大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第54回

2017年02月27日 23時26分56秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第50回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第54回




「トデナミ」 子供たちを遊んでやっている後ろから呼ばれ、振向くとまだ20の歳にならないカンジャンが立っていた。

「どうしたの? 村に行ってないの?」

今日は男も女も全員村に出ている。 そしてタム婆もザワミドも村に出ている。 森に残っているのは、長とその看病にトデナミが残っているだけだ。 が、トデナミの周りでは子供達が遊んでいる。 今日の子守はトデナミだ。 と言うか、今日のトデナミのお付きは子供達である。 

「ザワミドに、薬草を入れる袋を取ってきてくれって言われたんだけど、わかる? えっと、一番大きいのと小さいのって言ってたけど」

「ええ、分かるわよ。 あ、今日は薬草小屋を建てるからって、ザワミドさんが行ったんだものね」

「うん。 それで高さを決めるのにそれが必要みたい」

「でも、もうこんなに遅い時に?」

「うん・・・俺は何がどうなってるかわからないから、言われるままだけど。 とにかく進むのが遅いんじゃないかな。 それでもザワミドに言われたから・・・」

「あ、ごめんなさい。 そうよね、時が遅くても次へ進まないといけないものね。 じゃ、薬草小屋に行きましょ」

「俺ここで子供達みてるから取ってきてくれる? 薬草小屋って苦手なんだ」

「あら、どうして?」

「苦そうな臭いがするだろ?」

「まぁ、カンジャンったら、まだ苦いのが苦手なの?」

「多分、ずっと苦手だと思う」 はにかんで言うカンジャンに、子供達がまとわり付きだした。

「子供達は薬草小屋へ連れて行くわ。 待ってて、すぐに取って来るから」 言うと子供達を見て声をかけた。

「みんな、薬草小屋に行こうか? カンジャンはここに居るって」 シノハから言われた事を肝に銘じている。 絶対に一人で歩かない。

子供達を連れて薬草小屋に入ると、吊るされていた一番大きな手織物の袋と、一番小さな手織物の袋を外し、中に入っていた薬草を別の袋に入れると、大小の手織物の袋を持ってカンジャンの元に戻った。 

薬草小屋に行くまでは、トデナミの周りをクルクルと回って遊んでいた子供達だが、いざ薬草小屋に入ると初めて入った薬草小屋に目を丸くして、トデナミの衣にしがみつきながら大人しくしていた。

「はい、これをザワミドさんに渡して」 カンジャンに2つの手織物の袋を渡す。

「ありがとう・・・」 袋を受け取ると不思議そうな顔をトデナミに向けた。

「なに?」

「顔色悪いよ。 大丈夫?」

「え? そう? そんなことないわよ」

「ならいいけど」 言って歩を出した時

「あ、そう言えば、俺の聞き間違いかもしれないけど、今日はみんなが村に行ってるってはずなのに、トデナミがどこにも居ないってシノハさんが探してた。 って聞いたけど?」

「え? シノハさんが?」

「ちょっと聞きかじっただけだから、話の筋が分からないけどね」

「今、シノハさんはタイリンとジャンムと川に行ってるはずだけど・・・」

「あ、だからハッキリ聞いたわけじゃないから」

「誰が言ってたか分かる?」

「えっと・・・ジョンジュとカラジノ」 

(ジョンジュもカラジノも今話しているカンジャンもドンダダ側じゃない。 それに今は三人ともシノハさんに教えてもらっている。 嘘じゃないはず。 シノハさんが探している? 私ったら、また何か心配事をかけたのかしら・・・) 少し頭がクラクラする。

「トデナミ?」 下を向くトデナミに問いかけたが返事がない。 再度問いかける。

「どうしたの?」

「あ・・・何でもないわ」

「それじゃ、村に帰るけど・・・」 気遣わしげな顔で言う。

「ええ、袋をお願いね」 トデナミが明るい声を返すのに、心配をし過ぎかとそのまま村に向った。

(どうしよう・・・この子達を連れて村に行こうかしら・・・でも、もうこんな時になってる・・・この子達の足じゃ、みんなが帰ってくるのとぶつかるかもしれない時になるわ。 それだったらここで待っている方がいいだろうし。 でも、シノハさんが探してたって・・・ああ、きっとカンジャンがここに居るって言ってくれるわよね・・・でも・・・)

「ねぇ、トデナミどうしたの?」 まとわりついていたトマムが心配げな顔で聞いてきた。

「うん・・・」 トデナミの返事にトマムが首を傾げて、トデナミをずっと見ている。
そのトマムの様子に気付かないトデナミ。 少しして決心したかのように子供達に言う。

「ね・・・トマムもみんなも村まで歩ける?」 村長への用は終わっていた。

「わぁーい、村に行くー!」「行く行くー」「ちゃんと歩くー」「泣かないー」「抱っこしてって言わないー」 それぞれが一気に喋る。

「みんなすごいわね。 じゃ、村まで行こうか」 みんなで手を繋ぎ、横一列になって歩き出した。
森の中を散歩するように歩く。

(やっぱり早くは歩けないわね・・・分かっていたことだものね) 心の中で自分に言い聞かせていると突然トマムの声が響いた。

「ナイジャ、駄目!」 トマムの声にハッとした。

「あ! ナイジャ、ちゃんとトマムとお手手を繋いでて」 ナイジャが一人で走り出そうとしていた。

「ちぇー、ナイジャ早く村に行きたいのに」 女子(にょご)が口を尖らせる。

トマムより大きいから、トマムと手を繋いで端に歩かせていたが、まさかトマムの手を解いて走り出そうとするとは思わなかった。

「ナイジャ、森の中で迷子になったらどうするの? 一人ぼっちになってしまうのよ」

「ちゃんと道があるから分かるもん」 確かに、1本道が森の外まで続いている。

「私はあなたたちを預かっているんだから、道が分かっているって言っても、離れて歩かせられないの。 離れてしまうって言うのなら村には行けない。 ここで帰るわ」

決して叱ったり、咎めたりした言い方ではない。 諭すように言う。 大切な子供たち、目を離すわけにはいかないのだから。
それに村に行こうと言い出したのは己だ。 体よい言い方をして子供たちを引き込んでしまったのだから。

「やだ! 村に行く」

「それならお手手を繋いでて」

「・・・わかった」 いやいやトマムと手を繋いだ。

「トマム、私ボォっとしてたわ。 お手手が離れた事を教えてくれて有難うね」 右手に繋ぐトマムに言う。

トマムが幼い顔に笑みを浮かべ「うん!」 と元気良く答えた。
暫く歩くと馬たちが繋がれているところに出た。

「あ・・・」 ナイジャが声を漏らした。

「どうしたの?」

「ナイジャは馬が恐いんだ」 ナイジャと同じ年のサンノイが言う。 

「ナイジャ、大丈夫よ。 お馬はみんな繋がれているからね。 みんなとお手手を繋いでいれば恐くないわよ」 言うとトマムがトデナミの手を離した。

「トマム、離しちゃ・・・」 トマムがすぐに今までトデナミと繋いでいた手でナイジャの反対の手を取り、今まで繋いでいたナイジャの手をトデナミの手に渡した。

「トマム・・・」 トデナミが驚いた目をしている。

「だって、トマムとトデナミがお手手を繋いであげたらナイジャも恐くないでしょ?」 幼い口から思いもしない優しい言葉を聞いた。 思わず顔がほころぶ。

「そうね。 トマムは大丈夫?」

「トマム、男だもん」 その言葉に笑みを返すと、気のせいか幾分トマムが胸を張ったように見える。

「ナイジャ、トマムが守ってくれるわ。 大丈夫よ」 トデナミを見たナイジャが次にトマムを見てコクリと頷いた。 

トマムが「まかしとけ」 とたくましい言葉をナイジャに返す。
ゆっくりゆっくりと歩く。 

(そう言えば前にシノハさんが言ってた。 タイリンやジャンムの年になっていたらどこの村でも馬に乗ってるって・・・。 もしかして、この子達も日頃から馬になれていたら馬を見て恐がる事なんてないのかもしれない。 長が目指している村作り、こんな所も変われるのかしら。
シノハさんはどうして私を探してたのかしら・・・。 私、特に何もしてないわよね。 シノハさんに言われた事を守ってるつもりだし・・・婆様はお元気だし・・・オロンガへ帰る話? あ、それだったら婆様にお話しするだろうし・・・何かしら・・・あ、駄目、頭がクラクラする・・・)

