大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~満ち~  第239回

2015年09月29日 15時12分04秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第230回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~満ち~  第239回




団子屋を発ち、町に少し慣れたのか 最初に迷子にならぬようにと思っていた気持ちが飛び、町中を嬉しそうに歩く二人。 振り売りに目がいく。

「あ、飴だ!」

「おー、魚も売っているぞ」

「水?」 二人で目を合わせる。 お山に居ては水は溢れるほどあるからだ。


立ち並ぶ店に目がいくと

「あ! あれは何だ?」

「それよりこっちは何だ?」 見たことも無い物が沢山売られている。 

「おっと、危ない」 後ろで振り売りの声がした。

あちらこちらをキョロキョロするうちに道を塞いでしまったようだ。

すぐに道を譲ると、しゃぼんの振り売りであった。 

ヒョイと籠を覗き込む二人。

「あれは何をするものなんだろうか?」 食うに困ってお山に来たのだ。 しゃぼんを知らなければ、色んな物を知らないのは当たり前であろうか。


町中を暫く歩くと

「ここで待っておれ。 動くでないぞ」 そう声をかけると主が一人で歩いて行った。

落ち着きのない二人故、人の迷惑にならない少し広い所に待たせ、先に見える店の中に入って行った。

「あそこは?」 勝流が主の入ったところを見て問う。

「さぁ、何の店なのかなぁ?」 勝流は店が気になるようだが、平太は全く気にもならないようで辺りを見回している。

暫くはじっとしていた勝流だったが、どうしても気になるのか、主の入った店を目がけて歩き出した。

「あ、こら、動くなって言われただろ!」 平太の言葉を背に受け、主が入った店まで行くとヒョイと看板を見た。 が

「うーん・・・」 顎に手を当て考える。 その様子を遠目に見ていた平太に手招きした。

「ったく、動くなって言われているのに」 渋々歩いて行く。

「平太・・・これなんて読むんだ?」 看板を指差すが、平太が眉を寄せる。

「・・・わっかんないなぁ・・・」 二人で腕組みをするが全く分からない。

「でも・・・この臭いって薬草の臭いだよな」 クンと鼻から空気を吸った。

「あ、そうだ。 薬草の臭いだ」 平太に真似て勝流もクンクンと鼻から漂う空気を吸い、続けて聞いた。

「じゃあ、これって薬草って読むのか?」

「・・・」 少しの間二人が無言になったが、それを切って平太が言い出した。

「主様に漢字も教えてもらおうか・・・」 漢字は覚えなくてもやっていけるから教えてもらわなくていい、と二人が主に言ったのだ。

主は、無理に教えても覚える気がなければ覚えられはせぬ、いつかは覚えたいと言ってくるであろうと、その時まで待とうと考えていた。

「そうだな・・・」 勝流がポツンと答える。

そこへ店の中から声が聞こえた。

「残念でございます。 峻柔(しゅんじゅう)の気が変わればいつでもお声をおかけ下さいまし」 ここへは主に連れられ峻柔は何度か来ていた。

そこで薬草に詳しい峻柔を店に迎え入れたいという店主の申し出だったが、当の本人が山を降りたくないと言う。 
今日は断りに来たのだが、本来なら峻柔も一緒に来るはずであった。 

ここへくる為の手土産として早朝、崖に生る薬草を取ろうとして足を滑らせた。 崖から落ち、足を捻って一緒に来る事が出来なくなったのだ。

「峻柔兄?」 二人で目を合わせたところにガラガラと戸が開いた。 慌てて元の場所に走り戻る。

店前で店主が主を見送る。 主も深々と頭を下げ歩き出した。

二人の元に戻った主が開口一番

「動くなと言ったであろう。 それに盗み聞きはいかんのう」 ゴクリと唾を飲む二人。

「さて、用は済んだ。 帰ろうかの」 踵を返して歩き出した。

主の後を歩く二人、兄様の事が気になる。 看板に何と書いてあったのかも気になる。 漢字を教えてほしいと言いたい。

頭の中がこんがらがるが、まだ町中を歩いている。 目が珍しい物を追う。 その内にこんがらがりも忘れてしまったのか、またアレは何だ、コレは何だとはしゃぎ出す。


帰る道中、町を出、里に入っても主の後ろでは町で見かけた話と団子の話でもちきりだ。

「これ、声を落とさんか」

「あ・・・はい」 この繰り返しだ。

(ふうー、まだ連れて歩くには早かったかのう・・・) 後ろに蛙が2匹いるようだ。


町中では来た道とは違う道で帰ったが、里に入り里から出る時には来た道と同じ道からお山に帰る。

(あ、この道・・・そう言えば、あの子は?) 来た時に見かけた幼子を思い出した。

キョロキョロとするが幼子は見当たらない。

「どうしたんだ?」 さっきまで一緒に喋っていたのに急に黙りこくった勝流に平太が声をかけた。

「う・・・ん、何でもない・・・」 話しながらも歩は進む。

気になる。 何度も振り返る。

(やっと少しは静かになったかのう) そう思ったがすぐに勝流の「あっ!!」 という大きな声が主の耳を劈いた。

「な・・・なんじゃ?」 溜息をつくかのような声と共に眉間を寄せた主が振り向こうとしたが早いか、勝流の言葉の方が早いか

「主様、少し待っててください」 主の返事も聞かず走り出した。

「え? おい! 勝流!」 平太の呼ぶ声を背に受けて今歩いてきた道を走り、脇道に入る。

「あの石の後ろに隠れてるかもしれない。 もしまだいたら放っておけない」 分かれ道の坂を上ると幼子が隠れた大きな石まで走り、石の後ろを覗き込んだ。

「居ない・・・」 おっ母さんが迎えに来てくれたんだな、と胸を撫で下ろした時コツンコツンと小石の落ちる音がした。

「ん?」 音がしたほうに歩いて行くと木の陰に隠れて幼子が一人で居るではないか。

長い間退屈であったのだろう。 石を集めて積み上げて遊んでいたようだ。 


二人の話す大きな声が聞こえて木の陰に隠れたのだが、過ぎ去ったと思ったのに勝流が戻ってきた。 木の陰から出て耳をそばだてていたが慌ててまた木の陰に隠れた。 

こっちへ歩いてくる、もっと奥に隠れようとして積み上げた石に足が当たってしまったのだ。

怯えた目で勝流を見る。

(お袖より小さい・・・) お袖、五つ。 里で見た童女。

「人攫いじゃないから安心しろ」 ビクリと肩が震えた。 今にも泣きそうだ。

「あ・・・だから怖くないって・・・そうだ!」 主がお袖に話しかけたときの事を思い出した。

(膝を落として話すといいのかもしれない) 

