大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第52回

2013年11月29日 20時46分48秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回



                                             



『みち』 ~未知~  第52回



決算処理が終わってすぐ5月の大型連休に入る。 その前日急に何を思ったのか・・・いや思わされたのだ。

「愛宕山に行ってみようかしら」 会社の昼休みにふと思った。

お昼を早々に済ませ奥の事務所に行き空いているPCを指差し

「すみません。 プライベートなんですけどちょっと調べたい事があるのでこれでネット検索してもいいですか?」

「ああ、いいですよ。 好きなように使って下さい。 僕らも遊んでますからプライベートなんて気にしないでいいですよ」 他に座っている者たちもゲームで遊んでいた。 気兼ねなく出来る。

「有難うございます」 席に座りネットを開いた。

「確か森川さんの旦那さんは京都の愛宕山に行かれたって仰ってたわよね」 京都の愛宕山を調べると清滝の方にあった。

「きっとここね。 愛宕山自体は4キロルートと他にもあるのね。 標高924メートル? 標高なんて書かれててもピンとこないわ。 一番短いルートが4キロルートみたいね・・・4キロって歩けない距離じゃないけど 何と言っても山登りだものね、多少の坂もあるだろうし車で行って帰りに疲れても困るから電車で行こうかしら」 行き方を調べると京都駅からバスに乗るようになっている。

「愛宕山の近くまでバスが出てるのね。 これに乗ればいいのね」 何番の乗り場から出ているバスに乗るかをメモした。

「あれ? 私ったら何をしてるのかしら。 山になんて登られるはずないじゃない。 それに実家に帰らなくちゃいけないじゃない馬鹿みたい」 持っていたペンを置いた。

「何をブツブツ言ってるんですか?」 隣に座っていた社員がクスクス笑いながら聞いてきた。

「あ、すみません。 聞こえちゃいましたか?」 恥ずかしそうに言った琴音。 だから独り言の声が大きすぎるって。


余談ではあるが この日をきっかけに時々昼休みにPCを借り色んな本の検索を始めた。 勿論他の社員と楽しくお喋りをしながらというわけではなかった。
ある日、次にどんな本を読もうかとPCで検索していると
「あら? ホツマツタエ? これって何なのかしら?」 見てみるとPCで読めるようになっている。 その後2、3日かけてPCに書かれているそれを読んだが
「全然意味が分からない。 これじゃあ本を借りても分からないわね」 そんなこともあった。


愛宕山のことを調べたこの日、家に帰り 夜、実家に電話を入れた。

「あ、お母さん? 私よ。 うん、うん、そうなの、分かったわ、明日から連休になるのよだから明日そっちへ行ってその話は聞くわ。 じゃあ、明日行くからね」 母親の父親への可愛い愚痴であった。


翌日、せっかくの休みの日なのに早朝に目が覚めた。 目覚まし時計を見ると5時30分。 連休初日という事もあって目覚ましのアラームはセットしていなかった。

「せっかくのお休みだって言うのにこんなに早く目が覚めてもすることないじゃない。 連休なんだから慌ててアチコチお掃除しなくてもいいんだから・・・二度寝を味わおっと」 布団の中でグズグズとしていたが一向に眠気がやってこない。

「あー! ジッとしていられない」 ガバッと布団からはね起きた。

「せっかくの休日初日なのにぃ!」 文句を言いながらコーヒーを作りにキッチンへ向かった。

「あーあ、今日一日が長くなっちゃう。 早めに実家に行こうかしら」 いつも夕方に実家へ着くようにしていたのだ。
コーヒーを飲み一息つこうとしたときにふと愛宕山のことを思い出した。

「そう言えば・・・昨日愛宕山の行き方を調べたわよね。 あのメモどうしたかしら」 バッグの中を探すとメモが出てきた。

「しっかり持って帰ってきたみたいね」 無意識にメモをバッグの中に入れていた自分をクスッと笑い、メモをじっと見ていると

「今から行こう」 急に仕度を始めた。


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みち  ~未知~  第51回

2013年11月26日 18時29分36秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回
第41回第42回第43回第44回第45回第46回第47回第48回第49回第50回



                                             



『みち』 ~未知~  第51回



運転をしている間も段々と背中が重く感じ、前のめりになっていく。

「重い・・・早く着いて」 耐えながら運転して行くとやっと見覚えのある風景が目に映った。 

「もうナビはいらない」 ナビを消してそのまま車を走らせた。
 
駐車場に着き車を停めると一目散に乙訓寺の門に向かった。 重い背中で門前で一礼をし、そのまま本殿へ向かい前に立ち手を合わせたが

「あ・・・なんて言えばいいのかしら・・・」 どう言っていいのか分からなかった。

「どう説明すれば・・・それにどうにかしてもらおうなんてそんな事が出来るわけないじゃ・・・う、重い・・・」 何かと考えている間に余計重さを感じる。
重さに負け思いつくままに言ってみた。

