『虚空の辰刻(とき)』 目次
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- 虚空の辰刻(とき)- 第39回
「はい。 本当に」
紫揺の目にはトウオウの表情が穏やかに見えた。 そうか、と納得できた。 今はアマフウに言われて自分にトウオウがついていてくれていたのかもしれないが、アマフウはいつもこのトウオウの表情に癒されていたのかもしれない、と。
「寝る? 布団まで連れて行ってやろうか?」
椅子を少し離れた紫揺の横に移動させ座った。
どこまで優しいのだろうか。 ずっとそれに気付かなかった。
「大丈夫です。 もう一人で歩けます。 それに、眠気が無くなりましたから」
「眠気が無くなった?」
「はい」
「んじゃ、ちょっと話していいか?」
「え?」
「話をしてもいいか? 訊きたいことがあるんだ」
「はい、いいです」
トウオウが自分に何を訊きたいのだろうか、全く想像がつかない。
「・・・んっと・・・」
話しずらそうに、さすっていた手を納める。
「・・・シユラ様の服だけど」
「服?」
思いもしない話の始まり。
「ああ。 ・・・その服ってどうしたの? シユラ様の着てるその服」 紫揺の服を指さす。
「えっと、セノギさんに言って揃えてもらいました」
「でもクローゼットに服があっただろ? 靴も」
「はい。 でも、私はあんな服は着ないので。 それに靴も。 いつもこんな風にジャージとスポーツシューズですから、セノギさんにお願いしたんです」
「あんな服?」
「はい、ヒラヒラした服です」
屋敷のクロ―セットにあったフリフリのボンボリ付きのリボン付きの服、どれも紫揺の趣味ではない服。
『動きにくい服ばっかり・・・それに、これって我が儘なロリコン男が可愛い彼女に着せたいと思うような服じゃないの?』 と思った服。
トウオウが落ち込むように、指を額に当てるとそのまま下を向いた。
咄嗟にトウオウが何を考えているのかが分かった気がした。
そして確かに紫揺の思ったように、実際あの服はトウオウが揃えたものであった。 紫揺であるシユラ様がどんな人物かもわからなかったが、近々、紫揺でありシユラ様であるムラサキ様がこの屋敷に来ると聞いて、その年齢と身体つきを聞いたトウオウがセノギに言って揃えた物であった。
「え? あれって・・・あの服って、もしかしてトウオウさんが?」
即座に返事はなかった。 ワンテンポもツーテンポもスリーテンポもおいて「・・そうだ」 と返事があった。
「あ・・・あの、ゴメンナサイ。 その、変な意味じゃなくて、えっと、そうじゃなくて、えっと、どれも可愛かったし、あのその、全部可愛かったけど、その、可愛いから私には似合わないっていうか、私はジャージが好きだから、えっと・・・」
「もういいよ」
「あ・・・あの」
「シユラ様の好みじゃなかったってことだろ?」
まだ下を向いたままである。
言い訳は諦めた。
「・・・はい」
頭を垂れ、上目遣いにトウオウを見る。
紫揺の視線には気づいているのであろうが、目を合わせようともせず、僅かに顔を上げた。
「・・・アマフウを見過ぎていたからかな」
「アマフウさん? アマフウさんはあんな服・・・あ、じゃなくて、ヒラヒラが好きなんですか?」
納得がいかない。
トウオウ曰くの、コスプレ姿のアマフウ。 確かに毎日紫揺には考えられないような色んな服を着ている。 それでもヒラヒラを着たのを一度も見たことがない。
「着たいんだけど、着ないんだ」
「え? どうしてですか?」
あれだけ信じられないような服を着ているのに。 ましてや初めて会った時には花魁姿だったのに。 ヒラヒラより、花魁姿になる方がよっぽど勇気がいるだろうに。
紫揺の質問にトウオウは答えなかった。 それはトウオウが答えるべき話ではないと判断したからだ。
「ね、シユラ様?」
少しの間をおいてトウオウが顔を上げ、その異なる双眸を紫揺に向けた。
こんな近くで、それもアマフウのいないときにトウオウの目を見ることなど、ついぞ無かった。 さっき、トウオウに覗き込まれた時には、漠然とトウオウの顔を、表情を見ただけで、ここまで目を見なかった。 トウオウの双眸は右が赤く澄み、左が薄い黄色に澄んでいる。 その双眸に魅入られると、暗示にかかってしまいそうになるかと思うほどに流麗であった。 黒い瞳を持つ紫揺とは全く違った。
「はい?」
「アマフウってさ・・・」
「え?」
「・・・ああ、何でもない。 それよか、どう? 具合は良くなった?」
さっき 『痛みはなくなりました。 それにドヘドも全く治まりました』 と言ったし 『本当に?』 と紫揺の顔を覗き込んだトウオウに 『はい。 本当に』 と言ったのに、それを忘れたわけではないであろう。 更に念を押して訊いてきたのであろう。 それとも言いかけた話を逸らすためなのか?
