大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

『在る』

2012年02月08日 21時58分10秒 | 日記
小節目次(リンク)は カテゴリよりお入りください。




この記事は昨日書き始めましたが 上手く言葉にするには難しすぎて 考えているうちに深夜になってしまい 何度も読み返していくうちに この文章で通じるのかどうか不安になり 一日置いて読み返してからアップしようと思い 一日ずれていますが

「今日」 と言うのは「昨日」 のことです。

本当は昨日のタイミングでアップしたかったのですが 

もしかしたらタイミング的に 遅かったかもしれません。




                                 




先日から『在る』 このことが気になっておりまして アップしなくてはという思いがありました。

『事は在る』 という事です。


分かりやすく言うと 今、目の前に起きていることに 自分がどんな判断をしようが どんな感情を持とうが その事はただ『在る』 だけで その事は何も変わらない という事です。


人の数だけ『在る』 ことに対しての見方が違うでしょうが 『在る』 その事には なんらかわりがありません。




例えば 小さな女の子が下を向いて しゃがんでいることが 目の前に『在る』。



女の子を後ろから見た人は 泣いているように見えたりします。 他の見え方も出来ます。


前から見た人は 蟻に話しかけているようにも見えます。 こちらでも他の見え方も出来ます。



女の子を見た人がどんな見え方をしようが ただそこには しゃがんでいる女の子が居るだけです。

そのことが『在る』 だけです。



女の子が泣いていると思って 走って行き 慰めてあげようと「どうしたの?」 と話しかけ その声に顔をあげた女の子は もしかしたら 蟻とお話をしていて 嬉しそうな満面の笑みを返してくるかもしれません。


逆に 蟻とお話をしていると思い 女の子とすれ違いざま「嬉しいね、楽しね」 と声をかけると 顔をあげた女の子は 迷子になったと泣いているかもしれません。



声をかけた人が 最初その女の子を見て どう考え判断しどんな感情を持ち 

女の子に声をかけた後も どう考えたとしても その判断や感情は 『在った』 ことを変えられないのです。


そのことは 『在った』 だけなのです。




言いたいことの 遠回しな説明になってしまいましたが



5年前、10年前 貴方は貴方にとって 大きな事で悩んでいませんでしたか?

夜も眠れないほど・・・。


1年前 人ごみの中でみんながもみくちゃになっている時 「どけ!」 と言われ挙句に押された。

とても腹立たしく思ったり 嫌な気持ちになったというような 経験はないでしょうか。


1年前も5年前も10年前も その事が在っただけなのです。

貴方がどう考え、どう判断してどんな感情を持っても その事が在っただけなのです。



在った事は 在っただけです。



ただ、在った事に いつまでも負の気持ちをもって 心を痛める、憤りを感じる そんなことは捨てませんか?


勿論、仕事上や人間関係などでの 失敗はキチンと出来うる限りの誠意をもって 謝罪をし、修正をしなければいけませんし 同じことを繰り返さないためにも 必要以上に捨てるという事は考え物です。


仕事の失敗をしたり 人を傷つけても「在る事は在っただけ」 と責任逃避は いただけません。



よく考えてみてください。


5年前、10年前に 夜も眠れないほど悩んだ事柄です。 キレイサッパリ解決が出来た事ならまだしも 解決の出来ていない事だったら この5年、10年ずっと心に抱えて 沈んだ毎日でしたか?


もし、貴方がまだ 「10年前の事でまだ悩んでいるんだ」 そうなのならば 考えてみてください。

10年以上前のことを


幼稚園や小学生の時に 悩んだこと、怒ったこと、泣いたことを 全て覚えていますか?


「考えの浅かった 子供の頃と一緒には出来ない」 と思われますか?


でもその時は腹の底から 悩んだり怒ったり泣いたりしたはずです。


でも時が経つと忘れてしまうことが大半です。




仮に 貴方が30歳だとします。 20年前の10歳、小学校4年生頃でしょうか その頃に腹立たしかった事、悲しかった事きっとあったと思います。

そしてそのことに対して 精一杯怒ったり悲しんだりした事でしょう。

その頃を 浅い考えの子供の頃と 考えるのなら

 
今の30歳の貴方の20年後、50歳の貴方は 30歳の今の貴方の悩みに こう考えないでしょうか

あの頃は若かった。 まだ何も分からない青二才だった・・・と。



70歳の人を見て 90歳のお爺さんお婆さんは「まだまだ何も分かっていない子供」 と仰います。
 



貴方の悩んでいることが 仕事のように これから解決へ向ける為の 必要のある責任であるのならば 考える事が必要な事かもしれません。 


でもそうでないのならば その悩みを手放しませんか?



『在る』 という事に何ら変わりがありませんが でもそのことに


嬉しい楽しいと感じたことなら 周りに居る方に笑顔を向けられます。

貴方の笑顔を見て また周りの方が笑顔になります。 貴方の笑顔で人が幸せになれるのです。



女性に多いと思いますが 無垢な赤ちゃんの笑顔を見ていると 無条件に笑顔になるという事があります。

その他にも無条件に笑顔になれることが沢山あると思います。


その沢山のひとつに 貴方の笑顔もあります。



悩みあぐねく様なことなら 手放しませんか?





