大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第178回

2020年08月31日 23時01分24秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第178回



「久しいな。 かけるがよい」

立つときもそうだったが、座る時にもニョゼの手を借りている。

「この者は?」

「ニョゼと申します。 辺境にずっといた者でございまして、マツリ様にはご存じではおられないかと」

マツリがニョゼを見るとニョゼが辞儀をして茶を淹れに台所に入った。
何でもこなすニョゼである。 子供の頃に一度入っただけの領主の家ではあるが、最初に女たちにアレコレと教えてもらっただけで、彼の地と全く違う台所の中の何もかもを覚え、使いこなすことができた。

「そうか。 今日は領主の見舞いか?」

ニョゼに何かを隠そうとする様子は見られなかった。 今は敢えてニョゼの何かを疑うまでもないだろう。
ショウワの立場からして普通に考えるなら、もっと早くに見舞いに来るはずであろうが、領主の状態もある。 それにショウワの状態も。

「それもございますが・・・。 セッカから話を聞きました」

「で? そのセッカは?」

「どうしても外せず、代わりにこの老体が参じました」

「ショウワだけが? それは可笑しい」

“ショウワが?” ではない “ショウワだけが” である。

「・・・」

頭を垂れる。
沈黙の時が流れる中、ニョゼが茶を出した。 静かに置いたにもかかわらず、湯呑を置く音がいやに大きく響く。
ニョゼがそのまま台所に身を引いた。

ショウワの口が動くのを待つ。 これが若い者なら、すぐに怒鳴りつけていただろうが、相手はマツリの父である四方より歳が上である。 それどころか祖父とそう変わらないだろう。 敬う気持ちは持っている。
ニョゼの淹れた茶を一口飲む。

(ふむ・・・美味いな)

これまで何度も祭の時に来ては茶を出されていたが、その茶とは比べ物にならない。 領主の家の茶より美味しくない茶を出すはずはない筈だが、と考える。 何故なら、祭の折には直接ではないが、本領をどんなふうに迎え入れるか、北と西の領土が他の領土に張合っている節が見えるからだ。 決して本領は比べてなどいないのだが。
だから祭の時には北の領土で一番美味い茶葉で淹れているはずだがと考える。
マツリが茶葉のことを考えている間に、ショウワが腹を決めたようだ。

「マツリ様がお探しの娘ですが・・・」

眉を上げたマツリがコトリと湯呑を置いた。

「・・・セッカがここに連れてくる前に居なくなったということでございます」

「居なくなった?」

「はい」

マツリが何かを問う前に言わなければ、問われてからでは遅いと息を大きく吸って続けた。

「娘がいつどこでどうやって・・・深夜のことでございましたので知る者はおりません。 セッカが辺境に居る娘のところに行きました時には居りましたそうで。 翌朝に領主の家に連れて行こうと思っていたそうですが、朝には既に居なくなっていたということでございます。 深夜に居なくなったということでございましょう」

屋敷のことは言えない。 あくまでも辺境にいたことにせねば。
マツリがまだ聞く姿勢をといていない。

「セッカがそう申しておりました」

「・・・それだけか?」

「然に」

「ショウワ、その名にかけてそう言えるのか?」

その名にと来られたか。 だがそれはそうであろう。 この北の領土の者は知らないが、本領はショウワが ”古の力を持つ者” と知っているのだから。

「さ・・・」

“然に” と言いかけた。 だが・・・。

「どうした」

「いえ、何も。 然に」

(ショウワ・・・その名にかけて・・・。 なんじゃ? ・・・くっ)

マツリの言葉に引っかかった。 それを疑問に思った途端、頭痛が走った。

「この北の領土のどこに隠れられるというのか?」

「全くもって分かりませぬ」

痛みは引かないが、顔に出すわけにはいかない。

「意地でもしらを切りとおすということか」

「マツリ様。 本当にどこにも居りません。 セッカもマツリ様との約諾があるからとあちらこちらを探しておりました。 セッカもこの老いぼれも、娘を隠してなどおりません」

「では、どうして娘がいなくならなければいけない」

「娘の考えていることが、この老いぼれに分かるものではございません」

ショウワは娘のことに対して何も隠している様子はない。 いや “何も” と言ってしまえば語弊があるだろう。

「居なくなったということは本当のようだが・・・何を隠しておる」

「隠すなど、その様なことは御座いませんが・・・あの娘が東の領土の者とはこの老いぼれが知り得なかった事を悔やんでおりますだけで」

事実、セノギから聞かされるまで知らなかった。 

「それがショウワの目の奥の陰りとでもいうのか?」

「一番に気付かねばならなかったことでございます。 この様な身体になってしまいましたなら、そんな事さえも気付きませんで。 情けない限りでございます」

頭痛が酷くなってくる。

影からの話では、領主はマツリに紫揺が東の領土のムラサキと知っていたとは口にしていないと聞いていたが、きっとシキには視られている。 領主一人を悪者にする気ではないが、少なくともこの場をなんとか治めなければならない。
もうムラサキはここにも屋敷にも居ないのだから、これでなんとか治まれば屋敷のことに触れなくて済む。 あと少し、あと少しの辛抱で終る。

「どこかから来て、どこかに行ってしまった。 そう言い切るのだな」

「然に・・・」

そう言うと顔を隠すようにショウワが下を向いた。

マツリが訝しげに見る。

「どうした」

「・・・いえ、なんということも・・・」

台所で二人の会話を聞いていたニョゼがショウワに駆け寄った。 ショウワが顔を歪めて痛みに耐えているのが分かる。

「すぐに丸薬をお持ちします」

ニョゼが水と丸薬を持ってきて、ショウワに飲ます。 それをじっと見ていたマツリ。 どうやら芝居ではなさそうだ。

「横になればよい」

マツリが立ち上がり部屋を出て行く。
ニョゼが慌てて見送りに来た。

「よい。 ショウワも歳だ、見ておいてやれ。 ああそれと・・・」

そう言うと肩越しに振り返った。

「茶を馳走になった。 今まで北で飲んだ茶の中で一番美味かった」

静かに領主の家から出て行った。 ニョゼが下げていた頭を上げるとすぐにショウワに駆け寄り、そのまま横にならせた。

「機を違(たが)えたか」

どこに匿っていたのか訊こうとしていた矢先だった。

「マツリ様」

呼ばれ横を見ると、先ほど領主を訪ねた時には留守だった薬草師が幾つかの薬草を持って立っていた。 マツリが口角を上げる。

「領主の具合を上手く見ておるようだな」

薬草師が深く辞儀をする。

「有難うございます。 領主の様子が落ち着いてこられたのも、マツリ様のお蔭でございます」

「ショウジの目や手がいいからだろう」

「いえ、そのようなことは。 ですが・・・師匠につくことは、やめようかと思います」

セッカの使いでやってきた者から話を聞き領主の家に来た時、領主の周りに置いてあった薬草はとんでもないものだった。

「その方がよい」

「あのままではこの領土は、領主を失うことになっていたかもしれません。 なんと礼を申し上げればいいか」

「礼など要らぬ。 ショウジの努力が手にしたものだ。 領主のことが治まれば、ショウジの薬草を求めてくる者が増えることになるだろう。 薬草をたんと準備しておけよ」

「あ・・・そのようなことは」

「考えていないと言ってどうする。 ショウジの合わせる薬草で助かる民が居るのだぞ。 薬草師としてそれが一番なのではないのか?」

「ですが・・・そうなると師匠が・・・」

この領土の中心の薬草師はショウジとその師匠だけ。 ショウジの方の薬草に人が集まれば、師匠の調合した薬草を求める者が減るということだ。

「今までの徳があれば誰も見放しはせん。 それに・・・」

「はい?」

「そうなるとリョウの両親も安心だろう」

リョウとはショウジの想い人だ。 ショウジとリョウのことを話した当時七歳違いのリョウは十六歳。 この領土でも本領でも決して結婚が早い歳ではない。

「はっ!?」

まさかここでリョウの名前が出るとは思わなかった。

「それとも、もう誰かに嫁いだか?」

「いえ! いえ、まだ・・・」

「ではショウジの選んだ娘だ。 嫁に迎えるといい」

「あ・・・」

今にも口から泡を吹きそうになっている。 リョウのことを話す予定ではなかったのだから。

「またあの時のように話がしたいものだな」

初めはちょっと屈折したが。

「は、はい。 それまでには良き薬草師になっていますよう勉強を重ねます」

「リツソに聞かせたい・・・」

うっかり本心が出てしまった。

「は?」

「いや、なんでもない。 朗報を期待しておる」

そう言うとキョウゲンの背に跳んだ。

「マツリ様・・・」

深く頭を下げ見送った。


「さて、どうしたものか」

姉であるシキのことを考えると、ムラサキを逃したのは痛恨だ。 だがあの娘がムラサキとはいまだに信じられない。 あんなクソ生意気な娘が東の領土が呼ぶ紫などとは。

あのクソ生意気な娘をこれ以上どうやって探せばいいのか。 ショウワは嘘を言っていない。 あのクソ生意気なバカはどこに消えたのだろうか。

(姉上のお気も知らず、勝手なことをして腹立たしい)

今も母上の澪引の枕元に付いているであろうシキのことを思う。

「マツリ様、お気をお静めになられますよう」

キョウゲンが言う。

「わ、分かっておる」

「あの娘が紫であるとすれば、狼たちと会話が出来ることに納得できます」

キョウゲンが言っているのは、マツリが狼たちから初めて紫揺の報告を受けた時のことだ。 狼たちの報告の内容から 『その者がお前たちの話を聞いたと思わないか?』 マツリはそう言った。 敢えて深く考えることなく。

だがシグロは自分たちの話を聞くことができるのは本領の人間だけだと言っていた。
それに間違いはない。 それに本領の人間が全員聞けるわけではない。 ほんの一部の人間だけに限られている。
そこまで考えていなかった。 ただ話の流れから娘が狼たちの話を聞いたと思っただけだった。

「・・・」

失念していた。
五色の力を持つ者は元をたどれば本領の人間である。 本領で生まれ育っていなくとも、五色の力の中にその力はある。

「あの娘が紫であるということの一つの証明か・・・」

「代わりに申しましょうか?」

「ん? なにをだ?」

「あのクソ生意気な娘は紫だったのか、と」

全面的に紫と認めたくない。 あのクソ生意気な娘が本領から出向いた祖を持つ娘とも思いたくないし、シキが身体を壊してまで慰めていた東の領土の民が探す紫とも認めたくないと思っていた。 認めたくないから言い切るのではなく、一つの証明と言ったのだが、良いのか悪いのか、そこにすかさずキョウゲンが明言してくれた。

だが、狼たちの言葉が分かるのは真実だ。 後に狼たちからそんな話を聞いた。 それにシキに視誤りがあるとは思っていない。

「お認めになられた方がお楽になられるかと」

「キョウゲンには敵(かな)わない」

「恐れ入ります」

「さて・・・姉上に何と言おうか・・・」

四方にはもちろん報告をするが、紫が居なくなったと知って落胆するであろうシキにはどう言えばいいか分からない。
こんな時に限ってキョウゲンは一言も発しない。


ショウワの家にゼン、ダン、ケミが居る。 一部屋に車座となって話している。 ゼンの後ろには戸があり斜め左にはケミ、斜め右にダンがそれぞれ藁蓋(わろうだ)に座っている。
まずはケミからムラサキが居なくなったと報告を受けた。

「吾の手落ちだ」

「だがショウワ様からは言われておらなんだのだろう」

ムロイがいないのだから、紫揺のことは特に見なくていいと言われていた。

「そうだが・・・。 ショウワ様はもう追えんと仰っておられた」

そう言われて思い出したことがある。 ショウワの顔色が悪いと聞かされていたのだった。

「ショウワ様はあれからどうしておられる?」

ショウワの顔色の悪さに気付かなく、ケミに『これだから男は』 と言われたダンがケミに尋ねた。

「向こうでセノギに言われ、ニョゼが伴って病院に行かれた。 言っておくが、セノギはすぐにショウワ様のお顔のお色が悪いと気付いたぞ」

ぎろりとダンを睨んだ。

「セノギは男ではないかもしれん、ということか」

『これだから男は』 と言われたダンが逆なでするような冗談を言う。
そこにゼンが入った

「やめろ。 それで?」

ダンからゆっくりと目を離すとゼンに目を合わせる。

「頭痛と寝不足を起こされておったようだ。 薬をもらわれてきたが、あまりよさそうでは無いな。 セッカ様がこちらの薬草師が作った丸薬を持っていたのでそれを何度かおのみになっていた。 今は長旅のお疲れがみえる」

「ニョゼが一緒だと吾等は身を出せんな」

先にケミからニョゼが同行していると聞いていたゼンが言う。

「ああ、だがニョゼのことだ、疎漏なくするだろう」

「ハンの具合はどうなった?」

「最初に比べると大分良くはなってきておるが、膝がまだ思うようには動かんし、ヒトウカのあたりがまだまだ残っておる。 あまり食をとりたがらないとカミが言っておったのが気になるところだが。 ショウワ様はハンもこちらに来さそうと思われのだが、吾とカミが肩を貸せば動くことができると言ったのだがな・・・」

ケミが苦い顔を作る。

「食をとりたがらない?」

ダンが訊き返した。

「吾とダンならまだしもお前たちでは無理な話だな」

「ショウワ様に同じようなことを言われた」

「おい」

訊き返したことに答えてもらえないどころか、ゼンとケミとで違う話を進めているのはどういうことだ。

「まだ動けんから、カミが残ったということか」

「ああ、身の回りのことがあるからな」

「おい」

「だがどうしてまだまともに動けないハンまでここに連れて来ようとなさった? ハンの具合は報告していたのだろう?」

「ああ。 だが、なんとか領土の入り口までは無理かと言われたので、肩を貸せばと答えた。 あとはお前たち二人にまかそうと思われたのだろう」

「おい! いい加減にしろ。 お前たち二人だけで話を進めているのではないわ!」

思わずケミとゼンが互いに見合う。 そういえばダンがいたのだった。

「・・・お前が話に入ってこないからだろう」

「言ったわ! ハンが食をとりたがらないのかと!」

「聞こえなんだな。 ゼン聞こえたか?」

ゼンが首をかしげる。

「そうだ、これからは言い変えようか?」

「なんと?」

「これだから男は、ではなく、これだからダンは、とな」

どういうことだ、人の話を全く聞かず。

「勝手に言っておけ! 吾はもう寝る!」

簾(す)を撥ね上げて出て行ってしまったが、言った通り奥の男たちの寝間に行ったのだろう。
揺れている簾を見ている二人の目。 先程までは互いに饒舌に会話をしていたというのに、急に黙り込んだ。
先に動いたのはゼン。 目先を下に変え顔を下ろした。 それを横目でケミが見た。

「頭痛はどうなった」

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虚空の辰刻(とき)  第177回

2020年08月28日 23時53分14秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第177回



領主には二人の男の子供・・・と言っても、成人している子がいると聞いていた。 領主の年齢を考えると、紫揺より随分と年上だろう。

「じゃ、その息子様にお祭の後を任せて本領に行くと?」

本日の夕飯の最後である賑やかな色の芋を噛み砕いた後に飲み込んだ。

「はい」

立てていた予定がどんでん返しになった。 が、それもそれ。 シキという人物に話を聞きたいと思っていた。 それにリツソにも会えるかもしれない。 ちゃんと手紙を読んでくれただろうか。
シキの弟・・・マツリとは顔もあわせたくなければ話もしたくない。 だが、万が一にも顔を見たのなら。

――― 迎え撃ってやろうではないか。

気合は入っている。

「祭は明日の早朝まで続きますので、昼前ということでよろしいでしょうか?」

早朝まで祭を見て、昼前まで身体を休めるということか。 この三日間そうしてきたのだろうが、あの年齢でそれだけの睡眠時間でこの三日間に積み重なった疲れが取れるのだろうか。
紫揺が逡巡をみせる。

