大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第18回

2013年07月29日 14時54分01秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第18回



「そうなんですか」 森川が辞めると聞いて 心に穴が開いてしまったのと 頼れる人が居なくなるという焦りで 琴音自身心の整理がつかない。

「森川さんが辞めるまでに 経理を覚えようとする意志がありますか?」

「はい。 数字を追うのは好きですから」 そう言う言葉と裏腹に心の中は (まただわ。 森川さんが居なくなるっていうのに 何ていう事を口にしてしまったのかしら)

「その意思さえあれば充分です。 前の人は 出来ません って言って辞めてしまいましたけど 用はやる気ですから。 それじゃ、もういいですよ仕事に戻ってください」 そう言われて応接室を出た琴音であったが すぐに森川の席に行き

「森川さん お辞めになるって本当ですか?」

「あら? 会長言っちゃったの?」

「本当なんですか?」

「うん、そうなのよ。 最初に言ってしまうと織倉さんが焦っちゃうんじゃないかと思って言わなかったの。 最後の1ヶ月で言おうと思ってたのになぁ。 会長ったらお喋りね」 

「私一人でこんな仕事できません」 やっと本音が言えたね。

「何言ってるの1ヶ月やってきたじゃない、やれば出来るわよ。 前の人は1週間で辞めちゃったわよ」 さっき会長が言っていた話である。

「そんなぁ」 甘えてどうする。

「出来ない人は1週間で辞めるわ。 1ヶ月やってこられたんだからあとはこれの繰り返しよ」

「はぁ~」 返事か溜息か分からない息を一つついた。

そこへ応接室から会長が出てきて そのまま事務所を出て行った。 その姿を見送った森川が会話を続けた。

「織倉さんの前に来てた人、2人居たのよ」

「え? 2人ですか?」

「そう。 今言った辞めたっていう人は 会長が連れてきたの。 知り合いの娘さんだったみたいで 織倉さんとそんなに年は変わらなかったんじゃないかしら。 意気揚々と入ってきたんだけど 1週間後にはヘシャゲちゃって応接室で会長に こんな事をするなんて聞いていませんでした。 何がなんだか全く分かりません、もう辞めます! って言って辞めちゃったの。 会長にしたら知り合いに顔が潰れちゃったってこと」

「たしかに私も分かりませんが 何がなんだかって言うほどでしょうか?」

「でしょ、だから織倉さんはやっていけるのよ」 墓穴を掘ったようだ。

「あと1人はどんな方だったんですか?」 墓穴に気付いてないようだ。

「織倉さんと同じようにハローワークから来たんだけど 面接の時に・・・時期が悪かったのね 可哀想だけど面接落ちなの」

「時期ですか?」

「そう。 織倉さんが来る2、3ヶ月前くらいだったかしら 事件があったでしょ?」

「事件ですか? 最近は事件が多くてどの事件かしら」

「ほら、不倫で・・・女性が相手の男性の知らない間に 男性の家庭の中に上手く入って薬を盛ったっていう」 森川がそこまで言うと

「あ、はい ありました。 確か小さな子供さんにも薬入りのジュースを飲ませたっていう」

「そうそう、それ。 その犯人とそっくりだったのよ」

「え? それで面接を落としちゃったんですか?」

「もう、瓜二つだったくらい似てたのよ。 最初事務所に入ってきた時にビックリしたくらいよ。 それでね、面接が終わってその人が帰ってから 会長と社長がどうするか話している時に私が言ったの。 あの事件の犯人とそっくりですねって。 すると社長もそう思ってたって言うし 会長もその事件を思い出して どこかで見た顔だと思っていたらそうだったのかって言って 悪いけど断ろうかって言う話になって 断っちゃったの。 その人には悪いことをしちゃったと思うけど もしお客さんがこられた時にこの事を覚えていたら お客さんもどうしていいか困るでしょ? それにこのことが無くても断っていたかもしれないわ」

「え?」

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みち  ~未知~  第17回

2013年07月26日 14時14分27秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第17回



会社へ行けば 相変わらず斜め前に見えるビルの窓が気になる。

「いったい何なのかしら・・・あの真ん中の窓から見られているような気がしてならないわ。 それに何か不気味な感じ」 だがその窓はずっと閉められたままで ビル自体に誰が居るわけではなかった。

