大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第9回

2013年06月28日 14時53分37秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第9回



何よりもマンションから近い所を探していた事を思い出した琴音は PCで経理が出来るのならと 経理への不安も、低いお給料ということも 頭の中から無くなっていった。 すぐに受付の女性の所へ行き

「あの、すみません 先程のこの貼り紙の所ですが」 琴音がここまで言うと

「どうでした? ゆっくりとご覧になれました?」 嫌な顔もせず琴音に答えた。

「はい。 あ、それと先ほどは失礼しました」 恐縮して謝った。

「私は何とも思っていませんから 謝らないで下さい」 謝られた事に驚いたようで 慌てて返事をした女性だ。 よく出来た受付だ。

「それよりご覧になられてどうですか?」 琴音を気遣って話を切り替えした。

「はい、ここへ面接をお願いしたいのですけど」

「まぁ、そうですか 私も貼った甲斐があります。 いいご縁があるといいですね」 気持ちのいい滑り出しだ。

「ここはちょっと混んでいるので あちらで待っていてください。 担当職員に言ってきます」 そう言って指さされた先で琴音が暫く待っていると 受付の女性が帰ってきて

「どうぞ5番の職員の所へ行ってきてください」 そう琴音に言った。

「有難うございました」 琴音は礼を言い職員の所へ向かった。

「こんにちは」 前回もそうだったが 職員が起立をして琴音を迎えた。 

「お世話になります。 あの此処なんですけど」 そう言いながら貼り紙を出すと

「はい、聞いていますよ」 もう会社の資料は揃えてあったが 琴音の資料はまだそろえていない。
琴音の資料を揃えてから

「えっと、こちら・・・悠森製作所さんですが 昇給はありませんが・・・この辺りの確認は大丈夫ですか?」

「はい」

「社会保険もキチンとされていますし 経理ということですが ご経験は?」

「経理の経験はありませんが 特記にPCの出来る人と書かれていて 特にワード・エクセルの出来る人とされているので これはどちらも出来ます」 特に秀でて出来るわけではなかったが 前の会社でも少しはやっていたので 何とかなるだろうと踏んだのだが そんな風に考えたのは生まれて初めてのことであった。

今までの琴音なら どれだけ会社でPCを使っていても 「私なんてPCが出来るうちに入らないわ。 この程度でPCが出来るなんて恥ずかしくて言えないわ」 そんな風に考えていたのだ。

その後も少し話をし

「では 少しお待ちください」 職員はそう言って 電話を掛け出した。

前回と同じように相手の会社と話している。 そしてまた同じように

「年齢ですか・・・えっと40歳ですね」 年齢の話だ。

ここへ来て改めて40歳という壁に気付いた。

(あ、どうしよう 断られるのかしら) 心の中で不安がよぎった。

だがその後の話を聞いているとそうでもなさそうな会話だ。 受話器を押さえて職員が琴音に聞いてきた

「いつなら面接に行けますか? 先様は今週中と言われていますけれど」

「今週ならいつでも大丈夫です」 何の予定があるわけではない。

「いつでも良いと仰っていますが・・・はい、はい・・・それでは明後日の10時ですね?」 琴音の顔を見ながら答えている 琴音は返事の意味で頷いた。

「それでは宜しくお願いいたします」 電話を切ると職員が地図を出してきたので

「あ、マンションからすぐなので この用紙で充分場所は分かります」 先程の張り紙に書かれていた地図を指さしながら言った。

「そうですか。 それではこの封書を先様へお渡しください」 前回と同じように封書を渡された。

「はい、有難うございました」

「では、明後日10時でお願いします。 良いご縁であることを祈ります」 席を立った琴音に言った職員であったが 琴音にしてみれば今日一日で『ご縁』 という言葉を二度も耳にしたのだ。

「ご縁か・・・今までそんなに聞かなかった言葉だわ。 ふふ」 どうしてだか微笑んでしまう琴音であった。

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みち  ~未知~  第8回

2013年06月25日 14時00分39秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第8回



翌日からは目覚ましをセットするわけでもなく 午前中をダラダラと過ごし 午後からはウインドウショッピングなどをしてという 時間を潰す日が続いた。

ウィンドウショッピングをしていると かわいい財布が並べられているのが目に入った。

「そういえば もうこのお財布、穴が開いてきちゃってるのよね。 それに一度、長財布がほしいわね」 ずっと何年も二つ折りの財布を 使ってきていたのだが ここで可愛らしいピンクの長財布を買った。 