「・・・私の背中に誰かが乗っています・・・あ、じゃなくて 私の背中にどなたかがいらっしゃるのなら どうかその方のお導きをお願いいたします」 長い間そのまま手を合わせていると背中がふっと軽くなるのを感じた。

願っておいてその事に驚きグッと息をのんだ。 そして息を吐き

「有難うございました」 礼を言い、合わせていた手を下ろした。

「はぁー、焦ったー」 全身の力が抜けていく。 膝に手を置きうなだれ

「こんな事ってあるの・・・?」 独り言をいいそのまま動けない。 いや、動こうという気がしない。 暫くそのままでいたが

「だめ・・・座りたい」 ベンチに座り考える。

「確かに病院って色々聞くわよね。 それも地下で薄暗くて・・・ああ、こっちの方は考えるのはよしましょう」 大きく息をし、空を見上げた。

「あの感覚・・・確かに背中が軽くなったわ・・・。 ご本尊様が導いて下さった? ・・・そんな畏れ多いことはないわよね。 どなたかが導いて下さったのかしら・・・どなたって、誰よ? あー、分からない。 ・・・もしかしたら文香の言うように本当にここは私にとって何かがあるのかしら・・・」 色々と考えるねぇ。 でも昔の琴音ならそんな風に考えなかっただろうね。 ただ何もかもが怖いだけだったんじゃないかい? ましてやお寺に助けを求めに来るなんて有り得なかっただろう? 仏教の本を読み漁って随分と変わったね。 まっ、そんなことに気付いている様子はないみたいだけどね。

正面を見て
「遅くなるわ。 帰りましょう」 ベンチを立ちもう一度本堂の前で手を合わせ感謝を述べ一礼をし駐車場に戻り車を出した。

マンションに帰るとすぐに実家に電話を入れた。

「もしもし お母さん? うん、今帰ってきたところ。 伯母さんが倒れた原因は分からないんだけど検査をしても何ともなかったみたい。 様子を見て退院できるらしいわ。 元気そうにしてたわよ」 電話の向こうで安堵する母親の声が聞こえる。

「それとね・・・」 お金をもらった事を母親に告げた。

電話を切ってやっと一息だ。 コーヒーを入れ乙訓寺のことを振り返るが何の解決の糸口も見当たらない。

「考えても無駄ね」 ゆっくりと夜を過ごした。


その2日後、無事に退院したと 伯母から電話があった。


会社では考えなくてはならない決算処理。

決算処理を始めておおよそ1ヶ月かかってようやく終わる事ができた。

「伝票処理が間違えていませんように」 祈る事しか出来ない琴音であった。

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みち  ~未知~  第50回

2013年11月22日 21時25分54秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第50回



「伯母さん、この位ので良かったかしら?」 買って来た袋から箱を出してを見せると

「ああ、充分じゃー。 ありがと」

「私が渡してこようか?」 

「そうじゃなぁ、あん人に渡させるわけにはいかんけん琴ちゃんに・・・やっぱりここに置いといて。 うちが渡すけん」

「そう? じゃあここに置くわね」 それからは伯母の話し相手になり 

「京都旅行はどうだったの? ちゃんとできた?」

「はいな、金閣寺や銀閣寺、あちこち見て回れたんじゃ」

「それは良かったわ。 でもどうして長岡京市なの?」

「あん人がどうしても帰る前に長岡天満宮のつつじを見たい言うもんじゃから・・・そこのつつじは有名なんじゃて」

「そうなの。 それでこっちに来たのね。 つつじ見られた?」

「それが見に行く前に倒れたんじゃ」

「まぁ!そうだったの?」 二人の話を聞いていた叔父が

「わしが誘うたもんじゃけ言わんかったらよかったわ」

「なに言うてなさるん。 何処ででも倒れちょりました」 叔父が責任を感じているのを 察していた伯母がおどけて言った。

伯母といろんな話をし、叔父の分からない言葉は伯母が通訳してくれ楽しい時間を過ごしたが琴音、時間を忘れていないかい?