「紫さま?」

「・・・それだけの休みでいいんですか? こんな言い方は良くないかもしれませんけど、領主さんもお歳です。 明日一日休まれた方がいいんじゃないですか?」

祭の疲れもあるだろうし、本領は近くにないと聞いている。 それに本領という所にはかなり気を使っているように思える。 行くと気疲れもするはず。

「領主からは紫さまさえご了承願えるなら、と聞いております」

今もこの時、紫揺はこうしてゆっくりとしているが、領主はずっと歩き回っているのだろう。
どうしようか・・・。 領主が少しでも早く本領に行きたいと思っているのは、唱和のことがあるのだろうとは分かっている。 だが領主自身の身体を考えるのは、紫揺以外いないのではないのだろうか。

「・・・いいえ。 明後日。 はい、明後日に行きます。 それも明日のお祭の後に明後日まで領主さんが身体を休めるという条件付きです。 領主さんが祭の後に息子さんと事後のことなどされたら、その度に一日ずつ伸ばします」

「紫さま・・・」

「領主さんにそうお伝えください。 ごちそうさまでした」

手を合わせた。



長旅を終えたショウワがニョゼに手を取られ馬車から下りた。 前には領主であるムロイの家がある。 辺りはもう暗くなりかかっている。

「やっとついたか・・・」

ケミにはゼンとダンと合流し、いったん家に帰るように言ってある。 家というのはショウワの家である。 影たちが領土にいる時は、そこでショウワと共に暮らしている。

「お疲れ様でございました」

そう言うニョゼだが、この領土のことはあまり記憶にない。 記憶が薄いのではなく、幼少の頃にニョゼの持つ聡明さを先代領主が見抜き、この領土から彼の地へ連れ出したのだから、五年分の記憶しかない。 その内の何年かは赤子であったのだから。

「もう夏も終わりじゃのぅ」

北の領土の夏は短いが良い時に来たものだ。 これが真冬ならもう八十歳を超え、ここの所の体力の落ちようでは身体がついていかなかったであろう。

「さて、まずはムロイの様子じゃ」

「はい」

目の前には遠い記憶にある領主の家がある。 先代領主にここに連れてこられ、そのあと馬車に乗り彼の地に行った。
ニョゼが再びショワの手を取る。

「心配性じゃのう」

柔和な面差しをニョゼに送る。

数歩歩みニョゼが戸を開けた。 丁度廊下を歩いていたセノギが驚いた顔をしている。
ニョゼ? と言いかけて、その傍らにショウワが居るのが目に入った。

「ショウワ様!」

「ムロイの様子は?」

「かなり良くなられました。 それよりどうしてショウワ様が?」

「わしが本領に申し開く」

セノギがニョゼを見た。


獣の足がゆっくりと動いた。

「マツリ様から聞いていた話とは違うねぇ」

黄金の毛色を持つ狼、シグロだ。
狼たちは北の領土の民におかしな動きが無いかを、夜な夜な耳をそばだてるのが仕事であって、領主や五色、ショウワやセノギの家には耳をそばだてることなどないのだが、ここ数日はマツリからの下知でシグロが領主の家を刮目(かつもく)して待っていた。

「まぁ、一応ご報告しようか」

民の家と違って簡単に声が漏れてこない、しっかりとした造の家だ。 耳の良い狼だからといって、声がするのは聞こえてもショウワのように小声では会話まで聞き取れない。

「戻ってハクロにこのことを言いな。 マツリ様にご報告するようにってね」

茶のオオカミが頷くとすぐに音もたてず走り出した。

「あのマヌケ三匹とえらい違いだね。 楽なことだ」

フッと鼻から息を吐くと片方の口角を上げた。
マツリを薬草師のところに案内し、帰ってくるとマヌケ三匹を従えていた六匹から事の次第を聞かされた。 途端、ハクロにこう言ったのだ。

『随分とゆっくりできただろう。 アンタのやり方は失敗だ。 責任を取ってアイツらのことはアンタが見な』 と。

押し付けられたのはシグロ曰くのマヌケ三匹だった。
結局、ハクロ提案のマヌケ一匹につき他の二匹を付けるというやり方は失敗に終わった。 それどころか、マヌケ一号が民に見つかりかけたという。 見つからなかったから良かったものの、と、マヌケ三匹をハクロに押し付けたのだった。

「まぁ、長い間見てるんだから、ハクロもそろそろ疲れただろうさね」

マツリの所に行くのはその休憩になるだろう。 感謝をしてもらわなくてはならない。

「リツソ様に見つからなければの話だがね」


茶の狼から報告を聞いたハクロ。 疲れ果てた顔をしていたが、報告を聞いた途端、目に光が灯ったように言う。

「分かった。 では、こいつらのことはお前が―――」

「とんでもない! これからすぐにシグロの元に帰りますので」

では、といって茶の狼が走り出した。

ハクロが後ろを振り向く。 他の茶の狼たちが目を合わせるのを避けた。 尚且つ「さ、そろそろ行こうか」 と全頭が連なり尻をこちらに向けて、カニのように横歩きでザッザッザっと音をたててこの場を去ろうとしている。

このままこのマヌケ三匹をここに置いて、大人しくしていればそれでいいが、勝手に麓に降りられてはたまったものではない。

「おい!」

肩を大きくビクつかせ、ザッと最後の音をたててカニの隊列が止まった。

「勇気のあるヤツはおらんのか」

「・・・」

隊列はびくともせず前を向いて、目をギョロつかせているだけだ。 確認のために言う。 あくまでもハクロには尻を向けている。

ギャン! と一匹の啼き声が上がった。 続いてギャン、ギャンと二匹の声が上がる。 ハクロの後ろ脚で尻を蹴られたのだ。 当然ハクロは力を抜いているが、茶の狼とハクロとの体格差を考えると、ハクロが力を抜いていても茶の狼は簡単に飛ばされる。

「お前たち三匹それぞれがこいつらにつくように。 不安であればそれぞれ一匹づつ加勢をとってもいい」

三匹が立ち上がると残っている隊列に目を向けた。 隊列は一匹残らず牙を剥いて今にも三匹に唸りかかろうとしている。
隊列が牙を向けたままカニ歩きをはじめ、段々と斜め歩きになり後ろ歩きになり、とうとう身を翻してその場から走った。
ハクロに蹴られた三匹が頭を垂れて観念する。

「本領に行ってくる。 それまでこいつらから目を離すな」

「はい・・・」


門番がすぐに門を開けた。 マツリから事前に言われていたのだろう。

「端を歩けよ」

門番が分かり切ったことを言う。
門をくぐるとすぐに裏に回って目立たないように床下に潜り込む。 ここの住人たちが多少なりとも狼を見慣れていることは知っているが、門番に言われなくとも、狼を見ては人間が慌てることくらい知っている。 新人の門番が狼の姿を初めて見た時には、たいてい泡を吹くのだから。

床下に潜るといっても、人間が立って進める程に高くはないが、場所によって違いはあるものの、マツリの部屋までは、場所を選べば身体の大きなハクロでさえ身を伏せなければいけない程に低い所はない。

「さて、房にいらっしゃるだろうか」

床下から身を出して渡殿の下を走り、また床下を走る。 それを繰り返してマツリの部屋の下まで来た。 身を躍らせて床下から出る。 回廊に一歩でも足をかけるわけにはいかない。 もちろん尻尾をかけるわけにもいかない。 高さがあるので、中を見られるように後ろに歩いて行く。

「マツリ様、外を」

一番に気付いたのは止まり木に留まっているキョウゲンだった。

「やっと来たか」

だが間の悪い時に。 とは口に出せない。
開け放してあった襖と蔀(しとみ)から出てくると勾欄から跳び下りた。

「来たのか?」

「それが、領主の家に初めて見る女とショウワが来たと」

「娘ではなくか? それに五色のセッカは?」

「シグロは娘も五色も知っております。 間違えることなどありません」

「単に偶然訪ねてきたか、見舞いに来たかということも考えられるが。 その女というのは、辺境かどこかの民ではないのか? シグロもそこまで知ることはないだろう」

「そう言われますと、そうですが」

民の声は聞くが姿まで見ることは無い。

「ふむ・・・。 日はかかると言っておったが、それにしても遅すぎる。 ・・・一度行ってみる。 苦労であった」

「では」

ハクロが元来た道を戻っていく。

ハクロが去ると、母上である澪引の部屋を訪ねようと部屋の前まで行くと、側仕えが並んで座っていた。
澪引の様子を聞くと、泣いてばかりのリツソを心配し過ぎての心労だろうと、医者が言っていたということだった。 そして「シキ様がお付きになられておられます」 という。

「母上のご様子を見たいが」

お待ちくださいませというと、側仕えの女が少しだけ襖を開けた。 襖内には澪引の側付きの千夜(せんや)が座している。 側仕えがマツリの訪問を告げると千夜が頷いてみせた。 中に男が入って困る様子はないということだ。

「よろしいかと」

側仕えの女が襖をゆっくりと開けると中に入り、奥の間に足を進める。 と、シキが振り向いた。

「マツリ」

「母上のご様子は?」

どちらも声を殺している。

「倒れられた時より、お顔のお色は随分と良くはなられていますが、決してまだ良いというお色ではありません」

横たわる澪引を見ると白磁器のように白い肌が、うっすらと青みを帯びている。

「お熱は?」

「下がりました」

「リツソが原因だそうですね」

「可愛がっていらっしゃるから。 リツソが泣くのがご心痛だったのでしょう」

「そのリツソは来ていないんですか?」

「リツソにはまだ言っておりません。 ここで大泣きされても・・・ね?」

「ああ、そういうことですか」

「暫くはわたくしが付いているから心配しないで」

「ですが、姉上も床上げされたばかりですのに」

「床上げなどと、昌耶が心配性なだけよ」

「・・・。 北に・・・北に何か動きがあったかもしれませんので、我は出なくてはなりませんが・・・」

「ええ、気にせずにお行きなさい」

「では、母上のことを頼みます。 姉上もご無理をされませんように」

「ありがとう。 いってらっしゃい」

部屋に戻り着替えをすませる。 キョウゲンが縦にクルリと回り途中で身体を大きくすると、勾欄から跳んだマツリがその身体に跳び乗った。 いつものように片足を曲げ、その膝の上に腕を置き、もう片足をだらりと下げて座っている。
膝についている手を上げると指で唇を軽く挟んだ。

「娘がきていないということか・・・。 いったいどこまで呼びに行っているというのだ」

キョウゲンが僅かに首を傾げたが、マツリはそれに気付いていない。

洞から本領を抜けると滝の裏に出た。 キョウゲンが左翼を中心に身体を斜めにし九十度曲がると勢いを殺すことなく、滝の裏を飛び抜けた。

「いつも感心するな」

「なにがで御座いましょう」

「この滝を抜ける時だ。 他のフクロウならあれほど器用に曲がれない。 それに俺を一度も濡らしたことなどない」

「それを仰るのでしたらマツリ様こそ、私があれほど身体を傾けても体勢をお崩しになったことなどございません。 私にマツリ様を落とさせることを一度もなさったことがありません」

これがリツソならキョウゲンにしがみついて、羽の何本かを抜いているであろうが、マツリは乗った時の体勢のままで、手さえキョウゲンの身体につけてはいない。

「互い様ということか」

「光栄に御座います」

闇夜に紛れて薄い灰色の顔から始まって、段々と羽先と尾にいくほどに黒い色をしたフクロウが北の領土の空を飛んだ。


いま領主の家には、向かい合っているマツリと、腰を折り頭を下げたショウワ、そしてショウワの手を取っているニョゼと別部屋に伏せっているムロイ、その横につくセノギが居る。 女たちはショウワが来た時点で帰された。

ムロイの顔は腫れは引いたものの、まだ痣となって残っていた。 鼻もまだ固定されたままだったが、薬草師を代えたのが良かったのだろう、呂律はしっかりと回っていた。 身体の方は布団を被っているので見えはしなかったが、起き上がらないということはまだどこか痛んでいるのだろう。

ムロイの様子を見た後、セノギの案内で居間に通され、さながらソファーにマツリがかけている。

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虚空の辰刻(とき)  第176回

2020年08月24日 22時18分10秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第176回



壇上の上で座っている紫揺が、民の踊りを見ている。
昨日と同じ衣裳に、今日は花の冠も花の首飾りも花の腕輪もしていない。 飾り石と呼ばれるものを着けている。
あのあと、話がしっかりと軌道修正されて祭の話となった。

『では、花冠はもう萎んでしまいましたので』

花の首飾りも花の腕輪も全て萎んでいる。
そう言った此之葉が用意したのは昨日の箱だった。

出来ればこんなコテコテしたものを着けたくない。 そう思った紫揺が棚の上に目をやった。 おもむろに立ち上がり花を見て「元気になって」 と、願い、呟いた。 すると花冠も首飾りも腕輪もハリが出て生き生きとした色を発した。
此之葉が目を瞠る。

『でもこれって、お花に無理をさせてるのかなぁ・・・』

紫揺が迷いの言葉を発した途端、花が萎んだ。

『やっぱり無理をさせたみたい』

振り返りはしなかったが、此之葉に向けて言ったことだ。

『ゴメンね』

花の冠、首飾り、腕輪をそれぞれに撫でた。

『箱から選びます』

振り返った紫揺の目に映ったのは、呆然としている此之葉だった。

民の踊りが終わった。 昨日と同じように民がこちらを向く。
紫揺が立ち上がり辞儀ではないが、胸の前から大きく手を回して上げるとその手を横に広げ、胸の前に戻し足をクロスさせ両膝を折った。 いわゆるフィギアスケーターが演技後にする挨拶だが頭は下げない。 そして民に向けて拍手を送った。

一瞬、民が止まった。 昨日のようなものを見せてくれると思っていたからだ。 だが、どこからも花は咲いてこない。 静かだ。 と、その時、遠くで声が聞こえた。

「ありがとー」 と。

民が紫揺を見ると、紫揺が口の横に手を添えてもう一度「ありがとー」 と言っている。

民の間に歓声が沸いた。


「お疲れ様でございました」

此之葉が湯呑を卓に置く。
既に着替えてGパン姿の紫揺だった。

『そのシキ様っていう人に会います。 どこへ行けばいいんですか?』

そう訊くと、領主と共に行かなければならないということで、その領主は祭の間は領土を空けることが出来ないということであった。 それに簡単に行ける所でもないと、そう独唱から聞いていると。
そう聞かされれば、領主も祭で疲れているだろうし、ましてや簡単に行けないのならば、それなりの休憩も必要だろう。 では、その休憩の間に家に帰って春樹に連絡を取ろうか。 強行突破状態になるが。

(でもなぁ、飛行機を乗り継いで、そのあと空港から家まで電車で移動するなんて、簡単なことじゃないしなぁ)

前に置かれた湯呑の縁を人差し指でなぞっている。

「如何なさいました?」

「祭は明日の朝まで続くんですよね?」

「はい」

「そこから領主さんが休憩できるんですよね?」

「事後のこともありますから、三日ほどかかりますでしょうか」

「え?」

では、休憩に入るのは四日後くらいになるというのか。 そこから二日休みを入れるとすれば六日間の空きが出来る。 それならば、家にいったん帰ってもよさそうだ。

「明日の朝、家に帰ります。 先輩に連絡をして借金を返してから、領主さんに合わせてまたこちらに来ます。 その時にシキ様って人に会いに行きます」

「え・・・」

紫揺が家に帰ることは分かっていたことだが、改めて家に帰ると言われてはつい声も漏れてしまう。

「あ、承知いたしました。 その旨、休みを取られた領主にお伝えしておきます」

領主は紫揺と違って祭の間中、民に声を掛けずっと歩き回っている。 休みというのは食事をとる時のことである。

「そっかー、領主さん忙しいんだ」

本当なら自分もそれに参加しなくてはいけないのだろう。 だが、もう少し民と呼ばれる人たちが紫に対して落ち着いてくれなければ、人前に出るのに疲れる。 だがその為には、自分が民の前に出る回数を増やさなければいけないことは分かっている。 ただ今はそこに蓋をしていたい。