「ほーら、怖くないぞー」 そう言って膝を落とす。 泣きそうな顔が少し止まった。

「なっ、おっ母さんはどうした?」 その言葉にまたじわぁっと泣き顔になる。

「あ、あ! 泣かなくていいから」 慌てて両の掌を振った。

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みち  ~満ち~  第238回

2015年09月25日 00時37分11秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第238回




町中に入ると一層の賑わいだ。

「たぁー、こりゃ、うかうかしてたら迷子になっちまう」 勝流(しょうりゅう)が言うと

「人ってこんなに居たんだなぁ」 平太も辺りをキョロキョロとしながらも、主(ぬし)から離れないようピッタリとくっついている。

「どうじゃ? 団子など食べるか?」

「え?!」 すぐに反応したのは勝流だ。

「さっきは食べ損ねたからのう」 チラと後ろにいる勝流を見た。

「あ・・・えっと・・・あの時はつい・・・」 顔を赤くして下を向く勝流を横に歩く平太もチラッと見た。

「よい、よい。 食べたい盛りじゃ。 甘い物も欲しいじゃろうて。 平太はどうじゃ? 団子は好きか?」

「も、勿論でございます!」 鼻の穴が馬の様に大きくなっている。

すぐに見つけた団子屋の縁台に並んで腰を下ろし、主は二人が気の済むまで食べさせた。
その食べっぷりに笑いながら、茶をすする。

「あー、腹いっぱいだ」 勝流が腹をポンポンと叩く。

「お前、いくらなんでも十も食べるなんて・・・どんな腹をしてんだよ」 隣に座る勝流を呆れるような目で見、自分も一杯になった腹をさする。

その会話を聞いていた主。 

「もうよいのか? そうそう食べられんぞ」 それに答えたのは、主の隣に座っている平太だ。

「私は充分、腹いっぱいになりました。 勝流も・・・」 と言って勝流をチラと見る。

主と平太の会話など何処吹く風と、いっぱいになった腹をさすっている。

「あの通りですから、充分かと。 あの?」

「うん? なんじゃ?」

「主様は茶ばかり飲んで、食べないんですか?」

「わしは甘い物はなぁ・・・それに、砂糖というものは決して身体に良いわけではないのでな」 さっきまで主と平太の会話が聞こえなかった勝流、思わぬ主の言葉に耳を寄せる。

「え?」 二人が目を丸くして驚いた。

「そなたたちはまだ食べたい盛りじゃ、それに久しぶりの里じゃ、町中じゃ。 じゃからこうして食べさせたが、この事は心しておけよ」 ほんの少し、厳しい顔になった。

「はい」 声を揃えてしっかりと返答する。

「主様、もう一つ聞いても宜しいですか?」

「なんじゃ?」

「聞くところによると、他の主様はこうして里へ連れて降りてはくれないようです。 修行の身で里へ降りるのはご法度とのこと。 なのに主様はこうして団子まで食べさせてくれます・・・何故でございますか?」 平太の素朴な疑問である。 勝流はまだ尚、腹をさすりながら会話を聞いている。

「そうじゃのう。 簡単に言えば他所とは目的が違うというところかのう?」

「目的でございますか?」

「うむ。 他所は誰よりも強くなることだけを目的に修行をしておるが、そなたたちどうじゃ? そんな風にわしが一言でも言ったか?」 二人が目を合わす。

「でも、強くなれと仰います」 腹をさする手が止まり、ボソッと勝流が言った。

「心が強くなる事は必要じゃからな。 それは言うが、それが目的と言うたか?」

「平太どうだった?」 勝流に聞かれ、こっちへ振るなよ、と言わんばかりに睨み返す。

「早く走りたいと言えばそのように教える。 薬草が得意な者には薬草の知識を教える。 じゃが、お山で暮らすからには最低限の脚は必要じゃ。 獣もおる、気を感じる事も必要じゃ。 皆への優しさも必要じゃ。 ただそれだけじゃ。 必要な事を教えているだけじゃ。
平太、父様に連れられて来た時の事を覚えておるか?」

「・・・はい」 お山に来た時の事を思い出して二人とも寂しげな顔になった。

「十の時じゃったな。 父様は、一人で生きていける子にしてやってください。 唯、唯、お願いしますと言われた」

「・・・はい」 父と母と別れたくなかった。 妹とも。 だのに父にお山においていかれた。

「今なら分かるであろうが、どこも食べるのに大変なんじゃ」

「・・・」 分かってはいるが簡単に納得できる理由ではない。

「父様はそなたを手放したくは無かった。 じゃが、どうしてもそうしなくてはならなかった。 じゃから強く生きていける子に育てて欲しいと思われておったのではないか?」

「・・・」 一人でなんて生きたくない。 父と母と生きていきたかった。 妹を遊んでやりたかった。  

妹の顔が浮かぶ。 「平太兄ちゃん!」 妹の声がどこからか聞こえてきそうになる。

「他所に預ければ修行が厳しい。 かわいい子に厳しい修行はさせたくない。 一人で生きていける強い子になって欲しいだけ。 そう思ってわしの所に連れてこられたのではないかのう?」 里に降りては病を治したり、憑き物を祓ったり、危ない所を救ったりと主の噂はどこからともなく広がっている。 

優しい主だと。

「・・・」 父と母を恨めるものなら恨みたい。 だが、どれだけ恨もうと思っても恨めない。 主の言葉が段々と遠くに聞こえる。

そんな時、無言でいる平太をチラと見て勝流が下を見ながら言う。

「おっ父に連れてきてもらったんだからまだいいじゃないか」 勝流は九つの時、見たことも無い町の道端に置いて行かれたのだ。 

分けもわからず右往左往する勝流。 

そこを主が通りがかり、事情を悟るとお山に連れて帰ったのだ。

「勝流、そなたの母様にも事情があったのじゃろう。 可愛いわが子を手放すなど簡単に出来る事ではないのぞ」 

あの時、母が何度も何度もごめんと言っていた。 目から涙が溢れていた。 泣いていたくせに走り去った。 

思い出したくないもない許せぬ涙。 許せぬ母。

「お山に居る皆、事情を持っている。 じゃがな 皆、父様母様から預かった大切なお子じゃ。 いつでも逢えるように身体も心も強くなってもらわんとな」

(オレは・・・おっ母の大切な子じゃない・・・置いていかれたんだ。 捨てられたんだ) 拳を握り締める。

「勝流、そんな風に思うでない」 心を読まれた! 下を見ながら目を見開く。

「心を育てていこうぞ。 強い心を育てようぞ。 父様母様を恨むでないぞ、人を恨むでないぞ」 父母の事を言われて納得が出来ないという様子の二人を見て 「まだまだじゃなぁ」 と思いながらも