「・・・ねぇ、トデナミったらー」

どこかで声がする。

「あ? え?」 左右を見る。

「もう、こっち!」 トデナミの左手に繋いでいる一番端のサンノイが、トデナミを見ている。

「あ、ああ。 ごめんなさい。 なに?」

「ずーっと、馬が居なくなったね、って言ってたのにっ!」 言われ辺りを見た。

「あ、あら本当。 いつの間に・・・」

「トデナミずっとボォっとしてるよ。 大丈夫?」 トデナミとサンノイの間の子供達2人もトデナミをじっと見ている。

「うん、ごめんね。 大丈夫よ。 ・・・かなり歩いてきたわね。 もう少しで森を抜けられるからね」 

「うん。 もう見えてるね」 森の出口が見えていた。

「あと少し頑張って歩こうね」 子供たちを見ながら話していると、急に横から男の声がした。

「おや、これはこれはトデナミじゃないか」

「ファブア・・・」 声の主に視線をやると、目を見開き驚く。

「そんなに驚かなくていいだろ? なんだ? 子供たちを連れて散歩か?」 トマムがナイジャの手を払ってトデナミにしがみついた。

「トデナミ・・・恐い」 ファブアに叩かれた事が未だに記憶に残っているようだ。

トデナミが子供達を自分の周りに集めかがみ込むと、トマムの周りに抱き寄せた。

「まだ村に居るはずなのに、何をしているの」

「ああ、あんまり進まないから気晴らしに森を歩いてた」 少しずつトデナミに近づいてくる。

ふと気付くと後ろからも足音が聞こえた。 振り返ると男が2人、ファブアと同じように近づいてきていた。

「あなたたち、何をしているの! 早く村へ帰りなさい!」

「かぁー、気が強えーなー」 トデナミの真正面に来てしゃがむと、その目でトデナミを舐めるように見る。

「でも、怒った顔も綺麗だねぇー」 そういうと今度は声を低め、顔を近づけ続けて言った。

「ドンダダが惚れるわけだ」


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--- 映ゆ ---  第53回

2017年02月23日 23時04分58秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第53回




「それにしてもファブアのヤツ、昨日の事が相当効いたみたいですよ」 シノハを見て言う。

「え?」

「今日はずっとガガンリと話してました。 慰められてたんじゃないかな?」

「ガガンリ?」

「えっと、ほら、昨日、婆様が来られてファブアを止めた男だよ」 ジャンムが補足する。

「ああ、あの男か・・・確か・・・ファブアよりずっと体格が良かったな」 

「うん。 ガガンリも強いよ。 ドンダダ程じゃないけど」 そう言うジャンムをシノハが見やる。

「ジャンム、何でもよく知っているな」

「父さんから聞くんだ」 ジャンムの返事を聞いたときタイリンが目に入った。 今のジャンムの言葉に沈んだ顔をして塞いでいる。

シノハが腰を上げ、タイリンの横に座りなおす。

「タイリン、どうした?」

「なんでもないです」 そのタイリンの顔を見る。

きっとジャンムが父の話をしたのが、羨ましかったのだろう。 タイリンには母も父も居ないのだから。

「タイリン、男だからって頑張らなくていいこともある。 もっとみんなに甘えていいんだぞ。 なっ、トデナミだってザワミドさんだって、タイリンが口を切ったときにあんなにタイリンの事を想ってくれたじゃないか。 それにタム婆様もタイリンのことはとても気にかけておられる」

「婆様が?」

「ああ、そうだよ。 知らなかったのか?」 シノハの言葉を聞いて、一旦上げた顔を俯かせる。

「タイリン?」 

「婆様が・・・俺を気にかけていてくれてたなんて思ってもいなかった・・・」

「あ、それはハッキリと言う。 俺が婆様の口からちゃんと聞いた。 それに俺だってタイリンのことはずっと気になっているぞ」 タイリンがパッとシノハを見た。

「当たり前じゃないか。 今までの事を考えてみろよ。 タイリンが居てくれたから、この村で色んな事が出来たんだ。 感謝してもしきれないよ」

「シノハさん・・・」 弱弱し気なタイリンの瞳を見て頷く。

「あのな・・・父様と母様が居る、兄弟が居る。 それはとても有難い事だ。 でもな、それだけじゃない。 仲間がいる、信頼できる人が居る、心配してくれる人が居る。 それはとても有難く大切な、簡単には得られない事だ。 
俺はタイリンを信頼できる仲間だと思っている。 トンデンに来て、タイリンに逢ってよかったと思っている」 タイリンが唯々、シノハを見ている。

「えっと・・・これって片思いってやつか?」 何の返事もしてもらえないシノハが、最後に言った言葉に見守っていた男たちが大いに笑った。

「タイリン、シノハさんを振るのか?」 笑いながら一人が言う。

「え?! そんな事ない! 俺だってシノハさんが・・・シノハさんを・・・」

「うん? なんだ?」

「えっと・・・仲間だと・・・」

「うん?」

「・・・仲間だと思ってる」

「有難う! 良かったー、嫌われてなくて」 タイリンを両の腕で抱いた。

抱かれたタイリンの顔が真っ赤になっている。


それから数日が経った。
男たちは毎日、一日2回タム婆の小屋の前でシノハに教えてもらい、タイリンとジャンムも水作りの合間と、夕飯の前後に男たちと一緒に教えてもらっていた。


「随分と拳が早くなりましたね」 ジョンジュに声をかけた。

「え? そうですか?!」 顔中で興奮を表している。

「一度、我が受けてみます」

「受ける?」

「はい、拳の重さを見てみます」

「拳の重さ?」

「拳が軽くては何も出来ていないのと同じですから。 我に拳を打ってください。 それを受けますからすぐに次を打って下さい。 どこにでも打っていいです。 真剣勝負だと思って、打つ先を考えながら打ってください。 遠慮は要りません。 受けるのを失敗して拳を受けても、拳の強さに負けても我の力不足なんですから。 いつでもどうぞ」

「あ、それじゃあ・・・」 
構えると前に立つシノハに次から次へと拳を出した。 出した拳はみんなシノハの掌で受けられた。

「くっ!」 最後の一発に全身の力をこめた。 が、やはり受けられた。

「タハァー・・・もう駄目だ・・・」 膝から崩れた。

「うん・・・ハッキリ言ってしまうと、軽いです。 軽いから受けて止められました。 重い拳っていうのは、どうすればいいかって言葉では言いあらわせられないんです。 これは経験の中で自分で見つけていくしかありません」 言うと、タム婆の小屋の裏にスタスタと歩き出した。

その姿を見送った男が言う。

「いや、重いとか軽いとかってことじゃなくて、全部受けるってどういう事だよ・・・」

「やっぱ、俺たちの拳が遅いってことだよなー。 んー! まだまだ練習か!」

「くっそー、せっかく早くなったと思ったのに、シノハさんにはまだまだかー。 もっと練習して、今度こそ一発でも打ち込まなきゃ、練習している意味がない!」 ジョンジュが悔しそうに言う。

タイリンとジャンムが顔を見合わせている。 

「みんな変わったね」 「うん」

シノハが板を持って帰ってきた。

「あ、その板・・・」 タイリンが言う。

「ああ、これ使っていいか?」 石を乾かす時に並べていた分厚い平板。

「はい、今は違う板を使ってるからいいです」 タイリンの返事に頷く。

「では」 と言って男たちを見た。

「ジョンジュ、我がこの板を持っていますから思いっきり拳を打ち込んでください。 あ、怪我をしては困りますから、拳に何か巻いて」

「ええ? そんなの無理ですよ」

「無理ですか?」

「拳が痛いだけですよ」

「分かりました。 誰かやってみたいという―――」 まで言うと

「俺やってみる」 まさかのジャンムが前に出た。

「ジャ・・・ジャンムは無理だ・・・あ、でも、やるだけやってみるか?」 やる気のある者の気を削ぐわけにはいかない。

「うん」 言って腰にぶら下げていた布切れで自分の拳を巻きだした。

「それじゃ、やってみろ」 シノハがジャンムの立つ木の反対側へ行き、胸ほどの高さの木の上を両の手で持ち、片足で木がずれないようにしっかりと止めた。 

「いくぞ!」 足をしっかりと開き腰を落とすと、拳を後ろに引いて一気に前に出した。

コン! 気の抜けるような音。

「イッテー!!」 飛び上がって拳を解いた手を振りながら、アチコチ駆け回る。

「大丈夫か?」 笑ってはいけないとは思いながらも、言いながら笑っている。 

ジャンムは無言で何度も頷いて見せたが、布が巻かれた拳を腹に抱え、もう一方の手で何度もさすっている。

「今のが軽い拳の音です。 とは言っても、歳浅いジャンムですから、皆さんだったらもうちょっと違う音だと思いますけど」 

言うと、木の上を片手で持ち、片足で木がずれてこないように、足の内側を木の下に沿わせた。 反対の足は木をはさんで反対側にある。 勿論身体も。

「音を聞いていてください」 フッと息を吐くと、力の半分ほどで板に拳を入れた。

ゴン。 鈍い音が聞こえた。 ジャンムとタイリンが震え上がりそうになった。

「音の違いが分かりましたか?」

「ああ、全然違う」 男たちが口々に言う。

「拳が重くなると、こうして試してみると鈍い音になります」

「シノハさん、痛くないの?」 ジャンムが不思議そうに問う。

「最初は痛かったけどな。 もう慣れた」 ジャンムが目を丸くした。

慣れるほど何度も打ち込んだのに、シノハの手の甲は決してゴツゴツとはしていなかった。

「ねぇ、シノハさんの拳で、この木割れるの?」 厚さはソコソコある。

「ジャンム、無理な事を言うなよ。 シノハさんだって引くに引けなくなるだろ」 

「いいですよ。 どこかに立てかけられないかなぁ・・・」 辺りを見た。

「この小屋は何の小屋ですか?」 タム婆の小屋の前にある小屋。

「そこは誰も居ないし、今は使ってないよ」 

「じゃあ、ここに立てかけようか」 言うと板を小屋に斜めに立てかけた。 ずれてこないように己の足で板を止る。

「それでは、いきます」 言ったかと思うとアッという間に拳を斜め下に打ち込んだ。

バキッ! 板が真っ二つに割れた。 途端、男たちの感嘆の声が上がった。 ジャンムが寄って来て割れた板を見る。

「すげぇー・・・。 タイリン見てみなよ!」 

タイリンが他の男たちより先に見るなんて、と戸惑っていると「ほら、タイリン早く」 と一人の男がタイリンの背中を押した。

驚いた顔をして振り返り男を見た。 

「ジャンムが呼んでるだろ、早く見て来いよ。 次に俺が見るからさ、ほら」 言うとまた背中を押した。

「あ・・・うん・・・」 顔を下げて歩き出し、男がタイリンの少し後ろを歩いた。 

その様子を見てシノハが顔をほころばせた。


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--- 映ゆ ---  第52回

2017年02月20日 23時40分51秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第52回




夜になり、ファブアが自分の小屋に戻った。 ドンダダがいる。 他に3人。
台の上の油皿に灯がともっているだけで薄暗い。

「お前、アイツとやったんだってな」 ドンダダが言う。

「あ、ああ。 でもアイツが手を出さなかったから、ケンカにもならなかった」

「フッ、到底お前じゃ無理だろう」 最初に見た馬を抑えた時のシノハの身の軽さを知っている。

「どういうことだよ」

「自分の腕に聞いてみな」 横目で見ると、かったるそうにして板間に寝転んだ。

言われ、小さく舌打ちをする。


翌日は朝飯を食べる前に数人の男がシノハの元を尋ねた。

「シノハさん、朝飯の前に教えてください!」 タム婆の小屋の前で言う。

「なんじゃ?」 タム婆が目を丸くする。

「あ、ちょっと。 あとで説明します」 言い残し小屋を出ると、10人足らずの男達が目の前に居た。

「お早うございます。 どうですか? 身体は痛くありませんか?」 身体の具合も聞きたかったが、身体を柔らかくしておくようにと言ったことを守ったのだろうかと、確認の意味でも聞いてみた。

