『虚空の辰刻(とき)』 目次
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- 虚空の辰刻(とき)- 第99回
―――セキ
トウオウが口にしたと同時に紫揺が椅子をはね飛ばし部屋から出て行った。
ほんの数分前にアマフウが何をどう考えてセキと接しているのかを説明したのに、それがすっ飛んでいたようだ。
懸念など必要なかった。 簡単に罠にかかってくれた。
フッと鼻から息を吐くと片方の口元を上げる。
「簡単に乗ってくれちゃって。 にしても、ちょっと予定より時間がかかったな。 アマフウのヤツ上手くやってるかな」
そう漏らすとすぐに紫揺の後を追った。
「セキちゃん、セキちゃん無事でいて!」
階段の手すりを一気に滑り降りると、すぐに折り返してまた手すりを滑る。
「しまった、場所を訊かなかった」
手すりを滑りながら考える。
「でも、トウオウさんは同じシチュエーションって言ってた。 じゃ、あの場所?」
最後の手すりを滑って飛び降りるとすぐに食堂を通過してその奥に走る。 一番奥のドアのドアレバーを下ろす。 ドアを開け中に入ると更に二つのドアがある。 真正面に見えるドアを開ける。 このドアは外に通じるドア。 この先にセキが居るはず。
勢いよくドアを開けた。
膝まづいていたセキが驚いた顔で紫揺を見た。
「シユラ様・・・」
「セキちゃん!」
ドアを飛び出ると少し離れた所にアマフウがいた。
「邪魔しないでもらえるかしら」
疑問符がついていない。 アマフウが怒っているんだ。
「セキちゃんが何をしたって言うんですか!?」
すぐに膝まづいているセキを抱えた。
「何をした? 笑わせるんじゃないわよ。 そこに居るだけで邪魔なのよ」
「だって、此処は洗濯物を干すところ! 此処に来るアマフウさんが悪いんでしょ!」
「こんな所に来たくはないわよ。 致し方なく来たら」
そう言ってセキを睨んだ。
「私の前に姿を見せるんじゃないって言ったわよね。 それを覚えていないってことね」
セキは震えて下を向いている。
「いい加減にしてください!」
「いい加減にしてほしいのはコッチよ。 アナタ、そこをどきなさい!」
アマフウの右手が左肩近くに上げられた。 その右腕を前に伸ばすとセキが切られると思った。
セキを守りたい、ニョゼが自分を守ってくれたように。
「いい加減にしてって言ってるでしょ!」
アマフウに切られてもいい、セキを守ろうと左手でセキをギュッと抱え込み、まるでアマフウの力を自分が受けるという具合に伸ばした掌をアマフウに向けた。 この手が飛んでもいい、指がなくなってもいい。 セキを守りたい。 ニョゼが居てくれたようにセキの姉のようでありたい。 真っ直ぐにアマフウを見る。 顔なんて伏せない。
前までの紫揺なら、そこでセキを抱え込んで自分の顔も一緒に伏せていただろう。 だが今は違った。 顔を真っ直ぐにアマフウに向けていた。
「キャア!!」
アマフウが顔を覆った。
アマフウの顔に火がかかる寸前に大きな炎が火を飲み込んだ。 火を操る力は赤の力。 右目が赤色の瞳を持つトウオウから放たれた炎だった。 それは紫揺の発したものとは比べ物にならないほど大きく、紫揺が発した火が炎に飲み込まれたのだった。
飲み込まれた火は明らかに紫揺の掌から出ていたのを誰もが見た。 もちろん紫揺自身も。
「ふっ、シユラ様、まだまだだな」
トウオウが前に出していた手首を回転させ手を握るとその炎が消えた。
(アマフウさんに火が飛んだ。 自分の掌から・・・)
「けど、指先じゃなくて掌から飛んだのには向上が見えるな」
固まっている紫揺。 トウオウの声が遠くに聞こえる。
「分かったか? シユラ様に力があること」
トウオウが紫揺に近づきセキを抱えている手を解いた。 ついでにずっと前に出されていた右手を下に降ろさせる。
「シユラ様、立てる?」
「・・・」
「シユラ様・・・」
紫揺に抱えられていたセキが細い声を向ける。
