大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第38回

2016年12月29日 23時50分42秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第30回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第38回




タム婆がトデナミに支えられ長の小屋へ向かっていった。 これからのことを話しに行ったようだった。

手持ち無沙汰になったシノハがラワンの元に行くと、村の若い女たちと子供たちがラワンの元に居た。

「え? 珍しい・・・いや、いつもそうだったのか?」 相変わらずずっとタム婆の小屋に居たシノハが初めて見た光景だった。

シノハの足音に気付いたラワンが顔を振りシノハを見た。 すると女たちも同じようにシノハに振り返る。 かすかに、キャッと言う声が聞こえた・・・ような気がした。
シノハが近づくと女たちが指先を額に当てて軽く膝を折る。 女の挨拶。 それを受けてシノハも右手を握り締めると左胸元に当てた。

「ラワンがなにかご迷惑でも?」 当たり障りないの質問を目の前にいる3人の女に問うた。

「いいえ、村の馬たちと違ってラワンはとてもいい仔なので、時々こうしてラワンにお話を聞いてもらっているんです。 ね、」 と、あとの二人を見た。

「そうですか。 ご迷惑をかけていないのでしたらそれで・・・」 聞いたラワンがブフンと鼻をならしシノハを睨んだ。

「あ、やっぱり言葉を分かってくれてる」 一人が嬉しそうにラワンの首を撫でる。

「ユンノ、だから言ったでしょ。 ラワンって村の馬たちとは大違いだって」 最初に話した女が言う。

「我はシノハと申します。 ユンノさんと仰るのですか?」 名を言われ、ユンノが顔を赤らめて頷いた。

「ズークの種はみな頭がいいのです。 そして言葉だけでなく、通じると心で話せる種なのです」 シノハに見つめられ、どんどん顔が赤くなっていく。

「・・・はい」 赤くなった顔を見られまいと、両の手で頬を抑える。

「他の女たちが見当たりませんが?」 辺りを見回し問う。 男たちは村に行っているということは知っている。

「今日は男たちと村に行った者と、森へ実をとりに行った者とに分かれているので、私たちが子守りをしているんです」 初めて喋る残りの一人が言ったが、その目を真っ直ぐに見て話を聞くシノハにこれまた頬を赤らめた。

「そうでしたか」 赤い頬に笑みを返す。 

今喋った女も両手で頬を抑え、ユンノと目を合わせた。 女達の衣の裾を掴んで、おっかなびっくりな目をしている子供が5人。

「もしかして、この子たちも地の怒りで怪我を?」

「はい」 両の頬を抑えながらさっきの女が返事をして「でも、もう大丈夫よね」 と子供に話しかけた。

話しかけられた子にシノハが目を合わせしゃがんだ。

「我が名はシノハと言う。 名は何という?」 聞かれた子供が不安そうな顔で女を見上げた。 

「トマムと言います」 女が子供に代わって名を言う。

「トマムか。 痛い所はもうないか?」 コクリと頷く。

「薬草を飲んだか?」 これまたコクリと頷く。

「苦かっただろう?」 口元をほころばせコクリと頷いた。

「我もトデナミが作ってくださった薬草を飲んだが苦かった」 子供が女の衣の裾を離して、その小さな手で口を押えて笑い出した。

「ははは、それだけ笑えれば元気だな」 言うと立ち上がり、最初に話してきた女に問うた。 他の二人に問うには少々顔が赤すぎたからだ。

「タイリンも男たちと一緒に村に行ったのですか?」

「いえ、タイリンは水の守りをしています」

「あ、そう言えば婆様の小屋の前になかったなぁ・・・」 視線を横に泳がせた。

「水を作る袋ですか?」

「はい」

「皆の集まるところに置いてあります」

「そうですか。 ではちょっと見てきます」 言うとラワンを置いて歩き出した。
残った女たちはシノハの話題で盛り上がり、シノハのことを色々とラワンに聞くが、ラワンの表情からは答えが分からなかった。

皆の集まるところに行くと端っこでタイリンが水を入れた袋の前に座り込んでいた。

「あ、シノハさん」

「大変な役をさせてしまったな」

「いえ、落ちてくる雫を見ているのは楽しいです。 それに・・・」 言いかけて口を噤んだ。

「ん? なんだ?」 眉を上げて聞く。

「えっと・・・」 恥ずかしそうな顔をしているのを見て、言いたくないことではないのだなと判断した。

「なんだ? 言ってみるとスッキリするぞ」

「あの・・・女たちが・・・」

「女たち?」 頭を傾げる。

「はい。 ・・・女たちが、有難うって・・・」 聞いてシノハの顔がほころんだ。

「そうか、良かったな」 シノハの顔を見ると頷き下を向く。

少しの間をおいてシノハが話し出す。

「長が誰かを寄こしてこられたか?」

「あ・・・それはまだ」

「そうか。 今は村のことで人手が必要なんだろうけど、そろそろ水をとりに行かないといけないしなぁ。 あ、俺の手伝えるうちは手伝うが、その後のこともあるからな・・・」 あれからもう一度シノハは水をとりに行っていた。

「はい、筒の水が大分なくなってきました」

「そうか、出来るだけ水は置かない方がいいから、最後の筒の水がなくなったらまた俺がとりに行こう。 その時になったら教えてくれ」

「はい」 タイリンが返事をすると、二人の会話に他の声が混じった。

「シノハさん」 後ろから呼ばれた。
振り向くとさっきの女であった。 唯一、頬を赤くしていない女。

「あ、トラミン」 言ったタイリンの方を一瞬向いて、またトラミンと言われた女を見た。

「トデナミさんが探していらっしゃいました。 長の小屋に来てくださいということです」

「分かりました。 えっと・・・トラミンさんですね、有難うございます」 名を言われ、とうとう赤くなってしまった。

走って帰るトラミンの姿を見送ったタイリンが誰に言うわけでもなく 「あー、こりゃ大変だ」 と言う。

「なんだ?」 立ち上がりかけたシノハが聞くと、思いもしなかったことをタイリンが言った。

「今、女たちの間でシノハさんのことが噂になってるみたいなんです」

「え? そんなことはないだろう。 女達とはさっき始めて話しただけだぞ」

「ほら、一緒に川に行ったじゃないですか」 言いながら水の入った袋を指さした。

「ああ」

「あの日、この場所に女たちが居たでしょう?」

「ああ・・・飯を作ったりしてたよな」

「その時に女たちがシノハさんを見てたらしいです」 

「俺を?」 ちょっと考えて、あの時誰かの視線を感じたのを思い出した。

「男たちが噂をしているシノハさんってどんな人だろうって」

「男たち?」 女や男が出てきて分けが分からない。

「はい。 暴れ馬を制したのを見ていた者が、凄かったって話をしてたり、ゴンドュー村の人たちが来たでしょ? 馬さばきが凄かったそうです。 そのゴンドューの人たちとドンダダみたいに対等に喋ってるのを見て、シノハさんに興味があるみたいです。 あ、それにラワンさんにも」

「え? ラワン?」 ラワンと言われて自分のことを聞くより、咄嗟にラワンのことを聞いてしまった。

「はい、ラワンさんが誰に言われたわけじゃないのに婆様を背にのせたり、婆様の身体の具合が悪いのを分かってゆっくり立ち上がったことも、考えられないって」

「へぇー」 タイリンの言う話よりなにより、タイリンの言葉の多さに驚いた。

「タイリン、みんなと喋るようになったのか?」

「あ・・・みんなとって言うか・・・女たちが話してくれるんです。 これを作ったおかげだと思います」 またもや水の入った袋を指さした。

「どんなことが切っ掛けであっても、俺はタイリンの楽しそうな顔を見ているのが嬉しいよ」 言って顔をほころばせると、やっと腰を上げた。


長の小屋に行くとタム婆とトデナミが居た。 
長の手足の傷跡は残っているものの、もう不自由はないとのことであった。

「婆が世話になったな」

「いいえ、我はなにも。 ただ横に座っていただけです」

「トデナミに聞いた。 昼夜なく付いてくれていたそうだな。 お前がおらんとトデナミが倒れておっただろう。 我が村の大切な婆様とこれからの“才ある者” をよく守ってくれた。 礼を言う」

「大切な婆様? 気持ちが悪いのぉ」 タム婆のその声に長がコホンと咳をする。

「まぁ、こんな憎まれ口をたたくほどに元気になった。 お前のお蔭だ」 言われ今度は素直に頭を下げた。

「まだまだお前に居て欲しいんだが、あまり引き留めるわけにいかんのはわかっている。 だが、あと少しでいい。 もう少し婆が回復するまで居てくれないか?」

「はい」

「オロンガの村に迷惑をかけるな」

「いえ、セナ婆様が上手くやって下さっていると思います」

「そうか。 使いの用も大丈夫か?」

「その辺りもセナ婆様がして下さっていると思いますし、数日前に我の使いの先、ゴンドューの村人と会いました。 その時に話をしているのでゴンドューの村では分かってくれていると思います」

「ゴンドューの村人? どこでだ?」

「え? 聞いておられないのですか?」

「なんのことだ?」

「ゴンドュー村ではトンデン村の馬が逃げ出したと聞いて、集めにまわったそうです。 何頭逃げたかまでは分からなかったと言っていましたが、そうですね・・・我が見ただけでも15頭は連れてきていたと思います。 村に連れてきて、トンデンの誰かに引き渡したそうです」 シノハの話を聞きながら長の表情が変わってきた。

「ドンダダじゃな」 静かにタム婆が言った。

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--- 映ゆ ---  第37回

2016年12月26日 23時23分00秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第37回




「一に出会い
呼び呼ばれ
糸が触れあい
名で結ぶ」

言い終わって納得するかのように呟いた。

「ああ、そうじゃ。 この語りはその女のことじゃったのか・・・」 納得するタム婆を訳の分からない目でシノハが見る。

「オロンガには5度目が始まりと言う語りがあるじゃろう」 シノハが頷く。

「まさしくその女も5度目が始まりじゃったんじゃ」 

「始まり? なんのですか?」

「居なくなることへのじゃ」 チラッとシノハを見て語りの説明をした。

「一に出会いは、最初の出会いのことじゃろう。
呼び呼ばれは、二度目三度目のこと。
四度目に糸が触れあった。 何の糸かは分からんが縁(えにし)のことじゃろう。
そして名で結んだ・・・そこから始まったのじゃろう」

「ですが・・・我は最初、ラワンとそこに居ましたが、他に誰とも出会っておりません。 それに・・・婆様にもう一度あの水を飲んでいただきたくて、あの場所に行きたいとは思っていましたが、呼んだり、呼ばれたりしたわけではありません・・・」 聞いておきながら、タム婆に逆らっているようで困り顔になる。

「ふぅむ・・・そうか」 

「ですが、少なくとも5度目までは居なくならなかったという事ですね」  タム婆が言った消えたようにいなくなった女の話とは少々違うと思うと、僅かな恐怖はどこかへ消え去った。

