら、翼、諦めろ」 宮司に言われ渋々翼が席に着いた。

「母さん、翼にビールを注いでやって」 その言葉が始まりとなって、カケルが宮司にビールを注ぐ。

「奏ちゃんは自分で注いでね」 毎度のことかと、奏和が手酌でビールを注ぎ、渉も自分のコップにビールを注いだ。

「全員が揃ったのは半年ぶりくらいだな」 

乾杯をすると、雅子の料理を食べながらそれぞれの雑談が続く。

「翔、ずっと何してたんだ?」

「家事ばっかりしてました」

「小父さん、そのお蔭で俺肩身が狭かったんだよ」

「アンタがキチンとしないからでしょ!」

「翔ちゃんは綺麗好きだからね。 だから授与所も社務所もいつも綺麗にしてくれてたものねぇ」

「言われるほどは出来てないですけど」

向かいで話す様子を見ていた奏和が少し声を低めて渉に話しかけた。

「渉」

「ん? なに?」

「あんまり食べてないけど、どうした?」 いつもならどれを食べようかと目を皿にしているはずだ。

「そう? そんなことないよ」 箸を泳がす。

「な、俺がメールした時、本当に家にいた?」

「え? ・・・ああ、あの時ね。 居たよ。 なに? 返事が遅かったからそう思うの? あの時は奏ちゃんの着信した途端、翼君から電話が入って話してたんだもん。 って、あんな夜遅くに私がどこへ行くって言うのよ」 口を尖らせて聞き返す。

「あ、ああ、そうだな。 家にいたんだよな」

「何言ってんの? メールでもそう書いたでしょ? 変な奏ちゃん」

「・・・一人で神社に来たことある?」 およがしていた渉の箸が止まった。

「なんでそんなこと聞くの?」 平静を装おうと、慌てて動作を続けた。

「いや、なんとなく渉が一人で神社に来られるのかなって? ほら、いつも誰かと一緒じゃん?」

「そんなことないよ。 カケルと神社で待ち合わせしてる時は一人で来てるもん」 

(一人で来てたのがバレてたの?) 心臓が躍ってしまいそうだ。

「あ、そうなんだ・・・じゃ、翔がいないときに一人で来たりする?」

「なに?」 思わず奏和の目を見て、何が聞きたいの、と言いたかったが、何かを聞かれても困る。

「ああ、なんでもない。 渉も大きくなったんだな」 渉の返事の仕方がおかしい。 勘繰ってしまう。
(おかしい・・・順也の見間違えか、勘違いでもなさそうだな。 俺もやっぱり見間違えじゃなかったんだろう。 それにしてもなんで神社に来たことを、隠さなきゃいけないんだ?)

「なにそれ?」 
(バレてない?)

「だから、そんなに大きくなったんなら料理も出来なくちゃな、ってことだよ」

「奏ちゃんが食べるって言うなら作るけど?」 泳がしていた箸を何を取ることもなく置いた。
(良かった、バレてなかった・・・)