実は このことを考え出してから 


今日、道路を歩いていると 車に長いクラクションを鳴らされました。 注意を促すクラクションではありませんでした。

私も車の運転をするので 車の大きさと必要な道幅の関係は分かります。 

道幅を考えても クラクションを鳴らす必要なく 充分車の通る事のできる道です。

私が目障りだったのかもしれません。


その時に思い出したのですが


何年前か忘れましたが少なくとも 8年は経っていると思います。

車を運転していて まっすぐな広い道路に右折で入ろうとしたとき ずっと遠くの左の方に車は見えましたが 私が右折をしてもなんの邪魔にもならないほど 距離がありました。

私はそのまま右折をして広い道路に入ったのですが その後、左に見えていた車が私の後ろについて 車同士が分かれるまで ずっとクラクションを鳴らし続けられました。

2車線だったかどうか覚えていないのですが 対向車もなく 私の車とその車だけでした。 

私のスピードが遅いのであれば 2車線でなかったとしても 広い道路、抜けばいいことと 私が車を左へ寄せても ずっと後ろについて 抜かす様子もありません。



その事があってからは 未だにクラクション恐怖症みたいになってしまっているのですが
(書いていて思い出したのですが このことがキッカケで恐怖症になっていたことは すっかり忘れていました。 ただクラクションが怖いとしか 思っていませんでした。)



でも反対に それと同時に 鳴らされた事への 苛立ち、怒りなども覚え 数日間その感情は抜けませんでした。


あれほど苛立ち、怒った事なのに 今日まで忘れていました。



もし『在る』 という事を考えられなかったら 今日も何年か前の苛立ちや怒りを感じていたかもしれません。


クラクションが鳴った。 それが在った。 ただそれだけです。 とても楽ですよ。


とは言っても 私もまだまだ 簡単に思うことが出来ないので 「今クラクションが鳴った それが『在った』 ただそれだけ、ただそれだけ・・・」 と何度も自分に言い聞かせるようにしていました。




今日このことがあったのは 私に『在る』という事を再認識するために このことが経験として必要だった事もあるでしょう。


でも違う所で このブログを見て下さっている どなたかに『在る』 という事を伝える切っ掛けだったのかもしれないと感じ

こうして『貴方』 と言う文字をつかってアップしました。



上手く説明が出来ていませんが

貴方にはその悩みの中から 少しでも早く出て欲しいのです。 どうかその悩みを手放してください。



貴方も私も 一日1回、「ありがとう」 と笑顔で言える毎日を送りたいですね。

貴方も私も 眉間の皺をとりましょう。



そして貴方に感謝を申し上げます。

書いていて気付きました。


その時のことを思い浮かべながら書いていたのですが 自分を省みた時に クラクションへの恐怖がなくなってきていたようなのです。

クラクションという 重い呪縛から解かれたようです。 とても清々しい気持ちです。 と言ってもその呪縛を作ったのは私自身なのですが・・・。


でも 私にとってはとても大きなことです。 そのことに気付かして頂いて「ありがとう」





必要でない方には 目を通して頂いたのに 申し訳ありません。

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有難う御座います

2011年10月05日 23時46分24秒 | 日記
アップが無いにもかかわらず 毎日見てくださる方々が居て下さり


唯、唯 この言葉しか出てきません。




有難う御座います。






少し前まで 下書きをしていたのですけど 少々、長編になりそうなので 見てくださる方々に少しでも早く次を・・・と考えて

短編のつもりで 違うものの下書きをし始めたのですが それがどうしても 短編にならなくて 今、四苦八苦しております。


もう少し書き進めてから フライングの形になりますが アップできればと思っています。




先日、10月3日か4日だったでしょうか 空を見上げると 何とも言えない雲がありました。

西の空から北東と東に向かっている沢山の素晴らしい雲を見ることが出来ました。

俗に言う 龍神雲かもしれません。
 


秋という季節。


日本ならではの四季。



贅沢な時間を頂きました。

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ご無沙汰をしております

2011年09月11日 15時10分40秒 | 日記
ご無沙汰をしております。

今、小説の下書きをしておりますが なかなか前に進んでおりません。

気持ちは次へ次へとなのですが 言葉がついてこない状態です。

言葉の難しさを再び痛感しております。






先日、よく理解しないまま ヨガのようなものでもするのかな? とある所へ行きました。


結果、ヒーリングか前世療法(そんなに仰々しいものではありませんでしたが) と言ってよいのか分かりませんが そういう場でした。



終わってからは


ある方は「生まれ変われたよう」

ある方は「後ろの方々が 喜んでいらしゃった」



そんな風に仰っていたのですが



私の表層意識としては 全くヒーリングも前世療法も(決して直接的にそういうものではないのですが 言葉の便宜上こう書きました) 出来なかったという感じなのですが いったい何がどうなったのか