「・・・セキ、ちゃん?」
視線はアマフウにあったが、その目はアマフウを見ることなく空(くう)を見ていた。 そして目をゆっくりとセキに転じた。
「シユラ様、大丈夫ですか?」
「何ともないさ」
二人の会話にトウオウが割って入った。
「シユラ様、立てるだろ?」
「ちょっと! トウオウ! ソノコじゃなくて私の心配をしなさいよ!」
「どうってことないだろ? シユラ様のあのヘボッコ炎はオレが消したんだから。 顔を燃かれてないだろ?」
「どうしてもっと早く来なかったわけ!?」
「いや、シユラ様って階段を降りるのが早いんだよな。 追いついたと思ったら、ギリセーフ」
「トウオウ! 私は顔も命もかける気はないわよ!」
「分かってるって。 悪かったよ」
アマフウとトウオウの会話の中で紫揺の小さな声が聞こえた。
「・・・ヘボッコ?」
その小さな声にトウオウが振り向き口角を上げる。
「そう、ヘボッコだ。 シユラ様、そのヘボッコの炎を自分が出したのを見ただろ?」
アマフウとの会話を止めて、苦笑しながら言った。
「・・・」
「ヘボッコを出したよね? ちゃんと見ただろ? な、認めなよ」
「・・・そうかもしれません」
「かもしれませんって・・・。 ホント、強情だな。 んじゃ、説明止(や)める。 強情さんには説明が通らないからな。 それでいい?」
「・・・説明はお願いします」
「どんだけワガママなんだよ。 シユラ様、アマフウとそう変わらないな。 んじゃ、どの説明が欲しい? 色々あるんだけど?」
「・・・ヘボッコの」
「ああ、それね。 シユラ様の出した炎はオレの右目の赤と同じ力を持っている。 でも、オレは赤の本来持つ力の半分しか持っていない。 ちょっと変な異(い)なる双眸だからな。 でも、オレは今のシユラ様より大きな炎を扱うことが出来るよ。 オレの左目、薄い黄色は白の力を持ってる。 こっちも隻眼だから力は半分しかない。 そのオレの半分しかない力でもシユラ様の発した炎を飲み込めるほどの・・・ヘボッコ炎だってこと」
トウオウの異なる双眸は本来、五色の持つ異なる双眸ではない。 本来の異なる双眸は半分の力などではない。
本来トウオウは白の力を持つ薄い黄色の瞳を両眼に持っていなくてはならなかった。 だが祖先からの血が悪戯をしたのか、そういう運命だったのか隻眼になってしまっていた。 力もそれと同じように半分しか持ちえなかった。
「シ・・・シユラ様?」
座り込んでいたセキが紫揺を見上げる。
「セキちゃん、大丈夫? どこか怪我をしなかった?」
トウオウの言うことをまるで雲の上で聞いていた紫揺がセキを覗き込む。
「してないよ。 心配することはない」
どうしてかトウオウが言い、セキを見て続けて言った。
「仕事に戻るといい」
セキがどうしたものかと紫揺とトウオウを何度も見る。
「聞こえなかったか?」
トウオウが低い声で言った。
「セキちゃん、セキちゃんがどこも怪我してなかったらいい。 私のことはいいから」
紫揺の言いたいことが分かった、今は自分が邪魔なのだと。 コクリと頷くと乾いた雑巾の入った籠を持ってドアを開け中に入っていった。
紫揺とトウオウがセキを見送り終えたところでトウオウが言う。
「どう? シユラ様の力を見ただろ? これは否定できないよな?」
「・・・」
「無言って、シユラ様それは無いと思うよ。 言ったよね、やってみて出来なければシユラ様に力がないとしよう。 シユラ様に力がないとオレに証明してくれる? って。 でも、力があったよね? シユラ様も見ただろ?」
「・・・」
「あれ? 無言を貫くの? それってルール違反じゃない?」
「トウオウ!」
振り向くとすぐ後ろにアマフウが歩いてきていた。
「あらま。 アマフウのお出まし?」
「コノコには自覚が一切ないのよ。 何を言っても無駄! 私の顔を燃やそうとしたことも誰かのせいにして自分のしたことから逃げてるだけよ!」
「・・・そんなこと」