「あ、洗濯物! すっかり忘れてたわ。 伯母さん洗濯物を取ってくるわ」 慌てて地下に行くと洗濯機は止まっていた。 電気を点けすぐに洗濯物を取り出すと

「良かった、まだ暖かい」 いい具合に暖かく畳んでいてもまだふっくらとしている。

洗濯物を畳み終え紙袋に入れると小走りでケーキ屋へ行った足の疲れが今頃やってきたのか 置かれていた椅子に座り少し足をリラックスさせようと目をつぶって瞼の中の模様を見ていると 急にドン!と肩から背中に何かが乗った。

「イタ!・・・重い・・・」 重さは感じるが目に見える何かが背中に乗っているわけではない。
病院のさほど明るくもない地下のランドリー。

「まさかね・・・まさかね」 立ち上がり紙袋を持ってすぐにランドリーを出た。
一瞬ドン!ときた時の重さほどではないがそれでもずっと背中が重い。 平静を装い伯母の病室に戻り叔父と伯母のご機嫌を見ながら時間を過ごしたが もういい時間になってきた。

「じゃあ、叔父さん伯母さん もう帰るけど何かあったら言ってね、すぐに来るからね」

「琴ちゃん、ありがとな。 ほれから これ」 叔父が琴音に ティッシュにくるんだ物を差し出した。

「叔父さんこれって」 琴音が小さい時、叔父はいつもこうして小遣いをくれていたのだ。

「私が勝手にお見舞いに来たのに受け取れないわ。 それに慌ててたから手ぶらで来たのに・・・」 叔父と伯母の顔を見てそう言うと伯母が

「琴ちゃん、お菓子も買うて来てもろたんじゃし。 遠から来てもろて伯母さん嬉しかったんじゃ」 続けて叔父が

「伯母さんの気持ちじゃけん 受け取ってやってもらえんか?」

「子供のときに充分すぎるほど頂いたわ」

「そんな事 言わんと」 叔父が琴音の手を取り握らせた。

「叔父さん・・・」

「ありがと、ありがと」 伯母が今にも泣きそうな声で琴音に言う。
引くに引けなくなった琴音

「それじゃあ・・・頂きます。 叔父さん伯母さん、ありがとう」

伯母夫婦には子供がいない。 こうして駆けつけてきた琴音がさぞ有難かったのだろう。 
何度も何度も感謝をし琴音を見送った。

伯母夫婦に後ろ髪を引かれながらも車に乗り込んだ琴音、背中の重みはまだ消えていない。 向かう先はただ一つだ。

「乙訓寺に行って何とかしてもらわなくちゃ」 ナビをセットし、車をとばして乙訓寺に向かった


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みち  ~未知~  第49回

2013年11月19日 22時59分01秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第49回



「あのなぁ、昨日検査をようさんしたんじゃ。 その結果はどうもないんじゃけど じゃけど歳じゃろう、先生がちーっと様子を見んさってから退院できるんじゃて」

「そうなの? 良かった」 ほっと胸をなでおろし

「お母さんも心配してたの。 良かったわ、いい報告が出来るわ」

「ありゃ、お母さんに心配かけてしもうて悪かったのぉ。 うちは元気じゃけん、ようゆうといて」

「うん。 それより伯母さん何か用事はない? 洗面用具とか着替えとか・・・無かったら買ってくるわよ」

「旅行しに来たけんそんなものは全部あるんじゃ」

「あ、そう言われればそうね」

「そじゃけど ちょっと頼んでええかの?」

「なに? 何でも言って」

「旅行中の洗濯もんが全部溜まっとるんじゃ。 サッと洗ろうてあるんじゃけど下着が気になるけん洗濯頼んでええかの?」 叔父は家事一切が出来ない。 男子厨房に入らずの時代の人間だ。

「うん。 ランドリーで洗ってくるわ。 その間に他の事も出来るけど他にない?」

「ほんに悪いんじゃけど 近くに食べる物言うんかの、菓子屋みたいなとこがあったら 買うて来てくれんかの。 看護師さんに渡したいんじゃ」 どうも歳よりはこういう事にこだわる。

「分かったわ、何か買ってくるわね。 他にない?」

「それだけしてもろうたら十分じゃ。 洗濯が気になっとったし、こん人の言葉は歳いって滑舌も悪うなっちょるけんあんまり通じんから看護師さんに迷惑かけとるけんなぁ」

「ふふふ・・・分からなくもないわ。 じゃあ、洗濯物はどれ?」

「洗濯もんか? どれを渡したらええんじゃ?」 気を使って 叔父が探そうとした。

「そこの鞄の中の紙袋に入っとるんがそうですけん それを琴ちゃんに渡してつかあさい」

「これかの。 琴ちゃん悪いのー」 そう言いながら琴音に紙袋を渡した。

「洗濯くらい何ともないわ。 じゃ、行ってくるね」 病室を出るとすぐに病院内の案内を見てコインランドリーを探した。

「地下なのね。 それじゃあ1階の売店で洗剤を買ってから・・・」 売店で小さな洗剤を買いランドリーに向かった。
ランドリーには小さな窓がついていて外からの光が差し込んでいたが充分な明るさではない。 