その場に居られた方々とお話をすると お話されたこと一つ一つに 涙が出て止まりませんでした。

いったいどうして涙が出るのだろう。

全くもって 分かりません。





ただ、心の中に どうして涙が出たのかという 疑問のモヤモヤが残ると同時に相対して スッキリしたものがあります。




人間の心は不思議なものですね。







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書き終えて

2011年08月25日 16時50分56秒 | 日記
昨日 『僕と僕の母様』 の最終回を迎えました。



アップしたあとに読み返してみると あんなに何度も読み返したのに 「ああ、言葉が足りなかった」 「説明不足だった」 等と反省ばかりでした。

そのような中での最終回・・・。


155回ものお付き合いを頂きまして有難う御座いました。




最終回近くの1週間 gooブログの方から自動的に 有料でのアクセス解析体験がありました。

私は無料版なので アクセスは1週間前から各日毎の 閲覧数、訪問者数、ランキング を見ることしか出来ません。


アクセス解析体験で知ったのですが 

今、一桁の回を見て下さっている方がいらっしゃる。

携帯電話からも見て下さっている方がいらっしゃる。



素人のつたない小説を 読んで下さっている事に 改めて感謝の念が沸きました。



携帯電話で見て下さっているとは 思いもしなかったので とても気になりまして いったいどんな風に 表示されているのだろうかと 私も携帯で見てみました。

すると 最初の目次だけで 何度も何度も進めていかなくてはならなく 単に読もうとするだけで PCのようにスクロールするだけで終わらず 携帯電話で見て下さっている方には 大変お手を煩わせてしまっているようです。



初めての小説なのに ピッチを上げすぎたようで 今は少々お休みが欲しくなってきています。

書きたい内容のものはまだありますが 暫くは 小説をお休みしたいと思います。

また 日記の形で 時々アップさせて頂くかと思います。


もう一度     長い回数をお付き合い下さり 本当に有難う御座いました。


  *****************************************


最後になりますが


こちらで → ココをクリック   締切りましたのでリンクを外しました。

ペットに関する 法改正 の呼びかけがあります。 明後日27日が締め切りのようです。


リンク先には 保護犬 「いろは君」 の細かいことが連日書かれています。


繁殖犬はその用が終わると 『用済み』 と。

生まれてきた仔の身体の具合が悪いと 『用無し』 と。

どちらも行く先は 管理センターです。 そこで死を待つのです。

センターから救われた「いろは君」 も繁殖犬だったと思われるようですが その姿は とても輝ける命とは思えず フィラリアにもかかっていたようです。 変わった鳴き方をするようですが 声帯は切られていないようです。 ですが犬歯の先が切断されていたようです。

『用済み』 とされる前の生活が 容易に想像がつきます。


何度もリンク先に飛んで頂かなくてはなりませんが 実態の一例であります 「いろは君」 の様子を一度見て頂き この他にもまだまだ表立っていない 実態があることを分かって頂き ご賛同して頂けるようでしたら パブリックコメントのお願いを申し上げます。




こんな言葉は使いたくないのですが

『用済み』 『用無し』 と言われる命など無いのです。

皆同じ 素晴らしい命なのです。


こんなことが一日も早くなくなることを祈って止みません。



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京都 祇園祭

2011年07月17日 15時14分29秒 | 日記
今日、7月17日 京都で祇園祭が行われます。


私も昨日まで知らなかったのですが 祇園祭の鉾(山) に瀬織津姫様がいらっしゃる と言う事を教えて頂きました。


祇園祭までは鉾(山) にはお乗りにならないで 祇園祭当日に 鉾(山) にお乗りになるらしいのです。



姫様がお乗りになる 鉾(山)









宵山ではまだお乗りにならないので 宵山まではゆっくりとお姿を拝見することが出来ます。


お面を被られています。







時の権力者に消そうとされかけたお名前もきちんと残っています。







また お小さい姫様もいらっしゃいます。









先にも書きましたが 昨日このことを知り 京都と瀬織津姫様の繋がり、関係と申しますか お勉強をしていきたいと思う材料が出来ました。



姫様のお写真をもっと大きくしたかったのですが 日頃お写真を載せることがないのでやり方が分からなく アレコレしてやっとここまで辿り着けたほどです。



瀬織津姫様だけではありません。

歴史上、時の権力者、勝者によって そのお名前を消そうとされた 神々様が沢山居られます。

私に出来ることは 少しでも私の知る範囲で 神々様のお名前を皆様に知って頂きたく 今こうして書いております。



ただただ、お名前を知って頂きたいのです。




お名前だけでは記憶に残りずらいのではないかと思い ほんの少し瀬織津姫様のことを 書きます。


瀬織津姫様は 祓戸(はらえど) の神の 一柱でいらっしゃいます。

また瀧や川の神様として 知られています。


神話などでもお名前を残されず 祭られていてもお名前を変えられていたりと ほとんどお名前を見ることがありませんが 大祓祝詞にはお名前が出てきています。








『分かってほしい』 


人は知らずの内に 自分のことを『分かってほしい』 と思っています。

「そんなことは無い。 何も他人様に自分のことを分かってほしいなんて思っていない」 そう思われる方もらっしゃるかもしれません。

でもでも、良く考えてみてください。 

ご自分を理解して欲しいと 何処かで誰かに思っている心があると思います。

その誰かが 沢山でなくても 例え一人にでも。



誰かと対立をするのも 自分の持っている考えなどを相手に分かって欲しくて それが相手に受け入れられなくて、伝わらなくて、誤解が生じて 喧嘩が始まったり 大きくなってしまえば 戦争になってしまったりするのではないでしょうか。




この事を見てくださっている方に分かって頂きたくて 昨日からPCに書いては消しという作業をいたしましたが なかなか伝えようとする上手な言葉が見つかりませんでした。


今も上手な言葉が見つからないのですが 伝わりますでしょうか?