「そんなこと? そんなことあるでしょ! アナタが今、私の顔を燃やそうとしたでしょ!」
「アマフウさんの顔を燃やそうなんて思ってません! ただ、セキちゃんを守ろうとしただけで―――」
「守るのは攻撃だよ?」
アマフウと紫揺の会話にトウオウが割って入って来た。
「え?」
「攻撃しなくて守れる?」
「・・・」
「トウオウの言う通りよ。 アナタが私に掌を向けた。 アナタはその掌で私に攻撃をした」
「・・・それは無我夢中で意味なんてないです」
「意味なんてない? 無我夢中? 笑えるを超してるわ。 馬鹿も休み休み言いなさい! 意味があるからアナタがそうしたんでしょ!」
「・・・」
確かにセキを守りたいと思った。
「ああ、今は意味の有る無しなんてどうでもいいわ。 アナタは自分の目でアナタの力を―――」
「アマフウ、もういいだろ」
紫揺の腕を取っているトウオウが言う。
「コノコはまだ何も分かっていないわ!」
「シユラ様は分かってるよ。 アマフウ部屋に戻ってな。 オレはシユラ様を部屋まで送るから」
「トウオウ!」
「見てるぞ」
目で後ろを示す。
「オレはあんなややこしいのはごめんだからな。 アマフウが相手しな。 シユラ様行くぞ」
紫揺を立たせると、玄関の方に行かずセキが戻って行ったドアに向かった。
アマフウが前を見据えている。 トウオウと紫揺の姿を見送ったアマフウ。 瞼を閉じるとゆっくりと開けた。
「隠れていないで出て来なさい」
回廊にある丸い柱から姿を現したのはセイハ。
「あら、別に隠れてないわ。 誰かさんの失態を見てしまったのを気の毒に思って身を隠しただけだけど?」
チッ、アマフウが舌打ちをした。
部屋に戻る為にもセイハの横を通らねばならない。 歩を進める。
「一度ならず二度もねぇ・・・。 ゴメンナサイ、一度目は聞いただけだけど、今回は見ちゃったわ」
満足そうな笑顔で気のない詫び言を述べる。
「セイハ、アナタの考えいてることは分かってるわ。 諦めなさい」
「何のことか分かんないんだけど?」
「そう、それならいいわ。 ・・・あとで泣きっ面を見せるんじゃないわよ」
あと二歩でセイハとすれ違う。
「八つ当たりもいいとこ」
「今のうち好きに言ってなさい」
セイハが目の端にも見えなくなった。 アマフウはそのまま歩を進めた。
パタン。 紫揺の部屋のドアが閉められた。
「さて、話そうか」
トウオウが椅子を引いて紫揺を座らせ、その向かいの椅子を引き自分も座った。
「言っとく、無言はやめてくれよな。 オレそれって一番うざいから」
「・・・はい」
「よし。 ヘボッコを認めるよな?」
「・・・」
「オイ! 今言ったとこだろう!」
「でも・・・」
「ああ、でもも、だってもいいよ。 無言よりはマシだよな。 だけど、そればっかり言ってても話が進まないのは分かるよな?」
「・・・」
「またかよ。 って、そうだな・・・返事が出来ないんだったら、力ずくで認めさせるのもいいかもな。 ああそうだ。 うん、いい考えだ」
「・・・え?」
「何もアマフウに限らなくてもいいんだ。 オレがオレの力でシユラ様を痛めつければ、その内さすがのシユラ様だって反撃するだろ? それを何度も繰り返せば否が応にも認めるんじゃないか? うん、それいい。 何で今まで気づかなかったかなぁ」
言うと椅子から立ち上がり、後ろに下がると紫揺との間をあけた。
「え? ・・・待って下さい。 トウオウさ―――」
言いかけたが既に遅かった。
トウオウが前に突きだした右手の手首を返すと、掌をテーブルに向けた。 掌から赤い筋が見えたと思ったら、激しい音と共に一気にテーブルに炎が立った。
「ワッ!」
思わず椅子から転げ落ちた。
「さて? どうする?」
テーブルからはメラメラと炎が立っている。
「覚えてる? さっき言ったよな? シユラ様の瞳は黒。 黒の力は冬であり水を操ることが出来るって。 その火を消してみな」
「そんなことっ!」
