大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第40回

2024年02月26日 20時58分33秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第40回




ワハハおじさんの運転の元、助手席でモヤがジッパーを開け中のメモを出す。

「どんな返事だと思う?」

「その言い方って何ですか? え? 〇か×かじゃなかったんですか?」

後部座席から新緑が訊く。

「モヤさん、気を持たせるようなことを言わないでくださいよ、どうだったんですか?」

これも後部座席からである。 後部座席の二人が前屈みになり助手席を見ている。
ワハハおじさんのハンドルを握る手に力が入る。 挟み込んだやり方が失敗したのだろうか、いや、そうであったのならば部屋の中に落ちたはずであって、あんな風に外側に見えるような位置に残ってはいなかったはず。

「くっ、悪い悪い。 メモに残っているのは〇だ」

後部座席の二人が背中をドンとシートに預け、ワハハおじさんの手が緩む。

「うん? なんで部屋に監視カメラがあるって書かなかったんだ?」

「迷ったんですけど、それ書いちゃいますと、こちらを良いように書くようで卑怯な気がして」

「ああ、こっちはカメラなんて仕込んでなかったけど、そこはカメラが仕込んである、あんまりいい村だとは言えないって言ってるように聞こえなくもないですよね」

「水無瀬君はカメラに気づいてないのだろうか」

そう言った隣に座るシキミを一顧すると新緑が最近のカメラの巧緻性を言う。 ボールペンのグリップやメガネの淵に仕込んであったり、縫いぐるみの目に仕込んであったりと色々とあるということで、ビデオカメラのように動画を撮る時にランプが点くわけではなく、小物に仕込まれていれば気付かないだろうという説明であった。

「なんだそれ? スパイ映画みたいだな」

「今はまさにその世界ですよ。 それで水無瀬君の返事は聞けましたけど、あのモニターの家で聞いた水無瀬君がウンと言うまでっていうのは何のことでしょうか」

「あそこでモニターを見ている者は、まずまずあの村の者で間違いないと思う」

夜回りのほうが楽だと言っていたし、前回の話具合からしてもまず間違いない。

「ってことは、あの村自身が水無瀬君を監視している可能性が高いってことですか?」

「監視に関してはそうだと思う。 だが黒門に頼まれたのかどうかは分からないがな」

「あー・・・堂々巡りですか」



「まだ分からんのか!」

黒門の者たちが殴打された。 ハラカルラで。 と言うことはどこかの門の者。 少なくともキツネ面を着けていなかったということは朱門ではない。 だからと言って今までのことがある、朱門を外して考えるような甘いことはしない。
出来たことはハラカルラを歩き回る。 そこで誰かを見かけるとその後を追う。 そこがその門の者たちのハラカルラへの入り口となる。

ハラカルラではなく、こちら側の土地でその土地に入り込めるなら簡単なことだが、黒門の村とて簡単に入り込ませていない。 どこの門も同じことをしているだろう。 だからハラカルラの中で誰かを見かけ後を追っても、簡単にこちらの世界での場所を特定できない。

スマホを持って入りハラカルラを出ると隠れながら電源を入れ、GPS機能を使って位置を特定すればいいのだろうが、あまりの憤懣(ふんまん)に数日前まで冷静に考えることが出来なかった。 特に若い者たちが発想できる内容であったが、殴られた当人たちなのだからそう簡単に冷静にものを考えるということが出来ない。

四日前、それもハラカルラの中を夜中に歩いている者たちを二人見かけた。 後を追ってみると山の中のようだった。
後を追っていた二人がどうしようかと話しながら追うと、渓流の流れが聞こえだした。 渓流に出てしまえば何とかなるのではないかとそのまま足を進めた。

キリが聞いた奥からまだ話し声が聞こえたというのはこの声であった。

渓流に出た二人が東西南北も分からないまま渓流を下って行った。 そしてやっと黒門の村に戻ってきたのがその二日後。 二人の足跡はスマホに残されていた。 そこから場所を特定し村であることが分かったが、そこに水無瀬が居るのかどうかまでは分からなかった。

「怒鳴ったところで何かわかるわけではない。 それにそろそろ分かるだろうて」

村に近づいて様子を見ていた者たちがそろそろ戻ってくる。


「どうだった」

「あの村はかなり村民以外を警戒しているようでした」

道に迷ったという態を取って入り込もうとしたが途中で止められた。 だが渓流の方にはあまり注意が向けられていなかったようであった。

「村が村民以外を警戒するのはうちと同じか」

門のある村に限らず開放的な村もある、それと反対に村民以外を警戒する村もある。 何ら不思議なことではないが、ハラカルラを出入りしていたのだ、どこかの門の村であることは間違いない。

「水無瀬は居たようか」

「水無瀬の姿は一度も見かけませんでした。 ですが・・・ちょっと気になる家がありまして」

朱門と違い基本昼間に入り込み、木の上や物陰に隠れて様子を見ていたが、その家に誰かが出入りする様子を一度も見ることがなかった。 それが不自然だと感じたという。

「単なる空き家なのかと思いましたが、夕方には電気が点いていました。 俺が見ていない時に出入りがあったのかもしれませんが、それでも他の家はもっと出入りがありましたし」

そしてその時に見回りを見たという。

「監禁、若しくは拘束されているということか」

そういう手法には心当たりがある。 実際に黒門がそうしていたのだから。

「必ずそこに水無瀬が居るとは言い切れませんが」

だがこのまま指を銜(くわ)えている気などない。



翌朝、水無瀬が起きて窓を開けた。

「なに、水無ちゃん、寒いよ」

夜中に立ち上がれば雄哉に寝ろと言われる、そんな時に窓付近で怪しまれることをしていては何もかもバレてしまう。 だから外が暗くなり外から簡単に袋が見つからない時間、尚且つ雄哉がトイレに立った時に仕掛けた。 だが部屋の電気は点いている、外から水無瀬が何かをしているのは丸見えだ、だからそれとなく窓の桟にあの袋を挟んだ。
窓の桟を見て、次に落ちてはいないかと窓の下も見る。 あのキャラクターの姿はどこにもない。

(来たのか)

トイレで考えた。

『守り人が何をするか、門の人間がどうあらねばならないかを分かってるでしょう』
『それって黒門で教えてもらった?』

違う、似ているけど違う。 自分の言いたかったことはそうじゃない、そう考えたが、言いたかったのではなく心に住んでいた、それに気付いた。 朱門の考え方だということに気付いた。

「水無ちゃん、寒いってば」

雄哉が隣に立った。

「水無ちゃんってば」

「雄哉」

久しぶりに聞く水無瀬の声。

「ん? なになに?」

喜びを隠しきれないように雄哉が訊き返す。

「お前何考えてる」

「えー? 何って、別に?」

「何も考えてないってか?」

「そんなバカ扱いしないでよ」

「履修、考えたのか」

「あー・・・だからそれは広瀬さんが上手くしてくれるから」

「それでいいのか? そんなことで大学卒業の形をとっていいのか? そんなの雄哉らしくないじゃないか、心理学を学んで子供達のために―――」

「水無瀬、窓閉めろ」

いつ朱門が助けに来てくれるか分からない。 もし雄哉がこのまま白門の中に居るのだったら、もう雄哉の本心を聞くことが出来なくなるかもしれない、だからその前に雄哉の本当の気持ちを聞きたかったのに。
水無瀬がそっと窓を閉める。

「本当にそれでいいんだな」

「黙ってろ」

雄哉が水無瀬に背を向けている。 今までと反対になっている。

「もう俺たちは同じ方向を向いて歩けないってことか?」

「・・・湯をもらってくる」

ポットを片手に雄哉が部屋から出て行った。



「作れるか?」

「おちゃのこサイサイ」

何処でそんな言葉を覚えた。 父ちゃんの眉がピクリと動くのを練炭は見逃さなかった。 言葉のチョイスを間違ったようだ、だから他の言葉で上書きをする。

「妨害電波を出す機械なんて簡単。 っていうか、もう作り始めてる」

「ほとんど出来上がってるし、今日中に出来る」

どうしてそんなものを作っているのか。 我が子ながらある意味恐ろしい。

「水無瀬がカメラで監視されてるんだから、それくらい考える」

水無瀬がカメラで監視されてるなどと練炭に言っただろうか。

「うん? どうして知ってる」

「みんな言ってるもん」

みんな言ってる・・・練炭だから気を張ることなく話していたとしても、万が一にも爺たちに聞かれては困る内容である。 念を押さねば。

「じゃあ、今日中に出来上がるんだな」

「うん」 二人が声を合わせる。
これで明日以降いつからでも行動をとることが出来る。


「練炭がすでに作り始めていた?」

畑仕事をしながらの会話である。

「ああ、もう今日中に出来上がるということだ。 練炭はみんなが水無瀬君がカメラで監視されているということを話していたから作り始めたと言っていたが―――」

話している途中で要らない突っ込みが入る。

「くくく、相変わらず躾がいいな」

「うるさい。 それより安易にそんな話を外でして爺たちに知られたらどうする」

「そこなんだが」

そう言ったおっさんに手を止め全員が目を移す。
おっさんが言うには、あくまでも今は黒門の村にいるわけではない、たとえそこが黒門と関係していたとしても黒門ではない。 見方を変えると水無瀬をあの場から奪還しても、あくまでも黒門に手を出さないと約束した長の破約にはならない。 万が一、黒門と関係している村だとして、そのことを知らなかったことにすればいいし、何より関係している村に手を出さないとは一切の約束をしていない。

そして爺や大爺たちが考える今後の若い者のことは、若い者も参加するわけである、それなりに説得力があるだろう。 それに何より水無瀬がこちらにSOSを向けてきた、これ以上のことは無いということであった。

「では、長や爺たちにこのことを言うのか?」

「コソコソと水無瀬君奪還計画をするより、その方が気持ちが楽だろう。 それに当日は全員が動かなけりゃならない、爺たちを誤魔化しきれないだろ」

「確かにな。 まぁ、コソコソ動いていたことには雷が落ちるかもしれないがな」

「じゃ、誰が長や爺たちに言いに行く?」

その者が雷を落とされるということである。
誰もがそっぽを向いた。
若い者や特に小さな子たちにとって爺たちは優しい爺たちであるが、おっさんたちにとってはその昔、何かするたびに雷を落とされ、鍛錬の厳しい師という存在でもあった。 誰もがこの歳になってまで、その相手からまたもや雷を落とされたくはない。


「ライ、話がある」

部屋に入ってくるなりナギが言い、その場に座り込んだ気配がする。 それでも背を向けベッドに寝転がったまま。

「今まで黙っていたけど水無瀬が黒門の村を出ている。 今はある村に居る。 そこが黒門の関係する村かどうかは分からないが、水無瀬はそこを出たいと考えている。 そしてその為に朱門に力を貸してほしいと言っている」

(え・・・)

「黒門からこちらに接触はないから、黒門の関係する村である可能性は無きにしも非ずだが、水無瀬がそこを出たいと考えているというのは大切なことなんじゃないのか? そして朱門に力を貸してほしいと言っているのは、ライにとって一番大切なことなんじゃないのか」

「・・・長や爺たちは何て言ってるんだ」

ナギがどこかホッとした顔をする。 何日ぶりに聞いたライの声だろうか。

「今までは長にも爺たちにも内緒で動いていた。 だが水無瀬を助けに行くにあたり、長と爺たちに言いに行く。 反対されてもみんな助けに行くと言っている」

ライが起き上がりベッドの上に座る。 その頬はこけていて目の下にはクマが出来ている。 そして決して濃くはないが、クッソ汚い無精髭。

「最初っから詳しく話してくれ」

久しぶりの風呂に入り、台所で母親が出してくれたアイスココアを三杯飲んだ。 甘味が体に浸透していくようで、動きもしていないのに疲れが甘味に吸収されていくような気がした。
台所にやって来たナギがUターンして出て行くとすぐに戻って来た。 そして片手をライの方に向け手にしていた除菌消臭スプレーをライに浴びせる。

「まだ臭い」

ライの部屋では鼻が曲がるかと思いながらも話をし続けたが、もう限界である。

「お母さん、これをライの部屋に巻き散らしてきて。 でないと息も吸えない」

「ライ、酷い言われようね」

スプレーを受け取りながらライをクンクンと臭うがそんなに臭いだろうか?
いつものライならナギに言い返しているところだが、そんな様子は見られない。 まだ本調子ではないということらしい。

「じゃ、行ってくる」

結局、長と爺たちに言いに行くのはライとワハハおじさんとなった。 ワハハおじさんは二度も村に潜り込んだということと、水無瀬とメモのやり取りをしたということがあったからだが、ライは自分から手を上げた。 今まで何もしてこなかったから、と。

「行ってらっしゃい」

ワハハおじさんと共に集会場に入った。 長と爺たちには事前に夕食後に話があると言ってある。 村の食事時間は大体同じである。 まずは座布団の用意をしていく。

「血圧が上がらなけりゃいいがな」

ワハハおじさんの言うことを聞いて頷くだけのライ。 ワハハおじさんから見てもまだ本調子に戻っていないのが分かる。 だがそれはそうだろう、今こうしてライから参加をしてきただけで御の字とせねば。

「説明は俺が全部する。 ライは若い者の代表として水無瀬君を助けてたいって言ってくれ。 そして爺たちの雷を一緒に受けてくれるだけでいい」

「うん、どっちみち俺じゃあ説明できないし。 雷落とされるのは当然だし」

ワハハおじさんが手を止め眉を上げる。 雷を落とされるのは当然、それはワハハおじさんと違う意味で言っているのかもしれない。 今まで何もしてこなかった自分へ雷を落としてほしいと考えているのかもしれない。

「しっかりと立ち直れ。 水無瀬君も色々と考えただろうし」

だからこちらにSOSを向けてきたのだろうから。

「・・・うん」

「それでな、思い出させるようで悪いんだが、黒門と長との約束を一語一句間違いなく聞かせてくれないか」

「・・・うん」

暫くすると一人二人と爺たちが入って来てすべての爺が揃い、最後に長が入って来た。

「話とはなんだ、重なる話をする気はないが?」

重なる話、爺も長も水無瀬の話は聞く気がないということ。 まさか初っ端から釘を刺されるとは思ってもいなかった、腹に据えていた重しが小さくなっていってしまいそうになる。

「角平(かくへい)、まずは聞く耳を持つ、それは必要だろうて」

思わぬ助け舟が入った。 それも角平爺の双子の弟の丸造(まるぞう)爺からとは。 ワハハおじさんがもう一度腹に据えていた重しを再構築していく。

「角平はわしらの声を代弁してくれておる、だが丸造の言う通りでもあるか。 長、いいかのう?」

声をかけられた長がゆっくりと頷いてみせると、ワハハおじさんが手をついて頭を下げるとライもそれに続く。
ライの態度に殊勝になったものよ、と爺たち皆が考えるが長から話は聞いている。

「長、爺様方、有難うございます」

頭を下げたままワハハおじさんが言い、ゆっくりと頭を戻す。

「まず最初に、心臓麻痺を起こさんでもらいたい」

だれもが、はぁ? とした目でワハハおじさんを見る。

「剣呑な話ということか」

「俺らにとっては剣呑でも何でもありませんが、長や爺様方にとっては青天の霹靂かもしれませんので」

「前置きはもういい、本題に入れ」

はい、と返事をすると結果から話す。 結果を話すことで長も爺たちも考えを変えてくれるかもしれない、少なくとも最後まで話を聞いてくれるかもしれないという思いからである。

「水無瀬君が今いるところから出たいと、その手助けを朱門に乞うています」

「は? どういうことだ?」

「今いるところとは黒門ということだろう、それでは長が破約をしたことになる」

「そこのところを詳しくライに聞きました。 長と黒門との約諾は水無瀬君が黒門を選べばという前提であって、その前提があってこそ朱門は二度と黒門に手を出さないということ、それは間違いないということです。 ライ自身も黒門と別れるときにこの先水無瀬君が黒門を選ぶとは限らないと言ったそうです。 その水無瀬君が朱門の手助けを乞うている。 これが破約になるでしょうか」