お名前を消された 又は 消そうとされた、お名前を変えられた神々様も 『分かってほしい 皆の為に・・・』 というお心をお持ちなのだと思うのです。


そのお手伝いを少しでも と思い こうして今日 瀬織津姫様の お名前だけでもと つたないですけれど アップいたしました。 

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一二三

2011年07月10日 01時05分03秒 | 日記
もう今年に入って 半分が過ぎました。

7月7日の七夕様も終わり 翌8日 『僕と僕の母様』 は 第123回を迎えることが出来ました。

『123』 は 『ひゃくにじゅうさん』 と読みますが 数字の読み方、数え方として 『ひふみ』 とも読めます。

私の自己紹介のところに書いております 『一二三祝詞』 は 『ひふみのりと』 と読みます。

この祝詞は 是もあり非もありなのですが 私としては是と感じ、また思い 唱えさせて頂いております。

その祝詞の 『ひふみ・・・一二三・・・123』 とても嬉しく感じ そして この日は偶然にもアップしようと投稿ボタンを押す前に 現在時間をセットしようと 時計を見ると 1時23分でした。

慌てて 時間セットをしてみると 13時23分になってしまい 123と続けて出せないことに少々落胆してしまいました。 

その後、ムキになる必要は何もないと気付き もう一度現在時間をセットして投稿し 13時29分14秒 何の意味も感じませんね。 ただ何もムキになる必要はないのだと 教えて頂いたようです。



1年か2年位前になる夢なのですが

眠りの時に見る夢です。


その夢で 私は学校の教室にいました。

その時の私の姿を覚えていないので 何歳頃かは分かりませんが 一番前の席です。 夢の画面的には 教室全体を見ているのではなく 私の席のほんの近くの周りだけの画面です。

でも教室には 私一人だけしかいなかったように思えます。

何か数字がいっぱい書かれた テストのようなものをしていました。  

私の前には 先生らしき人がいました。


そのテストらしきものを解こうとしても なかなか解くのが難しかったようです。

その後はうる覚えで 書きたくても書けないのですが 

最終的に その先生か、天の声かは分かりませんが 

「これで分かったか 数字には全て意味があるのだぞ」 という声を耳にしたのを覚えているのです。



数字の意味。

とても難しいです。

深田剛さんの 『数霊(かずたま)』 関係の本を 読んでいるのですが 私のような数字苦手人間には とても数字的なことは 考えるのが難しいです。


数字の意味にご興味のある方は 一度、お時間が有るときに 深田剛さんの本を読んでみてください。 シリーズ化されているので 途中からではなく最初からが読みやすいと思います。

私も偶然に図書館で借りて 読んだのですが 予約から私の手元に届いたのが 1,2,3 の順ではなく 3,2,1の順でしたので 最後の1を読んでようやく全てが分かったというものでした。 (1,2,3 と表記されているわけではありません。 あくまでもシリーズの順番のことを言っております) その後の本は購入しています。

とても面白く 楽しい本です。

ただ、数字の解明をされる時には 私のような人間には 難しいというだけです。





ここに 一二三祝詞を 載せておきます






ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆいつわぬ そおたはくめか うおえ にさりへて のます あせえほれけ(ん)






また 数え歌は





ひと ふた みい よ いつ むゆ なな や ここの たり






昔の方は 素晴らしいですね。 情緒があります。


一二三祝詞でお分かりになられたでしょうか?


最後の 

のます あせえ ほれけ(ん)

までは

三・五・七 でまとめられています。


今に伝わる 子供さんのお祝いの 七・五・三 と数字的に同じですね。



祝詞の神様といわれている 天児屋根命様(あめのこやねのみこと)<漢字の使い方は他に色々とあります> 

春日神社の 一柱です。 中臣家の祖神とされいいます。(藤原鎌足→中臣鎌足)

天照大神が天岩戸に隠れてしまった時に 祝詞を読んだ神とされています。 


この神が 確か日本神話に出てきていると思うのですが 他に 「ホツマ伝え」<表記は色々とあります> にも書かれていて 日本の良き事を伝えられています。 

ただ、「ホツマ伝え」 にも是非があります。

私は日本書紀も古事記も読んだことがないので また聞きなのですが 日本神話でしたでしょうか 七・五調 でかかれていると聞いたことがあります。




『温故知新』 

現代は もっと古き良きことを 知らねばならないと感じます。





最後になりましたが

『僕と僕の母様 第123回』 を書かせていただき アップさせていただけたのは 皆様のお陰でございます。

いつも見に来て下さって 本当にありがとうございます。

とてもとても 励みになり嬉しく思っております。 




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歴史を知る

2011年07月03日 02時07分13秒 | 日記
金曜日の夜、宮崎駿監督の 『もののけ姫』 の映画が放送されていました。 

宮崎駿監督の作品は 『風の谷のナウシカ』 や 『トトロ』 等が好きで 『もののけ姫』 も今までにも何度か見たことはあったのですが 少し残酷といいますか そんな場面があったので この作品には敬遠する所もありました。

今回も何気なく見ていると 『たたら場』 と言う言葉が耳に入りました。


今まで見ていたときには その言葉を知らなくて 耳に残らなかったのですが

皆さんはご存知なのでしょうか?