「今日も書蔵に行かれますか?」

「どうしようかなぁ・・・読みたい気もするけど」

身体がそろそろムズムズしてきている。

「ここにアスレチックみたいなものはないんですか?」

「あすれちっく? でございますか? それはどのような?」

「えっと、単純に言うと遊び場です。 向こうで言うところの公園のもっと派手なやつです。 思いっきり遊べる道具とかがいっぱいあったりして・・・、長い滑り台とかいろいろ」

此之葉も公園は知っていた。 シノ機械で働いている時、休みの日には基本、ホテルに詰めていたが、時々醍十が連れ出していたからだ。 その中でショッピングセンターに行って、こちらで言うところの飾り石であるパワーストーンを見かけたり、公園に連れて行ってもくれていたからだ。

「公園はございません。 大人たちは遊び道具で遊ぶということはありませんし、子供たちも大人と一緒に遊ぶくらいです」

「そうなんだぁ」

ということで結局、書蔵に行くことにした。 部屋の中でじっとしていても身体が鈍るどころか、腐ってきそうだったから。

紫揺は知らないが、外周りをほかの五人が固めている。 そして今回も書蔵の中では離れた所に梁湶が居る。

『この間のようなことはご免だからな』 と、今までに聞いたことの無いような低い声で阿秀に釘を刺された。 今回は必ず休憩を入れさせ、頃合いを見て引き揚げさせるようにすると肝に銘じている。

セノギは簡単に紫揺を抱きかかえたが、東の領土では考えられない事であった。 先の紫が襲われた時に、当時の塔弥が先の紫の腹に手を回し片手で抱えたが、考える暇もなかったと言ってしまえばそうだが、あとになってどれだけ先の紫に謝ったことか。
今の阿秀の気持ちを共有できるのは、当時の塔弥だけかもしれない。

「こちらが一番新しい “領土史” になります」

一冊だけを持ってきた。 二冊三冊と持ってきて読みふけられては困る。 少なくとも一冊ごとに休憩を入れると考えている。

「え? 昨日読んだのは途中のものだったんだ」

「いつの頃をお読みになったのかは分かりませんが、遡って読まれる方がお分かりになりやすいかと」

「梁湶さんはいつもなにを読んでらっしゃるんですか?」

「その時によっていろいろですが、先日は “領土史” を読み返しておりました」

嘘だ。 紫揺が気になり “領土史” を広げていただけだ。
領土に戻って来て一番に読んだのは “紫さまの書” であったが、だがそれを言うと紫揺が気にするだろうと思いそこは黙っておいた。

紫揺の逃走劇の後、ホテルのレストランで朝食をとるのに、あちこち身体が痛みながら歩いていた時に、領土に帰れば読みなおそうと思っていたからだ。

それは自分が言ったこと、紫揺が逃走劇にあの場所を選んだ。 それは何故か。 『あの場面で、あの場所をお選びになることは間違いなかっただろう。 それ以外の場所をお選びになっていれば・・・藤滝紫揺さんは紫さまではなかったかもしれない』 そう言った。

そう思ったことが記憶間違いではないかと、読み返したのだ。
そして読み終えてしばらくしたあとに、紫揺が “紫さまの書” を読みたいと書蔵に入ってきた。

“紫さまの書” を読んだ梁湶の理解していた記憶は正しかった。
歴代紫は、誰一人として自分の道を誤らなかった。 自分で決めその方向に歩む。 それは言い方を変えると強情でもあったが、歴代紫は自分の得意とするところをよく分かっていたのだ。

先の紫は慈悲深くまだ歳浅くあったのに自分で考え、辺境にまで民に声をかけに回っていた。 先の紫は力を封じられていた。 それが故に、紫としての慈愛というものも封じられていた。 だから先の紫の慈悲深さは紫としてではなく、持って生まれた性格だったのだろう。 そして紫としての責任感。

その先代紫は服や装飾に凝り過ぎ、少々民や職人を困らせることがあったが、その明るさは歴代紫にないものだった。 そして明るいだけではなく、紫の持つ慈愛もあわせ持っていたから、困らされられても次の瞬間には民や職人は踊り歌っていた。

先の紫が静かに染み入る慈悲や慈愛の持ち主であったなら、その先代紫は明るく皆を踊らせる慈愛の持ち主であった。 歴代の紫も個々それぞれに性格があり、得意とされていることが書かれていて、皆それを貫いていた。

そして紫揺も自分の得意とするところを分っていた。 紫でなければ諦めてすぐに捕まったか、選ぶ方向を誤っただろう。



その頃、日本の紫揺の家に訪問者があった。
戸を何度かノックするが、誰も出てくる気配はない。

「やっぱり留守か・・・」

佐川であった。

事前に電話を入れると留守電に切り替わっていた。 以前、電話を入れた時には繋がらなかったのが、留守電に切り替わっただけで変化があったのが分かった。 間違いなく紫揺が家に戻ったのだろう。 だが、この目で確かめたかった。 だからやっと解放された出張からの帰り、会社に戻る前に寄ったのだが。

「でもちゃんと表札も戻っている。 間違いなく帰ってきたんだ」

この家を出る朝に紫揺が取り付けていた。

「まぁ、留守なら仕方がないな。 また出直そう」

片手を上げて持っていた箱を目の前に上げる。
いつ帰ってくるのか分からないのだから、置いていくわけにもいかない。 その手に持ったケーキは会社の女子にでも渡そうかと思うが、数が全く足りない。

「さて、どうしようか」

困ったように言うが、その顔は笑んでいた。



「うー、疲れた」

二冊目の本を読み終えた紫揺が伸びをする。
一ページもめくられることなく本を広げていた梁湶がその本を閉じ片手に持つと、紫揺に歩み寄った。

「そろそろ、夕時になります。 今日はこれくらいにされてはいかがでしょうか」

「はい、そうします」

領土史は分厚く “紫さまの書” よりびっしりと詰まって書いてある。 一気に読み過ぎた。

「では、片付けて参ります」

「あ、自分で片づけます。 場所を覚えておきたいので」

梁湶の顔が引きつりそうになった。 また一人で来るということか。

「あ・・・いえ、その必要はないかと。 ・・・私がいつも出しますので」

「いつもずっと一緒に居てもらっているのも申し訳ないですから。 こっちの方でしたよね」

本を持ち立ち上がると、最初に梁湶が本を手にした方に歩き出した。
やめてくれー、とは決して言えない悲しい立場である。



澄み渡った空の下、気持ちのいい風が吹いている。 宮の回廊に風が優しく入り込み、漆黒の髪を揺らした。

「あら。 シキ、出掛けるのですか?」

正面から我が娘が歩いてきていた。
シキの母親であり、本領領主四方の伴侶でもある澪引(みおひ)である。 お方様が足を止めると、後ろにつく側仕えの女たちも足を止めた。

「はい。 ようやく昌耶の許可が下りました」

笑み零れ言う。

こちらは誰も従えていない。 久しぶりのシキの散歩に昌耶が取っ払ったのだ。
薬湯を何度飲んでも、声の調子が戻らなく咳をすることが多くなってきていた。 それを案じた昌耶が、シキが出掛けようとするのを身体を張って止めていたのである。

『このようなお身体ですのに、お出掛けになるとは!』

『少し声の調子が悪いだけよ』

『いいえ! そのようなことは御座いません。 ええ、ええ、分かりました。 シキ様がそう仰るのでしたら、ここでお待ちするしかない不肖この昌耶、ただひたすらお庭でお待ちいたします』

そう言って、シキの部屋の前から見える庭に履物もはかずに出、そのまま端座したという。

「お帰りになるまで食も摂りませぬ、って言うんですもの」

「シキのことは昌耶に任せておけば安心ね」

「まぁ、母上」

「でもね、波葉のことも考えてね」

何故かシキが大きく溜息を洩らした。

「なに?」

「房に籠っていた間中、ずっと昌耶に言われておりました」

「昌耶も波葉のことが気に入っているのでしょう。 父上も波葉のことを認めていますよ」

言ったかと思うとコンコン、と澪引が咳をした。

「母上、お身体の具合が悪いのではないのですか? お薬は飲まれましたか?」

澪引は身体が弱い。 薬がはなせない。

「いいえ、大丈・・・」

澪引の身体が揺れた。

「母上!」

「お方様!」



口に入れたおかずをそのまま、箸を咥えて此之葉の話を聞いている。

「領主が言いますに、あとのことはお子方・・・息子様方に任せるということでした」

「ムスコサマに?」

「紫さまがこの地に来てくださると分かり、領主が早馬を走らせ、辺境の地にいらっしゃる息子様に連絡を取られました。 そのお方々が明日にでもこちらに戻られるということです。 領主は息子様であるお子方を、紫さまにお目通りを為されるだけのつもりであったとのことですが、今となってはお子方に祭の後を任せ、紫さまと共に本領に行かれるということです」

それがどうしてなのかは此之葉は知らない。
紫揺が部屋から居なくなった、その事で此之葉もお付きも慌てたが、何もなかったように書蔵から戻ってきた紫揺が、領主と塔弥と共に話している時に紫揺が大声で怒鳴った。

驚いて座を外していた此之葉が見たのは、怒りに任せ領主を睨みつけていた紫揺。 その後に領主が紫揺を宥めているところしか見てない。 それまでにどんな話がもたらされていたのかを知らない。 ただ領主から紫揺から “本領” だの “マツリ” だのと聞かされれば、本領に関することだとは分かる。 

紫揺の家で領主と此之葉が共にいた時、本領のことを領主が言うと『マツリ!』 と怒号していたのはしっかりと覚えている、経験している。 だが今回はどういう話から本領と言う言葉が出たのかは知らない。 領主からの説明がなかったのだから。

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虚空の辰刻(とき)  第175回

2020年08月21日 22時34分47秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                      



- 虚空の辰刻(とき)-  第175回



「今日は “領土史” をお読みになったとか。 如何でしたか?」

「まだ一冊しか読めていないんで、よく分かりませんでした」

「そうですか。 そうですね・・・書蔵に行かれる時は梁湶にお声がけください」

「梁湶さんにですか?」

「領土で一番書蔵のことを知っていると思います。 紫さまがお知りになりたいことが書かれている書をすぐにお探し出来ると思います」

「そうなんだ。 今日は “領土史” を探すだけで時間がかかりましたから」

「どちらかに行かれる時には、お付きの誰かにお声がけください。 一番適したところをご案内いたしますので」

ハッキリ言って黙って出掛けるなよ、ってことである。

「そうですね」

そう言われれば、祭の後、書蔵に行けないと思っていたら、阿秀が人目につかない道を案内してくれたのだった。

「そうします」

その時、塔弥が入ってきた。 此之葉が塔弥の顔を見て驚いたが、既に治療はされているようだ。 すぐに領主を呼んで来ると部屋を出た。

「大丈夫ですか?」

「醜態をお見せしてお恥ずかしい限りです」

塔弥の返す言葉使いが気になる。

「私と塔弥さんって、遠い親戚になるんでしょ? 普通の話し方でいいんじゃないのかなぁ」

「いえ、私はあくまでも紫さまのお付きですので」

「そんなものなのかなぁ・・・。 ふふ、面白いことを思いついた。 もしかしてお婆様がお爺様にプロポーズした時にも、お爺様はそんなことを仰ったかもしれませんね」

「え?」

「今の塔弥さんを見てたら、充分に考えられます」

「あ・・・どうでしょうか」

どうしていいものか分からず、顔に手をやって誤魔化そうとする。 ずっと独唱と共に居たのだ。 こんな砕けたことなど初めてである。

「紫さま、お待たせしました」

領主が奥の部屋からやって来た。 此之葉の姿はない。
塔弥が礼をする。

「何かあったのか?」

紫揺が見つかったということは此之葉から聞いていた。 そして紫揺に変わった様子がないことも。 そうであるのならば紫揺の事は無事に終わったということ、敢えて何を訊く必要もなければ、訊くこと自体が憚られる。

座りながら、塔弥にも座るように目で合図をする。
領主の真向かいではなく、斜の席についた塔弥が先程紫揺が言ったことを領主に聞かせた。
一瞬驚いた顔を見せた領主だったが、すぐに疑問を紫揺に向けた。

「紫さま、その似た方と仰るのはどちらに?」

「じゃ、独唱様にご姉妹がいらっしゃるということですか?」

有り得ないところに居るのだから簡単に言えない。 確信を持ってからでないと。
領主と塔弥が目を合わせた。

「居ないんですか?」

二人の様子が普通ではない。

「これは、このことは私と塔弥、そして独唱様しか知りません」

コクリと紫揺が頷く。

「先の紫さまが北に攫われた日、塔弥の曾祖叔父も居なくなりました。 曾祖叔父があの崖に来ていたのは確かなことです。 阿秀の祖が、紫さまの一番近くにいた塔弥の曾祖叔父に紫さまをお守りするようにと言ったのですから。 塔弥の曾祖叔父は間違いなくあの争いの中で何かあったと考えられました。 ですが全く違うところでもう一人姿を消した者がおりました。 それが独唱様の姉上です」


まだ三歳だった独唱は、先代 “古の力を持つ者” の臥せる横に座っていたが、いつまで経っても水を替えに出た姉が戻って来ない。 外は暗くなりかけていた。 とうとう先代古の力を持つ者の横を離れて姉を探しに出たが僅か三歳。 どれだけ一生懸命歩いても大人の数歩にしかならない。 そんな時、姉が持って出たはずの桶が転がっていた。

不安だけが広がっているところに女が声を掛けた。 拙い口で事情を説明すると女がすぐに辺りを探したが姉が見つからない。 女がすぐに領主に言いに行ったが、既に領主は先の紫のことに動いていて “古の力を持つ者” はその後のことといわれてしまった。 そしてそのまま独唱の姉は見つからなかった。


「ということは・・・。 こちらに神隠しなんてあるんですか?」

「今までに聞いたことは御座いません」

「北に攫われた可能性が高いということでしょうか?」

「・・・」

腹の内に隠していたことをストレートに言われてしまった。

「でも言い伝えでは、北の者は先の紫さまだけしか見ていなかったと」

戸惑いながら塔弥が領主に問う。

「ああ。 たしかにそうだ。 だがそれ以外考えられん。 とは言っても、あのあと北の人間に制裁を加えた本領から何も言ってこなかったのだからな。 だからこの考えは腹の中に収めていた」

「そうですか。 ・・・人違いかもしれませんけど、私が見たのは・・・」

塔弥が紫揺を見る。 領主も組んでいた手を解いて紫揺を見た。

「北の、北の領土の人の日本にある屋敷で見ました」

「え!?」

「北の領土の人の屋敷というのは、領主さんのあっちの家と同じようなものです」

あっち、それは東の領土の日本での屋敷のこと。

「それは・・・あの島ということですか?」

「ご存知だったんですか? そうです。 二度しか会ったことはありませんが、お年頃も似てらっしゃいました。 お顔はそんなにじっと見たわけではないのですが、それでも一目でわかるほど似てらっしゃいました」

「北の人間の瞳の色をしておりませんでしたか?」

この東の人間の瞳の色は黒だが、北の人間の瞳の色はグレーだ。

「北の領土のことばかり考えていらっしゃいましたから、目をじっと見て話す気にもなれなくて。 見ていません、すみません」

初めて会った時には逃げ出したほどだったのだから。

「いいえ、そのような。 私の気が急き過ぎました」

途中まで下げかけた顔が止まり、ふっ、と領主が何かを思い出したような顔をした。

「・・・有り得る」

「領主?」

「北がどうして紫さまの居られる場所を特定できたのか」

『独唱様ならば幼かったといえど、幼少の頃の先の紫さまを知っている。 だからして、その気をもとに紫さまを追うことが出来たのだが、それでもかなりの疲労がついて回った。 それが、先の紫さまを知る事のない北の領土の人間が、紫さまを探し当てたとは、尋常ならぬ力の持ち主ではなかろうか』
船の上でそう思ったではないか。