「お早うございます。 ちょっと、痛いです」 その返事に、本気でやる気なのだと確信し、頷きながら笑みを向ける。

「無理をすると筋を痛めますから、あまり無理をしないように。 それじゃ、早速。 我の真似をしてください」 

「ここでですか?」

「はい。 小屋に隠れて丁度いいでしょう」 タム婆の小屋の前にはもう一つの小屋がある。

両の足を開き、腰を落として素早く拳を前に出すと真似るように目で促す。 男たちが見よう見真似でそれを真似る。

「イテテ・・・」 足を開いて腰を落とす段階で痛いらしい。

「いいですよ。 出来る範囲で。 そして素早く拳を前に出す」 もう一度やって見せた。

皆がそれを真似るのを見て、足を閉じ皆の前に歩き出した。 一人の前に立つ。 立たれた男の動きが止まった。

「止めないでやって下さい」 言われ、素早く拳を前に出した。 つもり。

その拳を出した途端、いや、ほぼ出そうとした途端、簡単にシノハに止められた。

「拳を出すのが見えます。 目にとまらないようにもっと早く」 その様子を見ていた全員が呆気にとられた。

「シ・・・シノハさん、俺のはどうですかっ?」 勇気を出した一人が言った。 その男の前に立つ。

「いつでもどうぞ」 言われ、ちょっと卑怯だが、間を置いて隙を見ると拳を出した。 が、これまた簡単に止められた。

「クソッ! いけると思ったのに!」 

「その気持ちがあるのがいいですね。 どんどん伸びますよ」 そんなことを始めて言われ、いくらか顔を赤くすると何度も拳を出しだした。

他の者たちも負けじと拳を出す。
いくらかして今度は違う事を始めた。

「えっと・・・転がってもいいって人はいますか?」 皆がキョトンとする。

「大丈夫です。 怪我などさせません」

「じゃ、じゃあ、俺が」 さっきの少々卑怯な手を使った男。

「名を聞いてもいいですか?」

「カラジノと言います」

「では、カラジノ。 我の前に拳を出してください。 素早く。 我がその手を掴まないでカラジノを転げさせます。 では、いつでもどうぞ」 言うと皆に少し離れるように言った。

カラジノが少し戸惑いながらも思い切って拳を出した。 するとシノハがその腕に巻きつく蛇の様に自分の腕を絡ませ、捻るように上げた。 途端、カラジノの身体が縦に回転した。 その身体をすぐに押さえ込む。 押さえ込まれたカラジノが倒れこもうとした時、その身体をすぐにシノハが膝をついて受けとった。
カラジノは何が起きたか分からない様子で、目をパチクリさせている。
見ている皆は・・・皆もあまりの早さに何がどうなったか分からない様子だ。

「あ・・・分かりませんでしたか?」 シノハの腕の中にいるカラジノを起しながら皆を見るが、返事はない。

「ではもう一度。 今度はゆっくりと分かるようにしましょう。 カラジノ、もう一度。 今度はゆっくりと拳を出してください」 言うと、さっきと同じ事をした。 が、今度は倒れこむことはなかった。

「ええ? そんな風にしてたのか? 全然分からなかった」 見ていた男たちが言う。

「これは攻撃と言うよりも、押さえ込む、言ってみれば、攻撃をかわすことの一つです。 相手の拳の力が重ければ、簡単にはいきませんが、覚えておくといいです。 じゃ、今度は我が拳を出すので、カラジノがかわして下さい」

「ええ!? かわす前に拳をくらうよ!」

「大丈夫です。 ゆっくり出しますから。 いきますよ」 慌ててカラジノが身構えた。

ゆっくりとカラジノ目がけて拳を出す。 

「我の拳を払う気持ちで腕を絡めてください」 言われるまま腕を絡め始めた。

「我の腕が伸びきった時に、そのまま捻るように上げてすぐに力強く押さえ込む。 自分の腕が巻き込まれないように注意してください」 

カラジノが言われるようにすると、シノハが地を蹴り上げ、縦に身体を1回転させ、捻り上げられた手が解けただけだ。

「押さえ込みが足りません」 見ていた男たちは、身体を1回転させた早さに唖然としている。

その時、昨日男たちが教えて欲しいと言ってきた時に居た女が「朝飯だよ」 と男たちを呼びに来た。

「それでは今はこれまでで。 朝飯を食べてきてください。 次は・・・晩飯の後か先に。 それと、あまりドンダダやファブアの前で練習をしていると、いい顔をされないと思うので、目立たないように小屋の中で練習をした方がいいでしょう」 言うと女を見てクスッと笑う。

「呼びにきて下さって有難うございました」 言ってタム婆の小屋に戻った。

女がシノハを見送ると両の拳を顔の前にやり、声を殺して喜んだ。
(くくー! 役得だー。 コリャ誰にも譲れない)

男たちがまだポカンとしている。

「ちょっと、アンタたち! シノハさんの言った事が聞こえなかったのかい! ほら、行くよ!」 一人ずつの頭をペチペチ叩いてまわった。


タム婆の小屋に入ると、あの時、タム婆が帰った後に男たちから教えて欲しいと言われ、今日から武術を教えることになったと説明した。

「へぇ?」 気の抜けた声を出し目を丸くした。


タイリンとジャンムには男たちが村に行ったあと、水作りをしながら教えた。 が、まだ二人とも10の年を少し越したくらいである。 その上今まで何もしてこなかったから、筋肉も何もない。 痩せてヒョロっとしたタイリン。 ポッテリしたジャンム。 急に色んなことはさせられない。 が、時間があるわけではない。 この二人にはそれなりに形になるよう教えたい。 ちょっと気が急く。


夕方、村から帰ってきた男たちが夕飯を済ませると、朝と同じようにタム婆の小屋を尋ねてきた。
朝と違うのは、少し人数が増えていたのと、そこにタイリンとジャンムも加わっている。
最初に言った事と同じように、拳を出す早さ、その拳を出したっきりにしないで止める力、すぐに引く早さ。 そこのところをコンコンと教えたが、これは何度も繰り返すことによる習得である。

次に、2人組になって、最初はゆっくりと片方が拳を出す。 それを見て片方が身をかわす。 その拳を段々と早く出す。 という事をやった。
勿論、タイリンはジャンムと組んだ。
誰もが目を輝かせている。 その輝きは決して闘志というものではない。 覇気であり、生きた目である。

「拳をしっかりと見て避けてください。 身体が硬いと上手く避けられませんから、無理をしないで下さい」 と言った尻から「イテ!」 と言う声が聞こえた。

無理な姿勢から避けようとしたみたいで、足が攣ったようだ。

「大丈夫ですか?」 座り込み、エヘヘと言いながら、脹脛をさすっている。

「少し休憩していてください。 では相手は我がします」 言うともう一人に向き合った。

シノハの避ける所を見ようと、全員が拳を止めた。

「思い切ってどうぞ」 言われた相手がどんどん拳を出すが、全て避けられる。

「くっそ、一発もかすりもしない」 息絶え絶えに、とうとうへたり込んだ。

「攻撃もいいですが、こうやってかわす事を覚えると、攻撃より体力が消耗しません」 見ていた一人が口を開いた。

「シノハさんの避けるのって綺麗なんだよな」 言うと皆が頷いた。

「あ・・・教えてもらっている人たちに言われるんです。 女みたいだって」 照れながら言う。

「女? 女には見えません。 早いし、キレがあるし。 でも綺麗なんだよな・・・」

「だろ? 俺の見込んだシノハさんだけあるだろ?」

「ジャンムが見込んだって・・・言葉の意味が分かってるのか?」 言うと男が大きく溜息をつく。

その言葉にジャンムが口を尖らせたのを見てシノハが言う。

「ジャンム、見込んでくれて有難う」 シノハの言葉に皆が笑う。 

あまり時がないとはいえ、これくらいでいいと思う。 要は自分の思ったことを口にする、やりたいことを見つけてそれに向かう。 それが大切なのだから。

「さて、今日はこれくらいにしましょうか。 村の方はどうです? 家は大分出来ましたか?」 シノハが座るのを見て、それぞれが座って話し出した。

「まだまだ」 

「木が足りないんですか?」

「それもあるけど、やっぱり長が居ないから、なかなかまとまらない・・・」

「ああ、村に行っても結局は大した事をせずに帰ってくることもあるからな」

「そうですか・・・長は一度も村に帰っていないし、帰れると思った矢先にあの状態だし・・・」

「トデナミが頑張ってくれてるんですけど、それでもこういう事は長の仕事ですから」

「なにか、いい解決方法はないんですか?」

「みんながまとまっていれば出来るんだろうけど・・・」

「うん、長側とドンダダ側に分かれてるから衝突ばっかりだしな・・・」

「待ってよ! それじゃ、うちの父さんが悪いみたいじゃないか!」 ジャンムが言う。

「そんなことは言ってないよ。 それに、俺たちだってドンダダ側じゃないんだから」

「ハッキリ言えるのかよー」 ジャンムが怪しむ目で言う。

「・・・前は言えなかった。 でも・・・今は言える・・・と思う」

「けっ、思うだけかよ。 俺も前は言えなかった。 でも今、俺は言える。 俺は長側だ」 それを聞いた他の者達も言う。

「ああ、俺も」「俺だって言いきれる」 口々に男たちが言う。

「いや、俺だって言い切れるよ。 だけど、一番にそれを言う勇気がなかっただけじゃないか」

「その勇気が今までの俺たちになかったんだよ。 だからお前はまだまだだ」

シノハはたった一日でのあまりの変わりように驚いて聞いている。
女が言っていた「婆様、この男たちではファブアに逆らえません。 ファブアに逆らうとドンダダに何をされるか分かりませんから」 その言葉からは想像できない。 長側に付くと言う事は、ファブアに逆らうという事、強いてはドンダダにも逆らうという事なのだから。