『たたら』 を・・・。


宮崎駿監督の作品は 訴えるものが多いいので 知識がないと 今回の私のように 埋め込まれたキーワードに 気付かない事があるようです。


『たたら』 と言うのは 『製鉄』 や 今では 『製鉄場』 を意味しているようです。

『もののけ姫』 でも製鉄場を指していました。



でも 私の浅はかな知識では 『たたら』 と言うのは 直接製鉄や製鉄場を意味するのではなく 『タタラ族』 なのです。

製鉄に知識のある一族なのです。


たしか イスラエルから大陸を経て 日本にやってきたと記憶しています。


ですから日本の地名に 『たたら』 とあるところには きっと昔、タタラ族が住んでいたんでしょうね。

『たたら』 は 多々良、タタラ 等と色んな文字で表されていますが その土地にお住まいの方が いらっしゃいましたら ちょっと歴史に触れてみて ご自分の住んでいるその土地に 昔どんな方が住まれていたのか知ることも 面白いかもしれません。

またそう考えると 最近は土地の名前を変えるといったことが 時々聞かれますが、便利なことがあって そう言われるのでしょうが 歴史の糸を失いそうで 寂しいですね。  





イスラエルと日本。

共通する所が沢山あるのは こういう歴史があってのことなのでしょう。





例えば 


何年か前のテレビ番組なのですが、天狗が持っている 虎の巻。

天狗は鼻が特徴ですね。 イスラエル人とよく似ています。

イスラエル人は天狗が被っているような兜巾(ときん)のような箱も被ります。 それが特別なときだったのかどうかは記憶に無いのですが。

そして 「トーラー」 といわれる巻物を持っているそうなのです。

「トーラーの巻物」= 「虎の巻」



日本の神道の服装ですが 袖に小さな房がついていますが イスラエル人の祭祀の時の服装にも房が付いていた様なのです。

そういう服装は イスラエルと日本だけのようです。



京都 天橋立にある 元伊勢・籠神社(このじんじゃ)の奥宮 真名井神社(まないじんじゃ) ですが 以前は入り口の碑に六芒星が彫られていたのですが 今は消されて三つ巴紋になっています。

一説に 一宮である籠神社の奥宮が イスラエル(ダビデの星)と関係が有るのは 好ましくないということで 消されたと言われています。




こうして歴史を考えてみると 御幣がありますが とっても面白いですね。

自分の歴史を知るようです。



他に 『恵比寿様』 がいらっしゃいますね。

『恵比寿様』 も イスラエルのエブス族 ではないかとも言われているようです。



もっと詳しく書きたいのですが 今頭の中で 『タタラ族』 と 『エブス族』 が混ぜ合わさってしまって はっきりしたことを書く自身がないので これまでにしておきます。





話が大分逸れてしまいましたが 

宮崎駿監督の作品には 歴史の良さを もっと考えるように 今の、現代の正すべき所を もっと正すように。

そういう願いが込められているように感じます。

そのためにも 歴史を知らなければ 良さも分からず、 現代だけしか知らなければ 正すべき所を知ることが出来ない。

大変なメッセージが込められていると思います。



最後に


『もののけ姫』 に出てくる 『木霊(こだま)』 ですが

宮崎駿監督は わざわざ 屋久島まで見に行かれたと聞いたことがあります。


木霊は見える人にしか見えないとか 心の綺麗な人にしか現れないと聞きます。


きっと 宮崎駿監督は心の美しい方なんでしょうね。



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気付き

2011年05月29日 00時35分37秒 | 日記
毎日が当たり前に来ているんじゃない。 

そう思うと ほんの小さな事にでも気付くって 大切なことだと思うのですが。



私たちの一日の中は 何気なくあって何気なく終わるものではないと思います。


よく時候の挨拶などで 「寒くなってきましたが 皆さんお元気ですか?」 と聞かれると 「お陰様で 皆元気にしております。」 等と言うお返事をいたしますが この 「お陰様」 というのは どなた様かご存知でしたでしょうか?

あえて考えたことは無かったのですが そう聞かれると 私はてっきり 「貴方様」 とどこか知らずに考えていたようなのです。

時候のご挨拶をして下さっている 「貴方様」 のお陰で皆元気にしております。 と思っていました。

言ってみれば 社交辞令のように考えていました。



それが以前、そうでないことを聞きました。 

あくまでも 人それぞれ考え方はあると思います。 それを否定することではありません。



「お陰様」 というのは 陰から見守って下さっている方々のことだそうです。

分かりやすく言えば この世に肉体を持たない方々。 私たちを陰から見守って支えて下さったり、導いたりとして下さっているらしいのです。

何も見返りを求めない 「お陰様」 です。




その 「お陰様」 は一生懸命に私たちに危険を知らせて下さったり、一人じゃないよここにずっと一緒に居るよ悲しまなくていいんだよ、何を不安に思っているの暖かく包んでいるよ 