「心にゆとりがないと強くも優しくもなれん。 一貫した修行であれば己に厳しい心が持てるじゃろうが、優しさはどうかのう」 

「優しさ・・・?」 平太が主を見て続けた。

「他所の兄様は皆厳しいと聞くのに、お山の兄様方はとても優しい・・・」 その言葉を聞いて主が僅かに目を細めた。

「良き兄様じゃろう。 どうじゃ? 何故、里へ降りてきたりするのかが分かったか?」

「あっ、そうでした」 

「なんじゃ、自分で聞いておいて忘れておったのか?」

「あ・・・えへへ。 ・・・そっか、そうなんですね。 他所は強くなるだけが目的、主様は必要なことだけを教えてくださる。 心にゆとりを持って強く優しく。 という事なのですね」

「そうじゃ。 平太にも勝流にも何かしたいか? と落ち着いた頃にそう問うたじゃろう?」

「はい。 主様の飛ぶ姿、そのような事をしたいと言いました」

「勝流もそう言ったのう」 その言葉に顔を上げ頷く勝流。 白目が血走っている。 母への許せぬ想いが目に現れているのであろう。

その目を意識しながら、この時の事を思い出せと言わんばかりに主が言葉を続けた。

「二人とも目を輝かせて言うたのう」 それに答えたのは勝流。

「主様のところに来て間もない時、おっ父に連れてこられた平太といつも話してたのです。 兄様方の修行をされる時の主様の飛ぶ姿、あんな
風に飛んでみたいなって」 その言葉に続いて平太が言う。

「兄様達の様に教えて欲しいなって」 当時の事を思い出したのか、二人で顔を見合わせた。

そして交互に話し出す。

「気持ちいいだろうなって」

「飛びたいなぁって」

「飛べるかなぁって」 

「やってみたいなぁって」 二人が顔を合わせてニマっと笑う。

「そうか、そうか」 優しい目をむける。 

その言葉に主を見る二人そして

「まだまだ飛べないけどな」 勝流に目を合わせてニッと笑う。 

平太のその顔に答えるかのように勝流もニッと笑い返した。


負の念が消えた。



「そうじゃの。 飛ぶにはまだまだじゃのう。 もっと修行に励まんといかんなー。 団子なぞ食べておってはいかんな」

「あ! それはそれで、これはこれです!」 どれだけ団子に目がないのであろうか、勝流が慌てて立ち上がった。

「何を慌てておるのじゃ、なにも食べた物を吐き出せと言っておるのではなかろう」 そう言うとワハハと笑う。

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みち  ~満ち~  第237回

2015年09月18日 15時07分27秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第237回




遡ること六年。


平太(へいた)十二歳、勝流(しょうりゅう)十一歳。


主が平太と勝流を連れ立ってお山を降りてきた。 

本来なら峻柔(しゅんじゅう)を連れ立って来るつもりでいたが、今朝足を捻ってしまって歩くことが儘ならなくなってしまったのだ。

その峻柔の代わりに連れて来られた。

修行に励む二人への思わぬ束の間の褒美となった。


里に入る前、嬉しさのあまりキョロキョロとしていた勝流の目に山の途中にいる幼子が映った。 

歩いてきた山道の分かれ道の先、坂を上がっていく途中。

見ている勝流からは離れているが、うつむいて道の端にじっと座っているのが分かる。 

(あれ? なんでこんな所に一人で居るんだ?) 勝流の視線に気付いたその幼子が近くにあった大きな石の隅に隠れた。

(隠れた? どうして?)

「おーい、勝流。 早く来いー」 一人足を止めた勝流を平太が呼ぶ。

「あ、ああ」 幼子を後ろ目に見ながら走っていった。



「へぇー、そう言えば里ってこんなだったよな。 すっかり忘れてた」 お山とは違って人が行きかっている。

主を見つけた里の者が声をかけた。

「これは、主様。 また何かあったのですか?」

「いやいや、今日は町に用があってな。 ついでにこの二人に里や町を見せてやろうと思うて」

「そうでございますか。 先だっては娘の病を見ていただいて、今は随分と元気にしております」

「それはなによりじゃ。 どうじゃ? まだ薬草はあるか?」

「はい、充分に足りてございます」

「幼い故、遊びたいであろうが まだあまり無理をさせぬようにな」 

「おっとう!」 里の者の後ろから童女の声が響いた。

「あ! これ、まだ起きてはならぬと言うておるのに!」 童女の目に、振向いた父の後ろにいる主が見えた。

「あー! 主様!」 主を見つけ、恐い顔をして走りよって来る。

「これ、これ! まだ走っては・・・」 言う間に主の元にやってきた。

「主様! あの薬草苦い!」 童女は文句を言いたかったようだ。

「あ・・・わはは! そうじゃの。 童女にはちと苦かったかのぉ?」 薬草を煎じて飲む。

「童女じゃない! お袖はもう五つ!」 言ったかと思うと、コンコンと咳をしてからまだ幼さが充分に残るプックリとした腕を腰に当て胸を張った。 

お袖五つが威張る。 

その様子を見ていた平太と勝流がクスリと笑う。 二人を見てキッと睨むお袖。

「これ、お袖!」 気の強い童女のようだ。

「お袖や、父様に心配をかけてはならんのぞ。 もう五つなら分かるな?」 膝を落としてお袖と目線をあわす。

その姿を見て慌てて二人も膝を落とす。 お袖を追って家から出てきた母がその様子を見てほっと一息つき家に入った。

「い・・・五つのお袖は・・・分かる・・・」 下を向いたかと思うと、上目使いに主を見、文句を言いたげだが五つは文句を言わない。 

「まだ病が治りきっておらんのだから、走ってはならん。 走っては父様が心配するぞ」 頬をプクーっと膨らませながらも、小さくコクリと頷く。

「薬も苦いやも知れぬが・・・」 ここまで言いかけると

「お袖は五つだから薬草なんて苦くない!」 二人が笑う声を堪えて肩を揺らす。

お山に童女は居ない。 とんと女子(おなご)の幼子など見ていない二人は、その女子独特の喋り口調や仕草が面白くて仕方がないようだ。

そこへ母が盆を持って家から出てきた。

「主様、この度は誠に有難うございました。 どうぞ、甘い物を」 差し出されたのは、団子と饅頭だ。

「へ・・・平太、団子だ! 饅頭だ!」 勝流が目を輝かせて立ち上がる。

一つしか歳が違わない二人ではあるが、主の所にやって来たのは殆ど変わらない頃だった。 それ故、勝流は平太の事を兄様だとは思っていない。 平太も然り。 

「こ、これ! 勝流!」 主も立ち上がり、勝流を諌める

「ゆっくりと里にいらしたのですから、相変わらず小汚い家ですが中に入って、ささどうぞ」 父が言うとそれに継いでお袖が得意気に言う。

「おっかぁの買ってくる団子と饅頭は美味しいんだ。 お袖が怪我や病気をした時にはおっかぁが必ず買ってきてくれるんだ」 お袖の言葉を聞いて、なぜ団子と饅頭がここにあるのかと悟った主。

