『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
『ハラカルラ』 リンクページ
ワハハおじさんの運転の元、助手席でモヤがジッパーを開け中のメモを出す。
「どんな返事だと思う?」
「その言い方って何ですか? え? 〇か×かじゃなかったんですか?」
後部座席から新緑が訊く。
「モヤさん、気を持たせるようなことを言わないでくださいよ、どうだったんですか?」
これも後部座席からである。 後部座席の二人が前屈みになり助手席を見ている。
ワハハおじさんのハンドルを握る手に力が入る。 挟み込んだやり方が失敗したのだろうか、いや、そうであったのならば部屋の中に落ちたはずであって、あんな風に外側に見えるような位置に残ってはいなかったはず。
「くっ、悪い悪い。 メモに残っているのは〇だ」
後部座席の二人が背中をドンとシートに預け、ワハハおじさんの手が緩む。
「うん? なんで部屋に監視カメラがあるって書かなかったんだ?」
「迷ったんですけど、それ書いちゃいますと、こちらを良いように書くようで卑怯な気がして」
「ああ、こっちはカメラなんて仕込んでなかったけど、そこはカメラが仕込んである、あんまりいい村だとは言えないって言ってるように聞こえなくもないですよね」
「水無瀬君はカメラに気づいてないのだろうか」
そう言った隣に座るシキミを一顧すると新緑が最近のカメラの巧緻性を言う。 ボールペンのグリップやメガネの淵に仕込んであったり、縫いぐるみの目に仕込んであったりと色々とあるということで、ビデオカメラのように動画を撮る時にランプが点くわけではなく、小物に仕込まれていれば気付かないだろうという説明であった。
「なんだそれ? スパイ映画みたいだな」
「今はまさにその世界ですよ。 それで水無瀬君の返事は聞けましたけど、あのモニターの家で聞いた水無瀬君がウンと言うまでっていうのは何のことでしょうか」
「あそこでモニターを見ている者は、まずまずあの村の者で間違いないと思う」
夜回りのほうが楽だと言っていたし、前回の話具合からしてもまず間違いない。
「ってことは、あの村自身が水無瀬君を監視している可能性が高いってことですか?」
「監視に関してはそうだと思う。 だが黒門に頼まれたのかどうかは分からないがな」
「あー・・・堂々巡りですか」
「まだ分からんのか!」
黒門の者たちが殴打された。 ハラカルラで。 と言うことはどこかの門の者。 少なくともキツネ面を着けていなかったということは朱門ではない。 だからと言って今までのことがある、朱門を外して考えるような甘いことはしない。
出来たことはハラカルラを歩き回る。 そこで誰かを見かけるとその後を追う。 そこがその門の者たちのハラカルラへの入り口となる。
ハラカルラではなく、こちら側の土地でその土地に入り込めるなら簡単なことだが、黒門の村とて簡単に入り込ませていない。 どこの門も同じことをしているだろう。 だからハラカルラの中で誰かを見かけ後を追っても、簡単にこちらの世界での場所を特定できない。
スマホを持って入りハラカルラを出ると隠れながら電源を入れ、GPS機能を使って位置を特定すればいいのだろうが、あまりの憤懣(ふんまん)に数日前まで冷静に考えることが出来なかった。 特に若い者たちが発想できる内容であったが、殴られた当人たちなのだからそう簡単に冷静にものを考えるということが出来ない。
四日前、それもハラカルラの中を夜中に歩いている者たちを二人見かけた。 後を追ってみると山の中のようだった。
後を追っていた二人がどうしようかと話しながら追うと、渓流の流れが聞こえだした。 渓流に出てしまえば何とかなるのではないかとそのまま足を進めた。
キリが聞いた奥からまだ話し声が聞こえたというのはこの声であった。
渓流に出た二人が東西南北も分からないまま渓流を下って行った。 そしてやっと黒門の村に戻ってきたのがその二日後。 二人の足跡はスマホに残されていた。 そこから場所を特定し村であることが分かったが、そこに水無瀬が居るのかどうかまでは分からなかった。