男性陣のお昼、営業は勿論弁当などは持ってこず 外回り先での外食だが ほかの者は大半が弁当持ちだ。 俗に言う愛妻弁当である。

しかしその弁当も 1階は1階で食べ 3階の5人は 仕事と同じく奥の事務所でPCを見ながらなので 弁当を持ってきている森川と琴音だけが この事務所で食べるということなのだが 昼の時間になると 森川がおもむろに 小さなテレビを出してきて 毎日決まった連続ドラマを見ているようだ。 

そんな森川とは お昼の会話など無いものだから 琴音は本をもってきて読んでいた。 

元々本を読むのが好きで 前の会社に努めていた時も図書館で本を借り、家でずっと読んでいたが 職探しを始めてからは暫く読んでいなかった。 


小学校の時から読み始めた動物の本、それが最初だった。 

中学を卒業するまでは ずっと動物の本ばかりを読んでいた。 ペットや家畜の本ではない。 野生動物の本である。 その頃の夢は野生動物保護官になることだった。 それ故、幼いながらも少しでも知識を増やそうと 動物の生態から始まり筋肉、骨格のつき方にまで及んで読んでいた。 

だが小学校の頃の夢は実現することなく 動物とは全く縁のない人生を歩き出していた。

高校に入った頃には動物とは関係のない本を読みはじめた。 

ずっと働き詰めの母親の肩をもみ、背中をほぐしとしていた事がきっかけで 何とか有効なほぐし方はないだろうかと 今度は整体や人体の本も借りて読むようになってきていた。 

知識を頭に入れ素人ながらも母親の身体をほぐす事は出来たが 短大も卒業し、就職のために一人暮らしを始めるようになってからは 母親の身体ををほぐす事もなくなり 今度は小説を読み始めていたのだ。 


悠森製作所に入ってからは 少し前までは風水の本を借りて読んでいたのだが 最近では陰陽道の本を借りて読んでいた。 

本を読みながらいつも横に見える森川の姿を見て
(森川さん今までも こうして一人でテレビを見ながら お昼を食べていたのかしら。 何年こうしてきたのかしら) 一人を好む琴音ではあったが さすがに60歳を超して毎日会社で一人の食事というのは寂しさを感じた。


悠森製作所に入り もう少しで1ヶ月が経とうとした時の事である。

森川と話をしていると 森川の周りに山を見たときに見えるものと同じ白いものが見えた。 

「え!? どうして?」 山に見えるのは小さな頃からだから慣れてはいるが 人に見たのは初めてだった。

山と違い間近で見るからなのか目がチカチカして開けていられない。 相手の目を見るどころか姿さえ見る事ができない。

「どうしよう・・・森川さんと話すときに目を逸らしてしまう」 目を逸らせて話す事は相手にとって失礼な態度であると考えていた琴音にとっては 大きな悩みになった。

そんな時 事務所に入ってきた会長に応接室へ来るようにと呼ばれた。 琴音が応接室のソファーに座るなり

「どうですか? 1ヶ月経ちましたが 経理の仕事はやっていけそうですか?」 こんな質問があると予想していなかった琴音は 少し考えて

「難しいです。 難しいですが やっていけなくは無いと思います」 そう答えながら

(うわ! なんてことを答えてるの? 出来るはずないじゃない) 心の中で叫んでいた。 

でもそう言わなければいけないんだよ。 辞めるにはまだ早すぎる。 まだね。 始まったばかりなのだから。

「森川さんは引継ぎを今年で終わらせて 後は退職しますけど 一人でやっていけそうですか?」

「え? 森川さんお辞めになるんですか?」 寝耳に水だ。

「あれ? 言ってなかったかな? 森川さんが辞めるから引継ぎで 求人募集をかけたんですよ」

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みち  ~未知~  第16回

2013年07月22日 14時14分49秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第16回



奥の事務所には仕切られた大きな台所に 冷蔵庫や食器棚が置かれていたが 表の事務所の片隅にある 小さな台所で用意をし始めた。

5人はそのまま1階の工場に残る。 3階事務所に上がってきた社長と他の10人に朝のコーヒーを入れるのだが 誰がどのカップかを覚えなくてはいけないのは勿論だが 誰がブラックで誰が砂糖入りでと メモを取らなくては覚えられない。 