「電気のスイッチは・・・」 節電のために電気はそのつど消しておくようだ。
琴音がウロウロしていると他の入院患者の付き添いであろう女性が入ってきた。

「電気点けてもかましませんか?」 琴音に聞いてきた。

(かま? かまって何? 電気を点けていいのかって聞いてるのかしら?)
「あ、お願いします」 その言葉を聞いてすぐに女性が電気をつけたがあまり明るくはない。 

何台も置かれていた全自動洗濯乾燥機。 使用説明を読んでいると

「良かったらしましょか?」 もう女性は自分の洗濯機のセットを終えて声をかけてきた。

「あ、すみません。 初めてでどうしていいのか分からなくて」 

「乾燥もしはる?」 

(しはる? しはるって・・・あ・・・するっていう事ね) 慌てて答えた。
「はい」 女性は手際よくボタンを押し、お金を入れる所を教えてもらいお金を入れた琴音。

「これで乾燥まで大丈夫やけどその間退屈でしょ? みんなほっといて外に出て行ったはるからちょっと遅れてもどうもありませんよ」

「有難うございました。 助かりました」

「ほんなら」 そう言い残して出て行った女性。 その女性の後姿を見送り

「今日は 方言のオンパレードだわ」 電気のスイッチを切り案内所に向かった。

案内所でケーキ屋を教えてもらうと歩いて行くには少し遠いようだ。 知らない土地で車を乗って行っても決して運転が上手とは言えない腕だ。 ニッチもサッチも行かなくなってはどうにもならない。 歩いて向かった。

洋菓子の詰め合わせを買い病院に戻り時計を見ると洗濯物の乾燥まではまだ時間がある。 琴音は一旦病室に戻った。


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みち  ~未知~  第48回

2013年11月15日 15時25分12秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第48回



「実はね、さっき電話があったんだけど岡山の伯母さんがいるでしょ?・・・」 話を聞くと 岡山の伯母夫婦が京都方面の旅行に行っていたそうなのだが 旅行中、伯母が具合を悪くして京都の地で入院をしたそうなのだ。 
この岡山の伯母というのは琴音の母親の姉である。 

「え! それで伯母さんどうなの?」

「それがよく分からないのよ。 お兄さんがずっと岡山の人でしょ? 方言もあるし歳も歳だから言葉もちょっと分かりづらくて。 それでね、悪いんだけど琴ちゃんに見に行ってもらえないかと思って」

「いいわよ、明日は仕事だけど明後日は会社がお休みだから行ってみるわ。 明後日でいい?」

「うん、いいわよ。 仕事もあるのにごめんね」

「伯父さんにも伯母さんにもお世話になったんだもの。 これくらい何ともないわ。 でも京都って言ってもどこかしら? 私に分かるかしら?」

「えっとね・・・」 電話の向こうで紙をガサガサと広げる音がする。

「京都府長岡京市っていう所なんだけど 琴ちゃん知ってる?」 乙訓寺のある市だ。

「あ・・・知ってるわ」 病院の名前をメモし電話を切った。

すぐに地図を広げると場所を確認した。

「今度は乙訓寺のときみたいに適当に見ないでキチンと見なきゃ」 地図をじっと見た。

「えっと・・・あ、ここね。 乙訓寺がここだから・・・この道を逸れて・・・。 これなら簡単に行けるわ」 乙訓寺の位置も確認しながら地図をみた。


翌翌朝、車に乗り込みナビで検索するとすぐに病院が出てきた。

「ここなら 途中で目的地周辺です。 なんて言われても絶対分かるわよね」 そう言って車を走らせた。

慣れた道をずっと走り途中からは乙訓寺とは違う方向に行くもナビの指示通りに進むと難なく着くことができた。 病院の駐車場に車を停め中に入って行った。

案内所で病室を聞きエスカレーターを上がって行く。 

「こっちね」 廊下を歩いていくと病室の前に大きな身体の男性が背中を丸くし、下を向いて座っていた。

「叔父さん?」 学生のときを最後に叔父夫婦には逢っていなかったが 歳はとっているがそれでも身長も高くがっしりとした骨格は昔とそう変わらなかった。
椅子に座っていた男性が誰かの声がしたような気がして顔を上げ自分を見ている琴音をじっと見た。