ここはタム婆の小屋の前。 今小屋の中にはタム婆とザワミドが居る。 そのタム婆とザワミドが男たちの声に目を合わせ驚いている。

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--- 映ゆ ---  第51回

2017年02月16日 23時09分48秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第50回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第51回




「するわけありません」 キッパリと力強い目を向けた。

「そうか」 言うと口の端をクイと上げ言葉を続けた。

「な、タイリン。 どれだけ教えてやれるかどうか分からないが、身をかわす術(すべ)を覚えたくないか?」

「え?」 何を言われたかすぐには理解できなかった。

「どうだ?」

「あ、えっと・・・。 シノハさんが教えてくれるんですか?」 その質問にコクリと答える。
タイリンの頭の中にさっきのシノハの身のかわし方が頭に蘇る。

「身をかわすことは大切だ。 かわすから見えてくるところが沢山ある」

「俺も! 俺にも教えて!」 黙って聞いていたジャンムがタイリンより早く答えた。

「ジャンムはするって。 タイリンはどうだ?」

「はい、教えてください!」

「よし、俺はオロンガへ帰らなければいけない。 それまでの時間がどれくらいあるかわからないけど、少しずつでもやっていこう」 その言葉にタイリンの眉尻が下がった。

「どうした?」

「オロンガへ帰るんですね・・・」 再びシノハの口の端が上がる。

「その前に少しでもタイリンとジャンムに教えられるように頑張るよ」 と、その時、後ろから足で地を擦る音が聞こえた。 

シノハが振向くと一人を先頭に男たちが居た。
シノハが立ち上がるとジャンムとタイリンも同じように立ち上がった。

「何か?」 先頭に立っている男に話しかけるが、目が合うとすぐに下を向いてしまった。

「・・・あの」

「はい?」

「あの・・・」 声が小さい。

「は?」

「ジョンジュ聞こえないよ」 ジャンムが言う。

ジョンジュといわれた18の年くらいの男、下を向いていた顔を上げるとジャンムとタイリンに視線を移して言った。

「ジャンムもタイリンもドンダダが恐くないのか?」 

その言葉にジャンムとタイリンが目を合わせた。

「どうしてそんな事を聞くの?」 ジャンムが答える。 

「ジャンムがシノハさんを呼びに言ったってことは、ファブアに逆らったってことになるだろ?」

「だって、あのまま見てるだけだったら、タイリンがどうなってたかわからないもん」 

「俺は・・・俺の信じた事をする。 誰かが恐いかなんて関係ない・・・」 タイリンの言葉にシノハが目を瞠った。

「あ、じゃあ俺も。 俺はシノハさんのようになりたい。 ただそれだけ」

2人がハッキリと答える・・・とは言ってもタイリンは尻すぼみの声だったが、まだ歳浅い者が言い切る姿を見てやっとジョンジュがシノハの方を向いて声を出した。

「・・・俺にも教えてもらえますか」

「え?」

「その・・・身のかわし方ってのを」

「え? いいですけど・・・え?」 シノハの目が点になる。

「俺にも」 「俺も」 後ろに居た男たちが数歩前に出て皆同じ事を言う。

「ちょっと待ってください。 あなた達は村へ行かなくてはならないでしょう? 悪いけど時間がありません」

「僅かな時間教えてもらえるだけでいいんです。 飯を食う時間を減らしても」

「・・・とは言ってもなぁ・・・」 首の後ろに手をやる。

「シノハさん、教えてやってもらえないかい?」 遠巻きに見ていた女たちが近づいてきた。

「ですが、それで疲れてしまって村を作るのに支障が出ても困りますし・・・」

「いいんです。 出来る出来ないじゃないんです。 男たちの気持ちが大切なんです」

ザワミドに言われた事を思い出した。 「男たちが変わっていくかもしれないんだよ」 と言われたことを。

(そうか・・・そういう事か)

「タイリンとジャンムにも言いましたが、我はオロンガへ帰ります。 その日が遠くはないのですが、その少しの間でよかったら」

「やった! お願いします」 男たちが喜んで互いを見合った。

(声が大きくなったな。 それだけでも儲けものか?)

「では、今日は身体を休めなければならない日ですから、明日からでも」

「はい!」

「とは言っても、やっておいてほしい事があります」 皆が首をかしげる。

「速さと、柔らかさを今日から作っておいてください」

「速さと、柔らかさ?」

「はい。 柔らかさはこんな風に・・・」 言って己の身体の柔軟性を見せた。

「えー! そんなに足は開かないし、腰も曲がらないよ」

「そうです、急には無理ですから毎日少しずつ身体を柔らかく。 そして膝や肘、肩も充分に使えるように柔らかくしておいて下さい」 そこかしこを動かしてみせる。

「骨が折れないか?」

「無理をしないで、出来る範囲で動かすと段々と柔らかくなります。 そして速さ」 

腕をパッと前に出した。 すぐに上下、横、斜めと両の手をアチコチに繰り出す。 あまりの速さに皆が目を丸くする。

「手を伸ばしたら止めます。 出した後に力を抜かない。 出しっぱなしにしない、早く引きます。 足も同じですが、これは柔らかくなってからにしましょう」 驚きのあまり返事が出来る状態ではない。

「これだけの事を空いた時間に、毎日繰り返してください。 それだけで随分と違います」 

男たちは今だに返事が出来ない。
女たちは瞬きさえするのがもったいない、といった具合に頬に手を当て見入っている。

「と言う事で・・・タイリンを薬草小屋へ連れて行きたいのですが、いいですか?」 まだ返事がない。

ジャンムが溜息をついてシノハに言う。

「シノハさんいいよ。 タイリンと行ってきて。 あとは俺が見とくから」

「じゃ、頼むな」 笑ってタイリンと歩き出した。

背の後ろではすぐにジャンムの声がした。

「ジョンジュもみんなも、いい加減目を覚ませよ!」

「イテ!」
多分、向こう脛でも蹴られたんだろう。


薬草小屋に行くとトデナミが薬を作って待っていた。 勿論一人ではない。 ザワミドも一緒だ。
タイリンがザワミドからアレヤコレヤと聞かれ、少々閉口気味であったが、最後にトデナミからは「タイリン、偉かったわね」 と言われ、ザワミドからは背中をバンバン叩かれて褒められていた。 

タイリンはそのまま水作りに帰り、トデナミとザワミドは薬草小屋に残った。 トデナミから、さっきタム婆が大声を出したので少し疲れていると聞いたシノハは、すぐにタム婆の小屋に向った。


男たちが小屋に戻っていた。 5人くらいで過ごす小屋の中に8人程が集まっている。 
タム婆、トデナミ、長の小屋以外は板間があるだけで、寝床は作られていない。 男たちは己のマントを纏いそのまま板間に寝転ぶ。 女や子供達は板間に敷物を敷いて寝転ぶ形だ。

「ファブア、婆様が止めてくれて良かったな」

「どういことだ?」

「自分でも分かってるだろう」

「だからどういう事だって聞いてるんだよ!」

「はっ、あのままやっててみろ、お前一人がバテて座り込むのが目に見えてたじゃないか」

「なんだと!」 

「止めろよ!」 ケンカが始まりかける気配に、一人が仲裁に入る。

「確かに、あのシノハってヤツ・・・手は出さなかったけど、かなりやるんじゃないか?」 他の男が言う。

「お前まで言うのか!」 ファブアがまた殴りかかろうとする。

「ファブアがどうのって言ってるんじゃないさ。 あのシノハってヤツの事だ」 ファブアの手が止まった。

「くそ! アイツ! 今度こそ伸してやる!」

「ドンダダに言って、やってもらおうか」 男がニヤリとイヤな笑みを口元に浮かべた。

(それもいいかもしれないな・・・シノハってヤツがドンダダに勝つのなら) 一人の男の心の声。

「ドンダダに頼らなくても俺がやる!」 ファブアは絶対に自分でシノハを伸す気でいる。

「なぁ、ファブア。 あの時、アイツに言ってた事って何のことだ?」

「え?」

「アイツがドンダダの邪魔をしたって」

「あ・・・ああ、なんでもない」 冷や汗が出そうになる。

「なんだよ、俺たちに言えないって言うのか?」

「いや、カマだよ。 ドンダダって名前を出せば、震え上がると思っただけだよ」

「なんだよそれ。 それじゃあドンダダに頼ってるのと同じじゃないか」 言われ、フン! と顔を背けた。

「なぁ、それより長のことはどうなってるんだ?」

「ああ、俺は長を見たわけじゃないが、誰か長が倒れているところを見たか?」 誰も返事をしない。

「本当にやられてたのか?」

「それは本当みたいだ。 けど、誰がやったのかは分からないらしい。 で、俺たちが怪しまれてるみたいだな」

「長側じゃないからか?」

「ああ」

「長側じゃないからって、いくらなんでも村長をやるやつなんているか?」 

一人二人と黙り始めた。 あの噂は本当なんだろうか、という思いが湧いてきたからだ。

(ドンダダにアイツをやらせるなら、いや、アイツにドンダダをやらせるなら早くしないと。 いつオロンガに帰るか分からないからな・・・。 だが、アイツにドンダダがやれるか・・・?) 一人違う事を考えている男が居た。

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--- 映ゆ ---  第50回

2017年02月13日 22時27分24秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第50回




翌日

ジャンムが走ってタム婆の小屋へやって来た。 小屋の前まで来ると息を切らせながら大きな声で叫んだ。

「シノハさん居ますか!?」 小屋の中にいたシノハがすぐに中から出てきた。

「どうした?」

「タイリンが! タイリンがやられる!」 ジャンムの慌てよう、その言葉にただならぬものを感じた。

「どこだ!」

「みんなの集まるところ!」 聞くとすぐに走り出した。 その後をジャンムが追う。

遠めに数人の男たち、その遠回りに居る男たちと女たちが見えた。 その女たちが何か言っているようだ。

(いったいどうしたって言うんだ!)