そんなメッセージを 一日中私たちに送ってきて下さってもいるようです。

本来なら 強く 「一日中メッセージを送って下さっているのです」 と書きたいのですが 俗に言う そういう能力とでも言いましょうか、そういうものがあるわけではないので 又聞きの言葉でしか書けません。



実は前回 「私は不安を手放せない」 ということを書きましたが

ずっと一年くらい不安に思っていることがあったのですが ほんの少しのことで 解決が出切る事は分かっていたのです。

ですが その解決をする勇気が無く、また恐怖でもありました。

一年は苦しいです。

そんな時、不安の日記を書く少し前でしたが 一日中長い間 同じ椅子に座っていなくてはならないことがありました。贅沢な椅子でしたので疲れるということはありません。 

最初は何も気付かなかったのですが 一日も終わろうかとするくらいに ふと頭をもたげていた 背もたれの頭の所にある ヘッドカバーというのでしょうか 横を向いたときにそれが目に入ったのです。

二色が交互に椅子の頭の所に掛けてあったのですが その色が このブログのサイドバーにある 折り鶴の色と全く同じだったのです。

座っている間は 何をすることもなく ただ、ボーっとしているだけだったのですが 何も考えなくていいということは 言い換えればその時気になっていることが 頭に浮かんできてしまう時間でもあります。

ずっと 手放せない不安ばかりを考えていました。

でも 何処を見渡しても交互にその色があるのです。

もしかしたら 「不安に思う必要は無い」 と教えて下さっているのだろうか。

少しでもメッセージに気付きやすいように 私に一番分かりやすい色で示して下さっているんだろうか。 ふとそんな考えが浮かびました。

二日後くらいに 勇気を振り絞り、恐怖を横に置き 解決の道を選びました。

するとどうでしょう 私自身の不安の気持ちもそうですが 何より不安に思っていた事柄が 風に飛ばされる葉のように 軽く簡単に飛んで行ったのです。
  


もし 「お陰様」 からのメッセージだったとしたならば 本当に有難いことでした。

それに もしかして 「お陰様」 はもっと前からメッセージを送って来て下さっていたのかも知れません。

私がそれに全然気付かなかったのかもしれません。

「お陰様」 はこれでもか、これでもか と手を変え品を変えして下さって やっと色で私が気付いたのでしょう。

長い間 お手を取らせてしまったようです。



私たちの一日中には こうして当たり前でなく 「お陰様」 や また肉体を持っている方々、その他からの 色んなメッセージが当たり一面散りばめられているのかもしれません。

色んな事を当たり前と思わず 一つ一つに目を向け 色んな事に気付ければと思います。

そうすれば 感謝の気持ちも増していき 怒りや不安などは不必要なものであると心から思え 手放すことが出来るかもしれません。


それに 肉体を持っているのは他人様だけではありません。 自分自身もそうです。

自分の肉体からのメッセージも沢山あるんでしょうね。



目があるから花が見られる。

耳があるから小鳥のさえずりが聞ける。

足があるから走ることが出来る。

この身体があるからメッセージを受けることが出来る。


空気があるから息が出来る。

水の恵み。

日の恵み。



数え切れないほどの 感謝だらけです。




今日も思いのままに書いてしまって 言いたいことが伝えられましたでしょうか?

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想像から創造へ

2011年05月22日 00時24分37秒 | 日記
私の勘違いかもしれません 理解の仕方が間違っているのかもしれません。

それをご理解の上 お読み下さい。





前回の日記の続きのようになってしまいますが




私は 不安と恐怖 というものがどうしても捨てきれずにいます。

怒りと同じく 不必要である物とは分かっているのですが 持っていたくないと思っているのに 捨てきれないのです。 



不安になっても 目の前にあることは何も変わらないのに。

恐怖心においても然り。



ある方向から見ると 自分が自分自身に直接影響を与えることは出来るわけではないのに。

自分が影響を与えられるのは 他人様に対して出来ること。

そしてその他人様が 自分に影響を与えて下さる。

それなのに 不安や恐怖を感じていても 今の状況が何も変わる事は無いのに。 ただ在ることが在るだけなのに。



私はこんなことが不安で夜も眠れない。 そう知り合いに相談して慰めてもらっても 不安は拭えない、目の前のことも変わらない。

頭では分かっているのですが。






『類は友を呼ぶ』 この言葉が不思議でなりませんでした。



同じ趣味を持った仲間と集まったりなどすれば 共通点は見つかってくるでしょうし 何よりも同じ趣味というところで既に 「類」 と考えても遠くない話だと思います。


しかし選ぶことの出来ない集まりなどはそうでないと思います。

例えば 流されるままに入った会社、ご近所様、地域の元で入った小・中学校という具合に。



私の周りには 誰にでもさりげなく気を使うことが出来る心をお持ちの方もいらっしゃいますし その一瞬に生きている方もいらっしゃいます そうかと思えば 何かあるとすぐに落ち込んだりする方も 極端にポジティブ、ネガティブを日頃から実践する方もいらっしゃいます。

