大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第29回

2016年11月28日 23時50分51秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第25回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第29回




「よし、葉はそれでいこう。 それ・・・と」 と、いくらか必要なものがここにあるかと尋ねると、タイリンが走り回りながらそれなりのものを用意した。

「よし、あとは炭だな」 来たときに炭があるのを見ていた。

「炭を勝手にとってもいいのか?」

「はい、いいと思います。 特になににも使っていませんから」 そう聞くと二人で炭の置かれている所に歩き出し、タイリンが用意した袋に入れ、ラワンの元に帰ってきた。

「あとはザワミドさんにさっきの袋を・・・貰えるだけもらってきてくれ」 イタズラな顔をした。

「はい!」 シノハの顔に生真面目に答えるタイリン、大きく首肯すると喜んでザワミドの小屋へ走っていった。 

その姿を見送ると、ふと気付き振り返った。

「あ? あれ?」 シノハの後ろにはずっとラワンが居る。

「ラワン、タイリンが居たのに怒ってないよな?」 タイリンがラワンを見て“このズーク” 発言をしてからラワンがタイリンを睨むほど怒っていたのに。

「もしかして、もう許してやったのか?」 ラワンはそ知らぬ顔をしてソッポを向いた。

「許したわけではないのか・・・」 どうなっているんだ? と言う風に顔をしかめた。

「まぁ、いい。 あとでラワンも手伝ってくれるか? 成功したら婆様が喜ぶぞ」 その言葉にオーンと小さく返事をした。

タイリンは5つの袋を持って帰ってきた。

「全部で6つか。 まぁまぁだな」 袋を手に持つとタイリンに聞いた。

「その沼にラワンも行けるか?」

「えっと・・・無理と思います」 言いながらタイリンがチラッとラワンを見ると、タイリンを見据えてラワンがブフンと鼻をならした。

「あ、えっと、ラワンさんには無理って言ってるんじゃなくて・・・その・・・沼に着くまでは、木の枝があちこちから飛び出してきているんです。 俺たちなら手で避けられますけど、その・・・ラワンさんが顔で避けてもすぐに次の枝が飛び出ています。 だから・・・目に入ったりしたら・・・」 どうしても言葉が尻すぼみになる。

「と言うことは、沼に着くまでには木々が鬱蒼としているのか?」

「はい。 それもラワンさんの顔の高さくらいが一番枝が多いんです」 ラワンを連れて行ってはいけないと言っているようで、頭がどんどん下がる。

「そうか・・・タイリンしか知らないのだからな。 タイリンの判断が一番正しいだろう」

シノハの言葉を聞いてタイリンが驚いて顔を上げた。 己の判断が一番正しい? そんなことは言われたことがない。 ・・・でもそれは沼までの道をシノハが知らないだけだから。 村の男達はみんな知っている。 うううん、女たちも知っている。 でも、でも・・・そんなことを言われたことがないタイリンが思わず含羞して俯いてしまった。

「仕方がない。 タイリンの言うようにラワンの目に傷が入ってしまってはどうにもならない。 ラワンには待っていてもらおう」 ザワミドから貰った袋だけを持つと、あとはラワンの近くにおいた。 

「帰ってきたら今度はラワンも手伝ってくれよ」 言って首を一つ優しく叩いた。
まだお呼びでなかったのかと、オンと小さな声で啼く。
(おや? ラワンはタイリンを責めないのか・・・?) 思いながらも少しでも早く動きたい。

「それじゃ、その沼に案内してくれ」

「はい」 俯いていたタイリンが意気揚々と答え歩き出した。


森の奥に入っていくと、鳥のさえずる声が多くなってきた。

「冬告げ鳥か。 元気だな」 

夏告げ鳥の色派手さとは違って、地味な色をした鳥が木々にとまりさえずっているのを見上げた。 木々の間を抜けて歩くが、段々とジュウマンの葉が足元に増えてきた。 ジュウマンの葉とはシダの類である。

「あれは?」 指さす先に実がたわわになっている木があった。 シノハはその灌木を見たことがなかった。

「果実の木です」 すかさずタイリンが答えた。

「果実の木?」 シノハが小首を傾る。

「はい、あの木の実は果実酒にすると、どの果実酒よりも美味しいらしいです。 トンデンの村の果実酒です」

「ああ、あれが・・・“果実酒の村” と言われるトンデンの果実なのか」

“薬草の村” のシノハは草木、花、実に関心がいった。

「へぇー、あの実を採って酒を造るのか」

「はい、そうです。 他にも実はありますけど、あの実ほど旨くはないらしいです。 でも、今は地の怒りがあって採り損ねました。 あの実は熟しすぎてるんです」

「ああ、そうみたいだな」 たしかに、熟しすぎているを越して、今日中に落ちてしまうだろう。

「あの実を採って村に帰って酒を造っていたのか?」

「いえ、酒を造るのに村には帰りません。 いつ、地の怒りが来るかもしれませんから。 酒はこの森の中で作っていました」 言いながらずっと奥にある小屋を指さした。

「え? あそこで?」

「はい。 あの小屋には今まで作った果実酒が沢山あります」

「へぇー、そうなのか」


何処の村もその村にある何某か秀でたものを村の看板とする。
オロンガの村が薬草であるならば、トンデンの村が果実酒であるように。 が、地に恵まれていなければ、採れるものはない。 ゴンドュー村のように。
だから、ゴンドュー村は人の手によって、馬を操れる才によって成り立っていた。 まぁ、それだけではないのだが。

(そうか・・・この村は果実には事欠かないのか。 この森のお陰か) 

好んで酒を吞まないシノハだが、旨い麦酒もあると聞いている。 トンデン村のことを想うと“麦酒の村” に脅かされないことを祈るだけだった。

歩き進めると、次には鬱蒼とした木の枝があちらこちらから飛び出して、潅木が目立った。 

「うわ、これじゃ確かにラワンにはきつかったな。 タイリンの言う通りだ」 

手で枝を押し開いたり、屈んで枝をよけたりして歩く。 足元はジュウマンの葉が茂って全く見えなくなっていた。 
当のタイリンは ”タイリンの言う通り” と言われたそれが褒め言葉に聞こえ、うつむいた顔がほころんでいる。
どれだけか歩くと 「あと少しで抜けますから」 と。 たしかに言われた通り、ほんの数歩あるいただけで鬱蒼とした木々が目の前からなくなった。 ジュウマンの葉は相変わらず足元にあるが。

「この先に沼があります」 ジュウマンの葉の上をどんどんと踏んでタイリンが歩きだし、続けて言った。

「ここのジュウマンの葉は強いですから踏んでもすぐに元に戻ります。 踏むことを気にしなくていいですよ」 

言われ驚いた。
(俺がジュウマンの葉を踏みたくないと思ったのが分かったのか?) 

さっきまでは木の枝に気を取られ、ジュウマンの葉を踏み荒らしていることにまで気が回らなかったが、今は次々とジュウマンの葉を踏んでいるタイリンの姿を見て、いい気がしなかったのだ。 何と言っても“薬草の村” である。 草木は大切にしたい。

すぐにタイリンの後を追って歩き出した。

「どうしてそんなことを言うんだ?」 タイリンの横に並んで聞いた。

「あ・・・すみません・・・・」 足が止まり下を向いた。

「え? 何も謝ることじゃない。 たしかに俺はジュウマンの葉を踏みたくなかったんだ。 だけどそれを口にしていない。 なのにさっきのタイリンの言葉は俺の気持ちを聞いたように言ったから不思議に思って聞いただけだなんだが?」

「出過ぎたことを言ってしまいました」 さらに頭を下げる。

「いや、違うって。 ・・・タイリン、俺の目を見てくれ」 そろっと顔を上げたタイリンがシノハの目を見た。

「タイリン、ここに来ることにラワンの目に傷が入るかもしれないと考えてくれた。 今もだ、ジュウマンの葉を折りたくないと思った俺に、ここのジュウマンの葉がどれほど強いかを俺に教えてくれた。 タイリンは人を気遣える心の持ち主なんだ。 自分に自信を持てよ」

「いえ・・・俺なんて・・・」

「”なんて” っていうことを言うんじゃない。 タイリンはタイリンなんだから」 が、また下を向いてしまった。

そのタイリンを見てシノハが思惟すると話を続けた。

「歩きながら話してくれるか? どうしてさっきジュウマンの葉のことで声をかけてくれたんだ?」 シノハが歩きだすと、すぐにタイリンが斜め後ろについた。

「最初・・・まだジュウマンの葉が少ない時に、シノハさんはジュウマンの葉のない所を選んで歩いてましたし、枝が増えてからも必要以上にジュウマンの葉を踏まなかったから。 ジュウマンの葉を踏みたくないんだろうなって」 

「驚いた! いつ見てたんだ?」 歩きながらタイリンを振り返り足が止まった。

シノハはずっとタイリンの後ろについて歩いていた。 タイリンに見えるはずがないのに。

「えっと・・・シノハさんに気付かれないように振り向いていましたし、足音で分かるところもありましたから・・・」

「俺に気付かれないように?」

「俺なんかに気遣われるなんていい気がしないでしょう?」 

「そんなことを考えていたのか?」 ハァーと大きくため息をついた。

「すみません・・・」

「だから謝るところじゃないって・・・。 まぁ、いい。 これから少しずつな」 言うとタイリンの肩にポンと手を乗せ 「教えてくれてありがとう。 気兼ねなくジュウマンの葉を踏めて歩きやすいよ」 と言った。

肩に手など置かれたことがないタイリンが少し顔を上げ頷くと歩き出した。 
タイリンにとって歩き出すということはとても難しかったはずなのに。 歩くということが逃げから歩くのであれば簡単なことであったが、今は逃げではない。 シノハが己の肩に置いた手の重さに答えたかったのだ。

いくらも歩かないうちにタイリンが指をさした。

「あそこが沼になります」 

「ん?」  目を凝らしてよく見るが、沼の水らしきものが見えない。


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--- 映ゆ ---  第28回

2016年11月24日 23時30分13秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第28回




「多分何度も、その・・・偉そうに名を呼んでしまっていたようで・・・」

「全く気にしておりませんでしたよ。 どうぞ、これからもトデナミとお呼びください」

「ムーーー、いつからだったんだろう!」 しゃがみ込んで頭を抱えるシノハを見て、トデナミが物柔らかな笑を向けた。

「ああそういう事か。 なんじゃ、シノハは他所の村の女を呼び捨てにしておったのか?」 

「・・・はい・・・そのようです」

「シノハ、ずっと小さい頃から言っておったわなぁ。 自分の村の女達のことを平気に呼び捨てにする他所の村の男達に腹が立つと。 だから自分は絶対にそのような事をしないんだ、となぁ」 タム婆がシノハに意地悪な目を向けわざと言った。

