大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第207回

2015年06月02日 23時18分15秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第190回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第207回




1月も終わり2月に入った。

正道から連絡があり今週からはじめようかというものだった。



そして週末、早朝家を出た。 
高速道路は雪も無く全く何の支障も無く運転ができた。 高速を下りると電話を入れておいた実家に向かった。

実家に着くと母親が仔犬を抱いて迎えに出てきた。 エンジンを止め車を降りた。

「琴ちゃんお帰り」

「ただいま」 そして抱かれている仔犬を見て

「あら? この服、お母さんが編んだの?」 暖かそうな服を着ている。

「似合うでしょ? まだいっぱいあるのよ」 

「仔犬ちゃんよかったですねー。 どうだった? 元気にしてましたかぁ?」 仔犬の両頬を優しく包み込んだ。

「ゆっくりできるんでしょ?」

「2時間ほどだけど」 二人で歩き始めた。

「2時間で仔犬ちゃんとさよならしなくちゃいけないの?」 母親が足を止め、驚いたように琴音を見た。

今日、正道の元に仔犬を返すのだ。

「お母さん、それってどういう意味よ。 仔犬ちゃんとの時間の事で私じゃないわけね」 あ! と思った母親。

「おー、恐い恐い。 恐い鬼さんが来ましたねー。 お風邪をひいちゃ駄目だからもうお家に入りましょうねー。 鬼さんも早く入りなさい」 そう言って仔犬を抱いたまま走って家の中に入って行った。

「ああ、ここまでハマルとは思って無かったわ。 予定外もいいところだわ」 仔犬を正道の元へ戻した時に元気をなくすのではないだろうかと心配になってきた。

家に入ると父親が立ったまま新聞を読んでいる。

「お父さん、ただいま・・・って、どうして立ったまま新聞を読んでるの?」

「ああ、お帰り。 座って新聞を広げると仔犬が喜んで新聞をグチャグチャにしにくるからな」

「あらそうなの? そんなにお転婆さんになったの?」 どうしても新聞を噛みたいのか父親の足元でピョンピョンと新聞をねだる仔犬に話しかけた。 そして抱き上げ

「今日でここともバイバイだからね」 琴音がそう言うと

「向こうへ連れて行って誰かが飼うのか?」 父親が新聞を畳みながら琴音に聞いた。

「分からないわ。 でも拾ってきたのが工事の人だからこっちから何も言えないでしょ?」

「だけど夜も一人で寝てるんだろ? それにこの仔は寒がりだから風邪でもひいたらどうするんだ?」 母親がお盆にお茶とお菓子を乗せて来た。

「うちで引き取りは出来ないの?」

「それは・・・私から正道さんには言えないわ。 でももし工事の人が引取りが出来ないんだったら その時にはお父さんもお母さんもその気で居てくれている事は話しておくわ」

「それはいつなの?」

「そんな事は分からないけど・・・工事もいつまでもあるわけじゃないだろうし・・・ね、それよりこの前来たときに言ってたじゃない。 お父さんとお母さんでお出掛けしたらって、美味しいものいっぱい食べて旅行にでも行ったらどう?」 今にもペットロスになりそうな両親が心配だ。 

その気持ちを父親が察したのか

「そうだな。 元々うちの仔じゃなかったんだから この数日間を有難いと思わなくっちゃな」 その言葉を聞いて母親が眉を垂れた。

「そんな、お父さんは仔犬ちゃんが居なくなっても平気なんですか?」

「お母さん、琴音の立場も考えてやれ。 それにもしかしたらまた仔犬が来てくれるかもしれないだろ。 そうなったら何処へも行けなくなるんだから 今のうちにどこか旅行でも行こう」 そしてまた新聞を広げだしたが、それを見ていた仔犬が琴音の手からすかさず下りて 広げられた新聞の端を噛もうとした。

「これ、仔犬ちゃん駄目でしょ。 お腹イタタになるでしょ」 母親が仔犬を抱き上げ

「仔犬ちゃん、ちゃんとここに帰ってくるのよ」 仔犬をギュッと抱きしめた。

それを見ていた琴音は切なさでいっぱいになった。

時間は過ぎ、家を出なくてはならなくなった。

「そろそろ行くわ」

「ああ、そうか。 それじゃあ」 父親が立ち上がり、隣の部屋に置いてあった荷物をまとめた袋を琴音に渡した。

中を見てみると仔犬の着替えとリードが沢山入っていた。

「これは?」 

「仔犬の服をお母さんが全部編んだんだ」 それを聞いていた母親が

「その紐はお父さんが作ったのよ」 紐とはリードの事だ。

「作ったって? リードを? お父さんが!?」 呆気にとられたような顔で父親を見ると

「なんて顔してるんだよ」

「だって、どうやって?」

「前に言ってただろ。 ほら、所作を教えている所の経理を見てたって」

「ああ、言ってたわね。 でもそれがどうして?」 出してみると着物の帯締めのようだ。

「そこで所作も教えてもらったけどな、帯締めの作り方も教えてもらってたんだよ」

「帯締めの作り方?」

「ああ。 所作って言っても和服での事だからな。 帯締めなんかはみんな自分で作ってたんだよ」

「そんなに簡単に出来る物なの?」 リードを持ってよく見ると歪んでいる。

「あ、簡単じゃないのね」

「そりゃそうだよ。 もう何年も前に教えてもらって思い出しながらだったんだからな」 作った事への照れ隠しなのか、歪んだ事への照れ隠しなのか、堂々と答えてはいるが目が泳いでいる。

「ほら、琴ちゃんが帰っているときに 夜中にお父さんが物置に行ってガサガサしてたじゃない」

「ああ・・・あの時が何なの?」

「物置でその帯締めを作る道具を探してたのよ。 明るい時にすればいいのにね」

「道具なんているの?」

「そんな大袈裟な物じゃないよ。 古くなったのを貰ってたのを思い出してな。 たしか物置に入れっぱなしと思って探したら出てきたんだよ」

「でもよく考えたわね。 帯締めをリードにするなんて そんな発想無かったわ」

「大きな犬なら駄目だろうけどな、仔犬くらいなら充分だろ」

「それにしても何本作ったのよ・・・お母さんも何枚編んでるの」 袋の中を覗く。

「仔犬ちゃんがお膝で寝ている時に編んでただけよ」

「きっと正道さん驚くわよ。 ちゃんと正道さんに渡しておくわね」 持っていたリードを袋に入れ、改めて袋を持ち立ち上がった。

車に歩いていくと母親が仔犬を抱き、父親は正道から預かっていた袋とキャリーを持って琴音の後を歩いた。

車に荷物を入れていると母親の声がする。

「仔犬ちゃん絶対に帰ってくるのよ。 待ってるんだからね。 それまで元気でいるのよ」 琴音が助手席に置いたキャリーの蓋を開け母親に促すと 渋々母親が仔犬をキャリーに入れた。

「それじゃあね」 琴音が運転席に乗り車を走らせた。 バックミラーを見るといつまでも見送っている両親の姿が映っていた。

なんともいえない気持ちがこみ上げてくるが、返さなければいけない仔だ。 前を見据えアクセルを踏んだ。

国道に出て赤信号で止まった。

「仔犬ちゃんどうだった?」 キャリーを覗き込んで仔犬に聞くと、今まで大人しかった仔犬が キューン と小さな鳴き声をあげた。

「寂しいの? それとも早く元の場所に帰りたいの?」 仔犬の返事は無い。

「・・・早く仔犬ちゃんとお話が出来るようになりたいわ」 信号が変わった。

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