何か言おうとしていた爺がいたが、長がすっと手を上げ爺を止める。

「間違いない、そう話した。 だが黒門から水無瀬君を逃がすということは・・・正面を切っても秘かにであっても賛成しがたい」

「それは黒門の村でなければいいって話になりますかと」

「どういうことだ」

「いま水無瀬君は黒門の村には居ません」

長の後ろで爺たちがざわめきだした。

「順を追って聞こう」

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ハラカルラ 第39回

2024年02月23日 21時12分08秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第39回




ワハハおじさんに続いてモヤと新緑が話す。

「俺も新緑も見回りと思われる男連れしか見かけなかった。 家の明かりもどこも灯っていなかったな」

ということは、ワハハおじさんたちの担当した場所に怪しい場所は一か所だけということになる。 それはモニターの置かれていた家。
モヤから目配せを受け次にキリたちが話す。 キリが泉水に目配せをする。

「こちらもナギと二人で回りましたが、見回りと思われるおっさん連れ一組を見ただけです。 その二人がモヤさんたちの方に行ったので、多分同じ二人連れを見たのではないでしょうか」

「村の中のあちこちを見回りが歩いているのか。 家の明かりはどうだった」

「特に点いている家はありませんでした。 点いていたのは多分、見回りに出るときに点けたくらいかと」

「そうか、キリは?」

「ああ、こいつらと反対方向に行ったんだが、人家がなくなってもまだ道がずっと続いていてな、なんかきな臭いものを感じてゆっくり歩いて行ったんだがその時に男が二人その奥から出てきた」

「夜中に?」

「ああ、で、奥まで行ってみようと思ったんだが、また奥から声が聞こえてきて諦めた。 足元が枯葉でいっぱいだったからな、枯葉を踏む音で下手を打ちたくなくてな。 ああ、最初に見かけたそいつらはシキミたちの見ている方向へ歩いて行った」

話が振られた、キリたちからの話はここまでということだろう。

「そいつらかどうかは分からないが」

シキミが話し始める。 稲也と茸一郎が確認した限り、料理に使うバットのような容器にワカメが入っていたという。 そして使えるのか、頭のいい人間が考えるだろう、この役は二度とごめんだ、後味が悪すぎると言っていたという。

「山の上から見た限りでは五軒に明かりが点いていた。 こっちが回った範囲にはどこも明かりは点いていなかった」

「その五軒ってのが俺の行った方角かもしれませんね」

水無瀬のいる場所に行くまでに間違いなく五軒の家の明かりが点いていた。

「単なる村とは考えにくい、か」

そんな夜に明かりが灯っている、そして夜の見回り。

「ですけど仕事が農作業だけとは限りません。 あそこは山の裾野ですから、どこかに勤めている可能性だってあります。 次の日が平日だからと言って有休がないわけではないでしょうし、そうなれば夜更かしもするでしょう」

「シキミたちが見たワカメってのはどうだ? それにキリが見た夜な夜な散歩。 もし同一人物だったとして、夜な夜な散歩にどうしてワカメが必要だ? それに聞いてきた会話」

「ああ・・・それは・・・」

どうしてだろうか。

「とにかくある程度の村の様子は分かった。 四日後もう一度行ってくれ、この先はそれからだ」

本日はこれで解散となった。


昨夜戻ってきていたワハハおじさん。 運転手でもあり、村に戻ると少しの仮眠で畑仕事に追われた。 その後、軽く夕飯を食べてすぐに寝てしまってからの夜の会合であったが為、練炭と顔を合わせていなかった。

「父ちゃん、おはよう」

練炭が声を合わせる。

「おう、おはよう」

「どうだった? 水無瀬と会った?」

会えなかったと言うと、練炭が心底残念な顔を作った。

「だが練炭からのプレゼントは置いてきた。 あとは誰にも気付かれず水無瀬君が気付くかどうかなんだがなぁ」

下手を打ったかもしれないという話は我が子には聞かせたくない。

「水無瀬が気付くかどうか?」

「ああ」

「あれに気付かないなんてあるわけない」

「うん、気付かなかったらやっぱり水無瀬はおバカ」

おバカは自分かもしれないと父ちゃんが大きなため息をつく。

「ああそうだ、まさかとは思うが、練炭は水無瀬君からユウヤって人の名前を聞いたことがあるか?」

「うん? あるよ」

二人が声を揃える。

「え?」

まさか、瓢箪から駒か?

「んーっと、お友達だって言ってたよね」

「うん、高校から大学まで一緒だって」

「え?」

「えーっと、戸田雄哉って言ってたと思う」

単なる同名かもしれないが、大学が水無瀬と同じで苗字まで分かった。 調べる価値はある。

「でかした、練炭!」

父ちゃんがその場を立ってすぐに家を出た。

「あれま、味噌汁が冷めるだろうに」

まだ手を付けていない味噌汁を鍋に戻し、ご飯の入った茶碗にはラップをかける。 ご飯はあとでレンチンだ。


ワハハおじさんの運転する車に泉水とナギが乗っている。

「なんでこのペアなんですか」

「だから俺をそこまで毛嫌いすんなって」

「言いたいことはお互い後で言ってくれ」

練炭から話を聞いたワハハおじさんはまずモヤの家を訪ねた。 そこで水無瀬の荷物であるスマホを開こうと思ったのだが、ロックがかかっていて開けることが出来なかった。
ナギには当たり前でしょう、という顔をされ、ましてや人のスマホを勝手に見ようなんてデリカシーに欠けているとまで言われてしまった。

取り敢えずモヤに事情を説明しモヤがそれをキリに言うと、それではこの二人を一度大学に連れて行けとキリに言われたのである。 むろん、ワハハおじさん自身そうするつもりだったが、それは泉水でもナギでもなく新緑だけのつもりだった。 第一に男のことを訊くのに女は必要ないだろうに。 というか、女が水無瀬や戸田雄哉のことを訊くとややこしい話にならないのか? ましてやこのナギ、ベッピンさんである。

「ん?」

そう思うと泉水も男前である。

(要らないことは考えないでおこう)

大学に着いたはいいが、まだ学校は始まっていないようだった。 だが休みと言っても事務所は開いているだろうし、ラフな格好をした数人の学生だろう人物も学内を歩いている。 門には守衛がいるが、そんなことはお構いなしである。 まず門をくぐることなどしないのだから。
学内の様子は分かった、大学の前を通過する。

「このままどこかのパーキングで待っててください」

ナギは事情を既に知っていて泉水は車内で聞いた。 とるべき行動は分かっている。
え? と言ったワハハおじさんがブレーキを踏むと泉水がインナーハンドルを持つ。

「んじゃ、俺は女子な」

「せいぜい頑張ってきて」

「何言ってんだ、ナギは男子だろう」

「おいおい、なんで俺がハブられるんだよ」

「なんで私が男子なのよ」

「学生のことを訊くのにおじさんが訊いてきたら、それって事件性あり? このおじさん刑事? とかってなったら後がややこしいでしょ、就活頑張りたいって言ってた水無瀬君に迷惑がかかるかもしれないです。 ナギ、ここまで来て何言ってんだ、ほら行くぞ」

「もぉー、最悪」

バタンバタンと二枚のドアが閉められた。

「泉水の想像力半端ないな」

ゆっくりとアクセルを踏むとパーキングを探しに出た。 ここに新緑が居れば口ナビがあっただろうに。

学内に入り込んだ泉水とナギ。 学生はそんなにいないがそれでも居ないわけではない。 事務所に訊く前にまずは学生に訊く。

「まぁね、事務所も個人情報を簡単に教えてくれないでしょうし」

「だろうな、おっ、女子見っけ。 んじゃ、ナギは男子の方頼んだ」

泉水の後姿を見ながら「普通男子が男子のことを訊くでしょう」とボヤいてみたものの既に走って行った泉水には聞こえていない。

「ねぇ、君たち」

振り返った二人の女子の目が見開かれる。

「知ってたら教えてほしいんだけど」

辺りを見回していたナギに声がかかった。

「どこの学部の子? 誰か探してるの?」

「ええ、知ってたら教えてほしいんですけど」

身体を少しくねらせると風にワンピース揺れる。 嫌がりながらも準備を怠らなかったナギである。

「知らなくても協力しますっ」

「知ってなくても俺たちが知ってるやつ探す、任せて」

にこりと微笑む泉水とナギに、女子男子それぞれ四人が釣られた。


モヤの家である。

「ってことは、練炭の言っていた戸田雄哉ってのに間違いないってことか」

男子が雄哉のことを知っていてすぐに連絡を取ってくれた。 雄哉の顔の広さがここで発揮されたということである。
ナギに訊かれたことを男子たちが訊くと、今、水無瀬と一緒だと言っていたという。 そして山の中で虫捕りをしているとも。 男子たちがこの時期にどんな虫が捕れるんだよ、と突っ込んでいた。

「はい、高校も一緒だったということは、水無瀬君の行っていた高校は黒門とかけ離れた場所になりますから、黒門の者ではない可能性は高いでしょうね」

なんとか自分のやっちまったことを塗りつぶしたい。 塗りつぶせる可能性にかけたい。

「ですけど親戚が黒門に居て、親戚の協力をしていることも考えられます」

「それか元黒門の村に居て引っ越して出たとかってのもありね」

「おいお前ら、これ以上俺を落ち込ませるなよ」

「まぁ、すべての可能性を頭に入れておく方がいいだろうが、黒門でない可能性50%泉水の言ったこと25%ナギの言ったこと25%ってとこか」

黒門でない可能性が50%と聞いて喜びかけたワハハおじさんだが、最終的に黒門関係者であることも50%である。 戸田雄哉のことを聞くことはできたが、聞く前と何も変わっていないということである。

「まぁ何も分からなかったよりはマシだろ、そう落ち込むな。 二日後に期待しよう」

その二日後。

「ねぇー水無ちゃん、いい加減に機嫌直してよ」

水無瀬はそっぽを向いている。

「もぅ・・・」

安定した生活ができるとか、高給になるはずだとか、少なくとも大学を卒業できるように広瀬に頼むから、と、何を言っても水無瀬はそっぽを向いたままである。
窓の外に広瀬が歩いているのが見えた。

「あ、広瀬さんだ」

ガラリと大きく窓を開け広瀬を呼び止める。

「広瀬さーん」 そういったかと思うと水無瀬に向き直る。

「もう春学期が始まるから俺も大学行きたいし、水無ちゃんのことも交渉してくる。 期待して待ってて」

雄哉がどたばたと部屋を出て行った。 広瀬が色々とお膳立てしてくれていると言っても自力で卒業したいのだろう。

「開けた窓くらい閉めろよ」

だが閉めないのが雄哉である、何故だかクスリと笑ってしまう。

(どっこも変わってないんだよな)

雄哉は雄哉なんだ。
それなのにどうして。
立ち上がり窓に手をかける。 広瀬に駆け寄る雄哉の姿が見える。
見たくない。
窓の桟(さん)に手を置き下を向くと、見慣れたキャラクターの袋が目に入った。
それは二枚の窓の桟の間に仕込まれ、窓を開けることによって下の桟に落ちるようになっていた。

「え・・・」

思わず顔を上げ雄哉の様子を見る、まだ広瀬と話している。 その雄哉がこちらを見て手を振っている。 雄哉に気取られないよう、そっと袋を手の中に入れる。 まだ雄哉は戻ってこないはず、すぐに中を見ようと窓を閉めかけた時、初めてハラカルラで会った白門の男が外に現れた。 『こんにちは、水無瀬君』と声をかけてきた男である。

「水無瀬君まだご機嫌斜めなんだって?」

「あなたに何か言われる謂(いわ)れはありませんから」

「わぁー、キツイなぁ。 ああ、俺は明日から大学院に行くから当分顔を合わせないで済む、それで機嫌を直してくれないか?」

「あなたは行けるのに俺は行けない、それって逆撫ででしょう」

「んー、あれ? そうなるのかな? でもまぁ、俺からの助言としては諦めることだな。 諦めた方が楽しく暮らせる」

「この山ん中で楽しく? それもしたくないことをしながら。 あなたたちは白門としてのプライドはないんですか、ここで生まれ育ったんでしょうが。 守り人が何をするか、門の人間がどうあらねばならないかを分かってるでしょう、代々教えられてきたんじゃないんですか」

「プライドかぁ・・・それって黒門で教えてもらった? 黒門はそんな風に考えてんのか。 まぁ、門それぞれが同じ考えとは限らない、それに時の流れってやつがある、時代に合わせないと置いてかれるだけだぞ」

「あなたに説教される覚えはない!」

バチンと窓を閉めた。 しっかりと鍵もかけてやる。 その鍵をかけようとした時、広瀬と別れてこちらに戻ってくる雄哉の姿が目に入った。

(アイツのせいで見損ねた)

だがここで袋を開けていればモニタリングをされていて、水無瀬が不審な動きをしていると判断されたことだろう。
トイレにでも行って見てみよう。 そのまま廊下に出て行くと丁度雄哉が玄関に入ってきた。

「ん? 水無ちゃんトイレ?」

放っておけ、などというと本当の喧嘩になってしまいそうな気がした、だから無視を決め込む。

「水無ちゃん・・・」

雄哉が広瀬との話がどうだったのか口にしなかった。 それは広瀬が首を縦に振らなかったということだろう。
トイレに入ると手を広げジッパー付きの袋を開ける。 やはり中には見覚えのあるメモが入っていた。 だが内容は練炭からのものではなかった。

『意向を知りたい そこを出る助けが必要か? 返事は下のどちらかを破る、残った方を返事とみる 四日後の夜に回収に来る、同じように窓に挟んでくれ』

そう書かれていて日付とその下に間隔をあけて〇と×が書かれていた。

「え・・・四日後って、今日」

今日が回収日だ。
回収に来る、そして返事はこのメモでする。 ということは手渡しではないということ。 来た時にそれとなく窓から落とすということでもない。

「もしかして・・・雄哉の存在を知ってる?」

返事も書くではない、雄哉がいては返事も書けないし、偶然にも今はトイレでメモ見たが、返事を書くのにペンを持ってトイレに入るのは不自然だ。 雄哉に怪しまれないようにという手段をとっているということだろうか。
助けが必要であるのならば、そのままメモを元の位置に置けばいい。 そして必要でないのならば返事をしなくてもいい、無かったことにすればいいという形をとれるというのに、助けが必要でも必要で無くとも返事を必要としている。 それはこれを雄哉が見たとして勝手に無かったことにされるのを避けたのだろうか。 いや、それなら雄哉は〇を切り取って必要としないとしたかもしれない。

さっきのアイツの言葉が思い出される。 『それって黒門で教えてもらった?』
違う、似ているけど違う。 自分の言いたかったことはそうじゃない。

「そっか・・・」

手元のメモを見て三つほど数えるとビリビリと切り取る。 切り取ったのは小さな紙片である、トイレットペーパに包(くる)んでそのままトイレに流した。


深夜になりワハハおじさんの運転の元、モヤと新緑、シキミと一緒にやって来た。 車は既にパーキングに停めてある。
ワハハおじさんが先頭を切って走り出す。 そのあとに新緑、シキミ、モヤと続く。 今回シキミが参加したのは、もし水無瀬が〇を選んでいたら、一人でも多く水無瀬のいる家の位置を把握しておくためのものであった。 だからと言って大人数で押し掛けるわけにはいかないということで、水無瀬のいる家に近い方を見て回っていたシキミだけの参加となった。

村の中を静かに走っているとやはり前回来た時と同じように、数軒の家の明かりが点いているだけで変わった様子は見られない。
ワハハおじさんの足が止まった。 すぐに全員が足を止めワハハおじさんを見る。 そのワハハおじさんが一軒の家を指さし、手を動かしモニターと示す。 あの明かりの点いている家にモニターがあるということである。
シキミがすぐに走り出すと新緑とモヤも続き全員が窓の下に屈み込む。 ワハハおじさんが辺りに気を配りながら近づいていく。

三人がそっとレースのカーテン越しに中を覗き込むと、四台のモニターが目に入った。 その四台ともが暗い中を映し出していて鮮明ではない。 男二人がソファーにかけている。

「ああ、目が疲れる」

「っとだよ、いつまでこんなことしなくちゃいけないんだよ、夜回りのほうが楽だっての」

「夜回りはどうか分からんけど、あの水無瀬がウンと言うまでだろうな」

何のことだ? 三人が眉間に皺を寄せる。

「あー、疲れた、交代まだかよ」

交代が来るのか、部屋の中は確認できた。 ここはもういいだろう。 振り返ったモヤがワハハおじさんに顎をしゃくる。 水無瀬の居るところへ行くということである。

ワハハおじさんが水無瀬の居る家の窓の下に身を隠す。 やはり素人のすること、窓の桟からこちらにはみ出てジッパー付き袋が顔を出している。 水無瀬もそれを危惧して暗くなってから桟の間に差し込んでいた。
他の三人は家の周囲を見て歩いているが狭い家である、すぐに四人が合流する。 ワハハおじさんが水無瀬からのメモを受け取ったと、袋を軽く上げてみせる。 これで今回の目的は果たせた、長居は無用、引き上げる。

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ハラカルラ 第38回

2024年02月19日 21時27分51秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第38回




キリが河原に上がった。 泉水とナギがそれに続く。

「ここは?」

「下見した渓流釣りの場所だ、方向的にまだこの先になるがそろそろ人家があるかもしれない。 普通の村ならなんてことはないが、もし黒門が関係している村なら気をつけなくちゃならん。 下手に河原の砂利一つ音を立てても渓流の音と聞き分けるかもしれん」

「分かりました」

二人の声が重なる。

「よし、では進む」


山の上まで来た。 そこから渓流を挟んだ向こう側が見える。

「ぽつぽつ明かりが見えますね。 ここから見える範囲で五軒ってとこですか」

「あそこが今回の村ってことですよね?」

「ああ、間違いない」

「どうします? ここから慎重にいきます?」

「そうだな・・・電気の点いている家は渓流と離れているし、渓流を挟んでいるからそこまで慎重にならなくていいだろう、慎重半分スピード半分ってとこか」

「はい」

「大きな音だけは立てるな、行くぞ」

「はい」


「おっと・・・」

すっと物陰に身を隠す。 電気の点いていた一軒の家から男が出てきた。
モヤと新緑と別れて走っていると数件の家に電気が点いていたのを確認していた。 若い者でも住んでいるのだろうかと思っていたが、それにしてもこんな時刻まで起きていては畑仕事などできないだろう。 もしかして村に住みながらのサラリーマンか、とは思ったものの明日は祝日でも祭日でもない。

(こんな時間になんだ?)