前の職場ではお茶を出すだけであったが コーヒーとなると少しの量の違いで味が変わるので気を使ってしまう。 

琴音がメモを取っていると 表の事務所に机があるのだが 社長と5人がこの事務所には座らず 手荷物だけ机に置き 奥の事務所に入って行った。

メモを取りながら(いったいどうなってるのかしら?) と考えた琴音だが その琴音の心の声を聞いたかのように森川が

「みんなこっちの机にはあんまり来ないのよ。 こっちの机にはPCが無いでしょ? みんなPCを触るから奥の事務所に入りびたりなのよ それに今ここに居るあとの5人も営業だからすぐに出て行くわ。 最近は会長も月に一度くらいしか来なし 来てもすぐに出て行くから気が楽よ 誰に気を使わなくてもいいでしょ?」 奥の事務所にも机があってそれぞれの机の上にはPCが置かれていた。 

(森川さんって あまり賑やかしいのが好きじゃないのね) 琴音もあまり人と繋がりを持ちたくない方であるから 森川の言いたいことがわかる。

コーヒーを森川と一緒に皆の机においていき そしてようやく仕事の話になった。

「織倉さんの机はここね」 森川の隣だ。 そして二人で席に着くと

「経理の経験は無いって聞いたんだけど」 森川が聞いてきた。

「はい、全くありません」 何も出来ないのだからはっきり言っておこうと 言い切った。

「大丈夫よ。 細かいところは税理士さんがしてくれるから 日々の振替伝票さえ出来ればいいわ」 それからは 毎日の入金処理や出金処理などを教わったが 細かいところなどは全く覚えられない。 それに経理以外の一般事務もある。 とにかくメモを取る。 そのメモをマンションに持ち帰って もう一度見直し復習だ。


そんな毎日が数日が経つと

「どうしてこんなに覚えられないのかしら」 自己嫌悪に陥ったが 仕方が無いじゃないか 年齢が年齢なのだから。 いつまでも若い時のように 何でもすぐに覚えられる筈が無い。 新しいことを覚えるのには 時間がかかる歳になったのだよ。 肉体の衰えとはそういうものなのだよ。

そんな琴音を見て 森川が

「入金処理は分かったみたいね。 今度はもっと経理の基本を覚えましょう」 と言い出し

「資産と負債 それぞれの増加と減少を覚えれば どんな内容のものがあっても 伝票を切ることが出来るからね」 ここにきて琴音はパニックを起こしそうになった。

「とにかく今から書くことを丸暗記してね」 そうして森川は琴音のパニックの元となる 資産と負債の増加と減少を次々と書いていった。

(とにかく丸暗記すればいいのね) だがそう簡単に丸暗記も出来ない琴音であった。 またマンションに持ち帰って復習だ。

部屋に帰ってからは 復習もするが愚痴もこぼれる。

「貸借対照表とか資産表とか聞いたことも無い言葉だらけじゃない。 手形や小切手なんて簡単にきれないわよ。 間違ったらどうするのよ」 そう思うのも仕方が無いな。 長い畑でやって来た今までの事務とは全然違うのだから。  まさかここまで聞いたこともない言葉をやっていくとは 思ってもいなかったのであろう。

「でもきっと森川さんだから 気長に教えてくださるのよね。 もしこれが違う人だったらどうなっていたかしら。 さじを投げられたんじゃないかしら」 琴音にとって森川は頼れる先輩であり 優しい先輩でもあった。

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みち  ~未知~  第15回

2013年07月19日 15時15分50秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第15回



9時少し前になると森川が

「もうそろそろ9時ね。 男性人ももう全員集まって朝礼が始まるはずよ。 織倉さんの紹介があるから 下に降りましょうか」 と言い、窓を閉め 表の事務所のエアコンのスイッチを入れた。