「はい、確かに。 いえ、ずっとそうだったんです。 それなのに・・・どうしてだろう、今までそんな風に呼んだ事がなかったのに」 より一層頭を抱えた。

その様子を見てタム婆が、腹を抱えてに哄笑(こうしょう)した。
そのタム婆の声に驚いたのはシノハとトデナミだけではなかった。 たった今、編みカゴに昼の食べものを乗せて小屋に入ってきたザワミドなどは、驚きすぎて編みカゴを落としそうになったほどだ。

タム婆がひとしきり笑うと「イタタタ・・・」 と言ったのを聞いて三人が驚きの顔から今度は憂惧する表情に変わる。
ザワミドが編みカゴを台の上に置くとすぐに駆け寄り「婆様!」 と叫ぶとタム婆の返事は「腹がよじれるかと思うたわ」 と言うものだった。
そして続けてザワミドを見て言う。
「シノハが笑わせるんじゃ」 と。 その言葉にトデナミが上がっていた肩を降ろし、シノハが顔を赤くして下を向き、ザワミドは全く意味が分からないといった様子で言葉を口にした。

「と・・・とにかく、婆様のお身体が戻ってきたのには間違いないようで」 何度も頭を傾げながら台に置いた編みカゴをとりに行った。

「シノハ」 呼ばれ「はい」 と情けなく返事をする。

「不自然にトデナミの事を呼ぶくらいであったらそのままで良かろう。 なぁ、トデナミ」

「はい。 シノハさん、その方が私も気が楽です」 

「あ・・・はい・・・」 タム婆より身体が小さくなりそうであった。

優しい笑顔をシノハに向けるが、心の中では思うことがあった。
誠実で嘘をつけないシノハ。 タム婆がシノハのことを想っていたのがよくよく分かった。 なのに・・・己はそのシノハになんてことを言ってしまったのだろうか。 シノハが己に謝ったのと同じように己もシノハに謝らなければ、と。
でも今は、眉尻を下げていてもどうにもならない。 タム婆が居る時にはタム婆のことに精一杯になりたい。

「婆様、笑われて喉が渇かれましたか? あまりよい水ではありませんが、水をお入れしましょうか?」 
トデナミが言うと、タム婆が「ああ、今はまだ要らん」 と首を振った。

会話を聞いていたシノハがハッと気付いた。

(ああ、どうして気付かなかったんだろう) 思うと、すぐに口に出した。
「婆様、今から外に出ても宜しいですか?」

「ああ、シノハも疲れたじゃろう。 ラワンも寂しがっておるだろうから、ラワンの横で休んでくれ」

「いえ、ちょっと・・・タイリンを案内に連れて出ても宜しいですか?」 “俺は役立たずですから” と下を向いたタイリン。

「ああ、いいが・・・どうした?」

「上手くいったらお話します」 両の口の端を上げた。

「なんじゃ? 身体を休めんでいいのか?」

「はい。 今はやりたい事があります。 それにはタイリンが居てくれないと分からない事があるので」 シノハの言葉を聞いてタム婆がトデナミを見た。

「今、男達はどうしておる?」

「今日は揺れがないと地から聞きましたので、村に行っています・・・タイリンは子供達の相手を・・・」 言いにくそうにいう。

「ドンダダめっ、またタイリンを省いておるのか。 まぁ、今日のところは丁度いい、村に呼びに行くには時がかかりすぎるからな」

「じゃあ、あたしがタイリンを呼んでこようかね。 トデナミ、婆様の食事を頼むよ」 この場の空気をかえようとアッケラカンとザワミドが言った。

「はい」 言われたトデナミが手渡された網カゴと皿を受け取る。

「では、ラワンの居る所で待っています」 シノハの言葉に頷くとザワミドが出て行った。 

ザワミドを目で送るとシノハがタム婆をみて言う。

「婆様、ゆっくりと食べていて下さい」 タム婆が目で頷いたのを見て、トデナミを見ると「頼みます」 言い残して小屋を出て行った。

「はて? シノハは何をする気なんじゃろうかな?」

「ずっと小屋に居られましたから、少しは外に出られたほうがいいでしょう。 本当に献身的に婆様についておられました」 閉められた小屋の戸の先に居るであろうシノハを見ながら言う。

「さ、婆様召し上がってください」 皮をむいた実を皿に乗せ差し出した。


タム婆の小屋からいくらも離れない所にラワンが伏せっていた。
シノハの足音に気付くと頭を上げ、シノハを見たがすぐにまた頭を下げ伏せの形をとった。

「おい、ラワン・・・放っておいたのは悪かったよ。 無視するなよ。 でも、トデナミが来てくれてただろ?」 そう言うシノハをチラッと見ただけで、頭を動かす気配がない。

「仕方ないだろ・・・お前だって婆様が心配だろう?」 婆様という言葉を聞いてピクっと耳が動く。

「婆様が元気に動かれたぞ」 その言葉に目を見開き、オーンと啼いて立ち上がった。 
ラワンの声はきっとタム婆の元に届いているだろう。 馬の耳に届いていない事を願うが・・・。

「婆様もラワンが寂しがってるだろうと心配されていたぞ。 ずっとここに居るだけだったもんな。 身体がなまってないか?」 ラワンの首を愛し気に撫でる。 と、ラワンが思いっきり身体を振るわせブフンブフンと鼻を鳴らした。

「そうか、体力が有り余っているのか」

「シノハさん!」 少し離れた所からタイリンの声がした。 振向くと嬉しそうな顔のタイリンが走ってやってきた。
シノハがタイリンに案内して欲しいんだって、とザワミドから聞き、自分を呼んでくれたという事が嬉しかった。

「タイリン、呼び出して悪いな」 

「いえ、何もしていませんでしたから。 案内って聞いて、それなら俺にも出来るかなって思って。 あ、これ。 ザワミドさんが食べながら案内しておいでって」 手には炙った鳥の肉が入った葉と、柔らかい実の入った袋を持っていた。

「ありがとう」 タイリンから差し出された自分の分を受け取り言葉を続けた。

「ここのことは全く分からないから、道案内と教えて欲しい事がある」 炙った鳥の肉を葉から出すと、少し眉を顰めて口に頬張る。 葉の香りがついて香ばしく柔らかい。

(トワハがトンデンに来ると、きっと当たり前に食べていたからザワミドさんが用意してくれたんだろうな) オロンガでは出されれば肉を食べるが、基本的には肉を食べることがない。

「え? 道案内なら出来ますけど、シノハさんに教える事なんて俺には・・・」 

下を向くタイリンを見て、どれだけ自信がないのか、誰にそぎ落とされたのか、と思う。
シノハは特に面倒見がいいといったわけではなかった。 が、何故かタイリンには、そぎ落とされた自信を取り戻してやりたいと思った。

「それに、手伝って欲しい事もある」 タイリンの肩に手を置いた。 

タイリンが顔を上げると「よろしくな」 言うと、タイリンが何かを言いかけたが、それを言わせないように、またすぐに話し始めた。

「ここの水だが、どこから汲んでくるんだ?」

「あ・・・はい、村のはずれに流れている川です。 でも、地の怒りで濁ってしまっていて・・・」 タイリンも葉を開け鳥の肉を口に運んだ。 が、シノハのように豪快に食べることなく、チマチマと前歯で噛んでいる。

「川か、それは好都合だ」 ニヤッと笑うとまた言葉を続けた。

「村か此処に、こんな形の物はないか?」 両手を使って大きな逆円錐の形を見せた。

「上は開いていて物が入れやすく、下も開いているに越した事はないが、大きく開いていると困る」

「えっと・・・村に帰れば似たような物があるにはありますけど。 女達が木の皮で編んだ魚を取るときのそんな形をした筒なんですけど、誰も村から持って帰ってきてないところを見ると、多分使い物にならないと思います・・・」

「見てみなければ分からないか・・・」 思惟する顔の顎に手を当てた。

「あ! ちょっと待っててください」 言うと袋と葉を下に置き、その上に鳥の肉を置くとすぐに走って離れた小屋に入っていってしまった。

「川があるならなんとかなるはずだ。 あとは葉と器か・・・村に帰ってその筒が使えるのならいいんだが・・・」 柔らかい実を口に入れる。 

暫くすると何かを手に持ってタイリンが走って帰ってきた。

「これじゃ駄目ですか?」 おずおずと手にしたものを広げてみせた。

見せられたのは、正に欲しい形、大きさの手織物だった。

「いいじゃないか!」 タイリンから受け取ると手にとって満足そうに見た。

「下に穴が開いてないんですけど・・・」 不安げに尋ねた。

「ああ、手織物ならいい。 穴が開いているよりもずっといい」 

シノハの様子を見てタイリンが含羞の色を頬に浮かべる。 当て外れでなくて良かったと思う安心感より、いいじゃないか! と言ってもらった事が嬉しかった。 鳥の肉を少し大きな口で齧った。

「これは?」 手織物から目を離すとタイリンを見て聞いた。

「はい、ザワミドさんから貰ってきました。 薬草入れにしている袋です」 

「貰ってきた?」 

「シノハさんがこんな形のものを探していると言ったら、持って行きなって。 足りないならまだあるから取りに来なって」

「そうか! それは助かる。 それではあとどれくらい」 まで言いかけて言葉を変えた。

「その前に、どこかに大きな葉はないか?」

「葉? ですか?」

「ああ、この袋の中に敷き詰めたいんだ。 何枚か重ね合わせて敷き詰められるほどの大きな葉はないか?」

「ああ、それなら森の奥の沼に大きな葉があります。 多分それでいけると思います」

「そうか、それはとってもいい葉か?」

「はい、沢山ありますし、沼には精霊は居ないと言われていますから・・・」 語尾が小さくなったのにシノハは気付いたが、今は精霊の話はいいかと話を続けた。

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--- 映ゆ ---  第27回

2016年11月21日 23時47分55秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第27回




「・・・音? ・・・なんの?」 かすかな音にシノハがうっすらと目を開けた。

昼夜問わずタム婆に寄り添ってもう5日が過ぎた。 眠るつもりなど毛頭なかったが、とうとう眠気に負けてしまったようだ。
起きていれば目の前には横になったタム婆が居るはずだったが、図らずも意識がどこかへ飛んでしまったようで、シノハ自身も横になってしまっていた。

(しまった) 
すぐに身体を起こそうとするが、肉体は静穏を欲しているように凝然としている。

(俺も年を取ったな・・・) 
まだ意識が朦朧とする中で瞼を僅かに開け、目に映った物を見るとそこにはタム婆も居なければ、小屋の木も見えない。 
明るく照らされた光彩を放つ陽の下、横を向いて草の上に寝ころんでいた。

(え?) 
目の先には見覚えのある岩が映っていた。

(ああ、ここはあの場所か・・・そうか、夢か。 婆様にあの水を飲ませたくて夢にまで見てしまったのか) 
頬に当たる精彩に富んだ草。 僅かに風に揺れるその草がくすぐったい。 
重たい腕を引き寄せてその草を押しのけるようにすると、衣の袖に草が引っ掛かり、プチっと音を立てて千切れた。

(ああ・・・水の流れる音がする。 それにあの時と同じような澄んだ音・・・) 
目の前がぼんやりと滲んだ。

 
ガタン。 現実的な音がして、今度こそシノハの目が大きく開いた。

「あ、疲れただろう、そのままでいいよ。 横になっときな」 タム婆を起こさないようにザワミドが小声で言う。

シノハがその声に飛び起きた。

「わ、いつのまにか寝ていたみたいで・・・面目ない」 

「何言ってんだよ、毎日、朝昼夜構わず、ずっと付き添ってるんだから疲れもたまるよ。 それにずっと寝てなかったんだろう? これ以上無理をしたら自分で持ってきた薬草の世話になるかもしれないよ。 婆様はあたしが見てるからちょっとは寝ておいで。 ラワンも寂しがってるよ」 持ってきた水の入った壺を台の上に置く。

「あ、でもスッキリしてます。 十分寝たみたいです」 照れ隠しに頭をかいた。

「あれま? 何処の草だい? この時期にそんな草があるのかね?」 

言われて何のことかと尋ねると、頭をかいた手を指さされた。
見てみると袖に草がくっ付いていた。 手に取ってよく見るとあの場所でラワンが美味しそうに食んでいた草だ。 それについさっき、シノハの頬をなでていた草。

(まさか・・・夢じゃなかったのか?)

