大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第133回

2017年11月30日 20時08分00秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第130回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou ~  第133回





「あの時は風景を撮ってるってことで話してたけど・・・って、俺が言ってただけだけど。 記者が言うには、あのカメラマン、急に獲物が消えてどこをどう探しても見つからない。 ましてやあんな世界は消えてしまえば話題性がない。 探しているうちに日が経ってしまった。 だから追うのを止めたらしいって言ってたらしい。 こっちが本腰を入れる前で良かった、とまで言ってたよ」 

「それで?」

「今はナントカっていうモデルを追ってるみたいだって。 根性の悪いモデルらしくて、そのモデルに何かされたらしくってさ。 えっと、獲物が目の前から消えたとき、そのモデルから声をかけられて、その時に交換条件を出されたらしくてさ。 獲物の住んでる所を教える代わりに、何を追ってるのか教えろって」

「え!?」

「それで教えたんだってさ」

「どういう事だよ!」

「まぁ、落ち着けよ。 結局、その教えられた住んでる場所っていうのが、デタラメだったってことだよ。 で、その根性ワルのモデルが、どこかの雑誌インタビューで、あのカメラマンに聞いたことを話したみたい。 デタラメを教えられたは、ネタをバラされたは、あのカメラマンかなり怒り狂ったみたいだぜ」

「あ・・・」 奏和の頭の中で、今朝の雅子の言葉が思い出された。 

二人っきりで挙式をあげた新郎新婦。 何故遠方からわざわざこの神社にやってきたのか。

(そうか。 その根性ワルのモデルが翔のことを雑誌で喋ったのか。 その記事を見てあの二人が神社に来たってわけか) 

あの二人以外にどれだけの人が、カケル目当てにこの神社にやって来たのかは分からない。
だがその情報もすぐに消えた。 奏和がカケルを神社から居なくさせたから。

「だからその根性の悪いのを表に出してやるって息巻いてるらしいぞ。 完全な意趣返しだな」

その根性ワルのモデルっていうのがカケルに何かしたのであろうか、チラリと頭に浮かんだが、そんなことはどうでもいい。 過ぎたことだし、カケルもそう言うだろう。

「間違いないか? って、お前を疑っているわけじゃないんだけど、確信が欲しいんだ。 話してて嘘をついてるって感じはなかったか?」

「ああ、それはなかったな。 さっきも言ったけど、本腰を入れる前でホントに良かったって感じが、ありありと声に出てたからな」

商売柄、相手の言葉をよく聞く耳を持っている。 間違いはないだろう。

「他に何か気付いたことはないか?」

「特には」

「そうか。 サンキュ。 助かったよ」

「いったい何を知りたがってんだよ。 それにモデルってなんだよ」

「まぁ、それはな・・・」 と、純也の後ろで赤ちゃんの泣く声がした。

「あ、起きちゃった。 今京子が居ないんだ。 弟のことは今度話すわ。 じゃな」

「ああ、有難う。 親父がんばれよ」

「バーカ、親父じゃないよ。 パパだよ。 じゃな」

切られたスマホを耳から外すと顔の前に持ってきた。

「パ・・・パパー!?」 声がひっくり返ってしまった。


この日を切っ掛けに、翔に解禁令が出た。


後日聞いた話では、弟は元気にしているとのことであった。


卒業式も目の前だというのに、サボってアパートでテレビを見ていた奏和のスマホが鳴った。

「え? 渉?」 画面には『渉』 と出ている。 渉のスマホからだ。

あれ以来、渉とはメールでやり取りはしているが、電話では連絡を取っていなかった。 最初は電話をする勇気が無かったというのもあったが、渉も自分の声を聞きたくはないだろうと思ったことが大きかった。 それに渉からは長くはないが、元気なメールが返信されてきていた。
それが急に渉からの電話。 何かあったのか、それとも立ち直ったのか。 後者であってほしいと願いながら画面に映し出された受話器をフリックする。

「渉か? どうした?」

「奏和君か?」

「あ? え?」 渉のつもりで出たのに、聞こえてきたのは男性の声。 ちょっと頭が真っ白になりかけたとき、相手が続けて話し出した。

「わたしだ。 渉の父親だ」

頭の中を占めようとしていた白いものが霞となってスーッと引いていき、頭の中が鮮明になる。

「小父さん? どうしたんですか!? 渉のスマホからって、渉に何かあったんですか!!」

「何かあった? 奏和君は何か心当たりがあるんだね?」

『どうしたんですか?』 で止まっていれば、父親もそう思わなかったかもしれないが、続けて 『なにかあったんですか?』 なら分かるが 『なにかあったんですか!!』 語尾が強い。 強すぎる。 それは何かを知っているという事だろう。

「え・・・あ、そういう意味じゃ・・・」

「知っているなら教えて欲しい。 急いでいる。 渉がいなくなった」

「え? 居なくなったって?」

「実は、救急で運ばれて入院させていたんだが、病院から居なくなった」

「えっ!?」 救急も勿論ながら、入院していた事さえ知らなかった。

渉は毎日奏和のメールに返信を送っていたのだから。 それも元気だよと。



あの事があってからも渉は会社に行っていた。

「全部終わらせてシノハさんの所に行くんだから」 と。

セナ婆に言われたことは確かに頭にあった。 が、考えれば考えるほど、それでは何も出来ない。 出来ないを温める必要なんてない。 可能性にかける。 そういう考えに至った。 
早い話、シノハと共に居、シノハと笑顔で語り合う。 セナ婆が言っていた色んなことを全部乗り越えてみせる。 だからセナ婆の心配は今の自分には要らない考えである。 よってセナ婆の話は彼方に霧散させた。
霊が分かれ、広く深く何かを知ろうという話などにおいては、到底信じられる話ではない。 ハナから雲散霧消。


樹乃からは

「渉、本当に身体の具合なんともないの?」
「そんなに無理しなくてもいいよ」
「私も一緒にするよ」
「ね、休日出勤なんてやめなよ。 身体がもたないよ」 等々他にも色々言われていたが、どうしても今やりかけていることを全部終わらせたかった。

樹乃だけではない。 両親からもずっと会社を休むように言われていた。 そして病院に行こうと言われていたが、頑として渉が承知しない。
一度は父親が渉を抱き上げて車に乗せたが、すぐに車から飛び出してしまった。 だから、今度はチャイルドロックをかけて病院まで行ったが、しっかりと車から降りた途端、走り逃げてしまっていた。

「渉、そんな状態で仕事なんて出来ないだろう」 ソファーに座る渉。 その隣に座る父親が決して声を荒げては言わない。

「ちゃんとやってる。 それに今の仕事が終わったらゆっくりするから。 あと少しなの心配しないで」 父親と向かいのソファーに座る母親と目を合わせる。

「渉ちゃん、あと少しって随分前から言ってるわ」

「あ・・・」

「そんなに大切なお仕事なの?」

「仕事よ、途中で投げ出すなんて出来ない。 ママ、頑張って勉強して入社できた会社だって知ってるでしょ? 自分の仕事をキチンとしたいの」

「・・・パパ」 大学を卒業してすぐに結婚したOL経験のない真名は大きなことを渉に言えない。

「渉、自分に与えられた仕事をするのは確かに大切なことだよ。 でもね、それは身体があっての事なんだ。 分かるだろ?」

「そんなこと言って、パパだって高熱でも会社に行ってるじゃない」

「それは・・・パパは男だよ。 渉は女の子だろ?」

「それってなに? 女は腰掛けって言いたいの?」

「渉、そんなことは言ってないよ。 渉がやりたい仕事はすればいい。 でも、それで身体を壊したら元も子もないんだよ。 
もしパパが男と言っても痩せ細っていけば、ママは会社に行くパパを止めるよ。 でもね、パパは少々熱が出ても大きく体調を崩すなんてことはないんだよ。 
それにね、パパはママと渉の生活を背負っているんだ。 ママと渉を守りたいんだ。 だからもし、痩せ細っていってもママに止められても会社に行くよ。 大切なママと渉を守りたいんだから。
でも渉はパパのように守らなければならない者は今はないだろう? 渉は今、パパとママに守られているんだ。 渉はパパに任せればいい。 ママに甘えればいい」

「パパは分かってない!」

「パパが何を分かっていないか教えてくれないか?」

「パパには分からない。 ・・・だから言ってるじゃない、あと少しだって!」

「渉ちゃん・・・」 向かいのソファーに座る真名が泣きそうになる。

「・・・ママ」 父親が移動して真名の肩を抱き寄せる。

「渉、ママの気持ちが分からないか? ママにとって渉は宝物なんだぞ」

「タカラモノ?」

シノハの宝物が浮かぶ。 
思っただけで抑えていた気持ちに火がついてシノハに逢いたい。 いや、逢いたいどころではない。 そんなものではない。 ずっと一緒に居たい。 離れたくない。 共に有りたい。

「パパもママも何も分かってない!」

毎日毎日、そんな会話が繰り返される。

(シノハさんのことを何も分かってない!)