色んな種類を食べさせたかったのであろう。 それぞれ種類の違う団子と饅頭、合わせて三つ。

「そうか。 母様の出してくださる団子も饅頭も美味いか。 良き母様じゃのう。 
じゃがこれは、お袖に精をつけさそうと母様が買って来て下さったのじゃろう? お袖が美味しく頂くとよい」 それを聞いて誰より寂しそうな顔をしたのは勝流であった。

「主様、そんな事を言わず、お山から降りてこられてお疲れでしょう。 どうぞ召し上がってください」 父が言うが

「礼は充分してもらったんじゃから気にやむことはない」 決して暮らしが楽ではない。 簡単に見て取れる。

「充分になどとは程遠い・・・まともな礼も出来ず・・・」 父と母の様子が今ひとつ分からず、キョトンとするお袖。

「それに、この二人に色んな所を見せてやりたいのでな。 先を急ごうかのう。 
お袖や、父様母様のいう事を良く聞いて良い子にするのじゃぞ」 お袖の頭を優しく撫でると「うん」 と輝かんばかりの目を向けた。

「行くぞ」 主の後に二人が続いて歩く。 

その後姿に父母が深々と頭を垂れ見送った。

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みち  ~満ち~  第236回

2015年09月15日 14時53分05秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第236回




「主様には命を救って頂いたにも拘らず、我侭ばかりを通してしまい・・・風狼にもずっと助けてもらってばかりだったのに・・・」 下を向く。

「風来、そなたに強さや厳しさがあればと思うと残念じゃ。 風狼と二人、わしの全てを教えたかったぞ。 ・・・じゃがな」

「・・・はい」 主をみる事が出来ない。

「風来・・・そなたが風狼と初めてわしの所に来たとき、なんと思ったと思う?」

「・・・わかりませぬ」 下ばかり見ている風来の姿を見ていた目を空に移し、一呼吸置いた。 そして

「新しい風を感じたのじゃ」

「新しい風?」 会話を聞いていた風狼が聞き返した。

「そうじゃ。 わしには持ち得ない・・・わしの知っている者たちも持っていない風じゃ。 修行を積む者たちはみな厳しい。 
中には蹴落としてまでのし上がろうとする者までおる。 分かるか?」 問うた風狼を見ていた視線を風来に移した。

「己には蹴落とすなんてこと・・・」 やっと主の目をみた。

「そうじゃ。 そなたには出来んのう」 そして わしにも出来んがな。 と言って言葉を続けた。

「そなたは人の心の中に清々しい、優しい風を吹かせる力を持っておる。 その風を感じた者は心が洗われるであろう。 
風狼も知らぬ間にそなたのその風に惹かれておったのであろう。 
出来れば修行の中でその心を持ちながら厳しさを得て欲しかったがそれは出来んかったようじゃ。 
じゃがな、その風にわしは負けてしもうておった。 じゃから何も気にやむことはない」 その言葉を聞いてまたしても風狼が口をはさんだ。

「負けた・・・とは?」

「うむ、そなた達にはまだまだ先がある。 時間がある。 焦る事はないとは思うが、どうやってもほんの欠片すら強さ、厳しさを持てない風来にこの道を断たせるという事が出来なかったという事じゃ」 その言葉を聞いて風狼が風来を見た。

「ほら、だから俺が言っただろう。 他の主様ならとうに匙を投げられてるって」

「ははは、風狼、そなたの言うとおりじゃ。 
いつか、いつか強くなってくれるのではないかと思うてしもうて、その反面、強くなったが上、厳しくなったが上、風来の風がなくなってしまうのではないかと思う気持ちも捨て切れんかった。 
この風はなくさせたくないと思うてな、どこかでわしも中途半端になっておったんじゃ。 主として失格じゃ」

「風来、お前人騙しが出来るかもしれんぞ」

「な! 何を言うんだ! 嘘なんてつけるもんか!」

「嘘をつく人間はこの風を持っておらんぞ。 風来よ、そなたの風が吹けば万物の心が洗われようぞ。 そんな風がわしの元にあの日やって来た。 風来じゃ」

「あ・・・」 



主の元へやってきた者に、名を変えたいと言われればお山にいる間は主が決めた名で呼んでいる。

風狼、風来・・・幼い時から互いに「おい」「なぁ」 と呼び合い、他所からは「親なし子」 と呼ばれ もう、自分達の名を忘れかけていた。

お山に来てすぐ主に名を聞かれたとき 

「あ? あれ? 確か・・・たすけ? やすけ? あれ? しょうきち? あれぇー?」 

「しょうきちじゃなくて、そうきちは俺の名だよ」 ポソっと風来が言うと

「何言ってんだ、お前は・・・やすきち? ・・・あれ? お前が やすけ?」

「え? ・・・そう言われれば・・・やすけだったっけかな・・・」 と言ったのだ。



「これからそなたの癒しの手で獣の身体を治してやるのもよい。 じゃが、獣の心にも風は必ずや吹くぞ。 獣は全て分かっておる。 
人以上にそなたの風が獣の心に吹くぞ。 これは修行で得るものではない。 それだけに邪の心を持つでないぞ。 獣はすぐに読み取るぞ」

