大福 りす の 隠れ家

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みち  ~満ち~  第244回

2015年10月16日 14時15分09秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第240回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~満ち~  第244回



「更・・・だけでございますか?」

「そう。 姉様とか、更姉様とかって呼んだらブッとばす!」

「こ、これ! 更!」 片眉を上げ、チラと住庵を見る。

「それに、その着物の裾、何度言ったら分かるのだ」 

「短い方が動きやすいのです。 奥の間へ通すと良いですか?」 怒られている気はないようだ。

「あ、ああ。 案内してやってくれるか」 何度言っても無駄なのかとこれ以上は言うまい。

「こちらへ」 時々言葉は悪いが物腰は柔らかい。

通された部屋は広く、畳が敷かれている。 この部屋までに二間通った。 板間で、続き間などないお山とは全然違う。



お山では必要に応じて小屋を建てるが、板間の一間。 寝るだけの小屋。 その一間の小屋に茣蓙(ござ)を敷いて寝ている。

幼子や風来達が寝る小屋、兄様達が寝る小屋、それぞれが一つの小屋。 二間の板間で主の住む小屋だけが大きく、そこに囲炉裏も台所もある。

寝る以外は皆この主の居る小屋に来て食をとる。

最近では子達が増えた故、もう一つ小屋を建てようかと深堂(しんどう)が木を集めだしている。



「ここを好きに使うといい。 お腹空いてるでしょ? 準備をしてあるから荷を置いたら腹ごしらえ・・・分かった?」 ポカンと部屋を眺めている風来。

「聞いてるの!」

「あ・・・はい」 慌てて荷を部屋の隅にやる。 その後姿に更の声が掛かる。

「癒しの手を教わりに来たんだってね」 思わず振向くと、腕組みをして障子にもたれている更と目が合った。 

さっきの物腰の柔らかさとは打って違った姿。

「何が切っ掛け? おっ父さんか、おっ母さんが病か怪我で亡くなったとか?」

「・・・いえ・・・」 一言返事をし、向き直り荷を解く。 

荷の中から峻柔(しゅんじゅう)が持たせてくれた手土産の茶の葉を出す。

「そっ。 住庵様はお優しいけれど、教えは厳しくあられる。 途中でヘタれるなら食べる物食べて帰ったほうがいいわよ」 更のその言葉に振り返りもせず瞬時に答えた。

「途中で投げ出したりはしませぬ」 懐を握り締める。

懐には山を発つ日、木ノ葉から手渡された手作りのお守りが入っている。 お守りに付いている鈴がチリンと小さな音を鳴らせた。

「ふーん」

「おーい、更、何をしておる。 早く来んと味噌汁が冷めてしまうぞ」 続き間の向こう、囲炉裏のある部屋から住庵の声がする。

「あ、いっけない! 住庵様に用意をさせてしまった。 ほら、早く行くよ」

更との最初の出会いはこんな風に始まった。



お山の修行の様に野山を駆け回るわけではない。 それ故、懸命に取り組む風来の姿を更は見る事が出来る。

「ふーん、見た目はチビでヒョロッコイのに意外と頑張るんだ」 中庭の向こうに見える風来の姿を文机に頬杖をついて見ている。

「顔も・・・どっちかって言ったら女子みたいだし・・・うん、きっと着物を着せて髪をちょっと結ってみたら完全に女子に見えるな」 一度着せてみたいなと、恐ろしい言葉も口にする。


更は離れで寝起きをしている。 その離れからは中庭の向こうの母屋の様子を毎日見る事が出来るのだ。


目に見えるものを手で右から左へ動かすわけではない。 なかなか思うように出来ないようである。 

時が経つにつれ、上手く出来たような表情を見ることが少なくなってきた。 それどころか、頭を垂れる姿を見受ける時が多い。

「あーあ、完全にへこんでる。 でも、どうしてかしら。 昨日の様子じゃ、もう出来なきゃ可笑しいのに」 時には中庭に出て教えを乞うこともあったが、毎日毎日その様子を見ていた。


ある日のこと、いつもの様に頬杖をついて見ていると中庭の向こうの母屋から、住庵が手招きをするではないか。

すぐに立ち上がり、住庵の元にいくと

「墨の用意を」

「はい」 すぐに部屋を出て墨の用意する。 更のその後ろ姿を見送ると、顔を住庵に向け

「墨・・・でございますか?」 今、癒しの手を教えていただいているのに、どうして墨なのか。

「そう。 字を書こうかの」

「え?」 匙を投げられたのだろうか・・・。

用意したものを大きな盆に載せていそいそと更が入ってきた。 盆を住庵の横に置く。

「お? 三人分とな?」

「久しぶりに私も」

「ほほ、そうか。 そう言えばとんとしておらなんだの」

「あの・・・どうして・・・」 風来のその言葉を聞いて盆から硯を一人づつに置きながら更が言う。

「どうして字の練習などするのですか? って、ちゃんと聞きなさい」

「これ、更!」

「あ・・・はい・・・」 また怒られた。 今日までに何度、更に怒られただろうか。

「言いたいことは言いなさいっていってるでしょ!」

「・・・はい」 しょぼんと下を向く。

「字を書くのはよいのぞ。 出来る出来ないという事を考える必要はないのだからのぅ。 その筆先に集中することだけでよいのだからのぅ」 チラと住庵を見る更。

「私は集中などという事はありませぬ。 ただ、気が休めます」 筆を配る。

「人それぞれじゃな。 さて、風来はどう考えるのかのう」

「そんな風に考えて書をかいた事はございませんでした」

「無理に考えろとは言わん。 息抜きと考えるくらいでよい」 風来がコクリと頷き更に問う。

「さ・・・更・・・は、字を書くことで気が休めるのですか?」 まだ、更と呼びにくい。

「墨の匂いが大好き。 筆で一本筋を引くとすごく心が満ちて落ち着く」

「・・・へぇー・・・」 用意された硯で墨をする。 シュッシュ・・・部屋の中は墨をする音だけがする。

(匙を投げられたわけではないのかな・・・)

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