駅前に出る日が来た。 会社でのお遣いの日だ。 今回は提携会社との細かな打ち合わせの日であったが、その帰り道。

「信じらんない。 プランを立て直したいだなんて・・・」 これでまた仕事が増える。

「いつになったら終わるのよ・・・」 肩を落としながら駅前を歩いていた。

「シノハさん・・・」 今にも涙が零れ落ちそうになってくる。

「シノハさんに逢いたい・・・」 でもまだ逢えない。

自分で決めた。 何もかも終わらせてシノハの元に行くと。 シノハからの宿題は今は頭の中にない。 唯々、旅立つに後を汚したくない思いだけだ。 早い話、樹乃に迷惑をかけたくない。 
両親のことは頭から離れていた。 と言うか、いつかは嫁ぐ身だ。 それと同じと考えていた。
霧散したはずのセナ婆の言葉が形を作ろうとする。
『元居た場所に帰るのは、元の場所の誰かを思い出すからじゃ』 大きく頭を振って否定する。

「シノハさんのところに行くんだもん。 もう帰ってこない。 1秒たりともシノハさんから離れない」

渉の頭の中はシノハのことだけになってきていた。 が、樹乃への迷惑はかけたくない。 唯一、それだけが今の渉を抑えていた。 
三つ子の魂百まで・・・と言われるが、それに値する想いであった。


『いいかい渉、人に迷惑をかけるのはいけない事だよ』 小さい時からの父親の教えであった。 そして
『やりかけたことは途中で投げ出してはいけないんだよ』 何かを始める時には必ずこれを言われていた。
カップに砂糖とメイプルシロップを入れて溶き、その上にチョコレートを乗せ、そのまた上に生クリームをドッカリ乗せたような甘いだけの父親ではなかった。


それに母親の真名にしても事あるごとに言っていた。

「渉ちゃん、他人(ひと)に迷惑をかけちゃ駄目よ」

「うん」 幼少期の渉が答え、そして続けて言う。

「泥棒もダメだし、泣かしてもダメ。 知ってるよ」

「そうね。 いい子ね。 ママの言ったことを覚えてくれているのね」 でもね、と、真名が続ける。

「渉ちゃんは大きくなったんだから、次のことを言うわね」

渉がキョトンとした顔を真名に向けた。

「自分のしたいことがあるからって、他人を犠牲にしちゃだめなのよ。 分かる?」

「ギセイ?」

「そう、犠牲。 渉ちゃんが何かをしたいときに、他人を巻き込んではダメ。 渉ちゃんのしたいことは渉ちゃん一人で頑張るの。 誰にも迷惑をかけちゃダメなの。 分かる?」

「・・・んっと・・・渉のしたいことで誰かを泣かせちゃダメってこと?」

「今の渉ちゃんにはそういうことかな。 でもね、もう少し大きくなったらもっとよく分かると思うわ。 ママの言葉を覚えておいてね」

「うん。 泣かせちゃダメなんだよね」


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第132回

2017年11月27日 23時10分39秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第130回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou ~  第132回




「渉・・・彼は時が必要だって言ってただろ? “時” って分かるよな? 時間だよ。 今すぐに誰か何人かのことを考えて、それで終わりじゃないだろう? 彼を想っているんなら、彼の言葉の深い所を考えられるだろ?。 それが出来るだろ? 言ってたじゃないか、彼の事なら何でもわかるって」

頷くが、納得はしていない。

「渉のことを心配・・・」 いや、心配という言葉じゃない。 シノハは想っていると言っていた。 一つ息を飲んで言い直した。

「渉のことを想ってるのは翔も翼も、俺の親父や母さんだっているぞ。 それに翔のことを考えてみろよ。 どれだけ考えても尽くせないくらいの想いがあるじゃないか。
それに翔だけじゃない。 渉が小さな時から今まで何人と知り合った? どれだけの人と話してきた? どれだけ笑ってきた? な、ゆっくりと落ち着いて考えてみろよ」

「カケル・・・」

「うん、そうだ。 翔とのことは沢山想うことがあるだろう?」

「・・・」

「そうだろ?」

「・・・シノハさんと出会って・・・すぐにカケルのことを忘れてたの」

「え?」

「カケルが大変な時だったのに、カケルのことを考えることを忘れてたの。 翼君からカケルのことで電話をもらってカケルのことを思い出してたの。 でもすぐにカケルのことを忘れるの」

淡々とした言いようであったが、泥水を飲む思いで言った。 奏和に対して思ったんじゃない。 カケルに対して思った。
カケルのことを心から外していた。 外したくて外したんじゃないし、否が応でも想いを外すという事をしなければならない、それならまだ分かる。 そんな現実が来るわけがないが。 
でも、カケルが入る隙間もなくシノハのことを考えてしまっていた。  カケルのことを忘れていた。 それがどれだけ積年の想いに耐えられない事か。

「渉・・・」

「だから大きな顔でカケルのことを考えられないの」

「それは違うぞ」

「チガウくない。 いっつもいっつも、カケルのことを忘れてたのを思い出すのに、それなのにまたすぐに忘れてた」

「渉、自分を責めるな。 それに責めることじゃない」

「奏ちゃんは?」

「俺?」

「奏ちゃんは私のことを想ってくれてるの?」

「あ・・・当ったり前じゃないか。 でなきゃ、今日みたいなことにならなかったよ」

「そうだね。 奏ちゃんも私のことを心配してくれてるよね。 この間もお化けが出ないか心配してくれて、ここに迎えに来てくれたよね」

余りにも淡々と言う渉に、片手で顔を覆った。

「だから、渉。 箇条書きじゃないんだ。 表をかいてるわけでもないんだ。 並べた言葉や、数字で考えるような問題じゃないんだ。 ・・・じっくり考えるんだ。 渉も相手のことを想うんだ」

シノハの言った“時”  それは長い長い時の事を指しているのだから。

その時

「あー! やっぱりここに居た!」 切り株に手をついたまま後ろを振り向くと、翼が走ってこちらへ向かってきていた。

「奏兄ちゃん! どんだけサボってんだよ!」

「あ・・・しまった、忘れてた。 って、くそっ!」 言うと渉を見た。

「大丈夫か? 落ち着いていられるか?」 下を向いている渉。

「・・・うん」

「渉、一つだけ約束してくれ」 切り株についていた右手を目の高さに上げると、人差し指だけを立てた。

「なに?」

「一人であっちへ行くな。 行くときには俺も一緒だ」 驚いた顔で渉が顔を上げた。

「約束してくれるな?」

「渉ちゃん! 奏兄ちゃんをサボらせないでよ!」 奏和の真後ろに翼が立った。

「約束だぞ」 さっきまでと違って厳しい顔をして小声で言う。

言うと立ち上がり振り返ると翼と向かい合った。

「悪い、悪い。 翔はどうした?」 言いながらスマホを出した。

(着信、入ってないな・・・。 順也のヤツ何やってんだ)

「姉ちゃんならしっかりと社務所に入り込んでるよ。 お蔭で全っ部! なっにもかも! 俺がする羽目になったじゃないか!」

「で? 終わったのか?」

「終わるわけないだろ!」

「じゃ、何しに来たんだよ」

「疲れただろうって、小父さんが休憩を入れてくれたの!」

「ああ、それはご苦労さん」

「はぁー!? なんだよー! その言い方!」

「じゃあ、この場を翼に譲るよ」

「へ?」

「渉を連れて帰ってやって」 言うと、スタスタと歩き出した。

今はいつまでも自分が関わっているのは良くないだろう。 あの場に居なかった翼と一緒に居て、気持ちを入れ替える方がいいだろう。

(それにしても・・・) 頭の中にさっきまでの光景が浮かぶ。 

未だに信じられない。 鹿に人が乗ることも、目に映った風景も、服装も。 ・・・あの話も。 それに何より、取り乱した渉のあの姿・・・。

(ここへ帰ってきても渉の声が掠れてた。 実際に渉が叫んでたんだ。 だから掠れてた・・・) あの時の渉の姿が目に浮かぶ。 夢じゃなかった。 夢ならいいのに、夢じゃなかった。

シリアスに思いながらも、どこかで数刻前の浅慮を思い出す。 ドッキリじゃなかったと。 ドッキリの方がどれだけ楽か。 ドッキリなら、誰に仕掛けられるか・・・。 いや、今はそんなことを考えている時じゃない。

「キツイなぁ・・・」 頭を掻きながら言うと、セナ婆の言葉が浮かんだ。

『それが霊(たま)が呼び合うということじゃ』

(呼び合う・・・か・・・) Gパンのポケットを上から触った。

(俺には一生その辛さが分からないんだろうな) 渉とシノハの姿、顔、声が浮かぶ。

(これからどうしよう・・・) こんな話を誰が信じるだろうか。

(お婆さんの言ってたこと・・・) セナ婆から伝え聞いた助言、それを実行するかどうか。

(信じてもらえないくらいなら敢えて言わなくても、これだけみんなが渉のことを想ってるんだ。 大丈夫だろう) 特に毎日一緒に生活する渉の両親は、並の親以上に渉のことを想っている。

(・・・きっと大丈夫だ) セナ婆からの助言は心に置き、渉自身と渉の両親に預けることにした。



夜、ドラムをやりだしてからは、日課となってしまっていた腕立て伏せをしている奏和のスマホが鳴った。

「よう!」

「よう、って遅いんだよ!」 順也からであった。

「勝手なこと言ってんじゃないよ。 頼んどいてその態度はなんだよ」

「で? どうだった?」

「おい、聞き方ってもんがあるだろうよ」

「出し惜しみしてんじゃないよ。 どうだったんだよ」

「ホンットに腹立つわー」


今朝、奏和が順也に頼みごとをしていた。 綱渡りをしたわけだ。

「順也、悪いんだけど俺を出汁にして連絡を入れてくれないか?」

「へっ? 突然なんだよ。 それもこんな早朝に。 俺寝てたんだけど?」 確かに眠たそうな声だ。

朝の7時、神社では遅い時間だけれど、夜遅くまで働いてる順也には寝ている時間かもしれない。 それに生まれて間もない赤ちゃんもいる。 毎日クタクタかもしれない。 赤ちゃんのことは京子がしているだろうけど、多少なりとも手伝っているだろうし、父親がボケてきてるって言っていた。 東奔西走もどきをしているかもしれない。 そう思うと、何時まで寝てんだよ! と、いう言葉を呑み込んだ。

「悪い。 まぁ、起きちゃったんだし、俺の頼みごとを聞いてくれよ」

「なに? その言い方。 本当に悪いって思ってるわけ? 起きちゃったんだしじゃなくて、お前が起こしたんだろがー」 

赤ちゃんと京子は隣の部屋で寝ている。 少々話していても二人を起こすことはない。

「例の記者に連絡を入れて欲しいんだ」

「俺の質問は無視かよ」

「俺が、アイツの弟のその後のことを、知りたがってるって」

「ああ、それが聞きたいわけね」

「イヤ、それを出汁に聞いて欲しいんだ」

「もしかして例のカメラマンのことか?」

「ああ。 寝起きにしては察しがいいじゃな。 今もまだこっちに来ているか、どうかとかって聞いて欲しいんだ」

「レンタルはしてないから来てないんじゃないの?」

「イヤ、確信が欲しいんだ」

「急ぐのか?」

「出来るだけ早く」

「分かった。 今度おごれよ」

「出世払いで居酒屋100回分」

「真実味ないわぁ・・・」



「お前、ウザったいから、先に言っておく。 相手が全然電話に出なかったんだよ、だからこの時間。 で、結果から言う。 もう手を引いたみたいだぞ」

「どういうことだ?」

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第131回

2017年11月23日 22時55分08秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第130回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha / Shou ~  第131回