「ああ、そうじゃ。 女子(にょご)であったその頃のわしにはこの先はまだ難しいだろうと、女の歳になれば続きを話すと言われた」

「では・・・もしや、セナ婆様は聞いておられるかもしれないのですね?」 その言葉に目を瞑り頭を垂れた。

「シュマ婆様はわしがオロンガに居る頃から、もうかなりのお年じゃった。 セナイルが女の歳になった時に、シュマ婆様のお体の具合はどうだったか・・・」 顔をしかめ記憶を辿る。

シノハがハッと長の話を思い出した。 辛いタム婆の話しを。 

「婆様、今は考え事をしてはまだお身体に触りますから・・・。 どちらにせよオロンガに帰ってセナ婆様に聞いてみます」 辛い過去を思い出させたくない。

「そうか、悪いのぅ。 歳をとるとなかなか思い出せんわ」 言うと初めてしっかりとシノハを見た。

タム婆の顔が過去に歪んでいない事を見てシノハが笑みを向けた。
シノハの笑みを見ると、タム婆が今ある顔の皺をより一層深く刻みこむと、また前を向いてそっと話し出した。

「シノハに聞かせたい話がある」

「はい」

「シュマ婆様は最後までわしを許すとは言ってくれなんだ」 

「あ・・・」 下を向いた。

「わしの事は全て長から聞いておるのじゃろ?」 下を向いたシノハを見る。 視線を感じ、顔を上げてタム婆を見ると「はい」 と答えた。

「わしがオロンガを出るときも姿を見せてくれなんだ」

「婆様・・・」

「夜・・・女子には恐かったもんじゃ。 何も見えん真暗な中を、トンデンの迎えと共にオロンガを後にした。 母上とセナイル、長だけが見送ってくれた」

「父上は?」

「母上とセナイルとわしはシュマ婆様と暮らしておったんじゃ。 父上とは一緒に居れんかった。 縁が切れておった。 わしやセナイルは“才ある者” として父上と縁が切れても構わんことじゃったが、今思うと母上には悪い事をした。 添い遂げたかったろうに」 母の顔を思い出しているのか、どこか遠い目だ。

「長から聞きました。 母上様はお優しい方だったと」

「ああ、とても優しい母上じゃった。 母上に似たのはセナイルじゃな。 わしはどちらかというとシュマ婆様に似ておったわ」 女子のときを思い出しているかのように、遠くに笑みを送っているようだ。

そして杖の上に置いた両の上に顎を乗せた。

「婆様? お疲れですか?」

「いいや。 シュマ婆様の姿を思い出しておるんじゃ」

「お姿も婆様に似ておられたのでしょうか?」

「シュマ婆様は大柄でのぅ、歳をとっても骨ががっちりとしておられた。 最初は見ただけで恐かったもんじゃ」 その言葉にシノハが意外な目を向けた。

「じゃがな、お心は誰よりもお優しいお方じゃった。 わしの事を許すとは言ってくれんかったが、許すということは、わしがトンデンへ向うことを認めたことになる。 それを認めんという事は、行くな、すぐにでも帰って来い、ということじゃ。 わしがいつでも帰ってこられるように認めることをされんかったのじゃろう」

シノハにとっては思いもしない考えだった。

「じゃが、それと反対にわしの思うことをしろと、使いの者を寄越しては、語りを聞かせてくれた」

「語り?」

「ああ、10の年までしかシュマ婆様からの語りは聞いておらんかったからな。 さっき言ったように、女になったときにようやく分かる語りもある。 歳に応じての語りを使いの者に覚えさせ聞かせてくれた。 じゃが、さっきの居なくなった女の話はオロンガだけの語り。 オロンガだけの語りはわしに必要ではない。 主に風を感じる、土を慈しむ、星を空を読む語りじゃ。 それと・・・心の語り・・・じゃな」

「“才ある者” の語り・・・」 想像をしていたシュマ婆とは全然違った。 そして言葉を続けた。

「“才ある者” はお考えが深いのですね。 長から聞いたときには、シュマ婆様はもう少しお気が短い方だと思っていました」 今は亡きシュマ婆に申し訳なさ気に言う。

「ははは、そうじゃぞ。 シュマ婆様はよく怒っておられた」 シノハを見ることなく、前を見て笑う。

「それでは、使いの者は大変だったでしょうね」 使いの者はどんなだったのだろうかと、シノハはタム婆の視線と同じ所に自分の視線を転じた。

「ああ、大変じゃったようじゃな。 シュマ婆様はかなり長い語りを使いのものに覚えさせておったが、頭をたたかれながら覚えさされたのじゃろうな」 その姿を蘇らせたのだろう、いくつもの皺を増やし両の口の端を上げて言葉を続けた。 

「いつも頭をかきながら、思い出しながら語ってくれた・・・クラノがな・・・」 

「え? ・・・クラノ・・・?」

「そうじゃ。 シノハの爺様(じじさま)じゃ」 タム婆はまだずっと前を見ている。

「爺様? ・・・爺様と婆様が?」 

タム婆が長く息を吐き少しの間を置いてまた話し始めた。

「わしがトンデンに来たとき、トンデンへの使いの割り当てが丁度変わるときじゃった。 そこでシュマ婆様が長に、シノハの爺様をトンデンに行かせるようにと言われたらしい。 最初の一度だけ、前の割り当ての者に同道して顔合わせをしたら、それからはもう一人で来ておった。 それもシュマ婆様が長に言った事じゃった。 その時、クラノはまだ18の歳じゃった」

「あ・・・それではまだ割り当てに出られないはずでは・・・それに、長が決めたのではなくてシュマ婆様が?」

「ああ、シュマ婆様はわしの姿を見ることなく、わしの事を分かっておられたんじゃろう。 クラノはシュマ婆様から信用を置かれていたようじゃった。 今のシノハのように、な」

「あ・・・我は爺様の様には・・・タム婆様が我を知ってくださっているというだけで」

「いや、もしトワハが怪我をしておらんでも、セナイルはシノハを同道させたであろう。 それにトワハではわしの状態に気が付かんかったじゃろう」

「そんなことは・・・その、態度は良くないかもしれませんが、トワハの方がうんと年上で我より何でも知っています。 でも我は、婆様に会いたかった。 セナ婆様から聞いたときにはとても嬉しかったんです」

「そう言ってくれると嬉しいのう」 皺を増やすタム婆の顔を見て、タム婆と爺様がどんな風に話していたのかと考える。

「婆様と爺様はずっと話してこられたんですね」

「ああ、赤子だったとはいえ、初めてシノハを見たとき、どんなに懐かしかったか」

「我は爺様に似ているのですか?」

「ああ、良く似ておる。 顔も性格もな。 そうか、クラノには会っておらんのだのぉ」

「はい。 我が生まれたときにはもう居られませんでした」

「さっき・・・長から話を聞いたといっておったな?」 念を押すように問われ「はい」 と頷く。

「クラノが懸命に覚えて何度も何度も足を運んでくれた。 クラノはわしの姿を何度も見ておった」 シノハは思わず手を口に当てた。

「クラノの歳の者はわしの事を知っておったからの。 わしの目を見て何度もオロンガへ帰ろうと言ってくれた。 じゃが、首を振るわしを見ていつも肩を落として帰っていった」 長から話を聞かされていたときの事を思い出す。 

あの時、長の前でなければ、周りにあるあらゆる物を壊しただろう。 暴れて暴れて叫んで・・・。 今更、タム婆を救う事が出来ないと分かっていても。 きっとクラノは傷だらけのタム婆を前にしてどれだけ悔しい思いをしたのか・・・。 と、思い出した事があった。

「もしや・・・長から話を聞いたとき、長は思い出せないと言っておられたことがありましたが、婆様に薬草を塗ったというのは爺様ですか?」

「ああ、来るたびに薬草を手にしていた。 わしが涙せんのを見てクラノが泣いて塗ってくれておった。 クラノが薬草を手にしていなければ、あの傷じゃ、天に身を返しておったかもしれんな」

(爺様が泣いて薬草を・・・)

「そのクラノに願った事があった。 わしのことを誰にも言うなと願った。 
クラノはそれを守ってくれた。 やっとトンデンに居場所が出来てオロンガ・・・セナイルの所へ行くようになったが、セナイルは何も言わなかった、知らなかった。 クラノはわしの願いを聞き入れてくれておった」

(爺様は全て心の内にしまっておられたのか。 どんなに辛かっただろうか。 ・・・でもそれが婆様の願いだから・・・)

「・・・シノハ」 やっとタム婆がシノハを見た。

「はい」 

「爺様のような男になれ」 シノハの目をじっと見た。

「・・・はい」

「クラノに願ったように、今わしはシノハに願う」

「はい、なんなりと」

「オロンガから居なくなるのではないぞ」 願いと言う言葉では収まらない、命令のような言葉、口調であった。

「はい」 タム婆の目を真っ直ぐに見て答えた。


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--- 映ゆ ---  第36回

2016年12月22日 23時50分30秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第36回




「・・・さん」

どこかで声がする。

「・・・ノハさん」 聞き覚えのある声。

(俺を呼んでいる・・・)

肩を揺すられ飛び起きた。

「あ・・・」 目の前には驚いた顔のトデナミが居た。

「驚かしてごめんなさい。 その、うなされていたから」

「あ・・・夢だったのか・・・」 額に手をやり大きく息を吐いた。

「大丈夫ですか?」

「・・・はい。 こちらこそ驚かしたみたいで・・・」 まで言うとクシュンと、くしゃみが出た。

「冷えたんですね。 すぐに温かいものを持ってきます」

「あ、待ってください」 立ち上がりかけたトデナミが、またしゃがみこんだ。

「婆様は? もう、朝の風の声は聞かれたのですか?」

「はい。 無事に終えて今は昼のご飯を食べておられます」

「そうですか。 ・・・え? 昼?」 素っ頓狂な返事にトデナミが相好を崩す。

「久しぶりの睡眠でしたものね。 温かいものを持ってきます」 立ち上がり、その場を後にした。 
その姿を見ながら、もう一度トデナミに言われた言葉を頭に巡らせた。

「え? 昼―!?」 空を見ると太陽が頭上に上がっている。 それに寝たときには1枚だった織物が何枚も身体に掛けられてあった。

「わっ! ・・・俺って・・・トワハみたいになってるじゃないか・・・使いに来た村で寝過ごすなんて考えられない」 
落ち込んで頭を抱えていると、ブフンとラワンが鼻をならす音がした。 振り返ると、いい加減にそこをどけ! と言わんばかりの目を自分の腹の上にもたれているシノハに送ってきた。


トデナミが持ってきてくれた温かい飲み物は「すぐに身体が温まってきますよ」 の言葉に添えられた薬草入りで少々苦い飲み物だった。

「うわ・・・ジャラクか・・・」 顔を歪めたが、己の持ってきた薬草だったことを思い出した。
そして一緒に持ってきた昼に用意された物を食べながら、夢を思い出していた。

「いったい誰だったんだろう・・・俺は誰を待っているんだろう・・・」 

いつからか思っていた。 誰かが居る。 己には決まった誰かが居る。 でもそれが誰か分からない。 一度行った『月夜の宴』 で見つかるかと思ったが、見つかることはなかった。 それに、ここではないと直感した。
はぁー、と大きな溜息をついた。 その時、オーンと言うラワンの声が聞こえた。