「独唱様の姉上ならば可能だ」

可能どころではない。 先の紫と一緒にいたのは独唱よりよほど長い。
それは紫の気を追うに独唱以上であるということ。

領主は領主の考えの中に解決の糸口を見つけ、紫揺は紫揺で何かが引っ掛かることに気付いた。

「独唱様、独唱様、どくしょうさま・・・どくしょうさま」

紫揺が急に口の中で唱えだした。

「紫さま?」

「どくしょうさま、どくしょうさま・・・独唱様。 ・・・そうか」

塔弥と領主が首をかしげる。

「お名前を唱和(ショウワ)様って、仰いませんか?」

塔弥と領主が大きく目を開いた。

紫揺はショウワと聞かされて、ずっと漢字で “昭和” と覚えていた。 だが、独唱と姉妹だとするならば “昭和” ではなく “唱和” と考えられるではないだろうか。 この東の地は、お付きと言われる者の名をずっと受け継いでいるほどだ。 日本人より名前に対して想いが大きいはず。

独唱とは、一人で歌う事。 言ってみればソロ。 それに対して唱和とは、一方の作った詩歌に答えて、他方が詩歌を作ること。
遠い関係ではない。

紫揺が言った “唱和” それは独唱の姉の名前である。

ハッと音がするほどに息を吸った領主と塔弥。 あまりのことに、降ってわいた話に領主が次に何かを考えようとする前に塔弥が口を開いた。

「領主! 本領に申し出て―――」

「あ! こら! それを言うんじゃ―――」

紫揺に対しての禁句を言いかけた塔弥を止めようとしたが、時すでに遅し。 しっかりとある文節が紫揺の耳に入ってしまった。

[は? なに? 本領? 本領に申し出て? それでなんですか? まさかその後にお願いなんかするんじゃないですよね!」

紫揺が立ち上がって領主を見据える。

「言いましたよね! あの! あの! マツリにお願いごとなんてするくらいなら死んだ方がマシってっ!!」

「いえ、あの・・・」

居てはいけないのだろうと、座を外していた此之葉が紫揺の大声に驚いて飛び込んできた。 目に映ったのは立ち上がっている紫揺が腰に手を当て、隣に座る領主を睨み据え、当の領主は紫揺に身体を向け椅子から落ちそうなくらいそっくり返っている。 塔弥は意味が分からないといった顔で、入ってきた此之葉を見た。


「今日はどうなさいますか?」

湯呑を置いた此之葉が紫揺に尋ねている。 今日が最後の祭だ。 昨日のように顔を出すのかどうかを訊いている。
彰祥草の飾られた昼食の箸を置き、茶を飲んでいる時だった。

「・・・どうしましょうか。 昨日みたいに紫に・・・私に会えた喜びっていうのを、今日も踊るんですか?」

そうなればまたそれなりに返事をしなくてはいけない。

「はい。 昨日もそうでしたが、初日も民は踊っておりました」

初日には紫揺は座を外していたが。

「お返事しなくっちゃいけないんですよね」

紫揺が何を言いたいのか分かったのか、此之葉が軽く頷いただけだった。

「昨日みたいなことになったら困るしなぁ・・・。 私、北の領土に居る時に、何度か小さくですけど花を咲かせてしまってたんです。 勝手に花が咲いたっていうか。 自分の意識のないところでです。 それで、向こうにいる時によくして下さった方がいらっしゃって、その方の助言で昨日は意識的に咲かすことが出来たんですけど、あれ程になるとは思っていなかったし、それについでに言うと・・・」

屋敷で物を破壊したことを言った。 “紫さまの書” で読んだ祖母程ではないと思うが、と希望的観測を添えて。

「だからいつ何やっちゃうか分からないんです。 お婆様の二歳の時と変わらない状態なんです」

此之葉が首を傾げた。

「破壊するということはないでしょうけど、加減が出来ないっていうか。 それに次は皆さんにどう応えてもいいかも分からないし」

「先の紫さまがお花を咲かせられたということは、書かれておりませんでした」

「・・・あ、そう言えば」

「あれ程に慈悲深いお方が、お花を咲かせるようなことがおありになかった・・・」

「あ、だってそれは、まだ二歳までの話でしょ? 慈悲もなにもない無い歳です」

「あやされれば、お笑いになっておられたはずです」

「ま、まぁ・・・そうかもしれません」

「私たちは紫さまのお力のことを詳しくは存じません。 先程のお話からすると、紫さまもよくご理解されていないようですが?」

「はい・・・。 さっきも言いましたが、よくしてくれた人から助言を受けて、考えただけです」

「こちらでお生まれになり育たれれば、それなりの自覚というものを身にお付けになられます。 それは母からの話、民からの話や態度で紫さまとはどういうお方かということを、ご自身でお分かりになられます。 ですが紫さまは、そのお話を何も聞かれておられませんでした。 お分かりになられないのは致し方ないことです」

「そういう風に言われたらそうかもしれないですけど」

「先程のお話ですが」

「はい?」

「本領でお伺いされませんか?」

此之葉の独断で言ったことである。 だがそれは、ついさっきまで領主の家にいた時に領主からの説明はなかったが、領主の独語を聞いたからだった。

此之葉は領主に茶を淹れるからと、紫揺のことは塔弥に任せ、紫揺の部屋まで付いてもらった。 茶を淹れ領主の前に置いた時に、両手で顔をさすりながら 『どうすれば、本領に行っていただけるか・・・』 とポツリとこぼしたのだった。

「は? 本領? 本領って!」

「どうぞ、お気をお静め下さい、マツリ様ではございません、シキ様にございます」

膝立ちになって紫揺の怒りを止める。 何故だかは分からないが、マツリに対しての怒りは此之葉もよくよく知っている。

「え?」

「マツリ様の姉上のシキ様でございます。 シキ様は先の紫さまを無くしたこの東の領土をずっとお気にされ、民を励まして下さっていました。 つい先日まで連日にこの領土に居て下さっておりました。 お心のお優しいお方です」

辺境にいる領主の息子たちから、連日朝から夜までシキが民に声を掛けていると連絡が入っていた。
民の心の内でとうとう紫さまへの想いが “いつかは” でなく “もう帰って来られないのでは” に変わってきていると言っていた。 それは諦めではなく悲しみとなっているというのであった。

『姉上兄上が領土を見てまわっておられる』

リツソの言っていたことを思い出した。 そうだ、あのマツリには姉がいたのだ。 その姉のことをリツソは 『父上様も恐いけど、父上様はジジ様に逆らえない。 ジジ様はオレの言うことを何でも聞いてくれる。 兄上は父上様に進言するけど・・・姉上に逆らえない』

質問に対する的を射た答えでないことを、無駄に長く言っていた。
要するに、マツリは姉上であるシキには逆らえないということだ。 あのマツリのことだ、仏頂面でシキという姉上に従っているのであろう。

――― その顔を見てみたい気がする。

だがその前に疑問がある。

「そう言えば、領主さんも言ってらっしゃったけど、どうして紫のことになると本領が出てくるんですか?」

「その昔、紫さまは本領からいらっしゃいました」

「え?」

「本領から独立するにあたって、五色(ごしき)様を本領から送られてきたのです」

「五色って・・・北の五色のことじゃないんですか?」

「北の五色様も五色様ですが、紫さまはお一人で五色(ごしょく)をお持ちの五色様です」

「そんなこと “紫さまの書” に書いてなかったはずです」

「はい。 それは領土史に書かれております」

「じゃ、私のルーツって本領っていうところなんですか?」

「るーつ? でございますか? それは良くは分かりませんが、事実として辿りましたら、本領が紫さまの祖がお暮しになっておられたところです。 ですが我ら東の領土はそんなことは考えておりません。 紫さまは東の領土のお人でございます」

「・・・」

自分が分からなくなってきた。 自分は日本人じゃなかったのか?

「紫さま?」

「・・・そのシキ様っていう人に会います。 どこへ行けばいいんですか?」

―――自分はいったい誰なのだ。

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虚空の辰刻(とき)  第174回

2020年08月17日 21時54分39秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第174回



この薬膳を乗り越えなくては普通のお味の食事はとれないようだ、諦めるしかない。 とは言っても普通のお味、それは紫揺の知っている日本の味と同じとは言えなかった。 だが薬膳に比べるとずっと近いものがある。

熱い視線。 ずっと注がれる、というよりは吸い込まれるような視線。
取って食われそうだ。

「・・・あの」

「はい! 青菜にございます!」

盆に薬膳を持ってやって来た青菜。 「青菜にございます」 と言って入ってきたのは分かる。 「青菜が飯を持ってきてございます」 「青菜が茶をお淹れしてございます」 と、何を言うにも名前を付けてくるし、その視線があっては食べにくい。

「あ、いいです」

一人で食べると言いかけたが、いつも此之葉が付いているのに、一人で食べるからと追い出すわけにはいかないかと、口から出る前に苦い薬膳と一緒に飲み込んだ。

いつもと違う食事の時間の流れに空間だからだろうか、まるで飾りのように置かれている葉っぱに気付いた。 桔梗の葉と似ている。
気になり、箸で取ろうとすると「あ、それは食べられませんように」 と “青菜” です、を付け忘れて慌てて青菜が言った。

「彰祥草(しょうしょうぐさ)と言いまして、この季節の祝いの膳に添えるもので御座います。 香りは良いですが食べるものではありませんので。 青菜がお教えいたしました」

そうなんですか、と言って、ふわりと香るこの香りが、彰祥草の香りなんだな、と思いながら他のものに箸を移した。
決して料理の香りの邪魔をしていない。
今は薬膳だが、そう言えば此之葉と食べていた時にも、この香りがあったと思い出す。 気が付かなかったが、祭の間の膳にはこの葉っぱが添えられていたのだろう。

このまま黙々と食べていても間が持たないし、視線が痛い。 とにかく何でもいいから話しかけよう。

「青菜さんは朝のご飯の準備をしてるって仰っていましたよね?」

青菜の顔がパァーと開いた。 以前話していたことを憶えてくれていたんだ、と言わんばかりである。

「はい、青菜が用意して御座います」

「それって、何人分なんですか?」

「紫さま、此之葉とお付きの者七人分の九人分です」

お付きの中でも塔弥は数には入っていない。
朝食を一緒に食べた時に、この青菜と同じことをしていると他に一人が言っていた。

「二人で・・・青菜さんと、もう一人の人とで九人分って大変ですね」

とにかく青菜とつけておけばいいか。

「青菜はその様に考えておりませんので、ご安心ください」

「はぁ。 ・・・それまでは私を抜いた八人分だったんですか?」

「いいえ、ここには誰もおりませんでした。 青菜もおりませんでした」

「え?」

「こちらは、紫さまのお家にございますので」

まさか自分の家にいることを知らなかったのかと、名前を付け忘れた。

どういうことだ、噛んだ野菜が最高に苦かった。


紫揺がまたもや書蔵にいる。 青菜から聞いて “紫さまの書” だけでは領土の仕組みが分からないと思ったからだ。

昨日教えてもらった道を突っ走ってきた。 たとえ祭が始まる前だといっても、最初に教えてもらった道では人目につきやすい。 だが、昨日教えてもらった道は、ほとんど誰の目にもつかないだろうと思える道であった。 で、それが正解だった。 誰にも会わずにここまで来ることができたのだから。
だがそれは、あくまでも紫揺にしてみれば、である。

「どれを読んだらいいんだろ」

端から見渡していく。


「紫さま、此之葉にございます」

返事がない。 耳を澄ますが音も声も聞こえない。 まだ寝ているのだろうかと思うが、昨日のことがある。 体調を崩していては大変だ。 様子を確認しなければ。

「失礼いたします」

戸を開け、部屋を見回す。

「紫さまが・・・いらっしゃらない」

青菜は朝飯の担当だ。 紫揺の膳を下げた後、ここにはもう居なかった。

「此之葉、どうした?」

茫然と佇む此之葉の後ろから野夜の声がかかった。


「ふーん、紫は基本一人で住んでないんだ」

両親の元を離れるのは個人の自由だったが、遅くとも十五歳までには両親の元を離れ、いま紫揺が寝起きしている家に住んだようだ。
その時にお付きの者達がその家に泊まり込むと書かれている。 “古の力を持つ者” は通いで紫に付くらしい。
“古の力を持つ者” は “古の力を持つ者” の何かの括りがあるのだろう。

「ああ、そういえば歴代の “紫さまの書” に書かれてたあれって、そういう意味だったんだ」

例えば先の紫の先代 “紫さまの書” にはこう書かれていた。 『十四の歳にてご勇断を下され、居を離れられる』 と。

「あの家には代々の紫が住んでたってことか。 きっとお婆様もあの部屋に居らしたんだ」

祖母は二歳で母親を失ったと聞いていたが、父親のことは聞いていない。 “紫さまの書” にもそのことに触れられていなかった。 もしかしたら、二歳の時からあの家にいたのかもしれない。
“紫さまの書” によれば一度は潰したようだが。


「紫さまを見なかったか?」

歩いている女を止めて訊く。 女が首を振る。 二人が目を合わせまた走る。

「北ってことはないだろな」

「まさか」

二人組となったどの組も民の誰に訊いても同じように首を横に振られるだけだった。
それはそうに違いない。 紫揺は人目に触れない道を突っ走ってきたのだから。

「塔弥、書蔵に行ってみよう」

此之葉が走って領主の家に行くと、阿秀もそこにいた。 阿秀はお付き達に指示を出したあと、さすがにこの時ばかりは、独唱についていた塔弥を呼びに行き、二人で独唱の家から出て来た。

「書蔵ですか?」

「昨日は長い間、書蔵にいらした」

走っていた足を早めると塔弥がそれに続く。

「あれは・・・?」

「阿秀と塔弥だ」

走りながら互いに目を合わす。
別な所では。

「あれぇ? 阿秀が走ってる。 珍しいなぁ」

「・・・行くぞ」

醍十が目の先の方向を変えた。
もう一か所では。

「さすがに塔弥も独唱様の元を離れたか」

「阿秀も出てきたか。 ということは」

二人が同時に走った。

三組が、詳しく言うと醍十を除く三組の五人が、常に独唱に付いている塔弥が出て来て、阿秀さえ走っている。 何かあった以外考えられない。 もしや、北の影でも見たのだろうか、そう思って阿秀たちの方に走り出した。


ことりと一冊目の本を棚に戻した。

「あー、疲れた。 そろそろ帰ろかなぁ」

この一冊を探すだけでも疲れたのだから。
そう言った時、扉が開いた。 あの重い扉が勢いよく。
振り返るとそこに阿秀が居た。
額から汗をにじませ肩で息をしている。

「・・・こちらに居られましたか」

ゆっくりと中に入ってくる。
阿秀の後ろから塔弥が姿を現した。

「良かった・・・」

膝に手を付き、荒い息を繰り返している。

「本を読まれておいでですか?」

「はい」

「まだお読みになられますか?」

「いえ、そろそろ戻ろうかと」

「そうですね。 そろそろ昼時になりますから、その方がよろしいかと」

と、その時、

「わぁー!」 と、幾人かの声が重なって聞こえた。
膝に手を付いていた塔弥に後ろから思い切りぶつかってきた二人がいた。 塔弥は思い切りお尻にぶち当たられ、そのまま前に飛ばされ、後ろから来た二人は重なり合って倒れた。

「・・・何をしてるん―――」

まで言うと、第二弾が飛び込んできた。 足元に二人が重なり合って倒れているのだから、当然この二人も倒れる。

「ワァ―!」 やら 「グウェ」 やら、叫び声と共に、カエルの潰れたような声が聞こえる。
阿秀がこめかみに手をやった。 ここは涼しいので額の汗はもうひいている。 どちらかと言えば、背中に流れていた汗が冷えて寒いくらいだ。