「シノハ・・・」

セナ婆に呼ばれ僅かに頷くように顔を落すと、背を向け今にも崩れ落ちそうな足取りで岩のある方に歩き出した。 岩を前にすると絞れる喉から声が出ない。

「ァ・・・ィ・・・」 アシリと呼べない。

と、急に岩の向こうからアシリの叫び声が聞こえた。

「ラワン!!」 

ラワンが岩を跳んでシノハの元にやって来た。 遅れてエランに乗ったアシリが岩を跳び越えてくる。

「・・・と、シノハが居たのか」

「・・・ぉ・・ぁぁ」 あまりにも小さな掠れた声、アシリには聞き取れない。

「え? なんだ?」 エランに乗ったままのアシリがシノハを見下ろす。

シノハがセナ婆の方を指さした。 するとトデナミに手を取られてセナ婆がこちらに向かって歩いて来ているではないか。

「わっ! 婆様!」 慌ててエランをセナ婆の元に走らせると、エランから飛び降りた。

「話は終わった。 トデナミの馬をここへ」

アシリが頷きかけるとトデナミがセナ婆に申し出た。

「セナ婆様、わたくしをここに居させては頂けませんか?」

アシリが驚いてセナ婆を見た。

「なんと?」 アシリに見られた当のセナ婆は、アシリを見ることなく、驚いてトデナミを見ている。

「我が村トンデンの宝であるタム婆様にずっと添って下さったシノハ様を、このまま置いてはゆけません。 きっとタム婆様が居られたら、わたくしにそう命じられると思います」 

(トンデンの宝・・・。 ・・・姉様)

姉であるタムシルであり、トンデン村の“才ある婆様” であるタム婆に心を馳せる。 セナ婆がほんの少し皺を増やして目を細めた。

「そうじゃな・・・。 きっとトンデンの“才ある婆様” はそう仰るじゃろうな」 セナ婆がそんなことを言うとは思わなかったアシリが思わずトデナミに言った。

「長旅の疲れもあるだろうに、それにまだ何も食ってはいないですか」 

トデナミがアシリを見た。 
トデナミに目を合わせられると、長旅を共にしたとはいえ、道中トデナミと話すことなく、近づくこともなく過ごしていたからか、その美しさに慣れることなどない。 思わず後ずさってしまった。

「シノハ様は寝食を置いて我が“才ある婆様” にずっと添って下さっていました。 わたくしの疲れなど比ではありません」 アシリに言うとセナ婆を見た。

「セナ婆様、どうぞお許しを・・・」 ただ前を見ているセナ婆に願い出る。

「トンデンの“才ある者” に何かあっては、オロンガとして許されることではない。 じゃが・・・」 

(姉様には逆らえん) 

一度村に帰ってシノハにはアシリを付けようと思っていたが、トデナミの言うように、姉様であるタム婆なら必ずこの場にトデナミを置いていくだろう。 心に思うとトデナミを見た。

「日が落ちる前にシノハを村に連れて帰ってくれるか? 長くここへは置いておけん」

蒼穹の遠くに鈍色の雲がかかっている。 夜には降ってくるだろう。 だが、それだけが心配なのではない。 シノハが天に身を返すことが絶対にあってはならない。

「お許しに感謝いたします。 必ずや薄暮にはシノハ様と戻ります」

「では、頼むぞ」 言うとアシリに目顔で示した。

エランに乗ったセナ婆がゆっくりと去っていく。

「シノハさん・・・」

セナ婆が去るのを背で感じたシノハがラワンに背を向け、川に向かって数歩歩くと崩れ落ちた。
視界からは石や岩の色彩が消え、臓腑が絞られ身がよじれそうな痛みを感じる。 喉も絞られて声が出ない、慟哭が出来ない、悲しみを少しでも出すことが出来ない。 次から次へと生まれ出てくる悲しみが、絞られた身体中に居座る。

ラワンがどうしていいか分からず、高く膝を上げながら、シノハの周りをグルグルと回る。
そのラワンの姿を見たトデナミが歩を出した。
ラワンに近づき「ラワンいらっしゃい」 と言った。
ラワンが救世主を見たような目でトデナミを見ると、すぐにトデナミに走り寄った。

「今は離れておきましょう。 私と一緒にいらっしゃい」 言うと、シノハから離れた所に腰を下ろした。

ラワンがその後ろに回ると、まるで衛士にでもなったつもりなのか、トデナミを守るようにブフッと鼻から息を出し、そしてトデナミがもたれられるように背後で足を折り、首を長く上に向け辺りを見回すと、もう一度鼻から息を出した。


エランの背に座るセナ婆。

「笑っている顔と、嬉しそうにしている顔か・・・」 うかつに、小さくはあるが声に出してしまった。

「え? 婆様なんでしょうか?」 エランを引いていたアシリが歩を止めてセナ婆に振向いた。

「ああ、なんでもない」

アシリが頭を傾げるとそのまま歩き出した。

(あの霊は、喜びを求めていたのか・・・尋常ならぬ程に。 どれだけ辛い生を生きてきたのか) 苦い物が口に広がるような気がした。

(じゃが・・・誰もそうかもしれん) 天を仰いだ。



磐座の前に現れた奏和と渉。

(たぁー、良かった・・・戻れた) 磐座が目の前に現れ、何とも言えない安堵を覚える。

握っていた渉の手を離すことを忘れて、もう一方の手をGパンのポケットに入れた。

「奏ちゃん、離してよ」 掠れた声で言う。

「あ、おお・・・」 もう渉の腕を握る必要もない、すぐに離した。

渉はコート、奏和はダウンベストをそれぞれ羽織ると、思い当たることがあって奏和が後ろを振り向いた。

(良かった、誰もいない) イリュージョンを誰にも見られなかったと胸をひと撫ですると渉を見た。

「渉・・・その、なんて言っていいのか」

「なにが?」 突き刺すような目線を送ってくる。

(怖っ! 怒ってるよ。 って、なんで俺が怒られんだよ)

「言っとくけど、分かってるだろうけど、誰にも言わないでよ」

「言っても誰も信じてくれないだろうよ」

「だから! 言わないでって!」

「ああ、言わないよ。 渉、声が掠れてんだから、大声出すな」

「掠れてない! 大体、どうしてついて来たのよ!」

「掠れてる。 頼むから穏やかに話してくれ」 喉を傷めてこれ以上、食が喉を通らないのは困る。

「俺だって、まさかこんなことを想像してたわけじゃない。 ただ渉を止めようと思っただけだ。 まさかついて行くなんて思ってもいなかった」

渉の目がジワっと潤む。

(そうか・・・そういうことか。 向こうで何かあると・・・シノハってやつが、渉を受け入れられない何かを言うと、こうして磐座の前で泣いてたのか)

「渉、切り株に座ろう。 なっ」 言うと渉の背を押した。

切り株に渉を座らせ、奏和が渉のその前にしゃがんで、渉の座る切り株の端に両手をついた。

(言ったもののどうしようか・・・あんな非現実の後に何を言えばいいんだ) 頭を垂れる。

「・・・奏ちゃん」

「ん? なんだ?」 顔を上げた。

「シノハさんが私の周りの人のことを考えようって言ってた。 私のことを想ってくれてるって」

「ああ、そうだ。 小父さん小母さんが、どれだけ渉のことを可愛がってくれているか知ってるだろ?」

「パパとママ?」

「ああ。 獅子になれない小父さん、小母さんだよ」

「ししって?」

「獅子は我が子を谷に落とすって言うじゃないか。 そこまで厳しい小父さんじゃないし、渉がちょっと怪我をしただけで大騒ぎだろう? 翔が言ってたぞ。 渉に包丁なんて持たせたら小父さんが泡吹いて倒れるって」

「パパがミシンを使っちゃいけないって」

「うん?」

「針が指を貫通するからって」

「だろ?」

「ハサミは手を切るから危ないって」

「渉のことが大切だからだよ。 渉に怪我をさせたくないんだな」

「ママは私がお裁縫をするのを、長く見てられないって」

「どうしてだ?」

「身が持たないって」

「え?」

「いつ指を刺すか分からないからって」

「ああ、そういうことか。 言えてるな」

「・・・ほかに誰?」

「誰って?」

「私を想ってくれてる人。 その人たちのことを考えなきゃ、シノハさんの所に行けない。 シノハさんからの宿題だもん」

「・・・渉」

「言って、他に誰が居るの?」

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第130回

2017年11月20日 22時03分12秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第125回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第130回




遠くにいるシノハに焦点を合わした後、渉が奏和を振り仰いだ。

「苦しめる? 私がシノハさんを・・・?」 驚いた顔で奏和を見た。

「そうだ。 渉が叫べば叫ぶほどに、彼がどれだけ苦しんでいるか考えろ」

渉の目に涙が浮かんでボロボロと流れ落ちる。 
自分がシノハを苦しめている。 分かっている。 どこかで分かっている。 でも分かっているだけで・・・。 否、分かっているからこそ、とめどなく涙が出てくる。

「な、渉。 冷静になろう」 しゃくりあげて渉が泣く。

(どうすりゃいいんだ・・・) 

奏和の表情を見てセナ婆が渉に問いかけた。

「娘、己の足で立てるか?」

「渉どうだ? 立てるか?」 

セナ婆と奏和の問いに、涙をボロボロ流しながら頷いた。

「そっか。 じゃ、降ろすけど俺にしがみついてろよ」 

今の渉がしっかりと立てるかどうかが分からない。 奏和自身、力を抜く気はないが、万が一がある。 小さい渉といえど、子供ではないのだから。
ソロっと渉を降ろすと、二本の足で立った渉がしっかりと奏和にしがみついている。 