今日は村に行かず、全員身体を休めていると聞いていたところだった。 それなのに。
シノハの走ってくる足音に一人の女が振向いた。

「シノハさん・・・」 その声に女たちが振向くとシノハに場所を譲る。

シノハの目に口の端から血を流して、座り込んでいるタイリンが映ると「タイリン!」 と大声で呼び、すぐに横にしゃがみ込んだ。

「これは、これは。 タイリンの守り精霊か?」 30の歳を過ぎたくらいであろう細い男。

「何だよ! その言い方は!」 女が言う。 
その女に合わせて他の女たちからも声が飛ぶ。

「タイリン、大丈夫か?」

「はい。 ちょっと口を切っただけです」

「口を切っただけって・・・」

「おい、何をゴソゴソ言ってんだ。 どけよ」

「客人にその言い方は何だよ!」 違う女が言う。 

女たちがざわめいて口々に同じ様な事を言っている。

「客人? ただの使いだろう。 トワハの代わりの。 使いがいつまでこの村に居てんだ」 

女が言い返そうとしたとき、シノハが立ち上がり男に向き合った。
一瞬にして女達の口が止む。

「いい大人が、歳浅い者を殴ったのか?」

「はぁ? 村の者でないヤツが口をはさむんじゃないよ」

「確かに我はこの村の者ではない。 だが、タイリンを傷つける事は許さない」

「はぁ? タイリンはこの村の者だ。 お前には関係ない」 にじり寄る。

「タイリンを傷つけるな。 今もこれからも」 

言った途端、右拳がシノハの顔めがけて打ち込まれた。 すぐさま、屈んで避けたところに、左拳が腹をめがけてとんできた。 それを両掌で軽く受け止めると、その拳を少し横に流させると同時に、己の身体を反対に流して手を引く。 相手の左拳がシノハの腹を捕らえることなく空に伸びた。
『馬を扱う村』 であり、陰では『武人の村』 としてあるゴンドュー村で鍛えられた武術、それを簡単に出すことは出来ない。 陰の『武人の村』 は表立っての『武人の村』 よりも恐ろしく腕が立つ。
今は戦いの時ではないし、ゴンドュー村から戦っていいと許しを得ているわけでもない。 
それに、このトンデン村の人間ではないのだ。 よそ者が、よその村の中で暴れるわけにはいかない。
手は出せない。 避けるしかない。

(軽いな) 受けた拳に重みがない。

「ふん、逃げるだけか?」 嘲るように言う。

「争う気はない」

「ヘナチョコが戦えないって言うのか?」

「ファブア! いい加減にしな!」 女が言う。

(こいつがファブアか。 タイリンに拳固をくらわせたっていう)

「タイリンは間違った事をしない。 誰にも手を出されなければならないような事はしない」 言い切った。

(シノハさん・・・) タイリンが驚いたようにシノハを見た。
なんの経緯(いきさつ)を聞いたわけではないのに、言い切るその後ろ姿にシノハからの信用を大きく感じた。 それが嬉しかった。

「戦いも出来ないヤツが大きな事を言うんじゃないよ!」

「戦い? 争う気もなければ戦う気もない」
「お前、ドンダダの邪魔をしただろう」 先ほどまでと違って声を低めて言う。

(聞かれたくない話か) 思うと表情を変えず、すぐに答えた。

「何のことだ」

「しらばっくれるんじゃないよ!」

また右拳が飛んできた。 それを軽くかわす。 次に足が飛んできた。 簡単にかわす。

(低い) 振り上げられた足の高さがない。 柔軟性を感じない。

(こいつ・・・下手か?)

ファブアは次から次へと、拳と足をシノハに繰り出すが、ことごとく避けられる。
その時、トデナミと共にタム婆がやって来た。

「ファブア! 何をしておる!」 ジャンムの声を聞いて、小屋に居たタム婆とトデナミもやってきたのだ。
ファブアはシノハを伸(の)そうと躍起になっていてタム婆の声に気付かない。

「ファブア! 婆様だ!」 ファブアの仲間かその上のドンダダの仲間かが、ファブアの手を止めた。

「え? ば・・・婆様・・・?」 息を切らせたファブアがタム婆を見た。

「何をしておる」 タム婆がもう一度言葉を重ねた。

「あ・・・その・・・よそ者のクセにコイツが生意気だったんで・・・」 息も上がらず平然な顔で立っているシノハを見た。

シノハは誰にも咎められる事はしない、言わない。 と言いたかったが、それは言えない。 まず第一に村の者を立てなければいけない。

「何をしておると聞いておるんじゃ」

「あの・・・それは・・・」

「今日は身体を休める日じゃ。 要らぬ事をするな!」

「・・・はい」 

「じゃが、これだけ多くの者が見ておったんじゃ。 村々の掟は知っておるな?」

「はい」

他所の村の者に対して先に手を出した方が、出された側から改めて勝負を申し入れする事が出来る。 最初の勝負がどうであれ、その時の勝ち負けは関係ない。 出された側が勝負を申し入れたその勝負での勝ち負けが結果となる。 今は拳であったが、己の得意とする勝負にすることが出来る。 剣が得意なら勝負を剣に変えてもいい。

「シノハも知っておるな」

「はい」

「どうする?」

「申し入れは致しません」 チッ、といった顔でファブアがシノハを見た。

「そうか。 ならばこれまでじゃ。 みな今日は身体を休めろ」

言われファブアはまだ少し息を荒げながら、仲間を連れてこの場を後にした。 その仲間の一人が口の端に不気味な笑みを浮かべた。 

(ここらで・・・) ファブアとシノハの戦いを見て、ファブアは自分より随分と弱いと確信した。

(あとは・・・) ファブアの後姿を見ながら顎に手をやった。


その場に残った男たち、見守っていた女たちは怒(いか)らせていた肩を落とした。

「婆様・・・」 シノハがタム婆を見た。

「どういう事じゃ?」

「分かりません。 ですが、タイリンが殴られたみたいです」

タム婆がタイリンを見ると、シノハがすぐに座り込んでいるタイリンの元に戻りしゃがんだ。

「タイリン、痛くないか?」 シノハとタイリンの姿を見たタム婆が、声を大きく皆へ問いかけた。

「誰か、説明しろ!」 言われ、一人の女が口を切った。

「アタシらと、この男たちとで話をしてたんです。 そしたらファブアたちが急にやってきて、タイリンを殴ったんです。 生意気なんだよって」 

「あの時、ジャンムの父さんに加勢した事を、きっと今でも根に持っているんです」

「それに、すれ違いざま何もしていないトマムの頭を叩いたから、それを見ていたタイリンがトマムを庇ったのも気に食わないんだと思います」 女たちが順々に言う。
タイリンがジャンムの父親に加勢した事は以前、シノハが大声を出した時にトデナミから聞いて知っていた。

「男たち」 タム婆が小さくなっている男たちを見た。

「お前達はいったい何をしておったんじゃ」 男たちがキョロキョロと互いに目を合わせる。

「歳浅いタイリンがやられているのを、指をくわえてみておったのか!」 男たちが下を向いた。

「なんとか言え!」 

「婆様、この男たちではファブアに逆らえません。 ファブアに逆らうとドンダダに何をされるか分かりませんから」 女が冷たい視線を男たちに送る。

「ああ、情けないったらありゃしないよ」 違う女が吐き捨てるように言って男たちを見た。

「お前たちはそんなにドンダダが恐いのか。 自分達で何とかしようと思わんのか!」

「お・・・俺たちだって・・・何とかしたいと・・・思ってます。 ・・・でも」 次の言葉が大切だというのに黙ってしまった。

「男ならシャンと喋れ!」
だが、頭を垂れて完全に黙ってしまった。

「婆様、あまり大きな声を出されては、せっかくお元気になられたお身体に触ります。 今日のところはここまでではいかがでしょうか」 トデナミがタム婆の身体を案じて言う。