「どこかへ行ってきたのかい?」 言いながらタム婆の横に座った。 

その時、タム婆の頭が動いた。

「婆様、気が付かれましたか?」 ザワミドの声にシノハがすぐにザワミドの横にしゃがみ込んだ。

「婆様?」 するとタム婆の目がゆっくりと開いた。

「婆様!」 かすかに目を開けたタム婆が見たシノハの目には、やせ衰えた老婆が映っていた。

「シノハ・・・か?」 簡単には聞き取れないほど小さくかすれた声。

「はい、シノハです。 婆様・・・良かった・・・」 今までなら簡単に手を取って喜びを表現できた。 が、今はそれがままならない。

「すぐにトデナミを呼んできます」 ザワミドが立ち上がり小屋を出て行った。

「・・・婆様」 

安堵に今にも泣きそうなシノハの手は“才ある者” 才ある婆様の手をとれない。
タム婆の手を取ることが出来ない今にも宙に浮きそうなその手は、座り込んだ己の膝の上に力を込めて置かれている。
するとタム婆が無い力を込めて自分の腕を動かし、その膝に置かれていたシノハの手の上に被せるように置いた。

「婆様・・・」 驚いてその手を見た。 そして「婆様、婆様・・・」 言うと、もう一方の手をタム婆の手の上に重ね、何度も何度もさすった。

その時、トデナミが飛んで入ってきた。

「婆様!」 シノハが振り向くと同時に、トデナミはシノハの横に座り込んだ。 

まだはっきりとは開かない、うつろな目でトデナミを見ると軽く頷き

「心配をかけたなぁ・・・」 消え入るようなかすれ声で言った。

シノハは膝の上にあったタム婆の手を取り、その手をトデナミに託し立ち上がった。

「あとはお願いします。 ラワンに知らせてきます」 トデナミの後ろに立っていたザワミドに言うと「ああ、きっと喜ぶよ」 そう返され満面の笑みで小屋を出た。

トデナミに時間を譲ったのだ。

喜びに空を仰ぐとまだあの気味の悪い雲があった。 一瞬にして顔が歪む。

「婆様が目を覚まされたというのに嫌な雲だ。 いつまで留まっているんだ・・・」 眉を顰めるとラワンの元に歩を進めた。



それから4日後。

シノハは横たわるタムシル婆・・・いや、タム婆に添うて座っていた。 その後ろには薬草師ザワミドが立っている。
たった今、ザワミドとトデナミがタム婆の背に薬草を塗り終え、小屋の外で待っていたシノハを呼び入れたのだった。 入れ替わりにトデナミは他の小屋に行くため出て行った。

「膿も治まったし、もうかなり傷も塞がってこられたから安心していいよ」 ザワミドが言う。

「よかった・・・」 村長と話したあの日から9日間、薬草を塗る時とタム婆が目覚めトデナミに時間を譲った時以外は、ずっとタム婆に付き添っていた。

「それにしてもあのティカの葉というのはよく効くねぇ。 さすがにオロンガ村が“薬草の村” と呼ばれるだけの事があるね」

「ええ、我が村では何かあるとすぐにティカの葉です」 笑みを返しながら答えた。

「シノハ・・・」 タム婆がうっすらと目を開けた。

「婆様、いかがですか?」

「ああ、随分といい」 まだ声はわずかに小さいが、その言葉を聞きもう一度安堵した。

「腹は空いてませんか?」 

この9日間、滋養に利く薬草を擦り潰し、その液体をタム婆の口の中に湿す程度に入れていた。 毎日何度も入れていたが、起き上がって食するのに比べると雲泥の差である。
それでなくても小さなタム婆がより一層小さくなってきていた。

「ああ・・・そうじゃなぁ」 
それを聞いたザワミドが回復の兆しが見えたと喜び、すぐに用意をしてくると小屋を出た。

タム婆が身体を起こそうとした時、咄嗟に手が出たが「あ・・・」 と言うとその手が止まり、戸惑いを隠せなかった。
そんなシノハをみてタム婆が覚った。

「聞いたのか?」 タム婆が“才ある者” だということを。

「・・・はい」

「シノハはこの村の者ではない。 何も考えず今まで通りでいい」 

その目は、わしはシノハの知る婆であって、決してシノハとの間には“才ある者” は居ない。 と言っているようだった。
身体を起こそうと支えていたタム婆の手が力なく抜け、倒れそうになった。 

「婆様!」 シノハが咄嗟にタム婆を支え、そのまま身体を起こすのを手伝った。

「すまんな。 ずっと寝ていて力が入らんし、身体も痛い。 贅沢な話じゃのう」 顔の肉も取れ、窪んだ目で言う。

編みカゴを持ったザワミドが小屋に入ってきた。 ザワミドがその編みカゴをタム婆に見せながら

「ヤッコの実があるのですけど、急に硬い物は身体に良くありません。 それに今の水はあまりよいものではないので、こちらから水分をとって頂けたらと思いまして持ってきました」 編みカゴの中には、柔らかく水分をよく含んだ実が入っていた。

ヤッコの実とは小さくて硬く、それを炒って食べる。 香ばしく歯ごたえがあり、トンデンの村の者が好んで食べる実である。

「皆はちゃんと食べておるのか?」

「はい。 怪我を負った者も皆回復してきております」

「そうか」 言うと、続けて掠れた小さな声で「良かった」 と呟いた。


この日から、タム婆は身体を起こして擦った薬草と食をとる事が出来るようになった。 そして傍らにはいつもシノハが付いていた。
食をとるようになってからは、声も少しずつはっきりと出るようになってきて、少しの会話なら無理をすることなく出来るようにもなってきた。


かなり体力が戻ってきた頃

「シノハ、悪いが椅子に座りたい。 手伝ってくれるか」 

「はい」 言うとすぐにタム婆を支え、椅子に座らせた。

そこへ水の入った壷を持ったトデナミが入ってきた。

「婆様! もう起きられて・・・」 小屋の隅にあった台の上に壷を置くとすぐにタム婆の足元にひざまずいた。

「お加減はいかがですか?」

「ああ、皆のお陰じゃ。 お前にも世話になったのう」 タム婆の言葉を聞きトデナミは首を何度も横に振ると目に涙を溜めていた。

「シノハさんがずっと婆様に付き添って下さっておりました」 

タム婆の隣に立っていたシノハが、自分の名が出たことに驚いてすぐに言葉を添えた。

「いや、我は何もする事が出来ず婆様の横に座っていただけです。 それよりトデナミの方が―――」 ここまで言ってやっと気がついた。

(たぁーーー!! いつからだ!?) 目がみるみる大きく開いてきた。

「どうした?」 椅子に座ったタム婆がシノハを見上げた。 トデナミもどうした事かとシノハを見ている。

「あ・・・いえ、その」

(いつからだ、いつからだ。 俺はいつから他所の村の女を呼び捨てにしてたんだ!? たしか・・・最初にあった時はちゃんと“トデナミさん” と言っていたはずだ。 その後・・・その後、いつだ・・・いや、そんなことはどうでもいい。 ああ、よくない、いいわけじゃない。 でも今はそれより・・・)

「シノハ?」

「あ・・・えっと・・・あの、その・・・トデナミ・・・さ・・んが・・・」

「何を言っておるんじゃ?」 タム婆がいう。

「あ・・・の・・・あの、トデナミさ・・・んが、婆様の・・・」 ここまで言うとトデナミがクスッと笑った。

「トデナミでよろしいんですよ」

「なんじゃ? 何のことじゃ?」 タム婆がキョトンとしていると、意を決したようにシノハが話しだした。

「トデナミ・・・さん、すまない。 ・・・その、いつからだろう全然記憶にないのです」 シノハが深く頭を垂れた。


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--- 映ゆ ---  第26回

2016年11月17日 23時35分55秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第25回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shou~  第26回





「はぁ、もう話がバラバラね」 雅子が言う。 

その雅子の顔を見ると「今日聞いたんだがな」 と、宮司が前置きをして話しだした。

「2つ隣の村に大掛かりな工事が入ったらしい」

「工事って・・・何かを建てるんですか?」 雅子が思わず聞いた。

「ああ、どこかの保養所らしいんだ」

「保養所?」 聞いていた全員が声を揃えて復唱した。

「保養所自体は問題はないんだがな、その工事にきている人間じゃないかって」

「あ、そういうこと。 今日の奴らもその工事に来てる奴か」 奏和が言う。

「ああ、工事をしている全員がどうのってことじゃないらしいんだが、一部があっちこっちで女の子にチョッカイを出しているって噂らしい」

「ってことは、一昨日見た奴らもその工事の連中で、翔を目当てに来てたってわけ?」 

「まだ分からんが、そうかも知れん」 宮司が奏和に答え、言葉を続けた。

「前にしっかりと言っておいたんだけどな、凝りもせず一昨日もまた来おった」

「姉ちゃんを相手にしても大変なだけなのにな」 言った翼をカケルがジロリと睨む。

「あ、その話のことで今日は小父さん、どこかに行ってたの?」 渉が聞くと宮司が答えた。

「ああ、悪かったね。 最近苦情がよく来るんだけど、神社の方では何かあるか? って村長から連絡があったもんでね。 そんなときに間が悪く渉ちゃんに恐い思いをさせてしまったね」