男が伸びをするように体を伸ばしている。 そして肩か首でも凝っていたのか首を左右にぐるりと回すと「あー、やってらんねー」と言って歩いていく。 その方向は新緑が探りを入れている方向である。

先に水無瀬がいるであろうポイントに行くか、それともあの家の探りを先に入れるか。 ワハハおじさんが考える。
後ろ姿しか見ることが出来なかったが男の声は若かった。 “やってらんねー” ということは何かをしていたということ。 それは凝りが発生するようなこと。 家を出て行った、それはどういうことなのだろうか。 ここはあの男の家なのだろうか、それとも今歩いて行った方向にあの男の家があるのだろうか。 親や祖父母と離れた家に住んでいて祖父母の介護でもしていたのだろうか。

(それならそれでいいのだが)

だが何か引っかかる。 それは何だろう。 家を凝視する。

(ん?)

目の前の家は平屋である。 ここだけに限らずここまで見てきた家は全部が平屋であった。 この村は全てが平屋なのだろうかと思うが、祖父母と親、そしてその跡を継いでいる者が住むには狭すぎる。 村にはその村の色んなことがあるだろう、一間でごろ寝をすることがあっても可笑しくはない。 だが建物はそんなに古そうには見えない。 建てた時代的に考えると二階建ての家に建てていてもいいはず。
ここから水無瀬の居るであろうポイントまでそう離れてはいない。

(確認をしてからでも遅くはないか)

男の出て行った家まで足を忍ばせる。
窓にはカーテンが引かれているがそのカーテンはレース。 家の中は明るい、こちらから中を見ることが出来、反対に家の中からはこちらが見えない。 とはいえ露骨に見ることは避けたい。 窓の端からそっと覗き込む。
十畳ほどの部屋、そこに男が二人。 家具は応接セット、そしてデスクが二つ、その上にモニターが数台置いてあるように見える。 男二人がデスクにかけていてその背中が邪魔をしてモニターを正確に見ることが出来ない。

(パソコン部屋?)

それにしてもそこに応接セットというのは不自然だ。 疲れた時にでも休める様にだろうか。 だがしかしこんな時間にパソコン操作? 練炭を考えると有り得なくはないのだろうが、何故か納得がいかない。

「あー、こんなこと毎日、いい加減飽きる」

「ああ、畑仕事が免除されるのはいいけど、あの雄哉ってのに任せればいいだけの話なんじゃないのか」

「俺もそう思う。 だけど祥貴が頑として譲らないらしい」

「なんでだよ、今だって大人しく二人で寝てるし、今までだって何度も水無瀬が立ち上がると雄哉ってのが止めてただろ」

(水無瀬君? それにショーキという人物とユウヤ)

僅かだが声に集中すると会話が聞こえる。
一人の男が腕を上げ伸びをしながら椅子をくるりと回してこちらを向いた。 思わず窓から顔を外す。 だが一瞬見えた。 モニターには暗がりのどこかが映っていた。

(・・・防犯カメラ、か?)

これでは迂闊に村の中を歩いているとカメラに引っかかってしまう。 だがどうして単なる村が防犯カメラなどを使っている? それもリアルタイムにそれを見ている? 何か事件などがあってそれが切っ掛けで防犯カメラをつけたのならば分からなくもない。 だがリアルタイムでそれを見るだろうか。

(防犯ではなく、監視カメラ?)

さっき水無瀬の名前が出た。 そしてユウヤという名前。 そのユウヤと水無瀬が一緒に寝ているとも言っていた。 水無瀬が立ち上がるのを何度もユウヤが止めたとも。

(少なくとも一台は水無瀬君がいる部屋が監視されている、というところだろうか)

全てのモニターに何が映し出されているのかを見てみたいが、どうしても男たちが邪魔で見ることが出来ない。 何よりも危ぶまれるのは村の中のどこかにカメラがつけられていて、自分たちの行動が映されることだ。

(水無瀬君との接触は無理っぽいな)

監視されているかもしれないのだ、無理をして下手を踏むのが一番あってはならないこと。 ショーキというのはこの村の者だろう、そいつがこの監視体制をとっているようだ。 ユウヤという人間は水無瀬とどんな関係なのだろうか、単にこの村で仲良くなった村の者なのだろうか。 そうであるのならば余計と接触はできない。 それでなくとも水無瀬はこちらのことをよく思っていないのだから。 ただここから出てアパートに戻りたいのであれば手を貸す、そう言っても簡単に信用してはもらえないだろうが。

(あ・・・いや待て)

たしか男は “あのユウヤってのに” と言っていたのではなかったか。 村の者ならそんな言い方はしないはず。

(いったい何処の誰だ)

そっと窓から覗き込む。 さっきこちらを向いた男がソファーに座っている。 こちらからはその男の横顔が見える。 モニターに目を転じるが、やはり暗がりが映し出されているとしか見えない。 だが男が動いたということで、そのデスクに二台のモニターがあることが確認できた。 少なくともこの男は二台のモニターを見ていたということになる。 もう一人の男は肘をついてこちらに背を向けたままである。 動きそうにない。

(間隔からしてあの男もモニター二台、か)

男の背中越しにモニターの端が左右に見える。 今見えているモニターと同じサイズなら二台、大きいサイズなら一台。 だが大きいサイズなら高さも違ってくるだろうが、高さは今見えているものと変わらない。

(モニター四台でどこを見ている)

もし水無瀬を中心に見ているのならば、部屋の中以外にその建物周辺を映し出しているかもしれない。 容易に近づけないということになってくる。

(ポイント近くまで行ってみるか)

今の今まで自分もそうだがモヤも新緑も映し出された様子は無いようだ、それなら監視カメラは水無瀬を中心に見ているという可能性が大きい。
一応、この家を一回りしてからポイントに向かった。


キリの足が止まった。 それぞれが渓流の中の岩の上で止まる。
キリの手が動く。

『ここから上がり二方向に分かれる。 何度も言うが失敗は許されん、深入りはするな』

二人が頷く。
少し高さがあるが日頃訓練をしているナギや泉水たちにとって何の障害にもならない。 ただキリはどうだろう、おっさんたちは若い者ほど日々訓練を積んでいるわけではない。 と、キリがトントンと出っ張った岩を足場に跳んでいく。

(さすが、伊達に歳とってない)

言い換えれば場数を踏んでいるということだろう。
キリに続いて二人が上がって行くと、すぐに予定方向にキリが走り出す。 泉水とナギが二人一組で反対方向に走り出した。


山を下り渓流の岩を跳んで対岸へ渡ったシキミたち。 山の上からある程度村の様子を確認できている。 あとは見えなかったところを中心に村の中の様子の確認である。 こんな時間なのだから静まり返っているだけだろうが、水無瀬がここに居る以上、単純には終わらせられない。

シキミが人差し指を立てて手首を動かす。 稲也と茸一郎がシキミに続いて村の中に入っていく。
足音を忍ばせ前を走っていたシキミが止まれと、掌をこちらに向けその身を隠した。 後ろの二人もすぐに身を隠す。 指示はその都度出すと事前にシキミから聞かされている。 稲也と茸一郎が前を覗き込む必要はない。
物陰からそっとシキミが顔をのぞかせる。 右から左に歩いている男の姿が見える。

(一人か、いや・・・)

後ろからもう一人歩いてきた。
二人とも両手で何かを持っている。 それは料理で使うバットのようなもの。

(こんな時間に何だ?)

後ろの二人に手で話す。 前に見える男たちが何を持っているのか見て来いと。 頷いた二人が二手に分かれ男たちのいる方に走っていく。 残ったシキミも場所を移動して二人の周辺に目を這わせる。 この様子ではどこから誰が出てくるかわからない。

「これ本当に使えるのか?」

「さあな、頭のいい人間が考えるだろうよ。 でもこの役は二度とごめんだな」

「言えてる。 こういうことだけは高校生に任せるんだからな、後味悪すぎ」

たがいに目を合わせㇷ゚っと噴き出す。 こんな風に言えるのは互い以外にはいないのだから。 いや、もしかして心の中で思っている者がいるかもしれない、口に出していないだけのことかもしれない。 そうであってほしいと思いたい。

二人の会話は茸一郎が物陰から聞いた。 先回りして人家の屋根に上っていた稲也が二人の持っている物を覗き込む。

(ん・・・?)

この辺りの人家の電気は全て消えている、こぼれる光源がなく良く見えない。 目を凝らす。

(なんだ? こんな時間に料理でもするのか? それとも明日の朝の味噌汁の用意? こんな時間に?)


キリと別れた泉水とナギ。 ナギはいつもこうしてライと行動を共にしていた。 否応なくライが頭に浮かぶ。

(いつまで落ち込んでんだか)

今日も様子を見に部屋に入ったが相変わらずベッドでだらりとしていた。

『お母さんが心配してる、ちゃんと残さず食べろよ』

食べた後の皿を廊下に出している。 だがいつもほんの少ししか食べていなかった。

『それと、臭い。 風呂入れ』

ナギの腕がぐっと引かれた。 一瞬顔がこわばったが腕をつかみ引っ張ったのは泉水だった。

『なにボォっとしてる』

手で会話をすると顎をしゃくる。 その方向を見てみると誰かがこちらに歩いてきている。

『悪い、ありがとう』

これがライであったなら “悪い” 止まりで “ありがとう” は付かなかっただろう。
もう少しでキリ曰くの深夜カップルおデート劇場をしなくてはいけなくなっていた。

顔をのぞかせると左に曲がって行く、こんな時間にどこに行くのだろうかと二人で後を追う。

『おっさんだな』

ナギが頷く。

「おう」

「おう、ご苦労さん」

「お互いな、行こうか」

もう一人と合流したようだ。 どこへ行くのだろうか。

『深入りするなと言われたが、どうする』

ナギに訊かれ一瞬考えたが答えはすぐに出た。

『後を追うだけなら問題ないだろう。 こんな時間に何をするのかを見る必要がある』

『同意』

最初っからそのつもりだったらしく敢えて確認を取っただけのようである。

(ライならこんなこと必要ないのに・・・)

それどころかライならナギを振り返ることなく後をつけて行っている。
身を隠しながら男たちの会話が聞こえる程度まで近寄り後をつける。 だが男たちは今日はどうだった、昨日はどうだったと畑仕事の会話をしたり、今日の夕飯の話をしているだけである。 単に話をしながら村の中を歩いているだけの様子である。

『見回りか?』

『その様にしか取れないな』

『じゃあ、そう判断しよう。 この先はモヤさんたちが居るだろうし』

『了解』


シキミが時計を見た。

(そろそろ引き上げだな)

稲也と茸一郎に合図を送る。
長い時間居て下手を踏むことを避けたいが為、この人数で三か所に分かれそれぞれの場所で様子を見ることにしていた。 時間は三十分と決まっている。 その時間が来た、さっさと引き上げる。

残りの二か所でもそれぞれのメンバーが合流する。 この村をそこそこ離れるまでは緊張を解くことは無い。

それぞれの場所で車に乗り込み、車中で三人が互いに見聞きしたことを交換している。 明日夜にこの報告をしなければならないが、何よりも一番気にかかるのはワハハおじさんの情報である。 水無瀬と接触できたのだろうか。 それがなければ簡単に次に進めない、何よりも水無瀬の意向が一番なのだから。

「監視カメラ?」

「はい、モニターは暗くて何が映っているのかは判別できませんでしたが、それを見ている者たちの会話から多分、水無瀬君のいる部屋、ないしその家の中かと。 練炭がポイントした家は平屋の一部屋プラスアルファくらいの家でした」

「そのプラスアルファってなんですか?」

「便所に風呂、洗面ってところだろうな」

「それじゃあ、そこに行くまでの廊下も入って玄関もあって・・・部屋が六畳くらいなら家としては十畳そこらってとこくらいですか」

「うーん、そんなもんだな」

「ずっとそんなところにって、俺だったら息が詰まりますね」

「そこに二人でいるらしい」

「二人?」

「はい、どうも村の者ではないようなんですが、どこの誰かはわかりません。 名前はユウヤ。 村の者ではないはずですが協力しているみたいです。 監視カメラに頼らずとも、そのユウヤってのに任せておけばいい話、なんて言ってましたから」

「で? 結局、接触できなかったのか」

「はい、ですがこちらの意向は伝えられるかもしれません。 家の周りを丹念に見ましたらカメラなどありませんでしたから、それなりに残してきました」

「残したのも気になるが、その前にそのユウヤってのは攫われでもしてきたのか?」

「いやぁ、なんとも」

「黒門の誰かってことはないですか?」

あり得る。 うっかりそこを見逃していた。

「あったー、それが一番あり得るか」

ユウヤが黒門の誰かなのなら下手を踏んだかもしれない。 一般人相手と同レベルで隠してきたが、黒門ならこちらと同じレベルである。 朱門が接触してきたことが見つかってしまうかもしれない。

「あのう・・・告白したいことがありまして・・・」



「はぁー!!」

翌日の夜である。 それぞれが懐中電灯を手に前回と同じところに集まり昨夜の話を聞いていた。 まずはワハハおじさんの話が一番である。 最初は誰もが淡々と聞いていたのだが、ある話になった時、聞いていた者たちの第一声がこれだった。

「ちょ、ちょっと待て。 それじゃあそのユウヤってのが黒門なら完全にそれが見つかるってことか?」

「可能性があるか、な? でもあの村の子供の落とし物か何かと思うかもしれないしぃ」

「その年ぶっこいてかわい子ぶって誤魔化そうとするな」

「はい・・・」

子供の落とし物、そうである。 それは練炭が学校に行く前に父ちゃんに渡したプレゼントであった。

『父ちゃん、プレゼント』

『必要ならこれを使うといいからね』

渡されたプレゼントは以前、練炭が水無瀬に書いたメモ帳とジッパー付きの袋であった。 ともに同じキャラクターが描かれている。
そのメモに水無瀬の意向を訊きたいと書き、ジッパー付きの袋に入れた。 それを窓の隙間に挟んだ。 決して外からも内からも見えないよう、窓を開閉した時だけに気づくように。 開けた時に外を見て気づかなくとも閉めるときには気づくはず。