「ラワン?」 辺りを見たがラワンが居ない。

「ラワンどこへ行った?!」 立ち上がりラワンを探そうとした時、トデナミが先に見える小屋の後ろから顔を出した。

「こちらです」 食べていたものを下に置くと走って小屋に向かった。

小屋の後ろに回り込むと、タム婆に顔を摺り寄せているラワンの姿が目に入った。

「婆様、外に出て大丈夫なのですか?」

「ああ、朝に出たがそれほど疲れもせんかったからな。 それに、ラワンに礼を言いたかったんじゃ。 のぅ、ラワン。 よくこの婆を運んでくれたのう」 摺り寄せている顔を愛おしくなでている。

「それに心配もかけた。 ラワン、婆は幸せじゃ」 ラワンに頬を寄せると小さくオンと答えた。


タム婆が風から聞いた声は、もう安心して村に帰っていいということであった。
とは言っても、家があるわけではない。 男たちは朝から村に帰り、村の中の立て直しに精を出していた。
女たちは男たちに精をつけさせるため、森の奥に入り木の実を集めたり、仕掛けた罠にかかった小動物や鳥を料理をしていた。
勿論、あの水を使って。
ただ、男たちにはトビノイの葉を火で炙っていないことは内緒のようであった。
女たちの中で、飲ますだけ飲ませて、あとで言うという話にまとまっていたそうだ。
ザワミドの言った通り、女たちもいい加減、男たちの言う話にウンザリしていたようだった。


タム婆の体力がかなり戻ってきた。
そして介添えなく、一人で体を起こすことも出来るようになってきていた。

(もう少し落ち着いたらオロンガへ帰らなくてはな) 思いながら、タム婆が椅子に座るのを手伝った。

杖を手に持ったタム婆が椅子に座るとすぐに話し出した。

「トデナミが長から聞いたと言っておったが、きっとわしも飲んだ水だろうな。 たしかティカの葉の汁と一緒に・・・」

「あ、はい。 あの高熱のさなかだったのに覚えておられましたか?!」

「ああ、懐かしいティカの葉の味だった・・・子供の頃を思い出す・・・」 
遠い目をしたタム婆にかける言葉はないが、話の返事はしなければ。 いや、聞いてもらって教えてほしい。

「長には申し訳なかったんですが、そこの場所はもうなくて・・・」

「長もそう言っておったらしいな」 シノハがタム婆を見て頷く。

「シノハを疑っておるのじゃないぞ。 ただ、場所がなくなったとはどういうことじゃ?」

「婆様、実は・・・婆様が目を覚まされたあの少し前にも、その場所に行ったみたいなんです。 行ったという言葉が当てはまるのかどうか分からないのですが・・・とにかくその場所に居たみたいなんです」

「わしが目を覚ました日?」

「はい。 あの日、いつからかうっかり婆様の横で寝てしまったようで、何かの音で目が覚めたんです。 その時は寝てしまって夢を見ているのかと思っていました。 
気付けば、我はその場所で横たわっていました。 ここで寝てしまっていたのと同じように。 身体がだるくて動かせなかったんですが、顔に当たる草がこそばゆくてそれを払おうとした時に腕を動かしたんです。 その時に衣の袖に引っかかった草があったみたいで」 もう枯れた草を衣の中から取り出した。

「衣にその枯れ草が付いていたということか?」

「その時は生き生きとした草でした。 あの水を筒に入れたときにはラワンは美味しそうにこの草を食んでいました」 枯れ草を受け取ったタム婆はそれをじっと見た。

「我にも何が何だかわからないんです」

「知っておる場所か?」 草をシノハに返しながら言った。

「いいえ、初めて見た場所でした」  その返事を聞いてタム婆が少し考えると次を口にした。

「そこの場所に現れる時はどんな具合なんじゃ?」

「それが一度目は、我が己の居た場所から目を離した時でした。 ラワンの顔を見て話しかけたらもう場所が変わっていました。 水を飲んで・・・ラワンは木の皮と草を食んで・・・それから・・・」
口元に手を当て思い出そうと少し考えた。

「ああ、そうだ。 ラワンに急かされてラワンの背に乗りました。 ラワンが大きく前足を上げたので、目の前はラワンの首しか見えませんでした。 そしたら、もう元の場所に戻っていました。
二度目は先ほど言いました通り、寝てしまっていたようで気が付いたらもうその場におりました。 そして水の流れる音や、何か清々しい音を聞いているとまた微睡んでしまったようなのです」 タム婆を見る。

「そうか・・・」

「婆様、何かご存じではありませんか?」

「ああ・・・」 と言って杖の上に置かれていた両の手の上に額を乗せた。 

シノハは黙っていたが、暫くしてタム婆が口を開いた。

「余りにも遠い記憶じゃがな・・・わしがまだオロンガに居たころじゃ・・・8の歳の頃だったかのぉ・・・」 昔を振り返るように手に置いていた額を上げて、どこを見るともなく話しだした。

「時の婆様、シュマ婆様から聞いた話じゃ」 

長から聞いたタム婆が啖呵を切った”才ある者” 才ある婆様とすぐにわかった。
先の”才ある者” が、天に迎えられると“才ある女子” として生まれていた“才ある者” が、その日から名を二文字にすると決まっている。 その名は”シュ” を一文字と考える。 音に忠実である。

「昔・・・シュマ婆様も生まれておらんもっともっと昔、オロンガの村である女が一人居なくなったそうじゃ。 消えたようにいなくなったそうじゃ
居なくなる前、その女はおかしなことを言っておったそうじゃ」 シノハはタム婆の横顔をじっと見ている。

「気が付いたらどこか知らない場所に立っていた。 と」

「え?」 驚いたシノハが声を漏らした。 タム婆は前を見たまま頷くようにすると言葉を続けた。

「その場所に居たのは、ほんのわずかの時であったらしい。 そして誰かと会ったようじゃ。 女はその誰かを忘れられず、もう一度行きたいと願っていたそうじゃ」

(婆様にあの水を飲ませたくて俺も願っている・・・) 頭の中にわずかな恐怖がわいた。

「じゃが、いくつの夜を迎えて朝になっても、その場所に行けなかった。 諦めて忘れていた頃、その場所がまた目の前に現れたそうじゃ。 一人で川に行った時だったそうじゃ」

「川・・・? ですか?」 

「ああ、今のオロンガでは女が川に行くのは危険じゃから男しか行かんが、その頃は女も川に行っておったのじゃろう」

(今のオロンガの様に大雨に見舞われる事が少なかったのだろうか・・・)

「川に桶を入れて振り返るともうその場所に居ったそうじゃ。 前と同じ場所。 それが2度目じゃ」

「その場所というのは?」

「さぁ、そこまでは聞いておらん」 ずっと前を見たままシノハを見ることはない。

「そうですか・・・」 同じ場所なのだろうか、と考えてしまう。

「3度目はカゴを編んでいる時。 家の中なのに風が吹いたことに気付いて、編みカゴから顔を上げるとその場に居ったそうじゃ。 2度目も3度目も僅かな時であったらしい。 3度目、その場に居る事に喜び涙したそうじゃ。 涙を拭いて前を見ると、もう元の場所に居たという事じゃ。 わしがシュマ婆様から聞いたのはここまでじゃ。 じゃが・・・」 また杖の上に置かれていた手の上に額をやると少し考えて「そうじゃ」 と言って顔を上げ言葉を続けた。

「シュマ婆様は違う時に、こうも言っておられた」 シノハの目を一度見てから空(くう)を見た。

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--- 映ゆ ---  第35回

2016年12月19日 23時38分54秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第35回




タム婆の小屋に入ると、杖をついて歩いている姿が目に入った。

「婆様、何か御用があれば我がします」 慌てて走りよった。

「座ってばかりでは身体がなまる」 言うと、ヨタヨタと小屋の中を歩き回っていた。
明日の朝への準備を始めたのだと覚り、その姿の横に付くと見守りながら話した。

「今日はまだ薬草を塗れていませんね」 言われ、忘れていたことに気付いた。

「あ、ああ。 そうじゃったな」

「今、ザワミドさんが長の所に水のことで話をしに行ってくれています」

「トデナミも長の所にいるから、一緒に話を聞いているじゃろうな」

「そうですね」 

「ふぅー、疲れた」 歩を止めて椅子に座った。

「いくらも歩いていないというのに、情けないのう」 

「無理せず、少しずつで・・・」 シノハの顔を見て顔にシワを作ると頷いた。

「さっき、ザワミドさんに聞いたのですが、男たちが長にあまり良くない態度を見せているらしいですが、そうなのですか?」 タム婆の前にゆっくりと膝まづく。

「ああ、ザワミドが言ったか。 怒っておったじゃろう?」

「はい」 クスッと笑う。

「長が頑張って今までの村を何とか変えようとしておるのに、男どもがどうしてもついてこん状態じゃ」

「今までの村を変える、ですか?」

「ああ、もう二度と天にも地にも見放されない村に変えようと必死なんじゃがなぁ」

「あの長が?」

「ああ、わしも長に借りがあるから、それを返したいんじゃが、一向に言うことを聞かんわ」

「借り? 婆様が長にですか?」

「なんじゃ? 長から聞いておらんのか?」

「えーっと・・・」 記憶を探るがそんな話を聞いた覚えがない。

「わしが初めてこの村の女たちの昔語りを聞いたのは、長の妹からじゃ」

「え?」 記憶を探る。

「えっと・・・たしか・・・婆様がトンデンに来た時と同じくらいの年の女子(にょご)で・・・大人の女たちが居ないところで話しかけた・・・ではありませんでしたか?」

「ああ、そうじゃ。 それが長の妹じゃ。 長が妹に言って女たちの昔語りをわしに聞かせたんじゃ」

「そうだったんですか? 長は女子としか言っておられませんでしたから、妹御だとは知りませんでした」

「なんじゃ、長はわしのことを言っても自分のことは言わなんだのか」 いたずらな目をしたタム婆が言葉を続けた。

「長はな、40の年くらいの時にこの村の長になったんじゃ。 この村は代々長の座を子が受け継ぐわけではないからのう。 その時にもう一人も長になりたがったんじゃが、わしが長を押した」

「婆様が?」

「ああ、長はなんとかしてこの村を変えたかった。 それを知っておったからな。 そしてもう一人長になりたかった男というのが、ドンダダの父じゃ」

「え!」 驚きを隠せない、思わず声が出てしまった。

「ああ、じゃからドンダダが長の言うことを聞かんのじゃ。 まぁ、わしの言うことも聞かんがな」

「長は具体的にどんなふうに変えようと?」

「そうじゃな・・・毎年言っておるのは『月夜の宴』 に行けといっておる。 まぁ、すぐにこの村に嫁に来る女はおらんじゃろうが、他の村人の様子を見るだけでも何かが変わる切っ掛けになるのではないかと思っているようじゃ」