「はい。 心して」 その時、ガサっと音がした。

「主様、ここに居られましたか」 兄弟子が姿を見せた。

「おお、なんじゃ?」 兄弟子の気配は感じていたがいつ出て来るのかと待っていた。

「里から尋ね人が来ておりますが」

「尋ね人とな?」

「はい。 娘が身体を悪くしたと申しております」

「そうか。 里に降りねばならんな。 風狼、風来、そなた達も久しぶりに里に降りるか?」

「俺はいつも主様の元に居たいから降ります。 風来も主様の癒しを見るために一緒に降りるよな?」

「俺は・・・俺はここで鹿の怪我を治したい」

「そうか・・・あの鹿、ほんとにお前になついてるもんな。 お前の事をおっ母とでも思ってるんだろうな」 その会話を聞いて

「風来、里から帰ってくるまでにその鹿の怪我を治しておくというのが題じゃ。 励めよ」

「はい。 お気をつけて」 主の言葉に背いた返事を深く受け止めてくれた事に感謝した。

「それでは風狼いくぞ」 サッと踵を返し、木々の合間を抜けて坂を駆け上がる。

「はい」 すぐさま主の後ろに続こうとする風狼の後姿に風来が声をかける。

「風狼、気を付けて行って来いよ」

「おぅ。 お前こそ熊に喰われるんじゃないぞ」 手を振る風狼の後姿を見て

「ちっ!」 舌打ちをした兄弟子。

「勝流兄(しょうりゅうにい)?・・・」

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みち  ~満ち~  第235回

2015年09月11日 14時37分12秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第235回



「あ・・・そっか。 気を感じた後に癒してやらなくちゃいけないんだったな」

「おい、本当に大丈夫なのか?」

「なに言ってんだ。 俺様に任しておけば・・・あ!」

「何だよ急に大きな声で」

「そんな話じゃないだろーよー」

「なに?」

「お前・・・住庵様の所になんか行かないよな。 俺と離れるなんてこと出来ないよな」

「風来、どうじゃ?」

「己は・・・・」

「そなたが決めればよいことじゃ」

「主様、風来には出来ませんよ。 俺達ずっと一緒だったんだもん。 なぁ、風来」

「己・・・己に出来るでしょうか?」 またもや、風狼への返事ではない。

「そなたの持つ心が本物であれば住庵殿が導いてくれようぞ」

「本物です! 嘘偽りなんてありません」

「風来? 俺と一緒にいるよな?」

「まぁ、急ぐ話ではない。 じっくり考えて決めるがよい」

「考えている間に・・・住庵様のところに行けば一日でも早く得とく出来る・・・」

「なにブツブツ言ってんだよ」

「明日・・・明日、発ちます!」 

「はっ!? 風来、自分がなに言ってるのか分かってるのか?」

「あ・・・いくらなんでも明日じゃ早すぎるか?」 やっと風狼を見て聞いた。

「そんな話じゃない。 俺と一緒に居られなくなるんだぞ!」 風狼のそんな話を無視するかのように主が

「そうか。 まぁ、明日といってはまだ何の準備も出来ておらんし、2,3日後というのはどうじゃ?」

「あ・・・やはり明日では早すぎますか・・・」

「小さな子たちがそなたに懐いておるのだから、朝起きて急に居なくなっておっては寂しがるであろう」 主の下には親の無い子供達が何人も居る。

小さな子たちの顔が浮かんだ。 己も兄様たちに大事にしてもらった。 それを小さな子たちに返さねば。

「はい」

「な、何でそんな話になるんだよ・・・」

「じゃが、言っておくぞ。 ここはお山じゃ。 風来の手に負えん獣も沢山おる。 岩がいつ落ちてくるやも、足を滑らせて崖から落ちるやもしれん。 今のそなたでは気配を感じたり、簡単に身をかわす事もできんぞ」

「はい・・・」

「少しずつでかまわん。 住庵殿の元から帰ってきたら身を守る術も覚えるがよい」

「・・・主様。 有難き幸せにございます」

「風来・・・」 話の置き去りにされた風狼が情けない目をしている。

「風狼、ごめん。 ほんの少しの間だから。 一生懸命修行して、一日も早く帰ってくるから」 肩を落としている風狼を見て主が声をかけた。

「風狼」

「・・・はい」

「それで良いか? これからそなたは風来とは一緒に居れなくなる。 それでも良いか?」

「・・・はい。 ・・・風来がそれでいいのなら」 その様子を見て

「風狼・・・ごめん」 風狼に抱きついて小さな声で謝った。

「謝らなくたっていい。 絶対に二人で居なきゃならない事なんてないんだから」 そう言って風来の身を自分の体から外し 

「それに、まだまともに崖も飛べないようなお荷物のお前がいなくなった方が修行が進みやすい。 いっつもお前を待ってる時間も無駄な時間と思ってたからな」 強がっているのが手に取るように分かる。

「ははは、良い意気じゃ。 いくらでも伸びてゆけるぞ。 その意気で修行に励めよ。 それでこその狼じゃ」 

「え?」 ずっと大人しく風来の傍にいた鹿の耳が動いた。

「風狼・・・狼のような鋭い目を持ち、疾風の如く早い身のこなし。 川に流されておった風来をそなたが助けようとしておるときの姿、あの時・・・初めて逢うた時のそなたの印象じゃ」 鹿がどこかに走っていった。

(あ・・・まだ足が痛いはずなのに・・・) 風来が走り行く鹿を心配そうに見送った。

「主様・・・あ、あの時は雨の後の川に風来が流されて居なくなるんじゃないかと必死で・・・」

「そうじゃったな。 あの時の川は龍の怒りの如く流れておったな」

「俺はただ流されていく風来を追うことしか出来なかった。 それなのにあの川の中を一飛びで風来を助けてくださった主様のお姿は今も目に焼きついてます。 それに息を失いかけていた風来の身体を蘇らせていただき・・・結局、何も出来なかった俺なのに」

「ははは、七つ、八つの歳でわしと同じことが出来ておったら それこそ、わしがそなたの弟子になっておるわ。 それにあの時からそなたがここへやってくるのは分かっておった」

「え? 俺が来ると?」

「それくらい分からぬでどうする。 そなたもこれから修行に励めばそんなことは簡単に分かってゆけるぞ。  山を越え谷を越える。 あの時の竜の如くの川も簡単に飛ぶ事が出来る。 そなたには筋があるのじゃからな」

「はい! 精進いたします!」

「うぬ? 風来どうした?」

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みち  ~満ち~  第234回

2015年09月08日 15時06分47秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第234回



「風狼、そなたはこれからも修行に励むがよい」
 
「はい!」

「風来」 目先を風来に移す。

「はい・・・」 話を聞かれていたかと、下を向いて主の目を見られない。

「そなた・・・そなたには風狼程の筋はない」 言いたくない言葉を口にした。

「・・・はい」 己も充分、分かっている。

が、主のその言葉に反したのは風狼であった。

「主様! 風来は・・・風来は、今心が逸れているだけで! ・・・」

「今だけではない」 冷静な声音。

「主様・・・」 その声音に何も言い返せない。

「風狼、いいんだ」 風来が静かに言う。

「風狼よ、よく聞け。 そなた程の筋がないと言ったであろう。 けっして風来に筋がないわけではない。 だが、風来はそなたの様に厳しさ、強さを持ちあわせておらん。 分かるか?」 主のその言葉に答えたのは風来だ。

「風狼とずっと二人で居ました。 石を投げられました。 棒で叩かれました。 親なし子と言われて・・・。 
そんな時いつも風狼が守ってくれました。 風狼の強さは己が一番良く知っています」 風来のその言葉を聞いて風狼が幼い時の事を振り返り話す。

「俺が・・・俺が風来に石を投げた奴に仕返しに行こうとすると風来はいつも止めました。 自分が我慢すればいいことだと。 
石を投げられて、叩かれて痛いのはよく知ってるから仕返ししないでくれと。 額から血を流しているのに」 当時の事を深く思い出したのか、握った拳が震えている。