「まさか・・・琴ちゃんかの?」 琴音の顔に最後に逢った頃の面影を見た。

「うん、そう、琴音です。 叔父さん・・・伯母さんはどうなの?」

「琴ちゃん、大きゅうなって・・・」 叔父の目に突然涙が溢れ出した。

「いけん、いけん。 男が泣くのはいけんな・・・」 慌てて涙を拭ったが知らない地での出来事。 張り詰めていた糸が緩んだのであろう。

(優しいけどガンコな叔父さんだったのに) 叔父に歳を感じた琴音である。

「バアさんが急に倒れよったんじゃ。 まぁまぁ、とにかく中に入ろうかの」 病室のドアを開け琴音を病室に入れた。

すぐにベッドに座っている伯母が目に入った

「伯母さん!」 その声にドアの方を見た伯母。

「バアさん、見てみんさい。 誰や分かるか?」 伯母がじっと琴音を見て

「まあ!まあ! 琴ちゃん! 琴ちゃんかね!」

「伯母さん・・・」 ベッドに座っている伯母の横に近づいた。

「大きゅうなって、ベッピンさんじゃー」

「伯母さん、倒れたって・・・」

「そうみたいじゃなー」

「みたいって・・・」

「わしがこんだけ心配しとるのに、バアさんはこれじゃ。 立ったままも何じゃでこの椅子に座りんさい」 丸椅子を端から持ってきて琴音を座らせた。

「何ともないの?」

「今はどうもないんじゃけど。 それがなぁ、そん時のことはよう覚えとらんのじゃ」 そこへ叔父が割って入ったが

「昨日検査したんじゃがな・・・@<&%☆・・・」 短い文章なら琴音も聞き取れるが こう長くなると叔父の言葉は全く分からない。

「伯母さん 今、叔父さんなんて言ったの?」 琴音が小声で聞いた。

「叔父さんの言葉はうちでも分からん時があるんじゃけん 琴ちゃんには分かりゃーせんわな」 琴音に耳打ちするように伯母が言い、そして今度は普通に話し出した。

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みち  ~未知~  第47回

2013年11月12日 22時23分09秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第47回



テレビに映し出されたのは海外であった。 特に決まった番組を見るという事がない琴音。 この番組のタイトルも知らない。

「あら、ここは何処の国なのかしら?」 暫く見ているとようやく番組の趣旨が分かったようで 世界のあちこちを旅行している番組だったのだ。 そしてそこで知り合う人々とのふれあいをテーマにしているようだ。
珍しくテレビに見入る琴音。

「こうして見るといろんな国があるのねぇ。 文化も風景も建物も何もかもこんなに違うものなのね」 今更のように感じた。

そして番組はブータン王国へ入っていった。

「あら? ブータンって中国がお隣なのに殆ど日本と同じ着物じゃない。 中国の昔の服より日本の着物と似てるってどうしてなのかしら? それに顔も日本人にすごく似てるわ」 番組はブータンの人々に質問をし始めたがそれを聞いて

「ええ? 全部聞き取れるじゃない。 まるでカタカナで話しているみたい」 テレビの向こうではブータンの人々も日本語を真似ていたが 発音がしやすいのか聞き取りやすいのか、他の国の人ではありえないほど1度聞いて聞き返すことなく ワンセンテンスを真似て返してきていた。

「日本人の先祖とブータン王国の人の先祖は同じなのかしら? 日本に渡ってきたのはブータン王国の祖先? じゃあ、ブータン王国の祖先は何処から来たのかしら? えっと確かブータン王国はチベット仏教だったわよね」 またキリのないことを考え出したようだけど、もう縄文人じゃなくていいんだね。


数日たったある日 目覚ましより先に目が覚めたがまだ頭がスッキリと覚めたわけではなかった。 目を開けることもなくただ意識がほんの少し起きていたという状態だ。 すると自分の違和感に気付いた。

「身体が揺れてる?」 琴音の身体の中で もう一つの体が左右に揺れている感覚。 左右に10センチくらい。

「気のせいよね」 まだ揺れている。

目をパッと開け上半身を起こした。 揺れが止まった。

「今のは何だったの?」 あと少しだったんだけどね。 

「地震?」 あ、そうくるわけ。

「テレビで速報やってるかしら?」 起き上がりテレビを見ながら朝食の用意をしだした。

「何も言わないわね」 そりゃそうだよ。

「先に顔を洗おうっと」 テレビのボリュームを大きくし洗面所に向かった。
結局速報は流れなかった。 だって琴音だけの事だったんだからね。


会社では 前年度の資料を見ながらの決算業務であったが すぐに業務の意味を理解できたようで難なく進めていくことができた。

「年始業務の時は頭を抱えたけど今度は大丈夫そうだわ。 やった事がない伝票処理もあるけど難しく考えなくてもいいみたいだから とにかく資料を準備して税理士の先生に渡せばそれでいいだけね」 決算というのは難しいだけに税理士に丸投げ状態のようだ。