「これで次に上がってきた時には よく冷えてるわよ」 笑窪を見せた。

階段を下りながら 階段にある窓を全部開け

「暑い、暑い」 と団扇で扇ぐ森川。 ふと琴音を見て

「織倉さん、汗をかかないの?」 不思議そうに琴音の顔を見た。

「この程度でしたら汗は出ませんし 窓を開けていたので 涼しい風が入ってきていましたから」 琴音は自分が汗をかきにくい体質というのをよく知っていた。

「まぁ、羨ましいわ。 私なんてすぐに汗でビチャビチャになっちゃうもの」

「汗が出る方が健康的でいいですよ」

「そうかしら?」

「はい、汗をかかないことは不健康だなっていつも思ってるんです」

「でもこの暑い時に 織倉さんの涼しそうな顔は羨ましいわよ」 琴音の顔をもう一度見てまた扇子で扇ぎだした。

階段を下り、工場に入ると社長を中心に社員が集まっていた。  

今まで琴音が勤めていた会社は 大きな自社ビルで 大人数で働いていた。 それと比べると此処は大違いで 自社建屋ではあるが 今までの会社と比べると 比較にならない。 

だがそれは面接に来ていたときから分かっていた事。 琴音はあまりの人数の少なさに驚いたのだ。 それに殆どが琴音より年上か同年代であろう。 30代と見える数人が 悠森製作所での若い方の社員だ。

(これだけで全社員なの? それに平均年齢が高そう) 心の中で呟いた。 

求人募集で女性の人数は意識をして見ていたが 男性の人数や総人数は 意識をすることがなく 見ていても記憶には残っていなかったのだ。

森川と琴音を見た社長が

「おっ、降りてきたか」

「遅かったかしら?」 森川が社長に言うと

「いえ、丁度よかったですよ。 それじゃあ、朝礼はこれくらいにして 今日から来ていただくことになった 織倉さんです」 社長が琴音を紹介した。

「織倉琴音と申します。 宜しくお願いいたします」 琴音の自己紹介を聞いて 次々と一人一人が自分の名前を言って自己紹介していくが 15人ほどといっても 顔と名前を一致させて スンナリとは覚えられない。

琴音への自己紹介も終わると社長が

「形式的な自己紹介だけであって 一度で全員の名前なんて覚えられないだろ? 少しずつ覚えていくといいからね。 それまでは『あなたは誰でしたっけ?』 って聞くといいから」 

「うふふ、そんな聞き方は出来ないわよね」 森川が琴音をチラッと見て言うと

「そう? じゃ、織倉さんのことは全て森川さんに頼みますね。 さっ、それじゃあ仕事に就こうか」 社長の一声で みんな散り散りバラバラに自分の仕事場所へ移動した。

森川と琴音も3階の事務所に戻ろうと階段を上がったが 2階を過ぎた辺りの階段の途中で琴音の息が切れてきた。 

「あら、織倉さん大丈夫?」 森川が自分を扇いでいた団扇で 琴音を扇いだ。

「あ、大丈夫です。 運動不足ですね」 森川はケロッとしている。 3階までスンナリ上がれるようにならないとね。

3階の事務所へ戻ると 今度は朝のコーヒーを入れることを教えられた。

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みち  ~未知~  第14回

2013年07月16日 15時11分29秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第14回



週が明け月曜日。

8時15分 会社の前に着いた。 

乗ってきた自転車はどうすればいいものかと 数台止めることの出来る駐車場のほうへ自転車を押して行くと 駐車場の奥の裏口から面接の時にパタパタと走っていた女性が出てきた。

「あら おはようございます。 今来た所?」 いつも微笑んでいる。

「おはようございます。 はい。 自転車は何処へ置けばいいでしょうか?」

「この中へ入れて」 女性が出てきた裏口から入って建物の中へ入れるようだ。 

自転車を押して中に入ってみるとすぐに原付自転車が停められてあった。 その原付自転車の横に停め 女性が待っている駐車場へ出た。 

「挨拶が遅くなっちゃったけど 私、森川と申します。 宜しくお願いしますね」 いい笑顔だ。

「織倉琴音と申します。 宜しくお願いいたします」

「こんな外で、ましてや駐車場で自己紹介って 変な話ね」 笑った顔の笑窪が何とも可愛らしい。

「こっちへ来て」 もう一つの裏口に呼ばれた。 中に入ると

「ここにタイムカードがあるから これを朝一番にこうして押して下さいね」 入ってすぐに置かれてあったタイムカードの使い方を 女性はゆっくりと琴音に説明した。

「それから ロッカー室に行って 着替えるの。 ロッカー室はこっちよ」 また自転車を止めた裏口から入って階段を上がり 中2階に5畳ほどの小さなロッカー室があった。

「ここは女性のロッカー室で 男性のロッカー室は別の所にあるの。 このロッカーを使うと良いわ」 琴音用のロッカーである。

そこへ鞄を置き 制服があるわけではないので 上着をハンガーに掛けただけだ。 自転車をこいできて 額に少し汗がにじんではきていたが コンクリートの建物の中はヒンヤリしている。 額の汗もすぐにひいた。