だが財布以外 何かを買うでもなくそのままマンションに帰り やはりダラダラと毎日を過ごしていた。 そんな自分を見限ったのか 何かがそう思わせたのか

「ああ、何もしないでダラダラしていても埒が明かない。 ハローワークにでも行こうか・・・」 自分自身に踏ん切りをつけ ハローワークに向かった。 


ハローワークの受付に行くには 色んな求人の貼り紙をしてある所を通過するのだが 今日はそこまで人がいっぱいに溢れていた。

「どうしてこんなに混んでるのかしら」 人を避けながら壁の隅にくっ付くように立ったとき 背中でクシャっという音がした。

振り向いて見てみると 貼り出されてあった求人の貼り紙だった。

「まぁ、こんな所にまで貼り出されていたのね」 そしてよく見てみるとそこには『悠森製作所』 と書かれてあった。

「あ、ここって まだ決まっていなかったの?」 求人の貼り紙をよく見た。

「決まっていなかったのにどうして 検索に出てこなかったの?」 琴音は自分の検索のせいだという事に まだ気付いていない。 

それどころか貼り紙を留めてあった画鋲を取り その貼り紙を手に取った。 そして貼り紙を持って 人の間を通り抜け受付へ向かった。

「あの、此処はもう誰か決まってるんじゃないですか?」 そんなことを言う人間はそうそういない。

「え! なんですか?」 受付の女性も驚いているが それ以上に琴音が驚いている。

「あ・・・私ったら何てことをしてるのかしら。 あの・・・すみません、ごめんなさい 勝手に剥がしてしまって すぐに貼り直してきます」 そういう琴音に受付の女性は手を伸ばしてきた。 

そして伸ばされた手に貼り紙を返した琴音であったが その貼り紙を受け取った受付の女性が冷静に答えた。

「ああ、これはさっき私が貼ったばかりですから まだ決まっていませんよ」 

「あ・・・すみません。 あの、もう一度見せてもらえますか?」

「いいですよ。 ゆっくりご覧になってください」 受付の女性は貼り紙を琴音に手渡した。

「有難うございます」 そう言って少し空いている空間へ行き 今度はゆっくりと貼り紙を見た。

「募集内容は・・・経理と一般事務・・・経理なんてしたことがないわ それにあんなの出来ない」 今まで経理なんて考えたこともないどころか ずっと求人を見ていたときに経理は琴音の中からはずしていた。 あくまでも一般事務を探していたのだ。

琴音の父親が現役の頃 社内で経理業務をしていたのだが 時々経理の相談に家に人が来ていたり 確定申告の時期には色んな人間が相談にきていたのだが 琴音にとっては意味の分からない計算をしている父親の姿を見ていて 自分には不向きと考えていたのだ。

「あ、でも待ってよ 必要な経験等にPCの出来る人って書いてある。 PCを使っての経理なのかしら。 それならパターンさえ覚えてしまえば出来るのかしら」 経理ソフトを触った事があるわけではないが 漠然と想像をした。

「募集年齢は問わず、賞与は前年度が2回。 お給料は・・・18万・・・やっていけないわけじゃないけど・・・」 既に最低でも20万の給料を見てきた琴音にとって 18万はかなり低く思えた。

「場所は? 此処の住所だったら 自転車で行けるわ」 改めて場所を確認した。

「あ、そうよ 私ったら何を考えていたのよ。 お給料より何より一番重要視していたのは 通勤時間じゃない。 ここなら通勤時間があってないようなものじゃない」 検索をしていくうちに 段々と金に目がくらんできていたのか 最初の大切なことを忘れかけていたことを思い出したのだった。

琴音に向いて吹いている風に ようやく気付いたようだ。

思い出さなければならないのは 給与の額ではなく 琴音の家の近くで場所を探せと言うことだ。 その為に前の会社を辞めたのだから。 だがその仕組は琴音には知る由も無かった。