「自分でお布団に行けます」
チラッと奥の畳間を見て続けた。
「あの・・・さっき」
「ん? なに?」
「腰をさすってくれてありがとうございました」
「ああ、いいよそんなこと。 若いのに腰の具合が悪いのか?」
「悪いって程ではないんですけど、初めて馬車に乗ったからだと思います」
「ああ、振動が腰にきたのか。 向こうみたいにアスファルトが敷いてあるわけじゃないし、それにあの馬車だもんな。 慣れないと腰にもくるよな」
コクリと首肯する。 でもそんなことを言いたかったわけじゃない。
― 手当 ―
それをしてくれた礼を言いたかっただけだった。
「んじゃ、オレは退散してもいいかな?」
「はい。 有難うございました」
「礼は何度も言わなくていいよ。 それに言われるほどのことはしてないからな」 そう言うと椅子から腰を上げ、そのまま部屋を出て行きかけると 「あれ?」 と一言漏らした。
「雨戸を閉めてないな」
「え?」
「冷えるから雨戸を閉めなくっちゃな」
掃き出しの窓に向かって歩き出したトウオウの先の窓を見る。
「いいです」
「え?」 振り返り紫揺を見る。 「雨戸をしなくちゃ冷えるぞ」
「今はこれくらいでいいんで、あとで自分で締めます」
「ふーん、そっか? んじゃ、シユラ様のいいようにしな。 じゃ、今度こそオレは退散するから」
ただの一度も振り返らなかったトウオウを見送った紫揺。
「眠れない・・・」
紫揺のいる離れの廊下の片隅で二つの影がドロリと流れるとその影が人型をとった。
「ケミ、ここまでくれば吾らの範疇は終わった」
「ああ、ショウワ様からのお言いつけは、ここまでだからな」
ムロイの家に来れば、紫揺が落ち着くであろう、そして今のこの領土の状況を考えると、下手にムロイが紫揺に何かを言うことはないだろう、何かをするわけではないであろうという事を二人は言っていた。
何かをしようにも仕切れない領土の中、それにここまできて注射などという事はしないであろうし、揶揄や嘲弄という何かも、領主のあの様子からはそんな余裕はないであろう。
「今までを見ると、少なくとも離れに居る間は何もないであろうな」
「ああ、吾もそう思う。 それにあの様子では領土にいる間は何もないであろう」
「ムロイに余裕がなくなっておるからな。 それに明日から数日帰ってこないと話しておったからな」
紫揺の乗った馬車がここにつく前、カミが先回りして領主たちの話を聞いていた。
「ああ、明日から乱れを直しに出るのだろうし、そう簡単には帰ってこられまい」
「それにショウワ様にヒトウカのことを報告せねばな」
紫揺がヒトウカを抱きかかえたことを言っているのではない。 あの時には紫揺がもう寝るだろうとその場から居なくなったのだから。 そうではなく、セイハと紫揺が見たヒトウカのことである。
「それでは一旦引き上げるか?」
「諾(だく)」
二つの人型がドロリと動き、何処しれることなくなくなっていった。
「テレビもないし、本もない・・・」
この眠れない目をどうやって過ごそうかと考えるが、どこにもその当てがない。 今いる部屋には椅子とテーブル、それに暖炉だけ、隣の和室には布団が敷かれているだけ。