「・・・ああ、そうじゃな」 いわれて力を抜くと、たしかに身体がきつくなってきていた。

「お前たちも身体を休めておけ。 女たちもまだ用をする時ではないじゃろう、小屋で休んでおけ」 言われた全員がゆっくりと動き出したが、小屋に向う気はないようだ。

タム婆が歩き出すのを見ると、トデナミが離れているタイリンを少し大きな声で呼んだ。 

「タイリン、あとで薬草小屋へ来なさいね」

「これくらい何ともありません」

「駄目よ。 必ず来るのよ」

タイリンがシノハを見て、どうしようという目をしている。

「多分、色々声をかけたいんだろう。 行くといい」 タイリンが仕方なく頷いた。

座り込んでいるタイリンの横にしゃがんでいたシノハが膝を立てて座った。 

「な、さっきの女たちの話だと・・・。 どういえば言いのかなぁ・・・」 頭をかいて首を傾げる。 その様子にタイリンも首を傾げる。

ジャンムが走りよってきてタイリンの横に一緒に座り込んだ。 そのジャンムを見て一旦、タイリンへの言葉を切った。

「ジャンム、知らせてくれて有難う」 えへへ、と恥ずかしそうに頭を掻いた。
視線をタイリンに戻すと話を続けた。

「はっきりと聞いていいか?」

「はい」 タイリンもジャンムも何のことかとシノハを見る。

「さっきの女たちの話だと、タイリンがファブアに楯突いたから殴られたみたいだけど、そうなのか?」

「はい」

「楯突いた事を後悔してないか?」 
もし、少しでも迷いがあるようだったら、その切っ掛けを作ったのは己だ。 責任の取り方を考えなくてはならない。

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--- 映ゆ ---  第49回

2017年02月09日 23時03分43秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第49回





「自分の信念を持って言ったんだろ?」

「えっと・・・今はファブアが出てくる話じゃないと思ったから・・・」

「それが自分の信念だ。 その自分の思いを信じて言ったんだ。 とても勇気あることだぞ」 

今までと違う意味でタイリンが下を向くのを見てシノハが両の口の端を上げた。 

「怪我は治ったか?」

「えっと・・・怪我っていっても、たんこぶだから」

「こぶはひいたのか?」

「・・・はい」

「そうか。 良かった」 

その様子を見ていたジャンム。 タイリンは勿論の事、ジャンムがまたシノハに魅せられたようだった。 ふと、その後ろでカサカサと音がした。

「わっ! ラワン何やってるんだ!」

シノハが作ったものを、ラワンが今にも食べようとしていた。 

「ラワンの物じゃないからな!」 一瞥するとすぐに取り上げた。

「それ何?」

木の皮で丁寧に編まれた円錐の形をした物が5つ重ねてあった。

「ああ、水作りの手織物をいつまでもザワミドさんに借りていられないだろ? 村が落ち着けば薬草も増えるだろうしな」

「あ! じゃあ、これを使って水を作るの?」

「ああ、次からはこれを使おう。 前の石をここへ入れて準備をしておくといいな」 前に使っていた小石や砂利はきれいに洗って干してあった。

「これってシノハさんが編んだんですか?」

「ああ、そうだ」

「木の皮も自分でめくって?」

「ああ、沼に出る前のあの鬱蒼としてるところがあるだろ? あそこだったら木も沢山あって、同じ木から剥がなくてすむから、あの場所を教えてもらっててよかったよ。 それにこの木の皮は手織物のように水を通さないだろう」

竹と似た質の木。 鬱蒼としたところには木が沢山生えているが、それだけではなく、色んな木の種類が生えていた。

「すごく上手に出来てる・・・」 タイリンがまじまじと見る。

「あ、恥ずかしいからあんまり見ないでくれよ。 それに一度試さないと水が漏れてくるようだったら、葉を敷かなくちゃいけないからな」 言ったかと思うと後ろで声がした。

「シノハ」 振向くとザワミドがこちらに歩いてきた。

「婆様がお呼びだよ」

「はい」 返事をするとまた向き直り、タイリンとジャンムに作ったものを渡した。

「これ、ラワンの届かない所に置いといてくれないか?」 その言葉にラワンがブフンと鼻を鳴らした。


タム婆の小屋に行くと、椅子に腰掛けるタム婆の前にトデナミが膝をついていた。 シノハが戸を開けるとすぐにトデナミが振り返り、場所を譲ろうと立ち上がりかけた。

「よい。 そのままで」 タム婆の顔を見ると、また膝をついた。

あれから・・・シノハにこの小屋に入れられてからは一度も話をしていない。 顔を合わせにくい。 シノハもトデナミと同じく酷い態度であったと思いながらもまだ謝れていない。

「シノハ、ここへ」 トデナミの隣に来るよう言った。

一度下を向き、息を吐くと歩を進めトデナミの横に膝を着いた。 トデナミは下を向いている。 シノハは前を見据えている。
タム婆が二人を見遣ると溜息をついた。

「二人ともいつまでそうしておる気じゃ?」 どちらも口を開こうとはしない。

「まるで子供のケンカじゃのう」 溜息をつく。

暫くすると下を向いていたトデナミが顔を上げタム婆を見た。 タム婆がコクリと頷くと、目で促した。
一つ息をのむとトデナミが口を開いた。

「あの・・・シノハさん・・・シノハさんに注意されていたのに、軽率な事をしてしまいました。 すみません」 少し頭を垂れてからシノハを見た。

前を見据えていたシノハが視線を落とすと次いで頭を垂れた。 息を吐くと、横に居るトデナミを見る。

「我の方こそ、大きな声で酷い言い方をしてしまって・・・すみません」

眉を上げてタム婆が二人を見遣った。

「二人ともそれでいいか?」 困った大きな赤子たちだといった様子で聞く。 二人が頷いた。

ガタン。 ザワミドが入ってきた。

「おや? ちゃんと仲直りできたのかい?」 昼飯を持って入ってきた。

「仲直りって・・・そんな子供みたいに・・・」 振向いたシノハが、立ち上がりながら言う。

「子供じゃないか」 4人分の昼飯であった。 シノハが手伝う。

「ああ、そうじゃ、ザワミドの言うとおりじゃ。 それと・・・トデナミは気付いておったか?」 大きな赤子への仲直りの念押し。

「あ・・・何のことでしょうか?」

「シノハが夜にはこの小屋の番をしておった」 トデナミが目を丸くして聞き返した。

「私の居た小屋で寝ていたのではないのですか? 外で寝ていらしたということですか?」

「婆様・・・」 シノハが言わないでくれという目を送る。

シノハを見て両の眉を上げると、トデナミに答える。

「ああ。 その後、トデナミの朝の行の間は周りを見張っておったようじゃな。 のぅ、シノハ」 意地悪な目をシノハに向ける。

「・・・婆様」 肩を落とし、溜息をつく。

「へぇー、シノハはそんな事をしてたのかい?」

「シノハさん・・・私、全然知らなくて・・・有難うございます」 タム婆の前から立ち上がりシノハの前に立つと、両の手を胸の前で握り、顔を下げ深く膝を曲げて身を低くした。

「あ・・・そんな、我が勝手にしていたことですから、どうぞ顔を上げてください」

二人のやり取りをタム婆とザワミドがホッとした様子で見守った。
そしてタム婆が椅子から降り板間に座ると、みなで昼飯を食べ始めた。

「婆様、今までの間に考えたのですが」 齧っていた鳥の肉を器に置いた。

「なんじゃ?」

「一度オロンガへ帰ろうと思います」 皆の手が止まった。 シノハが続ける。

「我がここに居るのは、婆様がお元気になられるまでです。 婆様はもう充分お元気になられました。 いつまでもただ飯を食ってばかりもいられません。 それにオロンガへ帰り、セナ婆様にタム婆様がお元気になられたとお伝えし、その後ゴンドュー村へトンデンの村長の伝令者として行ってきたいと思います」

トデナミとザワミドがタム婆を見る。

「ふうむ・・・」 タム婆が顎を触る。

「ただ飯という所はさて置き、確かにセナシルに安心してほしいのは山々じゃ。 それにゴンドューへの礼も言わねばならん」

「・・・婆様」 ザワミドが口の中で言う。

「トデナミのこと、長に協力したい事が中途半端になってしまいますが、用を終わらせてもう一度トンデンへ来たいと思っています。 その時までにはいい考えを出せるよう、セナ婆様にも相談をしたいと思っています」

「考えるところじゃなぁ・・・」

何を考えなければいけないのかが分からない。

「シノハが我が村の男じゃったらなぁ・・・」

「そうですよ。 この村のフヌケの男たちじゃ、どうにもならないんですから、今はシノハに頼るしかありませんよ」 

「いや、シノハはオロンガの男。 この村の男ではない・・・」 

シノハは二人の会話の筋が全然読めない。 トデナミを見てみると眉根を寄せ目線を下げている。 仕方なく聞いた。

「婆様もザワミドさんもいったい何のことを言ってるんですか?」 

タム婆が大きく息を吐くと頭をもたげた。 そのタム婆の様子を見て痺れを切らせたザワミドがシノハを見て重い口を開いた。

「長が殴られたんだよ」 

「え?!」 目を見開く。

「長が男たちをまとめようと動いていたんだよ。 そしたら夜、男たちの小屋から長の小屋に帰ってくるとき、暗がりで誰かに体中殴られてさ・・・木で」

「っと、待ってください。 誰かにって・・・男たちは誰か知っているんでしょう?!」

「それが分からないんだ。 本当に・・・ドンダダ側だろうとは思うよ。 でもね、そのとき長はドンダダについていない者っていうか、どっちつかずの男たちの小屋からの帰りだったんだ。 朝になって女が倒れている長を見つけたんだけど、夜中の間に誰が小屋から出て行ったかなんて分からないからね。 
ドンダダも驚いてたけど、それが本当かどうかも分からないしさ」 腕を組んだ。

「長の傷は?」

「良くない。 と言っても治らないとか、この先どうなるか分からないって言うんじゃないよ。 ただ、シノハも言ってただろ? 落ち着いたら長がゴンドュー村へ礼に行く話。 あれは出来ないね。 完治するまで暫くかかる」

「何てことだ・・・」

「今のフヌケの男たちじゃ、この村はどうにもいかないよ。 せっかく女たちが頑張って一人でも長側に付かせるようにしてたのに全部オジャンだよ」 組んでた腕をはずし、片手で頭を掻く。