「怒鳴ったところで何かわかるわけではない。 それにそろそろ分かるだろうて」
村に近づいて様子を見ていた者たちがそろそろ戻ってくる。
「どうだった」
「あの村はかなり村民以外を警戒しているようでした」
道に迷ったという態を取って入り込もうとしたが途中で止められた。 だが渓流の方にはあまり注意が向けられていなかったようであった。
「村が村民以外を警戒するのはうちと同じか」
門のある村に限らず開放的な村もある、それと反対に村民以外を警戒する村もある。 何ら不思議なことではないが、ハラカルラを出入りしていたのだ、どこかの門の村であることは間違いない。
「水無瀬は居たようか」
「水無瀬の姿は一度も見かけませんでした。 ですが・・・ちょっと気になる家がありまして」
朱門と違い基本昼間に入り込み、木の上や物陰に隠れて様子を見ていたが、その家に誰かが出入りする様子を一度も見ることがなかった。 それが不自然だと感じたという。
「単なる空き家なのかと思いましたが、夕方には電気が点いていました。 俺が見ていない時に出入りがあったのかもしれませんが、それでも他の家はもっと出入りがありましたし」
そしてその時に見回りを見たという。
「監禁、若しくは拘束されているということか」
そういう手法には心当たりがある。 実際に黒門がそうしていたのだから。
「必ずそこに水無瀬が居るとは言い切れませんが」
だがこのまま指を銜(くわ)えている気などない。
翌朝、水無瀬が起きて窓を開けた。
「なに、水無ちゃん、寒いよ」
夜中に立ち上がれば雄哉に寝ろと言われる、そんな時に窓付近で怪しまれることをしていては何もかもバレてしまう。 だから外が暗くなり外から簡単に袋が見つからない時間、尚且つ雄哉がトイレに立った時に仕掛けた。 だが部屋の電気は点いている、外から水無瀬が何かをしているのは丸見えだ、だからそれとなく窓の桟にあの袋を挟んだ。
窓の桟を見て、次に落ちてはいないかと窓の下も見る。 あのキャラクターの姿はどこにもない。
(来たのか)
トイレで考えた。
『守り人が何をするか、門の人間がどうあらねばならないかを分かってるでしょう』
『それって黒門で教えてもらった?』
違う、似ているけど違う。 自分の言いたかったことはそうじゃない、そう考えたが、言いたかったのではなく心に住んでいた、それに気付いた。 朱門の考え方だということに気付いた。
「水無ちゃん、寒いってば」
雄哉が隣に立った。
「水無ちゃんってば」
「雄哉」
久しぶりに聞く水無瀬の声。
「ん? なになに?」
喜びを隠しきれないように雄哉が訊き返す。
「お前何考えてる」
「えー? 何って、別に?」
「何も考えてないってか?」
「そんなバカ扱いしないでよ」
「履修、考えたのか」
「あー・・・だからそれは広瀬さんが上手くしてくれるから」
「それでいいのか? そんなことで大学卒業の形をとっていいのか? そんなの雄哉らしくないじゃないか、心理学を学んで子供達のために―――」
「水無瀬、窓閉めろ」
いつ朱門が助けに来てくれるか分からない。 もし雄哉がこのまま白門の中に居るのだったら、もう雄哉の本心を聞くことが出来なくなるかもしれない、だからその前に雄哉の本当の気持ちを聞きたかったのに。
水無瀬がそっと窓を閉める。
「本当にそれでいいんだな」
「黙ってろ」
雄哉が水無瀬に背を向けている。 今までと反対になっている。
「もう俺たちは同じ方向を向いて歩けないってことか?」
「・・・湯をもらってくる」
ポットを片手に雄哉が部屋から出て行った。
「作れるか?」
「おちゃのこサイサイ」
何処でそんな言葉を覚えた。 父ちゃんの眉がピクリと動くのを練炭は見逃さなかった。 言葉のチョイスを間違ったようだ、だから他の言葉で上書きをする。
「妨害電波を出す機械なんて簡単。 っていうか、もう作り始めてる」
「ほとんど出来上がってるし、今日中に出来る」
どうしてそんなものを作っているのか。 我が子ながらある意味恐ろしい。
「水無瀬がカメラで監視されてるんだから、それくらい考える」
水無瀬がカメラで監視されてるなどと練炭に言っただろうか。