「どうだ? ちゃんと立てるか?」 しがみつかせてはいるが、奏和もしっかりと渉を支えている。

渉が頷く。
渉に回していた手をゆっくりと離した。 が、置いてきぼりはごめんだ、すぐに腕を掴んだ。
渉の近くまでやって来たシノハ。

「ショウ様・・・」 

シノハを見た渉の目から、なお一層、涙がポトポトと落ちてくる。

「シノハさん」

共に目を合わせた。 シノハの本来なら白いはずの部分が、濃い茶の瞳の周りで真っ赤にしている。

「ショウ様、泣かないでください。 我は笑っているショウ様を見ていたいのですから」 相好を崩した。

そんことを言われても簡単に涙など抑えられない。 とめどなく大きな粒が流れ落ちる。

(シノハさん・・・) トデナミの胸に刺されたような痛みを感じた。

「泣いているショウ様を見るのは、我は・・・辛い。 ショウ様は誰よりも笑顔が似合うのですよ。 どうか、泣かないでください」

「シノハ、さん・・・」 なんとか涙を止めようと目をギュッと押さえる。

「ショウ様、我には何が似合いますか? 教えてください」

「・・・どうしてそんなことを聞くの?」 ヒックヒックと息を鳴らしながら懸命に涙を堪えようとする。

シノハが両の眉を上げた。

「我は今ショウ様に、我が思うショウ様の一番似合うことを言ったのです。 ショウ様も我に教えてくれませんか?」

「・・・」

「ショウ様?」 にこやかな笑みを崩さず渉に問う。

「・・・シノハさんと話している時・・・」

「はい」 いつものように、相槌を打つ。

「シノハさんが嬉しそうにした顔が好きで、ずっと見ていたいと思っていた」

「思っていた? では今はそうではないのですか?」 わざとからかうように言う。

「そんなことない!」 慌てて言いかえる。 まだ目に涙はたまっているが、いつの間にか大粒の涙は無くなっていた。

「今もずっと思ってる。 これからもずっと思ってる。 シノハさんの嬉しそうな顔をみるのが大好き」

「そうですか。 では我はずっと嬉しい顔をしています。 尽きることなく。 嬉しく思えることを探してでも。 ・・・ショウ様に見てもらうために」

「どうしてそんなことを言う―――」 言いかけた渉の言葉を遮る。

「ショウ様」

「・・・」 渉が顔を顰める。

「・・・嘘でもいい。 笑ってもらえませんか?」

「なんで・・・」

「我は僅かな時でも、ショウ様の笑っている顔を見たいのです」 

と、渉とシノハの会話の間に奏和が入った。

「渉、こっち見てみろ」 唐突に自分の顔を指さす。

「なによ・・・」 シノハを見ていた目と全く違う、針のような・・・剣山のような目で奏和を見上げた。

「布団が吹っ飛んだ!」 勇気を出して渉の腕を離すと、ジェスチャー付きの大声で言った。 と、すぐに渉の腕を取る。

「バ・・・バッカじゃない? オジサンギャグじゃない・・・」 言うと呆れた顔をしたが、何故か笑みがこぼれる。

「そう、そのお顔が我は好きです」

「シノハさん・・・」 渉の含羞にシノハがより一層微笑みを返す。

「ショウ様、婆様が仰っておられました。 ショウ様がどうして元の場所に帰ることが出来たか知っていましたか?」

「え?」

「いつも突然帰って行かれていた。 もしかしたらご存じなかったのでは? それとも知っていましたか?」

「知らなかった。 でも、お婆さんを疑っているわけじゃないけど、そうじゃなくて誰かが邪魔してると思ってる」

現在進行形である。 だからして今もそう思っている。 渉の返事にシノハがにこやかに答える。

「誰も邪魔はしておりません。 ショウ様は我と居る時に、ショウ様の居らっしゃる所の誰かを思い出して・・・想っていたのです」

「どういうこと?」

「ショウ様の周りにいる誰かを想う。 そうすると元の場所に帰るのです」 

奏和が渉の腕をギュッと掴んだ。

「シノハさんと居るのに、誰かほかの人の事なんて考えるはずがない」 

「そんなことはないですよ。 ようく思い出してみてください」

「だって、シノハさんと一緒に居るのよ。 そんな時に・・・」 言うと、今までのことを思い出した。

「思い当たりましたか?」

「だって・・・」

「ショウ様は元居る場所の、周りにいる方のことを想っていらっしゃるんです」

頷きたくはない。 もしこれが奏和相手だったら、正直に認めず頷かなかっただろう。 だが相手はシノハだ。 頷きたくはないが、正直にコクリと頷いた。

「でもそれは、カケルやパパやママなんだから、特別なんだし・・・」 そこまで言ってカケルと父親母親が、シノハと天秤にかけられるかと逡巡した。 かけられるはずだったのに、だからシノハの元に来ようと思ったのに。

(なに? それって俺と翼は無視かよ) 奏和が心の中で悪戯に思ったが、カケルや渉の両親と比べられるはずはない。 よって声に出すことはなかった。

「ショウ様はまだまだ元の場所の方々のことを想っておられます。 その方々もショウ様のことを想っておられます。 まだまだ我はその方々に追いつけないようです」

「そんなことない!」

「ショウ様?」

「なに?」

「互いに落ち着いて考えませんか?」

「なにを考えるって言うの? 私はシノハさんと一緒に居たいと・・・決断したよ」 一瞬前の逡巡が頭をかすめる。

「それは婆様から語りを聞く前です」

「聞いても変わらない!」

「ショウ様、我らには考える時が必要です」

「そんなものは要らない!」

「我はずっとショウ様と共に居たい。 ずっと・・・ずっとこの身が絶えるまでショウ様と居たい」

渉が頷く。

「ショウ様、時はあります。 婆様の語りを思い出してください」

「思い出す?」

「はい。 ショウ様と我は繋がっているのですよ。 いつでも逢えます。 でも、次に逢うまでに渉様の周りの方々のことを考えてください」

「周り?」

「はい。 ショウ様を想っている方々が居られることを」 言うとシノハが表情を変えた。

「我にはショウ様が作って下さったこれがあります」 懐から巾着を出して大切そうに手で包む。

「ショウ様はまだジョウビキを持ってくださっていますか?」

「もちろんよ。 いつもポケットに入れてる」 言うとポケットからジョウビキを包んでいるハンカチを出し開け、ジョウビキを見せ優しく撫でた。

「ショウ様・・・。 我は嬉しい」 目を細め渉を見て続ける。

「ショウ様」

「・・・」

「元の場所でショウ様を待っていらっしゃる方々が居られます。 今日は長く話し込んでしまいました。 ご心配をかけてしまいます」

「元の場所・・・の誰か・・・?」

「はい」

「今はシノハさんと一緒に居るんだから、誰かなんてない・・・」 言葉尻が小さくなる。 此処に来る前のことが頭をよぎったからだ。

(小母さん・・・勝手に長く出てきちゃった。 きっと心配してる)

渉と奏和の姿が揺れた。


一瞬誰かに手を取られた。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第129回

2017年11月16日 22時10分25秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第125回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第129回





「娘・・・シノハが娘の横から離れた途端、娘の悲しみが始まるのじゃぞ」

驚いて顔を上げ、セナ婆を見た。 目を大きく見開いている。
そう、そうかもしれない。 毎日会えたからといって、それで納得が出来るだろうか。
顔を下げると僅かに首を振った。
出来るわけない。 ずっとシノハと居たいと考えるだろう。 いや、きっとそうだ。 
セナ婆から話を聞かされる前だったら、仕事を片付けて此処に来ると決心していた時だったら、簡単に反駁(はんばく)できただろう。 でも今は・・・。

「シ・・・シノハさんがどこにも行かずにずっと一緒に居てくれたらいい・・・」

「渉!」 咄嗟に奏和が言う。

「そうじゃ。 そう思ってくるようになるんじゃ。 霊は一つに戻りたいと願うておるのじゃからな」 いったん顔を下げると渉を見て言葉を続けた。

「それが霊が呼び合うということじゃ」

下を向いていた渉が唇を噛んだ。 自分がさっき言ったこと、その舌の根も乾かないうちに違うことを言っている自覚がる。 でもでも、問われれば問われる程に・・・本音が出てしまう。 シノハと此処に居て、自分の想いを理性で抑えようと思っていたのに・・・。

哀憫(あいびん) の目で渉の様子を見ていた奏和が、下を向きながら目を閉じたそして一つ息を吐くとセナ婆を見た。

「では、どうすればいいんですか?」 奏和が冷静な声でセナ婆に問うた。

「どうすれば、か。 それが出来るのは・・・シノハと娘だけじゃ。 いや、シノハじゃ」

セナ婆の言葉にシノハが拳を握りしめた。

「シノハ、分かっておろう」 問うた奏和を見ず、シノハを見た。

「・・・」 下を向き、目をきつく瞑ると握った拳が小刻みに震える。

「・・・シノハさん」 渉の声が耳に響く。 すがりつく眼差しを感じる。

「我は・・・我には・・・」

「シノハさん、ずっと一緒にいるよね? 私とずっと一緒に居たいと思ってるって言ってくれたよね?」 すがる目でシノハを見るが、シノハは顔を上げてくれない。

「シノハさん!」

シノハに駆け寄ろうとした渉の手を奏和が引いた。

「離して!」 奏和の手を振りほどこうとするが、奏和はその手を緩めない。

「渉! もっと辛くなるんだぞ!」

「イヤだ! 辛くなんてない! シノハさんと居ればそれだけでいい!」

「なに言ってんだ!」

「奏ちゃんに何が分かるの!」 

「ああ、俺には分からないかもしれない。 でも―――」

「だったら離してよ!」

「渉、冷静になれよ!」

「イヤだ! 離してー!」 渉の悲痛な声にシノハが顔を上げた。

「いいから、落ち着け!」 言うと、これ以上引っ張っていては折れそうな渉の腕を引いて抱きしめた。

シノハが唇を噛みしめてまた俯いた。

「離してよー! 離して! 離して! シノハさん!!」

「頼む、渉、落ち着いてくれ」 泣き叫ぶ渉を抱きしめることしか出来ない。

「シノハさん! シノハさん!!」

シノハが堪えきれず、嗚咽を漏らして崩れ落ちた。

「渉! 頼むから・・・」

「離してーーーーー!!」 絶叫をあげたと思ったら、息を荒くして声を出さず口をパクパクしている。

「渉?」

と、渉の手がパタリと落ちた。

「・・・渉?」

トデナミはただ茫然と佇んでいる。
川の上を小鳥が飛び交う。 川の流れる音が辺りに響く。 風が木々の葉を優しくなでる。 どこかでコロコロコロとジョウビキの鳴く声がした。

「渉どうした?」

反発を感じない腕の中、その力を抜いて、抱きしめていた渉の顔を見ようとした。 力を緩めた分、ガクンと渉が落ちる。 思わず力を込める。

(え?)