「で、我に何が出来るんですか? 我は村の者ではありません。 村のことに何の口出しも出来ません」

「分かってるさ。 分かってるけど、シノハの存在があのフヌケの男たちにどれほど大きいか。 シノハが居てくれるだけで男たちが変わっていくかもしれないんだよ」

「そんな、買い被りです」 

「シノハはオロンガの者。 無理は言えん。 じゃが、オロンガへ帰るのにあと少しはいいじゃろう?」

「はい。 長の様子も心配ですから」

(それにしても・・・ドンダダではないんじゃないか? ドンダダは黙っていてもゴンドューのことで、今の長を長の座から落とす事が出来ると考えているはずだ。 それじゃあ誰だ? ドンダダにいい顔をしようとしているヤツか? ・・・いや、そんな事は無駄と分かっているはずだ・・・)

「シノハさん?」 名を呼ばれハッとした。 トデナミがこっちを見ていた。

「食べないんですか?」

「あ、ああ。 いただきます」 

「シノハ、悪いねぇ」 ザワミドが言う。

「何がですか?」

「森の中の実や鳥・・・いつも同じものばかりだろ? それに沢山とれないから腹が減ってるだろう」

「何を言ってるんですか。 さっきも言いました。 ただ飯ばかり食ってて申し訳ないだけです」

「ただ飯じゃないさ。 シノハがどれだけ婆様を元気付けてくれたか。 それにトデナミ一人では全てをやり通せなかったよ。 シノハが居なくちゃ婆様もろともトデナミも倒れていたよ」

「トデナミは働きすぎですからね」 

「そんな事はないです。 私の要領が悪くて時を取ってしまうだけなんです」

「・・・そうじゃなぁ・・・。 トデナミが疲れているのはよくわかる。 じゃから、シノハが小屋の外にいたのに気付かんかった事は分かる。 じゃが、行の時にシノハが居た事に気付かんかったというのは、考え物じゃな」

「はい・・・申し訳ありません」

「婆様、食べている時に説教は止めてくださいよ。 せっかく作ったのに不味くなりますよ」 ザワミドに言われタム婆が肩をすくめた。

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--- 映ゆ ---  第48回

2017年02月06日 22時24分56秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第45回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第48回





作ったものを持って、沼から森へ帰って来ると、すぐにラワンの元に走った。 ラワンがシノハを見て一瞬ビクッとしたが、いつものシノハに戻っていたのを感じた。
オーン、と一声啼くとシノハに擦り寄って頭を寄せた。

「ラワン、ラワン、聞いてくれ」 摺り寄せてくる頭を両の手で抱(いだ)いた。

「沼の精霊に逢った」 シノハの言葉にラワンが目をクリクリさせた。

「あ、いや多分なんだけど・・・」 ラワンにはシノハの気持ちが右往左往するのが分かる。

オン? ラワンがシノハに答える。

「分からないんだ・・・もし精霊だったらタイリンに言ってあげたいんだけど、精霊ではないといわれた」
すると珍しくラワンがシノハの顔を舐めた。

「わっ! ラワン、なんだよ」 

シノハの心は今、精霊とかいう何かに囚われている。 自分を忘れられそうで自分を主張したかった。 焦っているそのラワンの心が分かる。

「なんだよ。 ラワンが居てくれるから俺が在るってわかってるだろ?」 ラワンの首を何度も撫でた。
するとラワンが オーンと大きな声で啼くとその声はあたりに響いた。


「お? ラワンの声じゃな・・・シノハがラワンのところに居るようじゃ」 ザワミドに話しかける。 
タム婆はここの所姿を現さないシノハが気になっていた。


「シノハさんが森に帰ってきてる」 水守をしていたタイリンがジャンムに言った。

「それってどういうこと?」 ジャンムがタイリンに聞いたが、その問いに返事をすることなく、すぐにその場を立って走り出した。 

「え?」 一瞬驚いたジャンムがすぐにタイリンを追った。

走ったタイリンがシノハの元に駆けつけた。

「シノハさん!」

「タイリン」 
森に精霊がいると言ってあげたかった。 が、本人にそれを否定された。 確信が持ててからでないとタイリンには言えない。
だが、当のタイリンはラワンの声を聞き、シノハと話が出来るようになったと思い喜び勇んで走ってきたのに、シノハを見て何かを恐れた。 タイリンにはその己の想いが何かが分からない。 でも、口から勝手に出た。

「・・・だめ」

「え? なに? 何が?」 シノハがタイリンに問うが、タイリンは答えられない。 分からないのだから。

「あ・・・ごめんなさい、なんでもないです」 己が何を考えたのか分からない。

タイリンの横をすり抜けてジャンムがシノハに声をかけた。

「ね、ねっ。 シノハさん、父さんの話をしていいの?」

「あ、そうだったな。 話を聞かせてくれって言ったのは俺なのに、ずっと聞かなかったな。 悪かった」 シノハの言葉にニッと笑ったジャンムが話し出す。


ジャンムの話は、新たに村の小屋、それぞれの家を立てるのにジャンムの父とドンダダが言いあったということであった。
ドンダダは当たり前に自分の家を一番大きく建てると言う。 その上、ドンダダについている周りの男たちが、もう年老いた今の村長はもう少しで長ではなくなる。 そう言うと男たちは口の端を不気味に上げた。
そして誰よりもドンダダに加勢したのがファブアだった。
タイリンと同じ薬を塗ったファブア。


「もう少しで長ではなくなる?」 眉根を寄せた。

「うんそう言ってた」

「俺も聞きました」 

(やはり長の言ったとおり、ゴンドュー村のことで企んでいるのか? それとも素直に年老いているからと言う意味か?) 

「な、ジャンムの父様は、家の大きさの事で怒っておられるのか? それとも長の事で怒っておられるのか?」

「え? ・・・」 ジャンムがタイリンを見た。

「え? 俺が考えるの?」 困り顔。

「ああ、じゃあ言い方を変えよう。 この村では一番大きな家は必ず長の家と決まっているのか?」 
他の村ではそういう村もあるが、必ずしも長の家が一番大きいとは限らない村もある。

「そんなことない。 潰れちゃったけど、前の長の家は小さかったもん」

「そうか・・・」 顎に手をやると目先を落とし暫く考えた。

「なぁ、ジャンムの父様はいくつくらいなんだ?」

「えっと・・・36の年かな?」

「ってことは、ドンダダと何かで戦ったら勝つか?」

ジャンムとタイリンが目を合わせ、難しい顔をした。

「何でもいい。 何かで勝てないか?」

「何かって・・・なに?」 ジャンムが上目遣いに見る。

「例えば・・・馬・・・馬の速さの競い合いでもいい、剣はどうだ? それとも・・・ああ、この村は槍を持っていたな、槍とか・・・」 他に何かないかと上を向いて探していた。

「シノハさん・・・無理です」 タイリンに言われ顔を下げると、完全にうな垂れたジャンムが目に入った。

「うわ・・・ジャンム?」 慌てて膝と腰を折り、ジャンムの顔を覗き込んだ。

「父さんが弱いんじゃないけど・・・勝てない」

「そうだよ。 ドンダダが強すぎるだけだよ」

「あ・・・ジャンム・・・ごめん」 眉尻を下げた。

「いいんだ。 父さんだけじゃないから。 この村では誰もドンダダには勝てないから」 

ジャンムの言葉を聞いてシノハがしゃがみ込んだ。 少しの間顔を下げていたかと思うと、肘を膝に乗せその手に顎を乗せた。

「ドンダダってそんなに強いのか・・・」

「うん」

「何か不得意な事はないのか?」 言ってすぐにその言葉を打ち消した。

「ああ、そんな姑息なまねでは駄目だ」 二人が目を合わせた。

「姑息なまねって?」

「ドンダダが不得意な事で勝負しても、ドンダダを本当に負かせた、ってことにならないだろ。 それじゃあ意味がない」

「でも、ドンダダに不得意なものがあったとしても、それでも誰もドンダダに勝てないです」 タイリンの言葉に頭を抱えた。

「本当に強いんだな・・・」

「はい」「うん」

頭を抱えていたシノハ。 あ、っと思い出した。

「そう言えば、タイリン」 タイリンを見た。 見られ、何かという顔をした。

「あの日、ジャンムの父様がケンカをした日。 トデナミがタイリンの薬を作っていたけど、どうしたんだ?」

「あ・・・」 タイリンが下を向いた。

ジャンムがチラッとタイリンを見る。

「なんだ? タイリンは怪我をしたんだろ? だから薬草なんだろ?」

「タイリン、言っちゃいなよ」 

「・・・でも」

「タイリンが怪我をしたのなら俺はすごく気になる。 俺に何かできることはないか?」

「・・・そんな・・・出来ることなんて言ってもらえるほどのことじゃ・・・」 
シノハの言葉が嬉しかった。 でも、でも。

「タイリン、言っちゃってもいい?」 ジャンムが言う。

タイリンの返事を聞く前に、シノハがジャンムに「聞かせてくれ」 と言った。

ジャンムがタイリンを見ると、タイリンは頭を下げているだけだった。

「あのね、タイリンが怒ったんだ」

「え?」 思いもしない言葉だった。

「父さんとドンダダの話だったのに、ファブアが入ってきたから・・・それでファブアに拳固をくらって」

「いや、待って。 もうちょっと詳しく」 するとタイリンが口を開いた。

「最初はジャンムの父さんとドンダダの言いあいだったんだ。 それなのにファブアが口をはさんできたから・・・ドンダダの味方をするみたいに。 だから・・・その・・・口をはさむなって・・・」 一生懸命に顔を上げていたが、とうとう頭が垂れてしまった。