「あ、もうその事はいいですから・・・」 泣いた理由が正直に言えないし・・・。

「で? 親父だけ村長の所に行ったの?」

「いや、それだけだったら電話ですむ話だ。 うち以外のところも来てたよ。 で、色んな話から保養所の工事の話が出てきたんだ」

「ふーん・・・」 奏和が握った手を顎に当てた。

「なんだ?」

「あ、いや、何でもない・・・です」

「そう思うと翼君と渉ちゃんが遅い時間にバスでやって来て何もなくてよかったわ」 雅子が今更の様に言う。

「小母さん、何かあったら俺が渉ちゃんを守るからぜんっぜん、大丈夫! 何の心配もいらないよ」 

翼のそのセリフに渉が食べていたものを喉に詰めかけ、カケルが溜息をつき、雅子は笑い出し、宮司は何か言おうとして言葉を飲んだ。 
ただ一人奏和が冷たい視線を送りながら言葉を発した。

「おい翼、お前の周りと渉を一緒にするなよ」 その言葉に反応したのは翼ではなくカケルであった。

「翼の周りってどういうこと?」

「コイツの今の生活のこと」

「え? 奏兄ちゃん、渉ちゃんはあの子達とは全然違うよ」

「翼! あの子達って何?!」 カケルが眉間にシワを寄せた。

「翼、お前・・・お前の生活って濁して言ってやってんのに、自分から言うか?」 大きく溜息をついてこめかみに手をやった。

「ちょっと、何のことなの?! 翼か奏和か、ちゃんと説明しなさい!」 

宮司と雅子は若い者の会話を遠巻きに聞いているが、宮司はこの話を知っている。 渉は今日の疲れを思うと、どうでもいいかと寿司を楽しんでいた。

「え? 姉ちゃんに言うような事じゃないし」 悪びれず翼が言ったがその翼をカケルが睨み、奏和が言った。

「お前、今の段階で八岐大蛇だろうが。 これ以上増やすなよ」 何のことかとカケルが首を傾げ、奏和に問うた。

「奏和、何のことなの?」 

「八岐大蛇とは・・・面白い例えだな」 カケルの問いに宮司がクスクスと笑い出して言った。
雅子とダブルショウが何のことかと目を合わせる。
夕べの夕飯のあと、ビールを飲みながら男三人で話していた。 翼の相談事、彼女関係を。

「翔、コイツ八股かけてんだぜ」 

想像もしていない事を言われ、カケルがグッと息を飲んだ。 勿論、渉と雅子は口に入れた寿司を吐き出しそうになった。

「あー! 奏兄ちゃん、秘密だって言ったのに!」

「何が秘密だよ。 お前、9人目に渉を入れて八岐大蛇の上をいこうとしてるのか?」 それを聞いて宮司と雅子、渉が大笑いしたが、カケルの頭からは火山の噴火の如く大火が吹いた。

「翼!! アンタ大学に行って何やってんのよ!!」 

「え? 別に俺から何を言ったわけじゃないし」

「はぁ!? 付き合ってるんでしょ!? その8人とっ!」

「いいかなと思ったんだけど、うざいんだよな・・・顔もスタイルもバッチリなのになぁ」

「つーばーさー!!」 カケルの顔がみるみる般若の面になる。

「うっさいなぁ。 俺は俺の道を行ってんの。 姉ちゃんだって自由にやってんじゃん」

「それとこれは別でしょうが!」

「全然別じゃない。 別って考えるところが姉ちゃんのクセの悪い勝手」 宮司と雅子は二人の掛け合いを楽しんで見ている。

「翔、大蛇の話はお前ら二人でやってくれよ。 ただ、渉を巻き込むなよって話だから」 その奏和の言いように翼が即答した。

「奏兄ちゃん、言っとくけど渉ちゃんは全然別だからね。 小さい時からずっと見てきたんだから」

翼の言葉に奏和が口を開こうとしたが、その前にカケルが口を開いた。

「ずっとって! アンタ高校に行ってからは家にも寄り付かなかったじゃない! 長期休暇のときも家に帰らなかったでしょ! それに渉にも中学を最後に逢ってないでしょ!」

「逢ってたよ」 トーンの低い翼の声。

え? と全員が渉を見た。 すると驚いた渉が思わず言った。

「ちょっと翼君、誤解を招くような言い方をするんじゃないの」 寿司を挟みかけた箸を受け皿に置いた。

「翼と逢ってたの? そんな話、渉から聞いてない」 翼からは聞かなくてもいい。 でも渉からは聞いていない。

「えっとね、就職してから何回か偶然会ったの。 その度にカケルに言おうと思ってたんだけど、会社で色々あって言いそびれてた」 

グッと空気が重くなった。

「なに? 渉ちゃん、会社で嫌なことでもあったの?」 雅子が心配そうに聞いた。

「嫌って言うか・・・多分働いてたら誰も持つものなのかな?」 
うううん、それだけじゃない。 分かっている。 自分の持つ疑問が解決されないのが影響しているのだと。

「相談してちょうだいよ」

「小母さん、有難う。 でも大丈夫だから」

「渉ちゃん・・・そんなに大変な時だったんだ。 俺知らなかった」 渉と逢った事を能天気に考えていた翼が神妙に言う。

「だから言ってるじゃない。 社会に入った壁よ。 きっと誰もが通る道よ」 分からない、結果の出ないことは頭から払拭した。

「渉・・・相談してくれれば良かったのに」 カケルが言う。

「やだ、そんなに深刻なものじゃないわよ。 暗い暗い! 明るくいこうよ」 それをきいた奏和が隣に座る渉に言う。

「驚いた。 お前も一人前の人間だったんだな」

「ちょっと、どういう意味よ」

「で? 翼は何が言いたかったわけ?」 奏和が話を戻した。 奏和から視線を振られ翼が屈託なく答えた。

「渉ちゃんって、小さい時からいっつも姉ちゃんから俺を守ってくれてただろ? だから今度は俺が渉ちゃんを守る」 カケルにとって聞き捨てならない言葉を翼が吐いた。

「なに? 私がアンタになにをしたって言うのよ!」 休火山となっていたカケルが今度は頭から角でも出しそうな勢いで言う。

「下僕の様に扱った」 翼の言葉に、渉以外の全員が下を向いて笑いを噛み殺した。

「翼君、それはないと思うよ」 その渉の言葉にカケルを見ていた翼が目を渉に移した。

「姉ちゃんの事はいいんだ。 二人で幸せな添い寝もしたんだから。 今はそれで幸せ。ね、渉ちゃん」 

カケルがすぐに渉を見たが、何のことかと渉の目が点になる。

「馬鹿か、渉の記憶もないうちに勝手に添い寝して」 奏和が言う。

「ちょっと、何のこと?」 意味が分からないカケルが、奏和と翼を交互に見た。

「だって、渉ちゃん玄関でバテたじゃん。 だから添い寝してあげたの」 

渉には何のことか全く分からない。 奏和を見た。 その奏和が仕方なく説明をする。

「今日お前が授与所から家に帰って玄関でぶっ倒れたろ? それを見た翼が授与所の片付けを終わって、俺が帰るまで玄関でお前に添って寝てたってこと」 それを聞いて一番先に声を出したのがカケルだ。

「翼!! あんた馬鹿じゃない!?」 が、先ほどまで若者の会話を面白く聞いていた宮司と雅子が目を合わせ、雅子が口を切った。

「渉ちゃん、そんなに疲れたの? 知らなかったわ。 無理をさせたのね、ごめんなさいね・・・」

「あ、小母さん、全然大丈夫です。 それに初めての巫女装束も楽しかったし」 
言葉がギクシャクしているが、今となっては全て終わったのだからそれでいい。 それに相手は翼。 所詮お子ちゃまだ。


翌日、帰りはバスを乗らず奏和の運転で駅まで行く事になった。
雅子が何かあっては大変と奏和に言ったのだが、言われなくとも送って行くつもりでいたが、気になる事がある。 さっさと送って、夕べ連絡を入れておいた高校時代の地元の友の所に行くつもりだった。 

「そんなこと無理だ。 教えられないよ」 と言われたが、そこで調べるとすぐに戻ってくるつもりでいた。


翼と渉は昼ご飯を食べると連れ立って社務所に行き、宮司に挨拶をした。 勿論、授与所にいるカケルにも。

「カケル、帰るね」 人が引いたときを狙って渉が声をかけた。

「うん、またね」 

「姉ちゃん、磐笛しっかりと吹けるようになれよ」 渉の後ろに立つ翼が言った。

「うっさい!」

「巫女姿の時は、お淑やかにするんじゃなかったのかなぁ?」 両腕を頭の後ろに組んで、もう一つからかおうとしかけたのを渉が止めた。

「翼君、今はそんなこと言わないの」 

「はぁ~い」 その返事にカケルがムカつく。

「調子こいてんじゃないわよ」

「あ・・・カケルも相手にしないの。 じゃ、奏ちゃんが送ってくれるって言ってたから」

「うん、また連絡するね。 嫌な事があったら吐き出すといいからね」

「うん。 ありがとう」

宮司の家に帰ると、既に奏和がスタンバっていた。

「もういいか?」

「うん」

「母さん、帰るって」 台所に居る雅子を呼んだ。

手土産を持って台所から出てくるとそれを二人に渡しながら別れを惜しんだ。

「たった三日だったけど楽しかったわ。 翼君も渉ちゃんもまたいつでも来てね」

「はい」 「うん。 俺、絶対渉ちゃんとまた来る」

「お前一人で来れないのかよ」 玄関に置いていた渉の荷物を持ちながら、呆れて奏和がいう。

「あ、奏兄ちゃん、渉ちゃんの鞄は俺が持つから」

「お前は翔に持たされた荷物があるだろ」 
翼が来ると分かっていたカケルがアパートから持ってきた荷物をボストンバッグに入れ実家に持って帰ってもらうのに翼に預けたのだ。

「だから、奏兄ちゃんが姉ちゃんの荷物を持ってよ」

「何ややこしい事言ってんだよ、ほら行くぞ」 さっさと歩いていった。

「最後まで賑やかね。 じゃあね、二人ともお父さんとお母さんに宜しくね」


駐車場に着くと奏和が足を止めて停まっている車を見渡した。 その姿が渉には不自然であった。 いつもの奏和ではないと思えた。

「奏ちゃん?」

「あ、ああ。 翼、トランクに荷物入れろよ」

「奏ちゃん、なんかおかしい・・・」

「え? おかしいって?」

「あの時の奏ちゃんみたい」 賑やかしい髪の毛の三人組を追いやった時の目。 早い話、渉が泣いた時の奏和の目。

「え?」

「ちょっとー、なに二人でコソコソ話してんのー」 トランクを閉めて荷物を入れ終えた翼が不服いっぱいに言った。

「なんでもないよ」 一瞬翼を見てから、渉を見て両の眉を上げて言うと、反対側に回り、後部座席を開けると渉の荷物を入れた。

「ちょっと、奏兄ちゃん。 そこは俺の席だよ」

「は? お前後ろに乗るの? んじゃ、渉が助手席に乗る?」

「ホンット、気がきかない。 渉ちゃんと二人で後ろに乗るんだろ」

「さっきから面倒臭い事ばっかり言ってんなー」 言うと大きく溜息をつき、助手席側の後ろに立っていた渉のもとに歩き出し、渉の手を取って助手席に乗せた。

「なにすんだよー!」

「お前もさっさと乗らないと置いてくぞ」 すぐに運転席に乗り込むとエンジンをかけた。

結局、駅に着くまで翼が奏和の後頭部に文句をタラタラぶちまけていた。
そして期待していた奏和とカケルの喧嘩を、渉も翼も見る事がなかったことにあとで気付いた。


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--- 映ゆ ---  第25回

2016年11月14日 21時28分48秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第23回




「金髪って・・・高校生くらいじゃないの?」 渉が眉をしかめる。

金髪だけではない。 赤に青、三人三様の色をしている。
その高校生らしい3人組が授与所に居る渉を見て何やらコソコソ話している。

「やだ、コッチ見てる・・・奏ちゃんどこに行ったの・・・」 キョロキョロと奏和を探すがどこにも見当たらない。 仕方なく顔を下に向けると足元に置いていたスマホが目に入った。

