大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第226回

2015年08月11日 14時27分10秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第210回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第226回



「正道さんが仰ってましたよ。 力があるけれど必要以上に謙虚だって」

「正道さんがそんな事を?」

「琴音さん、自信を持ちましょうよ。 それに、これからこの事をされるのでしたら人間世界の事は二の次にしましょう。 
犬の世界に謙虚はありませんから。 
レスキューされた仔達にはその仔の事を一番に考えてあげなくちゃいけませんよ。 
人間的な謙虚な心を持っていると犬の声が聞こえてきませんよ」 明るく冗談めいたその表情ががまた美しい。

「有難う御座います。 正道にも言われているんですけど、なかなか身につかなくて・・・」 

「一度なっちゃえばすぐ身につきますよ。 私なんて人から嫌われているくらいワンちゃん一筋ですよ」 お互いの目を見て笑った。 

そして連れている犬を見て琴音が

「このワンちゃんは?」

「この仔は保護されてきた仔なんですけど、身体の傷がまだ完治していなくて まだ譲渡会へ出せない状態なのでお散歩がてら連れてきたんです」

「ああ、それで元気のないオーラの色・・・」 

「え?」

「あ、何でもないです。 譲渡会ですか?」

「はい。 里親さん探しです」

「里親さん・・・新しい飼い主さんという事ですか?」

「そうです。 保護した仔、レスキュー後は元気な心と身体に戻してから・・・あ、心は完全にとはいかないんですけどね。 譲渡会や申し出で里親さんの下へ引き取ってもらうまで 預かりさんが預かってくださったり私どもの方で預かったりしてるんです」

「そうなんですか」 

「あら? 琴音さんはご存じなかったんですか?」

「漠然としていて詳しくは知らなかったです」

「管理センターに連れて行かれた仔も 管理センターが何とか命を繋ごうと譲渡会をしてらっしゃるんですよ」

「正道の言っていた救われた命の仔たちですね。 管理センターの事は正道から聞いていましたけど、虐待目的で引き取る方もあるとか・・・」

「そうなんです。 管理センターも頑張ってくださっているんですけど・・・なかなか難しいですね。 
私たちも大切なワンちゃんをお渡しする以上、里親さんになってもらう方には面接も行って、時にはお宅まで伺ったりして色んなお話をお聞きしてから、ご自宅でお渡しするんですけど 
そのお話の間にはその方に嘘がないか必死で見てるんです。 
それで怪しいと思ったり、このご家庭では後々無理が生じるだろうと判断したらお断りするんですね。 
今のところ、私どもの里親さんの所では何もないんですけど、私も虐待を目的に里親になる話は聞いた事があります。 
いったい何を考えているんだか、命の重さをなんと考えているんだか! 腹立たしくてなりませんよ!」

「私も正道から色んな話を聞いたときにはあまりのショックに涙してしまいました。 あの・・・でも・・・」

「なんですか? 何でも言って下さい」 ニコリと微笑む。

「言いにくいんですけど 里親さん募集でお話を伺ってらっしゃる時に おかしいと思ったらお断りされるんですよね?」

「はい」

「もしその判断が間違っていて 里親になりたい方がとても愛して下さる方だったら? って思うことはないんですか?」

「その仔を愛して下さる方はこの世に一人だけじゃありません。 間違っていてもいい。 その方に恨まれてもいい。 100%、いえ、120%私どもで安心できる方にしかお渡ししません」