「うん? どうして知ってる」
「みんな言ってるもん」
みんな言ってる・・・練炭だから気を張ることなく話していたとしても、万が一にも爺たちに聞かれては困る内容である。 念を押さねば。
「じゃあ、今日中に出来上がるんだな」
「うん」 二人が声を合わせる。
これで明日以降いつからでも行動をとることが出来る。
「練炭がすでに作り始めていた?」
畑仕事をしながらの会話である。
「ああ、もう今日中に出来上がるということだ。 練炭はみんなが水無瀬君がカメラで監視されているということを話していたから作り始めたと言っていたが―――」
話している途中で要らない突っ込みが入る。
「くくく、相変わらず躾がいいな」
「うるさい。 それより安易にそんな話を外でして爺たちに知られたらどうする」
「そこなんだが」
そう言ったおっさんに手を止め全員が目を移す。
おっさんが言うには、あくまでも今は黒門の村にいるわけではない、たとえそこが黒門と関係していたとしても黒門ではない。 見方を変えると水無瀬をあの場から奪還しても、あくまでも黒門に手を出さないと約束した長の破約にはならない。 万が一、黒門と関係している村だとして、そのことを知らなかったことにすればいいし、何より関係している村に手を出さないとは一切の約束をしていない。
そして爺や大爺たちが考える今後の若い者のことは、若い者も参加するわけである、それなりに説得力があるだろう。 それに何より水無瀬がこちらにSOSを向けてきた、これ以上のことは無いということであった。
「では、長や爺たちにこのことを言うのか?」
「コソコソと水無瀬君奪還計画をするより、その方が気持ちが楽だろう。 それに当日は全員が動かなけりゃならない、爺たちを誤魔化しきれないだろ」
「確かにな。 まぁ、コソコソ動いていたことには雷が落ちるかもしれないがな」
「じゃ、誰が長や爺たちに言いに行く?」
その者が雷を落とされるということである。
誰もがそっぽを向いた。
若い者や特に小さな子たちにとって爺たちは優しい爺たちであるが、おっさんたちにとってはその昔、何かするたびに雷を落とされ、鍛錬の厳しい師という存在でもあった。 誰もがこの歳になってまで、その相手からまたもや雷を落とされたくはない。
「ライ、話がある」
部屋に入ってくるなりナギが言い、その場に座り込んだ気配がする。 それでも背を向けベッドに寝転がったまま。
「今まで黙っていたけど水無瀬が黒門の村を出ている。 今はある村に居る。 そこが黒門の関係する村かどうかは分からないが、水無瀬はそこを出たいと考えている。 そしてその為に朱門に力を貸してほしいと言っている」
(え・・・)
「黒門からこちらに接触はないから、黒門の関係する村である可能性は無きにしも非ずだが、水無瀬がそこを出たいと考えているというのは大切なことなんじゃないのか? そして朱門に力を貸してほしいと言っているのは、ライにとって一番大切なことなんじゃないのか」
「・・・長や爺たちは何て言ってるんだ」
ナギがどこかホッとした顔をする。 何日ぶりに聞いたライの声だろうか。
「今までは長にも爺たちにも内緒で動いていた。 だが水無瀬を助けに行くにあたり、長と爺たちに言いに行く。 反対されてもみんな助けに行くと言っている」
ライが起き上がりベッドの上に座る。 その頬はこけていて目の下にはクマが出来ている。 そして決して濃くはないが、クッソ汚い無精髭。
「最初っから詳しく話してくれ」
久しぶりの風呂に入り、台所で母親が出してくれたアイスココアを三杯飲んだ。 甘味が体に浸透していくようで、動きもしていないのに疲れが甘味に吸収されていくような気がした。
台所にやって来たナギがUターンして出て行くとすぐに戻って来た。 そして片手をライの方に向け手にしていた除菌消臭スプレーをライに浴びせる。
「まだ臭い」
ライの部屋では鼻が曲がるかと思いながらも話をし続けたが、もう限界である。
「お母さん、これをライの部屋に巻き散らしてきて。 でないと息も吸えない」
「ライ、酷い言われようね」
スプレーを受け取りながらライをクンクンと臭うがそんなに臭いだろうか?