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みち  ~未知~  第7回

2013年06月21日 14時20分58秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第7回



「元気って・・・まぁ、確かに笑いそうにはなったけど 40歳なんておめでたくないじゃない」

「何歳になっても 誕生日は祝うものなの! 40年前産んでくれたおじさんやおばさんに感謝しなさいよ」 

暦の言うとおりである。 その時悲しくても辛くても苦しくても 産まれてからそれまでに嬉しい事が数え切れないほどあったはずだ。 
目が見える喜び 人の声が聞ける喜び 美味しいものも食べただろう、その口があったからだ、その手が口に運んでくれたからだ。 嬉しい話を聞かせて貰った、愚痴を聞いてもらった。 それはその人が居てくれたからその人と話す事もできたんだ。 その人にも感謝が出来るだろう。 
そんな自分が産まれ出た日だ。 誕生日は産んでくれた両親に感謝をする日である。

「暦の言う事が分からなくもないけど 就職で40ってキツイわよ」

「ま、それはそうね」

「でしょ?」

「どう、いい所ありそうなの?」

「あったらこんなに落ち込んでないわよ」

「やっぱり難しいんだぁ」

「暦はどうしてるの? パートに行くかも とかって言ってたけど どこかに行ってるの?」

「それがね 行ってないの」

「旦那さんのお給料でやっていけてるんだ」

「まぁね、でもキツキツよ。 子供の塾代とか色々あるしさ」

「塾代って高そうだもんね」

「高いわよ。 目が飛び出るわよ。 それでパートに出なきゃって思ったんだけど 基本、働く気がないからね、何とか倹約やりくりで終わらせようと思って・・・って、こんな暗い話しをしてどうするのよ。 お誕生日おめでとうの電話なんだから」

「あ、じゃあ素直に 有難う」

「どう? 少しはやりたい事が叶っていってるの?」

「やりたい事? 私、暦にそんな事言った?」

「あー、やっぱり琴音も忘れてるんだぁ。 まぁね、あのシチュエーションだもんね 私も忘れてたからね」

「なに? いつの事?」

「いつだったかな 琴音が会社を辞める1年位前だったんじゃないかな 二人でホテルに食事に行ったじゃない。 それで食事した後に ビンゴゲーム会場に行ったら そこでゲームの前に 貴方が今後したいことを紙に書いて下さいって 書かされたじゃない。 覚えてない?」

「ああ、そんな事あったわよね。 思い出したわ。 暦がディナーのペアー招待券が当たったからって 誘ってくれたのよね。 それにビンゴ無料参加券も付いてたのよね。 でもあの時なに書いたっけ? うーん、覚えてないわ。 暦は覚えてるの?」

「私も書いたことって言うより すっかりそのこと自体を忘れてたのよ。 それがね何時だったかなぁ? 旦那と子供と過ごしてる時にふと思った事があったの。 これって幸せな事なんだって。 すごーく平凡な幸せよ」

「天にも昇る幸せじゃないのね」

「うん そうなの。 その時にあの時のことを思い出したのよ。 そう言えばあの時 『平凡な幸せを感じて暮らす』 って書いたんだって」

「わぁ、そんな事書いてたんだ。 でもそう言えば 暦はしょっちゅう言ってたよね。 平凡ほど難しいことはないって」

「そうよ、浮き沈みなんて誰にでもあるけど ずっと平坦って言うのは難しいのよ。 だから琴音はあの時書いた事はどうなってるのかなと思ってね」

「あったことすら忘れてたのに 何を書いたのかも覚えてないわ。 あ、でも待って 確かあの時司会者の人が その望みは必ず叶います。 書いた事で既に貴方はその望みに向かって歩いています。 って言ってたわよね」

「あー、そうよね そんな事言ってたわよね。 うん、言ってた、言ってた。 そうよね、思い出した。 琴音よく覚えてたわね」

「暦に言われて思い出したくらいよ。 それにそのことを思い出しても 何を書いたかは思い出せないわ。 司会者のセリフを思い出しても意味ないじゃないー」

「すぐにビンゴゲームも始まるからって 慌てて書いたものね。 特にウーンって考えて書いたわけじゃないから 大した事を書かなかったのかもしれないわね。 それにビンゴで二人ともハンバーガーのセット券が当たって ディナーの後なのに また食べに行って どれだけ食べるの! って言ってたけど その時にも何を書いたかなんて話さなかったから 記憶は薄いかもね。 まぁ、書いたことは もしかしたら私みたいに その時になったら思い出すかもよ」

「そうよね そのうち思い出すか 一生思い出さないかね。 そういえば言われて思い出したわ。 また食べに行ったんだったわ。 ホントにどれだけ食べるの! だったわよね」 二人で思い出し笑い出した。 

話は尽きず昔話に花が咲き 暦のお陰で少しは誕生日に笑う事が出来た琴音であった。

それに暦の言うとおり その時になったら思い出すよ

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みち  ~未知~  第6回

2013年06月17日 14時17分36秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第6回



気持ちを落ち着かせるために キッチンへ行きコーヒーを入れ そのままテーブルの椅子に座った。

新しい課長との折り合いは確かに良くはなかったが そんなこと長く勤めていた中で 何度かあったこと。 それに辞めるに値するほど悪かったわけではない。 

余りに琴音に何もかもを聞くものだから琴音の仕事が進まない。 それに対して「いい加減に仕事を覚えてよ」 と思ったくらいのものであった。 
折り合いが悪いと言うより 琴音に少し不服があったくらいのものであったのだ

「そうよ、どうしてだか急に辞めなくなっちゃったのよ。 辞める気持ちの理由付けに課長のことが浮かんだのよ。 どうしてなの? 何でそんなこと思ったの?」 自問自答するが答えは返ってこない。

「はぁー」 溜息ばかりが出てくる。

頭の中は真っ白だ。 ぼぉっとしたままコーヒーを一口飲み頭をもたげ コーヒーカップを両手で包むように持った時 また『悠森製作所』 と言う言葉が頭に響いた。 

「何?」 まるで何処からか声が聞こえたかのように 前を見、周りを見渡した。 

「声が聞こえたわけじゃないんだから 誰も居る筈ないわよね・・・」 その日は自分に落ち込みながらも 眠りについた。


翌朝、ハローワークへ報告に行かなくてはと思った琴音は 掃除や洗濯を済ませ バスでハローワークへ向かった。

昨日の報告をした時 何を責められる訳ではなかったのに
「職員さんに合わせる顔がないわ。 ハローワークには当分行かないでおこう」 そんな風に思った。 いや、思わされたのかもしれない。

それからは新聞広告や求人広告を読み漁ったのだが コレといった所がない。 結局、毎日をダラダラとすごす日が続き とうとう琴音は誕生日を迎えてしまった。

「ああ、こんなに迎えたくないお誕生日は初めてだわ」 親友や以前勤めていた会社の後輩達から お誕生日おめでとうメールが入るが 
親友には『全然おめでたくないから』 と返信し、後輩には先輩としてのプライドがある。『ありがとう。 仕事順調?』 等と返信をしていた。

この後輩達というのは 前の職場で琴音が可愛がっていた後輩達だ。 プライドも勿論あったがそれ以上に急に自分が辞めたことにより 後輩達に迷惑はかかっていないだろうかという心配があった。

数分後に一人の後輩から返信があった。

『先輩が辞めちゃったから 荷が重いですよ。 でも面白い話がありますよ。 課長ったら先輩が辞めて頼れる人がいないからテンテコ舞いになってますよ。 みんなでプッて笑っちゃってます』 可愛い返事をもらって 少し心が安らいだ琴音であったが 後輩にも勿論、課長にも迷惑をかけていると思いながらも その後も誕生日を迎えてしまったショックからか 何もする気がしない。 

またメールの着信音が鳴った。 他の後輩達からのメールであった。 その内容を見て
「みんな頑張ってくれているのね」 少し気が楽になったようだ。 

そこへ電話が鳴った。 キッチンに置いてある電話に出ると

「お誕生日おめでとう」 美川憲一を真似て言っている。

「暦? なにやってんのよ」 思わず笑いそうになった。

琴音と同郷で小学生の頃からの親友である。 琴音と同じく就職のため田舎から出てきて 琴音とは違う所に就職をした。 そしてそのまま社内結婚をし、出産を機に退職をしていた。 

お互い勤めをしていた若かった当時は よく行き来をしていたが 暦の結婚を機に段々と会う事も薄れていったのだが 偶然、子供をつれた暦家族と駅で会い それから付き合いが再開した。 

今は琴音のマンションからは車で30分ほどの所に住んでいる。

「だってあんなに しょぼくれたメール送ってくるんだもん。 どう? 少しは元気になった?」 暦なりの励まし方のようだ。

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みち  ~未知~  第5回

2013年06月14日 14時40分24秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第5回



話しながら履歴書を見終わった男性が

「履歴書に書かれているこの会社、長くお勤めだったのにどうして辞められたんですか? どこかで聞いたことがある名前だな有名な会社ですよね」 琴音はちょっと言葉に詰まり 

「・・・はい それこそ定年までいようと思っていたのですが どうしても新しい課長との折り合いが悪くて・・・それと通勤に疲れたもので」 歯切れ悪く答えた。

「あははは 普通は人間関係で、等と言って 誤魔化すのにはっきりと仰る」 そして男性はもう一度履歴書を見て

「この住所だったら そんなに離れてないから通勤に疲れませんね」 笑いながらそう言い、隣にいた女性に見せた。

「あら、この住所ならそんなに遠くないんじゃないですか? でも私はもっと近くなんですよ。 歩いて来てるんです」 35歳くらいであろうか 優しそうな微笑を持っている女性だ。

男性が女性のほうを見て「どう?」 と聞くと「私、いいですよ」 と女性が答えていた。 そして男性が琴音のほうを見て

「いやいや、これから来てもらうとなると この人と一緒に一日過ごしてもらうことになるんだけど 貴方はこの人と、どう? 一緒にやっていけそう?」

「あ、そんな・・・」 どう答えていいのか分からない。

「社長、急にそんな聞き方は 答えにくいですよ」 琴音に変わってその女性が答えてくれた。

「そうか? 答えにくいかな?」 

「ごめんなさいね。 社長って悪気はないんですけど デリカシーに欠けていて」 

「いえ、こちらこそ・・・」 その後の言葉が見つからない。

「そうか、じゃあ 仕事の内容も雰囲気も分からないだろうから 取りあえず明日から来てみない? うちも貴方のことを知りたいから 2、3日働いてお互いそれで決めようじゃないか。 どう? 少なくとも今話してみて 少しでも働く気があるのならそうしてみない?」

「はい。 そうさせて頂きます」

「よし決まった。 じゃあ 明日8時出勤だから」

「はい、宜しくお願いいたします」 そう言ってその場を立った琴音であったが 帰りのバスの中で何かモヤモヤしたものを感じていた。 


マンションに帰り玄関の戸を開けるとすぐに和室に座り込んだ。 

「いい人達だし 業績がアップしているって事は 先の不安がないってことだし・・・賞与は年3回 昇給も毎年あるって書いてあったし・・・」

琴音にとってはいい条件である。 だが

「何なのかしら・・・いい条件なのに・・・どうしてかしら」 琴音の中で何かがざわめく。

何時間考えただろうか

「違う。 そうじゃない」 そんな言葉が口から出た。 そしてすぐに受話器を手に取り さっきの会社へ電話をし 丁重にお断りをした。

「何なの! 何がどうなのよ!」 断りを入れた自分が分からない。

「私はどうしたいのよ! 何で断ったのよ!」 自分に対しての怒りさえ覚えた。

そして思い出した。 面接の時のあのことを・・・

「そうよ、どうして会社辞めたのよ。 ずっと定年までいるつもりだったのに。 長い間勤めていたのに・・・」 溜息が出た。

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みち  ~未知~  第4回

2013年06月10日 14時30分23秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第4回



翌日、琴音は少し離れているバス停からバスに乗り 9時40分に面接をしてもらう会社の前に着いた。

「ちょっと早すぎるわね。 どうしようかしら」 そう言いながら敷地の中を覗くが 3階に事務所らしき窓が見えるのだが 入り口が見当たらない。
 
会社の前をウロウロしていると 此処の社員であろう女性が自転車でやって来た。 琴音は自転車を止めていたその女性に

「あのー、すみません」

「はい?」 自転車の籠から鞄を取ろうとしていた女性が振り向いた。

「今日こちらで面接をお願いしている者なのですが 事務所に行きたいのですけど 何処へ行けばよろしいでしょうか」

「あそこのちょっとへこんだ所に狭い出入り口があるの分かります?」 言われた先を覗き込むとドアがあった。

「あ、あのドアの所ですか?」

「そうそう あのドアから入って すぐに階段がありますからその階段を上がって3階が事務所ですよ」

「分かりました。 有難う御座いました」 会社の周りで少し時間を潰し10分前になり ゆくっりと事務所の入り口と言われるドアまで歩いて行った。

ドアを開けると狭い廊下が続いている横に階段があった。 まるでビルの裏階段のような感じだ。 

その階段を3階まで上がると目の前にドアがあった。 ドアを開けると 沢山の棚があり その棚には所狭しと 色んな物が置かれている。 その中で作業着を着た若い男達がテキパキと動き回っている横で 今まさにネクタイを締めようかとしている20代位の男もいた。 机や椅子なんてものは無く到底事務所には見えない。

「え? コレの何処が事務所なの? 倉庫じゃないの?」 目を丸くしている琴音に向かって スーツの上着を羽織ながら一人の男性が

「もしかして面接ですか?」 と話しかけてきた。

「はい、今日お願いしているんですけど こちらは事務所ではなかったのでしょうか?」

「事務所は奥なんですよ。 どうぞこちらです」 棚の間の細いスペースを少し歩いていくと ドアがありそのドアを開けながら

「今日の面接の方来いらっしゃいましたよ」 とドアの向こうに話しかけている。

「どうぞ」 と言って 琴音に中に入るよう促した。

「あ、どうも・・・」 そう言って入ると 中は先ほどの倉庫のようなところとは雲泥の差で整然とした広い事務所であった。

奥に男性一人と 女性一人がいて 仲良く団欒をしているように見えた。 その男性が琴音を見て

「ようこそいらっしゃいました。 さ、こちらへどうぞ」 琴音は奥まで歩いて行き その男性の前に立った。

「何も緊張しなくてもいいですよ。 どうぞ座ってください」 事務所にある椅子をガラガラと音をさせながら出してきた。 多分誰かの机の椅子であろう。

「宜しくお願いいたします」 琴音はそういうと 椅子に座り履歴書の入った封書とハローワークから言われていた封書を出した。

男性が履歴書を広げながら

「一応私が社長なんですが 現場でみんなと一緒に毎日働いてますからね 社長なんて意識はないんですよ」 見た目は60代であろうか。
「うちの会社はニーズがこれからどんどん増える会社ですからね 毎年業績はアップしています。 今も見られたでしょう? みんなバタバタとしている所」

「はい。 皆さんお忙しそうでした」

「ええ、活気がありますよ。 この時間までがバタバタと納品の用意や 出荷の用意をして忙しいんですが それからは若い者達はスーツに着替えて 営業回りや納品回りをしますし この時間からはパートさんが現場で働いてくれますから 事務所はいつもこんな風にガランとしてるんですよ。 それにやることもそんなに無い。 電話番くらいですね。 現場が忙しくなれば 時々手伝いに行くくらいです。 やっていただく仕事は 若い者から依頼された仕入れと 注文があったときの伝票処理ですね。 まぁー般事務です」 

(さっき事務所を教えてくれた人はパートさんだったのね) さっきの女性を思い出しながらそう思った。

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みち  ~未知~  第3回

2013年06月06日 15時00分00秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第3回



3回、4回とハローワークへ出向いては アウトプットをしてくるが

「駄目だわ、ハローワークにいる時には いいと思ったのに どうして行く気になれないのかしら。 いったい私はどうしたいのかしら」 琴音は簡単に仕事が見つかるつもりでいたせいか 仕事が見つからない現実に焦り始めたようで 目の前にぶら下がっている進むべき道に気づかず 気持ちに余裕がなくなってきていた。 でも焦る必要は無いんだよ。


5回目 PCの前に座った琴音がふと気付いた。

「あら? そう言えば どうして悠森製作所が出てこないの? もう誰か決まったのかしら」 18万の給与である悠森製作所は 20万以上の給与で希望している琴音の検索では 出てこないことに琴音は気付いていなかった。

今回も5件をアウトプットして帰ったが もうかなりの日が経っていたせいか

「うん、この3件の中のどれかにしよう」 5件の中から 3件を絞った。

あとの2件は絞った所より琴音の家に近いのだが 給与が1万円安い。

絞った3件は琴音の家を中心に3方向に分かれていて 何処へ行こうともバスに乗っている時間に違いはなさそうだけれど やはり多少の違いはある。 それに給与にも多少の差があったが 仕事の内容は皆同じようなものであった。

「どうしようかしら」 3件の中で一番近くのところが一番給与が安く 一番遠い所が一番給与が高い。

「この遠い所・・・此処まで行こうと思うと近くのバス停からは出てないわよね。 ちょっと向こうのバス停まで行かなくちゃならないわ。 でも此処が一番お給料がいいわよね・・・」 迷っているが その前に大きなことを忘れかけている。


翌日 ハローワークに出向き 今回は職員と話をする席に着いた。

「何処か良い所がありましたか?」 職員にそう聞かれて

「此処にしようかと迷ったんですけど ここでお願いしようかと」 結局一番給与の高い所に決めたのだった。

「えっと、ちょっと待ってくださいね」 琴音が持ってきたアウトプットされた紙を持って資料をそろえてきた。

そして琴音と少し話しをしてから職員は電話をかけ始めた。

「あ、こちらハローワークですが 求人希望の方がいらっしゃいまして・・・はい・・・はい・・・」 どんな会話をしているか 琴音には分からない。

職員は琴音の資料を見て「ああ えっと 39歳ですね・・・はい・・・」 年齢の確認のようだ。

(年齢を聞いて 来なくていいって言われるのかしら) 琴音は心の中でそう思っていた。

「はい・・・はい、それでは 明日ですか? ちょっとお待ちください」 職員は受話器を押さえて 琴音にむかい

「明日、面接大丈夫ですか?」 と聞いてきた。

「あ・・・はい 何時でも大丈夫です」 咄嗟に答えた。

「何時でも良いそうです。 じゃあ、10時で」 琴音の目を見た。 確認しているのだろう。 琴音は頷いた。

「はい、はい 分かりました。 それでは宜しくお願いいたします」 電話を切った職員は地図を出してきて場所を説明し始めた。

琴音も漠然と場所は分かっていたが 詳しく知りたかったためその説明を聞いた。

「これで分かりますか?」

「はい、分かります」

「それじゃあ 急ですけど 明日の午前10時に面接されるそうなので・・・今日、履歴書を持っていらっしゃってますか?」

「はい」 琴音は鞄から履歴書を出した。

「ちょっと見せていただけますか?」 履歴書に書き漏れなどがないか確認しているようだ。

「はい、これでいいです。 お返しいたしますね」 そして今度は職員の方から封書を琴音に渡した。

「これを面接の時に相手様へ渡してください」 琴音は受け取り 鞄へしまった。

「あの、履歴書なんですが あと数日で40歳になるんですけれど このまま39歳と書いたままでもよろしいんでしょうか?」

「39歳には違いありませんから宜しいですよ」 琴音の顔を見て返事をした職員の顔が 微妙に笑っている。 微笑んでの返事ではない。 琴音の質問に大人として笑いを堪えていたのであろう。 

「他に何か質問などありますか?」

「いえ、特にはありません」

「それでは頑張って明日行って来て下さい」

「はい 有難う御座いました」

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みち  ~未知~  第2回

2013年06月03日 14時13分35秒 | 小説
『みち』 ~未知~  第2回



翌日 掃除を済ませ一休憩置き重い腰を上げて バスでハローワークまで出かけた。

ハローワークはガラガラであった。 

受付を済ませ番号票をもらい その番号と同じ番号が書かれてあるPCの前に座り そこで検索するよう指示されたが 初めてのハローワーク、何をどうしていいのか分からなかった。

取りあえず言われた通りに 同じ番号のPCの前に座った琴音は 鞄を足元に置き

「さてどうしたものかしら」 とディスプレイを見ると 『あなたの年齢は』『希望の地域は』 等と簡単に進んでいけるような画面になっていた。 ましてや横を見ると パウチされた紙に事細かに PCの検索の仕方が書かれている説明書があった。

「ああ、何だ。 難しく考えることなかったのね」 そう思い、上がっていた肩を下ろして 説明書を読むことなくPCに従って入力していった。

給与、職種その他の要項を入力していくと それに合った求人が画面に出されるシステムだ。

琴音は以前と同じように事務職を希望した。 そして職種より給与より何より一番重視をしている希望地域では 少しでも通勤をしたくない気持ちがあった。 

琴音のマンションから駅まではバスに乗らなくてはならない。 バスに乗って電車に乗ってと 今まで当たり前にしてきたこと。 その時には特に苦痛を感じていたわけではなかったが 今回はどうしてもそんな通勤をしたくないと思ったのだ。 

電車には乗らない。 バスで30分以内を希望したが 歩いていける範囲であればそれに越したことはないと思い 希望地域が細かくされていたので 琴音の住む地域とその周辺だけを希望した。 そして

「希望給与・・・どうしよう この年で30万以上なんて入力しても あるわけないわよね。 30万じゃなくても やっていけないわけじゃないんだから 試しに大幅に落としてみようかしら」 求人雑誌などを見ていて 琴音の年で事務職となると30万なんて募集は到底無いことを知っていた。 せいぜい良くても25万だ。 たまに25万を超す募集はあったが どこか怪しい所が大半だった。

それを考えて18万以上と入力すると 沢山の求人が画面上に出てきた。

「ええ? こんなにあるの? 求人広告や雑誌と偉い違いだわ。 でもこんなに多くちゃ絞りきれない」 そう思いながらも 何気なく見ていると 何かが引っかかった所があった。 

「あら? 悠森製作所(ゆうしんせいさくしょ)? ふーん、ここってマンションからそんなに遠い所じゃないじゃない」 琴音はどうして此処に引っ掛かったのかということに気付いていない。 

その後も次から次へとページをめくっていき 色んな所を見たがこの日は何を決めることもなくマンションに帰った。


週末。 新聞に求人広告の入る日だ。

朝起きてすぐに週末の決まり事となっていた 新聞に挿まれている求人広告を端から端まで見た。

「ああ、やっぱりこの年になると簡単に無いわ」

週末をダラダラと過ごしていた時、ふと頭に『悠森製作所』 と言う言葉がよぎった。

「ああ、そういえばそんな所あったわね。 月曜日もう一度ハローワークに行ってみよう」


2回目ともなれば慣れたものだ。 受付を済ませさっさとPCの前に座り入力していった。

「18万以上って入力すると また沢山出てくるわね。 ・・・今度は25万以上で入力してみようかしら」 25万と入力し、見てみると無いわけではなかったが 琴音が思うようなところがなかった。

「やっぱり駄目ね・・・じゃあ20万以上で」 そうすると18万以上と入力した時と比べては かなり絞られてではあるが求人はあった。

「あ、こっちのほうが絞りやすいじゃないの。 あら此処いいわね」 そう思いながら幾つかをメモしようとした時に プリンターがあるのに気付いた。

「あら? プリンターがあるのね。 使っていいのかしら?」 そう思って説明書を見てみると 5枚を限度に出力して良いと書かれていた。

「ハローワークもなかなか気が利いてるのね」 気になった3件をアウトプットしてその日は帰ったが マンションに帰ってからアウトプットしたものを見ても 次のステップに進む気がしない。

「ああ、何なのかしら 何が気に入らないのかしら」

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『みち』 書き始めました

2013年06月01日 23時56分13秒 | ご挨拶
長い間お休みをしておりました。


前回5月30日のアップの時には ブログの載せ方も忘れてしまっていて少々焦りました。



『彼女達』 を書く前から書き始めておりましたものが ようやく書き終わりました。

少し書けたと思っては 何ヶ月も書けなくなったり、そうかと思うと何時間もPCの前に座ってずっと書き進めたり を繰り返しておりました。

もっと自分で何度も読み返して修正を入れてからのアップにしたかったのですが どうしてか 5月30日当日に第1回をアップしなくてはと思い まだまだ完全に出来上がっていない状態でのスタートとなりました。 


定期的にアップしたいのですがそれが儘ならず、不定期になりますが 出来るだけあまり日を空けることなくアップしていきたいと思っております。



『みち』 素人小説で読みにくいかもしれませんが 精一杯書いております。



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