「とにかく黒門でないことと、水無瀬君がそれに気づくことを祈るしかない。 で? いつ水無瀬君の意向を訊くと書いたんだ」

「窓の開閉がなければ気づかないかもしれませんので、余裕をもって四日後と」

そうそう毎日あそこへは行けない。

「夏でもないのに窓を開けるかなぁ」

「ずっと閉じこもっているようなんだ、エアコンのモーターがあった。 寒くとも換気くらいするだろう」

「そのショーキと特にユウヤってのが気になるなぁ」

「黒門を探りますか?」

自分の尻は自分で拭きます。

「いや・・・とにかく様子を見よう」

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ハラカルラ 第37回

2024年02月16日 21時24分39秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第37回




「ほぅー」

煉炭から渡された地図を片手にワハハおじさんが目の前の景色を目にしている。

「あの山の裾野か」

今回も相棒はモヤである。 そしてもう一台の運転手は前回とは別人であるが、相棒は前回と同じくキリである。 今回も前回同様、互いに別行動をとっている。

「黒門の村のように山の中に入らなくてもよさそうですね。 けど・・・やはり村ですかね」

黒門の村は山の裾野の村を通り越して山の中腹辺りにあった。 だが白門は山の裾野の村。 裾野であるが故、町とそんなに離れていなく、村と町との区切りと言えばこの道路になる。 道路の町側の反対には田んぼが広がっていて、その先、山の裾野に白門の村があるが、村は山の奥の方にあるのだろう。 裾野に沢山の家が見えるわけではない

「裾野の方にポツンポツンと家が見えるな」

その家が白門の村の始まりとなるが、ここが白門の村とはワハハおじさんもモヤも朱門の誰もが知ることはない。

「そうですね。 この地図の限りではここの反対側に渓流がありますから渓流の方に回ってもよさそうですか」

「そうだな、じっと見ていても目立つか。 とにかくあの裾野に何があるのか探るのが一番だな」

黒門の村は山の中腹辺りだったため、ずっと見ていても黒門に気付かれるようなことは無かったが、ここは完全に道路に車を止め山の裾野を見ていると気付かれる。

「ですね。 一旦、合流しましょうか」

二人が車に乗り込みワハハおじさんがスマホを手にしようとした時に着信音が鳴った。 スマホには “シキミ(樒)” と出ている。 もう一台の車の運転手であり、ナギが言った、葬儀屋の顔をして矢島を引き取ったおっさんでもある。

「向こうも着いたんでしょうかね」

ワハハおじさんがスピーカーにして出る。

「着きましたか?」

『ああ、こっちからそっちが見えてる。 そっちのずっと後ろに居る。 あの山の裾野だろ? 簡単に入れるな』

「はい、で、一旦合流して―――」

『ああ、いい、いい』

「え?」

『こっちで動く』

「動くって」

『モヤ聞いてるかー』

キリの声である。 前回も同じような展開だった、嫌な予感がする。

『渓流釣りに来たってことで入って行く』

「釣りって―――」

『心配すんな、釣り道具は持ってきてる。 お前らは待ってろ』

プツンと切られてしまった。
モヤが思わず頭をかかえ、その気持ちがよく分かるワハハおじさんであった。


夜になり雄哉が部屋に戻って来た。
二枚並べて布団が敷かれている。

「水無ちゃん敷いてくれたんだ」

敷かれた布団に寝転んでいる水無瀬は反対側を向いている。

「起きてるんだろ?」

水無瀬からの返事はない。
いつもの雄哉であれば、こんな時には水無瀬の前に回ってくるはずである。

(どう出る、雄哉)

「水無ちゃん、明日話そうな」

部屋の電気が消えると背中側からごそごそと布団に入る音が聞こえた。

(・・・そうか。 分かったよ)


「お帰り、父ちゃん」

煉炭が声を合わせ父ちゃんを迎える。

「なんだ、まだ起きてたのか。 明日は学校だろう」

「だって、気になるもん」

「そうか、ま、そうだよな。 で? 水無瀬君に動きはあったか?」

「ない、じっとしてる」

「そうか」

「どうするの?」

「助けに行くの?」

「その事はもっと遅くなってからみんなで話す。 まだ何も決まってない」

夜遅くなり、大爺や爺が眠りの中に入ってからおっさんたちや若い者代表たちで話し合いをする。 話し合いと言ってももう既に全員の心は決まっている。 話し合われるのはどうやって水無瀬を助け出すか。 だがそれは水無瀬の気持ちを確かめてからのことになる。

水無瀬はこの時期そろそろ大学へ行かなくてはならないはず。 水無瀬とライの会話から、水無瀬は大学からの就職を望んでいたということだった。 それなのにまだアパートにも戻れていない。
たとえ長から聞いた話し、朱門を認めないようなことを水無瀬がまだ思っていたとしても、黒門が括りつけているのであれば水無瀬は解放されたいはずである。

「どんな所だったの?」

「入り込むの難しそう?」

「シキミさんとキリさんが入ったが入り込むに難はないそうだ。 だが・・・水無瀬君はかなり奥に居るようだな」

シキミとキリが車で入って行くと、途中までは特に誰何されることなく入ることが出来たが、車を止めて辺りを見回していると何をしているのかと声をかけられた。


『この辺りで渓流釣りが出来るって聞いたもんで来たんですけど、どう行けばいいかご存知ですか?』

『ああ、それなら二股で分かれてる道で間違ったんだろう。 そうだなぁ、ここに車を置いて歩いて行くのなら、あっち側の細い道を上がって行くと行けるが、結構な上りになるからあまり勧めんな』

『そうですか。 あっちにはないんですか?』

村へ続くだろう道である反対側を指さした。 相手の男の顔が一瞬ピクリと動いたのを見逃してはいない。

『ああ、あっちからは渓流に降りられない。 村が続いているだけだ』


「奥?」

練炭二人が声を合わせる。

「ああ。 村になっていてな、病院でもなんでもなかった。 黒門の関係する村かもしれない、そうなるとちょっとややこしいな」

水無瀬の位置を探したのは煉炭だ、これくらいの情報は謝礼として聞かせてもいいだろう。

だが疑問が無いわけではない。 もし黒門の関係する村、若しくは黒門の知り合いの居る村であるのならば、どうして水無瀬をハラカルラに出向かせていないのか。
水無瀬に何かあったのか、それとも黒門に何かあったのか。

「さ、今日の収穫はこれだけだ。 早く寝ろ」

「はーい」

しぶしぶといった態で二人が部屋を後にした。


夜遅く、数名の若い者代表やおっさんたちそれぞれが懐中電灯を手にし、ナギが弓の練習をしていたところに集まりシキミとキリから説明を聞いた。

「そうか・・・で? 練炭はその後の水無瀬君の動きはどうだって?」

「ないらしい」

「そこにじっと居てるってことか?」

「ああ、穴にも行っていないようだ」

おっさんたちの声があちこちから飛んでくる。

「黒門の関係者の村ってところか・・・嫁さんの里とか」

「嫁さんの里として、ハラカルラのことは知らないはず。 黒門も口外はしないだろう」

「何か理由をつけて預かってもらっているってことですかね?」

「いや、その程度では水無瀬君だってそれなりに言って村を出るだろう。 村の中を歩けば道路だって見えるはずだろうし」

おっさんたちの声の中に若者代表の若い声が混じる。

「村の中も歩かせてもらっていない可能性があるってことですか。 練炭は全く動いていないと言っていたんですか?」

「いや、まぁ、学校に行っている間はどうか分からんが、多分そこらあたりも練炭は見てるとは思う」

練炭がどれほど水無瀬を心配しているかは知っている、一緒に風呂に入りたがっていることも。 事情が変わってきた、多分今は一日中動かしているはずだ。 そして学校に行っている間のデータも見ているはず。 そういうところは抜け目のない練炭だ、と父ちゃんは変わったところで練炭を認めている。

「もしかして軟禁とか拘束とか、か?」

「そんなことをする必要などないだろう、水無瀬君は自ら黒門を選んだんだから」

「嫌になって脱走しかけたとか」

「ああ、そういえばそろそろ大学が始まりますよね、就活があるか。 それで脱走しかけたのかな」

「理由はいろいろ考えられるが、とにかく一度夜に入ろう」

「軽い下見というところだな。 まだ何も分かっていない深く入り込むのは危険だ。 明日でいいな?」

「何人で行く?」


翌朝ワハハおじさんが練炭に確認を入れた。 水無瀬の動きをどのタイミングで見ているのかと。 するとやはり練炭は朝に夜中の動き、学校から帰ってからは学校に行っている間の動きも見ていたという。 やはり抜かりはないようだ。 そして父ちゃんの目に狂いはなかった。

その練炭二人は家を出る前に父ちゃんにプレゼントを渡し、ランドセルを背負いながら爺たちの近くをそれとなく歩き大きな声で「値引き交渉って難しいんだってー」「何もかも高騰してるからだってー」と、母ちゃんに言われるまでもなく、爺たちに聞かせてから学校に向かった。

午後十一時を過ぎた頃、三手に分かれ車三台で村を後にした。 この時間であれば爺たちは完全に眠りの中である、少々のエンジン音では目覚めまい。 それに出す車は昼間に家々から離れたところに移動しておいた。

それぞれに三人が乗車している。 そしてそれぞれの運転手は既に一度行っているワハハおじさんとシキミ、そして一度目は運転こそしていなかったが、ワハハおじさんの運転する助手席に乗っていたライたちの父親であるモヤの双子の兄であるキリ。

ワハハおじさんの運転する車にはいつも通りモヤが助手席に座っている。 後部座席には新緑(しんろく)。
シキミの車には稲也(いねや)と茸一郎(たけいちろう)。 この茸一郎、村の者からは茸を取って一郎と呼ばれている。 何故ならば今度こそは女の子を、と望んだ出産だったがまたしても男であった。 ましてや三度目の三つ子だった。 もう名前を考えるのを面倒くさがった両親が、三つ子に茸一郎、茸次郎、茸三郎と名付けたからである。 結果、村での呼び名は一郎、次郎、三郎となっている。
キリの運転する車には色んなケースを考えて泉水(いずみ)とナギの男女ペアが選ばれた。

「お前ら分かってんな」

「分かってますって、なぁナギ」

助手席に座る泉水が軽く後ろに首を振ってナギに話しかけると、ブスッとした顔で軽く頷く。

「おーい、そこまで俺のこと毛嫌うなよ」

「別に」

ナギは夜の会合には出ていなかった。 急に参加するようにと言われ、ましてやその理由にどうも納得がいかない。

「おいナギ、そんなんで恋人同士役が出来んのか?」

バックミラーに映るナギを見ながらキリが言う。

「どうせこんなショウムナイことを考えたのキリ伯父さんでしょ」

「おっ、よく俺のことを分かってんじゃないか。 ショウムナイってのは聞き逃せないが、泉水が嫌なら俺と恋人同士するか?」

「それ犯罪」

伯父と姪の関係であるし、自分の父親とどこか似た顔で同い年である。 そのキリはライとナギと同じくモヤと二卵性の双子である。 モヤは顔も身体も岩のようだが、キリの方は面長の顔に痩身である。 顔は置いておいても年齢は親子と同じだけ違う。

黒門の関係している村であっても普通の村のはず。 たまには男女のカップルが迷い込んでくることもあるだろうという、万が一見つかった時のキリの策であった。
ナギのスマホが鳴った。 父親であるモヤからである。

「父さんです。 スピーカーにします」

『こっちは着いたが、そっちはどうだ』

前傾になり手を運転席に伸ばす。

「あと少しかかる」

ナギのスマホにかけたからといってキリが出ても何の不思議はない。

『シキミの方もまだ少しかかるそうだ』

「分かった、着いたら連絡を入れる」

それぞれが三方向に散っている。 ワハハおじさんは前回と同じ場所に。 そしてシキミは山の裏側に回り渓流を挟んだ裏の山から入る。 キリは前回目にした渓流の川上に。 シキミとキリたちは車から降りて山の中や渓流沿いと足場の悪いところを歩かねばならない。 そしてワハハおじさんたちは平地で足場の良いところを歩くが、正面からということになりそれなりに気を付けねばならない。


「車、どうします? このまま道路端に停めておきます?」

スマホを切ったモヤにワハハおじさんの代わりに新緑が訊く。

「どうしたもんか・・・」

道路に停めて万が一ややこしいことに巻き込まれても困るが、畦に停めても同じことだろう。

「町側に行った先にコインパーキングがありますけど・・・んっと、片道徒歩十分ってところですか」

スマホを弄りながら言っている。 最近の地図アプリは色んな意味で役に立つ。

「あっちはまだかかるみたいだし、俺、停めてきましょうか?」

「俺を爺さん扱いすんな、モヤさんとお前がここで降りて待ってろ。 場所はどこ―――」

「おい、誰が爺さんだ。 新緑、運転を代われ。 俺がついて行ってやる」

「あー・・・いやあ、それじゃあ三人で行きましょうか。 後ろからナビするんで」

一番若い新緑が精神的に一番疲れそうである。


「うちが一番遅くなるだろうな」

ハンドルを握るシキミが言う。

「ま、それは仕方ないですよ。 それより車を降りた後、こっちが一番厳しいんじゃないですか? 山登り山下りだし。 他と比べてかなり時間食いますよ」

「学校に通ってた頃を思い出すな」

助手席に座る稲也がまじめに言った後に茸一郎が嬉しそうに言った。

「ま、それがあってお前らが選ばれたんだろうな、おっさん連中のトップ連中だとギックリ腰でも起こすかもしれないからな。 とは言っても何も分からない状態では若い者にはまだ任せられないしな」

「でもキリさんとこは泉水とナギでしょ?」

「そりゃ、キリさんがしっかりシメるだろう。 無鉄砲なだけに無鉄砲の危なさをよく知ってるからな」

「でも何で泉水とナギなんだろ?」

「さぁ? ニヤニヤ笑って指名してたな。 さ、あと十分ちょいで着く。 気合い入れとけ」


「よし、では動こうか」

三台の車がトラブルなく目的地に着いた。 どこかの門の村に入るわけではない、普通の村の者を脅かすわけにはいかないということで、キツネ面は誰もつけていない。 それだけに顔はもちろんだが、姿を見られるようなことがあってはならない。

キリが渓流から少し離れたところに車を停めている。 この辺りは人家がない、見回りの警察のパトロールもないだろう。 歩を出したキリに続いて泉水とナギが続く。 車を停めた道路から長い階段を上がり平地を進むと数メートルの下り坂、その先に渓流が見える。

「ふーん、キリ伯父さんまだまだ動ける」

痩身であるが故か、身軽に渓流の岩を次々と跳んでいる。


シキミたちが車を降り山を見上げている。

「とにかくこの辺りは何も気にすることは無い。 少々の音など気にせず突き進む。 下りに入ってからは辺りを見た判断で速度を決める。 出発」

その声に「はい」と二つの声が重なる。

下りに入ってどれだけ渓流近くに家が見えるか。 家を目視できないようであれば、渓流の音がある、坂を滑って音を立てても何も気にすることは無いが、家が見える様なら考えなければならない。


身を屈めて田んぼの畔を走る三人の姿があるが、月明かりに照らされたくらいでは遠目に誰も気づかないだろう。
ただ畦が終わるとすぐに今回調べる村となる、気は抜けない。
ザっと小さく音を立てて止まる。 村の入り口まで来た。

(キリの話ではこちら方向が奥になるはず)

練炭も使っていた特殊な手話でモヤが話す。 それを見たワハハおじさんと新緑が頷く。
事前に計画は話し合っている。 奥に向かって走り出すと、それぞれが徐々に三方向に分散する。
まっすぐと奥に向かっているのはワハハおじさんである。 徐々に家が見えてきた。 分散したあとの二人も家を確認できているだろう。 その家のどこにも電気が点いていない。 ここも朝早くからの畑仕事をしているということだろう。

(・・・普通の村か)

練炭が拡大地図を何枚も出してきていた、その地図は頭に入っている。 水無瀬がいるだろう赤いマークの付いた場所も。
他の二人は村の中の様子を見る手筈である。 そしてワハハおじさんが水無瀬のいる場所の確認、そして可能ならば接触。