「そうですか・・・」

「そう言えば?」 タム婆がシノハを覗き見た。

「はい?」 目を丸くしてタム婆を見かえす。

「シノハはいくつになった? もう嫁も子も居ていい歳じゃないのか?」

「あ・・・えっと23の歳です。 ・・・けど嫁はまだ。 トワハがまだですから」 トワハ、シノハの年の離れた兄。

「トワハに嫁は来んじゃろなぁ」

「え? そんなことは・・・トワハは32の歳です。 まだ嫁がくるかもしれません」

「そんなことが問題ではない。 あの性格では女が寄り付かん。 女どころか男もじゃ」

「そ・・・そんなにこの村でのトワハの態度は悪いのですか?」

「ああ、決して褒められたものではない。 他の村の者への口の利き方もなっておらんし、態度も横柄じゃ。 使いの者という自覚が全くない。 そんな男に女が寄り付くはずがない」

タム婆の言葉を聞いてシノハが頭を抱えた。

「トワハめー、オロンガの村に恥をかかす気かっ!」 

その姿を見てタム婆が笑い、少し落ち着くとシノハに問うた。

「シノハはオロンガの村にいい女がいるのか?」

「いえ、そのような者はおりません」 抱えていた頭を上げ答えたが、ほかの言葉もある。 でもそれは誰にも言えない。 それに現実的ではないときっと笑われる。

「村におらんと言うことは『月夜の宴』 には行っておるのか?」

「一度だけ。 どんなものか見に行った程度ですが」 肩をすくめる。

「村にいい女がおらんのだったら『月夜の宴』 に行って早く嫁をもらえ。 シノハの子を見てみたい」 それを聞いてシノハがおどけるようにしてペロッと舌を出した。

「その気がないということか?」

「今はまだ」 頭をかきながら答える。

「すぐに歳を取るぞ」 言われ、タム婆の横でたった5日ほど起きていただけで、うたた寝をしてしまったことを思い出した。

(もう若い頃のように、簡単に起きていられなくなってきていたな・・・でもあともう少しだけ待ってみたい)

ガタンと戸が開き、ザワミドが入ってきた。 後ろにはトデナミもいる。

「婆様遅くなってすみません。 薬草を塗りに来ました」

「ああ、悪いのう」

「では、外に出ています」 そういうシノハを見てザワミドが声をかけた。 

「そこでタイリンにも言ったんだけど、長が是非ともあの水を使っていきたいってさ。 で、手伝える者はちょっと考えるけど、必ず誰かを手伝わせるからってさ」 トデナミが台の上にあった薬草の用意をしている。

「そうですか、タイリンも喜んでいたでしょう」

「ああ、目を輝かせていたよ」

「有難うございました。 では、外に出ています」 それっきりこの日はタム婆の小屋に戻らなかった。

この村に来て初めてタム婆の横で夜を過ごさなかった。
明日の朝に備えて色んなことがあるだろうと思ったからだった。 それを裏付けるように、夜にはトデナミがタム婆の小屋に入っていた。
外で寝るにはかなりきついものがある季節だった。
ザワミドが男たちと一緒に小屋の中で寝るように言ったが、なじめない人間と寝るのは寝ないよりキツイ。 ずっと一緒に居なかったから、久しぶりにラワンと寝るからと、さりげなく断った。
編み上げの靴を脱ぐと余計に寒さが凍みたが、身体を休ませるには靴は脱ぎたい。 ザワミドが用意してくれた織物でからだ全体、足先までスッポリと包むと、久しぶりにラワンの腹の温かさを肌に感じながら深い眠りに落ちた。


フワフワと浮いている。 何も履いていない足元を見るとそこには地が無かった。

「何故だ・・・」

周りを見た。 白くモヤがかかっているようだ。

「ここはいったい何処だ?」

恐る恐る一歩を出してみると、地のないそこが押し返して、足が抜けて落ちるようなことがなさそうだ。

「どうなっているんだ・・・?」

ソロリと辺りを歩きだす。 何歩か歩いても、白いモヤから抜けることが出来ない。
もう一度当たりを見渡すと、一点でモヤが揺れたように見えた。 そこへ向かって歩を進めると、うっすらと風に揺れる輝くような白い物が見えた。
目を凝らしながら進んでいくと、白いモヤがゆっくりと風に飛ばされ、先に一人の女が立っているのが見えた。
白く輝く長い衣を身にまとい、頭からは似たものを被っていたが、それは薄布で出来ているようだった。 その薄布が顔にかからないように両手でよけてはいるが、被っているものが長くて顔が見えない。

「・・・」 息をのんだ。

薄布の向こうから、女が己の顔をじっと見ているように感じた。

「・・・貴方か?」 

返事はない。

「やっと逢えたのか? 逢いに来てくれたのですか?」 一歩出すと、女の身体がその分すっと後ろに下がった。

「なぜ? 動かないでください」 思わず走り寄ると、女の姿がどんどん遠のいていく。

「待って! 待ってください!」 女を追ったが、女の姿はどんどん離れていき、かすんで見えなくなってしまった。

「どうして! どうして!!」

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--- 映ゆ ---  第34回

2016年12月15日 23時31分38秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第34回




タム婆とザワミドが目を合わせが、とにかく戸際に立っていたザワミドが薬草の道具を台に置くと外に出た。
タム婆が外の空気に当たらないよう、すぐに戸を閉めたが、外の声は聞こえている。

「なんだい、タイリン大きな声で」

「ザワミドさん! 見て! これ見て!」 

袋からポタポタと落ちてきていた水を受けていた椀を見せた。 眉を寄せて椀を覗き込むと、椀の中には透明な水が入っていた。

「タイリン! いったいどうしたんだい! 何処からとってきたんだい?!」 

「シノハさんが作ってくれた」 言うと見覚えのある袋が下がっている方を指さした。
その下には椀が6つ並んでいる。

「シノハが?」 頷くタイリンを見てそれぞれの椀を見に歩き出した。

小屋の中ではタム婆がシノハに問うた。

「何をやったんじゃ?」

「はい」 と、水をろ過したことを説明した。

「そんなことが出来るのか?」 タム婆はオロンガに居たといっても“才ある者” と生活をしていた。 村人が水をろ過していることなど知りもしなかったのだ。

「オロンガは雨が多いですからすぐに川の水が濁るんです。 だからいつも水を石と砂と炭に通して飲み水を作っているのです」 
ほぅ、とした顔をシノハに向けた。

「あ、そうだ。 婆様にお聞きしたいことがありました」 タム婆が眉を上げるとシノハが続けて言った。

「森の奥の沼ですが、あそこはどういった所なのでしょうか? それと、トビノイの葉をそのまま何もせず水を作るのに使っています。 タイリンが言うには、村ではトビノイの葉を火に炙ってから使うから、気持ちの悪いものがなくなると聞きましたが」 

「ああ、そのことか。 沼は村の者が言うことは何もない。 わしも何度か行ったが、葉もみんなあの場所を喜んでおる。 沼の中の生き物も豊富な藻に満足しておる。 何度も言うのに耳をかさん」

「行くまでの道々が木で鬱蒼としているからでしょうか」

「それもあるかもしれんが、女たちの昔語りにあの沼で天に身を返したものがいるとある。 多分それが一番じゃろうな」

「あの沼で?」

「ああ、それがどうしてかまでは語りにはない」 少し考え込んだシノハが口にした。

「タイリンがあの沼で拾われたと聞きました。 何か関係があるのですか?」

「わからん。 語りは天に身を返したとだけで、それが女なのかも男なのかも分からん状態じゃ。 もしや“才ある者” の語りとして残っていたのかもしれんが、残念ながら途絶えておるからな」 そう、途絶えたからタム婆がここにいるのだ。

「そうですか・・・あ、それではトビノイの葉を火で炙っていなくても構わなかったのですね?」

「ああ、なんともない」 

ガタンと戸が開いてザワミドが入ってきた。 その手には椀が乗っていた。

「婆様、これを・・・」 言うと椀をタム婆に差し出した。

「ほぅ、これはなんと澄んだ水じゃ」 椀を見てからシノハを見た。 シノハも椀を覗き込んだ。

「オロンガのような川砂が見当たらなかったので、どうなることかと思いましたが、何とかなったようですね」

「飲んでもいいのか?」

「はい」

タム婆が一口飲む。

「臭いがない・・・」 驚いたようにシノハを見た。

「炭を入れていますから」 
シノハの答えを聞いて大きく深い息を一つすると、ザワミドに椀を返した。

「トビノイの葉を火で炙らずそのまま使っています。 それでも良ければザワミドさんも飲んでみてください」

「ああ、男たちが言ってるバカなことだね。 女たちは何とも思ってないよ。 イヤイヤ付き合ってるくらいなもんさ。 じゃ、頂こうかね・・・」 

言うとまずは椀を鼻に近づけて臭いを嗅いだ。 臭くない、と呟くと一口分を口の中に入れ、その水を口の中で転がしているようだ。 そしてゴクリと飲み込んだ。 暫くして口を開いた。

「婆様・・・」 タム婆を見た。

「ああ、旨い」 

外でまたシノハを呼ぶタイリンの声が聞こえた。

「あ、しまった。 タイリンを放りっぱなしだった。 ちょっと外に出てきます」 一言残し、小屋を出た。

「悪い、何度も呼ばれていたのに」 シノハの姿を見てほっとしたような顔を向けると、すぐに椀を指さした。

「もう一杯になってきてます。 溢れたら・・・」 どうも、見張っていないといけないと思っているようだ。

「ああ、ザワミドさんに頼もう」 小屋に戻り、ザワミドに用を告げると「まかせときな」 と言うとすぐに小屋を出て替えの椀と壺をいくつか持ってきた。 

椀を差し替えながら嬉しそうにしているタイリンの顔。

「タイリンよくやったな」 水でイッパイになった椀をザワミドに渡す。
ザワミドが少しでもこぼすまいとソロっと壺に入れる。 遅れてザワミドが聞き返した。

「え? シノハがしたんじゃなくて、タイリンがやったのかい?」 タイリンが慌てて首を振った。

「俺じゃないです。 シノハさんです」 こちらもザワミドに椀を渡し、ザワミドが受け取る。

「我はオロンガでの水作りの仕方をタイリンに教えただけです。 これはタイリンが作った水です」 笑みをザワミドに見せた。

「ほぉー、タイリン大したことをやったじゃないか。 これで男たちを見返してやりな。 あたし、あいつらは気に入らないんだよ」 思いもしないザワミドの言葉だった。

「そうなんですか?」

「ああ、婆様の言うことはなんとか聞くけど、長への態度は気に食わないよ」

「長への?」

「ああ、いつもってわけじゃないんだけどね。 長は頑張って村を変えようとしてるんだけどねぇ、聞く方の態度がよくないったらありゃしない」

(この村はいったいどうなってるんだ・・・)

「長の怪我はどうなりました?」

「ああ、もう戻ったといってもいいほどだよ。 まぁ、見た目の傷は残っているけどね」

「そうですか。 長とも最初に話したっきりでしたから」 差し替えた椀をザワミドに渡して立ち上がり続けた。

「もし、この水を使っていただけるのでしたら、今使っているこの石や炭は何度か使うとその内に使えなくなります。 また新しい石を拾ってこなくてはなりませんが、椀を取り替えたり、川に行って石を取ってきたりとタイリン一人では手が回りません。 どなたかが手伝ってくれるといいのですが、無理ですか?」