「お見苦しい所を・・・」

振り返り紫揺に軽く頭を下げる。

「どわっ!」 「バッ!」 「ギュエ」 「ゴゥ」 などとまた聞こえてきた。

目の前で紫揺が目を丸くしている。 何が起きたか想像は出来る。 阿秀がゆっくりと振り返る。 想像通りの図があった。 だから出た言葉は一人だけに向けられた。

「塔弥、大丈夫か」

尻を高く上げ、膝と顔を地面につけている塔弥にだけ。

「おお、阿秀、ここに来たのかぁ」

起き上がった醍十が胡坐をくんで言う。

「てめっ、でっかい図体して人の上で器用に胡坐かいてんじゃないよ!」

野夜が醍十の下で叫ぶ。 その下では「苦し・・・」 「い、息が・・・」 と聞こえ、一番下になっていた湖彩と悠蓮が今にも潰れそうだ。

塔弥の腕を取り立たせると、下穿きの膝の部分が破れ、額と鼻の頭から血を流していた。

「手で受けられなかったのか?」

「一旦は受けたんですけど、汗で手が滑ってしまって・・・情けないです」

戸口を見ると、醍十を除く五人がまだもつれ合っている。 醍十は堂々と野夜を踏みつけ、その場から抜けたのだか、あとの五人は足元は広い道、頭は書蔵に入っているのだから、縦にはどれだけもスペースはあるが、残念ながら一番必要とする横には扉の幅しかない。 横に転がってその場から外れるということが出来なかったのである。

野夜が醍十と同じように起き上がって下にいる二人を踏みつけようとしたが、この二人が暴れるものだから、二人の上にまた転んでしまった。

「醍十、助けてやれ」

五人の醜態を見学していた醍十が両方の眉を上げて応える。

「野夜、いつまで遊んでんだぁ?」

野夜の身体をヒョイと抱え上げ、一番下になっている湖彩と悠蓮を引っ張り出した。 あとの二人は上下の人間がいなくなったのだから、勝手にやってくれと言わんばかりに醍十が手を引こうとしたが、下の二人を抜いたことで、この二人の身体がスッポリと扉の枠にはまってしまっている。 仕方なく醍十が手を貸した。

湖彩と悠蓮はまだ息絶え絶えになって、膝に手を付き前屈みになってゼーゼーと言っている。

「いい加減にしろ。 紫さまの御前だぞ」

「そんな、気にしないでください」

紫揺が言うが、お前が気にしろ、とは誰も言わなかった。

「えっと、皆さんも本を読みに来られたんですか?」

書蔵に来たのだからそれ以外ないであろう、それとも下手な質問だっただろうか、よく考えると昨日お付き達は梁湶以外は書蔵に入ってきていなかったのだと考えるが、言ってしまった。

湖彩と悠蓮の手が膝から滑った。 その理由を紫揺は知らない。

「ええ、ですが少し遅くなりました。 もう戻りましょう。 昼時に間に合わなくなります」

阿秀が振り返って紫揺に言った時、チラッと阿秀の後ろにいた塔弥の顔が見えた。

「え? 塔弥さん?」

阿秀の横から塔弥を見る。

「大丈夫ですか?」

ポケットからハンカチを出して塔弥の額と鼻の頭を拭こうとしたが、塔弥が身を引いた。

「これくらいなんともありません」

「でも」

「何ともありませんので」

紫揺に言うと阿秀を見た。

「それでは独唱様のところに戻ります」

独唱と聞いて、あっ、と思い出したことがあった。

「ああ、ご苦労だった」

返事をした阿秀の後に次いで、紫揺が口を開いた。

「塔弥さん訊きたいことが」

「はい」

踵を返そうとしていた塔弥の足が止まった。

「独唱様って、ご姉妹がいらっしゃいます?」

「え?」

「お歳を召すと、皆さん似てこられるから何とも言えないですけど、よく似てらっしゃるなって方がいて・・・」

塔弥の目が見開かれたと思った途端、座った。

「・・・阿秀、紫さまを領主の家にお連れして下さい。 俺は独唱様のご様子を見てから行きます」

今の紫揺の言葉に何かあるのだ。
独唱と塔弥、お付きの誰しもがこの二人だけしか知らない何かがあるのは分かっていた。
紫揺の言葉が何を指し示したのかは分からないが、紫揺が塔弥を止めて問うたことで塔弥が阿秀に言ったのだから。

「・・・分かった」


「紫さまご無事で・・・」

今にも泣きそうな顔で此之葉が迎えた。

「書蔵に居られた」

「書蔵に・・・」

そうか、どうして一番に考えなかったのだろう。

「“領土史” っていうのを読んでいました」

「そうでございますか」

悪びれることもなく言ったことに、今にも此之葉の膝の力が抜けていきそうだ。

「領主は?」

「中に居られます」

「塔弥から紫さまを領主の家にお連れするように言われた。 塔弥は独唱様のご様子を見てからこちらに来るそうだ」

「分かりました。 では紫さまどうぞ」

紫揺を此之葉に預けると阿秀が家から出て行った。

以前に阿秀や塔弥、お付きの六人から挨拶をされた部屋に通された。 ここが領主の家だとは知らなかった。 この大きなテーブルはお付き達や沢山の民と言われる者たちが領主を訪ねてきた時用だったのか。 ではどうして家人は領主以外他に見ないのだろうか。

テーブルに茶を置いた此之葉に訊く。

「ここって領主さんの家だったんですね」

「はい」

「奥さんや子供さんは?」

「奥様は四年前にお亡くなりになられました。 お子様・・・と言っても、もう大人ですが、お二人とも辺境に行かれて治安をみておられます」

「え? じゃあ、領主さん一人でここに住んでるんですか?」

「阿秀や女たちも毎日来ていますので」

「そうなんですか」

だから家人を誰も見なかったのか。
紫の家にしても領主の家にしても他人が簡単に上がるようだ。 他の家々もそうなのだろうか。 そうであるならば、この領土では家という概念が日本とは違うようだ。

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虚空の辰刻(とき)  第173回

2020年08月14日 23時01分32秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                      



- 虚空の辰刻(とき)-  第173回



「だぁー、あんなことになるなんて思ってもみなかったー」

思った以上のことに紫揺自身が驚いて壇上から走って部屋に逃げ込んで来ていた。

北の領土や屋敷で何度か花を咲かせたが、その後にはみんな枯れていた。 今回は枯れさせては縁起的にどうかと思って想像を膨らませた。 そしたらまさにその通りになったのだが、まさかあんなに派手な仕上がりになるとは思ってもみなかった。 頭の中の想像と実際に起きることの違いをはっきりと思い知った。

此之葉だけではなく花に魅せられお付きの六人が我に返ると、紫揺がそこに居ない。 探しまくった後に大分としてからお付き達が紫揺の部屋になだれ込んできたのは致し方ないことであった。

一人部屋に戻っていた紫揺は衣裳を脱ぎGパンに着替えていた。 書蔵に行きたいが、祭の間を歩くわけにもいかない。 どうしたものかと思いながらも襖を開けると阿秀が座していた。

「あ・・・」

「お見事でございました。 民が皆喜んでおります」

そう言って手をつき頭を下げた。

「・・・えっと、あの、それを言うために?」

「いえ、此之葉を待っております」

「此之葉さん?」

「もう少ししましたら、此之葉が茶を運んで参ります」

「あ、じゃ、部屋にいます」

話が見えない。 此之葉を待つのに、どうして阿秀が襖の外で座しているのだ?
部屋でゴロンゴロンしていると此之葉がやって来た。 何故か疲れた様子を見せている。

「此之葉さんどうしたんですか? お疲れみたいですけど」

「いえ、そのようなことは御座いません」

お付き達と一緒に紫揺を探し回った心労などとは言えない。
我に返り空っぽの椅子を見た。 また攫われたのかと思い正気を失ってしまい、一番にこの部屋を探しに来なかった自分の落度なのだから。
ちなみになだれ込んできた六人も同様だった。

「紫さま、お見事でございました」

盆を卓に置くと手を付いて深く頭を下げる。

花を咲かせたのが紫揺であると誰も疑っていない。 それが紫の力であると信じて憚らない。 長い長い年月ずっと待っていた紫がした事だと、そして紫の力だと。

「いくらなんでもあんなに派手になるとは思ってもいなかったんですけど」

「とんでもございません。 民も喜び、私などは魅入りました」

頭を上げた此之葉が盆から湯呑を紫揺に差し出す。

「お飲みになった後でよろしいので、阿秀からお話があると申しております」

「そうなんですか? さっきは此之葉さんを待っているって仰ってたのに?」

「紫さまのお部屋に誰も居ずして、お付きの者は入っては来ませんので」

そういうことか、と納得する。 誰も居ずして、それは殆ど此之葉のことだろうが、まさに紫さま様なのか。

「今入ってきてもらっても大丈夫です」

今も廊下で端座しているのかと思うと居心地が悪い。
「では」 と言って襖を開け阿秀を呼ぶ。

戸際に座したまま一つ頭を下げると阿秀が言う。

「此之葉から聞きましたが、メモをお探しかと」

紫揺が此之葉を見た。 コンニャロ喋ったな、という目ではない。

「ご連絡を取りたいと伺いましたので、阿秀が知らないものかと尋ねました」

どうして阿秀が知っているかもしれないと思ったのだろうか。 そんなことを考えていると此之葉に続いて阿秀が両手で大きさを示しながら問いかけた。

「これくらいのメモでしょうか?」

「あ、はい。 そうです」

「携帯番号が書かれたメモですか?」

「そうです。 でもどうして阿秀さんが知ってるんですか?」

どうして阿秀が知っているかもしれないとかと思った此之葉に対して以上に、事実阿秀が知っている、それは有り得ない事だ。

「船着き場で青年がお持ちになっていたものを見せて頂きました。 その青年が紫さまのことをご存知だったようなので、紫さまの仰るメモと同じものかどうかは分かりませんが、多分そのメモかと」

船着き場、青年、そこから考えると阿秀の言う青年とは杢木のことだろう。 紫揺が落としたメモをどこかで杢木が拾ってくれていたのかもしれない。

「そうなんだ。 うん、きっとそれです。 その番号って分かりますか?」

言ってくる以上は何某か知っているのだろうから。 何某か、それは番号以外にない。

「覚えております」

「わっ! 良かった。 教えてください」

「かしこまりました。 すぐに書いて参ります」

一旦出て行き戻ってきた阿秀から受け取った紙には、どこかうろ覚えの春樹の携帯番号がしっかりと書かれていた。 間違いない。
これで春樹に連絡が取れる。
阿秀に礼を言うと「良う御座いました」 と頭を下げ部屋を出て行った。

ホクホク顔で茶を飲み干した紫揺にお替わりを訊いたが首を振った。

「お祭をしているから書蔵にはまだ行けませんよね?」

「書蔵に行かれたいのですか?」

「はい。 朝はお婆様のものしか読めなかったので」

「少し遠回りになりますが、祭の中を通らなくとも行くことができます」

「皆さんに見つからずに?」

領主から言われたこととは別に民と呼ばれる人々にあまり見つかりたくない。

「阿秀に相談してまいります」

やはりここでも阿秀。 どうしてなのだろうか、と思った瞬間に思い出した。
阿秀はお付き達をまとめていると領主が言っていたではないか。 お付き達は紫さまに付く者たち。 紫さまの何もかもを仕切るのが阿秀ということになるのだろう。

(仕切るって言うのもおかしいか)

それに先程のメモのことはどう考えても阿秀が知っているとは思えない事。 それは紫揺だけではなく此之葉も分かっていた筈。

(頼りにしてるのかな?)

年齢的に考えてもいくら ”古の力を持つ者” とはいえ、此之葉の年齢なら誰かを頼りたいだろう。 ましてやこんなややこしい紫さま問題なのだから。


阿秀に先導され後ろに六人を従えてやって来た書蔵。 いま紫揺は書蔵の中にいる。 梁湶が離れた所に座って朝の続きなのだろうか、見張りなのだろうか、書を読んでいる。

他の五人は悠蓮が外の扉に張り付き、残りの四人は書蔵の周りを二人一組でまわっている。
ほんの少し前に紫揺から目を離して大探ししたところだ。 あんなに心臓の悪いことを二度と経験したくはない。 領土内なのだからまず安全だろうが、万が一にもまた紫揺が居なくなっては、今度は完全に心臓が止まるかもしれない。 とは言え、黙々と歩いているわけではない。

「凄かったな」 湖彩である。
「ああ。 お力とはああいうものなのか」 若冲。

もう一組も同じようであり反する話をしている。

「あれがお怒りの力となられれば、どうなるのか」 野夜である。
「んー? 凄いんだろうなぁ」 この話し方、口調は言わずと知れた醍十。

そして離れた所では、もう一組も同じ話をしていた。

「先の紫さまがお力を持たれておられれば、あの様なお力で民を幸せにして下さっただろうに」

「ええ、幼いながら、自ら辺境にまで足を運ばれて、お声をお掛けになるのがどれほど辛労だったことでしょうか。 お力があれば少しでもお楽になっておられたかもしれません」

書蔵から戻ってきた阿秀が領主の前の椅子に座って答える。

「ほんとうにな・・・」

二人ともまるで先の紫のしていたことを知っているかのように話しているが、それは有り得ない。
先の紫がこの領土から居なくなったのは、領主の生まれる前なのだから。 阿秀など全く知るはずもない。
先の紫のことは領主も阿秀たちも “紫さまの書” を読んで知っている。 が、それより詳しく領主は父から聞いていて、阿秀たちも代々からの口伝で耳にしていた。

「あの時、独唱様はどうされていたか聞いておるか?」

紫揺が祭で力を発揮した時のことだ。

「たまたま塔弥が外にお連れしたようで、ご覧になったそうです。 泣いておられたということでした」

「そうか。 外に出られたということはお身体の心配はないのだな?」

「紫さまと会われてからは、随分と良くなられたと聞いております」

「ほんとうに・・・ぎりぎりだったな」

「まさに」

その塔弥。

「独唱様、久しぶりの外の空気でお疲れはございませんか?」

「ああ、ちょっと疲れたかのう」

「横になられますか?」

「いや、いい。 横になると寝てしまう。 あの光景を忘れてしまいそうじゃ」

「お見事でございました」

「ああ、ほんに。 あの世への土産が出来た」

「なにを仰います。 まだでございます。 ・・・まだ」

「塔弥・・・。 もういいんじゃ。 もう遠に諦めておる」

「そのようなことは仰いませんように。 茶を淹れて参ります」

自分は曾祖叔父の行方を知ることができた。 独唱に話すと、ともに涙して喜んでくれた。 そして紫揺が独唱に感謝の言葉を言ったことで、この何十年の独唱が報われたと思った。 だが独唱と塔弥が互いに寄り添っていたのは、曾祖叔父のことだけではなかった。


ぱたりと最後の本を閉じた。 外では順番に戸の外に立つ者と、巡回する者とで入れ代わってはいたが、とうとう五人ともヘバってしまっていた。
一気に残りの九冊の本を読んだ。 祖母のそれと違って、びっしりと書かれてあった。
何度か梁湶が休憩を入れるようにと言いかけたが、紫揺が疲れも見せず読んでいるのを見て声を掛けそこなっていた。 そして書蔵の外では心配をして此之葉も何度か来ていたが、まだ梁湶が戸を開けないからと、戸の外に立つ者が此之葉が入るのを拒んでいた。

「疲れたぁ・・・」

無意識に出た言葉と共に机に突っ伏す。
やはり声掛けをするべきだったか、と梁湶が悔いたが、時すでに遅しである。 梁湶が立ち上がる。

「今日はこれくらいでよろしいでしょうか?」

「あ・・・はい」

突っ伏したままで顔だけ上げて答えるが、焦点がイッテしまっている。

「大丈夫ですか?」

「ふぁい」

大丈夫ではないな。
それ以上声を掛けず、梁湶が本を棚に戻しに行った。 そして戻ってくると・・・寝息を立てている。

(は? ウソだろ!?)