いつものライならナギに言い返しているところだが、そんな様子は見られない。 まだ本調子ではないということらしい。
「じゃ、行ってくる」
結局、長と爺たちに言いに行くのはライとワハハおじさんとなった。 ワハハおじさんは二度も村に潜り込んだということと、水無瀬とメモのやり取りをしたということがあったからだが、ライは自分から手を上げた。 今まで何もしてこなかったから、と。
「行ってらっしゃい」
ワハハおじさんと共に集会場に入った。 長と爺たちには事前に夕食後に話があると言ってある。 村の食事時間は大体同じである。 まずは座布団の用意をしていく。
「血圧が上がらなけりゃいいがな」
ワハハおじさんの言うことを聞いて頷くだけのライ。 ワハハおじさんから見てもまだ本調子に戻っていないのが分かる。 だがそれはそうだろう、今こうしてライから参加をしてきただけで御の字とせねば。
「説明は俺が全部する。 ライは若い者の代表として水無瀬君を助けてたいって言ってくれ。 そして爺たちの雷を一緒に受けてくれるだけでいい」
「うん、どっちみち俺じゃあ説明できないし。 雷落とされるのは当然だし」
ワハハおじさんが手を止め眉を上げる。 雷を落とされるのは当然、それはワハハおじさんと違う意味で言っているのかもしれない。 今まで何もしてこなかった自分へ雷を落としてほしいと考えているのかもしれない。
「しっかりと立ち直れ。 水無瀬君も色々と考えただろうし」
だからこちらにSOSを向けてきたのだろうから。
「・・・うん」
「それでな、思い出させるようで悪いんだが、黒門と長との約束を一語一句間違いなく聞かせてくれないか」
「・・・うん」
暫くすると一人二人と爺たちが入って来てすべての爺が揃い、最後に長が入って来た。
「話とはなんだ、重なる話をする気はないが?」
重なる話、爺も長も水無瀬の話は聞く気がないということ。 まさか初っ端から釘を刺されるとは思ってもいなかった、腹に据えていた重しが小さくなっていってしまいそうになる。
「角平(かくへい)、まずは聞く耳を持つ、それは必要だろうて」
思わぬ助け舟が入った。 それも角平爺の双子の弟の丸造(まるぞう)爺からとは。 ワハハおじさんがもう一度腹に据えていた重しを再構築していく。
「角平はわしらの声を代弁してくれておる、だが丸造の言う通りでもあるか。 長、いいかのう?」
声をかけられた長がゆっくりと頷いてみせると、ワハハおじさんが手をついて頭を下げるとライもそれに続く。
ライの態度に殊勝になったものよ、と爺たち皆が考えるが長から話は聞いている。
「長、爺様方、有難うございます」
頭を下げたままワハハおじさんが言い、ゆっくりと頭を戻す。
「まず最初に、心臓麻痺を起こさんでもらいたい」
だれもが、はぁ? とした目でワハハおじさんを見る。
「剣呑な話ということか」
「俺らにとっては剣呑でも何でもありませんが、長や爺様方にとっては青天の霹靂かもしれませんので」
「前置きはもういい、本題に入れ」
はい、と返事をすると結果から話す。 結果を話すことで長も爺たちも考えを変えてくれるかもしれない、少なくとも最後まで話を聞いてくれるかもしれないという思いからである。
「水無瀬君が今いるところから出たいと、その手助けを朱門に乞うています」
「は? どういうことだ?」
「今いるところとは黒門ということだろう、それでは長が破約をしたことになる」
「そこのところを詳しくライに聞きました。 長と黒門との約諾は水無瀬君が黒門を選べばという前提であって、その前提があってこそ朱門は二度と黒門に手を出さないということ、それは間違いないということです。 ライ自身も黒門と別れるときにこの先水無瀬君が黒門を選ぶとは限らないと言ったそうです。 その水無瀬君が朱門の手助けを乞うている。 これが破約になるでしょうか」
何か言おうとしていた爺がいたが、長がすっと手を上げ爺を止める。
「間違いない、そう話した。 だが黒門から水無瀬君を逃がすということは・・・正面を切っても秘かにであっても賛成しがたい」
「それは黒門の村でなければいいって話になりますかと」
「どういうことだ」