「あ、そうだ」 

今は宮司も居ない。 

「1時間ほど出なくちゃいけなくなった。 奏和にはくれぐれも言ってあるけど、何かあったらすぐに連絡をしなさい。 足元にスマホを置いていていいからね」 そう言って出て行ったのだ。

「奏ちゃんに電話・・・」 
スマホを手にし電源を入れた。 電話帳を開きかけた時、目の前に影が出来た。

「ねぇ、チビッ子」 

顔を上げると、さっきの高校生らしい3人組が目の前に立っていた。

「新しいバイトの子?」 
金髪が言った。 近くで見ると幼さが残っている顔。 どう見ても高校生だろう。

(ちょっと今何て言った? 高校生ごときからチビッ子とか、バイトの子なんて言われる筋合いはないわよ!)

「どこの高校に行ってんの?」 

(はっ!? 何年高校をダブってるって言うのよ! こっちはもう大学も卒業してるわよ!) 

心の中で怒ってみても声に出す勇気はない。 それどころか怒っている顔が恐さで引きつっているように見える。 まぁ、確かに恐いから声に出して言い返せないのだが。

「いつもの綺麗なお姉さんはいないのかな?」 
今度は青が言った。 カケルのことだとすぐに分かった。

「いない」 そっけなく答えた。 カケルが居ないんだから、それを知るとどこかへ行くだろうと思ったのだ。

「おっ、ちゃんと話せるじゃん。 ねー、バイト終わったら俺たちと遊ばない?」 今度は赤だ。

(奏ちゃん、どこに行ったのよ! 早く帰ってきて・・・) 下を向いた。

「あーあ、下向いちゃった。 それじゃ可愛いお顔が見えないよー」 からかうように赤が言う。 と、

「おい、いつまでも調子こいた事言ってんじゃないぞ」 奏和の声。

高校生が振り返ったと同時に渉が顔をあげた。

「奏ちゃん!」 

「な、なんだよ」 
これが細身の翼ならこの高校生達はすぐに食って掛かっただろうが、体格がよく自分達より数段に背の高い奏和に食って掛かるには、かなりの勇気が要りそうだ。

「ちょっと話してただけじゃんか」 赤が言う。

「ここはナンパをする場所じゃない。 参る気がないならサッサと帰れ」

「な、なんだよ、エラソーに」 言いながらも足は後退している。

「サッサと帰れって言うのが分からないのか」 奏和の凄みのある目を渉は初めて見た。

(奏ちゃんって怒ると恐いんだ・・・) まるで自分が怒られているような気分になってきた。

(恐い・・・)

「ちっ!」 っと、言うと3人はサッサとその場を後にして、鳥居に向かって行った。

その後姿がちゃんと鳥居をくぐる事を確認すると渉の元に戻ってきた。 すると

「って、お前なに泣いてんの・・・」 渉の目にはまだ落ちてはいない涙が溜まっていた。

「恐かった、恐かった・・・」 

「あ・・・悪い。 タイミングの悪い時にアイツらが来ちゃって・・・」 でも、泣くほどのことか? 翔ならひと睨みであいつらを追っ払ったぞ。 と言いたかったが、渉と翔を一緒に考えてはいけないな、と言葉に出さなかった。

だが、奏和の言葉を聞いて「違う」 と、渉が首を振る。

「違うって? 恐かったんだろ?」 渉が下に置いてあったティッシュで目を押さえる。

「・・・奏ちゃんが恐かった」 

「はっ?」


授与所を閉める時間になってもカケルも雅子も帰ってこなかった。
結局、渉は奏和が「もう閉める時間だから、いいぞ」 と声をかけるまでテンパっていた。
テンパらなかったのは泣いていた時くらいだろうか。

奏和に声をかけられ、ホッとして立ち上がろうとした時、袴を踏んで前につんのめり、思いっきり台に顎を打ちつけた。 こけるのには慣れたものであったが、これだけ強く顎を打ったのは初めてだった。

片付けを奏和に任せ、ヨロヨロと巫女姿のまま宮司の家に帰り玄関の引き戸を開けた。

目の前には、この時間になってようやく腹が減ったと起きて、台所に入ろうとしていた翼が居たが、渉の目に翼は入っていない。

「あ、姉ちゃんお帰・・・って、渉ちゃん!?」

翼の言葉も耳に入らないまま渉は玄関に倒れこんだ。

「わっ、渉ちゃん何してんの!」 翼が大きな目を更に大きくして渉の横にしゃがみ込む。

「やっぱ、無理」 と、蚊のなくような声で一言だけ発した渉であった。

「渉ちゃん・・・後ろの毛がハネてるけど?・・・ヤッパ、かっわうぃ~」 巫女姿の渉をマジマジと見た。



この日の夕飯は、雅子がカケルを伴って出かけていた先の帰り道で買ってきた寿司であった。

「で、今日はどこに行ってたの?」 目の前にズラッと並べられた寿司を2つ受け皿に取ると渉がカケルに聞いた。

「村の集会? だったっけ?」 昨日の残り物のキュウリの酢の物を口に入れながら答える。

「村の集会?」 聞き返した渉に、カケルが箸を口に入れながらコクリと頷いた。

「渉ちゃん、今日はありがとうね。 慣れない事で疲れたでしょう」 台所からやって来た雅子が、ビールを注ぐ仕草を見せた。 すぐにグラスを持ち、注いでもらうと渉は雅子に聞いた。

「小母さん、今日はカケルを村の集会に連れて行ったの?」 注ぎ終わったグラスをそのまま口に運ぶ。

「そう、急に立てられた村の女性会のね。 前々から連れて行きたかったんだけど、なかなか機会がなくてね。 今日渉ちゃんが居てくれたからやっと行けたわ。 出来れば女性会だけじゃなくて、みんなが集まる村の集会のほうが良かったんだけどね」 座りを整えると箸を持った。

「カケルの住んでいる所はここの村とは関係ないのに、なんでここの村の集会? 女性会? に連れて行ったの?」 

「うん、顔を覚えてもらっておく方がいいって前から考えていたのよ。 でも最近この村で変な人達が増えてね」 すると渉に話している雅子を見て宮司が尋ねた。

「それで? どんな話だったんだ?」

「ええ、結局どこも同じだったんですよ。 若い女の子がアチコチで声を掛けられているらしいんです」

「やっぱりか・・・」 宮司の顔を見ると今度は渉のほうを向いて雅子が話を続けた。

「でね、今回は急いで村の人たちに翔ちゃんの顔を覚えてもらっておこうって思ったの」

「どうして?」

「翔ちゃんはこの村の人間じゃないじゃない? だから顔を覚えてもらってないだろうから顔通しをしたの。 顔を覚えてもらって、もし翔ちゃんに何かあったらすぐに神社に連絡を入れてもらおうと思ったの」 そう言う雅子の横でカケルが言う。

「小母さんってば心配性なのよ。 あんなの何てことないのに」 ひと睨みで相手をたじろがせるほどの冷たい目を持ってはいるが、それが全ての人間に通用するとは限らない。

「その変な人達って・・・」 渉が奏和を見た。

「ああ、今日お前が泣いた奴らだろな」 言って、シマッタと思った。 渉が泣いたのは奴らにではなく、自分にだった。 

「え? 泣いたって?」 宮司とカケルの声。
「今日も来てたの?」 雅子の三人の声が重なった。 そしてワンテンポずれて翼が言う。
「誰が渉ちゃんを泣かしたんだよ!」

「あ・・・」 奏和が思わず目だけを上に向けた。 多分ここで綺麗な蝶々でも飛んでいれば、綺麗な蝶々だねぇ等と話をすり替えただろうが、残念ながら蝶々は飛んでいない。

「お前! 渉ちゃんが泣くまで放っておいたのか!」 宮司が言う。
「いつもの人達?」 雅子が言う。
「奏兄ちゃんどこの奴だ? 俺が仕返しに行ってやる」 翼が言う。

「待ってくれよ、一斉に言われても答えられないだろ。 って、翼お前なに言ってんだ?」

「ああ、翼のことはいい。 あれほど頼むと言っておいたのに、お前は何をしてたんだ!」

「あっと・・・それがちょっと授与所から目を離した隙だったもんで・・・」 チラッと渉を見た。

「ちょっとじゃないもん」 放っておかれた事に一言いいたかった。 が、泣いた理由が理由だ。 自分が泣いた事にはもうあまり触れて欲しくない。

「あ、いや・・・悪かったよ。 目を離しすぎた。 って、お前も小学生じゃないんだから、下向いてるだけじゃなくてある程度できるだろうが」

「小学生って何よ! あの子たちには高校生とかチビッ子って言われるし・・・」 思い出しただけでも腹が立つ。

「プッ、なに? そいつらそんなに正直な事言ったの?」 言った翼を渉が睨んだ。

「翼、渉を落ち込ませるような事を言うんじゃないの! まっ、確かに巫女姿の渉はかなり幼・・・若返って見えたけど」

「なに? 今、幼いって言いかけた?」 渉がカケルを見たが、カケルは「言ってない」 と顔の前で両の手を振る。

「ちょっと待って、ちょっと待ってよ。 奏和、整理して話してちょうだい」 雅子が言うと奏和が話し出した。

「母さんの言う、いつもの奴らって言われたらわからないけど、一昨日来てたガラの悪い奴とは違うよ。 見た目・・・高校生くらいかな? 17,18才くらいって感じ。 でも学校には行ってないだろうな。 金髪と赤い毛、青の毛の3人」

「ああ、その子たちなら前にも来たわ」 カケルが言う。

「姉ちゃんが要らない事言って、渉ちゃんがイチャモンつけられたんじゃないのか?」

「いや、イチャモンはつけられてなかったよ。 反対にナンパしてたくらいだったから」 奏和がいうと

「お前、そこまで聞いててすぐに渉ちゃんを助けなかったのか!?」 と宮司。
「ちょっと、巫女姿をしてる時に誰がいらないこと言うって?!」 とカケル。
「高校生が渉ちゃんをナンパー? ウケルー!」 と大笑いの翼。 またもや三人が一斉に言った。