「後は事務所に行って掃除なんだけど 男性人は9時出社だからそれまでに終わらせるの」 表の事務所に入るには 裏に当たるロッカーを通ってきたので そのまま3階まで上がって 奥の事務所を通過して 表の事務所に入る。

奥の事務所に入ってすぐ 森川がエアコンのスイッチを入れた。

そのまま奥の事務所を通過し、表の事務所に入った琴音と森川。 表の事務所は日当たりがよく空気がムッとしていた。

奥の事務所の窓はみな棚などで塞がれて開け難くなっていた為、開けることはなかったが 表の事務所は掃除のために全ての窓を開けると 涼しい風が入ってきた。 そして3階であるからなのかずっと向こうに山が見える。 見晴らしが良い。

「まるで山の空気が入ってくるみたい」 朝の空気は大切だ。 特にここの空気はね。 

あちこちの窓を開けていると

「あら? あの建物のあの窓・・・」 斜め前に見えるビルのある一つの窓が気になった。

始業前30分の間にしなくてはならない 一日の始まりである掃除の仕方、掃除用具の置き場所や掃除をする場所を教わった。 森川は暑がりだ。

「私、奥の事務所の掃除をしてきていいかしら? 涼みたいの」 額から汗を流し 奥の事務所を指差した。

「はい、どうぞ。 ここの机をみんな拭いておけばいいんですね」

「ゴメンね、お願いするわ 汗が引いたらすぐにまた来るわね」 そう言い残して奥の事務所に走って行くと エアコンの真下に立ち団扇で扇いでいる。

その後も森川は 奥と表の事務所を行ったり来たりとして 琴音に指示を出していた。

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みち  ~未知~  第13回

2013年07月11日 16時31分59秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第13回



「この時間じゃ みんな忙しいわよね」 琴音の友達といっても 会社勤めの友達は仕事中であろうし 主婦は家事の忙しい時間であろう。

パタンと携帯を閉じ ボォっとしたときに思い出した『ご縁』 と言う言葉。

「ご縁・・・か。 そうよね、よく『ご縁』 って言う時は結婚相手の時に使うけど それだけじゃないわよね。 ・・・私はどんな人とご縁があるのかしら どんな事とご縁があるのかしら 考えただけで嬉しくなってきちゃうわ」 コーヒーを一口飲み

「ふふふ こんなこと考えたことも無かったわ。 そうよね今までどちらかと言うと ネガティブな方に考えていたわよね。 そう言えば ネガティブっていうことすら自覚してなかったわ。 ふふふ 何がこんなに嬉しいのかしら」 そうなのだ。 琴音は今までに何度も <どうして自分が生きているのか> <自分は何をしたいのか、何をすれば良いのか> そんなことを考えていたが それは自分を責めるように考えていたのだ。 

琴音の肉体の力が抜けた脱力感からか そのまま机に顔を伏せ寝てしまった。

気付くともう昼の3時になっていた。

「わ! 寝ちゃってた」 そう思っても 何かを特別しなければいけないわけじゃない。

テレビを点け 冷めてしまったコーヒーを入れなおし ワイドショーを見ていると

「どうしてこんなに悲しいニュースばかりなのかしら」 チャンネルを変えるが 何処も同じようなものだ。

親殺し、子殺し、保険金目当ての殺人、無差別殺人 今の世の中はいったいどうなっているのだ。 琴音は嫌気が差し テレビを消しコーヒーを持ってベランダに出た。 暑さでムッとする空気だ。

今までの琴音であれば そのままテレビを見ていたのだ。 <へぇー、そんな理由で> <そういう問題があったの> などと言う感想を持ちながら。 それが一転したのだが そのことに琴音は全く気付いていない。