「いま水無瀬君は黒門の村には居ません」
長の後ろで爺たちがざわめきだした。
「順を追って聞こう」
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ハラカルラ 第40回
ワハハおじさんの運転の元、助手席でモヤがジッパーを開け中のメモを出す。
「どんな返事だと思う?」
「その言い方って何ですか? え? 〇か×かじゃなかったんですか?」
後部座席から新緑が訊く。
「モヤさん、気を持たせるようなことを言わないでくださいよ、どうだったんですか?」
これも後部座席からである。 後部座席の二人が前屈みになり助手席を見ている。
ワハハおじさんのハンドルを握る手に力が入る。 挟み込んだやり方が失敗したのだろうか、いや、そうであったのならば部屋の中に落ちたはずであって、あんな風に外側に見えるような位置に残ってはいなかったはず。
「くっ、悪い悪い。 メモに残っているのは〇だ」
後部座席の二人が背中をドンとシートに預け、ワハハおじさんの手が緩む。
「うん? なんで部屋に監視カメラがあるって書かなかったんだ?」
「迷ったんですけど、それ書いちゃいますと、こちらを良いように書くようで卑怯な気がして」
「ああ、こっちはカメラなんて仕込んでなかったけど、そこはカメラが仕込んである、あんまりいい村だとは言えないって言ってるように聞こえなくもないですよね」
「水無瀬君はカメラに気づいてないのだろうか」
そう言った隣に座るシキミを一顧すると新緑が最近のカメラの巧緻性を言う。 ボールペンのグリップやメガネの淵に仕込んであったり、縫いぐるみの目に仕込んであったりと色々とあるということで、ビデオカメラのように動画を撮る時にランプが点くわけではなく、小物に仕込まれていれば気付かないだろうという説明であった。
「なんだそれ? スパイ映画みたいだな」
「今はまさにその世界ですよ。 それで水無瀬君の返事は聞けましたけど、あのモニターの家で聞いた水無瀬君がウンと言うまでっていうのは何のことでしょうか」
「あそこでモニターを見ている者は、まずまずあの村の者で間違いないと思う」
夜回りのほうが楽だと言っていたし、前回の話具合からしてもまず間違いない。
「ってことは、あの村自身が水無瀬君を監視している可能性が高いってことですか?」
「監視に関してはそうだと思う。 だが黒門に頼まれたのかどうかは分からないがな」
「あー・・・堂々巡りですか」
「まだ分からんのか!」
黒門の者たちが殴打された。 ハラカルラで。 と言うことはどこかの門の者。 少なくともキツネ面を着けていなかったということは朱門ではない。 だからと言って今までのことがある、朱門を外して考えるような甘いことはしない。
出来たことはハラカルラを歩き回る。 そこで誰かを見かけるとその後を追う。 そこがその門の者たちのハラカルラへの入り口となる。
ハラカルラではなく、こちら側の土地でその土地に入り込めるなら簡単なことだが、黒門の村とて簡単に入り込ませていない。 どこの門も同じことをしているだろう。 だからハラカルラの中で誰かを見かけ後を追っても、簡単にこちらの世界での場所を特定できない。
スマホを持って入りハラカルラを出ると隠れながら電源を入れ、GPS機能を使って位置を特定すればいいのだろうが、あまりの憤懣(ふんまん)に数日前まで冷静に考えることが出来なかった。 特に若い者たちが発想できる内容であったが、殴られた当人たちなのだからそう簡単に冷静にものを考えるということが出来ない。
四日前、それもハラカルラの中を夜中に歩いている者たちを二人見かけた。 後を追ってみると山の中のようだった。
後を追っていた二人がどうしようかと話しながら追うと、渓流の流れが聞こえだした。 渓流に出てしまえば何とかなるのではないかとそのまま足を進めた。
キリが聞いた奥からまだ話し声が聞こえたというのはこの声であった。
渓流に出た二人が東西南北も分からないまま渓流を下って行った。 そしてやっと黒門の村に戻ってきたのがその二日後。 二人の足跡はスマホに残されていた。 そこから場所を特定し村であることが分かったが、そこに水無瀬が居るのかどうかまでは分からなかった。