奏和に疑問が生じた。 
だから名を呼んだ。

「渉?」 

呼んでも返事がなく、渉の身体の角度を変えると、手の中に首をうなだれている姿が目に映った。

「渉!!」

奏和の声に我を戻したシノハが顔を上げると、力なく抱きしめられている渉の姿が目に入った。

「ショウ様?」 立ち上がるとよろめく足を心の中で叱咤しながら、渉に向かって歩を出した。

「寄るでない!」 セナ婆が腹の底からの声でシノハを止める。

そのシノハの代わりに、セナ婆が悲壮な顔をした奏和に抱きしめられている渉に歩み寄ると、その具合を診た。

「心配せずともよい。 気を失っておるだけじゃ。 あまりに長く気が戻らんかったら、気付けの薬草を飲ませよう」

奏和がホッと一息つき、渉を形よく抱き上げた。

シノハが、奏和に抱き上げられた渉を見ていられず、渉に背を向けると少し離れた所まで歩きだした。
トデナミがそのシノハの背を目で追う。

「ソウワと言ったな」 

静かなセナ婆の声にトデナミが振り返り奏和を見た。

「・・・はい」

「知己とのことじゃが?」

「はい。 渉が4つの頃から知っています」

「これからも娘と共に居るのか?」

「何十年も先は分かりません。 ですが、今のこの状態の渉を見放したりはしません」

「そうか・・・」 

川の流れに目を移すとポツリとセナ婆が言う。

「話しておきたいことがある」

「え・・・?」


セナ婆の声が遠くに聞こえる。 尻を落として曲げた両の足を抱え込むと顔をうずめ、背を丸くして座った。 
渉を見たい。 渉の笑顔を一時でも長く見ていたい。 渉の嬉しそうな声を聞いていたい。 それだけなのに、その渉は泣き叫び今は力なく奏和に抱きかかえられている。 
その渉の姿を見たくない。 己が不甲斐ないから渉が泣いているのだ。 泣き叫んでいるのだ。 それに泣き叫ぶ渉の姿を見たくないという気持ち以上に、己には出来ないことを奏和がしているのを見るのが辛かった。 そして渉を支えてやれない己に怨嗟の念さえ感じる。

(・・・こんな身体) 己の肉体が疎ましい。
と、(・・・シノハ) タム婆の声が聞こえた気がした。

(婆様?) 思わず己の前にタム婆がいるのかと思い顔を上げた。 が、目の前には流れる川の中にある岩の上でジョウビキが寛いでいるだけでタム婆の姿はない。

(・・・婆様)

トデナミが言ってた言伝が頭を巡る。

『婆様は唯々、わしの願いを忘れないでくれ、一時と忘れず心に留めてくれ、と』
そう、あの時にはこんな事になるなどと思わなかった。 タム婆さえ思わなかったに違いない。

(婆様、我は確かに婆様に約束しました)

『クラノに願ったように、今わしはシノハに願う。 オロンガから居なくなるのではないぞ』 その言葉に「はい」 と答えた。 なのに・・・。
(婆様、我はどうすれば・・・)

いや、何をどうすればいいのかは分かっている。 分かっているが出来ないだけだ。

(ショウ様・・・) 漏らすまいと思う嗚咽が漏れる。 涙が枯れることなどない。

セナ婆の横で話を聞いていたトデナミがシノハを見た。

(シノハさん・・・)

ジョウビキがコロコロコロとシノハの近くに飛んできた。



「分かりました」

「では、頼むぞ。 シノハの片割れじゃ。 シノハ同様、娘も我らの子と同じじゃ」

「ご助言、有難うございます」

「ではそろそろ気付けの薬草を持ってこさせよう」

薬草の村オロンガでは葉をすり潰した気付けの薬草と、他に数種類の薬草は村を出る時には誰もが必ず持って出る。 よってアシリも勿論持っている。
と、その時渉が身じろいだ。

「渉?」 腕の中の渉を覗き込んだ。

「気が付いたか?」 低い位置からセナ婆が問う。

「はい、そうみたいです」 渉のことを我が子と同じように心配をするセナ婆に返事をした。

「渉、大丈夫か?」 頭を打ったわけではない、渉を抱く腕をすこし揺すった。

「奏・・・ちゃん?」 目をうっすらと開けると、覗き込んでいる奏和の顔が目に入り、掠れたかすかな声で名前を呼んだ。

離れていて聞こえるはずがない、かすかな掠れた声にシノハが気付いて立ち上がった。

「気分は悪くないか? どこも痛くないか?」

「・・・なに?」 すぐに記憶が戻らない。

「ショウ様・・・」

離れた所に居るシノハの僅かな声、そのシノハの声に奏和の腕の中で渉がビクッと動いた。

「娘・・・」 セナ婆の声が下からする。

「・・・あ」 大波のように記憶が蘇ってくる。

「渉、いいか落ち着けよ」

腕の中の渉がシノハの姿を探す。

「シノハさん!」 離れた所に居るシノハが、こちらに歩いて来るのが目に映った。

「渉! 待て! 彼を苦しめてやるな!」 思わず奏和が叫んだ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第128回

2017年11月13日 22時26分08秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第125回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第128回





「奏ちゃん、こんな時に何を言ってるの!」

「いいから渉は黙ってろ」 シノハを見ていた目を渉に移して言うと、もう一度シノハを見た。

「これくらいの石を持っていないか?」 親指を立てる。

思わずシノハが巾着を握りしめた。 その素振りを奏和が目に留める。
渉から貰った巾着は大切に懐に入れてある。 今シノハが握った巾着は、幼い時から使っている巾着だった。

「その中にあるのか?」 その中、それを視線で示す。

「奏ちゃん、あれはシノハさんの宝物なんだから!」

「渉は見たのか?」

「え? ・・・うん。 でも今はそんなこと関係ないでしょ!」 

「磐座と同じ石じゃなかったか?」

「え?」

「ここの岩も石も俺らの居る所にはない色だ。 彼の持っている石の色はどうだった?」

「・・・奏ちゃん」 そう思えば石を見せてもらった時、見慣れた石だと思った。 磐座と同じ・・・。

「お婆さんの話からするとその赤い玉って言うのが、石に当たるんじゃないのか?」

「え?」


思いもしない奏和の言葉にこの場にいる者が皆、驚いた。 そして奏和の問いかけにセナ婆がシノハを見た。

「シノハ、それは石なのか?」 シノハに問う。

「・・・はい」

シノハの返事を聞いて確信が持てた。 間違いなく赤い玉とは、磐座と呼ばれるものの欠片であろう、と。

「渉がこちらに来る時には、磐座と言う岩の前に立っています。 帰って来る時もその磐座の前に帰ってきます」 奏和がセナ婆を見て説明すると、シノハに目を移した。

「その石はこの辺りにある色の石なのか?」

「・・・いえ。 見たこともない石でしたので珍しく思い、幼子の頃より持っていました・・・」

「間違いなくそれが赤い玉だな。 磐座の欠片だな」

「でも! 石よ、磐座よ!」

奏和の言いように納得できない。 確かに見慣れた石だった。 此処の石とは全く違う色だった。 だからと言って、シノハの持っている石が磐座の欠片などとは有り得ない。

「お婆さんの話の木の実じゃないって言いたいのか?」

「だってそうでしょ!? お婆さんは赤い玉って、それが木の実って言ったじゃない!」

「それは、その時によって違うんじゃないか? だから今は、彼と渉の間には磐座の―――」

まで言うと渉が言葉を重ねた。

「磐座よ! 欠片って何!? あの磐座が簡単に割れるはずないじゃない! 木の実みたいに簡単に取れて落ちるはずないじゃない!」

磐座を木の実を一緒にしたくはなかった。 それに、自分とシノハがオロンガの女の話と同じであるはずがない、そう言いたかった。
だが、そう言いたいのは、そう思いたいという事。

渉の言いたいことは分かる。 だが、今は事実を言わなければならない。 たとえ渉に聞かせたくない話であっても、それを聞いて渉が傷つこうとも、それを知ってもらわなければならない。

「それが割れた時があったんだよ」

「うそっ! 磐座が割れるなんてことない!」

「あったんだ。 磐座は割れてたんだ。 渉が見ていた磐座は割れた後の磐座だ」

「え?」 信じたくない心に否応なくブレーキがかけられた。

思いもしない奏和の言葉に表情が固まる。

「神社に記述が残ってる。 それも写真入りでな」 一つトーンを落とし、真っ直ぐに渉を見て言う。

渉をずっと見ながらも、二人の会話を聞いていたセナ婆がようやく渉から目を外して呟いた。

「そうか・・・そういうことか」

シノハが幼子の頃より腰にぶら下げていた巾着を思い返した。 だが、その先の言葉を発することは出来ない。 それはシノハ自身が決めること。
セナ婆がまた渉を見る。 が、今度は言葉が添えられている。

「娘、今の語りが分かるか? 二人が共に居ればシノハも娘もいなくなるという事じゃ」 渉を見て言うと、ゆっくりと視線を下に向けた。

「そして一つに戻った霊は、新たな赤子としてどこかに生まれる」

「・・・赤ちゃん?」 眉を顰めた渉がセナ婆を見る。 それに応えてセナ婆も渉を見た。

「ああ、親のない赤子としてじゃ」

「親のない?」 今は理屈なんてことは考えられない。

「霊は新たに肉を持ち、その肉がどこかに落ちる。 それが何処なのかはわしらには分からん」

肉というのは身体、肉体だという事と分かる。

「それで生きていけるって言うんですか? その、親もいなくてどこかに捨てられたみたいに生まれて生きていけるって言うんですか・・・!」

「ああ、そのまま誰にも見つけられずに終わることもあるじゃろう」

「そんなこと・・・」

あるわけないと言いたかったが、どこか遠くで小さく警笛が鳴る。 警笛が“どうして無いと言い切れる” と言っているかのように聞こえる。

「誰かに見つけてもらい、飯を食わせてもらっても、その霊は前を向いて生きてゆけん」

「根暗ってことですか・・・」

こんな時にこんな質問。 それには他意も悪意もない。 ただ正直に質問しただけだが、言葉のチョイスが悪かった。 良い意味なのか、悪い意味なのかは分からないが渉ならではだ。

「渉!」 思わず奏和が小声で叱責した。

だが“根暗” と問われたことには頓着せずセナ婆が続ける。

「それまで生きた全ての事、全ての出会いを忘れて。 互いがシノハのことも娘のことも忘れてな。 
シノハと娘が今まで生きたことが何もなかったこととなる。 
そして赤子は互いにそれぞれが最後まで生き遂げなかった事を、心の隅でずっと悔いていく生き方になってしまう」

「それが・・・それが何だって言うんですか? 私はシノハさんと一緒に居たい。 それでも・・・シノハさんと一緒に居たい」 渉が下を向いた。

「渉、今の話を聞かなかったのか? 一緒に居るってことは、二人とも居なくなるってことだろ。 それじゃあ一緒に居られないってことじゃないか」 語気を強めて言う。

「根暗じゃないもん」

「はっ!?」

「私は根暗じゃないし、これから根暗にもならない。 だから赤ちゃんなんかにならない。 シノハさんと一緒にいるだけ」

「渉、渉の言いたいことは分かる。 いや、分かんねぇ」 自分は何を言っているのだろうかと、瞳を出来る限り上に向けたが、何も整理がつかない。 だから思いつくままの言葉を紡ごうとした。