3月期決算というのは3月中に終わらせる現場とは違い 事務は4月から始まる。

「さ、初めての伝票処理をしなくっちゃ」 間違えないようにね。


決算処理を始めて半月ほどした頃。

縄文人のことがきっかけで今度は歴史、それも古代史を読み始めていた琴音。 
仕事から帰り夕飯を食べ風呂も済ませコーヒーを片手に本を読んでいると電話が鳴った。

「誰かしら?」 時計を見ると夜の11時前だ。

「もしもし?」 すると実家の母親からであった。

「お母さん、どうしたのこんな時間に! どこか具合でも悪いの!?」

「私は何ともないんだけど」

「じゃあ、お父さんなの!?」 驚いて聞いた。

「違う、違う。 お父さんも元気よ」

「ビックリさせないでよ」 早合点したのは琴音だろう。

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みち  ~未知~  第46回

2013年11月08日 13時51分42秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第46回



宗教の棚から少し違う所に移動した。 すると歴史の棚が目に入った。

「歴史ねぇ・・・学校時代四大文明は好きだったけど 日本も古墳時代までが良かったわよね」 何冊かを手に取りパラパラと見てみたが どれも借りる気にはなれない。 手にある本を棚に返そうとした時、隣に置いてあった本に目がいった。

「あら? 何これ? 縄文人はお酒呑みって書いてあるわ。 面白そうな本ね。 ずっと堅苦しいのを詰めて読んでいたから今度はゆっくりと読みたいわね。 今日はこの1冊だけを借りましょう」 マンションに帰りゆっくりとした時間に本を読み始めた。

「なぁにー この本・・・おもしろーい」 ゆっくりと読むつもりが 面白さにつられてどんどんと読んでいく。

「弥生人? 弥生人はお酒が駄目なの? へぇー そうなんだ」 読み続ける。

「こういう方向から見る縄文時代も面白そうね。 明日また借りに行こうっと」 全部読んでしまったようだ。


琴音が本に明け暮れている間に日は過ぎていき あっという間に3月期決算だ。

「決算・・・確か棚卸しは何もしないでいいと言われたわよね。 でも皆忙しそうだわ」
奥の事務所にもほんの少しだが部品が置いてある。 その奥の事務所で在庫の数を読んでいる社員を横目に申し訳なく思う心と 本当に何もしないでいいのかという思いがあり 

「あの・・・」 在庫表とペンを片手に数の確認をしていた社員に声をかけた。

「はい、何ですか?」 琴音より年上であるが 言葉は丁寧だ。

「私は何をすればいいんでしょうか?」

「織倉さん? 織倉さんは何もしなくていいんですよ」

「皆さんお忙しそうですし、それに森川さんはどうされていましたか?」

「森川さんも何もしていなかったですよ。 この時期忙しいのは僕等の仕事ですから気にしなくていいんですよ」

「そうですか。 じゃあ、自分の仕事に戻ります。 数を読んでらっしゃる時にすみませんでした」 そういい残して席に着き森川が残してくれていた引継ぎノートを見た。

「あら、ここも1月と同じ・・・ふふ、森川さんらしいわ」 引継ぎノートの3月業務には『決算業務』 とだけ書かれてありその内容は書かれていなかった。 
ちなみに1月の業務には『年明け業務』 とだけ書かれており内容は3月と同じく何もかかれていなかったのだ。

「決算業務と書かれてある以上は特別な業務があるわけよね。 さ、昨年の決算時期の資料を見に行かなくちゃ」 資料部屋へ向かった。


この日も図書館から 本を借りて帰っていた琴音だが 

「日本人の祖先は大陸からやって来た人たちって分かってるけど納得いかないわよ。 私は純日本人のつもりなのに、DNAも何もかも縄文時代からの日本人のつもりよ。 それなのに・・・」 