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ハラカルラ 第36回

2024年02月12日 21時11分07秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第36回




「やぁ、俺をお呼びかな?」

雄哉が広世を連れてきた。 広世が水無瀬の前に座り、当の雄哉は水無瀬の後ろで少し離れた所に座っていて部屋から出る様子はない。

「俺はいつまでここに縛られなきゃいけないんですか」

「うーん、いつまでってことは無いんだけどね、取り敢えず君が落ち着いてくれるまでってとこかな?」

「落ち着くも何も、俺、暴れもしてないし逃げようともしてませんよね。 大体、どうしてここに縛られているかも分からない」

「ああ、言い方が悪かったかな。 それじゃあ言い方を変えよう。 君が俺たちを受け入れてくれるようになれば、ってことで理解してもらえるかな?」

「理解? 理解も何も全く訳が分からない、受け入れるって何を受け入れるんですか。 それに広世さんなら大学のことを分かってくれてるでしょう? もう春学期が始まります」

「ああ、大学のことは気にしないでいいよ、それなりに手を回してるから」

手を回している? どういうことだ。

「水無ちゃん、広世さんは大学に残るんだ。 教授には既に頼んであるからそこの心配はいらないよ」

「え?」

思わず後ろを振り向いて雄哉を見る。

「水無瀬君だけじゃないよ、雄哉のことも頼んである」

「え?」

雄哉がバツの悪そうな顔をしている。 どういうことだろうか。 雄哉から目を外して再び広世を見る。

「雄哉の出席日数、テストの点、その他諸々、ね」

「雄哉、どういうことだ」

まだ広世を見ながら雄哉に問うが答えたのは広世である。

「その条件と交換に雄哉がここに居る。 そして今、君といる」

「雄哉・・・」

「あーっと、そこんところは水無ちゃんは気にしないでいいから」

後頭部に雄哉の声が聞こえる。

「ま、俺も気楽に大学を卒業したいわけ。 そしてその後の就職も広世さんの世話になるって寸法。 水無ちゃんだって一流会社には行けないし昇進って話もないけど、広世さんの世話になると安定だよ?」

「雄哉・・・何を言ってるんだ」

まだ振り返らない。 今、雄哉の顔を見ると怒りが込み上げてきそうになる。

「あーあー、雄哉、その話は俺からしようと思ってたのに」

呆れるようでも怒るようでもなく広世が言う。

「えー、もういいじゃないですか。 それにさっき水無ちゃんと言ってたんですけど、俺そろそろ水無ちゃんの監視も飽きてきたし、ちょっと戻ってパアーッとしてきたいんですけど」

(雄哉は何を言っている? 俺の監視?)

確かに薄々は気付いていた、だがそれをはっきりと口に出して言われるなんて。 雄哉、と雄哉の名を呼びたい。 雄哉何を言ってるんだと訊きたい。

「あー、それはもうちょっと待って欲しいな」

なんなんだ、どうして二人でそんなに楽しそうに話しているんだ。 いったい何がそんなに楽しいんだ。

「ってことで、雄哉が言っちゃったから君にもそろそろ話そうか、水無瀬君。 それで君も納得してくれるだろうからね、水見の血が選んだ君なんだから」

そう言って話し出されたのは水見の話しだった。
水見は二十歳を過ぎてから一回目の異変を感じたという。 そして二回目の異変、開眼をしたのは四十歳を過ぎた頃。
ハラカルラを知って最初は戸惑っていたようだが、それでもすぐに受け入れたという。 水見をチョイスした前の守り人は、水見が感じた最初の異変より一つ前にあたる異変で感じたが、開眼に時間がかかったということで、水見より少し年上であったが守り人の全てを水見に託しハラカルラから退いた。
水見は研究者だった。 最初はハラカルラに足しげく通い烏と共に水を宥めていたが、その内に研究の方に没頭し始めた。

「研究?」

「そう、あの水の中で育った魚の研究をね」

「え・・・」

研究? 魚の? それは・・・ハラカルラの魚を研究材料にしたということか? ハラカルラの魚を持ち出し解剖したということか?

「内臓を調べると面白いことが分かったということでね、詳しいことは難しすぎて俺には分からないけど、不老までにはいかないにしても長命と言えば何を言いたいかは、ハラカルラを知っている君にも分かるだろう?」

ハラカルラの水の中に居れば傷が治り疲れることもなく、食べることも必要としない。 生まれた時からずっと水の中に居る魚の内臓がその影響を受け、この世の魚と違う内臓を持っていても、細胞を持っていても不思議ではない。
魚を獲れば尋常なく水がざわつくはず。 そうなればすぐに烏に気付かれ烏がやって来る。 だがその時の水見はすぐに水を宥めることが出来ていた。

「君にも出来るはずだよね? いや、出来る」

水無瀬に自覚はないが、ピロティで誰かを見た時に水をざわつかせてしまい、すぐに宥めることが出来た。 それは水無瀬だから出来たこと。 他の者であったなら、まだ来て間もない時にそんなことなど出来ない。
水見とて水無瀬ほど来て間なしに出来ていたわけではないが、何年も烏に教えてもらい、水無瀬と同じくらいに水を宥めることが出来ていた。

「ああでも水見さんがいた時代は、今ほど医学も薬学も進んでいなかったからね、詳しいことが分かったのはそれから随分と後の話になる。 水見さんが色々書き残してくれていたから分かったってとこでね」

水見は研究をする傍ら跡を探してもいた。 そしてその跡を引き継いだ者は水見ほど水を宥められなかった。 その後もその後もそれはずっと続いた。 だから魚を獲ることは出来なかった。 そこに矢島が現れた。

「水見矢島。 水見という苗字を聞いてすぐにピンときた。 だから接触したんだけどね」

その矢島は守り人として水見よりも優れていた。

「うちの守り人が何度接触して話してもいい返事がもらえなくてね、だから矢島さんが外に出てきた時にうちの者が接触を図ったんだけど逃げられてばかり」

矢島は黒門からも白門からも追われていた。 それはここに来た時に聞いていた。 そして矢島が死んだ。 その矢島は水無瀬を選んでいた。

「守り人として優れていたのに、勿体ないことを選んだと思っているよ。 君はそんな勿体無いことは選ばないだろう?」

勿体ないことを選んだ? それは断ったことに対して言っているのか? それとも他に何かあると言うのか。

「勿体ないことを選んだとは、どういう意味ですか」

「水無瀬、そんな話はもういいだろう」

「そんな話って―――」

思わず振り返りかけたが、まだ雄哉の顔をまともに見る気にはなれない。

「広世さん、以前の話をしていても時間食うだけですよ?」

いったい雄哉はどんな顔をしてそんなことを言っているのか。

「それもそうだな。 じゃ、水無瀬君、単刀直入に言おう。 もう分かっているとは思うが、この村で魚から得たものをエキスにする。 魚を獲るにあたって君に水を宥めてもらいたい」



朱門の村から車が二台出て行った。

「なんじゃ? また村を下りていきおった」

「道の駅か?」

「いやぁ、また軽トラではなかったからのぉ」

爺二人が言うのを聞いていた煉炭。 そっとその場から離れ母ちゃんに報告をする。 一台の車には父ちゃんが乗っているのだから。

「爺様たちに怪しまれたら父ちゃんたちが動かれんようになる。 煉炭、爺様たちに聞こえるようにわざと大きな声で、父ちゃんたちが肥料の値引き交渉に行ったって話しといで」

母ちゃんは煉炭に悪知恵を与えてしまったということには気付いていなかった。



「ふざけるな!」

木製の菓子皿に入っていた饅頭を掴むと壁にぶちまけた。
既に目の前には広世はいない。 広世との話は終わっていた。 そしてその広世について雄哉も出て行っていた。

『君がその気になってもらえるまで、ここから出すわけにはいかないんだよ。 ほら、矢島さんみたいな道を選ばれても困るからね』

『え・・・どういう、意味ですか』

『知らない? ニュース見てない? ダムに飛び降りたって』

矢島は白門たちの目の前でダムに飛び下りたということだった。 勿体ないことを選んだというのはそういうことだった。
その上 『お前たちの手先になるくらいなら死んだほうがましだ』 と言い残したという。
矢島の死に黒門は関係していなかった。

黒門の食事を運んできていた女性は、ハラカルラを守りたいだけだと言っていた。 まさにそうなのだろう。 朱門の守り人を攫ったというのを認める気はないが、ただただハラカルラを守りたかったということが、そうさせたのだろう。 黒門はハラカルラを守りたいと思っている。 それは決して認めることが出来ない、拘束に近いやり方だったが。

「くそっ!」

壁にぶつかり形を変えてしまった饅頭。 その饅頭をじっと見る。
白門は真逆を考えている。

(矢島さんは白門と黒門に追われる中で俺を探し出した)

『あとを頼む』 矢島が言ったそれは、このことだったのか。 ハラカルラを白門の手から守ってくれということだったのか、陰謀を阻止してくれということだったのか。
だが単純に考えれば黒門の人間に全てを言って白門を排除すればいいだけの話し。 若しくは烏にでも言えば簡単にこの問題から外れることが出来たはず。 死を選択しなければならないようなことにはならなかったはず。

「いや、そうだろうか」

黒門に拘束され毎日ハラカルラに行かされていた。 その内に白門から聞きたくない話を聞かされるようになってきた。
あんな毎日を平気で繰り返させる黒門を信用する気にはなれないだろう。 黒門に白門のことを言う気にはなれなかった、ということだろうか。

「うん、俺でもそう思うわな」

そして烏に言わなかったのは・・・。
烏はこっちの世に入ってくることは出来ない。 それも理由の一つだろうが、それだけじゃないだろう、烏に相談すればそれなりのことを考えてくれていたはず。 なのに相談しなかった? それは・・・烏の逆鱗に触れることになるということだろうか。

「烏―――」

(おっと、また独り言を口にしてしまってる。 壁に耳あり障子に目あり、危ない危ない)

烏の逆鱗の顕(あらわれ)って何なのだろうか。
烏はこっちの世に入って来ることは出来ないが、こっちの世に何かを顕現させることは出来る。 獅子のように。

(うわ、とんでもないモノを作り出すかもしれないってことか)

それでは簡単に烏に言えたものではない。
ごそごそと四つん這い状態で動き、形を変えた饅頭を手に取り菓子皿に戻す。

(どうして矢島さんは死を選んだのだろうか)

いつか白門に捕まるかもしれない、捕まっては最後と思っていた。 もしかして白門の強行を知っていたのかもしれない。 たとえ黒門の人たちに同道されていてもそれを上回る白門の強行。 水無瀬自身がその強行で攫われたのだから、ある意味実証済みである。
だから黒門を出た、逃げた。 とはいってもハラカルラをこのままにはしておけない。 自分が捕まった時のことを考え、急いで次代を探さなければならなくなった。 その為に拘束する黒門を出てそこで水無瀬を見つけた。
そして白門から逃げきれず捕まりかけたから死を選んだ。

矢島は疲れていたのかもしれない。

初めて矢島を見た時、田舎臭さを感じた。 それはしっかりと覚えていて、ネットニュースで写真を見た時にすぐに分かったほどだった。 だがもう一つあった。 忘れていたが矢島の目の下にはクマがあった。

矢島は疲れていた。

きっと黒門と白門から逃げる時、何度もハラカルラにダイブしていたのだろう。 疲れはそれだけが理由では無いだろうが、ダイブにはかなりの精神力を使うと烏が言っていた。 せいぜい一日に一回ないし二回。 だがそれも毎日できるものではなく、無理をすると身体が持たなくなってくると言っていた。

(矢島さんは、はるかにオーバーしていた)

もう身体が持たなくなってきていた、ボロボロになっていたに違いない。
だが矢島なら白門に拘束されたあと養生し、ダイブして逃げることもできたはず。 どうしてその道を選ばなかったのだろうか。 もしかして少しでも手を染めるのが嫌だったのだろうか、手を染めなくともあんな考えを持っている白門の者達と一時でも一緒にいたくなかったのだろうか。

(あの時、俺が矢島さんと初めて会った時に追っていたのが黒門だったとすると、白門は俺と矢島さんが接触したことを知らない)

広世は矢島が死んだということから水無瀬にシフトしたと言っていた。 シフトするにあたって黒門の動きを見ていたとも。

(ということは、俺が黒門の黒の穴に出入りしたのを見て、俺にシフトしたということだろうか)

水無瀬が黒の穴に出入りしだしたのは矢島が亡くなって間なしのこと。 もし、もっと後にしていれば、何年もあとにしていれば事は違ったのだろうか。

(そうか!)

矢島が亡くなったことで黒門が自力で跡を探したと見せかければ、白門の言うDNAは切れたということになっていたはず。 矢島が悪行に手を染めたくなかったとか、白門の者達と一時でも一緒にいたくなかったとか、そんな軽い理由ではなかった。

(矢島さんは身をもって水見さんの縁が終わったということを証明した。 そして “あとを頼む” と言ったのは、万が一のことを考えると口を衝いて出てきたのかもしれない)

あまりの悲しい結末にうな垂れることしか出来ない。
その考えが合っているかどうかは分からないが、矢島が身をもってお膳立てをしてくれていたというのに、ノコノコと黒の穴に出入りをした。 そして白門に見つかった。

(俺、サイテー)


モニターのある部屋の戸が開いて広世が入って来た。

「どんな具合ですか?」

「ああ、饅頭をぶちまけたがその後は落ち着いてるな」

「何か言ってました?」

「ちょこちょこ独り言は言ってたが特には言ってないな」

「そうですか」

「アイツが居ないんだが?」

「ああ、雄哉ですか。 さっきまで話してましたけど、暫くは部屋に入りずらいって言ってました。 夜になれば戻るって」

「いいのか? 一人にしておいて」

「どっちがです?」

「どっちも」

「どちらもいいでしょう。 今彼は熱くなってしまっていますけどあの二人は付き合いが長いんです、互いが人質みたいなものですから」

「言うねぇ、じゃ、交代」

「はい」

男が立ちあがると部屋を出て行った。
広世も広世なりに水無瀬には嫌われたが、雄哉に対して水無瀬には相当の思いがあるだろう。

「裏切られた」

雄哉の出席日数、テストの点、その他諸々、そして卒業後のこと。 それと交換に雄哉がここに居る。 水無瀬を監視している。

「それも監視という言葉を雄哉自身が言ったのだからな。 さ、そこで水無瀬君は雄哉を切れるかな?」

さっきの男には互いが人質だとは言ったが、水無瀬が雄哉を切り捨てるのなら部屋から出て行くだろう。 出て行こうとしても玄関には雄哉がいるし、村の中を一人で歩いていれば目立つ。 それに右も左も分からない状態で村から出ることも出来ないし、村の人間の目もある。

「あとは雄哉の腕の見せ所ってところか」

水無瀬が協力的になるよう雄哉に言わせる。 裏切った雄哉の言うことをどこまで聞くだろうか、だが。

「その為の雄哉なんだからな、頼むよ、雄哉君」

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ハラカルラ 第35回

2024年02月09日 21時07分52秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第35回




「なー、水無ちゃん、いい加減に機嫌治してよー」

「別に悪くしてない」

広世はもうここに居ない。
結局、水無瀬にしてみれば黒門から白門に移ったというだけだった。 白門は水無瀬をここから出す気はないらしい。

「悪くしてないんだったらどうして俺に背中向けてんの。 大体、ずっと着拒してた水無ちゃんが悪いんだろ。 ラインの返事も何あれ、実家で親孝行って嘘並べて」

“嘘” と言われてしまった。 確かに嘘を書いた。 嘘をつかれて怒りまくっていた自分なのに、その自分が雄哉に嘘をついていた。 何を言い訳してもそれは言い訳にしかならない、身をもって知っている。