「そりゃ勿論、この水を使うさ。 男たちが何というかは分からないが、女たちは喜ぶよ。 とにかくその話、あたしが長に話してみるよ。 長に渡す水を一杯貰うね」 言うと、水を入れた壺を持って歩き出した。

「上手くいくといいな」 振り返りタイリンを見ると、まだ僅かしか入っていない椀の水をせっせと壺に入れていた。

「なぁ、タイリン」 タイリンの横にしゃがむとやっと気づいてシノハを見た。

「あ、はい」 目を輝かせている顔を見て、幾分かシノハがホッとした。

「今、ザワミドさんが長の所に水を持って行ってる。 みんなが飲んでくれるといいな」 その言葉に大きく頷いた。

「なぁ、ちょっと気になったことがあるんだけど」 
シノハがラワンと共に川に水をとりに行ったとき、大きな地の揺れ、縦の揺れがあった。 そのシノハを心配してタイリンが森の入り口まで迎えてきてくれた時にふと思ったこと。

何のことかと、タイリンが首を傾げた。

「俺が最初この森に来たとき、タイリンが一番最初に来てくれたよな」

「はい」

「まぁ、それはドンダダに言われたからなんだろうけど、森に入るまで・・・ドンダダの前に行くまで、歩いている時に俺に話しかけてくれたよな」

「え?」

「最初は何か口ごもってたけど、地の割れがすごかったって」

「・・・はい」 

「どうして話しかけてくれたんだ?」

「どうしてって?」

「こんな言い方をすると悪いんだが、どちらかと言うとタイリンって話すのが苦手じゃないか? それなのに初めて見た俺にどうして話したんだろうって不思議に思って」 

言われタイリンが、少し考え込んだ様子を見せてから口を開いた。

「・・・俺にもわからないんです。 どうしてあの時すぐにシノハさんにあんなことを言ったのか・・・ただ・・・」 次の言葉を静かに待った。

「ただ・・・俺の知らないところで・・・俺の腹の中で何かを話さなきゃって思ったのを覚えています」 

「何かを? 腹の中で思った?」

「腹って言うのが、合ってるかどうかわからないんですけど。 それにあの時は地の割れがあった後だったから、地の割れの話をしましたけど、多分何でもよかったんだと思います。 とにかく何かを話さなければって」 

「そうか」 しゃがんだまま腕を組んだ。

「その・・・ちゃんと答えられなくてすみません」 上目使いにシノハを見る。

「俺が勝手に気になっただけなんだから、謝らないでくれ」 両の眉を上げ、立ち上がった。

「俺は婆様の小屋に入りたいんだが、この後も頼んでいていいか?」

「はい。 えっと・・・水が落ちてこなくなったら筒の水を足していいんですか?」

「ああ。 焦らずゆっくりとな」

「はい」 

タム婆の小屋の戸を開けかけた時、また一つ気になった。

(そういえば・・・俺はどうしてこんなにタイリンに自信を取り戻して欲しいと思うんだろうか・・・)


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--- 映ゆ ---  第33回

2016年12月12日 23時30分29秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第33回




川に着くと流れる水を目で見ながら

「しまったなぁ・・・昨日汲んでおくんだった」 深夜からの地の揺れで昨日よりも水が濁っている。

「言っても仕方がないか」 少しでも濁っていない場所を探して、ソロっと上澄みを筒ですくった。

すくっては濁ってきた場所を移動して、濁りの少ない場所を探しまた上澄みをすくう。 それを繰り返し、長い時をかけて全部の筒をいっぱいにすると走り回っていたラワンを呼び寄せ、筒を鞍に括り付けた。 その時、今までと違った揺れがドン!と地に響いた。 
川の水が踊り、不安定にその場にあった岩が方向を変え、ラワンが飛び上がりかけた。
すぐにラワンの首に手をやり落ち着かせると、その場に立って暫く待ってみたが同じような揺れはこなかった。

「・・・まるで地が飛んで落ちたような。 ・・・トンデンの人たちはこんなことを当たり前に経験しているのか・・・」 信じられないといった顔で辺りを見回した。

「村が気になる。 村に寄って行こう」 言うと、ラワンの首を一つ叩いて鐙に足をかけ、手綱を取ると村の方へラワンを歩かせた。

村に入ると来た時ほど荒れた状態ではなかった。 地の揺れが収まっている時に男たちが手を入れていたのだろう。 崩れた家の木は端に寄せられ、根こそぎひっくり返っていた木々は元通り立てて周りを丸木で支えてあった。 先程の揺れで支えが倒れるということはなかったようだ。
ラワンから降りて足元を見ながらアチコチを歩いた。
ラワンの背の上から地を見た時に気付いたことがあったが、今それが完全な確信へと変わった。

「地の割れがなくなっている・・・」 ゆっくりと辺りを見渡すと不思議に思っていた表情が晴れやかな顔になった。

「婆様に報告だ。 行こうラワン!」 破顔を浮かべすぐに跳び乗った。
水の入った筒がある、走る事が出来ない。 逸る気持ちを抑えて森へ向けラワンを歩かせた。


横道から森へ入ろうとした時、タイリンが目に入った。

「シノハさん!」 

ラワンを止まらせるとタイリンがすぐに走り寄って横に立つと、シノハの顔を見た。 そして両膝に手を置いて体を丸めると 「良かった、無事だった」 と、杞憂を手放す事ができた様子を見せた。 

「あ、悪い。 心配をしてくれていたのか?」

「森から出てた男たちが村で縦の揺れの音がしたって言ってて、縦の揺れはシノハさんは初めてでしょう? 大丈夫かと思って・・・」 また尻すぼみになって話す。

(そう言えば・・・あの時) と、何でもないことを思い出した。

(まぁ、いい。 あとで聞こう) ラワンから降りるとタイリンと森の中へ歩き出した。

「婆様は何か言っておられなかったか?」 話しかけられたタイリンは、下を向き顔をほころばせていた。

「タイリン?」

「あ、えっと。 はい」 自分に合わせてラワンから降りてくれたことが嬉しくて、心が嬉しさで溢れかえっていたのだ。

「えっと・・・シノハさんが出られたあと、トデナミさんを小屋に呼んでおられましたけど、どんな話かは・・・」 

「そうか。 婆様には分かっておられたのかもな」

「何がですか?」

「今、村を見てきた。 地の割れがなくなっていた」

「え? ではもう揺れないのですか? 揺れが終わりということですか?」 驚いた顔でシノハに聞くが、残念ながら先のことなどシノハにはわからない。

「そこまでは分からないが、地の割れが塞がったということは、何かあるんじゃないかな」
タム婆の小屋の前まで戻ると、手織物の袋をすべて仕上げて木に吊るしてあった。

「おっ、上手くできてるじゃないか」 吊ってあるものを見て言うと、タイリンが顔を赤くして俯いた。

「ラワンに吊るしてある筒を全部取って、倒れて水がこぼれないように立てかけてくれるか?」 言いながらシノハが一本の筒を鞍から外しかけた時に気付いた。
あっ、っと言いかけたが、シノハの心配をなんともせず、タイリンが反対側に吊るしてあった筒を取り外し丸太に立てかけ始めた。

(え? やっぱり、ラワンが怒らない?) 
トビノイの葉を取りに行ったときも、ラワンは沼に行けないと言ったタイリンを怒らなかったのが不思議だった。

「なぁ、タイリンとラワンはもう何ともなくなったのか?」

「えっと・・・ラワンさんが許してくれたのかどうかはわかりませんけど、俺の持っていく木の皮を毎日食べてくれていますから、ちょっとは・・・」 チラッとラワンの目を見ようとしたが、ラワンはよそを向いている。

「木の皮? 草じゃなくて?」

「はい、草は毎日トデナミさんが用意してくれていましたけど、ズークは木の皮が好きだって聞いたから、もしかしてラワンさんも食べてくれるかなって・・・」

「毎日木の皮を剥いできてくれていたのか?」

「はい。 でも僅かです」

「僅かでもなんでもすまなかった。 何もかも皆に世話になっていたのだな」 言って、ラワンを見る。

「それにしても・・・ははぁーん。 ラワンは食べ物に釣られたということか」 半眼でラワンを見て言うと、これまたよそを見たままブフンと鼻をならした。


全ての筒を丸太に立てかけると、鞍を外しながら吊ってある手織物の袋の下それぞれに椀を置くようにタイリンに言った。
鞍を外されたラワンはタム婆の小屋の前に行くと立ちすくんでいる。

「ラワン、心配だろうが婆様はまだ外には出られない。 出られるようになったらすぐにラワンに教えるからな」 言いながら水の入った1本の筒を持ち、ゆっくりと手織物袋の上から注いだ。 タイリンもそれを真似ている。
6つの袋全部に水を注ぐとタイリンを見て言う。

「今入れた水が少しずつ椀に落ちてくる。 その水の色を見ておいてくれ。 気に入った色の水が落ちてくるまで、何度も椀にたまった水を捨ててもいいからな」 言われたタイリンが首をひねる。

「気に入った色の水ですか?」 その言葉にシノハが口の端を上げた。

「必ず気に入った色の水が出てくる」

「俺の?」

「さぁ? どうかな? じゃ、頼むな」 両の眉を上げて言うとタム婆の小屋へ入っていった。


小屋には椅子に座ったタム婆と、その前に膝をついているトデナミが居た。
戸を開けて入ったシノハにタム婆が声をかけた。

「シノハ。 出掛けておったようじゃが、何ともなかったか?」 トデナミが振り返り、その場を譲ろうとする。

「トデナミ、いいですそのままで」 言うとタム婆の横に膝を着き、村で見てきたことを話した。

「そうか。 ・・・今トデナミと話していたところじゃ。 多分、これが最後の揺れじゃろうと」 シノハが気になっていた、朝聞かされていたタム婆の言葉であった。

タム婆の言葉をトデナミが引き継いだ。

「私がまだ未熟ですから、朝の風の声と地の声がうまく受け取れなかったんです。 でも婆様が小屋に居ながらにして地の声を受け取って下さったようです」 シノハの目を見て話す。

「それでは村に帰ることが出来るんですか?」

「今のトデナミには今回のことは大きすぎるじゃろう。 わしが外に出て風の声を聞かなければいかんな。 事を起こすのはそれからじゃ」 言うと視線をトデナミに移した。

「さっき言ったように長に伝えてくれ」 はい、と言うとトデナミが小屋を出て行き、その後姿を見送ったシノハがタム婆を見る。

「婆様、まだ暫く外に出られるには、お身体に触ります」

「ああ、分かっておる。 分かっておるが、村のために動くのが“才ある者” の勤めじゃ」 その言葉を聞いて、これ以上何も言うことが出来ない。

「明日・・・明日の朝、風の声を聞く」

「・・・分かりました」 身体の具合が気になるが、“才ある者” のすること。 タム婆のことはトデナミに頼るしかなかった。

「シノハ」

「はい」

「シノハも知っているといい話がある。 婆の話を聞いてみるか?」

「ぜひ」 言うと、さっきまでトデナミが膝を着いていたタム婆の前に移った。

シノハの様子を見ると椅子に立てかけてあった杖を持ち、その杖の上に両手を置くと背を丸めて話しだした。

「互いに影響を及ぼしている場所があるという。 そこがどこなのかは分からん。 誰も知らん。 空のずっとずっと先か、地の下か、わしらの目では見えん世か・・・」 話の始まりは唐突だった。