それはそれは、心の中で大声で叫んだ。 あの力を持つ紫ともあろうものが人前で寝るなどと。
すぐに扉を開け、外に居る者に事情を話したが、五人が五人とも「お前が行け」 と合唱してくれた。 自分達は足が棒になっているという。 こっちはショックを受けているのに! と言いながらも仕方なく梁湶が阿秀の元に走り事情を説明した。 阿秀はまだ領主の家に居た。 阿秀が領主を見る。

「如何いたしましょう」

「ふむ・・・。 お起きになる気配はないか?」

「多分・・・かなりお疲れの様でしたので」

「そうか・・・。 では・・・此之葉を連れて行き、此之葉にお起こしさせるように。 万が一それでもお起きになられない時には書蔵は冷える。 阿秀、頼む」

「ですが、それは・・・」

「あの書蔵で一晩明かすなど、お身体がどうにかなってしまう。 まずは紫さまのお身体が一番だ」

「ですが」

「領主からの言(げん)だ」

阿秀が一度目を閉じ観念したのだろうか、小さな声で「はい」 と言い、立ち上がった。

「此之葉を書蔵に呼んでくれ」

梁湶がすぐに部屋を出た。 阿秀が確認するように領主に問う。

「此之葉がお起こしできなければ、そのまま紫さまにお部屋に戻っていただくということでよろしいのですね?」

「ああ、お身体を考えると、それしかないのだからな」

阿秀が顎を引いて、領主に応えたくないのに応える。 阿秀も梁湶に続いて部屋を出た。 そこは紫揺が六人と阿秀、そして塔弥と顔合わせをした領主の部屋だった。


「紫さま?」 此之葉が遠慮がちに紫揺に声を掛ける。
それを何度か繰り返すが、紫揺は相変わらず規則的な寝息を立てている。

「此之葉、お声だけでなく」

阿秀が身体を揺らせと言っている。 だが此之葉にしてもそんなことはしたくない。

「此之葉、頼むから紫さまをお起こししてくれ」

仕方なく紫揺の背中に手を添え「紫さま」 と言うが、紫揺には何の変化もない。
「揺すって」 阿秀がはっきりと言う。
此之葉が眉をしかめる。

「此之葉が紫さまをお起こししてくれなければ、私にかかってくる。 此之葉もそれを避けたいだろう」

「分かっています」

珍しく此之葉が阿秀に言い返した。 とも言えない程のセリフだが、目がそれ以上を語っていた。

「紫さま!」

肩を揺する。 何度も何度も。 それに応える紫揺は平和そうに寝息を立てている。


「ふぁ、よく寝た」

紫揺が目を覚ました。
窓を見ると内障子が閉まっていはいるものの明るいのが見て取れる。 一晩を過ぎたようだ。

「ん? あれ? 昨日どうしたっけ?」

紫揺の記憶は民に花を散らせたところから始まった。

「あれ? 書蔵で本を読んでて・・・読み終わって、梁湶さんに声を掛けられて・・・」

そこからの記憶がない。

「なんで?」

どうして布団で寝ているのか?
少し考えて納得した。

「私、エライ。 ちゃんと戻ってきてたんだ」

それは大きな勘違い。 阿秀に抱っこされて戻って来て寝かされただけである。
阿秀が低い声で「梁湶、恨むぞ」 と言ったことなど知りもしないだろう。

「お腹へったかなぁ・・・」

それはそうであろう、夕べは何も食べず、今朝も食べていないのだから。
襖を開けると丁度、女が歩いているのを見かけた。

「あの!」

「あ、お目覚めでございますか」

嬉しそうな顔をして走り寄ってくる。

(あっと・・・見覚えのある顔・・・。 名前をなんて言ったっけ)

以前、朝食を一緒にとった者だ。 名札を付けていた。

「青菜(あおな)は、にございます」

以前 “あおな” の “な” で声がひっくり返った三十五歳。 今回もひっくり返っている。

一人しかいない、こんなチャンスは滅多にない。 絶対に名前を覚えてもらうんだ、という気合がありありと分かる。

ひっくり返る声を聞いて思い出した。 どんな仕事をしているのかを訊いた相手だ。 声をひっくり返しながら、ここで朝の準備をする役目を仰せつかっていると言っていた。 

「昨日は素晴らしいものを見せて頂きました」

段々と頬に昂揚の色が見える。

「あ、有難うございます」

お辞儀をしかけたが、昨日、此之葉から『辞儀などされませんように』 と言われたことを思い出し、首を横にコキっと倒した。

「此之葉さんは?」

べつに此之葉を呼ばなくとも、この青菜という者に「お腹空いたぁー」 と言えばいいのは分かっているが、どうしても此之葉に頼ってしまう。

「此之葉でしたら、独唱様の家におります。 呼んで参りましょうか?」

「あ、いいです。 じゃ・・・部屋に戻ります」

「すぐに薬膳をお持ちします。 私が、青菜がっ!」

最後に力が入り過ぎる。

「や、薬膳ですか?」

「夕べは何も召し上がらなかったので、此之葉から言われています。 ですからお持ちします、私が、青菜がはっ!」

力が入り過ぎたのだろう。 やはり声がひっくり返ってしまった。

「あ・・・じゃ、お願いします」

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虚空の辰刻(とき)  第172回

2020年08月10日 22時18分20秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第172回



薬湯といわれる美味しくない茶を飲み干した。

花輪や首飾りなどを棚の上に並べて、今は此之葉と昼飯を食べている。 朝の担当の女たちから話を聞いた昼担当の女たちが、是非とも昼食をともにと言ったが、紫揺のことを思い此之葉が断った。 女たちは朝、外に出た紫揺の話も聞いていたから簡単には引かなかったが、湖彩が此之葉に応戦し事なきを得た。

湖彩にしては、紫揺が自分に花を預け紫揺一人走り出したこと、それが悪夢のように思われ、形を変え同じようなことがあっては堪らない。

「お気になることが?」

今日と明日は祭に顔を出すつもりだが、明後日の祭が終わってから家に帰るという話からそうなった。

「はい、借金をそのままに出来ないですから」

「借金、でございますか?」

紫揺の仕事の後を引き継いで、その言葉を知った。

「先輩から・・・。 北の屋敷から出るにあたってお金を借りたんです。 それなのにその連絡先を書いたメモを無くしちゃって。 だから伝手から調べて返そうと思ってるんです。 それが上手くいけばいいんですけど、上手くいかなかったら今のところ手が思いつかないんです」

高校に問い合わせて個人情報と、はねつけられれば、進学指導の教師である堂上か、部活の顧問に頼るしかないが、進学をしなかった事で顧問には合わせる顔がない。 堂上が教師を辞めていなければいいが、辞めていれば事務局に食って掛かるしかない。 だがそれも成功しないであろう。

「どなたにお金を借りられたのでしょうか?」

此之葉はこの地でずっと過ごしていた。 この地に金など存在しない。 だが、借りると貸すということはある。 領主に呼ばれて紫揺の居る地に行き、紫揺の仕事を引き継いだ時に金の存在を知った。

「春樹先輩です。 それに杢木おじさんが私をあの屋敷から、あの海から出してくれました」

「ハルキセンパイ、モクギおじさん?」

「おじさんと一緒に杢木さんも私をあの屋敷から出してくれたんです。 だからここにいます」

「ハルキセンパイと、モクギおじさまと、モクギさまに東の領土の誰もが感謝の意を唱えます」

此之葉が誰に下げることなく頭を下げた。

(うう・・・大袈裟・・・)

ちょっとの話が何故そうなるのか。

食後の茶を紫揺の前に出した。

食後落ち着くと、此之葉が衣裳とアクセサリーを持って再び部屋に入ってきた。 その衣装は祖母が手を通すことの無かった祖母の先代が祭で着ていたものだという。

急なことなのだから、お下がりで仕方がないというのは分かるが、祖母が腕を通すことの無かった衣裳というのが気にかかる。 これだけ持ち上げられている紫さまなのだから、祭の時の服は新調するのではないかと。

「お婆様はお下がりを着ていたんですか?」

「先の紫さまの先代紫さまは衣にとても凝られておられたようで、普段の衣も幾度か手をお通しになると新調されておられたようです。 祭の衣も毎回お作りしていたそうで、先の紫さまは先代紫さまの衣を身にお付けになっておられました」

「数回手を通しただけで次を新調?」

「はい。 先代紫さまの衣をご覧になった先の紫さまが、もったいないと仰ってすべて先代紫さまの衣を身に着けておいでだったと伝え聞いております」

そう言えばと “紫様の書” に書かれていたことを思い出した。

『紫さまが衣はもったいないと仰られ、先代紫さまの衣を身につけられると仰せになる』 そう書かれていた一文があった。

そういう事なのか。 先代が新調ばかりしていたのなら、ばか程あったに違いない。 それを目にすればもったいないと思うだろう。 尤もだ。 同感だ。 当然だ。

紫揺の疑問に答えた後、衣裳を広げる此之葉。
絹で出来たそれは合わせの衿の淡いピンク色のワンピース。 合わせの部分には五色の色が入っていて、合わせてみると着物で言うところの伊達襟のように見えなくもないが、それが裾まで続いている。 言ってみれば、広げた服の外側に五色が走っているということになり裾広がりとなっている。  帯は地模様のある赤みのかかった紫色。

「この衣は先代紫さまが十一の歳の祭で着られたものですから、今の紫さまがお着けになるには少々幼い衣になりますが」

洋服と違って着物のようなものだから、多少身体の大きさが違っていても身につけることはできる。 だが淡いといえどピンク。

「十一歳?」

今の自分より十歳も年下の時に来ていた?
耳を疑いたくなったが十一歳と聞いては淡いといえどもピンクでも仕方がないか、とこれからこれを身につけるのだという所には直結せず納得をする。

「この次に祭でお召しになったものになりますと、随分と肩が落ちますので」

「その・・・先代紫さまという人は、大きかったんですね」 

いえ、紫揺が小さすぎるんです。 とは此之葉の口からは出てこなかった。

「一度あててみましょう」

此之葉が衣裳を持ち立ち上がったのを見て、紫揺も立ち上がる。 此之葉が背中からあててみると、肩の位置が少し下がるが不自然ではない。 裾は膝上にきている。
紫揺が裾を手にしながら斜め後ろを見た。

「短すぎませんか・・・?」

膝など高校を卒業してから一度も出していない。

「肩は少し落ちますが、裾は先代紫さまがまだお小さい頃でしたので、これくらいになりますかと」

(ゴモットモです。 でも私は十一歳ではありません)

「では衣はこちらで。 飾り物をお選びになって下さい」

衣裳を軽くたたむと座って幾つもの箱を卓に乗せその蓋を開いた。 そこには首飾りや腕輪や指輪、髪飾りが入っていた。

「もしかしてこれも先代紫さまの時に作ったんですか?」

思わず座りながら訊いた。

衣裳に凝るということは、アクセサリーにも気を使ったはずだ。 数多くの飾り物が目の前にある。 紫揺の一生があのまま進んでいったとしても、ただの一つも手にしなかっただろう。 使われている石はきっと全部本物なのだろうから。

「はい」

「先代紫さまは衣裳に凝っていたってさっき仰いましたけど、歴代の紫さまはどうだったんですか?」

「歴代それぞれでございます。 先代紫さまは美しいものがお好きでいらっしゃったと書かれております」

衣裳を丁寧にたたみ直しながら此之葉が言う。
歴代の “紫さまの書” を読まなくては分からないな、と思いながら棚に置いてある方を見た。 そこには民から貰った花がある。

「あれって、明日には萎んでしまいますよね」

「はい、せっかくのものですが」

紫揺が全ての箱に蓋をし、立ち上がった。

「紫さま?」

「こっちにします」

そう言って花冠を頭に載せた。


祭が始まった。
紫揺は壇上に上がるのではなく、民と同じ所を歩き回ると言ったのだが、領主がそれを認めてくれなかった。
湖彩と此之葉から聞いた話を考えると、混乱が起きてしまうかもしれないからと。

「そんなことはないと思いますけど」

どうしても食い下がりたい。 壇上などに上がりたくない。

「紫さまが出られた時は、外にいた者しか気づきませんでしたが、今は領土の者が集まっております。 ましてや、辺境から来た者もいて昨日より人数も増えております。 怪我人などが出てしまってはどうにもなりません。 せっかくの紫さまの祭ですのに」

領主がわざと紫さまにお怪我があっては、とは言わなかった。 今代紫さまは、ご自分のお怪我などどうとも考えておられないだろうと思ったからだ。 その根拠は醍十からの紫揺の脱走劇から簡単に考えられるし、裸足で身体を動かしていたという阿秀からの報告も手伝っていた。
そして領主の思惑通り、当の紫揺は怪我人と言われてしまっては言い返すことなど出来ない。

「そっか・・・。 分かりました」

ということがあり、いま紫揺は壇上に上がっている。

壇上には民が紫揺に手渡した花が飾られている。

「可愛らしい!」 「なんてお小さいんでしょう」 「そういえば紫さまは何歳におなりになられたのでしょうね」 「十二の歳くらいになられてるのかしら」 「今までお一人だったと思うとなんてお労しい」 ナドナド。

今にも紫揺の口から、ぶっ飛ばしてやろうか、とか、遠くの壇上にいるから小さく見えるだけだっ! と聞こえてきそうである。

「お花がよくお似合いだこと」 「ええ、飾り石よりずっとお似合い」 「壇上のお花も今朝、紫さまにお渡ししたものでしょ? 民の心をくんでくださる方だわ。 お小さいのに」

どうして最後にそれを付ける。 足を一歩出してドンと鳴らすのは遠い話ではないだろう。

その反対に自分たちが摘んできた花が飾られているのを見たり、作ったものを紫揺が身に付けているのを見た子供たちや女たちは、キャーキャー言って喜んでいる。 自慢さえしている。

三方に広がっている民の方を見るように此之葉から言われて、ゆっくりと民を見て回した。

「どうぞ、お座りください」

此之葉がそう言ったが、歓声で何を言っているのかが聞こえない。 此之葉の横から悠蓮が椅子を出してきていたので、座るのだろうと思いジェスチャーで尋ねる。 それを見た民からまたもや歓声が上がる。
此之葉が頷く。

壇上に領主が上がってきたが、誰もそれに気付いていない。
「静かに、静かに」 というが、歓声の波に領主の声がのまれてしまっている。

領主が紫揺の前まできて 「御前に失礼いたします」 と言い、お辞儀をして紫揺の前に立った。 もちろん領主が何を言ったのかは紫揺には聞こえていない。
さすがの民も見ていた紫揺の前に領主が立つとイヤでも気付く。 ゆっくりと波が引いていくように歓声の波が引き始めた。

「静かに」 と、領主の腹の底からの声が響き渡った。
まだ興奮している若い者や子供たちの声が聞こえるが、それくらいなら領主の声の方が響く。

「祭を始める。 今日はこちらで紫さまも祭を楽しまれる。 みな、櫓(やぐら)の方に移動して祭を楽しんでいる姿を紫さまに見て頂こう」 そう言うと 「御前を失礼いたしました」 と言って壇上から下りた。

民たちは紫揺の前から移動したくはなかったが、祭を楽しむ姿を見て欲しくもあった。 ぞろぞろと櫓の方に移動していく。

櫓の上には楽器が置いてあり、登ってきた者が四人五人と楽器を手にし音楽を紡ぐ。 それに合わせて櫓の周りを民たちが回りながら口々に何か歌いながら踊り始めた。

日本の祭と似ているが、盆踊りのように全員で同じ踊りをしているようには見えないし、楽器が大太鼓でもない。 見た目は銅鑼に似ているようだが、音が違う。 もっとくぐもった音で音階を持っている。 右手で打ち左手で音階を作っているようだ。 笛を吹いている姿もあるが、それは日本のような尺八とは違って、長さ的に言えばクラリネットと同じくらい。 音も似た感じがするが、クラリネットのように金属部分は見当たらない。

「向こうと似ているようで、似てないかな」

「あちらにも祭があるのですか?」

此之葉は日本にいたのは確かだが、それは紫揺の居た会社の後任の役を仰せつかり、その後は紫揺探しに参加をしていただけであって、祭に参加などと遊んではいなかったのだから、日本での祭の存在すらも知らない。

「年に一度、盆踊りがありました。 同じように櫓を立ててましたけど、みんなで決まった踊りをするんです。 櫓の上には大太鼓がのっていました」

「決まった踊り・・・民のあの踊りは紫さまにお会いできた喜びをそれぞれが表現しています。 その後で歴代の紫さまに捧げる舞が始まり、その後ある程度決まった型の踊りが始まります」

「それじゃあ、あの踊りは私にってことですか?」

「はい」

此之葉を見ていた目を櫓の下に移した。
年老いたものは手を振って踊り、大人たちは跳びはねている者、胸に手を当てそれを前に差し出しながらゆっくりと回っている者、四股のようなものを踏んでいる者それぞれだ。 子供たちはキャッキャと言ってクルクル回っている子が殆どだ。