「ごめん、そこは謝る」

“謝る” 長に何度も謝られた。 だからもう謝らなくていいと言った。 自分の嘘は長たちのように優しい嘘ではなかった。 単に面倒臭いから嘘をついた。

「俺、サイテーだな」

「よく分かってるじゃん。 なら許そう」

そういう意味で言ったのではないが、こういうところは雄哉の能天気に感謝してそういうことにしておこう。 百八十度向きを変え雄哉に向き合う。

「で? あの時何の用だったんだ?」

「あ、うーん・・・」

ポリポリと人差し指で頬を掻く。 それは困った時の雄哉の癖。 伊達に高校からこの歳まで友達をしていたわけじゃない。 雄哉の癖などお見通しだ。

「どした?」

「うーん、もう過ぎたからいいや」

まだ指は動いている。 どういうことだろうか。

「過ぎたって? 彼女のご紹介じゃなかったのか? あ! もしかしてもう振られた?」

嬉しそうに言う水無瀬を半眼で見る雄哉。 指が止まり手が下ろされる。

「なに嬉しそうな顔してんの」

「いやー、それはご愁傷様。 それにしても最短記録」

「バーカ、彼女なんてまだ出来てないわ」

水無瀬と雄哉が話しているのを聞いている広世たち。

「くっ、賑やかだな」

「あの雄哉ってのを引き込んで正解だったな」

「ええ、高校からの友達だったらしいんで彼も気を緩めてくれますよ」

「今回は祥貴(しょうき)の手柄だな」

「矢島さんの時にはお手伝い出来ませんでしたから」

「じゃ、あとは頼んでいいか?」

「はい」

二人が出て行き部屋の中は広世一人となった。 広世、フルネームを広世祥貴。
ソファーに座っていた足を組み背もたれに背中をあずけると、去って行く足音を聞きながら嘲弄するかの如く鼻から息を吐く。

「頭を使うことを知らないやつら」

黒門のことは任せるようにと事前に聞かされてはいたが、頭部を殴ることで昏倒させたと聞いた。 まさかそんな荒い手を使うとは思いもしていなかった。

「さて、雄哉君、これからどんな働きをしてもらおうか」

少し離れた目の先に置かれているモニターに視線を移す。 そこには雄哉と水無瀬が映し出されていた。


「おい!」

身体を揺すられ黒門の男が目を覚ました。

「痛・・・」

後頭部に手をやる。

「いったいどうした!?」

どうしたと訊かれても自分にいったい何が起きたのか・・・。 岩に手を着きながらふらふらと立ち上がる。 まだはっきりしない目で辺りを見回すと岩陰に隠れるようになのか隠すようになのか、黒門の人間が倒れていて数人が揺すり起こしているのが目に入る。

「水無瀬は!」

「・・・分からない」

男が岩壁を上がって行き穴を通り水から顔を出したが水無瀬がいない。 もしかしてまだ烏のところに居るかもしれないとは思ったが、いつもならもう戻っているはずである。

「歩けるか?」

顔から落ちていた面を拾ってやる。

「ああ・・・」

倒れていた男達の中には肩を貸さなければ歩けない者もいた。 肩を借りながら、借りずともまだふらふらとしながらと、おぼつかない足取りで全員が黒門の村に戻って来た。
今日、水無瀬についていた者たちが戻って来ないということで、すでに爺たちも集まっている。 水無瀬が居なくなったと穴を覗いた者が長代理や爺に報告をした。

「なんだと! 朱門か!」

戻って来た男たちが互いに目を合わす。 そして誰もが首を振る。

「全員が後ろから何かで殴打されました。 後ろからだったので・・・」

「誰も相手を見ておらんということか」

爺たちが腕を組む。

「どうする」

「あ・・・待って下さい」

殴打された男の一人が小さく声を上げた。

「なんだ」

「今思い出しましたけど、倒れたあと・・・薄っすらとですが見えました」

「面は」

狐面であれば朱門である。

「いいえ、面は着けていませんでした。 目だし帽を被っていました」

思わず爺たちが黙る。 黒門と朱門は必ず面を着ける。 黒門はカオナシのような面、朱門は狐面。 面を外すことは無い。

「それは・・・青門か白門ということか」

「いずれにしても、どうして水無瀬を」


水無瀬が通された家に布団が二枚敷かれている。 雄哉が敷いた。 そこに水無瀬と雄哉が仰向きに寝転がっている。

「で? 雄哉が俺の心静め役ってのはどういうことだ?」

「ああそれね、広世さんに頼まれた」

水無瀬が雄哉の方に首を振る。

「雄哉はどこまで何を知ってるんだ?」

まだ電気は消していない、雄哉の目があちこちを彷徨っているのが見える。

「どこまでも何をも知らない。 水無ちゃんが暴れなければそれでいいだけ」

「さっき何も言わないで聞いてたよな」

「さっき?」

「俺と広世さんが話してるの」

「ああ」

「じゃ、少なくとも門の話を知ってるってことだよな」

雄哉が水無瀬を見る。

「聞いてただけ、ってか、居ただけで聞いてもない。 水無瀬、もう寝よう」

水無ちゃんではなく水無瀬と言った。 雄哉が本気だということだ。 いったい何に本気だと言うのか。

「雄哉―――」

「聞こえなかったのか」

雄哉が立ち上がり電気を消した。
電気を消されたとて水無瀬に眠りが訪れるはずはない。 そっと立ち上がろうとした時、雄哉の声がした。

「水無瀬、寝ろ」

「雄哉・・・」

いったい雄哉に何があったのか。


翌日、ワハハおじさんたち四人が二台の車に分乗し村を出た。 あまり沢山で出てしまうと爺たちにバレるということもあったが、黒門の人間にも怪しまれてしまうということでもあった。
拡大地図からして簡単に村に入り込むことは出来そうにない。 朱門の村と同じように孤立した村のようで、余所者が入ってくればすぐに分かるだろう。

「モヤ(靄)さん、ライはどんな具合ですか」

ハンドルを握りながらワハハおじさんが訊くが、モヤさんと呼ばれたライの父親が助手席で首を横に振る。

「まだ時間がかかりそうだ。 あんなにメンタルが弱いとは思ってもいなかった」

「ライが一番、水無瀬君と接してましたからねぇ。 その上で黒門の顔をして話していたんですからライはその時から辛かったでしょうし、直接水無瀬君に言われたわけですから時間もかかるでしょう」

「まぁ、切り替えが出来ればケロッとした顔で部屋から出てくるだろうがな」

まだ部屋に籠っているのか。

「早気の時みたいに?」

「あの時は怒る気も失せたわ、こっちの気も知らんと」

「モヤさんはライに継がせたかったんですからねぇ」

「ああ。 だがナギはそこのところをよく分かっている」

「ナギは村の外に嫁に出る気がないんでしょう、自分の子に弓を教えますよ」

「そんなことを話したのか?」

「いいえ、そんな話でもしたらぶっ飛ばされますよ」

「違いない。 わしでもまだそんな話は恐ろしいわ。 いったいあの気のきつさは誰に似たのやら」

「恐ろしいと言うよりも父親としてまだ嫁に出したくはないんでしょう? そんな話も聞きたくないってとこじゃないんですか?」

「なんだ? 煉にもすでにそう思っているのか?」

「俺以外の男にはやりませんから」

岩のような顔をしたモヤが笑った。

農地沿いの道路にワハハおじさんがブレーキを踏んで車を停止させた。 この道路にはバスも走っている。
ワハハおじさんとモヤが車を降りる。

朱門の村の山を下りてからは二台つるむという形は取っていない。 もう一台は目視出来ない程に離れた所を移動しているはずである。

「あの山の中腹ってとこですか」

今は稲など植えられていないが稲が実を結ぶ頃には、辺り一面が黄金の絨毯になるだろう農地がずっと続いている先に山が見える。

「うちと同じようなものか。 山の裾まで行っても様子は分からんな」

「そのようですね。 他の村を通過しなくてはならないかもしれませんし。 最悪、極力日中近くまで行き、夜に忍び入るしかありませんか」

車の中でスマホの着信音が鳴った。 すぐにワハハおじさんが運転席に置いてあったスマホを手に取り、モヤの方に歩きながらスピーカーにして話し出す。

「着いたか?」

『ああ、いま着いたところだ』

「こっちもさほど変わりはない、着いたところだ。 どのあたりに居る?」

『かなり裾野に近いところまで来た』

ワハハおじさんとモヤが目を合わす。

「畔を走ったのか」

『ああ、農作業用の車を走らせる畔に迷い込んだって態を踏んでな』

「普通、畔に迷い込むかよ」

『いや、経験者がそう語ったからな』

「経験者って・・・」

チラリとモヤを見るとそれでなくても岩のような顔なのに、その顔をしかめている。

「キリ(霧)さんか」

電話の相手の相棒はモヤの二卵性の双子の兄である。 どこか似た顔をしているがモヤと違い面長で瘦身である。

『モヤ、聞いてるか』

キリの声である。

「聞いてる」

『ちょっくら行ってくる』

「行ってくるって、それ以上踏み込むのか?」

『経験者に任せろ』

「あ、待て・・・」

切られてしまった。


学校から帰って来た煉炭。 すぐに工作室に走ってレシーバーの電源を入れる。

「あれ? こんな時間なのに」

「点滅してるね」

いつもならハラカルラに入っている時間のはずなのに。

「昨日と変わってないよね?」

「うん、同じ場所だよね」

「どういうことだろう?」

二人が声を合わせいっちょ前に腕を組むが、傾けた顔が可愛らしく、いっちょ前が飛んでいく。


「水無ちゃん、外で遊ばない?」

「遊ぶって、雄哉学校どうなってんのさ」

「うん? 水無ちゃんボケてる? 今はまだ休み。 ギリ三月」

「あ・・・そうなんだ」

そう言えばアイツが言っていたか、そろそろ春学期だと。 全くカレンダーも見なければ日付も曜日感覚もなくなってしまっていた。

「春学期はいつからだったっけ」

年間スケジュールでは一日からだと聞いていたが、変更になりそうだとの話も耳にしていた。

「急遽五日からになった。 多分、インフルの関係じゃないかなって話し。 教授の間で蔓延したみたい」

「で? 単位はどうなった?」

「あー・・・訊かないでほしい。 まっ、それなりにするよ」

「そうだな、履修提出までにしっかり計画立てるしかないな」

「まぁ、な」

雄哉の返事が雄哉らしくない。 いつもならこんな殊勝な返事などしない。 それに話し方に違和感を覚える、甘えるように話す時がある。 水無瀬がここから出られないことを昨日聞いたからだろうか。 いや、それより以前から知っていたのだろうか。

「これからどうするか広世さんから聞いてる?」

「いや? 知らない」

「雄哉―――」

「水無ちゃんって変わらないよな」

「え?」

「考えてることが顔に出る」

「そうか?」

雄哉の目がまたあちこちを彷徨っている。 こんなことは今までになかった、いったいなんだというのだろうか。

「雄哉、その、雄哉の喋り方なんだけ―――」

「外はいいか。 なんか甘いもんでももらってくる」

「あ、うん・・・」

モニターを見ていた男が、同席していたもう一人に言う。

「饅頭でも用意してやれ」


それから三日間、白門も黒門も朱門も動くことは無かった。 白門は自ら動かず、黒門と朱門は動くに動けない状態と言った方が正確だろう。
黒門は水無瀬がどこに行ったか分からない状態がまだ続いていて、朱門にしてもキリたちがかなり山の裾を走ったということだったが、裾野の村の余所者に対する目が厳しく、簡単にその奥の黒門の村に行きつける感じではなかったということであったし、煉炭が進言したことで迷いの縁にあった。

「煉炭が見ている限りでは新しい場所から動いていないということだ」

いつもならハラカルラに居るべき時間にも動いていないと聞いて、ワハハおじさんとナギが黒門の穴に出向いたが、煉炭の言うように水無瀬が来ることは無かった。 もちろん黒門の人間も来てはいなかった。

「機械の故障でなければどういうことだ? 黒門は水無瀬君を守り人として動かしたいはずだ」

「行ってみるか?」

現在点滅している地点に。

「まずは明日朝一番、煉炭に拡大地図を出させる」

だが黒門の村のようなところであれば無駄足に終わるかもしれない。


「水無ちゃん、そろそろ退屈になってきた?」

いつもならまだ寝ているはずの雄哉だが、ここに居る間は早起きなようで毎日早朝から起きている。 今も朝食を済ませ午前八時になったところである。

「ずーっと前から、ここに来る前から退屈の塊だよ」

「へ? そんなに退屈マンだったの?」

「変な名前つけんなよ。 それに雄哉だって退屈だろうが」

雄哉は時々席を外すことはあるが、基本ずっと水無瀬と一緒に居て部屋から出ることはない。 今までの雄哉の生活からすれば退屈この上ない筈である。

「カラオケとかって行きたくなってんじゃないのか?」

「あー、まぁ、言えてるかな」

こんな話には返事をしてくる。 だが門の関係の話やこれからどうするかという話になると “水無ちゃん” から  “水無瀬” に変わって話を受け付けようとしない。 夜、水無瀬が立ち上がりでもすれば “水無瀬、寝ろ” とも言ってくる。

(雄哉は・・・)

水無瀬を見張っているのだろうか。 だがそうならばどうして。

「水無ちゃん、考え事してるの顔に出てる」

「え? そんなことない」

「昔っからそうなんだよ、顔に出るからすぐに分かる。 俺に下手な嘘つくんじゃないよ」

また雄哉の目が彷徨っている。

「雄哉」

「なに? トランプでもする? ババ抜きとか」

「すぐに勝負がつくだろ。 ババ持ってるのがどっちか雄哉でも分かるし」

「俺でもってどういう意味だよ」

「広世さんを呼んできてくれ」

意表をつかれてしまった。 “水無瀬” と止める間もなかった。

「何の用? 俺が代わりに聞く」

「雄哉では分からない」

「広世さん今忙しいんだよ。 教授に付くらしくって―――」

「雄哉」

水無瀬が雄哉の言葉に被せ続ける。

「呼んでこい」

「水無ちゃん・・・」


煉炭が何枚もの地図をワハハおじさんに渡す。 その地図を順々に見ていく。 やはりここも山の中であったが、黒門の村とは全く違う場所であるし山の裾野にあるようだ。

「どういうことだ」

各門の村が山の中というのは分かる。 ハラカルラの入り口のことを考えると、どうしても山になるということは分かるが、これはどういうことだろうか。
母ちゃんが言ったように救急で病院にでも運ばれ、山の中にある病院に移されたのだろうか。 もしそうであればどんな病状なのだろうか。

「隔離病棟?」

隔離病棟のある病院?
黒門に無理を強いられ精神的にまいってしまった? それともなにか質の悪い病気が見つかった?