「あ・・・遠慮します」

渉のバッグの中でメールの着信音が鳴った。 バッグからスマホを出す。

「あ・・・樹乃。 そう言えば返信するのを忘れてた」 

「だれ? 彼氏?」 奏和の言葉にすかさず翼が席を立った。

「んなわけない。 会社の友達」 返信を打ち始めた。

《ゴメン、返事するの忘れてた。 元気だよ。 何ともない。 連休明けには出勤するから》

「なに? 渉ちゃん会社休んでたの?」

「げっ! なんで見るのよ!」 思わずスマホを隠した。

「渉、どうしたんだ? 会社を休んでいたのか? 具合でも悪かったのか?」 宮司が声をかける。 奏和はそのまま皆の声を聞いておくことにした。

「そうなの? 渉ちゃん、具合が悪いのに今日来てもよかったの?」

「うううん、具合が悪いんじゃなくて・・・有給消化」

「渉、ホントに何でもないの?」

「カケルまで何を言うのよ。 あんまり有給を持ってるとうるさく言われるんだもん」 嘘ではないと自分に言いきかせる。

「だったら、遊びに来てくれたらよかったのに」

「あ・・・ごめん。 ちょっと用があって」

(用? その用ってなんだ?) 奏和が心の中で問う。

「渉ちゃん! その用って何だよ。 俺以外の男と逢ってたんじゃないだろうな。 それに今送った相手は誰だよ。 会社の友達って男じゃないんだろうな」

「だから翼君・・・バカ?」

「また言うー!!」

(ったく、翼のヤツ要らないことを!) 奏和がどこかにヒントが見えないかと探っていたのに、翼がぶっ壊してくれた。

実は、前日最後の有休をとって神社に来ていた。 が、宮司と雅子の目をかいくぐることが出来なかった。


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--- 映ゆ ---  第99回

2017年08月03日 22時39分29秒 | 小説
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- 映ゆ -  ~Shou~  第99回




「おっ、奏和来てたのか?」

順也が居酒屋のカウンターに一人座る奏和を見つけた。

「毎週実家に来てるってのはホントらしいな。 で? 実家で食べないのかよ」 椅子を引き隣に座ると、奏和と同じ日本酒を頼んだ。

「たまには親父の説教なしに食べたいからな。 けどさ、毎週来てるからバイトの収入が激減」 お猪口を口にする。

「おい、そんなこと言っても奢んないぞ。 で? バイトってなにしてんだ?」

「コンビニ」

「ダッセー、中高生じゃん」

「バーカ、中学生は雇わない。 って、あ・・・この間は悪かった。 ダブルで迷惑かけたな」

「いいよ、もう。 携帯で聞いたじゃん」

「そっか。 で? 京ちゃんはまだ帰ってきてないの?」

「帰ってきてるよ。 産後一か月実家に帰ってただけだったからな」

「それなのに居酒屋か?」

「ああ、疲れがあるだろうからな。 俺の飯くらいでどうこうなるもんじゃないだろうけど、それだけでも京子の手を抜けるんならな」

「へぇー、そんな風に考えるのか。 お前がねぇ」 刺身を口に入れる。

「なんだよその言い方」

「何か欲しいものある?」

「へっ? もしかして祝い?」 運ばれてきた日本酒を注ぎかけると奏和がそれを止めた。

「なに?」 手を止められた順也が眉を上げる。

「一応さ、俺の銚子から呑めよ」 順也のお猪口に注ぎながら言った。

「元気なお姫様、おめでとう。 お前も親父だな」

「ま・・・まあな。 って、遅いんだよ」 注がれた酒をクイと呑んだ。

「今度京ちゃんに何か欲しいものがないか聞いといて」 奏和がもう一度注ぐ。

「バイト収入激減って聞いたのに何も言えるわけないだろが。 って、あ、そうだ」

「なに? 京ちゃん何か言ってた?」

「じゃないよ。 ほら、お前と一緒にぶっ倒れてたやつがいた時、あの時居た女子(じょし)」 つけあわせのキャベツの塩昆布もみをポイと口に入れた。

「女子? え? 京ちゃんの話じゃないのかよ。 って、へ? あの時って、渉? 渉がどうかした?」

「あの女子、先週神社に行ってたの?」

「え? 渉が? 先週って、いつ?」

「何曜日だったっけ? とにかく平日。 二日続けて。 スーツを来てたけど・・・まさかの就活? この田舎で?」

「渉が?・・・間違いないのか?」

「ああ、あの時けっこうお前らのことをあの女子と二人で話したからな。 見間違えるはずないし。 で? このど田舎で就活?」

「もしかして神社行のバスに乗ったのか?」

「いや、乗りかけたみたいだけど、タクシーに乗って行ったよ。 平日の昼間は神社行のバスの運行が少ないからな」

「親父からは聞いてない・・・ってことは、やっぱりあの時見かけたのは渉だったのか?」 渉がこっそりとやって来た時、渉の後姿をチラッと見かけたが、宮司から渉が来ていたとは聞いていなかった。 だから見間違えかと思っていた。