どの踊りをどう解釈していいのかは分からないが、それでも紫に会えた喜び、紫に会えて喜んでくれているのだ。
その紫は自分。
いま自分が紫であることは自覚している。 心にまで沁みているかと問われれば、はっきり是とは言えないが、祖母からのメッセージを信じているし、塔弥のことにしても自覚するに値する出来事だった。

こんなに多くの人から自分に会えて喜んでもらったことなどない。 摘んできたとはいえ、お花をこんにもらったことはない。 いや、摘んできてくれたから嬉しい。
壇上に飾ってある花を見た。

自分から何を返せばいいのだろうか。
――― なにを。

自分は何も持っていない。
――― 持っているものは一つだけ。

もう一度、踊っている人たちを見た。 左から右に沢山の人達が輪を描いて踊っている。 何を口ずさんでいるのかは分からないが、幸せそうに歌っている。

「紫さま」

此之葉に声を掛けられて辺りが静かになっていることに気付いた。

「紫さまへの喜びの踊りが終わりました。 民が紫さまがどう感じられたか気になって、こちらを見ております。 どうぞお立ち下さい」

言われれば、いつの間にか民と呼ばれる全員がこちらを向いている。 楽器が鳴りやんでいる。 椅子からゆっくりと立ち上がる。

「辞儀はされませんように」

紫揺は何かあるとすぐに頭を下げていた。 それを見越して此之葉が先手を打ってきた。 今まさにそれをしようとしていたのだから、喉の奥がグウッと鳴った。

もう一度右から左に見渡す。 櫓の上を見る。 誰しもが心配げな顔をしている。
自分が持っているもので表現できなかった時には、拍手を送ろうと思っていた。

深く深呼吸すると目を瞑った。
紫揺が目を瞑ったのは離れているが故、民からは見えないが、僅かに頭を下げた事は分かる。
紫さまが俯いた、それはどういうことなのだろうか。 民の間に互いを見合う様子が見られた。 此之葉もどうしていいものか分からず、じっと紫揺を見ているだけだ。

「きゃー」 と所々から声が上がった。 その内に「わぁ」 という歓声が上がった。 子供たちが喜び、櫓の上にもそれが咲きほこった。
民たちのいる外周に花が咲き乱れた。

ニョゼが言っていた
『お心を庭に向けて頂けますか』 『シユラ様のお心は形になって現れます。 それがムラサキ様のお力です』 と。
だから、自分の持っているただ一つのもの。 力。 それを使った。 ニョゼが庭に心を向けるようにと言った、だから今回はお返ししたい人達に心を向けた。 そして感謝の気持ちをいっぱいに心に広げた。 すると拍手の出番はなくなった。

「紫さま・・・」

此之葉があ然として今も蔓のように伸びている花に見入っている。
此之葉にしても民にしても初めて見る紫の力である。
紫さま! 紫さま! と民が紫揺の名を呼んでいる。

紫揺がゆっくりと目を開けた。
民が今にもこちらに駆けだしてきそうだ。 それこそ領主が言っていたように怪我人が出るかもしれない。 それは避けたい。

伸びていた花が終わることを知らず、民の頭上を覆ってきた。 ネモフィラ、アリッサム、ルピナスそれらによく似た花がとうとう民の頭上を覆った。 民の足元には芝桜に似た花が伸びている。
あまりのことに民たちが出しかけた足を止め、立ちすくみ茫然と頭上を見ている。

次の瞬間、頭上でも足元でもパァッと花びらが弾けた。 花吹雪が頭上に舞い落ちてくる。 伸びていた茎も蔓も葉も緑の光りとなって降り注ぐ。

「・・・紫さま」

呼ぶが紫揺の方を見ていない。 見事な花吹雪から目が離せないのではない。 紫の力から目が離せない。
一人一人と民がこちらを見だしたが、誰も走ってくる様子はない。 やっと我に返った此之葉が見たのは、誰も座っていない椅子だけであった。

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虚空の辰刻(とき)  第171回

2020年08月07日 21時36分45秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                      



- 虚空の辰刻(とき)-  第171回



『紫さまが小さな愛らしいお手で民の頬を触った。 民に喜びが込みあがる』
『紫さまがお走りになった。 なんど転げられても懸命に走られる。 そのお姿が愛らしく、民が笑む』
『お花の種を埋められた。 毎日毎日ご自分でお水をまかれている。 健気なお姿に民の頬が緩む』
『小さな子をお抱きになられる。 まだご自分もお小さいというのに。 慈愛をお持ちのお方である』
『初めて犬に触られた。 恐々触られていたが、すぐにお慣れになり抱きつかれる。 紫さまは何をも愛す方である』

等々、今度は持ち上げ一辺倒だ。 何枚もページをめくって読み進めるが、些細なことを、まるで育児日記のように書かれてあった。
そして最後近くのページにあの忌まわしい日のことが書かれてあった。

『民から是非とも見て頂きたい花があると聞かれて、十年に一度しか咲かない花を愛でに領土の端に出かけられた。 このとき必ず同行する古の力を持つ者が臥せっていた。 領主が尋ねられると “民が知らせてくれたのです。 是非にとも見に行きたいです” と民に添ったお言葉を返され “私にはいつも付いて下さっている方々がいます” と話された。 民を信じる心をお持ちである。 民は幸甚の至りである』

まだ書ける隙間があるというのに、そのページはここで終っていた。 ページをめくる。

『花を愛でに出かけられた紫さまが襲われ、領土からお姿を消された』 それだけが書かれていた。

ページをめくる。

『この日より、お力がお出になることになっていた。 もう一年早く、九の歳にお力を解放していれば紫さまは今もここにおられる』 それだけが書かれていた。

ページをめくる。

『紫さまが微笑まれれば民が微笑み、悼みを抱かれれば民が心沈む』

最後に書いてあったのは、葉月から聞いていたこの文面だった。
パタンと書を閉じた。

他の代の書も見るつもりであったが、祖母のことを考えると今は無理だ。
葉月も言っていた 『紫さまが微笑まれれば民が微笑み、悼みを抱かれると民が心沈む』 それが大きな理由だった。

今ここには梁湶と紫揺しかいない。
梁湶は領土史を読んでいたことは読んでいたが、紫揺が来てからは文字を追うだけで頭には入っていなかった。 二人だけしかいない空間。 紫揺がページをめくる音しか聞こえていなかった。 そんな時にあの異音が聞こえた。

ゴン!

梁湶が振り返り紫揺を見た。 見紛うことなくしっかりと、紫揺の額が机に落ちていた。

「紫さま!」

思わず叫んでしまったその口を手で押さえたが、時遅し。 昨日のことが頭の中を走った。

「あ・・・聞こえちゃいましたか?」

紫揺がゆっくりと顔を上げる。 大きな音が響いたのは自分の耳にも聞こえていた。 反響が大きすぎるだろうというくらいの音だったのだから。

「あ、いえ、何も聞こえてなど・・・」

「聞こえましたよね」

「いえ、全く・・・そのような」

これ以上、梁湶を追い込んでもなにもない。 と言うか、追い込むつもりもない。

「まだ読みたいんですけど、今日はこれくらいにしておきます」

「では返しておきますので湖彩を呼びます」

「いえ、自分の手で返します。 どこに返せばいいんですか?」

梁湶が健気だなと思った。
紫揺の元に行くと二つの塊の六冊を手に取った。 自然に紫揺が残りの一つの塊である四冊を抱える。
「こちらです」 そう言うと梁湶が歩き出した。 あとに紫揺が続く。
梁湶が六冊を棚に戻すのに倣って紫揺も棚に戻した。 場所は覚えた。 ことりと最後の一冊、祖母の書を棚に戻した時、梁湶の声がした。

「いつでもお気になる書が御座いましたら、お申し付けください。 持ち出しは出来ませんがすぐにお席にお持ちします」

「どうして持ちだせないんですか?」

出来るのならば祖母の肖像画を今晩も見ていたい。

「外気に触れると書が傷みます。 紫さまがおられた地のように印刷物ではありません。 二冊とない唯一の書ですので」

梁湶が静かに言った。 持ち出せない理由が分かった。

「ここへは自由に出入りしてもいいんですか?」

「はい。 誰しもに許されています。 紫さまにもです」

じゃ、明日も来ていいんですね、とは聞かなかった。

「分かりました。 有難うございした」

ペコリとお辞儀をすると踵を返した。
梁湶が口の端を上げ、幼気(いたいけ)な子を見るように鼻から短い息を吐いて紫揺の後につく。
紫揺が扉を開けようとするが、思った以上の扉の重さに一瞬開けることが出来なかった
「お開けします」 後ろから梁湶が片手で扉を開いた。


湖彩の後ろを下を向いて歩いている。

『紫さまが微笑まれれば民が微笑み、悼みを抱かれると民が心沈む』

(お婆様は愛されていたんだ。 信頼されていたんだ。 でもそれは紫だからだろうか、一個人としてだろうか。 他の書を読んでみないと分からない、か)

失敗したなと思う。 一冊でも他の書を読んでおけばよかったと。 だが、あの愛らしい姿の祖母のことを思うと、二歳で母親を亡くしたのに、それでもああいう風に書かれるということは、凛と生きていたのだろう。 そう思うとそれ以上思考が働かなかった。

明日の昼を過ぎてから始まる最後の日のお祭も夜通し続けられる。 明後日の朝まで。 明後日に帰るのならばそれまでに時間はある。 焦らなくても出直せばいい。

「むらちゃきちゃま」

ずっと下を向いて考え込んでいた紫揺の耳に可愛らしい声が入ってきた。 顔を上げ見てみると五歳くらいの女の子が三人それぞれに花を持っている。
湖彩を見ると頷いてみせた。

「お早うございます」

子供たちの前に屈む。

「おはな」

三人が三人とも両手に持った色とりどりの花を紫揺に差し出した。 きっと摘んできたのだろう。

「くれるの?」

三人が頷く。

「ありがとう」

小さな子供が両手に持っているといえど、それが三人前であろうと、決して大きな手ではない紫揺でもまとめて持つことができる。 右手で一人づつから受け取り、それを左手でまとめて持った。

「お名前は?」

「さしょう」 「ふうき」 「こなり」 と順に名乗った。

「何歳?」

さしょうが指を四本立て、ふうきも同じく四本立てた。 そしてこなりが「五歳」 と言って、小さい掌をいっぱいに広げた。 かなりリキが入って見える。 一番年上だから頑張っているのだろうか。

「そっか」

小さな子と話したことなどあまり経験がない。 ほぼ無だろう。 記憶にさえないのだから。 せいぜい北でミノモと話したくらいだ。 この先の会話が思い浮かばない。

「怪我しないで遊んでね。 じゃね、ありがとう」

思い浮かばないならピリオドを打つしかない。 一応、一人づつの頭を撫でておいた。

湖彩が歩き始め紫揺も続いた。 それからも時折同じようなことがあった。 小さな子たちが寄ってきては花を差し出す。 会話を続けられない紫揺は全員に同じことを言うしかなく、湖彩の手を借りて花を持ってもらった。
湖彩が足を止めた。 どうしたのかと紫揺が湖彩を見ると「お待ちください」 と言って紫揺の後ろに歩き出した。

振り返ってみてみると、何人もの子供たちが付いてきていた。 その中に花を渡してくれた子が全員そろっているのが分かる。 ・・・多分。

「もう遠くまで来たよ。 お家にお帰りなさい」

子供たちが頬を膨らませる。

「ほら、父さんや母さんが心配する」

「しなーい」

「そんなことはない」

「だって、かーさんもついてきてるもん」

指さす先を見てみれば、数人の女たちが家々に身を隠してこちらを見ている。
湖彩が人差し指でこめかみを押さえた。

「・・・湖彩さん」

「あ、申し訳ありません。 参りましょう」

「いえ、あの女の人達に私がなにか言えばいいんですか?」

「そのようなことは・・・お疲れになられたでしょうから」

ということは、疲れてなければ何か言えばいいということだ。

「私、会話はあまり得意でないんです。 何を言えばいいか教えてください」

「・・・民は・・・。 紫さまのお声を聞き、お顔を拝見できるのを何よりもの喜びとしております。 先の紫さまはそこにご尽力されておられました」

たしかに。 書いてあった。

『五の歳を迎えられた紫さまが、民のいる所にお出向きになると仰せになる』
『六の歳になられても一日とかかさず、民の元にお出向きになられる』
『六の歳を三月過ぎ、お付きの者がお身体の心配を進言す。 お付きの者の心を痛めさせていたとお謝りになられ、その日より十日に一度はお休みになられる』
『七の歳を迎えられ辺境まで行かれる。 辺境に住む民が涙を流して喜んだとお付きの者から聞く』

それ以降も、辺境と言われる所に何度も足を運んだと書かれていた。

「分かりました」 って分かるわけないだろう。 何て言えばいいんだよ。 と悪態をつきたいが、まさかそんなことを言えやしない。
女たちが居る方に歩きだした。 呼ぼうかとも思ったが、どう言って呼んでいいのかも分からない。 湖彩が慌てて後ろにつく。 その後ろを子供たちがついて歩く。
女たちが「きゃっ」 とか「紫さま」 とか「どうしよう」 とか言っているのが丸聞こえだ。

(いったい何人いるんだよぉぉ・・・)

心の中の口が悪くなってくる。

(あぁぁ、面倒臭いぃぃ・・・)

こんな所で開き直りは出来ない。

紫揺が急に振り返った。 湖彩が慌てて足を止める。 その湖彩に自分が持つ花を預けると、女たちに向かって一気に走りだした。

「は? え? わっ! 紫さま!」

手には先に預かった花を握り、無理矢理押し付けられた花は両腕で胸元に抱えている。 それはそれは、無様な走り方で紫揺の後を追う。

「お早うございます!」

女たちの元に駆け寄った紫揺が淑やかにではなく元気よく言う。
女たちが慌てて頭を下げた。

「お子さんたちに、お花をたくさん頂きました。 有難うございました。 可愛いお子さん達ですね」

とここまで一気にまくし立てるように言い、あとの言葉が思い浮かばない。 そんな時にはこちらから質問するに限るだろう。

「今何をされてるんですか?」

紫さまの後を追ってます、などと誰も言わないであろう。
女たちが互いを見る。 女たちの服は半袖の作務衣に似た服を着ている。 これは作業用だろうか。

「お家の掃除とかですか?」

女たちが縦に何度も首を振る。

「大変ですね。 毎日のことお疲れ様です」

そう言うと後ろを見て子供たちを呼んだ。

「沢山歩いたね。 みんな元気だね。 さ、お母さんのところに帰ろうね」

それじゃあ、明日ね。 とは口が腐っても言いたくない。 こんなことは不得意中の不得意だ。
女たちにお辞儀をすると、待っていた湖彩の元に行き、抱えていた花を受け取った。
そしてしばらく歩くと第二弾が始まった。


「お疲れ様でございました」

此之葉が茶を持ってきた。
花冠を頭に載せ首に花輪を下げ、両手首に小さな花輪をつけた紫揺が卓に突っ伏している。 部屋の中には花を入れた壺がいくつも並んでいる。 家から出てきた紫揺を見つけた女や子供たちが一斉に花を摘みに行き、帰ってくるのを待っていたようだった。

「疲れましたー。 お婆様はこんなことを五歳からしてたんですよね。 それも自分から言って」

私には無理ですー。 とは付け加えなかった。

「はい、幼いお歳で。 先の紫さまは生まれ持っての慈愛のお心を持たれておられたのでしょう」

そう言ってから、あ、と言って口を押えた。

「けっして、紫さまが何と言っているわけではございません」

「いえ、気にしないでください。 当たってますから」

「そのようなことは」

「私、子供とか・・・人ってあんまり得意でないんです」

身体を起こすと薄緑の色をした茶が入ったカップに口をつけた。

「ゔっ」

決して美味しいとは言えない。

「薬湯でございます」

(はい、口に苦しですね)