「自分の言ってることがおかしいって分からないのか?」 が、紡ぐほどにはならなかった。

「娘がここへ来るにはシノハのことを考えれば来られるはずじゃ。 そして元居た場所に帰るには、元の場所の誰かを思うからじゃ。 それがあるうちはまだ何もかも捨ててシノハと共に居たいとはなっておらんじゃろう。
シノハもそうじゃ、娘のことばかり考えておるが、まだ他の者のことを考える隙間がある。 互いが互いのことだけを考えたらそれで終わりじゃ。 そうならぬためにも絶対に触れてはならん。 肉に波を立ててはならん。
娘、お前にも帰れば誰かが待っておろう? その者を捨ててまでシノハと共に消えたいか? 
わしはシノハが消えてしまうことを望んでおらん。 わしだけではない。 このトンデンの“才ある者” トデナミも遠路はるばるシノハのことを気に病んでやって来てくれた。
待っている者のことを考えろ。 手を取ってくれているその男も娘のことが心配で止めに来たんじゃろう?  誰も悲しませるな。 互いの場所で最初に決めたことをやりぬけ」

「触れなければいいんでしょ・・・」

「渉!」 どこか投げやりな言いように奏和が言うが、投げやっているわけではないことは分かっている。

「ああ、そうじゃ。 多分、オロンガの女も 時の“才ある者” より話を聞かされそう思ったのじゃろう。 ・・・じゃが、消えた」

下を向いている渉の肩がピクッと動いた。

「じゃが、娘だけではない。 シノハもそう考えておる。 そうじゃな?」 声はシノハに問うが、ずっと渉を見たままだ。

「・・・はい」

「じゃがな娘、それで終れるか? さっき何と言っておった」

シノハが馬を抑えた後、トデナミに手を差しのべた。 その時、その姿を見て「・・・なんで? どうして?」 そう言った。
渉がこけた時に、手を取ってくれなかったのに。 

「・・・」 

「共に居れば支えて欲しいと思う。 娘が涙すればその涙を拭いてやろうと思う。 なにも触れずいることなど出来ん。 それに・・・」 

やっと渉から目を離して蒼穹を見た。 そこには鳥の影さえ見えなかった。 唯々、蒼が続いていた。
少し前までは、蒼穹を背に飛んでいた鳥たちは、枝にとまり木の実をくちばしで突ついたり、羽繕いをしている。 水鳥たちは穏やかな川面に揺られている。 どの鳥も今は蒼穹に縁を持っていないように時を過ごしている。
どこまでも蒼くオロンガの村を脅かす雨雲もどこにも見えない。 雨雲はオロンガを脅かす雲でもあるが、オロンガから邪を流してくれる雨をもたらす雲でもある。

「さっき、ずっとここで待っていると言ったな。 じゃが、待つことも出来んようになるぞ。 
待つということは今と同じじゃ。 離れている間ずっとシノハのことだけを考え、シノハが隣に居ないことに悲しんでいるだけになる。 シノハもそうじゃ」

「でも、それでも毎日会えます」

毎日会えなかったことを思うと、心臓が鷲掴みにされそうになる。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第127回

2017年11月09日 22時27分47秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第125回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第127回




『一に出会い 
呼び呼ばれ 
糸が触れあい 
名で結ぶ』

詠い終わると目を閉じ、一呼吸置いて渉を見る。 そしてゆるりと空を見て、語りとは別の口調で渉に分かりやすく滔々(とうとう) と話し出した。

「我がオロンガ村で女が一人居なくなった。 消えたようにいなくなった。 その女が居なくなる前、言っておった言(げん) がある」
セナ婆の砕いた語りが続いた。

「女は気付くとどこか知らない場所に立っておった、と。 その場所に居たのは、ほんのわずかの時であったらしい。 そしてそこで誰かと会ったようじゃ。
女はその誰かを忘れられず、もう一度その場に行きたい、会いたいと願った。 じゃが、いくつの夜を迎えて朝になってもその場所に行けなんだ。 諦めて忘れていた頃、一人で川に行くとその場所がまた目の前に現れた。 それが二度目じゃ」

まだまだセナ婆の語りとも言えない、渉に分かりやすく言う話が続く。
二度目の話は、 川に桶を入れて振り返ると女の行きたかったその場に居た。 前と同じ場所。 それが二度目。 二度目は一度目以上の時その場にいたが、逢いたいと願った相手には会えなかった。
三度目はカゴを編んでいる時。 家の中なのに風が吹いたことに気付いて編みカゴから顔を上げるとその場に居た。 
その三度目には、その場に居る事に喜び涙した。 涙を拭い前を見ると、もう元の場所に居た。

「その女がある日突然このオロンガから消えた」 空を見ていた目を渉に戻した。

「それって・・・」 渉がシノハを見た。

オロンガの女が消えたことを言おうとしているのではない。 オロンガの女が消えるまでの身にあったことを言おうとしている。 それはシノハが渉の元に来ていたことと通ずるからだ。

諦めたようにシノハが口を開いた。

「ショウ様と我は幼き頃、ショウ様の所で逢っています。 我はそれから2度ショウ様の所に行きました」 立ち上がりながらシノハが言う。

「どういうこと? それってなに!? シノハさんが居なくなるってこと!?」 心に闇の如き漆黒の不安が広がる。

渉の問いに顔を歪めシノハが頭を垂れる。

「娘、語りはまだある」 セナ婆が静かに続ける。


オロンガの女の語りは“才ある者” しか知らぬ霊(たま)の語りに見合う。
その“才ある者” の語り。


「一つの霊(タマ) が、どうしても叶えたいことがある。 広く濃く深く。
そのために霊を二つに分ける。 霊はどこかで男と女として同時に生まれる。 どこか・・・それは邂逅(かいこう)することのない所。 
二つの霊はそれぞれが、その叶えたい事に生きる。 男にしか叶えられないこと、女であるゆえに叶えられること。 すると一つの霊であるときよりも広く濃く深く叶えることが出来るからじゃ。 
じゃが、心(しん)の片隅で、己の片割れである霊を捜し求めてもいる。 一つに戻りたいと願って。
邂逅することなく分けられた霊が、出会うことなどない。 じゃが、不運にも邂逅することがある。 
霊が片割れの霊に会ったとき、互いにすぐ分かりあえると言う。 互いに惹かれあう。 元は一つじゃったんじゃからな」 そう言うと目を閉じ一つ息を吐き、僅かな時のあと語りを続けた。

オロンガの女はいつしか赤い玉を見つけていた。 女はその赤い玉を好み、いつも首から下げていた。 オロンガでは見ない赤い玉。 女は居なくなる前にその赤い玉のことを『呼び笛を受ける玉』 と言っていた。 
その赤い玉とは、片割れの霊が住んでいるところに咲いている高い木に成る硬い木の実だった。
そしてオロンガの女の片割れの霊はいつもその木の前に立っていた。 そこに居れば心安らぐからだ。 何故、心安らぐか。 その先に片割れの霊がいるからなのだが、その片割れの霊はそんな事を知らなかった、という事をセナ婆が語った。

(心安らぐ。 ・・・まさか磐座のことか?) 渉と共にセナ婆の話をじっと聞いていた奏和が反射的に思った。

渉の磐座に対する思いは信仰とも思えるが、渉が何某かを信仰しているなどという話は聞いたことが無い。
唯、幼いころから山の中に入ることは往々にしてあったことは確かだ。 カケルと二人で山の中に入ることもあったし、渉が父親に怒られると山の中に入って行く姿を見て奏和が追いかけると「山の中がいいの」 涙をこらえてそう言う渉の頭の後ろに手をやり、奏和の胸の中で泣かせてやったことは数知れずある。
それに日頃から「鳥の声も葉擦れの音も川のせせらぎも、木々から漏れて来る陽光も、全部好き」 そんな風に言っていた。
そして磐座に対しては「此処に来ると安心するの」 と言っていた。

(・・・渉) 奏和が唯々、語りを聞いている渉を見た。


「オロンガの女は見つけた赤い玉を珍しいと大切にしていたが、何故そこまで大切にしたいと思うのかを自分でも気付いておらんかった。
その赤い玉をなくせば、片割れの霊の所へ行かれんなどとは知る由もなかった。
何故ならその玉は互いの霊を結ぶもの。
赤い玉は片割れの霊のところから飛んできたもの。 どうやって飛んでくるのかは誰にも分からん。
赤い玉、女が言っておった『呼び笛を受ける玉』。 呼び笛が鳴れば玉を身につけている主を連れて元の場所、生まれた木に帰る。 あくまでも、そこに片割れの霊が近くに居るときにしか帰れんがな。
そして呼び笛はこのオロンガにはない笛じゃ。 清く清々しい音を出す笛」

(え? ・・・笛? 清く清々しい音? ・・・もしかして、磐笛の事か?)