「言ったのか?」

コクリと頷いた。

「で、ファブアってヤツに拳固をくらったのか?」

またしてもコクリと頷く。

「それでうちの父さんが、ファブアを殴ったんだ。 それで父さんとファブアのケンカが始まっちゃったんだ」 ジャンムの話に頷く。

「・・・タイリン・・・」 ジャンムを見ていた目をタイリンに移した。

名を呼ばれ、自分が情けなくなったタイリン。 頭がいっそう下がる。

「タイリン・・・よくやった」

思いもしない言葉にタイリンが顔を上げ、目の前のシノハを見た。 シノハと目があった。

「タイリン、ほんのちょっとの間にいい男になった。 それがタイリンなんだ」 タイリンの肩に手を置く。

「タイリンは人の痛みが分かる。 優しさを持っている。 あとは勇気だ。 自分を信じる勇気。 ・・・それを手にしたな」 

「え?」

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--- 映ゆ ---  第47回

2017年02月02日 22時25分02秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha & Shou~  第47回





沼に着く頃にはうかつにも頬に一筋の傷を入れてしまった。 枝との勝負に負けてしまったのだ。 ジュウマンの葉を踏み沼に近づく。 緑のトビノイの葉は黄色くなり始めていた。 

「ああ、あの時ギリギリに採れたんだな」

沼を覗き込んだ。 藻が随分なくなってきて水面が見えた。

「寒くなってきた証拠か・・・」 沼の水を見ると目先を落とし溜息をついた。

「場所を変えたからって、何も思いつかない」 引き返し、ジュウマンの葉の上に寝転んだ。

頭の下に両腕を組んで敷く。 目の先には青く広がる空。 

(そう言えばあの時、最初にこの村に来たときに見た気味の悪い雲がいつの間にかなくなっている・・・) 長い間この村に居たんだと改めて思う。

(俺に何が出来るのか・・・誰か・・・トンデンの誰かが思いきってドンダダに一喝できれば何とかなるんだろうか・・・ドンダダに言える誰か。 ・・・その人物を探して・・・ああ、長でさえあの状態なんだから無理か・・・) 一度目を瞑ってもう一度頭をめぐらす。

(長に言って、俺にも村の人間と同じ権限を与えてもらう・・・。 有り得ないな) 村の括りは大切である。 村人以外がその村に意見をするなど有り得ない。

(何かで勝負して勝ったほうのいう事を聞く・・・俺じゃダメだ。 トンデンの誰かでないと。 ドンダダに勝てるヤツはいるのか?) 結局、いつもと変わらない考えしか出てこない。

(何の案も出ない・・・婆様、婆様に安心してほしいのに俺は何もできない・・・不甲斐ない・・・)
ゴロリと横を向く。

(・・・あの夢。 ・・・あの人。 あの人に会いたい・・・) 夢で見た白く輝く衣を身にまとった女。
物心ついた頃からずっと思っていた。 己には誰かが居る、と。 その誰かにやっと逢えた気がしていた。

(ああ、こんな時に何を考えているんだ) 何度も何度もあの夢を想った。 それだけにしっかりと頭の中に記憶されている夢。 でもそれはあくまでも夢。

目をギュッと瞑った。 今はその記憶を消さなければ。 心を落ち着かせゆっくりと目を開ける。 

(こんな時、ゴンドューの村人ならどうするんだろう・・・) そう考えたとき、トデナミを攫って馬を走らせる姿が頭に浮かんだ。

(だよな。 ゴンドューの考え方から言ったらそうなるよな) ハァーと大きく溜息を吐いてまた仰向けになった。

(俺にはそれは出来ない。 婆様はそれを望んでおられない。 勿論トデナミも) どれだけ頭を絞っても何も出てこない。  

頭の中が真っ白になった。 何も考えられない。

「くそっ、指をくわえて見ているしかないのか!」 上半身を勢いよく起こした。

額に手をやり、曲げた足に肘をつける。
暫くその状態でいたとき、ふと思った。

(もうタム婆様はお元気になってこられている。 これ以上ただ飯を食うわけにはいかない・・・。 そうだ・・・オロンガへ一旦帰って、セナ婆様にお知恵を頂こうか・・・)

ガサガサ。 
横からジュウマンの葉を踏む音がした。 首を捻り音がした方向を見た。 すると

「・・・!」 

言葉が出てこない。 唯々、目を瞠(みは) ることしか出来ない。
後姿の相手は何も気付いていないようだ。 辺りをキョロキョロしている。
その姿を暫く見ていると、やっと少しだけ落ち着いて言葉が漏れ出た。

「なんと・・・なんと雅な・・・」 

相手がその声に驚き振向くと、驚いたように目を瞠ってこちらを見ている男が居るではないか。 

(え? この目・・・見たことある・・・) 恐さも忘れ、一瞬に思った。

(って、今、雅って? 私の事を雅って?) 何故か分からない。 さっきまであった不安がなくなっていく。 なくなっていくと言うより、一気になくなった。

「・・・なんと雅な・・・衣・・・」

(はぁ!? コロモー!?) 

「も・・・森の精霊であられるのでしょうか?」 立ち上がりゴクリと唾をのむと思い切って問うてみた。

(は? もしかして、頭のイタイヤツ?)
心で色々考えているがその考えが顔には出ていない。 どちらかと言えば、何処かキョトンとした顔。

「我はシノハと申します」 片膝をつくと右手で額、顎と触れ握り拳を左胸に置いた。

(なにそれ?)

「名を・・・名を聞かせてはいただけないでしょうか?」

(やだ・・・私夢を見てるの? って、そんなはずない。 ・・・にしても変な服着てる。 って、え? 寒っ!)

クシュン!

「せ・・・精霊がくしゃみをされるのですか・・・あ、何で暖めればよろしいですか? 我のマントなど失礼に当たりましょうし・・・」 立ち上がり辺りを見回すが、精霊が暖まる物など到底想像が出来ない。
オロオロと辺りを見る姿を見て相手がクスッと笑った。

「大丈夫。 ちょっと寒かっただけ」 白い小袖に緋袴姿。

「・・・精霊・・・」 目を丸くして見る。

(あ、やっぱりこの目、何処かで見た) 濃い茶色の瞳。

「言っとくけど精霊なんかじゃないわよ」 

「え?」

「そんな大それた者じゃないわ。 人間」

「え?」 話が飲み込めない。

「ね、ここはどこ?」 言った尻から心では全然違う事を考えた。

(あれ? おかしいなぁ・・・こんな事になったらスゴク恐いはずなのに、どうしてこんなに平気に話せてるのかなぁ・・・)

「ここは、トンデン村の沼地です」

「トンデン村?」

頭を傾げた姿が幼く、どうしても精霊にしか見えない。

「本当に、本当に精霊ではないのですか?」

「違うってば。 私の名前は渉」

「ショウ?」 言った途端、胸がキュッと締まった感じがした。

(ツッ! 今のは何だ?)

(痛っ!) 一瞬顔をゆがめたがすぐに治まったので言葉を発した。

「・・・うん、そう」 名前を言われ渉が返事をする。

「では“才ある者”? 何処かの“才ある者” が迷われたのでしょうか?」

「なにそれ?」

「“才ある者” ではないのですか?」

「サイアルモノって・・・意味が分からない」

シノハは何がなんだか分からなくなってきた。 
女子(にょご)ではない。 それは分かる。 が、ついさっきまで女子の歳ではなかったのだろうかと思わせる程の幼さ。 それにこんな衣は見た事がない。 精霊以外考えられない。

「本当に人間ですか? 精霊ではないのですか?」

「だから違うってば。 あ・・・」 思いついた事があった。

「えっと、アナタさっき自分の名前をなんて言ったっけ?」

「はい、我が名はシノハと申します」

「シノハ?」 

言った途端、心臓をギュッと鷲掴みにされた。 ・・・ような気がした。

「イタ・・・」 思わずしゃがんで身体を丸める。 

渉の前ではシノハも同じように身体を抱えている。

(この痛みはなんだ・・・!) 経験のない痛みに歯を食いしばる。

二人とも暫くそのままでいたが、痛みが和らいできたのか、やがてどちらともなく相手を見た。

「大丈夫ですか?」 しゃがみ込んでいる渉を見て気づかう。

「そっちこそ・・・」 言って、頭を垂れた。

シノハが先に立ち上がり、大きく息を吸ってフゥーと吐き出すと、渉の前にしゃがんで覗き込んだ。

「まだ痛みますか?」 言ってから気づいた。

(なぜ? なぜ同じ痛みを感じているって思うんだ・・・)

「・・・うん。 大分マシになった」 渉も大きく息を吐くと、立ち上がり声をかけた。

「シノハさんも痛かった?」

「はい、こんな痛みは初めてです」

「うん、私も。 でも、どうしてあんなに痛くなったのかなぁ?」

「さぁ、我にも分かりません」 答えながら、疑問を頭の隅にやる。 何故だろう、大切な疑問なのに、そんなことが出来た。 ・・・してしまった。

「あ、そんな話じゃなくてシノハさんって・・・その、こんな言い方したら悪いんだけど、あんまりある名前じゃないわよね?」

「そうですか?」

「それにそんな服見たことない」

「服?」

「うん」 言って服を指差した。

マントの下に織機で作った生成り色の衣が見える。 上衣の筒袖に下衣の裾が膝の少し上まであり、その上には茶色の袖のない尻の下まで位の長さの合わせ襟。 編み上げた靴の中には上衣と同じ生成りの下衣を入れていた。

「ああ、衣。 それは・・・精霊の国ではこんな衣がないのでは?」

「だから精霊じゃないってば」

シノハは頭を抱えた。

「・・・とにかく、迷われているのですね?」

「多分・・・」 言って気づいた。 

(あれ? タメで喋ってる。 初めて話す人に有り得ない、そんなこと)

「とにかく一緒に村へ帰りましょう。 精霊でないのなら、誰かが貴方の事を知っているかもしれません。 行きましょう、こちらです」 一歩出した。

「村?」 一瞬にして不安がよぎった。

(やだ・・・これ以上分からない事はいや。 カケル助けて・・・)

「ええ、ご案内し・・・」 振り返ったときには渉はいなかった。

「え?」 辺りを見たがどこにも居ない。

「・・・やはり精霊だったのか・・・?」
 

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