「そんなことは御座いません」

心の内の声を聞かれたかれたかと驚いたが、そうでは無かったようだ。

「紫さまは私とも葉月とも気軽にお話しくださいます。 それに領主にも独唱様にも、ご自分のお考えを仰います」

「そこのところは、けっこう北で鍛えられたと思います」

いや、どうだろう。 進学指導の教師である堂上が聞けば「ふざけんな」 と言ったであろうか。

「人見知りでおられるだけなのではございませんか?」

「人見知りはあります。 でも・・・慣れてる人でものれないって言うか」

「のれない?」

“のれない” の意味が分からないようだ。

「えっと・・・慣れている人でも、その人が今話していることに対してどう考えてるんだろう、それに見合った返事をしなくちゃって考えてしまって、話が続かないっていうか。 面倒臭いから話したくなくなるって感じで」

「それは、お相手様のお心を考えていらっしゃるということです。 紫さまがその様なことをお考えになられなければ、お相手様のお考えに添わないことを仰るということです。 紫さまはお相手様のことを慮(おもんばか)っておられるのです」

いや、そんな上等なもんじゃありませんけど、と言いたかったが言い方を変える。

「そんなことって誰でも考えます。 だけど思うだけじゃ何もないじゃないですか。 その先に何かを言う。 そこで慮るというのはやっと成立すると思います。 私はそれが面倒臭いんです」

「それはいつごろからそう思われました?」

「え?」

「ご幼少の時からでございますか?」

「・・・」

そんなことない。 自由に生きられていたはずだ。

「人には得手不得手がございます。 先の紫さまは民の心に添う。 失礼な言いようになりますが、それは先の紫さまの得手であられたのでしょう。 先の紫さまにも不得手が御座いましたでしょう。 紫さまは紫さまであられます。 紫揺さまは紫揺さまであられます。 紫揺さまらしくが紫さまでございます」

領主からはこの領土に入ると紫揺のことを紫と呼ぶといわれていた。 それを了承してほしいと。 なのに此之葉は今、紫揺といった。

『紫さまは紫さまであられます。 紫揺さまは紫揺さまであられます。 紫揺さまらしくが紫さまでございます』

祖母の真似をする必要などないんだ。 紫として努力しなくてもいいんだ。 自分そのままが紫なんだ、そういうことだろうか。

「何となく分かったかな。 ありがと。 此之葉さん」

自分そのままが紫と考えると、ある意味重荷になるが、片意地を張らなくていいのだと、頑張らなくていいのだと。 だが自分の性格が紫という立場に十分でないことは分かっている。

(人間として成長しなくちゃいけないってことかな) 今の自分は祖母の五歳の時より劣っている。

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虚空の辰刻(とき)  第170回

2020年08月03日 23時05分04秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第160回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第170回



結局、書かれた一人ずつの名前を呼びながら、質問をした。
その度に頬を染めたり、昂揚が抑えきれないという顔をしたり、声がひっくり返ったり、名を呼ばれたことに緊張し 「わわわわ、わた、わた、わたしは」 などと一過性の吃音症になったりと、様々な反応を見せてくれた。

間々に朝食を口に入れたが、女たちは箸を持つことすら出来なかったようだ。 というか、箸を持って食べる間に紫揺の姿が目から離れることを選ばなかったのだが、紫揺がそれを知ることはなかった。

「じゃ、お先にです」 と、紫揺が女たちに言った。 女たちが低頭して紫揺を送る。
紫揺と此之葉の食事が終わったので席を立ったのだ。 女たちの食事が終えるのを待っていては、いつになる事か分からない。 領主と話が出来なくなってしまう。

此之葉が戸を閉めた途端「キャー」 という抑えることの無い、自由奔放な黄色い声が上がった。
申し訳なさ気に此之葉が紫揺を見る。

「北の領土と全然違うんですね」

此之葉には分からないことを口元で笑いながら言い、部屋に向かって歩き出した。


「一度民にお顔を見せて頂けましたらという願いが有難くも昨日叶いました。 それで、いつお戻りになられますか?」

紫揺の部屋を訪ねてきた領主が、決して急かしているのでもなければ、日を伸ばしてほしいと言っているわけではない。 単に伺いを立てているだけだと言う。

「お祭・・・あと二日続くんですよね」

「はい」

――― 沈思黙考。

中途半端はいけないことだとは分かっている。
領主は急かす様子を見せない。

「あの」

思考を止め声を上げた。

領主がゆっくりと頷く。

「はっきり言って、昨日申し上げたようにまだ考えがフラフラしています。 ですけど」

そこで止まってしまったが、領主の聞く姿勢は変わらない。

「・・・ですけど、あのお祭って、紫の為、っていうか、紫が帰って来て嬉しいっていうお祭なんですよね?」

「はい。 紫さまがおられてこその祭で御座います」

「中途半端はいけない事だと分かっています。 ましてや今のことは単純なことではないということも分かっています。 ですけど、お祭が終わるまでここに居てもいいですか?」

「有難きことに御座います」

手をつき深々と頭を下げた。

「それでは、お世話になります」

紫揺も同じように頭を下げた。

紫揺の斜め後ろに控えていた此之葉が 「紫さまその様なことは」 と言ったが、領主が頭を上げるまで紫揺は頭を上げなかった。 紫揺にしてみれば自分はただの穀潰しなのだから。

「それで、普通こういう時って紫は何をしているんですか?」

「祭りの折には、皆に声を掛けられていたそうです」

そうだった、と気づく。 今のこの領土の殆どの人は紫を知らないんだった。 伝え聞いているだけだったんだ。

「私はどうしたらいいでしょうか?」

今度は領主が黙り込んだ。 まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。

紫揺にしてみれば出来るだけ何でもしたいと思っているが、民と呼ばれるものの前に姿を見せてその後に「紫やめまーす」 というのは酷すぎるだろう。 昨日の歓迎ぶりもそうだったが、今日の女たちを見てつくづく思った。

「紫さまが・・・」

そこまで言うと一旦下を向いてから数秒、顔を上げると迷いを切るように続いて話し出した。

「紫さまにお気持ちがあられるのでしたら、僅かな時間でも構いません。 領土の服をお召しになって祭に出て頂ければと思います」

「それでもし、私がやっぱりあっちに帰るって言ったらどうするんですか?」

「民を抑えるのは領主のお役目でございます」

紫揺と違って領主は腹を決めているようだ。

「・・・分かりました。 では領主さんの仰るようにします」

領主と此之葉が深々と頭を下げた。
「では」 と言って領主が部屋を出て行き、此之葉は着替えの準備があると出て行った。

「いったいどうなるんだろ・・・」

自分でも分からない。 あまりにも行き当たりばったり、その時の感情のままが過ぎる。 先が全然見えない。
だが、ホテルや北の屋敷、北の領土に居る時に比べたら、分からないことに悩むことをしていないだけマシかと思う。 何も分からなかったあの時は、悩んでばかりいた。

リツソに会ってからは出来るだけ前に見えることだけを考えようとしたが、それでも知らない間に悩んでいた。 そして答えなど出なかった。

「通いの紫ってありなのかな?」

通いのお手伝いさん風に考えているようだが、それはどうだろう。 紫、五色というのは、ここぞという時や民を守るために居るのだから、いつ何があるか分からないのに通いなどとは、笑止千万である。

「あ、そうだ。 領土史」

これから祭りまで退屈の極みである。 葉月が言っていた領土史の中の “紫さまの書” を見てみたい。 だが此之葉は出て行ってしまった。 どこにあるかも分からなければ誰に訊けばいいのかも分からない。 それにもしこの家にないのなら、家を出てもいいのだろうか。

引き戸を開けた。 話し声が聞こえる。 誰かが居る。 どこだ? 部屋の戸は全部閉められている。 戸に耳をくっ付けようとしたが、よく考えると先程の女たちではちょっと困る。

うーん、と考えて閃いた。
紫揺の閃きは時に困ったこともあるが、それを止める者は今はどこにもいない。
口を開け息を吸うと、両手を口の横に当てメガホン代わりにした。

「東の人っていう人いますかー?」

すぐに一枚のドアが開いた。 それも乱暴に。 続いて三人の男がなだれ出るように飛び出してきた。

「そ、その様なお呼びのされ方は・・・」

「あ、えっと・・・」

頭に叩き込んだおぼろ気な顔と名前を思い出す。

「湖彩さん」

「あ、はい」

「それと、若冲さんと野夜さん」

この二人には視線を下げて言った。

「はい」 「はい」 若冲と、その若冲の下敷きになっていた野夜が答える。

(よし、この三人は完璧) 心の中でガッツポーズをとった。

「葉月ちゃんから聞いて領土史の “紫さまの書” っていうのを見たいんですけど、どこにあるんですか?」

「少々歩かねばなりませんが、宜しいでしょうか」

答えたのは湖彩だった。 あとの二人は立ち上がろうとしてもつれ合って失敗している。

「はい」

歩くだけでも身体を動かせられる。

「ご案内いたします。 こちらです」

そう言うと、未だにもがき合っている二人を蹴飛ばして廊下をあけさせた。

湖彩について歩いていると、あちこちから抑えた声が聞こえる。 「紫さま」 と。
二十分ほど歩いただろうか、湖彩が振り返った。

「あちらに見える建物が書蔵となっております。 向こうで言うところの図書館のようなものです」

結晶片岩を何枚も重ね丸みを帯びた三角帽子のような背の高い建物。 

「家と全然違う建て方なんですね」

家々は木造建築で平屋といえどモダンな建て方で、割と賑やかな色が使われている。

「はい。 書蔵は二百年以上前に建てられたものですが、家は建て替えがあって段々と形を変えてきています」

「そうなんですか」

「まだ少し歩かねばなりませんが、どこかで休憩でもおとりになりますか?」

「大丈夫です」

あと十分くらいだろう。 それくらい歩けるし、それでも余力はある。
では、と湖彩が歩き出した。 紫揺が後に続くが、相変わらず「紫さま」 と抑えた声が聞こえてくる。 最初は声のする方に顔を向けていたが、向けられた相手が恥ずかしがるので聞き流すことにしていた。

石造りの建物をアーチ型に切られ木の扉が付いていた。 取っ手を握った湖彩が重そうに引いた。 見てみるとかなりの分厚さがある扉だった。

「どうぞ」

紫揺が入るとまたもや重そうに閉める。

中に入ると上部に明り取りの窓が見えるが、殆ど機能していそうにない。 広さは学校の教室の四クラス分ほどだろうか。 天井は高く三階建ての家よりは高いだろうが、三階建ての学校ほどは高くない。

外から見た通り丸みを帯びていているが、下から見て高さの三分の二のところでいったん内側にその広さを狭めており、さらに残りの高さの半分のところでもう一段内側に狭めてられている。

最初の狭まるところ近くまで周りの壁に本が並んでいる。 到底背が届かないので、ぐるりと本が並ぶ前に地面と水平に何段もの足場があり、落ちないように一メートルほどの高さの手すりが付き、それと垂直に何本もの支え木が存在する。 そして何故か、本のない上部の方にも足場があった。
二段になった足場に上がれるように、床からと各足場から四方向に梯子がかけられてあった。

本は壁に沿ってあるのだからそれ以外は空間があるが、そこには四人ほどが座れる机と椅子が、いくつも整然と並ぶことなく無作為に置かれていた。
その机にいた一人の男が立ち上がった。

「あ・・・えっと・・・梁湶さん」

稜線ではなく、しっかりと梁湶と覚えたようだ。
梁湶がお辞儀をする。 紫揺もそれに応える。

「お調べものですか?」

「はい」

「“紫さまの書” をご覧になりたいそうだ」

紫揺に代わって湖彩が答える。

「お持ちします」

「では、こちらにお掛けください」

湖彩が椅子を引く。

“紫さまの書” は梯子を上がらなくてもいい所にあったようで、梁湶がすぐに戻ってきた。 十冊の書を腕に抱えている。 それを三つの塊に分けて紫揺の前に置くが、三冊三冊四冊となるはずなのに、書の高さはそれほど変わらない。

「こちらから順に先の紫さまから、歴代の紫さまとなります」

早い話、左から順にとっていけば、段々と古い紫になっていくということだ。 一番右の塊の 一番下が初代紫なのだろうか。

梁湶が『先の紫さま』 と言ったのは、一番左の塊で四冊積まれている。 一番上が紫揺の祖母のことが書かれているということになるが、その書だけが他と比べることが出来ないほど薄い書であった。

「有難うございます」

「それでは私は外に出ておりますので」

湖彩がそう言うと頭を一度下げて出て行った。
梁湶は「御用の時にはお呼び下さい」 と言い、こちらも頭を下げ元の位置に戻り書を読み始めた。

(お婆様の書ってこんなに薄い・・・)

仕方のないことだとは分かっている。 葉月も言っていた、あまり書かれていないと。 十年分しか書かれていないのだから。

先の紫の書を手に取った。 ちゃんと製本がしてあるハードカバーのものだった。 背表紙と表紙には印刷ではなく、手書きで “第十二代 紫さま” と書かれている。

表紙をめくる。 一番に夢で見た祖母の肖像画が描かれていた。 こちらを向いて微笑んでいる。

(お婆様・・・)

まさかこんな風に幼い頃の祖母を見ることがあるなどとは思いもしなかった。 それに夢を見ていなければ、この肖像画は幼き日の紫揺の祖母です、と言われてもピンとはこなかったかもしれない。

それに肖像画は得てして良く見せようと手を加えられていることがあるのだから、それを差し引いて見たかもしれない。 だがこの肖像画は間違いなく紫揺が夢で見た祖母。 祖父を見た時の安堵した祖母の顔に間違いなかった。

名残惜しいが、肖像画をめくると次のページは白紙だった。 もう一枚めくる。 真ん中に 『第十二代 紫さま』 と手書きで書かれていた。 本の冊数から言って、二代分が抜けているのだろうか。

ページをめくる。 また白紙。 まためくると、生年月日であろう日付がこれも手書きで書かれており、その下に “お健やか” と書かれていた。 このページにはそれだけしか書かれていなかった。 書は全て印刷ではなく手書きであった。

(お母さんが言ってたけど、お婆様も私と同じ三月生まれだったんだ)

次のページをめくった。
『先の紫さまより六年を経てお誕生になられる』 『先の紫さまの曾孫さま』 と、この二行が書かれてあった。

(曾孫? ってことは二代生まれた子は紫の力を持っていなかったっていうこと?)

次のページをめくると白紙で、また次のページをめくる。 
このページからは今までと比べるとしっかりと書かれてあった。

『お誕生の祝いが三日行われ、歌い踊り民は喜びに満ちる』
『お力の強いお方である。 三か月を過ぎられたころからお泣きになると、家の中に飾られた花が枯れる』
『五か月をお過ぎになり、お力を入れられただけで飾り物が倒れるようになる』
『七か月をお過ぎになると、夜泣きをされては家にひびが入り、家具や食器が割れてしまい、付いていた者の肌が切れる』

(え? うそ!?)

領主からは祖母は幼い時より力が強かったとは聞いていたが、これほどとは思っていなかった。

『九か月、初めて家の外に出られたとき、外気に触れくしゃみをされ、家が倒壊したが、そのまま走り出、難を免れる』
『十一か月、お外に慣れられお歩き始められた紫さまがお転びになり、おどろきになられお泣きになり、木々が倒れ民の家が崩壊』

(これって・・・悪口連ねてるだけなんじゃないの・・・) どこか作者の悪意を感じる。

その後も似たようなことばかりが書かれていた。

(・・・お婆様) 泣きたくなるような・・・感情の行き場がない。

『二歳になられ、終わりを知った紫さまの母から領主へ申し出があり、領主と古の力を持つ者が何日も話し合われた。 その間にも家々や木々が倒れ花が散る。 とうとう古の力にてお力を封じることとされる。 お力は十の歳まで封じられることとなる』

領主から聞いていた話だ。

“終わりを知った” とはどういうことだろうと思っていると、紫の母がなくなったと書かれていた。
紫の力をそのままにして死ぬに死ねなかったのだろう。 それで領主に申し出たのだろう。 紫の力を封じる、苦渋の決断だったのかもしれない。
その後は今までと打って変わったようなことが書かれていた。

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