「翼、笑ってるんじゃないよ」 奏和が翼に言うと続けて言う。

「いや、あれくらいの子供相手だったら渉が何とかするかな、って。 まさか下を向くとは思わなかった。 渉には悪い事をしたよゴメン」 渉に謝る言葉を聞いて、宮司が大きく嘆息を吐くと口を噤んだ。 

「奏兄ちゃんはいつも姉ちゃん見てるから。 姉ちゃんと渉ちゃんを一緒に考えたらエライ違いだよ」

「そうみたいだな」 苦笑いだ。

「なに? その言いよう。 でもまぁ、確かにね。 アイツ等なら、睨んで一言添えるだけで終わりだったけどね」 その言葉に奏和が乗った。

「だろ? だろー? だからその程度だったんだよ。 それなのに・・・」 まで言って宮司の睨んでいる姿が目に入った。

「大事にならなかったから良かったものの。 お前、本当に渉ちゃんに悪い事をしたと思ってるのか」

「・・・はい。 思っています」 小さくなる奏和であった。


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--- 映ゆ ---  第24回

2016年11月11日 00時46分57秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第23回




参拝者が山に入ってきたのだから磐座ではゆっくり出来ない。 山を降りようと思ったが、どうもさっきの奏和が気に掛かる。 磐座へ歩を向けた。

途中で参拝者を見かけた。 参拝者はゆっくりと周りを見ながら歩いていたからか、まだ磐座へは着いていなかったようだ。 とは言っても、この参拝者が磐座へ行くとは限らないが。

「あれ? 走ってたんじゃなかったんだ」 渉は足早に歩き参拝者を追い抜くと、そのまま磐座へ向った。

少し急な坂をピョンピョンと飛び降り、磐座のほうを見ると奏和が肩に掛けていた袋とゴミ袋が見えた。
そのまま磐座まで歩いて行くと丁度ロープを張り終えたところのようだった。

「間に合ったみたいね」 ロープの最後をギュッとひと締めしていた奏和が振向いた。

「ああ、渉が教えてくれなかったら親父に雷を落とされるところだったよ。 サンキュー」 いつもの奏和の顔だ。 さっきは気のせいだったのか、思い過ごしだったのかと、どこかで胸を撫で下ろした。

「私にとってもここは大切だから良かった」 そう言うと、まだ磐座に挨拶をしていなかった事を思い出した。 磐座の前まで歩くと水の流れを一跨ぎし、ロープの前に立ち姿勢を正すと磐座を見た。

(え? また?) いつか見たように、磐座までの風景が歪んだように見えた。 だが今回は前に見たときよりもその歪みがはっきりと見えた気がする。

「そ・・・奏ちゃん」 名前を呼ばれ、屈んで袋を片付けていた奏和が顔を上げた。

「なに?」 自分を見ている渉の少し怯えたかのような顔を見ると、すぐに腰を上げ渉のもとに歩み寄った。

「どうした?」 こちらを向いている渉の前、水の流れの手前に立った。

「磐座見て・・・」 言われ、すぐに磐座を見たが渉が何を言いたいのか分からない。

「磐座がどうかしたか?」 見下ろす奏和の顔を見ると、何のことかといった様子だ。

奏和の顔を見ていた渉が、クルリと磐座の方に向き直り磐座をじっと見た。 

「・・・何ともない」

「なんだよ、どうした?」

「あ・・・ごめん、何でもない」 

有り得ない事を言うと「眼科へ行け」 と言われそうな気がした。
実際、渉自身も眼科へ行かなくてはいけないのだろうかと思っていた。
渉の様子に小首を傾げながらも「いいのか?」 と奏和が声をかけるとコクリと頷いた。

「じゃ、片付けしてるから何かあったら呼べよ」 うん。 と返事をすると気を入れ替え姿勢を正し、二礼二拍手し「有難うございます」 と小声で言い、一礼した。

奏和が片付けながらその様子を見ていた。

渉が振り返り水の流れを跨ぐと奏和を見た。

「ロープ、新しいのに替えたんだ」

「ああ、前のはかなり傷んできてたからな。 昨日ロープを外してすぐに取りつければよかったんだけどな」

「あ、じゃあ、ロープを外したのは奏ちゃんだったの?」

「ああ」 袋をキチンとたたみ、腰を上げた。

「片付いた?」

「ああ。 俺はもう降りるけど渉も一緒に降りる?」 さっき見た渉の顔を思い出すと一人にするのが不安になる。

「うん」 うつむき加減に答えた。

二人で磐座を後にしたが、それぞれが何か思いにふけり、お互い一言も発する事はなかった。

「じゃね」 「ああ」 山を降りると声を掛け合い奏和と別れると、渉はその足ですぐに宮司の家に向った。 頭を冷やして冷静になりたかった。 眼科へ行くかどうかという考えを。
玄関の引き戸を開けかけたとき、後ろから雅子の声が聞こえた。

「渉ちゃん!」 振向くと渉に向って足早に歩いてくる。

「小母さん、どうしたの?」 雅子が渉に歩み寄る。

「探してたの」

「あ、ごめんなさい。 磐座のところに行ってた」

「え? そうなの? 磐座を見に行ったのに居なかったから、ぐるっと山をまわって探したのに・・・」 

磐座の急な坂を降りずそのまま進むと、緩やかな登り道が少しきつくはなるが、そのまま進んでいくとクルリとカーブをし、もう一つの大きな磐座があるところに出る。 そしてそのまま道なりに進んでいくと、山を降りていくようになっている。 雅子はその道から帰ったのであろう。

すぐにあの走ってくる足音は雅子のものだったのか、奏和を探しに分かれ道へ行った時にすれ違ったのだと思った。

「あ、ちょっと分かれ道にも寄ってたから」

「ああ、そうだったの。 で、磐座へは行った?」

「はい、ご挨拶はしてきました」 

「じゃ、悪いんだけど早めにお昼ご飯食べてから頼まれてくれない?」 何のことかとキョトンとした。


授与所から少し離れた所に、奏和が手持ち無沙汰の様に腕を組み木にもたれかかって立っていた。 そして授与所の中には巫女姿をしたカケルではなく渉が座っていた。
引っ切り無しにお守りをみようと、授与所の前に来る参拝者。 渉は今にも口から心臓が踊り出そうになっていた。

(お願い、話しかけないで・・・) 心の中で祈る。 なのに

「あの?」 男性が授与所に群がっているオバサン連中の横から、窓口に顔をひょっこりと出してきた。

(ゲッ、やだ話しかけないでよ) 咄嗟に奏和を見た。 が、奏和は知らない振りだ。

無視するわけにはいかない。 喉まで躍り出てきていた心臓をゴクリと飲みやると平静を装った。

「はい」 その男性を見て返事をする。

「いつもの人は?」

「はい?」 思いもかけない言葉であった。

「あ・・・昨日座ってた髪の長い・・・」

(ああ、カケルのこと。 ・・・こいつ、カケルのファン?) 巫女とは言え、あの美人にファンが居ても全くおかしくない話である。

「あ、今日は他の用で出ております」 一応会社勤め。 神社のことを聞かれなければ、それなりに話すことは出来る。

「辞めたわけじゃないの?」

「はい」 その時、

「はい、お兄ちゃんごめんなさいよ。 これちょうだい」 オバサン連中が男性を押しのけて、お守りを窓口の前に置いた。

押された男性は少し顔をゆがめると、渉を見ることなくその場を去った。 渉がその後姿を見送ると、肩には大きな一眼レフが掛けられていた。

窓口におかれたお守り、窓口以外に授与所の前にも置かれているお守りやお札やストラップの全ての初穂料は雅子から聞いて頭に入っている。

参拝者からお守りを受け取ると袋に入れ手渡し、初穂料を受け取った。

「あ、お姉ちゃん、このストップって言うの? これって若い子がよく持ってるやつでしょ? これもちょうだい」 
ストーンの付いたストップではなく、ストラップを窓口に出した。

「やだ、アンタそんなので若作りしても無駄よー」 これまた窓口にお守りを置いた一人が言った。 

するとまだお守りを選んでいたオバサン連中の中の一人が言う。

「あら、いいんじゃない。 持つものだけでも若くしたらどうにかなるかもしれないじゃない。 たるみも取れるかもよー」 一人が言うと5人のオバサン連中が恥じらいもなく大声で笑いだした。

(もう、こんなにゴチャゴチャしてるのに奏ちゃんってば、助けてくれない!) 

窓口からオバサン連中が引き上げた後、奏和が立っていた木を見ると、そこに奏和の姿はなかった。


雅子が渉に頼み込んだのは、出来るだけ早く帰ってくるけれど、今日一日カケルに代わって授与所に座っていて欲しいという事であった。
急遽、カケルを連れ立っての用ができたという事であったのだ。

「え? 小母さん、私にそんなの出来ない」 話を聞かされ、思いっきり尻込みしたが、雅子が畳みかけるように渉に言った。

「授与所に座ってお守りをお渡しするだけでいいの。 それに何かあったら奏和にさせるから。 ずっと渉ちゃんに付いているように言ってあるから、ね?」

そして、ついでに一度くらい巫女姿になってみない? と言うとアッという間に着替えさせられたのだった。
その時の雅子の言葉が少々気にはなったが。

「まぁ、かわいらしい。 巫女姿の七五三みたいね」 と。

「小母さん・・・何回目の七五三になるの」 と、それでなくても気が重いのに心がメゲル思いだ。

「あ、渉ちゃんちょっと待っててね」 言うとすぐに部屋を出て行き、洗面所からヘアースプレーと櫛を持って帰ってきた。

「なに? 私、毛が短いから何もしなくていいんでしょ?」

「そうじゃなくて後ろ」 そう言うと、渉の後ろの髪の毛にスプレーを吹き、櫛で梳かした。

「ホントに渉ちゃんの髪の毛はクリクリね」 言われ、後ろの毛がハネていたのだと気付いた。


雅子に言われたからであろう、Gパン姿の奏和が少し離れた所に居たのだが、渉にしてみれば不安いっぱいである。 すぐ横に座っていて欲しいほどだったのに、今は目の前にも居ない。

「小母さんがカケルを連れての用ってなんなんだろう・・・」 どんな用事でもいい、とにかく早く帰ってきて欲しい。 ただそれだけを念じていた。

参拝者が引けて、授与所が落ち着きを戻そうと思ったとき、渉の目の先に3人の少年が目に入った。

「あら?」 

ついさっきまでは居なかったはずだ。

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--- 映ゆ ---  第23回

2016年11月07日 23時10分21秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第20回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shou~  第23回