「最小限の電力って言ってたから・・・」 と、考えた時に、あれ? と思った。
部屋に電気がついていたのだ。 今までは角灯で過ごしていたのに、ここには部屋に電気が点いていた。
「そう言えば、さっきの部屋にも電気が点いてた気がする」
皆が居た最初に入った部屋のことだ。 紫揺はアマフウ曰くドヘドを吐くことなく、腰痛を堪えるしかなかった時の話。
「最小限の電力って部屋の電気の事なのかなぁ?」
片肘をついて頭を巡らす。
今日の小休憩の時に考えた 『電気って・・・電気の存在って大きいんだ・・・。 改めてずっと生きていた場所のことを顧みた。 贅沢をしてたのかな・・・』 と考えていたことを思い出す。
と、セイハが言っていた 『屋敷の方がいいってこと。 ほら、ここって何か辛気臭いじゃない』 という言葉が頭をかすめた。
それっていうのは、電力の事なのだろうか。 たしかに、現代に生きていれば、電気が無くては生き辛いな、と思った時、もう一つの言葉を思い出した。 たしか 『ふね』 という言葉を言っていた。 あの時は身体が辛くてまともに聞けなかったけれど 『屋敷』 という言葉もあったように思う。 どんな話だったか思い出せない。
「ああ・・・。 何もかもごちゃ混ぜになってしまってる」 考えがまとまらない。
片肘をついていた掌で頬をさする。
部屋には廊下越しの窓がついていた。 正面に見えるその窓は腰高の窓。 首を右に90度捻れば掃き出しの窓、左に90度捻れば入って来た引き戸、そして後ろを見れば畳の部屋がある。
右目の端に何かが見えた。
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「はい。 本当に」
紫揺の目にはトウオウの表情が穏やかに見えた。 そうか、と納得できた。 今はアマフウに言われて自分にトウオウがついていてくれていたのかもしれないが、アマフウはいつもこのトウオウの表情に癒されていたのかもしれない、と。
「寝る? 布団まで連れて行ってやろうか?」
椅子を少し離れた紫揺の横に移動させ座った。
どこまで優しいのだろうか。 ずっとそれに気付かなかった。
「大丈夫です。 もう一人で歩けます。 それに、眠気が無くなりましたから」
「眠気が無くなった?」
「はい」
「んじゃ、ちょっと話していいか?」
「え?」
「話をしてもいいか? 訊きたいことがあるんだ」
「はい、いいです」
トウオウが自分に何を訊きたいのだろうか、全く想像がつかない。
「・・・んっと・・・」
話しずらそうに、さすっていた手を納める。
「・・・シユラ様の服だけど」
「服?」
思いもしない話の始まり。
「ああ。 ・・・その服ってどうしたの? シユラ様の着てるその服」 紫揺の服を指さす。
「えっと、セノギさんに言って揃えてもらいました」
「でもクローゼットに服があっただろ? 靴も」
「はい。 でも、私はあんな服は着ないので。 それに靴も。 いつもこんな風にジャージとスポーツシューズですから、セノギさんにお願いしたんです」
「あんな服?」
「はい、ヒラヒラした服です」
屋敷のクロ―セットにあったフリフリのボンボリ付きのリボン付きの服、どれも紫揺の趣味ではない服。