「怒鳴ったところで何かわかるわけではない。 それにそろそろ分かるだろうて」
村に近づいて様子を見ていた者たちがそろそろ戻ってくる。
「どうだった」
「あの村はかなり村民以外を警戒しているようでした」
道に迷ったという態を取って入り込もうとしたが途中で止められた。 だが渓流の方にはあまり注意が向けられていなかったようであった。
「村が村民以外を警戒するのはうちと同じか」
門のある村に限らず開放的な村もある、それと反対に村民以外を警戒する村もある。 何ら不思議なことではないが、ハラカルラを出入りしていたのだ、どこかの門の村であることは間違いない。
「水無瀬は居たようか」
「水無瀬の姿は一度も見かけませんでした。 ですが・・・ちょっと気になる家がありまして」
朱門と違い基本昼間に入り込み、木の上や物陰に隠れて様子を見ていたが、その家に誰かが出入りする様子を一度も見ることがなかった。 それが不自然だと感じたという。
「単なる空き家なのかと思いましたが、夕方には電気が点いていました。 俺が見ていない時に出入りがあったのかもしれませんが、それでも他の家はもっと出入りがありましたし」
そしてその時に見回りを見たという。
「監禁、若しくは拘束されているということか」
そういう手法には心当たりがある。 実際に黒門がそうしていたのだから。
「必ずそこに水無瀬が居るとは言い切れませんが」
だがこのまま指を銜(くわ)えている気などない。
翌朝、水無瀬が起きて窓を開けた。
「なに、水無ちゃん、寒いよ」
夜中に立ち上がれば雄哉に寝ろと言われる、そんな時に窓付近で怪しまれることをしていては何もかもバレてしまう。 だから外が暗くなり外から簡単に袋が見つからない時間、尚且つ雄哉がトイレに立った時に仕掛けた。 だが部屋の電気は点いている、外から水無瀬が何かをしているのは丸見えだ、だからそれとなく窓の桟にあの袋を挟んだ。
窓の桟を見て、次に落ちてはいないかと窓の下も見る。 あのキャラクターの姿はどこにもない。
(来たのか)
トイレで考えた。
『守り人が何をするか、門の人間がどうあらねばならないかを分かってるでしょう』
『それって黒門で教えてもらった?』
違う、似ているけど違う。 自分の言いたかったことはそうじゃない、そう考えたが、言いたかったのではなく心に住んでいた、それに気付いた。 朱門の考え方だということに気付いた。
「水無ちゃん、寒いってば」
雄哉が隣に立った。
「水無ちゃんってば」
「雄哉」
久しぶりに聞く水無瀬の声。
「ん? なになに?」
喜びを隠しきれないように雄哉が訊き返す。
「お前何考えてる」
「えー? 何って、別に?」
「何も考えてないってか?」
「そんなバカ扱いしないでよ」
「履修、考えたのか」
「あー・・・だからそれは広瀬さんが上手くしてくれるから」
「それでいいのか? そんなことで大学卒業の形をとっていいのか? そんなの雄哉らしくないじゃないか、心理学を学んで子供達のために―――」
「水無瀬、窓閉めろ」
いつ朱門が助けに来てくれるか分からない。 もし雄哉がこのまま白門の中に居るのだったら、もう雄哉の本心を聞くことが出来なくなるかもしれない、だからその前に雄哉の本当の気持ちを聞きたかったのに。
水無瀬がそっと窓を閉める。
「本当にそれでいいんだな」
「黙ってろ」
雄哉が水無瀬に背を向けている。 今までと反対になっている。
「もう俺たちは同じ方向を向いて歩けないってことか?」
「・・・湯をもらってくる」
ポットを片手に雄哉が部屋から出て行った。
「作れるか?」
「おちゃのこサイサイ」
何処でそんな言葉を覚えた。 父ちゃんの眉がピクリと動くのを練炭は見逃さなかった。 言葉のチョイスを間違ったようだ、だから他の言葉で上書きをする。
「妨害電波を出す機械なんて簡単。 っていうか、もう作り始めてる」
「ほとんど出来上がってるし、今日中に出来る」
どうしてそんなものを作っているのか。 我が子ながらある意味恐ろしい。
「水無瀬がカメラで監視されてるんだから、それくらい考える」
水無瀬がカメラで監視されてるなどと練炭に言っただろうか。