「出来ないってか? 出来るんだよ。 やってみなよ。 シユラ様が消さないと火はどんどん増えるよ? んじゃ、次はその椅子に向けるよ」
さっきと同じように手首を返すと椅子に向けた。
「やめて! やめてください! 火事になってしまう!」
「なら、その炎を消せば? それかシユラ様がオレに打てば?」
言うと容赦なく椅子に向けられた掌から赤い筋が見えた。
ボン! という音と共に一気に椅子を焼き尽くしてしまった。 一瞬にして椅子が炭となった。
「あらら、ちょい力んじゃったか。 椅子は終わったみたいだね」
テーブルはまだ燃えている。
「次はなんにする? あの奥にあるベッドにしようか?」
ズカズカとベッドに向かって歩いて行く。
紫揺は今も燃えているテーブルとベッドに向かうトウオウを何度も交互に見た。
「トウオウさん! お願いします、やめてください! 話します、ちゃんと話しますから!」
ベッドに向かっていたトウオウが歩を止めて顔だけ振り返った。
「それはもう遅い。 いい? 取り返しってつかないんだよ。 オレは言ったはずだ。 無言はやめろって。 一番うざいって。 それなのに返事をしなかったのはシユラ様だ。 それはシユラ様が選んだことだろ。 だからオレは次のシユラ様の返事を待ってるだけだ」
顔を元に戻すと歩き始めた。
「そ! そんな無理、言わないでください!」
だが返事はしてもらえなかった。 ベッドの近くに立ったトウオウが右手をつきだした。
紫揺の顔が引きつる。
「やめてください!!」
見たくないという思いから、その場に座り込み両の拳をゴンという音がする勢いでこめかみに当てると両目をきつく瞑った。
「やめて! お願い!!」
爆風と共に耳をつんざくような音がアチラコチラから聞こえた。
「ウワッ! バカ!」
腕に一筋熱いものを感じた。 誰かにフワリと抱え込まれた。
「グッ・・・」
頭の上でトウオウの声が聞こえた。
パラパラと何かが落ちる音が聞こえる。
「火・・・火を消せ」
「え? なに?」
優しく強く感じていた温かいものが崩れ落ちていく。
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- 虚空の辰刻(とき)- 第99回
―――セキ
トウオウが口にしたと同時に紫揺が椅子をはね飛ばし部屋から出て行った。
ほんの数分前にアマフウが何をどう考えてセキと接しているのかを説明したのに、それがすっ飛んでいたようだ。
懸念など必要なかった。 簡単に罠にかかってくれた。
フッと鼻から息を吐くと片方の口元を上げる。
「簡単に乗ってくれちゃって。 にしても、ちょっと予定より時間がかかったな。 アマフウのヤツ上手くやってるかな」
そう漏らすとすぐに紫揺の後を追った。
「セキちゃん、セキちゃん無事でいて!」
階段の手すりを一気に滑り降りると、すぐに折り返してまた手すりを滑る。
「しまった、場所を訊かなかった」
手すりを滑りながら考える。
「でも、トウオウさんは同じシチュエーションって言ってた。 じゃ、あの場所?」
最後の手すりを滑って飛び降りるとすぐに食堂を通過してその奥に走る。 一番奥のドアのドアレバーを下ろす。 ドアを開け中に入ると更に二つのドアがある。 真正面に見えるドアを開ける。 このドアは外に通じるドア。 この先にセキが居るはず。
勢いよくドアを開けた。
膝まづいていたセキが驚いた顔で紫揺を見た。
「シユラ様・・・」
「セキちゃん!」
ドアを飛び出ると少し離れた所にアマフウがいた。
「邪魔しないでもらえるかしら」
疑問符がついていない。 アマフウが怒っているんだ。
「セキちゃんが何をしたって言うんですか!?」
すぐに膝まづいているセキを抱えた。
「何をした? 笑わせるんじゃないわよ。 そこに居るだけで邪魔なのよ」
「だって、此処は洗濯物を干すところ! 此処に来るアマフウさんが悪いんでしょ!」
「こんな所に来たくはないわよ。 致し方なく来たら」
そう言ってセキを睨んだ。
「私の前に姿を見せるんじゃないって言ったわよね。 それを覚えていないってことね」