「地の怒りはそこから来たと思うておる」 シノハが驚き目を見開いた。

「いつもなら地や空や風が教えてくれる。 じゃが、あの日は何もなかった。 あれだけの怒りであるならば、何日も前から分かるはずじゃ」 深く息をすると少しして言葉を続ける。

「空の先か、地の下か、見えん世か。 この村に繋がっている、影響を及ぼしあっている地で何か地の怒りを買うことをしたのじゃろう。 それがこの小さな村に降りかかった。 いや、降りかかったという言い方はおかしいか。 それだけの理由があったはずじゃからな。
トンデンの村は”才ある者” 才ある女子が生まれたことで、天に許しをもろうたと思うておる。 じゃが、地からはまだ許しをもろうておらん。
この村は全ての思いを地が受け取り、その思いが歪んだものであるなら、地が揺れて少しずつ吐き出していた。 オロンガでは雨が洗い流すようにな。
天にまで逆らった村じゃ。 地へどれだけ歪んだものを落としたか。 地の怒りも半端なものではないじゃろう。 そう簡単に地が許してくれようもないわな」 一気に話したタム婆が、瞼を伏せ口を噤むと静かな時が流れた。

暫くしてゆるりと瞼を開けシノハを見た。

「覚えておけよ。 目に見えるだけが全てではないぞ。
天や地だけがどこかと繋がっておるわけではないぞ。 すべてのものが繋がっておるんじゃぞ。 
わしもシノハも、どこかで誰かと繋がっておる。 シノハが笑えば誰かが笑う。 泣けば泣く。 身体を大切にしなければ、誰かを痛めることになる。 分かるか?」 

「はい」 深く頷く。

「シノハには良い男になってもらいたい」 

「まだまだ、考えが浅いです」 突然思いもしないことを言われ、一瞬目を丸くしたが、頭をかきながら答えた。

「ははは、今でも十分に良い男じゃがな、色んな事を知って今よりもっと広い目で見られるようにな」
そこへガタンという音とともに、ザワミドが入ってきた。

「あ? あれま? トデナミはいませんか?」

「今、長の所に行ってもらっておる」

「あ、あら・・・では薬草はあとにしましょうか・・・」 言ったとき、戸の外でタイリンの大きな声がした。

「シノハさん! シノハさん!」 大声で呼ぶタイリンが何を言いたいのかは分かっている。

「婆様、成功したようです」

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--- 映ゆ ---  第32回

2016年12月08日 23時26分34秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第32回




川に着くとシノハが周りを見わたした。
川は丘と言っていいほどの低い山の裾野に流れていた。 が、その山には草も木もない。 砂を被ったような山肌。 その山の裾野には灰色の粘った土があり、その土が原因で水が濁っているように思われる。

(これが川か・・・オロンガの川とは随分と違うな)

オロンガ村ほどの川幅はなく、深さもない。 水の流れもユルリとしたものだ。 その川が濁っている。 頑張って上澄みをとれば濁りもまだマシといった具合だ。
川を眺め、次に足元を見た。

(想像と違ったな・・・砂もあれじゃあ使い物にならない・・・) 

足元には川砂どころか、水はけの悪そうな青灰色の土が広がり、石と所々に岩が目立ってあったくらいだ。 
川砂、砂利、小石、オロンガ村と同じようなものを想像していたが、かなり違ったものだった。 が、諦めるわけにはいかない。
歩いて回って、いい頃合いの物を見てまわった。

(やれなくもないか・・・)

しゃがんで川べりの小石をつまんでみた。 と、後ろを歩いていたタイリンを見て言った。

「かなり思っていたものと違うが、やってみよう。 手伝ってくれるか?」

「はい」 すぐに返事をしたが、俺にも手伝えることがあるのかな? タイリンの心の内では、不安と小さな希望が胸の鐘を鳴らしていた。

「それでは、小石を集めてくれるか?」

「小石ですか?」

「ああ、出来るだけ小さくて汚れていないものをな」 と、手に取った小さな小石をつまむとタイリンに見せ、その掌に置いた。
そしてシノハに寄り添って歩いていたラワンの背に下げてあった荷を全部下ろすと、目の細かい大きな網かごを取り出し、そのうちの2つを重ねてタイリンに渡した。

「タイリンはこれに小石を集めてくれ。 俺は砂利を探す」  

「この網かご2つ分に入れるんですか?」

「そうじゃない。 網目が細かいかごだけど、小石は抜け落ちてしまうだろう? 2つを重ね合わせて網目から落ちないように入れてくれ」

「あ、そういうことですか。 わかりました」 言うとすぐにしゃがんで小石を集めだした。

シノハが持ったのは一緒に持ってきた大きな椀であった。 
じっと見ると石の中に混じって小石が沢山ある。 が、砂利があまり見当たらない。

(足りるだろうか・・・?)
川べりにある少し大きめの石をどけると、砂利とまでは言い切れないが、それに近いものが僅かにあった。

(これでいくか・・・) 石をどけては砂利のようなものを手ですくい、僅かずつを気長に集めた。
シノハが椀をいっぱいにするより先に、タイリンが網かごいっぱいに小石を集めてきた。

「これでいいですか?」 差し出された網かごを覗き込み頷く。

「ああ、今度はそれを出来るだけ濁っていない所の川の水で洗ってくれ」 

タイリンが何も聞かず頷くと川を見やった。
場所を決めたようでジャブジャブという音がシノハの後ろから聞こえてくる。

「俺も急がなきゃな・・・」 地道な作業を繰り返した。

シノハが集めた砂利に近いものは3椀採ることが出来た。 そして椀に入れたまま丁寧に洗い終えたころには二人の影が長くなっていた。 タイリンはもう2かご分小石を集めることが出来ていた。
シノハが川ですることはこれで最期と言って、炭を出し、細かく砕くとタイリンと二人がかりで川の水で洗った。

「とりあえず今日はこれまでにしよう。 なんとか、これで量は足りるだろうからな。 乾かす時間も必要だ」 言われタイリンが首を傾げた。

「上手くいったら、今タイリンが何をしているのかわかるよ」 何をしようとしているのか教える気はない様だ。

「さ、じゃあ、荷物はラワンと俺たちで手分けして持とう」

ラワンは二人が作業に没頭している間、あちこちを歩き回ったり、走ったりして体力を発散できたようだった。


来た道をたどって森に帰ると、左手に遠目ではあるが、この村へ来て初めての光景を見た。
最初、森に入ってシノハが見た皆が落ち着ける場所、広くポッカリと木が生えていない場所であり、タム婆の様子が変わった場所。 そこに村から帰ってきた男たちが火を起こした焚火の周りに座り、何かを食べながら会話を楽しんでいた。 その膝の上は子供が陣取っている。 
そして、初めて見たと言っていいくらいの村の女たちは、色んな木の実を使って調理をしている。 狩りもしてきたのだろうか、鳥の羽をもいでいる者もいた。  

「驚いたな・・・こんな風に過ごしていたのか」

「あ、シノハさんはいつも小屋の中に居たから知らなかったんですよね」

「ああ・・・それにこんなに賑やかな声は聞こえなかった」

「婆様の小屋はここから離れた一番奥ですから。 でも、それだけじゃないと思います」 何のことかとシノハがタイリンを見やった。

「だって、シノハさんはタム婆様のことしか、頭になかったみたいだったから。 多分この声も聞こえなかったんだと思います」

「そうか・・・そうだな」 タム婆のことばかり考えていた。 今更にして自分を顧みた。 そして目の前の光景に言葉を続けた。

「みんな落ち着いているようだな」 言うと、タイリンに目をやりまた言葉を続けた。

「さ、まだやることがあるが・・・この辺りではジャマになるな。 タム婆様の小屋の方に行こうか」 タイリンが頷きすぐに歩き出した。

歩き出すと背中に視線を感じシノハが振向いたが、誰がこちらを見ているわけではなかった。

(気のせい? ・・・いや、でも確かに・・・) ゴンドュー村の人間と話しているときに感じた視線とはまた違う視線。 眉間にしわを寄せる。

「シノハさん?」 あまり見ないシノハの厳しい顔にタイリンが何事かと思った。

「あ、なんでもない」 踵を返し歩き出した。


小屋の前に着くと

「今洗ってきたものを乾かしたい。 何か・・・板戸でもいい、並べられるものはないか?」  その言葉に頷くと持っていた椀を下に置き、どこかへ走って行った。
シノハも椀を下に置くと、ラワンの背からまだ濡れている小石や炭の入った袋を降ろした。
少しすると平板を何枚か引きずってタイリンが帰ってきた。 
その平板に今洗ってきたものをすべて並べ風に当てた。

「続きは明日だ。 疲れただろう? みんなの所に行って飯を食ってくるといい。 俺は婆様の所に行ってくる」 頷くと今度は走ることなく焚火の方へ足を向けた。



翌朝、食事を持ってきたザワミドと入れ替わり、急いで食事をとるとタム婆のことはザワミドに任せて小屋を出た。
向こうの方からは、子供たちの声がする。

「ああ、いつもこうして声が聞こえていたのか」 呟くとザワミドに貰った袋を吊るせるように、太めの丸太を2本頃合いの高さに固定し、その間に木を1本渡した。
手織物の袋は薬草を入れる為、手提げのように吊るして使えるように出来てあった。
次にトビノイの葉を一枚ずつ丁寧に拭くと網かごに入れた。 続いて、昨日乾かしておいた小石、炭、砂利をそれぞれ椀に入るだけ入れ、目の前に並べている時、タイリンが走ってやって来た。

「あの、俺は何をしたらいいですか?」 おずおずと聞く声、せっかく昨日は少しながらも声が大きくなっていたのに、また戻ってしまったようだ。

「お早う、昨日の疲れは出てないか?」

「お・・・お早う・・・ございます。 はい・・・大丈夫です」

「それじゃあ、昨日の続きをしようか。 前に座って」 タイリンの座るところを指さす。
タイリンは並べられた網かごと椀を挟んで、シノハと向かい合って座った。

「袋の中に水を入れるんだ」 ザワミドに貰った手織物の袋を目の前に掲げた。

「え? でも・・・水が漏れてしまいます・・・」

「そう、だからその水が袋から漏れないように重ねてトビノイの葉を敷いていく。 底から水を滴せるから、底には敷かないようにほんの少し空けておくこんな風にな」 沼でしていたように、袋の中に一枚ずつ貼り付けるように敷いていった。

