大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~満ち~  第246回

2015年10月23日 14時15分44秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第240回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

  『みち』リンクページ






                                             



『みち』 ~満ち~  第246回



時間をかけ台所、囲炉裏のある部屋、畳の間を箒で掃いたり拭き掃除をする。

「あら? 今、住庵様の声がした?」 手を止め耳を澄ますが、何も聞こえない。

「気のせいね」 窓を拭きあげると

「うん、気持ちがいい」 額の汗を腕で拭くとチラッと風来が寝起きしている部屋を見た。

「風来の居る部屋、どうしようっか・・・」 障子は閉められている。 勝手に入るのは気が引ける。 

少々乱暴な口ぶりで喋るが、やはりこういう所は女子のようだ。

「・・・」 障子をじっと見る。 と、そろっと近づいていきゆっくりと障子を開けた。

少し開けたところで顔をヒョイと覗かせると、風来が最初に入った時とさして変わらなかった。

しいて言うなら、衣文掛けに着替え用の着物が無造作に垂れているだけだ。

「あ、なんだー、気にする事ないじゃない」 すると大きく障子を開ける。

「あーあ、なんと殺風景な」 そう言って窓を開け、箒で掃きだそうとした時、先に風来が背負っていた網袋を隣の畳の間に置こうと持ち上げた。

コロン。

「え?」 何かを落としてしまったのかと下を見ると、小さなものが目に入った。

手に取ってみると

「根付?」 かなり傷んでいる。

「確か、お山で暮らしてるだけなはずなのに、一人前に根付なんて持ってるんだ」 ふーん、と目の前にぶら下げてみる。

「何に付けてたんだろ?」 目の前でブラブラとさせる。

「でも、これじゃあちょっと重いものにつけちゃうと落ちちゃうんじゃないの?」 そう言うと更の方眉が上がった。

「根付師並みの腕を持つ更様が作ってやろうか」 片方の口元がクイと上がる。

網袋と根付を隣の畳の間へ置くと、箒で掃きながら

「さて、どんな物にしようかな」 根付の形を考える。

「女子みたいだから、花にでもしようか?」 箒を動かす手を止め、その柄の上に顎を乗せ悪い顔をしている。

「苛めちゃ可哀相か。 それに苛めた事が住庵様にばれたら怒られそう」 舌をペロッと出し、さっさと掃いた。

今度は雑巾を持ちながら

「うーん、何がいいかなぁ」 雑巾を動かしたと思うとすぐにその手が止まってあれやこれやと考える。 

そしてまた雑巾を動かす。

「金子が入って欲しいなら・・・俵? って、風来がそんな事考えてるはずはないっか・・・」 またまた、うーんと考える。 よって、手が止まる。

「獣の傷を治したい。 ・・・獣かぁ」 雑巾を持った手を動かす。 

今度は長く手を動かしていたが、ブツブツと 犬? 猫? 鼠? 等と口にする。 

「どれもピンとこないなぁ」 決まらぬまま一通りの掃除を済ませると、無造作に掛けてあった着物をきちんと掛けようと手に取った。

「・・・何とも言いようのない着物・・・」 そう言ったかと思うと

「風来が自分で洗ってたから気付かなかった・・・」 更が洗うと言っても譲らなかったのだ。


最初は 「・・・いいです。 あの、これくらい・・・」 と、煮え切らない返事をしていたから、更がもぎ取ろうとしたらてこでも離さなかった。

「洗うって言ってるでしょ! 離しなさいよ! それに言いたい事があったらはっきり言いなさいよ!」 すると

「あの・・・飯の・・・飯の用意をしてもらっているのに、これくらい・・・己でやります」 と言ったのである。


「あ、そう言えば今日も外に出るにはちょっと残念な着物だったわ・・・」 



お山では滅多に着物など着ない。 そんなものを着ていては山を駆け巡るに邪魔なだけだ。

ただ、時折 里や町へ出かけるときには着物を着る。

その着物は兄様たちが着ていた着物を背丈に応じて皆で着回している。

この度の風来の旅ではあまりにも着古した着物では住庵に失礼だろうと、これでも浄紐(じょうちゅう)が気を回してお山の中では一番傷みの少ない着物を持たせたのだ。



「やって来た時より背も伸びたものね・・・。 そう言えば裾も短くなってきてたっけ。 ・・・住庵様に言って、風来の着物を用意してもらおう」 そう言うと、着物は衣文掛けに掛けず、丁寧に畳んで網袋の横に置いた。