セキは震えて下を向いている。
「いい加減にしてください!」
「いい加減にしてほしいのはコッチよ。 アナタ、そこをどきなさい!」
アマフウの右手が左肩近くに上げられた。 その右腕を前に伸ばすとセキが切られると思った。
セキを守りたい、ニョゼが自分を守ってくれたように。
「いい加減にしてって言ってるでしょ!」
アマフウに切られてもいい、セキを守ろうと左手でセキをギュッと抱え込み、まるでアマフウの力を自分が受けるという具合に伸ばした掌をアマフウに向けた。 この手が飛んでもいい、指がなくなってもいい。 セキを守りたい。 ニョゼが居てくれたようにセキの姉のようでありたい。 真っ直ぐにアマフウを見る。 顔なんて伏せない。
前までの紫揺なら、そこでセキを抱え込んで自分の顔も一緒に伏せていただろう。 だが今は違った。 顔を真っ直ぐにアマフウに向けていた。
「キャア!!」
アマフウが顔を覆った。
アマフウの顔に火がかかる寸前に大きな炎が火を飲み込んだ。 火を操る力は赤の力。 右目が赤色の瞳を持つトウオウから放たれた炎だった。 それは紫揺の発したものとは比べ物にならないほど大きく、紫揺が発した火が炎に飲み込まれたのだった。
飲み込まれた火は明らかに紫揺の掌から出ていたのを誰もが見た。 もちろん紫揺自身も。
「ふっ、シユラ様、まだまだだな」
トウオウが前に出していた手首を回転させ手を握るとその炎が消えた。
(アマフウさんに火が飛んだ。 自分の掌から・・・)
「けど、指先じゃなくて掌から飛んだのには向上が見えるな」
固まっている紫揺。 トウオウの声が遠くに聞こえる。
「分かったか? シユラ様に力があること」
トウオウが紫揺に近づきセキを抱えている手を解いた。 ついでにずっと前に出されていた右手を下に降ろさせる。
「シユラ様、立てる?」
「・・・」
「シユラ様・・・」
紫揺に抱えられていたセキが細い声を向ける。
「・・・セキ、ちゃん?」
視線はアマフウにあったが、その目はアマフウを見ることなく空(くう)を見ていた。 そして目をゆっくりとセキに転じた。
「シユラ様、大丈夫ですか?」
「何ともないさ」
二人の会話にトウオウが割って入った。
「シユラ様、立てるだろ?」
「ちょっと! トウオウ! ソノコじゃなくて私の心配をしなさいよ!」
「どうってことないだろ? シユラ様のあのヘボッコ炎はオレが消したんだから。 顔を燃かれてないだろ?」
「どうしてもっと早く来なかったわけ!?」
「いや、シユラ様って階段を降りるのが早いんだよな。 追いついたと思ったら、ギリセーフ」
「トウオウ! 私は顔も命もかける気はないわよ!」
「分かってるって。 悪かったよ」
アマフウとトウオウの会話の中で紫揺の小さな声が聞こえた。
「・・・ヘボッコ?」
その小さな声にトウオウが振り向き口角を上げる。
「そう、ヘボッコだ。 シユラ様、そのヘボッコの炎を自分が出したのを見ただろ?」
アマフウとの会話を止めて、苦笑しながら言った。
「・・・」
「ヘボッコを出したよね? ちゃんと見ただろ? な、認めなよ」
「・・・そうかもしれません」
「かもしれませんって・・・。 ホント、強情だな。 んじゃ、説明止(や)める。 強情さんには説明が通らないからな。 それでいい?」
「・・・説明はお願いします」
「どんだけワガママなんだよ。 シユラ様、アマフウとそう変わらないな。 んじゃ、どの説明が欲しい? 色々あるんだけど?」
「・・・ヘボッコの」
「ああ、それね。 シユラ様の出した炎はオレの右目の赤と同じ力を持っている。 でも、オレは赤の本来持つ力の半分しか持っていない。 ちょっと変な異(い)なる双眸だからな。 でも、オレは今のシユラ様より大きな炎を扱うことが出来るよ。 オレの左目、薄い黄色は白の力を持ってる。 こっちも隻眼だから力は半分しかない。 そのオレの半分しかない力でもシユラ様の発した炎を飲み込めるほどの・・・ヘボッコ炎だってこと」