良い悪いではなく どうしても私も含め同じ類の人間と思えなかったのです。


私はこんなに気を使うことは出来ない 不安だらけの私が一瞬に生きるなんて出来はしない。

何度考えても 同じではない。 全く同じではないにしても 少しは似たところがあるだろうかと探してみても全く見当たりません。





『類は友を呼ぶ』 ふとこの言葉の意味を数年前から考え出し その内に毎日というほど考えてしまっていました。



それがある日 特に何を考えていた訳ではなかったのに 突然腑に落ちたのです。

その説明をしようにも 「腑に落ちる」 ということは 理屈ではない所で起きたこと。 言葉で言い表せないのです。



それでも長い間考え込んでしまっていたことが解決されて 誰かに聞いて欲しい。 そういう思いに駆られました。



その誰かは 私の中ではもう決まっていました。

彼女には偶然 腑に落ちた その日から間もなくあう機会がありました。


彼女に最初説明しようとしても なかなか伝わりません。 それどころか 私が自分の言いたいことを上手く言葉に出来ず また相手も私の言葉を理解できず 今まで大きな声で討論をするということが無かったのに お互いの言葉を遮るかのように最後まで聞かず 声のボリュームは上がっていき 何も伝えることが出来ずお互いがジレンマを残しての一日でした。

1ヶ月ほど経った頃 また彼女とお話しする機会がありました。

するとどういうことでしょう 思いつくままに話すと 私が言葉にしたことを話し終わる前に全て理解してもらえたのです。

腑に落ちてからの時間が必要だったのでしょうか。



こう話しました。




例えば 自分の知り合いに2人の女性が居て その2人からの話を聞いてみると


最初の一人が言うには

近所では色んな騒音や声があって うるさくてたまらない 引越しをしようかと思っているの。

朝は私が起きようとする10分前に ご近所のご主人が出て行かれるのに バイクのエンジンをかけてうるさくて・・・後10分が寝れないって嫌なものよ それに清々しい朝が台無し。

朝はそんな始まりだし 日中は子供の声がうるさくてテレビの音も聞こえにくくて 夕方になるとピアノの練習が始まるご家庭があって もう少し上手ければ聞けるんでしょうけど 私はピアノの音も苦手だから耳について仕方が無いわ。

夜になると遅めに車で帰ってくるご主人のエンジンが響いて それなのにそのご家庭の子供さんが 外に出てきて 「お帰りなさい」 って大きな声で言ってるのよ時間を考えて欲しいわ。



もう一人が言うには

私の住むご近所さんは 意識無くとても私を癒してくれるの。 ありがたくって 何かお返しをしたい気持ちで一杯なの。

朝は私が起きようとする時間の前に ご近所のご主人がバイクのエンジンをかけるんだけれど 毎日決まった時間だから 良い目覚ましになってお寝坊をしなくてすんでるのよ。 それに起きなくちゃならない時間より少し早く目覚められるから 朝に余裕が出来るのよ。

日中は元気な子供達の声を聞かせてもらって 昔を思い出すこともあったり 今の時代の子供たちはなかなか遊び場が無いから可愛そうでしょ 何とかしてあげられないかと考えさせられる問題よね。 お陰で子供達に関する社会問題なんかのお勉強をさせてもらっているわ。

夕方には可愛らしくてたどたどしいピアノの音色が聞こえるの。 あ、昨日弾けてなかった所が今日は弾けてるって思うと こっちまで嬉しくなっちゃう。

車で帰ってくるご主人のエンジン音を聞いて そのお家の子供さんが元気に 「お帰りなさい」 ってパパを迎えに出てくるのよ。 もう遅い時間なのに ずっと待ってるのよ。 大好きなパパなんでしょうね。 パパは幸せよきっと ふふ・・・。




お察しがついていらっしゃると思いますが このお二人はお隣さん同士で住んでいらっしゃいます。


物事の考え方一つで 全てが違って見えるんです。


引越しを考えている女性は 不服を抱いています。

自分で目の前にあることに 不服の色付けをしてしまっているのです。

自分の周りには 落ち着く場が無いと思っています。

ですから 落ち着けないのです。 自分でそういう現実を作ってしまっているのです。


もう一人の女性は 幸せを皆に頂いていると考えています。

自分でその現実を作っているのです。




『類は友を呼ぶ』 それは自分がどういう創造するか という事ではないかと思うのですが・・・。

今の段階で私はそう理解しましたが この先理解の仕方がまた変わるのかもしれません。 

文章にするのは難しいですね。 なかなか思うように伝えることが出来ません。


又、十人十色 色んな理解の仕方があると思います。




私が私の周りの方たちと同じようには思えない。

それは 私が勝手にその方たちを 「この方はこうである」 と決め付けていたのでしょう。

他の方から見れば 私が勝手に思い込んでいる想像とは違った人間像をその方に持っていらっしゃるかもしれません。




最初のお話に戻りますが


私の持つ不安や恐怖心。

まだ在りもしない先のことへ不安を抱いても 今は何も変わらない。 先に起きるであろう出来事を悪いように考え想像することによって それは私の思い込みによって作られ そこに参加して下さる方々が居て下さるからこそ現実となっていくのでしょう。 