「そうじゃったか。 今までそんな話は聞かんかったな。 幼いたった二人で支え合って絶えてきたのじゃな」

「・・・」

「風来」

「はい」

「そなた、今のままでは余りにも中途半端すぎる。 擦り傷だけにも何日もかかるであろう?」

「主様?」 やっと、主の目を見た。

「このお山の獣達もお山には大切な生き物じゃ。 そなたが守ってやるがよい」

「主様・・・」

「そなた、住庵(じゅうあん)殿を知っておるな?」

「はい。 住庵様には初めてお会いした時に大層可愛がっていただきました」 風来のその言葉を聞いて風狼が思い返しながら空(くう)を見て話す。

「ああ、そう言えば・・・俺達がここに来て間がないときに来られて・・・そう言えば住庵様はずっと風来を横に座らせていたよなぁ」

「ははは、そうであったかのぉ。 住庵殿もすぐに気付かれたのであろうな」

「気付くって?」 風狼のその言葉に被って風来が懐かしげに言う。

「まるで父様のようにずっと手を握ってくださっていました」

「え? そうなのか? 俺は握ってもらってないぞ!」

「ははは。 よい、よい。 もうよいではないか、昔の事じゃ」

「ちぇー」 風狼の子供じみた顔を見て主が笑いながらも話を続けた。

「風来、住庵殿は癒しの手において、わしのはるか上のお方じゃ。 わしどころか、誰よりも優れた手をお持ちじゃ」

「あのお優しい住庵様が主様より?」 驚いて風来が聞き返す。

その風来にコクリと頷いて主か言葉を進める。

「どうじゃ? 住庵殿の所で学ばんか?」 

「住庵様のところで?」 そこに風狼が割って入る。

「え? 主様、住庵様は遠くに居られたんじゃなかったかと・・・」

「そうじゃ、遥か遠くじゃ」

「それじゃあ、それは無理です。 風来が俺と離れて過ごすなんて有り得ません。 なぁ、風来」 風狼が風来へ目を向けたが、風来には風狼の言葉が耳に入っていないようだ。

「・・・住庵様のところに行ってる間、ここの獣達を放っておくわけには・・・」 明らかに風狼への返事ではない。

「え? 俺は?」 

「さっきも言ったであろう。 そんな中途半端なもので何も守ってやれぬぞ。 それに修験の道とはまた違う。 そなたに修験の道は時間のかかるものであるが、癒しにはそなたの心があるのじゃから得とくにそう時間もかからんであろう」

「なぁ、風来。 俺は?」 風狼の言葉を他所に風来が主に話し続けた。

「毎日、毎日獣が怪我をしています。 それを放っては行けません」

「そんなことは風狼に任せればよい」

「えっ? 俺!?」 風来を見ていた目が突然の言葉に主を見る。

「丁度よい修行になるわい」 風狼をみてほくそ笑む。

「修行って・・・そんな・・・俺は獣がどうなっても知ったこっちゃないです。 喰われるものは喰われるだけです」

「風狼! そんな言い方するなって! 獣達がみんな聞いてるんだぞ」

「はっ? 獣に人間の言葉が分かるかってんだ」

「そこじゃ。 風狼に欠けている所がそこなんじゃ」

「欠けてるって・・・主様は俺に修験の修行をさせないおつもりですか? 獣の傷なんて治してる暇があったら俺は一つでも何かを覚えたい」

「なにも一日中見ていろとは言っておらん。 ・・・そうじゃな・・・気を感じる修行とでも言えば納得するか?」

「気を?」

「獣が傷を負えば気が弱くなる。 その気を感じられるようになれば大したものじゃがな」

「え? 大したもの?」

「そうじゃ」

「そうか・・・俺、まだ気を感じるのが苦手だからな。 大したものか・・・うん、俺やってみようかな・・・」 また主がほくそ笑んだが、風来は心配気だ。

「風狼、お前本当に傷を治してやってくれるのか?」

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みち  ~満ち~  第233回

2015年09月04日 00時19分21秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第233回




----- 時は18世紀 -----



~~~~~~~~~~


(指を弾いてみろ)
 
「え?」 歩が止まる。

(指を弾いてみろ)

「な・・・なんだ?」 当たりをキョロキョロとするが誰もいない。

「気のせいだな」 歩を進めようとするとまた聞こえる。

(早く弾いてみろ)

「くそっ! 誰だ!」 大声を上げて周りを見るが、風に揺れる葉の姿しかない。

(指を弾け)

「いったい、何なんだ・・・」 我が手を見た。

(そうだ、その手で指を弾いてみろ)

「・・・」

(弾け!) 

「弾くってどうやって・・・」 目の前に掌をかざし、次に手の甲を見た。

「こ・・・こうか?」 親指に人差し指を引っ掛けて人差し指を弾いてみた。

先にあった葉がスパッと切れた。

「なっ!?・・・」

(・・・また会おう)


~~~~~~~~~~~



風狼(ふうろう)、風来(ふうらい) 十三歳。


「風来! またここに居たのか。 主様が探しておられたぞ」 

山の中、木々が茂っている急な下り道を抜けると、両横が大きな岩に囲まれた広い砂だけの山の合間。 
正面は木々が茂っているがなだらかな獣道が続いている。

「あ・・・ああ。 こいつがまた怪我をしたみたいなんだ」 屈んでいた風来が振向き、風狼の顔をチラッと見てまた手元に目をやった。 

鹿の足に手をかざしているのだ。

「またこの鹿か・・・」

「滑って岩にでも当たったのかな・・・切り傷もあるけど、びっこを引いてたから打った痛みがあるみたいなんだ」

「風来・・・いい加減にしろよ。 俺達は修行のためにこのお山に来たんだぞ」 腰に手を当て呆れる様に言う。

「・・・分かってるよ」

「分かってない! いつもいつも、すぐに居なくなって探してみれば必ず獣と一緒に居るじゃないか。 俺達の主様だから許して下さっているものの、他の主様ならすぐに匙を投げられているぞ!」

「分かってるよ。 ・・・風狼・・・俺・・・」 話しながらも風狼に背を向け、まだ鹿の足に手をかざしている。

「なんだよ」

「俺・・・今の道をこのまま歩かなくてもいい・・・」 今までより少し声が小さくなった。

「は? いったい何を言い出すんだよ」 今までそんな事を聞いた事がない。

「俺、これからは獣と共に生きていきたい・・・」 更に声が小さくなる。

「風来、自分がなにを言ってるのか分かってるのか? 俺達は人間なんだぞ、獣とは違うんだぞ」 風来よりずっと大きな声だ。 

少し間が空いてさっきより大きめの声で風来が言う。

「風狼の方が分かってない。 獣も人間も同じ生き物だ。 主様の教えにもあるじゃないか」 

「それはそうだけど・・・それとこれとは話が違うだろう。 俺達の目標はそうじゃないじゃないか」

「目標・・・」 鹿が風来の手から離れ、ビッコを引きながら寄り添うように向きを変えた。

「そうだよ。 何の為に主様のところに来たのかよく考えろよ」

「・・・主様の様になりたくて来た」 うな垂れる。 

その様子を首を垂れ、心配そうに見る鹿。

「そうだろ? それを途中で投げ出すのか? 修行が厳しいからイヤになって、獣に逃げているだけじゃないのか? 
愛宕のお山の修行の時には、いつも辛そうな顔してるもんな」 腕を組み嫌味の様に言うが、本心からではなかった。