トウオウの異なる双眸は本来、五色の持つ異なる双眸ではない。 本来の異なる双眸は半分の力などではない。
本来トウオウは白の力を持つ薄い黄色の瞳を両眼に持っていなくてはならなかった。 だが祖先からの血が悪戯をしたのか、そういう運命だったのか隻眼になってしまっていた。 力もそれと同じように半分しか持ちえなかった。
「シ・・・シユラ様?」
座り込んでいたセキが紫揺を見上げる。
「セキちゃん、大丈夫? どこか怪我をしなかった?」
トウオウの言うことをまるで雲の上で聞いていた紫揺がセキを覗き込む。
「してないよ。 心配することはない」
どうしてかトウオウが言い、セキを見て続けて言った。
「仕事に戻るといい」
セキがどうしたものかと紫揺とトウオウを何度も見る。
「聞こえなかったか?」
トウオウが低い声で言った。
「セキちゃん、セキちゃんがどこも怪我してなかったらいい。 私のことはいいから」
紫揺の言いたいことが分かった、今は自分が邪魔なのだと。 コクリと頷くと乾いた雑巾の入った籠を持ってドアを開け中に入っていった。
紫揺とトウオウがセキを見送り終えたところでトウオウが言う。
「どう? シユラ様の力を見ただろ? これは否定できないよな?」
「・・・」
「無言って、シユラ様それは無いと思うよ。 言ったよね、やってみて出来なければシユラ様に力がないとしよう。 シユラ様に力がないとオレに証明してくれる? って。 でも、力があったよね? シユラ様も見ただろ?」
「・・・」
「あれ? 無言を貫くの? それってルール違反じゃない?」
「トウオウ!」
振り向くとすぐ後ろにアマフウが歩いてきていた。
「あらま。 アマフウのお出まし?」
「コノコには自覚が一切ないのよ。 何を言っても無駄! 私の顔を燃やそうとしたことも誰かのせいにして自分のしたことから逃げてるだけよ!」
「・・・そんなこと」
「そんなこと? そんなことあるでしょ! アナタが今、私の顔を燃やそうとしたでしょ!」
「アマフウさんの顔を燃やそうなんて思ってません! ただ、セキちゃんを守ろうとしただけで―――」
「守るのは攻撃だよ?」
アマフウと紫揺の会話にトウオウが割って入って来た。
「え?」
「攻撃しなくて守れる?」
「・・・」
「トウオウの言う通りよ。 アナタが私に掌を向けた。 アナタはその掌で私に攻撃をした」
「・・・それは無我夢中で意味なんてないです」
「意味なんてない? 無我夢中? 笑えるを超してるわ。 馬鹿も休み休み言いなさい! 意味があるからアナタがそうしたんでしょ!」
「・・・」
確かにセキを守りたいと思った。
「ああ、今は意味の有る無しなんてどうでもいいわ。 アナタは自分の目でアナタの力を―――」
「アマフウ、もういいだろ」
紫揺の腕を取っているトウオウが言う。
「コノコはまだ何も分かっていないわ!」
「シユラ様は分かってるよ。 アマフウ部屋に戻ってな。 オレはシユラ様を部屋まで送るから」
「トウオウ!」
「見てるぞ」
目で後ろを示す。
「オレはあんなややこしいのはごめんだからな。 アマフウが相手しな。 シユラ様行くぞ」
紫揺を立たせると、玄関の方に行かずセキが戻って行ったドアに向かった。
アマフウが前を見据えている。 トウオウと紫揺の姿を見送ったアマフウ。 瞼を閉じるとゆっくりと開けた。
「隠れていないで出て来なさい」
回廊にある丸い柱から姿を現したのはセイハ。
「あら、別に隠れてないわ。 誰かさんの失態を見てしまったのを気の毒に思って身を隠しただけだけど?」
チッ、アマフウが舌打ちをした。
部屋に戻る為にもセイハの横を通らねばならない。 歩を進める。
「一度ならず二度もねぇ・・・。 ゴメンナサイ、一度目は聞いただけだけど、今回は見ちゃったわ」
満足そうな笑顔で気のない詫び言を述べる。
「セイハ、アナタの考えいてることは分かってるわ。 諦めなさい」
「何のことか分かんないんだけど?」