「うん? どうして知ってる」
「みんな言ってるもん」
みんな言ってる・・・練炭だから気を張ることなく話していたとしても、万が一にも爺たちに聞かれては困る内容である。 念を押さねば。
「じゃあ、今日中に出来上がるんだな」
「うん」 二人が声を合わせる。
これで明日以降いつからでも行動をとることが出来る。
「練炭がすでに作り始めていた?」
畑仕事をしながらの会話である。
「ああ、もう今日中に出来上がるということだ。 練炭はみんなが水無瀬君がカメラで監視されているということを話していたから作り始めたと言っていたが―――」
話している途中で要らない突っ込みが入る。
「くくく、相変わらず躾がいいな」
「うるさい。 それより安易にそんな話を外でして爺たちに知られたらどうする」
「そこなんだが」
そう言ったおっさんに手を止め全員が目を移す。
おっさんが言うには、あくまでも今は黒門の村にいるわけではない、たとえそこが黒門と関係していたとしても黒門ではない。 見方を変えると水無瀬をあの場から奪還しても、あくまでも黒門に手を出さないと約束した長の破約にはならない。 万が一、黒門と関係している村だとして、そのことを知らなかったことにすればいいし、何より関係している村に手を出さないとは一切の約束をしていない。
そして爺や大爺たちが考える今後の若い者のことは、若い者も参加するわけである、それなりに説得力があるだろう。 それに何より水無瀬がこちらにSOSを向けてきた、これ以上のことは無いということであった。
「では、長や爺たちにこのことを言うのか?」
「コソコソと水無瀬君奪還計画をするより、その方が気持ちが楽だろう。 それに当日は全員が動かなけりゃならない、爺たちを誤魔化しきれないだろ」
「確かにな。 まぁ、コソコソ動いていたことには雷が落ちるかもしれないがな」
「じゃ、誰が長や爺たちに言いに行く?」
その者が雷を落とされるということである。
誰もがそっぽを向いた。
若い者や特に小さな子たちにとって爺たちは優しい爺たちであるが、おっさんたちにとってはその昔、何かするたびに雷を落とされ、鍛錬の厳しい師という存在でもあった。 誰もがこの歳になってまで、その相手からまたもや雷を落とされたくはない。
「ライ、話がある」
部屋に入ってくるなりナギが言い、その場に座り込んだ気配がする。 それでも背を向けベッドに寝転がったまま。
「今まで黙っていたけど水無瀬が黒門の村を出ている。 今はある村に居る。 そこが黒門の関係する村かどうかは分からないが、水無瀬はそこを出たいと考えている。 そしてその為に朱門に力を貸してほしいと言っている」
(え・・・)
「黒門からこちらに接触はないから、黒門の関係する村である可能性は無きにしも非ずだが、水無瀬がそこを出たいと考えているというのは大切なことなんじゃないのか? そして朱門に力を貸してほしいと言っているのは、ライにとって一番大切なことなんじゃないのか」
「・・・長や爺たちは何て言ってるんだ」
ナギがどこかホッとした顔をする。 何日ぶりに聞いたライの声だろうか。
「今までは長にも爺たちにも内緒で動いていた。 だが水無瀬を助けに行くにあたり、長と爺たちに言いに行く。 反対されてもみんな助けに行くと言っている」
ライが起き上がりベッドの上に座る。 その頬はこけていて目の下にはクマが出来ている。 そして決して濃くはないが、クッソ汚い無精髭。
「最初っから詳しく話してくれ」
久しぶりの風呂に入り、台所で母親が出してくれたアイスココアを三杯飲んだ。 甘味が体に浸透していくようで、動きもしていないのに疲れが甘味に吸収されていくような気がした。
台所にやって来たナギがUターンして出て行くとすぐに戻って来た。 そして片手をライの方に向け手にしていた除菌消臭スプレーをライに浴びせる。
「まだ臭い」
ライの部屋では鼻が曲がるかと思いながらも話をし続けたが、もう限界である。
「お母さん、これをライの部屋に巻き散らしてきて。 でないと息も吸えない」
「ライ、酷い言われようね」
スプレーを受け取りながらライをクンクンと臭うがそんなに臭いだろうか?
