大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~道~  第211回

2015年06月16日 23時27分58秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第210回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

  『みち』リンクページ






                                             



『みち』 ~道~  第211回




週末、前日まで社長に申し訳ない思いでなかなか寝られなかった。 結果、寝坊をしてしまい実家に寄ることなく正道の元へ車を走らせた。 

寝坊といっても実家で過ごす時間が取れないという事だけで、正道との時間には充分に間に合う時間だ。

敷地には既に正道の車があった。 

「お早うございます」 プレハブに入るとすぐに正道が仔犬を抱いている姿が目に入った。

「お早うございます。 お早いですね」

「寝坊をしてしまったので実家に寄らずに来ました。 あの、仔犬ちゃんどうかしたんですか?」

「この1週間私も来られなかったのですが、今日来てみると仔犬の元気が無いんです」 正道の言葉を聞いて

「やだ、どうしたの? どこか痛いの?」 正道が抱いている仔犬を見て言うと

「琴音さんのご両親様をまだ探しているようなんです」 その言葉を聞いて思わず

「えっ?」 そう言ってしまった。

「ずっとご両親様を探していたのでしょうな」

「この1週間ずっとですか?」

「おそらくそうでしょうな。 どれだけご両親様が大切に愛してくださったのかがよく分かります」 ただ両親が猫可愛がりしていただけ・・・一瞬琴音の頭にそうよぎったが、そうではなかったのだろうか。 それだけではなかったのだろうか。

まだ何も分からない自分に少し地団太を踏む思いだ。

「仔犬は母犬と引き裂かれ、飼い主に捨てられどれだけ悲しい想いをしたか。 ・・・その上、今仔犬が必要としているご両親様にすら抱いてもらえない。 胸に突き刺さります」

「両親が甘やかし過ぎたのかもしれません」 心の片隅にあった言葉。

「愛してくださったのでしょう。 でも今はご両親様との時間の内容がどうだったのかは置いておいて 今、仔犬はご両親様を求めていますからな・・・先週、琴音さんが帰られてから工事の方と話をしたんですが、やはり誰も引き取る事ができないようです」

「はい」 琴音が嬉しく思う気持ちを抑えて返事をした。

「ですが工事の間は仔犬を見ていたいと仰っているのですが・・・それでは人の勝手であまりにも仔犬が可哀想ですからな」 是とも否とも言えない。 

何の返事も出来ない。

「工事の方には話をして納得してもらいます。 ご両親様はいつでも受け入れてもらえますかな?」

「はい」 遠慮気味に答えた。

「ではあと1週間、仔犬には可哀想ですが我慢をしてもらって 来週、ここへ来た後にご実家に連れて帰っていただけますかな?」

「はい・・・でも、工事の方は納得してくださるでしょうか? それに工事の方も寂しいのでは・・・」

「琴音さん、琴音さんは今から何をしようとしているのですか?」

「え?」

「動物達の痛みや悲しみを取る事をしていくのでしょう?」

「はい・・・」

「動物にしてあげられる事は何でもしていかなくてはなりません。 ましてやこの仔は捨てられた、引き裂かれたと言う悲しみは持っていますが、虐待を受けたわけではありません。 
虐待を受けた仔はそれはそれは大変です。 まだこの仔は簡単じゃありませんか。 工事の方に嫌われる様なことを言っても自分が嫌われるだけで、納得をしてもらうように話すだけでいいんですから。 
ただそれをするだけでこの仔が温かい場所に帰る事が出来るんですよ」 最初は諭すように話していたが最後には優しい顔に変わっていた。