「いや、病院と限ったわけじゃない」

それによく見ると病院らしき建物が描かれているわけではない。 母ちゃんの言葉に踊らされてしまっていたようだ。 それなら一体ここはどこなのだろうか。


「鳴海が来んなぁ」

「ああ、他の者とは違うはずなのだから、来んはずはないのだがなぁ」

「そう言えば鳴海が水見のことを言っておったな」

「ああ、そうだったか。 どのみち吾はあの男は好かんかったから丁度良かった」

「お前が好くのはそうそう居らんだろうて。 じゃが鳴海のことは気に入っているようだの」

「それはそうだろう。 お前もだろうが」

「ん・・・まぁな」

「ここ何百年かで留守を預けられたのは、矢島と鳴海くらいのものか」

「とは言え、矢島でもこれほど早くから預けることは無かったからのぅ」

「まぁな。 で? どうする? そんな鳴海にもう言葉や文字を教えるか?」

ハラカルラの言葉や文字を。

「うーむ・・・お前はどう思う」

「吾としては良かろうとは思うが、鳴海自身がまだまだ疑問を持っているような。 その疑問がなくなった時が良かろうな」

「ほぅ、珍しく意見が同じだわい。 まぁ、鳴海のこと、すぐに言葉も文字も覚えるだろうて」

「ほぅ、珍しく考えが同じだわい」

なぜか互いに視線を合わせ火花を散らせているようだ。 この烏たち仲がいいのか悪いのか。

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ハラカルラ 第34回

2024年02月05日 21時11分47秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第34回




ピピピという音が鳴った。

「・・・ん」

「・・・どしたの?」

煉炭の二人が目をこすって工作室の長方形の机でうつ伏せていた顔を上げる。

「あ・・・GPSが反応した」

煉がレシーバーのマークボタンを押す。

「へ・・・。 あ、やった! ハラカルラを通過しても作動できたってことだよね」

「だよね。 でもナギが帰ってからでないと・・・」

「うん、言い切れないね」

ナギが操作している機械と照らし合わせてみないと、間違いなく作動しているかとは言い切れない。
水無瀬からのメモを受け取った煉炭。 そのあとに水無瀬にお返事のメモを書いたのだが、その時にUSBスティックに手を加えた。

単なる追跡機だったのだが、父ちゃんやナギの話を聞いてハラカルラを出た後に黒門の村に帰っていると気が付いた。 よく考えればわかることなのだが、水無瀬が黒門に攫われたと知った時には追跡をすることしか頭に浮かばなく、追跡機を作ろうと互いに言い合って作った。 だが黒門の村に帰るのであれば衛星が使える。 GPSが使えるということになる。 だから煉炭の手に戻って来た時にGPS機能を追加して埋め込んだ。

「んじゃ・・・」

「だね・・・」

二人の瞼が再び落ちる。 昨日は徹夜だったのだから仕方がない。 水無瀬の緊急事態なのだから、学校を休む電話は母ちゃんが入れてくれている。

夜になり父ちゃんとナギが戻って来た。 煉炭が機械を受け取るとすぐに工作室に行こうとしたのを父ちゃんが止めた。

「なんでぇー?」

「位置の特定するんだもん」

「お前たち、朝と夜がひっくり返ってきてるだろ」

いつもならもう寝ている時間だというのに、これから作業をするということはそういうことになる。

「明日朝早く起きてやれ、それから学校に行け。 今すぐでなくとも黒門が水無瀬君を離すわけないんだからな」

「でもぉ、今日はずっと寝てたから」

「うん、もう眠たくない」

「それがひっくり返ってるというんだ。 いいから布団に入ってこい」

ちぇえー、と言いながらも父ちゃんには逆らえない、二人で自分たちの部屋に引っ込んで行く。
ワハハおじさんの前にご飯とおかずが置かれる。

「どうやった?」

母ちゃんが訊く。 ナギは自分の家に帰っている。

「あっちも似たような山の中だったな」

「あの誰か分からんって人は今日もおらんかった?」

「ああ、見かけなかった」

「いったいどこのもんやろか」

「さぁ。 だがこれ以上のいざこざはご免だ、会いたくないもんだ」

母ちゃんが温め直した味噌汁をことりと置いた。

翌日早朝、煉炭が朝食を食べることもなく、夕べ父ちゃんが持って帰って来た機械を持って工作室に入り込んだ。
まずは持って帰ってきた機械の軌跡をたどる。 軌跡はハラカルラの中ででも途切れることなく動いていたようだ。

ハラカルラの中だけでは方向は分からない。 だからナギにはお獅子のところからハラカルラに入るまではスイッチを入れておくようにと言ってあった。 そこから方向が分かり、地図と照らし合わせることが出来るからである。

機械のデータをパソコンに移す。
まずは最初の軌跡。 お獅子の居る場所からハラカルラに入るまでの軌跡を拡大し、この世界の地図と重ね合わせる。 次に再びスイッチを入れられたところから、ナギがマークを入れたところまでを地図と合せていく。
そしてナギがマークを入れたところと、煉がレシーバーにマークを入れたところを照らし合わせる。

「どう?」

「拡大してみる」

少々のズレはあるがほぼ一致している。

「成功だね」

「だね。 これで黒門の場所が分かった」

「あとは父ちゃんたちがどうするかだけど」

「うん・・・」

いったい大人たちはこの先をどうしようと考えているのだろうか。

「取り敢えず」

「レシーバーを父ちゃんに渡すしかないね」

「だね。 ・・・父ちゃん使えるかな」

「うーん、ナギも怪しいしね」

「アウトプットしておく?」

「そうしようか、父ちゃんたちには紙が一番だ」

縮尺から段々と拡大をした地図を何枚も出して工作室を出た。
煉炭に渡された地図からおおよその場所の見当がつき、この日はおっさんたちと若い者で話し合いがもたれた。 もちろん長や爺たちには秘密である、話し合いは農作業をしながらとなった。


「くー、今日も一日お疲れ、俺」

黒の穴に戻って来た。 今日来た時には黒烏はいなく、白烏もすぐに「後は頼んだ」と出ていってしまっていたが為、何の収穫もなかった。 その上、黒門の者たちが喧嘩でも始めたのか、穴の周りでかなり水がざわつき手こずったことこの上なかった。
ポケットの中の物を手で確認すると黒の穴を潜る。 USBスティックはいつ部屋の中をチェックされるか分からないということから、ポケットに入れて持ち歩くことにした。
穴から身体を出して下を見る。 今日も看守たちが待っているはずと思いながら。

「・・・え」

看守たちが居ない。
どういうことだと思いながら岩を降りていく。
穴の周りで水がざわついていたのを考えると何かあったとしか思えないが、それでも一人も居ないというのはどういうことだろうか。

足を着けると周りを見渡す。 岩の陰にまわって顔を覗かせようとした時、影から人影が出てきた。 その顔に面は着けられていない。

「こんにちは、水無瀬君」

名前を呼ばれた。

「だれ・・・」

水無瀬がそう言った途端、男の後ろから数人が出てきた。

「まぁ、自己紹介はあとで。 まずは一緒に来てもらおうか」

「黒門の人達は」

「そこらあたりで寝てる」

寝てる? どう見ても黒門よりもこちらの方の数が多い。

「暴力をふるったのか」

それで水がざわついていたのか。

「聞こえの悪いことを言わないで欲しいな」

顎をしゃくった。
水無瀬の後ろに居ただろう男が水無瀬の腕に自分の腕を絡ませてきた。 黒門の男達に腕を取られていた時とは違う絡ませ方。 この絡ませ方には覚えがある。

「え・・・」

思わず後ろを見ようとして止まった。 腕を絡ませてきた相手がひょっこりと顔を出してきたからだ。

「行こ、水無ちゃん」


連れて来られたのは一間だけある家だった。 きっと空き家になっていたのだろう。 そしてここも山の中、村なのだろう。

「雄哉、どういうことだ」

「どういうことって、こういうこと」

「ここは雄哉の実家じゃないだろう」

「うん。 俺の実家は水無ちゃん知ってるじゃん」

「知ってるから訊いてんだよ!」

「うわ、怒るなよ。 一応、水無ちゃんの心静め役ってことで俺が居るんだから」

「もー! 訳わかんねー!!」

頭をぐしゃぐしゃと掻きまくる。

「雄哉、いいか?」

襖の向こうから声がかかった。

「はい、どうぞ」

襖があいた。 そこに居たのは見たことのある顔。 広世。
雄哉が話してみたいと言っていた一年上の大学の先輩であり、水無瀬もがっしりとしたスポーツマン体形に爽やかで整った顔、見た目ももちろんだが声もちょっとした所作も同性の男から見ても憧れる、と思っていた相手である。

「やぁ、初めまして」

水無瀬の頭の中が真っ白になっていく。
その大きく目を開いたまま止まってしまった水無瀬を見て、雄哉が水無瀬の前で手を振りながら言う。

「水無ちゃん、大丈夫?」

「ああ、お茶でも飲んでもらおうか」

広世が片隅に置いてあったままの盆を手繰り寄せる。 盆にはポットと茶の準備がしてある。

「あ、俺が淹れます」

雄哉が腰を上げ茶を淹れると水無瀬の手に握らせる。

「水無ちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて」

言われるがまま茶を啜る。

(あ、俺・・・口も喉も動かせてる)

そしてそう考えることも出来ている。 脳もちゃんと動いているようだ。

「ちょっとは落ち着いたかな?」

湯呑を口から外すと雄哉に手渡す。 「え? 俺が持つのかよ」とボソッと雄哉が言ったが、そんなものは無視をする。

「どうして広世さんが・・・いや、それより先にここは青ですか白ですか」

「白」

広世が相好を崩す。 相変わらずいい男である。

「そうだな、こちらからも訊きたいことがあるんだが、まずは水無瀬君の質問に答えようか。 その方が落ち着いて話せるだろ?」

茶を飲んで少しは頭の中がはっきりとしてきた。 現状を受け入れることが出来てきた。

「そちらの質問に俺が答えるかどうかは分かりませんが、たしかにその方が落ち着きます」

水無瀬の答えを気に入らないという表情は一切なく、もう一度相好を崩し一つ頷いただけで水無瀬に応える。

「どうして俺が、っていうところは俺の里がここっていうことと、水無瀬君がキーマンになったことから同じ大学に通っていた俺が選ばれたってこと。 こんなもんでいいかな?」

大学でちょこちょこと声は聞いていたが、相対して話したことなど無かった。 ここまで長く声を聞いたこともなかった。 姿形だけではなく、やはり声までもいい男である。

「キーマンというのは?」

「それはこちらの訊きたい事に繋がるんだが、このまま話してもいいかな?」

「あ・・・」

今何が訊きたい。 頭の中を巡らせるがあまりにも唐突すぎた、今は何も浮かんでこない。

「それじゃあ、はい」

また相好を崩し一つ頷いてから口を開く。

「回りくどいのは好きじゃないんでね、ストレートに言うよ。 水無瀬君を追う前は矢島さんを追っていた」

「え・・・」

「ま、俺はそちらには入っていなかったけど」

だが矢島が死んだということから、ターゲットを水無瀬にシフトしたということだった。 シフトするにあたって黒門の動きを見ていたという。

(あ・・・)

思い出したことがあった。 ハラカルラで黒門に連れ去られた日、誰かの姿を見た。 その時にどこかで見たことがあるような体形、雰囲気と思っていたのだった。 あれは黒門の動きを見ていた広世だったのか。
そこでキャンパスで見覚えのある水無瀬だと気づいた、いやそれより前からだろう。 キーマンが水無瀬となったから同じ大学である広瀬が選ばれたと言っていた。 だからあの時より前から水無瀬であることを確認していて、あの時は隙あらば接触してこようとしていたのかもしれない。

「黒門と朱門のいざこざは知っている。 矢島さんが朱門の守り人の筋だということもね」

だが守り人の筋としてではなく、DNAの筋として矢島は白門の守り人の筋だと言う。

「DNA?」

守り人にそんなことは関係ないはず。 先代の守り人が認めれば次代の守り人としてその門の守り人となるはず。

「そう。 水無瀬君も聞かされてるだろう? 門の在り方ってのを。 その門の在り方っていうのがそれに繋がる」

「それって、もしかして水見さんって人が関係ありますか?」

「ああ、知ってたんだ。 そう、ずっと昔の白門の守り人が水見さん。 矢島さんはその直系の子孫。 矢島さん達家系はずっと守り人のことを聞かされ受け継がれてきていた」

(ああ、だから矢島さんは何の躊躇もなくハラカルラを受け止めることが出来たんだ)

偶然にも白門の守り人が矢島と烏の会話を聞いた。 ちょうど矢島がハラカルラに入って来た時だったという。
矢島の苗字を聞いた白門の守り人は歴代の守り人に水見という人物がいたことを知っていた。 そしてその人物が重要な人物だということも知っていた。 そこで矢島に接触を図ったということだった。
水無瀬が考えていた遠縁ということは関係なかったということになる。

「黒門を出て白門に来て欲しいと、うちの守り人が何度も言ったんだけどね」

広世が両の眉を上げる。 断られたということだろう。

「でも白門の守り人はいたわけでしょ? だったらその守り人でいいんじゃないんですか?」

すると広世が首を振りながら答えた。
白門の跡が見つからないということと、水見がかなり優秀だったということであった。

それを聞いて黒烏が言っていたことを思い出した。 白門でもハラカルラにダイブできる人が居たと言っていた。 それがきっと水見だったのだろう、そして矢島もダイブが出来ていた。 肉体的DNAもあるが、そこのところも広世の言うDNAと関係してくるのかもしれない。 広世の言っているDNAとは優秀というDNAなのだろう。

矢島が黒門を出て黒門から逃げ回っている時にも接触を図ったが、ことごとく断られたと言う。

「白門の守り人は跡を諦めたんですか?」

「ああ。 歳でね、この数日は歩くこともままならなくなっている状態だから、跡を探すなんてことは不可能なんだ。 そうだな、最後にハラカルラに行ったのは何日前だったか。 その時はまだなんとか歩けていたけど、烏も誰も居なかったと戻って来た」

それは水無瀬と接触させるためだったが失敗に終わってしまっていた。

誰も居なかった、烏も居なかった。 ということは一瞬見た誰か、あれは白門の守り人だったのか? いやだが烏は青の穴だと言っていた。 烏が穴を間違えるはずなどない。 どういうことなのだろうか。

「矢島さんのことは分かりました。 でもどうしてそこから俺なんですか? 俺はそのDNAに関係してませんよ」

「跡を探せなくなった。 そして矢島さんが見込んだ君だからだよ」

『君だ! やっと見つけた』 矢島が言っていたやっと見つけたというのは、広世の言うDNA的考え方のことだったのだろうか。 血は繋がっていないのだから同じDNAは持っていない。 だがハラカルラに関して何かは分からないが、矢島が選んだということは矢島と同じものを持っているということなのだろうか。
いつまでもこの渦から出られないということだろうか。

水無瀬が天を仰ぎ見る。 目の先にあるのは天ではなく低い天井であった。


ピピピとレシーバーから音がした。

「水無瀬が戻ったん・・・あれぇ?」

「どうしたの? 煉」

「見て」

煉がレシーバーの画面を指さす。

「んん?」

「昨日と違うくない?」

「ホントだ違う。 どういうこと?」

「分んない。 でも父ちゃんに報告」

「位置情報をアウトプットしていこう」

前回地図をアウトプットし手渡した時に父ちゃんは分かりやすいと言っていた。 やはり父ちゃんには紙が一番である。

「はぁ? どういうことだ?」

アウトプットされた位置情報を見ながら父ちゃんが言う。

「その機械本当にちゃんと動いてんのか?」

前回はちゃんと追跡機と照らし合わせて確認が出来ていたが、今回はナギも誰も追跡をしなかったが為、確認が出来ていない。
通常ならそんなことを言われても自信満々で応えられるが、あくまでもハラカルラを通っている。 GPSが異常をきたしていないとは言い切れない。

「分んないけど・・・」

「多分、機能してると思う」

GPSに異常があったとしても、衛星からのレシーバーに誤作動があるとは思えない。

「そうだな・・・一応、毎日チェックと報告」

「学校休んで?」 二人で目をキラキラさせながら声を合わせる。

「学校は行く。 あくまでも早朝と学校から帰ってからだ」

学校から帰っての訓練にお目こぼしをもらえただけであった。

「さ、あんたら風呂に入っといで」

「はーい」 と声を合わせ、しょぼしょぼと歩いて行く。 「水無瀬と入りたいなー」という声が小さく聞こえた。 父ちゃんと母ちゃんがそれを聞いて互いに顔を合わせ小さく笑う。

「で、話し合いはどうだったん?」

「一応、明日行ってみるということになったが煉炭のことが気になるなぁ。 この限りでは黒門の村から出ていることになる。 黒門が水無瀬君を村から出すはずはないんだが」

煉炭から渡された紙を持ちながらパンと指ではじく。

「そうだねぇ、水無瀬君に何かあったんだろか。 病気でもしとらんかったらいいんやけど」

今回煉炭がアウトプットしてきたのはたった一枚で前回ほどの拡大地図はなく、言ってみれば昨日まで居た黒門の場所と今現在いる場所を示しただけのものだった。 よってそこにどんな建物があるのかは分からない。 母ちゃんは救急で病院にでも運ばれたのではないかという懸念を示したというわけである。

「そうか・・・そういうことも有り得るか」

それにしては離れているがそういう考えも頭に入れておかねば。

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ハラカルラ 第33回

2024年02月02日 20時54分45秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第33回




烏たちと話していた時に思い出せなかったことを思い出そうとする。
『水無瀬君にも強制はしたくなかった』 『あるがままを見て選んでほしかった』 その前だ、その前に何と言っていた長は。

