大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第228回

2015年08月18日 15時03分18秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第228回




電話が鳴った。

「あ、社長!」 悠森製作所の社長からの電話だ。

「久しぶり、元気にしてるかい?」

「はい。 会社の方はどうなりましたか?」

「うん。 殆ど片付いたよ。 織倉さんが居なくなってからやっとみんなの腰が上がってね」

「そうですか」

「それでね、落ち着いてきたから ちょっと休憩の意味も込めて、前に言ってた最後の宴会ね、来週の月曜日に決まったんだけどどう?」

「あ・・・すみません。 その日は引越しの日になっていて・・・せっかくご連絡を頂いたのに残念なんですが」

「え? そうなの? 引越しするの?」

「はい。 実家に帰るだけなんですけど」

「ああ、そうなの。 それじゃあご両親も喜んでいらっしゃるだろうね。 前に言ってた友達の紹介の仕事が実家方面なの?」

「はい、実家からすぐの所なんです」

「そうなのか・・・みんな残念がるだろうけど仕方がないね。 それ・・・と」

「はい」

「織倉さん・・・何かあった?」

「え? 何かって・・・思い当たる事はありませんが・・・」

「あ、そうなの? あ、イヤ 気にしないで。 なんて言うかな・・・明るくなったって言うのかな そんな気がしたから何か良い事でもあったのかなと思ってね。 それじゃあ、元気でいるんだよ」

「はい。 有難う御座います。 社長もお元気で、皆さんに宜しくお伝えください」 電話を切った。

「私って明るくなったのかしら。 でも確かに動物のことが少しずつ分かってきた気がして嬉しい事は確かだけど。 
あー、それにしても残念だわ。 結局みんなはこれからどうするのかしら。 
そんなお話も聞きたかったのにぃ! もう、お母さんのせいなんだから!」 ブツブツと言いながらも引越しの準備を始めだした。 

琴音にしてみれば 8月中に引越しをしたかったのだが、母親が縁起が悪いと猛反対をしたのだ。



9月 引越し当日。

朝早く引越し業者がやってきて荷物を次々と運び出した。 トラックに載せ終わると

「それでは 向こうには他の者がいますから宜しくお願いします」 行き先は実家ではなく正道の元だ。 

捨てるにはもったいないが、実家に電化製品や棚を持って帰っても邪魔になるだけ。 そんな話を正道にしていると

「それでは戴けませんか?」 

「え?」 思いも寄らぬ言葉に琴音は驚いたが

「ここで使わせてもらいたいのですが 駄目ですかな?」 

「新しく建ったところに私が使っていた物なんて入れてもいいんですか?」

「寝泊りもする所です。 色んな電化製品があると助かります。 それと・・・『なんて』 という言い方は止めましょうな。 
琴音さんは・・・全ての生き物は『なんて』 という生き物ではありませんし、その琴音さんが使っていた製品が『なんて』 という物でもありません。 それに製品に失礼ですよ」

「あ・・・そうでした。 まだまだ言葉が身につきません」

「ははは、謙遜の中で暮らしているとそうなりますがな」

「それでは使っていただけますか?」

「助かります。 有難う御座います」 そんな会話があったのだ。

服や本、CD等は正道の元に行く度に実家へ持って帰っていた。 実家で必要なものは全て小さな物ばかり。 琴音の車に充分乗る。

空っぽになった部屋。 残っているのは和室のエアコンとカーテン。 あと2日マンションで寝るための布団と身の周りの小物、そして最後にもう一度掃除をするための掃除機と雑巾くらいだ。 

部屋を見回した。 

「はー、今までが終わった・・・」 キッチンから和室に入った。 

「この何年、ここに居たのかしら。 ・・・そう言えばその間、私は何をしてきたのかしら。 結局何も身についてないじゃない。 何も残ってないじゃない。 
更紗さんと会うまで無駄な人生だったのかしら。 ・・・うううん、そんな事はないわよね。 楽しかった日もあったわ・・・嫌な事もあった。 
・・・課長の事すっかり忘れていたわ・・・」 レースのカーテン越しの窓の外をじっと見た。

「毎日を大切に生きなきゃ。 ・・・それに文香と会えたのもここに居たからよね。 無駄な事なんてなかったわよね・・・」 暫し、部屋の中をじっと見ていた。

「さ、掃除しなきゃ」 重い腰を上げ掃除を始めた。

念入りに拭き掃除を終えると もう夕方になっていた。

「わぁ、もうこんな時間。 明日は暦が来るからサッサとお風呂に入って寝よう」 風呂の湯を入れて湯船に浸かると

「明日はきっと入らないだろうから このお風呂も今日が最後ね」 風呂場をずっと見渡して目を閉じた。 

すると何かが見えた。

(なに?) モノトーンの世界。 

そしてそれはゆっくりと右端から中央へ姿を現してきた。

(なに?) じっと見る。

(碇? どうして碇が? ペンダントトップなのかしら? でも碇のペンダントなんて持ってないわ) 琴音にしてみれば小さく感じたようだ。

琴音の見える中心で碇が止まった。 すると今度はゆっくりと左右に揺れながら下におりていく。

(何が言いたいの?) じっと見ていると微かに波紋が見えた。

(波紋? 水の中に入ったの? ペンダントトップを水の中に落とした? それともペンダントトップじゃなくて本物の碇?) そして碇はそのまま下へ沈んでいき目の前はただの暗闇となった。

目を開けた琴音は大きく息をして

「何だったのかしら・・・碇が水の中に落ちた・・・沈んでいった・・・」 考えるが分からない。

「本物の碇なんて私には関係ないから、きっとペンダントトップよね。 そのうちに碇のペンダントを買って それを水の中に落とさないように注意しなさいっていう事かしら?」 残念ながら全然違うよ。

「それとも誰かがプレゼントしてくれるとか?」 誰がくれるって言うんだい。 

仕方ないな。 教えてあげようか? 

そこに碇を下ろしなさいという事だよ。 やっと碇の下ろせる所へきたんだよ。 正道の元に。 

そしてよく考えてごらん。 怒らなかったかい? 怒りの念が発する大きさはこの上ないんだよ。 正道からも教えられているだろう? 
その怒り(碇)を静め(沈め)なさいという事でもあるんだよ。

「とにかく・・・寝て待て方式でいこうっと」 それじゃ駄目じゃないか。 気づけるようになるのはいつの事だろうね。

風呂から上がると 実家から持って帰ってきたパジャマを着て何気なく洗面所の鏡に映した。

「あーあ、実家に帰るとあのピンクを着なきゃいけないのよねぇ、クマさんの柄の。 これはピンクじゃないけどオレンジのワンちゃんの柄だし、いったいお母さんって・・・えっ?!」 やっとパジャマに気付いた。

「うそ?」 鏡に映ったパジャマから 琴音が着ているパジャマに目を移し、よく見てまた鏡に目を移した。

「今まで全然気付かなかったわ・・・」 パジャマの犬は胸元に三匹が並んで描かれていた。 

鏡に映った犬を見ながら

「ヨークシャテリアとトイプードルが両端に・・・真ん中にその両方が混ざったワンちゃん・・・ヨープーよねきっと・・・トイちゃんといつか暮らすって、ここに描かれていたの?」 そうだよ。 毎晩着ていたのに気付くのが遅いよ。 

「はぁー、まだまだ何にも気付けてないってことね」 

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