『動きにくい服ばっかり・・・それに、これって我が儘なロリコン男が可愛い彼女に着せたいと思うような服じゃないの?』 と思った服。
トウオウが落ち込むように、指を額に当てるとそのまま下を向いた。
咄嗟にトウオウが何を考えているのかが分かった気がした。
そして確かに紫揺の思ったように、実際あの服はトウオウが揃えたものであった。 紫揺であるシユラ様がどんな人物かもわからなかったが、近々、紫揺でありシユラ様であるムラサキ様がこの屋敷に来ると聞いて、その年齢と身体つきを聞いたトウオウがセノギに言って揃えた物であった。
「え? あれって・・・あの服って、もしかしてトウオウさんが?」
即座に返事はなかった。 ワンテンポもツーテンポもスリーテンポもおいて「・・そうだ」 と返事があった。
「あ・・・あの、ゴメンナサイ。 その、変な意味じゃなくて、えっと、そうじゃなくて、えっと、どれも可愛かったし、あのその、全部可愛かったけど、その、可愛いから私には似合わないっていうか、私はジャージが好きだから、えっと・・・」
「もういいよ」
「あ・・・あの」
「シユラ様の好みじゃなかったってことだろ?」
まだ下を向いたままである。
言い訳は諦めた。
「・・・はい」
頭を垂れ、上目遣いにトウオウを見る。
紫揺の視線には気づいているのであろうが、目を合わせようともせず、僅かに顔を上げた。
「・・・アマフウを見過ぎていたからかな」
「アマフウさん? アマフウさんはあんな服・・・あ、じゃなくて、ヒラヒラが好きなんですか?」
納得がいかない。
トウオウ曰くの、コスプレ姿のアマフウ。 確かに毎日紫揺には考えられないような色んな服を着ている。 それでもヒラヒラを着たのを一度も見たことがない。
「着たいんだけど、着ないんだ」
「え? どうしてですか?」
あれだけ信じられないような服を着ているのに。 ましてや初めて会った時には花魁姿だったのに。 ヒラヒラより、花魁姿になる方がよっぽど勇気がいるだろうに。
紫揺の質問にトウオウは答えなかった。 それはトウオウが答えるべき話ではないと判断したからだ。
「ね、シユラ様?」
少しの間をおいてトウオウが顔を上げ、その異なる双眸を紫揺に向けた。
こんな近くで、それもアマフウのいないときにトウオウの目を見ることなど、ついぞ無かった。 さっき、トウオウに覗き込まれた時には、漠然とトウオウの顔を、表情を見ただけで、ここまで目を見なかった。 トウオウの双眸は右が赤く澄み、左が薄い黄色に澄んでいる。 その双眸に魅入られると、暗示にかかってしまいそうになるかと思うほどに流麗であった。 黒い瞳を持つ紫揺とは全く違った。
「はい?」
「アマフウってさ・・・」
「え?」
「・・・ああ、何でもない。 それよか、どう? 具合は良くなった?」
さっき 『痛みはなくなりました。 それにドヘドも全く治まりました』 と言ったし 『本当に?』 と紫揺の顔を覗き込んだトウオウに 『はい。 本当に』 と言ったのに、それを忘れたわけではないであろう。 更に念を押して訊いてきたのであろう。 それとも言いかけた話を逸らすためなのか?