「3度、呼び笛に導かれオロンガの女が木の元に行く。
4度目には呼び笛は要らん。 3度の呼び笛によってオロンガの女が呼ばれ、既に糸が触れあっておるからじゃ。 じゃが、玉は必要じゃ。 玉があるところに主がおるのじゃからな。 そして4度目からは片割れの霊がオロンガの女の元に来る。
そして互いの名を呼び、触れあっておる糸を結ぶ」

互いの名を呼んだ時のことを思い出す。 胸が鷲掴みにされたように痛かった。 セナ婆を見ていた視線をシノハに移した。


「木の元で逢いたいと願えば、片割れの霊はオロンガの女の元へ来られるようになる。 
縁が深まるという事は触れ合うこともある。 触れ合うことは心(しん)の隅にあったものを呼び起こす。 触れれば心の隅から一つに戻りたいとあった心の隅のものが身体中を巡る。 まだ小さな力の波じゃ。 じゃが互いはそんなことを知らぬ。 会いたいという思いから、いつも寄り添っていたいと思うようになる。 触れ合うことが・・・触れ合うことを重ねれば重ねるほどに、心の隅の想いが身体中を大きく巡り大波となって、寄り添うだけではなく、一つに戻りたいと、他に何も考えられぬと思うようになる。
互いが何もかも捨て大きく願った時に、それだけを願った時に大きく触れ合い、互いの身体は共に消える」

最後の言葉に奏和が目を見開いた。


「そうしてオロンガの女が消えた。 姿を消した2つの霊はわしらの目に見えぬところで一つに戻る」

ずっと語り続けていたセナ婆が大きく息を吐いた。

「セナ婆様・・・お疲れでは」 タム婆より若いといえど、それでも婆様。 トデナミが気遣わずにはいられない。

「ああ・・・何ともない」 一つ二つと深く息をする。

「ちょっといいですか?」 セナ婆の語りが終わったのだろうと踏んだ奏和。

皆が奏和を見た。

「その、シノハ・・・さん?」 奏和がシノハを見て、呼びにくそうにしながらも呼ぶ。

「はい」 顔だけを奏和に向けていたが、身体を真っ直ぐに奏和に向ける。

奏和より背は低いが、それは奏和の背が高すぎるからだ。 奏和に向き合った顔は実直な人柄が十分にうかがえる。 そして同じ男から見ても端整であった。


「石を持っていないか?」

「え?」


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第126回

2017年11月06日 22時03分11秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第125回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第126回




「婆様・・・どうしてトデナミが・・・」

セナ婆が距離を置いているトデナミを振り返った。

「トデナミ、こちらへ」

呼ばれ、ゆっくりと馬を歩かせる。 その目はシノハをずっと見ている。

「・・・トデナミ」 

名を呼ばれた妍麗(けんれい) なる馬上の人は悄然としていた。

(シノハさん・・・どうして・・・) 想像もしなかった痩せ細ってしまったシノハ。

トデナミがセナ婆から少し離れた所で馬を止めた。 馬から降りようとする姿を見止め、シノハがトデナミに走り寄る。 地に足をつけたかと思うと川石に足を滑らせてよろめいた。 すかさずシノハがトデナミを支える。

「大丈夫ですか?」

「・・・はい」

二人の姿を唇をきつく結んだ渉が見ている。 その渉の顔をチラッと見た奏和。

(うわっ! スッゲー顔してやがる。 渉ってこんなに焼きもち焼きだったのか? こんなのを嫁に貰った旦那って、まともに女と話すことも出来ないんじゃないか? 生活ガンジガラメだな。 サイアク。 ご愁傷さま)

「手綱を我に」 トデナミに手を差し出す。

受け取った途端、馬の目の前を猛禽類が横切り、先に居たネズミをグワシと鋭い爪を持つ足に掴んだ。 途端、驚いた馬が二本足で立ち上がった。

「トデナミ離れて!」 

馬の前足が下に着くとすぐに飛び乗り、手綱を引くが、今度は後ろ足で空(くう)を蹴る。

「落ち着け」 声をかけながら手綱を引く。

馬はさほど酷く暴れることなく、何度か後ろ足で空を蹴っていたが、ブフフと啼くと後ろ足を止めた。 だが、まだ落ち着かないのか、前足で砂利をかいている。

「少し待っていてください」 トデナミに言うと、馬に乗り大きな岩の前まで走らせた。

(えっと・・・これってドッキリか? 俺は渉にハメられているのか?) 腕を組むと眉を顰めて首を捻る。

(でも・・・あんな鷹みたいなのに芸をさせるって無理だよな・・・。 それともタイミングよく誰かがネズミを放した? って、あの辺りに仕掛け人なんていないし・・・。 それにこんな大掛かりなドッキリを仕掛けられるほど俺って有名人じゃないし・・・ってことは現実?) ブルッと身震いした。

「アシリ! 居るんだろ!?」 

大声でアシリを呼ぶ。 するといくつもの大きな岩の向こうからエランに乗ったアシリとラワンが姿を現し、岩を乗り越えてきた。

「この馬を向こうに繋いでおいてくれ」 馬から降りたシノハに、渋々という顔でエランから降りたアシリが手綱を受け取り、騎乗した。

ラワンがシノハに寄り添ってくる。

「ラワン・・・あっちに行ってろ」 シノハの顔に己の顔を摺り寄せてくるラワンの顔を押した。

「エラン! ラワン! 向こうに行っていろ」 エランがすぐに岩を跳び向こう側へ行ったが、ラワンはシノハから離れない。

馬は岩を跳べない。 アシリが遠回りとなる道に馬を走らせた。

「あっちへ行けって・・・」 シノハがラワンに背を向け、トデナミの元に歩き出した。

シノハの後姿をじっと見ていたラワンが首を下げると向きを変え、跳ぶことなく岩を登り始めた。

(・・・だよな。 ドッキリそこらで、あんな大きな鹿を手なずけてるって有り得ないよな・・・。 じゃあ、ここはどこだよ) もう一度辺りを見回す。

「シノハさん・・・」 トデナミが心を抑えシノハを迎えた。

「お怪我はありませんか?」

「はい」

「では、婆様の元へ。 足下が危ないですから」 手を差し伸べるとその手の上にトデナミが手を置く。

「・・・なんで? どうして?」 渉の手は取ってくれなかった。 それなのに。 唇が震える。

「ん? なんだ?」 辺りを見ていた奏和が渉を見ると今にも泣きそうな顔をしている。

(・・・嘘だろ。 俺、知らねーからな)

渉の言葉にセナ婆が答える。

「娘・・・シノハの片割れよ」 あまりの低い位置でのセナ婆の小さな声。 奏和は聞き逃していた。

「え?」 渉が驚いてセナ婆を見た。 小さい渉よりも更に小さなセナ婆。 そのセナ婆がじっと渉を見る。

「あの・・・今なんて・・・」

セナ婆が一つ息を吐くとゆっくりと話し出した。

「シノハは娘に触れることはない」

「・・・どういう意味ですか?」 娘というのは自分のことだと分かる。 震える声を押さえてセナ婆に聞く。

そこへトデナミの手を取ってやって来たシノハがセナ婆に進言をした。

「婆様、言わないでください」

訥々(とつとつ) と言うシノハの様子を見てトデナミがセナ婆を見た。

「セナ婆様、もしや・・・」

「ああ、そうじゃ。 この娘がシノハの片割れじゃ。 まさか今此処に居るとは思わなんだ」

奏和が眉を顰める。

「この方が・・・」 こんなに小さな身体で受け止めなければいけないのかと思うと、憐憫な眼差しで渉を見た。

「わたくしはトンデン村の“才ある者” トデナミにございます」 右手先で額と口に触れると、胸の上で両手を重ね、膝を軽く曲げた。

(・・・っと、オイなんだよこの美人は。 こういう人のことを手弱女っていうんだろうな・・・。 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花・・・まったくもって百合だ。 それも流れる百合だ。 座った姿は見たことないけど、きっと牡丹のようなんだろな) 奏和が見惚れる。

「シノハさん?」 不安な顔でシノハを見る。

「ショウ様、安心なさってください。 我が村の“才ある婆様” とトンデン村の“才ある者” です」

「ショウ・・・とな? “才ある者” か?」

「いえ、そうではありません。 ショウ様の住まう所では二つ名が“才ある者” を示すのではないそうです」

(さっきと同じ話か・・・) トデナミに見惚れていた奏和がシノハを見た。

(それにしても・・・これを現実と考えるのには、かなり無理があるな・・・。 こんな美人簡単に居ないだろう。 ・・・粗忽な渉達とえらい違いだ。 渉が蟻程度に見えるわ・・・っと、そんなことを考えている時じゃなかったな。 無理であっても、やはりこれは現実か・・・)

「この者は?」 奏和を見た。

「ショウ様の知己であらせられます。 ソウワ様と仰います」

「そうか・・・ソウワとな。 ・・・娘の手を取っておけよ」

「え?」

「娘に触れておらんと娘一人元に帰るぞ」

嘘、本当なんて聞く前に、慌てて奏和が渉の腕をつかんだ。

「痛いよ」 奏和を睨み上げる。

「あ、悪い」 思わず手に力が入っていたようだ。

その様子にシノハが目を逸らす。

「トデナミは姉様からの言伝を預かってきておるそうじゃ」 ここにはロイハノもアシリもいない。 タム婆のことを姉様と呼べる。

「タム婆様から?」 シノハがトデナミを見る。

「はい」 まさかこんな時に重なるとは思っていなかったが、それでも言伝を伝えなければ。

「婆様は唯々、願いを忘れないでくれ、一時と忘れず心に留めてくれ、と」 

トンデン村に居る時に言われたタム婆からの願い。

『クラノに願ったように、今わしはシノハに願う。 オロンガから居なくなるのではないぞ』 願いと言う言葉では収まらない、命令のような言葉、口調であった。
一瞬にして鼻の奥が痛くなり、トデナミから目を外した。

目を眇めてその様子を見ている奏和。 渉は何が何だかわからない。 その渉をずっと見ていたセナ婆が口を開いた。

「娘・・・我が村には語りがある」

「婆様! 止めてください!」 渉に聞かせたくない。

「シノハ、このままで良いわけがなかろう。 娘にも聞かせて考えさせねばならん」

「考えられるわけがありません! 何を考えても先など考えられないのですから!」

ここにロイハノが居ればシノハの物言いに大きく叱責したであろう。

「シノハさんどういう事?」 眉尻を下げて渉がシノハに問う。

「ショウ様・・・今日はお戻りください」

「戻るって・・・イヤよ」

「ショウ様、お願いです」

「シノハ、知っておかねばならんこともある」

「婆様! 今はまだ―――」

「シノハさんがいつも何か考え込んでいることがそれなの? その話なの? それなら私も聞く! でないと・・・私を迎えてくれないじゃない。 私がオロンガに来るって言ったら悲しそうな目をするじゃない。 毎日毎日シノハさんことを考えてる。 シノハさんが何を考えているかすぐに分かるのに・・・痛みも分かち合ったのに、それなのにそれだけが分からない。 私の何がいけないのか、悪いのかその理由を知りたいの!」