そんな現実を経験したくありません。



一日も早くこの 不安と恐怖心を手放すことが出来るよう心がけていきたい思いです。





いつも中途半端な文章の内容で 又そのまま中途半端に終わってしまって・・・。

伝えたい気持ちがあるのですが 全てにおいて 色んな事を感じ取ってまだ日が浅く 自分自身でもどうやって言葉にすれば良いかがまだよく分からない状況です。

それならば書かなければいいのに。 

そうも思うのですが 伝えたい気持ちが大きくて書き始めてしまっています。



まだまだ物知らず、言葉知らずですが 今日もお付き合い下さって有難う御座いました。

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怒りの感情

2011年05月15日 22時09分27秒 | 日記
今日はお恥ずかしい話なのですが・・・。



私自身 今の年齢になるまでの 学生時代や若い頃には 若さに任せて 怒りの感情を持つ事はありましたが この年齢になって 日々の生活の中で 「もう!」 と思うことはあっても 心の底からの怒りというのは 日頃そんなに 感じる方ではありませんでした。

それが数年前の 子供の入学式の時 何年かぶり ・・・いえ、何十年かぶりに その怒りの感情を持ったのです。



入学式は学校ではなく 会場を借りてでのものでした。


会場を借りる都合からでしょうか 学校が始まってから数日目の入学式でした。

入学式の案内も学校から頂いていたのですが もう子供も大きいので 案内を見ず子供からの話だけを聞いていました。



会場に入る前にお洒落な プログラムを頂きましたが 余りにもお洒落すぎて 目を通さないで 着席をして待っていました。 

しかし 子供から聞いていた時間になっても 一向に入学式が始まらないのです。

この学校のオープンキャンパスに来たとき 一番力を入れて先生が仰っていたのは 『挨拶・時間厳守を 必ず子供に守らせる』 と言う事だったのに これはどういう事かと ほんの10分過ぎただけでしたのに 異常なほどまでに 怒りを覚えてしまいました。

人を待つのに 1時間でも全く苦にならないのに たったの10分です。

心の中で私は何故こんなに怒っているのだろう? 一から考えて 今の自分の感情と照らし合わせて考えたり 色んな理由付けをして感情を抑えようとするのですが どうしても怒りの感情が抑えられないのです。 

自分でも整理が出来ないほどの 意味の分からない所から発せられた 怒りでした。 自分では無いような 違う所からやって来ているような感情でした。

20分経ち 30分経つと さすがに周りの保護者もザワついてきました。 まだ今やって来ましたという生徒が ゾロゾロと入ってきているのです。

「いったいどうなっているの」

「これじゃあ、遅刻してきた生徒の為に 早くから来ている 子供たちが可愛そう」

「先生は何をしているの」

皆さん口々に言ってらっしゃいました。 勿論私も口に出さずとも 心の中は同じかそれ以上の怒りでした。



1時間ほど経った頃でしょうか 学校の関係者と思われる方が 座席近くを歩いて来られました。

怒りに任せて「どうなっているのか!」 そう聞きたい気持ちで一杯になった時 近くにいた方が 私の代わりに冷静に聞いて下さいました。

周りの方々も私と同様 そば耳を立てて聞いていらっしゃいました。

関係者の方のお返事は 「あと15分ほどで始まりますので もう少し待ち下さい」 と仰りながら プログラムの一部を指差してらっしゃいました。

私も周りの方々も あわててプログラムを開け よく見ると開始時間がきちんと書かれていました。

どうも 周りの方々の子供さんも私の子供も 子供達の集合時間を言っていたようなのです。

集合時間以前に着いた生徒も保護者も 着いた順に席に案内して頂いたので 勘違いをしていた親がみんな集まって 近くの席に着いていたので 誰もその時間が開始時間ではなく集合時間であったことを知らなかったようなのです。

そして他の保護者の方も私同様 子供からの話だけを聞いていて 学校からの案内を見ていなかったのでしょう。 子供が渡していなかったのかもしれません。


勿論プログラムを見ればよかったのですが 余りにもお洒落すぎて これもまた 皆が皆 見なかったようなのです。 



真実を知ったその途端 今までもっていた怒りが 驚くほどスッと胸からお腹へ下がり そして下腹から消えていったのです。



この時につくづく思いました。


怒りの感情とは なんと不必要な物なのでしょう。 不健全でもあります。

怒りに任せて他の方に怒鳴りたいほどの気持ちも 自分の勘違いだったことを知った途端 お腹の中から無くなっていくのです。 

怒りにどれだけの存在感があったのでしょうか。

もしそれ程までの存在であるなら そんなに簡単に消えるものなのでしょうか。



とても良い勉強をさせて頂いたと いまだに鮮明に記憶しております。



怒っても怒っても気が収まらないという時もあるでしょう。 自分の勘違いではなく 何処から見ても 自分の怒りは正しい、 そんな時も勿論あるかとは思いますが 怒りなど 持っていても決して自分自身にとって良いものではないはずです。



怒りを覚えた時には その感情に自分が支配されず 見方を変えるのも一つの方法ではないでしょうか。

他にも沢山 怒りに心を支配されそうになった時に回避する方法はあるかと思います。




私はこのときの経験から 怒りという物の不必要性をつくづく感じましたので もう感じることは無いと思いますが 皆さんもどうでしょう?


ご自分に合った方法でこれからは不必要な怒りの感情を捨てませんか?



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