「さぁさ、食べましょうか。 翼君はビールいける?」 盆にグラスと瓶ビールを乗せてやって来た雅子が、適当にビールを置きグラスを配った。

「勿論です」

「勿論って、アンタまだ二十歳になったばっかじゃないの」 5月1日生まれの翼に怪訝な顔を向けてカケルがいう。

「大学に入った途端、飲み会があるんだから18から呑んでるよ」

「お父さんとお母さんがよく許してるわね」 呆れたように言う。

「ずっと気ままな一人暮らししてる姉ちゃんに言われたくないよなー」 

痛いところを突かれてぐうの音が出ない。

「翔ちゃん、いいじゃないの。 翼君は男の子なんだから。 じゃ、どうぞ」 言うと隣に座る翼にビールを注いでやった。 その横では苦い顔をしたカケルが宮司にビールを注いでいる。

「奏ちゃんは自分で注いでね」 翼の前に座る渉が言うとサッサと自分のグラスにビールを注いだ。

「はい、はい。 俺だけ手酌ね」 渉の隣に座る奏和が目の前にあったビールを手にした。

雅子とカケルはグラスにジュースを注いだ。 意外な事にカケルは下戸であった。

「じゃ、久しぶりに子供達が揃ったという事で」 宮司が皆を見渡していうと続けて「乾杯」 といい、皆でグラスを合わせた。

久しぶりの面々に会話は弾み、まるで子供達が正月に実家に帰ってきたような賑わいであった。


食事が済むと女三人で片付けに台所に立ち、男三人は和室でまだ呑みながら話している。

「いつも翔ちゃんと一緒に台所に立つと娘が居たらこんなのかなぁ? って思ってるんだけど、渉ちゃんもいると双子の娘の母親になった気分だわ」 嬉しそうに話す姿を見てダブルショウがニコリと笑う。

食後の片付けはあまり嬉しいものではないが、こうして三人で片付けとなるとそれも楽しいものである。

「あ、そう言えば小母さんから聞いたんだけど、奏ちゃんとお勉強って何?」 渉がカケルをみて言った。 

聞かれカケルが口ごもりながら答えた。

「お勉強・・・って程でもないんだけど・・・」 この後の話を雅子が引き継いだ。

「今日から翔ちゃんが奏和に磐笛を習いだしたの」 ビール瓶を台所の端に置いてあるケースに片付けながらいう。

「え? 磐笛って前に言ってた?」 洗剤のついたスポンジを持っていた手が止まった。

「あら? なに? 翔ちゃんそんな話してたの?」

「あの時です。 磐笛奉納に来られた日があったでしょ? 小母さんが渋滞にはまっちゃった日」 テーブルに置かれている残り物を、他の皿に整理しながら答える。

「ああ、あったわね」

「あの日、渉に磐笛の説明をしたの」 

「そう言えば、あの日は渉ちゃんと会うって言ってたわね」 雅子に頷くと、渉を見て端折って説明した。

「その奉納してくださった方が、神社に磐笛を送ってきてくれたの。 それを小父さんから私が頂いたってこと。 で、吹き方を奏和に教えてもらってるの」 かなり端折った。

「ああ、そういうこと。 え? でも奏ちゃんってその磐笛ってのを吹けるの?」

「ムカつくし、悔しいほどね」 その一言を聞いて雅子がクスッと笑い、男達のアテを準備し始めた。



翌朝、カケルと雅子が朝の用意をはじめ、飲み潰れた奏和は宮司にたたき起こされた。
渉と翼はそれぞれ、渉はカケルとカケルがいつも使う部屋で、翼は奏和の部屋で寝ていたが、二人とも我関せずでまだぐっすりと眠っていた。

渉が台所に準備されていた神社で生活するには遅い朝食をとり、宮司の家を出ると境内には数人の参拝者がいた。
翼はまだ寝ている。

「お昼ごろには人が増えるんだろうな。 今のうちに行っておこう」 言うと磐座への道を歩き出した。

山の中に入ると新緑の季節、山の木々は新芽が少し伸びた顔を出していた。 その木々の足元では我先にとでもいった具合に、草達が随分と背を伸ばし始めている。

「・・・息吹」 普通なら“春の息吹” と言うのであろうが、新芽を見ると、ただ“息吹” という言葉だけを口にした。
手を後ろに回し、辺りを見回しながら歩いていると、横からガサガサと音が聞こえた。 何だろうと木々の間から先を見てみると、山の中の掃除をしている奏和が目に入った。

「あ、奏ちゃんだ。 ふーん、ちゃんと手伝ってるんだぁ」 

すると奏和の手が止まったかと思うと、羽織っていた薄手の上着の胸ポケットから何かを出してじっと見ている。

「なに?」 目を凝らすが少々距離がある為、それが何か分からない。

暫くその手を見ていた奏和が、思いなおしたようにまたその何かを再びポケットに入れると掃除を続けた。

「なんだろ? 真剣な顔して・・・」 盗み見をしたような気分になってしまって、ソロっと歩を進めた。

いつもの磐座のある場所。 短い少し急な下り坂を降りると、ここは息吹を感じる新芽が随分と伸びていた。

「日が当たりやすいからかな」 ここはポッカリと穴が開いたようになっていて上を見れば木々に邪魔されることなく空が見える。

雲のない澄んだ青い空が頭上に見える。 鳶が静穏の空を悠々と泳いでいる。

その空を仰ぎ見ると「空(くう)」 と一言。

仰いでいた顔をやわら戻すと歩を進めた。 サラサラと流れる水の流れの横を歩くと無意識に微笑がこぼれる。

「ああ、やっぱりここがいい」 水の流れを見ながらゆっくりと歩いて行くと磐座のある場所まで来た。 

「あれ? ロープがない・・・カケルったらまたロープを引くのを忘れたのかしら? 連休だから人も沢山来るだろうし・・・」 以前、カケルがロープを隠していた所を見るが見当たらない。

「カケルを呼びにいこうか・・・・あ、奏ちゃんなら知ってるかな?」 スマホは部屋に置いてきた。

来た道を帰ろうと水の流れを後にしようとしたとき、どこからともなく澄んだ音が聞こえてきた。

「なに?」 驚いて耳を澄ます。

「口笛?・・・指笛? 犬笛? どこだろ・・・」 

ここで犬笛と出てくるのが渉らしい。 犬笛は簡単には人間に聞こえないはずだが。
その音は天に突き昇ろうとしているそんな感じがする音に聞こえたが、昇りきれずにどこか喘いでいるようにも聞こえる、寂しさを感じさせる音のようでもあった。

「口笛じゃない・・・」 もっとよく聞き入ろうとてゆっくりと少し急な坂まで歩きトントンと上ると、辺りをキョロキョロとして音の元を探すが、どこから聞こえてくるのか掴みきれない。

「あれ? 止まった?」 もう一度耳を澄ますが、その音はもう聞こえなくなってしまった。

目を凝らして辺りを見回したが特に何といったことは見当たらない。 腕を組むと片頬をプクっと膨らませた。 

「なんだったのよ・・・」 狐につままれたような気分になった。

その時、遠くで人の声が聞こえた。 参拝者が山の中に入ってきたようだ。

「あ、こんな事してる場合じゃないんだった。 奏ちゃんを探さなきゃ」 足早にさっき見かけた場所まで戻ったがそこに奏和の姿はなかった。

「あれー、移動したのかなぁ」 そのまま坂ともいえない緩い坂を少し下ると分かれ道がある。 分かれ道に入ろうとした時、参拝者の声がかなり近くに聞こえ、走ってくる足音も聞こえた。

「わわ、上がってきたんだわ。 急がなきゃ」 分かれ道の坂を足早に上り始めた。

「ったく、何処に行っちゃったのよ」 いくらか上るとガサっと音がしたかと思うと木々の中に奏和の後姿が目に入った。

「居た!」 

一方の手は肩に掛けている袋を持ち、もう一方の手にはゴミ袋が下がっていた。

「奏ちゃん!」 大声で呼ぶと、奏和が山の天狗にでも逢ったかのような驚いた顔で振り向いた。

「ちょっと! その顔は何よ。 お化けでも見たみたいじゃない」 失礼な! と付け加えた。

「あ・・・渉か・・・ビックリした・・・」 とは言うが、まだどこか顔が引きつっているようだ。

「急に声をかけたことは謝る。 だからってそんなにビックリする事ないじゃない。 嘘でも神職でしょ? お化けが怖いの?」 腕を組んで呆れた目を送る。

「神職って・・・今の俺は実家の手伝い」 片手に持っていたゴミ袋を見せた。

「変な言い訳。 って、そんな事じゃなくて―――」 ここまで言うとすぐに真顔になった奏和が口をはさんだ。

「え!? なに!?」

「あ・・・いや・・・そんなに驚かなくても・・・」 怪訝な顔を向ける。

「いや・・・驚いてなんてないよ。 なに?」 渉に向って歩き出した。

「磐座のところのロープが張ってないんだけど」

「あ・・・ああ、今張りに行くよ」 

「それが前にカケルが隠してた所にロープがないの」

「換えのロープ持ってるから」 肩にかけていたもう一つの袋を目で示し、渉を見ることなく前を見た。

「あ、そうなんだ」 奏和の視線に示された袋を見た。

「それだけ?」 
言われ、渉が奏和を見たが奏和は前を見たままだ。

「それだけって何を言ってほしいの? 奏ちゃん、実家のお手伝い偉いわね~、とかって?」 その言葉にやっと渉を見た。

渉が顔をしかめたのを見ると、奏和が両の眉を上げておどけて見せた。 

「いや、いいんだ」 

その様子にワケが分からず「なんなの?」 と漏らしたがすぐに思いだして続けて言った。

「ってか、走らなきゃ参拝者が上がってきてたわよ」

「え? もう上がってきてんの?」 いつもの奏和の表情にさっきまでの奏和が別人のように思えた。

「声が聞こえてたから、もう先を歩いてると思うよ」

「それを早く言えよ」 言い残すと走って磐座の方へ向って行った。

「なに、この言われ方・・・」 憮然と奏和の後姿を見送った。

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--- 映ゆ ---  第22回

2016年11月03日 23時45分29秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第22回




「さーて、翔はどうなったかなぁ?」 宮司が奏和の部屋へ続く廊下を歩いている。

開けっ放しの襖から声が聞こえてきた。

「おや? 仲良く会話してるみたいだな。 奏和のヤツ上手くやってくれたみたいだな」


「無理、やっぱり駄目」

「何言ってんだよ。 ほら、手どけろよ」


「なんのことだ?」 

訝しげに開けられていた襖からヒョイと覗くと、宮司の頭に一気に血が上った。 途端、

「奏和ー!!!」 宮司の怒鳴り声にギョッとして二人が襖の向こうに立つ宮司を見た。

仰向けになって寝転んでいるカケルの横には、片手を畳に着いて自分の体重を支え、もう一方の手がカケルの腹の上にあり、胡坐を崩して座っている奏和の姿があった。

「お前ー! 何やってんだー!」 部屋に入るとすぐにカケルを庇うように抱きかかえた。

宮司のその姿を見てすぐに覚った奏和が顔をゆがめて舌打ちをした。

「それはコッチのセリフだよ。 何考えてんだよ」 呆れてものが言えないといった具合にしっかりと胡坐をかいた。

「翔! 何ともなかったか?!」 手の中にあるカケルを必死の目で見た。

「え? あの・・・小父さん?・・・」 宮司がカケルを見た目線を奏和に移した。

「お前がこんな事をするやつだとは思いもしなかった!」 奏和を睨みつけるその顔が尋常ではない。

「・・・翔、俺が言うと言い訳にしか聞こえないからお前から言ってくれ」 ブスッとして顎をしゃくった。

「あ・・・あの小父さん? 腹式呼吸を教えてもらってたの」

「はっ?」 手の中のカケルの言葉がスッと頭に入ってこない。

「なんど口で教えても分からないから、寝転んで教えてただけです。 ・・・どれだけ信用ないんだよ」 

チラッと宮司を見るとその目を逸らし、それに誰が襖を開けっ放しにしてするかよ、と口の中で言った。


最初は座って教えていたのだが、どれだけ教えても意味が分からないようだった。
人は就寝しているときには誰もが腹式呼吸で寝ている。 実際に寝てしまうわけにはいかないので、寝転んで気を楽にしていると自然と腹式呼吸になるところから教えようとしたのだ。 
だが、それでも胸式呼吸になってしまうようだ。 カケルの腹には贅肉がなく、いったん磐笛の練習をとめ、巫女姿から着替えてきたGパンにガボッとした薄手のニット姿、腹がどれだけ膨らんでいるかの確認が出来ない。 仕方なくカケルが腹に手を置いたその上に奏和が手を当てていたのだった。