この数日借りて帰っていた本には 縄文人の子孫は北海道と九州に残っているだけで他は弥生人の子孫であると書かれていたのだ。 
それには色んな説が書かれていた。 
縄文時代、天変地異が起きて食べ物もなくなり栄養不足になってきたときに今までに無かった病気に人々が次々と倒れだした。 その時に大陸から渡ってきた弥生人が縄文人の全てを奪った。 
また、逆に大陸から病気を持って入ったという説もあった。 新しい病気に対して免疫を持っていない孤島の縄文人は 弥生人が持って入ってくる病気に次から次へと体調を崩し、そこへ異常気象が重なって縄文人だけが倒れていったとも書かれていた。
そして他には 所有意識の無い友好的な縄文人が大陸からやってきた弥生人を受け入れたが為に、所有意識のある弥生人が土地を所有したいが為、手荒に縄文人を追いやった。 などと書かれていたがその時代に生きていた人間はいない。 あくまでも仮説や想像の域だ。

先に借りた本がきっかけで漠然と縄文人の子孫でいたいと感じた琴音はそんな仮説に納得が出来ず 今日は縄文人と弥生人の骨格が書かれている本を借りてきたのだ。
その本に写されていた肉付けされた顔。 

「どこからどう見ても私の顔は弥生人じゃない!」 別にいいじゃないか。

「良くないわよ!」 え?! 私の声が聞こえたのかい?!

「私のDNAはずっと先祖代々、この日本の国の地を踏みしめていたはずよ。 今も昔もずっと! それなのに先祖が大陸から渡ってきていたなんて信じられないわ!」 あ、一人で怒っていただけだったのか、独り言はもう少し小さな声で言ってくれるかい? ビックリするじゃないか。

その後も一人で怒りながらも仕方のないこと。

「今更怒っても仕方ないわよね。 それに誰に怒るっていうのよ。 馬鹿みたい」 一瞬で怒りは消えたようだ。 そうそう、怒りの感情なんて必要ないものなんだよ。

「もう今日は本を見ないでおこう。 また怒っちゃいそうだわ」 溜息をつきながらテレビをつけた。

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みち  ~未知~  第45回

2013年11月05日 22時57分31秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第45回



「何をされているんですか?」

「朝7時から主人を誘って ウォーキングに2時間ほど出るでしょ、そのあと食事して家の掃除や買い物に行っていたら すぐに午前が終わっちゃうでしょ・・・」 ここまで言うと琴音が言葉を挿んだ。

「え、朝からウォーキングって・・・寒くないんですか? 確か森川さんのご自宅は山の方だったはずだから雪も積もるんじゃないんですか?」

「山って言っても低い山よ。 丘っていってもいいくらい。 歩いていると身体も温まるから寒いのは最初だけよ。 少しの雪くらいの時には行くわよ。 寒い時は空気がね、凛としていていいのよ。 山の坂を登っていくの、その坂の具合が丁度いいのよ」 とても楽しそうに答える。

「そうなんですか、私には無理かなぁ」

「織倉さんは寒いのが苦手だったものね」

「あ、そう言えば森川さんは暑いのが苦手で寒いほうが大丈夫でしたよね」

「そうよ、だから夏は歩きに行けないかもしれないわ。 主人は相変わらず季節も関係なく山に登るみたいだけど私に夏は無理ね」

「ご主人ずっと山登りを続けていらっしゃるんですか?」

「この間も今度は雪の中の愛宕山に登りに行くぞって行ってたのよ。 待ってる方は気がきじゃなくて」

「雪の中の山って危ないんじゃないんですか?・・・え、愛宕山ですか?」 琴音の頭の中に写真で見た愛宕山が浮かんだ。

「そうよ。 何を考えて登るのかしらね、京都まで行って登ってるのよ。 私には理解できないわ。 それよりね、うふふ 私ね、フィットネスクラブに通いだしたのよ」

「ええ! ウォーキングもしてフィットネスクラブもですか?」 やはりパタパタと動いているようだ。
楽しい会話は続いたが

「もうそろそろお昼休みが終わるわね、今日も本を読んでたの?」

「はい、相変わらずです」

「読書の邪魔しちゃってゴメンなさいね。 またたまに電話してもいいかしら?」

「はい、待ってます」

「ありがとう。 じゃあね、今日は切るわ。 皆さんに宜しくね」

「はい、お風邪に気をつけてください」 電話を切った途端 始業のベルが鳴った。

「やっぱり書留なのね・・・あの500円切手、可愛くないのになぁ」 え?経費を考えてじゃなかったのかい? ま、そのままの切手のほうが後で嬉しくなるよ。

「あー、 でも元気をもらったみたいな気分だわ」 その日の午後の仕事は気分よくはかどったようだが 背中を押されたのが分かったかい?