ベランダからはずっと向こうに大木が見える。

「今日はよく見えるわ」 琴音の見えるというのは 大木が見えるということではない。 

琴音は小さい頃から山や木を見ると その周りに白いものが見えたのだ。 小学生の頃、図画の時間に写生の授業で校舎の屋上に上がり そこから見える風景を描くという事があった。 

目の前には山がある。 勿論みんな山を描くのだが その時に琴音は気付いた。

「みんなどうして 白いのを描かないの?」 琴音の描いた山の周りにもう既に白く塗ってあったそれを 慌てて上から塗り潰して提出したのだが 琴音の中で<これは人に言うことじゃない> と小学生ながらに思ったのである。

だが琴音、今日は何故そんなに白いものがよく見えるのか よく考えてみるといい。

丁度、汗がジメっと出はじめた頃に 家の電話が鳴った。

「こんな時間に誰かしら? 携帯にかかってこないってことは 暦かしら?」 電話に出ると 悠森製作所からであった。 

「先ほどはお疲れ様でした」 社長の声である。

「こちらこそ有難うございました」 1週間後の返事と聞いていたので 琴音は何が何か分からなくなっていた。

「1週間後の返事と言っていたんですが・・・」 言いづらそうにしている。

「はい」 駄目だったのかと諦めかけた時

「もう 来て頂くという事で 早速来週から来てもらえないでしょうか?」 思いもよらない言葉であった。

「え?」

「駄目ですか?」

「いえ、そんなことはありません。 こちらこそ宜しくお願いいたします」

「ああ、良かった。 それじゃあ 来週月曜日から 8時30分が出社時間ですから」

「はい。 8時30分ですね」 忘れないようすぐにメモを取った。

そうして電話を切ったのだが 1週間後がどうして昨日の今日どころか 今日の今日になったのか 狐にでもつままれたような顔をしている。

「何? どうして1週間後が今日なの?」 そんな疑問を持ちながらも 心の中はワクワクしている。


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みち  ~未知~  第12回

2013年07月08日 14時14分02秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             



『みち』 ~未知~  第12回



「経理は出来るんですか?」 琴音の履歴書を見ながら聞いてきた。

「経理の経験はありませんが ワード、エクセルは出来ます」

「ああ、良いですよ。 経験がなくても経理をやる気があるかどうかですから」 琴音は胸を撫で下ろした。

「ワード、エクセル?」 琴音の言葉を聞いて社長がキョトンとして琴音の顔を見て言った。

「あ、はい 募集用紙にワード、エクセルの出来る人と書いてあったので」

「そんなものは必要ないですよ。 誰だ勝手に書いたのは」 社長が笑いながらそう言ったが 琴音にしてみても あまり人に言えるほど出来るという自信が無いものだから(良かった) と心の中で思った。 

「あれ? この年で配偶者が無い・・・離婚ですか?」 琴音の履歴書をみて会長が聞いてきた。

「いえ、ずっと未婚です。 結婚は考えていませんので」 普通なら 失礼な! と思うかもしれないが 年齢を気にしている琴音にとっては 当然の質問であろうと思った。

「うちは安月給です。 一人暮らしでこの給料でやっていけますか?」 会長が念を押すように聞いてきた。 

確かに多くは無いが 琴音もそれは分かって来ている。

「はい。 特に贅沢などはしていませんので」 今までの琴音であれば「はい」 で終わっていたであろうが 先程から何かと答えにプラスして一言が出てしまう。

「こんな給料でやっていけるかなぁ」 会長がもう一度言った。

それからも会長と少し話をしたが また会長が

「配偶者が無いって言うことは 何故ですか?」 と聞いてきたのを 社長が遮る様に

「さっき仰ったじゃないですか」

「あれ? そうだったか?」 苦笑いの琴音であった。

「それでは1週間後に電話連絡をします。 それで宜しいでしょうか?」 社長が聞いてきたので

「はい よろしくお願いします」 と琴音が答え その場を立った。

「失礼します」 そう言って応接室を出、事務所のドアのほうに歩いて行きながら さっきの女性のほうを見ると 女性が琴音の方に走ってきた。 奥にいた男性は椅子から立った。