「はい」 正道の言葉を心に刻むように胸に大切にしまい返事をした。

「仔犬には私からちゃんと説明しておきますから少しはこの1週間も我慢してくれるでしょう」

「仔犬ちゃんに話す・・・ですか?」

「心で話せば通じますよ。 勿論、琴音さんもね」

「私も・・・出来るでしょうか・・・」 いつかはそうなりたい。 でも、自信がない。

「勿論です。 ・・・あっと、琴音さん仔犬を抱いてあげてくださいますか?」 仔犬がもぞもぞと動き出したのだ。

「仔犬が私より琴音さんに抱っこをして欲しがっていますよ」

「え? 私ですか?」 差し出された仔犬を抱くと

「そのまま椅子に座って・・・」 琴音が座りやすいように正道が琴音の後ろに椅子を置いた。

「宜しいですか、そのまま深く呼吸をして心をリラックスさせてください」 言われるがままに仔犬を抱っこしたまま深呼吸を始めた。 

何度か繰り返していると

「どうです? 落ち着きましたか?」

「はい」

「それでは今度は力まずに仔犬をじっと見て集中してください。 いいですか力んでは駄目ですよ」 そしてタイミングを見計らった正道が

「目を閉じて・・・」 言われるがまま琴音が目を閉じた。 

少しすると目を閉じている琴音の顔に軽く笑みがうまれた。 それを見た正道が何かを納得したように琴音に背を向け腕時計を見た。 

9時20分。

次に正道が時計を見ると9時30分。 10分が経った。 正道が琴音のほうを向き

「琴音さん」 小さな優しい声で琴音を呼び

「そろそろ仔犬と別れてゆっくりと目を開けてください」 その言葉を聞き琴音が目を開けた。

「どうでした?」

「これはどういう事でしょうか・・・」 驚いたような嬉しいような顔をしている。

「仔犬と会話ができましたか?」

「会話は出来ませんでしたけど・・・あの、何が起きたんですか?」

「琴音さんの中で起こったことは私には分かりませんから、説明していただけると補足は出来ますよ」 正道が微笑んでいる。

「あ・・・そうですね。 えっと・・・」 今あったことを思い出すように本のページを最初に戻すかのように記憶を辿る。

「目を瞑って・・・目を瞑ったら目の前は白かったんですけど、その白が急に眩しいほどに光輝きだしたんです。 そしたらその輝きの中から仔犬ちゃんが出てきて・・・」 琴音の顔に笑みがうまれた時だ。

「はい」 正道が相打ちを打つ。

「それで気付くと背景が実家になってたんです。 その後はずっと両親の姿が・・・正道さんが声をかけてくださるまでずっと仔犬ちゃんが両親と遊んでいたような感じでした。 
あ、時々父とお散歩しているような姿も見えました。 仔犬ちゃんが一緒かどうかは見えなかったんですけど、でも仔犬ちゃんと父のお散歩って分かりました。 
あら? どうしてかしら、父とのお散歩姿なんて見たことは無いのに・・・それに何かおかしいです・・・何がおかしいのかしら・・・」

「そうですか。 そんな見え方をしましたか。 それが仔犬の今の心の中なんですよ」 そう言われて納得がいった。

「両親と過ごした時間を仔犬ちゃんは覚えているんですね。 またあんな風に過ごしたいと思っているんですね」

「そうです。 今、琴音さんは深い所で仔犬と繋がって仔犬の心を知る事ができたんですよ」

「でもハッキリと仔犬ちゃんと両親が遊んでいる所が見えたわけじゃないんです・・・仔犬ちゃんの姿は見えなかったんですけど、そんな感じがするって言うんでしょうか・・・それに両親の見え方もいつも私が見る両親とちょっと違うって言うか・・・」

「・・・多分、仔犬の目線で見たのでしょう。 仔犬が見たままを琴音さんが見たんでしょう」

「え?」 驚いた顔の琴音に笑顔で答える正道。

「そんな事って・・・あ、でも・・・」 思い返してみる。

そう言われれば、最初に仔犬の姿を見たがそれ以降姿を見ていない。 いつも見上げるような目線。 両親がこちらを見て微笑む顔。 

見えた全てが仔犬目線だ。

「そんな感じでした・・・でもそんな事って・・・私が勝手に作った創作ではないんですか?」 誰もが陥る落とし穴。

「最初は皆さんそう思うんです。 どこまでが自分の想像でどこからが相手の想いなのか、全てが自分の勝手な想像なのか。 自信が持てないんですな。 ですが、琴音さんの知らないお父様とのお散歩姿も仔犬目線で感じたでしょう?」

「はい。 そうなんですけど・・・冷静になればなるほど疑ってしまいます。 私がそう思い込んでいたんじゃないかなって。 父とのお散歩も私が想像しただけなのかなって」

「これは回数を重ねなければ自信に繋がりません。 それと同時に色んな現れ方をしますからな。 これからはここで毎回するようにしましょうかな」

「はい。 自信を付けたいです。 今見たことが仔犬ちゃんの想いだという確信がほしいです」 今までの琴音には無いハッキリとした口調で言った。 

「はい。 いいですな。 とても真直ぐな目ですよ」 正道の言葉を聞いて少し照れたが琴音の中では一つの疑問が浮かんでいた。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« みち  ~道~  第210回 | トップ | みち  ~道~  第212回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事