「自分でお布団に行けます」
チラッと奥の畳間を見て続けた。
「あの・・・さっき」
「ん? なに?」
「腰をさすってくれてありがとうございました」
「ああ、いいよそんなこと。 若いのに腰の具合が悪いのか?」
「悪いって程ではないんですけど、初めて馬車に乗ったからだと思います」
「ああ、振動が腰にきたのか。 向こうみたいにアスファルトが敷いてあるわけじゃないし、それにあの馬車だもんな。 慣れないと腰にもくるよな」
コクリと首肯する。 でもそんなことを言いたかったわけじゃない。
― 手当 ―
それをしてくれた礼を言いたかっただけだった。
「んじゃ、オレは退散してもいいかな?」
「はい。 有難うございました」
「礼は何度も言わなくていいよ。 それに言われるほどのことはしてないからな」 そう言うと椅子から腰を上げ、そのまま部屋を出て行きかけると 「あれ?」 と一言漏らした。
「雨戸を閉めてないな」
「え?」
「冷えるから雨戸を閉めなくっちゃな」
掃き出しの窓に向かって歩き出したトウオウの先の窓を見る。
「いいです」
「え?」 振り返り紫揺を見る。 「雨戸をしなくちゃ冷えるぞ」
「今はこれくらいでいいんで、あとで自分で締めます」
「ふーん、そっか? んじゃ、シユラ様のいいようにしな。 じゃ、今度こそオレは退散するから」
ただの一度も振り返らなかったトウオウを見送った紫揺。
「眠れない・・・」
紫揺のいる離れの廊下の片隅で二つの影がドロリと流れるとその影が人型をとった。
「ケミ、ここまでくれば吾らの範疇は終わった」
「ああ、ショウワ様からのお言いつけは、ここまでだからな」
ムロイの家に来れば、紫揺が落ち着くであろう、そして今のこの領土の状況を考えると、下手にムロイが紫揺に何かを言うことはないだろう、何かをするわけではないであろうという事を二人は言っていた。
何かをしようにも仕切れない領土の中、それにここまできて注射などという事はしないであろうし、揶揄や嘲弄という何かも、領主のあの様子からはそんな余裕はないであろう。
「今までを見ると、少なくとも離れに居る間は何もないであろうな」
「ああ、吾もそう思う。 それにあの様子では領土にいる間は何もないであろう」
「ムロイに余裕がなくなっておるからな。 それに明日から数日帰ってこないと話しておったからな」
紫揺の乗った馬車がここにつく前、カミが先回りして領主たちの話を聞いていた。
「ああ、明日から乱れを直しに出るのだろうし、そう簡単には帰ってこられまい」
「それにショウワ様にヒトウカのことを報告せねばな」
紫揺がヒトウカを抱きかかえたことを言っているのではない。 あの時には紫揺がもう寝るだろうとその場から居なくなったのだから。 そうではなく、セイハと紫揺が見たヒトウカのことである。
「それでは一旦引き上げるか?」
「諾(だく)」
二つの人型がドロリと動き、何処しれることなくなくなっていった。
「テレビもないし、本もない・・・」
この眠れない目をどうやって過ごそうかと考えるが、どこにもその当てがない。 今いる部屋には椅子とテーブル、それに暖炉だけ、隣の和室には布団が敷かれているだけ。
「最小限の電力って言ってたから・・・」 と、考えた時に、あれ? と思った。
部屋に電気がついていたのだ。 今までは角灯で過ごしていたのに、ここには部屋に電気が点いていた。
「そう言えば、さっきの部屋にも電気が点いてた気がする」
皆が居た最初に入った部屋のことだ。 紫揺はアマフウ曰くドヘドを吐くことなく、腰痛を堪えるしかなかった時の話。
「最小限の電力って部屋の電気の事なのかなぁ?」
片肘をついて頭を巡らす。
今日の小休憩の時に考えた 『電気って・・・電気の存在って大きいんだ・・・。 改めてずっと生きていた場所のことを顧みた。 贅沢をしてたのかな・・・』 と考えていたことを思い出す。
と、セイハが言っていた 『屋敷の方がいいってこと。 ほら、ここって何か辛気臭いじゃない』 という言葉が頭をかすめた。
それっていうのは、電力の事なのだろうか。 たしかに、現代に生きていれば、電気が無くては生き辛いな、と思った時、もう一つの言葉を思い出した。 たしか 『ふね』 という言葉を言っていた。 あの時は身体が辛くてまともに聞けなかったけれど 『屋敷』 という言葉もあったように思う。 どんな話だったか思い出せない。
「ああ・・・。 何もかもごちゃ混ぜになってしまってる」 考えがまとまらない。
片肘をついていた掌で頬をさする。
部屋には廊下越しの窓がついていた。 正面に見えるその窓は腰高の窓。 首を右に90度捻れば掃き出しの窓、左に90度捻れば入って来た引き戸、そして後ろを見れば畳の部屋がある。
右目の端に何かが見えた。