「そう、それならいいわ。 ・・・あとで泣きっ面を見せるんじゃないわよ」
あと二歩でセイハとすれ違う。
「八つ当たりもいいとこ」
「今のうち好きに言ってなさい」
セイハが目の端にも見えなくなった。 アマフウはそのまま歩を進めた。
パタン。 紫揺の部屋のドアが閉められた。
「さて、話そうか」
トウオウが椅子を引いて紫揺を座らせ、その向かいの椅子を引き自分も座った。
「言っとく、無言はやめてくれよな。 オレそれって一番うざいから」
「・・・はい」
「よし。 ヘボッコを認めるよな?」
「・・・」
「オイ! 今言ったとこだろう!」
「でも・・・」
「ああ、でもも、だってもいいよ。 無言よりはマシだよな。 だけど、そればっかり言ってても話が進まないのは分かるよな?」
「・・・」
「またかよ。 って、そうだな・・・返事が出来ないんだったら、力ずくで認めさせるのもいいかもな。 ああそうだ。 うん、いい考えだ」
「・・・え?」
「何もアマフウに限らなくてもいいんだ。 オレがオレの力でシユラ様を痛めつければ、その内さすがのシユラ様だって反撃するだろ? それを何度も繰り返せば否が応にも認めるんじゃないか? うん、それいい。 何で今まで気づかなかったかなぁ」
言うと椅子から立ち上がり、後ろに下がると紫揺との間をあけた。
「え? ・・・待って下さい。 トウオウさ―――」
言いかけたが既に遅かった。
トウオウが前に突きだした右手の手首を返すと、掌をテーブルに向けた。 掌から赤い筋が見えたと思ったら、激しい音と共に一気にテーブルに炎が立った。
「ワッ!」
思わず椅子から転げ落ちた。
「さて? どうする?」
テーブルからはメラメラと炎が立っている。
「覚えてる? さっき言ったよな? シユラ様の瞳は黒。 黒の力は冬であり水を操ることが出来るって。 その火を消してみな」
「そんなことっ!」
「出来ないってか? 出来るんだよ。 やってみなよ。 シユラ様が消さないと火はどんどん増えるよ? んじゃ、次はその椅子に向けるよ」
さっきと同じように手首を返すと椅子に向けた。
「やめて! やめてください! 火事になってしまう!」
「なら、その炎を消せば? それかシユラ様がオレに打てば?」
言うと容赦なく椅子に向けられた掌から赤い筋が見えた。
ボン! という音と共に一気に椅子を焼き尽くしてしまった。 一瞬にして椅子が炭となった。
「あらら、ちょい力んじゃったか。 椅子は終わったみたいだね」
テーブルはまだ燃えている。
「次はなんにする? あの奥にあるベッドにしようか?」
ズカズカとベッドに向かって歩いて行く。
紫揺は今も燃えているテーブルとベッドに向かうトウオウを何度も交互に見た。
「トウオウさん! お願いします、やめてください! 話します、ちゃんと話しますから!」
ベッドに向かっていたトウオウが歩を止めて顔だけ振り返った。
「それはもう遅い。 いい? 取り返しってつかないんだよ。 オレは言ったはずだ。 無言はやめろって。 一番うざいって。 それなのに返事をしなかったのはシユラ様だ。 それはシユラ様が選んだことだろ。 だからオレは次のシユラ様の返事を待ってるだけだ」
顔を元に戻すと歩き始めた。
「そ! そんな無理、言わないでください!」
だが返事はしてもらえなかった。 ベッドの近くに立ったトウオウが右手をつきだした。
紫揺の顔が引きつる。
「やめてください!!」
見たくないという思いから、その場に座り込み両の拳をゴンという音がする勢いでこめかみに当てると両目をきつく瞑った。
「やめて! お願い!!」
爆風と共に耳をつんざくような音がアチラコチラから聞こえた。
「ウワッ! バカ!」
腕に一筋熱いものを感じた。 誰かにフワリと抱え込まれた。
「グッ・・・」
頭の上でトウオウの声が聞こえた。
パラパラと何かが落ちる音が聞こえる。
「火・・・火を消せ」
「え? なに?」
優しく強く感じていた温かいものが崩れ落ちていく。