「お世話になりました。 あのせっかく入れていただいたお茶、少し残してしまいました」 そう言う琴音に

「何言ってるの 気にしないで。 気をつけて帰ってね」 何を言ってもいても ずっと微笑んでいる。

「それでは失礼いたします。 有難うございました」 ドアの前でそういうと 男性が「お疲れ様でした」 と声をかけたので 男性に向かい会釈をし、階段を降りて行った。

自転車に乗りマンションに帰った琴音は 着替えることもしないですぐ和室に座り込んだ。 家に帰り急に力が抜けたのだ。

「何も緊張してなかったし、力んでもいなかったのに どうしてこんなに力が抜けちゃうのかしら」 和室の机に両腕を置きそのまま額を手の上に置いた。

「はぁー」 と大きく溜息をついたが 前回とは違う。 ざわめくものも無ければモヤモヤしたものもない。 言ってみれば燃え尽きたような気持ちなのだ。 納得の溜息なのだ。

「とにかく着替えよう」 一つ溜息をして我に戻ったのか 着替えと鞄の片付けをし始めた。 

「1週間後・・・。 長いようで短いかな。 他に当てがあるわけじゃないから 大人しく待っていようか。 えっと・・・コーヒーでも飲んで・・・今日誰か暇かしら?」 キッチンに行きコーヒーを入れ コーヒーを片手に和室に戻り携帯を触り始めた。

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みち  ~未知~  第11回

2013年07月05日 14時57分30秒 | 小説
『みち』 目次

第 1回第 2回第 3回第 4回第 5回第 6回第 7回第 8回第 9回第10回


                                             


『みち』 ~未知~  第11回



「どうぞ此処に座っててね。 すぐに社長を呼ぶわ。 退屈でしょ? テレビでも見る? あ、座ってね」 女性はテレビのリモコンを持って スイッチを入れた。

「失礼します」 矢継ぎ早に話され、言われるがまま琴音はソファーに座った。

「何が見たい?」 チャンネルを色々変えるが いくら緊張していないと言えど テレビを見る気にはなれない。

「あの、大丈夫です」 そう返事する以外なかった。

「そう? じゃあ、ここを点けとくわね。 今お茶を入れてくるわね」 ワイドショーを点けたまま パタパタと小走りで応接室を出て行った女性であった。

「玄関のチャイムに出て下さった女性かしら?」 60歳を有に超しているように見える。

「それに面接に来てテレビって・・・ ふふ」 チラッとテレビを見てから 鞄から履歴書の入った封書とハローワークから渡されていた封書を出し 座っている横に置いた。

アジアン的な飾り物が沢山置かれている応接室をずっと見渡していると さっきの女性がお茶を持って入ってきた。

「どうぞ」 琴音の前にお茶を置いた。

「有難うございます」 座ったまま軽く会釈をした。 その時、女性の足元が目に入った。 健康スリッパを履いている。 
(かわいい人) 思わず心の中でそう思った。

「この番組面白くない?」 女性が琴音に聞いてきた。

「いえ、そんな事はありませんが・・・」

「そう? じゃあこのままにしておいて・・・ごめんなさいね、社長遅いわね。 何してるのかしら もうちょっと待っててね 見てくるわ」 またパタパタと応接室を出て行った。

「確か求人の紙には 女性は一人と書いてあったけど あの女性のことよね。 え? 私が二人目の女性として入るのかしら? それともあの女性が辞めるからその引継ぎで入るのかしら?」 自分がどういう居場所になるのかが全く分からない。