マンションに帰り 部屋を暖めながら本を読んでいると うとうととしてきた。

「森川さんの声を聞いたからかしら。 今日はすごく気持ちがいいわ」 座椅子に座りコタツに足を突っ込んだまま気持ちよくうたた寝を始めた。


毎日 仏教の本を読んでいたがそうなると他の宗教も気になる。 会社の帰りに借りていた本の返却と同時に次々と 老子、荘子、孔子、孟子 道教、儒教と借り出していた。 
ずっと陰陽道の本を読んでいたせいか道教は簡単に読み進めていくことができたが どうも儒教は受け止めにくいようだ。

「儒教かぁ・・・分からなくもないけど。 それに道徳や社会常識だと思っていたことが結局儒教の教えだったなんて。 どれだけこの日本には儒教が当たり前にあるのかしら。 それを日本の美徳と勘違いしていたのかしら。 え、でもそう思うのって私だけなのかしら? 大きな勘違い? ああ、分からなくなってきた。 それにゾロアスター教にバラモン教、他にもいっぱい・・・読んでいくとキリがないわ」 並べられている本を見渡した。

「あ、でも そういえば最初は戒名から入ったんだったわ。 それがお位牌が儒教からで・・・あーあ、もうそんな事どうでもいいわ」 戒名の事はもうどうでもよくなったようだ。 

「そう言えば・・・あれだけ頭から離れなかった課長のことがいつの間にか頭からなくなっていたわ・・・」 時が解決してくれるというのはそういう事だよ。
人には忘れるという有難いツールがあるんだよ。

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みち  ~未知~  第44回

2013年11月01日 23時44分38秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回
第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回
第21回第22回第23回第24回第25回第26回第27回第28回第29回第30回
第31回第32回第33回第34回第35回第36回第37回第38回第39回第40回



                                             



『みち』 ~未知~  第44回



翌朝 仕事に行く準備をしながら

「さ、昨日は山の写真を見て目の保養も出来たことだから 今日は他の本を読みましょうか」 昼休みに読む本を手に仕事に向かった。


会社の昼休みが半分を過ぎた頃に電話が鳴った。 読んでいた本を置き電話に出ると森川であった。

「森川さん! お久しぶりです」

「久しぶり、遅くなったけど 明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。 お元気にされてますか?」

「うん、有難う。 お陰様でね、元気よ。 それより年始の仕事わかったかしら? 私ったら年始業務の事を引き継ぐのすっかり忘れてたって今になって思い出して、どうだった? 出来た?」

「はい、なんとか。 前年の資料を見ながらやったので 多分合っていると思います」

「良かった。 夕べそれを思い出してもうどうしようかと思ったのよ」 ほっとした森川の気持ちが伝わってくる。

「でも、多分なんですけど」 自信なさげに琴音が言うと

「織倉さんなら大丈夫よ。 合ってるわよ」 ここで普通なら「きっと合ってるわよ」 と「きっと」 という言葉を付けるであろうが それを付けると自信のない琴音には言葉が弱いと考えた森川の発言だ。 相手を理解する能力に長けている。

「良かった、仕事の事は安心できたわ。 どう? 織倉さん元気にやってるみたいね」

「はい、会社の皆さんがとても良い方ばかりで恵まれています」

「そう、それは何よりだわ。 皆さんもお元気かしら?」

「はい、やっぱりこの不況に巻き込まれていますけど 皆さん明るくいらして会社の中も活気があります」

「あら、やっぱり業績良くないままなの?」 森川が辞める数年前から業績が落ちてきていたのだ。

「厳しいです。 でも仕方ないですよね、何処もそうみたいですから」

「うふふ それは織倉さんのせいじゃないものね」 電話の向こうのあの笑窪を安易に想像できた。

「はい、そうであってほしいです」 琴音も冗談で言葉を返し そして

「あ、一つ教えて頂きたかったんですけど」

「なあに? 覚えているかしら。 答えられればいいんだけど」

「支払手形の送付切手のことなんですけど」

「ああ、書留の500円切手ね」

「はい。 受取手形が来る時には 380円の簡易書留で来てるんですが、書留よりそちらのほうが安いので うちも簡易書留にしてもいいでしょうか?」 この財政難、切手代の120円でも浮かせたいようだ。 だがね・・・。

「別にいいんだけど、簡易にしてもし万が一があったら大変でしょ? 後になって困らないためにも書留にしておくほうがいいわよ」

「そうですか。 じゃあ今まで通りに書留にしておきます」

「他に分からない事はない?」

「えっと・・・今のところはこれくらいでしょうか・・・」 急に言われても思い当たらないようだ。

「いつでも聞いてね」

「はい、有難うございます」 そして続けて

「森川さん毎日どうされているんですか? 時間が余らないですか?」

「とんでもないわよ、時間が足りないくらい」 会社に居る時からパタパタと動いていた森川だ。 時間など余らないのであろう。

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