「そんな事はない!」 立ち上がって風狼を真正面に真っ直ぐに見た。 

鹿が驚いたように一歩下がる。

小声で「驚かしてごめん」 と一言いい、また風狼に背を向け鹿の身体を撫でてやる。

「じゃあ何だよ! 目指していた道を途中で投げ出すほど獣と生きたい理由っていったい何だよ!」 風来に負けないほどの語気の荒さ。

「・・・獣・・・」 風狼に聞こえない程の小さな声。

「なんだよ。 はっきり言えよ」

「・・・獣の傷を癒してやりたいんだ」 鹿の身体を撫でている手を止め、もう一度風狼の目を見た。

「は?」

「まだ完全に治すことはできないけど、それでも治してやりたいんだ」

「獣は野生で生きてるんだぞ! 野性の中で生きてたら怪我なんて当たり前にするじゃないか。 
いちいちそんなことを考えててどうするんだよ。 弱いものは強いものに喰われる。 それだけの事じゃないか!」

「だけど! 主様から癒しの方法も教わったじゃないか!」 更に語気を荒げた風来の声。

鹿が驚いていないかと気になってすぐに見ると、今度はじっとしている。 

その姿を見る風狼が溜息をつく。 

少しの間があった。

その間が冷静にする時間を設ける事が出来たようで、落ち着いて風狼が口を切った。

「ああ、確かに教わったよ。 でもそれは人間に対して教わったんじゃないか。 
それにもっともっとこれからも色んなことを教わらなきゃいけないだろ。 今の俺達はまだまだヒヨッコなんだぞ」

「分かってる。 まだ何も出来ないのは分かってるよ。 主様の様になるにはもっと修行が必要なのもわかってるよ」

「分かってたらちゃんと考えろよ・・・それにだ、その・・・いくら獣の怪我を治したいって言ってもまだ完全に出来ないだろ? 
・・・まぁ、俺もだけど。 あ、俺の事は関係ないけど・・・百歩譲ろう。 百歩譲ったとしても、少なくともそれがしたいのならちゃんと主様に言って癒しの手を習得できるまで修行しろよ」

「獣の怪我は待ってくれない」 心配そうにしている鹿の目を見る。

「風来・・・」

「風狼、こんな考えじゃ駄目か? こんな中途半端なことじゃ何も出来ないと思うか?」

「風来、俺達ずっと一緒に居たじゃないか。 主様に助けられて、そんな主様の様になりたくって、やっと探し当てた主様の居られるこのお山へ来たんじゃないか。 
二人でこのお山をどれだけ探したのか思い出せよ。 やっと探し当てたお山の中の主様は、優しいだけじゃなくて強さもお持ち。 
それに主様の様に呪術も学べるようになりたい、って二人で言ってたじゃないか。 それほど何もかも主様の様になりたかったじゃないか」

「このお山に来なければこれだけ獣と触れあう事もなかった。 言い換えれば、あれだけ探したこのお山だからこそ獣に逢うことができたんだ」

「なに屁理屈いってんだよ!」 その時、風狼の後ろで声がした。

「もうよいぞ」 その声音に慌てて風狼が振り返る。

「こ、これは、主様!」

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みち  ~道~  第232回

2015年09月01日 14時37分15秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第232回



「琴音が営業所から本社に来たときに、人事に知り合いが居たから聞いたの」

「そうなの? 私、結果なんて知らないわよ。 ね、どうだったのか詳しく教えて」

「えー、何百年前の話よ。 詳しく覚えてるわけないじゃない」 

「何百年って・・・妖怪じゃないんだから」 その話を聞いていた暦が

「それってどうなの? 人事が漏らしていいの?」 目を丸くして聞いた。

「いいわけないんだけどね、自分の成績が気になって教えてもらったの。 そのついでに琴音のも聞いたら教えてくれちゃったの。 成績が良かったから教えてくれたんだと思うわよ」 

「でも、その時には私たち知り合いじゃなかったはずよね? どうして私のことを知ってたの?」 文香のとった行動の意味が分からない。

「え? 覚えてないの?」 口にしかけた紙コップ・・・ワインを口から離した。

「なに?」

「入社試験のとき隣同士で、シャーペンの芯をもらったじゃない」

「誰が?」 何のことかと問う。

「私が試験に来る時に鞄を落としちゃって、シャーペンの芯が全部ボキボキに折れちゃったから、隣に座ってる暦に予備がある? って聞いたら・・・」 文香がここまで言うと暦が

「え? 鞄を落としたくらいで芯が折れちゃったの?」

「そうなの。 信じられないでしょ? 机からペンケースを落としても普通折れないじゃない? それなのに鞄の中って他のクッションになるものもあったはずなのに、ペンの芯がボキボキに折れちゃってたの」

「予備の芯も?」

「そう。 全部」 やっとワインを口にした。

「最初っから折れてたとかじゃなくて?」

「試験じゃない? 前の夜に確認をしていたし、鞄を落とした以外何もなかったから、他に考えられないもの」

「へぇー、そうなんだ。 でも、それが切っ掛けで文香さんと琴音が知り合ったのね」

「そう。 あの一件がなかったら、会社の中で見かける人くらいだったんじゃないかしら。 琴音って暗かったし」

「え? 琴音が暗かったの?」

「そうなのよ。 でね、さっきの続きで私が予備の芯ある? って聞いたらありますよって言ってくれたのね」

「そんなことあった?」 琴音が驚いて言うと

「もう! こんな大事な事を覚えてないの? だからその時の恩返しで、営業所から来てずっと寂しそうな顔をしてた琴音に近づいたんじゃない」

「え?」

「でね、近づくにはどんな人か知りたかったから成績を聞いたわけよ」 すると暦が

「成績を聞いてどう判断しようとしたの?」 

「琴音ってホントにずっと沈んだ顔をしてたのね。 でもそれが沈んだ顔なのか、ちょっと感覚の違う人か分からなかったのよ。 
で、判断の一つとして成績を聞いたらちょっとは分かるかなって思ったの。 
だって、誰とも喋らないし、琴音の情報が何もなかったんだもの」