「考えても仕方のないことね」 頭を切り替えた。

お茶を残しては悪いと思い 半分くらいを飲むと パタパタとさっきの女性の足音がしてきた

「来た、来た 今入ってくるからね」 テレビのスイッチを消し またパタパタとスリッパの音を立てて走って行った。

すぐに70歳を超していようお爺さんと 60歳前後の男性が入ってきた。 琴音がソファーから立ち上がると

「構いません、構いません 座っていてください」 60歳前後の男性がそう言い 琴音の前に男性が座り その横にお爺さんが座った。

「失礼します」 琴音は一言いい もう一度ソファーに座り 「宜しくお願いいたします」 と言いながら横に置いてあった封書2通を 男性の前に置いた。

(どうして二人もいるの?) 心の中でそう思った琴音であった。 するとその心の声が聞こえたかのように 男性がお爺さんに琴音から出された2通の封書を渡しながら

「一応今、私が社長をさせてもらっています。 こちらは先代社長で今は会長です」 琴音の謎が解けた。

そこへさっきの女性がお茶を持って入ってきた。 会長と社長の前にお茶を置き 嬉しそうな顔をしてチラッと琴音を見て出て行った。

その後も社長といわれる男性が話をしていたが

(社長を継いでるっていうことは この二人って親子なのかしら? でもそれにしては年が合わないわね。 お爺さん・・・じゃない、会長が75歳として20歳の時の子供としたら 社長って 55歳? ちょっと老けて見える55歳なのかしら?) いらないことばかりを考えていた。 するとお爺さん・・・ではなかった 会長が話し出した。

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みち  ~未知~  第10回

2013年07月01日 17時42分27秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第10回


面接当日 

自転車に乗ってマンションを出ると 悠森製作所へは20分程で着いた。 

前回面接を受けた会社は 色んな会社が建ち並ぶならびにあった。 大きな門があり、広い土地の奥に建物があったが ここ悠森製作所は角地に建っていて 門などはなく道路沿いにすぐ玄関だ。 横へ回るとガレージがある。 土地は150坪ほどだろうか。

自転車を道路横に停め 悠森製作所の前に立った。 夏真っ盛りの中を自転車をこいで来たものだから さすがに額に汗が光る。 ハンカチで汗を拭きながら

「ここでいいのかしら?」 キョロキョロと会社の周りを見るが 会社看板も何も見当たらない。

「でもこの地図では確かにここよね。 ちょっと遠目から見ると分かるのかしら?」 もう一度自転車に乗り 少し離れた所から建物を見ると 3階建ての高い所に 『悠森製作所』 と大きな看板があった。

「あ、やっぱり此処だわ。 まだ時間があるわね。 ファミリーレストランでコーヒーでも飲んで時間を潰そうっと」 悠森製作所の地図には 目印としてすぐ近くのファミリーレストランが書かれていたので 少し早めに行ってすぐに分かるようであれば そこで時間を潰す予定であったのだ。 

ファミリーレストランに入ると 冷房がよく効いている。 入った途端、額の汗がスッと引いた。 

アイスコーヒーを注文し 心を落ち着かせようとした琴音であったが その必要は無かった。 緊張も何もしていない。 すぐにアイスコーヒーがテーブルに置かれ 一口飲むとやっとそれに気付いた。

「あら? どうしてこんなに平気なのかしら? え? 私ったら40歳になったから心臓に毛が生えたのかしら。 ふふ、日本髪も結えたりして。 ・・・私ったらこんな時に 何バカなことを考えてるの」 一人で思い一人で笑っていた。

15分ほど経って 「そろそろ行こうか」 と席を立った琴音であった。

最初に来た時と同じように 玄関ドアの横に自転車を置き インターホンを鳴らした。 すると「はい」 と言う声が聞こえた。

「今日面接をお願いしている者ですが・・・」 まで言うと

「はい、どうぞ そのまま中に入って3階まで上がってきてください」 と言う女性の声がした。

琴音は言われた通りドアを開け すぐ横に見える階段を上がっていった。 前回面接を受けた所の裏階段のような階段とは大違いで 大きな窓や小さな窓がある 明るく幅の広い階段だ。 

2階のドアはない。 1階の工場の天井が高く、2階を設けていないのだ。 言ってみれば本来の2階を突き抜けて1階工場の天井があるのだ。

3階まで上がると 広い踊り場に正面には大きな窓、左には大きな姿見があり 姿見の向かいとなる右側にドアがあった。 

ドアをノックし「失礼します」 とドアを開けながら言うと すぐに先程の女性であろうか 小走りに琴音のほうに向かってくる。 

冷房がよく効いている 中から涼しい風を感じた。 奥に座っていた男性が椅子を立ち「いらっしゃいませ」 と声をかけた。 琴音はその男性にお辞儀をし、そして女性のほうを見ると

「今日は さあさ、中に入ってこっちにどうぞ」 ニコニコと微笑む女性が 琴音を事務所の奥にある応接室に案内をした。

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