バスに揺られ神社に向ってやってきた渉と翼は、乗っていたバスのドアが閉まり再び発進するとバス停を歩き出した。
山の中とは言えちゃんと舗装はされている。 辺りには何もなく、かろうじて街灯がいくつかあるくらいだが、もう暮色が迫った山道。 この僅かな街頭が有難い。

「やっぱり山の中だから夕方になるとちょっと寒いね」 

時刻は夕方の7時前になっていた。
カケルの弟。 泣き虫だった翼は渉の背をいとも簡単にアッサリと抜いていた。

「大丈夫? 上着貸そうか?」 荷物を下に置くと、長袖Tシャツの上に着ていたネルシャツを脱ぎかけた。

「あ、大丈夫、大丈夫。 そんなに柔くないから」 

「ホントに?」 手を止めたが目は真剣に聞いている。 お愛想ではないようだ。

「うん。 会社で鍛えられてるから」 ああ、嫌な事を思い出したと一瞬ゲンナリしたが、気を取り直して言葉を続けた。

「また背が伸びたんじゃない?」 翼とは今の会社に入社してから、偶然に何度か会っていた。

「まぁね。 一気に伸びた時ほどじゃないけどね」 茶髪に軽くパーマをかけて髪の毛を躍らせている頭に手を置いた。

「ふーん、モテるでしょ?」 再び荷物を手にした翼に問うと「ぜんぜん」 と一言返ってきただけであった。

翼の手には渉の着替えが入った荷物が持たれている。 駅で待ち合わせをしたとき、渉が持っている荷物を見るとすぐに翼が持ったのだ。

「そんなことないでしょ? 優しいし、よく気が付くし、あの姉にしてこの弟有りの容姿だし」 

この姉弟は小太りの両親とは似ても似つかない、スラッとした細身の身体付きをしている。 カケルは誰に似たのか切れ長の目をしているが、翼は母親のクリっとした目をそのまま受け継いでいる。 が、どちらにしても一際人の目を引く顔立ちである。

「あんまり興味ないし」

「そうなの?」 思わず長身の翼を見上げた。

「姉ちゃん見てればそれでいいかな?」 意味あり気なイタズラな目を渉に向けた。

「嘘かホントか・・・でもまぁ、カケルを見てたらどんな女の子にも目がいかないよね」

「ある意味ね。 でも渉ちゃんは変わらないね」 

翼が高校に入るまでは渉とよく話していたが、大学に入って駅前で偶然出会うまでは全く連絡を取っていなかった。 それも、駅前で会う時には渉は仕事中。 チラッと話すだけで今日のように話し込むことはなかった。

「なにが?」 渉が翼を見て聞くが、その問いには答えず

「姉ちゃんのあの性格さえ、どうにかなったらいいかもしれない」

「翼君にだけは厳しいもんね」 自分の質問に答えてもらえていないが、それを気にする渉ではなく、翼との会話を続ける。

「厳しいって言うか、俺はワガママだと思ってるけどね。 あ、それがさ、そうでもないみたいなんだ」 渉に身体を向けると後ろ向きに歩きながら何処か嬉々として言いはじめた。

「そうでもないって、なに?」

「俺だけにはじゃなくて、最近は奏兄ちゃんにもそうらしいだ」

「奏ちゃんに?」 顔をしかめて「カケルからそんな話聞かないけどなぁ」 と呟いた。

「俺も姉ちゃんからは聞かないんだけど、母ちゃんが小父さんから聞いたみたい」 言うと向きをかえ、前を向いて歩く。

「小父さんがそんなこと言ったの?」

「らしいよ。 ってか、奏兄ちゃんと姉ちゃんの喧嘩がハンパないって」

「へぇー、そうなんだ。 そう言えば私は奏ちゃんには長い間逢ってないからなぁ」

「俺もだよ」

「翼君は逢わなさすぎ。 奏ちゃんに逢ってるのはカケルだけか。 それで喧嘩? どっちもいい大人なのに?」

「俺は姉ちゃんのあのワガママを考えると有り得ると思うな。 だから喧嘩って言うより、姉ちゃんが吹っ掛けてるんじゃないかな」

「ふーん・・・この3日の間にそれが見られるかなぁ?」 嬉しそうに翼の目を見た。

「俺も見てみたい」 

5月の連休という事で二人で宮司の家に泊まりにきたのだった。


石階段を上り鳥居をくぐると、右に見える垣根に添って歩く。 少し歩くと垣根が途切れ、宮司の家の玄関が見える。

「今晩はー」 玄関の引き戸を開けると、宮司の奥さんである雅子(みやこ)がすぐに台所から顔を出した。
玄関に一番近い部屋が台所である。

「まー、まー いらっしゃい。 外はちょっと冷えたでしょ」 台所から出てくると渉を見て声をかけたが、すぐに「今晩は」 と言って渉の後ろに現れた翼を見て驚いた。

「まぁ、翼君!? いつの間にそんなに大きくなったの?」 最後に見た中学生の時のあの可愛らしい面影のある顔に目を丸くして驚いている。

「へへ・・・まぁ、成長期に来なかったからかな?」

「そうよ、何年ぶりかしら」 

「小母さん、上がっていい?」 

「あ、ああ、ごめんなさい。 早く上がって。 夕飯の用意が出来てるわよ。 もうみんな来る頃だろうし、和室に座ってて」 

普段の食事は台所で済ませているが、人の数が増えた時には、台所の続き間となっている和室で食事をとっている。
玄関を上がってすぐ横の台所を見たがカケルが居ない。 和室に入っても姿がない。 

「え? 姉ちゃんは手伝ってないの?」 台所でビールの準備をしている雅子に聞いた。

「翔ちゃんはね、今日は奏和とお勉強なの」 その言葉を聞いて渉と翼が目を見合わせた。

和室に座って廊下に背を向け二人で座っていると、いくらもしない内に宮司が和室に入ってきた。 
先ほどまで胡坐をかいていた翼が足音に気付いて180度向きをかえると正座をして宮司を見上げていた。

「へっ!? 翼?・・・」 敷居を跨いだ所で宮司が一瞬止まって翼を瞠目した。

「嘘だろう・・・。 でっかくなったなぁ」 
先に翼が来ると聞いていなかったら、この青年が翼だとすぐには分からなかったであろう。

高校に入るまでは背の順に並ぶと今年も一番前になったと毎年聞いていたし、最後に見たのがまだペラペラの棒きれの様な中学生の時だった。 それから思うと面影が残っているといえど幼さも抜け、座っていても170センチを超えている身長は充分に分かる。

「小父さん、ご無沙汰してました」 背筋を伸ばして挨拶をする。

「ほんとだよ。 ご無沙汰しすぎ。 どうだ? 元気でやってたか?」 翼を見ながら自分の席に座り胡坐をかいた。

「はい、寮生活は厳しかったけど」 高校は全寮制に入っていたのだ。

「寮生活が終わって何年経ってると思ってるんだよ。 1回も来ないで」 
宮司の声を聞きながら翼はハイハイをするように宮司の斜め前に座ると胡坐をかいた。

「言わないで下さいよ。 大学受験も厳しくて、ちょっと羽を伸ばしてたんです」

「1年以上も羽を伸ばすやつがいるか」 

久しぶりすぎてギクシャクするのではないかと思っていたが、遠慮がない会話に渉がどこか安堵していた。
そこへ奏和とカケルが和室に入ってきた。

「よっ、渉、お久」 正座をしている後姿の渉の頭をぺチンと叩いた。

「痛った! 叩く事ないじゃない」 見上げて言う渉を無視して、宮司の斜め前に座っている翼を見た。

「おー、翼、久しぶりじゃないかー」 

「奏兄ちゃん、久しぶりー」 すぐに翼の横に座り込むと座高がそんなに変わらないことに気付いた。

「え? お前・・・いつの間にそんなに背が伸びたの?」

「高校2年くらいの時から急に。 毎晩骨が痛くて眠れなかったよ。 今もまだちょっとずつ伸びてる」 あと10センチほど伸びれば奏和と同じ目の高さになるだろう。

「ずっとチビでいるかと思ったんだけどね」 カケルが台所に向かいながら、ちょっと意地悪く言う。

その様子に宮司と奏和が、何のことかと翼を見るのを見て渉が小声で言った。

「翼君に背を抜かれてかなり悔しいみたいなの」 宮司はワハハと笑ったが、奏和は違う反応をした。

「アイツは馬鹿か。 翼はいつまでも子供じゃないっていうの。 な、彼女の一人や二人居るんだろ?」 

「そう、それ。 それを相談したくて今日は来たんだよ」

「え? それって何? 翼君、彼女いるの?」

「渉、翼の顔見ろよ。 これで彼女が居ないなんて事ないだろ?」

「え? だってさっき興味ないとか、カケルを見てるだけでいいとかって言ってたもん」

「翔を見ててそれでいいって・・・本気にするか?」 困った甘ちゃんだと言わんばかりだ。

「えー! じゃあ、翼君が嘘ついてたって事!?」 思わず翼を睨んだ。

「嘘なんてついてないよ。 彼女いないなんて言ってないし、ホントに姉ちゃん見てたらそれで満足だし。 女って怖いよなぁ深入りは禁物、って」 渉が呆れて溜息をついた。

三人の会話を何気に聞いていた宮司。 昼間の事があってちょっと話に入りづらく、コホンと咳払いをした。


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