いつものライならナギに言い返しているところだが、そんな様子は見られない。 まだ本調子ではないということらしい。
「じゃ、行ってくる」
結局、長と爺たちに言いに行くのはライとワハハおじさんとなった。 ワハハおじさんは二度も村に潜り込んだということと、水無瀬とメモのやり取りをしたということがあったからだが、ライは自分から手を上げた。 今まで何もしてこなかったから、と。
「行ってらっしゃい」
ワハハおじさんと共に集会場に入った。 長と爺たちには事前に夕食後に話があると言ってある。 村の食事時間は大体同じである。 まずは座布団の用意をしていく。
「血圧が上がらなけりゃいいがな」
ワハハおじさんの言うことを聞いて頷くだけのライ。 ワハハおじさんから見てもまだ本調子に戻っていないのが分かる。 だがそれはそうだろう、今こうしてライから参加をしてきただけで御の字とせねば。
「説明は俺が全部する。 ライは若い者の代表として水無瀬君を助けてたいって言ってくれ。 そして爺たちの雷を一緒に受けてくれるだけでいい」
「うん、どっちみち俺じゃあ説明できないし。 雷落とされるのは当然だし」
ワハハおじさんが手を止め眉を上げる。 雷を落とされるのは当然、それはワハハおじさんと違う意味で言っているのかもしれない。 今まで何もしてこなかった自分へ雷を落としてほしいと考えているのかもしれない。
「しっかりと立ち直れ。 水無瀬君も色々と考えただろうし」
だからこちらにSOSを向けてきたのだろうから。
「・・・うん」
「それでな、思い出させるようで悪いんだが、黒門と長との約束を一語一句間違いなく聞かせてくれないか」
「・・・うん」
暫くすると一人二人と爺たちが入って来てすべての爺が揃い、最後に長が入って来た。
「話とはなんだ、重なる話をする気はないが?」
重なる話、爺も長も水無瀬の話は聞く気がないということ。 まさか初っ端から釘を刺されるとは思ってもいなかった、腹に据えていた重しが小さくなっていってしまいそうになる。
「角平(かくへい)、まずは聞く耳を持つ、それは必要だろうて」
思わぬ助け舟が入った。 それも角平爺の双子の弟の丸造(まるぞう)爺からとは。 ワハハおじさんがもう一度腹に据えていた重しを再構築していく。
「角平はわしらの声を代弁してくれておる、だが丸造の言う通りでもあるか。 長、いいかのう?」
声をかけられた長がゆっくりと頷いてみせると、ワハハおじさんが手をついて頭を下げるとライもそれに続く。
ライの態度に殊勝になったものよ、と爺たち皆が考えるが長から話は聞いている。
「長、爺様方、有難うございます」
頭を下げたままワハハおじさんが言い、ゆっくりと頭を戻す。
「まず最初に、心臓麻痺を起こさんでもらいたい」
だれもが、はぁ? とした目でワハハおじさんを見る。
「剣呑な話ということか」
「俺らにとっては剣呑でも何でもありませんが、長や爺様方にとっては青天の霹靂かもしれませんので」
「前置きはもういい、本題に入れ」
はい、と返事をすると結果から話す。 結果を話すことで長も爺たちも考えを変えてくれるかもしれない、少なくとも最後まで話を聞いてくれるかもしれないという思いからである。
「水無瀬君が今いるところから出たいと、その手助けを朱門に乞うています」
「は? どういうことだ?」
「今いるところとは黒門ということだろう、それでは長が破約をしたことになる」
「そこのところを詳しくライに聞きました。 長と黒門との約諾は水無瀬君が黒門を選べばという前提であって、その前提があってこそ朱門は二度と黒門に手を出さないということ、それは間違いないということです。 ライ自身も黒門と別れるときにこの先水無瀬君が黒門を選ぶとは限らないと言ったそうです。 その水無瀬君が朱門の手助けを乞うている。 これが破約になるでしょうか」
何か言おうとしていた爺がいたが、長がすっと手を上げ爺を止める。
「間違いない、そう話した。 だが黒門から水無瀬君を逃がすということは・・・正面を切っても秘かにであっても賛成しがたい」
「それは黒門の村でなければいいって話になりますかと」
「どういうことだ」
「いま水無瀬君は黒門の村には居ません」
長の後ろで爺たちがざわめきだした。
「順を追って聞こう」