シノハがすることを覗き込みタイリンが真似て同じようにする。
慣れない手つきでトビノイの葉を持っては一枚ずつ重ね合わせる姿を見ると

(どうして沼になんて・・・それもトビノイの葉に包まれて・・・) ふと、昨日聞かされたことが頭をよぎった。

「シノハさんこれでいいですか?」 

「あ、ああ」 慌てて袋を覗き込んだ。

「上手くできてるじゃないか」 言われ、嬉しそうな顔をする。

「それじゃあ、次は昨日拾ってきた小石をこれくらい入れる」 次に砂利、炭、小石と、順に入れていく。

「わぁ、袋がパンパンになった」 子供らしく嬉しそうに言う姿を見て、シノハの顔からも笑みが漏れる。

「よし、これをこの木に吊るす。 せっかく詰めたんだからな、落とすんじゃないぞ」 渡した木に今作ったものを吊り下げた。

「はい」 シノハに続いて自分の作ったものをそろっとシノハが作った袋の横に吊るした。

「それじゃ、今のやり方で残りの袋を同じように作っててくれるか?」

「え? シノハさんは?」

「川に水をとりに行く」

「今日は少し揺れがあります。 危険ですよ」 

深夜から軽い揺れを感じてはいたが、タム婆から大事には至らないと聞いていた。 まぁ、少々気になることも言われてはいたが。

「婆様が大丈夫と仰っていた。 それにラワンに乗っていくからすぐに帰ってくるさ」 言うと少し離れたところにいるラワンの方に歩き出した。

「シノハさんなら大丈夫なんだろうな・・・」 呟くと2つ目にとりかかった。

ラワンの元に行くと皿が置いてあり、既に中は空っぽ。 ラワンの朝食は終わっていたようだ。

「腹ごなしに昨日の川に行ってくれるか? 少々重い運び物付きだが?」 オンと気前よくラワンの返事が返ってきた。

昨日と違いラワンの背に鞍をつけると、ザワミドから借りた木の筒を沢山括り付け手綱をつけ、ラワンの背に乗りタイリンに教えてもらった横道から森を出た。

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--- 映ゆ ---  第31回

2016年12月05日 23時41分03秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第25回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第31回




「この村の人間はしょっちゅうあんな奥まで入るのか? あ、いや、しょっちゅうでないと、そんなに上手く見つけられないだろう?」 確かに単純な疑問だったが、素直な疑問であった。

「トビノイの葉が一番大きくなる頃に何日もかけて男たちが採りに行くんです。 トビノイの葉は色んなことに使えるから・・・」

「沼の事をアレコレ言うのに、欲しい物は採るってワケか」 

「トビノイの葉は一度火に炙って使うから、気味の悪いものが飛んでいくって・・・」

「勝手な事を・・・」 言葉に冷笑を乗せると鼻で息を吐いた。

「では、男たちがタイリンを拾って帰ったと?」

「最初はそのままにしていたそうです。 気味が悪いからって・・・それで村に帰って婆様に言ったら怒られてすぐに拾って帰ってくれたそうです」

「・・・どうしてあの森に・・・それもトビノイの葉に包まれて・・・」 
男たちのことは今はどうでもいい。 それよりすぐにでも解決してやりたいが、どうにも訳が分からない。

「婆様も考えてくださったのですが、女たちの昔語りにも何も無いという事です・・・」

「・・・そうか。 では、それは考えても分からないという事か。 婆様ですら分からないのだから・・・」 少し俯き考えながら手を口に押し付けていたが、その手を下して視線を上げた。 

「それより、今なによりも必要なのは、今のタイリンがどうあるかだな」 分からないことを引きずっていても仕方がない。 目先を変えよう。 

「トンデンの村が嫌なのか?」 タイリンがコクリと頷いたまま下を見る。

「どこへ行っても嫌な事はあるぞ」 

「・・・他の村へ行けば気味が悪いといわれない」 タイリンの様子にシノハが微笑んだ。

「そうやって思っている事を話せ」 歩を止め、タイリンを見た。

「え?」 下を向いて歩いていたタイリンも歩を止め、顔を上げるとシノハを見る。

「今のタイリンに一番必要なのは、思っている事を口にするという事だ」
タイリンがずっとシノハを見る。 そのシノハの眼差しがタイリンの瞳孔から顔、首、肩、全身にと広がっていく。 染み入る。 それは温かくもあり心強くもある。 小さな灯が硬い心の一部をほんの少し柔らかく包む。

「違うか?」 両の眉を上げ、一呼吸置いたかと思うと歩き出しまた言葉を続けた。

「沼の事を勝手に言っておいて、トビノイの葉は採り放題。 見返してやろうぜ」 タイリンがどう感じていたのかを知ることのないシノハが口の端に笑みをやった。


話している間に村に入るところまで歩いてきていた。

「シノハじゃないか!?」 馬に乗った男が近寄ってきた。
ここで誰かに話しかけられるはずがない。 が、見知った顔がそこにあった。

「え? クジャム?」 馬上の人を見て歩を止めた。
いつもながらの髭面に筋骨隆々の体躯を持ち、茶色の上衣の上には黒い皮の袖なしを着て、同じ皮の肩当と肘当てをしている。

「トンデンで何をやってるんだ?」 言いながらガシャリと2本の剣が当たる大きな音を立てて馬からおりると、手綱を引いてきた。

「あ・・・あの、馬が暴れませんか・・・」 タイリンが少し後ずさった。

「ああ、大丈夫だ。 ゴンドュー村の馬はみなちゃんと躾けてあるからな」

「誰だ?」 髭面、強面のクジャムに睨まれた気分でタイリンがすぐに俯いた。

「トンデン村のタイリンです。 今、道案内を頼んでいるんです。 こちらはゴンドュー村のクジャム」 

俯いたままペコリとタイリンが頭を下げるのを見て、シノハが苦笑いをクジャムに向けた。
それをみてクジャムが顎に大きな手をやり、濃いヒゲを指でさすりながら眉を上げると、面白がるように大声で言った。

「我はゴンドュー村のクジャム!」 クジャムがわざとタイリンに向って言うと、大声に驚き半分泣きそうなタイリンが、助けを求めるようにシノハを見る。

「挨拶は己の口でしなければならない。 己のいる村と名前を相手の目を見て言ってみろ」 

言われ、おずおずとクジャムを見たが、その目が睨んでいるように見える。 トンデン村の人相とはあまりにも違っていた上に、そのガッチリと筋骨隆々とした体躯もトンデン村では見たこともなかった。

「トンデン村のタイリン・・・」 朝露がポトリと葉から落ちたような声。 下を向いて言った。

「ちゃんと目を見ろ。 声も大きく」 こんな時に優しくはしない。

タイリンがシノハを見たが、シノハは前を向いているだけで自分を見てくれていない。 チラッとクジャムを見た。 シノハと反対にまだこちらを睨んでいるように見ている。

「ちゃんとした挨拶が終わるまで、この状態は変わらないからな。 嫌だったらさっさと終わらせろ」 シノハが冷たく言う。

「シ・・・シノハさん・・・」 その声に返事はしない。

シノハの言う通り、とにかくこの状況はいやだ。 少しでも早く終わらせたい。 オドオドした目を上目ずかいに、クジャムを見て先程よりは少し大きな声で言った。

「トンデン村のタイリンです」 

その挨拶ではまだ気に入らないといった具合に、クジャムがまだタイリンを見据えている。
タイリンはもうどうしていいか分からないといった具合に、完全に俯いてしまった。
少しの間を置いてシノハが助け舟を出した。

「こんなところで許してもらえませんか? 他の村の男と挨拶をした事がないようなんです」 両の眉を上げる。

そのシノハの顔に返事をするように、口の端に笑みをやったかと思うと大声で笑った。

「わーっははは」 笑ったクジャムの大きな声に驚き、一瞬タイリンがシノハの後ろに逃げかけた。

「よし、シノハに免じてこのへんで勘弁してやろう。 初めてでは仕方がない。 頑張ったな」 優しい言葉に聞こえるが、その面構えが恐くシノハから離れられない。

「で? シノハは何をしに来たんだ? お前はトンデンではなく我が村へ来るはずだろう」

「はい、トンデンには我が兄が来ているのですが、生憎と怪我をしていまして使いに出られず、兄の代わりに使いに来ました」

「ああ、そういうことか。 なら良いが」

「クジャムこそ・・・ゴンドュー村はトンデンには来ないはずですが?」

「ああ、近づきたくない村だな。 気分が悪くなる。 が、長からの命令が出ては、そうも言ってられずな」 
思ったことをはっきりと言い、サッパリしたゴンドュー村の人間には、トンデン村のあり方が、気分が悪くなるという言葉に充分想像ができる。

「長から?」

「ああ、地の怒りがあって、トンデンの馬が沢山逃げたらしいと長が聞いた。 それで殆どの村の男たちが探しに出されていた。 “馬を操る村” の名誉にかけて探せってな。 で、今日俺たちが連れてきた」

「え? 逃げた馬を捕まえたって事ですか?」

「ああ。 何頭逃げたかは分からないが、トンデンの馬と思えるものを連れてきた。 今、サラニン達が引き渡している。 俺はあいつらを見ていると気分が悪くなってくるから抜けてきた」 それを聞いてシノハがプッと笑いを吐いた。

「馬の事に関してはゴンドュー村の右に出るものはおりません。 流石はゴンドュー村です」 言っていると、蹄の音が聞こえてシノハじゃないか、と数人の声がした。

「終わったか?」 振向いたクジャムが言うと、頷き馬を下りて近寄ってきた。

シノハが兄の代わりに来たという事を告げると、クジャムが面白がって一人ずつタイリンに挨拶するように言った。
驚いたタイリンが、シノハの後ろに隠れようとしたのをシノハが抑える。

「こんなにいい機会はそうそうない。 よろしく頼みます」 シノハのその言いに、面白いものを感じた全員が一人ずつ名を名のった。

クジャムと色が違う同じ様な衣を着ているが、強面でもなく大柄でもなく、髭もない4人だが、それでもタイリンにすると充分恐い。 泣きそうな顔で、さっき教えられたように目を見て己の名を返したタイリンだが、最後には上目使いがなくなり、声も今までで一番大きな声となった。
まぁ、上目使いをしていると目を合わせてくれないし、名を言っても「はぁ? 今、羽虫の飛んだ音がしたか?」 と言われては段々と声も大きくなる。
4人への挨拶を終わらせ、精根尽き果てたような顔になったタイリンを見て全員が大声で笑ったが、それぞれに「よく頑張れたな」 と言ってもらえるのは嬉しく思えた。 

「シノハ、今日帰るのだったら同道せんか? 少しなら待ってやるぞ」 言われたが首を振った。

「まだ居るつもりです」 
その時、何処かから視線を感じたような気がした。 その主を探そうと目をそらしたかったが、ゴンドュー村の人間と話している時に目をそらすなんてことは言語道断である。 気になりながらも話を続けた。

「こんな村にいると病を持つぞ」 言われたがその返事はかわらなかった。

「もし、どこかでオロンガの誰かと会われたら、まだ暫くトンデンに居ると伝えてもらえませんか?」 ズークに乗っていると、オロンガ村の人間と分る。
それを聞いて嘆息を吐いたクジャムだが 「ああ、分かった」 と請合った。