その時

「おーい、更 帰ってきたぞー」 住庵の声がした。 慌てて迎えに出る。

「お帰りなさいませ」 手をついて迎える。

「おや? 襷掛けとな?」 

「はい、久しぶりに畳の間の掃除をしておりました」

「そうか、ご苦労であったな。 走るは、声を出しすぎるはで喉が渇いた。 茶を淹れてくれるか?」

「はい、只今」 台所に行き、茶の用意をすると盆に載せ畳の間に座っている住庵の前に置く。

「住庵様、走ったり声を出しすぎたりとは、いったい何があったのでございますか?」

「ああ、そこいらの犬猫を捕まえようとすると逃げるのでな。 待てー! と走りながら叫び倒しじゃ。 三匹しか捕まえられんかったわ」

「そういう事でございましたか」 あのとき聞こえた声はまさしく住庵だったのか。 と思い、その姿を想像してクスッと笑う。

「どなたかの家の犬でも猫でもをお借りしたらようございましたのに」

「あ・・・あ、言われてみればそうじゃったな。 それに気付かんかったー」 己の額をペシリと叩いた。

更がそのへんの犬猫を・・・と言ったものだから、ついつい野良の犬猫を追い掛け回していたようだ。

その様子を見てまたクスリと笑い、住庵の前に座る風来の方に体を向けると、茶を持った手が止まり、声を掛けようとしてしていた口が途中で止まった。

(あらまっ、驚いた! 背が伸びているとは思っていたけど、こんなに背が伸びてたの? これじゃあ着物の裾も短くなってきてるはずだわね。 
って言うことは、このまま伸びていったらもしかして、ここにいる間に抜かれるの!? ・・・女子みたいだと言っても女子じゃないんだから。
その内に見おろされたりするのかしら。 
・・・そんなことをしたらぶっ飛ばしてやる)

「更? あの・・・どうかしましたか?」 声をかけられ我に返る。

「え? あ、ああ。 何でもない。 それより、三匹捕まえたんでしょ? どうだった?」 すぐに風来の前に茶を置き、さっき言おうとした言葉を続けた。

「それが・・・」 また怒られる・・・。

下を向いて言い淀んでいる風来の姿を、更が小首を傾げるようにして見ている。 そして

「いいのよ」 あっけらかんと言う。

「え?」 思いもよらぬ言葉に目を見開く。

「今日は出来なくても明日は出来る。 明日出来なくても明後日は出来る。 昨日出来たことは今日も出来る。 違う?」 

「・・・更?」

「風来はやれば出来るんだから」 

「更?」 風来のその視線の高さに合わせようと、更が少し背を丸める。

「それにもし何度やっても出来なかったら・・・無理だったら他のやり方を考えればいい。 風来には風来のやり方があるんだから、一緒に考えよう」 

更のその目の奥にお山で腹を括った時を思い出した。

(そうだ・・・出来るのかもしれないじゃないんだ。 出来るんだ。 そのために来たんだ) 腹を括った筈だった。 だが、教えを請ううちに思うように出来ない己が居た。 いや、考えが甘かった。 
だんだんと想いが削られていった。 そのことに気付いた。


その様子を見て住庵が嬉しそうに茶をすすっている。


風来にとって更は良き心の支えとなってきていた。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« みち  ~満ち~  第245回 | トップ | みち  ~満ち~  第247回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事