(え? 迎えてくれないって・・・渉がそんなことを考えていたのか?) 驚いて渉を見た。

「悪くなどないです! ショウ様は何も悪くないのです・・・なにも・・・」

「・・・シノハさんが私がオロンガに来るのを拒んでも私は来るつもり。 ここで、この川で毎日シノハさんを待ってる。 そう決めた。 でも、私の何が悪いのかは聞きたい」

「オイ渉、それってどういう事だ!?」

「ここで暮らす」

「バ! バカか!? 何を言ってるんだ!」 渉の腕を引っ張って自分に向かせた。

「ずっとずっと考えてた。 もう決めた」 言うとプイと奏和から目を離してセナ婆を見た。

「それにシノハさんが私に触れないってどういう事ですか? お婆さんの知っていることを教えてください」 

渉に問われたセナ婆。 が、問われようが問われまいが渉に言うつもりであった。 それをシノハに納得させねば。

「シノハ、シノハだけが知って決めることではないのじゃぞ。 娘は知っておかねばならん。 何も知らんということほど酷なことはない」 渉を見たままシノハに言う。

シノハが崩れ落ちるように膝をついた。 目の端でシノハを見たセナ婆が僅かに目線を下におろしてから話し出した。

「娘、我が村には居なくなった女の語りがある。 オロンガの女が、ある日突然消えたという語りじゃ」

言うと茫洋とした眼差しで詠うように始めた。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

--- 映ゆ ---  第125回

2017年11月02日 21時04分30秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第120回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第125回





「え?」 奏和に腕を取られた渉が驚いて目を見開いている。

「・・・なんで奏ちゃん・・・?」

「渉・・・」 二人が目を合わせる。

「・・・ショウ様?」 渉の目の前にいるシノハが驚いて渉と奏和を見る。

今度はそのシノハの声に驚いて奏和が顔を上げた。

「え?」 磐座がない。 それどころか見たこともない、山の中とは違った風景が目に入った。

「どうして奏ちゃんがここに居るのよ!」 

怒った渉の声に我を取り戻し、不細工に突っ張っていた片手を引いた。

「ど・・・どういうことだ・・・?」

奏和の言いたいことは分かる。 でも今は奏和の疑問に答える気にはならない。 何故なら、そこにシノハが居るのだから。

「ショウ様?」

逢いたかったシノハがそこにいる。 そのシノハの声がする。 シノハと二人で会話の時を持てると思っていたのに、思いもかけず奏和が居る。

「・・・シノハさんごめんなさい。 ついて来ちゃったみたい」

「渉・・・これはいったい・・・」 改めて周りを見渡す。

渓谷ではある。 渓谷の中の河原、それは分かる。 川を挟む片方の朱色の岩壁からは幾つかの木が横に飛び出ている。 

(朱色の岩壁って、日本にあったか? 何処か外国ではあったはずだけど・・・) 思いながら目を先に移す。

遠くに見える流れが静かな所では水鳥が浮かんでいる。 幅広の川の向こう岸は岩壁ではなく、川よりいくらか高く土が見え、その土には喬木が生い茂っている。 その木々の中で何か小動物が動いたような気配がする。 そして顔を上げると蒼穹。 気持ちよさそうに鷹らしきような猛禽類が飛んでいる。 だが、再び顔を下すと川の中の石や岩の色が黒や青、黄色と全く見慣れない色をしている。
奏和の様子を見て、ここまできては何も誤魔化せないだろうと、渉が腹を括った。

「信じられないかもしれないけど、ここは日本じゃないの」

「え?」 驚いて渉の顔を見た。

「ショウ様の兄様ですか?」 シノハが優しい目で渉に問うた。 

「アニサマ? ・・・あ、チガウ。 幼馴染」

「オサナナジミ?」 シノハが頭を傾げる。

一つの村に暮らす者は、似た歳であれば全員が幼馴染だ。 幼馴染などと言う特別な言葉などない。

「えっと・・・奏ちゃんは小さな頃から知ってるの」

「ああ、そうでしたか」 渉の表情から何を言いたいのかが分かる。

シノハにしてみれば聞いたことのない『オサナナジミ』 という言葉ではあったが、渉の言いたいことが分かる。 それは村で共に育ち、共に遊び、共に働いている友を示す言葉と同じだと理解した。
 
渉に言われずとも奏和は渉を小さい頃から知っている

[我はオロンガ村のシノハと申します」 

渉から目を外し奏和に向かい合うと、拳を左胸元に当て背は伸ばしたままで頭だけを下げた。

「へ・・・?」 思わず奏和の口から声が漏れた。

見たこともない所作をされ、改めて見慣れない服が目に入った。
目の前には、緑色の半袖を前併せに着、裾(すそ)は太ももの半分ほどまであるスリットの入ったものを穿き、色とりどりの紐で編んだ腰紐で括っている。 その紐には巾着がぶら下がってもいる。 裾の下からは生成り色の筒ズボンが見える。 足元は草履のような物を履いていて、その草履につながった平らな紐がズボンの裾を編み上げるように膝下まで伸びている。

「奏ちゃん、ご挨拶は?」

「え?・・・ああ。 俺は奏和」 まだこの状況に納得がいかないのか、シノハを訝しんでいるのか、眉を寄せた。

「なに、その挨拶の仕方とその顔」

「どういうことだ?」 渉に返事をすることなく疑問を投げかけた。

「どういう事って・・・。 私にもわからない。 ・・・でもここは日本じゃないことは確か」

「いや、そういうことじゃなくて・・・ああ、そういうこともあるけど―――」 まで言うと渉が遮った。

「奏ちゃん帰ってよ」

「帰ってって・・・どうやって帰るんだよ。 ってか、渉を置いて帰れるかよ。 って、そういうことじゃないだろ、いったいどうなってんだよ!」
何もかもに頭の整理がつかない。

「だから、私にも分からないって!」

「分からないって、何度もここに来てるんだろ!?」

「え?」

「磐座の前で消えたり現れたりしてるところを見たんだからな!」

「・・・」 渉が下を向いた。

「ソウワ様のお気持ちは我にも分かります」 渉と奏和の会話にシノハが入って来た。

え? と奏和がシノハを見た。

「我もショウ様の居られる所に行ったときには、何がなんだか分けがわかりませんでした」

「渉様?」 シノハが渉のことを『ショウ様』 と呼んでいることにやっと気づいた。

「渉って呼んでって言ってるんだけど、絶対に呼んでくれないの」

「二つ名は“才ある者”の名です。 ショウ様は“才ある者”ではありませんが、それでも二つ名を簡単にお呼びすることは出来ませんので」 シノハが奏和を見て説明する。

「意味が分かるような分からないような・・・」 首を捻じると言葉をつないだ。

「さっき、渉の居る所に来たって? それは―――」 最後まで聞かず渉が答える。

「磐座の所よ」

「え?」

「だから、シノハさんは磐座の所に来たことがあるの」

「ちょ・・・ちょっと待て」 額を押さえて頭を整理しようとするが、到底無理な話だ。

「渉と彼と、お互いに行き来してるってことか?」

「・・・じゃない」

「じゃないって、どう言うことだよ」

「最初はシノハさんが来たけど、今は私がこっちに来てるだけ」

「我は行けなくなりました」

奏和がまた額を押さえる。

「とにかく・・・ああ、なにが、とにかくなんだ・・・」 言いかけて顔を顰める。

「えっと・・・渉は何しにここに来てるんだ?」

「え?」

「何か目的があってきてるんだろ?」

「それは・・・シノハさんに逢いに来てる」

「へっ?」

「だから、シノハさんに逢いに来てるんだってば」

「逢って・・・それで?」

普通に考えればわかることだが、どうも受け入れられない現状に考えが普通でいられない。

「それでって・・・風景を見たり、色んな話をしたり・・・とか」

「え?」 一瞬訳が分からないといった顔になったが、やっと納得できた。

「あ・・・そういうことか。 ・・・って、それってどうよ」

「どうよって?」

「ここの場所も知らないんだろ? って、そんな話じゃない。 渉が痩せてきてるのはここに来てるのが原因じゃないのか?」

「・・・」 誤魔化すことが出来ない。

「ショウ様・・・やはり食べていないのですか?」

「シノハさんだって・・・この前よりまた痩せてる」

(どういうことだ、二人とも痩せてきてるっていうのか?)

「我は大丈夫です。 ですがショウ様はお身体が小さいのだから食べねばなりません」

「そんな言い方ズルイ。 それに二人でしっかり食べようって言ったじゃない。 私だけに食べろって言うのはズルイ」

「我は今、薬草を食べています。 身体に肉こそつきませんが、体調は悪くありません」 ニコリと微笑み腕を広げて見せると、渉が口角を上げた。

(な、なんだ? この、俺が邪魔者的空間は・・・って、暑っ!) ダウンベストの下で汗が一筋流れるのを感じた。

「奏ちゃんそろそろ手を離してくれる?」 無意識にずっと渉の手を握ったままであった。

「へ?」

「コートを脱げないじゃない」

「あ、ああ」 渉の腕を離すと自分もすぐにダウンベストを脱いだ。

向かい合ったシノハが、渉たちのずっと後ろで渓谷に入ってくる人影を見つけた。

「あ・・・」

ズークを引くアシリ。 そのズークの上にはセナ婆が乗っていた。

シノハの様子に奏和と渉が振り返る。

「婆様・・・どうし―――」 まで言うとその訳が分かった。

アシリのズーク、エランの後ろから少し離れて馬に乗ったトデナミが出てきた。

「トデナミ・・・どうして・・・」

「誰だ?」 奏和が小声で渉に聞く。

「知らない・・・ここに来て初めてシノハさん以外の人を見た」

シノハの服装もそうだが、現代ではないんじゃないかと思われる新たに現れた3人の服装。 それに馬は分かるが、鹿に人が乗ってるなんて。

「イミ分かんねぇ・・・」 頭をグシャグシャと掻いた。

アシリに引かれてエランがすぐ近くまでやってくると「ここでよいぞ」 セナ婆が言った。 トデナミは少し離れた所に馬を止めていた。 長い旅を共にしてきて少しは馬がズークに馴れたといえど、あまり近づくと馬が暴れるからだ。

「はい。 それでは少しお待ちください」 セナ婆に向かって言うと「エラン」 と声をかけ、上げた掌を下に向けスッと下におろした。

その手の動きを見止めたエランが、ゆっくりと前膝を折る。 アシリはセナ婆の手を取っている。 エランが後ろ脚も折るとアシリに支えられながらセナ婆がエランから降りた。

「岩の向こうで待っておれ」

セナ婆が言った岩、その岩を跳び越えてくればすぐに此処に来られる。 川の水をとりに来る時には村の誰もがズークに乗ってこの岩を跳ぶ。 が、トデナミの馬はそんなことを出来ない。 勿論、エランは跳び越えられるが、エランに乗っているセナ婆は耐えられず振り落とされるだろう。 だから遠回りの道からやって来た。

「はい」

手に持っていた杖をセナ婆に渡し立ち上がらせたエランに飛び乗るとサッと走り出し、右手に見える幾つもの大岩を跳び越えて向こう側に行ってしまった。

(スゲッ!) 奏和の目が大きく見開かれた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする