『---映ゆ---』 目次
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「よし、葉はそれでいこう。 それ・・・と」 と、いくらか必要なものがここにあるかと尋ねると、タイリンが走り回りながらそれなりのものを用意した。
「よし、あとは炭だな」 来たときに炭があるのを見ていた。
「炭を勝手にとってもいいのか?」
「はい、いいと思います。 特になににも使っていませんから」 そう聞くと二人で炭の置かれている所に歩き出し、タイリンが用意した袋に入れ、ラワンの元に帰ってきた。
「あとはザワミドさんにさっきの袋を・・・貰えるだけもらってきてくれ」 イタズラな顔をした。
「はい!」 シノハの顔に生真面目に答えるタイリン、大きく首肯すると喜んでザワミドの小屋へ走っていった。
その姿を見送ると、ふと気付き振り返った。
「あ? あれ?」 シノハの後ろにはずっとラワンが居る。
「ラワン、タイリンが居たのに怒ってないよな?」 タイリンがラワンを見て“このズーク” 発言をしてからラワンがタイリンを睨むほど怒っていたのに。
「もしかして、もう許してやったのか?」 ラワンはそ知らぬ顔をしてソッポを向いた。
「許したわけではないのか・・・」 どうなっているんだ? と言う風に顔をしかめた。
「まぁ、いい。 あとでラワンも手伝ってくれるか? 成功したら婆様が喜ぶぞ」 その言葉にオーンと小さく返事をした。
タイリンは5つの袋を持って帰ってきた。
「全部で6つか。 まぁまぁだな」 袋を手に持つとタイリンに聞いた。
「その沼にラワンも行けるか?」
「えっと・・・無理と思います」 言いながらタイリンがチラッとラワンを見ると、タイリンを見据えてラワンがブフンと鼻をならした。
「あ、えっと、ラワンさんには無理って言ってるんじゃなくて・・・その・・・沼に着くまでは、木の枝があちこちから飛び出してきているんです。 俺たちなら手で避けられますけど、その・・・ラワンさんが顔で避けてもすぐに次の枝が飛び出ています。 だから・・・目に入ったりしたら・・・」 どうしても言葉が尻すぼみになる。
「と言うことは、沼に着くまでには木々が鬱蒼としているのか?」
「はい。 それもラワンさんの顔の高さくらいが一番枝が多いんです」 ラワンを連れて行ってはいけないと言っているようで、頭がどんどん下がる。
「そうか・・・タイリンしか知らないのだからな。 タイリンの判断が一番正しいだろう」
シノハの言葉を聞いてタイリンが驚いて顔を上げた。 己の判断が一番正しい? そんなことは言われたことがない。 ・・・でもそれは沼までの道をシノハが知らないだけだから。 村の男達はみんな知っている。 うううん、女たちも知っている。 でも、でも・・・そんなことを言われたことがないタイリンが思わず含羞して俯いてしまった。
「仕方がない。 タイリンの言うようにラワンの目に傷が入ってしまってはどうにもならない。 ラワンには待っていてもらおう」 ザワミドから貰った袋だけを持つと、あとはラワンの近くにおいた。
「帰ってきたら今度はラワンも手伝ってくれよ」 言って首を一つ優しく叩いた。
まだお呼びでなかったのかと、オンと小さな声で啼く。
(おや? ラワンはタイリンを責めないのか・・・?) 思いながらも少しでも早く動きたい。
「それじゃ、その沼に案内してくれ」
「はい」 俯いていたタイリンが意気揚々と答え歩き出した。
森の奥に入っていくと、鳥のさえずる声が多くなってきた。
「冬告げ鳥か。 元気だな」
夏告げ鳥の色派手さとは違って、地味な色をした鳥が木々にとまりさえずっているのを見上げた。 木々の間を抜けて歩くが、段々とジュウマンの葉が足元に増えてきた。 ジュウマンの葉とはシダの類である。
「あれは?」 指さす先に実がたわわになっている木があった。 シノハはその灌木を見たことがなかった。
「果実の木です」 すかさずタイリンが答えた。
「果実の木?」 シノハが小首を傾る。
「はい、あの木の実は果実酒にすると、どの果実酒よりも美味しいらしいです。 トンデンの村の果実酒です」
「ああ、あれが・・・“果実酒の村” と言われるトンデンの果実なのか」
“薬草の村” のシノハは草木、花、実に関心がいった。
「へぇー、あの実を採って酒を造るのか」
「はい、そうです。 他にも実はありますけど、あの実ほど旨くはないらしいです。 でも、今は地の怒りがあって採り損ねました。 あの実は熟しすぎてるんです」
「ああ、そうみたいだな」 たしかに、熟しすぎているを越して、今日中に落ちてしまうだろう。
「あの実を採って村に帰って酒を造っていたのか?」
「いえ、酒を造るのに村には帰りません。 いつ、地の怒りが来るかもしれませんから。 酒はこの森の中で作っていました」 言いながらずっと奥にある小屋を指さした。
「え? あそこで?」
「はい。 あの小屋には今まで作った果実酒が沢山あります」
「へぇー、そうなのか」
何処の村もその村にある何某か秀でたものを村の看板とする。
オロンガの村が薬草であるならば、トンデンの村が果実酒であるように。 が、地に恵まれていなければ、採れるものはない。 ゴンドュー村のように。
だから、ゴンドュー村は人の手によって、馬を操れる才によって成り立っていた。 まぁ、それだけではないのだが。
(そうか・・・この村は果実には事欠かないのか。 この森のお陰か)
好んで酒を吞まないシノハだが、旨い麦酒もあると聞いている。 トンデン村のことを想うと“麦酒の村” に脅かされないことを祈るだけだった。
歩き進めると、次には鬱蒼とした木の枝があちらこちらから飛び出して、潅木が目立った。
「うわ、これじゃ確かにラワンにはきつかったな。 タイリンの言う通りだ」
手で枝を押し開いたり、屈んで枝をよけたりして歩く。 足元はジュウマンの葉が茂って全く見えなくなっていた。
当のタイリンは ”タイリンの言う通り” と言われたそれが褒め言葉に聞こえ、うつむいた顔がほころんでいる。
どれだけか歩くと 「あと少しで抜けますから」 と。 たしかに言われた通り、ほんの数歩あるいただけで鬱蒼とした木々が目の前からなくなった。 ジュウマンの葉は相変わらず足元にあるが。
「この先に沼があります」 ジュウマンの葉の上をどんどんと踏んでタイリンが歩きだし、続けて言った。
「ここのジュウマンの葉は強いですから踏んでもすぐに元に戻ります。 踏むことを気にしなくていいですよ」
言われ驚いた。
(俺がジュウマンの葉を踏みたくないと思ったのが分かったのか?)
さっきまでは木の枝に気を取られ、ジュウマンの葉を踏み荒らしていることにまで気が回らなかったが、今は次々とジュウマンの葉を踏んでいるタイリンの姿を見て、いい気がしなかったのだ。 何と言っても“薬草の村” である。 草木は大切にしたい。
すぐにタイリンの後を追って歩き出した。
「どうしてそんなことを言うんだ?」 タイリンの横に並んで聞いた。
「あ・・・すみません・・・・」 足が止まり下を向いた。
「え? 何も謝ることじゃない。 たしかに俺はジュウマンの葉を踏みたくなかったんだ。 だけどそれを口にしていない。 なのにさっきのタイリンの言葉は俺の気持ちを聞いたように言ったから不思議に思って聞いただけだなんだが?」
「出過ぎたことを言ってしまいました」 さらに頭を下げる。
「いや、違うって。 ・・・タイリン、俺の目を見てくれ」 そろっと顔を上げたタイリンがシノハの目を見た。
「タイリン、ここに来ることにラワンの目に傷が入るかもしれないと考えてくれた。 今もだ、ジュウマンの葉を折りたくないと思った俺に、ここのジュウマンの葉がどれほど強いかを俺に教えてくれた。 タイリンは人を気遣える心の持ち主なんだ。 自分に自信を持てよ」
「いえ・・・俺なんて・・・」
「”なんて” っていうことを言うんじゃない。 タイリンはタイリンなんだから」 が、また下を向いてしまった。
そのタイリンを見てシノハが思惟すると話を続けた。
「歩きながら話してくれるか? どうしてさっきジュウマンの葉のことで声をかけてくれたんだ?」 シノハが歩きだすと、すぐにタイリンが斜め後ろについた。
「最初・・・まだジュウマンの葉が少ない時に、シノハさんはジュウマンの葉のない所を選んで歩いてましたし、枝が増えてからも必要以上にジュウマンの葉を踏まなかったから。 ジュウマンの葉を踏みたくないんだろうなって」
「驚いた! いつ見てたんだ?」 歩きながらタイリンを振り返り足が止まった。
シノハはずっとタイリンの後ろについて歩いていた。 タイリンに見えるはずがないのに。
「えっと・・・シノハさんに気付かれないように振り向いていましたし、足音で分かるところもありましたから・・・」
「俺に気付かれないように?」
「俺なんかに気遣われるなんていい気がしないでしょう?」
「そんなことを考えていたのか?」 ハァーと大きくため息をついた。
「すみません・・・」
「だから謝るところじゃないって・・・。 まぁ、いい。 これから少しずつな」 言うとタイリンの肩にポンと手を乗せ 「教えてくれてありがとう。 気兼ねなくジュウマンの葉を踏めて歩きやすいよ」 と言った。
肩に手など置かれたことがないタイリンが少し顔を上げ頷くと歩き出した。
タイリンにとって歩き出すということはとても難しかったはずなのに。 歩くということが逃げから歩くのであれば簡単なことであったが、今は逃げではない。 シノハが己の肩に置いた手の重さに答えたかったのだ。
いくらも歩かないうちにタイリンが指をさした。
「あそこが沼になります」
「ん?」 目を凝らしてよく見るが、沼の水らしきものが見えない。
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- 映ゆ - ~Shinoha~ 第29回
「よし、葉はそれでいこう。 それ・・・と」 と、いくらか必要なものがここにあるかと尋ねると、タイリンが走り回りながらそれなりのものを用意した。
「よし、あとは炭だな」 来たときに炭があるのを見ていた。
「炭を勝手にとってもいいのか?」
「はい、いいと思います。 特になににも使っていませんから」 そう聞くと二人で炭の置かれている所に歩き出し、タイリンが用意した袋に入れ、ラワンの元に帰ってきた。
「あとはザワミドさんにさっきの袋を・・・貰えるだけもらってきてくれ」 イタズラな顔をした。
「はい!」 シノハの顔に生真面目に答えるタイリン、大きく首肯すると喜んでザワミドの小屋へ走っていった。
その姿を見送ると、ふと気付き振り返った。
「あ? あれ?」 シノハの後ろにはずっとラワンが居る。
「ラワン、タイリンが居たのに怒ってないよな?」 タイリンがラワンを見て“このズーク” 発言をしてからラワンがタイリンを睨むほど怒っていたのに。
「もしかして、もう許してやったのか?」 ラワンはそ知らぬ顔をしてソッポを向いた。
「許したわけではないのか・・・」 どうなっているんだ? と言う風に顔をしかめた。
「まぁ、いい。 あとでラワンも手伝ってくれるか? 成功したら婆様が喜ぶぞ」 その言葉にオーンと小さく返事をした。
タイリンは5つの袋を持って帰ってきた。
「全部で6つか。 まぁまぁだな」 袋を手に持つとタイリンに聞いた。
「その沼にラワンも行けるか?」
「えっと・・・無理と思います」 言いながらタイリンがチラッとラワンを見ると、タイリンを見据えてラワンがブフンと鼻をならした。
「あ、えっと、ラワンさんには無理って言ってるんじゃなくて・・・その・・・沼に着くまでは、木の枝があちこちから飛び出してきているんです。 俺たちなら手で避けられますけど、その・・・ラワンさんが顔で避けてもすぐに次の枝が飛び出ています。 だから・・・目に入ったりしたら・・・」 どうしても言葉が尻すぼみになる。
「と言うことは、沼に着くまでには木々が鬱蒼としているのか?」
「はい。 それもラワンさんの顔の高さくらいが一番枝が多いんです」 ラワンを連れて行ってはいけないと言っているようで、頭がどんどん下がる。
「そうか・・・タイリンしか知らないのだからな。 タイリンの判断が一番正しいだろう」
シノハの言葉を聞いてタイリンが驚いて顔を上げた。 己の判断が一番正しい? そんなことは言われたことがない。 ・・・でもそれは沼までの道をシノハが知らないだけだから。 村の男達はみんな知っている。 うううん、女たちも知っている。 でも、でも・・・そんなことを言われたことがないタイリンが思わず含羞して俯いてしまった。
「仕方がない。 タイリンの言うようにラワンの目に傷が入ってしまってはどうにもならない。 ラワンには待っていてもらおう」 ザワミドから貰った袋だけを持つと、あとはラワンの近くにおいた。
「帰ってきたら今度はラワンも手伝ってくれよ」 言って首を一つ優しく叩いた。
まだお呼びでなかったのかと、オンと小さな声で啼く。
(おや? ラワンはタイリンを責めないのか・・・?) 思いながらも少しでも早く動きたい。
「それじゃ、その沼に案内してくれ」
「はい」 俯いていたタイリンが意気揚々と答え歩き出した。
森の奥に入っていくと、鳥のさえずる声が多くなってきた。
「冬告げ鳥か。 元気だな」
夏告げ鳥の色派手さとは違って、地味な色をした鳥が木々にとまりさえずっているのを見上げた。 木々の間を抜けて歩くが、段々とジュウマンの葉が足元に増えてきた。 ジュウマンの葉とはシダの類である。
「あれは?」 指さす先に実がたわわになっている木があった。 シノハはその灌木を見たことがなかった。
「果実の木です」 すかさずタイリンが答えた。
「果実の木?」 シノハが小首を傾る。
「はい、あの木の実は果実酒にすると、どの果実酒よりも美味しいらしいです。 トンデンの村の果実酒です」
「ああ、あれが・・・“果実酒の村” と言われるトンデンの果実なのか」
“薬草の村” のシノハは草木、花、実に関心がいった。
「へぇー、あの実を採って酒を造るのか」
「はい、そうです。 他にも実はありますけど、あの実ほど旨くはないらしいです。 でも、今は地の怒りがあって採り損ねました。 あの実は熟しすぎてるんです」
「ああ、そうみたいだな」 たしかに、熟しすぎているを越して、今日中に落ちてしまうだろう。
「あの実を採って村に帰って酒を造っていたのか?」
「いえ、酒を造るのに村には帰りません。 いつ、地の怒りが来るかもしれませんから。 酒はこの森の中で作っていました」 言いながらずっと奥にある小屋を指さした。
「え? あそこで?」
「はい。 あの小屋には今まで作った果実酒が沢山あります」
「へぇー、そうなのか」
何処の村もその村にある何某か秀でたものを村の看板とする。
オロンガの村が薬草であるならば、トンデンの村が果実酒であるように。 が、地に恵まれていなければ、採れるものはない。 ゴンドュー村のように。
だから、ゴンドュー村は人の手によって、馬を操れる才によって成り立っていた。 まぁ、それだけではないのだが。
(そうか・・・この村は果実には事欠かないのか。 この森のお陰か)
好んで酒を吞まないシノハだが、旨い麦酒もあると聞いている。 トンデン村のことを想うと“麦酒の村” に脅かされないことを祈るだけだった。
歩き進めると、次には鬱蒼とした木の枝があちらこちらから飛び出して、潅木が目立った。
「うわ、これじゃ確かにラワンにはきつかったな。 タイリンの言う通りだ」
手で枝を押し開いたり、屈んで枝をよけたりして歩く。 足元はジュウマンの葉が茂って全く見えなくなっていた。
当のタイリンは ”タイリンの言う通り” と言われたそれが褒め言葉に聞こえ、うつむいた顔がほころんでいる。
どれだけか歩くと 「あと少しで抜けますから」 と。 たしかに言われた通り、ほんの数歩あるいただけで鬱蒼とした木々が目の前からなくなった。 ジュウマンの葉は相変わらず足元にあるが。
「この先に沼があります」 ジュウマンの葉の上をどんどんと踏んでタイリンが歩きだし、続けて言った。
「ここのジュウマンの葉は強いですから踏んでもすぐに元に戻ります。 踏むことを気にしなくていいですよ」
言われ驚いた。
(俺がジュウマンの葉を踏みたくないと思ったのが分かったのか?)
さっきまでは木の枝に気を取られ、ジュウマンの葉を踏み荒らしていることにまで気が回らなかったが、今は次々とジュウマンの葉を踏んでいるタイリンの姿を見て、いい気がしなかったのだ。 何と言っても“薬草の村” である。 草木は大切にしたい。
すぐにタイリンの後を追って歩き出した。
「どうしてそんなことを言うんだ?」 タイリンの横に並んで聞いた。
「あ・・・すみません・・・・」 足が止まり下を向いた。
「え? 何も謝ることじゃない。 たしかに俺はジュウマンの葉を踏みたくなかったんだ。 だけどそれを口にしていない。 なのにさっきのタイリンの言葉は俺の気持ちを聞いたように言ったから不思議に思って聞いただけだなんだが?」
「出過ぎたことを言ってしまいました」 さらに頭を下げる。
「いや、違うって。 ・・・タイリン、俺の目を見てくれ」 そろっと顔を上げたタイリンがシノハの目を見た。
「タイリン、ここに来ることにラワンの目に傷が入るかもしれないと考えてくれた。 今もだ、ジュウマンの葉を折りたくないと思った俺に、ここのジュウマンの葉がどれほど強いかを俺に教えてくれた。 タイリンは人を気遣える心の持ち主なんだ。 自分に自信を持てよ」
「いえ・・・俺なんて・・・」
「”なんて” っていうことを言うんじゃない。 タイリンはタイリンなんだから」 が、また下を向いてしまった。
そのタイリンを見てシノハが思惟すると話を続けた。
「歩きながら話してくれるか? どうしてさっきジュウマンの葉のことで声をかけてくれたんだ?」 シノハが歩きだすと、すぐにタイリンが斜め後ろについた。
「最初・・・まだジュウマンの葉が少ない時に、シノハさんはジュウマンの葉のない所を選んで歩いてましたし、枝が増えてからも必要以上にジュウマンの葉を踏まなかったから。 ジュウマンの葉を踏みたくないんだろうなって」
「驚いた! いつ見てたんだ?」 歩きながらタイリンを振り返り足が止まった。
シノハはずっとタイリンの後ろについて歩いていた。 タイリンに見えるはずがないのに。
「えっと・・・シノハさんに気付かれないように振り向いていましたし、足音で分かるところもありましたから・・・」
「俺に気付かれないように?」
「俺なんかに気遣われるなんていい気がしないでしょう?」
「そんなことを考えていたのか?」 ハァーと大きくため息をついた。
「すみません・・・」
「だから謝るところじゃないって・・・。 まぁ、いい。 これから少しずつな」 言うとタイリンの肩にポンと手を乗せ 「教えてくれてありがとう。 気兼ねなくジュウマンの葉を踏めて歩きやすいよ」 と言った。
肩に手など置かれたことがないタイリンが少し顔を上げ頷くと歩き出した。
タイリンにとって歩き出すということはとても難しかったはずなのに。 歩くということが逃げから歩くのであれば簡単なことであったが、今は逃げではない。 シノハが己の肩に置いた手の重さに答えたかったのだ。
いくらも歩かないうちにタイリンが指をさした。
「あそこが沼になります」
「ん?」 目を凝らしてよく見るが、沼の水らしきものが見えない。