「文香そんな事を考えてくれてたの?」

「恩を仇にして返すような人間じゃありませんからね」

「文香・・・天然なんていってゴメンー」 琴音が文香に抱きついた。 

暦が不思議に思ったように、鞄を落としたくらいで中にあるシャーペンの芯は簡単に折れない。 文香のシャーペンの芯は、折られるようになっていたのだろう。

琴音と文香の縁を繋ぐ為に。 

 
深夜0時を越した。

「あ、もうこんな時間。 帰らなきゃ」 

「明日も仕事? よね。 平日だもんね」

「うん。 でも明日の朝はゆっくりできるから、ちょっと余裕。 あっと・・・ゴミどうする? 持って帰ろうか?」

「タクシーで帰るんでしょ? いいわよ、実家に持って帰るから。 今タクシー呼ぶからね」 キッチンに置いてある電話のほうへ歩いて行った。

「うん、お願い」 それを聞いていた暦が

「私が持って帰るから心配しないで」

「そぉ? じゃ、お願い。 暦さんは今日泊まるのよね。 明日はどうやって帰るの?」

「主人が迎えに来るの」

「わ、主人かぁー。 その言葉、何年言ってないだろう」

「文香、タクシーすぐ来るって」

「あ、それじゃあね。 また会いましょうね」 琴音と暦を見て言うと

「ええ、また会いましょうね。 お仕事頑張ってね」 

「文香、有難う。 またね」 文香を玄関まで見送り、二人で和室に戻ってきたが

「急に寂しくなった感じがするわね」 ポツンと暦が言うと

「騒がしい文香が居なくなったからね」 二人で座る。

「あ、そう言えば文香さんって、文が香るって書くのよね?」

「うん、そうよ。 文字にするとしおらしいでしょ。 名前負けって言うの?」

「やだ、叱られるわよ。 でも・・・」

「何?」

「ほら、琴音も私も名前の一番最後に“日”って書くじゃない?」

「ひ?」

「そう、琴音の“音”の字は 立つの下に日でしょ?」

「あ、暦は 林に日」

「そう。 で、文香さんも」

「ああ、禾に日だわ!」

「面白いわね」

「本当。 この事を文香の居る時に話してたら、また五月蝿かったわよー」

「分かる気がする」 顔を見合わせて笑った。

「ね、どうする? お風呂に入る? 用意しようか?」

「いいわ、一日くらい入らなくても臭ってこないで・・・臭わないでしょ?」 腕をクンクンとする。

「大丈夫よ。 それに臭っても二人なんだから嗅ぎ合おうよ」 

「やだ、止めてよ!」

「嘘に決まってるでしょ」 クスッと笑って 

「どう? 寝る? って、お布団が1組しかないけど」

「うーん、眠いといったら眠いけど、寝るのももったいないかなぁ」

「それじゃあ、ここを片付けて お布団だけ敷いておいて一緒にゴロゴロしようか」

「うん。 修学旅行みたいね。 枕投げする?」 片付け始めながら暦が言うと

「残念ながら枕も一つしかないわよ」 そして二人で布団に横になると、ワインも手伝ってかすぐに眠りに入ってしまった。



翌朝、暦の携帯が鳴り二人とも飛び起きた。

「きゃー、もうこんな時間になってたの!? 絶対に主人からだわ」 暦が携帯に出ると

「うん、うん。 分かった。 それじゃあね」 携帯を切ると

「9時って、こんなに寝坊したのは何年ぶりかしら」

「旦那さん何時に来るって?」

「電気屋さんの都合がつき次第だけど、午前中には来るって」

「そう。 じゃ、朝ごはんはどこかにモーニングに行くのは恐いわね」

「うん。 なんか・・・朝ご飯いらないかな?」

「え? 暦にしては珍しいわね」

「昨日のワインがまだ残ってるみたい」

「ああ、そういうこと? それじゃあ、お味噌汁でも飲めればいいんだろうけど・・・どうしようか?」

「いいわよ、ペットボトルのお茶飲んでいい?」

「うん。 持って来るわね。 それにしてもよく寝たわよねー」

「本当、一度も起きなかったわ」

「大体寝たのが遅かったわよね。 暦はいつももっと早く寝てるんでしょ? はい、お茶」

「有難う。 遅くても11時には寝てるものね。 早かったら9時とかだし」

「暦は朝が早いものね」

「うん。 いつになったらゆっくり寝られるのかしら」

「早寝早起きでいいじゃない。 三文の徳って言うじゃない」

「何の徳もないわよ。 さ、お布団上げて掃除でもする?」

「そうね。 軽く掃除機でいいわよね」

「うん・・・琴音が掃除機をかけた後を私が雑巾掛けするわ。 昨日のドンチャンもあるからね、立つ鳥後を濁さずってね」

「はーい。 暦おばあちゃん」

「それを言うんじゃないってば! 手伝わないわよ!」

「ごめん、ごめん。 じゃ、顔を洗って掃除しようか。 拭き掃除お願いね」 すぐに掃除を始め、区切りがついた時また暦の携帯が鳴った。 

暦が携帯に出るとあと30分で着くという連絡だった。

「旦那さん、ナイスタイミングね。 どっかで見てるんじゃない?」 

「やだ、やめてよー」 

その後、電気屋を引き連れてやって来た暦の旦那。 サッサと電気屋がエアコンを外すと

「それじゃあね、また連絡するわね」 

「うん」 ゴミは旦那が両手に抱えて車に乗せ終わっている。

二人が乗った車を見送って部屋に帰った琴音。 エアコンを外した後の掃除をしてカーテンを外し袋に入れた。

「さ、私も行こうか」 車に荷物を全部積み込み、また部屋に帰ってくると部屋中を歩いて

「ありがとう、ありがとう」 と何度も言った。

そして玄関で靴を履きドアを開けると 振り向き、もう一度「ありがとう」 と言い残し、玄関のドアを閉めた。


マンションの階段を下りて最後にポストを覗いた。

「あら? もう住所変更を出していたのに誰からかしら?」 差出人の名前を見る。

「あら? 理香ちゃんからだわ」

表書きに理香の住所が書かれているがその横に『驚かせたくて内緒にしてました』 と書き添えてあった。

「内緒って?」 ハガキの裏を見てみると

「まぁ、理香ちゃん・・・」 一瞬にして琴音まで幸せな気持ちになった。 

理香が満面の笑みで、熊のように丸い耳のついた可愛らしいベビー服を着せた小さな赤ちゃんを抱っこし、その理香の顔に頬をくっつけている喜びに満ち溢れた桐谷の顔がある。

家族三人の写真。

「可愛らしいベビー服。 ふふ、大きなお腹を隠すために会えないって言ってたのね。 もう、理香ちゃんの大きなお腹も見たかったじゃない」 クスッと笑って

「理香ちゃん、おめでとう。 ママになったのね」 ハガキをじっと見ていたが、そのハガキを大切に鞄に入れマンションを出て空を見た。

「綺麗な青空」 旅立ちの日に似合う青空が広がっていた。

「理香ちゃんがママ・・・。 ママか・・・そうよね、私も一時だけでもワンちゃんたちのママになれるようになりたいな」 一つ大きく息を吸い、続けて大きく息を吐いた。 

そして前を見据えて、大きな一歩を踏み出した。

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