大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第221回

2015年07月21日 14時58分48秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第221回



「閉鎖ってどういう事だ?」 その声に反応して母親が寄ってきた。

「簡単に言うと不況に勝てなかったっていう事」

「負債は?」 あまりの唐突な話に新聞が上手くたためない。

「それは全くなし」

「倒産じゃないんだな?」 手が止まった。

「うん。 何処にも迷惑はかけていないわ」 それを聞いて安心したのか、落ち着いてきちんと新聞をたたみ直す。

「でも債務がなくても会社をたたむっていうのは大変な事だぞ。 琴音の仕事も大変だろう。 いつ付けなんだ?」

「対外的には3月の決算でもう閉鎖の形をとってるの。 それで社長が私には閉鎖業務はしなくていいからって、ちょっと前から会社に行ってないの」 

「え? どういうことなの?」 母親が話しに入ってきた。

「私は一応今度のお給料の締め日まで社員なんだけど、閉鎖業務は税理士事務所に任せてあるの。 他の社員は資産の整理でまだ働いてるわ」 

ずっと経理業務をしてきた父親だ。 あっけらかんと話す琴音に物申したいようだ。

「そんな事でいいのか? 経理担当なんだろう? 最後までしないなんて。 経理として一番大切なところじゃないか!」

「うん、私もそう言ったんだけど社長がまだ来て浅い私に閉鎖業務をさせたくないからって、期末業務を最後にするように言われたの」 それを聞いた母親が

「お父さん、社長さんがそんな風に言ってるんだからいいじゃない。 それに琴ちゃんももう行ってないんでしょ?」

「うん」

「まぁ、お父さんが何を言っても始まるもんじゃないがな・・・」 少し語気が荒いが、納得したようだ。

「そうですよ。 琴ちゃんには琴ちゃんの社会があるんですよ」

「そうだな。 ・・・そうか・・・会社をたたむのか。 社長さんも残念だろうなぁ」 

「うん。 何とか出来たらいいんだろうけどね。 この不況じゃね」

「そうだな・・・。 ・・・琴音はこれからどうするつもりなんだ?」

「うん、向こうを引き払ってこっちに来ようかと思ってるんだけど。 どう? いい?」

「まぁ、琴ちゃんが帰ってくるの!? いいも何も無いじゃない。 すぐに引き払ってきなさいよ。 ねぇ、お父さん」 コクリと頷く父親。

「ほら、お給料の締め日も来てないからまだ一応社員だし、ちゃんと全部が終わってからじゃないと。 それから引き払ってくる」

「あら? そうなの? 一日でも早く帰ってくるといいのに。 ねぇ、お父さん」

「ああ、部屋が無いわけじゃないんだから社員でなくなったらいつでも帰ってくるといい」 一人で遊んでいた仔犬がオモチャを咥えて母親の隣に擦り寄ってきた。

「なに? どうしたの? 退屈になっちゃった? それとも一人で寂しくなっちゃった?」 その様子を見て琴音が思い出した。

「あ、そう言えば・・・仔犬ちゃんって名前を変えてみない?」

「どういうこと?」

「今日そんな話になったの。 で、お父さんとお母さんが想う名前を付けるといいって正道さんも仰ってたんだけど、付けたい名前なんてある?」

「考えてもいなかったけど・・・お父さんはどう? 何かあります?」

「・・・おもちゃ・・・」 小さな声で言った。 すかさず琴音が

「おもちゃ!? 仔犬の次はおもちゃ?」

「お父さん、それはまどろっこしいですよ。 ほら、仔犬ちゃんにオモチャで遊ぼうねって言う時に おかしくなっちゃいますよ」

「おもちゃ、オモチャで遊びましょうね。 ってなっちゃうわよね」

「まぁ、そうだけど・・・仔犬の動きってオモチャみたいだろう?」 ボソボソと言うが、付けたい名前を聞かれてすぐに出たという事は、ずっと心に思っていたのかもしれない。

「言われてみればそうだけど・・・お母さんは無いの?」

「女の子だからねぇ。 雪ちゃんとか花ちゃんかなぁ」

「それは有り触れてるだろう。 もっとそこらにない名前にしたいじゃないか」 さっきと打って変わってハッキリと言う。

「そうですか? 可愛らしい名前だと思うんですけどねぇ。 ねぇ、雪ちゃん」 母親の横でオモチャを齧っていた仔犬にそう話しかけたが、仔犬は知らん顔をしてオモチャを齧っているままだ。

「ほら、仔犬も反応しないじゃないか。 おもちゃの方がいいって、賑やかそうでいい名前じゃないか」 すると少し考えた琴音が

「それじゃあ、トイちゃんは?」

「トイ? 何だそれは?」

「オモチャの事を英語でトイって言うの」

「おー、そうだったな。 そうか・・・トイか・・・うん、いいな」

「えー、変な名前。 トイレみたいじゃない。 それに気もきつそうな感じがするじゃない」

「気がきつそうか・・・確かにそうね。 あ、でも今日ね 正道さんが仔犬ちゃんの心の中をちょっと覗いてみたの。 そしたら凄く寂しがり屋みたいなのね。 だから優しそうな名前より名前だけでも勢いがある方がいいんじゃない?」

「うん。 それがいい、それがいい。 そうか仔犬改めトイか」 父親は満足したようだが母親は腑に落ちないようだ。

「仔犬ちゃん変な名前を付けられそうですよ。 トイちゃんだって」 するとオモチャを齧っていた仔犬が立ち上がって ワンワンと吠えクルクルと回り出した。

今まで滅多に吠える事がなかっただけに父親も母親も驚いたが

「ほらお母さん、仔犬も喜んでいるじゃないか」 得たり、と父親が言った。

「喜んでるんじゃないですよ。 そんな名前はイヤだって言ってるんですよ」 母親のそんな言葉に父親は耳を貸すことなく嬉しそうな顔で続けた。

「まさにオモチャみたいな動きだな。 ほらトイ、お父さんの所においで」 まん丸の目をクルクルさせてすぐに父親のところに寄ってきて胡坐をかいている膝の上にあがってきた。

「どうだ? 仔犬じゃなくてトイって名前でいいか?」 仔犬の顎を指でさすりながら聞くと

「雪ちゃん、こっちにおいで」 負けじと母親が呼んだが仔犬は父親の膝から降りる様子がない。

「もう、雪ちゃん!」

「お母さん諦めるんだな」 母親を見ることも無く、余裕で仔犬の顎をさすっている。 

仔犬もそれが心地いいのか目を細めている。

「琴ちゃんのせいよ!」 矛先が琴音に向く。

「えー!? そうなるの? 提案しただけなんだから、ちゃんとお父さんとお母さんで決めてよね」

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