「うー・・・」

頭を掻きむしるがどこにも記憶が残っていない。

「うん? あれ?」

他のことが頭に浮かんだ。

「そう言えば、長・・・ずっと水の世界とかって言ってたのに、あの時ハラカルラって言ってた」

それに守り人とも。 ずっとその単語は言っていなかったのに。

「なんでだ・・・」

その単語を知っていた、知っていて使わなかった。

「そういえば」

水無瀬がライたちの村に向かった時、ワハハおじさんが運転をしていた時である。 水無瀬が行き先を訊いたがワハハおじさんは 『俺らの里』 としか言わなかった。 そして 『里に来る気はなさそうなんだろ? 悪いがその相手に場所を明かすことはしたくなくてな』 そう言っていた。

「長も同じ考えだった?」

ガバリと起き上がる。
気の固まっていない水無瀬にハラカルラや守り人という言葉を聞かせたくなかった。 言ってみれば部外者扱いということになるが、それは水無瀬の考えや気持ちを尊重していたということ。

「くそっ・・・」

情けない自分の頭をかかえ背中を丸くする。
長だけじゃない、ライもナギも時々話した村のみんなも悪意のある嘘など一言も言わなかった。 村のみんなで嘘をついていたわけではなかった、水無瀬を尊重してくれていたのだ。 村のみんな、二つ三つと同じ顔の爺たちやおっさんたち、若い者たちの顔が浮かぶ。 ライが珍しい二卵性と言っていた意味がよく分かった。
そして水無瀬の返事を聞いた長の残念そうな顔。

「あ・・・あの時、も」

『水無瀬君を襲ったのは・・・朱門の者たち』 長は言いにくそうに言っていた。 その時は他の門の悪口を言うようで嫌なのだろうかと思っていたが、朱門は長たち自身のことだから言いにくかった、嘘になるから言葉が止まった。
ライも言いにくそうにしている時があった。 長やライの言葉を一つづつ思い出すと同じようなことがまだまだあったはず。
嘘をつきたくてついていたんじゃない。

「俺は、なんて馬鹿なんだ」

今更気付いても遅い。


翌日、ハラカルラに行くに周りを固める中にアイツがいた。

「ウーッス、水無瀬っち」

夕べは殆ど眠れなかったというのに今日は今日で朝から気分が悪い。 いったいどういうチョイスルールがあるのか。

「お前、大学はどうしてんだよ」

同じ大学ではないが一年下だということは知っている。

「うん? そろそろ春学期だしな、始まったら向こうに行くけど?」

「俺はどうなるんだよ」

「うーん・・・どうなるんだろうねぇ」

この会話をしたくないのだろう、他人の振りをするように歩いて行った。 十分に他人だが。
とにかくコイツの後ろを歩くのはムカつく。 さっさと歩を進めハラカルラに向かって歩き出すと面を持った男たちが慌ててついて来た。
穴の真下まで来たが昨日落としておいたジッパー付きの袋は無かった。

(誰かが持って帰った・・・)

それを期待して落としたのだったが、その誰かとは単純に朱門と考えていた。 だがこうしてなくなったのを見ると、何処の門の者が拾ったのだろうかと不安になる。 昨日ここに落としておいたのは迂闊なやり方だったかもしれない。
何気ない振りをして後ろを振り向く。

「ん?」

黒門の男たちの向こうに誰かが見えた。
水無瀬の様子に黒門の男たちが気付いたのだろう、全員が振り返り水無瀬が見ている方向を見ている。
見覚えのある姿。 誰だっただろうか。
そういえば・・・黒門に攫われる前にも見かけた。 どこかで見たことがあるような体形、雰囲気、あの時にもそう思い、そしてあの時も今も顔は見えなかった。

「どうした」

「あ、いや・・・誰かいたような気がして」

「誰か? 朱門か」

「そうじゃないけど・・・あー、気のせいかもしれない」

よく考えると少なくとも二度は朱門の誰かがここに来ていたのだ。 今日も来ているかもしれないというのに要らないことを言ってしまった。

「おい」

男が言いながら顎をしゃくった。 見に行けということだ。 二人を残して五人が水無瀬の見ていた方向に歩いて行く。

「お前はさっさと行け」

水無瀬に穴に行けと言う。
扱いがぞんざいだな、と思いながらトンと蹴り上げ上昇していく。 穴に入ろうと手をかけるとジッパー付きの袋が目に入った。

「あ・・・」

朱門の誰かが下に落としていたのに気付いてくれたということか? それでここに置き直した? そうであるのならば、水無瀬が煉炭に書いたメモは届いていないということになる。 そしてメモの裏に込めた気持ち、朱門の思いは拒否する、ということが届かなかったということ。

あの時は怒りに任せてそうしたが、今は届いていなくてホッとしている。 少しは冷静に考えることが出来てきたのだから。
だがそうなれば今が気になる。 穴に手をかけたまま振り返り下方向を見渡す。 黒門の男たち五人が散らばってあちこちの岩陰を見て回っている。 ここからはどこにも朱門の人間は見えないがどこかに隠れているのだろうか。 見つかれば要らないことを言った自分のせいだ。

「え・・・あれって・・・」

上から見ているからこそ見える。 かなり離れてはいるがチラリと見えたのは「雄、哉・・・?」
まさかこんな所に雄哉がいるわけがない。
でも・・・。
手を伸ばしてジッパー付きの袋を取りポケットに入れる。 次に足でポンと岩壁を蹴り、雄哉らしき人物が見えなくなった岩に向かって泳ぎだす。

「え? あ、あいつ!」

ずっと水無瀬の様子を見ていた二人が水無瀬を追って歩を出した。
平泳ぎの形でどんどんと泳いでいく。 泳いでいる水無瀬を見てすれ違っていく魚たちが口角を上げ笑っている。 目をぎょろりと動かし水無瀬の姿を見ている軟体動物たち。

水無瀬の泳ぎは水をざわつかせないようにゆっくりとしているが、下に居る男たちは何度も前を見たり上を向いて水無瀬の行く先を見たりしている内に、その頭の振りが早くなってきている。 男たちの周りで水がざわつき始める。

「まーた、人間どもが水をざわつかせおって」

「最近、ようざわついておるのー」

「すぐそこだ、お前、出て行って頭の一つでも突いてこい」

「物騒なことを言うのぉ。 ああ、そう言えば・・・」

何日か前に水無瀬が言っていたことを思い出した。 水をざわつかせていたのは自分だと、そう言っていた。 今回も水無瀬なのだろうか。

(今下手なことを言えば余計にキレおるか・・・)

「そう言えば、なんだ」

「いんや、何でもない。 すぐに落ち着くだろうて」

「他人事(ひとごと)のように」

「他人事だからのぉ」

「なんだと!」

「ああ、こっちも忙し、忙し。 おお? 終貝か」

水無瀬が見失った岩陰に足を着けた。 左右を見るが誰の姿も見えない。 やはり気のせいだったのだろうか。 泳いでいる時にどこの岩陰からも誰かが出てきていた様子は見えなかった。

「雄哉恋しさに幻を見たってか?」

そうであったら情けなさ過ぎるだろう。
水無瀬の見える範囲から隠れて移動したのならば見えなかったのかもしれないが、雄哉が水無瀬から隠れるような事は何もない。 それに雄哉がここに居る可能性はゼロに等しい。 いや、皆無と言っていい。
足を出すとコツンと何かを蹴った。 足元に目をやると、大きめな二枚貝が水無瀬に蹴られたことによって、コロンコロンと二転する。

「しまった」

ハラカルラに生きるものを蹴ってしまった。 屈んで二枚貝を手に取る。 貝は半分開いている。 そして中身がない。 終貝だ。

「おい! 何を勝手なことをしている!」

男が岩陰から姿を現した。 水無瀬を追っていた内の一人である。
一度男に振り向いた水無瀬が手にしていた二枚貝を見て一瞬頭の中を巡らす。

「これを回収に来た」

「え?」

「だから守り人の仕事。 さっき入り口で振り返った時にコレが見えた」

「あ、ああ、そうなのか」

「矢島さんも時々はしてたんでしょ? 貝の回収」

「いや・・・俺は一度も見たことは無いが、そういうことをする日もあったんだろう」

「ふーん。 あったんだろうって、どういうこと? 毎日誰かが矢島さんに付いてまわってたんでしょ? 誰か見たって報告はなかったの?」

「少なくとも俺は聞いてない。 だがこれからは一言いってからにしてくれ」

「ああ、走らせちゃったか。 はいはい、これからはそうします。 ではこれから穴に戻ります。 ああ、走らないで下さい、それでなくてもここんところ忙しいって言って、こっちにとばっちりが回ってきてますから。 烏に余計な仕事をさせないで下さい」

白々しく言うと二枚貝を手にして泳いで行く。

(毎日誰かが矢島さんに付いてまわっていたということを否定しなかった。 矢島さんは毎日見張られてたってわけか)

今の水無瀬のように。 だがそれがどこまでかは分からない。 少なくとも今の言いようでは、黒の穴への行き帰りは見張られていた。 穴に入った後、そして村に戻ってからはどうだったのだろうか。 見張が立っていたのだろうか。

水無瀬を大学に通わせると最初は言っていたし、長代理と言う爺は水無瀬次第だと言っていた。 そして 『矢島のように逃げられては困る』 とも。 と言うことは、村に戻ってからは見張はついていなかった可能性が高い。 矢島が逃げたから水無瀬を見張っている、同じ轍は二度と踏まないというところだろう。

「その時に誰かとコンタクトをとっていた?」

いや、村の中だ。 村の人間以外が入ってくればすぐに分かるはず。 ということは、やはりこのハラカルラで誰かと会っていた?

「それが水見さんって人と関係があるんだろうか」

烏たちの記憶の薄さから、水見というのはかなり前の守り人ということになる。 もう生きてはいない程の前。 もし水見と関係があるとするならば、その子孫ということになるが、それは女系。 水見という苗字ではないことになる。

長が言うように、矢島が天涯孤独の身であったのならば、それは守り人になってからの話で幼い頃には親戚がいた。 そして守り人となった時には、親か矢島自身かは分からないが親戚縁者と縁を切った。
ハラカルラに来て偶然かどうか、その子孫と話しをした内容からか、顔を覚えていたのかどうか。

「邂逅(かいこう)した」

矢島が姓を隠していたということに囚われ過ぎてはいけないとは思うが、ナギが言ったように、ならばどうして矢島が姓を隠していたのか。
水無瀬は誰かがピロティから穴に入って行くのを見た。 黒烏にその穴はどこの穴かと訊けば青の穴だと言っていた。

「水見さんって人と関係あるのかどうかは分からないけど、矢島さんが青門の誰かと会っていた可能性が今のところ高い」

穴を抜けてザバンと顔を出す。 坂を上がって行き机の上に終貝を置くとポケットに入れたものを出す。 それを引き出しに入れかけてその手が止まった。

「ん?」

手触りが違う気がする。 手で形を確かめてもUSBスティックの形はそのままである、何が違う?

「紙が違う?」

矢島が残していた百円均一で買ったようなメモより厚い感じがする。
ジッパーを開けてメモを取り出すとそのメモにはキャラクターが描かれていた。 ジッパー付きの袋に描かれているものと同じキャラクター。

「煉炭?」

二つ折りにされたそのメモを広げると、そこに書かれていた文字は何度か見た煉炭の文字と同じだった。
読む必要なく見ただけで、ぷっと思わず吹いてしまった。

『水無瀬の うましか』 と書かれていた。
“うましか” は漢字に変換して “馬鹿” ということ。

そして続けて書かれている文字に目を移す。
『これは宝物。 ちゃんと持ってること』 そう書かれていた。

水無瀬が煉炭に書いたメモはちゃんと煉炭に届いていたようだ。 そしてメモの裏に込めた、朱門の思いを拒否するという思いは伝わったのだろう。 それに対する返事が 『宝物』 若しくは 『ちゃんと持ってること』 ということなのだろう。

「って、考え過ぎかな?」

単に煉炭だけの考えなのかもしれない。 だがその煉炭が一筋縄でいかないことは知っている。
USBスティックを目の高さまで上げくるくると回して見てみるが、やはりどこかに何かがあるようには見えない。 きっと煉炭のことだ、中を触っているのだろう。

昨日、今更気付いても遅いと思った。 口に出してしまった言葉は無かったことには出来ないが、まだ何とかなるかもしれない。
長や村のみんな、ライやナギ、みんなが水無瀬を尊重してくれていた。 それを裏切ったのは水無瀬自身。

―――優しい嘘だった。

気付いたのは遅かった。 でも気付けた。

メモとUSBスティックを袋に入れ、しっかりとジッパーを閉めるとポケットに入れた。

今日も烏との一日が終わった。
相変わらず烏は忙しそうにしていたが、上手くヨイショをしながら色んな話を聞くことが出来、偶然にも見つけた終貝を水無瀬が差し出すと黒烏の機嫌がかなり良くなっていた。

まずは黒烏が青門とどんな話をしたかということだったが、各色と話したことは他の色の者には話せないと一蹴されてしまった。 それは各色の村の在り方が違うからだということだったが、基本守り人にはさほどの違いはないとも言っていた。

『村には村の考え方があるからのぉ。 まっ、守り人はその村の出身であるということは稀な事、じゃから村の考え方に守り人が括られることもないのだろうがな』
『前にも言ったが、守り人の中にもやる気のあるものと無い者がおる。 そこで村の者と言い争うこともあるということは随分と前に言っておったか』

何百年、いやもしかして千年以上という間には色んな守り人が居たのだろう。
そこで水無瀬が毎日来ているから、青が顔を出さないのだろうかと振ってみるとその様だということだった。 やはりまだ青は黒を気にしているということ。 それが余所者の守り人とはいえ、というところなのかもしれない。

では矢島は毎日来ていたはずだ、それも何年も。 その時にも青は来ていなかったのだろうか。

『んー? 毎日?』

烏の反応は意外だった。

『毎日は来とらん。 のぉ?』

『まぁ、他の者に比べては来ていた方だがな。 だが鳴海のように長くは居んかったな』

想定外のことを聞かされた。 今までの考えが覆される。
黒門の男たちは毎日、矢島を穴まで送ってきていた。 矢島が穴に居る間は水無瀬の時と同じように穴を抜け出さないか下で監視をしていたはずだ。
いや、それはどうだろうか。 まだ日の浅い水無瀬だから監視をしているだけなのだろうか。
だが少なくとも送迎はしていたはず。 水無瀬が 『毎日誰かが矢島さんに付いてまわってたんでしょ?』 そう訊いても否定はしなかった。
ということは矢島は黒の穴にだけ来ていた時もあったということになる。 その先に足を進めなかった。 若しくは・・・。

「ハラカルラを出ていた?」

いやハラカルラを簡単に出られたとしても、入って来た時に穢れを持って入って来ることになる。 そうなれば水がざわつきだす。 それを考えるとハラカルラを出ていたということは考えにくい。
では矢島は黒の穴でどうしていたのだろうか、何をしていたのだろうか。

他の色の者と会うことが出来るのはピロティ若しくは大きな穴の中だけ。 大きな穴には確実とは言えないが烏がいる。 もし矢島が誰かと居たのなら、それを教えてくれているはず。
机は矢島が穴に入る以前からあったものと思える古さ、だが文具はどうだ。 あれは矢島が持って入ったものだろう。

「勉強でもしてたのか?」

あの歳で? いや、勉強に歳など関係ないと首を振る。 だが黒門から解放されるわけではないと知っていたはずだ、そうであれば勉強などしても何の役にも立たないと分かっていたはず。

「うーん、まとまらないなぁ」

ポケットの中にあるものを手で確認すると穴を潜った。

パチンとスイッチを入れる。 青の点滅が移動している。 ナギが顔を上げてワハハおじさんに頷いてみせると、周りを気にしながら二人で点滅を追って行く。

「ここか・・・」

ワハハおじさんが辺りを見回す。
そこは朱門の村と変わらないような山の中であった。 ハラカルラを出て黒門の村に入ったところである。
ワハハおじさんの横でナギが機械を操作している。

「分かるか?」

「はい」

煉炭に操作の指導を受けたのはナギである。
青の点滅はもう動く事なくじっとしている。 それは水無瀬が止まったということ。 この点滅の位置で水無瀬が寝起きしているか、朱門のようにまずは長に今日の報告をしている長の家といったところだろう。

「これ以上はここに居られませんから、今のところにマークを入れます」

「そうだな」

いつ黒門の者がここに来るか分からない。 見つかってしまうわけにはいかない。

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