クジャムたちと別れ、さっき気になった視線を探そうと周りを見渡したが、特に怪しい誰かが居るわけではなく、トンデンの男達が馬を引き歩いているのが見えただけであった。

(気のせいだったのか・・・)

その横でタイリンが村の中の様子を見て目を丸くしていた。

「え? 5人で来てましたよね? それなのに、あんなに沢山の馬を連れてきたんですか?」 パッと見ただけで10頭以上は軽くいる。

「ゴンドュー村の馬使いはすごい腕を持っているからな。 アチコチの村から手に負えない馬を連れてきては、ゴンドュー村で躾けてもらっている。 それより、他に川に行く方法はないか? また馬が暴れたら大変だ」

「あ、そうですよね。 それじゃあ、こっちへ」 いくらかさっきまでより声が大きくなったタイリンであった。

家も何もない故、隠れるところはなかったが、村から出来るだけ離れるようにして川へ向った。

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--- 映ゆ ---  第30回

2016年12月01日 23時35分27秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第30回




「もう少し近づくと分かります」 言われて歩いていると、確かに。 

沼の周りにはタイリンが言っていた大きく長い葉がたくさんあって、その先の沼が見えなかったのだ。 それに沼には藻や苔がいっぱいでその水らしき水面が殆ど見えなかった。

「沢山の藻があるんだな」 はっきりと見えない水面を覗き込んで言う。

「・・・はい」 後ろを向いて葉に向き合ったタイリンの背中に孤影を見たような気がしてシノハが話を変えた。

「さて、この葉か」 ザワミドから貰った袋を懐から取り出し広げた。

「トビノイの葉といいます。 俺が葉を切ります」 言うとすぐさま腰にぶら下げていたナイフで一枚ずつ丁寧に葉を切り、シノハに渡した。 

最初に葉を渡されたシノハは眉を上げて受け取ったが、あとは渡されるままに受け取り隙間を作ることなく袋の中に葉を重ねていく。
袋の大きさはまちまちだ。 1つの袋に葉が何枚要るかは、実際に袋に当ててみないと分からない。

「よし、次が最期でいいぞ」 言われ、最後の一枚の葉をタイリンが切るとシノハに渡した。

「これで十分だろう」 満足したようにシノハが言ったが、タイリンが見てみるとせっかく袋の内側に隙間なく重ねた葉が崩れ、単に袋の中に葉が入っているだけの状態である。

「シノハさん、せっかく丁寧に重ねていたのに・・・」

「ああ、いいんだ。 あとでもう一度重ね合わせるから。 今は必要な葉を集めるだけだ」

「余分に切っておかなくていいですか?」

「ちゃんと合わせたから、それは必要ない。 それに葉だって切られたくはないだろう」 タイリンを見て微笑んだが、すぐにタイリンが下を向いた。

「どうした?」

「シノハさんはそういうことを、平気で言えるんですね」 

「え? この村では、こういうことを言ってはいけないのか?」 シノハのその言葉に 違います、と下を向いたまま頭を振った。

「俺が言ったら笑われます」 

「え? 葉も生きているんだぞ。 それなのに無意味に葉を切っていいとは思わん。 それを言っただけなのに、なぜ笑われなくちゃいけないんだ?」 シノハにとっては当たり前の事。 シノハだけではなく、“薬草の村” に生きる村人はみんなそう考えている。

「俺だから笑われるんです」 

ああ、そういうことかと思い、

「笑いたいものには笑わせておけ。 確かに合わせるということも大切だが、自分の信じたことをまっすぐに言い通すことも大事なことだ」

「でも・・・」 少し頭が上がったがまだ下を向いている。

「自分を信じろ。 信じるに十分値しているぞ」 
重々しく感じさせたくなかった。 だから言ったそばから 「さて、帰って、次は川に案内してくれ」 タイリンが下を向いたままコクリと頷いた。

葉の入った袋は無造作に持ってしまうと葉を傷める。 丈夫な葉ではあるが、少しでも穴が開いては元も子もない。 二人で半分ずつ持ち歩みを始めた。

「シノハさん・・・」 シノハの横を歩く下を向いたままのタイリンが話しかける。

「ん? なんだ?」 タイリンを見た。

「この沼を見たとき藻がたくさんあるって言ってましたよね」 

「ああ、言ったが? どうした?」

「沼・・・藻が沢山ある淀んだ沼なんて気持ち悪いですよね・・・」

「気持ち悪い? 沼がか? それも藻が沢山あるだけなのに?」

「え?」 タイリンが顔を上げてシノハを見た。

「まぁ、淀んで見えなくもないがな。 確かに淀むということは良くないことではあると思う。 我が村のセナ婆様もよく仰っている。 流れることが大事ぞ、と。 でも、ここは沼だ。 流れ出るところも水が入ってくるところもない。 せいぜい雨くらいだろう。 それは仕方のないことだろう?
でもな、この葉や苔や藻がたくさん生えているということは、そこに生があるということじゃないのか? 沼の周りの葉や苔も沼の中の藻も生きているんだから。 沼の中にだって何か生き物がいるだろうしな。 俺たちの目に映らないところで沼が回っているはずだ。 陽が当たるから苔も藻も育つんだ。 葉だってそうだ。 ここは陽が当たらなく陰湿な所ではないだろう?


「で・・・でも・・・沼には精霊が居ないんだから・・・誰もこの沼を守っていない。 ここは良くないものが集まってるって」

「誰が言ったんだ?」

「あ・・・」

「俺はこの村の人間ではないからこの沼のことはよく分からんが、誰もこの沼を守っていなくはないだろう。 葉や藻や苔がこの沼を守っているだろう。 沼も葉や藻や苔を守っているだろう。 そうだな・・・もしタム婆様が仰っておられたのならその説明を聞きたいが?」 眉を上げてタイリンを見た。

「婆様はそんな事は・・・」

「だろ? っていう事は昔語りにもないんだろ? 誰が言ったか知らないが、そんな事は放っておけ」 
どうしてこの沼の話になるのだろうか? 疑問に思いながらもタイリンの言う自信のない言葉を全部打ち消していこうと思っていた。


帰りの木の枝との戦いは大変なものだった。 来たときの様に袋を懐に入れるわけにはいかないし、袋の中に葉もある。 折るわけにもいかない。 とにかく一番に袋と葉を守らなくてはならなかった。

「イテ!」 タイリンの声が聞こえた。

「大丈夫か?」 咄嗟にタイリンを見たシノハも「うわっ!」 二人して枝に顔を襲われた。

やっとの思いで木の枝の攻撃から開放されると、シノハがタイリンの顔を覗き込んだ。

「あーあ、デコから血が出てる。 悪い、怪我をさせてしまったな」 言うシノハを見てタイリンがシノハの顔を見た。

「これくらい大丈夫です。 それより、シノハさん・・・打たれたみたいに頬が真っ赤ですよ」 

「え? そうか? まぁ、ヒリヒリしてるけど。 じゃ、二人して枝に負けたってことだな」 言ってシノハがクスッと笑うとタイリンもはにかんだ笑顔を見せた。

「さて、急ごう」 心の中で少しずつでもな、と呟いた。

ラワンの元に帰ってくると、すぐにラワンの背に荷袋さげをつけ、そこに用意しておいた網カゴや椀、炭の入った袋を取り付けた。

「帰りはちょっと重くなるけど頼むな」 と、声を添えて。

「タイリン、馬達は来たときと同じ所に繋がれているのか?」 また馬に暴れられては煩わしい。

「はい。 同じ所です。 少し歩きにくいですが、来たときの正面に出ないで、横から森を抜けましょう」 その言葉に頷くとラワンと一緒に歩き始めた。

タイリンは来た時とは全然違う道を歩いた。 少し歩きにくいといったが道が少々デコボコなくらいだった。
小屋が並ぶ森を横に抜け、正面に向って森沿いに歩く。 森の反対側、歩いている左手には何もなく、ただ盛り上がった砂地が広がっているだけで、ずっと先の斜め前に村が見えるだけだ。

「何もないんだな」 手綱も付けず、背に荷物を下げたラワンの横を歩きながら周りを見渡した。

「はい。 オロンガの村はこんな風じゃないんですか?」 

「ああ、山の中にあるからな。 村の周りは岩や土が多い。 岩と山と木や草と水が多い村だ」

「オロンガの村はどんな風なんですか? 俺は、オロンガって言ったら今までトワハさんしか知らなくて・・・」

「トワハはどんな風に言ってる?」

「俺は話をした事がありません」

「え? 話したことがない?」 思わず歩を止めて隣を歩くタイリンの顔を見た。

「はい」

「挨拶だけか?」

「・・・挨拶もしたことありません」

「あ・・・挨拶をしてない!?」

「あ、でも、他の男達には挨拶をしてます。 ただ、俺がしたことないだけで・・・」

「使いに出たものが村人に挨拶をするのは当たり前のことだ。 っとに!」 気色ばんで再び歩き出した。 と、思い当たることがあってタイリンに問うた。

「もしかしたら他にトワハのことで気付いたことはないか? あったら教えて欲しい」


「え? あ、はい。 トワハさんはドンダダと・・・その、しょっちゅう・・・」

「ドンダダとはよく話してるのか?」 

「話してるっていうか・・・言い合っています」 

「それは・・・仲が良すぎて言い合っているのか?」 首を傾げて問うシノハにタイリンが頭を振った。

「ったく! トワハは何をやってるんだ! 帰ったら父さんに絶対に相談だ!」 その言葉を聞いてタイリンが焦った。

「待って、待ってください。 俺が言ったって分かったら・・・」 

その言葉の先が何をさすのか分からなかった。 タイリンが言ったって分かったら、ドンダダに何か言われるのか、されるのか。 それともトワハにか。

「安心しろ。 長もそれとなく言っていた。 タイリンが言ったとは言わない。 長から聞いたって言う」 

他の村長の前で足を崩していたなんて、シノハには信じられなかった。 まぁ、自分も崩したが・・・。 それに村の者に話しかけていないってどういう事だ、心の中で憤慨した。

「俺・・・村を出たい・・・」 
突然の小さな声だった。 足元の砂地に溶け込んでしまいそうな、まるで涙の雫となって砂粒にのまれてしまいそうな呻吟する声であった。

「どうしてだ? 生まれ育った村だろう?」 
さり気なく傷つけないように、話を聞こう。 自信を取り戻させる好機なのだから。

「俺は・・・村の中で生まれてません」 

思ってもいない返事に戸惑ったが、戸惑いを見せるとまた心を閉じてしまうだろうことは明白だ。 泰然を装う。

「トンデンの生まれではなかったのか?」 

暫くタイリンが口を噤んでいたが、気長に待った。 ずっと歩は進んでいる。

「さっきの森・・・あの森で拾われたんです」

「・・・あの森で?」 想像もしていない言葉だった。

「はい。 裸で・・・大きなトビノイの葉に包まれていたそうです」 

(ああ、そういうことか。 だからあの森の事をどう思うか聞いてきたのか。 よくないものが集まっている森で拾われたって言われ続けたのか・・・) 言った相手に業腹な気持ちを向けたいが、今はその時ではない。 

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