「なんで、こっそりと来るんだ?」

「何ブツブツ言ってんだよ」

「あ、いや」

「今日はその銚子だけでやめとけよ。 俺も呑んでんだから送れないからな」


「渉はどうしたんだ?」 ネクタイを緩めながら渉の父親が真名に尋ねた。

「ええ・・・遅ればせながらの反抗期かと思っていたんですけど、そうでもなかったみたいなのに・・・最近部屋に籠ることが多くて。 食事もまともにとらないの」 キチンと畳まれた着替えを手にして渉の父親の前に置く。

「結局、反抗期じゃないのか? それで精神が不安定なのかもしれないな」 階段に続くドアを見る。

「寂しいな・・・もう2週間もまともに渉の顔を見てない気がするよ」

「そんなことを言って、渉ちゃんがお嫁に行ったらどうするんですか?」

「そ・・・それはその時だ」 黙々と着替え始めた。


「シノハさん・・・ずっと一緒に居たい・・・」 

あの日、二日続けてシノハと逢った。 時間も気にせず。 だが、それからは会社を休んで神社へは行くものの、上手く神社に入れずまだ逢えていない。
ベッドの上で膝を抱え毎日シノハのことだけを考えている。

「仕事なんてどうでもいい」 指切りをしたあの日から、シノハへの想いが今まで以上につのる。

「パパとママ・・・私がいなくなったら悲しむだろうなぁ・・・。 お嫁さんに行ったと思ってもらえないかなぁ」 と思った瞬間『お嫁さん』 と発した自分の言葉に思わず照れた。
「そっか・・・お嫁さんかぁ・・・」 シノハに心を寄せる。

「ん? あれ? あれ? あれ?」 一言発するたびに、首を右に左に傾ける。

「違うな・・・お嫁さんじゃない・・・ナンデダロ」

メールの受信音が鳴ったと思った途端、着メロが鳴った。 着メロは翼だ。

「え?」 机に置いてあったスマホを眺める。 着メロは鳴り続いている。

「あ・・・」 急いでベッドを下りるとスマホに出た。

「翼君?」

「Hay、渉ちゃん! 今何してんの?」

「何もしてない」 スマホの向こうの翼の眉が上がる。

「じゃ、嬉しいお話していい?」

「なに?」 ちょっと鬱陶しげに答えた。

「ナニその言い方。 俺と嬉しいお話したくないの?」

「べつに翼君と嬉しい話なんてないし、単なるシスコンでしょ?」

「違うって言ってんでしょ! って・・・その姉ちゃんのことだけど」 受話器の向こうで、クソッ! と顔を歪めた。

「あ・・・カケルの?」

(しまった、自分のことばかりでまた忘れてた。 今のカケルのことを忘れるなんて・・・)

「え? なに? 渉ちゃんが一番うれしいのは、姉ちゃんのことだと思ってんだけど?」

「あ・・・うん、うん。 そうだよ。 カケルが元気でいてくれればいい。 で、なに?」

「渉ちゃん、オカシイ」

「え? そんなことないよ」 シノハのことを知っている翼から言われると、ドキリとする。

「渉ちゃん・・・」

「な・・・なに?」 何を言われるんだろうか。

「姉ちゃんより好きな人が出来たんじゃないだろうな」

「プッ、なに? カケルより好きな人って」 シノハのことをいってるのだろうか。

「そんなヤツがいたら俺、そいつをブッ潰すからな」

「ね、やっぱりあれだよね、翼君って」 シノハのことを言ってるんじゃない。 きっと。

「なに?」

「バカだよね」

「渉―ちゃーん!!」


北風が吹く寒い中、渉、カケルそして翼がバスを下りた。

「渉ちゃん寒くない?」

「翼、先に姉を気遣いなさい」

「姉ちゃんは鋼鉄だろ?」

「何言ってくれてんのよ! ずっと家の中に居て、ひ弱になってるんだからね!」

「んじゃ、奏兄ちゃんに温めてもらえば? 今日は奏兄ちゃんが姉ちゃんを呼んだんだから。 ってことで、俺は渉ちゃんを温めるから」 渉に手を回しかけるとカケルから手痛いパンチを食らった。


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