「すごい覚悟ですね」

「だから人に嫌われるんです」 クスッと笑った。

「私もそれくらいの覚悟をつけなくっちゃですね」 そして目先を犬に移した。

「ね、ワンちゃん。 ワンちゃん一筋に生きていかなくちゃなのよね」 屈んで犬の胸元を撫でると、琴音のその手をペロペロと舐めてきた。

「私の手は美味しいかしら?」 もう一方の手で犬の顔を撫でていると、耳の付け根に傷が見えた。 

そこは琴音が見てこの犬のオーラの色が良くない箇所の一つだった。

「あ・・・傷が・・・」

「まだ、手足にもあるんですよ」 琴音と同じように屈んで手の内側の傷を見せた。

「毛がなくなって・・・」 オーラの色は耳の辺りより悪い。

「深い傷だったんですけどこれでも大分よくなったんです」 それを聞いて琴音が手の傷の上を撫でようとすると、その箇所からは冷たいものを感じた。

犬はまだ琴音の片手を舐めている。

冷たいという事はエネルギーが欠けているという事。 そのことを分かっている琴音はこの手にどれだけ痛みがあるのかと思うと悲しくなった。 

だが悲しんでいるだけではいけない事も分かっている。 その冷たさに触れる悲しみをグッとこらえてその箇所に片方の手を当てた。 

短い時間手を当てたくらいでは治らない事も分かっていたが、そうせずにはいられなかった。

正道から言われている。 

「琴音さんのフィルターを通してはいけません。 治そう治そうと思ってはいけません。 その仔に感情移入をしてはいけません」 そう言われていたがそれはなかなか難しいようだ。

「痛いね、痛かったね。 早く傷を治そうね」 琴音がそう話しかけると、犬が舐めていた口を閉じ、じっと琴音を見つめた。

琴音も犬の目を見る。 そして舐められていた片方の手をもう一方の手と同じように冷たく感じるその手に当てた。

琴音が犬から目を外し、その手を見ながら自分の手を当てている。

その様子を後ろから見守る加藤玲。


~~~既視感 ~~~

(・・・なに?・・・) 一瞬、今と同じように動物らしき物の足に手をかざしている場面が頭をかすめた。 

次いでどこかで同じ事をしていた感覚がよぎる。

(練習の時の感覚とは違う・・・)


「琴音さん?」 琴音の様子がおかしい事に気づいた加藤玲が後ろから声をかける。

「あ、ボーっとしちゃって」 手はそのままで顔だけ振り返り、後ろに立っている加藤玲を見ながらそう言うと、顔を戻し改めて犬の顔を見た。

「可愛いおメメね。 辛かったことは忘れようね。 そのおメメに優しい里親さんを映そうね」 両手で犬の傷の上に手を当てる琴音。 立ってその後ろ姿を黙ったままじっと見つめる加藤玲。 

暫くして

「え? 何?」 琴音が急に言ったのを聞いて

「どうしました?」 心配そうに加藤玲が聞いた。 

加藤玲の言葉は琴音の耳に入っていたが、その言葉にすぐ答えることなく暫くしてから


「今・・・なんて表現したらいいのかしら」 少し考えて

「白黒で見えたんですけど・・・えっと・・・林や森かしら? それとも山の中かしら? 木が沢山あります。 
そこで夜空を見上げる感じって言えばいいのかしら? 
周りに高い木々の枝や葉のような物があってその向こうに空が見えて それで・・・悲しい・・・あ、そうじゃないわ。 ・・・寂しい・・・そんな感覚を感じました」

「え!?」 加藤玲は驚いたがそれに反応することなく琴音が続けた。

「それと・・・生物らしきものかしら? 何なのかしら。 長丸で・・・棘みたいな物がいっぱい付いているのが見えたんですけど・・・これは何なのかしら?」 それを聞いていた加藤玲が

「・・・それは多分、引っ付き虫です」

「引っ付き虫? あの雑草のですか?」

「はい」 かざしていた手を離し、その形を思い出そうと空を見る。

「あ、ああ。 そうですね。 そう言われればそんな感じです」 また犬の方を見て身体を撫で始め続けて言った。

「色が付いて見えたら分かりやすかったんですけど 白黒だったから分かりにくくて」 犬を見ていた琴音が加藤玲のほうに視線を移すと、美しい顔立ちのその目から一筋の涙が頬を伝っていた。

「あ・・・すみません! 何か気に触ることをいいましたか?」 思わず立ち上がった

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